皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
nukkamさん |
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平均点: 5.44点 | 書評数: 2865件 |
No.2865 | 5点 | 桃源亭へようこそ- 陳舜臣 | 2025/06/20 21:24 |
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(ネタバレなしです) 陶展文シリーズの短編は全部で6作書かれましたが1冊の単行本に全部まとめられたのは作者の生誕100周年の2024年に出版された徳間文庫版の本書が初めてです。なお本書には陶展文の料理人としての活動が描かれていないという理由で「幻の百花双瞳」(1969年)という幻の点心メニューを巡っての人間ドラマを描いた短編がおまけで付いていますが、非ミステリー作品なので個人的には蛇足の感があります(レシピの謎解きミステリーと解釈される読者の方もいるかもしれませんが)。もっとも陶展文シリーズの短編も本格派推理小説としては他愛もない謎解きが多いですけど。その中ではちょっとした不自然さを鋭くとがめた「くたびれた縄」(1962年)とほのぼのとした締めくくりの「王直の財宝」(1984年)が個人的には好みです。 |
No.2864 | 6点 | イーストレップス連続殺人- フランシス・ビーディング | 2025/06/19 17:58 |
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(ネタバレなしです) 英国のフランシス・ビーデヒングはジョン・レスリー・パーマー(1885-1944)とヒラリー・エイダン・セント・ジョージ・ソーンダーズ(1898-1951)のコンビ作家で、1920年代から1940年代にかけて30作を超す作品を書いていて大半の作品はスパイ・スリラーです。英語原題が「Death Walks in Eastrepps」の1931年発表の本書はマーティン・エドワーズが2014年に「黄金時代の長編トップ10」に選んだ本格派推理小説で、この作者としては異色作のようです。もっとも扶桑社文庫版の巻末解説で「定型には従いませんでした」と紹介されているように、かなりサスペンス小説に寄り添ったようなプロットで、殺人場面、逮捕場面、法廷場面など読ませどころが一杯です。巻末解説で無差別連続殺人の本格派が色々と紹介されていますが個人的にはD・M・ディヴァインの「五番目のコード」(1967年)を連想しました。ディヴァインほどには論理的な推理が披露されるわけではありませんがユニークな動機は印象に残ります。冒頭にイーストレップスの地図が置かれていますがなかなかショッキングな記述があったのも印象的です。 |
No.2863 | 5点 | 五色の殺人者- 千田理緒 | 2025/06/16 15:05 |
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(ネタバレなしです) 千田理緒(1986年生まれ)が「誤認五色」というタイトルで某ミステリー賞を受賞した作品を改題して2020年に出版したデビュー作の本格派推理小説です。舞台が高齢者介護施設ということで社会派推理小説要素があるのかなと思いましたがそんなことはほとんどなく、雰囲気もどちらかといえば軽快です。とはいえ作者自身が介護施設勤務を経験しているので描写にはリアリティーがあります。矛盾する証言を扱った本格派としてミステリ初心者さんがヘレン・マクロイの「月明かりの男」(1940年)を連想されていますが(レオ・ブルースの「骨と髪」(1961年)もありますね)、本書は犯人と思われる男の服装の色に関する目撃証言が「赤」「緑」「白」「黒」「青」と全く食い違うという謎が提出されます。その真相は小ネタの組み合わせで成立したという印象で、中には一般常識でない知識を求める謎解きもありました。むしろ論理的な推理によって一度は解明したと思わせてそこからのどんでん返しの工夫の方が印象に残りました。 |
No.2862 | 6点 | 雪山書店と愛書家殺し- アン・クレア | 2025/06/13 20:21 |
