皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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メルカトルさん |
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平均点: 6.04点 | 書評数: 1829件 |
No.829 | 8点 | マツリカ・マトリョシカ- 相沢沙呼 | 2018/02/06 22:23 |
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シリーズ第一作から比べると随分雰囲気が変わったように思います。それはマツリカさんの出番が減った点によるところが大きいでしょう。ですから、柴山君とマツリカさんの関係が気になる方にとってはやや不満も出てくるかもしれません。しかし、その分本作は本格ミステリとして堂々たる傑作に仕上がっており、また柴山君がぼっちではなく、写真部や美術部の仲間たちといい感じで事件解決に向かって一丸となる姿に青春を感じます。まあ孤独な柴山君のほうがいいんじゃないの?というファンも意外と多いかもしれませんが。
本作のツボは「過去密室」と「現代密室」の双方の不可思議な謎に挑むことにあります。一見似たようなシチュエーションではありますが、その解法は全く違ったものです。特に「現代密室」のほうは実に六個もの推理が披露され、それぞれがかなりの信憑性を持っているところが異色とも言えます。普通は捨て駒となりそうな推理がいくつか混じるのものだと思いますが、これは違います。どれも、これは!と思わせるものばかりなのです。個人的には三ノ輪さんの意表を突いた推理がシンプルながら最も現実的であり、共感できました。 とにかく、一つ一つのロジックが「美しい」です。この多重推理の競演がタイトルのマトリョシカに繋がっているようですね。 青春ミステリとしても十分満足のいく作品だと思います。登場人物はかなり多いですが、それぞれにしっかりとした個性が与えられており、物語の中でちゃんとした役割を演じています。特に女子生徒に関しては、やや変態的な視点から描かせたら作者の右に出る者はいないのではないかという気がしますね。 |
No.828 | 6点 | 黙視論- 一肇 | 2018/02/03 22:06 |
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女子高生未尽はある時から、極力誰とも話さないようになった。どうしても必要な時以外はである。それにより黙視という、相手と頭の中でコミュニケーションを取ることを会得する。要するに妄想ではあるのだが、ある程度の確度を持っていると自身は思っている。
そんな彼女はある日花壇の傍で赤いバンパーが装着されたスマホを拾う。そのスマホには拾った人間に向かってメールが打たれていた。そして、スマホの持ち主に一ヶ月後に迫った学園祭に爆弾を仕掛けたと打ち明けられる。果たして未尽は惨劇を回避することができるのか。 未尽はスマホの持ち主【九童環】とある賭けをします。お互い相手を先に見つけた方が勝ち。未尽が勝てば爆発を未然に防ぐことができます。普通に考えれば警察に通報しそうなものですが、それをしないのが彼女らしさのようです。人と話すことを放棄したくらいの人間だからそんなこともあり得るか、というのはやはり説得力不足でしょう。 彼女は幾人かの【九童環】候補と接触しますが、結局決め手に欠け誰が本物なのか決定的な結論には至りません。そうして少しずつ彼女の中の何かが変わっていきます。成長というより、変容とした方がしっくりきます。なかなか掴みどころのない主人公なので、こちらもその辺りは推測するしかありません。ただ、情景が浮かんでくる描写力は確かなものがあると思います。どうもこの作者は親切なのか不親切なのか判然としません。色んな意味で読者に委ねている部分があり、何を意図して描かれた物語なのか全容を掴ませません。 ある意味サスペンスではあるのでしょうが、一方キャラクター小説の一面もあります。登場人物の個性は的確に描かれているわりに、どこか靄にでも包まれたようなもどかしさを感じます。そこが本作の良さでもあり弱点でもあると思われます。突き詰めれば感情移入できないという単純な理由なのかもしれませんが。 |
