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miniさん
平均点: 5.97点 書評数: 728件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.148 6点 夏草の記憶- トマス・H・クック 2009/07/20 09:57
夏だからね(^_^;)
でもこれ夏らしい話ってわけでもないよなあ
大学が理系だったせいじゃないが私は文学の素養なんて無い人間だから、クックについてよく言われる純文学とミステリーとの融合とかって正直言ってよく分からない
でもアホな私の頭でも、クックの冷静沈着な筆致は分かるよ
地味さを作品上の弱点とは思わない読者なので、こうした扇情を全く排除した冷静な文体は好き
まあ作者が意図的にそういう文体で書いてるのかもしれないが
ただたしかにクックは良い作家とは思うが、この作品はちょっと日本人向きじゃないんじゃないかな
このテーマは日本人には分り難いと思う

No.147 6点 どこよりも冷たいところ- S・J・ローザン 2009/07/15 10:47
暑さの続く7月のニューヨークの街
ビルディング建築現場は都会の夏の暑さとは裏腹に冷やりとしているのだった
建築現場で頻発する事件の調査に、私立探偵ビル・スミスは経験のある煉瓦工として潜入したのだがまたしても事件が

原題は真夏の都会の中での気温の低い建築現場という場所と抽象的な意味を掛けたものだろう
前回リディアが主役の「チャイナタウン」の書評を書いたローザンだが、1作毎に主役の座を小柄な中国系女性リディアと大柄な白人男性ビルとで交互に描いている
今回はビルの視点で話が進み、リディアは脇役に回る
各受賞歴豊富なローザンだが、なぜか受賞したのはビルが主役の作品が多い
ビルが主役のものは正統派私立探偵ものの趣がありアメリカ人受けするのだろうが、作者が女性という先入観があるせいか、リディアが主役の方が脇役含めて人物描写に精彩がある気がするんだよな
でもやはりローザンは才能ある作家だ

No.146 6点 犯罪の進行- ジュリアン・シモンズ 2009/07/11 09:31
未訳だった幻のデビュー作「非実体主義殺人事件」が少し前に論創社から刊行されたジュリアン・シモンズは、ミステリー評論家として有名である
評論家としてはアメリカのA・バウチャー、英国のシモンズが双璧だろうが、作家としてのバウチャーにはいささか不満が残るのに対し、シモンズは作家としても優れている
シモンズは評論中でパズル小説の衰退を説き、ミステリーは犯罪小説の方向へ向かうと主張したことで有名
ただしMWA賞も受賞し最高傑作とも云われるこの「犯罪の進行」は、犯罪小説として生々しいスタイルではなくて、犯罪事件に関連した周辺関係者の動向が中心で、事件そのものよりもライバル社との競争で新聞社が事件をどう扱うかといった話が続く
おそらくは本格しか読まない読者などは、何かピントのボケた話にしか感じられないだろうが、これこそシモンズの目指した犯罪小説なんだろう

ところで幻のデビュー作「非実体主義殺人事件」だが
よく本質的に本格じゃない作家が書いた数少ない本格とかって、作者の本領じゃないのに不思議とその手の作品だけが手に取られたりする傾向だが、シモンズも「非実体主義殺人事件」だけが読まれて他作品は見向きもされないのだとしたら寂しい

No.145 7点 埋葬- リンダ・フェアスタイン 2009/07/09 09:44
発売中の早川ミステリマガジン8月号は、ポー生誕200周年特集
便乗企画としてポーにまつわるエトセトラを
リンダ・フェアスタインの「埋葬」ってこんな話

マンハッタンに連続強姦魔を追う女性検事補アレックスたちだったが、古いアパートの地下室の壁の中から白骨死体が現れるという別件が発覚
どうやら25年前に生きながら埋葬されたようだ
その建物は短い期間ではあるが昔ポーが住んでいた事があるのだという・・・