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(ネタバレなしです) 2023年発表のクリスティ書店の事件簿シリーズ第2作のコージー派の本格派推理小説です。前作の「雪山書店と嘘つきな死体」(2022年)と同じく創元推理文庫版で500ページを超す分量なので一気呵成に読めはしませんでしたが、それでも明快な文章でとても読みやすい作品です。前作同様犯人探しよりも大切な人の無実を証明しようとする方に力点が置かれているようなところもありますが、今回の重要容疑者が姉のメグのため探偵役のエリーの焦りがよく伝わってきてそれなりにサスペンスも盛り上がります。後半になるとメグの家庭問題が発生してくるので謎解きが置いてきぼりになるかと危惧しましたがちゃんと謎解きと関連づけされるような展開になっており、無駄にページが多いという印象はありません。アガサ・クリスティを悪く言う文学者にエリーが憤慨する場面は笑えました。もっと派手に論戦させても面白かったかも。 |
No.2861 | 7点 | 帆船軍艦の殺人- 岡本好貴 | 2025/06/04 14:14 |
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(ネタバレなしです) 岡本好貴(おかもとよしき)(1987年生まれ)の2023年発表のデビュー作です。某ミステリー賞に「北海は死に満ちて」というタイトルで応募し見事に受賞した作品を改訂出版しています。軍艦を舞台にした海洋冒険小説と本格派推理小説のジャンルミックスは大変珍しく、私は蒼社廉三の「戦艦金剛」(1967年)ぐらいしか読んだ記憶がありませんがあれに匹敵する内容だと思います。帆やマストについての図解が冒頭にあるのは親切ですが、水兵たちに囲まれた犯行現場から消えた犯人の謎解きが中心なので甲板や船室の平面図も欲しかったですね。冒険小説と謎解き小説のバランス配分については意見も色々とあると思いますし、もっと丁寧な説明や描写があればと思う箇所もありますが個人的には充実のストーリー展開を楽しめました。 |
No.2860 | 4点 | アリス連続殺人- ギジェルモ・マルティネス | 2025/05/30 18:06 |
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(ネタバレなしです) 「オックスフォード連続殺人」(2003年)から16年も経過して、続編にあたる本書が2019年に発表されたのは驚きでした(前作ネタバレはありません)。作中時代は「オックスフォード連続殺人」の1年後の1994年で、セルダム教授と名無しの語り手(アルゼンチンからの留学生)が再び探偵役となる本格派推理小説です。「不思議の国のアリス」(1865年)で有名なルイス・キャロル(1832-1898)の失われた日記帳の空白を埋めるかもしれない資料の発見とその真贋の鑑定依頼がきっかけで2人が事件に巻き込まれていくプロットです。セルダム教授は数学者ですがテーマがルイス・キャロルのためか数式や数字が飛び交うことはほとんどありませんが、それでも会話は私には回りくどく感じられます。展開にメリハリがない欠点は前作と同様で、最初の被害者に謎の写真が送られた出来事なんかあまりにもさりげなく記述されていて危うく見落としするところでした。それでも後半はミステリーらしさが加速しますけど、三十章で語られる最後の事件の真相はあまりにも魅力を欠いており個人的には大幅減点評価です。ただエピローグでのどんでん返しと事件の悲劇性を再認識させる演出は巧妙だと思います。 |
No.2859 | 5点 | 津軽神話殺人事件- 風見潤 | 2025/05/24 16:23 |
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(ネタバレなしです) 1987年発表の羽塚たかし&朝倉麻里子シリーズ第2作の本格派推理小説です。第一章のタイトルが「十三の死体」なのでこれは大量殺人事件での幕開けかと驚きましたが、この「十三」は大阪の十三(じゅうそう)でした(笑)。この地で羽塚たかしが殺人事件に巻き込まれます。被害者は「ジュウ、ジュウサンノカク」とダイイングメッセージを残し、この謎は第五章で解かれます。一方青森では朝倉麻里子のようなトラベルライターを目指している女性が取材旅行中に行方不明になり、やがて二つの事件が関連することがわかります。社会派推理小説にありそうな動機、歴史書の分析など予想以上に複雑に考えられたプロットで、中でもアリバイ崩しの謎解きは羽塚たかしが音を上げそうになるほどです。これだけ緻密なトリックは文章だけで理解するのは難解で、時刻表や路線図を添付してほしかったですね。私の場合、あっても理解できないかもしれませんけど(笑)。 |
No.2858 | 5点 | アイル・ビー・ゴーン- エイドリアン・マッキンティ | 2025/05/23 23:44 |
