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miniさん
平均点: 5.97点 書評数: 728件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.528 6点 ジェニー・ブライス事件- M・R・ラインハート 2014/01/31 10:04
先日23日に論創社からA・K・グリーン「霧の中の館」とM・R・ラインハート「レティシア・カーベリーの事件簿」の2冊が同時刊行された、グリーンの方は刊行前から当サイトに登録されたがラインハートの方はサスペンス小説だからなのか無視されていますが(苦笑)
論創がHIBK派の巨匠ラインハートを手掛けるのはこれが初めてではなく以前にも1冊出していた、ついでにHIBK派のもう1人の巨匠ミニオン・G・エバハートも1冊出しており、う~ん論創社手抜かりねえなぁ

さてそのラインハートの過去に出した1冊が「ジェニー・ブライス事件」である、これは以前に書評済だが一旦削除して再登録
ラインハートと言えばHIBK派を代表する作として有名な「螺旋階段」や作者の最高傑作の1つと言われる「ドアは語る」といった知名度のある作が有る
それらに比べて「ジェニー・ブライス事件」は論創で紹介されて初めて知った作だ
HIBK(もしも私が知っていたら)派については「螺旋階段」書評でも述べたが、古典的なサスペンス小説のテクニックの1つであり、何かと言うと目の敵にして悪者扱いする風潮は止めた方がいいと思う、大体そう言う人に限ってHIBK派を1冊も読んでなかったりするんだよな
ラインハートはサスペンス小説と割り切って読むなら一流の作家ですよ
ところがこの作が刊行された当時の評価は、やれ証拠や証言が後出しだとか、関係者がもっと早く話していれば無駄な紆余曲折は無かっただのと散々
こうした批評に共通しているのは明らかに視点が”本格としてどうか”という視点なんだな、それは見方が悪い
今時ウールリッチや今だとディーヴァーとかを本格視点で見る人は少ないでしょ、サスペンス小説とは要するに途中の紆余曲折こそが読ませ所なんだよな、無駄な紆余曲折じゃないんだよな
ところがどうやら海外古典マニアって人種は何でも本格派ばかりを求める風潮が強くてなぁ、現代作家だとサスペンス作家は本格とは違うと割り切って解釈するくせに、古典時代の作家だと全てを本格派として解釈しようとする
古典時代の作家・作品にもサスペンスやスリラー系統などいくらでもあるのに
考えて見ると、J・S・フレッチャー、エドガー・ウォーレス、サッパー、オップンハイムといった作家達は翻訳状況が不遇だが、従来の海外古典マニアはこうした作家達を全く求めてなかったんだよなぁ
論創社の今後のラインナップを見ると、今まで不当に無視されていたこれらの分野に目を付け始めている感じなので心強い、企画・編集者の一部が社内で人が変わったんでしょうか?

No.527 7点 探偵サミュエル・ジョンソン博士- リリアン・デ・ラ・トーレ 2014/01/27 09:57
サミュエル・ジョンソン博士は18世紀英国に実在した人物で「英語辞典」の編纂で有名だが、それをさらに有名にしたのがジェームズ・ボズウェルが書いた伝記「サミュエル・ジョンソン伝」である
歴史ミステリーの草分け作家デ・ラ・トーレの短編シリーズ「探偵サミュエル・ジョンソン博士」は、ボズウェルを語り手のワトソン役、ジョンソン博士をホームズ役にしたもので、発表は40年代だが雰囲気はホームズのライヴァルたちに近い
デ・ラ・トーレの手柄は要するに、実在の人物を探偵役とする事に目を付けた点である
18世紀の英国史は丁度16世紀後半エリザベス時代と19世紀ヴィクトリア時代の両女王の黄金時代の間に位置し、17世紀に相次いで起きた清教徒革命と名誉革命の後を受けた、一見すると中途半端で谷間な時代にも見える
結婚せず子供が居なかったエリザベス女王の後は、テューダー王朝に代わってスコットランド由来のスチュアート王朝が引き継ぐが、名誉革命によってスチュアート朝に代わって大陸由来のドイツ語系ハノーヴァー朝が成立する
初期のハノーヴァー王家は英語が話せなかったりと英国的にはよそ者の王朝なので一部に反発もあったのだろうが、その前のスチュアート朝の本家もスコットランドなのでイングランドからしたらよそ者であった
英語も話せないようなハノーヴァー王家なのに案外とイングランド国民が歓迎したのもスコットランドも所詮は異国的な気持ちもあったんじゃないかねえ、ちなみにハノーヴァー朝は現英国王室ウィンザー朝とも一部関係が有り全く断絶した血筋同士ではない
シリーズ短編にはスチュアート朝の血筋の人物が登場したりスコットランドを舞台にしたものがあるのもこうした背景事情がある、そもそも語り手役のボズウェル自身がスコットランド出身でもあるし
ミステリー的に言えばホームズが活躍したのがヴィクトリア期だから大体ホームズの100年位前を舞台にしている

このシリーズの価値はなんと言っても実際の史実をヒントに、作者の想像力で幹に枝葉を付けるが如しに物語を膨らませるというアイデアである
歴史ミステリーには大きく分けて2種類が有り、テイ「時の娘」のような歴史の謎を考察するタイプのものと、エリス・ピーターズ「修道士カドフェル」のようなその時代に舞台設定するいわゆる時代ミステリーとの両タイプがある
デ・ラ・トーレのは両者の中間的な感じで、悪く言えば中途半端だが良く言えば後の両タイプのそれぞれの原点となったような位置付けでありミステリー史における価値は高い
アンソロジーのピースとして数々のアンソロジーに採用されていたので、断片的には数作読んではいた
例えば冒頭の「蝋人形の死体」はアンソロジー『クイーンの定員』に採られているが、このシリーズには珍しい血生臭い異色作で出来もあまり芳しくなく選択ミスじゃないかなぁ
しかしながらこうして論創社から1冊の短編集に纏められたのには感慨深いものがあり、昨年の論創社の仕事の中でもマックス・アフォードやルーパート・ペニーなどよりも出版の意義は高かったと個人的には思う、でも古典本格マニアが求めるのはどうせアフォードやペニーなんだよな残念ながら