No.827 | 7点 | それは宇宙人のしわざです- 葉山透 | 2018/02/01 22:37 |
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老舗のファッション雑誌の廃刊により、オカルト雑誌『アトランティス』編集部に転属になった園田雛子。彼女は転任早々編集長にUFOにさらわれた経験のあるという高校生、二宮竜胆を取材するように指令を受ける。しかし、彼は極度の引きこもりでありながら、超高級マンションに一人で住んでいる宇宙人オタクだった。
安っぽいタイトルから色物と勘違いされそうですが、歴としたミステリです。本格かどうかは疑問ですが。 竜胆くんは日夜宇宙人と交信を取っている超変人で人間には興味がありませんが、いわゆる推理能力は卓越したものを持っています。第一話ではMIB(メン・イン・ブラック)に遭遇した雛子を救い、第二話では雛子の目の前に出現したミステリーサークルとその消失の謎に挑みます。そして第三話では冥王星付近からの未知の存在との交信に成功します。 勿論、それらは宇宙人の仕業ではありません。だからこそミステリとして成り立っているわけですが、その度にがっくりと肩を落とす竜胆くんには同情を禁じえません。 複雑なトリックなど関係なしで単純明快。相当に謎めいた現象をここまであっさりと解き明かしてしまうと、むしろ痛快ですらあります。種明かしをすれば単純なことなんですが、拍子抜けとはなりません。 当然万人受けするとは思いませんが、個人的には結構ツボでしたね。軽くて、しかも意外に専門的知識も併せ持った珍品と感じました。 |
No.826 | 6点 | 黒猫の小夜曲- 知念実希人 | 2018/01/30 22:31 |
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成仏できず地縛霊となった魂の未練を解消し、「我が主様」のもとへ送り届けるべく黒猫の姿となって派遣された「僕」。僕は記憶をなくした魂から、昏睡状態の女性真矢に入り込ませてくれと懇願され、覚醒した彼女に飼われることになる。そして真矢に案内されて地縛霊のもとに向かうが・・・。
『優しい死神の飼い方』に続く「死神シリーズ」第二弾。 前作よりも本格度はかなり高くなっており、そのぶんファンタジー色が若干薄れている感触です。 第一章を読み終えた時点では、一応魂の救済に成功し解決を見ますので、連作短編集なのかと思いましたが、中身は各所で「僕」が本来の仕事をこなしながらも、人間の魂に干渉し猫視点からの謎解きを披露するという、やや風変わりな流れを持った本格ミステリです。 前作同様ハートフルな部分を残しつつ、地縛霊が現れるたびに不穏な医薬の研究所が関わってくる、サスペンスを湛えたストーリー展開になっています。ドッペルゲンガーや度重なる入れ替わりなど、魅力的な謎で牽引する意外にも骨太のミステリに仕上がっているのではないかと思います。 また前作で主役を演じたゴールデンレトリバーの死神も友情出演し、結構重要な役どころを演じています。犬と猫の最強タッグのコンビネーションは、一種の爽快感やふんわりした温かい雰囲気を醸し出します。 本当に人間が死んだら「主様」のもとで平和に暮らせるといいんだろうなと、ふと思ったりもします。そんな優しい気持ちで作者も本シリーズを著したのかもしれませんね。 |
No.825 | 4点 | あしたはれたら死のう- 太田紫織 | 2018/01/26 22:21 |
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「あしたはれたら死のう」と書き残した翌日、橋から飛び降りて自殺未遂をした高校一年生の遠子。彼女は感情の一部と数年間の記憶を失ったため、なぜ自分が自殺をしようとしたのかが分からない。同時に自殺した少年と自分の自殺動機を探るため、遠子は友人や少年の母親に接近する。
