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空さん
平均点: 6.12点 書評数: 1530件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.370 7点 レーン最後の事件- エラリイ・クイーン 2011/01/14 22:08
初志貫徹作品(シリーズを順番に読んでいけば意味はわかります)。
好評につき急遽入れたという説もあるらしい『Zの悲劇』の後、すなわち本来この作品が『Zの悲劇』と命名される予定だったということかもしれませんが、まさにシリーズの幕を引く作品です。その『Zの悲劇』からの連続性はよく指摘されますが、「そう言えば『Yの悲劇』でもやはり…」と思わせるところもあります。
確かに、まず殺人が起こる普通の「本格派」ミステリを期待して読み始めると戸惑うでしょう。しかし、老名優ドルリー・レーンが最後に扱うにふさわしい、シェイクスピア関係の古書を巡る奇妙な事件です。今回久々に再読してみて、最終章では直接には指摘しないままにあらかじめ読者に犯人を悟らせた上で、その根拠となる推理を披露、しかもその推理の中でも犯人を名指ししないという技巧が使われていることに気づきました。
奇妙な文字列の原因が『ギリシャ棺』での凡ミスを訂正するものだというのも興味深い点です。

No.369 5点 鉄鎖殺人事件- 浜尾四郎 2011/01/11 21:33
ヴァン・ダインからの影響が大きく、戦前には珍しく厳格な謎解きに徹した作家として知られる浜尾四郎で、本作では『ケンネル殺人事件』がコスモポリタン誌に連載され始めたなんて記述が出てきます。しかし、内容的にはそれほどヴァン・ダインを感じさせるものではなくなっています。事件は東京だけでなく、逗子の方の田舎でも起こり、地域的な広がりがあります。
犯人の見当だけなら、小説構造上かなり早い段階でついてしまうでしょう。ただし犯人の名前以外の謎はそう簡単には解けないでしょうから、問題はありません。真相にはヴァン・ダインの20則的な意味では多少不満がありますし、真犯人指摘のタイミングもいまひとつですが、やはり構造はしっかりできています。昔『殺人鬼』を読んだ時には気づかなかったのですが、名探偵藤枝真太郎の設定にも元検事である作者らしい配慮が伺われます。
ただ、乱歩や横正のような文章の巧みさが感じられませんし、漢字の使い方も、これをひらがなで書く?と思えるようなところもあって、文学的な意味では評価を下げざるを得ません。

No.368 6点 義眼殺人事件- E・S・ガードナー 2011/01/09 12:21
例によってご都合主義的な偶然が重なって依頼人が窮地に陥るパターンですが、これくらいならまあいいでしょう。義眼と消えた証人とに焦点を絞って、なかなか好ましい印象を与えてくれる佳作です。ただ、片目の依頼人がメイスンのところにやって来た理由がいいかげんなのが少々不満ではあります。
普通なら簡単に解決のつく事件のはずが、ある人物の行動によってややこしいことになってしまうのです。メイスンもそれで苦境に立たされますが、バーガー検事(本作が初登場です)の出方を予測してのメイスンの思い切った策略が最後には功を奏します。
ところで、本作には昔から何種類もの翻訳がありますが、そのほとんどのタイトルに「殺人事件」がついているというのは、ガードナーにしては非常に珍しいですね。

No.367 7点 ブーベ氏の埋葬- ジョルジュ・シムノン 2011/01/07 21:35
メグレものではありませんし、冒頭でのブーベ氏の死は単なる病死です。
しかし、そのブーベ氏の隠された過去の秘密を少しずつ明らかにしていくストーリーということでは、かなりミステリ的な作品です。しかも最後には犯罪がらみになってきます。メグレの部下たちの中でも最古参のリュカ刑事は、メグレもの以外にも『汽車を見送る男』等にちょい役で出演していますが、本作ではほとんど主役の一人と言っていいくらいの活躍ぶりです。ブーベ氏の過去を探るもう一人は、地道な聞き込みに歩き回る冴えないボーペール刑事(彼はたぶん新顔)。
以前『自由酒場』評で、セレブな生活からの逃避という主題は作者の純文学系作品にも出てくることを書きましたが、その時意識していた作品の一つが本作です。
ブーベ氏の過去が明らかになった後、短い最終章で描かれる埋葬が、しみじみとした余韻を残します。

