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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1901件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1401 6点 蜃気楼・13の殺人- 山田正紀 2022/01/22 22:57
栗谷村の村おこしマラソン大会の最中、忽然とランナー十三人が消えた!戦国時代の山城・十三曲坂を使った十キロのコースは、途中で抜け出ることのできない、いわば大密室…。後日、消えたランナーの一人が、木に突き刺さった無惨な姿で発見された。奇妙なことに、この一連の出来事が、百五十年前の古文書に書かれていた!?奇才が挑んだ空前のトリック。
『BOOK』データベースより。

山田正紀ってこんなに読み易かったっけ?というのが第一印象。でも最後に読んだ『阿弥陀』もそんなに難解じゃなかったなあとも思い直しました。
非常に残念な事に最初に登場する風水林太郎が探偵役として事件を解決するものだと思って読んでいたのに、終わりかけにちょっと顔を出すだけだったのでがっかりでした。何でもノベルス版では林太郎の記述はなかったそうで、それなら致し方ないと無理やり自分を納得させることに。一応東京から村に引っ越してきた家族の父親と、元刑事の義父がそれぞれ違う角度から調査をしていきますが、結局解決に導くまでには至りません。

事件としては非常に奇妙なもので、一体どんなトリックを使うのか期待しましたが、かなりの肩透かしを喰らいました。第一の事件、つまりランナー13人の失踪はもしかしてと思った通りでしたし、木の枝の死体串刺し事件は・・・だし、トラクターが空を飛ぶ?事件はこれまたショボいトリック。
謎が妙に惹きつけられるものがあっただけに、真相は期待外れでした。しかし、雰囲気としては三津田信三の某作品に似たものがあり、嫌いではありません。まあオマケで6点としましたが、作品のバランスはちょっとどうかなって感じがしましたね。新保教授の解説は秀逸でしたが。

No.1400 5点 ココロ・ファインダ- 相沢沙呼 2022/01/19 22:45
高校の写真部に在籍する四人の少女、ミラ、カオリ、秋穂、シズ。それぞれの目線=ファインダーで世界を覗く彼女たちには、心の奥に隠した悩みや葛藤があった。相手のファインダーから自分はどう見えるの?写真には本当の姿が写るの?―繊細な思いに惑う彼女たちの前に、写真に纏わる四つの謎が現れる。謎を解くことで成長する少女たちの青春を、瑞々しく描く。
『BOOK』データベースより。

マツリカシリーズの様なねちっこさもなく、あまりに軽いので読み応えがありません。そして各短編の語り手である四人の少女の個性もあまり発揮されているようにも思えませんし、写真やカメラに関するある程度の知識も必要とされる為、評価としてはこの程度にしかならないですねえ。一応日常の謎を扱った青春ミステリという事になるでしょうが、ミステリとして弱いです。何となくサクッと読み進めてしまえるので、少女達の苦悩をそれほど深刻に受け止められず、作者の力量が十全に発揮されているとも思いません。

Amazonの高評価にも首を捻らざるを得ません。うーん、やはり私の読解力が劣っているのかと思わずにはいられません。確かに所々心に響く場面もありますが、深掘りされていない点が多々あるように私には思えますね。

No.1399 8点 かにみそ- 倉狩聡 2022/01/18 23:12
全てに無気力な20代無職の「私」は、ある日海岸で小さな蟹を拾う。それはなんと人の言葉を話し、体の割に何でも食べる。奇妙で楽しい暮らしの中、私は彼の食事代のため働き始めることに。しかし私は、職場でできた彼女を衝動的に殺してしまう。そしてふと思いついた。「蟹…食べるかな、これ」。すると蟹は言った。「じゃ、遠慮なく…」。捕食者と「餌」が逆転する時、生まれた恐怖と奇妙な友情とは。話題をさらった「泣けるホラー」。第20回日本ホラー小説大賞優秀賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

これを読んでいるそこの貴方、意味不明なタイトルと安っぽい表紙画を見て、どうせ子供騙しのB級ホラーだろうと思っていませんか。それは違います。誰が何と言おうと私は本書を絶対的に支持します。1ミリも無駄のない文章なのに、一つ一つの言葉に何とも言えない情感が篭っています。それは分かる人には分かるし、分からない人には分からない感覚です。だからと言って、私が優れた読者なのではなく、偶々作者と感性が合っていたに過ぎないと思いますが。
特に、主人公の心の虚無さと蟹の愛嬌が凄く作風にマッチしていて、そこも評価できますね。

