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メルカトルさん |
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平均点: 6.04点 | 書評数: 1829件 |
No.909 | 7点 | 何もかも憂鬱な夜に- 中村文則 | 2018/12/05 22:42 |
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施設で育った刑務官の「僕」は、夫婦を刺殺した二十歳の未決囚・山井を担当している。一週間後に迫る控訴期限が切れれば死刑が確定するが、山井はまだ語らない何かを隠している―。どこか自分に似た山井と接する中で、「僕」が抱える、自殺した友人の記憶、大切な恩師とのやりとり、自分の中の混沌が描き出される。芥川賞作家が重大犯罪と死刑制度、生と死、そして希望と真摯に向き合った長編小説。
『BOOK』データベースより。 これは純文学ですね。短いですがサラッと読み飛ばせるような代物ではありません。中身は限りなく重く、まさに気分を憂鬱にさせてくれます。 命とは何か、罪とは何か、人間とは何かなどを読者に問い掛けるばかりでなく、自ら断じている部分もあります。文庫本の解説で又吉直樹氏も取り上げていますが、作中の台詞に「これは凄まじい奇跡だ。アメーバとお前を繋ぐ何億年の線、その間には、無数の生き物と人間がいる。どこかでその線が途切れていたら、何かでその連続が切れていたら、今のお前はいない。いいか、よく聞け」「現在というのは、どんな過去にも勝る。そのアメーバとお前を繋ぐ無数の生き物の連続は、その何億年の線という、途方もない奇跡の連続は、いいか?全て今のお前のためだけにあった、と考えていい」というものがあります。まさにこの言葉は普通に生きられない人間、つまり私のような者には、心の奥底にまで突き刺さりました。他にも多くの真理を突いた言葉の数々が横溢しており、ひどく考えさせられると同時に首肯させられます。 何が普通かはさておき、犯罪者と同類と揶揄される主人公の懊悩が読んでいて痛いほど伝わってきます。それは誰もが持ち得るものなのかも知れません。私にもあなたにも。異常で卑屈な何かが。 本書は面白いとか楽しいとかの次元を超えた、超エンターテインメント小説だと思います。おそらく一般受けはしないでしょうが、世の中にはこんな小説もあるのだということを多くの読者に知って欲しいです。 |
No.908 | 5点 | 丹夫人の化粧台- 横溝正史 | 2018/12/03 21:56 |
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美貌の丹夫人を巡り決闘した初山と高見。敗れた初山は「丹夫人の化粧台に気をつけろ」という言葉を残してこと切れる。勝者の高見は、丹夫人の化粧台の秘密を探り、恐るべき真相に辿り着き…(「丹夫人の化粧台」)。画家はポケットの中に奇妙な紙切れを見付けた。日比谷公園で、青い外套を着た女に会えと書いてある。その通りにしたところ、とんでもない事件に巻き込まれ…(「青い外套を着た女」)。初期作品14篇を所収。
『BOOK』データベースより。 正直期待外れでした。探偵小説というよりも怪奇色が濃い短編集でしょう。だからと言って横溝らしさが出ているかとなると、疑問です。一応オチもありますし、推理小説の要素もありますが、捻りが効いているようには思えません。 まあ、戦前の時代にまさかのあのトリックの原型が仕掛けられていたり、双生児絡みが二作品あったり、一人二役、二人一役などのちの横溝が好んだ題材が使用されていたりと、その意味ではなるほどと思います。 あまりお薦めは出来ませんが、横溝ファンにとっては嬉しい作品集かも知れません。しかし、ほぼ過去の角川文庫から拾い集めたものですので、収録作品を確認の上購読される必要はあります。 |
