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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
海から来た男
マイケル・イネス 出版月: 1970年01月 平均: 5.50点 書評数: 2件

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筑摩書房
1970年01月

筑摩書房
1978年04月

No.2 5点 クリスティ再読 2023/10/30 14:16
イネスの単発の冒険スリラー。「39階段」っぽい巻き込まれ型スパイ。「海から来た男」を主人公が周囲の人たちを巻き込みながら、スコットランドの田舎の海岸からロンドンまで護送するプロセス。怪しげな「海から来た男」の狙いは?

というか「イギリス伝統」感って、この手の小説だと、オフビートなキャラ設定に妙味があるようにも思うんだ。で、主人公(22歳カレッジを卒業してすぐ)からして、人妻と海岸でアヴァンチュール中に、「海から来た男」を拾ってしまい、腐れ縁みたいにロンドンまで付き合うことになる!
そりゃ「イギリス紳士のアマチュアリズム」ってそういうものなんだけどさ。本人も分析するけど、要するに「人妻との情事」の後ろめたさから、非合法のキケンな香りを漂わせる「海から来た男」の言いなりになる、という心理的な動機を否定しきれなかったりする。客観的には利用されて「気の毒」なんだけど、本人は自発的に「バカやってる」と思える、というのがなんともはや。
「海から来た男」はどうやらイギリス人の核物理学者だけど、東側に協力するために失踪し、そこから逃亡して...という独自の狙いがあるようだ。だから「アブない」キャラには違いない。そして、主人公に協力するのが幼馴染の救急隊員とか、オーストラリアから来たイトコのカントリーガール。そして寝取られ亭主の従男爵や、飛行機狂の大貴族。

なのでイネス流「39階段」という印象の作品。わりと面白く読めるんだけど....いや、訳文がヒドくって、ちょっと困る。「ところのもの」とかやりそうなくらいの直訳調の複文が読んでいてわけがわからない。時間切れで下訳をそのまま出したんじゃないか?と勘繰られても仕方のないレベル。翻訳書としてどうよ、でマイナス1点しておく。
そりゃさあ、イネスの捻ったユーモアのある文章って難しいのは分かるんだけどさあ...

(どうやら「海から来た男」は「英国には私みたいなのはいません。日本ならば...」とか自分の右手について言っているから、要するに放射能被爆してケロイドになっているんだろう...そういう時代)

No.1 6点 人並由真 2019/07/17 02:05
(ネタバレなし)
 1950年代前半の英国。田舎の医者の息子で22歳の青年リチャード(ディッキー/ディック)・クランストンは、意中の美少女サリー・ダルリンプルにふられた。クランストンはもてあました恋の情熱を、サリーの実母で今はこの地方の名士であるアレックス・ブレア準男爵と再婚した熟女のカリルに向けて、彼女と不倫関係となる。その夜も夜の海岸で密会を楽しむクランストンとカリルだが、そこに沖合からほぼ全裸の中年男がいきなり出現。クランストンは謎の一団から追われる男を匿うが、彼の正体は数年前に英国内から謎の失踪を遂げた、核兵器開発に携わっていた高名な物理学者ジョン・デイであった。さる事情から余命が幾許も無いと語るデイは、死ぬ前にロンドンの妻子に会って不義理だった自分の行状の謝罪をしたい、しかし当局にその身をさらすと拘束やら尋問やらで残り少ない人生の時間と自由を奪われるので、隠密裡に家族のもとに向かいたいと言う。デイの希望を聞いたクランストンは、旧友で救急車の運転手サンディー・モリソン、オーストラリアからたまたま来訪していた同世代の従姉妹ジョージの協力を得て、デイの身柄の捕縛をはかる他国の工作員を退けながら道中を進むが……。

 1955年のイギリス作品。イネスのノンシリーズ作品としては本邦初紹介の長編で、ジュリアン・シモンズ選のオールタイム名作ミステリリスト「サンデー・タイムズ・ベスト99」にも選ばれた一本。
 文学者・吉田健一による訳文は21世紀の目からすると全体的に古く、カデラック(キャデラック)などのカタカナ表記、劇中のドラマチックな事件性のある事態をそのまま「劇」と表記しているらしい叙述など、かなり読みにくいが、それでも快調なテンポで物語が進み、あれよあれよという感じで頁がめくれていく。

 大体、主人公が袖にされた少女の実の母親に手を出し、しかして物語の実質的なヒロインはその母子どちらでもなく、途中からいきなり登場してくる行動派のアボリジニ(的な属性)のかわいい従姉妹、というキャラクター配置からして妙に屈折したオトナの? ユーモアが感じられる。この辺とか途中の逃避行中の大騒ぎ(かなりとんでもない<大物>が登場する)とか、物語後半に登場する某キャラクターの妙に奇人っぽい独特の存在感とか、あちらこちらの部分が、いかにもイネスならではの英国流ドライユーモアっぽい(評者はまだそんなにイネス作品を冊数読んではいない~これで3冊目だ~が)。

 物語は途中まで、評者がつい最近読んだばかりの『39階段』とか『バイド・バイパー』とかの感じのストレートなロードムービー風の冒険小説っぽく進むので、今回のイネスはそっちの方向で最後まで押すのかな……と思いきや(中略)。
 ……いや終盤の、いわば、それまでとちゃんとメロディを繋げながら、鮮やかに転調するその見事な手際。実に印象的であった(クライマックスが多少詰め込みすぎな感じと、説明を省略しすぎたきらいはあるが)。

 冒険小説、その分野に隣接する技巧派(中略)ジャンルの興味もふくめて「よくできた英国派スリラーの新古典」という修辞が実に似合う一冊。
 評点はもうちょっとで7点という意味合いで、この点数で。


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