リンダ・フェアスタインは初めて読んだが、パトリシア・コーンウェルの検屍官シリーズと、モデュラー型警察小説と、リーガル・サスペンスとを巧みにブレンドしたような感じだ
2006年の作なので、DNA鑑定などが発達した現代でミステリーを書くならこういうスタイルになるんだろうな
ヒロインが一時流行したプロファイリングというものを基本的に信用してないのが逆に時代の先端を行ってる
ヒロインは才色兼備な金持ちのお嬢様で、ただ正義の為に検事補をやっているような人物なので、下手をすると鼻持ちならない雰囲気になりそうなのに、そう思わせない作者の筆致は上手い
少なくともコーンウェルの検屍官シリーズなどよりは話の展開がずっと面白いと思った

No.144 5点 ポオ小説全集2- エドガー・アラン・ポー 2009/07/01 09:50
発売中の早川ミステリマガジン8月号は、ポー生誕200周年特集
便乗企画とは言え一応本家ポーの書評も書かないとね

創元文庫の全集は単純に各短編を発表順に並べて全4巻に分けただけ
世界最初の探偵小説「モルグ街」が第3巻目収録だから、ミステリー作品は第3巻と4巻に収録されてるだけという理屈になるが、「モルグ街」以前の作品しか収録されていない第1巻と2巻にはミステリー的な作品は無いのか?
第1巻には「メルツェルの将棋指し」が収録されていたが第2巻はどうか?
第2巻はやや特殊で、ポー唯一の長編である「ゴードン・ピムの物語」が全体のページ数の半分以上を占めるので、第2巻はミステリー読者には最も無用な巻ということになる
しかし全く用無しというわけでもないのは「群集の人」という短編が含まれているからだ
「群集の人」は昔から一部のファンの間でも、”事件無き探偵小説”との声がある作である
これをミステリーと呼ぶにはちょっと拡大解釈が必要だが、ポーのミステリー作品で纏めた今年の新潮文庫の新刊でも、「群集の人」をあえて入れてあったので、ファンの間では知られていたんだな

No.143 6点 幽霊探偵とポーの呪い- アリス・キンバリー 2009/06/29 09:28
発売中の早川ミステリマガジン8月号は、ポー生誕200周年特集
便乗企画としてポーにまつわるエトセトラを
アリス・キンバリーの「幽霊探偵とポーの呪い」ってこんな話

ポー絡みの文献を委託したいという話が舞い込み、依頼主の屋敷に赴く女性ミステリ書店主ぺネロピー
その屋敷は古くて大きく幽霊でも出そうな雰囲気だったが、お約束通り事件発生
その後もポー絡みの文献が原因と思われる事件が続く
どうやらダ・ヴィンチならぬポー・コードの解読が鍵を握っているらしいのだが‥

アリス・キンバリーは夫婦合作のコージー派作家で、この作品も言わばポー絡みのビブリオ・ミステリーをコージー仕立てにしたもの
いかにもなコージー派臭さは少なく、コージー派に偏見を持つような読者が読んでも違和感が無さそうだ
犯人の設定など謎解き面にもう少し捻りが欲しい気もするが、
主役の女性と彼女の脳内で会話する元私立探偵の幽霊とのコンビという趣向はなかなか面白い

No.142 3点 ポーをめぐる殺人- ウィリアム・ヒョーツバーグ 2009/06/26 10:27
昨日発売の早川ミステリマガジン8月号は、ポー生誕200周年特集
便乗企画としてポーにまつわるエトセトラを
ヒョーツバーグの「ポーをめぐる殺人」ってこんな話

アメリカが大国としての地位を固めた1920年代初頭のニューヨークで連続殺人事件が発生する
最初は女性が残忍な殺され方をされ、もう一人は煙突の中へ押し込められ、さらに類人猿まで目撃される
続いては行方不明の男性が壁に塗り込められて発見され猫まで登場し、三つ目の事件では女性の水死体が
そう、ポーの各作品通りのパターンで事件が続発
この謎を解くのは稀代の天才奇術師フーディニと、もう一人は晩年に霊現象に傾倒しアメリカで講演旅行中だったコナン・ドイル

