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メルカトルさん
平均点: 6.02点 書評数: 1772件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.412 5点 京極夏彦読本 超絶ミステリの世界- 事典・ガイド 2014/02/03 22:28
再読です。
『姑獲鳥の夏』から『塗仏の宴』までの全7作品を、様々な角度からああでもないこうでもないと検証し、論説をぶちかましている。
非常に鋭く的を射た論評を披露しているところもあれば、やや首を傾げたくなるような部分もあるにはある。が、全体的には相当深く掘り下げられており、仮説の上に仮説を塗り重ねたような面もなくはないが、個人的にはなるほどと感心させられるガイドブックに仕上がっていると思う。
特に「京極堂はノイローゼ状態の文豪、関口は自閉症の猿、榎木津はギリシャ彫刻の美貌・・・」などと断じている点。
「『館シリーズ』は『京極堂シリーズ』に引き継がれていった」といった大胆な仮説。
「京極夏彦は自らの<女性性>を露骨にさらしたくなかったのである」などの様々な名言は大変ユニークな発想であろう。
やはり野崎氏はミステリ作家としてよりも、評論家としてのほうが一枚も二枚も上手であるのは本ガイドを読むまでもあるまい。
ところで余談だが、『鵺の碑』は一体いつになったら刊行されるのであろうか。京極と文藝春秋の間で何があったかは知らないが、首を長くして待っているファンが大勢いることは忘れないでほしいものである。もうとうの昔に完成しているはずだと思うのだが、どなたか情報を持っている方がおられたら是非ご教示願いたい。

No.411 7点 鼓笛隊の襲来- 三崎亜記 2014/02/02 22:25
再読です。
奇想天外な設定が楽しい9編からなる短編集。どの作品もごく普通の日常の中に、突如現れる奇怪な現象や現実離れした白昼夢のような出来事を描いたファンタジーである。さらには必ず人と人との様々な繋がり方を情感豊かに描写しており、心温まる、印象深い作品集となっている。
中でも個人的に気に入っているのは、過去最大級の鼓笛隊が日本列島を縦断しようとしているため、多くの住民が避難しているさなか、祖母を中心に家族が結束して難を逃れようと家に立てこもる表題作『鼓笛隊の襲来』。
実物の象がすべり台として公園に設置され、その象を巡っての人情味溢れる感動のストーリー、『象さんすべり台のある街』。
私の落涙ポイントを直撃した、突然の「事故」で大事な人を失った女性の切ない恋物語、最終話の『おなじ夜空を見上げて』。いずれもごく普通の人が主人公であるところが重要ポイントである。
他にも、ちょっといい話や少しだけ感動できる話などが目白押しで、お薦めである。

No.410 4点 倒立する塔の殺人- 皆川博子 2014/02/01 23:20
タイトルからはガチガチの本格かと思わせておいて、ほぼ文学作品、ミステリの要素は構成が作中作というだけで、極薄である。かと言って、作者お得意の幻想小説的な感じでもない。本作は、太平洋戦争末期の日本の女学生たちはこんな言葉遣いをしていたのか、とか、こんなものを食べていたのか、といった日常生活に感心していればいい作品であって、ミステリ的な謎や解決を期待してはいけない。しかも、一度読んだだけではストーリーがはっきりと見えてこない、みたいなかなり難解な小説となっている。だからと言って、決して読みづらいわけではなく、むしろこの作者にしては読みやすい部類だと思われる。
まあしかし、文学作品としてはある程度評価できるのではないだろうか。ただ個人的にはあまり好みの範疇ではなかった。プロットなどは見るべきものはあるが、全体的にまとまりに欠けるきらいがある。巻末の、作品中に登場する画家の作品が何点か掲載されているのは、ちょっと変わった趣向でいいんじゃないかな。