文章の素晴らしさは表題作だけではなく、併録の『百合の火葬』にも言えることで、こちらは若干地味目ではありますが、抒情を湛えた文体はとても新人とは思えません。最早ホラーと言うより文学と呼んだ方がしっくりくるくらいです。
中編の表題作『かにみそ』は日本ホラー小説大賞の優秀賞作品ですが、他の候補作と争った結果大賞の該当作なしで落ち着いたそうです。個人的には大賞にして欲しかったですね。

No.1398 7点 グミ・チョコレート・パイン パイン編- 大槻ケンヂ 2022/01/15 22:56
冴えない日々を送る高校生、大橋賢三。山口美甘子に思いを寄せるも、彼女は学校を中退し、着実に女優への道を歩き始めていた。そんな美甘子に追いつこうと友人のカワボン、タクオとバンドを結成したが、美甘子は女優として鬼才を発揮しながら共演の俳優とのスキャンダルや秘められた恋を楽しんでいた…煩悩ばかりで健気な賢三と自由奔放な美甘子の青春は交錯するのか?青春大河巨編、ついに完結。
『BOOK』データべスより。

遂に完結篇。作者によると本シリーズはまだまだ続くとの事ですが、未だ書かれていない事実を鑑みるともう読めないのかも知れません。勿論、書かれたとしても外伝的な物だと思うので、美しいまま終わらせても良いのではないかという気がします。
果たして山口美甘子は天使か悪魔か、それは本作を読めば分かります。と言うか、余りにもその姿が赤裸々過ぎてちょっと引いてしまいました。しかし、登場人物の中で誰よりも自分に正直に生きているというのは、誰しも感じるところだと思います。そして彼女に翻弄される少年達の苦悩と友情はあまりに過酷で重いものであったと言えます。だからこそ面白いのであり、ドラマティックだったのです。

これは主役から端役まで全ての登場人物が血の通ったキャラクターとして生々しく描かれた、稀有な青春小説です。抜け殻の様にボロボロになりながら、死のうとしても死ねず、じーさんによる修行を行っても煩悩を捨てきれず、それでも何度も復活する賢三の姿は、まさにダメ男でありヒーローであります。
様々な金言や生きるために必要な言葉が語られる本書ですが、私の胸に最も刺さったのは解説を書いた名も知らぬ作家の「死ぬまで寝ていたい」という言葉でした。いやはや何とも・・・。

No.1397 7点 グミ・チョコレート・パイン チョコ編- 大槻ケンヂ 2022/01/13 22:47
大橋賢三は黒所高校二年生。周囲のものたちを見返すために、友人のカワボン、タクオ、山之上らとノイズ・バンドを結成する。一方、胸も大きく黒所高校一の美人と評判の山口美甘子もまた、学校では「くだらない人たち」に合わせてふるまっているが、心の中では、自分には人とは違う何かがあるはずだと思っていた。賢三は名画座での偶然の出会いから秘かに想いをよせていたが、美甘子は映画監督の大林森にスカウトされ女優になることを決意し、学校を去ってしまう…。―賢三、カワボン、タクオ、山之上、そして美甘子。いまそれぞれが立つ、夢と希望と愛と青春の交差点!大槻ケンヂが熱く挑む、自伝的大河小説、感涙の第2弾。
『BOOK』データベースより。

前作があのような終わり方をしたので、予定を変更し本作を読む事にしました。やはり間を空けるべきではないとの考えからです。グミに比べると幾分テンション低めですが、それでも面白い。まあ次への繋ぎ役みたいな所はありますが。
今回はグミ編で賢三が美化した為か、それとも美甘子目線の描写が多いせいか、彼女の可愛げが無くなり生意気になった印象です。自分の事を山口と言っているのもあるかも知れません。どうも私的に自分を名字で語る女子があまり好きになれないのです。

それでもやはり大槻ケンヂ、ロックに対する情熱や蘊蓄は十分に発揮されています・・・。
賢三の手の届かないところに行ってしまった美甘子。当然ながら二人の接点が無くなり、微笑ましい男女の機微や関係も断ち切られることになり、其処に対する失望感は否定できません。その分、賢三と愉快な仲間たちのバンドへの希求は増すばかりで、しかも仲間三人の才能が花開こうとしている過程は読んでいてワクワクさせてくれます。
おっと、大事な事を忘れていました。最終章の狂ったような世界観が私は大好きです。