こう粗筋聞いたらいかにも面白そうだが、本格の面白さと言うよりエログロ含めたスリラーに近いかも
ドイルが後年に霊現象に傾倒していたのは事実でフーディニと面識があったのも本当らしいが、作中でホームズを書き続ける事にウンザリしていた描写が微笑ましい
でも完全な脇役ながら実は一番精彩があるのは、当時のスポーツ記者デイモン・ラニアンだ
ラニアンの短編は私も大好きで、このサイトにも書評書こうかと思ったくらいだが、こんな小柄な人物だったのか
ラニアンのスポーツ観戦記事が彩りを添える為、ヘビー級王者デンプシーやベーブ・ルースまで名前だけだが登場する
英国人だから野球に詳しくないドイルに、ラニアンが解説する場面も微笑ましい
ただ謎解きとしてはラニアンとか実在の人物が真犯人のわけ無いのだから、容疑者は事実上極めて限られるので犯人当ては容易
それに上手く書けば魅力的であろう当時のニューヨークの街の喧騒があまり描出されていないのも残念

No.141 5点 誰かが見ている- メアリ・H・クラーク 2009/06/22 09:45
国内にも”サスペンスの女王”と呼ばれる作家は居るが海外ならメアリ・H・クラークが筆頭格だろう
ミラーやレンデルらのこってりした心理描写と違い、クラークのはテンポの良い純然たるストーリーテリング型のサスペンス小説だ
アームストロングから善意を省き、よりスリルを増した感じと言えば近いか
とにかく王道のサスペンス小説とはこう書くべきという起承転結がしっかりした教科書のような見事なプロットだ
あまりに完璧なので、そのまま映画のシナリオにも使えそう
実はこれこそがクラーク最大の弱点で、つまり完璧過ぎて欠点が無いので、風変わりで異色な面白さというものに欠けているのだ
やはり完璧過ぎるのも良し悪しなんだろうな
尚、娘のキャロル・H・クラークも母娘二代に渡るサスペンス作家で、女優などはやってないのである

No.140 4点 殺人四重奏- ミシェル・ルブラン 2009/06/19 10:01
発売中の早川ミステリ・マガジン7月号の特集はフランス・クラシーク・ミステール
クラシークではなくて戦後作家なのは御免ね
ミシェル・ルブランはフランス版江戸川乱歩みたいな奴で、作品数も多いが、それよりも評論・研究家としての存在の方が大きいかも
要するに作家として重鎮と言うよりも、御意見番として作家組合のリーダー格幹事まとめ役的な人物と言えば分り易いと思う
少年時代からのファンがそのまま大人になったような感じか
唯一読んだ「殺人四重奏」は一種の技巧ミステリーであるが、しかし技巧ものとしてみると何となく物足りないと大抵の人は思うんじゃないかな
何て言うかな、このプロットだったらもう一捻り、いや二捻り位できそうなのに、随分と大人しく纏まっちゃったなって感じ
未読だが一応本は確保してある「パリは眠らない」にしても、粗筋見るとプロットは面白そうだから、プロットのアイデアは容易に思い付く人なんだろう
ただ技巧に走るには何かもう一歩突っ込んだセンスが足りない作家ではないだろうか

No.139 3点 小人たちがこわいので- ジョン・ブラックバーン 2009/06/15 09:57
S・キングやクーンツらのモダンホラー作家の登場によって主導権がアメリカに移る以前は、ホラーと言えば英国が主流だった
ブラックバーンはそんな英国産ホラーの中心作家の一人だ
代表作と言われる「小人たちがこわいので」も1972年の作だが、P・ストラウブが1973年に、S・キングが1974年に登場しているので、ぎりぎりアメリカン・モダンホラーの登場直前に書かれたわけだ
上記の事情を鑑みてもブラックバーンは古い時代のホラー作家という事になってしまうが、実は産業汚染とか結構近代的なテーマを扱っている
各種評論でも本格やサスペンスからSFホラーなど様々なジャンルを強引に、それも融合ではなくてただ混ぜただけという雑多なジャンル・ミックス型というのが特徴だと言われている
つまり各ジャンルの境界線上に存在するのではなく、どのジャンルの要素も独立して持ってる感じ
実際読んでみると確かに各種評論通りで、それこそ微生物というSF科学的要素から、古代の伝承的恐怖までが良い意味で融合せずに、各種要素を切り貼りしたゴチャ混ぜ状態で読者の前に繰り広げられる
悪く言えばどのジャンル的にも中途半端ではあるが、むしろ各種要素が混濁した感じが魅力になっていると弁護したい