No.409 6点 青空の卵- 坂木司 2014/01/30 22:22
再読です。
本作は趣向を変えて、どうでもいいことを書き連ねていこうと思う。なあに、心配はいらないよ、長々書くつもりはないから。
では早速いってみよう。まず最初に『仔羊の巣』の書評に書いた鳥井がひきこもった原因に関しては、第一話でやはり明らかにされていて、一応納得は出来た。だけどこの青年の性格から言って、ひきこもるようには思えないけどね。ついでに書くと、鳥井は二重人格か、でなければ分裂症なのではないかと勘繰りたくなるような、いきなりの豹変ぶりを見せることがある。これがどうにも不思議でならない。どういう精神構造をしているのだろうか。ただ、探偵としては相当優秀で、文句のつけようがない。
一方、実質的な主役のぼくこと坂木は、あまりにも涙腺が緩すぎるだろう。いい大人なのに毎回泣いているじゃないか。こんな純粋な人間などまあいないって。
他の登場人物に関しては、それぞれ個性があってよく描けていると思う。だから面白いわけだが、人物の造形はさりげない言動に非常によく表れているので、飽きが来ない一つの要因となっている気がする。特に、盲目の美青年、塚田、警官で鳥井たちの同級生である滝本、木工教室の先生で、粋な江戸っ子じいさんの木村。この人たちは主役でも張れそうな個性派ぞろいである。
あと一つ、それぞれの短編のタイトルに季節が入っているが、残念ながら季節感がイマイチ出ていないね。
おっと、ちょっと長くなってしまった、失礼。

No.408 6点 仔羊の巣- 坂木司 2014/01/28 22:35
再読です。
流れるような文体が好ましい、記述者の坂木とひきこもり探偵の鳥井が活躍する連作短編集第二弾。
なのだが、私は明らかにミスを犯していた。当然、シリーズ初作の『青空の卵』から読み直すべきだったのに、何気なく、本当に何気なく本書を手に取ってしまい、行きがかり上最後まで読まざるを得なかった。なぜ鳥井がひきこもりになったのかが、途中から気になって仕方なかった。本作ではその辺りに全く触れられておらず、前作で明らかにされているため重複を避けたと記憶している。まあ仕方あるまい、明日から前作をじっくり読むことにしよう。
さて本作はいわゆる日常の謎を扱った連作短編であるが、ややこのジャンルの他の作品とは一線を画していると思われる。それは、やはり鳥井がひきこもりなのに、他人に対してやけに強気な態度に出たり、或いは鳥井と坂木の妙な関係が影響しているのではないだろうか。詳しくは読んでいただくしかあるまい。
内容は、第一話は坂木の同僚の女性のおかしな挙動を、第二話は地下鉄のホームで一時間も風船を片手に立ち尽くす少年の謎を、最終話は坂木を付け狙う複数の女子高生の謎を、探偵役の鳥井が暴くというもの。
一話ごとに登場人物が増えていき、最後には一堂に会すという、創元社ではお馴染みのスタイルを踏襲している。派手さはないが、じんわりと心に沁み込んでくる感じの、なかなか味のある作品であった。教訓めいた会話もかなり多いが、押しつけがましさがない分、読んでいて苦痛を感じないように作り込まれている気がして、その意味では好感が持てる。

No.407 6点 バラ迷宮- 二階堂黎人 2014/01/27 22:28
再読です。
二階堂蘭子シリーズ、6篇からなる短編集。どれもそこそこ及第点を上回っている作品ばかりだと思うが、個人的にベストは『サーカスの怪人』。語り口調がさながら蘇った乱歩といった感じで、大時代的な雰囲気を醸し出している。事件の謎はとても魅力的で、引き付けられるものがあるが、トリックはまあなんというかちょっと無理がある気もする。そんなマイナス点を差し引いてもこれは近年では、二階堂氏の他には島荘くらいしか書けないのではないかと思う。
次点は『火炎の魔』で、完璧な密室の中、被害者は突然発火し凄まじい勢いの炎に包まれて焼け死ぬというもの。この作品は、ガムテープで目張りまでしてある密室が逆にこのトリックを可能にしているという、他に類を見ない異色の密室殺人事件となっているところに注目したい。
他の作品もそうだが、全般におどろおどろしい雰囲気を盛り上げるためか、過剰な表現が目立つのが気になる。「私は、頭を鋼鉄のハンマーで殴られた気がした」とか、それは作者自体が言葉で言い表すものではなく、読者が自然と心の中で感じるべきことだと思うので、そんな恥ずかしい一人称表現は控えめにしてほしいものである。

