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ミステリの祭典

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弾十六さんの登録情報
平均点:6.13点 書評数:459件

プロフィール| 書評

No.379 6点 茶色の服の男
アガサ・クリスティー
(2022/02/23 21:48登録)
1924年8月出版。初出は夕刊紙The Evening News [London]1923-11-29〜1924-1-28(50回、連載タイトルAnne the Adventurous) 早川クリスティー文庫(2017年10月二刷)で読了。深町さんの訳は非常に安心して読めます。文庫のカヴァー絵は谷口ジロー。
ベルチャーの帝国博覧会1924キャンペーンに随行して、1922年1月から世界旅行に出たアガサとアーチー(三歳のロザリンドは姉マッジに預けた)、10カ月後、すっからかんになって英国に戻ってきます。でも帰って来て書いたこの作品の連載権が500ポンド(=約432万円)で売れ、アーチーも良い仕事を見つけ、一家の経済状態はたちまち向上します。アガサさんは人生で最も嬉しかった二つのうち一つ、自分の車グレーのMorris Cowleyを購入して大喜び。(『自伝』のこのあたり(第五部から第六部)はとても楽しい。ただし本書のネタバレ有りなので『茶色の服』読了後に読むことをお勧めします。本書解説もここら辺に触れているので読まないのが良いですね)
若い女性一人称の冒険物語。(途中に挟まれてるサー・ユースタスの手記がだれる) 所々に世界旅行の実体験が顔を出しています。特に船旅の所が良い。でも全体の構成に難ありで、行き当たりばったりなところもありますが、全篇に漂う楽しそうな雰囲気とロマンスたっぷりなところが初期アガサさんの味です。
なおBill Peschelの注解本が出ています。The Complete, Annotated Man in the Brown Suit(2022)、アガサさんの知られる限りでは最も早い、雑誌に掲載された短篇 The Wife of Kenite (Home[Austrarian Magazine] 1922-9)や帝国博覧会1924キャンペーンの新聞記事、アガサさんを探偵小説作家として紹介した記事やインタビュー1922-5-20(アガサさんはマリー・コレッリに会ったことがあるようだ)、当時の本書の書評(これはとても興味深い)、表紙絵ギャラリー(初版の絵が本当に酷い)、当時の南アフリカ情勢についての独自エッセイなども収録されていて、iBookで400円ほど。ハヤカワや創元は新訳を出すなら、こーゆー注釈盛りだくさんなのを翻訳してくれれば良いのに、と思います。なおPeschel版アガサ注解長篇は今のところ『チムニーズ』(1925)まで出ています。
以下トリビア。原文は上記Peschel版を参照。PBはPeschel版からのネタ。
作中時間は1922年1月(p89)と明記。
献辞はTo E. A. B./ IN MEMORY OF A JOURNEY, SOME/ LION STORIES AND A REQUEST THAT/ I SHOULD SOME DAY WRITE THE/ “MYSTERY OF THE MILL HOUSE” 上記世界旅行の要人ベルチャー(Ernest Albert Belcher(1871–1949))に捧げられています。強引タイプのこの人に、探偵小説(タイトルもベルチャーが提案した『ミル・ハウスの怪事件』となる予定だった)に俺を登場させろ、とせがまれ根負けしたアガサさん、サー・ユースタスの登場となりました。
価値換算は英国消費者物価指数基準1922/2022(60.55倍)で£1=9448円。
p13 一月よ、ああ、呪われたる霧の月よ!(January, a detestable foggy month!)◆何かの引用か?と思ったら全然見つからない。調べつかず。
p20 旧石器時代
p22 デイリー・バジェット(Daily Budget)◆[BP]多分Daily Mailのこと。
p24 映画館もあって、週がわりで連続活劇の「パメラの危機』を(There was the cinema too, with a weekly episode of “The Perils of Pamela“)◆パール・ホワイトみたいなのか。当時の映画情報と言えば淀長さんだなあ。
p25 ガス会社からの通告(notice from the Gas Company)
p33 ティンブクトゥー(Timbuctoo)
p35 全財産(£87 17s. 4d.)