もう1つ言っておきたいのはディクスン・カーとの関係である
デ・ラ・トーレの長編「消えたエリザベス」はカーに捧げられており、カーの歴史ミステリー分野での代表作「ビロードの悪魔」には彼女への献辞があり、相互に影響が有った

ミステリー的な趣向だけで言うならば本短編集中のベストは当サイトでのkanamoriさんの選択と私もほぼ同じで「空飛ぶ追いはぎ」「消えたシェイクスピア原稿」、注目作も同じ理由で「女中失踪事件」ですね
特に「消えたシェイクスピア原稿」での、”原稿をコピーしてしまえば原本の古文書自体の物質的価値は無い”という資料的価値重視な博士の思想は面白い、文書形式の国宝が気の毒になってしまうが(笑)、復刊されれば相対価値の下がる絶版ミステリーに大枚払う風潮に一石投じています(自嘲)

No.526 6点 砂洲にひそむワニ- エリザベス・ピーターズ 2014/01/23 09:57
昨年度後半はミステリー作家の訃報が相次いだ年だった、数年前のフランシスやパーカーが相次いで亡くなった年ほどの大物感はないが、個性派は多く残念である、合掌
追悼したい作家がまだあと3人残っていて、今年上半期までには追悼書評したい、今回は昨年8月に亡くなったエリザベス・ピーターズ

紛らわしいのだがエリス・ピーターズとエリザベス・ピーターズとは全くの別人である、国籍も英米と違うのだが一方で共通点も有りどちらも歴史ミステリーの分野なのだ、これではたしかに紛らわしいな
エリザベス・ピーターズには図書館司書(後に作家に転身)ジャクリーン・カービーのシリーズが有り扶桑社文庫の3冊は全て入手容易だ、その為かこのシリーズだけでこの作家名を御存じの方も多いと思う
しかしジャクリーン・カービーのシリーズは数が少なく、20作近くという全体数の多さから見ても作者のメインのシリーズは明らかにエジプト学者アメリア・ピーバディのシリーズである
ところがこっちのシリーズの邦訳は原書房のハードカバー版1冊のみ、MWA巨匠賞まで受賞した作家にこれはいかんよ、各出版社なんとかして欲しい
日本の読者にはマイナー視されているが実は本国では大物作家的存在というのはそれこそ何人も居るが、アメリカの現代ミステリー作家名を挙げるリストにもよく名前が載るなど、エリザベス・ピーターズもそんな1人なのである
「砂洲にひそむワニ」はシリーズ第1作で、MWAが選ぶベスト100にも入っており、ジャンル別の歴史ミステリー分野のベスト10入りしている作者の代表作だ
謎解き的にはミイラの正体と犯人の推測は容易で大した事は無いが、舞台のエジプト考古学発掘現場も魅力的でサスペンス小説としても味がある、この辺はエジプト学者という作者の本職が活きている、主役のアメリア・ピ-バディはモデルは居るにしても作者の分身でもあるだろう
惜しむらくはヴィクトリア朝期の歴史ミステリーなのに、舞台が英国ではなくてローマやエジプトなので、あまり時代性が感じられず現代っぽくなってしまっていて、歴史ミステリーとしての魅力に欠ける
現代作品だから原書房得意のヴィンテージシリーズではないが、原書房がなぜこれを単発的に出したのかそれが一番謎だ

No.525 7点 NHKカルチャーラジオ 文学の世界 怪奇幻想ミステリーはお好き?―その誕生から日本における受容まで- 評論・エッセイ 2014/01/16 09:56
NHKラジオ第2放送では日曜を除く毎日カルチャーラジオというのをやっている、毎日の午後8時30分~9時までの放送である
各曜日毎にテーマが日替わりとなっており、土曜日『漢詩を読む』、火曜日『歴史再発見』、水曜日『芸術その魅力』などである
そして毎木曜日は『文学の世界』がテーマで、現在は1クール12回連続で「怪奇幻想ミステリーはお好き?」と題した内容で講座が始まった
講師はホラー文学に強い風間賢二氏で、第1回目放送の「ゴシックとは何か」は先週に放送済だが、今夜の第2回目以降にはミステリー読者には聴き逃せないポーやドイル、さらには日本の翻案小説から乱歩、久作といったラインナップが控えている
第1回目を聞き逃した聴取者も大丈夫、NHK出版から詳しいテキストが刊行されている、当サイトでラジオ放送を直接採点というわけにもいかないから、NHKテキストを書評するという建前で採点します
このテキスト、本屋で是非立ち読みしていただきたい、目次を眺めればミステリーの成立事情に興味の有る方は間違いなく惹かれるはずだ
講師が風間賢二氏という事もあり、ややホラー寄りの視点でのミステリー小説の見方だが、そもそもポーの時代は本格派謎解きとホラーとは親戚と言うか不可分な存在なので的確な解説になっていると思う

放送時間をもう一度整理すると
木曜日 午後8:30~9:00
【再放送】 金曜日 午前10:00~10:30

No.524 8点 ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ- ジョン・ル・カレ 2014/01/07 09:54
* 今朝は寒~~~(((((´゚ω゚`)))))

寒いと言えば「寒い国から帰ってきたスパイ」
発売中の早川ミステリマガジン2月号の特集は”ジョン・ル・カレ”
昨年12月に早川から刊行された「誰よりも狙われた男」の宣伝も兼ねてだろうね