No.406 6点 ユリ迷宮- 二階堂黎人 2014/01/24 22:29
再読です。
二階堂蘭子シリーズは、出来不出来にかかわらず、なんというかそこはかとない本格の芳ばしい香りが漂っていて、個人的に好感が持てるんだよね。時代背景もなんとなく雰囲気が伝わってくるし。
探偵の二階堂蘭子は確かに気が強そうだけど、そんなに個性的に描かれているとは思えないので、もう少しディテールに拘ったほうがより一層作品が際立って見えると思うけどね。
本作は二編の短編と、一編の中編からなる作品集で、どれが頭抜けて素晴らしいというわけでもなく、まずまず面白い作品が並んでいる。
『ロシア館の謎』はいわゆる家屋消失もので、一見とんでもない不可能現象を、いとも簡単に蘭子が解き明かしている。アイディアはそれなりに納得できるが、驚きは控えめな感じ。
『密室のユリ』は単純な密室もの。蘭子は事件の概要を聞いただけで密室の謎を解いてしまうが、この作品には大きな欠陥がある。それは読んでいただければお分かりになるかと思う。トリックもごくごく簡単なもので、評価は低くならざるを得ない。ただしストーリーの流れ的にはスムースで分かりやすい。
『劇薬』はトランプゲームの、コントラクト・ブリッジのルールが詳しく紹介されているが、正直わけが分からない。まあ、そんなことは横へ置いて、本格ミステリとして面白い。大体殺人事件でも毒殺は地味な印象で、なんとなくモヤモヤするのが一般的だが、本作は解決編が二転三転し、捻りが結構効いているので飽きずに最後まで読める。登場人物もそれなりの人数だが、うまく描き分けられていて混乱することなく読み進められる。さすがの描写力ではないだろうか。

No.405 6点 だれもがポオを愛していた- 平石貴樹 2014/01/21 22:27
再読です。
なるほど、これは玄人受けする作品に違いない。だから私のようなど素人には、あまり心に響いてこなかった。しかも元来頭の出来が悪いので、理解が及ばない部分も多々あったのは隠しようのない事実だ。
本書を読むに当たっては、出来ればポオの『アッシャー家の崩壊』『べレニス』『黒猫』を事前に読まれることをお勧めする。少なくとも『アッシャー家』だけはじっくり読んでおいた方がより楽しめるのは間違いないと思う。だからと言って、読んでなくても、腰を据えて読み込むことによって、自分が探偵になった気分を味わいながら、作者の挑戦に応えることも可能である。
それにしても、舞台がアメリカというだけで、なぜこのような翻訳調の文体になってしまうのか。おそらく、この人は普通の文章を書こうと思えば書けるはずなのに、わざわざ読み難い文を書いてどうする。もっとスラリと書いてサクサク読めるようにしてもらえれば、バカな私にもそれなりに理解できたと思うと残念ではある。
決して万人受けするとは思わないが、やはりマニアは必読の書だと考えられるので、少々の読み難さは我慢して一読してみるのもいいだろう。

No.404 4点 赤い柩- 奥田哲也 2014/01/20 22:23
再読です。
まず最初に言っておきたいことがある。帯にデカデカと「ためらい傷の名探偵登場」と謳っているが、これが気に食わない。謳い文句は小説の常套手段だから仕方ないにしても、ならばなぜそれに対しての期待を裏切る。そんな惹句を掲げられたら、当然読者はその名探偵の過去に何があったのかが気になるはずだ。だから、作者はそれに対する回答を作品の中で示さねばならない、或いは編集者が気を回して作家にその旨を通達し、そこのところを詳らかにするよう指示すべきだろう。
これまで惹句に何度も裏切られていた私は慣れているとは言え、やはり読後、ためらい傷に関してほとんど触れられていないのがどうしても業腹であった。無論それは初読の際にも気になっていたことで、再読してその感を一層強めた結果に終わってしまった。
その名探偵だが、ほとんど頭から最後まで露出しているのだが、どうにも特徴がないと言うのか、個性が感じられない。敢えて言えば、聞き上手で、相手が思わず本音を漏らしてしまうような、或いは心の内をぶつけたくなる様な性格のようである。よく言えば金田一耕助型なのだろうか。
さて事件は、連続殺人で3人の被害者のうち2人が血液を体内から吸い取られているという猟奇的なものではあるが、捜査の段階的説明もなされず、どうでもいいような描写が続いたりして、正直ダレる。ただし、その血が抜き取られた理由に関してだけは、それなりに驚ける。特筆すべき点はそれだけで、後は大した伏線もないのに、探偵がしたり顔で真相を語るだけ。何故そこに至ったかの説明もないまま、真相が披露されて終わる。かなりの虚脱感。
まあとにかく、どこまでも平凡な作品であったとしか言いようがない。

