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E-BANKERさん
平均点: 6.01点 書評数: 1812件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.652 6点 写楽殺人事件- 高橋克彦 2012/03/10 00:40
1983年発表の第29回江戸川乱歩賞受賞作で作者処女長編。
謎の浮世絵師「写楽」を題材とした歴史ミステリー。

~謎の絵師といわれた東洲斎写楽は、いったい何者だったのか。後世の美術史家はこの謎に没頭する。大学助手の津田もふとしたことからヒントを得て、写楽の正体に肉薄する。そして或る結論に辿り着くのだが、現実の世界では彼の周辺に連続殺人が起きていた。2つの謎に津田が挑む~

「写楽」の正体をめぐる謎解きは面白かった。
多くの専門家や著名人がその正体について様々な説を発表しているという事実をもってしても、いかにそれが魅力的な謎なのかが分かるというものでしょう。
「秋田蘭画」についての薀蓄は全く知らなかったので非常に新鮮。平賀源内ってそんな人物だったんだねぇ・・・
(エレキテルを発明した科学者くらいに思ってた)

もともと歴史ミステリーは好きなジャンルなだけに、その点では非常に満足。
ただ、他の方の書評どおり、現実の殺人事件の方はそれほどアピールできるところはない。
アリバイトリックはトリックと呼べないほどのレベルだし、終盤に判明する二重構造もやや唐突な気はした。
この2つを両立させるのはなかなか難しいのだろう。

まぁ、「歴史ミステリー」部分だけでも読む価値はあるでしょう。
(島田荘司の「写楽」は未読だが・・・どうなのかな?)

No.651 6点 亜智一郎の恐慌- 泡坂妻夫 2012/03/02 22:30
亜愛一郎シリーズの番外編。愛一郎のご先祖・智一郎の活躍を描く作品集。
舞台は江戸城の中。第13代将軍・徳川家定の時代という設定。

①「雲見番拝命」=「雲見番」とは、将軍のお側で雲を見て天気や天変地異を察知するというお気楽な役目(?)のはずが、突然将軍直属の「隠密」のような役割を担うことに。そして、智一郎を頭にした4人が集結する。
②「補陀落往生」=あるお城下で、まるで姨捨山のようにお荷物になった老人たちを「昇天」させてくれる怪僧が現れる。智一郎たち4人はこの事件の謎と先ごろ起きた城主による大量斬首事件に関連を見出すが・・・。泡坂らしいテイストを感じる作品。
③「地震時計」=ある藩主から将軍へ進呈された「地震時計」・・・。時を前後して起こった遊郭での心中事件との関連性から意外な結末に・・・。
④「女方の胸」=跡継ぎのいない将軍・家定にその昔生ませた隠し子が? その子供の探索を命じられた4人だったが、本人も母親もなかなか見つからず。そして、意外なところで意外な姿で見つかるのだが・・・。
⑤「ばら印籠」=家定が崩御し、後を継いだ第14代将軍・家茂。まだ若い家茂から命じられたのが、「写真をとってほしい」ということ。江戸で唯一写真技術を持つという男を探し当てたが・・・。写真にうつった印籠に意外な事実が浮かぶ。
⑥「薩摩の尼僧」=幕末に向け徐々にきな臭くなっていく江戸の街。討幕の急先鋒である薩摩藩に絡んだ事件が発生。
⑦「大奥の曝頭」=大奥で起こった幽霊騒動を調査するため、智一郎らが難と女装して潜入(分かるだろ!普通)。騒動のからくりは実に単純なものだったのだが・・・

以上7編。
亜愛一郎シリーズといえば、ブラウン神父シリーズとの対比がなされるほどロジックや逆説的仕掛けが有名ですが、本作はそういう作りではない。
謎やトリックもちょっと肩透かし的なものもあって、作者のファンにとってはやや物足りないかもしれない。
ただ、幕末の江戸の街や江戸城の中が生き生きと描かれ、読者を飽きさせない手腕はやはり見事と思わされる。
まっ、そういう意味では十分楽しめる作品とは言えるかな。
(中では②が面白い。あとは③くらいか・・・)

No.650 8点 アクロイド殺し- アガサ・クリスティー 2012/03/02 22:28
650冊目の書評は、例の「仕掛け」であまりにも有名な作者の長編6作目で。
確か大昔にジュブナイル版で読んで以来、超久々に再読。

~深夜の電話に駆け付けたシェパード医師が見たのは、村の名士・アクロイド氏の変わり果てた姿だった。容疑者である氏の義子が行方をくらませ、事件は早くも迷宮入りの様相を呈し始めた。だが、村に越してきた変人が名探偵エルキュール・ポワロと判明し、局面は新たな展開を見せる。驚愕の真相でミステリー界に大きな波紋を投じた名作~

