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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1828件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1328 7点 名探偵は嘘をつかない- 阿津川辰海 2021/06/21 23:08
第一章で足跡のない密室でのバラバラ死体事件の概要を読んだ時は正直ときめきました。しかし、第二章でああ、そういうパターンねという事にやや危惧を抱きました。最近多い設定と言えば勘の良い方にはピンと来るものがあるかも知れませんね。その特異設定が一つの筋道を付けているのは確かですが、純粋な本格ミステリをご所望の人にはお薦め出来ません。
600頁に及ぶ長編だからと言ってどこかに無駄があるかと問われれば否と答えるしかありません。それでもやはり最後まで早苗殺害事件で引っ張るのは、やや無理があると思いますね。

中盤の弾劾裁判でいよいよここから本番か、と思われましたが何やら不穏な雰囲気になり、せっかくの名探偵の出番もあまりなく少なからずストレスが溜まります。そこも含めて何だかんだと色々詰め込み過ぎて全体が飽和状態に陥っている気がしてなりません。ただ、ロジックはそれなりに確りしているし、本格ミステリとして破綻しているとは思いません。個人的にはあまり文中で触れられなかった陽炎村童謡殺人が気になりました、まあ付け足しみたいなものだからアレなんですけど。

真相は意表を突かれはしましたが、意外と呆気なかったですね。
読後はこれが噂の阿津川辰海のデビュー作かと、何となく感慨に耽りました。これからの活躍が期待できる大型新人の登場という事で、率直に喜びたいと思います。既に何作か書いているのでそちらもいずれ読む事になるでしょう。

No.1327 5点 羊たちの沈黙- トマス・ハリス 2021/06/17 22:54
FBIアカデミイの訓練生スターリングは、9人の患者を殺害して収監されている精神科医レクター博士から〈バッファロゥ・ビル事件〉に関する示唆を与えられた。バッファロゥ・ビルとは、これまでに5人の若い女性を殺して皮膚を剥ぎ取った犯人のあだ名である。「こんどは頭皮を剥ぐだろう」レクター博士はそう予言した…。不気味な連続殺人事件を追う出色のハード・サスペンス。
『BOOK』データベースより。

アカデミー賞主要5部門を受賞した映画『羊たちの沈黙』は名作でした。アンソニー・ホプキンスやジョディ・フォスターの演技も去る事ながら脚色の手腕は大したものだったのだと、原作を読んで思いました。これを先に読んでいたら映画を観なかったかも知れません。それ程映画が秀逸であり、最早原作を軽く超えてしまった珍しい例ではないかと思います。
私は旧訳で読みましたが、まず原著の文章が上手くない、そして翻訳も不味いと感じました。細かい所は抜きにして、取り敢えずミスタはミスター、ミセズはミセス、ハニバルはハンニバル、ハナはハンナ、テイプはテープ、キャザリンはキャサリン、ガは蛾に直すべきと感じます。他にも色々ありますが。確かに英語の発音ではそうかも知れませんが、そこは日本語訳として日本人に馴染んだ単語に変換すべきでしたね。

映画が映画だけに期待していましたが、残念な結果に終わりました。これじゃごく普通のサスペンスに終始してしまって、見所はレクター博士の語る言葉のみでは淋しい限り。クラリスの芯の強さは印象に残りますが、彼女とレクター以外個性的なキャラも見当たらないし、映画の様な刺激的なシーンもありません。蛾の繭が口中に入れられていた理由もパッとしませんでした。もう一度レンタルで借りて観たほうが良かったかも。

No.1326 7点 超動く家にて- 宮内悠介 2021/06/13 22:57
雑誌『トランジスタ技術』を「圧縮」する謎競技をめぐる「トランジスタ技術の圧縮」、ヴァン・ダインの二十則が支配する世界で殺人を企てる男の話「法則」など全16編。日本SF大賞、吉川英治文学新人賞、三島由紀夫賞受賞、直木・芥川両賞の候補になるなど活躍めざましい著者による初の自選短編集。
『BOOK』データベースより。