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(ネタバレなしです) 英国のエイドリアン・マッキンティ(1968年生まれ)が2014年に発表したショーン・ダフィシリーズ第3作です。警察小説のシリーズですがハヤカワミステリ文庫版でこの作者のことを「イギリス<ガーディアン>紙は、デニス・レヘインやジェイムズ・エルロイと肩を並べる現代ノワールの旗手と評している」と紹介しています。本格派推理小説以外のミステリーに関心の低い私には相性がよくないはずなのですが裏表紙の粗筋紹介では本格ミステリと記載されており、巻末解説を島田荘司が書いています。この解説では島田の「占星術殺人事件」(1981年)が英訳されて海外出版された経緯が書かれており、好評だった喜びを隠せていませんが(笑)、マッキンティが影響を受けて「ノワール小説の設定内で密室ミステリーを書くことは可能だろうか」と本書を書いたそうです。密室トリックをめぐる議論や容疑者たちのアリバイ確認など本格派の謎解き要素は確かにあります。密室トリックは某米国作家の1930年代後半の作品のトリックを連想させますね。しかし謎解きが終わってもまだ物語は続き、そこは完全にノワールの世界です。1980年代の北アイルランドを舞台にしていますが北アイルランド紛争の緊張感がひしひしと伝わってきます。 |
No.2857 | 5点 | 合邦の密室- 稲羽白菟 | 2025/05/05 15:03 |
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(ネタバレなしです) 因幡の白兎にちなんだペンネームの稲羽白菟(いなばはくと)(1975年生まれ)が2018年に発表したデビュー作で、海神惣右介(わだつみそうすけ)シリーズ第1作の本格派推理小説です。冒頭に不気味な文章のノートが紹介されますがホラー要素はそれほど濃くありません。文楽の世界が描かれ、登場人物も文楽大夫、文楽人形方、文楽三味線となじみのない読者には敷居が高そうですが説明は平易で、読んでいる間は何となくわかったような気になりました。ノートの書き手と思われる若者の失踪事件が起き、舞台は淡路島の南方にある葦舟島へと移り、顔も肌も完全に隠した謎のお遍路が上陸するという流れはどことなく横溝正史の「悪魔の手鞠唄」(1959年)を彷彿させます。もっとも謎の死亡事件が起きるもののそちらの捜査はメインの謎解きにならず、1968年の文楽大夫死亡事件の方が脚光を浴びてきますがこちらも情報不足のためかいまひとつ盛り上がりません。最後は複雑な人間関係が招いた悲劇が明かされるのですがこの真相、読者によっては肩透かしと感じるかもしれません。 |
No.2856 | 6点 | テンプルヒルの作家探偵- ミッティ・シュローフ=シャー | 2025/04/24 10:39 |
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(ネタバレなしです) インドの女性作家ミッティ・シュローフ=シャーが2021年に発表したミステリー第1作です。英国推理作家協会(CWA)の賞候補になったそうですが英語での出版だったのでしょうか?ハヤカワ文庫版の裏表紙の粗筋紹介で「インドのアガサ・クリスティー」と表記されており、過去に同じキャッチフレーズでカルパナ・スワミナタンの「第三面の殺人」(2006年)を期待して読んで失望した経験があるので今度はちょっと身構えて読みましたが(笑)、本書はなかなか良かったです。主人公で作家のラディカ・ザヴェリはニューヨークに住んでいましたが恋人とは破局し、作品を書けなくなって帰郷します。友人に再会しようと訪問すると友人の父親の急死事件に巻き込まれます。容疑者たちとの会話を通じて嘘や矛盾を探り出していったり、第17章の葬儀場面で登場人物たちの内心が次々に描写されるのはクリスティーを連想させます。とはいえ1920年デビューのクリスティーとは相違点が多いのも当然で、インド風と一言では語れない多様な社会風俗描写(複数民族、複数宗教、多彩な料理や衣装など)が印象的です。舞台となるムンバイのテンプルヒルは豪華なアパートメントが立ち並ぶ富裕層の住宅街のようですが、玄関に鍵をかけずに出入り自由だったり約束なしでの家庭訪問が普通だったりと昔の習慣も残っているようです(第23章では変わりつつあるようですが)。決定的な証拠が足りない感もあり一部は犯人の自供に頼っていますが、しっかり謎解き推理している本格派推理小説として楽しめました。 |
No.2855 | 7点 | どうせそろそろ死ぬんだし- 香坂鮪 | 2025/04/18 19:43 |