No.907 | 6点 | 私情対談- 藤崎翔 | 2018/11/30 22:06 |
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雑誌の対談と対談者の心の声や回想で全篇が占められる、連作短編方式のイヤミス系かと思いながら読んでいましたが、違いました。第一章では、リアリティの欠片もない程偶然が重なってはいるものの、意外なくらい本格ミステリの様相を呈しているので、期待はいやが上にも高まりましたが、第二章でイヤミス全開な感じになり、第三章ではまた毛色の違う感動的とすら言える物語となり、この先どんな展開が待っているのか全く想像がつきません。
しかし、本筋はここからでいよいよ本格的なメインテーマへとなだれ込んでいきます。他の章、特に第一章が絡んできて加速するのは良いですが、最後はぐだぐだになった感があるので、個人的にはあまりスッキリしませんでした。 作者独自のスタイルを確立するのは良いですが、せっかくの面白さが倒叙の形を取ったため半減してしまっている気がしてなりません。普通に本格ミステリとしてしっかりとした構成で作り上げれば、更なる傑作に仕上がったのではないかと思います。それこそどんでん返しの連続、サプライズ感満載のミステリファン必読の書に大化けした可能性も否定できませんね。 評者はメインストーリーは勿論いいですが、第三章が暗号を含めて気に入っています。そんな馬鹿なとは思いますが、まあ小説ですから。良いんじゃないでしょうか。ただ一般受けするかとなると疑問ですよね。 |
No.906 | 7点 | A- 中村文則 | 2018/11/25 22:05 |
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「一度の過ちもせずに、君は人生を終えられると思う?」女の後をつける男、罪の快楽、苦しみを交換する人々、妖怪の村に迷い込んだ男、首つりロープのたれる部屋で飛び跳ねる三つのボール、無情な決断を迫られる軍人、小説のために、身近な女性の死を完全に忘れ原稿を書き上げてしまった作家―。いま世界中で翻訳される作家の、多彩な魅力が溢れ出す13の「生」の物語。
『BOOK』データベースより。 何だこれは。ミステリではない、幻想小説、寓意小説、官能小説、不条理小説などなどの塊だ。これらの作品は私の脳内に得体の知れない何かを侵蝕させる。それは恐怖、畏怖、畏敬、尊敬、軽蔑といった様々な感情かも知れない。中には全く無意味な小説すら混じっている。無意味さの中に意味を見出そうとするのは難しい。頭が痛い。しかし作者はそれを強要するのが私には腹立たしい。いや、そうではない。私自身が意味不明だと決めつけているだけで、多くの読者はその真意を既に掴んでいるのだろう。私には解らない。とにかく多くの作品が壊れているか、壊れかけている。しかし、どこか欠落している方が美しいと思うのは偏見だろうか。一つ一つの短編の中には確かだが未完成な小宇宙が存在している。その広大で歪な世界は我々を異郷へと誘うであろう。これはそうした・・・ そうした、一篇を読み終えるごとにため息を吐きながらインターバルを取ることしか許されない作品集なのです。 |
No.905 | 6点 | 真犯人- 翔田寛 | 2018/11/24 22:08 |
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平成二十七年八月、東名高速道路の裾野バス停付近で、男性の他殺死体が発見された。裾野警察署の日下悟警部補は、被害者・須藤勲の長男・尾畑守が昭和四十九年に誘拐されていたことを知る。犯人は身代金受け渡し現場に現れず、守は遺体となり東京都大田区の多摩川で発見された。未解決となったこの事件については、時効直前の昭和六十三年に再捜査が行われていた。日下は、再捜査の陣頭指揮を執った重藤成一郎元警視に協力を願い出る。四十一年の時を超え、静岡県警の矜持を賭けた三度目の誘拐捜査が始まった。誘拐小説の新たな金字塔、連続ドラマ化と共に文庫化!