最初の一篇を読んだ時、宮内悠介はやはりこうでなくてはと思いました。その流れるような筆致、真剣勝負に挑む者達の執念、これですよ。デビュー作を彷彿とさせる作品に嫌が上にも期待は高まりました。しかし、それ以降は次第にテンションは下がっていって、何だかなあと思い始めました。それでも中には、これは、と思う短編も含まれており、何とも言いようのないカオス感を生じる短編集だと感じ、読み終わってみれば総合点でまずは納得の出来でした。

『トランジスタ技術の圧縮』と『スモーク・オン・ザ・ウォーター』が8点。『超動く家にて』と『星間野球』が7点、それ以外が6点以下ですね。あとがきを読むにつれ、どうしても作者と読者の間には相容れない評価の格差があるのが否めないところです。個人的には何も感じない作品にも、生みの親にとっては思い入れがあったりとか。まあしかし、よく理解できない物がありつつもそれなりに楽しめたのは事実です。それでもこの人には、将棋でも麻雀でもポーカーでも何でも良いから勝負の世界を描いた作品集を心から望んでいます。

No.1325 7点 エゴに捧げるトリック- 矢庭優日 2021/06/10 22:38
催眠術士の養成校に通う「僕」こと吾妻福太郎は、怪物EGOとの戦いに向け、パイ、鋼堂タケシ、R王子、パートナーのイプシロンらと卒業試験に臨んだ。だがその最中、鋼堂が変わり果てた姿で見つかると、皆はなぜか「福太郎が犯人」と証言し事件を隠蔽しようとする。"真実しか話せない催眠"をかけあってなお覆らない証言に苦しみつつ、僕は捜査を続けるが……。本書に仕掛けられた、人類の存亡を左右するトリックとは?
Amazon内容紹介より。

何だか平板で、催眠術の事ばかり書かれていて、一向に話が進まないのでややダレました。登場人物は少なく混乱することはないし、それなりに個性があって、その意味ではまずまず楽しめました。しかし、正体不明のEGOが何者なのかはっきり書かれていない為、イマイチ作者の意図が掴めません。事件も一向に起こらないし何がどうなっているのかも分かりません。

中盤でやっと閉鎖された空間での殺人が起こります。しかし、誰も慌てた様子もなく、本格的な捜査も始まらず、これ本当にミステリなの?と思ったりもしました。そうか、SFなのね、だから仕方ないのか、でも・・・。
でも、終盤いきなり怒涛の展開が待っていました。これか!この仕掛けの為に様々な布石が打たれていたのかと、深く納得。これは今までにありそうでなかったパターンじゃないでしょうか。新鮮な驚きと衝撃が私を打ちのめしました。EGOとは一体何なのかも、何故催眠術が必要だったのもはっきりして、読む者の動揺も鎮めてジ・エンド。なるほど、確かにSFだけどミステリですねえ、うーん。

No.1324 5点 食人国旅行記- マルキ・ド・サド 2021/06/07 22:59
許されぬ恋におち、駆け落ちをしてヴェニスにたどりついたサンヴィルとレオノール。二人はこの水の都で離れ離れとなり、互いに求めあって各地をめぐり歩く。―本書ではその波乱に満ちた冒険旅行をサンヴィルが回想するが、なかでも注目すべきはサドのユートピア思想を体現する食人国と美徳の国の登場で、その鮮烈な描写はサド作品中とりわけ異彩を放ち、傑作と称えられている。
『BOOK』データベースより。

これは最早小説の形を借りたサド侯爵の魂の叫びと言っても良いでしょう。不当に投獄された(少なくとも本人はそう思っているはず)サドが獄中で書いた一作品の中の二、三章を纏めたものです。そこには美徳と悪徳の両極のユートピア思想が溢れており、ほぼ1/3程度が法律に関する記述で、牢獄の中の人となった作者の恨み節がひしひしと伝わってきます。だからストーリーらしきものはほとんど無きに等しく、冒険小説の自由闊達な要素も見当たりません。カニバリズムに関しては女ではなく男を解体して、焼いて食するという至ってシンプルなもので、全く過激ではないですね。