p40 耳を出す髪型は時代遅れ(ears are démodé nowadays)
p40 スペイン女王の脚(Queen of Spain’s legs)◆存在してるが口にしてはいけないものの喩え。
p43 牛乳◆毎日、宅配されていたなんて、今考えるとかなりの贅沢だよね。
p45 一月八日
p45 年25ポンド◆通いの家政婦の給金(多分最低ランクの提示額)
p45 駅プラットホームの探検◆無意味な行動だが、なんかわかる。
p46 役人ならばあんなあごひげは生やさない
p53 家具什器別で賃貸
p74 『紳士録』、『ホイッティカー年鑑』、ある『地名辞典』、『スコットランド貴族故地・古城史』、『イギリス諸島誌』(Who’s Who, Whitaker, a Gazetteer, a History of Scotch Ancestral Homes, … British Isles)◆参考資料。[BP]Who’s Whoは1849年から英国で発行されている年鑑。Whitakerは1868年から刊行。その他は特定できず。
p91 一等87ポンド◆ケープタウンまでの船賃。
p92 ブリッジ… 普通の三番勝負
p92 夏はイギリスで、冬はリヴィエラで過ごす
p99 二ペンスの切手◆帝国内なら海外への手紙は1オンスまで何処でも2ペンスだった。(1921-6-13〜1922-5-28)
p105 船酔い
p107 五ポンド札五枚
p109 ビスケー湾
p119 D 13号
p124 シャッフルボード(shovelboard)◆[BP]英国の言い方らしい。
p128 零時を告げる八点鐘
p129 二点鐘
p141 ビーフティー◆牛肉を水で煮出したダシ汁のこと。お茶成分は無し。商品名「ボブリル(Bovril)」
p144 殿方はラテン語が得意
p145 イタリア人の道の教え方
p147 クリッペン
p151 体にこたえる競技… “ブラザー・ビル”や“ボルスター・バー”(painful sports of “Brother Bill” and Bolster Bar)◆客船のレクリエーション。[BP] ボルスター・バーはA fighting game in which players sit astride a log and attack each other with pillows until one falls offで、ブラザー・ビルは不明。
p156「上段寝台」(The Upper Berth)◆有名な幽霊小説(1886)、F. Marion Crawford作の短篇。
p167 オセロとデズデモーナ
p168 ここら辺のライオン話が献辞に出てくるやつ?
p173 十万ポンド
p180 華麗なキモノ(loveliest kimonos)
p181 ホイスト… 15ポンド◆金額を考えると結構な勝ち。
p182 シューザン(Suzanne)◆違和感あるけど某Tubeで耳で聞くと「シュザン」(アクセントは「ザン」に)、が近い?でもシュザンヌで良かったような気もする。
p209 イタリアでは列車がよく遅れる◆ムッソリーニのお陰で鉄道は正確だ、と言う話を思い出した。何故なら時計を誤魔化すから、というのがオチだったはず。
p248 サーフィン◆アガサさんは南アフリカでサーフィンを覚え、ハワイではサーフィンをしまくった、と自伝で書いている。
p251 映画館の六ペンスの席… 二ペンスのミルクチョコレート
p298 ミス・アン(Miss Anne)◆男性が「ミス+名前」と呼ぶ時は「ミス+苗字」よりも親しくなったことを示す(だがすっかり近しいわけではない)。BPにそんなことが書いてありました。注釈者は現代の米国人なので完全には信用してませんが、はあ成程、と思ってしまった(確かにある登場人物が途中で呼び方を変えている)。ただし英国の伝統的ルールでは「ミス+苗字」はその苗字の年長未婚婦人を指してしまうので、次女や三女には最初から「ミス+名前」呼びだったような気もする。
p306 背が高く、細身で、肌の浅黒い男(long, lean, brown men)◆tall, dark manのdarkが髪の毛なら、ここのbrownも茶色の髪か?