「さすが!」としか言いようがない。
計算され尽くした作者の技量や構成力にはただただ脱帽ですね・・・
ラストで詳らかにされる、ポワロの推理にはやはり相当のインパクトを感じざるを得ませんでした。
例の「フェアかアンフェアか」という論争については、ミステリーそのものが成長期であった頃の話であり、現代の読者にとっては特に気にする必要はないはず。

果たして本作の「仕掛け」は叙述トリックなのだろうか?
無論、真犯人によって手記にまぎれて意図的に隠されていた箇所もあり、その点でちょっとアンフェアっぽさは残るのだが、真犯人を特定するロジックは読者にも十分解き明かせるものである。(デイクタフォンの件なんかは秀逸だと思うが・・・)
要は、容疑者に視点人物を含めるかどうかというところが「鍵」なのだが、数多のミステリーを読み続けてきた今だからこそ、オリジナルである本作の「スゴ味」が伝わってくる。

とにかく、大作家クリスティのすごさを味わうには外せない1冊なのは間違いなく、後世に残すべき作品という評価。
(「仕掛け」を知っててここまで面白く読める作品というのもなかなかない)

No.649 6点 寝台特急(ブルートレイン)八分停車- 西村京太郎 2012/03/02 22:26
1986年発表のトラベルミステリー。最近、徳間文庫で再販されましたが、角川文庫の旧版で読了。
お馴染みの十津川警部・亀井刑事コンビが謎に迫る。

~ブルートレインの八分停車を利用して人が殺される! 亀井刑事は腎臓結石で病院にいるとき、レントゲン室で男が人を殺してやると言っているのを聞いた。該当するブルートレインは6本。十津川警部と亀井刑事は推理に推理を重ね、問題のブルートレインは「出雲3号」と推測したが・・・殺人、そして殺人。スピーディな展開と意外な結末。十津川と亀井の名コンビで贈る長編トラベルミステリー~

作者のトラベルミステリーとしてはまず上出来なレベルでしょう。
謎の中心は、京都駅での「出雲3号」八分間の停車と東京・四谷での殺人事件の関係。
これは中盤以降まで読者の興味を引っ張れるだけの魅力はあり。
京都駅で右往左往する亀井刑事もなかなか味わい深い。
ただ、真犯人も事件全体のプロットも終盤早々には判明してしまい、それ以降はかなりトーンダウン。
「動機」的には連続殺人を引き起こすほどのものだと納得できるが、そこまで差し迫っていたのかという疑念はかなり残った。

いわゆるトラベルミステリーに否定的な方は多いでしょうが、やっぱり「謎解き」をメインとした本格ミステリーには本来不向きなんだと思いますねぇ。
タイムリミットもののサスペンスというのが、一番向いてるジャンルなんだろうな。(氏の作品でいえば「札幌着23時25分」が代表例)
ということで、いつものとおり「旅のお供」というレベルでの評価。
(腎臓結石の亀井刑事をまるで恋人のように愛おしげに心配する十津川警部・・・気持ち悪い!!)

No.648 4点 修道女フィデルマの叡智- ピーター・トレメイン 2012/02/26 14:18
舞台は7世紀のアイルランド。主人公であるフィデルマは、ドーリィという法廷弁護士の資格を持つ修道女という設定。
東京創元社で先に長編2作が翻訳されており、本作が初の作品集。

①「聖餐式の毒杯」=当地では異人に当たるゴール人の男性が聖餐式の最中、毒入りワインを飲んで死亡してしまう。毒殺の仕掛け自体はたいしたことはないが、「動機」の解明の方に見るべきものあり。
②「ホロフェルネスの幕舎」=夫・子供殺しの疑いをかけられた旧友のために、フィデルマが事件解明を請け負う。本作のプロットはよくある手のもので、いわゆる「裏の裏は表」ということなのだが・・・
③「旅籠の幽霊」=雪嵐に巻き込まれ、とある旅籠に泊まったフィデルマが幽霊騒動を解決する。これはかなりいいかげんなプロットのように見えた。特に、幽霊の正体に捻りがなさすぎる・・・
④「大王の剣」=アイルランドのとある王国の王位継承をめぐる殺人事件が舞台。これも②とプロットが完全に被っている気がするのだが・・・ まぁこれも「動機」が一番の肝だねぇ。
⑤「大王廟の悲鳴」=これもプロットは実に単純。ごく短い作品だけに、容疑者は最初から3名しかなく、動機も見え見えなのがちょっといただけない。

以上5編。
うーん。ちょっと退屈だったなぁーというのが正直な感想。
舞台が中世のアイルランド、かつ宗教用語が頻繁に出てきて読みにくいこともあったが、それよりもプロットにキレが乏しい。
フィデルマ自体はなかなかのキャラだとは思うのだが、いかんせん謎そのものがちょっと貧弱。

長編は未読なので、どうなのかという興味はあるが、あまり期待できないかな?
(なかでは④がいいかな。プロットは被るが②が次点)

No.647 3点 黄色館の秘密- 折原一 2012/02/26 14:17
1998年発表の黒星警部シリーズ。
黒星警部をはじめ、部下の竹内刑事や葉山虹子といった、いつものドタバタメンバーが今回もなぜか集結(?)