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(ネタバレなしです) 香坂鮪(こうさかまぐろ)(1990年生まれ)のデビュー作である2025年出版の本格派推理小説で、元は夜ノ鮪というペンネームで某ミステリ賞に応募した作品を改訂したものです。余命宣告された人々が集まった交流会で朝になっても参加者の1人が起きてこず、自然死か殺人かの謎解きへと移行しますが医者も容疑者であることから死因を特定できないまま仮説に仮説を重ねたような議論が続きます。登場人物の1人に「空論ばっかで、つまんない」と語らせているのは作者の自虐でしょうか(笑)。治療や延命、カウンセリングなど医療に関する知識が豊富に紹介されているので意外と読みにくかったです。それでも中盤での意外な展開から大技のどんでん返し(某国内作家の1990年代の本格派に類似の仕掛けがありますけど)、様々な謎解き伏線を充実の推理で回収しての真相説明と後半の盛り上げ方はなかなかの出来栄えで、最後の数ページの演出も(ちょっと唐突ですが)印象的でした。ただ宝島社文庫版の裏表紙の粗筋紹介で「超新星の『館』ミステリー開幕」と宣伝しているのは疑問符がつきます。舞台となる夜鳴荘は(余命の駄洒落なのはともかく)特に館としての個性があるわけではありません。 |
No.2854 | 6点 | 誤配書簡- ウォルター・S・マスターマン | 2025/04/17 17:18 |
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(ネタバレなしです) 英国のウォルター・シドニー・マスターマン(1876-1946)は本格派推理小説の黄金時代に活躍した作家で、1926年に本書でデビューしています。扶桑社POD版の巻末解説には主要作品が9作紹介されていますがネット情報によれば26作(1作は他作家との共作)を発表し、その半数以上が本書にも登場するアーサー・シンクレア警視シリーズのようです。探偵競争趣向を織り込んでいるところはアガサ・クリスティーの「ゴルフ場の殺人」(1923年)を意識したのかもしれませんがクリスティー作品はエルキュール・ポアロのほぼ独壇場なのに対して本書ではシンクレアと私立探偵の活動を均等に描いています。弾十六さんのご講評で紹介されているように冒頭でG・K・チェスタトンの序文が置かれていて、「探偵小説のよき読者は(中略)欺かれることを望んでいるのであり(中略)シャーロック・ホームズになりたいとは思わない。(中略)この小説を読むに際しては、その願いはものの見事に叶えられた」と絶賛しています。大胆な騙しのアイデアを織り込んだり深夜のスリリングな場面を挿入したりとなかなかの佳作だと思いますが、作者にとって不幸だったのはこの年の英国ミステリー界の最大の話題をクリスティーの「アクロイド殺害事件」(1926年)にさらわれてしまったことでしょう(笑)。 |
No.2853 | 6点 | 校庭には誰もいない- 村崎友 | 2025/04/16 16:08 |
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(ネタバレなしです) SF本格派推理小説の「風の歌、星の口笛」(2004年)でデビューした村崎友(むらさきゆう)(1973年生まれ)が2006年に発表した第2作は高校を舞台にした青春小説と本格派推理小説を組み合わせています。4つの短編とエピローグで構成されていますが、全体にまたがる仕掛けがあって短編集か長編作品か読者を悩ませるところは北森鴻の「顔のない男」(2000年)や芦部拓の「三百年の謎匣」(2005年)を連想させます。読みやすさでは本書が上回ります。合唱部への謎の入部申込者、野球部の部室荒らし、学園祭用の映画DVDの盗難、野球部の部室の失火と凶悪性の低そうな事件を扱い、ミステリーとして薄味に感じられるところもありますが終盤の謎解きは充実しており、粗いと思われた前半の推理を巧みにどんでん返ししています。人物描写についてはもう一歩の踏み込みがあればと思いました。 |
No.2852 | 6点 | 読書会は危険?- ジジ・パンディアン | 2025/04/14 16:52 |
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(ネタバレなしです) 2023年発表の「秘密の階段建築社」の事件簿シリーズ第2作です。作中で何度かクラシック・ミステリについての言及があり、日本の本格派についても触れられています。横溝正史の「八つ墓村」(1951年)や島田荘司の「占星術殺人事件」(1981年)は英語版が輸出されているのですね。降霊会の最中の殺人事件の謎をメインに据え、シリーズ前作の「壁から死体?」(2022年)と同じようにテンペスト・ラージのおばの死と母の失踪の謎解きを絡めていますが前作と比べてテンペストが探偵役として集中できている分、本書の方が読みやすかったです。ラージ家の家族同士が隠し事をして謎解きがややこしくなる設定については賛否両論かもしれませんが、魅力的な不可能犯罪の謎を綱渡り的ながらも合理的に解決している本格派推理小説です。 |
