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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1835件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1275 6点 復讐執行人- 大石圭 2021/02/06 22:56
香月健太は33歳。3つ下の妻と5歳と6歳の娘たちと4人で横浜市郊外の住宅地に暮らし、大手家電メーカーの横浜営業所にサービスエンジニアとして勤務している。平凡でありきたりの毎日だったが、香月健太は心の底から幸せだった。あの男が現れるまでは……。明日から家族旅行へ行くという夜、事件は起きた──。
Amazon内容紹介より。

グロ少な目エロ多目です。被害者香月健太が三人称、加害者の「僕」が一人称で、これらが交互に描写される、ちょっと変わった構成となっています。どちらにも感情移入できる仕様で、私は迷いながら結局あちらにこちらにと両者にフラフラと行き来してしまいました。冒頭からいきなり加害者の暴虐ぶりが露わになり、若干付いて行けない感もあったりしてモヤモヤしつつ進行します。そして更なる家族が狙われ、ミステリ的に言えばミッシングリンク物と言えるでしょうか。果たして二つの家族を繋ぐ線は何なのか?

思ったよりも後味は悪くありませんでした。所々に感動できるポイントが用意されており、ハードな面ばかりがフューチャーされる訳ではなく、どこか感傷的なシーンも挿入されて、抑揚が確りしています。作者の名前で先入観を持たずフラットな気持ちで読んでいただきたい作品ですね。加害者の一人称はこの人の得意とするジャンルですが、今回は被害者側の立場にも立っていて、両面から心理描写がなされて十分楽しめました。

No.1274 5点 囮物語- 西尾維新 2021/02/05 22:37
“―嘘つき。神様の癖に”かつて蛇に巻き憑かれた少女・千石撫子。阿良々木暦に想いを寄せつづける彼女の前に現れた真っ白な“使者”の正体とは…?“物語”は最終章へと、うねり、絡まり、進化する―。
『BOOK』データベースより。

ストーリーがあってないようなもので、ひたすら仙石撫子の内面を描き続ける、撫子ファンのための作品。
それまであまり目立たなかった仙石撫子、主役としてはやはり役者不足ではないかと思います。バトルもほとんどなく、主な登場人物も撫子の他には阿良々木月火、阿良々木暦だけです。もし何の予備知識もなく初めて本シリーズを読んだ人は、おそらく何じゃこれ?と思う事でしょう。順に追って読んでいる私でもかなり物足りなさを覚えたのは確かですので、最後まで退屈せずに読めたことを考慮しても、シリーズ中最も地味で大人しい作品ではないかと思いますね。

読み所としては、中学のクラスでも目立たなかったのに委員長を務めている撫子が、突如覚醒したかのように暴言を吐き心中を吐露する件でしょうか。あとは月火との遣り取りで、少女同士の馴れ合わない会話がなかなか面白かったですね。決して嫌いではありませんが、そもそも撫子に思い入れがないため十分に楽しめなかったのは事実です。

No.1273 6点 死んでもいい- 櫛木理宇 2021/02/03 22:26
「ぼくが殺しておけばよかった」中学三年の不良少年・樋田真俊が何者かに刺殺された事件。彼にいじめを受けていた同級生・河石要は、重要参考人として呼ばれた取り調べでそう告白する。自分の手で復讐を果たしたかったのか、それとも…少年たちの歪な関係を描いた表題作他、ストーカーの女と盗癖に悩む女の邂逅から起きた悲劇「その一言を」など書き下ろしを含む全六篇を収録。人間の暗部に戦慄する傑作ミステリ短編集。
『BOOK』データベースより。

それぞれ持ち味の違うイヤミス系ミステリ短編集。
例えば反転を味わえるもの、或いは誰が誰を殺したのか最後まで巧妙に隠蔽されたものなど様々な作風を味わえますが、底意地の悪い人間やゾッとする程サイコな人物が続々と登場します。表題作を読んだ時点ではやや期待外れかなと思いましたが、その後は順調に重苦しくて嫌な感じの作品が並び、作者の底力を感じました。