No.366 6点 模造人格- 北川歩実 2010/12/28 11:09
この作者はどんでん返し連続技が評判だということですが、本作に関する限り、個人的には普通に意外な真相の結末を用意した心理サスペンスという印象を受けました。
その意外な部分が明らかになるクライマックス部分は、後から考えてみると、ある人物の参加はどう見ても余計で不自然になっているだけです。その人物の狂気には辟易するぐらいなのですが、他の登場人物たちも大部分常軌を逸したところがあります。
タイトルでも暗示される基本的なアイディア自体には感心しましたし、文章も読みやすく、二人の視点を交互に配置している点もなかなか効果をあげていると思えます。そんなわけで全体的にはおもしろかったのですが、ちょっと長すぎるかなという感じはぬぐえません。上記某登場人物の異常さを抑えた設定にした方が、無駄を省いてきれいにまとまったのではないかとも感じられます。

No.365 4点 シャーロック・ホームズ最後の挨拶- アーサー・コナン・ドイル 2010/12/26 12:18
『帰還』までと違い、かなり長い期間に少しずつ書かれた短編の寄せ集めで、それに『最後の挨拶』を付け加えた構成になっています。
本集の中で最も謎解きのおもしろさがあるのは『ブルース・パーティントン設計書』で、久々にマイクロフト兄さんも登場します。メインのアイディアは、ホームズが途中であっさり明かしてしまいますが。
『瀕死の探偵』も発想はなかなか楽しいですが、他の作品はどうもいまひとつといったところです。
『ボール箱』は本来だと『回想』の2番目に入るはずだった作品。当時ボツになった理由は事件背景の倫理性だったそうですが、犯人が耳を送りつける理由と経緯にあまり説得力がないことも、関係していたかもしれません。『赤い輪』は、謎の下宿人についての推理とその正体はなるほどと思えただけに、その後が冴えないのが残念です。『悪魔の足』は、後のヴァン・ダイン20則中での否定が現在も常識となっているトリック。
『最後の挨拶』は『回想』の『最後の事件』とは異なり、エピローグもちょっとミステリ(時代背景をとらえたエスピオナージュ)仕立てにしてみました、というだけでしょうね。

No.364 7点 オックスフォード連続殺人- ギジェルモ・マルティネス 2010/12/23 11:09
アルゼンチン発というだけでなく、不思議な作品と紹介されているようですが、個人的にはペダンチックなパズラーとして普通に楽しめました。
これは解説でも似たアイディアの作品があることが書かれているとおりで、基本的なところは気づくのですが、最後の殺人に至ってなるほどこういう決着の付け方で締めくくったか、と感心させられました。確かに明瞭な伏線があったので、何かありそうだとは思っていたのですが。第1の殺人の経緯もなかなか工夫されてはいるのですが、これは何となくすっきりできないところがありました。
数学の薀蓄がたっぷり披露されていて、フェルマーの定理とかゲーゼルの不完全性定理とか、どっちも基本的な概要は知っていましたから苦になりませんでしたが、人によっては拒否反応を示すかもしれません。
話の語り手の名前は最後まで出てきませんが、途中に"ll"があることは明かされるので、作者自身(Guillermo)と考えていいのかなという気がします。

No.363 6点 カーテン ポアロ最後の事件- アガサ・クリスティー 2010/12/21 20:50
死後出版の予定を変更して、死の直前に発表した作者の思いはどんなものだったのでしょうか。
本作に対するユニークな論評としては、西村京太郎の『名探偵に乾杯』がありますが、西村氏も言っているように、この犯罪者はポアロ最後の対戦相手としてはそれほどと思えません。まあ、なかなか始末に困る人物ではありますが。それよりクリスティーらしい意外性ということでは、意外な人物のある何気ない行為が関与する毒殺事件の真相が最も記憶に残ります。
ラストについては、う~む、やっぱりそうなってしまうんですね。まあ、やはりこれは老いたポアロの倫理観によるけじめだろうと思います。謎解きミステリとしてのアイディアでは、西村氏も挙げている他の巨匠のあの作品の方がすぐれているでしょうけれど、『スリーピング・マーダー』みたいないつものクリスティーとは違うこところを見せてくれたこれはこれでいいと思います。