ただねえ、文章が読み難くて通常の三倍位時間がかかったぞ
読んでてス~っと頭の中に入ってこないんだよ
この読み難さゆえに他の作品も読んでみたいと思わなかった

No.138 8点 海外ミステリー作家事典- 事典・ガイド 2009/06/06 14:27
森英俊編集事典というと、世界ミステリ作家事典全2巻につきるわけだが、なんたって大部で値段も高いので気楽には買えない
ところが光文社文庫にコンパクトにまとめた森編集の事典が在るのだ
説明は国書刊行会版を引き継いで抜粋したような感じなのに定価1000円位だからかなりお買い得感はある
文庫版だから流石に作家数は絞り込んでいるので、マイナーな作家を知るという目的ならば国書版の高いのを買うしかないが、海外作家入門には絶好のガイド本だ
しかもホラーまで含む各ジャンルに分類しているので、総合的に入門出来る
本格しか読まない読者などは、マイナー作家まで含めた本格作家のみに絞ってほしかったと不満だろうが、私は異論がある
理由は、その手の読者にはこんな入門ガイドは不要だろうし、どうせいずれは国書刊行会版を買うだろうからだ
つまり光文社文庫版は海外ものをほとんど読んだことがないような読者向きなので、そういう読者には各種ジャンル別に解説してある方が親切だと思うし
入門段階から本格だけに偏って欲しくないしね

No.137 3点 大密室 (幻の探偵小説コレクション) - ピエール・ボアロー、トーマ・ナルスジャック 2009/06/03 09:55
発売中の早川ミステリ・マガジン7月号の特集はフランス・クラシーク・ミステール
便乗して仏産クラシーク本格を
合作前のピエール・ボアローが本格専門作家だったのは有名で、ナルスジャック単独の長編と一緒に『大密室』という単行本に収められている

第1の消失⇒美術館から絵画の消失、第2の消失⇒壁を通り抜ける人間の消失、第3の消失⇒走行中の自動車の消失
と消失がスケールアップする粗筋を聞いたら不可能犯罪系好みな読者は興味を示すだろうが、実は大して面白くない
特に第2第3の消失トリックは見かけが派手な分全くもってつまらない
むしろ面白いのは第1の絵画の消失トリックで、これがその後のプロットと関係してくるあたりがミソで、この作品の唯一の取柄かも知れない
このアイデアアを上手く活かしていれば、そこそこ面白い作品になってた可能性は有る
まぁしかしながら所詮は単なるトリック小説なのだが、特に良くないのが犯人の設定で、例えば中盤で犯人グループの1人が取引交渉に現れる
犯人が複数であることは最初から判っているので、これはネタバレでもなんでもない
取引に持ち込むのには必然性があるのだが、これはネタバレになるから理由は明かせない
問題はグループの背後に黒幕の存在を匂わせながら、その正体が全く面白くない事で、私は無関係だった別の意外な人物まで深読み邪推したよ
結局フーダニット的な面白さまで”消失”してしまった

第1の消失トリック自体は折角面白いアイデアなのに、それが活かされてない下手糞なプロットなのは昔から分かっていたらしく、後に作者ボアローの了解を経て、ある作家がトリックの基本設定は活かしながらフーダニット面まで考慮した改善ヴァージョンを書いたらしいが、これ翻訳して欲しいものだ

No.136 7点 ポー・シャドウ- マシュー・パール 2009/05/31 11:09
今年はポー生誕200周年
そこで脳内企画としてポーにまつわるエトセトラを
「ポー・シャドウ」ってこんな話

ポーの最後の5日間はアメリカ文学史上最大の謎の一つとされているが、ポーと文通もしていた語り手の若きクラーク弁護士は、ポーの死の謎を解こうとする
しかし行動力はあるが自身の推理能力に限界を感じた主人公は、パリに渡り助っ人としてある人物を探す
その人物こそポー描く名探偵デュパンのモデルとも目される犯罪分析家オーギュスト・デュポント
そこにもう一人、我こそが真のデュパンのモデルと主張するクロード・デュパン男爵なる人物が現れる
こいつデュパンと言うより怪盗ルパンみたいな奴なのだが・・・