『BOOK』データベースより。 大変生真面目に書かれた本格警察小説ですね。しかし、それが仇になって面白味という点では物足りなさを感じました。もう少し外連味や遊び心があるともっと素晴らしいミステリになったと思います。 現在進行形の殺人事件よりも、41年前の誘拐事件がメインとなっており、実に緻密で地道な捜査の様子が具に描かれていますが、誘拐物にありがちなサスペンス性は感じられません。事件の実況よりも、時効一年前にたった六人で編成された特別捜査班の活躍にページを割かれて、刑事一人ひとりの想いや僅かな齟齬をも見逃さない観察眼に焦点が当てられています。 ただ、真相がそれに見合ったものとなっておらず、個人的には残念に思います。それと、せっかく特捜班をクローズアップしているのに、辰川以外個性が乏しいのもやや寂しいですね。 終盤ストーリーが加速し一気に真相に向かう辺りはなかなかの描写力だと思います、そこを加点しての6点です。 |
No.904 | 6点 | 絶望ノート- 歌野晶午 | 2018/11/20 22:05 |
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帯に「※注意 騙されるのが嫌いな人は読まないでください」とありますが、確かにその通り。むしろ騙されたい人でも読後スッキリはしないと思います。それどころか、不快な気分になる可能性が高い気がします。私自身もそうでした。登場人物は誰も彼も一癖ありそうなのばかりだし、感情移入できる余地はありません。
また作品の性質上、ショーンの書く「絶望ノート」が主軸となることもあり、トーンが非常に暗いです。だからと言って面白くないわけではなく、地味な感じでありながら、構成的にはとてもよく練られていると思います。 【ネタバレ】 絶望ノート(日記)がどうも他人事のように感じられ、主人公が結構ないじめに遭っているにも拘らず悲壮感が漂っていないところが嘘くさく、作者が下手なのか?と思ってしまいましたが、実はこれが巧妙な仕掛けだったと知るのはラストに差し掛かってからのことです。 しかし、いくらなんでも日記で親を誘導しクラスメイトを懲らしめるとは、それこそ陰湿なやり方で、とても共感できません。自分以外の気に入らない人間は死んでしまえとばかりの、歪んだ思考の持ち主が他ならぬショーン自身だったのが、読後感をモヤモヤしたものにしています。こうした後味の悪さが評価を下げる一因になっているのは間違いないと思いますが、ある意味力作なのではないかという気がしないでもありません。 |
No.903 | 6点 | スナーク狩り- 宮部みゆき | 2018/11/15 22:19 |
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『カッパノベルス ハード』レーベル初刊本らしいです。実は私今日までカッパノベルスではなくカッパノベルズだと思っていました。いやーお恥ずかしい。それはともかく、どういう訳か知りませんが新書サイズなのにハードカバーという、今では考えられないような装丁です。
久しぶりに読みました。刊行されたのが26年前、まだ携帯もほとんど普及されていない、もちろんカーナビもなかった時代のお話しで、逆に新鮮でした。271ページには放送禁止用語(所謂不適切な表現)が見られたりもします。若かったーあの頃♪懐かしいです。でも内容は全く覚えていませんでしたね。だからたまには再読も良いものだと実感します。 さて肝心の本作、なかなかの疾走感を伴っての先を読ませない見事な書きっぷりには感心させられます。いきなりクライマックスのような展開には驚かされますが、これがのちの単なる布石だとは誰も思わないでしょう。しかし、そういった一つ一つのサイドストーリーにも十分配慮して、丁寧な描写がなされており、宮部みゆきさすがだなと思いました。 それほど深く掘り下げられているわけではありませんが、殺人事件の被害者側と加害者の罪と罰、司法の在り様、因果応報、不条理などがテーマなのでしょうね。それらを内包しながらサスペンスという名のエンターテインメントへ昇華していく技巧は評価されるべきだと思います。 |
No.902 | 6点 | 六人の赤ずきんは今夜食べられる- 氷桃甘雪 | 2018/11/12 22:07 |
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面白かったですよ、えぇ、えぇ。ブラックメルヘン的なファンタジーとして、ですけどね。もう一捻り欲しかったなと思うのは、一ミステリファンとしての無い物ねだりに過ぎないのは分かっているんですよ。主人公がある疑問を持ってからの推理はまあ普通になるほどと思いますが、結局最後は偶然に頼っているのがどうもねえ。
ストーリーは猟師の主人公が六人の赤ずきんを、巨大な狼から守るというシンプルなものでありながら、それぞれの赤ずきんの特性を生かした攻防や、そう来るかと思わず唸らされる最終局面など、さまざまな工夫が凝らされて最後まで飽きずに読めます。またサスペンス性に優れており、途中でダレることもありません。 ただ、人並さんが触れられているように、もう少し赤ずきんの書き分けというか、個性がきちんと立っていればもっと読者の琴線に触れるような物語に仕上げられたのではないかと思います。チューリップずきんやツバキずきんが目立ちすぎ。他はあまり印象に残らないといった感じで。 でも全体的には好感は持てました。ラノベだから差別するわけではありませんが、なかなかどうして文章もしっかりしているし、今後に期待できるんじゃないでしょうか。 |
No.901 | 5点 | メーラーデーモンの戦慄- 早坂吝 | 2018/11/09 21:53 |
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メーラーデーモンを名乗る者から「一週間後、お前は死ぬ」というメールが届いた後、殺害される連続殺人が発生!「お客様」を殺された上木らいちは捜査を開始。被害者は全員、X‐phone社のガラケーを所有していたことが判明する。一方、休職中の元刑事・藍川は「青の館」で過ごすが、小松凪巡査部長のピンチを知り、訳ありの宿泊者たちと推理を展開。らいち&藍川、二人は辿り着いた真相に震撼する!!
