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E-BANKERさん
平均点: 6.00点 書評数: 1845件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1545 5点 がん消滅の罠 完全寛解の謎- 岩木一麻 2019/10/23 21:54
第15回「このミステリーがすごい!」大賞の受賞作。
作者は実際に国立がん研究センターでの勤務歴もある模様。(医師ではない?)
2017年の発表。

~呼吸器内科の夏目医師は生命保険会社勤務の友人からある指摘を受ける。夏目が余命半年の宣告をした肺腺がん患者が、リビングニーズ特約で生前給付を受け取ったあとも生存、病巣も消え去っているという。同様の保険金支払いが続けて起きており、今回で四例目。不審に感じた夏目は同僚の羽島と調査を始める。連続する奇妙ながん消失の謎。がん治療の世界で何が起こっているのだろうか・・・~

私自身、最近がんに罹った親族がいたりして、テーマとしては興味深いものだった。
親族が入院したのもがん治療専門の国営の医療機関だったわけだが、がん治療というのはまさに日進月歩。私のような門外漢は、がんと言えば切除手術というイメージだったけど、放射線治療にしろ抗がん剤治療にしろ、一昔前とは治療法もまったく違っていることを知らされることとなった。
がんって治る病気なんだね・・・
それでも、がん=死というイメージはいまだ根強いし、人類に立ちはだかる最強の敵に違いない。

で・・・いやいやそんなことは本筋に関係ないんだった・・・
ということで本作の書評なのだが、思ったより厳しい評価のようですね・・・
医療ミステリーは好きなジャンルということもあるけど、プロットとしてはよく練られてるのではと思った。
それもそのはず。巻末解説によると、本作は一度別タイトルで応募されたものを(その時は落選)、大幅に改稿して再度応募されたものとのこと。その分ミステリーとしてのお約束は十分に踏まえて書かれてると思う。
治るはずのないがんが消滅(完全寛解)するという謎も魅力的だし、それを可能にするトリックや動機についても一筋縄ではない、複雑な仕掛けが用意されている。保険会社という存在を加えているのも旨い。
問題は「書き方」「表現の仕方」なのかな。やや平板というか、盛り上げ方に欠けるというか、そこは確かに頷ける。
終章。いきなり派手な展開が用意されているけど、唐突すぎたような・・・

まぁでもデビュー作としては及第点だと思う。
まだまだ医療ミステリーにも未踏の分野はあるのだろうし、次作に期待したい。

No.1544 6点 読者よ欺かるるなかれ- カーター・ディクスン 2019/10/08 21:23
HM卿を探偵役とするシリーズの第九作目に当たる本作。
発表はフェル博士もの「緑のカプセルの謎」と同じ年である1939年。作家として脂の乗った時期・・・なのかな
原題は“The Reader is warned”(意味深なタイトル)

~女性作家マイナが催した読心術師ペニイクを囲んでの夕食会。招待客の心をつぎつぎと当てたペニイクは、さらにマイナの夫の死を予言する。果たして予言の時刻、衆人環視のなかで夫は原因不明の死を遂げた。ペニイクは念力で殺したというが、逮捕しようにも証拠がない。遅れて到着したヘンリ・メルヴェール卿にペニイクは新たな殺人予告をするが・・・。不可能と怪奇趣味を極めた作者のトリックに読者よ欺かるるなかれ!~

実に本格ファンの心をくすぐる紹介文だろう。
なにせ「念力(作中ではテレフォース)による殺人事件」だから・・・ まさに究極の殺人方法ではないか。
事件は実に不可思議としかいいようのない状況で発生する。
第一の殺人は紹介文のとおり第三者の目が光る中での殺人。しかも遺体には何の痕跡もない・・・
そして、第二の殺人はすやすや眠っていたはずの被害者がほんの少し目を離したスキに惨殺される。またしても遺体には痕跡なし・・・

「実に面白い」序盤から中盤の展開。不穏な検死法廷を挟んで、ストーリーは急展開を告げ、怒涛の終盤になだれこむ。
で、解法なのだが・・・これは人によってはビミョーって感じるだろうなぁ
この殺害方法は他の方も書かれてるけど、何の痕跡も残さないわけはないと思うし、第一にしろ第二にしろ、今回はあまりにも「偶然の連続」が多すぎ。(死後に〇〇が〇くなんてねぇ・・・)
これでは島田荘司もビックリだ。
まぁそもそも「念力で殺されたとしか思えない状況」を作り出すわけだから、多少の無理は最初から承知のうえなんだろうけど。
この辺り、“欺かるるなかれ”と煽っているわりには、読者としては「欺かれないよ!」って突っ込みたくなる。

プロットはいかにもカーという感じだから、ちょっと勿体無いような気はした。もう少しオカルト趣味を煽っても良かったし、フーダニットに拘っても良かったのではないか。
でも面白いか面白くないかと聞かれれば、「面白かった」と即答する。そんな不思議な作品。
(作中にたびたび挟まれる新聞記事。最後にHMの深謀遠慮が明らかにされる・・・)

No.1543 4点 バック・ステージ- 芦沢央 2019/10/08 21:22
~パワハラ上司の不正の証拠を掴みたい先輩社員康子とその片棒を担ぐハメになってしまった新入社員の松尾。ふたりは紆余曲折の末、自社がプロモーションする開演直前の舞台に辿り着く。劇場周辺では息子の嘘に悩むシングルマザーや役者に届いた脅迫状など四つの事件が起きていた・・・~
2017年の発表。

①「序幕」=序幕、つまり始まりです。紹介文のとおり、松尾が康子に巻き込まれるさまが描かれる。
②「息子の親友」=これは分かるなぁー。親の気持ちとしては、自分の子供はみんなに愛される存在であって欲しい。ましてや無視される存在になんてなって欲しくない。兄と弟の関係もなんか・・・分かる。
③「始まるまで、あと五分」=年頃の女性は変わるものといったって、いくらなんでも分かると思うけどねぇ・・・。そりゃ女性からすればショックかもしれないけど、その場で訂正しろよ!って思ってしまう。
④「舞台裏の覚悟」=これが役者魂というやつ? こんなことで悩んでるような役者は大成しないと思うけどね。
⑤「千賀稚子にはかなわない」=老婦人役といえばこの人・千賀稚子!(もちろん作中だけの話)。認知症の気配が見え始めた大女優にマネージャーである女性は焦りを覚えて・・・
⑥「終幕」=終幕、つまり終わりです。なんか収まりが悪いというか、無理やり結末をつけたというか。要するにチープです。

