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[ 時代・歴史ミステリ ]
探偵サミュエル・ジョンソン博士
リリアン・デ・ラ・トーレ 出版月: 2013年11月 平均: 7.00点 書評数: 4件

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論創社
2013年11月

No.4 6点 nukkam 2019/01/15 22:57
(ネタバレなしです) アメリカの女性作家リリアン・デ・ラ・トーレ(1902-1993)は作品数は多くはありませんが歴史ミステリーのパイオニアの1人として高く評価されている存在です。3作書かれた長編作品はいずれも史実の事件を扱っており、短編作品では英国文学者のサミュエル・ジョンソン博士を探偵役、彼の伝記作家のジェームズ・ボズウェルをワトソン役にした本格派推理小説で知られています。後者については4つの短編集が出版されましたが、論創社版の本書は第1短編集(1946年)から5作、第2短編集(1960年)から3作、第3短編集(1985年)から1作の計9作を収めた国内独自編集版です。長編作品の「消えたエリザベス」(1945年)は小説というより研究レポート調で、かなり読者を選びそうですが本書はちゃんと小説になっていてもっと一般受けすると思います。短編ながら時代描写が実に丁寧で、おっさんさんのご講評で説明されているように謎解きとしてはそれほど凝った作品はありませんが読み重ねていくほど作品世界にのめりこんでいきます。謎解きとして劇的な「消えたシェイクスピア原稿」が個人的なお気に入りですが、(本格派ではありませんが)植民地だった米国の独立を支援する女性との知恵比べがコナン・ドイルの「ボヘミアンの醜聞」を連想させる「博士と女密偵」も印象的です。結末はこの作者が米国人女性であることを再認識させられます。

No.3 8点 おっさん 2014/04/26 07:53
歴史研究のエキスパートたるアメリカ女流が、18世紀ロンドンを舞台に、実在した英文学史上の巨人、サミュエル・ジョンソン博士を“名探偵”とし、その伝記作者ボズウェルを“助手”とする斬新な着眼で、ポスト黄金期にホームズ―ワトスン型の探偵譚を再生し、時代ミステリの画期となった名シリーズ。
本書は、1940年代からじつに80年代まで、断続的に刊行されたデ・ラ・トーレの、その四冊の短編集からの選り抜きです。
論創社の近刊予告でタイトルを目にしたときには、<クイーンの定員>に選ばれた第一短編集 Dr.Sam:Jonson,Detector をそのまま訳すのかと思ったのですが、創元推理文庫の往年の<シャーロック・ホームズのライヴァルたち>方式でしたw

収録作は、以下の通り(カッコ内に、何作めの短編集から採られたか、その数字を付記)。

 蝋人形の死体(1)
 空飛ぶ追いはぎ(1)
 消えたシェイクスピア原稿(2)
 ミッシング通りの幽霊(1)
 ディー博士の魔法の石(2)
 女中失踪事件(3)
 チャーリー王子のルビー(1)
 博士と女密偵(2)
 消えた国璽の謎(1)

史実を踏まえて想像力を飛翔させる、デ・ラ・トーレの虚実皮膜の世界、“縛り”のなかで繰り広げられる、そのヴァラエティ――殺人あり人や物の消失あり、幽霊騒動があるかと思うと、スパイとの知恵くらべも飛びだす――には、驚かされます。
必ずしも一編一編の出来が傑出しているわけではないのですが、このテの作品集は、云ってみれば積み重ねの面白さが大事。