サドらしいエログロや残酷描写はなく、異色の作品として扱われているようです。とは言え、私にとっては初物ですので、詳しいことは何も申せません。ただ、いずれ問題作の筆頭と言われている『ソドムの百二十日』と対峙しなければならないとは思います。そこでサドの真髄に触れられたらと勝手に妄想しております。

No.1323 6点 少女コレクション序説- 評論・エッセイ 2021/06/03 23:15
古今東西、多くの人々が「少女」に抱いた「情熱」に、さまざまな角度からメスを入れた思索の軌跡。
『BOOK』データベースより。

タイトルのように少女のエロに対する考察に特化した内容と異なり、膨大な文献に基づいて語られるエロティシズムの数々。そう、エロではなくエロティシズムです。冒頭の『少女コレクション序章』では渋澤龍彦自身が、少女を剥製にして硝子のケースで永久保存するのが夢だと断言します。その事からして既に尋常なエッセーではないことは明白です。
人形愛の形而上学、これでもかと出てくる色々なコンプレックスの名称の数々、幼時体験、セーラー服、鏡について、マンドラゴラ(植物から産まれる生き物)などなどについて、熱く語られます。

中でも面白かったのが近親相姦について。作者は子供を作らない、何故なら娘が生まれたら必ず自分はその娘の成長と共に関係を持ってしまうからだと言う。そして息子が生まれたら妻と関係を持つかもしれないと。
又、木々高太郎の『わが女学生時代の罪』で女性主人公がレズビアンの関係を持っていた時、処女なのに妊娠したという謎についての解釈が大変面白かった。私など、なるほどそんな事もあり得るのかも知れないと本気で思わされるのでありました。他にもポーや江戸川乱歩の名前も何度となく出てきて、やはりエロティシズムと幻想小説との相性は良いのだと、腑に落ちるものがありました。

No.1322 7点 エンデンジャード・トリック- 門前典之 2021/05/31 22:32
百白荘のゲストハウス、キューブハウスから施工業者が転落して死亡した。転落事故として処理されたが、翌年本館で設計者の首吊り死体が発見される。五年後、キューブハウスには多くの客が集まっていた。その中には二件の未解決事件を解明する依頼をうけた蜘蛛手がはいっていた。
『BOOK』データベースより。

最初は建築に関する薀蓄でちょっとうんざりしました。が、これがのちに効いてくるんだろうなと思い、一生懸命読みましたがなかなか理解が追い付きません。でも終わってみれば大満足なのだから、自分自身にも困ったものだと思いますね。どうしてもこうした奇想が秘められた作品に惹かれてしまうんですよ。ただ新味はありません。なのに既存のトリックを組み合わせた力技はそれだけの魅力を備えており、細部に至るまで伏線も張られているだけに、評価は高くせざるを得ません。

まあ文体は読みづらい部類に入るので、いつもの事ですが、それさえクリアしていればもっと一般受けするのにと思いますよ。物語としてはかなりの無理筋というか、リアリティがまったくありませんので、そういった細かい疵を気にする向きにはお薦めしません。しかし本格書きとしてのスピリットは存分に感じられ好感は持てます。と言うか、もっと派手にやってくれと思います。

No.1321 7点 真夜中は別の顔- シドニー・シェルダン 2021/05/28 22:52
凄まじい怨念。仕返しのクモの巣は張られた。ロンドンからワシントン、さらに南太平洋へと、男の転地を調査網が追う。何も知らずに美女のもとに飛び込んで行くプレイボーイ。紙一重の愛と憎しみに翻弄される二組の男女、うち生き残るのは誰か。
紙一重の愛と憎しみに翻弄される二組の男女。生き残れるのは誰なのか? 愛で結ばれた運命の夫婦を操るのは誰か? ニューヨーク・タイムスベストセラーに連続52週選ばれた傑作長篇。
Amazon内容紹介より。

要するに男女の愛憎劇なのですが、勿論紆余曲折があり大長編に見合った内容とはなっています。アメリカのキャサリン、フランスのノエルの二人のヒロインが後々どのように繋がりを持ってくるのかを興味津々で読み進めました。それは上巻の後半で明らかにされます、なるほどなと思いました。そしてストーリーの流れ的には女から男への復讐劇が繰り広げられると思いきや、見事に裏切られます。
ノエルは様々な男達と関係を持っていきますが、個人的に最も印象に残ったのはイスラエル・カーツの逃亡劇に一役買うエピソードで、ノエルの機転の利いた頭脳と胆力が最も発揮されたシーンだと思います。