「寒い国から」はル・カレの最高傑作の1つだろうけど、私は代表作とは思わない
「寒い国から」は文章はともかく内容的にはよくあるタイプの普通のスパイ小説であり、他の作家でも書けなくはないなと思うからね
もう一つの理由は作者には一般的に代表作と目されるシリーズが有るからだ、もちろんスマイリー3部作である
その3部作の第1弾が「ティンカー、テイラー」だ
一昨年は映画化公開もされ早川から新訳版も刊行された
「ティンカー、テイラー」の旧訳はフランシスで御馴染みの菊池光だったのだが、新訳版では3部作の他の2作と同じ翻訳者になり、3部作全てが同一の訳者に統一された事になる

「ティンカー、テイラー」は「寒い国から」と異なる印象が有るのは、「寒い国から」には欠けていた官僚組織という問題意識が強く有るからである
要するに”諜報局”とは言っても所詮は官僚機構の中に組み込まれた存在であり、そこで働く職員は一種の国家公務員なのだ
「ティンカー、テイラー」にはそうしたテーマ性が濃厚に表れており、「寒い国から」とは違うスパイ小説の進化系なのである
これはもう実際に元諜報局員の経歴を持つル・カレでなくては書けないタイプのスパイ小説だろう
舞台設定の大半がロンドン市内に限定されるという動きの少なさが難だが、地味好きな私としてはこういうものを評価出来る書評者で有りたいと思えるそんな作品である

No.523 9点 ナイン・テイラーズ- ドロシー・L・セイヤーズ 2014/01/03 09:58
昨年末に論創社からドロシー・ボワーズ「命取りの追伸」が刊行された、作者のミステリー第1作目であるが、訳題がセンスねえなぁ、「毒の追伸」とかにして欲しかったな
例の森事典ではボワーズでは無く”バワーズ”と表記されている、多分だが発音上はバウアーズに近いんじゃないかなぁ
現代ミステリーにも”セイヤーズの後継者”とキャッチコピーを付けられる作家はよく居るが、ボワーズのデビュー作は1939年とまだセイヤーズがクリスティに匹敵する絶大な人気を誇っていた時期なので、”セイヤーズの後継者”の元祖的存在である、名前も同じドロシーだし

よくクリスティに比べてセイヤーズは一部のハイブロウなマニアだけでの人気だと思っている人が多いがこれは誤りである
最盛期のセイヤーズは初版発行部数でもクリスティを上回った事もあり、一般大衆的人気も凄まじかったのだ
セイヤーズとクリスティの認知度に差が出るのは戦後の話で、クリスティが戦後も綿々と作品を上梓し続けたのに対して、戦後のセイヤーズは潔く筆を折ってしまった
つまりセイヤーズは戦後の作が無い完全な戦前作家なのである、それにしては今でも海外では根強い人気が有るという意味では、同じ戦前作家でも今や海外では忘れられたヴァン・ダインなどとは比べ物にならない
要するに海外の名声に比して、ヴァン・ダインは日本だけで読まれ過ぎ、セイヤーズは読まれなさ過ぎである

さてそのセイヤーズの代表作の1つが「ナイン・テイラーズ」だ
”鐘”についての薀蓄が難しいという意見も出るだろうが心配御無用、多少は読み飛ばしても問題無いし、簡単な解説はされているし、何たって翻訳が浅羽莢子氏だしね
セイヤーズって結構トリック使いであり、幾つかの作品中に肝となるトリックが使われている
ただしそれらは一発ネタだったり、友人の医師等の専門家の助言に基づいた知識だったりで、正直作中からトリックだけを抜き出しても魅力に乏しい
セイヤーズは明らかにトリック自体のネタ品質で勝負する作家では無く、トリックからどう物語を膨らませるかに勝負を賭けた物語作家である
「ナイン・テイラーズ」もトリックだけを抜き出して、これはこういうネタですよ、と解説するのは数行で説明出来るほど簡単である
しかしそれをしても全く意味が無い、トリックが物語全体の中に織り込まれて初めてその意味が鮮明になるのだ、これぞ作者の真骨頂、まさしくミステリー史に残る名作の証なのである

No.522 5点 レッド・オクトーバーを追え- トム・クランシー 2013/12/30 09:44
年末という事で今年の追悼特集を、今年10月1日にトム・クランシーが亡くなった、何と言う偶然、命日も”オクトーバー”だったとは
クランシーと言うといわゆる軍事スリラーの第一人者であり、最も知られた作はもちろんデビュー作の「レッド・オクトーバー」だ
ショーン・コネリー主演で映画化もされているが、コネリーの役は小説ではシリーズでの主役ではなく、ソ連の潜水艦の艦長役である、ただしこの1作だけならもう1人の主役だが
最初は一般の出版社ではなく、軍事関連書籍を中心に出している出版社から刊行された為、すぐには話題にならず徐々に知られていったという曰くがある
読む前のイメージとしては、ミリタリー図鑑に物語を取って付けたような作風で、どうせ読むのは軍用アイテムマニアだけなんだろうと思い込んでいた
たしかに潜水艦の名前や用語とか次々に出てくるけど、まぁこういう箇所は読み飛ばしでいいんだろう、私は軍事アイテムなどは全く無知なんでね
案外と物語の起承転結はしっかりしており、必ずしもミリタリーオタクじゃなくても楽しめる話にはなっている
まぁ軍事専門用語などは気にしないで読み進めることだね
国際政治的背景としてはソ連崩壊前夜に書かれているので、冷戦を背景にした話と割り切って読む必要はあるが
しかし同じ冷戦時代でも、スパイ小説とは一味違う視点で書かれており、そこはやはり軍事スリラー、兵器マニア的な視点は濃厚である

No.521 6点 メグレ警視のクリスマス- ジョルジュ・シムノン 2013/12/25 09:55
* 季節だからね *

講談社版による日本独自の編集で、これにそのまま対応した原著は無く、複数の原著中短編集からの抜粋再編集版である
今年は仏語翻訳者の長島良三氏が亡くなっており、長島氏の翻訳解説であるこの中編集で追悼の1つとしたい