正直、この人はこんなに人間を描くのが下手だったのかと思うくらい、登場人物に血が通っていないように感じられて仕方ないです。感情表現や心理描写といった部分に関して言えば、全くできていないと思います。主人公の内面がダイレクトに伝わってきません。 さらになかなか事態がテンポよく発展せず、もやもや感やらイライラが残ります。これといった盛り上がりもないまま淡々とストーリーが進行し、残りページ僅かになってどうにか自殺の動機が見えてきますが、どうもスッキリしません。少年がなぜ○○をしたのかもぼかしてありますし、彼を自殺に追いやった人々に関しては怒りを感じるものの、同情するまでには至りません。 前述したようにあまりに人間が描かれていないため、誰にも感情移入できないのです。これはこうした作品にとっては致命的ではないでしょうか。せめてどこかに心動かされる場面がないと、どうしても評価は低くならざるを得ません。 畢竟、私にとってはどう解釈してよいのか判断できない凡作としか言えないのでありました。 |
No.824 | 7点 | 少女を殺す100の方法- 白井智之 | 2018/01/23 22:37 |
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今最注目の作家、白井智之による様々なジャンルの短編集。
白井氏の新作とあっては黙っていられない私は、早速読みました。面白かったです。ただしグロ耐性のない方はご遠慮いただきたいという作品ですね。 『少女教室』 密閉された教室で14歳の少女が20人殺されるという異様な事件が発生。真相は穴だらけ、矛盾も多々見られますが、一応推理には筋が通っており、それらに目を瞑れば納得できます。何より21人の少女の中から犯人を指摘して見せる剛腕は凄いと思います。 『少女ミキサー』 タイトルで嫌な予感がした通りのグロい作品です。簡単に説明すると、巨大な人間ミキサーに毎日14歳の少女が裸で放り込まれ、生きた少女が5人になると自動的にミキサーが稼働し始めるという、滅茶苦茶なストーリー。 そんな状況の中殺人事件が起こるという、これまた前代未聞の問題作、でしょうか。 『「少女」殺人事件』 ノックスの十戒を遵守したというか、逆手に取った推理がバカバカしいながらも、どこか憎めない作中作。広義のメタミステリと言えると思います。緻密なロジックには程遠いですが、なんだかんだで無理やり解決してしまう感じです。 『少女ビデオ 公開版』 これぞ作者の真骨頂。エログロ全開で絶好調です。 衝撃の結末に唖然とさせられます。まさかこれほどグロいのに、根底には愛が息づいているとは、なかなかに心憎い演出ではないでしょうか。 『少女が町に降ってくる』 文字通り、ある村に毎年八月十六日に少女が20人空から降ってくるという、これまた奇妙奇天烈な設定。なぜか途中から一人増えて21人になりますが、そんな中殺人事件が起こります。 終盤やや煩雑で理解しづらいのが残念です。 |
No.823 | 6点 | マツリカ・マジョルカ- 相沢沙呼 | 2018/01/20 22:23 |
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これは好悪が分かれるでしょうね。
魔女というより女王様のような女子高生マツリカと、彼女に下僕のようにお前呼ばわりされ、パシリや雑役にいいように使われながらも、決して逆らえない「柴犬」こと柴山。僕柴山はマツリカの魅力に頭が上がらないのに、隙を見ては太ももの奥を覗こうとしたり、性的興味津々で普通の感覚からするとかなり格好悪いです、というか気持ち悪かったりします。 ですが、私にはその情なさも含めて、文章から立ち昇る青春の後ろめたい生々しさや、屈折した彼の心情になぜか惹かれます。フィーリングが合うと言ったらいいんでしょうか、心の襞に触れる何かを感じます。 ミステリとしては日常の謎が主なテーマとなっています。マツリカの謎解きは確かに理に適ってはいるものの、真相自体はいたって単純と言えます。少し考えれば、まあそうなんだろうなと納得できます。ですが、それは絶対的な真実とは言い難く、他にも考え方はありそうとも思えます。つまりは、想像の域を超えていないってことでしょうか。 しかしながら、疾走して消え去る「原始人」の謎など怪談話の使い方はなかなか面白いと思います。 最終話は柴山君自身に関わる謎でマツリカに挑戦しますが、あっさり見破られます。これは印象深いストーリーですよ。ちょっぴり切ないですし、なかなかいい話だと思いました。 |
No.822 | 5点 | そして、君のいない九月がくる- 天沢夏月 | 2018/01/17 22:03 |