作者マシュー・パールはハーバード大文学部を主席で卒業した秀才でダンテの研究家
「ポー・シャドウ」は歴史スリラーとしては王道な物語で、別に薀蓄もほとんど入れず文章も平易で、作者の経歴の印象と違いスピーディーに読めるし、地味ながら冷静な筆致も心地良い

No.135 5点 ポオ小説全集1- エドガー・アラン・ポー 2009/05/30 11:08
今年はポー生誕200周年
ポーは原典に確固たる版があるわけじゃないから、日本の各出版社が独自に悪く言えば好き勝手に編纂している
今年も生誕200周年記念という意味合いからか光文社と新潮社から新訳が刊行されたが、なかなか決定版を決めるのは難しい
新潮文庫の新刊はミステリーに絞った編集で、訳文も現代語調らしく決定版に近いが、「マリー・ロジェ」を省いているという弱点がある
強いて言えばポーのミステリー5作を全て収めコンパクトにまとめた中公文庫版がお薦めだが、全てを網羅した全集という意味では詩・評論まで含む創元文庫版全5巻を上回るものはないだろう
ただし本当に全集なので、ポー研究の為ならともかく、私のような一般のミステリー読者にはちょっと大袈裟だ
訳文も全体に硬く、古い訳も多いので気楽には読めない

創元版は単に各短編を発表年代順に並べて4巻に分けただけなので、1巻が一番古く4巻が晩年の作という事になる
世界最初の探偵小説「モルグ街の殺人」はポーの中では中期頃の作品なので第3巻目に収録
「盗まれた手紙」は晩年の作なので第4巻目に収録
そう考えるとだ、第1~2巻は「モルグ街」以前の作だけなのだから、ミステリー作品はないのか?という疑問が湧く
いや広く捉えれば、そりゃゴシック風小説はさ
例えばこの第1巻にも「アッシャー家」や「ウィリアム・ウィルソン」といった有名作はある
しかし狭い意味で後の探偵小説の発明者ポーらしい短編は「メルツェルの将棋指し」だろう
「メルツェルの将棋指し」は初期の作だが、これはまさに分析だけで構成された話で、後に「マリー・ロジェ」を書く為の前哨戦というか既にこうした分野の萌芽を感じさせる
この短編だけだが実はさらに驚くのは翻訳者で、評論家の小林秀雄がまだ無名の学生時代にアルバイトかなにかで訳したのだという

No.134 6点 フランス・ミステリ傑作選(2)心やさしい女- アンソロジー(国内編集者) 2009/05/28 10:03
発売中の早川ミステリ・マガジン7月号の特集はフランス・クラシーク・ミステール
便乗して仏作家限定アンソロジーの(2)巻目の書評を
(2)はボア&ナルが合作前に別個に書いていた作品から古くはルルーの怪奇短編まで収められている

冒頭のノエル・カレフは創元文庫で早くから翻訳紹介されていたので知られた名だが私は初読
映像化向きの先入観があり収録の短編も舞台設定などに視覚的効果が出ているが、ただ切れ味勝負な作家では無いようだ
本格専門読者が注目するのはクロード・アヴリーヌだろう
なぜなら創元文庫で早くから本格作品として紹介されていたからだ
しかしアヴリーヌは元々が純文学の人であり文章も文学臭が強く、ステーマンや合作前のボアローみたいな悪い意味でのトリック小説を期待するような狭量な本格読者には向いてない気もする
ローラン・トポールはフランス人らしい多芸才人の見本みたいな人で画家としても有名
小説では仏産ブラック・ユーモアの代表作家で、収録作も小品ながら、この本の中でも良いアクセントになっている
(2)巻で一押しなのがジャン・フランソワ・コートムール
純然たるサスペンス小説作家なので本格専門読者には知らない名前だろうが、実は角川文庫で3冊も翻訳があるのだ
まだ見付け易いみたいで私は早速古本屋を巡って確保したが、角川文庫ではコアトムール表記なので検索時は注意
収録作も後半では思いもよらない展開が待ち構えていてるのだが、物語展開勝負な作風だから、ラストのサプライズだけを求めるような読者には向かない
最後の締めはガストン・ルルーの短編で、これだけが他と時代が違うのにあえて編者が入れたのは良く分かる
ルルーは「黄色い部屋」などよりも怪奇短編の方が本領が発揮されているのかも