3編の中編を収録した中編集で、表題作は意図的に安楽椅子探偵ものを狙った感じだ
クリスマスストーリーらしく子供が登場するけど、当サイトでの空さんの御書評通りで、ある種事件の中心に居るはずの子供が上手く描写されておらず中途半端な扱いなのが難
人物描写に長けたシムノンだが子供を描くのは苦手だったのだろうか
これも空さんに同感だが、やはり3編中での1番の出来は「メグレのパイプ」だろう、特にパイプが盗まれた理由が人間心理の機微を突いて秀逸だ

No.520 6点 聖なる夜の犯罪- アンソロジー(海外編集者) 2013/12/24 09:57
* 季節だからね *

コージー派の第一人者シャーロット・マクラウド編集によるクリスマスをテーマにしたアンソロジー、全編書下ろしである
”書き下ろし”という事はだ、つまり全作がこのアンソロジーの為に書かれたわけで、編者マクラウドの交友関係の広さに驚きだ
例えばホックのサイモン・アークもの「妖精コリヤダ」はこれが初出、出来はイマイチだけどね
顔触れは結構豪華、ラヴゼイ、D・S・デイヴィス、M・H・クラーク、スレッサー、ホック、アシモフといった泣く子も黙る巨匠等が並ぶ
案外とコージーっぽいのは編者自身を除くとエルキンズくらいで、ジャンル的にもジョン・ラッツ、プロンジーニ、マーシァ・ミュラーといったハードボイルド作家も含まれており、コージー派作家が編者という事を考えるとヴァラエティ豊か
ただクリスマスストーリーとして子供を登場させるなどの縛りは無く、ブラックスワンのプレゼントの塩辛のように全体的に案外とクリスマスらしさが感じられない話が多いのがちょっと弱点かな

個人的な好みでベストを選べば、MWA巨匠賞受賞の女流作家D・S・デイヴィス「クリストファーとマギー」、こういうの好きなんですよね、あと1作選べばエリック・ライトの「カープット」かなぁ
しかし客観的に見て一番凄いのはラヴゼイの「クレセント街の怪」だろう、これぞ叙述トリック

No.519 5点 老人たちの生活と推理- コリン・ホルト・ソーヤー 2013/12/20 09:55
明日21日に創元文庫からコリン・ホルト・ソーヤー「年寄り工場の秘密」が刊行予定、御馴染みの”海の上のカムデン”シリーズ久々の翻訳である
この機会にシリーズ第1作目を読んでみた

これは何系と言ったらいいんだろう、コミュニティー系とでも言おうか、のコージー派
他のネット書評では一般的本格派に仕分けているサイトもあるみたいだが、何作かコージー派作品を読んだ私から見れば、キャラ設定や話の進め方などコージー派の分類で間違いないと思う、女流作家だし
一見すると男性名と誤解する人も居るんじゃないかと思うが、男性名のコリン、例えばデクスターのコリンは”Colin”なんだけど、ホルト・ソーヤーのは”Corinne”
多分だが発音上は”コリン”よりも”コリーン”に近いんじゃないかなぁ、その方が女性名っぽいしね

これも他のネット書評上でだが、どちらかと言えばコージー派に偏見が有って、ガチ本格派を愛でるタイプの読者に受けが良い印象で、普通の本格派として評価出来るみたいな評価もあった
たしかにあまりコージーっぽさを前面に押し出していないところがその手の読者に好感される理由なんだろうけど、それは逆に言えばコージー派らしい良さがスポイルされてるって事になる
私はコージー派はコージー派の観点で評価する主義なのだが、舞台設定が老人ホーム内に限定されるクローズドサークル的なのも私的好みに合わず、正直言ってコージー派の範囲内ではあまり面白いとは思わなかった

No.518 7点 このミステリーがすごい!2014年版- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2013/12/12 09:58
今年度版の新しい試み(今年限りかも知れぬが)として、『復刊希望!幻の名作はこれだ!』という企画コーナーが新登場
いつもの今年度のベスト6アンケートに加えて、投票者に復刊希望作を3作挙げてもらい集計する方式で、一応得点ポイントによるランキング形式になっている
各投票者が何を挙げたかも逐一載ってるのでお見逃し無きよう
一方でつまらなかったのは『私の宝物』、どうでもいい宝物の御披露に鑑定団も困惑、いくら宝島社だと言ってもねえ
まぁでもここ数年の”このミス”は500円でも高いと思ってたが、今年のは内容が割と充実しており(ランキング作品の質とかの議論は別よ)、これで500円なら納得じゃないかな
では恒例の我が社の隠し玉について(掲載順)

集英社:
アメリカの警察小説や北欧・スペインと順調なようだ、他社もそうだが来年は北欧から南へのシフトの予兆を感じるな

小学館:
海外1位はS・キングだが、その息子ジョー・ヒルの新作を予定、今年は長編だね

論創社:
昨年に比して今年は頑張った論創社、来期はさらに頑張って月2冊配本だってさ、息切れしないようにね、応援してますよ
トリックマニア読者だとP・マクとかベロウに注目が行っちゃうんだろうけど、私の注目はA・K・グリーン、サッパー、E・ウォーレスといった面々、この手の作家群は従来は無視されっぱなしだったから嬉しいニュースだ、ついでにオップンハイムとかキャロライン・ウェルズとかも御検討願いたい

東京創元社:
来年が創立60周年という事で気合入ってんなぁ
注目作を揃えた単行本に文庫はウォルターズ、オコンネル、あとロラックの「鐘楼の蝙蝠」
しかし私の注目はマーガレット・ミラーの未訳作だ
初期の傑作「鉄の門」と名作「狙った獣」の間を埋める時期の作だけに期待してしまうな