以上6話から構成(文庫版はラストに「カーテン・コール」が追加)。

お手軽な作品。
このように紹介すると何だか一本の舞台作品のように見えるけど、実態は寄せ集めたものを何とかつないでみましたという感じ。
間に挟まった②から⑤はまずまず面白いけど、物語をつなげるはずの本筋が全くつまらない。
よって、結局締まりのない読後感になってしまう。

文量的には手頃だから、ちょっとした空き時間の読書には向いてるかも。
作者の場合、作品ごとの濃淡というか、熱量の多さに差があるような気がする。
本作はもちろん「軽い」方です。

No.1542 5点 七人の中にいる- 今邑彩 2019/10/08 21:18
未読作品が少なくなってきた作者の作品。
本作も「確か読んだはず・・・」と勘違いをしていて今回が初読。
1994年の発表。

~クリスマスイヴをひかえ、ペンション「春風」に集まった七人の客。そんな折、オーナーの晶子のもとに二十一年前に起きた医者一家虐殺事件の復讐予告が届く。刻々と迫る殺人者の足音を前に、常連客の知られざる一面が明らかになっていき・・・。復讐を心に秘めているのは誰か。葬ったはずの悪夢から、晶子は家族を守ることができるのか~

ひとことで言うと「分かりやすい」「察しやすい」プロット。
作者自身、あとがきで「(本作は)本格ミステリーではなくサスペンス」と書いているので、そういう意味では「謎解き」興味よりは、徐々に復讐鬼が迫ってくるサスペンス妙味の方を優先したのかもしれない。

それにしてもなぁー、緻密でレベルの高い作品が多い作家という個人的な印象からするとチープかなと思う。
他の方も触れてますが、恐らく10人中9人は「きっとこうだろう」と想像する真相。
確かに候補は「七人」いるんだけど、あまりにも「捨て筋」感が強すぎるのだ。
そういう意味では、途中の「ああでもない、こうでもない」という佐竹の捜査行もなんだか冗長なだけ・・・という感じになってしまう。

サスペンス要素もどうかなぁー?
ホラーにも佳作が多い作者としては、あまり迫ってこないというか、ゾクゾクしないというか、いずれにしても中途半端だ。
連載もので手探りで書いたというわけでもなさそうだけど・・・
ということでちょっと辛い評価になってしまう。

やっぱり「七人」というのは引っ掛けだったんだよね?
そこは作者らしいというか、そこがプロットの出発点だったんだろう。
普遍的で、ミステリー作家としては手を出しやすいテーマだと思う。が、如何せん食い足りない。

No.1541 7点 真夏の方程式- 東野圭吾 2019/09/23 22:27
ガリレオシリーズの長編としては「容疑者Xの献身」「聖女の救済」に続く三作目。
(しまった! 「聖女の救済」の前に本作を読んでしまった・・・まぁいいか)
2011年の発表。

~夏休みを玻璃ケ浦にある伯母一家経営の旅館で過ごすことになった少年・柄崎恭平。一方、仕事でこの地を訪れた湯川も、その宿に宿泊することになった。翌朝、もうひとりの宿泊客が死体で見つかった。その客は元刑事で、かつて玻璃ケ浦に縁のある男を逮捕したことがあったという。これは事故か、殺人か? 湯川が気付いてしまった真相とは?~

うーん。やはり満足感は高い。
ミステリーというか、小説としての完成度は他のミステリー作家とは一枚も二枚も違うという感じだ。
ガリレオシリーズは、当初、湯川を推理マシーンのように描き、物理トリックによるハウダニットをメインとして始まったはず。
なのだが、「容疑者X」での悲しく、そして苦しい謎解きを経て、“人間”湯川として真の探偵役に昇華させてきた。
本作でも、その“人間”としての湯川が「気付いてしまった」真相に対し、どのように結末を付けるのかが焦点となる。

東野作品というと、加賀恭一郎シリーズにしろ、他の作品群にしろ、真相は読者に対しわざと察しやすくしている傾向が強い。
(そういう意味では本シリーズと加賀シリーズのテイストが被ってきた感はある)
そして、その「察しやすい」真相とは、できればそうであって欲しくない、悲しい真相なのだ。
読者はその「悲しい真相」を薄々察しながらも、徐々に白日のもとに晒されていく真相を思い知ることになる・・・
考えてみれば酷な作家である。
ただし、作者は最後に救いの手を差し伸べることを忘れない。それは読者にとっても「救い」になっているのだ。
これは当然計算なんだろうけど、日本人のメンタリティを十二分に把握したうえでのストーリーテリングに違いない。

本作の場合、プロットそのものはさんざん使い古されたものである。
それでも、湯川や草薙、内海といった魅力的なシリーズキャラクターを存分に使うことで、最後まで飽きることなく読み進められた(読み進まされた?)。 やっぱり、只者ではないね、作者は。
(Co中毒のトリックは、鑑識ならさすがに気付くだろ!とは思うけど・・・)

No.1540 6点 人生相談。- 真梨幸子 2019/09/23 22:25
作者と言えば“イヤミス”というイメージ。
本作は連作形式のイヤミス?と思ってたけど、どうも全然違っていたようで・・・
2014年の発表。

①「居候している女性が出て行ってくれません」=物語の序章なのだが、早くも不穏な空気が・・・
②「職場のお客が苦手で仕方がありません」=ところは変わって、小田急沿線の急行も止まらない駅前のキャバクラ。で、最後はなぜかネギが原因で死人が!
③「隣の人がうるさくて、ノイローゼになりそうです」=都会では結構ありそうな相談。なのだが、やはりまともではない人々が登場。
④「セクハラに時効はありますか」=すげぇタイムリーなお話。でもこの男(若い方の)・・・すげえバカ。
⑤「大金を拾いました。どうしたらいいでしょうか」=物語の実は重大な鍵が潜んでいる一編。読んでると「あれー?時系列が?」
⑥「西城秀樹が好きでたまりません」=これこそ「時系列は??」で?がいくつも浮かんでくる。要は時系列が捻れてる。
⑦「口座からお金を勝手に引き出されました」=夫婦間とはいえ、いくら自分が稼いだお金をへそくられたものはいえ、最終的には夫が負けるはめに・・・
⑧「占いは当たりますか?」=当たります。このお話の中では。
⑨「助けてください」=ついにクライマックス。やっと物語の仕掛け・カラクリが判明するのかと思いきや・・・頭の中は混迷!

