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miniさん
平均点: 5.97点 書評数: 728件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.428 4点 曲った蝶番- ジョン・ディクスン・カー 2012/12/20 09:55
本日20日に創元文庫からカー「曲った蝶番」の新訳版が刊行される、創元ではクイーンなどと同様にカーも新訳版への移行を着実に進めておりその一環
一方の早川書房は「三つの棺」の新訳をやる気無いのかな、どうする早川?
* 「曲った蝶番」は以前に書評済だけど一旦削除して再登録

以前からある傾向がある事に気付いていたのだが、カー作品で「曲がった蝶番」の評価が高い人ほど「三つの棺」の評価が低い傾向があって、この両作どうやら反比例の相関関係が有るようだ
私は「三つの棺」を極めて高く評価していてその理由は書評時の機会に譲るが、言わば反比例するように私は「曲がった蝶番」をあまり高くは買わない
「曲がった蝶番」はカー作品中でも物語性が豊かという意見が多いが、終盤の過去の経緯の章を除くと物語性が豊かと言うより色々な出来事がゴチャゴチャと繰り出されてるだけに思えるのだよな、なんか纏まりが悪いちゅうか
終盤のタイタニック号の件も、要するにドイル長編に見るように後半に動機に繋がる経緯を後付けした感じで、ホームズ長編の構成パターンを批判しながら「曲がった蝶番」を絶賛するというのは矛盾を感じる
舞台設定もお屋敷もの館もの風なんだが、私はCCや館ものという舞台設定に全く興味が無い読者なのでこの面でも魅力は感じなかった
あと特殊なトリックだが、まぁこれは読者側が推理出来るような代物で無いのは大目に見る、これはこれで別にいいのだが、トリックが説明されても”だから何?”みたいな感心するようなトリックじゃないしなぁ
私にとってはカーの最高傑作と言ったら、なんたって「三つの棺」なんである

No.427 7点 殺意のシーズン- カール・ハイアセン 2012/12/14 09:50
12月はフロリダ州にとっては観光シーズンである
北東部の避暑地メーン州が夏の観光地ならば、避寒地であるフロリダ州には12月に多くの観光客がやって来る
その観光客を狙う”12月の夜”と名乗る4人のテロリスト集団と、地元新聞記者との”息詰まる”?攻防戦、テロリストの真意は何か?
まぁ、ハイアセンだからね、実はあまり息詰まらないんだよね(笑)
全編ちょっとお気楽に、ちょっとサスペンスフルに、まさにハイアセン節が炸裂、エコロジー思想が鼻につくのも同様

ただ「大魚の一撃」に比較すると、テロリスト側と捜査側との対立という単純な図式に終始するので、話に重層的な深みが乏しいきらいはある
この辺はスキンクという登場人物を上手く使いまわしていた「大魚の一撃」の方が小説としての読み応えは上だ
しかしはじけっぷりブッ飛んでる度では本書「殺意のシーズン」の方が優る
物語の深みと奔放なプロットでは「大魚の一撃」、単純に直球荒削りな魅力では「殺意のシーズン」ってとこかな

No.426 7点 ブラウン神父の童心- G・K・チェスタトン 2012/12/10 10:01
本日10日に、ちくま文庫からチェスタトン「ブラウン神父の無心」が刊行される
ちくま文庫では以前にも同じチェスタトンの「四人の申し分なき重罪人」が刊行されているが、ブラウン神父の新訳を続けるつもりなんだろうか、それとも「無心」だけか
創元文庫の神父シリーズが古い訳のまま放ったらかしなので、どうせ新訳でやるならちくま文庫には続けて欲しいが

さて「童心」と言えば「ホームズの冒険」と並んでミステリーの歴史上最も重要な里程標の1つである
ホームズのライヴァルたちの中で最強のライヴァルはソーンダイク博士だと私は思うが、ソーンダイク博士ではどう頑張ってもホームズのライヴァルの範疇からは抜け出す事は出来ない、比較しての価値と言う意味でホームズ有ってのソーンダイク博士だ
しかしブラウン神父くらいになると最早ホームズと比較するような存在ではない、全く別の意味でホームズと肩を並べる存在である
ブラウン神父の持ち味は形而上的な謎解きを持ち込んだ事だろう
ホームズが現場に落ちている証拠品から帰納的推理を巡らすのに対して、言わば演繹的に概念としての謎解きを展開するのだ
例えば「神の鉄槌」なんて一般的なトリックという視点で捉えても意味が有るだろうか?、これなんて概念としての謎解きと捉えなければ意味を成さない、「折れた剣」なども然り
神父シリーズじゃないが『奇商クラブ』中にホームズ流分析について、”そりゃどんな証拠品でも何がしかの手掛りにはなる、しかしそれらは往々にして誤った結論を導いてしまう”、という主旨の文言が有る、まさにチェスタトンのミステリーに対する考え方が良く出ている
ところで集中のベストは?
割と他の方々の評価が低いので恐縮なんだけど、私の好みでは1話目の「青い十字架」ですねえ、事件が起こって推理してという定型を外してることろが好きなんだよなぁ
あとは定番だけど、ホームズ流推理の逆を突いた様な発想が光る「見えない男」かなぁ