国書刊行会:
コリンズ「白衣の女」「月長石」と並ぶヴィクトリア朝期英国センセーション・ノベルの最高傑作との惹句が気になるのが、メアリ・エリザベス・ブラッドンの「レディ・オードリーの秘密」
年代もコリンズの両作の間で、「白衣の女」に触発されて書いたらしい
まぁ狭い意味での純粋ミステリーじゃないんだろうけど、国書らしいっちゃらしいよな
あとクラシックミステリの密かな企画というのも気になる

早川書房:
北欧系目白押しだが珍しい南米チリが登場、来期は北から南への転換期なのかねえ
早川は旧作の新訳復刊の方がファンは喜ぶんじゃねえの

SBクリエイティブ:
ソフトバンク出版のコンピュータ関連書は私も持ってるけど、最近は文芸作品にも分野を広げているんだね
もっとも以前はラノベばかりなイメージもあったが、来期は本格的に海外ミステリー参戦なら歓迎だ
ケン・フォレットに得意のIT系スリラーという事はどう考えてもラノベじゃないっすよね(微笑)

文藝春秋:
毎年ランキングに何冊か送り込むなど好調な文春だが、ディーヴァーとか定評ある作家のシリーズものも多く、皮肉な見方をすれば大物作家の名前頼みな感も有った
しかし来年は”10年に1度の新人”が登場予定だという、ここ数年来のビッグネーム頼みから脱却出切るか

新潮社:
昨今は冒険スリラー系に強い新潮社のイメージだが、注目はあのジェイムズ・M・ケインの最晩年の未発表長編でしょうね
”あの不朽の名作の新訳”ってのはあれか

光文社:
今は残念ながらミステリー専門レーベルから離れちゃった光文社
しかし好評の古典新訳文庫には特にミステリーとは銘打ってなくても注目作がいくつも有る、だったら再びミステリー叢書に参入されたらいいかがですか?
さて来期の注目はジェイムズ・M・ケインのあの名作、ってまさか新潮社とは偶然のバッティング?

原書房:
噂されてたヴィンテージ・ミステリが復活、来年はバークリーにパーマーに多分ヴァル・ギールグッド
トリックマニア読者には、カーの親友でもある本格派ギールグッドに注目だろうが、私の注目はもちろんパーマーだ
残念ながら前期のパズルシリーズじゃなくて後期作だが、パーマーの長編の翻訳はこれでやっと2作目、よく選んでくれた

扶桑社:
来年じゃなくて今年既に刊行済だが、S・ハンターの新刊は今話題のケネディ絡みだそうだ、タイミング良過ぎ
さて来年は得意分野の軍事スリラーや冒険系も順当に予定
私としてはコリア、マシスンなど異色短篇作家の『予期せぬ結末』シリーズの続きがどの作家になるのか気になる

講談社:
看板コナリーなども控えているけど、何と言っても最大の話題作はハリー・ポッターの作者J・K・ローリングが別名義で書いたミステリー小説だ
静山社じゃなくて講談社が版権取ったんだねえ、ところでハリポタにあまり詳しくない方、”静山社”という出版社を検索してみ、なかなか興味深いから

角川書店:
最近は話題がやや地味な角川、来期もこれは強力な一発というのが感じられないが、まぁ地味に良い仕事をする角川だけに期待は持てそう
しかし例年トリを務める角川にしては今回は作戦失敗?
これは今年の紅白のトリも異変があるのだろうか、いや無いな(笑)、今年で紅白卒業宣言の歌手も居る事だし

ヴィレッジブックス:
ルへインも賛辞を贈ったという新人の一発勝負といったところ
コージー派でも何でもいいから、ここは何か他の出版社とは違う特徴をもう少し押し出せばいいのにと思っちゃう

No.517 6点 どんどん橋、落ちた- 綾辻行人 2013/12/05 09:52
来週に書評するものはもう予定が決まってるんだよね、来週という事からも何が対象かはバレバレでしょうけどね(笑)
ところが今週はタイミング的に何かにちなんでというのが無いんだよね(苦笑)
そこで綾辻さんの『どんどん橋、落ちた』である、これ今後も何らかの”きっかけ”で書評する事は無さそうなので、こういう時に書評したいなと
短編集『どんどん橋』は読んだのはもうずっと前で、以前から書評したくてうずうずしていた、何故か?

それは短編集全体としての評価はどうでもいいんだよね、全体的にはまぁこういうのもありだよな、と私は許容しているので
表題作「どんどん橋」は流石にやられた、こういうのに免疫が無かったので
しかし「どんどん橋」で慣れたせいか次の「ぼうぼう森」はほぼ完璧に真相全体を看破した、伏線に気が付いたのであいつの正体は見破ったしね
「ぼうぼう森」は「どんどん橋」と一見似ているようで異なる発想から出来ていて、トリックにしか興味がなく人物描写や動機に重点を置かない読者は逆に見破り難いでしょうね
言いたかったのは短編集全体の評価についてじゃない、収録作のどの作品に注目するかで私の考えは他の方々とは大きく異なっているからである

他のネット書評でも収録作で最も低評価なのが「フェラーリは見ていた」なんだねえ、10人が読んだら9人がこの短編を収録作中で一番下に置いている
しかしである!!!
私は「フェラーリ」こそ収録作中で最も作者綾辻さんの本質が出ていると感じた
私は綾辻作品は殆ど読んでないので確固たる事は言えないんだけど、綾辻さんという作家は要するに、”これがポイントだと思わせておいて実は狙いは別の所に有る”、というのを大々的に話の中心に置く方なんだと思うわけ
例えばさ、あの「十角館」だってさ、孤島もので怪しげな館に全員が集められて次々に殺されて、というクローズものの王道みたいに思われがちだが、果たしてそうだろうか?
私が思うには「十角館」は孤島もののパロディである、そもそもクローズドサークルなのかも微妙だ
あまり詳しく書くとネタバレになるから書き難いが、十角館という館の構造が全く重要ではなくて、「十角館」の狙いの本質は別の所に有るわけだし