No.2851 | 5点 | 十字架クロスワードの殺人- 柄刀一 | 2025/04/11 02:01 |
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(ネタバレなしです) 2003年発表の天地龍之介シリーズの長編第2作の本格派推理小説と思っておりましたが、私の読んだ祥伝社文庫版の巻末解説では「長編第1作」と紹介されています。同文庫版で150ページに満たない「殺意は幽霊館から」(2002年)を長編でなく中編という認識なのかもしれませんが(本書は500ページ近い堂々の長編です)、「シリーズの第三弾」表記は「第四弾」の間違いと思います。相続すべき遺産が消えてしまったのではという疑惑を調べるために龍之介たちが詐欺容疑者に会おうとして殺人事件に巻き込まれるというプロットです。人物関係が複雑なうえに苗字読みと名前読みが入り乱れるので登場人物リストを作りながら読むことを勧めます。推理説明は丁寧ですが前半は龍之介の代理人が説明していているので名探偵の活躍を期待する読者は物足りなさを感じるかもしれません。殺人事件の真相が複雑な上に遺産問題の謎解きも絡むのでちょっと回りくど過ぎるように思います。最後にクロスワードパズル(の誤答?)をロマンス会話(?)に織り込んでいるのは過剰演出だろと突っ込みたいです(笑)。 |
No.2850 | 7点 | 13・67- 陳浩基 | 2025/04/07 02:54 |
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(ネタバレなしです) 奇抜なアイデアが印象的だった「世界を売った男」(2011年)を発表した作者が2014年に発表した本書は香港警察で伝説の名探偵と謳われたクワンの活躍を描いた6作の中編を収めた中編集です。不思議なタイトルですがこれは2013年と1967年を意味しており、最初の「黒と白のあいだの真実」の作中時代が2013年で、そこから2003年、1997年、1989年、1977年、1967年と時代を遡っていく「逆」年代記的な連作趣向の構成を採用しています。クワン最後の事件である「黒と白のあいだの真実」こそ殺人事件の犯人探しという伝統的な本格派推理小説のプロットですが(但し容疑者たちとの尋問場面は前例のない形式になっています)、他の作品は香港マフィアの抗争絡みの事件、囚人脱走と硫酸爆弾投下事件、犯罪組織追跡と民間人を巻き込んだ銃撃戦、少年誘拐事件、爆弾テロ計画と本格派に合わなそうな題材を扱っています。にもかかわらずきっちり本格派に仕上げた腕前には感嘆しました。個人的にはエドワード・D・ホックがミスターX名義で発表した「狐火殺人事件」(1971年)に遜色ない出来栄えだと思います。いずれの作品も長編なみに密度が濃く、謎解き伏線の回収も丁寧、そして香港の中国返還前から返還後の時代の流れの中での香港警察の立ち位置もしっかり描いています。著者あとがきで作者が日本ミステリーに本格派と社会派の潮流があったことを知っているのには驚きましたが、本書は本格派と社会派そして警察小説の要素を高度にジャンルミックスさせるのに成功した作品だと思います。 |
No.2849 | 5点 | 恋恋蓮歩の演習- 森博嗣 | 2025/03/31 09:55 |
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(ネタバレなしです) 2001年発表のVシリーズ第6作の本格派推理小説です。前半は2つのロマンス描写が中心であまりミステリーらしさを感じさせません。後半になると舞台が豪華客船に移り、ついに事件となりますが人間消失と絵画消失の謎を発見されない状態のままで長く引っ張る展開のためか微妙に捉えどころがありません。そこに多彩な人間ドラマを複雑に織り込んでいます。しかし初登場の人物はともかく、レギュラー陣(特に探偵と便利屋(謎)の二つの顔を持つ保呂草潤平)のドラマについては過去のシリーズ作品を読んでいるかいないかで読者の受ける印象が大きく変わるように感じました。ロマンスとミステリーの融合という点でよくできた作品だと思いますが、初めて読むシリーズ作品としてはお勧めできない作品です。少なくとも「黒猫の三角」(1999年)と「魔剣天翔」(2000年)は本書より先に読んだ方がいいように思います。 |
No.2848 | 4点 | ハニー・ティーと沈黙の正体- ローラ・チャイルズ | 2025/03/29 09:16 |