No.425 6点 大いなる眠り- レイモンド・チャンドラー 2012/12/07 09:54
本日7日に早川書房から「大いなる眠り」の新訳版が刊行される、翻訳者はもちろん村上春樹だ
題名がカタカナ書きじゃないのだね、原題直カタカナのものと従来の題名に準拠したものとでは、村上さんにとっては何を基準に仕分けしているんだろうね?、こういう不徹底な面がノーベル文学賞逃した理由とか(あっ、冗談です)

早川でのチャンドラーの旧訳版と言えば清水俊二訳が定番である
この清水訳、マーロウを卑しき街を行く孤高の騎士みたいに描いて、確固たるヒーロー像を創りあげたわけだ
これが正しいのかどうかは従来から議論されるところで、マーロウってのは生意気な口を叩く不良っぽい兄ちゃんという姿が正しい解釈なんだと言う説は根強く有るしね
「大いなる眠り」の旧訳は早川じゃなくて創元文庫の双葉十三郎訳なんだけど、結構双葉訳の方が本来の味わいなのかもね
私は戦後のハードボイルドを文学論的に解釈するのは間違いだとずっと思っていて、そもそも戦後のハードボイルド作品を”ハードボイルド”と呼ぶのは日本だけで、アメリカでは”私立探偵小説”と呼ぶ
戦後のアメリカでのジャンル分類法は、ただ主人公の職業がアマチュアかプロかで単純に仕分けているのが基本で、例えばコージー派なんてのはアマチュア探偵役の進化系みたいなものだしね
文学的分類でないので味気ないかも知れないが、アメリカでは探偵役の職業だけが重要な分類基準となっている面は否定出来ない
そう解釈すると、通俗ハードボイルドやネオ・ハードボイルドも説明出来るんだよな、要するに職業が私立探偵であればいいんだから
つまりアメリカでは文学的視点ではなく、単に”主役の職業が私立探偵である”という意味の作品がハードボイルド作品として綿々と書き続けられてきただけなんである
ただし戦前の場合は話が別ですよ、ハメットとヘミングウェイとは同時代だしね、でもチャンドラーは戦後だからねえ
ところで実はチャンドラーの方がハメットより年上だって知ってました?、ハメットが若書きだったのに対してチャンドラーはデビューが遅かったんだよね

No.424 5点 007/カジノ・ロワイヤル- イアン・フレミング 2012/11/30 09:56
明日12月1日に007新作映画「スカイフォール」が日本公開となる、ダニエル・クレイグがボンド役となっての3作目である
今回は今まで上司としての意味合いしか持たなかったMに関する話なのだそうだ、M役は前2作同様に今回もおばさん女優ジュディ・デンチ、次回作ではM役が男性に交代するのかなぁ
内容が発表される前は、新007シリーズを書いたジェフリー・ディーヴァーの原作なのでは?との憶測も有ったらしいが、どうやら純粋なオリジナル脚本との事だ
クレイグ主演の1作目「カジノロワイヤル」と2作目「慰めの報酬」はこの順に観ないと駄目よ、先に「慰めの報酬」を観ると序盤の意味が訳分からんと思うよ
しかし新作「スカイフォール」では連作になってはいないらしいので独立して観ても大丈夫だろう

さてクレイグ主演第1作同様に小説でもシリーズ第1作目が「カジノ・ロワイヤル」なのである
だからなのか何となくシリーズの方向性みたいなものがまだ固まっていないような印象を受ける
敵役ル・シッフルを暗殺するのが目的ではなく、プロパガンダ的に評判を失墜させる為にポーカー勝負をやるってのが冷戦時代らしい特色だ
映画版では流石にル・シッフルをソ連の工作員とするのは時代錯誤なので現代風に設定を変えている
でもソ連を犯罪組織に設定変更した以外は、私が知る限りこれほど原作に忠実な映画化は最近ではあまり例が無いのではないだろうか
いくつかの原作を場面を繋ぎ合わせた例は過去の映画化にも有るんだけどね、1作丸ごと忠実な映画化は珍しいと思う

No.423 8点 探偵術教えます- パーシヴァル・ワイルド 2012/11/27 09:55
ちょっと怪我で入院している間に芸能界から忘れられるんじゃないかとスギちゃん心配してたぜぇ~、退院後も頑張るぜぇ~
栞代わりに本に付いてる紐を引きちぎってやったぜぇ~、でもどこまで読んだか分からないから紙の栞を挟んでるぜぇ~
ワイルドだろぉ~

ワイルドと言えば「探偵術教えます」も有るぜぇ~、作者晩年の連作短編集だぜぇ~、でも相変わらずらしさが出てるぜぇ~
通信教育探偵て事はエリス・パーカー・バトラーの「ファイロ・ガッブ」の後継作品だぜぇ~、先駆と言う意味では負けるけど面白さでは上回ってるぜぇ~
流石ワイルドだろぉ~
特に翻訳者の巴妙子さんの訳は【実才】的に工夫されてるぜぇ~、【官能】的ドライブには笑ったぜぇ~、巴さん自身も笑いながら訳したんじゃないかとスギちゃんも【論理】しちゃったぜぇ~
ただ1つだけ不満なのは題名だぜぇ~、原題通りに『通信教育探偵P・モーラン』としておけば国書刊行会の「通信教育探偵ファイロ・ガッブ」と対になったのに、題名の付け方が平凡になっちゃった印象だぜぇ~
まぁ晶文社「探偵術教えます」の方が刊行が先だったから仕方ないんだろが、将来文庫化した時は題名を変更して欲しいぜぇ~