下巻の終盤遂に事件が起こり、それが最後のクライマックスである法廷で全てが白日の下に晒されると思いきや、その様相に関してはほとんど触れられません。殺人事件の裁判に於いてそのような事があるのだろうかと不思議な思いに駆られます。ただ、検事側と弁護士側との心理戦はなかなか読み応えがありました。しかし、やはり事件の全容が明らかにならず、結局はある人物の掌で踊らされていたという結末には、どうにもスッキリしない気分が残りましたね。エピローグは良い味を出しています。

No.1320 5点 11の物語- パトリシア・ハイスミス 2021/05/21 22:54
私は少々頭が弱いので、真に受けないで読んでいただきたいのですが、この作品集には幾つかの欠点があります。まず文章が下手。そしてそれを直訳に近い形で翻訳しているので感情が篭っていない印象を受ける。余分な描写が散見されるが、肝心な事が御座なりにされている。オチはあるものの、その解釈が読者に委ねられているのでモヤモヤした読後感が残る。例えば『ヒロイン』などがその良い例で、幸せな勤め先を見つけたはずなのに、何故主人公は最後にあのような行動に出たのかが理解できません。序文でその伏線らしきものがしっかり張られていると書いてありますが、私がぼんやり読んでいたせいか、全く気付きませんでした。以上は飽くまで個人の感想です、あまり参考にしないで下さい。

しかし、それでも5点を付けたのはかたつむりの話二編と有名な『すっぽん』、最終話などはまあまあ面白かった為です。その最終話『空っぽの巣箱』はやはり謎のユーマはアレなんだろうなとは思いますが、これもどうとでも解釈が出来ます。
本作を高評価されている方はさぞかし読解力の高い人であろうと尊敬します。いや、決して皮肉ではなくて。

No.1319 7点 黙示録殺人事件- 西村京太郎 2021/05/19 22:49
休日の銀座に、突然、蝶の大群が舞った。蝶の舞い上ったあとには、聖書の言葉を刻んだブレスレットをはめた青年の死体があった。これが、十津川警部の率いる捜査本部をきりきり舞いさせた連続予告自殺の始まりだった。次々に信者の青年たちを自殺させる狂信的な集団。その集団の指導者・野見山は何を企んでいるのか……。“現代の狂気”をダイナミックに描き出した力作推理長編。
Amazon内容紹介より。

西村京太郎と言えばトラベルミステリばかり書いているイメージが強かったのですが、こんな作品も、しかも十津川シリーズで書いているのは意外と云うか、ちょっと驚きました。幻想的な冒頭から社会派的な要素も有りながらの本格ミステリで、プロットはまるで島荘のようでもあります。これはなかなかの秀作だと思います。ラストはちょっとしたどんでん返しがあり、更にエピローグはなるほどと頷かされました。

最初から最後までダレることなく楽しめます。凄くテンポが良いのでどんどん読み進められます。信仰集団の教祖野見山が面白い存在で、信者にとってはちょっとしたカリスマ性を備えていて、終盤の信者を説き伏せる言論にはそれなりの根拠と説得力があり、なかなかの見ものでした。勿論十津川警部が言うように、詭弁ではありますが。
二つの密室に関しては、まあオマケみたいなものなので、あまり気にしないようにして下さい。

No.1318 6点 烏は主を選ばない- 阿部智里 2021/05/16 23:07
八咫烏が支配する世界山内では次の統治者金烏となる日嗣の御子の座をめぐり、東西南北の四家の大貴族と后候補の姫たちをも巻き込んだ権力争いが繰り広げられていた。賢い兄宮を差し置いて世継ぎの座に就いたうつけの若宮に、強引に朝廷に引っ張り込まれたぼんくら少年雪哉は陰謀、暗殺者のうごめく朝廷を果たして生き延びられるのか…?
『BOOK』データベースより。

