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E-BANKERさん
平均点: 6.01点 書評数: 1785件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1705 5点 逆ソクラテス- 伊坂幸太郎 2022/09/11 14:27
本作はすべて子供を主人公に書かれた内容となっている。
単行本の作者あとがきで、作者自身が子供を主人公とするのは難しくて、こういう作品ができたことが自分の作家としての経験値の賜物というような表現をされている。そういやー今までなかったかなぁ?
2020年の発表。

①「逆ソクラテス」=確かに! 声の大きい人の評価に引っ張られやすいのが俗世間というもの。それに反する奴はエライ!
②「スロウではない」=運動オンチの大抵が嫌いなもの。それは運動会! 分かるやつは分かる。
③「非オプティマス」=トランスフォーマーのことだよ! 先生も大変だわ!
④「アンスポーツマンライク」=これが本作ベストだな。再度登場する「磯憲」がまるで安西先生のように見える!
⑤「逆ワシントン」=最後の場面でニヤッ!っとさせられる。こいつは絶対にアイツだ!因みに、この「ワシントン」は偉人の方です。

以上5編。
冒頭で「子供主役ってなかったかなぁ?」って書いたけど、今までも伊坂作品にはよく「親子」、特に「父子」が登場していて、実際ふたりの息子を持つ身にとっては実に身につまされる場面に出くわしたりする。
本作もそうだった。
別に「こうありたい」とかいうんじゃないけれど、父-子ってこうだよな、とか、こういうことってあったなぁーっていう何だか懐かしい気分にさせてくれる。

大人は当然大人目線で子供を見るけど、子供は子供なりに十分考えてるんだ、というのが今更ながら分かる(思い出される?)本作。
きっと、読者のなかでも過去の自分自身の姿を投影したりするんだろう。
いつもの伊坂作品ほど緻密な伏線やら、軽快な会話群はないけれど、それはそれで実に味わいのある作品ではあった。

No.1704 7点 メインテーマは殺人- アンソニー・ホロヴィッツ 2022/08/21 14:28
近年の翻訳ミステリーでは稀にみるヒットとなった「カササギ殺人事件」。それに気をよくしたのか、つぎつぎと発表される作者の作品なのだが・・・(まぁ当然だよね)
元刑事のホーソーンと作者自身(ホロヴィッツ)がコンビを組む本格ミステリー。2017年の発表。

~自らの葬儀の手配をしたまさにその日、資産家の老婦人は殺害された。彼女は、自分が殺されると知っていたのか? 作家のわたし=ホロヴィッツはドラマの脚本執筆で知り合った元刑事ホーソーンから、この奇妙な事件を調査する自分を本にしないかと誘われる・・・。自らをワトスン役に配した謎解きの魅力全開の犯人当てミステリー~

まさか、こんな正調な本格ミステリーとは・・・
これが読後の感想。いまや、特殊設定下でしか書けなくなったのかと思わせる我が国の「本格ミステリー事情」なのだが、かのミステリー発祥の地では、特殊設定に頼らない「ミステリー黄金期」を思わせる作品。
まずはこのことに驚かされた。

ギミックとしては、正直なところたいしたことはない。昔ながらの手法の焼き直しというか、味付けを変えたという程度には思える。
特に、動機&背景として重要と思われる過去の事件を目くらましに使う手法。これなんて、クリスティの十八番的やり方だし、これがものの見事に嵌っている。(伏線が微妙だし、後出しじゃないかと言われるとそういう気もするけど)
なので、「大技」=Bestという読者にとっては、やや物足りなく感じられるかもしれない。

個人的には一人称形式というところで、何かしらの仕掛けがあるのか?という目線で読んでいたただけに、そこのところではちょっと残念だったかな。「カササギ」のような作中作を大胆に使ったものを先に読んでいたための期待感なのだが、本作の志向はそんなところではなかったのだろう。
探偵役となるホーソーンの造形についても、いかにも「謎」を含んでいそうな書きっぷり。この辺りは続編での「含み」を持たせたのかもしれないし、いかにも楽しみな感じだ。

全体としては、この「正調さ」に好印象&高評価。
もちろん、密室やら双子やら、嵐の山荘といった「コテコテ」の本格も大好物なのだが、そればっかりだとどうしても「胃もたれ」するので、こういう作品も折に触れ接しておかないと、健康的にも良くない!
そんなことを思った次第・・・

No.1703 6点 龍の寺の晒し首- 小島正樹 2022/08/21 14:27
しばらく読まないでいると、また読みたくなってくる・・・そんな中毒性のある作家、小島正樹。
それはまぁ冗談ではありますが、「詰め込みすぎミステリー」の第一人者としての地位を確立したと思われるのが本作辺り(らしい)。
単行本は2011年の発表。

~群馬県北部の寒村「首ノ原」。村の名家「神月家」の長女・彩が結婚式の前日に首を切られて殺害され、首は近くの寺に置かれていた。その後、彩の幼馴染がつぎつぎと殺害される連続殺人へと発展していく。僻地の交番勤務を望みながら度重なる不運に見舞われ県警捜査一課の刑事となった浜中康平と彩の祖母から事件の解決を依頼された名探偵・海老原浩一のふたりが捜査を進める・・・

なかなか“そそる”紹介文ではありませんか・・・
今回のメインテーマは連続殺人犯というフーダニットはもちろんのこと、タイトルどおり「首切り」。
「首切り」というと、読者はどうしても「入れ替わり」を想起するわけですが、その可能性を誘引するかのような「双子」まで登場し、序盤から「顔つきが似ている幼馴染たち」や「髪の長さ」に言及する表記が多数。つまりは、最初から真犯人や被害者のミスリードを誘う展開ということで、まさに横溝や高木の作風を意識したミステリーになってます。
ただ、今回の「首切り」の理由は弱すぎでは?
「首切り」に限らず、バラバラ殺人の場合、その理由は「アリバイトリックとの連携」というものが多いけれど、今回は必然性がまったく感じられない。まぁ過去の因縁から生じた「動機」が理由にはなっているんだろうけど、ここまでのリスクと回りくどい方法をとってまでやることか!という感は拭えない。
とりわけ、第一の殺人での首の隠し場所には驚いた。まさかの・・・。誰かがちょっと上を見てしまえば間違いなく違和感を持つに違いない!(他の方もこういうところが強引だとか、絵空事という評価につながっているのだろうな・・・)

