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[ SF/ファンタジー ]
神々の糧
ハーバート・ジョージ・ウェルズ 出版月: 1972年04月 平均: 3.00点 書評数: 1件

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早川書房
1972年04月

早川書房
1979年06月

No.1 3点 Tetchy 2024/07/07 01:45
H・G・ウェルズが今回テーマにしたのは食すと巨大に成長する〈神々の食物〉と呼ばれたヘラクレオフォービアなる食物を巡る話だ。2人の科学者ベンシントンとレッドウッドによって生み出されたこの食物は正直云ってどんな風に作られ、そして量産されているのかは詳細に語られない。ただその食物は作られ、そして与えられ、そして自然界に流出してやがて生物が巨大化していく。

いわばモンスター小説の様相を呈してくるのだが、実はウェルズはモンスターパニック小説のような単純明快な物語に展開しない。

本書の着想の妙はなんといっても通常ならば動物実験に留まるべきこの〈神々の食物〉を発明した科学者の1人レッドウッドが発育が思わしくないからという理由で自分の子供に分け与えるところにある。私はこの展開を読んだときに何とも短絡的な人物だと驚嘆した。しかしその後の展開からそうではなく、これは科学者としての性を描きながらも、二極化する人類の物語なのだと気付いた。

やがてヘラクレオフォービアによって巨大化する子供たちも増えてくる。科学者たちの友人コッサーは自ら2人に頼み込み、ヘラクレオフォービアをお裾分けしてもらって3人の息子たちに与えて育てる。
また実験農場の管理人だったスキナー夫婦のうち、スキナー夫人は騒ぎが大きくなる前にヘラクレオフォービアを盗み出し、近所の子供キャドルズに食べ与える。
更にはレッドウッドの専属医でかつての教え子だったウィンクルズ博士は王家かかりつけの医者となり、遺伝的に背の低いその王家の王女殿下にヘラクレオフォービアを食べ与えて、巨大な王女に育てる。
更にこのヘラクレオフォービアは非常に作りやすい食物であることから世界中へ広がっていき、世界各地で巨人の子たちが続々と生まれて、やがて青年となっていく。そう、本書はその間の20年もの歳月が流れる物語なのだ。

この<神々の食物>は色んなメタファーと捉えることが出来るだろう。それを直接摂取する人間にとっては害はないが、それによって巨大化した人間たちは普通の人間たちが決めた法律や権利にがんじがらめになり、それがストレスとなって暴走する。

私は<神々の食物>とは新興宗教のようなものだと解釈した。麻薬は摂取する人に害を及ぼすのでこれとは異なる。しかし新興宗教は信ずる者は救われる。しかしそれを強引に布教しようとする人間によって普通の人々は拉致され、もしくは生活を脅かされるようになる。その名前からして宗教めいた雰囲気を備えている。

巨人たちの点描にはマイノリティの迫害や複雑化したシステムや法律に対する皮肉、そして身分違いの恋物語とヴァラエティに富んだエピソードが盛り込まれている。

巨大生物の誕生から異なる2種族の生存を掛けた戦いへと物語の表情を変え続けた本書はどこか収拾がつかないまま放り出されたような感じだ。実は本書の結末の直前でレッドウッドはこれは夢ではないか、自分は夢を見ているのではないかと思案に耽るシーンがある。もしかしたらウェルズは本書を夢オチで片付けようとしたかもしれないのだ。それほどまでにこの物語の結末の付け方には難儀したのだろう。最後にレッドウッドの息子が巨人たちに行う演説も自分たちの存在価値を、将来像を高らかに述べて終わり、正直困惑してしまう結末だ。
つまりこの困惑は後の冷戦に繋がる列強国の憂鬱そのものではないだろうか。

つまりこの巨人たちは核兵器のメタファーではないだろうか。科学者によって開発され、どんどん増え続けて地球を何万回も破壊するほどの数を持ってしまい、それを使うと世界が滅ぶことから使用できず、かといって自国の防衛のために確保しておかねばならない。まさに世界各国が持て余している核兵器そのものではないか。
本書が書かれた1904年にはまだ原爆さえもなかった時代だ。だから作者が核兵器を念頭に置いて本書を著したとは思えない。しかし奇しくも本書は巨人たちの存在がその後の核兵器を準えるようになってしまっている。本書の巨人たちの行く末がきちんと書かれていないこともまた今なお核兵器が存在し続けていることを示唆しているようにも思える。

本書のウェルズが結末を見出さなかったように、複雑化した社会がシンプルに変わるのはまだまだ遥か彼方のことのようだ。


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