ところで論創のTwitterでワイルドのミステリー第1作への刊行要望出してる人が居たぜぇ~
どうせ”雪の山荘テーマ”ってのが興味惹いたんだろうぜぇ~
でもその人が期待するような一般的なCCものみたいな感じじゃないんじゃないかと思うぜぇ~
だって作者がワイルドだろぉ~

No.422 5点 東西ミステリーベスト100- 事典・ガイド 2012/11/21 09:56
本日21日に文藝春秋から「東西ミステリーベスト100」が発売となる
あぁ復刊ね、と思った貴方、最新情報に乗り遅れてますよぉ~
業界筋には水面下で大規模なアンケートが実施されている、という噂は予てから有ったがいよいよ集計結果が姿を表したわけだね
つまり旧版以来25年以上振りに出た正真正銘2013年版の新ヴァージョンなのだ
島荘、宮部、綾辻の作家インタビューや旧版の回顧座談会も載せるなどなかなか充実した内容らしい
刊行形態は文庫じゃなくて週刊文春の臨時増刊号扱いになっている
文春は年度別ベストでも週刊文春誌上で発表されるなど、”宝島社このミス”よりもうちが老舗だとの自負があるのか頑なにムック形式をこれまで避けてきたが、版型がムックだとすればちょっとこのミスを意識したのかも知れない
旧版は週刊文春発表が1985年、翌年に文庫化、対して綾辻「十角館」が1987年、実にタイミングが悪くて国内新本格が全くカバー出来ず古典のオンパレードだったので、新版では新本格がかなりの数入ると予想される

さて旧版だが、私は書評しようと思えばもっと前に出来たのだが、新アンケートの噂を聞いていたので待っていたのだ、我ながらストイックな奴(苦笑)
旧版は初心者の頃の入門バイブルだったんだよなぁ、という読者の方も沢山居られるでしょう、かく言う私も・・・、と言いたい所だが、私にとってはバイブルでは全く無かった、採点が低いのはそれが理由
私は初心者の頃にはサンデータイムズ紙ベスト99などの名作表リストを知っており、後に”クイーンの定員”なども知ってしまい、今でもそうだが私の憧れは上記の2つのリストだったのだ
私が思うに、今の読者が入門するのに適したテキストとしては、アンケートによるベスト形式ものではなくて、例えば仁賀克雄「海外ミステリーガイド」みたいな文章によるミステリー発展史年代記ものの方をお薦めしたい
「東西ミステリーベスト100」みたいなのは、初心者が参考にするよりも慣れた読者があぁこれ何位なのねみたいに感慨に浸るという読み方の方が良い気がするんだよね

当サイト書評で、、”ポケミスのランクインが少ない”とのこうさんの御指摘は大変鋭いと思う
こうさんの書評見るまで私も気が付かなかったが、たしかに当時ポケミスの入手が普通に容易ではあってもその当時は文庫化されてなかったものが非常に少ない印象は有る
例外としては例えばC・ブランド「はなれわざ」がある、現在では文庫化されているが、当時は普通に入手容易なポケミスで、ある意味既に文庫化されてた「緑は危険」「ジェゼベルの死」よりも入手容易だったのがポケミスで珍しくランクインした理由なのかなと思った
とにかく絶版かどうかはともかく、当時文庫で刊行されていたものに偏っているのを見ても、人気投票としては内容というよりも、入手容易度や”読まれている度”に比例した順位だったなぁという印象である
まぁでも人数的にこれだけ大規模なアンケートは空前絶後であり、最大公約数的な味気無さは感じるにしても、信頼度いう面では他に類を見ないという点では大いに評価はしたい

No.421 6点 世界短編傑作集2 - アンソロジー(国内編集者) 2012/11/16 09:55
1巻目が探偵小説というものの創造期黎明期であるとするならば、第2巻は同じ古典でも発展期という位置付けだろう
創元の編集上の勝手な都合で第1巻からポーとドイルが省かれているが、もし省かなかったら当然両作家は時代的には第1巻に収録されていた事になる
つまりこの第2巻ではホームズによって確立されたパターン形式のその後の発展史という事になるのだが、実はあまり発展してないんだよな、悪く言えば形式に縛られて停滞していると言ってもいい
この縛られた形式が破られるのは第3巻以降になってからなのである
ホームズ形式の後継者たちは通称”ホームズのライヴァルたち”と呼ばれるが、まさに第2巻ではライヴァルたちの競演が過半数を占め、時代性がよく表現されている
ただ乱歩の嗜好なのか全体に物理的トリックを前面に押し出したものに偏った印象なのは気になる、やはりそれも時代性か
まぁでも第2巻ではホームズ形式というものを味わう巻だと割り切って読めば楽しめるのではあるが

欲を言えば、マクハーグ&ボルマーの心理分析探偵ルーサー・トラント、アーサー・B・リーヴの科学者探偵クレイグ・ケネディ、オクティヴァス・ロイ・コーエンのはったり探偵ジム・ハンヴィ、そしてエドガー・ウォーレスのJ・G・リーダー氏あたりのシリーズからも採用して欲しかったな