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その夏、恵太が死んだ。
双町高校のクラスメイトで、親交の深かった美穂、大輝、舜、莉乃たちはショックから立ち直れない夏休みを送っていた。そんなある日、美穂の前にケイと名乗る恵太そっくりの少年が現れる。彼はどうやらドッペルゲンガーのようで、「僕が死んだ場所まで来てほしい」と頼まれ、美穂ら四人は恵太の足跡を辿るひと夏の旅に出る。 私は家出をしたことがありません。作者もあとがきで同じことを語っています。そして自分ができなかった家出というものを出発点として書いてみようと思い立ったのがこの小説だそうです。 恵太の死は警察によって事故死として処理されますが、なぜ烏蝶山などという辺鄙な場所で転落死したのか、その謎が根底には流れています。ですが、それだけでこの物語を引っ張るのはやはり無理があったようで、真面目に読んでいたつもりですが、どうも頭にストレートに入ってこない感じがしました。文章は無難ですが、心に突き刺さるものが全然足りないとも思いました。 道中、彼ら四人の恵太との思い出が語られますが、どれも鬱屈しており爽やかな青春小説と言う印象には程遠いです。嫉妬、後悔、恋心など、彼らの関係は相当歪んでいます。 ただ、ラストの仕掛けはやや意表を突かれました。ミステリ的な伏線も欲しかったところですが、そこまで本格ではなかったようです。一応ミステリと銘打ってはいますが、やはり突き詰めれば青春小説なんでしょうね。 エピローグは柔らかい余韻を残すものとなっていたのが救いでした。それにしても二年で16版重ねているのだから、結構な人気作品のようですが、私には残念ながらその良さがイマイチ理解できませんでした。 |
No.821 | 6点 | いつか、眠りにつく日- いぬじゅん | 2018/01/15 22:21 |
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森野蛍は修学旅行の途中、東名高速浜松インター付近で玉突き事故に巻き込まれた。眠りから覚めた彼女は、なぜか自分が制服を着て部屋で寝ていたことに不審を覚える。しかも見知らぬ男に蛍は「お前は死んだんだよ」と告げられた。母に助けを求めたが、自分が透明で生きている人間には見えないことを思い知らされるだけであった。
そして、蛍は見知らぬ男クロがあの世への案内人であることを知らされます。目的は彼女が未練を残したことを解消するため。蛍は地縛霊に遭遇し、様々な経験をしながらクロの協力を得て、未練を残した三人の相手に会いに行きます。 真っ当なファンタジーです。しかし、泣かせどころのツボは抑えており、各所に落涙ポイントが用意されています。暗く、そして重くなりがちなテーマですが、蛍の明るいキャラとクロのぶっきらぼうな優しさで、軽快な読み心地になっています。この辺りは読者層を鑑みてのことだと思われます。主に若年層をターゲットにしているのでしょう。 なんとなく読み流してしまいそうな作品ではありますが、油断していると足元を掬われます。意外な結末にはさすがに驚きを隠せません。子供向けのファンタジーと言えども舐めることなかれ、鮮やかな着地を決めてくれます。こういう時なんですよね、読んでよかった、自分を信じて良かったと思えるのは。タイトルも秀逸だと思います。 |
No.820 | 6点 | 死を見る僕と、明日死ぬ君の事件録- 古宮九時 | 2018/01/13 22:18 |
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近い未来における人の死を幻視できる「僕」神長智樹は、近々死ぬはずの人々に何度も声を掛けその「死」を未然に防ごうとしたが、その度に失敗し挫折していた。そんな時、ある公園で見かけた女子大生の鈴子に思わず「君は、もうすぐ死ぬんだ」と言ってしまった。しかし、彼女は他の人のように無視したり怒ったりせず素直に話を聞いてくれた。
