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[ 短編集(分類不能) ]
ウェルズSF傑作集2 世界最終戦争の夢
創元SF文庫
ハーバート・ジョージ・ウェルズ 出版月: 1970年12月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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東京創元社
1970年12月

No.1 7点 Tetchy 2022/02/02 00:02
SFの父と称されたウェルズだが、光文社古典文庫がウェルズの肩書にこだわらず、むしろ意外な一面とばかりに彼のユーモア小説家としての側面にスポットライトを当てた作品を編んでいたが、東京創元社のこの創元SF文庫においてもSFに囚われない内容の作品群が集められた。

本書に収められた作品はある意味ジャンル分けができる。
例えばモンスター小説だ。未知なる生物の脅威を描いたホラー小説として人食いアリを扱った「アリの帝国」に人の血を吸う蘭が登場する「めずらしい蘭の花が咲く」、海から上がって来た人肉の味を覚えたタコの化け物の話「膿からの襲撃者」、逃げた女を追っていつの間にか巨大なクモの巣喰う谷に紛れ込む「クモの谷」の4編。

そして人間の悪事の失敗を描いたものとして「森の中の宝」、「ダチョウの売買」の2編。

また奇妙な話として盲人たちのコミュニティに紛れ込んだ健常者の悲劇を描いた「盲人の国」に人格入れ替わりの罠に陥った青年の手記として語られる「故エルヴシャムの物語」、赤むらさきのキノコを食べたことで人生が一変する「赤むらさきのキノコ」3編。

寓話的な話として「『最後のらっぱ』の物語」の1編にあと分類不能な物として「剥製師の手柄話」と表題作の「世界最終戦争の夢」の2編。

一応このように分類できるが、その多種多彩な内容はウェルズ=SFの既成概念を打ち砕くほどヴァラエティに富んでいる。

以前読んだ短編集でも感じたが、ウェルズには独特のユーモアと云うかシュールさがある。既読作である「めずらしい蘭の花が咲く」や「赤むらさきのキノコ」もそうだが、本書でも世界各国で〈最後の審判の日〉が訪れることで神の姿を目撃する「『最後のらっぱ』の物語」ではそれがどうしたといわんばかりの日常がそのまま続く結末のクールさだったり、「クモの谷」の、巨大なクモが次々と襲ってきて、自分の身を犠牲にしてまでも主人を救った部下を顧みない主人に怒りを覚えるもう1人の部下との争いを経てたった1人生き残った主人の最後のセリフの脱力感―女に今度は逃げられないよう自分もクモの巣を張っておこう―。
やはりこの作家、どこかネジが1本外れているように思える。

そんな中、本書のベストは「盲人の国」だ。我々の当たり前が覆される様を見事に描いた作品だ。
目の見えている健常者が通常盲目の方よりも生活に不便を感じず、むしろ助ける方だが、盲人ばかりの国では長く目の見えない生活をしていたがために、むしろ彼らの方が神経が研ぎすまされ、暗闇の中でも気配や物音で相手が何をしているのか、どこにいるのかを察知し、健常者の方が躓いたり、倒れたりと無様になる。
彼らには“見る”という概念がなく、また渓谷の奥深くに長らく住んでいるから、世界はそこにある岩の屋根が全てであり、健常者が見ている世界を寧ろ戯言と断じて信じようとしない。やがて目が見えながらも盲人たちに太刀打ちできない健常者は自分こそが間違っていたと認めるのである。
そして目があるからこそ変なことを云い、人間として不完全だと決めつけられ、1人の盲人の娘と結婚するには目を潰さなければならないと迫られる。
発展途上国に紛れ込んだ先進国の人間が文明後進国の人民を蔑んでいたのが、そこで住まう環境や気候で苦しみ、長らくそんな過酷な環境で住んでいた国民たちに生活の仕方を教わる、そんな優位性の逆転を仄めかした痛烈な風刺小説だ。

次点で「故エルヴシャムの物語」を挙げる。人格入れ替わり、若者の身体を手に入れて永久の命を生きようとする老人といった現代では使い古された設定に最後入れ替わった青年が亡くなることで奇妙な余韻を残すことに成功しているからだ。
しかも私が上手いと思ったのは人格が入れ替わった青年は老人の身体に魂が入り、彼はそれまで全く知らなかった生活を強いられるわけだが、それがゆえに住んでいる場所が判らない、自分の身の回りの世話をする召使たちの名前も知らない、屋敷の中にどこに何があるのか判らない、筆跡は自分のものだから莫大な財産を持っていても小切手も切れないという事実が周囲に痴呆症に罹ってしまったと結論付けさせるのに十分な説得力を与えていることだ。
従って手記を読んだとしてもこれが痴呆老人の妄想の賜物であると判断されてもおかしくないところにこの作品の妙味を感じた。

「ダチョウの売買」もシンプルながら最後のオチは思いもよらなかった。ダチョウの売買という珍しい設定が上手い目くらましになっている。ショートショートのアンソロジー選出に推薦したくなる作品だ。

あとウェルズがSFの大家であることを感じさせるのが表題作で語り手の男が夢に見る未来で空を飛ぶ戦闘機械の件だ。この作品が書かれたのが1901年であり、ライト兄弟による飛行機が誕生したのが1903年となんと2年も前のことである。さらに戦闘機が誕生したのは1915年にフランス空軍が飛行機に固定銃を装備したことがきっかけとなった出来事である。
つまりウェルズは戦闘機はおろか飛行機が生まれる前に空を飛ぶ戦闘機械の存在を予見していたことになる。しかもそれらの形状は槍の穂先のようで後ろにプロペラがついている金属製の機械であると、プロペラをアフターバーナーに置き換えれば現代でもおかしくは感じないデザインである。この想像力の凄さには驚嘆すべきものがある。

やはりウェルズは巨匠である。SF以外の物語も多々書きながらも、まだ見ぬ未来を描かせれば一つも二つも抜きん出た創造力を発揮する。

彼の作品は決して少年少女の読み物ではない。ヴェルヌ同様、大人になってから読むと判る妙味と驚嘆があることが判った。


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