マイベストは『ママがこわい』で、双子の幼稚園児の母親でとんでもないモンスターペアレントの暴れっぷりを描いたかと思うと、次第に視点が他の人物に変わって、裏に隠れていた思いも寄らなかった真実の物語を読者に見せつけるというアクロバティックな妙技を披露して、唸らせます。
書下ろしの『タイトル未定』はまるで綾辻行人ばりの酩酊感を伴うホラー色の強い作品です。途中まで櫛木理宇自身が出てきて、自らを男として登場させています。あれ?と思っていたら、あ、そういう事だったのねとなりますが、またまたそれが引っ繰り返されて・・・といった猫の目の様に目まぐるしく変化する気味の悪さには良い意味で辟易としました。

No.1272 6点 五覚堂の殺人~Burning Ship~- 周木律 2021/02/02 22:30
放浪の数学者、十和田只人は美しき天才、善知鳥神に導かれ第三の館へ。そこで見せられたものは起きたばかりの事件の映像―それは五覚堂に閉じ込められた哲学者、志田幾郎の一族と警察庁キャリア、宮司司の妹、百合子を襲う連続密室殺人だった。「既に起きた」事件に十和田はどう挑むのか。館&理系ミステリ第三弾!
『BOOK』データベースより。

ガチガチの館ミステリですね。雰囲気はなかなか良い感じです。二つの密室のトリックは同じようなシチュエーションですが、その規模が大きく違います。第一の密室はやや小ネタ的です、それでもそれなりに考えられたものであり、解りやすいのが何よりです。第二の密室は大掛かりな物理的トリックで、そんな馬鹿な事があるのだろうかと誰もが思う類のものですね。バカミスとは言えないかも知れませんが、何らかの痕跡が残るであろうことは疑い様がないでしょう。一々図解で説明されていて、そこは評価が高いです。よってトリックが解明されるまでは7点付けようと思っていました。しかし


【ネタバレ】


しかし、動機の面と犯人の心理面でかなり作者の考えと私の解釈とに乖離が見られることによって点数を下げざるを得ないとの結論に達しました。その反論点とは

・二十三年前の事件で、幾郎が家政婦の優が妊娠八ヶ月だったのを何故鬼丸に聞くまで知らなかったのか。誰の目にも明らかなはずであり、優に特別な想いを抱いていた幾郎なら尚更あり得ない。

・連続殺人事件の真犯人は何故もっとも憎むべき相手が死ぬまで手を拱いていたのか。真っ先に殺意を抱くはずなのにそれを我慢して、その親族を根絶やしにしようとするのはお門違いではないか。

この二点に於いて矛盾を生じているのは間違いないと思います。よってマイナス1点で6点としました。

No.1271 6点 午後の足音が僕にしたこと- 薄井ゆうじ 2021/01/31 22:37
こつ。こつ。午後1時25分、今日もハイヒールの音が町の東からゆっくりと近づいてくる。足音は「僕」の仕事場のすぐわきを通り過ぎ、町の西までいくと戻ってくる。そして、町の東へ消えていく。彼女は、もう何年も同じ行動を繰り返し続けていたのに、ある日、足音が途絶えた……。人知れずざわめき揺れる心、一瞬のロマンス――読むことの楽しさを堪能できる極上の小説集。
Amazon内容紹介より。

これぞ分類不能の短編集。およそ文庫本10ページの短編が22篇収められています。ほぼ毎回出てくる主人公の「僕」はおそらく同一人物で、必ず女性が絡んできます。そして小さな小さな謎やほんの些細な不思議な体験をすることになります。ある意味では恋愛小説の様相を呈していますが、最終話で見事にひっくり返されます。これはまさしくミステリの手法で、最後まで読んでみないと分からないものですね。

ドラマティックとは無縁の、どちらかと言うと淡々とした作品ばかりで誰にでも書けそうな感じがします。しかし、実際書けないんでしょうね。これで食べていけるのかと他人事ながら心配になったりしますが、それなりに数は書いているようなので大丈夫みたいです。