~実業家の阿久津又造一家が住む「黄色館」は、世界の珍品を集めた秘法館でもある。ところが、犯罪集団「爆盗団」から純金製の黄金仮面を盗むとの予告が! そこへのこのこ現れた密室マニア・黒星光警部。黄金仮面が宙を舞い、密室で人が死ぬ世紀の怪事件を見事なまでに掻き回す。犯人は一体誰なんだ?~

相変わらずバカなシリーズです。
「~者」シリーズの重く、シリアスな作風とは大違い。ひたすら軽く、ひたすらおちゃらけたストーリー。
ジョークの分かる人しか読まない方が賢明でしょう。

一応「密室殺人」が出てきますが、正直怒り出したくなるレベルのトリックというか解法。
タイトルは古の名作「黄色い部屋の謎」をもじってるのですが、パロディにもなってない。
まぁ、いいんですけどね。最初からまともなトリックなんか期待してませんから・・・
黒星警部は基本的に真相を複雑に捻じ曲げる役割ですから、最初から黒星警部の推理を無視すれば、簡単に真相に辿り着ける。
ただ、今回の「竹内刑事登場」のくだりはどうですかねぇ?
思わず脱力感に陥ってしまいました。

マトモなミステリーに飽きた方以外はスルーしても全然OK。
(「模倣密室」以来、新作の出ない本シリーズですが・・・やっぱり不評なのかな?)

No.646 6点 笑わない数学者- 森博嗣 2012/02/26 14:15
「すべてがFになる」「冷たい密室と博士たち」に続く、S&Mシリーズ3作目。
今回は「数学」と「天文学(?)」にスポットライトを当てた理系ミステリー。

~偉大な数学者・天王寺翔蔵博士の住む「三ツ星館」。そこで開かれたパーティーの席上、博士は庭にある大きなオリオン像を消してみせた。一夜明けて、再びオリオン層が現れたとき、2つの死体が発見される・・・。犀川助教授と西之園萌絵の理系師弟コンビが館の謎と殺人事件の真相を探るが・・・~

本作も実に単純に面白かったですね。
これはまさに新本格系の作家が得意とする、「お館もの」+「物理トリック」の組み合わせ。
シンプルで分かりやすいトリック(オリオン像のやつね)の割には、犀川もやけに苦戦したなという印象は持った。
伏線も相当あからさまに出してたもんね。
真相に気付く読者も多かったろうと思います。(私は「アッ!」と思わされましたが・・・)

結局、天王寺博士の正体は誰なのか? というのがもう1つのポイントとなるわけですが・・・
これに対する解答は「不定」ということなんですかね?
犀川が最後思わせぶりに仄めかしてはいますが、やっぱり消化不良のような感覚。
ラストの公園のシーンもなかなか考えさせられる・・・

個人的には前2作よりは落ちるという評価ですが、やっぱり良質なミステリーという評価でいいのでは?
文庫版巻末に掲載された、数学者・森毅氏の解説がお宝もの。
(萌絵のように一瞬に計算できる能力。うらやましいねぇー)

No.645 7点 時の娘- ジョセフィン・テイ 2012/02/20 22:41
グラント警部シリーズにして、歴史ミステリーとして有名な長編。
入院したグラントが、ベッドの上で主に書物を読んで推理していくという完全アームチェア・ディテクティブスタイル。

~薔薇戦争の昔、王位を奪うためにいたいけな王子を殺害したとして悪名高いリチャード3世・・・彼は本当に残虐非道を尽くした悪人だったのか? 退屈な入院生活をおくるグラント警部は、ふとしたことから手にした肖像画を見て疑問を抱いた。警部は徒然なるままに歴史書を紐解き、純粋に文献のみからリチャード3世の素顔を推理する。安楽椅子探偵ならぬベッド探偵登場!~

素直に面白かった。
翻訳物で「歴史ミステリー」というのは初めて読んだが、個人的にこういうジャンルは好きなので・・・
リチャード3世といえば、シェイクスピアの戯曲を持ち出すまでもなく英国歴史上「稀代の悪人」というイメージはある。
本作を読む限り、英国でもこの図式は当てはまるようで、教科書でも歴史教育でも「悪人」という扱いのようです。