以上9編。
いやぁーこれは怪作。
“イヤミス”なんかではなく、雰囲気的には心の捻れた登場人物たちが繰り広げる、そう折原一テイストの作品。
時間軸もわざと捻らせているし、登場人物も複数のお話にランダムに出てくるなど、なかなか複雑な仕掛けが成されている。
(かといって叙述トリックというわけでもないんだけど・・・)

ラストには一応全体像を示してはくれるんだけど、それを読んでもまだ消化不良という感覚が残る。
それは作者の狙いなのか?
まぁそういう意味では「イヤ」な感じはある。
こういう仕掛け自体は好きなので、欲を言えばもう少し盛り上げ方の工夫があればという感じ。
まずまず面白い読書にはなった・・・かな。

No.1539 7点 バーニング・ワイヤー- ジェフリー・ディーヴァー 2019/09/23 22:24
“リンカーン・ライム”シリーズ九作目となる本作。
今回の相手は「電気」。電気が大いなる凶器となる世界・・・怖くて寝ていられない!
2010年の発表。

~突然の閃光と炎。それが路線バスを襲った。送電システムの異常により変電所が爆発したのだ。電力網を操作する何者かによって引き起こされた攻撃だった。FBIは科学捜査の天才リンカーン・ライムに捜査協力を依頼する。果たして犯人の目的は何か? 人質はNYそのもの・・・史上最大の犯罪計画にライムと仲間たちが挑む!~

今回、ライムのセリフで非常に印象深かったものがふたつ。
ひとつめは、他の方も触れられてますが、捜査が重大な転換点を迎えるなかで、アメリアに向けて放った言葉。
『・・・考えうる可能性をすべて排除したあと、一つだけ排除できなかったものがあるとすれば、一見どれほど突飛な仮説と思えても、それが正解なんだよ。』
-まさに、シャーロック・ホームズが「緋色の研究」で放ったセリフと同じ。シリーズファンにとっては今さらではあるけど、かの名探偵に対する愛情が伺える一幕。
そしてふたつめは、事件も解決した後、ライム自身が大きな決断をしたとき、アメリアに残した言葉。
『・・・時代は変わる。人間も変わらなくてはならない。どんなリスクがあろうとも。何をあきらめなくてはならないにしても・・・』
かりそめの平和のなか、不穏な空気が充満している昨今の世界情勢。この言葉をひとりひとりが胸に刻んで生きていかなくてはならないのではないか?と再認識させられる一幕。

今回は前々作から続いてきた宿敵「ウオッチメイカー」との戦いにも終止符が打たれる。
事件の渦中で意識を失うという大ピンチに陥ったライムにとっても、大きな転換点となる事件になったのだろう。
もちろんアメリアにとっても、そしてチームの他のメンバーにとっても・・・

いやいや、ここまでシリーズを重ねてきてのこの出来栄えは恐れ入る。
もちろん純粋な謎解きのレベルで言えば、決して本作が優れているわけではない。
ただ、作品を重ねていくごとに芳醇な味わい-ちょうどライムがこよなく愛する上質なスコッチウィスキーのようなーが加えられている。
これを超えるシリーズを創作するのは並大抵ではない。そんな気にさせられた。
(今回はアメリアのピンチシーンがなかったのが不満点。次回は是非!)

No.1538 7点 ジェリーフィッシュは凍らない- 市川憂人 2019/09/07 12:05
第26回鮎川哲也賞受賞作であり作者の処女長編。
『そして誰もいなくなった』への挑戦であると同時に『十角館の殺人』への挑戦・・・という綾辻行人による帯の惹句が鮮烈。
2016年発表。文庫化に当たって読了。

~特殊技術で開発され、航空機の歴史を変えた小型飛行機<ジェリーフィッシュ>。その発明者の教授を中心とした技術開発メンバー六人は、新型ジェリーフィッシュの長距離航空性能の最終試験に臨んでいた。ところが航行試験中、閉塞状況の艇内でメンバーのひとりが死体となって発見される。さらに自動航行システムが暴走し、彼らは試験機ごと雪山に閉じ込められてしまう。脱出する術もないまま次々と犠牲者が・・・~

さすがに鮎川哲也賞はレベルが高い。
その中でもかなり上位の作品に入るのは間違いないのではないか(あくまで個人的な見解ですけど・・・)。
計算され尽くしたプロットや、余計な脇筋が殆どなく頁をめくる手が止まらないリーダビリティなどはデビュー作とは思えないほどの出来栄えだと感じた。

冒頭にも触れたように、典型的なCC設定なのが本作の大きな特徴。
手垢のついた設定にどのように新しい味付け、アレンジを加えていくのかが本作の一番の肝である。
いろいろな仕掛けはあるにせよ、<ジェリーフィッシュ>そのものに係る欺瞞+真犯人そのものに係る欺瞞。この二つこそが命綱(なのだろう)。
前者については二階堂黎人氏のあの大作が、後者についてはもちろん綾辻行人氏のあの作品が、どうしても頭に浮かんだ。
もちろん細かな部分には変化が付けられてるし、オリジナルなところもあるんだけど・・・
どうしても先行例の呪縛から完全には抜けられてはいない。
(全体的なプロットでいうなら、西村京太郎「殺しの双曲線」が最も似たテイストだろう)