シリーズ一作目の『烏に単は似合わない』の裏で何があったのかを描いています。とは言っても、ストーリーは全く別物で登場人物もほとんど違います。前作とは表裏をなしており、陽と陰と言っても良いでしょう。まあどちらもその両方の要素を有しているとは思いますが。ただ前作の様な煌びやかな女性同士の妃争いとは違い、如何にもな男臭い世界を描いています。この両者はもともと一つの物語であったそうで、松本清張賞の応募に際して真っ二つに分断したようです。

本作はぼんくらと呼ばれ、日嗣の御子の座を狙う若宮の側仕えとなった少年雪哉と、主の若宮の個性のぶつかり合いが読みどころとなっており、更にはサブキャラたちもアクが強い人物が多くラノベ的なキャラ小説としても楽しめます。時代は平安時代と思われますが、あくまでファンタジーなので時代を感じさせる堅苦しい会話もなければ、複雑な人間関係もありません。しかし、しっかりと抑揚を付けたストーリーは安心して読め、時にハッとするような情景描写もあったりしながら、万人受けする内容に仕上がっていると思います。
一作目が妙に印象に残っていて、改めて読んだらもっと素直に楽しめるかも知れません。5点でしたが6点に変更するべきか迷っています。

No.1317 5点 狂乱家族日記 参さつめ- 日日日 2021/05/12 22:55
「素敵に顔面破壊しますぅ!」対策一課行動部副隊長であり、凰火の“恋人”でもある死神三番さんが帰国!出張中に、凰火があんな幼児体系ネコミミ娘と「結婚」したとは夢にも思わない戦闘狂の死神と、「夫=己の所有物」と公言して憚らない人外・凶華が出会えば、これが血を見ずにすむ訳もなく―。凰火をめぐる三角関係?はヒートアップ!乱崎家の絆は!?なごやか家族作戦の行方は!?馬鹿馬鹿しくも温かい愛と絆と狂乱の物語。怒涛の新展開突入。
『BOOK』データベースより。

前二作は乱崎家の家族の絆を描いており、勿論その中心には母親で猫耳少女の凶華が中心にいたのは確かですが、本作では完全に主役に躍り出ています。凶華の過去が明らかになり、それと共に凰火と幼馴染みだった死神三番との思い出も語られ、夫婦の知られざる一面を知ることになります。ただ、その分他の家族の出番が少なく、ほのぼのとした家族の絆が描かれることはありません。それとスピード感が有りすぎてついて行くのが精一杯な感じで、その二点が今回は不満でした。

ぶっ飛んだ狂乱ぶりは相変わらずですが、これまでとはやや毛色が違い、個人的にはその方向転換があまり好きになれませんでしたね。まあ収穫としては凶華の視点で物語が進行する場面もかなりあり、三作目で初めて彼女の内面が描かれた点ですかね。たまには主人公目線もアリだとは思いますが、今後軌道修正していくことを願っています。

No.1316 7点 殺人出産- 村田沙耶香 2021/05/09 23:09
今から百年前、殺人は悪だった。10人産んだら、1人殺せる。命を奪う者が命を造る「殺人出産システム」で人口を保つ日本。会社員の育子には十代で「産み人」となった姉がいた。蝉の声が響く夏、姉の10人目の出産が迫る。未来に命を繋ぐのは彼女の殺意。昨日の常識は、ある日、突然変化する。表題作他三篇。
『BOOK』データベースより。

村田紗耶香が2016年『コンビニ人間』で芥川賞を受賞したのをご存知の方は多いと思います。他にも受賞歴が幾つかあるのは、本作を読んで凄く納得の行くことだと感じ入りました。特に表題作の中編は素晴らしいです。私はこれ程美しく幻想的な殺人シーンを読んだ事がありません。設定は100年後とは言え、荒唐無稽で無茶苦茶ですが、妙にリアリティがあるんですよね。それは作者の筆捌きの見事さにあるのではないでしょうか。多すぎず少なすぎない情報量、流れるような筆運び、的確な心理描写など見どころは少なくありません。ホラーとしてもSFとしても存分に楽しめます。勿論文学作品としても。