さてといくつか各論
「奇妙な跡」のバルドゥイン・グロルラーは珍しいハンガリー生まれのオーストリア作家で、ドイツ語圏作家にしてはホームズ形式の忠実な後継者であり”クイーンの定員”にも選ばれているし各社目を付けて欲しいものだ
「オスカー・ブロズキー事件」はソーンダイク博士の倒叙短編の最高傑作と言われる作だけに選ばれて当然だが、創元は「ソーンダイク博士の事件簿Ⅰ」からこれを省いている
他社でもいいからさぁ、倒叙短編集『歌う白骨』の完全版をだしてほしいな、あっ!いや、嶋中文庫じゃなくてさ(苦笑)
トリックだけが有名な短編「ギルバート・マレル卿の絵」のV・L・ホワイトチャーチは、”クイーンの定員”にも選ばれた鉄道短編集が多分来年には刊行予定だ
そうなるとコール夫妻の”クイーンの定員”にも選ばれた短編集『ウィルスン警視の休日』なども創元か論創さん頼みますよ

No.420 7点 クイーンの定員Ⅰ- アンソロジー(国内編集者) 2012/11/12 09:59
まず最初に、そもそも”クイーンの定員(Queen's Quorum)”って何だ?という問題から
これは作家だけでなく評論家・編集者、そしてミステリー書籍収集家(特にダネイ)としての存在も大きいエラリイ・クイーンが、膨大なコレクションの中から、ミステリー短編史上の里程標たる短編集を選び簡潔なコメントを付したものである
あくまでもアンソロジーではなくて単なるリストに過ぎない
しかも”簡潔なコメント”と言ったが、本当に簡潔なんだよな(笑)、もう少し語ってくれよ(さらに笑)、そもそも各短編集の収録作すら載ってないし
コメントは簡潔だが各短編集には、”内容”、”歴史的重要性”、”初版本の希少価値”の3つの要素を表す記号が付けられている、作品によって選ばれた理由が内容重視だったり希少価値だったりするわけだ
その中で注目すべき要素は3番目の”初版本の希少価値”である
もちろんクイーンが選ぶのだから、例え超レア本であっても内容・歴史的重要度が選ぶに値しないものは流石に自重?したのか避けているが、でも選ばれた中には”これの初版本持ってる俺ってすげ~だろ”、みたいなクイーンの自慢が垣間見えるのだよなぁ(笑)

この各務三郎編のアンソロジーは、言わばリストに過ぎなかったクイーンの定員をアンソロジーに仕立てたまさに夢のようなアンソロジーなのだ
特に舌足らずだったクイーンの原本コメントを補完するかのように、収録作の調査や詳細な解説が加えられており、資料的価値だけなら10点満点を付けられる代物なのだ

それにしては中途半端な採点だなとお思いの貴方、そうなんです、アンソロジーとしては不満なんだよなぁ
この第1巻目では、オルドリッチ「舞姫」やガボリオ「バチニョールの小男」やマクドネル・ボドキンの親指探偵ポール・ベックものなど他では纏めては読み難い短編も多いのでまだマシなんだけど、2巻目以降ではkanamoriさんも御指摘になられていた問題点が鮮明に出てくるんだよね
アンソロジーは何を選んだか、というのが評価の大きな要素だと思うけど、つまりねえ、ポーやドイルみたいなのを入れる必要が有ったのかという事だよね
これが例えばね、創元文庫の『世界短編傑作集』みたいな基本図書的な志向ならば入れるべきだと思う、創元文庫では他の短編集との被りを異常に気にしているが、あの創元の編集は良くない
しかしこの『クイーンの定員』みたいな目的こそ、他でも読めるものは省いて、一般的に知名度の低いものや他のアンソロジーでは読めないものを優先すべきだったんじゃないかなぁ
もしかすると翻訳権上の問題が深く関わっていたのかな

No.419 8点 探偵たちよスパイたちよ- 評論・エッセイ 2012/11/06 10:00
* まずは一部の方にはバレバレの枕から(笑) *

明日7日に、ちくま文庫から丸谷才一「快楽としてのミステリー」が刊行予定
多分評論集だと思うけど、文庫オリジナルだそうだ
丸谷氏は先日亡くなったが、刊行予定の方が先に立っており、結果的に追悼出版みたいになってしまったのが悲しい、謹んで御冥福をお祈りします

便乗企画として「探偵たちよスパイたちよ」
これはアンソロジー部門に登録すべきでは?という意見も出るかもしれないが、いや私は評論部門への登録を主張したい
アンソロジーと呼べなくは無いが、短篇小説は2編位しか収録されておらず、しかも収録の短篇は普通のミステリー小説とは言えず、明らかに評論を補完する性質のものだろう
殆どはエッセイや何らかの文章から抜粋した論評などを雑多に集めたものである

これは楽しい、一言楽しい
ヴァラエティに富んでいるのだが、それでいてオモチャ箱をひっくり返したような雑多な分野、例えばコミック・イラスト類とか、マルチメディア的なものとかは編集した時代性もあっては入って無い
ミステリー評論集という仄かな方向性を残しながら雑多なものを集めた、まさに編者丸谷氏のセンスを堪能出来る
一番笑ったのは、早川書房ポケミスに対する雑談場面かな