No.1270 7点 血液魚雷- 町井登志夫 2021/01/30 22:29
放射線科医・石原祥子のもとに搬送されてきた心筋梗塞の患者は、かつての恋人・羽根田医師の妻、緑だった。だが、冠動脈に詰まった血栓の除去手術中、透視画像に映り込んだのは、血流に逆行して移動する不気味な影。羽根田医師の強硬な主張により、その正体を解明すべく試験稼働中の“アシモフ”が投入されることになった。それは、挿入したカテーテルからナノ単位のビームを照射し、血管内をリアルタイムに撮影する世界初の装置だった。“アシモフ”のゴーグルを装着し、血管内世界を体感していく祥子。やがて彼女の眼前に現われたのは、ミサイルのごとき形状とプロペラのような鞭毛を備えた謎の物体であった…人体という異世界を舞台に、極小存在と人類との息詰まる攻防戦を描いた、現代版『ミクロの決死圏』。
『BOOK』データベースより。

人間関係とかサイドストーリーなど何するものぞとばかりに、迫力だけで押し通すハードSF、或いは医療サスペンス。いきなり心筋梗塞患者を手術するシーンから始まり、その時点で既に本筋に入っています。
この作者は何者?と思うくらい医療に詳しく、調べてみたら普通のSF、推理作家で医療従事者ではありませんでした。それだけ様々な文献を参考にし、現役医師のアドヴァイスを受けて勉強していたようです。とにかく直球勝負で、動脈を脳から心臓、四肢の細部に至るまで縦横無尽に疾走する異物の正体を突き止めようとするシーンの連続です。その様は確かに往年の名作映画『ミクロの決死圏』を彷彿とさせるものです。アシモフを操縦しながら物体Aを探る一方、サブでそれを魚群探知機の様に位置を確定させ、それを撮影していく過程は凄い勢いを感じます。

エピローグで明かされる意外な真相はミステリにも通じるもので、その手掛かりは読者の前にあからさまに晒されており、異物の正体を推理する事も可能になっています。
第3回『このミス』大賞の最終選考にまで残った本作は、まさに骨太の力作と言えるでしょう。医学の知識に疎い一般の人でも十分に楽しめるエンターテインメント小説に仕上がっていると思います。

No.1269 7点 首吊少女亭- 北原尚彦 2021/01/29 22:21
英国留学中に、ネス湖へのツアーを申し込んだ女子大生の私。だが、参加者は日本人の私ひとり。ガイドが運転する車でネス湖へ向かうと、道路沿いに小さなパブが建っている。看板には「The Hanging Girl」と奇妙な名前がついている。ヴィクトリア朝時代に起きた少女の首吊り自殺に由来があるというが…。―表題作「首吊少女亭」19世紀末、帝都ロンドンを舞台に、怪奇と幻想で織りなされる珠玉のヴィクトリアン・ホラー。
『BOOK』データベースより。

何と言っても起承転結が確りしているのが良いですね。難を言えば結が呆気ない点でしょうが、野卑なシーンなどでも品性が感じられ、文章が美しいです。ロンドンを舞台にイギリスと言えばという要素が盛り込まれていて、何となく当時の帝都の風景が浮かんでくる様でもあります。『眷属』ではシャーロック・ホームズらしき人物(あとがきで当人だと言明されている)がちょっとだけ出てきますし、表題作ではネッシーに関する記述があったりします。12の短編が納められていますので、様々な毛色の違う作品が楽しめると思います。全体的にはホラー色が濃いですが、怖いと言うよりラストでこの先どうなってしまうのか不安感を煽る物が多い気がします。

個人的には切り裂きジャックを扱った『妖刀』、古書愛好の度が過ぎて予想もしていなかった事態に陥る『愛書家倶楽部』、最も奇想が際立ったとんでも小説『火星人秘録』、下水道を浚って金属などを拾い集め金にする者たちに訪れる恐ろしい結末を描いた『下水道』、後はやはり表題作が印象に残ります。残りの作品も含めて駄作凡作のない良品揃いの短編集だと思います。

No.1268 5点 怪物の木こり- 倉井眉介 2021/01/27 22:52
第17回『このミステリーがすごい! 』大賞受賞作は、サイコパス弁護士 vs. 頭を割って脳を盗む「脳泥棒」、最凶の殺し合い! すべては26年前、15人以上もの被害者を出した、児童連続誘拐殺人事件に端を発していて……。自分は怪物なのか? では人とは何か? 善悪がゆらいでいく主人公に「泣ける!」との声もあがったサイコ・スリラー。
Amazon内容紹介より。