p311 木彫りの動物
p312 三ペンス◆ローデシアの通貨1ティキ(tiki)に相当するらしい。
p328 聖書に“イエスのために自分の命を失ったものは、それを自分のものとする”(Like what the Bible says about losing your life and finding it)◆マタイ10:39(KJV)He that findeth his life shall lose it: and he that loseth his life for my sake shall find it.のことか。
p331 シェークスピアの台詞… 野心(ambition… by that sin fell the angels)◆ Henry VIIIから。
p340 ヴィクトリアの滝
p415 新案のゴムボール(the patent ball)
p475 ようこそ、と蜘蛛が蠅に言いました(you walked into my parlour — said the spider to the fly)◆[BP]from the children’ poem “The Spider and the Fly” (1829) by Mary Howitt (1799-1888)
p504 ノルウェー人のナース(Norland nurses)◆深町さまの珍しい誤訳。[BP] Norland is a training college for nannies. Emily Ward(1850-1930)が1892年に設立。ここ卒業の乳母が裕福な家庭には多いようだ。試訳「ノーランド卒の乳母」
p508 このところ精神分析に凝っている(goes in rather for psychoanalysis)


No.378 6点 細工は流々
エリザベス・フェラーズ
(2022/02/23 04:27登録)
1940年出版。トビー&ジョージ第二作。翻訳は安心してすらすら読めます。
原題 Remove the bodies は「遺体を搬出せよ」という意味で良い? でも何だかピンと来ないタイトル。
私は作家の生い立ちとか伝記的な背景を過剰に読み込みがちなんですが、フェラーズさんは結構複雑な生育環境だったのでは?とよく知らないくせに妄想しています。なのでヴァネッサちゃんを取り巻く環境がとても興味深い作品でした。
キャラはみんな良く描けていて、実在人物のイメージを頭に置いているような感じ。
ミステリ的には全般的にモヤモヤして、評価点は高くない。トビーが素人探偵を可能とする条件は上手く整えてあるが、ジョージが便利すぎるチート・キャラなんだよね。やり過ぎるとバランスが崩れてしまう。
以下トリビア。原文入手出来ませんでした。
作中年代は「六月(p9)」で、p65及びp150から考えて1939年6月の事件であることはほぼ確実。
p12 十五ポンド◆英国消費者物価指数基準1939/2022(69.65倍)で£1=10867円。
p26 ハナスッキリ◆原文が気になる。
p37 大晦日なら… 幸運の使者◆ 英wiki “First-foot”参照。元日最初の客がtall, dark-haired maleならば幸運、と言う迷信がある。
p37 長身で色の黒い男◆tall, dark manならば「黒髪の」
p59 警察裁判所で… 色つきの紙◆前科の記録用紙。裁判官に被告が前科持ちであることを知らせる警察側のテクニックだったようだ。
p65 三ペンス半の切手◆Three halfpenceならば1½ペンスのこと(3×1/2)。当時(1923-5-14〜1940-4-30)の手紙の郵便料金(最低額、2オンスまで)。1940年5月から2½d(Two pence halfpenny)に値上がりしたので、作中時間はそれ以前だろう。
p90 精神分析… 一回の診療に3ギニー
p90 銀行… 10時まで開かない◆営業時間10時-3時は英国でも同じ?Wikitionary “bankers’ hours”参照。1800年代からの伝統のようだ。
p95 探偵ごっこ
p111 シベリウス
p112 グラーシュ
p120 五十フラン(およそ週2ポンド)◆1939年の金基準で£1=175フラン。一日50フランという意味ならピッタリ計算が合う。
p120 食費… 一日2シリング
p129 ウッドバイン◆「訳注 キャンディの商標」とあるが、タバコじゃないかな?話の流れもキャンディだと変テコで、タバコだとしっくりくる。英Wiki “Woodbine”参照。1888年創業で古いパッケージ・デザインを1960年代まで使っていたようだ。
p133 年にたった350ポンドの収入
p134 掃除のおばさん… [フラットの]地下室に住んでる
p139 シューマン
p150 仕込むトリック… 推理小説で読んだことがある◆これは1938年出版のあの作品のことでしょうね。
p180 ファン・ゴッホの「ひまわり」の写真複製画
