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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1901件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.901 5点 メーラーデーモンの戦慄- 早坂吝 2018/11/09 21:53
メーラーデーモンを名乗る者から「一週間後、お前は死ぬ」というメールが届いた後、殺害される連続殺人が発生!「お客様」を殺された上木らいちは捜査を開始。被害者は全員、X‐phone社のガラケーを所有していたことが判明する。一方、休職中の元刑事・藍川は「青の館」で過ごすが、小松凪巡査部長のピンチを知り、訳ありの宿泊者たちと推理を展開。らいち&藍川、二人は辿り着いた真相に震撼する!!
『BOOK』データベースより。

この作者の持ち味は十分に出していると思います。エロとトリックを結びつける発想はなかなかのものではないかと。しかし、藍川らが考えるチマチマした推理はややこしく分かりづらいもので、正直どうでも良くなってきました。

途中までは面白かったです。ストーリーの流れから当然ホワイダニットを重点に置いた展開が予想されましたが、そこには一切触れておらず評者としてはいささか肩透かしを食らった形になりました。ミッシングリンクもへったくれもなく、結局限られた容疑者の中からの犯人探し、つまりフーダニットに落ち着きます。
動機は犯人の口から語られますが、まあ、あり得ないですね。
期待していただけに残念でした。それにらいちの出番が少なかったのもやや不満です。

No.900 7点 紅き虚空の下で- 高橋由太 2018/11/05 22:13
表題作、怪しげな雰囲気と思わせておいてからの、意外にまともなミステリかと思いきや、結局とんでもない異空間というか異世界に連れていかれます。これはまさにグロとシニカルの競演やーって感じですか。しかし特異な設定でありながら、一本筋の通った本格ミステリではあります。しかも、伏線が結構張られていて、二転三転しながら最後にどんでん返しを食らわせます。
他に類を見ないとは言いませんが、それに近いだけの独自の世界を構築しておりますね。荒唐無稽、茫然自失といったワードが頭に浮かんできます。敢えて言えば、白井智之と飴村行を足して2で割ったような作風でしょうか。

二作目の『蛙男島の蜥蜴女』も表題作と似通った作品です。こちらもグロパワー全開の本格物。とは言え、乾いた筆致なのであまり残酷なのに生々しさは感じられません。耐性のない方は嫌悪感を覚えるかもしれませんが、苦手でない方は是非とも読んでいただきたいものです。お薦めです。

『兵隊カラス』は、これまた一風変わった物語ですが、普通の人間界のお話です。油断していると足を掬われますよ。かなり救いのない暗い作品です。

『落頭民』は一見滅茶苦茶なホラーで、もしかしたらこの作者の最も異色な作品なのかもしれません。高橋氏は現在時代小説を量産しているとのことで、この短編集を読む限りでは全く違った作風のようで想像もつきませんが、残念ながら本格ミステリと呼べるのは先の二作のみのようです。
個人的には表題作や『蛙男島の蜥蜴女』のような路線を期待しています。今後現代もののミステリも書きたいとのことですので、注目していきたいと思います。

No.899 5点 三度目の少女- 宮ヶ瀬水 2018/11/02 22:22
大学生の関口藍は、前世・前前世の記憶を所持して生まれてきたという少女・伊藤杏寿と出会い、生まれ変わりを防ぐ手助けをしてほしいと頼まれる。情報を得るため、前前世の少女・木綿子の生家を訪ねた藍たちは、そこで謎のポルターガイスト現象に遭遇する。その翌朝には当主の毒殺死体が発見され、現場には木綿子の署名が残されていた。三十二年前、彼女は何者かに殺害されたらしく…。
『BOOK』データベースより。

帯には『転生』×『幽霊』×『謎解き』と謳っていますが、それらを上手く融合させた本格ミステリだと思います。
また、巻頭に「この物語において、以下の条件を真とする。『この世には超常現象が存在する』」とあります。よって、この物語は特殊ルールを理解したうえで読み進めなければなりません。しかし、特別難しく考える必要はなく、作者が導く道を辿ればおのずとその世界に馴染むことができます。