『トリプル』『清潔な結婚』はどちらもノーマルな性交渉を超えたところには一体何があるのかを極限まで追及する、異色作となっています。あり得ないと一蹴出来ない説得力を有した、アブノーマルな世界を見せつけてくれます。
最後の『余命』は掌編ながらとても印象深い作品です。ネタバレになりそうので内容については何も書かない方が賢明と思われますので割愛させて頂きます。只々その奇想に感心させられるばかりですね。

No.1315 4点 空飛ぶ広報室- 有川浩 2021/05/08 22:53
不慮の事故で夢を断たれた元・戦闘機パイロット・空井大祐。異動した先、航空幕僚監部広報室で待ち受けていたのは、ミーハー室長の鷺坂、ベテラン広報官の比嘉をはじめ、ひと癖もふた癖もある先輩たちだった。そして美人TVディレクターと出会い…。ダ・ヴィンチの「ブック・オブ・ザ・イヤー2012」小説部門第1位のドラマティック長篇。
『BOOK』データベースより。

何故この作品を購読しようとしたのか、そう言えば有川浩久しく読んでいないなと思ったのが運の尽き。まあ魔が差したというのか、そいういう事ですよ。勿論Amazon他とても評価が高かったからとの理由は根底にありましたが。結果、大勢に反してイマイチだったとしか言えません。やはり私は世間の常識が通じない人間なのかも知れません。ドラマ化までされた人気作家によるヒット作・・・。それがこの体たらくでは何とも言いようがありません。
凄く真面目に書かれているとは思いますが、もっと遊び心があっても良かったのではないかと。確かにキャラとしてはそれぞれ個性的に描かれています。しかし、航空幕僚監部広報室の実態も人間ドラマも中途半端で、深掘りされているようには思えません。所謂お仕事小説としてあまり誉められたものではないと感じます。

あとがきでは東日本大震災の為に、刊行が遅れたことなどが書かれています。
解説は現役自衛官の幕僚長によるもので、作中で描かれている自衛官たちが硬派な印象ではなく、生身で等身大の人間像である事を評価すると書かれています。それは私も感じました。自衛隊に関わる人達はすべからくお堅く生真面目であるのが正しいのだという先入観を見事に砕いてくれました。他にも自衛隊について特に広報室という特殊な職について、勉強にはなりました。

No.1314 7点 殺人交叉点- フレッド・カサック 2021/05/05 22:51
十年前に起きた二重殺人事件は、きわめて単純な事件だったと誰もが信じていました。殺人犯となったボブをあれほど愛していたユール夫人でさえ疑うことがなかったのです。しかし、真犯人は私なのです。時効寸前に明らかになる驚愕の真相。’72年の本改稿版でフランス・ミステリ批評家賞を受賞した表題作にブラックで奇妙な味わいの「連鎖反応」を併録。ミステリ・ファン必読の書。
『BOOK』データベースより。

表題作は巧妙なプロットの裏に、そっと仕込まれた仕掛け。見事にやられました。最後の最後までそれが非常に上手く隠蔽されていて、全く気付かずに読んでいましたので、久しぶりにかなりの衝撃を受けました。訳者の平岡敦も結構気を遣いながら苦労の翻訳だったのではないかと思います。これまた見事な仕事ぶりでしたね。ややこしくなりそうな人間関係を端的且つ解りやすく説明されており、混乱することなく読み進める事が出来ました。その辺りにも作者の力量が伺えます。

一方併録の『連鎖反応』は数段落ちる印象でした。途中ダレてしまってちょっと頓挫しそうになりました。あまりお目に掛かったことのない動機が目新しかった以外は、これと言って面白みがあるとは思えませんでした。ユーモアミステリらしいですが、そうでもない気がします。こちらはなかった事にして7点を献上。

No.1313 5点 新興宗教オモイデ教- 大槻ケンヂ 2021/05/02 22:57
1カ月前に学校から消えたなつみさんは、新興宗教オモイデ教の信者になって再び僕の前に現れた。彼らは人間を発狂させるメグマ祈呪術を使い、怖るべき行為をくりかえしていた―。狂気に満ちた殺戮の世界に巻き込まれてゆく僕の恋の行方は?オドロオドロしき青春を描く、著者初の長編小説。
『BOOK』データベースより。