p186 離婚裁判で不利にならないように◆当時の離婚裁判は、申し立てた側が綺麗な身体じゃなければ却下されちゃうんじゃなかったかな。本書の場合は、妻側はオープンだったようだから、夫から妻の不貞を理由として訴えたのだろう。
p187 復活祭は10週間前◆1939年のイースターは4月9日。とすると作中時間は6月18日あたり。
p188 土曜は銀行が12時に閉まる
p208 ポーカーダイス
p237 アン女王◆Queen Anne is dead!は「もう知ってるよ」という意味のイディオム。
p244 フレンチクリケット◆「訳注 打者の両脚をゴールの柱に見立ててやる略式クリケット」英Wiki “French cricket”参照。簡単に言うと、打者をアウトにするのが目的の遊び。ウイケットは置かず、打者は一人だけ。フライキャッチかボールを打者の足に当てたらアウト。アウトになったら他のプレイヤーが打者となる。長く打席にいたプレイヤーが勝ち。ここでは二人で遊んでるから子供に打たせて大人はボールを投げるだけの遊びだったのだろう。
p248 グラナドスのスペイン舞曲集
p308 シャヴハーフペニー◆英Wiki “Shove ha'penny”参照。某Tubeも見たが訳注の「穴に入れる」は勘違いだと思う。


No.377 7点 秘書綺譚
アルジャナン・ブラックウッド
(2022/02/17 03:58登録)
2012年出版(光文社古典新訳文庫)。日本独自編集。南條竹則編・訳。南條さんの文章は大好きです。
ジム・ショートハウスもの全四作を全て収録。ブラックウッドは登場するキャラの肉付けが良いですね。すっとぼけた語り口も良い。湿度が低い感じ。
以下、初出は南條さんの丁寧な解説、FictionMags Index、ブログ『恐怖の黄金時代/怪奇三昧』ブックガイドを参照しました。カッコつき数字は本書収録順です。いつものように初出順に並べています。
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(2) A Case of Eavesdropping (初出The Pall Mall Magazine 1900-12 as “A Case of Eaves-Dropping” 挿絵Percy F. S. Spence)「壁に耳あり」: 評価6点
ジム・ショートハウスもの。
ジムはすでに40歳を超えていて、金持ちの娘と結婚して安逸に暮らしている。22歳ごろの貧乏時代を回想する、という設定。語り手は「僕」(ジムの友人)だが、冒頭だけの登場。ショートハウスを紹介する感じはシリーズ最初の作品っぽい。
怪奇ものとしては普通の感じ。
p42 習字帳や辞書に大文字の「M」で書いてある… 滅茶苦茶♠️いや、この言い回し、ちょっと日本語文としては何じゃろ?でしょうね。原文は後で確認してみよう。(2022-2-18追記: the sort of mess that copy-books and dictionaries spell with a big "M“ だった)
p44 アメリカの都会には英国風の下宿はない… 賄いつき下宿屋か、朝食さえ出ない貸間のどちらかだ♠️ここで言う「英国風の下宿」ってどんなイメージなんだろうか。(2022-2-18追記: 原文There are no "diggings" in American cities. … rooms in a boarding-house where meals are served, or in a room-house where no meals are served—not even breakfast. 英Wikiの“Boarding house”には221Bがboarding houseの一例とされていた。Webで調べたがdiggingsのイメージが全然わからない)
(2022-2-17記載; 2022-2-18追記)
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(1) The Empty House (短篇集1906)「空家」: 評価8点
ジム・ショートハウスもの。
これは傑作。何と言っても冒険に誘う女性のキャラが良い。ジムとの会話と話の流れも上出来。
(2022-2-17記載)
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(3) Smith: an Episode in a Lodging-House (短篇集1906)「スミス —— 下宿屋の出来事」: 評価5点
登場人物のキャラが立っていないので、平凡な感じ。舞台はエディンバラ。医学生時代の回想。
(2022-2-18記載)
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(4) Keeping His Promise (短篇集1906)「約束」: 評価6点
こちらも舞台はエディンバラ。上記同様、医学生の話。面白い流れ、でもエンディングには不満。そのあと、が肝心だと思うのだが…