アイディアは良いと思うんですが、やはりミステリとして、特に殺人事件における何かが不足している気がしてなりません。道具立ても今ひとつ、動機も平凡で犯人の意外性なども見られません。ただ、確かに生まれ変わりや霊の存在がなければ成り立たない作品であるのは間違いなく、その意味での作者の腐心は評価しなければならないでしょう。

No.898 7点 奇譚を売る店- 芦辺拓 2018/10/29 22:23
「また買ってしまった」。何かに導かれたかのように古書店に入り、毎回、本を手にして店を出てしまう「私」。その古書との出会いによって「私」は目眩く悪夢へと引きずり込まれ、現実と虚構を行き来しながら、背筋を寒からしめる奇妙な体験をしていく…。古書蒐集に憑かれた人間の淫靡な愉悦と悲哀と業に迫り、幻想怪奇の魅力を横溢させた、全六編の悪魔的連作短編集!
『BOOK』データベースより。

正直、以前からこの作家の文体は私には合わないと感じていましたが、本作はそういったことを抜きにして率直に面白かったです。キワモノと勘違いされそうな雰囲気ですが、決してそうではありません。
レトロ感を漂わせながら、古書を巡って現実と虚構が交錯する、眩暈のしそうなホラー要素を多分に含んだ幻想小説となっています。ミステリの要素も幾分内包していますので、なかなかにジャンル分けの難しい作品だと思います。

ジオラマの中で起こる殺人事件、何十年も歳を取らない少女、小説の中に取り込まれる作家、古書の入札大会にて起こる奇妙な偶然など、何とも言えない不思議な現象が虚々実々のうちに次々と現れます。
が、不可解さを残しつつもミステリ作家らしく、着地すべきところにちゃんと落ちますので、単なる幻想小説とも言えない部分があります。
まさに奇譚、古本屋を愛する方々にはより共感できる内容となっているのは当然ながら、一般読者にもこの隠れた名作(迷作?)を存分に味わっていただきたいものです。

No.897 6点 鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース- 島田荘司 2018/10/26 22:14
完全に施錠された少女の家に現れたサンタ、殺されていた母親。鳥居の亡霊、猿時計の怪。クリスマスの朝、少女は枕もとに生まれて初めてのプレゼントを見つけた。家は内側から施錠され、本物のサンタが来たとしか考えられなかったが―別の部屋で少女の母親が殺されていた。誰も入れないはずの、他に誰もいない家で。周囲で頻発する怪現象との関連は?
『BOOK』データベースより。

元が短編なので内容の希薄感は否めません。しかしそこは島荘、ドラマ性やストーリーテリングぶりは堂に入っています。
鳥居をメインにしたトリックは想像の域を超えず、驚くようなものではありません。どちらかと言うと東野圭吾のガリレオシリーズを想起させます。しかも、御手洗が謎を解く前に真相が読者に明示されるため、彼の活躍ぶりがいかにも中途半端で宙ぶらりんな感じですね。もう少し書き様があったようにも思います。

御手洗が京大生当時の事件の上、出番が最初と最後だけなので、キャラの濃さが全く伝わりません。大学時代はそこまでエキセントリックではなかったってことでしょうか。
まあ島荘らしいいい話ではありますし、容疑者の揺れ動く心情や感動のシーンなどが読みどころとなっていると思います。でも、ミステリとしては弱めです。

No.896 7点 犯罪者 クリミナル - 太田愛 2018/10/23 22:23
白昼の駅前広場で4人が刺殺される通り魔事件が発生。犯人は逮捕されたが、ただひとり助かった青年・修司は搬送先の病院で奇妙な男から「逃げろ。あと10日生き延びれば助かる」と警告される。その直後、謎の暗殺者に襲撃される修司。なぜ自分は10日以内に殺されなければならないのか。はみだし刑事・相馬によって命を救われた修司は、相馬の友人で博覧強記の男・鑓水と3人で、暗殺者に追われながら事件の真相を追う。
『BOOK』データベースより。