No.403 7点 『アリス・ミラー城』殺人事件- 北山猛邦 2014/01/18 23:24
再読です。
素直に面白かった、いかにも本格ミステリらしい作品。えっ、それじゃダメ?そうね、例のトリックが問題なんだよね。確かに伏線が少ないし、手掛かりがほとんどないので、我々読者が真相を看破するのは相当難しいだろう。つまり、ずばり誰が○○なのかを推理するのに支障はあるのかどうか。フェアかどうか問われれば、どちらとも言えない。少なくともアンフェアではないと思うが、やや勿体付けて隠蔽しすぎのきらいはある。
もっと大胆に伏線を張れば、平均点は上がっただろう。しかし前例があるので、その辺りは評価が分かれるところだ。
一方、物理的トリックに関しては、個人的には分かりやすくて明快で、これは好印象である。勿論、机上の空論的な感じは否めないが、それを承知の上でもう一段上を行く推理を披露しているので、全く問題ない。
動機に関しては、残念ながら問題外。これだけの労力を使って大量殺人をおこなうくらいなら、他にいくらでも方法があろうと言うもの。まあしかし、探偵ばかりを孤島に集めるというアイディアは面白いし、読み応えも十分で、私としてはかなり満足している。

No.402 4点 リロ・グラ・シスタ- 詠坂雄二 2014/01/16 22:23
外連味たっぷりで、文法的にやや疑問の残る、そしてどう考えても日常的に使わないだろうと突っ込みたくなるセリフ。迂遠で、圧倒的に説明不足な地の文。それらが終始繰り返されるので、これは私でなくても途中で放り投げたくなるというものだろう。
読者に迎合しろとは言わないが、売れたければせめて作家たる者、読み手のことも考えて執筆作業に従事していただきたいものである。そんな読者の事情を無視した書きっぷりが、せっかくの素材を台無しにしている気がする。
おそらく、作者がこれは最後まで気付かないだろうとほくそえみながら企んだ大胆な仕掛けは、1ページ目で既にミエミエだった。凡人の私でも気づいたのだから、ある程度ミステリを読んでいる人間ならば速攻で見抜かれてしまっただろう。言葉で表すなら「何を今更」ってことですかね。
メイントリックもなんだか既視感がありパッとしないし、解決編も有耶無耶に終わってしまった感じで、カタルシスの欠片もなかった。大体、自称なのか他称なのか知らないが、名探偵と言われているわりには、この主人公は大した活躍をしていない。そんな不満だらけの酷評は、期待の大きさの裏返しでもある。不本意ながら読むだけ時間の無駄だったと思う。

No.401 6点 仮面劇- 折原一 2014/01/14 22:34
再読です。
第一幕から第三幕までの三部構成で繰り広げられるサスペンス。取り敢えず全編を通して、トリカブトによる保険金殺人事件を扱ったものだが、それぞれ少しずつ味付けが異なっており、スパイスがピリッと効いてはいるものの、やや小粒な印象を受ける作品である。
まあ折原氏らしい仕掛けが各所に見られて、ファンにとってはそれなりに楽しめるとは思う。みなさん、結構厳しい採点になっているけれど、私はそれほど悪くない出来だと感じた。
勘のいい読者には真相を見破るのはそれほど難しくはないかも知れないが、二度目なのに、私は騙されるべきところでもれなく綺麗に騙された。それにしても結構あっと驚くような仕掛けが施されているのに、これほど内容を忘れてしまうものだろうか。普通、読んでいる途中で、ここはこうなって、あれはああで、という具合に部分的にも思い出してくるものだが。
まあいい、それだけ初読の時同様楽しめたわけなので、良しとしよう。

No.400 6点 ふたご- 吉村達也 2014/01/12 22:39
再読です。
がん細胞は不老不死であり、アポトーシス遺伝子の不在がその原因と考えられていること。パーフェクト・ツインズが誕生する理由を学識的見地から、やや曲解しながら作者なりに咀嚼、アプローチし結論付けていることなど、なかなか興味深い学術的情報を披露している辺りは吉村氏の新境地だったのではないかと思う。
本作は、ミステリとホラー、そして遺伝子工学の新たな地平を切り開く新説とがミックスされた、全く新しいタイプの小説である。ただし、ストーリーにそれ程の新味はなく、従来のホラーの形を借りてはいるが、いわゆる「双子トリック」の亜流的な作品かと思っていた私は大きな間違いをおかしていたようだ。
しかし、万一この書評を読んで、古書店でたまたま見つけてこれから読もうとしている方や、図書館で借りて読む気になった奇特な方がおられるかもしれないので、内容に関しては一切触れない。
ストーリーとは関係ないので、ついでに書いておくと、人間の聴覚は実際の音声の約20倍の大きさで聞こえるらしい。試しに口をすぼめて息をゆっくり吐き出してみるといい、意外に大きい音がすると感じるはずである。といったようなことも書かれており、いろいろ勉強にもなる作品だ。