他の方も、評価はするけどどこか腑に落ちない・・・という趣旨の書評が多いような気がする。
それって、全体的な齟齬やロジックの漏れを防ごうとして、細部に拘りすぎたのが原因なのかな・・・。アメリカの大空なんていう雄大な舞台設定なのに作品自体はやや奥行に欠けた感はある。(そもそもCC設定に雄大さなんて求めるな!とは思うけど)

いかんいかん。書いてるうちに何だか粗探しのような書評になってしまった。
久々に楽しめる読書になったのは間違いないし、今後もレベルの高い作品を期待したい作家なのは確かです。
(<ジェリーフィッシュ>っていうと、最初TDSのマーメイドラグーンにあるアトラクションを想像してしまった・・・)

No.1537 6点 まっ白な嘘- フレドリック・ブラウン 2019/09/07 11:48
~ショート・ストーリーを書かせては当代随一の名手の代表的短篇集。奇抜な着想、軽妙なプロット、ウィットとユーモアとサスペンス。論より証拠、まず読んでいただきましょう。どこからでも結構。ただし最後の作品「うしろを見るな」だけは最後にお読みください~
というわけで1953年の発表。

①「笑う肉屋」=新婚旅行の旅先で訪れた小さな田舎町。そこで起こった「足跡のない殺人」(!) いきなり本格ミステリーっぽいプロットだなと思いきや、これって二階堂黎人の某長編に出てくるトリック?
②「四人の盲人」=いきなり逆説っぽい逸話が紹介されて事件に突入。そして結論は意外な意味で「逆説」。
③「世界がおしまいになった夜」=SF系作家の短編なんかでよくお目にかかるプロット。「あんな嘘ついたばっかりに・・・」ていうオチ。
④「メリー・ゴー・ラウンド」=今ひとつテーマが理解できず。
⑤「叫べ、沈黙よ」=タイトルからして逆説っぽい。これはラストのひと捻りが主題。
⑥「アリスティッドの鼻」=名探偵(誰がモチーフかよく分からなかったが)を皮肉るようなストーリー。そもそもヒゲの中に・・・って、無理だよね。
⑦「後ろで声が」=疑心暗鬼の男。それは・・・かなり厄介な存在。そんな男が最後に・・・
⑧「闇の女」=これは短編らしい好編。ラストにひっくり返される。
⑨「キャサリン、おまえの咽喉をもう一度」=いろいろあって、最後にはタイトルどおりの結果になる・・・のか?
⑩「町を求む」=ショート・ショート。ラストの台詞が効いてる。
⑪「史上で最も偉大な詩」=船で遭難し無人島に九年間置き去りにされた男。彼が出来ることは食糧を確保することと詩を書く事だった・・・
⑫「むきにくい林檎」=このラストの光景は見るの嫌だな・・・。よっぽど恨みが深かったんだね。
⑬「自分の声」=これはイマイチなにが言いたいのか分からなかった。オチはある?
⑭「まっ白な嘘」=表題作らしくまとまった作品。よくある手と言えばそうなんだけど、まずまず良い。
⑮「カイン」=死刑執行に怯える弟殺しの男。なのだが、ストーリーは思わぬ方向に・・・
⑯「ライリーの死」=今ひとつよく分からず。ライリーと取り違えたということ?
⑰「うしろを見るな」=必ず最後に読めとの指定がある最終譚。何か仕掛けがあるのかと思いきや・・・うーん。こんなもんかな。

以上17編。
評判どおり、非常にバラエティに富んだ短篇集。
ツイスト感のある作品も多いし、まずまずの満足感。さすがに短編の名手と言われるだけはある。
(ベストは難しいな。①⑧⑭辺りが好みかな。)

No.1536 5点 安楽死- 西村寿行 2019/09/07 11:46
処女長編とされる「瀬戸内殺人海流」に続いて発表された第二長編。
1973年の発表。

~警視庁に奇妙な通報があった。石廊崎で起きた女性ダイバーの溺死は事故ではなく殺人である、と。妻の裏切り以来、刑事としての情熱を失っていた鳴海は、特命を受け大病院の看護師であった被害者の調査を開始する。医療過誤や製薬会社との癒着、患者の自殺関与。病院内部の黒い疑惑を追うが、取り憑かれたように奔走する鳴海刑事に強大な圧力が降りかかる。人間の尊厳を問い、病院組織の暗部に切り込む社会派ミステリの傑作~

大量の作品を遺した西村寿行。初期の「社会派ミステリー」の一冊。
“ノン・エロス”である。
“ノン・エロス”の寿行なんて、何の価値があるのか? 私なんかはついついそう思ってしまう・・・
(どうしても「ハードロマン」っていうイメージが強いからね・・・)

それはともかく、本作のテーマはタイトルどおり「安楽死」だと思ってたけど、それだけでもない。
むしろ「安楽死」は疑似餌的な使われ方で、本筋は医療事故、医師のモラルに切り込んでいるという感覚。
そういうテーマというと「白い巨塔」が直感的に思い浮かぶけど、60年代後半に発表された「白い-」から考えても、この時期割と普遍的な題材だったんだろう。

ただ、どうも本作、全体的にスッキリしない、というかモヤモヤしてる。
「動機」が全体通しての大きな謎として焦点が当てられるんだけど、最終的に判明した動機が実に矮小なのだ。
法廷で散々に打ちのめされた鳴海刑事が、停職中にも関わらず、命を賭して冬の海中深く潜って暴き出した結論が「それかよ!」・・・
いやいや、これでは財前教授も浮かばれまい。(関係ないけど)

まーでも、作者にもこういう時代があったんだねぇ。
実に硬質で一直線な作風。追い詰められた境遇の男が己の矜持をかけて・・・っていうのはその後の作品群にも受け継がれたんだな。
ただ、個人的にいえば、「魔の牙」や「滅びの笛」などのパニック小説の方が好み。
もちろんそれ以上にハードロマンの方が好きなんですけど・・・