短いページの中に色々詰め込み過ぎて、あれこれ説明不足の感は否めませんね。キーパーソンと思える人物はおろか、主要登場人物、特にヒロインのなつみですら内面描写が圧倒的に足りない気がします。魅力にも乏しいです。それにより中身が薄く事象ばかり前に出ている印象がどうしても拭えないです。データベースには青春小説の如く説明されていますが、ジャンル的には「新興宗教団体大戦」ではないかと思います。そんなものはないとの声も聞こえてきそうですね、しかしそう表現するしかないようなジャンル不明の、これまでになかったタイプの小説と言えそうです。

そんな疵の少なくない本作で最も気になったのは、誘流メグマ祈呪術という能力を複数の教団が生み出そうとしているところです。同時期にそんな特殊能力の使い手が何人も現れるのは、如何にもご都合主義過ぎるのではないかと。どちらかと言えば何でもアリの世界なので、無理やり納得するしかないんでしょうけど。
この作者らしく、ロックバンドに関する薀蓄や記述が結構あったのはご愛嬌ですね。

No.1312 6点 平成ストライク- アンソロジー(出版社編) 2021/04/30 22:48
JR尼崎駅で通勤電車を待っていたカメラマンの植戸は電車脱線の報せを受ける。その後、ホームで見かけた高校生が事故の取材現場にも現れて…(「加速してゆく」青崎有吾)。私は悪を倒すため、正義のために、彼のブログに殺害予告を書き込み続ける(「他人の不幸は蜜の味」貫井徳郎)。平成に起きた、印象的な事件や出来事をテーマに9人の注目作家が紡ぐ衝撃のミステリ。今を手探りで生きる私たちの心に刺さる、珠玉の競作集!
『BOOK』データベースより。

青崎有吾の『加速してゆく』を読んだ直後は、なるほどそう言えば尼崎でマンションに突っ込んで、多くの犠牲者を出した電車脱線事故があったなと久しぶりに思い出しました。そしてこの作品がこのアンソロジーの規範となっていれば良いなと思うほどの良作でありました。しかし、他は平成という時代を振り返って、膝を打つような事件を扱ったものは天祢涼の東日本大震災のその後を描いた『From the New World』くらいです。あと消費税導入もありましたね。

本アンソロジーに寄稿している9人の作家は、全て平成デビューらしいですが、井上夢人は岡嶋二人として昭和デビューなので要らなかったかなと思います。作品自体もあまり印象に残らなかったですし。遊井かなめは平成の流行を散りばめただけの凡作だし、白井智之は相変わらずエログロ全開でやりたい放題だし。小森健太郎は唯一書下ろしではないので、ほとんど平成とは関係ありません。バカミススレスレのトリックはあまり感心しませんが、意表を突かれたのは確かです。
玉石混交であるのは間違いないですが、総じて楽しめたのでこの点数にしました。結構豪華な作家陣だったので期待し過ぎた私がいけなかったんです。

No.1311 6点 21面相の暗号- 伽古屋圭市 2021/04/26 22:42
裏ロム販売で稼いだ三千万円を、仲間と山分けした卓郎と相棒の美女・シエナ。ところが、すべて偽札だったことが発覚する。さらにありえない記番号の一万円札が紛れていることに気づいたふたりは、かい人21面相からの暗号だと確信し、謎解きをはじめる。時同じくして、製菓会社「すぎしょう」に、自社製品への毒物混入停止と引き換えに、五千万円を要求する脅迫電話がかかってきて―。
『BOOK』データベースより。

重すぎず軽すぎず、適度なユーモアを含んだ暗号解読ミステリ。途中でかい人21面相を模倣した大規模な恐喝事件が混在し始め、卓郎とシエナのコンビとどう関わってくるのかが見ものです。脅迫電話の犯人の悲しい過去と動機が割と簡単に紹介されますが、敢えて短めに纏めてあるのは話が重くなり過ぎて全体のバランスが取れなくなるのを防ぐ目的があったのではないかと考えます。しかし、その記述がある事でより恐喝犯人に感情移入できる余地を作ったものと思われます。