No.399 6点 田舎の事件- 倉阪鬼一郎 2014/01/10 22:38
再読です。
全十三話からなる短編集。いずれも無駄な描写を極力排して、非常にコンパクトにまとめられていて、とても読みやすく好感が持てる。
日本そばを極めた男が心機一転開いた店「無上庵」。そばの味をそのまま味わってもらうため、つゆを水にして他のメニューを一切なくした究極のそば屋は苦戦を強いられる。そこに現れた客は、普通のおばさん二人と若い女。果たして彼女らはそのそばをどう評価するのか、そしてその後彼を待ち受ける運命とは?という話。
自信満々で迎えたのど自慢のトリを務める彼は「長崎の鐘」を歌うが、なんと鐘一つ鳴らされて、とてつもないショックを受ける。だが、彼は上司に合格だったと嘘をつき、そこから彼の転落が始まる、という話。
といった感じの、いずれも舞台は田舎で、何気ないきっかけから狂気に取り憑かれた男たちが堕ちていく様を、ユーモアを交えて描かれた小気味よい作品集。
意味はよく分からないがなぜか全てが関西弁での会話となっており、おそらく舞台は関西地方のどこかであろうと思われる。
「事件」と銘打たれているが、どれも主人公の男が勝手に暴走し、他を巻き込むか、自らが堕ちるところまで堕ちていく過程を、何とも言えないリアルな感じで描いていて、面白いと同時に生々しい迫力のようなものがある。
まあミステリとは言えないかもしれないが、奇妙な魅力を持った作品であるのは間違いない。世に知られていない、隠れた名(迷?)作ではないかと思う。

No.398 7点 サマー・アポカリプス- 笠井潔 2014/01/09 22:29
再読です。
これはもう、超本格ミステリと言っても差し支えないのでは。よって、ミステリマニアは避けて通れない作品だと思う。勿論、無理強いはしない、なぜなら、全体の半分くらいが宗教の歴史や薀蓄が語られているのだから。しかし、だからこその重厚さであり、これなしではただの普通のミステリになってしまうね。
事件はヨハネ黙示録の見立て殺人となっているが、連続殺人事件ではあるものの、それほど複雑ではなく、トリックなどもそれほど凝ったものではない。しかし、後半の二転三転する展開はとても読み応えがある。
丁度400ページから、突如本格ミステリらしさを発揮して、それまでの宗教云々は一体何だったのかと思うほどである。それにしても、殺人の動機は小難しい小説のわりには至って普通なので、そこはやや拍子抜けの感がある。
一つ勉強になったのは黙示録の意味合い、なるほどそうだったのかと納得。

No.397 5点 最後の子- 岸田理生 2014/01/06 22:32
再読です。
老練な文章、時折ハッとさせられるような、情景が目の前に浮かんでくる描写力、只者ではないと感じた。しかも、初出当時まだ30代だった作者は女性である。この事実には驚きを隠せない。
この短編集の一部を紹介すると、蛇が少女に憑依し、男と交わった後、卵を産み付け新たな生命体を誕生させようとする話。ある日突然あらゆる鏡が反乱を起こし、見る者映る物すべてを歪め一部を、或いは全部を消し去る話。睡眠が重い罪と制定された現代社会、ある男が睡眠除去手術を受けたにもかかわらず、眠ってしまったのちの顛末など。
いずれも奇想が光るものばかりではあるが、ほとんど捻りがなく、なんとなく進行していき、盛り上がらないままいつの間にか読み終わっていたという作品が多いのが残念ではある。
ホラーと言うよりも、怪奇小説と呼称した方がしっくりくる短編集で、インパクトという点ではかなり薄いので、おそらく一年以内に忘れてしまいそうな感触が残る。だから、20年という年月が経ているため全く中身を覚えていなかったのも致し方ないと言うものであろう。

