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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1901件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1481 6点 貞子vs伽椰子- 黒史郎 2022/08/10 22:45
ホラー映画の主演を依頼された劇団員の恵子。しかし、監督が不審死、恵子は居合わせたフリーライター・小堺と共に、現場にあった「呪いのビデオ」を観てしまう。2人は貞子に呪い殺される前に、入れば伽椰子に捕まり二度と戻れなくなるという「呑む家」への侵入を決意。呪いの相殺を狙い、その顛末を映像に記録することに。撮影班が次々と姿を消していく中、ついに貞子と伽椰子が姿を現わし…。ホラーの歴史を変える最恐対決!
『BOOK』データベースより。

映画は観ていません。『呪怨』も観ていませんので伽椰子の存在がどんなものかも知りません。どうやら本作は映画の完全なノベライズではなく、オリジナルらしいです。それならばもう少し物語の細部に膨らみを持たせても良かったのではないかと感じました。導入部や霊能者の登場などは面白く読めましたが、主人公の恵子の恐怖感があまり伝わってきませんし、ライターの小堺などは自身の危機を面白がってさえいるのに、絵空事じみた感覚を覚えました。

それでも貞子と伽椰子を対決させるというアイディアは、勿論映画ありきではありますが、面白いと思います。
怖さはほとんど感じません。それよりもワクワクの方が勝ち、終結に向かって期待が高まっていく手法は流石に堂に入ったものがあります。興味本位でしか読めませんが、それで十分だと思います。軽くサクッと読んでしまっても、後腐れがないのが良いです。

No.1480 6点 茨姫はたたかう- 近藤史恵 2022/08/09 23:06
書店員の久住梨花子はストーカーの影に怯えていた。ひとり暮らしのアパートの郵便受けが荒らされ不気味な手紙が投函されたのだ。仕事でもトラブルが起きたある日、腰に激痛が走り動けなくなってしまう。運び込まれた接骨院での“身体の声を聞く”整体師・合田力の施術をきっかけに、梨花子は臆病な自分と向き合うようになる。迷える背中をそっと押す、整体ミステリーの傑作!
『BOOK』データベースより。

近藤史恵はデビュー作である『凍える島』を刊行当時に読んで、あまりピンと来なかったのでこれまで興味が持てなかった作家です。たまたま古本で本書を見つけて、高評価を得ているのを確認して読んでみる事に。これは期待以上に面白かったと言っても良いでしょう。文章の読み易さ、各キャラの個性の立て方、料理をしたり食したりするシーンの味わい深さ、どれを取っても一級品だと思います。

物語は二つの全く異なるストーリーが並行して進行します。これがなかなか一つに合流せず、先が読めません。しかし、双方とも男女の心の揺れを見事に表現し、時に残酷とも思える描写があってハッとさせられたりもし、目が離せません。まさかこれがシリーズ物と思わず読んでしまいましたが、全然違和感はありませんでした。総合的に見て7点くらいの出来かとも思いましたが、何となく低刺激な感触がしたのとミステリとして弱かったので敢えてこの点数にしました。でも読む人が読めば高得点は間違いないでしょうね。
調べてみて驚いたのは作者の知名度と人気、そんな偉い先生とは思っていませんでした、正直。

No.1479 6点 爆撃聖徳太子- 町井登志夫 2022/08/07 22:49
隣国を次々に従え、世界帝国への道をひた走る隋帝国。その矛先は琉球、そして朝鮮半島へと向けられた。倭国に攻めてくるのも時間の問題……。この危機に敢然と立ち向かったのが、厩戸皇子、のちの聖徳太子である。
遣隋使となった小野妹子をはじめ、周囲の人びとを巻き込んだ聖徳太子の戦いの行く末は!?
「なぜ隋の煬帝を怒らせる国書を送ったのか」「“聡耳"と言われた理由」「その後半生に政治的空白期があるのはなぜか」「黒駒伝説の真実とは」――聖徳太子をめぐる数々の謎を解き明かしながら、東アジアを舞台に壮大なスケールで描かれる、衝撃の古代史小説。
Amazon内容紹介より。

面白いんだけど、タイトルに偽りありですかね。厩戸皇子(聖徳太子)は神出鬼没でたまに出現しては「うるさい、うるさい」と言いながらすぐにどこかへ行ってしまい、ほぼ主役は小野妹子です。終盤にやっと活躍しますが、人間的にあまり好きにはなれません、それより生真面目な小野妹子の方に感情移入し易いかと。十人の話を一度に聞いていたと伝説的に言われているその謎に一応の解を見出していたりはしますが。

