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[ 本格 ]
学長の死
アプルビイシリーズ
マイケル・イネス 出版月: 1959年01月 平均: 6.00点 書評数: 2件

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東京創元社
1959年01月

No.2 7点 人並由真 2019/04/12 20:39
(ネタバレなし)
 オクスフォードとケンブリッジのおよそ中間にあるプレチェリーの町。その周辺にあるセントアンソニー大学(カレジ)である朝、学長のジョシア・アンプレビーの射殺死体が見つかる。死体の周辺には事件現場の混乱を導くかのような古い人骨がちらばり、さらに大学関係者の自室の床からは血痕を消した痕跡が見つかる。スコットランドヤードから捜査に来たジョン・アプルビイ(本書内の表記はアプルビー警視)は、大学を運営する十数人の評議員を中心に証言と情報を求め、やがて多くの者から嫌われていた被害者の素顔を認めるが、互いのアリバイを整理すればするほど事件は混沌とした様相を見せてくる。

 評者は短編集を別にすれば、初めてのアプルビイもの(イネスの長編としては2冊目)。どうせならシリーズの最初から読もうと思って少し手間をかけて稀覯本の本書を手に取ったのだが、おや翻訳が木々高太郎だったのだな。ミステリの翻訳は、木々の多数の著述の中でも珍しい方の仕事のはずだが、さすがに文章のうまい実作者だけあって、今でも充分に読みやすかった。
 冒頭でいきなり殺人が起きて死体が転がり、あとはアプルビイが関係者の間を聞き回るだけか? これはnukkamさんがレビューでおっしゃるとおり、さぞ退屈……かと思いきや、中盤で事件に首を突っ込んでくる三馬鹿風の学生トリオの大騒ぎはあるわ、意外に登場人物はそこそこ描き分けられているわ(全部じゃないけれど)で、個人的にはそんなに倦怠感は感じなかった。
 アプルビイがこともあろうに容疑者のひとりである大学評議委員当人を相手に推理合戦を始めたり、もう一回くらい殺人が起きてくれれば新たな手がかりが出てくるのに……と無責任なことをぼやいたりとか、ミステリのお約束をからかった感じの、いかにも英国っぽいドライユーモアも利いている。
 作中に「探偵小説のバイブル」として『トレント最後の事件』が登場し、アプルビイが「アプルビーの最大の事件」とか「アプルビーの最も奇妙な事件」とか内心で呟くあたりも愉快だよねえ。改めて言うけど、これシリーズ第一作です。(バカンの『三十九階段』も「三十九段」という日本語表記の書名で、その内容に触れながら話題にあげられる。)

 残り頁が少なくなる中、なかなか入り組んだ事件が最後まで本当の顔を見せないテンションも魅惑的で、殺人とその後の真相はいささかややこしいが、説明を聞いて腑に落ちる、よく練られたもの。具体的にどの作品と特定するのではないが、マクロイのよくできた長編とか、カーのAクラスとBクラスの中間あたりのパズラー、ああいう感じだ。
 自分はミステリファンとしての原体験が、イネスといえば本書と『ハムレット~』しか(国書でなくポケミスで)翻訳されていなかった頃の世代のジジイなので、この作家ってなんか文学的で難解っていうイメージがいまだどっかにあったんだけど……なんだフツーにイギリス流の謎解きパズラーミステリとして面白いでないの(嬉)。今後も少しずつ読んでいきましょう。

No.1 5点 nukkam 2014/08/15 11:45
(ネタバレなしです) 英国のマイケル・イネス(1906-1994)はオーストラリア、米国、英国で大学教授または準教授を歴任し、シェークスピアなどの文学作品研究者としても活躍したするなどこれぞ知識人というキャリアの持ち主です。ミステリーを書いたのも教授ならば著作の一つもなくてはと考えたのがきっかけだそうで、アプルビイ警部シリーズを中心に40作以上のミステリーを書きました(ちなみに本書の世界推理小説全集版では警視と表記されていますが多分間違いです)。その特色はファルス派と称される破天荒なプロットとユーモア、そして高尚な文学知識が散りばめられた独特なスタイルだそうです。1937年発表のアプルビイシリーズ第1作の本書はデビュー作のためか手堅過ぎるぐらいの文章で書かれており、ちょっと退屈でした(文学知識の方は危惧したほど乱用されていませんが)。第10章なんか後年の作者ならもっとユーモアを混じえて盛り上げたでしょう。登場人物も誰が誰だか整理が大変です。しかしながら第17章の「誤解の連鎖反応」が紐解かれる謎解きはなかなか劇的で読み応えがありました。


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