No.1535 6点 妖盗S79号- 泡坂妻夫 2019/08/24 10:35
1979年から1987年にかけて「オール讀物」誌に断続的に発表された作品をまとめた連作短篇集。
読み方は“Sななじゅうきゅうごう”ではなく、“Sしちじゅうくごう”なのでお間違えなく。(間違えたら東郷警部に怒られるよ!)
単行本の発表は1987年。

①「ルビーは火」=まずは冒頭の一編。東郷警部と二宮刑事の迷(?)コンビも最初から登場。房総半島の海辺で宝石(ルビー)が忽然と消え失せる事件が発生。現場には美女と美男が・・・
②「生きていた化石」=化石専門家とアナウンサーのやり取りが秀逸(本筋には全然関係ありませんが・・・)。展示場の厳重な警備を掻い潜り、またしても貴重な貝が忽然と消え失せる。
③「サファイアの空」=ここまでが第一期といった趣向。こういうトリックだと何だかルパン三世か最近のアニメのやつ(コナンのライバル・・・って名前が思い出せない!)を思わせる。
④「庚申丸異聞」=ここから雰囲気がやや変わる。一風変わった劇団が演ずる舞台。当然劇場は密室。舞台もフィナーレを迎えるなか、東郷警部がS79号の出現を指摘するが・・・
⑤「黄色いヤグルマソウ」=この辺から東郷警部の妄想がエスカレート。自分で勝手にS79号の登場を煽っていく。そして、いつものように最後は鮮やかに盗まれる・・・
⑥「メビウス美術館」=一番鮮やかなのがコレかな。途中で美術館が「メビウス」になっていることに二宮刑事は気付くのだが、S79号の手口は更にその先を行っていた。
⑦「癸酉組一二九五三七番」=タイトルは宝くじの当選番号。これもなかなか鮮やか。S79号が侵入したにもかかわらず盗まれたものはルーペ1つ。でもそこには深い理由が・・・
⑧「黒鷺の茶碗」=二宮刑事の父親の葬儀の日。旧家で数々の骨董品を収めた蔵のある二宮刑事の実家が本編の舞台。ここら辺から、S79号の正体はだんだん自明に・・・
⑨「南畝の幽霊」=浮気を重ねる大物政治家の息子。多くの美術品を所有する男の元へS79号の影が・・・。ラストは「女って怖い!」的オチなのだが、いくら修復できるといってもここまでのものができるのか?
⑩「檜毛寺の観音像」=これは・・・やすやすと盗まれたなぁー。
⑪「S79号の逮捕」=舞台はついにフランスはパリ。ここでもS79号が暗躍と思いきや、なんと逮捕!って思いきや・・・
⑫「東郷警視の花道」=読み終わって気付いたよ。「警部」じゃなくって「警視」になっていたことを。最後の場面は巻末解説でも触れられてるとおり、「亜愛一郎の逃亡」のラストとかぶるね。

以上、全12編。
いやぁー、さすがにお腹いっぱいだけど、こんな作品、泡坂にしか書けないだろうね(もしくは書かない)。
確かに切岡の件はもうちょっと本筋と絡むと思ってたんだけど、そこは残念。
でも楽しめたのは間違いなし。

No.1534 6点 ファーガスン事件- ロス・マクドナルド 2019/08/24 10:34
ロス・マクというと反射的に“リュウ・アーチャー”って感じがして、私自身も最近リュウ・アーチャーものを続けざまに読んできた。
で、本作は珍しく“非アーチャー”の長編で、主人公は若手熱血弁護士(という形容詞がピッタリ)のガナースン。
1960年の発表。

~頻発する強盗事件の犯人一味として逮捕された若い看護婦エラ・パーカーは、脅されたのか一向に事情を話そうとしなかった。が、盗品売買の相手が殺されたと知った途端、彼女の態度は一変した。彼女の言葉を頼りに調査を始めた弁護士ガナースンを待ち受けていたもうひとつの事件・・・富豪ファーガスン大佐の夫人が誘拐されたというのだ。波乱含みの展開を見せるふたつの事件に絡む謎の男たち。複雑な人間関係を解き明かそうとファーガスン夫人の故郷を訪れたガナースンが掴んだ真相とは?~

いつもの私立探偵アーチャーシリーズとはどこか違う雰囲気を纏った作品だった。
もちろん、それが作者の狙いなんだろう。
初期はともかく「ウィチャリー家」以降のアーチャーというと、個人的には「ドライ」で「静謐」はたまた深い「余韻」という形容詞が思い浮かぶんだけど、本作は「ウェット」で「熱い」、「野性的」などという言葉が浮かんでくる作品。
それもそのはず。
ガナースンは身重の妻を持つ新進気鋭の弁護士。
愛する妻、そして産まれてくる我が子のためにも情熱的&一直線に突き進んでいく、のだ。

それはいい意味でもあるし、悪い意味でもある。
巻末解説では“詰め込みすぎ”というニュアンスで書かれているけど、私としてはどうも安っぽいハリウッド映画のような映像が思い浮かんでしまって、そこがアーチャーものとの格差に繋がっているような気がしてしまう。
プロットとしてはいつものロス・マクらしく、「家族の悲劇」に行き着くんだけど、そこに貧しい出自やスペイン系アメリカ人の恵まれない境遇なんかが絡んできて、そこがどうもやりきれないというか、“安っぽい”雰囲気を作り出しているのかもなぁー

でも決して悪い出来ではない。
あくまでアーチャーシリーズの傑作群との比較であって、フラットな目線で見れば十分楽しめる作品だと思う。
今回の影の主役“ホリー・メイ”もなかなか印象的。
ファーガスンの純愛も何となく理解できる年齢になった自分がいて、うれしいような寂しいような・・・(要は羨ましいだけだったりして)

No.1533 5点 丸太町ルヴォワール- 円居挽 2019/08/24 10:31
この後、「烏丸」「今出川」「河原町」とつづく“ルヴォワール・シリーズ”の一作目であり、作者の長編デビュー作。
伝統ある京大推理研究会出身の作者だけに期待・・・できるか?
2009年の発表。