p102「シグネット」の貧乏な物書き(poor Writers to the Signet)◆訳注「米国のペーパーバックSignet Booksか」だけどN.A.L. Signetシリーズは1948年スタート… 流石に無理っしょ。リーダース英和「Writer to the Signet [スコ法] 法廷外弁護士」
p103 奇妙なのは、帽子を冠らず(strangest of all, he wore no hat)◆男が外では帽子をかぶるのが当たり前の時代
p106 パンの塊… スコーン… マーマレード… ココア(loaf, scones, … marmalade… cocoa)◆簡単な食事。オートケーキ(oatcake)もあったようだ。
p115 ドアは内側に錠が差して(door was locked on the inside)
(2022-2-18記載)
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(5) The Strange Adventures of a Private Secretary in New York (短篇集1906)「秘書綺譚」: 評価8点
ジム・ショートハウスもの。
原タイトルにはNew Yorkとある。都会モンが田舎で大冒険、という含意もあるのかな? 盛り上げ方とメリハリが好き。
本書(2)と同様、冒頭に「僕」が出てくる。内容から考えて(2)よりも後年だが、少なくとも10年以上前の話、ジムは20代後半か30代くらいの感じ。となるとS&Wのミリ・ポリ(1899年ごろから)は間に合わない。じゃあコルトのダブル・アクションM1878かなあ。(銃を特定できるヒントは全くないので評者の妄想です)
(2022-2-17記載)
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(6) With Intent to Steal (短篇集1906)「窃盗の意図をもって」: 評価6点
ジム・ショートハウスもの。
語り手「私」は本書(2)(5)に出てくる「僕」とは違うような感じ。まだ良くショートハウスを知らない若者(歳はショートハウスの半分くらい)のようだ。ショートハウス40代の話なのだろう。
語り口と盛り上げ方は良いが、ちょっと乗り切れなかった。
(2022-2-18記載)
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(11) The Transfer (初出Country Life 1911-12-9)「転移」
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(9) The Heath Fire (初出Country Life 1912-1-20)「野火」
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(10) The Destruction of Smith (初出The Eye-Witness 1912-2-29)「スミスの滅亡」
The Eye-Witnessはヒリア・べロックが創刊し、GKチェスタトンの弟セシルが編集していた週刊誌か。英Wiki “G. K.'s Weekly“参照。
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(8) The Goblin’s Collection (初出The Westminster Gazette 1912-10-5)「小鬼のコレクション」
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(7) Tongues of Fire (初出The English Review 1923-4)「炎の舌」


No.376 6点 逃げる幻
ヘレン・マクロイ
(2022/02/15 03:33登録)
1945年出版。駒月さんの翻訳は堅実。
やられましたよ。ああ、完璧にね。私は全く予備知識を入れないで読んだので、シリーズものかどうかも知らず読み進めました。多分、その方が面白いと思います。でもいつものように、最後はコレジャナイ感があるんですよ… JDCなら、うわっ、やられた!と気持ち良く終われたと思うけど、本作はなんだかスッキリしないんです。まだ違和感の正体が掴めていないのですが「私」は女性のほうがよかったのではないかなあ。視点が男っぽくない感じ。中で戦わされる議論も上滑りした感じ。全く乗れませんでした。本作の取り柄は全編に溢れるスコットランド色ですね。まあ旅行者の視点なのですが、登場人物とともにその地に佇む感覚を得ることが出来ました。
ヨーロッパにおけるドイツ協力者への反感がうかがわれる作品。表立って協力していないが思想的にはナチ賛美者である者をやっつけてしまいたいが、残念ながら上手く立ち回るものは裁けないもどかしさが、登場人物ヒューゴー・ブレインとなって出現している。
小説家が出てくるのだが、もしかして自分たち(夫ブレット・ハリディ、結婚1946だからちょっと違うか)のパロディ?