No.362 4点 海の葬祭- 水上勉 2010/12/17 21:33
水上勉は後年私小説的な作品もかなり書くようになりますが、そんなタイプの作家らしく、出身の福井県を舞台にした作品がいくつかあります。日本海沿いの村のリアリティは、作者が実際にそのような土地に育ったから出せるものなのでしょう。本作でも、冒頭三人の人物が歩いているシーンからして印象的です。
現在では、不適切と思われる表現もそのまま残しました、との注釈を入れないといけない事件です。福井県の寒村で起こったその事件は、平凡そうに見える事件から出発することの多いこの作者にしてはかなり不可解なもので、謎解きの興味が最初から感じられます。
しかし捜査小説としてはもたついた印象を受けますし、従犯者数に関して矛盾があるなど、構成は少々雑で安易です。最初の事件で自動車がどの道を通って消えたのかが問題にされていないのも疑問です。二重誘拐が別の殺人事件に結びついてくるところは悪くないと思ったのですが。

No.361 6点 メグレとベンチの男- ジョルジュ・シムノン 2010/12/14 21:21
パリの薄暗い路地で起こった殺人事件。被害者が黄色い靴(当時は派手目なおしゃれと言えばまずこれだったらしいです)をはいていた点が注目されます。
ストーリーはごく普通の警察小説といった感じです。しかし、警察小説風ではあっても、ミステリ度はメグレものの中でも低い作品と言えるでしょう。
本作のテーマは被害者とその家族や友人の姿を描くことにあると思われます。働いていた会社が解散した後も、そのことを家族に知らせず昼間広場のベンチに座って過ごしていた被害者は、どうやって金を手に入れていたのか。どうにもやりきれないような家族の状況が明らかになってしまえば、それでもう小説としてはほとんど終わりで、犯人は誰かということなど付け足しに過ぎません。
メグレ自身第8章の最後でコニャックでも飲まないとやってられないという関係者たちの状況に対してどう感じるかで、評価も変わってきそうな作品ですが、ちゃんといやな気分にさせてくれるということで個人的にはこの点数。

[追記]↑江守さんの疑問へ:フランス語のinspecteurは英語と違い、私服刑事の意味なんです。聞き込みなんかは、ま、フィクションですからね。

No.360 8点 明日なき二人- ジェイムズ・クラムリー 2010/12/11 10:37
ミロがシュグルーを探しているところから始まる本作。
この二人の初共演が話題になった作品だそうですが、クラムリーを読むのは本作が初めてなので、そこは何とも言いようがありません。全体としてはミロの方が主役。しかし二人ともただ酔いどれというだけでなく、ヤクもかなりやっていますね。
チャンドラー以上にプロットを軽視したスタイルで、二人が何のために行動しているのか、その根本であるはずのところを忘れてしまうようなところがあります。さらに真相への到達は完全に偶然に頼っていたり、いつの間にか適当に判明してしまっています。ハードボイルドと言っても、ロス・マク系の理性派が好きな人には嫌われるかもしれません。個々のインパクトある場面の寄せ集めというか。文体によるこのインパクトがすごいわけです。
バイオレンス映画の巨匠サム・ペキンパー監督の西部劇『ワイルド・バンチ』のタイトルも出てきますが、砂漠地帯が主要舞台なこともあり、ひりひりするような乾いた感じは、確かに通じる雰囲気があります。
文章が凝っていて、読み進むのが意外に大変でしたが、それだけに充足感もたっぷりです。

No.359 7点 黒い白鳥- 鮎川哲也 2010/12/09 19:50
読んだのは角川文庫版なので、有栖川有栖が創元版解説でどう書いているのかは知らないのですが。
どこで知ったのだか忘れたのですが、これって松本清張のあの作品と同時連載だったんですよね。作品のタイプは全く違いますが。いやあ…こりゃ確かに、書いてて困ったでしょうね。
このシリーズにしては、犯人がなかなかわからないのがちょっと珍しいところでしょうか。アリバイ崩しだけでなく犯人の目星をつけるのまで、途中参加の鬼貫警部がやってしまうのですから。そのアリバイ・トリックだけとり上げてみれば、二つともそれほどのものではありません。最初に読んだ時不満に思ったのもその点です。しかし再読してみると、写真を手がかりに容疑者を絞り込む足の捜査、視点の使い方の理由、そしてエピローグで明かされる伏線の妙などきめの細かさはさすがです。
ただし、前半のストライキや新興宗教の描き方については、社会派ではないという言い訳はあるでしょうが、ちょっともの足らないというか。