No.396 5点 転校生- 森真沙子 2014/01/04 23:19
再読です。
主人公は父の仕事の都合で高校を転々とする、有本咲子。彼女が行く先々の高校で様々な奇妙な体験をするという、連作短編集である。全5話で第3話目まではホラーと言うよりもファンタジーに近い感じであろうか。しかも乱暴に言ってしまえば取るに足らない凡作である。ただし、あくまで私にとってと解釈していただけるとありがたい。
瞠目すべきは4話と5話。特に個人的に気に入っているのは4話の『図書室』だ。咲子は誰も借りないような、幻想小説や怪奇小説を図書室で借りるのだが、その前に必ず借りている人物がいる。3年前に借りているその謎の人物を巡っての、咲子の危うい冒険が今始まる、といった感じの内容。簡単に書くと何となく陳腐な印象だが実際読んでみると分かるが、これがなんとも言えない雰囲気を持っていて、他が完全に霞むほど素晴らしい。
最終話も良いが長くなるのでここでは割愛させていただく。とにかくこの2話は別格だが、他が平凡な出来なので、均してこの点数に落ち着いた。

No.395 4点 傀儡の糸- 亜木冬彦 2014/01/03 22:24
再読です。
終盤までは典型的なサイコサスペンス。主人公は精神科の女医だし、所轄の刑事二人がコツコツと地道に犯人を捜査するが、厳しい監視の中、犯人は若い女性ばかり4人を惨殺する。その手口はかなり残虐で片手の指と両足の指をすべて切断し、鼻や耳を切り取ったりもしている。そしてなぜか一本だけ指が現場から消失していた。
猟奇殺人鬼の仕業なのか、なぜそのような手間のかかることをしたのかなど、ミステリ的な興味も当然持たれる。
がしかし、終盤突如としてホラーに転じて、犯人が一体誰なのか判然といない上、様々な疑問点が未解決のまま幕を閉じてしまう。
ただ、なぜそれぞれの被害者の指が一本だけ消えていたのかという理由だけは、なるほどと思わされる。その点は無理のない結末だとは思うが、いかんせん、ミステリとしての解決がなされていないのでは、読者として不満が募るばかりである。
作者としてはミステリとホラーの融合みたいな線を狙ったのだろうが、両方が中途半端でイマイチだった。

No.394 6点 ネジ式ザゼツキー- 島田荘司 2014/01/02 22:40
再読です。
ファンタジー小説『タンジール蜜柑共和国への帰還』は、巨大な蜜柑の木の枝に家屋が立ち並び、通りができており、一つの小国として成り立っている。蜜柑をもぎるために妖精たちは羽根を羽ばたかせる、またその国には鼻や耳がない者もいるという、相当意味不明なものである。スウェーデンで教授をしている御手洗潔は、この小説から真実を抽出し、作者の帰るべき国を模索し、とんでもなく奇怪な殺人事件を解決に導くべく、推理を始める。
前半ではこれまでの「御手洗潔シリーズ」では見られなかった、御手洗自身の一人称を読むことができる。しかし、かつてのエキセントリックだった御手洗の姿はそこにはない、冷静で思慮深い学者然とした、それなりの年齢を重ねた落ち着いた御手洗に、なんだかしっくりこないものを感じる読者も多いのではないだろうか。
まあしかし、彼の天才ぶりは相変わらずで、この程度のからくりは大して頭脳を駆使する必要もなさそうだ。
全体的にはやや小粒な印象は受けるが、『タンジール蜜柑共和国への帰還』が思いのほか面白く、個人的にはこれがかなり気に入っている。
ミステリとしての興味は、いわゆるホワイダニットと言えるかもしれない。何故犯人は被害者の首を切り、ネジによって首と胴体を繋げるような真似をしたのか。そこには島荘がよく口にする「信念の犯罪」が執念とも言える理由をもって存在しているのだ。

No.393 6点 透明人間の納屋- 島田荘司 2013/12/30 22:39
再読です。
いかにも島荘らしい、本格と社会派を上手く合成させたような作品。一連の流れとしては、まず主人公の「ぼく」の視点から、唯一とも言える信頼でき親しみを感じている大人の真鍋との友情を暖かく描き、その後透明人間の仕業としか考えられない不可思議な現象と事件を持ってきている。そして最後にはその謎解きと共に社会派の一面を覗かせるという、島荘の本領発揮といった感のある、本格ミステリと言っていいだろう。
ただ、その結末は悲惨なものであり、とても子供向けとは思えないところがやや気にはなるが、問題提起としてはさすがに考えさせられる。
読後、思えば冒頭の「ぼく」と真鍋とのやり取りが実に長閑で、その辺りを読んでいたのが至福の時だった気がする。特に自分の視点から地平線までの距離を示された時には、そうなのかと心底驚いた。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 他多数
採点傾向
平均点: 6.02点   採点数: 1772件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
島田荘司(25)
西尾維新(25)
アンソロジー(出版社編)(23)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
折原一(19)
中山七里(19)
日日日(18)
森博嗣(17)