その後二人は理不尽な死を迎えようとしている人達を救うため、お互い協力し、必死になって奮闘するが。 『事件録』というからには一応ミステリっぽい作品だろうと思いながら読み始めましたが、ファンタジー色の濃い青春ミステリなのかなという印象です。主人公の二人は惹かれ合いながらも、それぞれの立場でなんとか未来の死から人々を救っていきます。 ただ淡白な文章のせいか、それほど感動的な作品に仕上がっているとは言い難いところがあります。また、人のことは言えませんが、若干日本語が文法的に間違っているのでは?と思う点がままあります。それでも一生懸命書いているんだろうなというのは伝わってきます。 途中までは二人の活躍がなかなか面白く、それなりにスリルがあって好ましく感じます。しかし突然疑問符が三つくらい頭に浮かぶことになります。あれっと思って少し遡り読み返して、さらに進んでやっと理解できるようになります。ここが本作最大の仕掛けで、ミステリとしての面目を保っているようです。 帯に「二度読み必死!!」とありますが、あながち間違いでもなさそうですね。文体が気になりますが、なかなか面白かったですよ。 |
No.819 | 7点 | 百器徒然袋 雨- 京極夏彦 | 2018/01/11 22:33 |
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再読です。
『百鬼夜行シリーズ』のスピンオフ『薔薇十字探偵シリーズ』の第一弾。当然榎木津がメインですが、京極堂が主役のような気がしないでもないです。しかし、やっぱり本物はいいですね。これは誰にも真似できない訳です。 内容的には第一話『鳴釜』>第二話『瓶長』>第三話『山嵐』でしょうか。神の如き超人榎木津は無論、対等かそれを上回る位置を占める京極堂もいつもの役割をきっちり果たしています。脇役の益田、和寅ら下僕たちもいい味出しています。第二話では今川(待古庵)、鳥口、第三話では関口、僧侶の常信、伊佐間も登場します。つまり、『百鬼夜行シリーズ』を読み込んでいる読者ほど楽しめる要素が増える仕組みになっていると思います。しかし、彼ら端役にも取り敢えず一目置かれている部分があり、作者の各キャラへの愛情が偲ばれ、好感が持てます。 ただ、第三話ではストーリー性よりもキャラの魅力に頼りすぎな一面も垣間見えますね。それでも楽しめるのは間違いありません。 全話に共通するのは珍しく榎木津が仕切っていることで、それにより本シリーズが陰より陽の雰囲気を纏っているとは言えると思います。要するに京極堂による蘊蓄や解説がやや控えめで、榎木津の魅力がより前面に押し出された作品ということでしょうか。陰惨な事件性はあるものの、直接的な描写はなされません。 |
No.818 | 5点 | 使用人探偵シズカ 横濱異人館殺人事件- 月原渉 | 2018/01/07 22:15 |
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時は明治。嵐によって閉鎖状態に陥った横浜名残館で、「名残の会」と称する謎めいた宴が始まった。招かれたのは画家久住正隆に所縁のある男女六人。彼らは久住の絵画に描かれた通り、次々と縊り殺されていく。
絵による見立て殺人に使用人のシズカが持ち前の洞察力で推理していきますが、正直探偵らしくはなく、解説者と言ったほうが相応しいです。登場人物にも個性が感じられず、殺人事件も盛り上がりなく淡々と進行していくため、全般的に凡庸な印象を受けます。 シズカと犯人の後半のバトルは多少読み応えがあります。以下に一連の流れをご紹介します。 見立て破り⇒見立て破り返し⇒見立て論理の崩壊⇒逆襲の見立て返し⇒見立て動機の崩壊⇒見立ての最終結論概要⇒見立ての最終結論破壊⇒見立ての最終結論創造 といった感じです。まあ単なる目次の写しなんですが。これだけ見るとなんか面白そうと思われるかもしれませんが、そうでもないです。 肝心の見立ての動機に関して言えば、左程の必然性がある様には思えず、不満が残ります。犯人の描いた筋書き通りことが上手く運び過ぎの感も否めません。最大の敗因は使用人シズカを生かしたことでしょうね。この沈着冷静な探偵は簡単には殺されないと思いますが。 |
No.817 | 7点 | 殺人鬼探偵の捏造美学- 御影瑛路 | 2018/01/05 22:10 |
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海岸沿いで発見された、顔を削り取られて左足首を失った惨殺死体。それは殺人鬼マスカレードの仕業と思われた。新米刑事鶯百合巡査部長は指導係の山路刑事とともに捜査に当たるが、早々に紹介されたのは精神科医で探偵の氷鉋清廉だった。