文章はスカスカな上内容も薄っぺらいです。これで1200万円ゲットとはある意味凄いです。賞金が高いのに作品のレベルが低い『このミス』大賞受賞作の典型的な例ですね。審査員はどこを読んで選んだのでしょうか。タイトルからして怪しいなと思ったんですけどね。怪物マスクとか脳泥棒とかネーミングがダサいです。そして色々説明不足で説得力がありません。臨場感、緊迫感も無いし、サイコパスを二人も出しながら、その特異な思考などの心理描写も弱いです。

はっきり言って素人クオリティの作品だと思います。初稿に加筆訂正したそうですが、本当ですかね。児童誘拐事件の動機も曖昧ですし、怪物マスクの犯行動機はもっと納得できません。兎に角ストーリーに深みが感じられず、新味もありません。一応5点付けましたがその中でも最下層ですね。

No.1267 6点 壷中の天- 椹野道流 2021/01/26 22:24
ゲーセンで死んだ若い女性の遺体が、O医科大学法医学教室に運ばれる途中、警察のワゴン車の中から忽然と消え失せた。「風太がずんこを殺した」「アヒルの足は、赤いか黄色いか?」残されたメッセージは二つ。監察医・伊月崇と伏野ミチルは謎を明かせるか!?絶望のち驚愕ときどき癒し。シリーズ待望の最新作。
『BOOK』データベースより。

話としては文句なく面白いんですが、ホラーですからね、トリックとかはないです。これがミステリだったらとんでもない傑作という事になろうと思います。ですからそこはお間違いのないようにして頂きたいです。死体消失の謎はどうなったんだとか論理的な解答は得られません、残念ながら。まあそれを考慮してもホラーとして良く出来ているとは思いますが。

主要キャラを除いて最低限の登場人物で話を簡潔に纏められており、二つの事件を上手く繋げていきます。が、所々先が読めてしまう点はマイナスだと思います。最後の司法解剖の模様もどこかでネタバレしていましたし、それが無くてもまあそんな事だろうと予想は付いたと思います。ですから、大きな驚きはありませんでしたが、本シリーズに於いては平均的な出来ではないでしょうか。読み終わってみて、そこまでの満足感は得られませんが、少なくとも退屈する事はなかったですし、なるほどと腑に落ちる部分も少なくはありませんでした。

No.1266 7点 蟲と眼球と白雪姫- 日日日 2021/01/25 22:29
エデンの林檎の不思議な力で人知を越えた存在となった少女・眼球抉子―通称グリコ。不死身の彼女は、千余年の時の中で初めて、「大切な存在」宇佐川鈴音と出会ったが、林檎を狙う者たちとの戦いのなか、鈴音は意志のない生ける屍・肉人形となってしまった。グリコは、「仲間」になった殺菌消毒・美名、不快逆流・蜜姫とともに、鈴音をもとに戻せる人物―『一人部屋』を探し出すが、あと一歩のところで、宿敵『最弱』に鈴音を奪われてしまう。鈴音を助けだそうと、グリコたちは奔走するが、街にはバケモノが溢れ出し始めていた…。本当の幸せを取り戻すための戦いがついに終結!不器用な優しさを秘めたグリコたちの物語、最終巻。
『BOOK』データベースより。

プロローグとエピローグのみで構成されており、いわば後日譚の様相を呈しています。戦いで亡くなった者、生き残った者達の鎮魂歌であり、最終巻に相応しいエピソードで満載です。最終的にはグリコと鈴音と賢木の三人がその後どうなっていくのかが興味深く描かれていて、その意味でもこれだけ広げ過ぎた物語をどう収束させるのかという問いに、十分応えるものだと思います。

ここに至るまでの道中は、神話が絡んだり欠片、蟲、林檎、能力者などの複雑な要素がない交ぜになってかなり分かりづらくなってしまい、結局第一作で完結していた方が良かったのではないかとも思えましたが、結果的にはシリーズ化もアリだったかと今は考えています。エピローグの後のプロローグには唖然としました。まあしかし、エンディングとしては大いに感心させられました。ただ、これには賛否両論あろうかとは思います。個人的にこういう形でしか完結できなかった作者に同情しますし、憐れみすら覚えます。しかし、読後感の爽やかさは何物にも代えがたい愛しさを感じたのでした。