私個人的には何より嬉しかったのは、有名な”サンデータイムズ紙ベスト99”のジュリアン・シモンズの序文と各コメントが読めた事だ、”サンデータイムズ紙ベスト99”は私のミステリー入門のバイブルだったからね
このリストは選ばれた作品名を確認するだけなら、他の文献などでも目にすることが出来る、一番簡単なのはウェブサイト『ミスダス』を閲覧すれば簡単に見ることが出来る
しかしシモンズの序文と選ばれた各作品群への選択理由などのコメントが文庫で簡単に読める文献はおそらくこの本以外にはあるまい
これだけでも資料的な価値だけで9点は付けられる代物なのだ、まぁそれだけが全てじゃないから平均的な点数にしてしまったが
私としては、もし自分が編集の仕事でも依頼されたとしたら、こういうのを編んでみたかったんだよなぁ、と思った

No.418 5点 ハロウィーンがやってきた- レイ・ブラッドベリ 2012/10/30 09:58
* 季節だからね(^_^;) *

今年はブラッドベリが亡くなった
大作家にしては早川ミスマガでも追悼特集は組まず、ちょっと各出版社、冷たいんじゃないだろうか
やはりSF作家のイメージだからなのかなぁ

まぁブラッドベリは元々がファンタジーだから大人向けも子供向けも無いのかも知れないが、でも通常は大人向けに書かれているのは間違いないだろう
しかしこの「ハロウィーンがやってきた」は純然たるジュヴナイルだ
子供達が謎の案内人によって、ハロウィーンのルーツという謎の探求の為に、歴史上の世界各国を巡るという、まぁいかにもなブラッドベリワールドが展開される
大人が読んでも面白いジュヴナイルは沢山有るが、これは流石に大人が読んだら考え過ぎてかえって分り難い話だ
子供が余計な事は考えず、ただ素直に話の流れに身を任せて読む位が丁度いいと思えるなぁ

No.417 6点 ケイレブ・ウィリアムズ- ウィリアム・ゴドウィン 2012/10/26 09:54
昨日25日発売の早川ミステリマガジン12月号の特集は、”ゴシックの銀翼”
ミスマガが正面きってゴシックと銘打つ特集組むとは予想してなかったな

サンデータイムズ紙ベスト99は私のバイブルの1つと言っていい名作リスト表で、番号順の最初の方は古典の部として概ね年代順に古典的作品名が並んでいる
このような古い順に並べた場合は1番最初に来るのは普通はポーの短篇集と相場が決まっている、しかしそのリストではポーが2番目なのだ、じゃあ1番て何だ?
その1番がポーを”探偵小説の父”と呼ぶなら祖父とも言われるゴシック小説「ケイレブ・ウィリアムズ」なのである

ポーは狭い意味でのミステリー小説の祖であるが、ポー以前にミステリー成立にはいくつかの源流のような流れが有って、中でも重要なのがゴシックロマンスの流行である
有名なアン・ラドクリフ女史や数多くの作家作品が乱立したが、ゴシックロマンスにはミステリーとは無関係な恋愛小説なども沢山書かれた中で、ミステリー小説の源流という視点だけに絞るとこの作品という事になるらしい

作者ゴドウィンは今で言う社会主義的思想の人で、「ケイレブ・ウィリアムズ」も貧富の格差に対する批判から生まれたような小説だが、作中に犯罪者への探究心や不公平ながら裁判シーンなどが盛り込まれ、さらには心理サスペンスや冒険譚の要素も内包しているという、たしかに探偵小説の祖父と言い得る作である
この作品は国書刊行会のゴシック叢書の1巻として出たので、意外と入手は容易である

No.416 5点 ローマ帽子の秘密- エラリイ・クイーン 2012/10/25 09:55
本日25日に角川文庫から「ローマ帽子」の越前敏弥による新訳版が刊行される、創元じゃなくて角川だよ
皆様御存知の通り、創元文庫の国名シリーズでは旧井上勇訳に替わる中村有希訳の新訳版への切り替えが着々と進められている、昨年は「ローマ」で今年は「フランス」を新訳版に切り替えた
角川も対抗して大御所越前氏の起用で本気度を見せようというのか、もっとも越前敏弥はダン・ブラウンの翻訳などで角川とは縁が深いんだけどね
ただ越前氏は早川・創元・講談社とも関わっていて、国名シリーズの新訳対決、どちらに軍配が上がるのでしょうか

その国名シリーズの原点であり作家クイーンのデビュー作が「ローマ帽子」である
ネット上の書評を閲覧するに、「アメリカ」「シャム」と並んでシリーズの中では低い評価が多い事に気が付いた、曰くロジックが物足りないとか、これだけでは犯人を絞り込めないとか
私は初心者の頃からミステリーに対してロジックを重要だと思った事が無くて、ロジック面だけが評価の全てみたいな書評は自分では書きたくないなぁと思っているし、そもそも国名シリーズを楽しんで読んだ事無いし、その前に「アメリカ」と「チャイナ」以降のシリーズ作すら未読だし
したがって国名シリーズの中での優劣順位なんて考えた事無いし、「ローマ」も「フランス」も「オランダ」も大同小異にしか感じなかったなぁ
「ローマ」のロジックは「Xの悲劇」と似た面が有るんだよね、「ローマ」のロジックを隙が有ると言うなら「Xの悲劇」だって同様の欠点が有るんだよな、「ローマ」だけを酷評して「X」を絶賛するのは矛盾していると思う
私は理系だったので大学受験の理科を物理で受験したが、物理の入試問題では例えば”表面は滑らかなものとする”などという前提条件が付く場合が多い、何故なら現実では摩擦の影響が多少なりとも有るからだ
しかしそれを考慮すると摩擦係数などを計算式に含めなければならなくなり、試験問題としては本質的な部分ではないのに計算がややこしくなるだけだから省いているのだ、ミステリーだって同様ではないだろうか
結局は提出される謎なんて作者の都合のいいように設定するものなんだよな、作者が帽子が劇場内に見付からなかったと書いたならそれを前提条件として読者側は受け入れるしかない
現実にはどこかに帽子を隠せる場所が在るんじゃないかなんて突っ込みは野暮というものだろう、「X」だって市電から上手く処分出来て警察が見逃したかも知れないんだし、だから「ローマ」に対して推理にアラが有るという非難は私はしない事にしておく