井沢元彦の「逆説の日本史」シリーズを愛読しているせいもあるのですが、王朝など権力者が交代する際は、以前の権力者に対する誹謗中傷が必ずといっていいほど行われるものなのです。これは、日本史であろうが英国史であろうが一緒。
(新しい権力者にとっては、当然自身の権威を高めていく必要があるわけですから)
本作では、大法律家であるトマス=モアがかなりこき下ろされてますが、彼こそがまさに新しい権力者を擁護する立場の人物。
こういう大人物が文献の中で「リチャード3世は悪い奴」という内容を残してしまうのがクセモノ。その後の人々に誤った印象を残すことになってしまう・・・

私個人の感想でも、リチャード3世は傑出の大政治家のように思えますねぇ。
まぁ、日本史に比べると英国を始めとする西欧史はそれほど詳しいとはいえないので、あまり断言はできませんが・・・
とにかく、歴史ミステリー好きな方にはお勧め。
(ハヤカワ文庫版で訳者・小泉喜美子女史ですが、非常に読みやすい)

No.644 7点 宿命- 東野圭吾 2012/02/20 22:38
比較的初期のノンシリーズ作品。
ちょうどトリック重視の作品から脱皮を図っていた頃なのかなぁ・・・

~高校時代の初恋の女性と心ならずも別れなければならなかった男は、苦闘の青春を過ごしたあと、警察官となった。男の前に10年ぶりに現れたのは学生時代ライバルだった男で、奇しくも初恋の女性の夫となっていた。刑事と容疑者、幼なじみの2人が宿命の対決を果たすとき、余りにも皮肉で感動的な結末が用意される・・・~

ある意味、実に東野圭吾らしい作品のような感じを受けた。
確かに地味と言えば「地味」な作品でしょう。
トリッキーな密室トリックや、精緻なアリバイトリックがあるわけではなく、フーダニットのサプライズ感も薄い。
それでも、ページをめくる手が止まらないリーダビリティはやっぱり作者ならではなのだろう。

出版当時の作者のことばによると、本作一番の読み所はラスト1行と断言してますが、確かにこの1行を書くためにそれまでの濃密なドラマはあるのでしょう。
中盤以降、瓜生家の過去が事件の背景として大きな意味を持つことが判明する。そして、主人公・勇作と元恋人・美佐子の過去そして運命が絡んでいく・・・
何とも重いテーマなのに、読み終わった後には爽やかな感覚さえ残る・・・これこそが大作家・東野圭吾の真骨頂。

「脳波」の話はちょっと作りこみが足りず、リアリティが薄い点が惜しいが、トータルでは十分評価できる作品。

No.643 8点 富豪刑事- 筒井康隆 2012/02/20 22:36
大富豪の一人息子・神戸大介刑事を主人公とした短編集。
ミステリーをいい意味で皮肉った軽いノリが何とも言えない・・・

①「富豪刑事の囮」=ある事件の容疑者4人から真犯人を絞り込むために、神戸刑事が取った大富豪にしかできない「囮作戦(!)」
結局誰が犯人かなんてどうでもいい! とにかく鈴江さんが異常なまでに魅力的。
②「密室の富豪刑事」=一応、殺人現場が「密室」のように思える現場って・・・なんてミステリーっぽいんだ!! 神戸刑事は謎を解くために、事件現場と同じような建物をもう1つ建ててしまう。同僚の刑事たちも実に魅力的にドタバタする。
③「富豪刑事のスティング」=誘拐事件がテーマ。身代金が支払えない被害者家族に代わって、神戸刑事が身代金を立替えることに。
本作では「小説中における時間の連続性を捻じ曲げる」というプロットが堂々と展開される・・・実に面白い。
④「ホテルの富豪刑事」=市内に2つの暴力団勢力が集結し、神戸刑事が所属する警察署が厳戒態勢を敷く。警備がしやすいようにと神戸刑事が取った手段は、ホテルの全部屋をまるごと予約するというもの・・・。そして発生する銃殺事件。まぁ、真相そのものは何ということもないんですけど。

以上4編。
いやぁ、とにかく面白い。さすが筒井康隆です。
ミステリー云々とかいうレベルではなくって、エンタメ小説として秀逸。
神戸刑事や鈴江さん以外のキャラ、父親や同僚の刑事たち・・・面白すぎ!
とにかく笑いたい方にはお勧め。
(①~④までどれもが滅法面白い。)

No.642 4点 テニスコートの謎- ジョン・ディクスン・カー 2012/02/16 22:45
フェル博士を探偵役に据えた長編第11作。
いわゆる「足跡のない」雪密室ならぬ、「砂密室(!)」を扱った作品。