No.1265 6点 蟲と眼球と愛の歌- 日日日 2021/01/23 22:53
エデンの林檎の不思議な力で人知を越えた存在となった少女・眼球抉子―通称グリコ。不死身の彼女は、千余年の時の中で初めて、「大切な存在」宇佐川鈴音と出会ったが、林檎を狙う者たちとの戦いのなか、鈴音は意志のない生ける屍・肉人形となってしまった。鈴音の恋人・賢木愚龍は彼女につきそい、献身的に世話をするが、それだけでは鈴音は救えない。グリコは、「仲間」になった殺菌消毒・美名、不快逆流・蜜姫とともに、鈴音をもとに戻せる人物―『一人部屋』を探しはじめた。一方『一人部屋』は、自分を助け出したとある人物と、奇妙な同居生活を送っていた。“幸せ”を取り戻すための戦いは佳境へ。新感覚ファンタジー。第四弾。
『BOOK』データベースより。

最早タイトルの蟲はほとんど関係なくなっています。序盤は前作から名前だけ出ていた通称一人部屋と初登場の破局の二人で進行していくため、物語にあまり馴染めませんでした。第一作目で主人公と思われていた宇佐川鈴音と賢木愚龍の出番は少なく、やはり当初のラノベ感が失われてしまっています。そして、読み所はグリコを始め林檎を体内に持った異能者同士のバトルという事になります。これは言ってしまえば『ワンピース』の能力者たちの命懸けの戦いに似ています。そこまで派手ではないかも知れませんが、腕がちぎれようが内臓が抉られようが、死なない者たちならではの死闘となっています。

本シリーズも次回で最後となります。本作の興奮が冷めぬうちに次作も続けて読みたいと思います。又、その次に番外編的な『ダメージヘア』もありますので、そちらも順次読んでいきます。
はてさてどんなラストが待ち受けているのやら。シリーズを通して一定の水準をクリアしていると思いますので、一応期待はしています。

No.1264 7点 秋山善吉工務店- 中山七里 2021/01/22 22:35
父・秋山史親を火災で失った雅彦と太一、母・景子。止むを得ず史親の実家の工務店に身を寄せるが、彼らは昔気質の祖父・善吉が苦手。それでも新生活を始めた三人は、数々の思いがけない問題に直面する。しかも、刑事・宮藤は火災事故の真相を探るべく秋山家に接近中。だが、どんな困難が迫ろうと、善吉が敢然と立ちはだかる!家族愛と人情味溢れるミステリー。
『BOOK』データベースより。

イジメ、反社会的勢力、モンスタークレーマーに悩む母子を、まるで『スカッとジャパン』のように一刀両断で解決する祖父善吉の活躍を描く爽快な作品。第三章までは火災で父を失った息子の太一、雅彦、妻の景子の一人称で描かれ、それぞれの心情が痛いほど伝わってきます。善吉の出番は専ら終盤で、一体この老人は何者?と誰もが目を疑うような超人ぶりを発揮し、何事にも微動だにしない信念を見せつけます。又第三章では善吉に成り代わってその妻の春江がその老獪さで、クレーマーをやっつけます。しかし、それもまた善吉の助言によるものなのです。

第四章、最終章では刑事の宮藤が火災事故の真相を暴くミステリに変貌し、まるで万華鏡のように章ごとの色や模様を変え、様々な変容を見せます。その手際は見事の一言に尽き、流石に中山七里、その剛腕はまだまだ衰えを見せません。最終盤では思わず落涙してしまったのは私だけではないはずです。

No.1263 7点 QED 式の密室- 高田崇史 2021/01/20 22:43
「陰陽師の末裔」弓削家の当主、清隆が密室で変死体となって発見された。事件は自殺として処理されたが、三十年を経て、孫の弓削和哉は「目に見えない式神による殺人」説を主張する。彼の相談を受けた桑原崇は事件を解決に導くと同時に「安倍晴明伝説」の真相と式神の意外な正体を解き明かす。好調第5弾。
『BOOK』データベースより。