ロジックだけで語られがちなクイーンだが、むしろ初期の国名シリーズに顕著なのは当時の社会風俗を取り入れている面だろう
古典的な館という舞台設定から離れ、劇場やデパートや病院という風俗的舞台に着目したわけだね
そういう点ではハードボイルド派と共通する一面が有り、ハードボイルド派とは対極に思われがちなクイーンだが、当時興隆しつつあったハードボイルド派と共に主導権を英国からアメリカへと移した「ローマ帽子」の功績は評価したいと思う

No.415 6点 不変の神の事件- ルーファス・キング 2012/10/19 09:52
30年代のアメリカン本格長編黄金時代のクイーンとキングと言えば、もちろんエラリーとC・デイリー・キングである
しかしキングにはもう1人のキングが存在するのだ、ルーファス・キングである
C・デイリー・キングより2歳だけ年上のルーファス・キングは、年齢や出身地が近いだけでなく両者は同じキング同士として姻戚関係など何らかの関係が有るのではという説も有るらしい
ただし作風は全く似ていない
例の森事典でも、アメリカ本格黄金時代の申し子のようなデイリー・キングに対し、ルーファス・キングは通俗風味に流れてしまうのが弱点と解説されている
その通俗調な弱点を逆手に取った代表作が「不変の神の事件」とのことだ

後半には船上ミステリーになるが、デイリー・キング「海のオベリスト」のような純然たる船上ミステリーではない
船上なのは後半だけだし、それも船上からの乗客消失とサプライズ演出の為だけって感じで、船上という舞台設定がメインになっているわけでもない
しかもサプライズに関しては慣れた読者なら真相は見抜き易く、私もおそらく作者の狙いはこうではないかとは早い段階で気が付いた
ただしこのサプライズだが、サスペンス小説に付け加えられたサプライズの類ではなく、最初から本格派のプロットとして仕組まれたもので、前半がサスペンス小説、後半が本格派というのは計算されたものだ、まぁだから気付いたのだが
ただ案外と前半の通俗調サスペンス・スリラーの部分の方が、単に後半の本格部分の伏線だけに留まらない皮肉な面白さに満ちていて楽しめた
kanamoriさんの御書評が的確に言い表しておられるように私も追従して、”傑作とまでは言えないが良い意味で軽く読める気の利いた佳作”という評価にします

No.414 6点 海のオベリスト- C・デイリー・キング 2012/10/16 10:03
論創社の予告にデイリー・キングの「いい加減な遺骸」が立った、いわゆるABC3部作のCに相当するらしい
何故Cを最初にと思う人も居るかも知れないが、実は原著の刊行順ではC→A→Bの順番なんだよね
まだ仮題ではあるが韻を踏んだ邦題名を見るに、どうやら原題の感じを出そうという試みなんだろう
”い”っていう事は”いろは”なのかな?、でもそれだと”ABC順”と”いろは順”の順番が揃わなくなるけど刊行順て事か?

* 私的読書テーマの1つ、”船上ミステリーを漁る”の1冊

デイリー・キングと言えばABC3部作の前にまずはオベリスト3部作である、3部作の第1作目が「海のオベリスト」だ
「海のオベリスト」は典型的な船上ミステリーで、それも船上という舞台設定を効果的に使用した作である、ラストの意外性なんて船上ならではだ
船上を舞台ににした場合、観光旅情ミステリーに行くか、クローズド・サークル性を強調するか、あるいは見知らぬ他人同士が乗り合わせているという設定を活かすか、といったパターンに分かれると思う
ビガーズ「チャーリー・チャンの活躍」やブレイク「メリー・ウィドウの航海」なんかは観光型、カー「九人と死で十人だ」やマガー「目撃者を捜せ」はクローズド・サークル型、そしてクェンティン「死を招く航海」やこの「海のオベリスト」などはたまたま乗り合わせ型に近いのかなぁ

ただこの作が他の船上ミステリーとは全く違うのが心理学者の推理の競演である
これは船上という舞台設定には全くもって必要な要素ではなく、話の進行からも浮いているように見える
しかしこれこそがキングの十八番、まぁ仕方ないんじゃないでしょうか(笑)
「鉄路のオベリスト」もノベルス版では心理学者の競演を省いているが、あれ要らないという人も居るみたいだが、やはり完訳じゃないと雰囲気違ってくるからね

※ ちなみに論創社の刊行予定には、某掲示板でも全く話題になって無いが、リリアン・デ・ラ・トーレの「サミュエル・ジョンソン博士」も立ってるのな
ABC3部作はいずれどこかが出すだろうと思ってたから、ABC3部作よりもデ・ラ・トーレの方が驚いたけどな