思った以上に隋との戦闘シーンが多く、そこには必ず小野妹子の姿があり、舞台は琉球であり高句麗であったりします。なるほど当時の戦いはこんな感じだったんだろうか、などと想像を巡らせて感心しました。それ程迫力はありませんが、戦略的に見てなかなか面白いと思います。ラストの黒駒伝説の新説には唖然とさせられる事必至。

No.1478 7点 炎舞館の殺人- 月原渉 2022/08/03 22:26
欠落を抱える者たちが陶芸で身を立てる山奥の函型の館。師匠が行方不明となり、弟子たちの間で後継者をめぐる確執が生じる。諍いが決定的になったとき、窯のなかでばらばら死体が発見された。奇怪なことに、なぜか胴体だけが持ち去られていた。炎の完全犯罪は何を必要とし、何を消したのか。過去の猟奇事件と残酷な宿命が絡み、美しく哀しい「罪と罰」が残される――。
ラストの1行に慟哭が響く。「このように生きるしかなかった者たち」への著者の深い共感が、全編をつらぬく本格ミステリー。
Amazon内容紹介より。

陰惨な事件が続くこの作品、『首無館の殺人』でも書きましたが、もう少しそれらしい雰囲気が欲しかった気がします。シリーズ第一作にあった明治の時代背景なども全くありませんし。しかし、身体に欠損のある弟子たちの特性を生かした連続殺人事件のからくりは見事の一言に尽きると思います。密室とかはオマケなので、それをどうこう言うのは筋違いではないかと、個人的に感じます。

好みは分かれるでしょうが、こうした異形の特色の強いミステリが私の嗜好にはピッタリ合うせいか、つい高得点を付けてしまいがちです。身体の欠損が決して単なるこけおどしでないことは、読んでいただければ分かると思います。もっと大作に仕上げる事も出来たはずですが、それを敢えてコンパクトに纏めたのはシリーズ他作品を意識しての事でしょうかね。これだけの内容であれば海外の作家なら軽く400頁超えを書いたことでしょう。

No.1477 6点 ウルトラQ dark fantasy- アンソロジー(出版社編) 2022/08/01 22:53
憧れのマイホームを手に入れた主婦・加代子だったが、街のいたるところに書かれた“らくがき”に悩まされていた。消しても消しても翌日には再び現れる奇妙ならくがきは、いつしか加代子の家の中にまで現れて―「らくがき」。ほか、異星人との不思議な交流を描く「ウニトローダの恩返し」、失踪した人間たちの行き着く先は?「楽園行き」、連続変死事件の鍵を握る黒頭巾の男の目的とは!?「送り火」。あなたをアンバランスな世界へ導く4つの物語。大人気ドラマが完全ノベライズで登場。
『BOOK』データベースより。

2004年4月からテレビ東京で放映された作品の中から2話、6話、8話、10話の四篇をチョイスしてラベノイズ化された短編集。脚本、監督、作家が全て違うので、テイストの違う作品が味わえます。SF、ホラー、ファンタジーの要素が入り混じったものばかりで、ジャンル分類不可です。担当作家が皆ラノベ出身者ばかりで、ややクセ強めの文体が特徴ではあると思います。

個人的ベストは『らくがき』ですね。テンポよく話が進み、先が読めません。目まぐるしい展開にワクワクさせられ、突如驚愕に襲われます。オチもなかなか気が効いていると思いますね。他の作品も総じて面白く、心に残るものばかりです。最後の太田愛が脚本を書いた『送り火』が一番ウルトラQらしくないなと感じました。これは普通のファンタジーですね。ドラマの脚本を描き慣れているだけに、逆にそれが災いした気がします。

No.1476 7点 新本格ミステリを識るための100冊 令和のためのミステリブックガイド- 事典・ガイド 2022/07/30 23:14
本格ミステリの復興探究運動ーー<新本格ミステリ>ムーブメントは、戦後日本における最長・最大の文学運動です。綺羅星の如き才能と作品群を輩出してきたその輝きは、令和に突入した今に至る本格ミステリシーンにまで影響を及ぼし続けています。本書では、<新本格>の嚆矢である綾辻行人『十角館の殺人』が刊行された1987年から2020年内までに刊行された日本の本格ミステリ作品より、その潮流を辿るべく100の傑作を厳選しご案内。さらにその100冊のみならず、本格ミステリ世界へ深く誘う<併読のススメ>も加え、総計200作品以上のミステリ作品をご紹介します。さあ、この冒険の書を手に、目眩く謎と論理が渦巻く本格ミステリ世界を探索しましょう!
Amazon内容紹介より。