講談社ノベルス刊『密室本』の中の一冊。歴史ミステリとしての側面よりも、本格ミステリの密室物として評価したいと思います。その二つの要素を上手く融合しようという試みは買いますが、どうもそれらが確りとリンクしているとは言い難いと感じます。完璧かに思えた密室がある事実により音を立てて崩れ去る様は読んでいてとても感激しました。多くの読者にはこの密室のトリックに物足りなさや他愛なさを覚えたかも知れませんが、私には十分満足のいく解法でした。

QEDシリーズでなくてはならない日本の歴史事情、安倍晴明や式神などに関する薀蓄は、私には正直半分以下しか理解できませんでした。ですので、それらを十分納得したと仮定して7点としました。
結局式神の正体とは何かという命題と密室がどう関連してくるかが、一つの読みどころであるとは思いますが、特別式神が物語全体に大きな影響を及ぼすものとは言えない気がしましたね。

No.1262 7点 蟬かえる - 櫻田智也 2021/01/19 22:25
ブラウン神父、亜愛一郎に続く、“とぼけた切れ者”名探偵である、昆虫好きの青年・〓沢泉。彼が解く事件の真相は、いつだって人間の悲しみや愛おしさを秘めていた―。十六年前、災害ボランティアの青年が目撃したのは、行方不明の少女の幽霊だったのか?〓沢が意外な真相を語る「〓かえる」。交差点での交通事故と団地で起きた負傷事件のつながりを解き明かす、第七十三回日本推理作家協会賞候補作「コマチグモ」など五編を収録。注目の若手実力派・ミステリーズ!新人賞作家が贈る、絶賛を浴びた『サーチライトと誘蛾灯』に続く連作集第二弾。
『BOOK』データベースより。

この作者の文章は決して上手ではないと思います。しかし、文中から良心や真摯さは伝わってきます。そして何より昆虫が事件の中枢に絡んでくる辺りは評価できる点ではないかと思います。
ブラウン神父にも亜愛一郎にも思い入れはありませんので、彼らと比較して魞沢がどうという感慨はありません。まああまりくどくない個性、比較的淡々として掴みどころがない感じはします。それ程目立たず作中にうまく溶け込んでいるので、存在感が強すぎて浮いている訳ではないですね。

五編からなる連作短編集ですが、どれが秀でている事もなく、平均して面白く粒揃いと言えます。個人的には最終話の『サブサハラの蝿』が捻りがないながらもストレートで、探偵が最も活躍しているので気に入っています。ミステリとしては一番弱いかも知れません、しかしツェツェバエの生態なども興味深く読めました。表題作や『彼方の甲虫』も良かったですね。他も悪くはないですが、抜きん出て凄いというのはないです。

No.1261 6点 空中鬼・妄執鬼- 高橋克彦 2021/01/17 22:31
闇に浮かび上がる五つの生首。陰陽師の弓削是雄を悩ます怪異は、やがて残虐な殺人事件として都を騒がし始める。空を自在に駆ける鬼の哀しき正体を描く「空中鬼」に、人間の欲と執着に取り憑いた鬼との死闘の果てに、新たな闘いを予感させる「妄執鬼」を加えたオリジナル文庫。
『BOOK』データベースより。

読む順番を間違えて間の『長人鬼』を飛ばしてしまったので、途中で仲間に加わったらしき温史って誰?ってなりました。失敗しました。シリーズ物はこういうところを注意しないといけませんね。しかし、読み始めてまった以上やむを得ず最後まで読みました。まあ結果的にはそれほど障害にはなりませんでしたのでそれはそれで良かったのですが。
今回は中編二作の構成。どちらも陰陽師弓削是雄とその愉快な仲間たちが検非違使庁と連携しながら、奇怪な事件を解決すべく鬼退治を画策していきます。『妄執鬼』は政(まつりごと)が絡んでちょっと人間関係がややこしいですが、ファンタジー、エンターテインメントとして十分に楽しめました。特に是雄の陰陽師としての技量がずば抜けており、決して安陪晴明にも引けを取らない活躍を見せ付けて読み応えがあります。それだけではなく、適度なユーモアや涙を誘うシーンなどもあり、良い意味で平安時代の出来事とは思えない臨場感に溢れています。