『BOOK』データベースより。 この作者の持ち味は十分に出していると思います。エロとトリックを結びつける発想はなかなかのものではないかと。しかし、藍川らが考えるチマチマした推理はややこしく分かりづらいもので、正直どうでも良くなってきました。 途中までは面白かったです。ストーリーの流れから当然ホワイダニットを重点に置いた展開が予想されましたが、そこには一切触れておらず評者としてはいささか肩透かしを食らった形になりました。ミッシングリンクもへったくれもなく、結局限られた容疑者の中からの犯人探し、つまりフーダニットに落ち着きます。 動機は犯人の口から語られますが、まあ、あり得ないですね。 期待していただけに残念でした。それにらいちの出番が少なかったのもやや不満です。 |
No.900 | 7点 | 紅き虚空の下で- 高橋由太 | 2018/11/05 22:13 |
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表題作、怪しげな雰囲気と思わせておいてからの、意外にまともなミステリかと思いきや、結局とんでもない異空間というか異世界に連れていかれます。これはまさにグロとシニカルの競演やーって感じですか。しかし特異な設定でありながら、一本筋の通った本格ミステリではあります。しかも、伏線が結構張られていて、二転三転しながら最後にどんでん返しを食らわせます。
他に類を見ないとは言いませんが、それに近いだけの独自の世界を構築しておりますね。荒唐無稽、茫然自失といったワードが頭に浮かんできます。敢えて言えば、白井智之と飴村行を足して2で割ったような作風でしょうか。 二作目の『蛙男島の蜥蜴女』も表題作と似通った作品です。こちらもグロパワー全開の本格物。とは言え、乾いた筆致なのであまり残酷なのに生々しさは感じられません。耐性のない方は嫌悪感を覚えるかもしれませんが、苦手でない方は是非とも読んでいただきたいものです。お薦めです。 『兵隊カラス』は、これまた一風変わった物語ですが、普通の人間界のお話です。油断していると足を掬われますよ。かなり救いのない暗い作品です。 『落頭民』は一見滅茶苦茶なホラーで、もしかしたらこの作者の最も異色な作品なのかもしれません。高橋氏は現在時代小説を量産しているとのことで、この短編集を読む限りでは全く違った作風のようで想像もつきませんが、残念ながら本格ミステリと呼べるのは先の二作のみのようです。 個人的には表題作や『蛙男島の蜥蜴女』のような路線を期待しています。今後現代もののミステリも書きたいとのことですので、注目していきたいと思います。 |
No.899 | 5点 | 三度目の少女- 宮ヶ瀬水 | 2018/11/02 22:22 |
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大学生の関口藍は、前世・前前世の記憶を所持して生まれてきたという少女・伊藤杏寿と出会い、生まれ変わりを防ぐ手助けをしてほしいと頼まれる。情報を得るため、前前世の少女・木綿子の生家を訪ねた藍たちは、そこで謎のポルターガイスト現象に遭遇する。その翌朝には当主の毒殺死体が発見され、現場には木綿子の署名が残されていた。三十二年前、彼女は何者かに殺害されたらしく…。
『BOOK』データベースより。 帯には『転生』×『幽霊』×『謎解き』と謳っていますが、それらを上手く融合させた本格ミステリだと思います。 また、巻頭に「この物語において、以下の条件を真とする。『この世には超常現象が存在する』」とあります。よって、この物語は特殊ルールを理解したうえで読み進めなければなりません。しかし、特別難しく考える必要はなく、作者が導く道を辿ればおのずとその世界に馴染むことができます。 アイディアは良いと思うんですが、やはりミステリとして、特に殺人事件における何かが不足している気がしてなりません。道具立ても今ひとつ、動機も平凡で犯人の意外性なども見られません。ただ、確かに生まれ変わりや霊の存在がなければ成り立たない作品であるのは間違いなく、その意味での作者の腐心は評価しなければならないでしょう。 |
No.898 | 7点 | 奇譚を売る店- 芦辺拓 | 2018/10/29 22:23 |
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「また買ってしまった」。何かに導かれたかのように古書店に入り、毎回、本を手にして店を出てしまう「私」。その古書との出会いによって「私」は目眩く悪夢へと引きずり込まれ、現実と虚構を行き来しながら、背筋を寒からしめる奇妙な体験をしていく…。古書蒐集に憑かれた人間の淫靡な愉悦と悲哀と業に迫り、幻想怪奇の魅力を横溢させた、全六編の悪魔的連作短編集!