いやいや、こんなことを言ってはいけない。相手は「詰め込みすぎミステリー」なのだ。とにかく「詰め込まなければ」ならないのだ。
多少の無理矢理や違和感なんて関係ないのだ。「偶然の連続」なんて当たり前ではないか? たいがいの事件なんてちょっとした偶然が引き起こすものなのだから・・・
そういう意味では、とにかく本格ファンを楽しませようとするサービス精神に対しては賞賛を贈りたい。現代(多少遡ってはいるが)にこんな舞台設定を持ち込むこと自体多少の違和感はやむなしということだ。他の作家はこれを忌避した結果、「特殊設定」というアナザーワールドを創造する道を選んだのだから。

ただ、フーダニットはあまりに分かりやすかったかな・・・(まぁCCでの連続殺人の宿命というやつではあるけど)。最後の最後にまさかの協力者(ネタバレ?)を登場させたのは作者の意地ではないか。
海老原浩一シリーズの新作も出なくなって久しくなるけど、さすがにネタ切れなのか。いろいろと辛口を批評をしても、やはりこの「詰め込みすぎミステリー」を渇望している自分がいるのは間違いない(らしい)。

No.1702 6点 問題物件- 大倉崇裕 2022/08/21 14:26
“前代未聞の名探偵(?)犬頭光太郎登場!!」ということで、本作の名探偵は「犬」です。いや、「犬」のぬいぐるみの生まれ変わりである「犬頭(いぬがしら)」です。ということで本来の姿である「犬」を意識したセリフや行動が多数。その辺もなかなか面白い作品。テーマはタイトルどおり、「問題」を抱えている不動産にまつわる事件。
2013年の発表。

①「居座られた部屋」=バブル期にはいろいろと話題になった「地上げ屋」と「占有屋」。そんな過去の遺物を引っ張り出してきたのが本編。取り壊し予定のマンションに一部屋だけ残って出ていかない男がひとり。その男は欠かさずある新聞をとっていた。ということで判明した事実と条件を組み合わせればこういう結果になります、という解決。「犬頭」の快刀乱麻ぶりがとにかく面白い。
②「借りると必ず死ぬ部屋」=実に物騒な部屋が今回の調査対象。いかにも怪しい大家の男が登場するが、結局・・・、という展開。でもこの「動機」は結構コワイ。こんな執念があるなら他で使ってほしいものだ。
③「ゴミだらけの部屋」=いわゆる「ゴミ屋敷」はTVのワイドショー辺りでもたびたび登場するけど、今回の物件もまさにソレ。「人はなぜゴミを集めるのでしょう?」 「それは集めたいからです」ということで、なぜ「集めたい」のかが鍵となる。息子が失踪した日と同じ日に発生した警官殺人事件。当然関連があるわけで・・・
④「騒がしい部屋」=いわゆる“ドッペルゲンガー”がテーマとなる本編。自分の部屋に帰ってみると、椅子や机が勝手に動き出すわ、あるはずのない上階から大きな音が聞こえるわ・・・そりゃあ気も狂うわねえ・・・ということなのだが、そこには大いなる(いや、ちょっとした)理由が隠されていた。
⑤「誰もいない部屋」=住人がつぎつぎと失踪してしまう部屋が今回の調査対象。今まで4人の人間がいつの間にか失踪しているのだが、実はこのマンション自体にも謎が隠されていた。真相が強引すぎるけど、2022年の昨今、世間を騒がせているあの団体にもこういうことは起こるのだろうか?などと邪推するような真相。最後まで「犬頭」さんの推理力&行動力は素晴らしい。

以上5編。
なかなかのキャラです。名探偵「犬頭(いぬがしら)」。短編らしく調査過程もそこそこにあっという間に事件を解決してしまう。そして邪魔しようとする非合法な男たちはバッタバッタと倒していく! 久々に爽快感すら感じさせるキャラだった。
プロットとしては、どこかで読んだことあるようなものが多いし、辻褄合わせただけだろ!っていう展開なのだが、短編にはこういう「切れ味」と「論理の飛躍」が必要なことを作者がよく分かっていて、とにかくスイスイ読めるのが良かった。

都会の「集合住宅」っていうのは、ミステリー的にも面白いテーマなのかもしれないね。いろいろな人物が住んでいるのに、誰が住んでいるのか不明だし、分かっていてもその本性までは全然分からないし・・・そこには事件の「種」がいろいろと詰まっている可能性がある、ということなのだろう。
こんな問題物件なんて、そこかしこにあるんじゃないか?
(個人的ベストは⑤。一番無理矢理感が薄いような気がする。後は横一線かな・・・)

No.1701 6点 双生児- 折原一 2022/08/06 11:51
今さら「双子トリック」メインのミステリー?
タイトルだけからすると、そう思ってしまうのだけど、そこは折原一だから・・・。きっと作者らしい仕掛けがあるに違いない(多分)
2017年の発表。

~安奈は自分にそっくりな女性を街で見かけた。それが奇怪な出来事の始まりだった。後日、探し人のチラシが届き、そこには安奈と瓜二つの顔が描かれていた。掲載の電話番号にかけるとつながったのは・・・。さつきは養護施設で育ち、謎の援助者「足長仮面」のお陰で今まで暮らしてきた。突如、施設に不穏なチラシが届く。そこにはさつきと瓜二つの女性の顔が描かれていて・・・。<双生児ダーク・サスペンス>~

これはかなりな「竜頭蛇尾」ではないか?
散々&長々と読者を引っ張ってきて、メイントリックが「双子」ではなく「〇〇子」だなんて・・・。読者もさすがに気付いていたけど、まさかその程度のオチじゃないよね、って思ってた。
でも、このエピローグ。もはや、作者も引っ張りすぎてギブアップしてしまったような投げやり感。それはいただけない気がした。

途中までは良かったのだ。いかにも折原って感じで、昔の調子よかった頃の作品の風合いに似ていて、「一体どんな仕掛けなんだろう?」って期待させてた。
折原の面白い作品っていうのは、どこか捻じ曲がった登場人物たちが、途中からもはや作者の手を離れたかのように縦横無尽に大暴れしているような感覚。読者にとっては「もう、どうなってるの?」とでも叫びたくなるような感じ、とでも表現すべきか。それでも、ラストには一定のオチや収束が図られ、ミステリーとしての体裁を保っている。
こんな感じなんだけど、本作はうーん。最初に触れたとおり、竜頭蛇尾だ。