~雨上がりのテニスコートの中央に倒れていた死体。しかしコートには被害者の足跡しか残されていなかった。それ以外の人間がコートに出入りした形跡は皆無。屋外の密室とでもいうべき第一の殺人に続いて、再び第二の殺人が発生する。この場合も、殺人現場の建物に出入りした第三者はなく、居合わせた関係者は相互に共通のアリバイがあった。この2つの奇跡の殺人は、まさに不可能犯罪そのものである。しかし、何者かの仕業でなければならない。この奇跡を受けて立つのは天才フェル博士~

確かにこれは「いただけない」箇所が多いなぁ。
謎の提示については、さすがに巨匠カーらしく魅力的な設定そのもの。
なんたって、「足跡のない密室殺人」という超一級の不可能犯罪ですから・・・
ラストに明かされる真犯人は、一応サプライズ感もあり、それなりに良質なミステリーたる資格があるようには見える。

ただなぁ、トリックがかなりヒドイ。
フェル博士の説明を読む限り、一応リアリティは感じるのだが、こんなトリックをもったいぶって書く必要があるのか?という気分にはなった。
(このトリックが成立するうえでの、真犯人=被害者の関係というのは分かるが・・・)
第2の殺人の方はさらにヒドイのでは。

ということで、他の有名作並みのクオリティを期待すると肩透かしをくうかもしれません。
(まさかカーの作品で大笑いするとは思わなかった。特に、ローランドの父親の部下がテニスコートで何回も転倒させられる場面・・・ローランドも笑いすぎだろ!!)

No.641 7点 家日和- 奥田英朗 2012/02/16 22:43
夫と妻、そして家族をテーマとした作品集。
第20回柴田錬三郎賞受賞作。

①「サニーデイ」=夫や子供から相手にされなくなった専業主婦が嵌っていくもの・・・「ネットオークション」(!)。ホントに時間を忘れるほど熱中するものらしいですねぇ。良い評価をしなかった落札者への感情なんかも笑える。ラストはいい話に。
②「ここが青山」=会社が突然倒産した夫だが、なぜか主夫業に嵌ってしまう・・・。でも、なんか分かるなぁー、幼稚園児の子供の弁当作りに夢中になるところなんか。1日に3回聞くことになった言葉が、「人間いたるところに青山あり」。『じんかんいたるところにせいざんあり』って読むこと知ってる? 
③「家へおいでよ」=妻と別居し、自分好みに自宅を改装することに嵌っていく男。いつしか、気の合う会社の同僚たちの溜まり場と化していくところなんか分かるなぁー。(自宅がAVシアターって夢だもんね) そして気付く、妻とのすれ違いの原因・・・。
④「夫とカーテン」=根っからの営業マンだが、自分の才覚をかてに起業と転職を繰り返す夫、そして夫がピンチのときになぜか絶好調になるイラストレーターの妻。これこそが絶妙な夫婦の関係っていうんだろう。でも、夫の真の能力を知らない妻って多いんじゃない?
⑤「妻と玄米御飯」=ロハスに嵌っていく妻と、その姿を楽しみながらも冷静に観察する作家の夫。これってやっぱり「奥田家」がモデルなんだろうなあ? 確かにこういう妻や優子さん夫婦なんて輩は皮肉りたくなるってもんです。

以上5編。
ホントに面白い。作者のストーリーテリングの能力はスゴイの一言。
どの作品も、日本中のあちこちに実在しそうな夫婦や家族の姿が描かれていて、読者はいつの間にか自身を重ね合わせながら読んでしまう。(かく言う私もそう)
そして、読んだ後には「ホッコリ」した気持ちにさせられる・・・何とも言えない読後感なのだ。
それもこれも、やっぱり登場人物たちが実に生き生きと描かれているからなのだろう。
ここが並みの作家とは違うところ。

コンパクトな作品集ですし、ちょっと気分が落ち込んだときなんかにはお勧めの1冊。
まぁ、ミステリーではありませんが・・・
(①~⑤まで全てが秀作。個人的に好きなのは④かな。)

No.640 6点 大誘拐- 天藤真 2012/02/16 22:41
岡本喜八監督で映画化もされた天藤真の長編代表作。
第32回日本推理作家協会賞受賞作。

~大阪刑務所で知り合った戸並健次、秋葉正義、三宅平太の3人は出所するや営利誘拐計画の下調べにかかる。狙うは紀州随一の大富豪・柳川家の当主とし子刀自。全国に聞こえる資産家で、持山およそ4万ヘクタール、小柄な体躯ながら齢82歳を重ねてなお矍鑠たる女丈夫だという。かくして犯人グループと被害者は運命の邂逅をし、破天荒な大誘拐劇の幕が開く。まさに絶品の誘拐ミステリー~

さすがの秀作ってところでしょうか。
誘拐ミステリーは数あれど、ここまで「劇場型」誘拐劇を追求した作品も珍しい。
誘拐された側であるはずのとしこ刀自の「動機」こそが、本作一番の「謎」となるわけですが、その辺りはまぁ想定の範囲内。
でも警察サイドを完全に煙に巻いてしまう老婆の年季には恐れ入ります。
作者のストーリーテラーぶりやプロットの妙を堪能することもできました。

ただ、思ったほどのカタルシスは得られなかったのも事実。
別段弱点があるわけでもないのに、なんでだろうという気もするのですが・・・
まぁ、一言でいうなら「経年劣化」ってことなのかな?
でも十分に楽しめるエンタメ小説であることは事実でしょう。
(登場人物のキャラ立ちは見事!)