No.1396 8点 グミ・チョコレート・パイン グミ編- 大槻ケンヂ 2022/01/11 22:50
大橋賢三は高校二年生。学校にも家庭にも打ち解けられず、猛烈な自慰行為とマニアックな映画やロックの世界にひたる、さえない毎日を送っている。ある日賢三は、親友のカワボン、タクオ、山之上らと「オレたちは何かができるはずだ」と、周囲のものたちを見返すためにロックバンドの結成を決意するが…。あふれる性欲と、とめどないコンプレックスと、そして純愛のあいだで揺れる“愛と青春の旅立ち”。大槻ケンヂが熱く挑む自伝的大河小説、第一弾。
『BOOK』データベースより。

この大槻ケンヂめ、遂に本性を現したな。これまで訳解らん新興宗教やホラーなんかを書いていたが、今回はコテコテの青春小説か。それも己を主人公にした様な自伝的なものだと?これは正にエロティシズムとロマンティシズムのせめぎ合いではないか。人々よ、Amazonのレビューを見よ。これが現実だ。
本書を読みながら思った事・・・そう言えばデビュー当時の中森明菜はぽっちゃりしていたな、多分太りやすい体質なんだろうと思いきや、意に反してどんどん痩せていったとか。薬師丸ひろ子の水着写真集が出版されていたのかとか。主人公の賢三の、笑うと目が無くなる片想いの相手美甘子はゴールディ・ホーンというより元乃木坂46の松村沙友里に似ているんじゃないのかとか。ELPの『聖地エルサレム』(原曲はチャールズ・パリー作曲のイギリスの聖歌)のイントロは確かにテンションが上がるなとか。ATGの映画は暗いのが多かったが、その最たるものと言えるのは高林陽一監督、金田一耕助役は中尾彬の『本陣殺人事件』じゃないのかとか等等。

まあそんな感じで、これはとても素晴らしい名作だと言っても良いと思います。思春期の悶々とした感じや切なさ遣る瀬無さが見事に表現されています。それだけにとどまらず哲学的な小説の一面も持っています。その繊細さと熱量はそのまま作者の力量として捉えることが出来るでしょう。
大いに笑わせても貰えましたし、鋭い反転の見事さも印象深いものがありました。そして青天の霹靂とも言える終盤の衝撃には頭がクラクラしましたよ、マジで。

No.1395 6点 踊り子の死- ジル・マゴーン 2022/01/09 22:54
寄宿学校での舞踏会の夜、副校長の妻が殺された。暴行された形跡があったと聞いた教師たちは、一様に驚きを見せた。男と見れば誰彼構わぬ彼女の色情狂ぶりは、学校の悩みの種だったのだ。では、レイプ目的の犯行ではありえないのか? ならば、動機は?すべてが見せかけにすぎないとしたら、その夜、本当は何が起きたのか?
Amazon内容紹介より。

精神的に不安定な状態で読みましたので、細かい点まで読み切れているかどうか分かりません。それにしても、全体の半分位を占めるロマンス要素は必要だったのでしょうか。取って付けた様な印象がどうしても拭えません。ほんのアクセント程度ならまだしも、肝心の殺人事件の捜査をそっちのけで恋愛沙汰の描写は如何なものかと。どうも海外の作品は印税欲しさなのか知りませんが、話を無駄に長くし過ぎるきらいがありますね。上下巻も国内に比べると非常に多いですし。

まあそんな事はどうでも良いですが、殺人事件の検死や事情聴取などを見る限り、結構よく書けていると思えるだけに、それを御座なりにしてしまっているのは返す返すも残念です。よって、解決編が唐突に出現してしまうように感じられる訳です。真相に関しては最後まで犯人像を読者に掴ませず、よく辛抱して仕上げたとは思います。
色々惜しい作品との印象を受けました。文章は何ら問題なくむしろ達者な方だと感じました。ただ多視点なのとプロットに難がありそうで、個人的にはなんとなくスッキリしませんでした。