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(ネタバレなしです) 2023年発表の「お茶と探偵」シリーズ第26作のコージー派ミステリーで、白昼堂々と大勢の参加者がいる野外のお茶会で大物政治家が殺されます。セオドシアが殺人シーンを目の当たりにして犯人に迫りながらも目撃者としては役にたっていないのはシリーズ前作の「レモン・ティーと危ない秘密の話」(2023年)と対照的です。解決場面も前作のような推理による解決でなく、これまでのシリーズ作品でも最もアクション頼りといっていいでしょう。サスペンスはありますけど本格派推理小説好きとしては減点評価です。とはいえシリーズの特色である優雅で洗練された雰囲気は失われておらず、美味しそうなお茶や料理が散りばめられています。ドレイトンの家が紹介されていますが、アンティーク家具に囲まれているのは彼のイメージに合っていますがキッチンのコンロが6口というのには驚き。アメリカでは普通なんでしょうか? |
No.2847 | 5点 | 指哭- 鳥羽亮 | 2025/03/26 18:39 |
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(ネタバレなしです) 本格派推理小説を3作発表していた鳥羽亮(1946年生まれ)にとって4番目のミステリー作品となる1992年発表の本書は警察小説です。個性豊かな刑事を複数配した警視庁捜査一課南平班シリーズと比べると本書は高杉順平刑事の単独の活躍が目立っています。湖上のボートで手首を切って落水自殺したと思われる女性は左手の指が4本失われており、ボートには血文字で「私の指が」と書き残されていました。その指は2年前の車同士の交通事故で失ったことがわかります。それから3年後、高杉家に死後切断の人差し指が送られ、指の持ち主の死体が川で発見されますが死体の身元はあの交通事故での車の同乗者でした。その後も交通事故関係者が殺され、切られた指が刑事の家に届くという事件が続きます。中町信が書きそうなプロット展開で、残された容疑者が少なくなって真相がかなり見え透いているようですがどんでん返しを用意しています。本格派の謎解き要素もありますが犯人がどうやって刑事の住所を知ったのかについては全く説明されておらず、ご都合主義を感じてしまいました。 |
No.2846 | 5点 | 弔いの鐘は暁に響く- ドロシー・ボワーズ | 2025/03/26 07:17 |
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(ネタバレなしです) 長く辛い第二次世界大戦がようやく終結し、ドロシー・ボワーズ(1902-1948)は「アバドンの水晶」(1941年)以来となる本書を1947年に発表します。翌1948年には英国推理作家のディテクション・クラブへの入会も果たしますがその矢先に肺結核で世を去ってしまいます。タイタニック号の海難事故に巻き込まれたジャック・フットレル(1875-1912)、心臓発作で倒れたE・D・ビガーズ(1884-1933)、スペイン内乱で戦死したクリストファー・セント・ジョン・スプリッグ(1907-1937)、アルコール中毒だったクレイグ・ライス(1908-1957)、ガンに冒されたケイト・ロス(1956-1988)たちと共に早すぎる死が惜しまれます。遺作となった本書ですが田舎と都会が混ざり合ったレイヴンズチャーチと周辺の村で春から初夏にかけて5件の自殺事件が起きます。6件目の事件は殺人事件で、被害者は「五人が死んだ。だが六人目も死ぬかもしれない」という匿名の手紙を受け取っていました。本当に自殺だったのかの疑問については探偵役のレイクス警部が第五章で「五件もの殺人を明白な自殺に見せかけることなど、天才でなければ無理です」と語っていて論創社版の登場人物リストには自殺者の名前が載っていないので重要でないのかと油断していると、中盤以降は彼ら(と関係者)についての捜査があって誰が誰だかわかりにくくなってしまいます。登場人物リストを補完することを勧めます。第十章で「もつれた糸を解きほどすことに多大な時間を費やすのが仕事のレイクス」と紹介されているように非常に地味に展開しますが終盤は容疑者同士が二人きりになる場面が相次いで挿入されてサスペンスが盛り上がり、劇的な(それでも抑制が効いていますが)結末を迎えます。探偵役による推理説明が不十分なのは本格派推理小説としては不満もありますが、犯人の自供書が印象的です。マザー・グースの「オレンジとレモン」の詩を引用しているところはマーサ・グライムズの「『五つの鐘と貝殻』亭の奇縁」(1987年)を連想させます。 |