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[ サスペンス ]
待ちうける影
ヒラリー・ウォー 出版月: 2001年07月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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東京創元社
2001年07月

No.1 8点 人並由真 2020/01/05 17:27
(ネタバレなし)
 アメリカの地方都市ウォーターベリーの町で発生した、残虐な二件の婦女暴行殺人事件。高校教師ハーバート(ハーブ)・マードックの妻クレアが三人目の犠牲者になるが、その犯人はほかならぬハーブ自身の教え子である、高校生オーヴィル・エリオットだった。オーヴィルが愛妻を殺害しその死体を弄ぶ現場をたまたま直視したハーブは、組み合いの中で相手の銃を奪って銃撃。オーヴィルの男性自身を損壊させた。だが凶悪殺人者として審理されるはずのオーヴィルは精神異常を理由に収監もされず、いま8年間の療養生活によって異常性は完治したと見なされ、自由を得ようとしていた。逮捕から4年もの間、精神病院を3度も脱走してはハーブへの復讐を行おうとし、そのたびに失敗していたオーヴィルの狂気を忘れられないハーブ。現在のハーブは惨劇から8年の日々のなかで新たな家庭を築いて幸福な生活を送っていたが、ふたたび自由を得たオーヴィルの脅威が迫っていることを実感する。だがそんな事態をより劇的な状況に変えてスクープ記事にしようと、地方新聞の若手記者バート・コールズが陰に日向にの、裏工作をはじめた。

 1978年のアメリカ作品。フレッド・C・フェローズ警察署長などのシリーズものと無縁、警察小説ですらないノンシリーズのサスペンス編。
 主題はあらすじに書いたとおり、社会復帰完了を装ったサイコ殺人鬼の襲来におびえ、妻子を守るためにあれこれと対抗策をとる一般市民(高校教師)のストーリー。これにサブストーリーとして主人公ハーブの、総じて学力の低い高校を舞台にした学園ドラマもからみ、小説的にもとても厚みがある。
 白人教師の主人公に対し、逆レイシストの立場で怒鳴り込んでくる黒人の不良生徒の母親の描写など、21世紀の現在でも十二分に通じるモンスターペアレンツの図式だ。
(しかしながら、ネタバレになるのであまり詳しく書けないが、この高校でのサブストーリーが、終盤の本筋であるサスペンスドラマの方にも実にパッショネイトな形で雪崩れ込んでくる筋運びがあまりにも見事であった! この辺りは夜中に読んでいて、大声で(中略)させられた。)。


 正常になった風を演じながら、その実、狂気の復讐の牙を研ぐオーヴィル、必死に家族を守ろう(そして生徒たちのためになる教育をしよう)としながらもいつもいつも理想と常識を信じすぎて(世の中の正義と良識しか見ないというか……)不器用な主人公ハーブ、文筆家として高名になりたいという向上心がひずみをきたし、次第に道を踏み外していくコールズ……が三人のメインキャラクターだが、「4年間、療養所内で問題なしの実績があるんだから、法務上は放免しても何ら問題はないのだ」と無責任にオーヴィルに自由を与えてしまう地方判事、ハーブの恐怖と焦燥に一応の理解は示すものの「何かことが起きるまでは本格的に動けない」の姿勢を頑迷にとり続ける地方警察の面々。
 そういった事件関係者の思惑や各自の立場も必要十分以上に書き込まれ、特に後者(警察)は後者なりの行動規範のロジックがあり、それが救済を求める市民の要望と必ずしも折り合うものではないことを、綿々と傑作・秀作警察小説のシリーズを書き続けた作者らしい視点から、切々と語りかけてくる。それは、誰がいい、悪いというものではなく、そういうものなのだ(少なくとも「現状の文明世界」では)という、警察捜査陣からのリアルな絶叫にも思える。
 地方警察の重職がハーブに語るひとこと「われわれはいつも最初の悲劇に対しては何もできないのです。その最初の悲劇を教訓に法整備された中から、第二の悲劇を防ぐよう奮闘するしかないんです(大意)」は、決して警察は万能ではない、でも大半のまともな警官は、可能な限り必死なんだ(でも限界があるんだ!)という作者ウォーの本音の絶叫でもあろう。
(人間社会、どっかで妥協や折り合いは必要だ、だが、それを当たり前に言って良いのか、という文明批判を裏側に仕込んでいるようにもとれる。)

 クライマックスの展開(主人公ハーヴ側とオーヴィルとの三進二退のシーソーゲーム)も強烈なテンションで、残りのページがどんどん少なくなっていくなか、本当に物語に決着が突くのか……とも思わせるが、ラストは破裂寸前の風船が急速にしぼむように、加速的な勢いで終焉を迎える。その最後に残るもの……それは次にこの本を読むあなた自身の目で確認してほしい。たぶん色んなものが見えるだろうと思う。実際、評者は、このクロージングに、二つ~三つ以上のミーニングを感じた。

 これまでウォーの作品の中でも、最高級に面白かった。なにしろ夜中の12時過ぎに読み始めて、半分は明日にしようと思いながら、とうとう最後まで本を手放すことなどできず、結局は4時間半でいっき読みだったので(笑)。

 ただし、これまでのフェローズ警察署長もののような、いわばA級の職人・技巧派的な感覚がかなり希薄になり、どっちかというと80年代に隆盛するネオエンターテイメントの諸作とか、キングとかクーンツ作品のような「ゴージャスなオモシロ小説」的な食感の方がずっと強かった。
 すんごく熱量を感じた一冊だけど、本来はそういうものをウォーの作品に求めてはいないんだよね、という気分もある。それでも評点はかなり高くつけたい。いや、実際、9点でもいいかとも思った瞬間もあったんだけど、いま言った部分がやっぱり引っかかるので、この位で。


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ヒラリー・ウォー
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