No.1394 6点 無気力探偵 面倒な事件、お断り- 楠谷佑 2022/01/06 23:02
高2の霧島智鶴はどんな難題も解決できる天才だが、最大の欠点は究極に無気力なこと。そろそろ進路も考えねばならず、労力を使わず頭脳だけで稼げる仕事はないか?と考える日々。そんな彼のもとに、失敗で現場捜査を外された落ちこぼれ刑事や同級生の揚羽、柚季らが次々と事件を持ち込む。ダイイングメッセージの謎、誘拐、脱出ゲームでの事故などに挑み…?やがて彼の隠された過去が明らかになり―。
『BOOK』データベースより。

全体的に小粒な感は否定できません。それでも読者を飽きさせない様に目先を変え、ダイイングメッセージ、密室、誘拐などをテーマにし、ロジックに特化したフーダニット主体の連作短編集。個人的には第三話(第三章)の『限りなく無意味に近い誘拐』が一番のお気に入り。ちょっと吃驚しました、情けないことに。読む人が読めばすぐに真相は想像が付くかもしれませんけど、私は見事に騙されました。

主人公で探偵役の高校生桐島千鶴はタイトルの様に無気力ではない様に見受けられます。積極的に事件に関わろうとはしませんが、かと言って面倒がって嫌々探偵する訳ではなく、似たようなキャラの裏染天馬よりはやる気があると思います。
若干ラノベ要素も含まれています。しかし、あとがきでクイーンが好きと書いているように、論理で攻めるやや地味目の本格ミステリであるのは間違いないでしょう。決して悪くはないと思います、もっと世間に知れても良いのではないかな。

No.1393 7点 愚者(あほ)が出てくる、城塞(おしろ)が見える- ジャン=パトリック・マンシェット 2022/01/03 22:27
精神を病み入院していたジュリーは、企業家アルトグに雇われ、彼の甥であるペテールの世話係となる。しかし凶悪な4人組のギャングにペテールともども誘拐されてしまう。ふたりはギャングのアジトから命からがら脱出。殺人と破壊の限りを尽くす、逃亡と追跡劇が始まる。
『BOOK』データベースより。

正直、訳者あとがきにあるような、こんなすごい作品がこの世にあったのかというほどの傑作とは思いません。それでも、キャラが立っているのが良いですね。アルトグや悪役達はアクが強く一癖ある連中ばかりで、それをクールに描いているのがいかにも暗黒小説といった雰囲気を醸し出しています。そしてジュリーとペテールの二人は反目し合いながらも、どこか気持ちが通じていると思わせる辺り上手いなと。直截的な描写はなくても行間に滲み出ている感じがします。

何となく読んでしまうと飽き足らない思いがするかも知れませんが、よくよく読んでみるとなかなか良く描かれているし、計算されている作品だと云う気がします。ストーリー自体は至ってシンプルですが、その中にも一捻りしてあり、乾いた暴力や殺戮がぴったりとフィットしています。

No.1392 7点 メルカトル悪人狩り- 麻耶雄嵩 2022/01/01 23:00
悪徳銘探偵メルカトル鮎に持ち込まれた「命を狙われているかもしれない」という有名作家からの調査依頼。“殺人へのカウントダウン”を匂わせるように毎日届く謎のトランプが意味するものとは? 助手の作家、美袋三条との推理が冴えわたる「メルカトル・ナイト」をはじめ、不可解な殺人事件を独自の論理で切り崩す「メルカトル式捜査法」など、驚愕の結末が待ち受ける傑作短篇集!
Amazon内容紹介より。

これは言わばメルカトルファンのための一冊ではないかと思います。彼にしか解決できない事件、彼ならではの推理法、偶然をも必然に変えてしまう銘探偵の宿命などを楽しめばそれで良いのではないかと。確かにメルカトル鮎が見ている世界が我々凡人には見えないのかも知れません、だからと言って本シリーズを突き放してしまうのは、如何にも勿体ない気がします。

個人的に好きなのは想像の斜め上を行く反転が味わえる『メルカトル・ナイト』、シンプルながらよく考えられている上に解り易い『愛護精神』が好きです。『水曜日と金曜日が嫌い』は『7人の名探偵』で既読であったにもかかわらず、初出一覧を見るまで気付かなかった自分の記憶力の無さにつくづく嫌気が差した作品。でも意外と面白かったですよ、残念な事に。こんなのを忘れているとは麻耶ファン失格ですね。
まあしかし、得体の知れない怪人メルカトル鮎の人間らしいところがささやか乍ら見え隠れしている、好編が揃った作品集だと思います。最後の『メルカトル式操作法』はメルの疲れ切った姿が見れてラッキーでしたし。どちらかと言えば読者を選ぶ一冊でしょうが、シリーズ入門編としては格好の短編集ではないでしょうか。しかし、美袋君も並みの人物じゃないなあ。