作者はTVドラマ『相棒』などの脚本を手掛けているシナリオライターですが、作家としてはこれがデビュー作です。しかしその完成度は高く、まるで映画を観ているように情景が浮かび上がってきます。

通り魔事件はほんの発端に過ぎず、それからの展開は目まぐるしく変化し、文庫本で1000ページ近い大作とは思えないほど密度の高い作品に仕上がっていると思います。
主人公の三人は勿論ですが、ほんの端役のエピソードでさえおろそかにせず、しっかりと描き切っています。その辺りは脚本家としての素養を存分に発揮しているのではないでしょうか。
大企業の隠蔽体質や政治家との癒着、奇病に対する世間の偏見や好奇の目、被害者遺族への対応などの社会問題にサスペンスやアクションを絡めた本作は、社会派、本格などの枠を超えたエンターテインメント小説として昇華されています。

最後までダレルことなく楽しめます。ただ、終盤やや消化不良気味なのが気になりますが、総てをハッピーエンドに終わらせず、これが現実なのだという厳しさと虚しさ、そして新たな出発と、ささやかな希望が最後に訪れ、何とも言えない余韻を残します。

No.895 6点 第四の扉- ポール・アルテ 2018/10/14 21:37
流石にカーの再来と言われるだけのことはありますね。ご本人もカーを信奉というか溺愛されているようで、不可能犯罪や怪奇現象、勿論密室もあり謎の提示は申し分ありません。そこまで大風呂敷を広げて収拾がつかなくなるのでは?という心配をよそに、怪事件の数々を合理的に解決に結びつけています。
しかしながら、手品の種明かしをされた時の様な拍子抜けの感は否めません。結局そんなことだったのか、確かに誤魔化しという訳ではないけれど、もっと意表を突くトリックを期待していただけに残念ではあります。

尚、作品の構成としては好きな部類で、解説の麻耶雄嵩が書いているように、まるで往年の新本格を彷彿とさせる作風にも感じます。しかし、その性質上名探偵のはずのツイスト博士が実際に事件に携わっていないのは物足りないですね。
又ジョン・カーターなる人物を登場させるなど、遊び心も忘れていません。本当はフェル博士を探偵役にしたかったのだそうですが、著作権の問題でしょうか、実現はしませんでしたが、他の作品でのツイスト博士の言動は、フェル博士にそっくりらしいですよ。

文体は平易で読みやすく、カーのファンにとっては一読の価値があると思います。フランスにもこんな作家がいるとは正直思っていませんでした。

No.894 6点 首無館の殺人- 月原渉 2018/10/10 22:06
没落した明治の貿易商、宇江神家。令嬢の華煉は目覚めると記憶を失っていた。家族がいて謎の使用人が現われた。館は閉されており、出入り困難な中庭があった。そして幽閉塔。濃霧たちこめる夜、異様な連続首無事件が始まる。奇妙な時間差で移動する首、不思議な琴の音、首を抱く首無死体。猟奇か怨恨か、戦慄の死体が意味するものは何か。首に秘められた目的とは。本格ミステリー。
『BOOK』データベースより。

テンポよくストーリーが展開されるのはいいですが、連続して陰惨な殺人事件が起こるのだから、もう少しそれらしい雰囲気とか空気感が欲しかったですね。そこが一番悔やまれます。それさえクリアしていれば7点献上するに吝かではなかったです。

使用人探偵シズカの徐々に事件の核心に迫っていく推理は回りくどく、意味不明な点が多々ありますが、最後にはそれも納得のとんでもない真相が待っています。
伏線はそれほど多くはありませんが、主人公の言動や心理状態、宇江神家の人々のよそよそしさなどから、勘のいい読者はこの絡繰りに中盤で気づくかもしれません。読みながら挑戦してみるのも一興でしょう。

首を切断する理由、目的は他に類を見ないものだと思います。少なくとも私の読書歴の中では初めてです。顔を潰された死体が混じっているのもミソです。
そして『首無館の殺人』という仰々しいタイトルは伊達ではないと断言しても間違いとは言い切れません。