No.639 6点 ノンストップ! - サイモン・カーニック 2012/02/10 23:16
21世紀の英・クライムノベルをリードする新鋭、S.カーニックが2006年に発表した第5長編。
たった2日間に巻き起こる、まさに「ジェットコースター・サスペンス」。

~電話の向こうで親友が殺された。死に際に僕の住所を殺人者に告げて。その瞬間から僕は謎の集団に追われ始めた。逃げろ!
だが、妻はオフィスに血痕を残して消え、警察は無実の殺人で僕を追う。走れ、逃げろ、妻子を救え! 平凡な営業マンの決死の疾走24時間。サスペンス史上最速の体感速度を体感せよ~

サスペンスとしては上出来かな。
旧友の死をきっかけに、謎の犯罪組織に追われる羽目になった男・トムと秘密警察組織のチーフ・ボルトの2人が視点人物となり、ストーリーが進んでいくわけですが、殺人やら銃撃戦やら誘拐やらが次々と矢継ぎ早に起こっていく展開は、まさに「ジェットコースター・サスペンス」の名に相応しい。
このスピード感こそ、サスペンスとしての面白さを助長しているのだろうと思う。
サブキャラの造形にも工夫が凝らされ、単なる「流行の」作品ではない。

事件は警察組織や財界の大物などを巻き込んで、徐々に広がり、複雑化していくわけですが、最終的な収束の仕方にやや不満が残ったかなぁ・・・
ラストがややオリジナリティに欠ける(=よくある展開ってやつね)ような読後感になってしまうのは、中盤以降でやや風呂敷を広げすぎたことが原因なのだろう。
そういう意味では、もう一捻りあっても良かったかなという気持ちにはなった。

ただ、まぁ全体的には十分に及第点を付けれる出来にはあるでしょう。この手の作品が好きな方にはお勧め。

No.638 7点 陽だまりの偽り- 長岡弘樹 2012/02/10 23:14
「傍聞き」でプチ・ブレイク(?)した作者の作品集。
作者らしい「味わい」のある作品が並んでます。

①「陽だまりの偽り」=主人公は「自分はアルツハイマーかもしれない」と怯える老人。その事実を認めたくないばかりに、つい生じる出来ごころ・・・。そして、最後に気付くある「思いやり」。いい話です。
②「淡い青のなかに」=夫と別れ1人で育てた息子が不良少年に・・・。そして、巻き込まれる交通事故。職場の管理職としての立場と母親としての立場。こういう急な場面で問われるのが、その人の本質って奴だねぇ。
③「プレイヤー」=主人公はとある市役所の課長。自身のちょっとしたミスからある男性が死亡してしまう。そして、そこから始まる苦悩の日々。確かに、社内の人事ってある意味面白いけどね、そればっか気にしてるとロクなことないよ!
④「写心」=主人公はある事件で会社を辞めた元カメラマン。家業を継いだがうまくいかず、追い込まれた男が選択した道は幼児誘拐。だが、幼児の母親との交渉の中で、自身を取り戻していく・・・。
⑤「重い扉が」=主人公の息子が巻き込まれた暴力事件。息子に負い目のある主人公の男性が真相を知ったとき取った行動に人間の「弱さ」を感じる。でもこの息子はエライ。

以上5編。
全て独立した作品ではあるが、人間の「保身」というものを共通のテーマとして感じた。
何か自分にとって都合の悪い事件に巻き込まれたとき、人間としてどのような行動をとるべきなのか。これが、作者が本作で言いたかったことなのだろう。
でも、何か分かる気もするなぁ。大人になればなるほど、肩書や立場が上がれば上がるほど、人間ってやつは自分がかわいくなってしまうものだろう。
そういう意味では、ついつい自分を本編の主人公に重ねながら読んでしまってました。

さすが、新たに誕生した「短編の名手」に相応しい作品だと思います。ラストで「ホッ」とさせられるのもいい。
個人的には「傍聞き」よりも上という評価。
(全て水準以上だと思うが、敢えていえば⑤が好みかな)

No.637 6点 切り裂きジャック・百年の孤独- 島田荘司 2012/02/10 23:13
伝説の猟奇殺人鬼「切り裂きジャック」の謎解き(?)に取り組んだ意欲作。
実は影の「御手洗モノ」では・・・