つまり私の言いたかったのはそういう事、「フェラーリは見ていた」という短編はその外し方が、あぁいかにも綾辻さんだなと思うんだよね
しかも全体に漂う私小説的な雰囲気は、綾辻さんという作家は本来はこういうのが書きたいタイプの人なんじゃないかなぁ

逆に収録作中で最も嫌いなのは「伊園家」、こんなの書いちゃ駄目でしょ、笑えない上にただただ不快だった

No.516 5点 絞首台の謎- ジョン・ディクスン・カー 2013/11/29 09:56
昨日28日に創元文庫からディクスン・カー「夜歩く」の新訳版が刊行された、藤原編集室絡みのようだ
創元では少し前にも同じ初期のバンコランもの「蝋人形館の殺人」が出ており、創元的には旧訳版が存在せず新訳と言うより初訳に近いものまで含めて、初期のカー作品の新版を揃えようという事なのかな、ついでだから「毒のたわむれ」なんかも頼むよ

さて「夜歩く」が作者のデビュー作にしてバンコランものの第1作ならば、シリーズ第2作目が「絞首台の謎」である
無理矢理オカルト的はったりを利かせた雰囲気重視な作風など基本的には「夜歩く」と大差ない感じ
私には世のネット書評では「絞首台の謎」の評価の低さに対し「夜歩く」の評価が相対的に高い感じがしてしまう
「夜歩く」に好意的な評価が多いのは作者のデビュー作という理由も有りそうでまた読まれる度合いも多いのだろう
「夜歩く」をあまり高くは評価してない私としては、まぁ五十歩百歩な感じなんだけどなぁ
ただし「絞首台の謎」の大きな弱点は、地理的あるいは舞台の視覚的なイメージが湧かない点で、それが謎解きの本質に関わっているので見取り図を添付し難かったであろう事情は察するものの、とにかく図面無しには訳分からん、てな印象はたしかに有るな

No.515 5点 東西ミステリーベスト100(死ぬまで使えるブックガイド)- 事典・ガイド 2013/11/26 09:54
つい先日に文春文庫から新版「東西ミステリーベスト100」が発売された、もちろん昨年ムック形式で出たあれの文庫化である
文庫化したからといってランキングの順位が変動する事は有り得ないので、ムック版を入手した人は無理に文庫版も買い足す必要は無い
ただし文庫版には”おまけ”が有るんだけどね

実は私はムック版を買わなかった、理由はただ1つ、単行本を先行させてもすぐに文庫化してしまう事で悪名高い?文春だけに、おそらく1年を待たずして文庫化するのではと思っていたからだ
さらにムック版では101位以下の順位が載ってなかったので、文庫化時に付け加えるのでは?との憶測が噂されたのもあるし
そうです、やはり予想通りだった、文庫版では国内・海外共に”おまけ”として101~200位までの順位も載っていた、ただしもちろん解説とかは一切無し、単に順位だけである
文庫版に準拠しての書評は当サイトでは私が初めてなので、義務として(?)101位以下の順位について簡単にコメント
100位以内から漏れた法月は101位以下でも1冊位しか入らず、麻耶雄嵩や道尾秀介も目立たず
一方でやはり100以内にあまり入らなかった伊坂幸太郎は101~200位には大量に入った、しかし目立つ順位ではない
総じてこれらに共通するのは、絶対的な代表作選定に迷うタイプの作家は票が割れてしまい、たとえ平均値が高くても不利だという事だ
いやむしろ平均値の高さがかえって災いしてる感じだ、悪く言えば時々は駄作なんか書いちゃう作家の方が1作に絞り込み易くて良いのかもしれない、1作しか代表作はありません、てなタイプの方が有利なんだな
海外ではマーガレット・ミラーやマクロイが100位以下でも苦戦、まぁ票割れし易い作家とは言え、投票が殆ど無いってどういう事
あとマクベインが「87分署」シリーズとして200位以内に入っている、シリーズで投票した人が何人か居たって事だけど、そんなの有りかよ、じゃぁ他の作家だってシリーズでいいだろ
もっともマクベインを個別作品単位で投票したらスゲ~票割れしそうだけど(笑)
驚いたのはピーター・ストラウブが入っていて、全体的に冒険系やスパイ小説が退潮した代わりに、ホラー系が地味に健闘していると思ったのは私だけか
あっ、そうそう、冒険系統でこれは言っておきたい事が
旧版に比べて新版では冒険小説の人気が下降したみたいな異見をよく聞くが、これは厳密にはちょっと違うと思う
前回アンケートでは統計学上の母体数を増やす為、各種団体に依頼したらしいのだが、その中に日本冒険小説協会も含まれており、その組織票の比率が大きかったらしいのだ
今回の投票ではアンケート配布先が広くバランスが取れており、今回の結果は現実情を反映しているはずだ
つまり冒険小説の人気が下がったのではなく、元々の旧版では冒険小説の人気が当時としても高過ぎたのだ

さて100以内も含めて総体的に言えるのは、強いのは定番の古典ともう1つはここ10年以内の話題作、この二極分化だね
つまり80年代後半から90年代の作がすっぽりと抜け落ちている感じだ、例えば90年代に投票やっていたらパレツキーやグラフトンなどもう少し入らなかったかなぁ
国内だと新本格ブームの頃なのでまだ健闘しているが、海外ではこの傾向が特に顕著で、90年代作品はほぼ全滅状態に近い
やはり20数年ぶりは間が開き過ぎである、こういうのは10年単位くらいでやるべきだろ
当サイトでシーマスターさんが鋭い指摘をされていたが、このガイド本が死ぬまで使えるようでは問題だとの御意見には同感です

No.514 5点 - F・W・クロフツ 2013/11/21 09:56
昨日20日に創元文庫からクロフツ「樽」の新訳版が刊行された、8年前に早川文庫からも新訳版が刊行されており、これで両文庫に新訳が揃った事になる
早川にとってのクロフツは古い訳の「列車の死」とかは別にして「樽」と「クロイドン」あたりだけ出しときゃいいだろ的な扱いだが、創元にしてみれば売れ筋の作家だろうから遅ればせながら早く新訳版を出したかったに違いない