No.893 6点 図書館の殺人- 青崎有吾 2018/10/08 22:27
個人的には、ロジックをあまりに重視したため、面白みと外連味がいささか足らなかったように思いました。しかし、サプライズ感はないものの、消去法を用いた裏染の推理は首肯せざるを得ません。ただ裏を返せばそれは重箱の隅をつつくようなもので、カタルシスを得られるような興奮は齎しません。少なくとも私にとっては。
更に言えば、そういう観点で語る作品ではないのは重々承知で敢えて書きますが、スケールが小さいです。論理性は重量級ですが、ストーリー性、プロット等に関してはあまり期待しないほうが良いですね。トリック重視、どんでん返し大好きという方にはお勧めできません。

意外な犯人像という点においては申し分ないですが、意表を突きすぎて「へ?」としかなりませんでしたね。まあしかし、普通に考えれば容疑者の中に明らかな動機を持っていそうな人物は見当たりませんし、結局そうなるのかーって感じですよ。論理と引き換えに、動機と犯人の心理面にまでは手が回らなかったような印象を受けます。

事件と並行して風ヶ丘高校の期末テストを巡る、各生徒の想いや意気込みなどが語られますが、正直どうでもいい気がしました。ただ、裏染と八橋の攻防はなかなか面白かったですが。

No.892 7点 赤い博物館- 大山誠一郎 2018/10/03 22:00
これは面白い。派手ではないけれど渋みのある、玄人好みのしそうな連作短編集の傑作。
いずれも世界が反転するのを目の当たりにすることができます。全体的に無理やり感はありますが、犯人の意外性、読者の目を欺く巧妙な仕掛け、大技ではないけれど切れのあるトリックなど、楽しめる要素が満載です。

館長で探偵役の緋色冴子警視の見事なまでのクールビューティーさ加減、良いですねえ。これ程まで沈着冷静で不愛想な主役の女性はこれまで存在しなかったのではないでしょうか。それに対して助手の寺田聡は個性があまり感じられず残念な人。

何人かの方が触れられていますが、『死に至る問い』の動機だけは納得できかねます。それに推理があまりにも斜め上に行き過ぎて、正しい道のりを辿るロジックとは言えないと思いますね。飛躍しすぎでしょう。これはフェアとは言いがたいです。
他の作品に関しては概ね成程と首肯でき、ハッとする瞬間がとても貴重な体験となりました。
いずれ劣らぬ奇想の連打といった珍品がラインナップされていると思います。どうしても地味な印象は拭えませんが。

No.891 6点 小鳥を愛した容疑者- 大倉崇裕 2018/09/27 22:09
銃撃を受けて負傷した警視庁捜査一課の鬼警部補・須藤友三は、リハビリも兼ねて、容疑者のペットを保護する警視庁総務部総務課“動植物管理係”に配属された。そこでコンビを組むことになったのが、新米巡査の薄圭子。人間よりも動物を愛する薄巡査は、現場に残されたペットから、次々と名推理を披露する。
『BOOK』データベースより。

ミステリそのものよりも、十姉妹、ヘビ、亀、フクロウといった動物たちの生態や飼育法などの蘊蓄が楽しく、読みどころとなっている感じです。
動物たちが残した痕跡や、ふとした仕草などを鋭く見抜き、それらを犯人断定の材料として推理する薄圭子巡査のキャラは立っており、また過剰な動植物愛好家という新たな名探偵の登場とも言えると思います。元捜査一課の須藤友三との凹凸コンビの掛け合いは適度なユーモアを醸し出して、独特のいい味を出していますね。

勿論、動物と事件が有機的に繋がっており、十二分にその世界観を表現しています。ただし、ミステリとしては若干薄味でややインパクトに欠ける感は否めません。
薄と須藤のコンビネーションが次第にしっくりくるようになる様を楽しむのも一興ですし、動物についても目から鱗のためになる小説だと思います。