No.1391 6点 書楼弔堂 炎昼- 京極夏彦 2021/12/30 23:21
明治三十年代初頭。人気のない道を歩きながら考えを巡らせていた女学生の塔子は、道中、松岡と田山と名乗る二人の男と出会う。彼らは幻の書店を探していて―。迷える人々を導く書舗、書楼弔堂。田山花袋、平塚らいてう、乃木希典など、後の世に名を残す人々は、出会った本の中に何を見出すのか?移ろいゆく時代を生きる人々の姿、文化模様を浮かび上がらせる、シリーズ待望の第二弾!
『BOOK』データベースより。

力強い言葉、優しい言葉、そしてそれらを組み合わせ繋ぐ文章の、なんと素晴らしい事か。そこはかとなく漂う香気すら感じさせる筆力は見事の一言に尽きます。並みの作家が書いたならこんな作品にはならなかったと思います。逆に言えばそれだけ内容は人の心の中に踏み込んではいるものの、決して派手なものでは無いという事になります。

前作同様明治の苦悩を抱えた偉人、著名人が次々と風景の中に紛れ込んでうっかりすると見逃してしまいそうな灯台に似た書楼弔堂に訪れ、其処の主人と対峙します。今回の語り手は現実から逃避したい女学生の塔子の連作短編集。遂に明かされる書楼の主人の名前、どこかしら京極堂を彷彿とさせるこの人物の一言一言の重みは恐ろしい程の凄みがあり、ラストの長広舌は正に読み応え十分で、色々考えさせられるものがありました。
点数は6点ですが、気持ちは7点です。私が文学に通じていればもっと評価は高かったかも知れませんね。

No.1390 7点 ブルーローズは眠らない- 市川憂人 2021/12/26 22:49
ジェリーフィッシュ事件後、閑職に回されたフラッグスタッフ署の刑事・マリアと漣。ふたりは不可能と言われた青いバラを同時期に作出したという、テニエル博士とクリーヴランド牧師を捜査することに。ところが両者と面談したのち、施錠されバラの蔓が壁と窓を覆った密室状態の温室の中で、切断された首が見つかり…。『ジェリーフィッシュは凍らない』に続くシリーズ第二弾!  
『BOOK』データベースより。

本作は構成の妙の勝利でしょうね。薔薇の密室の中で発見された首と拘束された被害者の助手。この事件には多分に奇妙な要素があり、非常に惹き付けられる魅力を有しています。その後見つかる他の場所に埋められた首なし死体、謎又謎にトリック云々よりもどうしてこんな事になってしまったのかが気になって仕方ありません。犯人の狙いは一体どこにあるのか、動機は?二人が完成させた青い薔薇はどう関係しているのかなど、頭の中に?が一杯になりそうなところに、またしても新たなる殺人事件が起こり、何が何だか分からないまま読み進める事になりました。それは悪い意味ではなく、パズラーとしての妙味が存分に味わえる訳なのです。

ただ個人的に動機が弱い、と云うか何故そんな事をと思ってしまいました。その意味でやや残念な気持ちはあります。それでもよくこんな事を考え付いたものだと感心することしきりです。新本格を意識したのかも知れませんが、それよりも正統派の本格ミステリと呼んだ方が適当だと思います。うーん、でも真相は正統派とは呼べないですかね、相当ぶっ飛んでますから。

No.1389 5点 麻雀幻想曲 ルーンの秘宝- 逢瀬藍 2021/12/23 22:55
突然の侵攻に王国を追われた、オルトリープ姫と騎士クリス。わがまま勝手なお姫さまの行動に右往左往しながらも、ルーンの秘宝と理想郷を求める苦難の旅がはじまった。迫りくる敵軍とのバトル・モードは魔法マージャン。勝てば極楽、負ければ凌辱!!妖しくエッチたっぷりな冒険ステージをこなし、新しい仲間を加えながら、一行はまぼろしの都をめざす。愛と勇気と官能にいろどられたエンタテインメント小説の超傑作、ここに完成。
『BOOK』データベースより。