実はクロフツは本国英国では忘れられた作家に近い存在で、おそらく世界で最もクロフツを愛好しているのは日本ではないだろうか、マイナー作まで翻訳され未訳作は僅かしか残っていない
英国では未だに根強い人気のある作家なのにごく一部作品しか翻訳されていない作家も多い中で、正直言ってクロフツは日本での翻訳に恵まれ過ぎている作家だと思う
と、こう書くとお前はクロフツが嫌いか?と問われそうだが、地味な捜査小説好きな私の嗜好には合っているのだ
人里離れた館に皆が集まって最後に大広間に全員を集めて探偵が推理を披露というパターンが大嫌いな私にとって、クロフツのスタイルは好きなんである

さて第1作「樽」だが、これは作者にとって最高傑作でも代表作でもないと思う、フレンチも登場しないしね
クロフツはごく一部作品しか読んでないが、私の読んだ範囲での最高傑作は「スターヴェルの悲劇」、持ち味発揮という意味での代表作は「マギル卿最後の旅」だと思う
「樽」はデビュー作だからなんだろう、習作とまでは言わないが、まだ作者がミステリーを書く事に慣れてない感じがする
当サイトで空さんも指摘されておられるが、本当のアリバイ崩しになるのは後半に真犯人が絞り込まれてからで、前半は樽の行方と移動経歴調査なのだ
つまり前半と後半とで二分されている感じで、しかもそれが計算ずくで結び付くとかじゃなくて、ただ単に2つに割れている印象なんだよなぁ、やはりデビュー時点の作者はプロットの立て方がぎこちないと思う
中期の「スターヴェル」や「マギル卿」を読んでしまうと、「樽」はどうしても不満が残る

No.513 7点 読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100 - 事典・ガイド 2013/11/18 09:58
”日経”というと一般的にはビジネス書か経済学関連の出版社というイメージだろうが、たまに”おぉっ!”っていうものを出す時がある
日経には”日経文芸文庫”という文庫叢書があり、名前の通りで決して経済関連だけの専門出版社ではないのだ
その日経文芸文庫から先日に海外ミステリーのガイド本が刊行された、私は発売日に即買いした
筆者は名blog”翻訳ミステリー大賞シンジケート”の主催である杉江松恋氏である

マストリードっていうくらいだから、必読書100選ってことか
内容はまさにマツコイ・デラックス
杉江氏らしく例えばコージー派もきちんと拾いバランスを取るなど、本格から冒険小説系まであらゆるジャンルに渡って選択している、入門書はこうでなきゃね

とここまで持ち上げておいて申し訳ないが、私はすごく疑問に感じる点があるので、採点で8点以上は付けられなかったのだ
このガイド本には大きな特徴的縛りが2つ有る
1つの縛りはここ100年間に刊行されたものという限定である
一番古いのがで黄金時代のバークリー以降、ポーやドイルの古典時代は全てカットである
これはこれで良いと思う、ポーやドイルは本来は時代を遡っての研究対象であって、入門書向きでないのは私も前から思っていた
さてもう1つの縛りが、現時点で新刊で読めないものは厳密に省くという徹底ぶりである、なるべく省くとかじゃなくて全てカットなのだ
例えば入門書向きか迷うJ・F・バーディンも100冊に入れているが、どうやらマーガレット・ミラーの代用品っぽいんだよな
という事はミラー作品が全て新刊で入手不可らしいのだよな、マジかよ(愕然)
これも一応意義は認める、長らく絶版で古書価格の馬鹿高いのなんか入門書に挙げる方が非常識だしね、初心者がガイド本で見て読もうと思ったら入手困難じゃあ悶々とするだけだし(笑)
しかしだ、ポイントは新刊で入手可能かどうかが分岐点として適切なのかが問題なのである
Amazonには現在は絶版ではあるが、中古でのタマ数が充分に有り1円しか値の付かない本など有り余っている
一方で比較的に最近刊行されたものは、たしかに新刊現役本だが中古価格がこなれてなくて中にはかえって割高なのさえある
つまり古本でも格安で入手容易なものを省く意味があるかどうかなのだ
新刊で入手可能かで一律に仕分け∞するのが果たして適当かどうかいささか疑問を感じるのである

No.512 6点 甦える旋律- フレデリック・ダール 2013/11/12 09:57
先月16日に長島良三氏が亡くなりました、慎んで御冥福をお祈りいたします
英米作家しか読まない方には馴染みの無い名前かも知れないが、フレンチミステリーのファンなら知らぬ者は無い仏語翻訳家である
ミステリーに縁の無い読書家だと「エマニエル夫人」の翻訳で知られるが、ミステリー読者だったらメグレ警視シリーズの翻訳がまず出てくるし、長島氏にはシムノンやメグレに関する著作もある
長島良三氏の追悼なら当然メグレ警視シリーズから選ばなければならないだろうけど、当サイトには空さんというシムノン書評のエキスパートがいらっしゃいますし、ここはちょっと別の作家で
私の蔵書の中からフランス作家だけで整理した本箱の中を漁ってたらこれを見つけた、長島氏の翻訳である

さて5~60年代を中心に洒落た文体といかにもフランスらしいエスプリと捻りの効いた作家が何人も活躍した
合作前は戦前デビューだが合作後は戦後作品が主流となるボワ&ナル、フランスミステリー界のオピニオンリーダー的存在ミシェル・ルブラン、トリッキーな作風で日本で特に人気のフレッド・カサック、盲目の天才ルイ・C・トーマ、新鋭ノエル・カレフ、さらに新鋭のセバスチアン・ジャプリゾやJ・F・コアトムールetc
しかしその手の作品ばかり探して読むような読者でもなぜか読まない大物作家が1人居る、フレデリック・ダールである
F・ダールは当時は人気作家で、フランス作家を挙げるならボワ&ナルはまぁ別格としても、少なくともカサックやカレフなどより先に名前が挙げられるべき作家である
日本ではカサックみたいな叙述トリックばかりに目が行きがちだが、この時期のフランス作品は小品ながらセンスの良さで勝負みたいな感じでありF・ダールはその典型である
この「甦える旋律」はフランス冒険小説大賞受賞の初期作で文庫で僅か200ページ程度と短い長編だが、これぞフランス産アサスペンスのエッセンスが詰まっており、フランス流サスペンスの何たるかを知りたいならカサックよりもまずF・ダールを読んだ方が適している