~初秋のベルリンを恐怖のどん底に叩き込んだ、娼婦連続猟奇殺人。喉笛を掻き切り、腹を裂き、内臓を手掴みで引き出す陰惨な手口は、19世紀末ロンドンを震撼させた高名な迷宮入り殺人・切り裂きジャック事件と酷似していた。市民の異様な関心と興奮がつのる一方で、捜査は難航を極めた。やがて奇妙な人物が捜査線上に現れた・・・百年の時を隔てた2つの事件を完全解明する長編ミステリー~

「企み」としては面白い。
狂気以外で人間の体をここまで切り裂く理由を「合理的に」考えるのなら、まぁこういう所に落ち着くのだろうなというのが率直な感想。
本家の「切り裂きジャック事件」に対する考察は、もちろんフィクションなのだが、こういう安手のドラマのような展開に仕立てたところがちょっと微妙な感じ。
(どこまでフィクションで、どこまで事実なのかがよく分からん)

で、ベルリンの方の部分なのだが、「動機」的にはちょっと弱いよなぁー。
ロンドンの方は100年前ということで、まだ信憑性が保てているが、今の世の中でこの動機でここまでする奴いるかなぁ・・・?
ロジック的には納得したのだが、やっぱり心理的には抵抗のある真相だろう。

全体として、作者初期の作品としてはやや小粒にまとまりすぎたかなという印象が残った。
(やっぱり、最後に登場する「東洋系の人物」が御手洗なのだろうか)

No.636 6点 ブラウン神父の秘密- G・K・チェスタトン 2012/02/05 22:30
「童心」「知恵」「不信」に続く、ブラウン神父の作品集第4弾。
さすがにここまでくると、過去の作品の焼き直し的なものが増えてきた印象はある。

①「大法律家の鏡」=殺人現場に2時間も留まっていた1人の詩人が容疑者にされるが、「詩人というものは同じ場所に2時間留まっても何ら不思議はない」というブラウン神父の解釈がきれいに嵌まる。
②「顎ひげの二つある男」=過去の作品でもよく出てきたプロットのように思える。まぁ短編らしい切れ味は感じるが・・・
③「飛び魚の歌」=これは確かにチェスタトンらしさ全開の作品で、ロジックがきれいに嵌った印象はある。ただ、いくら夜目&先入観ありとはいっても、そこまで感ちがいするかなぁーというのが現実的感想では?
④「俳優とアリバイ」=これは一応「密室殺人」を志向した作品なのだろうか? アリバイトリックというほどのものではないが、架空の人物の使い方はさすがにうまい。
⑤「ヴォードリーの失踪」=この殺害方法は相当大胆なもので、大胆なだけに死角をついていると言える。最後に明かされる動機もなかなか・・・
⑥「世の中で一番重い罪」=これも度々登場するプロット。要は「入れ替わり」なのだが、ブラウン神父が現場の些細なことからそれに気付く辺りが作者のうまさ。
⑦「メルーの赤い月」=これは何だかよく分からなかった。ブラウン神父は結局何が言いたかったのか? 本筋とは関係ないが、「東洋」に対するこの時代の欧米人の捉え方が垣間見えるのが興味深い。
⑧「マーン城の喪主」=プロットの肝はまたまた「入れ替わり」なのだが、本作はそんなことより、ブラウン神父が最後に力説する宗教感とでも言うべき主張が読み所。これって、要はチェスタトンの宗教感ってことだよね。

以上8編。
本作は上記の8編について、ブラウン神父がフランボウとアメリカ人観光客・チェイス氏に語って聞かせるという形式になっている。
冒頭では、事件を決して外面から見ず、内面から感じるのだというブラウン神父の「推理法」が語られるのが面白い。
そして、終章「フランボウの秘密」では、ラストの1ページが何とも気が利いてる。

ただ、1つ1つの作品のレベルは、やっぱり前3作よりは劣後してるのは否めないかな。
(中では①③辺りが、「らしさ」を感じられる作品だとは思う)

No.635 7点 どこまでも殺されて- 連城三紀彦 2012/02/05 22:27
1992年発表のノンシリーズ長編。
実に連城らしい、用意周到に張り巡らされた伏線が見事な作品。

~「どこまでも殺されていく僕がいる。いつまでも殺されていく僕がいる」。七度も殺され、今まさに八度目に殺されようとしているという謎の手記。そして高校教師・横田のもとには、ある男子生徒から「僕は殺されようとしています。助けてください」という必死のメッセージが届く。生徒たちの協力を得て、殺人の阻止と謎の解明に挑むが・・・~

とにかくプロットが見事。
冒頭からいきなり『七回も殺された』という男の手記が登場し、早速作者独特の作品世界に引き込まれてしまう。
ファンタジーか妄想としか考えようのない話なのだが、きっと合理的解決が成されるのだろうと、ついつい期待してしまう。