その意味で、筆者は「ディー博士の魔法の石」→「女中失踪事件」→「チャーリー王子のルビー」という、後半の、日本オリジナルの作品配列に膝を打ちました。
ああ、これはいい。
デ・ラ・トーレの長編代表作『消えたエリザベス』(未読でした ^_^;)と共通のモチーフを有する「女中失踪事件」は、要注目作ですが、これだけ読むと、正直、解決が唐突すぎるという感は否めません。
しかし、まえに「ディー博士の魔法の石」(元祖ゴシック・ロマンス『オトラント城綺譚』を書いた、オタク貴族ホレス・ウォルポール登場。舞台はその住居<ストロベリー・ヒル>)をおくことで、“あの”小道具が印象的に再利用されるという、連作の妙味が出てきます。
そして、「ディー博士~」で言及された“あの”人物が、「チャーリー王子のルビー」において、劇的に登場する! 真実が明らかになるクライマックスの鮮やかさ、そして「人が勝者たりえるのは、洞察力によってなのです」と高らかに告げるジョンソン博士の千両役者ぶりで、筆者的にはこの「チャーリー~」が、本書のベストです。

各編の末尾に、作者の手になるライナーノートが付いているのも楽しく、作品理解を深めてくれますが、じつは筆者のように英国史の基礎教養に乏しい人間には、それでもまだ、よく分からないところがある。
そのへんを補ってくれるのが、痒い所に手が届くような、巻末の解説(真田啓介)です。調査の行き届いた、綿密な内容は、さきに引き合いに出した、創元推理文庫の<シャーロック・ホームズのライヴァルたち>の名解説(戸川安宣)を思わせ、本書の、筆者による採点8は、それ込みのものです。

しかし(以下、蛇足)。
真田啓介編と謳われていないところをみると、収録作品の選択・配列に、真田氏は関与されていないのかな?
「訳者あとがき」(中川みほ子)を見るかぎり、あまり訳者の持ち込み企画という感じもしない。
では、この日本オリジナル版を企画したのは誰か? それがちょっと気になりました。

〈付記〉2019年5月6日の第28回文学フリマ東京で頒布された、「クラシックミステリを楽しむ」評論誌『Re-ClaM』第2号所収の「「論創社編集部インタビュー」補遺」で、本レヴューを取り上げていただき、そこで論創社編集部の黒田明様から、「この日本オリジナル版を企画したのは誰か?」について回答を頂戴しました。
訳者の中川みほ子さんが、仁賀克雄氏からリリアン・デ・ラ・トーレを推薦されて全4冊の原書短編集を読み、作品を絞り込んだ、中川さんの持ち込み企画で間違いないとのことです。(2019.5.10)

No.2 7点 mini 2014/01/27 09:57
サミュエル・ジョンソン博士は18世紀英国に実在した人物で「英語辞典」の編纂で有名だが、それをさらに有名にしたのがジェームズ・ボズウェルが書いた伝記「サミュエル・ジョンソン伝」である
歴史ミステリーの草分け作家デ・ラ・トーレの短編シリーズ「探偵サミュエル・ジョンソン博士」は、ボズウェルを語り手のワトソン役、ジョンソン博士をホームズ役にしたもので、発表は40年代だが雰囲気はホームズのライヴァルたちに近い
デ・ラ・トーレの手柄は要するに、実在の人物を探偵役とする事に目を付けた点である
18世紀の英国史は丁度16世紀後半エリザベス時代と19世紀ヴィクトリア時代の両女王の黄金時代の間に位置し、17世紀に相次いで起きた清教徒革命と名誉革命の後を受けた、一見すると中途半端で谷間な時代にも見える
結婚せず子供が居なかったエリザベス女王の後は、テューダー王朝に代わってスコットランド由来のスチュアート王朝が引き継ぐが、名誉革命によってスチュアート朝に代わって大陸由来のドイツ語系ハノーヴァー朝が成立する
初期のハノーヴァー王家は英語が話せなかったりと英国的にはよそ者の王朝なので一部に反発もあったのだろうが、その前のスチュアート朝の本家もスコットランドなのでイングランドからしたらよそ者であった
英語も話せないようなハノーヴァー王家なのに案外とイングランド国民が歓迎したのもスコットランドも所詮は異国的な気持ちもあったんじゃないかねえ、ちなみにハノーヴァー朝は現英国王室ウィンザー朝とも一部関係が有り全く断絶した血筋同士ではない
シリーズ短編にはスチュアート朝の血筋の人物が登場したりスコットランドを舞台にしたものがあるのもこうした背景事情がある、そもそも語り手役のボズウェル自身がスコットランド出身でもあるし
ミステリー的に言えばホームズが活躍したのがヴィクトリア期だから大体ホームズの100年位前を舞台にしている