評論家佳多山大地が選ぶ、広義の「新本格」ミステリ100選。『十角館の殺人』から始まるムーブメントが現在まで続いているとの持論を持って、様々なジャンルから100冊を厳選?しています。が、やはり幅が広く、例えば辻真先や皆川博子の作品や完全なホラーである『フェノメノ』なども含まれている為、本格ミステリのガイドとしてはややずれが生じていると思われます。
ついでに併読のお薦め本も紹介されているので、かなりの量が掲載されています。勿論海外作品もそこに含まれます。まあこちらは古典が多いですけど。

ただ、ポイントが高いと感じたのは『占星術殺人事件』『匣の中の失楽』『ハサミ男』の小論文が挿入されている事。これはなかなかの見ものだと思います。それぞれの本質を衝いた論説であり、成程確かにと頷かされる事しきりでした。当然ながら、大々的にネタバレしていますのでこれらの作品を未読の方はご注意下さい。ミステリマニアであるなら勿論読んでいると思いますがが。
ちなみに100冊中66冊が既読でした、まあこんなもんでしょう。

No.1475 8点 #真相をお話しします- 結城真一郎 2022/07/28 22:33
家庭教師の派遣サービス業に従事する大学生が、とある家族の異変に気がついて……(「惨者面談」)。不妊に悩む夫婦がようやく授かった我が子。しかしそこへ「あなたの精子提供によって生まれた子供です」と名乗る別の〈娘〉が現れたことから予想外の真実が明らかになる(「パンドラ」)。子供が4人しかいない島で、僕らはiPhoneを手に入れ「ゆーちゅーばー」になることにした。でも、ある事件を境に島のひとびとがやけによそよそしくなっていって……(「#拡散希望」)など、昨年「#拡散希望」が第74回日本推理作家協会賞を受賞。そして今年、第22回本格ミステリ大賞にノミネートされるなど、いま話題沸騰中の著者による、現代日本の〈いま〉とミステリの技巧が見事に融合した珠玉の5篇を収録。
Amazon内容紹介より。

Amazonで品切れと入荷を繰り返しながらも、ここのところミステリ小説部門でベストセラー1位を続けている本作。なかなか古書でも定価で入手するのが困難な状況の中、隙を突きどさくさに紛れて定価でゲットした新品。読むなら今しかないでしょと早速読んでみる。
面白い、面白過ぎる。
普通の本格ミステリ、イヤミス、サスペンスと思って読むとどこか違和感を覚えます。何かが違う、これまでにない新しい小説のような気もしてきます。

ストーリー自体は違和感を覚えるものの比較的真っ当に思えますが、真相が明らかになるまで読まされていたものは実は事件の裏から見たものだったみたいな感覚です。それが引っ繰り返り、表の姿を現すと云う物語がほとんどです。それを俗に言うどんでん返しであるとするならば、本作品集はその見本の様なものと言えます。『パンドラ』だけはやや読後がモヤモヤするものの、他は見事にやられました。意外過ぎる動機であったり、世界が反転する瞬間を目の当たりにするのが快感に変わります。テクニカルな傑作だと思います。

No.1474 7点 蒼海館の殺人- 阿津川辰海 2022/07/27 22:45
学校に来なくなった「名探偵」の葛城に会うため、僕はY村の青海館を訪れた。
政治家の父と学者の母、弁護士にモデル。
名士ばかりの葛城の家族に明るく歓待され夜を迎えるが、
激しい雨が降り続くなか、連続殺人の幕が上がる。
刻々とせまる洪水、増える死体、過去に囚われたままの名探偵、それでも――夜は明ける。
新鋭の最高到達地点はここに、精美にして極上の本格ミステリ。
Amazon内容紹介より。

長いがそれに見合っただけの中身であると思います。無駄な描写は微塵もなく、起こった事象に関してはまるで精密機械の様に組み立てられています。まあ良くもこれだけの物語を考え付くものだと感心しました。しかし、それは飽くまで話の中で語られた事柄に対してのものであり、果たして犯人の思惑通りこれ程に都合よく事が運ぶものかとの懸念は感じました。やや偶然が過ぎるのではないかと思わずにはいられません。