そして、ある高校を舞台に、1人の優等生の心の闇があからさまにされていく展開に・・・
『七回殺された』という不合理については、ほぼ「そうだろうなぁ」という推理が行われるが、実はそこからがこの作品のスゴイところ!
確かに伏線はいろいろと張られてあったんだよなぁ、と気付いたのは読了後。
とにかく「見せ方」が秀逸なのでしょう。
同じようなプロットは他の作家でも十分に捻り出せるとは思うが、作者の何とも言えない「ジメジメした筆致」にかかると、独特の読みごごちと読後感を持ってしまう。

コンパクトな分量で余計なサイドストーリーへの寄り道などがないのも好評価。
(とにかくうまいねぇ・・・)

No.634 5点 プリズン・トリック- 遠藤武文 2012/02/05 22:25
第55回江戸川乱歩賞受賞作。
今回、問題の「ある人物からの手記」が巻末に収められた「完全版」として文庫化。

~市原の交通刑務所内で、受刑者・石塚が殺され、同所内の宮崎が逃亡。遺体は奇妙にも「前へならえ」の姿勢をとっていた。完全な密室で起きた殺人事件は、長野・安曇野を舞台にした政治汚職事件にまで波及していく・・・。「乱歩賞史上最大級の問題作」(!)とも言われた作品だが・・・~

確かに、巷の評価通り「瑕疵の目立つ」作品なのは間違いない。
ただ、全体的な評価としては、乱歩賞選考委員である恩田陸氏のコメントどおりで「ひとことで言うと、志が高い。描こうとしている絵の大きさや、やろうとしていることのハードルの高さに惹かれた。」ということになるのだろう。

中盤以降、視点人物がつぎつぎ入れ替わるというのは、やっぱり「いただけない」。
特に「中島」(登場人物ね)などは、果たして視点人物として必要だったのか、たいへんに疑わしい。
また、探偵役として事件を推理&探究するのは、結局誰だったのか? それっぽく登場している武田警視にしても、自身の立場や家庭環境に憂うという役回りばっかりで、事件の探求はさっぱり・・・
「傷だらけ穴だらけの中盤」という東野圭吾氏の選評も「そうだなあ」と頷かざるを得ない感じ。
(「密室」の処理の仕方もちょっとヒドイ)

そして、単行本では「衝撃のラスト」だったろう、最後の1行。
これも、ミステリー好きなら十分に「予想範囲内」じゃないかな?
今回追加された「ある登場人物の手記」で、一応は作品全体に貫かれる動機や構図が明らかにされたのはまぁよかった。

というわけで、どうしても「穴」を付く書評になってしまいますが、処女作品ということを考えれば、それはそれでスゴイこと。
(交通刑務所の様子が詳細に描かれた「序章」が、個人的には本作の白眉だったなぁ。)

No.633 6点 愛は血を流して横たわる- エドマンド・クリスピン 2012/02/01 22:02
名探偵・フェン教授登場作品。
全部で9作しか長編を書いてない作者ですが、本作はちょうど脂の乗った中期の作品。

~化学実験室からの薬品盗難、終業式の演劇に出演する女子生徒の失踪という不祥事の連続に、スタンフォード校長は頭を抱えていた。だが事態はそれだけに留まらず、終業式前に2人の教師が殺されるという惨事まで発生するに至り、校長は来賓として招待していた名探偵・フェン教授に助力を求めた。早速赴いた犯行現場で、鋭い推理を披露するフェンだが、なんと翌日には第3の殺人が・・・
卓越した着想とユーモアに溢れた英国探偵小説の傑作~

本格ミステリーとしてのプロットはよくできていると思った。
「学校」を舞台とした連続殺人事件というのは、英国の本格物ではよく目にするが、本作も何となく既視感のある展開。
当初は連続殺人をつなぐ「環」が見付からないが、「○○ーク○○アの○○」という大きな「動機」が判明してからはほぼ一直線。
フェン教授の推理は、物証などから丹念に演繹していく推理方法で、なかなか読み応えがあった。
軽いタッチの文章は好みは分かれそうだが、読みやすさはかなりのもの。

ただ、この真犯人はどうかなぁ・・・
特定されたロジック自体には何の不満もないが、この人物に対する描写があまりにも少ないので、いざ「こいつが真犯人だ!」と指摘されても、「こいつ誰だっけ?」というのが個人的には最初の感想だった。
犯人が弄したアリバイトリックも、ちょっとお粗末な気がするのも事実。

などという不満もあるのだが、全体的には好感の持てる作品なのは間違いなし。
欲を言えば、もう少し登場人物を絞って、人物造形に深みを持たせてくれればなおいいのだが・・・

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