「双子トリック」を持ち出すっていうのもなぁー。当然、先例を逆手に取るという方向性しかないのだけど、これでは逆手に取り切れてないと思う。
ただ、プロットとしては決して悪くはなかったのだ(と信じたい)。こういう手の作品に慣れてない読者なら、まずまず引き込める程度の面白さはある。
ただ、如何せん、折原作品を読み込んできた一ファンとしては、どうしても高評価するわけにはいかない。登場人物と同様、こちらの感覚も捻じ曲がりすぎているのかもしれない。

No.1700 8点 黒牢城- 米澤穂信 2022/08/06 11:50
1,700冊目の書評でセレクトしたのは、2021年度のミステリー界を席巻し、直木賞受賞作にもなった本作。
「満願」「王とサーカス」など立て続けにヒット作を発表している作者にしても、まさかの「歴史ミステリー」!
2021年の発表。

~本能寺の変より4年前、天正6年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠もった荒木村重は、城内で起こる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は土牢の囚人にして織田方の軍師・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む?~

本作は有岡城内で起こる4つの事件を中心に、「事件の発生」→「村重を中心に配下たちの捜査の行き詰まり」→「村重が官兵衛に推理させる」→「官兵衛のヒントを元に村重が解決」、というフォーマットが繰り返される。
①「雪夜灯籠」=題材はいわば「雪密室」。足跡のない現場で、ある人質が弓で殺害される。真相は実にミステリーらしい解法。(ミステリーファンとしては現場の地図が欲しい、などと思ってしまった)
②「花影手柄」=敵方との小競り合いのなか、思わぬ成果として敵大将の首級をとることに成功した村重軍。しかし、どれが大将の首級か分からず、村重軍でも「誰の手柄」なのかが判明しない事態に・・・
③「遠雷念仏」=村重の交渉役を務めていた僧・無辺が粗末な庵で殺害され、見張り役をしていた重鎮の配下も惨殺された。官兵衛の言葉にヒントを得た村重は真犯人を突き止めたが、その糾弾の舞台で更なる事件が発生する!
④「落日孤影」=有岡城にて援軍を待つ村重たちは、宇喜多氏の裏切り、毛利軍の援軍中止を知り、窮地に陥る。長年領地経営に苦心してきた村重だったが、思わぬ事実が突き付けられることに・・・

以上が各話の概要。天正年間の僅かな期間の物語なのだが、それでも戦国時代らしく、数多の綺羅星のような武将たちが、濃厚で深みのある人間ドラマを魅せてくれる。
そして、これは「歴史小説」なのではなく、やはり「ミステリー」そのものなのだ。村重⇔官兵衛の関係は、異形ではあるが、ミステリーではお馴染みの「名探偵と助手」の変型版だし、現場を見ることなしに推理を語るさまは「安楽椅子探偵」そのもの。
連作の各話ではそういうミステリーの伝統的なフォーマットに則り、事件や謎が解決されていく。しかし、そこは企み十分の連作形式というやつで、物語全体を大きく揺るがし、そしてひっくり返すような「仕掛け」が施されている。それが一つだけではなく、複数の「裏筋」が用意されているというのが作者のスゴイところか。
読者は一度ならず、何度も驚かされることになる。
そして迎えるラスト。ド派手で起伏の大きい中身に比べると、静かにフェードアウトしていくような感覚が逆に余韻を残すことに。ラストは史実との整合性を図ったようなので、このような形に落ち着いたのかもしれないけど、これはこれで良かったのかもしれない。

いやいや、しかしながら作者の充実ぶりはどうだろう。今最も「脂ののったミステリー作家」と呼んで差し支えないと思う。ここ最近の佳作に加えて本作。他の作家たちとは一段も二段も高いレベルに到達したような感じさえ覚えた。
直木賞受賞もある意味当然かもしれない。これからも「エンタメ」としてのミステリー作家の矜持を忘れず、スゴイ作品を出していただきたい。そう願わずにはいられない大作だった。

No.1699 6点 八人の招待客- パトリック・クェンティン 2022/08/06 11:48
Q・パトリック名義(R.ウィルスン・ウェップとH.キャリンガム・ホイーラーの合作)で著された中編2本で構成。
まさにCCど真ん中という感じ(雪の山荘)の表紙絵が印象深い。
発表は①が1937年で②が1936年、とのこと。

①「八人の中の一人」=“大晦日の夜、マンハッタンの40階の摩天楼の最上階に集まった株主たちが、会社合併の是非を問う投票をしているところへ合併を阻止するべく真夜中までに株主たちを全員抹殺するという脅迫状が舞い込む。階下へのエレベーターは止まり、電話も通じず階段に通じる扉は施錠された。照明のヒューズも飛び、株主たちは暗闇の中に閉じ込められてしまう・・・~”
ということで、究極のCCとでも表現すべき舞台設定で心躍るが、全体的な印象としてはパッとしない。
フーダニットの分かりやすさ(=いかにもという人物が真犯人)や、展開の安易さが目に付く。分量も分量だしまぁしようがないかなという気もするけど、メインが「犯人捜し」なのか「閉じ込められサスペンス」なのか、どうも二兎を追ってしまったことがあだになった感じ。どうでもいいけど、1936年っていうと日本では2.26事件が起こった年。日本だとそんな時代がかった年に、アメリカでは現代でも通じるようなビジネスシーンが描かれていたということで、やっぱ違うよね・・・

②「八人の招待客」=“過去に公表できない秘密を持つ男女に奇矯な言動で知られる富豪から不穏な招待状が届く。富豪の意図は共通の敵である脅迫者を招待客たちと共に抹殺しようというものだった。ところが、富豪の計画は招待客の一人の裏切りから予想外の窮地に追い込まれていく。折からの雪嵐に閉じ込められ、電話も交通も電力さえも遮断された暗闇の邸宅で、邪悪な連続殺人が幕を開ける~”
なんて普遍的なミステリーのテーマなんだ! 舞台設定だけだと、「金田〇〇〇の事件簿」当りで絶対取り上げそうなプロット。他の方も触れてますが、「そして誰もいなくなった」との相似性については私もあまり感じなかったなぁー
途中までは実によい。展開は①と同様安易さが目に付くけど、こちらはラストまでサプライズ期待もあって読者の興味を引っ張ることには成功している。ただ、まぁあまり派手な展開にはならないので、そこら辺を期待しすぎないように・・・。執事役の男性をかのアシモフの名執事になぞらえているところは作者のご愛敬?