まあミステリと云うより、エンターテインメント小説として楽しむべき作品でしょう。暗号に関してもそれほど小難しい訳ではなく、読者にあまり負担を強いることの無いよう工夫がなされていると思います。結構楽しめましたよ、個人的には。グリコ・森永事件当時の事を色々思い出しながら、そんな事もあったなあと感慨に耽りながら読みました。標的はグリコや森永だけではなかったんですね。丸大食品やハウス食品、不二家なども狙われていたのは失念していました。

No.1310 6点 暗黒残酷監獄- 城戸喜由 2021/04/23 22:47
同級生の女子から絶えず言い寄られ、人妻との不倫に暗い愉しみを見いだし、友人は皆無の高校生・清家椿太郎。ある日、姉の御鍬が十字架に磔となって死んだ。彼女が遺した「この家には悪魔がいる」というメモの真意を探るべく、椿太郎は家族の身辺調査を始める。明らかとなるのは数多の秘密。父は誘拐事件に関わり、新聞で事故死と報道された母は存命中、自殺した兄は不可解な小説を書いていた。そして、椿太郎が辿り着く残酷な真実とは。第23回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

物々しいタイトルからどんな大層な小説かと思ったら、ラノベじゃん。別にラノベを軽視している訳では決してありませんが、果たして文学大賞に相応しいかどうか疑問に思わざるを得ません。だから余計に選考委員の寸評が巻末に欲しかったところです。しかし、内容としては名前負けしているとは思いません、むしろそれに見合ったものとの印象はあります。

それにしても主役で語り手の椿太郎(ちゅんたろう)は、血が通っている人間にはとても思えませんでしたね。感情が常人とは違う感覚を持っており、家族や友人関係も全てに於いて所謂良い人は見当たりません。誰も彼もが一癖あり誰が「悪魔」でも可笑しくないような状況にあります。
そんな中、メインがどこにあるのかと感じるくらい、事件(主に過去に)が起きます。それを椿太郎が追っていくわけですが、その道中も一筋縄ではいきません。ツッコミどころは多いです、例えば何故磔にされたのかなどの説明もされていませんし。普通そんな面倒な事はしないだろうと。
総体的に言えば、色々なネタの寄せ集めで成り立っている作品でしょうか。それぞれの事件が絡み合ったり合わなかったりしながら進行し、多分にカオスを含んだ怪作と呼ぶべきものだと思います。

No.1309 6点 ふたり探偵―寝台特急「カシオペア」の二重密室- 黒田研二 2021/04/20 22:33
ムック本取材のための北海道旅行からの帰路。向河原友梨ら取材班は、寝台特急カシオペアの車中にいた。一方、友梨の婚約者で刑事のキョウジは、連続殺人鬼Jを追っていた。が、殺人鬼の罠にはまり、意識不明の重体となってしまう。やがて、友梨の頭の中に彼の声が聞こえてきて…。Jはこのカシオペアに乗っているというのだ!ファンタジックな本格推理の傑作。
『BOOK』データベースより。

理路整然としていて、伏線もあからさまに張られており、何となく優等生的な作品ではないかと思います。意外性もありますが、サブタイトルとして謳われている密室トリックはちょっとショボいですし、犯人は如何にも怪しい人物で予想通りでしたねえ。勿論推理による犯人指摘という訳ではありませんが、当てずっぽうでも想像は付きます。動機に関してはありきたりで、あまり感心しませんね。シリアルキラーになってまで?と疑問が残ります。

又、密室と化した寝台特急カシオペアとJと呼ばれる連続殺人鬼の組み合わせがあまりフィットしていない気もしました。
本格ミステリと云うよりサスペンスに近い感じです。そして本作の肝はフーでもホワイでもなく誰が○○なのかであると思いますね。ミッシングリンクを追う辺りの読ませ方は堂に入っていて好感が持てます。でもこの人の作品はどれも平均的に出来上がっていて読み易く面白いですが、突出したものを感じません。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1828件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(25)
西尾維新(25)
島田荘司(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
中山七里(19)
折原一(19)
日日日(18)
森博嗣(17)