『BOOK』データベースより。 正直、以前からこの作家の文体は私には合わないと感じていましたが、本作はそういったことを抜きにして率直に面白かったです。キワモノと勘違いされそうな雰囲気ですが、決してそうではありません。 レトロ感を漂わせながら、古書を巡って現実と虚構が交錯する、眩暈のしそうなホラー要素を多分に含んだ幻想小説となっています。ミステリの要素も幾分内包していますので、なかなかにジャンル分けの難しい作品だと思います。 ジオラマの中で起こる殺人事件、何十年も歳を取らない少女、小説の中に取り込まれる作家、古書の入札大会にて起こる奇妙な偶然など、何とも言えない不思議な現象が虚々実々のうちに次々と現れます。 が、不可解さを残しつつもミステリ作家らしく、着地すべきところにちゃんと落ちますので、単なる幻想小説とも言えない部分があります。 まさに奇譚、古本屋を愛する方々にはより共感できる内容となっているのは当然ながら、一般読者にもこの隠れた名作(迷作?)を存分に味わっていただきたいものです。 |
No.897 | 6点 | 鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース- 島田荘司 | 2018/10/26 22:14 |
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完全に施錠された少女の家に現れたサンタ、殺されていた母親。鳥居の亡霊、猿時計の怪。クリスマスの朝、少女は枕もとに生まれて初めてのプレゼントを見つけた。家は内側から施錠され、本物のサンタが来たとしか考えられなかったが―別の部屋で少女の母親が殺されていた。誰も入れないはずの、他に誰もいない家で。周囲で頻発する怪現象との関連は?
『BOOK』データベースより。 元が短編なので内容の希薄感は否めません。しかしそこは島荘、ドラマ性やストーリーテリングぶりは堂に入っています。 鳥居をメインにしたトリックは想像の域を超えず、驚くようなものではありません。どちらかと言うと東野圭吾のガリレオシリーズを想起させます。しかも、御手洗が謎を解く前に真相が読者に明示されるため、彼の活躍ぶりがいかにも中途半端で宙ぶらりんな感じですね。もう少し書き様があったようにも思います。 御手洗が京大生当時の事件の上、出番が最初と最後だけなので、キャラの濃さが全く伝わりません。大学時代はそこまでエキセントリックではなかったってことでしょうか。 まあ島荘らしいいい話ではありますし、容疑者の揺れ動く心情や感動のシーンなどが読みどころとなっていると思います。でも、ミステリとしては弱めです。 |
No.896 | 7点 | 犯罪者 クリミナル - 太田愛 | 2018/10/23 22:23 |
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白昼の駅前広場で4人が刺殺される通り魔事件が発生。犯人は逮捕されたが、ただひとり助かった青年・修司は搬送先の病院で奇妙な男から「逃げろ。あと10日生き延びれば助かる」と警告される。その直後、謎の暗殺者に襲撃される修司。なぜ自分は10日以内に殺されなければならないのか。はみだし刑事・相馬によって命を救われた修司は、相馬の友人で博覧強記の男・鑓水と3人で、暗殺者に追われながら事件の真相を追う。
『BOOK』データベースより。 作者はTVドラマ『相棒』などの脚本を手掛けているシナリオライターですが、作家としてはこれがデビュー作です。しかしその完成度は高く、まるで映画を観ているように情景が浮かび上がってきます。 通り魔事件はほんの発端に過ぎず、それからの展開は目まぐるしく変化し、文庫本で1000ページ近い大作とは思えないほど密度の高い作品に仕上がっていると思います。 主人公の三人は勿論ですが、ほんの端役のエピソードでさえおろそかにせず、しっかりと描き切っています。その辺りは脚本家としての素養を存分に発揮しているのではないでしょうか。 大企業の隠蔽体質や政治家との癒着、奇病に対する世間の偏見や好奇の目、被害者遺族への対応などの社会問題にサスペンスやアクションを絡めた本作は、社会派、本格などの枠を超えたエンターテインメント小説として昇華されています。 最後までダレルことなく楽しめます。ただ、終盤やや消化不良気味なのが気になりますが、総てをハッピーエンドに終わらせず、これが現実なのだという厳しさと虚しさ、そして新たな出発と、ささやかな希望が最後に訪れ、何とも言えない余韻を残します。 |