①②とも佳作という水準には達していないかな。でも、本格好きには堪えられない舞台設定だし、一読して損はないだろう。訳も実に平易で読みやすい。
個人的には①<②かな。

No.1698 6点 殺意のシナリオ- ジョン・フランクリン・バーディン 2022/07/11 13:14
「新機軸サスペンスの先駆」。単行本あとがきに解説者の新保博久氏がそう表現されている。
発表された年代を勘案すると、確かにそういう位置付けになるのだろうなぁーと思った次第。
原題”The Last of Philip Banter” 1947年の発表。

~新聞記者から現在は妻のお陰で広告代理店の社員となったフィリップのオフィスの机上に、ある朝置かれていたタイプ原稿。それは彼の過去数日の行動とこれからの出来事がまるですでに起きたことであるかのように書かれていた。アルコールに溺れる彼は、その告白が自分の書いたものなのか誰かが何らかの目的で書いたものなのか判断できない。しかもそこで書かれていた未来が実際に現実となっていくのを知り恐怖に囚われる・・・~

そうか。J.Fバーティンって「悪魔に食われろ青尾蠅」を書いた作者だったのか・・・
かなり突拍子もなくて、虚構か現実か判然としない世界観が目を引いた「悪魔に」に比べると、かなり取っつきやすいストーリーだった。
紹介文のとおり、物語のカギは「告白」という名の未来を予言するかのようなタイプ原稿と、それに接するうちにアルコールに溺れていき、現実と虚構の狭間を行き来することになる主人公。
これは恐らく合理的な解決はつかないのだろうと想像していた矢先、ふいに訪れた殺人(?)事件と、急浮上した探偵役が指摘する「真犯人」。
アレっ? もしかしてマトモなミステリー?
これがもしかすると一番のサプライズかも。そう、かなりマトモなミステリーなんです。
探偵役は精神科医が務めてるし、もちろん主人公フィリップの心の闇を探るという心理サスペンス的な要素も濃いのだが、探偵はちゃんと最後に真犯人を指摘してくれる。
ただ、問題なのはそれが今ひとつ「まともすぎる」ことか・・・。動機もそりゃそうだろうね、というべきものだし。
P.ハイスミスは本書を「簡単に忘れることのできない恐怖の小説」と評したそうだが、現代的な目線からはそこまでの「恐怖」はない。(それはまぁ時代性からも仕方ない)

ということで思いがけずマトモで良質なミステリーを読むことができたという感覚。
これならもっと評価されても良いように思える。
本作に影響を受けたという作家や作品も結構あるんじゃないかな?

No.1697 6点 無垢と罪- 岸田るり子 2022/07/11 13:11
~幼き日の想いや、ちょっとしたすれ違いが月日を経て意外な展開へと繋がる連作集~
というわけで、寡作な作者が発表した企みに満ちた連作短編集。
2013年の発表。

①「愛と死」=連作の初編は、小学校の同窓会が舞台。24年振りに初恋の女性と再会した本編の主人公なのだが、彼女はどこかおかしい。そしてその翌日、彼女がすでに死んでいたことを知る・・・。一体なにが?
②「謎の転校生」=①の脇役が本編の主人公。舞台は京都市内の中学校へと変わる。謎の転校生が落とした手紙が更なる謎を呼ぶことに・・・。一応、それには決着が着くのだが、どこか不穏な空気が。
③「嘘と罪」=②の脇役が本編にも登場。京都市内のあるアパートを舞台にして起こる哀しい殺人事件。罠に落ちたと理解した主人公はその運命を受け入れてしまう。
④「潜入調査」=①~③のからくり、裏事情が少し明らかにされる本編。②に登場した謎の転校生の「謎」が明かされる。でも、いくら似てるからと言っても年齢的にキビしいのでは?
⑤「幽霊のいる部屋」=①に登場(?)した女性が再度本編の主人公で登場。今の時代、まるで昭和の昔に返ったような貧困化が進んでいるというけれど・・・。こんな死はツラい。
⑥「償い」=連作の謎が一応明らかにされる最終作。物語のキモになっていた過去の殺人事件についても真犯人が明かされる。

以上6編。
他の方も書かれてますが、連作形式にはなっているけど、長編と評した方が適切なのかもしれない。
ただ、こういう企みに満ちた連作短編集は個人的に大好きなので、形式に拘ることは評価したい。
時系列がかなり操作されて(=作者の意図に合わせた順に読者に開示される)見せられるだけに、最初の反応としては「エッ!」っていう感じになり、後の連作で「あーあ、なるほど」と納得させられる。この辺りが作者の腕の見せ所となるのだ。

特段、読者が推理に参加できるというスタイルではないけれど、登場人物たちとシンクロしながら、時代や登場人物たちの成長に合わせて「謎」を追っていけるというプロット。
まーぁ、小粒ではあるけど、面白くはあった。

No.1696 6点 火星に住むつもりかい?- 伊坂幸太郎 2022/07/11 13:10
またもや作者の独特の世界観が披露されることとなる作品。
次から次へとよくもまぁ、こんなこと考えられるよなぁーって素直に思います。
2015年の発表。

~「安全地区」に指定された仙台を取り締まる「平和警察」。その管理下、住人の監視と密告によって「危険人物」と認められた者は衆人環視の中で処刑されてしまう。不条理渦巻く世界で窮地に陥った人々を救うのは、全身黒ずくめの「正義の味方」。ただひとりディストピアに迸るユーモアとアイロニー。伊坂ワールドの醍醐味が余すところなく詰め込まれたジャンルの枠を超越する傑作~

これまでも他の誰もが真似できないような、様々な世界観を創造してきた作者。人はそれを「伊坂ワールド」と呼ぶ(↑紹介文でも書いてるしね)
ここまでくると、何だか、「伊坂ワールド」っていうテーマパークができてもおかしくない気がする。「オーデュポンの祈り」ワールドや「陽気なギャング」ワールド、「殺し屋シリーズ」ワールド・・・etc
きっと楽しいアトラクションなんかができそうだ。「ゴールデンスランバー」ばりに逃げ回るアトラクションとか、「死神」とシンクロしながら館内を回っていくアトラクションとか・・・
でも、そんな非現実的な世界観のはずなのに、今回も場所は「仙台」という作者のホームタウンに設定されている。しかも、話の中心となるのは「ある床屋」っていう実に庶民的な場所。
このリアルと非リアルがいい塩梅に混ぜ合わさったとき、傑作が生まれるんだろうなと感じる。