ですから本来8点を付けても問題なかったのですが、若干の瑕疵がマイナス点となりました。
それでも、自然現象まで計算に入れての用意周到な犯罪には頭が下がる思いです。これまでのクローズドサークルとは一味違います。途中、探偵助手の私が地の文で突然何を言い出すのかと驚きもしました、それも犯人の掌で踊らされたいたとは、何という事でしょう。意外性もあります。概して玄人好みの逸品だと思います。

No.1473 6点 もはや僕は人間じゃない- 爪切男 2022/07/23 22:55
手痛い失恋、家族との確執、そして自らに起きた性の揺らぎを抱えながら、人生の暗黒期を過ごしていた著者。孤独の中から救い出してくれたのは、パチンコ中毒のお坊さんと、「トリケラ」という源氏名のオカマバー店員だった。誰が一番エロい仏像を見つけられるか競争したり、連絡が取れなくなった知人のLINEに天丼のスタンプを100個送ったり、知らない子どもの剣道の試合で号泣したりしながら、辛い過去を笑い話に変えていく日々。
『死にたい夜にかぎって』から1年。人生のどん底を「なんとなく」乗り越え、夢を叶えるまでを描いた実話。
Amazon内容紹介より。

一応エッセイに分類されている様ですが、完全な実話とは思えないのでジャンルはその他にしました。爪切男はこんな色んな経験を本当にしているのだろうか、と云う疑問は誰しもが持つところだと思います。それ程悲惨でありつつもドラマティックな人生を送る作者に乾杯。
簡単に言えば、オカマと坊主と親父、そして主人公の私的な内容です。押し付けがましくなく、さり気なく生きる上での教訓を与えようとする姿勢が垣間見られます。それも飽くまでナチュラルな、経験に基づく作者一個人としての真摯な想いであり、却って真に迫るものがある気がします。

しかし、これを誰かに薦めたらまず引かれるでしょう。
例えて言えば3年C組青春高校公式YouTubeチャンネルの『店長さん、私とグラビア語りませんか?#3』みたいな感じです。現役アイドルの頓知気(とんちき)さきなが80年代のグラビアを語るんですが、そこそこ可愛い女子がそんな大胆な事を口にしてしまうのか、というギャップ萌えの落差が凄いです。このコンテンツの中では断トツの再生回数を誇っていますので、興味のある方は検索してください(笑)。

No.1472 5点 B/W 完全犯罪研究会- 清涼院流水 2022/07/22 23:04
3年連続でそれぞれ異なる殺人鬼に生命を狙われ「日本の犯罪史上もっとも有名な被害者」となった天見仄香は、現在、警視庁の犯罪被害者支援室に勤務している。未解決事件の再捜査の必要性を市民代表が審議する試験制度に参加し、自らの運命を揺さぶる「疑惑の少年」真壁巧と出会う仄香。真壁の周囲では、これまで両親や同級生など221件もの人間消失事件が起きていた。真壁巧は、はたしてクロかシロか?そして、仄香に迫る4度めの危機―。神の死を叫んだ哲学者が、現代社会に巨大な幻影を落とす。 
『BOOK』データベースより。

三回の集団失踪事件と三年連続首なし死体事件を中心に進む物語は、それなりに面白く最終章までは楽しめました。ところが最後でやってくれました。『コズミック』で悪い意味で騙されたと思った人にとっては、本作は間違いなく壁本でしょう。
かく言う私も読後は詐欺に遭った様な腹立たしさしか残りませんでした。しかし、よく考えればこの様な突拍子もない事件に、合理的な解決が得られる筈もなく、まあ仕方ないかと言う諦めの境地に至りました。

相変わらずですねえ、清涼院流水。そこまでやるかと云うほどの大風呂敷を広げておいて、結末を有耶無耶に濁す。これが普通の作家がやったらおそらく本にはなっていなかったと思います。結局期待した私が馬鹿だったんですね。本選びはなかなかに難しいものです、読む本読む本面白ければ苦労しませんやね。