No.511 6点 ラブラバ- エルモア・レナード 2013/11/07 09:55
発売中の早川ミステリマガジン12月号の特集は、”あまちゃんとローカル・ミステリの魅力” 、小特集として”エルモア・レナード追悼”
今夏に亡くなった犯罪小説の名手レナードの追悼特集やらないのかなと思ったら忘れてはいなかったんだねえ、早川文庫には代表作の1つ「ラブラバ」があるもんね

作品数の割にはあまり賞には恵まれていないレナードだが、MWA賞受賞の代表作の1つが「ラブラバ」である、変な題名だが主人公の名前で、音節的には”ラ・ブラバ”と区切る
創元文庫で初期の代表作「野獣の街」は既読なのだが、ちょっと対照的な感じもした
ストレートに面白いクライムノベルを読みたいなら、万人向きな「野獣の街」の方をお薦めする
しかし「野獣の街」はレナードでなくても書けそうな話なんだよなぁ、例えばチャールズ・ウィルフォードあたりならもっと上手く書けるんじゃないかと
その点「ラブラバ」は良くも悪くもレナードにしか書けない犯罪小説だと思う、独特の感性は読者との相性も有りそうで好き嫌いが分かれそうだ、でもレナードらしさが出ているのは間違いなくこちらの「ラブラバ」だろう
「野獣の街」を読んだ時にはレナードタッチと言われる文章がもう一つピンとこなかったんだが、「ラブラバ」を読んであぁこれがレナードタッチなんだなと思った

No.510 4点 甘い毒- ルーパート・ペニー 2013/11/01 09:54
先日に論創社からルーパート・ペニー「警官の騎士道」が刊行された
ルーパート・ペニーは出版社に翻訳要望を掲げる本格オタクな方々がよく名前を挙げる作家の1人だ、まぁその手の人種にはよく名前が出てくる作家と、純粋な本格派なのに全く名前を挙げない作家名が有るが、両グループの作家名リストを書くのも面倒だからまたの機会に

ペニーは全作ビール主任警部シリーズの計8作しかなく、その中で翻訳刊行されたのは今回の「警官の騎士道」を入れて3作
しかしその3作は例の森事典でも代表作的に挙げられているものばかりで結構厳選されて翻訳されてるんだなと分かる、「警官の騎士道」は初期を代表する密室ものらしい
同じ論創社から以前刊行された中期作「警官の証言」も密室もので、つまり訳された3作中2作が密室ものという事になる
一番先に国書刊行会から出た後期作「甘い毒」は密室絡みでは全く無く、毒殺事件を扱ったオーソドックスなフーダニットである
いや本当にオーソドックスで、ちょっとアマチュア書きみたいな謎と手掛りの提示がなされており、正直言って技巧的に上手い作家とは思えなかった
ホワイダニットやハウダニットがあまり好きじゃなくて、純粋な犯人当てだけを楽しみたい読者には向いていると思う
逆にフーダニット以外の要素も求める読者にはひたすら退屈だろう

No.509 3点 かぼちゃケーキを切る前に- リヴィア・J・ウォッシュバーン 2013/10/31 09:41
* 今宵はハロウィンだからね

そこでリヴィア・J・ウォッシュバーンの「かぼちゃケーキを切る前に」を読んでみた、グルメ系コージー派、シリーズ第2作である
ハロウィンの時期に学校行事に参加する事になった元教師フィリスだが、お菓子バザーの売り上げ向上に企画されたお菓子コンテストにかぼちゃケーキで勝負するという、基本は前作を引き継いだ設定

作中の学校行事は特にハロウィンにちなんだものではない、ちょっとこれには説明が必要だろう
ハロウィンて私も昔はキリスト教の行事の1つかと勘違いしていた
ハロウィンは本来はケルト伝承が由来で現在では宗教とは無縁の民間行事として定着している、実際にカトリック系の国々ではあまり普及していない、カトリックでは翌日11月1日の”諸聖人の日(万聖節)”の方が祝日になるなどずっと重要だからだ
ハロウィンが流行しているのは英米加豪などキリスト教の別派閥であるプロテスタント系の国々が多い、カトリック系で唯一例外的に盛んな国はアイルランドだが、ケルト伝承という事で言わば発祥の地だからね
どちらかと言えばキリスト教が深く根付く国ほどハロウィンに否定的な傾向があり、逆に最近は日本で定着しつつあるのもなるほどである
むしろアメリカ南部などキリスト教文化の強い地域などでは、キリスト教由来ではないハロウィンに対して最近では公式行事を自粛するよう通達される場合も有るという
「かぼちゃケーキを切る前に」中にも学校行事に過剰にハロウィン色を強く演出しないよう学校側から指導があったという文章がある
昨年読んだレスリー・メイヤー「ハロウィーンに完璧なかぼちゃ」にはそんな話題は全く無かった
前者の舞台設定は南部テキサス州、後者は北東部のメーン州、なるほど納得

さて「かぼちゃケーキを切る前に」だが、謎解き的には前作と全くイメチェン、前作では第1作ということもあってかちょっと特異な真相に驚いたが、今回はシリーズ化を計算してなのか平凡と言うかかなりつまらない真相である
2作読んでもシリーズの方向性が分からぬ、3作目はいったいどうなるのやら

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