~祖父殺しの嫌疑をかけられた御曹司、城坂論語。彼は事件当日、屋敷に“ルージュ”と名乗る謎の女がいたと証言するが、その痕跡はすべて消え失せていた。そして開かれたのが古(いにしえ)より京都で行われてきた私的裁判である双龍会(そうりゅうえ)。艶やかな衣装と滑らかな答弁が、論語の真の目的と彼女の正体を徐々に浮かび上がらせていく~

さすが京大推理研。
綾辻行人、法月綸太郎に始まり、最近ではこの円居挽や早坂吝・・・数多の才能を輩出した名門(名サークル?)だけある。
昨今のミステリーではお馴染みの「特殊設定」が本作でも採用されていて、それが擬似裁判としての「双龍会」。
黄龍師と青龍師が互いに検察官、弁護士となり論戦を繰り広げる・・・という図式。

作者にしろ早坂にしろ、井上真偽にしろ、この手のミステリーを読んでると、「あーあ。昭和の古き良きミステリーはもう読めないんだな・・・」という気持ちになる。
これってノスタルジーなのかな? 新本格ですら、もはや遠い昔の話になった感がある。
確かにロジックは考え抜かれてるし、伏線の回収も鮮やか。何より主要登場人物すべてに役割が無駄なく付されていて、最終的にきれいに収まってるのが見事・・・なのだ。

こういうふうに書いてるとレベルの高い作品という評価になるんだろうけど、読後感とはどうしてもギャップを感じてしまう。
もちろん処女作だし、こなれていないところや荒削りなところは目立つんだけど、それ以前にどうも生理的に受け付けないというか・・・まぁー簡単に言えば、中年のオッサンにはキツイということです。

いやいや、あまり毛嫌いしないで、もう少し冷静な目線で読んでいこう。
ジェネレーションギャップって言っても、作者だってもう三十代半ばのオッサンなのだから・・・(多分)
(麻耶雄嵩の巻末解説は堅いな・・・)

No.1532 5点 チョールフォント荘の恐怖- F・W・クロフツ 2019/08/08 21:42
フレンチ警部登場作としては二十三作目に当たる長編。
フレンチが警視に昇進する直前、つまり作者後期の作品。
1942年の発表。

~法律事務所を経営しているR.エルトンは郊外の見晴らしのよい高台に堂々たる邸宅を構えていた。ある晩、そのチョールフォント荘でのダンスパーティーの直前、彼が後頭部を割られて死んでいるのが庭園で発見される。犯人は誰か? 動機は遺産相続か、怨恨か、三角関係のもつれか? それぞれの動機に当てはまる容疑者はフレンチ警部の捜査の結果、次々にシロと判明するのだが・・・~

タイトルだけ見ると、「もしかして館もの?」って思いそうだけど、ご安心ください。いつものクロフツ、いつものフレンチ警部です。
他の方もご指摘のとおり、今回は若手刑事ロロの指導役を務めるというのが変わっているところ。
(いわゆるOJTですね・・・)

ただ、さすがは作品を発表するごと、まるで年輪を重ねるが如く、年季の入ったシリーズになったのが分かる前半から中盤。
「まだるっこしい!」って思う方もいるかもしれませんが、そこはもう、このシリーズの醍醐味なわけです。
関係者ひとりひとりを丹念に事情聴衆。今回はほぼ全員が怪しいという事態に陥ります。
捜査の結果、怪しいと睨んだ容疑者はひとり、またひとりと容疑の外に消えていくという展開・・・
その間、ページ数はどんどん少なくなっていき、本当に解決するの?と読者を不安にさせます。

そして、本シリーズのお決まり。
最終章の2つか3つ前の章で、「ようやく曙光が!」というところに至るわけです。
こうやって書いてると、マンネリかよ!って思われそうですが、そうなんです。マンネリなんです。
でも、今回はロロに指導するためなのか、中盤の捜査行はいつにも増して緻密かつ丁寧。アリバイに至っては10分単位の細かさ!
結構期待が膨らんでました。
ただ、最後がいただけないなぁー
こういうのを竜頭蛇尾っていうのかな。動機も拘ってたわりには、見え見えだったし、こんなタイミングで殺人をやらなければいけない理由が分からなかったな(この真犯人なら、もっといいタイミングがあったろうに、という感想)
というわけで、そんなにいい評点はつけられない。まっ、よく言えば「重厚」という感じではある。

No.1531 6点 誰も僕を裁けない- 早坂吝 2019/08/08 21:41
「○○○○○○○○殺人事件」「虹の歯ブラシ」に続く、上木らいちシリーズの三作目
“本格と社会派の融合を目指す”らしい本作・・・ホンマかいな?
2016年の発表。

~援助交際少女にして名探偵・上木らいちのもとに、「メイドとして雇いたい」という手紙が届く。しかし、そこは異形の館で、一家を襲う連続殺人が発生。一方、高校生の戸田公平は、深夜招かれた資産家令嬢宅で、ある理由から逮捕されてしまう。らいちは犯人を、戸田は無実を明らかにできるのか・ エロミス×社会派の大傑作~

なかなか器用だね、作者は。
本作は、「上木らいち」パートと「戸田公平」パートが交互に語られる展開。
で、前者が本格派、後者が社会派ということなのだろう。

本格派の方でいうと、やはり「異形の館」=風車型の二層構造がメイン。でも、これは最初から作者が思わせぶりに「○る」と何回も煽ってるし、これはミスリードなんだろうなと推測。
で、結局「○る」んだけど、作者の狙いはそこを少しだけズラしたところにある。
そこがもうひとつの「仕掛け」。
この「仕掛け」はタイトルにも関わってくるんだけど、うーーん。どうかな?
うまい具合にミスリードしてるし、「へーぇ」とは思わされるけど、肩透かしのようにも感じる。

そうなのだ。実に「肩透かし」な作品なのだ。
読者喰いつかせるんだけど、つかもうとすると、さっと引かれるというか・・・
読者とがっぷりよつに組んだミステリーではない。
まぁそれが作者の持ち味と言ってしまえばそれまでだが・・・
とにかく一筋縄ではいかないし、それをいい意味で捉えれば、「懐が深い」または「引き出しが多い」ということ。
個人的には嫌いではないけど、手放しで褒めるほどでもない。