ロジック重視の読者にはアラが目立ちすぎて低評価を受けるのは当然でしょう。ですが、その荒唐無稽さから来る奇想が私には異様な輝きを放っているように思えてなりません。ケチを付けようと思えばいくらでも付けられる作品には違いありませんが、無謀とも思える新たな試みが好ましいのです。ミステリは現実味も大切な要素ですが、それ以上に必要なのは読者をそれまで見たことのない世界に引きずり込み、新鮮で強烈な空気に触れさせることだと私は思います。その意味で本作は十分にその役目を果たしていると感じます。おそらく誰も読まないでしょうが、続編が出たなら私は必ず読みますよ。 【ネタバレ】 エピローグまでは至極真っ当な本格ミステリであり、一応はしっかりとした推理に基づいた解決を見ます。しかし、それ以降の急展開は目を見張るものがあり、あまりのバカバカしさに声も出ません。ですが、これこそがこの作品の真骨頂であり、クライマックスなのです。 |
No.816 | 5点 | 淵の王- 舞城王太郎 | 2018/01/03 23:25 |
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『中島さおり』『堀江果歩』『中村悟堂』の三篇からなる長編ホラーということに一応なっていますが、それぞれ全く別のお話です。共通点は、語り手が人間ならざる目に見えない存在であること、そして最後は主人公が同じ末路を辿ることです。ただそれだけで長編というのはおかしいのではと思いますが、連作短編集ともまた違うので、そう呼称するしかないようですね。
第一話は男女のいざこざが描かれていますが、これは正直評価すれば3点どまりかなと思いました。第二話ではある女性の漫画家になるまでの過程と、彼女の描く漫画に現れた怪異が中心となっており、ここでやっとキャラの良さとストーリーの面白さで盛り返します。第三話はようやく本番という感じで、これを描くために前二話があったんだなと思います。 空中に浮かぶ闇の入り口、そして「真っ暗坊主」。そこに全てが収斂します。こんなことを書いても想像できないと思いますが、読んでみなければ分からない異様な世界観がラストで広がります。とは言え、文章が淡々としているため今一つクライマックスって感じがしないんですよね。本作はどうやら最強ホラーと喧伝されているようですが、作者の本領が発揮されていないせいか、それとも元来文章が上手くないためなのか、個人的にはあまり心に響いてくるものがありませんでした。 根底にあるのはやはり愛なんでしょう、これが舞城流の愛情表現だったのかもしれませんね。 |
No.815 | 7点 | 天国からの銃弾- 島田荘司 | 2017/12/30 22:17 |
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再読です。
約二十年ぶりに読みましたが、内容は表題作のほんの一部以外はまるで忘れていました。そのせいで、予想以上に楽しめました。島荘、さすがの安定感で安心して読めました。 『ドアX』 まさかと思ったら、そのまさかでした。滅多に使わないと思っていた島荘にとっての禁じ手が見られます。希少価値ありではないでしょうかね。面白いです。 序盤から、そんな完璧な女いないだろうと思いながら読み進めました、怪しい雰囲気は十分感じられるんですけど。意外な展開にやられます。 『首都高速の亡霊』 冒頭からいきなり手に汗握るような緊迫した場面です。その後、中盤はやや冗長ですが、お得意の社会派の側面をちらりと見せます。結局、偶然に次ぐ偶然に唖然とさせられますが、まあリアリティより小説としての面白さを優先させた形になっているわけですね。 『天国からの銃弾』 やはりこれが一番の出来です。無駄な描写が一切ないのはこの作者にしては意外と珍しいのではないでしょうか。ただ、真相に到達するまでの過程が端折って(思い浮かばなかったのか)あり、そこがやや不満ではありました。 しかし、ある条件下で風俗店の屋上にそびえ立つ自由の女神像の目が光る謎は、とても魅力的で、ストーリーを引っ張る牽引力となっていますね。ラストの畳み掛けるような展開もスピード感があり、主人公の老人がクールでカッコいいです。 |