No.1471 7点 名探偵のはらわた- 白井智之 2022/07/21 23:08
稀代の毒殺魔も、三十人殺しも。名探偵vs.歴史的殺人犯の宴、開幕。推理の果ては、生か死か――。悪夢が甦る――。日本犯罪史に残る最凶殺人鬼たちが、また殺戮を繰り返し始めたら。新たな悲劇を止められるのはそう、名探偵だけ! 善悪を超越した推理の力を武器に、「七人の鬼」の正体を暴き、世界から滅ぼすべし! 美しい奇想と端正な論理そして破格の感動。覚醒した鬼才が贈る、豪華絢爛な三重奏。このカタルシスは癖になる!
『BOOK』データベースより。

いつものグロさがほとんどないのでどうも物足りなさを感じてしまいます。とは言え、構成そのものはかなりヘヴィー級ではあります。昭和の実際に起こった殺人事件の犯人の魂が乗り移り、過去と同じ事件を繰り返し、それに呼応するようにかつての名探偵であった古城倫道が蘇り、鬼畜達と対決していくというのが本筋。そして探偵の下僕である亘も助手として活躍しています。

問題は最初の事件で、これが又登場人物多目で相当入り組んでおり、ここをしっかり理解していないと十分に楽しめないと云う事になりかねません。最後の『津ヶ山事件』は津山三十人殺し事件の経緯を克明に著しており、この有名な事件に興味のある方はその再現度に頷かれる事と思います。
個人的には阿部定事件を準えた『八重定事件』が最もらしい作品として、好感が持てました。アリバイトリックが秀逸で、そこまでしなくてもと思いながらも、いつもの安定感と隣り合わせの危険度が最高潮に達した感がありました。

しかし残念ながら最初に「記録」として挙げられた七つの事件の全ての犯人を成敗している訳ではなかったのが心残りです。それと個人的には浦野の活躍がもっと読みたかったなと言うのが正直なところです。

No.1470 8点 神薙虚無最後の事件- 紺野天龍 2022/07/18 22:45
活殺自在に読者を手玉にとるミステリセンス ーー辻 真先
多重推理の果てに現れる新たな景色 ーー麻耶雄嵩
虚構であろうと虚無ではなく。虚無ではなく。ただ、万雷の喝采を ーー奈須きのこ
読み進めるうち、この謎に本気で挑戦せずにはいられなかった ーー今村昌弘
論理遊戯【パズラー】生まれ、戯言拳闘【メフィスト】育ち。擦り切れ方を忘れかけた、ぼくらのための物語 ーー青崎有吾
名探偵の信念と贅沢な趣向。これは、懐かしくも幸福な玩具【おもちゃ】箱だ ーー阿津川辰海
何と技巧と細工に満ちたデラックスな探偵小説世界か ーー城平京
粗削りながら燦然と輝きを放つ才能の原石。瑞々しく魅力的な多重解決ミステリをご堪能あれ ――知念実希人
Amazon内容紹介より。

ハードルを思い切り高くして読み始めたところ、意外にも軽いタッチにやや拍子抜けしました。全てに於いて予定調和的で、大時代的な面もあり、どこかで読んだような既視感と余りに型に嵌ったそのスタイルに鼻白む私でした。作中作は全てが掲載されている訳ではなく肝心なところだけ抜粋されていますが、推理を展開させるに十分な手掛かりが揃っています。しかし、これも又密室とは言え地味な事件であまり魅力的な物とは言えませんでした。

ところが解決編、つまり多重推理の件に入って一気にヒートアップします。これですよ、これ。これを待っていたんです。随所に新本格を彷彿とさせるトリックや趣向なども盛り込まれ、大技小技を駆使して各々の推理がそれなりに説得力を持って解決を見ます。中にはそれはかなり無理があるだろうとツッコミを入れたくなる部分もあります、その辺りに粗さが隠しきれないことは確かです。それでもこのジャンルに於いて優れた作品の登場であることだけは間違いないと思います。

それにしても来栖さん可愛すぎ。その、時にさり気なく、時にあからさまな瀬々良木君への密かな想いに気付かない彼の鈍感さはお約束なのか?
まあそれはそれとして、是非シリーズ化を希望します。そして今年の各種ランキングへの上位喰い込みを願っています。

尚、鋼鉄番長の件は城平京の『小説スパイラル 推理の絆2』を読めば本作との共通点が分かります。多重推理だけではない事にも気づくでしょう。因みにどちらを先に読んでも問題ありません。