偉そうなタイトルから、志村裕次原作の麻雀劇画の様なファンタジー要素を含んだ娯楽作かと勝手に想像していたら、全然違いました。ストーリーは上記にある通り。しかしそれは有って無い様なもので、言ってみれば最早ライトな官能小説の如き代物であります。
旅の途中で出会った敵と何故か麻雀バトルをして、その度に仲間が増え秘宝を求めて更なる旅を続けるのですが、ほぼその相手が美女で勝負の後にお約束の折檻が待っているというワンパターン。その描写がエロ過ぎて苦手な人、特に女性は放り投げたくなるかもしれません。

肝心の闘牌シーンはショボいので、全く期待できません。和了までの経緯さえ描かれず、いきなり「ロン」で終わり、役名さえ明かされなかったりします。ただ相手のクセや性格を捨て牌から読んで和了るのみ。これは到底納得いきません。
一々挟まれるイラストは、『エヴァンゲリヲン』の惣流・アスカ・ラングレーをちょっと下手にしたようなお顔ばかりでありますが、興奮を煽ります。まあ、何も考えずにいやらしい妄想を膨らませながら読むしかないですね。

No.1388 6点 パイルドライバー- 長崎尚志 2021/12/22 22:57
神奈川県の閑静な住宅街で起きた一家惨殺事件。奇しくも、15年前に同様の未解決事件があった。イマドキの刑事・中戸川俊介が現場に向かうと、長身痩躯の老年の男が現れた。彼―久井重吾は現役時代に“パイルドライバー”の異名を持つ伝説の元刑事で、15年前の事件を捜査していた。アドバイザーとなった久井と共に俊介は捜査を開始するが、直後、新たな殺人が…。同一犯の犯行なのか?予測不能の新警察ミステリー!
『BOOK』データベースより。

かなり複雑な構造になっているし、警察関係者が多すぎて消化不良気味でした。久井と中戸川の二人の主人公はともかく、それ以外は布勢が辛うじて目立つくらいで他は没個性で誰が誰だか分からない感じでしたね。序盤は15年前の未解決事件とその摸倣犯罪に見られる事件でとても興味を惹かれ、物語に入り込むことが出来ましたが、中盤ややダレて私の望んでいない方向へ向かっているようで、危惧を感じました。しかし、ラストで真相が語られる件に関しては予想外の展開に驚きを隠せませんでしたね。

全般的に惹きつけられる面と退屈な面を持ち合わせており、何とも微妙な読後感となりました。結局最初から最後まで久井の人間性や個性で引っ張っている印象で、彼が居なければこの警察小説の魅力が半減したのは間違いないと思います。
後から考えると、事件そのものよりもその背後関係に重きを置いている感じもありました。それともう少し読者を混乱させないように斟酌するような配慮が欲しかったとも思います。もう一つ言えば、タイトルで損をしている気はします。どうしてもプロレスの関連する話かと思われてしまいそうで。

No.1387 7点 超老伝 カポエラをする人- 中島らも 2021/12/19 23:26
わしが菅原法斎じゃ。かれこれ十六年前に発狂してから、この道ひとすじでキメておる。趣味はカポエラじゃ。今のところまだ負けたことはない。なにせ珍しい格闘技なので誰もやっとらんのだよ。こんど、うちに住み込んでおる世界一の大男ミゲールにかわって「格闘技世界一決定戦」に出場することにしたんで、せいぜい大暴れしようと思っとる。待っとれよ、宿敵ダラ・シン。―類稀なる傑作瘋癲老人奮戦記。
『BOOK』データベースより。

楽しい、面白い、笑える、痛快、為になる小説を読みたい人にお薦め。菅原法斎78歳はブラジル発祥の格闘技カポエラの達人で、自ら瘋癲と名乗る老人です。しかし、読めば分かりますが、作中にあるような○気では全然なく、普通の矍鑠とした爺さんで、やたら強くなかなかの論客です。ただ、時々変な言葉を口走ったり何か勘違いしているところがあるくらいですよ。
物語はこの老人を打ちのめしてやろうとする、様々な敵と対決していくものです。もっと派手なバトル系の話かと思っていたら、色々趣向を変えて誰でも説得してしまう相手やオカルト詐欺親父らとの対戦を繰り広げます。