No.1530 5点 絶唱- 湊かなえ 2019/08/08 21:39
~四人がたどり着いた南洋の島。ここからまた、物語は動き始める。喪失と再生を描く号泣ミステリー~
ということで、阪神淡路大震災を経験した四人の女性が、南の楽園・トンガを舞台に緩やかに繋がったストーリーを紡ぐ連作短篇集。
2015年の発表。

①「楽園」=阪神淡路大震災で双子の姉(妹?)を亡くした女性。学生時代、好きだった彼が描いた楽園の絵・・・それがトンガだった。単身トンガに渡った彼女は、「その場所」を探し始める。そして、サプライズが明かされるラストへ・・・
②「約束」=①でも回想の中で登場していた「理恵子」が本編の主人公。国際ボランティア隊の一員としてトンガに派遣された彼女。ある日、日本から彼女を追ってきた婚約者へ彼女は別れを告げるはずだった・・・。
③「太陽」=①で脇役にて登場していた五歳の娘を連れたシングルマザー・杏子が主役となる一編。彼女もまた震災でつらい経験をしていた。勢いでやって来たトンガだったが、実は震災で傷ついた彼女の心を癒してくれたのがひとりのトンガ人だったのだ・・・。
④「絶唱」=連作のまとめとなる最終編。ここでも物語の始まりはあの大震災。震災で親友のひとりを喪った主人公は、大きな心の傷を負うことに。そして、ここでもトンガとの触れ合いが彼女を再生へと導く・・・

以上4編。
「トンガ」・・・南太平洋に浮かぶ大小約170の島々からなる国家。人口は約10万人。首都はトンガタプ島にあるヌクアロファ。
ということで、南洋の島らしく、島民は誰もがフレンドリーで、人間らしい心が取り戻せる島、なのだとか。
冒頭の紹介文のとおり、四人の女性は大震災を経て大きく心が傷ついてしまう。
その傷を癒してくれたのがトンガであり、トンガ人であり、トンガに住むある日本人、ということ。

で、どこが(号泣)ミステリーなんだ?ということなんだけど、どこがだろう?
かろうじて①にはある仕掛けがあり、ラストにきてそれが判明⇒サプライズというプロットなのだが、あとの三つはいわゆる“いい話”である。読者のなかには主人公にシンパシイを感じて涙される方もいらっしゃるかもしれない。
私は・・・う~うん。特に感涙はしなかったな。
これはやはり中年のオヤジが読むものではなかったということだろう。
でも、文庫落ちに伴いこれが売れてるようです。いやいや恐るべし、湊かなえ。

No.1529 7点 鏡は横にひび割れて- アガサ・クリスティー 2019/07/20 16:44
ミス・マープルものの長編としては「パディントン発4時50分」に続く八作目。
変わりゆくセント・メアリ・ミード村が事件の背景となる作品。
1962年の発表。

~穏やかなセント・メアリ・ミードの村にも都会化の波が押し寄せてきた。新興住宅地がつくられ、新しい住人がやって来る。間もなくアメリカの女優がいわくつきの家に引っ越してきた。彼女の家で盛大なパーティーが開かれるが、その最中、招待客が変死を遂げた。呪われた事件に永遠不滅の老婦人探偵ミス・マープルが挑む~

いかにもクリスティ・・・という感想。
確かにこれならマープルものの代表作という評価が相応しいかもしれない。
大女優が主催したパーティー、大勢の、そしてどこかに秘密を抱えた招待客という道具立てが本格ファンの心を大いにくすぐる。

最後まで楽しい読書になったわけだが、ふと考えてみると、プロットとしてはごく単純というか、ほぼワンアイデアといってもいい。
“ホワイ・ダニット”が本作のメイン・テーマだろうが、ここをいかに隠蔽するかが作者の腕の見せどころ、ということ。
ただし、この「隠蔽」する方法というのがさすがというか、尋常ではない。
読者としてはどうしても“フーダニット”に目を奪われ、「アイツか、はたまたアイツか・・・?」と推理していくんだけど、そこはマープル女史の言葉を借りれば「自明」ということ。
あの登場人物のたった一言がすべてを解明する“ワンピース”になるのだ。そのカタストロフィこそが本作の白眉。

ただ、全体としては粗さも目立つ。
第二、第三の事件はいわゆる「口封じ」のためでしかなく、単なる添え物にしかなっていないことや、数々の登場人物たちも“賑やかし”的な役割が殆どで、事件と有機的に絡んでくる割合は少ない、などが目に付いたところ。
その辺りはやはり、ポワロものの代表作に比べれば評価を下げざるを得ないかな。
でもまぁさすがだね。
意味深なタイトルも良い。準佳作という評価でいいでしょう。
(ここまで事件が頻発するなんて、「呪いの村」って呼ばれても不思議ではない気が・・・)

No.1528 6点 海の見える理髪店- 荻原浩 2019/07/20 16:42
小説「すばる」誌に掲載された短編を集めた作品集。テーマは『家族』。
第155回の直木賞受賞作。
2016年の発表。