一応本作でシリーズは止まっていますが、今後も続編があるぞという事を暗示しており、新刊が期待されます。第一弾では様々な陰陽師が登場していますが、作者はその中でも弓削是雄が気に入ったらしく、その後は主役を務めており、その人間性は時に厳しく時に優しく、軍団とも言える頼もしい仲間たちを束ねています。それぞれの個性を生かしてバランス良く描かれているのにも好感が持てますね。

No.1260 6点 暗闇―ホラーセレクション- アンソロジー(国内編集者) 2021/01/16 22:31
ホラーの宴へようこそ。ここには闇をテーマにした7つの杯を用意いたしました。闇に潜むモノ、闇から襲いくるモノ、闇に染まりしモノ……。『暗闇』を存分にお楽しみください。収録作品:井上雅彦「闇仕事」、花田一三六「紛失癖」、奥田哲也「ダンシング・イン・ザ・ダーク」、宝珠なつめ「棲息域」、山下定「ブラインドタッチ」、友成純一「おごおご」、菊地秀行「戦場にて」、井上雅彦×尾之上浩司・対談
Amazon内容紹介より。

一応暗闇という題材を元に書き下ろされたホラー短編集ですが、そこまで闇に拘ってはいないように感じます。あまりそれを意識せずに楽しめばそれで良いのではないかと思います。どれも作品の色が違っていますが、団栗の背比べみたいなもので平均的な出来で、それぞれの特徴を持った短編が並んでいる印象です。その中で最も目を惹いたのは山下定の『ブラインドタッチ』で、文体が非常に私に合っていて、内容的にも一番面白かったですね。頭一つ抜けていると思います、まあ好みの問題ですけど。

友成純一の『おごおご』は説明文が多すぎて飽きてきますが、終盤やっぱりなって展開に持っていきます。それにしてもオチがどうも・・・。花田一三六の『紛失癖』もまあまあ面白かったかな。なんでも失くしてしまう少年の癖がエスカレートして次第にホラー味を帯びてきて、最後には。
巻末に収録されている井上雅彦と尾ノ上浩司の対談は、いかにもマニアックでその道に詳しい人にとっては堪らないでしょうね。

No.1259 5点 スマドロ- 悠木シュン 2021/01/15 22:28
スマート泥棒―略してスマドロは、閑静な住宅街で白昼堂々、鮮やかな手口で盗みを働き、世間を騒がしている。物語は、ある主婦がスマドロの話題から、自分の半生をどこの誰ともわからぬ電話の相手に延々と喋り続けるシーンから始まる。新たな語り手が登場する度に、彼女をとりまく複雑な人間関係が見えてくる。パズルのようなミステリーの最終章に待ち受ける真実とは!?第35回小説推理新人賞を受賞したデビュー作!
『BOOK』データベースより。

これはミステリではないでしょう。連作短編集とも取れる構成ですが、どちらかと言えば長編だと思います。一章ごとに増えていく登場人物と最後に載せられている相関図がまあ目新しいとは言えるかも知れません。しかし、私には作者が何をやりたかったのか、その意図が確りとは理解できませんでした。スマート泥棒と呼ばれる怪盗の人物像や過去が、関係者の視点から次第に明らかになっていく過程を楽しめば良いのか、それぞれの人生模様を群像劇として読めば良いのか、いずれにしても一種のエンターテインメントと捉えるのが正解かも知れませんね。

それにしてもこの作品が新人賞受賞作とはねえ。ちょっと信じられません。世間では結構評価されているようですが、どうも私には本作の美点を見つけ出す事が出来ません。文体が軽いのでサクサク読める割りには、内容がイマイチ頭に入ってこない感じでしたね。各章が終わるごとにだからどうしたんだって思いましたよ、正直。

No.1258 5点 谷崎潤一郎 犯罪小説集- 谷崎潤一郎 2021/01/14 22:32
仏陀の死せる夜、デイアナの死する時、ネプチューンの北に一片の鱗あり…。偶然手にした不思議な暗号文を解読した園村。殺人事件が必ず起こると、彼は友人・高橋に断言する。そして、その現場に立ち会おうと誘うのだが…。懐かしき大正の東京を舞台に、禍々しき精神の歪みを描き出した「白昼鬼語」など、日本における犯罪小説の原点となる、知る人ぞ知る秀作4編を収録。
『BOOK』データベースより。