そして最強の敵プロレスラー、タイガー・バーム・シンの長兄で身長2メートル越えのカラリパヤットの達人が現れ、その後格闘技世界一決定戦が開催されることに。果たして歴戦の勇者達が居並ぶ戦いで法斎を師事するミーゲルはシンに勝つことが出来るのか。
結末は書きませんが、個人的には非常に微妙でしたね。ここでもう少しカタルシスが得られれば、8点でも良かったかなと思う位の素晴らしい作品でした。流石らも、こんなんも書いていたのね。

No.1386 7点 小説スパイラル 推理の絆4 幸福の終わり、終わりの幸福- 城平京 2021/12/17 23:05
小日向くるみは鳴海清隆との推理対決に勝てずじまい。そこに羽丘まどかや清隆の弟・歩の想いもからまり、新たな事件へ!折り紙と競馬による鉄壁のアリバイを崩しにかかるくるみだが、思いもよらない難題にぶつかり、歩のサポートを得ることに…。歩の推理は?くるみの勝敗は?そして清隆が最後にみせる切り札とは?ガンガンNET掲載の前哨戦二編も収録し、「スパイラル」外伝、ここに完結。
『BOOK』データベースより。

短編二作、特に『近況報告』は頭部四肢を切断された死体の胃の中から電話番号が書かれた紙片が発見されるという、なかなかの謎めいた滑り出しですが、意外とあっさり解決してしまう、ちょっと残念な作品です。もう少し引っ張ってもいいのにと思わないでもありません。

そして外伝最後の作品は三人の探偵が激突する魅惑的な内容。警視庁捜査一課の名探偵と言われる鳴海清隆、鳴海の弟で本編で探偵役として活躍してきた歩12歳、清隆と婚約するように祖父からゴリ押しされて、それに必死に抵抗して推理合戦に勝とうと躍起な16歳のお嬢様くるみ。果たして彼らの勝負の行方とは?というとても楽しみな謎解き合戦が繰り広げられます。
シリーズの終幕としては、アリバイ崩しをロジックで攻めまくるというちょっと地味な展開ではありますが、それなりに読み応えはあります。要するに手品の種明かし的な印象で、やや拍子抜けの感は否めませんが、意外な盲点を突いてきてなるほどと納得。
三人の対決は結局誰が最も優れていたのかとの命題よりも、それぞれの個性を発揮して丁度良い具合に収束させて、これで良かったんだなと思える結末ではありました。

No.1385 8点 死にたい夜にかぎって- 爪切男 2021/12/15 23:33
「君の笑った顔、虫の裏側に似てるよね。カナブンとかの裏側みたい」―憧れのクラスメイトに指摘された少年は、その日を境にうまく笑えなくなった。“悲劇のようで喜劇な人生”を切なくもユーモア溢れる筆致で綴る作家・爪切男のデビュー作。出会い系サイトに生きる車椅子の女、カルト宗教を信仰する女、新宿で唾を売る女etc.幼くして母に捨てられた少年は、さまざまな女性たちとの出会いを通じ、少しずつ笑顔を取り戻していく。
『BOOK』データベースより。

すみません、ミステリではありません。しかし女はいつの時代もミステリーという事でお許し願いたい。尚これに対して異議申し立てのある方は、掲示板にてお願いします。

さて本作はリビドーと下ネタ満載の、恋愛小説の問題作です。ですが、エロくはありません。それでも生々しいのが何とも言えない魅力です。どうやら私小説らしいのですが、完全なノンフィクションではないと思います。これが実際の起こったとしたら余りにも波乱万丈過ぎますからね。ちなみに堀ちえみ、神谷沙織、岩崎恭子、松任谷由実、ポール・マッカートニー、江戸川乱歩、本田美奈子、大仁田厚ら多彩な顔触れの名前が出てきます。一体どのような描写が成されているのかは、ここでは書けません。更に、本サイトで必ず禁止ワードであろう単語も平然と現れます。

まあそれにしても、主人公の「私」(最後まで名前が公表されていません)は、冴えない男の様であって、女心だけは分かっているイケてる奴です。格好良くなくても女心が理解できる男はモテますからね。出会いと別れを繰り返す主人公には共感出来なくても、気持ちは痛いほど分かります。又、所々で心に突き刺さるフレーズが出てきたりして、凄まじい筆力を備えた人だと思いました。サッと読んでしまえば案外こんなものかとなるかも知れませんが、おそらく二回読めばその良さが分かると思います。正直、中身が濃すぎていまだに自分の中で消化し切れていない部分がある気がしています。その分何度も読み返せて、その度にクスッと笑えて切なくなる作品ではないかと感じます。