No.358 5点 宇宙気流- アイザック・アシモフ 2010/12/05 10:17
「あなたの話は、まるで探偵小説ですよ」「そうです……現在のところ、私は探偵です」
こんな対話が出てくるのは、人類発祥の惑星は地球だということが伝説化している遠未来の話です。本作はアシモフが書き継いでいたファウンデーション(銀河帝国の興亡)シリーズの番外編で、そこにこんな台詞が出てくるのは、妙な感じがします。宇宙に散らばった人類は、どんなミステリを読んでいるのでしょうか?
というわけで、『鋼鉄都市』ほど徹底はしていませんが、やはり同じような意味で、謎解きミステリになっています。謎は、惑星フロリナの壊滅を予想した空間分析家に神経衝撃療法を加えた犯人は誰かということで、完全にフーダニット。犯人の条件を並べてみれば、ちゃんと推測がつくようになっていますが、意外性を出すためのたくらみが少々無理っぽいのが難点でしょうか。
SFとしては、むしろミステリ仕立てにしない方が惑星の危機という壮大なテーマを明確にできたのではないかと思えるところが、気になりました。

No.357 7点 屠所の羊- A・A・フェア 2010/12/02 21:06
ガードナーをハードボイルドの系譜に入れるのは、ペリー・メイスンだけ見れば違和感があるでしょう。しかし、A・A・フェア名義で書かれたこのドナルド・ラム&バーサ・クール・シリーズを読めば、なるほどと思えます。と言ってもハメット等とは違い、軽ハードボイルドです。ユーモア・ミステリに分類されることもある軽いノリが持ち味です。
デブ所長の探偵事務所で働く若い男の一人称形式といえば、所長が名探偵というのが普通でしょう。スタウトがいい例です。しかし、本シリーズの事件解決頭脳は「ぼく」ことラム君の方であるところが特徴。この第1作は、彼がクール探偵事務所に採用されることになるところから始まります。
謎解きの要素もそれなりにあるのはこの作家ですから当然で、有名なタイプのトリックが大胆に使われています。しかし何といっても本作の見所は、終盤さすが弁護士作家と思えるとんでもない法律の抜け穴利用アイディアが飛び出してくるところでしょう。ラム君の経歴が伏線になっています。

No.356 6点 メグレの拳銃- ジョルジュ・シムノン 2010/11/29 20:58
タイトルの拳銃は、メグレがアメリカに行った時に贈られたものだということです。その拳銃に刻印されたイニシャルに関連して、メグレの名前がジュール・ジョゼフだという説明もありますが、これは本作より前に書かれた『メグレの初捜査』とは矛盾しているところです。
一方『メグレ式捜査法』でフランスに研修に来ていたスコットランド・ヤードのパイク刑事が再登場するのは、作品相互間の整合性がとれています。今回はメグレの方がロンドンに行くのですが。
ロンドンのホテルのロビーでメグレがビール等を飲みながら張り込みを続けるところがかなり長々と書かれますが、その間のメグレの感情描写がおもしろいのは、この作者らしいところです。ただし謎解きとは無関係なので、全く評価しない人もいるでしょう。
これも殺人犯が誰かというのではなく、その殺人の裏にどんな事情が隠されていたのかを探っていくタイプの話で、そういうものとしての評価はこれくらいです。

No.355 5点 風は故郷に向う- 三好徹 2010/11/27 20:41
1959年、自動車(ジープやトラクター)販売のため、カストロ首相による革命から間もない時期のキューバに赴任した男の一人称で書かれた巻き込まれ型エスピオナージュです。
読んでいる間は、次々に起こる不可解な出来事や政治情勢のための日本との連絡困難が興味を盛り上げ、おもしろかったのですが、後で考えてみると、相当ご都合主義が目立つ作品でした。まずスパイのリーダーの技能を考えると、自分自身でそれを行わず民間人を脅迫してやらせるという危険な方法を採る理由が全くないこと。さらにその企画の性質上、実行の数ヶ月も前から民間人を巻き込む準備をしていたはずがないこと。以上2点は、本作品の謀略の根本的な部分に関する問題点です。
さらに、日本との連絡を阻止する理由がないこと、最後の方の場面で刑事が登場できた経緯など、論理的に考えれば問題点は山積みです。
また、ラストの少々感傷的な故国に対する思いはよかったのですが、ここまで何のためにスパイたちが様々な努力を重ねてきたのか、肩すかしの感は否めませんでした。