①「海の見える理髪店」=表題作に相応しい一編。一流芸能人もお忍びで通うという、鄙びた海沿いの町にある理髪店。ひとりの若者がその理髪店を訪れるところから物語は始まる。そして、ラストに判明する隠されていた事実。受賞作に恥じない作品。鏡をとおしてふたりの男が向き合う・・・それが物語に深みを醸し出しているのかな?
②「いつか来た道」=いがみ合っていた母と娘。久々に母の元に娘が訪れることから物語は始まる。母と娘だからこそのいがみ合いなのか、それでも同じ空間を共有してきた家族だからこそ通じる気持ちがある。本編もラストに隠されていた事実が判明する。
③「遠くから来た手紙」=仕事ばかりを優先する夫に愛想を尽かし、実家へ戻ってきた娘。そこには弟夫婦がすでに家業を継ぎ、同居していた。彼女の携帯には謎のメール(手紙)が届いて・・・。結局、メールの謎は論理的に解決されないから、ある意味ファンタジー風味。でも昔の夫からのラブレターを捨てずに持ってるなんて反則(男からすると)。
④「空は今日もスカイ」=まるで児童文学のような一編。恵まれない境遇にあるふたりの子供が海べりで出会うことから物語は始まる。ひとりの子供が酷い虐待にあっていること、読者は分かるのだが、子供たちには理解できていないことがもどかしい。ラストも結構救いがない。
⑤「時のない時計」=定年前に会社を辞めた男が、父の形見の古い腕時計を修理に持ち込むところから物語が始まる。そこは戦後すぐの時代から続いている町の時計屋。店主との会話をとおしながら、父親との思い出が次々と蘇ってくる・・・。「父と息子」というのは①と同じテーマ。
⑥「成人式」=15歳でひとり娘を亡くした夫婦。それ以来、生きる希望を失い、在りし日の娘のことばかり思い出しながら生きてきた。そんな夫婦に転機が! そのきっかけが「成人式」。なんと娘の代わりに20歳になったつもりで出席することに! 周りの反応は当然「キモッ!」。でも、なぜかラストはほっこりさせられる。

以上6編。
「家族」テーマの短篇集というと、奥田英朗が思い浮かんでしまう。
奥田の作品は笑い:しんみり=8:2という感覚だけど、本作はその逆という雰囲気。
テーマが重い分の違いだろうけど、「旨さ」という点では負けず劣らず。
あるひとつの場面から、過去へと読者を誘う書き方・・・それこそが本作の深さにつながっている。

たまにはしんみりするのもいいのではないか。
(ベストはやはり①。あとは③⑤かな。)

No.1527 6点 聖女の毒杯- 井上真偽 2019/07/20 16:40
デビュー長編「その可能性はすでに考えた」に続いて発表された第二長編。
今回もサブタイトルには同じく「その可能性はすでに考えた」が使われているとおり、『奇蹟』の存在を証明する探偵=上苙丞を主役とするシリーズ。
2016年の発表。

~聖女伝説が伝わる里で行われた婚礼の場で、同じ盃を回し飲みした出席者のうち、毒殺された者と何事もなく助かった者が交互に出る『飛び石殺人』が発生。不可解な毒殺は祟り神として祀られた聖女による奇蹟なのか? 探偵・上苙丞は人の手による犯行可能性を数多の推理と論理で否定し、「奇蹟の存在」証明に挑む~

しかしまアーよく考えるよなぁー
前作を凌駕するほどの選択肢の多さ。その全ての選択肢が探偵・上苙の頭脳で否定されていく。
そもそもの謎が強烈。
何しろ、婚礼の儀で居並ぶ出席者が飛び石で毒殺されてしまうのだから・・・
こんな非現実的な事象をロジックを効かせて解決しようとすること自体が斬新といえば斬新。

作者の狙いはやっぱり「多重解決」なんだろうか?
すべての選択肢を挙げていくことに喜びを感じているように映る。
もちろん突っ込みどころはそれこそ枚挙に暇はない。
ただ単に「矛盾している」として否定された仮説が多いけど、どう考えても弱いし、反証は十分可能なパターンも多い。
要は、作者の匙加減次第ということ。
でも、これこそが「多重解決」プロットの軸だし、ある意味アンチミステリーとしての見方もできる。
最終的に「奇蹟」が否定されることとなった真相。この貧弱な真相で、それまで付き合わされてきた数々の仮説がひっくり返るんだからなぁー

でも決して嫌いではない。こんなミステリーを書けること自体稀有な才能だと思う。
できれば、本当の「ド本格」ミステリーにも挑んでもらいたいと思うのは私だけだろうか。
(選択肢の多さ=伏線の多さ、が宿命になっている分、小説としてのぎこちなさに繋がるんだろうね・・・)

No.1526 6点 骨の島- アーロン・エルキンズ 2019/07/05 22:13
大人気“スケルトン探偵”シリーズの長編第十一作目。
今回もギデオンによる骨の鑑定がイタリアの名家にまつわる殺人事件の謎を解き明かす!
2003年の発表。

~イタリア貴族の当主ドメニコは姪に信じがたい言葉をかけた。「私の子を産んで欲しい」と。時は流れ、産まれた子は実業家として財を増やそうとする。だがその矢先、一族の人間が誘拐され、さらに前当主のドメニコの白骨死体が地中から発見された。調査を始めた人類学教授ギデオンは、骨に隠された一族の数々の秘密を知ることになるが・・・。円熟味を増したスケルトン探偵ギデオン・オリヴァーの推理が冴える本格ミステリー~

海外版トラベル・ミステリー的な見方もできる本シリーズ。
今回の舞台は紹介文のとおりイタリア。風光明媚なマッジョーレ湖を望むストレーゼ村。
全く知らない地名だったけど、北イタリア地方に属し、ミラノに割と近い町・・・らしい。

とにかく、またもや観光旅行に来たはずのギデオン夫妻が骨にまつわる事件に巻き込まれることに。
(これはもうお約束)
冒頭からいかにも「伏線ですよ」とでも言わんばかりの場面が描かれ、これが事件解決の大きなヒントとなる。
他の方の書評を読むと、この辺りの分かりやすさが不評のようだが、私個人としては特に気にならなかった。
そもそも本シリーズの良さはこの「分かりやすさ」なのだ。

「骨」さえ出てくれば、ギデオンの卓越した鑑定能力が古の事件までも解決に導く。
そして、必ず事件背景にあるのが複雑な人間関係。
今回は「貴族の血」とでも言うべき伝統と因習が動機につながっていく。
日本ならさしずめ“犬神家の一族”的なドロドロした雰囲気になりそうだけど、そこはアメリカン!(いやイタリアン?)
暗さの微塵もなし。読者も安心して読み進めることができる。

ということで、楽しい読書を求めている方にはうってつけ! ラストもハッピーエンド。
そして、今回もギデオンは妻のジュリーが大好き・・・(ミステリーの書評とは思えん)

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E-BANKERさん
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