まあ可もなく不可もなくって感じじゃないでしょうか。Amazonや本サイトでも高く評価されていますが、私にはその実感が湧かないと言うか、あまりピンときませんでしたね。『私』はあの名作の数年前に書かれたそうですが、トリックとして採用されている訳ではありませんので、意味がないと思います。又、『途上』はプロバビリティの犯罪をミステリ史上初めて取り扱ったものらしいです。確かにこれでもかと、偶然を頼った完全犯罪を狙う物語ですが、ミステリとしてはあまり評価できないですかね。ただ単にその手法を羅列してるだけのような気がします。最も読み応えがあったのは中編の『白昼鬼語』で、一番ストーリー性とミステリの匂いが感じられる作品です。日本の推理小説を読んでいる気がしませんでしたが。

そもそも本作品集を推理小説或いは探偵小説と呼んで良いものかどうか迷うところです。だから『犯罪小説集』なのでしょう。まあしかし、私の中で谷崎潤一郎という作家のイメージを変えたとは言えると思います。

No.1257 7点 永遠の館の殺人- 黒田研二 2021/01/13 22:32
I県竜飛岳スキー場。コースを外れた俺とヒカルは、吹雪の中、死の瀬戸際に立たされていた。そこに忽然と現れた屋敷。主人は高名な作家で、妻子と使用人とともにひっそりと暮らしていた。まるで何かを隠しているかのような、怪しげな行動…。そして、他の滞在者たちも巻き込んだ連続殺人の幕が開く―。次々と消える死体の謎とは?驚天動地の超合作ミステリー。
『BOOK』データベースより。

雪に閉ざされた山荘。いわくありげな館の主、車椅子の妻、病気がちの娘、怪しげな執事、招かれざる客、遭難者と役者は揃いました。おまけに携帯のない時代、電話線も雪で切断され、完全に下界と接触を断たれた屋敷で起こる惨劇はまさに本格ミステリの王道を往くものです。しかし、それは外郭であり、本質は『そして誰もいなくなった』のようなサスペンスと思ったほうが良いでしょう。

物語の端々にKillerXの犯罪が差し挟まれます。その正体が漸くシリーズ完結篇にて明かされます。次々と犠牲になる被害者の女たち、そのパートと本筋がどう繋がってくるのかは読んでのお楽しみ。そしてKillerXの犯行動機にはぞっとしました。そんな事があるのか?と意義を唱えたくもなりますが、その分意外性はあります。
期待以上の物は残してくれなかった(特に本篇)し、トリックとかは全く機能していませんが、殺人鬼が暗躍するサスペンスとしては面白かったと思います。ただページ数の割にはやや物足りなく感じたのも事実です。

No.1256 5点 妄想女刑事- 鳥飼否宇 2021/01/11 22:06
警視庁捜査一課所属・宮藤希美には奇癖があった。スイッチが入ると、ところかまわず妄想の世界に没入してしまうのだ。だが、これが謎のバーテンダー・御園生独にかかると、なぜか辻褄のあった推理に翻訳され…? 電車の網棚に置き去りにされた人間の手首、ナース服を着たベルギー人の死体……不可解な事件もモーソー推理でズバッと解決(するかも?)!
Amazon内容紹介より。

まあまあですかね。毒にも薬にもならないと言うか、ユーモアも程々でそれなり、本格ミステリとしては穴が多すぎてお話にならないです。そんな中に在って、やはり『通勤電車バラバラ殺人事件』が面白かったです。しかし、これだけ振り回されて、解決が呆気なさ過ぎてやや拍子抜けでした。それは他の作品にも言える事ですが。それにしても、切断マニアが本当にいたら嫌だなと思いますよ、本当に。

警視庁の捜査一課の刑事が、小笠原諸島から東京までイルカに乗って往復してアリバイ工作をするという仮説を本気で検討しているとしたら、大馬鹿野郎ですね。まあその程度の作品なので、真面目に読むのは大きな間違いでしょうね。
あと、私も四話辺りで御園生の正体は分かってしまい、ちょっとがっかりしました。何しろ、妄想刑事ですからね、想像力を発揮すれば自ずと知れてしまうでしょう。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1835件
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