そこで本筋に入るわけだが、今作で登場する世界。「平和警察」に監視され、国家に都合の悪い人々は公開処刑されいくという世界。
読む人は当然、昨今の強権国家、中国、北朝鮮、ロシア・・・を思い浮かべることになる。本作の発表は7,8年前だから、今のロシア情勢なんて想像つかなかったはずで、作者の慧眼には頭が下がるけど、かの国々はこんな状況で日々暮らしているのだろうか?
本作で作者は「偽善者」という単語を登場人物を通じて何度も語らせている。「ロシアは酷い」「プーチンは狂っている」などと繰り返すマスコミや評論家を見ていると、どうしてもそういう言葉を出したくなる・・・
いやいやあまり政治的な話はよそう。そういうわけで本作のエンタメ的な要素は他作品に比べると薄い。タイトルは多分に逆説的で、こんな(監視下の)地球でも住みたいでしょ、そうじゃなかったら「火星にでも住むかい?」っていうことかな? それでも地球に住むしかない人類。「国」規模で考えるんじゃなくて、「地球」規模で考える人間でありたい。なんてことを考えたんだけど。毎日しようもないことで悩んでいる一庶民です。それもやむなし(かな?)。

No.1695 5点 レンブラントをとり返せ- ジェフリー・アーチャー 2022/06/02 21:37
稀代のストーリー・テラーが贈る新たな主人公によるシリーズ開幕編。
作者もなぁ・・・齢80を超えてなお作品量産するエネルギー、恐るべし!
原題は“Nothing Ventured”。2019年の発表。

~本物のレンブラントには右下隅に<RvR>と署名があるんです・・・。ロンドン警視庁の新米捜査官ウィリアム・ウオーウィックは大学で学んだ美学を武器に警察が押収した絵画を即座に贋物と見破り、捜査班のメンバーに抜擢される。追うのは稀代の大物名画窃盗犯。二転三転の攻防の末、ついに決着は法廷にもつれこむ。一筋縄ではいかない結末に名ストーリーテラーの技が冴えわたる美術ミステリー~

タイトルからすると処女作の「百万ドルをとり返せ」をイメージしてしまう。ただ、処女作は実に軽快で気の利いた「コンゲーム」要素のミステリーだったのに対し、本作は軽快さは匹敵するものの、ちょっと分りにくい(特に中盤)展開だったように思う。
これからシリーズ化を目論んでいるためなのか、冒頭は主人公のウオーウィックや彼の家族の人となりを丁寧に紹介したりで、なかなか本題に入っていかない。
で、本物のレンブラントをとり返す「本筋」もどうもモヤモヤしていて、なんだかんだやってるうちにとり返した!とでも表現したくなってくる。ついでに、彼のフィアンセとなる女性の父親の無実の罪を暴くという脇筋まで盛り上げようとしているから、どうも本筋が盛り上がらないままフィナーレを迎えてしまった印象が強い。

美術ミステリーに特化するなら、レンブラントとかその周辺の蘊蓄なんかも絡ませる方が面白くなったのかもしれないけど、その辺りも特段なかったしなぁ・・・
どうも作者の「ひとりよがり」の部分が目に付いた感がある。
個人的には作者といえば、「短編集」の方が面白いという評価が固まった感があるので、次作は是非短編集を出してもらいたい。(年齢的にもそろそろ最後の短編集かもしれないしねぇ)

No.1694 5点 緋色の残響- 長岡弘樹 2022/06/02 21:36
~刑事であった夫が殉職後、強行犯係の刑事として、またひとり娘の母親として日々を過ごす羽角啓子。中学生の娘。菜月の将来の夢は新聞記者になることだ~
ということで、今一番「短編の名手」という名前に相応しい作者の短編集。2019年の発表。

①「黒い遺品」=へぇー、もう今ってモンタージュはなくなってるのね。というわけで、目撃者となった娘・菜月は途切れがちになる記憶を手繰り似顔絵を描くことに。真犯人は最初から何となく自明。
②「翳った水槽」=家庭訪問に訪れた女性教師。母親(啓子)に会えず帰っていった教師が何者かに殺される事件が発生。たまたま教師の自宅へ訪れていた娘・菜月・・・って、よく関係者になるよね。で、今回も真犯人は何となく察してしまう。メダカの性質のことは・・・知らなかった。
③「緋色の残響」=娘・菜月が昔通っていたピアノ教室。懐かしさから訪れた結果、生徒が絡む殺人事件に巻き込まれることに。で、この「残響」なんだけど、深読みし過ぎじゃない?
④「暗い聖域」=中学生の分際で〇〇なんて・・・。昔、これをテーマにした地上波ドラマもありました。しかし、またしても事件の関係者は娘・菜月の同級生。
⑤「無色のサファイア」=いくら新聞記者志望でも、こんなことやるかねぇ・・・。相当非現実的だと思うんだけど・・・。

以上5編。
現在のミステリー界でここまで短編に拘っている作家も珍しい。短編好きの私としてはできるだけ応援したい気持ちはある。
短編は、長編と違って書き込める量が少ない分、どうしても紋切り型になりやすい。特に意外な結末なんかを用意しようと思えば思うほどリアリティを犠牲にすることになる。
本作は、連作短編集としてもまぁよくできてるとは思う。、同じ学校や娘の生活圏で、よくもまあ殺人事件が頻発するもんだという横槍は入れたくなるんだけど、これはまぁ仕方ないかな。

でも何かひとつ食い足りない気がする。何だろう?
強いて言えば「リズム」とか「余韻」のようなものか。そういう意味では横山秀夫や米澤穂信の域には達してないかな。でも、これからもどんどん短編を発表してください。
(個人的ベストは②かな。他もあまり差はない。)

No.1693 6点 元彼の遺言状- 新川帆立 2022/06/02 21:35
デビュー作にして早くも豪華キャストによる地上波ドラマ化!
これ以上ないくらい順風満帆な作家人生のスタートではないか(?)
で、この作者もまたも「東京大学卒業」という経歴の持ち主ということで、最近のミステリー作家の高学歴化はすさまじい・・・2021年の発表。

~「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」。元彼の森川栄治が残した奇妙な遺言状に導かれ、弁護士の剣持麗子は「犯人選考会」に代理人として参加することになった。数百億円ともいわれる遺産の分け前を勝ち取るべく、麗子は自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走する。ところが、件の遺言状が保管されていた金庫が盗まれ、さらには栄治の顧問弁護士が何者かによって殺害され・・・~