No.895 | 6点 | 第四の扉- ポール・アルテ | 2018/10/14 21:37 |
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流石にカーの再来と言われるだけのことはありますね。ご本人もカーを信奉というか溺愛されているようで、不可能犯罪や怪奇現象、勿論密室もあり謎の提示は申し分ありません。そこまで大風呂敷を広げて収拾がつかなくなるのでは?という心配をよそに、怪事件の数々を合理的に解決に結びつけています。
しかしながら、手品の種明かしをされた時の様な拍子抜けの感は否めません。結局そんなことだったのか、確かに誤魔化しという訳ではないけれど、もっと意表を突くトリックを期待していただけに残念ではあります。 尚、作品の構成としては好きな部類で、解説の麻耶雄嵩が書いているように、まるで往年の新本格を彷彿とさせる作風にも感じます。しかし、その性質上名探偵のはずのツイスト博士が実際に事件に携わっていないのは物足りないですね。 又ジョン・カーターなる人物を登場させるなど、遊び心も忘れていません。本当はフェル博士を探偵役にしたかったのだそうですが、著作権の問題でしょうか、実現はしませんでしたが、他の作品でのツイスト博士の言動は、フェル博士にそっくりらしいですよ。 文体は平易で読みやすく、カーのファンにとっては一読の価値があると思います。フランスにもこんな作家がいるとは正直思っていませんでした。 |
No.894 | 6点 | 首無館の殺人- 月原渉 | 2018/10/10 22:06 |
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没落した明治の貿易商、宇江神家。令嬢の華煉は目覚めると記憶を失っていた。家族がいて謎の使用人が現われた。館は閉されており、出入り困難な中庭があった。そして幽閉塔。濃霧たちこめる夜、異様な連続首無事件が始まる。奇妙な時間差で移動する首、不思議な琴の音、首を抱く首無死体。猟奇か怨恨か、戦慄の死体が意味するものは何か。首に秘められた目的とは。本格ミステリー。
『BOOK』データベースより。 テンポよくストーリーが展開されるのはいいですが、連続して陰惨な殺人事件が起こるのだから、もう少しそれらしい雰囲気とか空気感が欲しかったですね。そこが一番悔やまれます。それさえクリアしていれば7点献上するに吝かではなかったです。 使用人探偵シズカの徐々に事件の核心に迫っていく推理は回りくどく、意味不明な点が多々ありますが、最後にはそれも納得のとんでもない真相が待っています。 伏線はそれほど多くはありませんが、主人公の言動や心理状態、宇江神家の人々のよそよそしさなどから、勘のいい読者はこの絡繰りに中盤で気づくかもしれません。読みながら挑戦してみるのも一興でしょう。 首を切断する理由、目的は他に類を見ないものだと思います。少なくとも私の読書歴の中では初めてです。顔を潰された死体が混じっているのもミソです。 そして『首無館の殺人』という仰々しいタイトルは伊達ではないと断言しても間違いとは言い切れません。 |
No.893 | 6点 | 図書館の殺人- 青崎有吾 | 2018/10/08 22:27 |
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個人的には、ロジックをあまりに重視したため、面白みと外連味がいささか足らなかったように思いました。しかし、サプライズ感はないものの、消去法を用いた裏染の推理は首肯せざるを得ません。ただ裏を返せばそれは重箱の隅をつつくようなもので、カタルシスを得られるような興奮は齎しません。少なくとも私にとっては。
更に言えば、そういう観点で語る作品ではないのは重々承知で敢えて書きますが、スケールが小さいです。論理性は重量級ですが、ストーリー性、プロット等に関してはあまり期待しないほうが良いですね。トリック重視、どんでん返し大好きという方にはお勧めできません。 意外な犯人像という点においては申し分ないですが、意表を突きすぎて「へ?」としかなりませんでしたね。まあしかし、普通に考えれば容疑者の中に明らかな動機を持っていそうな人物は見当たりませんし、結局そうなるのかーって感じですよ。論理と引き換えに、動機と犯人の心理面にまでは手が回らなかったような印象を受けます。 事件と並行して風ヶ丘高校の期末テストを巡る、各生徒の想いや意気込みなどが語られますが、正直どうでもいい気がしました。ただ、裏染と八橋の攻防はなかなか面白かったですが。 |