No.413 6点 深夜の散歩- 評論・エッセイ 2012/10/15 10:01
先日ニュースで丸谷才一氏の訃報を知った
丸谷才一は芥川賞作家・文芸評論家として、さらにはジェイムズ・ジョイスなどの翻訳者として知られていた
しかし我々ミステリー読者にとって丸谷才一と言えば、趣味でミステリー好きなアマチュア評論家って存在だった、謹んで御冥福をお祈りします

丸谷才一には「探偵たちよスパイたちよ」という本も有るのだが、これは来月11月7日近くになってから書評するとしよう、えっ、何でその日付かって?、ありゃ!伏線張っちゃったよ(苦笑)
まず採り上げたいのが「深夜の散歩」である、これは福永武彦、中村真一郎、そして丸谷才一の3名によるミステリー評論集である
書下ろしではなく雑誌連載コラムを集めたものなので内容的にはかなり断片的である、各章の前後の繋がりなどは殆ど無いから読者は興味を惹かれたコラムを断片的に読めばいいと思う

福永武彦、中村真一郎、丸谷才一と3人揃うと、本業とは別に趣味でミステリー好きな東大出身評論家3人衆って感じだ
えっ!東大出身のミステリー評論家だったら中島河太郎や石川喬司も居るだろうって?、でも中島氏や石川氏はミステリー分野が本業みたいな人達だからなぁ

実際に作家としてミステリー創作もした福永武彦に比べると、丸谷才一は作家としては芥川賞作家の肩書き通り純文学畑であり、ミステリーはやはり趣味の域は出ていなかったんじゃないかななぁ、ミステリー翻訳の仕事もポーとG・グリーンとあとはクリストファー・ランドン「日時計」くらいだしね、ジェイムズ・ジョイスはミステリー作家じゃないし
でもそのアマチュアイズムが丸谷氏の良さなんだと思う、ちょっと斜に構えて捻くれたおじさんって感じで
当サイトでのTetchyさんの御書評に反してしまって誠に恐縮なのですが、福永氏担当の『深夜の散歩』に対して、丸谷氏担当の『マイ・スィン』もその捻くれ加減が別な意味で面白かった

No.412 7点 通信教育探偵ファイロ・ガッブ- エリス・パーカー・バトラー 2012/10/10 09:53
エリス・パーカー・バトラーは多作のユーモア一般文学作家で、特にプロパーなミステリー専門作家じゃないのでたしか森事典にも載っていなかった筈
一般文学作家なのでミステリー著作はこれ位だと思うが、「ファイロ・ガッブ」は”クイーンの定員”にも選ばれている、おそらくはユーモア・ミステリー短篇集の代表という選出理由も有ったのだろう
”クイーンの定員”は内容だけでなく原著の入手困難性も重要視されているが、この作は希少価値マークが付いてなかったからレア度は低かったと思われる
という事は日本での原著テキストの入手も容易なわけで、そのうちどこぞの出版社が手を出すだろうと思ってはいた
ただ手を出すとすれば原書房や論創じゃなくて岩波か国書刊行会あたりかと予想していたが結局国書だった
ガボリオ「ルルージュ事件」、バー「ウジェーヌ・ヴァルモン」に続いて国書やるなぁ、特定の編集者のセンスとの噂は有るけどね

私はユーモア調よりシリアス調なものの方が好きなのだが、アンソロジーで収録の1篇を読んだ時には珍しく笑ってしまった
それ以来短篇集出したらウケるのではないかと思っていたのだが、短篇集に纏まってしまうとまた印象も違ってくる場合も有るからね
1つ予想外だったのは連作形式になっている事だ
基本的な事件の部分は独立しているのだが、主役ガッブ君の身辺雑記や探偵稼業を続けざるを得ない金銭的事情は話が連続しているので、話によっては断片的に読んでも意味が分り難いものも有る、こういうのは古典的短篇集には時々有るよね
でもホームズのライヴァルたちの系譜を俯瞰した時、パロディとは別種のユーモア調の代表的短篇集としての歴史的価値は揺るがないと思う

No.411 3点 舞台裏の殺人- キャロリン・G・ハート 2012/10/05 09:57
発売中の早川ミステリマガジン11月号の特集は、”ブックショップの事件簿”
ミステリー書店主が主役って言うとやはりこれでしょ、キャロリン・G・ハートのアニー・ローランス・シリーズだ

ミステリー書店系コージー派
この分野を代表するシリーズがミステリー書店主アニー・ローランスである、その日本初紹介だったのが「舞台裏の殺人」だ
ただ原著ではシリーズ第1作では無かったようで、この作でアンソニー賞・アガサ賞を両方獲ったので最初に訳される次第となったらしい
言わば作者の出世作だったわけだが、どうもイマイチなんだよねえ、むしろシリーズの後の作にもっと良いものが有る
主人公がミステリー専門書店主ならではの知識がマニアックに盛り込まれる趣向が、受賞の決め手となったのかも知れない
作者ハートの謎解き面での特徴は、容疑者達を全員並列に並べて箇条書きリストを作るという、初心者の読書メモみたいな推理を展開する手法だ
探偵役の素人アマチュア探偵らしさは表現されているが、この手法が登場人物達の立体感を失わせ、パズルの駒みたいになってしまっている
まぁ人物描写に関心が無く、フーダニットしか興味ない人には合うかも知れないが
でもねえ人物描写以外の面でも物語に起伏が無く面白味に欠ける
このシリーズは後の作品ではストーリー展開と人物描写に進歩が見られるのだが、受賞作に限って出来が悪い印象が有るんだよなぁ