No.1469 6点 狂乱家族日記 九さつめ- 日日日 2022/07/15 22:44
『来るべき災厄』で力を使い果たし、赤ん坊となった月香。しかしこの赤ちゃん、お腹が減っては泣いて電撃、おむつが濡れては泣いて電撃、と凶華も凰火も子育てなのに命懸け。父はいても乳はでない狂乱家族、さすがにお手上げ状態!?そんな中、優歌に異変が…。そして、月香の成長と交互に語られる、すべての始まり、千年前の「家族」の真実の物語とは―。待望の「閻禍伝説編」ついに開幕。まだまだ続く、馬鹿馬鹿しくも温かい愛と絆と狂乱の物語。 
『BOOK』データベースより。

今回は月香の成長日記的な、前作までの大騒動とは真逆なほのぼの系の物語。久しぶりに家族が一致団結する本シリーズらしい話です。特に優歌以外の家族がそれぞれこれまで登場した知己たちに助けを求めて、行方不明となった優歌を探して奔走するくだりはとても私好みで面白く読めました。一方で物語の根幹となる閻禍の若き日のエピソードが描かれており、こちらも興味深いものがありました。

シリーズとしては作者の言う通り新章に突入した感はあります。私としては第二部かなと思っていましたが、第三部、起承転結で言うところの転の始まりらしいです。つまり、ミステリで言うと伏線を回収し推理する段階に入ったそうです。でも結局こんなんで良いんですよね。優歌と月香のいがみ合いを家族がオロオロしたり結束したりしてワイワイやっている感じがいかにもな雰囲気で、仮初であっても家族って良いもんだなと思わせます。

No.1468 7点 精神分析殺人事件- 森村誠一 2022/07/13 22:45
魚住と山下の両刑事は小学校教師の中原みどり殺害事件の聞込み捜査で、被害者の元同僚だった井川英一を訪ねた帰り、バッタやキリギリスの羽や首をバラバラにして、穴に葬っている児童に出会った。二人を送ってきた心理学の講師である井川は、その児童は殺されたみどりの勤めていた小学校の生徒だと教えた。そして彼は一見無意味に思える行動にも精神的原因があり、この子にも精神的葛藤がある筈だという。その話を聞いた魚住はミドリ色の虫と中原みどりという共通項に気づき、二人の関係を調べることにした…。
『BOOK』データベースより。

容疑者、犯人、目撃者の深層心理から事件にアプローチし、真相を暴いていく連作短編集。流石に素晴らしい文章力で、全てに於いて過不足なく描かれているのに好感が持てます。プロットもよく練られており、又エッジの効いたストーリー展開は目を瞠るものがあります。トリック重視の作品ではありませんが、その代わり人間の奥底に眠る性(さが)に迫る、様々な方向からの心理学で事件と対峙します。

今から50年以上前に書かれたとは思えない瑞々しい短編ばかりで、全てが佳作に近い出来栄えだと思います。意外性も備えていて、一寸した反転も味わえます。

No.1467 3点 妖精作戦- 笹本祐一 2022/07/11 22:55
夏休みの最後の夜、オールナイト映画をハシゴした高校二年の榊は、早朝の新宿駅で一人の少女に出会う。小牧ノブ―この日、彼の高校へ転校してきた同学年の女子であり、超国家組織に追われる並外れた超能力の持ち主だった。彼女を守るべく雇われた私立探偵の奮闘むなしくさらわれてしまうが、友人たちは後を追い横須賀港に停泊する巨大原潜に侵入する。歴史を変えた4部作開幕。
『BOOK』データベースより。

元祖ラノベという事で、Amazonの評が割れているのにやや不安を覚え乍ら読んでみると、久しぶりにハズレに出くわしました。初版の朝日ソノラマ文庫が出版されたのが1984年、今では古臭さがどうしても拭い切れません。それ以前に最も重要な要素であるキャラが立っていません。これは心理描写がほぼ皆無であること、台詞に感情が篭っていないことが主な原因と思われます。ついでに言うと情景描写もありません。そして矢鱈スケールが大きいのに対して、文章がそれに付いて行けていないのもマイナス要素ですね。結果、単なる善と悪の追い掛けっこのドタバタ劇以上でも以下でもない凡作に仕上がってしまった印象です。因みに敵組織の背後関係なども無視されているという、手の抜き様。

それにしても一体何を思ったか、東京創元社が十一年前に再版させるという愚行に出たのが信じられません。二巻目以降評価が高くなっているのがせめてもの救いで、魔が差して全巻購入してしまった私の慰めであります。まさか二巻目から劇的に面白くなるとは思えませんが、頼むから5点くらいは付けさせてくれと願うばかりです。