No.892 | 7点 | 赤い博物館- 大山誠一郎 | 2018/10/03 22:00 |
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これは面白い。派手ではないけれど渋みのある、玄人好みのしそうな連作短編集の傑作。
いずれも世界が反転するのを目の当たりにすることができます。全体的に無理やり感はありますが、犯人の意外性、読者の目を欺く巧妙な仕掛け、大技ではないけれど切れのあるトリックなど、楽しめる要素が満載です。 館長で探偵役の緋色冴子警視の見事なまでのクールビューティーさ加減、良いですねえ。これ程まで沈着冷静で不愛想な主役の女性はこれまで存在しなかったのではないでしょうか。それに対して助手の寺田聡は個性があまり感じられず残念な人。 何人かの方が触れられていますが、『死に至る問い』の動機だけは納得できかねます。それに推理があまりにも斜め上に行き過ぎて、正しい道のりを辿るロジックとは言えないと思いますね。飛躍しすぎでしょう。これはフェアとは言いがたいです。 他の作品に関しては概ね成程と首肯でき、ハッとする瞬間がとても貴重な体験となりました。 いずれ劣らぬ奇想の連打といった珍品がラインナップされていると思います。どうしても地味な印象は拭えませんが。 |
No.891 | 6点 | 小鳥を愛した容疑者- 大倉崇裕 | 2018/09/27 22:09 |
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銃撃を受けて負傷した警視庁捜査一課の鬼警部補・須藤友三は、リハビリも兼ねて、容疑者のペットを保護する警視庁総務部総務課“動植物管理係”に配属された。そこでコンビを組むことになったのが、新米巡査の薄圭子。人間よりも動物を愛する薄巡査は、現場に残されたペットから、次々と名推理を披露する。
『BOOK』データベースより。 ミステリそのものよりも、十姉妹、ヘビ、亀、フクロウといった動物たちの生態や飼育法などの蘊蓄が楽しく、読みどころとなっている感じです。 動物たちが残した痕跡や、ふとした仕草などを鋭く見抜き、それらを犯人断定の材料として推理する薄圭子巡査のキャラは立っており、また過剰な動植物愛好家という新たな名探偵の登場とも言えると思います。元捜査一課の須藤友三との凹凸コンビの掛け合いは適度なユーモアを醸し出して、独特のいい味を出していますね。 勿論、動物と事件が有機的に繋がっており、十二分にその世界観を表現しています。ただし、ミステリとしては若干薄味でややインパクトに欠ける感は否めません。 薄と須藤のコンビネーションが次第にしっくりくるようになる様を楽しむのも一興ですし、動物についても目から鱗のためになる小説だと思います。 |
No.890 | 5点 | 異セカイ系- 名倉編 | 2018/09/23 22:09 |
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小説投稿サイトでトップ10にランクインしたおれは「死にたい」と思うことで、自分の書いた小説世界に入れることに気がついた。小説通り悪の黒騎士に愛する姫の母が殺され、大冒険の旅に…♪ってボケェ!!作者が姫を不幸にし主人公が救う自己満足。書き直さな!現実でも異世界でも全員が幸せになる方法を探すんや!あれ、何これ。「作者への挑戦状」って…これ、ミステリなん?
『BOOK』データベースより。 なんじゃこりゃ!所詮、なろう系のラブコメだろう。こういうのを評価に値しないと言うんだよな。 これがメフィスト賞受賞作?落ちたもんだなあ。 こんなもん、2点で十分。 え?5点付けてるって。そうなんですよ、途中までは2点がせいぜいだと思いながら読んでました。正直、上記のような感想しか持てませんでした。 ところが、『作者への挑戦状』が出てきた辺りからなんとなくこの小説世界に入り込めるようになってきたんですよ。 メタにメタを塗り重ねたメタの多重構造に、いつのまにか自分まで取り込まれ、眩暈がしそうになりました。そして最後には「愛」が残ります。結局それかい、いい話で終わるんかい、つまり作者はすべての人、人類に対して愛を訴えたかったのだと思います。まあ、その心の叫びが読者全員に届くかどうかは疑問ですが、言いたいことやりたいことは伝わってきます。 なぜこの作品がメフィスト賞を?という素朴な疑問も、読み進むにつれなんとなく納得できたような気もします。それにしても最近の受賞作はどうも質が低下していると思われてなりません。 |