No.814 | 6点 | 深夜百太郎 出口- 舞城王太郎 | 2017/12/27 21:59 |
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舞城王太郎版百物語ってことです。出口があるなら当然入口もあるはず、と思われた方は鋭い、正解です。本来なら入口から入るべきですが、世評を信じて敢えて出口から入りました。面白いと言うか、怖いと言うか、ただストレートな怪談話ではなく、目線や角度が普通の感覚とは違ったものとなっています。
東京都調布市と福井県西暁町の二つの舞台の物語が交互に並んでいます。最長で25ページほどでも、50もの怪談がズラリと揃うと壮観ではあります。 少年や若い主婦を主人公にしたものが多く、実に不可解な出来事や幽霊などの怪異が襲いますが、どこか切迫感がなくリアリティに欠ける気もしますが、それも独特の読み味なのかもしれません。不条理であったり、不気味だったり、気色悪かったり、心底怖かったりします。また必ずしもオチがあるとは限りませんし、整然と理屈で片づけられていない場合も多々ありますが、まあ怪談や都市伝説なのでこれはこれで良いのでしょう。 一話に一枚ずつ有名らしき写真家の作品が挟まれていますが、こちらは物語とはあまり関係なさそうなのが多く、あまりピンときませんでした。たまにハッとするような写真もあるにはありますが、多くはこんなものかなと首を捻りたくなる感じです。 個人的には七十太郎(七十話)の『保留中の黒電話』が最も印象に残りました。15ページの中に泣かせる要素が満載で、思わず落涙する私なのでした。感動の物語です、怪談なのに。 |
No.813 | 6点 | 侵蝕 壊される家族の記録- 櫛木理宇 | 2017/12/24 21:47 |
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幼い弟の事故死以来、沈んだ空気に満ちていた皆川家の玄関に弟と同じ名前の少年が現れた。平凡な女子高生の美海の母は彼に同情し家の中に入れてしまう。その後少年の母親と名乗る、白ずくめの衣装に肘まである手袋、白塗りの厚化粧の女が皆川家に寄生し始める。
単行本『寄居虫(ヤドカリ)女』を加筆・修正の上文庫化された作品を読みました。 薄汚れた服を着、やせ細った少年朋巳や、厚塗りの化粧で正体不明の女葉月が平凡な一家に「侵蝕」していく様は、内心そんな馬鹿な、所詮絵空事だろうと思いながらも、リアルな描写力に圧倒されて思わず知らず物語に入り込んでしまいます。 じわじわと父親の不在がちで母親と三人姉妹の皆川家の心の中に侵入し、マインドコントロール或いは支配していく巧妙な手口には、嫌悪感を通り越して感心すら覚えます。そして次第に家族は崩壊し、やがては姉妹同士で監視し合うという究極の末路を迎えようとします。 ここまでは不気味で陰湿なホラーそのものですが、終盤突如としてミステリの趣向が前面に押し出されます。これまでの話は何だったのかと思わせるほど、読者を翻弄し欺きます。伏線を回収し、謎であったり怪しげな挙動だったり、過去の事件などもひっくるめて見事に全てをひっくり返します。いわゆるどんでん返しとはまた一味違った形での衝撃が読者を襲います。 興味のある方は読んでみるのもいいかもしれません。ホラーも好き、本格も好きという方にお勧めです。 |
No.812 | 6点 | 柚木野山荘の惨劇- 柴田よしき | 2017/12/20 22:05 |
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人里離れた柚木野山荘で作家仲間の結婚披露宴パーティが開かれる。飼い猫の正太郎を連れて参加した桜川ひとみだったが、土砂崩れで山荘は孤立し、事件(事故?)が次々と起こる。