マクロイさんは苗字から考えるとスコットランド系なのでしょう。本作は冒頭からスコットランド色満載。スコットランド好きの私には非常に興味深い作品でした。合理的だが幻想も大好きなスコットランド人。マクロイさんとJDCの共通項もそーゆーことなのかも。後半でピクト人の話題が出てきます。私のイメージはHaT 6005 Picts 1:72 Scale Figuresで見られるようなものなのですが、合ってる?
あとフランス留学経験のある作者なのでフランス語が結構出て来る。私は面白かったが、皆さんはどうかなあ。
以下トリビア。原文入手出来ませんでした。
他のマクロイ作品同様、これもDellのMapback(#355)になっています。地図が欲しくなったら検索してみてくださいね。
作中年代は1945年8月以降(p231) 夏の感じではないから秋?
p15 ジェイムズ・ボズウェルは高地(ハイランド)ではなく低地(ローランド)の人間だからキルトスカートは着るはずがない
p21 戦前に製造されたロールスロイス
p21 グレンガリー◆ Glengarry、ハイランドの帽子。Wikiのイラストを見れば、あああれか、と分かります。
p25 けったいな◆スコットランドの爺の表現。原文はなんでしょうね。
p31 トリルビー◆ジョージ・デュ・モーリアの小説Trilby(1895)の主人公。多分、ここは映画『悪魔スヴェンガリ』(1931)のイメージ。レベッカのダフネはジョージの孫。
p35 一シリングの駄賃◆子供への。半分でもよかったかな?と「私」は後悔している。英国消費者物価指数基準1945/2022(45.99倍)で£1=7176円。1S.=359円。
p36 ヨーロッパの都市部ではドイツが駆逐された現在… 深刻な食糧不足◆1945年5月8日ドイツ降伏。
p37 昔の子守歌… 坊ちゃん、お嬢ちゃん、遊びに出ておいで/月が昼間のように明るく輝いているよ◆ Girls and boys, come out to play,/The moon doth shine as bright as day(Roud Folk Song Index #5452) 1708年ごろの記録あり。某Tubeで歌も聴ける。
p60 ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』を思い出しません?◆南條訳を推す。
p63 探偵小説の読みすぎ
p67 一ポンド… 4ドル4セント◆当時の換算レートのようだ。米国消費者物価指数基準1945/2022(15.62倍)で$1=1781円。$4¢4=7195円。
p69 伝統的なスコットランド法の評決、“証拠不充分”◆Not Proven、イングランドの評決Not Guiltyに相当。有罪はProven(=Guilty)、なかなか深みがあり、より正確な言い方だ。(この項2022-3-27追記)
p81 小数点◆英米式とヨーロッパ式の違い。私も最初なんじゃこりゃ、と思いました。Dudenの絵入り辞書で見たのが初めてだったかなあ。
p84 子供の推理ゲーム◆原文は何だろう guessing game か。
p85 ヒューゴー・ブレイン◆架空人物。
p108 フランス人との議論◆ここはマクロイさんの体験っぽい。
p115 パレート◆私は昔から「パレート最適」という考え方が大嫌いなのだが、コイツ、ファシストだったのか!