このシリーズの価値はなんと言っても実際の史実をヒントに、作者の想像力で幹に枝葉を付けるが如しに物語を膨らませるというアイデアである
歴史ミステリーには大きく分けて2種類が有り、テイ「時の娘」のような歴史の謎を考察するタイプのものと、エリス・ピーターズ「修道士カドフェル」のようなその時代に舞台設定するいわゆる時代ミステリーとの両タイプがある
デ・ラ・トーレのは両者の中間的な感じで、悪く言えば中途半端だが良く言えば後の両タイプのそれぞれの原点となったような位置付けでありミステリー史における価値は高い
アンソロジーのピースとして数々のアンソロジーに採用されていたので、断片的には数作読んではいた
例えば冒頭の「蝋人形の死体」はアンソロジー『クイーンの定員』に採られているが、このシリーズには珍しい血生臭い異色作で出来もあまり芳しくなく選択ミスじゃないかなぁ
しかしながらこうして論創社から1冊の短編集に纏められたのには感慨深いものがあり、昨年の論創社の仕事の中でもマックス・アフォードやルーパート・ペニーなどよりも出版の意義は高かったと個人的には思う、でも古典本格マニアが求めるのはどうせアフォードやペニーなんだよな残念ながら

もう1つ言っておきたいのはディクスン・カーとの関係である
デ・ラ・トーレの長編「消えたエリザベス」はカーに捧げられており、カーの歴史ミステリー分野での代表作「ビロードの悪魔」には彼女への献辞があり、相互に影響が有った

ミステリー的な趣向だけで言うならば本短編集中のベストは当サイトでのkanamoriさんの選択と私もほぼ同じで「空飛ぶ追いはぎ」「消えたシェイクスピア原稿」、注目作も同じ理由で「女中失踪事件」ですね
特に「消えたシェイクスピア原稿」での、”原稿をコピーしてしまえば原本の古文書自体の物質的価値は無い”という資料的価値重視な博士の思想は面白い、文書形式の国宝が気の毒になってしまうが(笑)、復刊されれば相対価値の下がる絶版ミステリーに大枚払う風潮に一石投じています(自嘲)

No.1 7点 kanamori 2013/12/16 21:10
18世紀英文学の巨人サミュエル・ジョンソン博士と、弟子の伝記作家ジェームズ・ボズウェルの師弟コンビによる探偵譚。
”クイーンの定員”に選ばれた第1短編集の収録作を中心に9編を収録した傑作選です。

シャーロック・ホームズの時代のさらに100年以上前の英国を舞台にして、全て実際に起きた事件を基に作者の創作部分を織り込んだ内容になっており、当時の政治体制など英国の歴史に詳しくない身には最初はとっつきにくい側面もありましたが、歴史上の有名人を何人か登場させている点が興味深かった。
蝋人形館でのトリッキィな殺人を扱った第1話「蝋人形の死体」だけは血生臭い事件ですが、他の作品は貴重品の盗難や消失もの、歴史秘話などが中心で正直ミステリとしては驚くような出来ではないですが、そのなかでも、サム・ジョンソン博士と盲目の治安判事ジョン・フィールディング卿という18世紀英国の二大ヒーローの共演作品「空飛ぶ追いはぎ」、当時の文化・風俗が消失トリックに結び付く秀作「消えたシェイクスピア原稿」、作者の代表作『消えたエリザベス』の短編ヴァージョン「女中失踪事件」などが特に印象に残りました。


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リリアン・デ・ラ・トーレ
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