何ていうか、なかなかに計算された作品だなぁーという印象。
これがデビュー作なんだから、さすが最高学府卒業の弁護士と言うしかない。
まずはプロットの目新しさ。「犯人を探す」のではなく「犯人を仕立て上げる」のだ。わざわざそういう状況を作り上げるための「お膳立て」を創作する⇒そのなかで思いもよらぬ殺人事件が発生⇒登場人物のなかで「実は・・・」という人物&状況を予め作っておく、というような創作パターンなのかな?
確かに、真犯人についてもある程度のサプライズ感はあるし、現代ミステリーのフォーマットは全て押さえてると思う。

ということでまずは褒めてみたわけだが、ここから辛口・・・っておもってたけど、あまり思い付かない。
他の方が書かれている主人公・剣持麗子のキャラへの反感はあまり感じなかったなぁー
これは男性視点と女性視点の違いなんだろうけど、男性からは「なんだそりゃ!」って思うことでも、女性からは「そうそう」って思うんだろうし、女性の社会進出(こういう言葉自体が女性蔑視だろうけど)がここまで普通になった世の中なんだから、これかこれで全然ありだろう。で、女性の方が割り切りが出来ているから、「金、かね、カネ」っていう書き方もすんなり受け取れた。

続編もすでに発表されて、すでに話題になっているのだから、これからの活躍も約束されたようなもの・・・かどうかは分からない。群雄割拠のミステリー作家の世界、そんなに簡単じゃないだろう。でも期待は大。

No.1692 7点 medium 霊媒探偵城塚翡翠- 相沢沙呼 2022/05/07 18:30
『霊媒探偵 城塚翡翠』シリーズの第一弾、と言えばいいのか?
2020年度の「このミス」でも第1位に輝き、作者の名前を一躍のし上げた作品。
単行本は2019年の発表。
~推理作家として難事件を解決してきた香月史郎は心に傷を負った女性、城塚翡翠と出会う。彼女は霊媒であり、死者の言葉を伝えることができる。しかし、そこに証拠能力はなく香月は霊視と論理の力を組み合わせながら事件に立ち向かう。一方、巷では姿なき連続殺人鬼が人々を脅かしていた・・・~

①「泣き女の殺人」=『冒頭からかなりの伏線が撒かれてるから要注意!!』 読了後だから言えるこの言葉。本編については、香月と翡翠のコンビが出会い、香月の女友達が殺害される事件を早速解決に導く。ロジックの鍵は「アイス・コーヒー」と「水滴」・・・。
②「水鏡荘の殺人」=いかにもなタイトルですな。ベテランの推理作家の別荘(水鏡荘)に集まった関係者たち。当然に起こる殺人事件。焦点はアリバイとなるのだが、香月のロジックは真犯人をなかなかひとりに絞り込めない。で、翡翠の力が論理と融合し・・・。ロジックの鍵は「新刊ミステリー」(?)
③「女子高生連続殺人事件」=同じ女子高に通う生徒が連続して殺される事件が今回のテーマ。事件の焦点は女子高の写真部になっていくのだが、ロジックの末に炙り出されたのは意外な犯人。そしてロジックの鍵は「スカーフ」(学年で色違いの)
④「VSエリミネーター」=これこそが「種明かし」となる最終話。いやいや、なかなかたまげた! ①~③の流れだけなら「このミス」1位にゃなんないよねぇ。ミステリー好きなら真犯人の正体は最初から明白だったかもしれないけど、このレベルでロジックをロジックでひっくり返すという手法はなかなか!

ということで連作形式で全4編。
とにかく、最終話で詳らかにされるロジックの連続が圧巻。上にも書いたけど、冒頭から伏線に次ぐ伏線なので、再読した方がいいのかもしれない。
毎年数えきれないくらいのミステリーが発表されてるわけだから、読者に如何にサプライズを起こさせるのかに作家さんは苦心するはず。で、苦心の結果がコレなら、大成功の部類ではないか。
中途半端なロジックは小うるさいと感じてしまう昨今、ロジックに拘りぬいたことも称賛したい。「特殊設定下」ばかりが幅を利かすなか(本作を特殊設定とするかどうかは微妙だが)、文章の力で読者を「騙す」、いや「騙せる」力量はさすがというところ。
(きっと次作以降に活きてくる伏線もあるんだろうね)

No.1691 3点 民王 シベリアの陰謀- 池井戸潤 2022/05/07 18:29
まさか続編が出るとは! もはや池井戸人気の賜物としか言えない。
前作の記憶はもはやないのだけど・・・読んでくうちに「あぁそうだったなぁー」って思い出してきた
単行本は2021年発表。

~人を狂暴化させる謎のウィルスに、マドンナこと高西麗子環境大臣が感染した。止まらない感染拡大、陰謀論者の台頭で危機に陥った第二次武藤泰山内閣。ウィルスはどこからやってきたのか? 泰山は国民を救うべく息子の翔、秘書の貝原とともに見えない敵に立ち向かう!~

うーん。なんでこんな作品出したんだろう?
もちろん2年以上以上続いている「新型コロナウィルス禍」はあらゆるもの、もちろん出版界にも影響を与えているのは間違いないのだけど、あえてこんなテーマをぶつけてこなくても。
これじゃあ、単なる「イロもの」作品になってしまう。

1つ1つあげつらっても仕方がないのだけど、今回はしかも「シベリア」の陰謀っていうことで、シベリア=ロシアということも確信犯なのか、単なる偶然なのか?
まぁコロナ禍当初からウィルス=中国震源説やら怪しげな風評はいくつもあったし、作中に出てくる、温暖化で北極やシベリアの永久凍土が溶けだしてそこから太古のウィルスがはびこる、なんてゴシップ、いくつも目にしたような気がするし。
そんな都市伝説的な話をいくつもつなぎ合わせたような話=それが本作。
こんな作品を池井戸潤が発表してはダメだ。
作者に期待しているのは、熱い(暑い?)男たちが、自分の矜持をかけて、組織の壁に決して挫けることなく、ひたすら前に突き進む物語だ。
フィクションと分かっていても、心を揺さぶられずにはいられない、そんな物語を期待しているのだ。
それを曲げてはいけない。こんな世間に迎合するような作品は他の作家に任せてもらいたい。

