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[ 時代・捕物帳/歴史ミステリ ] 異郷の帆 オランダ屋敷殺人事件 |
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多岐川恭 | 出版月: 1961年01月 | 平均: 7.50点 | 書評数: 4件 |
新潮社 1961年01月 |
講談社 1972年01月 |
講談社 1977年11月 |
青樹社 1990年09月 |
講談社 1997年11月 |
No.4 | 8点 | クリスティ再読 | 2022/02/15 08:10 |
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60年代らしい大名作の一つ。やはりこの時代はミステリの手法が一般化して、他のジャンルとの「フュージョン」が盛んに試みられた時代だ、と捉えるのがいいんじゃないかと思っている。その一つの現われが「社会派」と括られたのだけども、本作だと「捕物帳ではない、時代ミステリ」というのが新境地なのだと思うんだ。
舞台は元禄期の長崎出島。鎖国以前の記憶はかろうじて残るが、鎖国体制に慣れてきて、綱紀もそろそろ緩みだしている頃。主人公は若い小通詞の浦恒助。周囲の閉塞的な状況に苛立つ「若さ」を抱えている....自在に海を押し渡るオランダ人商人に羨望の念は持ちつつも、同僚である「転びバテレン」の西山久兵衛には複雑な感情を持つ。そして長崎貿易を一手に引き受ける大商人の娘分として世話を受ける混血の少女お幸との間に芽生えた恋。 こんな状況で、密貿易の疑惑が濃く評判の悪いオランダ人商館員が殺された!謎の凶器、アリバイ、やり手の奉行を補佐するかたちで浦は事件にかかわっていく... そんなロマンの味わい十分な話。転びバテレンで、今は浦の同僚の通詞になっている西山久兵衛の挫折が、浦の夢に対する反面教師になっているのが趣き深い。オランダ人たちからは背教者と謗られ、日本人からは生理的な嫌悪感で排斥され、心中者の片割れの女性と暮らす元宣教師...この男の虚無と諦念に対比するかたちで、若い浦の恋と夢が描かれる。 久兵衛同様に宣教師として日本に渡り、逮捕されて棄教し幕府に仕えたフェレイラの話も、名前だけだが出る。遠藤周作の「沈黙」で主人公の師であり逮捕された主人公を説得して棄教させる役回りで印象的な、実在の人物である。遠藤周作の「沈黙」よりも、5年ほど「異郷の帆」の方が早かったりする。 多岐川恭の「小説家としてのセンスの良さ」を愉しむには絶好の作品である。評者も「ゆっくり雨太郎」でも読もうかな。 |
No.3 | 6点 | nukkam | 2021/07/19 07:56 |
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(ネタバレなしです) 多作家の多岐川恭は時代小説もかなりの数を書いていますが1961年発表の本書はその初期作品ではないでしょうか。時代小説でもあり本格派推理小説でもあります。作中時代は元禄4年(1691年)、舞台は長崎の出島です。時代描写と日本でありながら異郷の雰囲気濃厚な描写が特色です。出島という特殊環境の中の複雑な人間模様もよく描けていますが、通詞、ヘトル、甲比丹(カピタン)、乙名など当時の職業肩書がなかなかなじめず、読むのに少し苦労しましたけど。主人公が恋愛や今後の人生について思い悩む姿を描いた物語部分も充実しています。主人公が謎解きのみに集中していないためかプロットがどこかもやもやした感もありますが結末は引き締めており、様々な謎を合理的に解明しています。 |
No.2 | 9点 | 雪 | 2018/10/17 22:38 |
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元禄時代の長崎出島、親代々の通詞(異人相手の通訳)である浦恒助は、鎖国期の日本に息詰まるような閉塞感を覚えながらも、出世や役得に身を入れるでもなく悶々とした日々を送っていた。甲比丹との混血児であるお幸に思いを寄せながら、武士の身分や後添いの母を捨てる決心も付かないのだ。
彼が親近感を持つのは、お幸の養い親である出島乙名の吉田儀右衛門や、転び切支丹の元スペイン人神父西山久兵衛ら、どこかはぐれ者の匂いを持つ者たち。 そんな中、長崎に到着したオランダ船ワーレンブルグの荷卸しの最終日、ヘトルと呼ばれる次席商館員、ファン・ウェルフが刺殺される事件が起こる。出島の商館内で、真っ裸で胸を一突きされていたのだ。だが、バタビヤ一の剣の使い手である彼を、いったいどうやって? そして、あらゆる出入りを厳格に管理される出島には、いかなる刃物も持ち込めない筈なのだ。入念な捜索にもかかわらず凶器が発見されないまま、やがて第二の事件が出島に起こる・・・。 昭和36年発表。多岐川恭が質量共に最も創作活動が旺盛だった時期の作品で、名実共に代表作でしょう。ミステリであると同時に類を見ない時代小説であり、そして何よりも青春小説であるという傑作です。 まず出島という舞台設定が出色。一本きりの道で陸地と繋がっている4000坪程の扇形の人工島。広い意味での「密室」であるここを、世界から切り離された日本という、さらに広大な「密室」が取り巻いている状態。実はこの状況の打開こそが作品の主題になります。 凶器の謎や事件のプロットなどのミステリ部分は大したことないですが、これらは全て主人公の決断の為のスプリングボード。真相が全て判明した後、登場人物たちが本音をぶつけ合う所が真のクライマックス。青春小説としての大枠に時代設定やミステリ部分が奉仕する形になっているので、ストーリーにまったく澱みがありません。 また主人公を通詞という職業に設定することによって、登場人物の感性を現代人に近付けても違和感が生じないのもポイント。作者が太平洋戦争中、長崎大村の捕虜収容所の通訳を務めた経験が存分に生かされています(随筆「兵隊・青春・女」参照)。 オランダ人商館員たちを始め、主人公ら日本の役人たち、混血児や黒人、大商人や隠れキリシタンなどの登場人物も多彩。特に通詞仲間である久兵衛のニヒルな姿は強い印象を残します。 淡々とした筆致ではありますが、転びバテレンの悲哀をこれほど痛切に描いた小説は無いでしょう。 |
No.1 | 7点 | kanamori | 2010/05/16 21:46 |
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江戸時代末期の長崎出島を舞台背景にした時代ミステリ。
オランダ語通詞の青年を主人公とした、密室状況の出島内の殺人と消えた凶器の謎を核とする本格ミステリですが、転びキリシタンなどを絡めた青春小説の趣もあります。 当時のエキゾチックな出島の情景が瑞々しい文体で描かれていて、非常に読み心地のいいミステリでした。 |