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[ SF/ファンタジー ]
盤上の夜
宮内悠介 出版月: 2012年03月 平均: 6.33点 書評数: 6件

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東京創元社
2012年03月

東京創元社
2014年04月

No.6 7点 zuso 2022/11/27 23:11
囲碁や将棋など対局ゲームをテーマにした奇想短編集。
この分野は近年コンピューターによる解析が急激に進んできた。ゲームという機械向きの「演算の山塊」に、生身で立ち向かう人間の苦しみと狂気が色濃く漂う。表題作では、四肢を切断された少女が囲碁棋士となり、碁盤を介して新たな感覚の世界を構築しようとする。
作者は元プログラマーだが、麻雀のプロを目指したこともある。三人の男たちが我欲を混乱させようとする「清められた卓」は、さすがに勝負へのアヤへの洞察力が深く秀逸だ。

No.5 7点 Tetchy 2016/09/26 23:40
まさに鮮烈のデビューであろう。そして創元SF大賞は第1回の短編賞受賞者にこの素晴らしい才能を見出したことで権威が備わったことだろう。そう思わされるほど、この宮内悠介なる若き先鋭のデビュー短編はレベルが高い。

とにかく表題作に驚かされた。四肢を喪った女性棋士灰原由宇の半生が描かれるこの物語はミステリでもなく、また宇宙大戦やモンスターが出てくるわけもない。ただ彼女の棋士のエピソードが語られるのみだ。しかしそこには道を究める者が到達する精神世界の高み、本作の表現を借りるならば天空の世界が開けているのである。この天空の世界はまさにSFである。精神の世界のみでSFを表現した稀有な作品なのだ。
特に孤高であった棋士が最後に放つ言葉が実に心地よい。棋士の対局を孤独で苦しい氷壁登攀に例える彼女がなぜそれほどまでに苦難の道を選ぶのかの問いに、「それでも、二人の棋士は、氷壁で出会うんだよ」と応える。そこには2人でしか会えない世界があるからと。こんな幸せな答えが他にあるだろうか。この台詞は今後も私の中に残り続けるだろう。

そして実在の機械と人との勝負を扱った「人間の王」はいわば伝記である。しかし実在したチェッカーというゲームの天才とコンピューターの闘いは本作以外の作者の創造した天才たちの精神性を裏付けるいい証左になっている。神を頭に宿し、全ての局面を記憶した天才が実在した。だからこそ彼はゲームの極北を見たいと思った。
そんな人物が実在したからこそ、他の作品で登場する灰原由宇や真田優澄、葦原恭二たちの存在が生きてくる。

また麻雀を扱った「清められた卓」での息詰まる攻防戦の凄みはどうだろうか?プロ雀士は面子を掛け、予想外の奇手を打つ謎めいたアマチュア雀士真田優澄と戦いを挑む。他のアマチュア雀士も今まで培ってきたキャリアを賭けて挑む。極北の闘い、宗教と科学の闘いと称された対局はそれぞれを今まで体験したことのないゾーンへと導く。この筆致の熱さは一体何なのだろう。ただでさえ麻雀バトルとしても面白いのに―ちなみに私は麻雀をしないし、ルールも解らないのだが、それでもそう感じた!―、最後に明かされる真田優澄の秘密と彼女が成したことを知らされるに至っては何か我々の想像を遥かに超越した世界を見せられた気がした。

後世に残る、天才たちを生み出すゲームを創作したにも関わらず誰もが相手にしないがために埋没した1人の王を描いた「象を飛ばした少年」が抱いた虚しさはなんとも云えない余韻を残すし、狂乱の人生を生き尽くした2人の兄弟と1人の女性の数奇な人生を語った「千年の虚空」では人智を超えた神の領域に到達するには常人であってはならないと痛烈に主張しているようだ。ここに登場する葦原兄弟と織部綾の人生の凄絶さは到底常人には理解しえないものだ。それがゆえに己の本能に純粋であり、人間らしさをかなぐり捨てて常に答えを追い求めることが出来た。

ここに出てくるのは見えざるものが見える人々だ。その道を究めんとする者たちが望むその分野の極北を、究極を見ることを許された人々たちだ。しかしそんな彼らは超越した才能の代償に喪ったものも大きい。四肢をもがれて不具となった女性、強くなりすぎた故に滅びゆくゲームの行く末を見据えるしかない男、「都市のシャーマン」となり、治癒に身を捧げる女性、統合失調症になったがために才能が開花した男。物事を探求し、見えざるものを見えるまで追い求めていく人々の純粋さはなんとも痛々しいことか。本書にはそんな不遇な天才たちの、普通ではいられなかった人々の物語が詰まっている。

なぜこれがSFなのか。それは上にも書いたように人々の精神の高みはやがて宇宙以上の広大な広がりに達するからだ。また四角い盤上や卓上は常に対戦者には未知なる宇宙が広がる。その宇宙は限られた人々たちが到達する空間である。本書はそんな異能の天才たちが辿り着いた宇宙の果てを見せてくれる短編集なのだ。

No.4 5点 E-BANKER 2016/08/21 18:44
単行本は2012年の発表。
表題作は第一回の創元SF短編賞 山田正紀賞を受賞した作者デビュー作でもある。
すべて「盤上」=ボードゲームをモチーフとした六篇で構成される作品集。