No.890 5点 異セカイ系- 名倉編 2018/09/23 22:09
小説投稿サイトでトップ10にランクインしたおれは「死にたい」と思うことで、自分の書いた小説世界に入れることに気がついた。小説通り悪の黒騎士に愛する姫の母が殺され、大冒険の旅に…♪ってボケェ!!作者が姫を不幸にし主人公が救う自己満足。書き直さな!現実でも異世界でも全員が幸せになる方法を探すんや!あれ、何これ。「作者への挑戦状」って…これ、ミステリなん?
『BOOK』データベースより。

なんじゃこりゃ!所詮、なろう系のラブコメだろう。こういうのを評価に値しないと言うんだよな。
これがメフィスト賞受賞作?落ちたもんだなあ。

こんなもん、2点で十分。

え?5点付けてるって。そうなんですよ、途中までは2点がせいぜいだと思いながら読んでました。正直、上記のような感想しか持てませんでした。
ところが、『作者への挑戦状』が出てきた辺りからなんとなくこの小説世界に入り込めるようになってきたんですよ。

メタにメタを塗り重ねたメタの多重構造に、いつのまにか自分まで取り込まれ、眩暈がしそうになりました。そして最後には「愛」が残ります。結局それかい、いい話で終わるんかい、つまり作者はすべての人、人類に対して愛を訴えたかったのだと思います。まあ、その心の叫びが読者全員に届くかどうかは疑問ですが、言いたいことやりたいことは伝わってきます。
なぜこの作品がメフィスト賞を?という素朴な疑問も、読み進むにつれなんとなく納得できたような気もします。それにしても最近の受賞作はどうも質が低下していると思われてなりません。

No.889 7点 女が死んでいる- 貫井徳郎 2018/09/19 22:24
二日酔いで目覚めた朝、寝室の床に見覚えのない女の死体があった。玄関には鍵がかかっている。まさか、俺が!?手帳に書かれた住所と名前を頼りに、女の正体と犯人の手掛かりを探すが―。(「女が死んでいる」)恋人に振られた日、声をかけられた男と愛人契約を結んだ麻紗美。偽名で接する彼の正体を暴いたが、逆に「義理の息子に殺される」と相談され―。(「憎悪」)表題作他7篇を収録した、どんでん返しの鮮やかな短篇集。
『BOOK』デーベースより。

同名の初版はお笑いコンビ『ライセンス』の藤原をモデルに、グラビアと小説を合体させた単行本。
私が読んだのは同じ角川から8月に出版された文庫本で、『女が死んでいる』以外内容は全くの別物の短編集になっています。

貫井徳郎、流石だなあと思いました。一々面白く、切れ味鋭く、いずれ甲乙つけがたい秀作短編がズラリと並びます。本格度が高くなる程、トリックに関しては腑に落ちるというか、着地すべきところに着地している感じです。逆に本格から遠ざかるにつれ、意外性を発揮します。どちらが良いとも言えません、つまりはどれを取っても一級品なのではないかと。

本作のウリであるどんでん返しについては、これは凄いというのもあれば、まあそうなるだろうなというものもありますが、フェアプレイを貫いている姿勢は立派だと思います。
ミステリファンだけでなく一般読者にも広く読まれることを祈ります。

No.888 5点 ナナフシの恋- 黒田研二 2018/09/12 22:29
一学期の終業式、彼女は教室から飛び降り自殺を図った。夏休みが終わろうとするある日、親友の沙耶は一通のメールを受け取る。それは意識不明のはずの彼女から届いたメッセージだった。「明日の昼1時、私たちの新しい教室で待ってます」。集められたのは6人のクラスメイト。誰があたしたちを呼びだした?―。
『BOOK』データベースより。

それなりに面白いんだけど、場面設定が一貫して教室内だけなので、ちょっと飽きてしまうしダレます。もう少し変化が欲しかったところですね。プロットと言うか構成の問題でしょう。他の作家なら意識不明のクラスメイトの現在のシーンを挿入するなり、工夫を施したのではないかと思います。
青春小説としての一面も持ち合わせていますが、誰にも感情移入できず、中途半端な印象を受けます。それぞれ個性的に描かれているのは良いとしても、心の深奥までは程遠く、結果駒のように扱われているのがどうにも首肯できかねます。
それと、延々意識不明の少女の過去を詮索していますが、第一に問題となるのは果たして誰が6人を呼び出したかじゃないですかね。そこが端折られているのは読者として納得がいきません。