いやいや、どうでもいいような書評かいてしまったなぁ・・・
(もう続編はいいよ)

No.1690 7点 エコー・パーク- マイクル・コナリー 2022/05/07 18:24
「終結者たち」に続くハリー・ボッシュシリーズの第12作目(当ってますか?)の本作。
前作でロス市警に復帰し、未解決事件班で相棒のキズミン・ライダーとともに捜査に没頭するボッシュのもとに、またもや彼を揺さぶる「過去の事件」が迫る!
2006年の発表。

~ロサンジェルスのエコー・パーク地区で女性ふたりのバラバラ死体を車に乗せていた男が逮捕された。容疑者は司法取引を申し出て、死刑免除を条件に過去九件の殺人も自供するという。男の口から語られるおぞましき犯罪。その中には未解決事件班のボッシュが長年追い続ける若い女性の失踪事件も含まれていた!~

個人的にいうと本シリーズに初めて接してからかれこれ10年以上たつけど、色あせない感が半端ない。
本作を読了して改めてそう感じた。それだけ、ハリー・ボッシュという主人公は魅力的に描かれているんだろう。
本作の舞台はタイトルのとおり、LAの中心部にあるエコーパーク。
ネットで調べてみると、LAの市民に長年愛されている「憩いの場」らしい。
そんなのどかな公園を舞台に、ボッシュはまたもや自身の進退を賭けた事件に挑むことになる。

本シリーズでは“あるある”なのだが、市警やFBIといった、いわば「身内」の中に真の黒幕が存在するケース。
(あんまり言うとネタバレだが)今回もそのケースが当てはまってしまう。
ということは、やはりボッシュは「罠」に嵌ってしまい、警察官としての立場を追われかねないピンチに陥る。
しかし、この辺のプロットはある意味単純なんだけど、コナリーの見せ方のうまさというか、熟練した盛り上げ方というか、うまい誉め言葉が思いつかないけど、結局読者はハラハラさせられた後に、痛快な感情を抱けるようにつくられている。
今回もそう。ただ、今回はこの「黒幕」がちょっと小物すぎたのがやや不満・・・。ラストのプールの場面、ちょっと可哀そうな気さえした。
そして、本作ではボッシュを取り巻く2人の女性。キズミン・ライダーとレイチェル・ウオリングとの関係にも重大な変化が訪れる。(前者は引き続きボッシュの味方となるが、後者は今後どうなるのか?)
いずれにしろ、ここまで熟成されたシリーズなのに、ますます今後の展開が気になるというすごさ。
やはり、本場のエンタメは一歩も二歩も先を行っているということなのかな。
(ここまで身内に裏切られるなんて、一体どんな組織なんだ?って思わないのかな・・・)

No.1689 7点 シグニット号の死- F・W・クロフツ 2022/04/15 22:38
「フレンチ警部と漂う死体」に続くフレンチ警部シリーズで17作目の長編。
ある大富豪を巡る失踪事件、その後に続く密室殺人事件がテーマとなる。
原題“The End of Andrew Harrison”。1936年の発表。

~船室は密室状態だった。ベッド脇のテーブルには塩酸入りのデカンタと大理石が入ったボウルが載っていた。そしてベッドには船の持ち主で証券業界の大立者が死んで横たわっていた。死因は大理石の酸化で発生した炭酸ガスによる中毒。自殺だろうか? いやとフレンチはかぶりをふった。二週間前に起こったこの富豪の失踪騒ぎも株価を操作して大儲けするために打った芝居とまで言われている。そんな欲の塊のような男が自殺するだろうか?だが他殺を疑うフレンチの前に容疑者のアリバイは次々と立証されていった~

多くの方は「いつものクロフツでちょっと退屈・・・」と思うのかもしれないけど、私個人としては「いつものクロフツでなかなか面白かった」という感想である。
今回のフレンチもかなり苦労する。終章近くになりようやく真犯人の姿が見えてきたと思いきや、次々とアリバイが成立してしまうという窮地に陥る。このページ数で解決するのか?と読者ながら心配したことろへ、突然(唐突?)に訪れる光明!これが契機になり、スルスルと真犯人が判明してしまう。
じゃぁ、これまで散々読まされてきたフレンチの捜査行は一体何だったの?っていう感想も分かることは分かる。
でも、それこそが「リアリズムの良さ」なんだと思う。
とにかくフレンチは一生懸命である。無駄の可能性が高い脇筋にも丁寧に当たる。これこそが名探偵ものミステリーとは一線を画すクロフツの醍醐味に違いないし、これがなければクロフツではない。

ただ、既視感があるプロットなのは確か。
今回は富豪の家族内のいざこざというのが株価をめぐる真の動機を隠すうまい煙幕となっているのか・・・と思いきや、そこはさすがに作者も工夫してきてる。ただ、テイストとしては「マギル卿」や「英仏海峡」に近いし、そこら辺りはまぁ・・・いいっていうとこで。
でも、読了後は十分な満足感を得た。
あと、他の方も書かれているとおり、巻末の紀田順一郎氏の解説はなかなか読み応えがあり、的確なクロフツ評になっていると思われる。

No.1688 7点 火村英生に捧げる犯罪- 有栖川有栖 2022/04/15 22:37
火村英生を探偵役とするシリーズとしてはちょうど10冊目の短編集となる本作。現代社会で、ひとりの探偵で短編集10作目というのは、ある意味称賛に値する(かも)。
収録作は2002年から2008年にかけて発表したもの。単行本は2008年発表。

①「長い影」=タイトルは事件解決のきっかけの1つとなったもの。本シリーズの見本のような短編なのだが、まとまりの良さが半端ない作品でもある。アリバイはやや陳腐。
②「鸚鵡返し」=鸚鵡といえばやっぱりアレだよね。そうそう、まるで人間がしゃべっているみたいに・・・
③「あるいは四風荘殺人事件」=なかなか面白い趣向の本作。推理クイズのようだと言うべきか、まさに「新本格」というべきか・・・いずれにしても一瞬で見抜く火村の慧眼が光る。
④「殺意と善意の顛末」=”善意が殺意に勝つ”ということかな?
⑤「偽りのペア」=なるほど・・・。スリッパをみてそれに気付いたわけか・・・。それだけだけどね。
⑥「火村英生に捧げる犯罪」=これは佳作。冒頭からの奇妙な出来事(大阪府警宛の挑戦状、有栖への盗作疑惑)が現実の殺人事件につながっていく、というプロットはシャーロックホームズの頃からの面白い短編の定番。
⑦「殺風景な部屋」=これは推理クイズ。
⑧「雷雨の庭で」=これも実に本シリーズっぽい短編。細かいアリバイチェックを疑似餌として、真相は「エッ!」という単純なもの。こういうプロットこそ短編の命だろう。