全体としては5点位だが、コアトムールとルルーが意外な拾い物だったのでおまけの+1点

No.133 6点 フランス・ミステリ傑作選(1)街中の男- アンソロジー(国内編集者) 2009/05/25 10:03
本日25日は早川ミステリ・マガジンの発売日で、特集はフランス・クラシーク・ミステール
そこで便乗して仏ミステールのアンソロジーの書評を
単に仏作家を含むアンソロジーなら珍しくないが、実は意外と仏作家だけに限定したアンソロジーは少なくて、これ早川文庫には復刊して欲しいところ

全2巻だが主に(1)は男性が、(2)は女性が重要な鍵を握る作品という分け方で、必ずしもそれぞれの性別が主役とは限らない
(1)では冒頭のシムノンから始まりボア&ナルの代表中編「犬」、ステーマンやピエール・ヴェリといった黄金時代本格作家、さらには純文学のフランソワーズ・サガンまで収められている
本格しか読まない読者はどうせステーマンとヴェリしか興味ないだろうが、フランシス・ディドロをご存知だろうか
仏には珍しい戦後の本格派で、なにしろ翻訳が極めて少ないので私も名前は知っていたが読んだのは収録の短編が始めて
この作家もっと翻訳されたら日本の本格読者にも受けそうだが
他にもカミのホームズ奇想パロディ、ルフォック・オルメスものの短編も初めて
翻訳された短編集が古書価格もバカ高値なので、どこかの出版社で復活させて欲しいものだ
期待していたフレデリック・ダールは案外と期待外れだったが、視力に障害がある作家として有名なルイ・C・トーマはなかなか切れ味のあるサスペンス作家だ
比較的安価で長編の古本が入手可能な作家だし、日本受けしそうなのでもっと読まれてもいい気もする

アンソロジー全体を内容だけで評価するなら5点位かなとも思うが、希少価値を加味しておまけの+1点

No.132 7点 誰でもない男の裁判- A・H・Z・カー 2009/05/20 10:17
ディクスン以外のカーと言うと、ハードボイルド作家フィリップ・カー、山岳ミステリーのグリン・カーらがいるが、短編の名手A・H・Z・カーを無視することは出来ない
強いてジャンルを言えば奇妙な味系異色短編作家だろうが、かなり本格寄りな短中編もありジャンル分けは難しい
戦後に登場したこの手の異色短編作家の新鋭だろうと生年を見ると1902年生まれ
J・D・カーが1905年生まれだから、っておいおい何だよ!A・H・Z・カーの方が年上なのかよ!デビューが遅かった遅咲き作家ということか
A・H・Z・カーは本業で充分裕福だったので、アマチュア作家として悠々自適にEQMMに短編を投稿していたのだろうな
そういったゆとりが感じられる独特の味わいがあり、状況判断に迷った時の人間心理への洞察には深みがある
A・H・Z・カーの短編集編纂は本国アメリカでも計画があったようだが流れ、世界で初めて日本でまとめられたのだ
晶文社版の解説によると山口雅也のお気に入り作家だったらしく、掲載されたミステリ・マガジンのバックナンバーを漁っていたようだ
T・S・ストリブリングもそうだが、こうした雑誌に載ったまま埋もれていた作品の発掘を山口雅也は好むからなあ

No.131 5点 天使と悪魔- ダン・ブラウン 2009/05/16 10:59
昨日は映画「天使と悪魔」の世界同時公開日だったが、連動企画で今夜CXフジテレビ系でも「ダ・ヴィンチ・コード」の放映があるようだ
映画は順序が逆になってしまったが、原作では「ダ・ヴィンチ」よりもこの「天使と悪魔」の方が先に書かれているのだ
「天使と悪魔」は「ダ・ヴィンチ」に比べると、歴史薀蓄ネタの面ではいささか面白味に欠ける
その代わりスリラー小説の面では「天使と悪魔」の方が冒頭から快調で断然上だ、それどころか過激にやり過ぎて荒唐無稽とさえ思えるほどだ
本音を言えば同じパターンを4回繰返す方式は有りがちだが、話を引き伸ばすのに都合が良く、プロットの立て方と言う意味では私は好きではない
でも両書読んだ人の半数以上は、「ダ・ヴィンチ」より「天使と悪魔」の方が圧倒的に面白いと答えるだろうし、実際に「天使と悪魔」の方が映像向きだ