最終章の仕掛けというかトリックには驚きました、と言いたいところですが、予想通りでした。結局、このアイディアを生かしたいがために長々と物語は綴られているのだと思いますが、こういうのは短編で十分ですね。

No.887 7点 死と砂時計- 鳥飼否宇 2018/09/09 21:39
死刑執行前夜に密室で殺された囚人、満月の夜を選んで脱獄を決行した囚人、自ら埋めた死体を掘り返して解体する囚人―世界各国から集められた死刑囚を収容する特殊な監獄で次々に起きる不可思議な犯罪。外界から隔絶された監獄内の事件を、老囚シュルツと助手の青年アランが解き明かす。終末監獄を舞台に奇想と逆説が横溢する渾身の連作長編。第16回本格ミステリ大賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

登場人物が多国籍であり、どことなく異国情緒を漂わせる本作はしかし、死刑囚ばかりが収容された監獄が舞台となっています。この閉ざされた異空間で様々な事件が起こります。その謎はとても魅力的なものばかりで興味が尽きませんが、トリックや殺害方法等にはいささか無理があるように思います。現実的にとても不可能であったり、細かい瑕疵がいくつか見られます。ですが、犯罪心理的或いは整合性という点でなるほどと思わせるだけの説得力は有しています。

どれも甲乙つけがたい佳作が並んでいますが、やはり最終話は掉尾を飾るに相応しい、読み応えのある納得の出来に仕上がっているように思います。途中から何となく先が読めてきますが、あの幕切れの衝撃は思わず心の中で叫ばずにはいられませんね。そんなバカな!と。

No.886 5点 夜鳥夏彦の骨董喫茶- 硝子町玻璃 2018/09/03 22:15
女性客でにぎわう小さな骨董品カフェ『彼方』。そこには物腰が柔らかくて黒尽くめ、自らを「人間ではない」と称するあやしげな店主、夜鳥夏彦がいる。幸か不幸かそんな夜鳥に気に入られたアルバイトの大学生、深山頼政は、昔から「物」に触れるとかおしな映像が見えてしまう困った体質。そのために、曰く付きの骨董品や依頼人がくるたび、厄介なトラブルに巻き込まれてしまい…!?日常に潜む奇怪な現象に挑む、アンティーク・オカルトミステリ!
『BOOK』データベースより。

こうした作品は内容云々よりもまずキャラが大切です。頼政はともかく夜鳥夏彦の個性が変人ではあるものの、あまり魅力的な感じがしないのがどうも。怪しげな物語や悲惨な境遇に置かれた人間などが描かれている割りに、文体が軽いためどうしても薄っぺらな印象が拭えません。昨今流行のライトなミステリの範疇に入り、しかもシリーズ化されることを前提に書かれているので、今時の読者には幅広く受け入れられると思われます。当然、骨董に関する薀蓄などは語られません。

独創的な世界観は買えるものの、もう少しどうにかならなかったものかと強く感じますね。決して悪くはないんですが、すぐに忘れてしまいそうな、そんな作品です。
ちなみに、誤字脱字が非常に多いのも残念。

No.885 6点 症例A- 多島斗志之 2018/08/30 22:26
精神医療に対する傾倒と情熱は、その夥しい参考文献を見るまでもなく十分に伝わってきます。作者はこの作品を執筆する前にさぞかし勉強されたことと思います。それは実際にカウンセラーの仕事をしている解説者の談からも分かります。

物語としては、ある精神病院と博物館のパートが交互に描かれていますが、正直後者はサイドストーリーであり余分だと個人的には感じます。それを思い切って省いてもう少しスリムにしたほうが、構成としてはすっきりして良かったのではないかと思わないでもありません。