①「盤上の夜」=“囲碁”を題材とした表題作。四肢を失った美貌の女流棋士と、彼女の手足となってサポートする男性棋士。囲碁の世界でも人間VSコンピュータというのはよく話題になりますが、さて本編では?
②「人間の王」=“チェッカー”を題材としているのだが、寡聞にしてチェッカーという存在を知らなかった私。てっきりチェスのことだと思ってたけど、違うゲームなのね。双方が最善を尽くした場合、必ず引き分けとなることが証明された・・・ってそんなのありか?
③「清められた卓」=“麻雀”が題材となる本編。四人のプレイヤーが各自独特のキャラクターを持っているのが面白い。しかも新興宗教の女性教祖や小学生が参加する最強戦って・・・ありえる? 麻雀ファンには堪えられない展開&台詞。
④「象を飛ばした王子」=古代インド発祥の“チャトランガ”(=将棋のルーツのようなものか?)が題材。あのブッダの子供が主役として登場するのだが、隣の強国に攻め込まれる寸前という悩ましい状況。で、彼のとった行動とは?
⑤「千年の虚空」=“将棋”が題材。ある兄弟とひとりの奔放な女性による奇妙な共同生活。その中で生まれる愛憎渦巻くエピソードの数々・・・。結局将棋の場面はほとんどなし。
⑥「原爆の局」=再び①の世界&人物が描かれる最終話。ちょうど広島に原爆が落とされた日に行われていた囲碁の本因坊戦。そして、それを再現するかのようにアメリカの砂漠で行われている一局・・・結構シュールだ。

以上6編。
前評判が高いので、一体どんな佳作かと思って読んだわけだが・・・
うーん。正直なところ、良さが分からなかった。
で、そもそもこれってSFなんでしょうか? SFってなに?という疑問が次々に湧いてきた。

個人的には次作となる「ヨハネスブルクの天使たち」の世界観が実に良かっただけに、本作の世界観が合わなかったとしか言いようがない。
でもまぁこれがデビュー作だとしたら、確かにスゴイ作家だと言えるのかもしれない。
読者の評価云々とはちょっと違う次元の作品という感じにはなった。
私が読み手としてまだまだ未熟ということなのだろう。

No.3 5点 haruka 2014/06/27 17:51
囲碁、麻雀、将棋といったゲームを題材に、各競技の架空の天才たちをドキュメンタリータッチで描いた作品。独特の世界観はあるものの、個人的には作品世界に浸れなかった。「あぶれもん」から「博奕は1割の技術と9割の自信だ」というセリフが少し変えて引用されてましたね。

No.2 7点 メルカトル 2014/05/24 23:35
ボードゲームをモチーフにした6篇からなる連作短編集。テーマとして用いられるのは、囲碁、チェッカー、麻雀、古代チェス、将棋でそれぞれの対局が「わたし」を通じて回顧録のように語られる。
表題作もいいが、何と言っても第三話の『清められた卓』が素晴らしい。この作品は、タイトルから分かるように麻雀を題材としており、白鳳位戦の決勝戦の模様が綴られている。4人の決勝進出者がまた個性的で、一人がプロ、他の三人はアマチュアであり、一人はある新興宗教の教祖である若い女性、一人は天才と呼ばれる少年、最後の一人はギリギリで勝ち抜いた最も平凡な男性。だがこの平凡な彼はかつての恋人であった教祖を追いかけてここまで上り詰めた経緯がある。それぞれの思惑を秘めて戦う彼らだが、かつてない異様な決勝戦となる。特に最終戦はある意味無茶苦茶な打ち筋の応酬で、常識では考えられない闘牌になっている。
とにかくこの第三話だけでも読む価値は十分にあると言えるだろう。勿論、麻雀に関する知識がないと面白さは半減するかもしれないので、その点は注意が必要だ。
最終話は再び囲碁がテーマになっているのだが、参考文献の最後に『あぶれもん』の記載がある。これは知る人ぞ知る麻雀劇画の名作なのだが、なぜこれが載っているのか気になるところではある。
畢竟、本作はSFでもファンタジーでもないと思う。それぞれが勝負の道を究めた者同士の心理戦を描いた、本格対局小説とでも言うべき作品集であろう。

harukaさん、ありがとうございます。
疑問が解決しました。『あぶれもん』のセリフが引用されていたわけですね。轟健三でしたよね。

No.1 7点 アイス・コーヒー 2014/04/29 13:59
第一回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞した処女作であり、直木賞候補作でもある。ボードゲームをテーマに、ジャーナリストの語り手が様々な対局を語る連作短編集だ。

表題作「盤上の夜」は、四肢を失った少女・灰原由宇の物語。彼女はあるきっかけから囲碁に目覚め、その特殊な才能を開花させていく…。
他にも、コンピューターによって完全解が求められたチェッカーや、麻雀などあらゆるゲームの極限的な頭脳戦が描かれる。作品それぞれの関連性は低いようだが、一方でボードゲームの奥深さやそれぞれの独自性が強く感じられる。
さらに、それらのゲームを日常に投影して新たな可能性を生み出す技は見事。ゲームという抽象と日常という具象の間を描いたミステリアスなSF文学だった。ミステリとして別の読み方もできる。
個人的にはもっとストレートで分かりやすい内容の方が嬉しいのだが、デビュー作にそういった傾向があるのは仕方ない。宮内氏はSF業界においてもミステリ業界においても要注意人物だと言える(無論、褒め言葉)。


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