映画化にあたって主要な舞台であるヴァチカンから撮影許可が下りなかったそうだが、そりゃそうだよな、この過激な内容では
原作に忠実だった「ダ・ヴィンチ」に比べて、「天使と悪魔」の映画版ではかなり変更している
例えば映画だとある重要人物が登場しないのだが、この為に原作では二重にミスディレクションが仕掛けられているのがシンプルになっているのが残念
しかし全体的には変更した映画版の方が正解じゃないのと思う場面も多く、原作を読んで4人目の枢機卿の運命や、最終的に誰が新教皇に選ばれるのかについて、私が作者ならこう変更したいな、と思ってたいたら映画版で私の構想通りに変えてあったのには驚いた
作者ダン・ブラウンはアイデアは良いのだが、どうもプロットの纏め方が下手糞な印象があって、上記の4人目の枢機卿の運命や新教皇選出についてと連続殺人実行犯の処遇などは、どう考えても変更した映画版の方が物語の展開としては優れている
今回の映画化は結構楽しめるんじゃないの

No.130 4点 ダ・ヴィンチ・コード- ダン・ブラウン 2009/05/15 09:57
本日5月15日は、映画「天使と悪魔」の世界同時公開日である
「天使と悪魔」も読了しているけれど、それに先立ってやはり「ダ・ヴィンチ・コード」の書評を先にしておこう
映画では「天使と悪魔」がラングドンシリーズ続編の扱いになっているが、原作ではもちろん逆で「天使と悪魔」の方が3年も早く書かれており、しかもその間に非シリーズの「デセプション・ポイント」も書かれている
執筆順序を考えてシリーズ両者を比較した感じでは、「天使と悪魔」に比べたら「ダ・ヴィンチ」はこれでも随分と地味に大人しくなったなという印象である
いや、と言うより「天使と悪魔」が派手過ぎ荒唐無稽なのだが、流石に作者もそう思ったのだろうか
「ダ・ヴィンチ」はスリラー小説の部分について言えば、後半はグダグダで、終盤も上手く纏めきれておらず尻つぼみだ
ラストでのもう一つの解釈も成り立つかのような余韻は嫌いではないんだけどね
ただキリスト教史の裏側についての歴史薀蓄の部分だけに限れば、「天使と悪魔」よりも「ダ・ヴィンチ」の方がインパクトはある
もちろん根本のネタ自体に目新しさは無いが、このネタを美術史と絡めた点が売りなんだろう

映画のほうは原作に忠実過ぎて、映画版を先に観た人は解り難かったんじゃないかな
映画を先に観てのおさらい読書の方が必ずしも分り易いって訳じゃないんだよ、薀蓄部分は小説版の方が説明が丁寧だから小説→映画の順番の方が分り易い
まぁ薀蓄分には全く興味無くてストーリーしか追わないって人は別だけどさ

No.129 8点 壜の中の手記- ジェラルド・カーシュ 2009/05/11 09:30
辛辣な風刺で有名な実在作家アンブロ-ズ・ビアスは、70歳の晩年にメキシコを旅行してそこで謎の失踪を遂げるのだが、未だに失踪の経緯は謎に包まれ現在でも色々憶測されている
作者カーシュがメキシコで、ビアスが最後に書いた手記を偶然手に入れた、という設定の表題作「壜の中の手記」はMWA短篇賞を受賞した
この表題作など、大いなるホラ話とでも言うべきイマジネーションに溢れた粒揃いの短編集である
中でも冒頭の「豚の島の女王」は、北村薫が”奇蹟のように生まれた作品”と評したのも肯ける、まさにカーシュでなければ書き得ない超傑作だ
以前は晶文社のハードカバーでなければ読めなかったが、現在では安価な角川文庫版が出ているので是非手に取っていただきたい
最近カームジンものシリーズの短編集が角川から出たが文庫版じゃないし、やはりカーシュの短編集の代表作は「壜の中の手記」だろう

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