この長い長い、実に丹念に描かれた作品の事実上のクライマックスは、なんと言っても岐戸医師の登場する件で、このシーンは特に引き込まれます。
ここで姿を現す症例は俄かに信じがたいものがあります(実際、映画や小説にはよく出てくるものの、本当に病気として存在しているのかどうか半信半疑な部分がおおいにある)が、それを実にリアルで本当かもしれないと思わせる筆力は流石です。
ミステリではないと思いますが、真正面から精神分裂病や臨床心理学、解離性同一性障害などと向き合う作者の真摯な姿勢は素晴らしいと思います。

No.884 7点 去年の冬、きみと別れ- 中村文則 2018/08/24 22:05
芥川賞作家はどんなミステリを書くのかな、という興味本位で読み始めましたが、下手なラノベなどより余程読みやすく、クセのない文章で安心しました。最初はサスペンスを想起させる出だしでしたが、意外なほどしっかりとしたミステリに仕上がっていると思いました。ただ、プロットが少々入り組んでいてスッキリ爽快という訳には行きません。それは作品の性質上仕方ないですが、トーンが全般的に暗いですね。

確かにどこからが解決編なのか、やや判然としない印象もあります、というかいきなり真相が語られるため突如緊張感を強いられたりします。
トリック自体は少々無理がありそうな気もします。その程度の工作で果たして警察の目が誤魔化せるのか、その意味では現実味が薄いのではないかと思います。ですが、解説で作者自身が語っているように、総ての伏線が回収されているのはお見事ですね。

最後の一文が問題になっているようですが、被害者が仮名なので分かりづらいのかもしれませんが、そこをクリアすれば考えるまでもないでしょう。
面白いとかの物差しで計るべき作品ではない、それだけでは語り切れない、まさに異色作だと思います。地味なのにこれだけヒットした理由が分かる気がします。

No.883 7点 刑事のまなざし- 薬丸岳 2018/08/22 22:16
良作が並ぶ刑事・夏目信人シリーズ第一弾の連作短編集。
どれも甲乙つけがたい作品ばかりですが、これといって突出したものはない印象です。しかし、なかなかの高水準を保っていると思います。

ヒーローではない、刑事らしくない優しさを持った主人公の夏目は、その心情が描かれていないためどこか謎めいていますが、人間の良心の象徴としての存在を表しているのではないでしょうか。
薬丸岳という人は、被害者が加害者に様変わりする構図を得意としているようですね。そこには理不尽とも言える現実に抗おうとして苦悩する生身の人間が描かれており、総ての作品において何が正義なのかを読者に問おうとしているように思われて仕方ありません。
ミステリとしては、それほど複雑な構造ではありませんが、程好い意外性が読んでいてなるほどと思わせ、そして静かに訴えかけてくるような短編集と言えると思います。

また、個人的に気になるのは夏目の娘で、彼女の未来には一体どんな境遇が待っているのか、どうかそれが幸福であることを祈るばかりです。

No.882 7点 闇の底- 薬丸岳 2018/08/17 22:10
幼女に対する性犯罪、司法の在り方、被害者の遺族の憤りと深い憎しみ、「社会派」として色々考えさせられる作品でした。その割にはリーダビリティに優れているためか、すんなり読めます。重いテーマを巧妙にエンターテインメントに昇華しているとは思いますが、深く掘り下げられているかというと、そうでもない気がします。まあ、これ以上ディープに過ぎるとそれはそれで胃がもたれそうですが。

ミステリとしては一貫してフーダニットに拘っています。果たしてサンソンは誰なのか、最後の最後まで予測がつきません。見事にやられた感じですね。本格ではないので伏線や手がかりなどで犯人を推理できる仕組みにはなっていませんが、意外性は買えます。
ラストは意見の別れるところだと思いますが、個人的にはそうあって欲しくなかったなというのが正直な感想です。

しかし、どこまでも破綻することなくよく考えられたストーリーだと思います。テンポもいいですしね、時間があれば一気読みするのが理想じゃないでしょうか。私のようにいちいち立ち止って無駄に時間を掛けるのがもったいないような作品です。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1901件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(29)
島田荘司(25)
西尾維新(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
折原一(19)
日日日(19)
中山七里(19)
清涼院流水(18)