No.1466 6点 同姓同名小説- 松尾スズキ 2022/07/09 23:03
ネットで話題になっていた涼子が、私の目の前に現れた。ケイから突然、新曲の依頼の電話がかかってきた。アパートに入り浸っていたみのが、おもむろに告白を始めた。兄貴がある日、なお美へと変わってしまった。芸能人と姓も名前もたまたま一緒の男女が繰り広げる、放送禁止×爆笑必至の人生喜劇。なお、この小説は完全なるフィクションであり、実在の方々と、何の関係もありません!!
Amazon内容紹介より。

十三の作品から構成される短編集。作品ごとの出来不出来の差が有りすぎて、なかなか評価が難しい。基本的に訳の分からない話が多いです。みのもんた、ピンクレディ、川島なお美、田代まさし、広末涼子、荻野目慶子らが登場しますが、名前だけの友情出演?も含まれます。

面白かったのは友達の危機を救うために笑い仮面と呼ばれる彼女が取った行動とは?『間違えたいの!』(中村江里子)。竹内力と哀川翔の対決が楽しい『力の魂』(竹内力)。一介の中間管理職の私とモーニング娘。の意外な関係を描く、初期のメンバーから後藤真希、高橋愛、小川麻琴ら多数のメンバー登場の『モ二と私』(モーニング娘。)。上祐史浩と麻原との牧歌的な関係を描き、各幹部やオウムの重要人物のキャッチフレーズが笑える、例えば「走る爆弾娘」こと菊地直子など『上祐の夏』(上祐史浩)辺りですかね。
ちなみに広末涼子の『広末の秘密』ではその奇行をパロッていますが、私は本サイトの参加者の誰も知らないであろう彼女の秘密を知っています。まあそんな事どうでも良いか。

No.1465 6点 雨の日のアイリス- 松山剛 2022/07/07 22:48
ここにロボットの残骸がある。『彼女』の名は、アイリス。正式登録名称:アイリス・レイン・アンヴレラ。ロボット研究者・アンヴレラ博士のもとにいた家政婦ロボットであった。主人から家族同然に愛され、不自由なく暮らしていたはずの彼女が、何故このような姿になってしまったのか。これは彼女の精神回路から取り出したデータを再構築した情報―彼女が見、聴き、感じたことの…そして願っていたことの、全てである。第17回電撃小説大賞4次選考作。心に響く機械仕掛けの物語。
『BOOK』データベースより。

第一章は博士(女性)と博士が造った人間と見た目は全く変わりないロボットとの、平和な生活を描いています。このロボットはその言葉に似つかわしくない、少女型のメイド風な容姿をしており、自分の事を僕と言う事に違和感を覚えます。第二章は一転、主人公の少女型ロボットが転生し、過酷な労働を強いられます。降りやまない雨の中、救いのない日々が続きますが、そんな中でも二人の仲間を見つけ、密かな読書会が開かれます。第三章は冒険と激しいバトルの物語。登場人物がロボットでなければ、完全なスプラッターですね。ここで描かれる戦闘シーンに私はシビれました。感動したと言っても良いでしょう。このような経験は初めてです。それだけ作者の描写力が優れていたという事になると思います。或いは私の心に突き刺さる何かを持っていたと言えるでしょう。そう、まるで迫力ある劇画或いはアニメを観ている様な感覚に近いかも知れません。最終章のテーマは救済ですね。

以上の様に完全に起承転結に則った本作は、章ごとに作風を変え読者をグイグイ引っ張っていきます。Amazonでも評価の高い作品であるのは身をもって実感しました。一応泣けるラノベとして捉えられている様ですが、それも納得の出来だと思います。私は泣けませんでしたけど。

No.1464 7点 指切りパズル- 鳥飼否宇 2022/07/05 23:12
人気の動物アイドルユニット・チタクロリンのミニコンサート中におきた指切り事件。
そこからさらに連鎖する指切断事件。嘘つきは誰だ!