猫探偵正太郎は幼馴染の犬サスケ、美麗な雌猫トマシーナとともに真相に迫る。 猫探偵正太郎シリーズ第一弾。 序盤なかなか事件が起こらずウズウズしていましたが、何やら予期せぬ方向にストーリーが進展し、あららと思った矢先にやっと第一の事件が起きます。しかし、やはり毒殺というのは地味ですね。ここでは誰に毒を仕込む機会があったのか、その方法は?というありきたりな展開になります。これは過去の例に漏れず、当たり前の進め方ですね。 ただし正太郎の一人称なので、その点では異色と言えるかもしれません。また、猫と犬が意思の疎通どころか会話までできてしまうのがこの作者の世界観だと思います。いかにも猫好きな人が書いたのだろうなと思わせる作品に仕上がっているのは間違いありません。 探偵役は正太郎の元飼い主である親父さんこと浅間寺竜之介で、一応の解決を見ますがどうにもスッキリしない気分が残ります。何故なんだろうと考えていると。 【ネタバレ】 結局親父さんの推理はダミーで、主役で正真正銘の探偵である正太郎が真相を見破ります。これにはさすがに意表を突かれます。まさに前代未聞の解決には、目から鱗が落ちるとはこのことかと唖然とさせられます。 |
No.811 | 8点 | 屍人荘の殺人- 今村昌弘 | 2017/12/16 22:04 |
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最初に断っておきますが、本作が新人初の三冠を達成したから読んだわけではありません。それは読み始めてから知りましたが、結果から言えば大変面白かったですね。読んで正解でした。
「カレーうどんは本格推理ではありません」というセリフから始まる導入部はこれから語られる本格ミステリのストーリーの楽しさを予感させ、ワクワクします。 そして異常な状況下での異常な連続殺人事件。加納朋子氏によれば、「新しい形のクローズドサークルですね」とのことだそうです。果たしてこれは人間の仕業なのかそれとも・・・。私のような能天気な読者にはとても真相には迫れません。 見事な手際で過不足なく伏線を拾い集めての解決には唸らざるを得ません。ほんの些細な出来事もおろそかにせず、読み解く覚悟が読者には必要です。これで「読者への挑戦状」でも挟まれていれば言うことなしでしたね。 プロの作家にすら「この手があったのか」と言わしめた新機軸の閉鎖空間。フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット(これは犯人の告白によるもの)すべてを網羅した完璧なロジック。適度な緊迫感と少々のユーモア、ほのかな恋愛感情もこの傑作に花を添えています。 【ネタバレ】 主な登場人物の中に探偵らしき人物が二人いて、てっきり二人の名探偵による対決が見られるものと思っていましたが、残念ながら一人は意外な形で退場します。 個人的にははっすーさんと同じように、いなくなる探偵のほうに好感を抱いていたんですけど。それすらも作者の想定内だったんでしょうね。それにしても勿体ない気がしてなりません。 また、虫暮部さんがおっしゃるように、男に弄ばれたからといって二人も女子が自殺するのはちょっと不自然な感じがしました。 |
No.810 | 4点 | ラガド 煉獄の教室- 両角長彦 | 2017/12/13 21:45 |
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第十三回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
ある中学校の教室に男が侵入し、全生徒が見守る中、女子生徒を殺傷する。その男は、同じクラスの自殺した女子生徒の父親だった。それを警察が犯人を帯同させ再現するという導入部はなかなかに興味を惹かれるものでした。 しかし、全編を通していったい何がしたかったのかさっぱり分かりません。よってジャンル分けもその他にするしかないという感じです。 とにかく何もかも足りないところだらけで、まあ評価に値しない作品となってしまいますね。個性が足りない、文章のキレもいまひとつ、プロットもこなれていない、全体的に荒削り、謎の数々がそのまま説明されず残ってしまっているなど、数え上げればキリがありません。最も気に入らないのは面白みがないってことです。 これが「新感覚」と言えばそうなのかもしれませんが、やたら教室内の生徒の動きを表現した図解が挿入されており、正直ウザいです。唯一目新しさと言えばこれくらいでしょうか。読後感もカタルシスを得られるには程遠く、モヤモヤした気分しか残りません。 読み進めながら、そのうち何らかのサプライズが訪れるだろうなどと期待した自分がバカでした。デビュー作ということを差し引いても、褒められたものではないとの結論に達しました。 |