No.1384 7点 恐怖の誕生パーティー- ウィリアム・カッツ 2021/12/13 23:01
前半、サマンサが夫のマーティが何者かを探る段階を踏みすぎていて、やや長すぎるきらいがあるのと、それと並行して語られる警察が毎年12月5日に鳶色の髪の女を殺すシリアルキラーの捜査の描写が淡白でアンバランスな気がしました。それ以外は申し分のないサスペンスフルな傑作だと思います。特にサマンサの心理描写はよく書けており、一人で夫の正体を見極めようと奮闘する姿は痛々しい程でした。

そしてやはりエピローグが良いです。ネタバレになりそうなので詳しくは書けませんが、私は開いた口が塞がらない状態でしたね。勿論、そこに至るまでの徐々に盛り上げていく文章力と構成の上手さも読みどころではあると思います。
その後どうなったか知りませんが、あの傑作『ジョーズ』の二人の名プロデューサー、ザナックとブラウンが映画化権を買ったとの事なので、作品の出来は推して知るべしでしょう。

No.1383 5点 狂乱家族日記 伍さつめ- 日日日 2021/12/10 22:59
不可思議な結末を迎えた「半獣化事件」は、超常現象対策局局長となった平塚雷蝶の謎めいた言葉「来るべき災厄」と共に、凰火の危機感を否が応にも高めたのだが、そんな凰火の不安など毛ほども気にせず、凶華様は、能天気に「動物園に行きたいのだが」と宣うのだった。しかし、動物園で久々の休日を楽しむ乱崎家が帝架の同胞マダラと出会ったとき、すでに次なる危機は目前に迫っていたのだ―。馬鹿馬鹿しくも温かい愛と絆と狂乱の物語ついに佳境に突入。
『BOOK』データベースより。

今回は乱崎家の一員である百獣の王帝架とその幼馴染みであり、動物園で飼育されているライオンのマダラの物語を中心とした、小ネタ集的作品です。そしてあとがきにもあるように、前後編の前編という立ち位置となっています。ですので、後半敵か味方か分からない平塚雷蝶や死んだと思われていたDr.ゲボックが登場してさあこれからというところで終わっていて、次巻に期待させはするものの、本書としてはこの程度の評価にならざるを得ません。

ラノベとしてのぶっ飛び具合は相変わらずですが、家族愛という点に於いてこれまでよりも描かれていない為、全体の印象としては今一歩と感じてしまいます。しかし、次に繋げるための序奏としては盛り上がりに若干欠けるけれど、その役割を十分果たしているのではないかと思います。

No.1382 5点 雪花嫁の殺人- 阿井渉介 2021/12/08 23:02
底知れぬ哀しみを抱く白無垢姿の殺人者
警察をも牛耳る政界の黒幕、壬生一族が次々と無残に殺されてゆく。

警察をも牛耳る政界の黒幕、壬生興之介。その息子で乱行を重ねる道安が殺された。雪の凶行現場には白無垢姿の「花嫁」がいた!私兵を用いて報復を図る興之介を嘲(あざけ)るように起こる第2、第3の犯行。美しき殺人者の向こうに浮かびあがる、6年前の悲惨な出来事とは?警視庁捜査一課シリーズ、渾身の第3弾。
Amazon内容紹介より。

可もなく不可もなくと云った感じですかね。足跡のない雪密室や、雪に足跡だけ残して去って行く影など魅力的な謎がてんこ盛りです。果たしてとんでもないトリックが待っているのか、それとも肩透かしを喰らうのか、微妙な心持で読み進めました。結局、第一の事件は×××だからアウトだし、他の不可能犯罪やアリバイトリックもショボいもので、やはりなと諦観の気持ちが強かったですね。正直、不可能性よりも不可解さが先立ってしまって、所詮大トリックなど期待できないだろうとどこかで思っていた部分があるせいでしょうね。

まあしかし、酒と博打大好きな刑事菱谷が魅力的だし、何より堀と菱谷の娘葉子の恋の行方が気になって気になって。個人的にはそちらの方が何だか読みどころみたいな感触でした。解説を読むと列車シリーズのスケールの大きな不可能犯罪のトリックが是非とも知りたくなりました。でも読まないかも知れませんけど。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1901件
採点の多い作家(TOP10)
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アンソロジー(出版社編)(29)
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