綾鹿市動物園で行われるチタクロリンのコンサート。予想以上の集客で混乱する中メンバーの飯岡十羽が撫でようとしたレッサーパンダに指をかみ切られてしまう。
チーフ警備員の古林新男は綾鹿署の刑事・谷村の聴取に応じるうちになし崩し的捜査に協力していく。
そして関係者次々に襲われて指を切断される事件が続いていく。
Amazon内容紹介より。

最初の事件の犯人?はレッサーパンダ。その後を追うように矢継ぎ早に次々と指切り事件が起こり、もう何が何だか分からない状況に陥りました。熟考する暇もなく読まされて、一体誰が何の為に指を切断していくのか、その事で頭が一杯でおそらくその間に伏線が張られているんだろうなとは思っていましたが、こんな事になっていようとは。

真相は最後に一気に明らかにされ、それは正しく圧巻でした。アイドルユニット、チタクリに関係する人々、舞台である動物園の関係者を巻き込んで繰り広げられる惨劇はとても端的に語ることは出来ません。ネタバレに繋がりかねませんしね。
それにしても、誰も彼も指を切断されたというのに早期に仕事復帰し、随分タフだなと思いました。なまじ殺されずに身体の一部を欠損してしまっただけに、却って背中がぞわぞわする感覚がしましたね。

No.1463 6点 神の名のもとに- メアリー・W・ウォーカー 2022/07/03 22:55
邪教集団「ジェズリールの家」の近くで、小学生17人を乗せたスクールバスが、AK‐47銃で武装した男たちに取り囲まれ、子供たちは地面に掘った穴の中で人質になった。教団では生後50日めの赤ん坊を、神に返すといってすでに42人も鎌で殺している。女性事件記者のモリー・ケイツは恐るべき陰謀に挑むが…。
『BOOK』データベースより。

物語はスクールバスを乗っ取られ教団の敷地内に掘られた穴蔵にバスごと閉じ込められた子供たちと、バスの運転手であるウォルターのパートと、教団「ジャズリールの家」の教祖で自ら預言者と名乗る男の生い立ちを追う女記者モリーのパートが交互に語られます。ストーリーの面白さと言うより、堅実な語り口調でじっくり読ませます。終盤漸く教団内に侵入するモリーともう一人の女性と、教祖モーディカイとの対決を除いてはこれと言って盛り上がるシーンはありません。それでも魅力的な人物がかなり登場し、モリーとの会話を通じてそれぞれの人間ドラマを知ることになります。ことにウォルターの友人アレスキーのベトナム戦争の体験などは心に残ります。

オウム真理教の様な終末思想にかぶれた邪教に新味はありませんが、物語の中枢を占めるものなのでその辺りもう少し掘り下げても良かったと思います。
しかし、全体として良く纏まった印象で、子供たちの中に喘息を患った子がいて薬も与えられない状況や、モーディカイの隠された秘密を探っていく段階などはじわじわと緊迫感を印象付けるのに一役買っています。

No.1462 5点 また殺されてしまったのですね、探偵様- てにをは 2022/06/29 23:09
殺された。やっぱりまた殺された。
伝説の名探偵を父に持つ追月朔也は、半人前の高校生探偵。
今日も依頼を受け、意気揚々と浮気調査や猫探しなど地味な仕事にいそしむが、なぜか行く先々で殺人事件に巻き込まれてしまう。
しかも"被害者"は自分自身!?
特殊体質によって毎度生き返る朔也を膝枕で出迎えるのは優秀な助手リリテア。
「また殺されてしまったのですね、探偵様」
「……らしいね」
探偵として、そして被害者として、朔也は文字通り命賭けで数々の難事件を解決していく──!
てにをは×りいちゅで贈る極上の本格ミステリー、開幕。
Amazon内容紹介より。

中編、短編、中編で構成された作品集。レーベルがレーベルだけにてにをは、ラノベに寄せてきましたね。わざわざ読者に迎合せず普通に書けば、もっと面白くなったのではないかと思うと、勿体ないなあと云うのが素直なところ。まあラノベファンはお喜びでしょうが。
シリーズ化を意識して、最初から伏線を張りまくっています。事件そのものは目を瞠る様なものではありませんが、その伏線が効いて次巻以降も読まずにはいられない気にさせてしまいます。

これはネタバレにならないと作者自身があとがきで書いているので、敢えて書きますが、半人前探偵の追月朔也は何度殺されても、どんな殺され方をしても必ず蘇ります。しかし、被害者になりながら犯人は分からないので、自身で推理するしかないって感じで、やむを得ず探偵稼業をせざるをえない、新たな探偵像の誕生なのです。
それにしてもラスト一行の恐ろしい事、これには驚きましたよ。
これまで三作刊行されていますが、まだまだ続くんだろうなあ・・・。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1901件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(29)
西尾維新(25)
島田荘司(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
日日日(19)
中山七里(19)
折原一(19)
清涼院流水(18)