以上8編。
これまで本シリーズに対しては、「あまり面白くない」とか「相性がよくない」などと否定的な意見を書いてきましたが、本作はそういった評価を翻したくなる作品だった。
「さすがは有栖川有栖」とでもいうべきで、今の世の中にここまで安定感のある短編集を発表し続けていることはある意味奇跡かもしれない、というべきレベル。

昨今の本格ミステリーは「特殊設定もの」が幅を効かせており、それだけ普通の状況下で本格ミステリーを書くのが難しいということなのだろう。そんな環境で「普通」の本格ミステリーを書き続ける作者。
これが「王道」。今、有栖川有栖がミステリーの王道になったということ?
(⑥は佳作。①と⑧はファンなら好きになるのではないか)

No.1687 6点 紅蓮館の殺人- 阿津川辰海 2022/04/15 22:36
またしても東京大学卒のミステリー作家が登場。しかも、これぞ「ド本格」という作風で。
しかし、ミステリー作家は好きだよねぇ「~館」というタイトルが・・・(版元が好きなだけ?)
2019年の発表。

~山中に隠棲した文豪に会うために、高校の合宿を抜け出した僕と友人の葛城は、落雷による山火事に遭遇。救助を待つうち、館に住むつばさと仲良くなる。だが翌朝、吊り天井で圧死した彼女が発見された。これは事故か殺人か? 葛城は真相を推理しようとするが、住人と他の避難者は脱出を優先すべきだと語り・・・。タイムリミットは35時間。生存と真実。選ぶべきはどっちだ~

うーん。これは・・・ミステリー的なガジェットを除いた部分だけだと「随分と若書きだなぁー」という感想。
「若書き」というより、「青い」という表現がしっくりくるかな。
「探偵とは生き方だ」なんて、コナン君でもないと言わないような台詞だしな・・・
特に終章のふたりの名探偵の対決シーンは、「いる?」って思う人が多そうだな。

まぁ、そもそも作者自身がお若いんだから、「若書き」なのも「青い」のも仕方のないことだし、最初から老獪な文章を書くよりは好感が持てる(のかもしれない)。
で、ミステリーとしての本作の評価としては・・・確かに本格ファンの心をくすぐる出来にはあると思う。
「偶然」(特にこんなに濃厚な関係者たちが一堂に会すること)の要素が強すぎるのは誰もが思うことだろうし、ここは工夫の仕様があったのではと感じる。
ロジックについてはどうだろう・・・。消去法を通じて多くの真犯人たる要素をふるいにかけて限定するというよりも、ほぼ1つの要素のみで真犯人を限定していた点がかなり弱い。
といった点が気になりはしたが、総合的にはランキング上位に輝いた水準にはあるだろうと思う。

「館焼失まで〇〇時間」という表記でタイムリミットサスペンスをハイブリッドさせた狙いはあまり効いてなかったように思うが、その辺のちぐはぐさが解消していけば、面白いミステリーが読めるのではという期待は大。
なにせ最高学府出身の頭脳だしね。
でも、葛城と田所の関係性はちょっとキモイと思う。(単なるジェネレーションギャップか?)

No.1686 6点 ある朝 海に- 西村京太郎 2022/03/22 18:07
去る2022年3月6日、作家・西村京太郎氏が永眠された。御年91歳。まぁ大往生でしょう。
本サイトにおいても、特に氏の初期作品に関しては高評価してきた私だけに、やはりここははなむけとして、未読だった初期作品の書評を上げておきたく、本作をセレクトした次第(別に上から目線ではありませんが・・・)
1971年の発表。

~南アフリカ共和国の首都ヨハネスブルグで白人警官に追われていたカメラマン田沢利夫は、見知らぬ白人青年に急場を救われた。この青年は田沢に重大な計画を打ち明け、参加を求めてきた。その計画とは、国連安保理事会にある要求をつきつけるため豪華客船を乗っ取るというものだった。そして、計画は実行に移されたのであったが、事態は予期せぬ方向へ進展する~

舞台は南アフリカ、テーマは南アでかつて問題となっていたアパルトヘイト、ということでやはり時代を感じてしまうんだけど、昨今のロシア⇒ウクライナ侵略の問題でちょうど国連や安保理の様子が日々映像として流されているだけに、タイミングというか、めぐり合わせのようなものを感じてしまう。
本作でも、主要登場人物の一人である国連職員のハンセンが、国連の限界や無力さを嘆く場面があるのだが、50年以上たった今でも、国連や安保理の機能不全やまやかしを感じずにはいられない。
田沢たち犯人グループは幾多の苦難を経て客船をジャックし、国連に対して要求を突きつけるわけだが、その要求に対する回答は全くといっていいほどの「ゼロ回答」なのである。
そういう意味では、本作のプロットは破綻しているのかもしれない。(「ゼロ回答」でない場合は逆にリアリティに欠けるのだから・・・)
ミステリー作品らしく、船内では殺人事件も発生するし、終盤にはちょっとした「仕掛け」も明らかになる。明らかにはなるんだけど、それは「付録」というレベルのものだ。

氏の初期作品には「消えたタンカー」や「赤い帆船」、「発信者は死者」など海を舞台にしたスケールの大きな作品群が目立つ。それは、ミステリ作家として大成を夢見ていた作者の矜持かもしれないし、単純に「海が好き」という好みの表れかもしれない。でも、この瑞々しさはどうだ。登場人物たちもメインは「若者たち」だし、日本や世界の矛盾を題材にしたいという心意気が感じられる。
普通の人にとっては、西村京太郎=トラベルミステリーの人、というイメージだし、確かにその道の第一人者なのは誰もが認めるところ。
でも、やはり氏の本当の実力を知るためには、トラベルミステリー以前の初期作品を手に取らなければならない。作品ごとに斬新なプロットや目新しい切り口の作品を次々と発表していた頃。時折登場していた十津川警部も若く溌溂としていた。時は流れ、人は老い、そして死んでいく。それはどうしようもないことだけど、こうやって残された作品を手に取る機会があること自体、平和の象徴なのかもしれない、と感じる昨今。

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