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[ 短編集(分類不能) ] 真夜中の切裂きジャック |
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栗本薫 | 出版月: 1995年01月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
出版芸術社 1995年01月 |
角川春樹事務所 1997年04月 |
No.1 | 6点 | おっさん | 2014/05/19 17:45 |
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あれから、もう五年。いや、まだ五年というべきでしょうか。
本サイトで、たまさか作品がレヴュー対象として取り上げられているのを見ると、評価の内容とは関係なく、ああ、まだ忘れられていないんだ――とそのこと自体に感慨を覚えてしまう自分がいます。 闘病中の栗本薫が亡くなったのは、2009年の5月26日でした。 最後まで現役の作家であり続けた彼女ですが、晩年はすっかり痛い人になってしまい、作品の質的低下とあいまって、かつての多くのファンを嘆かせました。かくいう筆者もそのひとりです。 さんざん嘆き、怒り、でも・・・ いまだにこんな文章を書いている。 さて。 今回ご紹介する『真夜中の切裂きジャック』は、出版芸術社から1995年に刊行された短編集で、時期的には“晩年”の著作になるわけですが、じつは作者のデビュー当初の79年から、80年代後半までの、“単行本未収録作品”を選り抜いたもので、栗本薫の最大の武器であった、文章のパワーはバリバリ全開です。 収録作品は、以下の通り。 ①真夜中の切裂きジャック ②羽根の折れた天使 ③クラスメート ④獅子 ⑤白鷺 ⑥十六夜 ⑦<新日本久戸留綺譚>猫目石 作品のセレクトは、当時、出版芸術社に勤務していた溝畑康史氏(のちの日下三蔵氏)によるものです。 ①~③のサイコ・サスペンス系のお話が「SIDE-A」として、④~⑥の、ノン・ミステリの芸道小説が「SIDE-B」としてまとめられており、それに「BONUS TRACK」として、作者がデビュー前に書きためていた怪奇もののシリーズのうちの一編、⑦が付いているという構成です(ただ97年のハルキ文庫版では、、この趣向が無くなってしまって、それで読むと、似たような話が無造作に続く印象をあたえるかもしれません )。 ②の「羽根の折れた天使」は、第32回の日本推理作家協会賞・短編部門にノミネートされた作品ですが(このときの、同部門の受賞作はナシ)、作中の恐怖に、当時の世相を反映した一種のアクチュアリティは感じられても、ミステリ的にはコナン・ドイルの昔からあるテーマなわけで、その処理にとりたてて新味は感じられません。 この系列では、作者お得意のボーイ・ミーツ・ボーイ、中二病の大学生が“恋人”への疑惑(彼は殺人狂・・・なのか?)をつのらせ、現実から乖離していくさまを描く表題作①が、むしろ移ろいやすい日常に背をむけ、耽美に徹しているぶん、いま読み返しても古く感じません。ラストのカタストロフを具体的に書かないことで、リドル・ストーリーのような効果をあげているのも大きい。 ただ、現在(の“僕”の意識)→過去(それまでのフラッシュバック)→現在(の意識に戻る。そして――)という構成で、ループする空間に読者を封じ込めるのが狙いなら、途中、主人公に“読者”を意識したような語りをさせては駄目なんですよねえ。“手記”だと、これは成立しないお話なんですから。 やはり、(広義であれ)ミステリとなると、筆の勢いだけではいけないわけで、“情”を支える“理”という部分で、どうしても栗本薫には甘さがある。 もし、そうした拘束を解き放ち、完全に“情”に的を絞ってキャラクターを造型し、切りつめられた長さの中で、その閃光の人生をスパークさせたら、どうなるか? その答が、歌舞伎役者や三味線の名取を主役に配し、芸に憑かれた天才(同じ“芸人”としての、作者の理想の投影ならん)の壮絶な肖像で読者を圧倒する、④~⑥の作品群といっていいでしょう。 ミステリやSFと違って、純粋な芸道小説にどれだけ需要があったかは疑問です。でもそれだけに、商売抜きでこの話は書かずにいられなかった、といわんばかりの、作者の気迫が凄い。 わけても、④の「獅子」は傑作。二十年近くまえ、はじめてこれに接したとき、結びの一文を読んだ直後は放心状態になりました。再読しても、ただため息をつくしかありません。うまい。そしてそれ以上のものが、ここにはある。 しかし、死を前にした人間の、この“覚悟”を描ききった栗本薫が、なぜ自身の晩節は、ああも汚しまくったのか。いやこれは、いまさらいっても詮無いことですが・・・。 最後の⑦は、作家の栗本薫(♂)が車椅子の美少年・印南薫から聞かされる、、稀代の宝石の因縁噺。角書の<久戸留>は<クトル>です。というわけで、そうです、これはニャル子、あわわ、もとい邪神がらみの一席。 商業誌(『SFマガジン』)に発表するにあたって、多少は(その時点の、既発表の栗本作品とリンクさせるため、おそらく導入部に)手を入れたかもしれませんが、これは基本的に、彼女の大学時代の習作のお蔵出しです。 趣味的にすぎる、ベタなお話を、でも文体でクイクイ読ませていく。ああ、これはやっぱり栗本薫だw 思わず粛然とさせられる、芸道小説のあとに、こういうのを持ってくるのはいいなあ。 もっぱら長編作家として注目されていたため、割りを食った嫌いはありますが、このへんの短編集は、もう少し読まれてもよかったのに、と思います。 |