No.410 8点 推定無罪- スコット・トゥロー 2012/10/01 09:58
先日9月28日に文藝春秋からスコット・トゥロー「無罪 INNOCENT」が刊行された
年末の”このミス”でランキングするような話題作となるのか、それとも何だ今更トゥローかよ、みたいに無視されるのか、予想出来ない
でも「無罪 INNOCENT」に話題性が無いという事は考えられない、何故ならこの新刊はあの名作「推定無罪」の続編だからだ
実は続編っぽいのは既に書かれている、私は未読だが「推定無罪」の次に書かれた「立証責任」だ
しかし「立証責任」は、「推定無罪」の主役サビッチ検事の弁護を担当したスターン弁護士にスポットライトを当てた作らしいので、スピンオフ作みたく厳密な意味で直系と言い難いのかも知れない
「無罪 INNOCENT」では、判事に昇格した20年後のサビッチが再登場するという、正真正銘の続編らしいのだ

「推定無罪」は読んだのはず~っと以前なんだけど、続編の噂を聞いたので書評するタイミングを待ってたんだよね、う~ん我ながら気長な奴
さてトゥローと言うと重厚で陰鬱な作風として知られているが、それが持ち味なのである
その重厚さを楽しむものであって、重厚には重厚ならではの魅力が有る
リーガルサスペンス分野の作家も多いのだから、重厚感が嫌ならばエンタメ路線の、例えばジョン・グリシャムとかスティーヴ・マルティニとか読むべき作家は何人も居る
誤解している人も居るかも知れないが、リーガルサスペンスは決して社会派みたいなジャンルでは無く、法曹界を舞台にしたスリラーであって、スリルとサスペンスが主体である
トゥローのような重苦しい作風はこの分野の中では、どちらかと言えばむしろ例外に近い
ただねえ現状だとさ、トゥローの路線とグリシャムやマルティニの路線とで好みが分かれるというよりも、読む奴は両方とも読むし読まない人はそもそもリーガルサスペンスという分野自体に興味示さないんだろうなぁ、残念ながら

No.409 7点 ブラウン神父の不信- G・K・チェスタトン 2012/09/28 09:56
本日28日に論創社から、G・K・チェスタトン「法螺吹き友の会」が刊行となる、未訳長編で残っていた内の1つだ、論創という事はあの「マン・アライヴ」以来か
付録として短篇3編が同時収録されているが、その内1篇が目玉商品であろうブラウン神父ものの各短篇集未収録の短篇なのだ
もしかすると本邦初紹介かもしれないから、ブラウン神父譚をコンプリートしたい人には見逃せない

第1短篇集『童心』(1911)に続く第2短篇集『知恵』(1914)があまり間を開けずに出たのに比べると、ブラウン神父ものの第3短篇集『不信』(1926)は10年以上とすご~く間隔が開いている
このお久し振りであることが重要である
『童心』『知恵』と比較して『不信』が持つ際立つ特徴は次の2つだ

1つは、短篇集の題名にもなっている神と信心への懐疑
形而上学的な要素はそもそもチェスタトン作品に共通する面で、それは『童心』『知恵』にも有るのだが謎解きと融合してはいた
しかし『不信』では近代文明と信心との対比が正面から語られ中には謎解きとは遊離し本質的に無関係に語られる短篇すらある

2つ目は、英国人チェスタトンから見たアメリカという国
このアメリカという要素は『不信』ではしつこく語られ、舞台もアメリカに移る
これは『童心』『知恵』にはあまり見られない特色だ
やたらとトリックに関してばかりが注目されがちなブラウン神父だが、アメリカという国家に関するテーマ性・文明論について言及している世のネット上の書評は少なく、誰も目を付けないのが残念だ
『不信』という短篇集はアメリカと文明論について切り離せない、いったい『童心』『知恵』と『不信』との間に何が有ったのか
そこで登場するのが世界史の流れである
丁度『知恵』が出た1914年から1918年にかけて第一次世界大戦が勃発し、欧州の権威は失墜した
この間に世界の一等国にのし上がったのがアメリカで、欧州人からは成り上がり者と罵られようがアメリカが世界の中心的国家へと変貌していく事実は否定出来なかったのだ
『不信』刊行の1926年はミステリー史的には本格長編時代の幕開け時代だが、同時に主導権が英国からアメリカへと移る過渡期でもあったのである
『不信』が強くアメリカという国家を意識せざるを得なかったのも当然と言えよう
ところでチェスタトンに目に映ったアメリカとはどんな国なのか、文明論的にはどうも賛美も批判もせず客観視に徹しているようにも感じるのだが

集中で好きな作だが一番はやはり断然「犬のお告げ」、次点で「ギデオン・ワイズの亡霊」かな
でもどうせ「ムーン・クレサント」が人気なんだろうな
私はこの短編集中で「ムーン・クレサント」が一番好きと言う読者の書評は信用しないことにしている、ミステリーに求めるものはトリックのみ、みたいな読者が多そうなのでね(笑)館ものが大好きって奴も多そうだな(大笑)

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