No.354 6点 バスカヴィル家の犬- アーサー・コナン・ドイル 2010/11/23 16:23
ホームズもの長編の中では最も長く、しかも他の作品と違って捜査過程と別に犯人の過去が延々と語られるわけでもない、ということは現在進行中の事件展開がそれだけ複雑ということになります。
事件依頼の背景の伝説が語られるところからして、超自然的な雰囲気で読者に期待を抱かせます。まあホームズは伝説を冷たくあしらってますけど。古代の住居跡や底無し沼の点在するデヴォンシャーの荒涼たる風景の中、事件の捜査自体かなり起伏があり、サスペンスもたっぷりです。
荒野に逃げ込んだ脱獄囚がいるということから、展開の予測をつけるのは現代では簡単でしょうが、筋立てはさすがにしっかりできています。准男爵の靴が二度も盗まれるロンドンでの小事件の理由も、納得できます。
ただ、犯人が誰であるかが明かされる部分は時代を考慮に入れてもあっさりしすぎですね。もう少しホームズが秘密めかしてワトソンをじらすところがあってもよかったでしょう。

No.353 7点 愛の探偵たち- アガサ・クリスティー 2010/11/20 13:38
最初に収められているのは、演劇有名作『ねずみとり』の原作『三匹の盲目のねずみ』です。短編集は1950年に出版されていて、戯曲化されたのは1952年だそうですから、小説が先であることは間違いないのですが、再読して感じたのが、最初から完全に舞台化を意識しているな、ということでした。特に真相が暴かれる部分など、マザー・グースの歌のピアノ演奏、多少無理してまでの舞台の固定など、いかにも演劇的です。真相は単純でむしろ平凡ですが、小説の文章や映画のカットバック映像等でていねいに説明しなければ理解できないような複雑なトリックや論理は、演劇には向きません。
ミス・マープルもの『管理人事件』は再読して、後期某長編の元ネタはこれだったのかと気づきました。
クィン氏の『愛の探偵たち』は30年代の某長編と同じアイディアです。道化亭に言及されていることから『謎のクィン氏』の第4作になるはずだったと思われます。雰囲気があまりクィン氏ものらしくないので、連作短編集としてまとめる時にはぶいて長編に仕立て直したのでしょうか。

No.352 6点 霧の罠- 高木彬光 2010/11/17 21:19
近松茂道検事が活躍する長編第3作は、第1容疑者の設定が最大のポイントになっています。非常に疑わしい人物なのですが、本当に犯人なのかどうか。犯人であるにしてもないにしても、登場人物も非常に少ないですし、裏にどのような状況が隠されているのか、ミステリとしてどこにサプライズを持ってくるのかが問題になります。最後に明かされてみると、さすがに納得のできる筋書きになっています。
全体の流れを後から振り返ってみると、主役は検事であるにもかかわらず、むしろ弁護士的なところもあり、両方の役を兼任しているようなストーリーとも言えそうだと思いました。グズ茂の異名をとる慎重さが、このような役柄を可能にしているのでしょう。いや、本職の弁護士も登場するんですけどね、この弁護士も近松検事の非常にオープンな流儀には面食らっています。
山口警部の視点から書かれた部分がかなりありますが、近松検事に対する彼のぼやきがなかなかユーモラスです。

No.351 5点 どもりの主教- E・S・ガードナー 2010/11/13 11:01
説教に慣れた主教(Bishop:創元版では「僧正」。ヴァン・ダインの例のやつですね)という位の高い聖職者がどもるなんて変だ、メイスンを訪れたその主教は偽者ではないかというのが、まず興味をひく謎です。しかし、一番最後に明かされるその答は、なんだか拍子抜けでした。
銃を撃ったのが誰かという謎は、普通に考えればあまりに当然なところですが、動機がネックになって、根本的なからくりはすぐには思い浮かばないでしょう。しかし作者はそれだけでは弱いと考えたのか、さらに事件の経緯をやたら複雑化していますが、かえって不自然になってしまったように思えます。主教の行方は明らかに無理があります(もっと手っ取り早くて都合のいい方法が目の前にあったはず)。ホテルから消えた女の行方にも、被告人の黙秘理由にも、説得力はありません。
ご都合主義で万事めでたしの結末にするため相当無理をした筋立てなのですが、読んでいる間はメイスンが逮捕されそうになったり、罪体問題を論じたりして、それなりに楽しめました。

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空さん
ひとこと
ハンドルネームの読みはとりあえず「くう」です。
好きな作家
E・クイーン、G・シムノン
採点傾向
平均点: 6.12点   採点数: 1530件
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