p115 スタヴィスキー… シアップ警視総監◆フランス映画『薔薇のスタビスキー』(1974主演ジャン=ポール・ベルモンド)で有名かな?Jean Chiappe(1878-1940)は事件の関係者。
p119 半クラウン貨…50セント貨と同じくらいの大きさのコイン◆当時の半クラウン貨はジョージ6世の肖像。1937-1947のものは .500 Silver, 14.15g, 直径32mm。半ドル貨はWalking Liberty、1916-1947製造、.90 Silver, 12.50g, 直径30.63mm。
p122 ここら辺のシーンが私は好きなんですが…
p126 『詩人への挽歌』◆William Dunbar (1459 or 1460 – 1530), Lament for the Makaris (c.1505) マイケル・イネス『ある詩人への挽歌』(1938)の元ネタですね。この作品、本作にも何か関連があるのかな?私は未読なので早速読まなくては…
p130 トッド・ラプレイク… ロブ・ロイ・マクレガー◆訳注あり。有名なスコットランド小説の登場人物。ここら辺は常識の範疇なのか。
p143 フランス語の諺 “すべてが過ぎ去る、すべてが崩れ去る、すべてにうんざりだ”◆Tout passe, tout casse, tout lasseか。直訳「すべては過ぎる、すべては壊れる、すべては飽きられる」意味は「栄枯盛衰は世の習い、諸行無常」ということらしい。
p148 ハムスン… パウンド… モンテルラン◆訳注はちょっとズレてる。いずれもファシズムを支持して戦後非難された。Knut Hamsun(ナチス賛美)、Ezra Pound(ムッソリーニに熱狂)、Henry de Montherlant(ヴィシー協力者)
p161 ピクチャレスク◆ picturesque、(especially of a place) attractive in appearance, especially in an old-fashioned way (ケンブリッジ辞典より)。無理に日本語にしたら「歴史を感じさせる絵画的情景」か。奈良とか京都とかのイメージで良い?
p164 《フラワーズ・オブ・フラワー》◆調べつかず。
p178 シュペングラー… 似非ファシズム臭がぷんぷん
p195 J’en ai◆ここら辺のフランス語は日本語訳を付けなくても良かったのでは?後で(p205)考察するんだし…
p231 上とは異なり、ここのフランス語は逐語訳を付けていない(不充分な概要が示されるだけ)。日本語訳をつけた方が良いと思う。なお冒頭のle 16 août 1945は「1945年8月16日」、事件はこれ以降に起きた、ということになる。
p247 われわれが“後知恵(キャブ・ウイット)”と呼ぶもの… フランス語では階段の知恵(エスプリ・デスカリエ)と表現される◆a cab witとl’esprit de l’escalierの対比… と思ったらcab witが辞書やWebに全然出てこない。フランス語の表現はwikiにも出てくるのだが…
p248 ミュンヒハウゼン◆ここも訳注ズレ。ほら男爵を知らないのかなあ。Baron Munchausen's Narrative of his Marvellous Travels and Campaigns in Russia(1785)は英語で書かれた独逸人Rudolf Erich Raspeの作。元は実在のホラ吹き男爵Hieronymus Karl Friedrich, Freiherr von Münchhausen (1720–1797)のエピソード(ベルリン1781年、著者不明)にRaspeが色々付け加えて英国で出版したもの。岩波文庫にビュルガー版がある。
p251 フェイ◆fey、ハイランド人による解説あり。アガサさん『ゴルフ場の殺人』にこの単語が出てきます。
p267 オレステース◆教養人にとってアイスキュロスや『イーリアス』は常識なんでしょうね。


No.375 6点 怪奇小説傑作集1
アンソロジー(出版社編)
(2022/02/13 11:14登録)
1969年出版。私のは1981年40版。ベストセラーですね。平井呈一編集で翻訳も平井さん。文章が良いなあ、と感心するのですが、今の人には少々古い?でも原作の時代には相応しいと思う。本書は一番新しいのでも1910年代、というクラシック揃い。昔のアンソロジーには初出年代が示されていないことが多くて、若い頃には調べる手段もないためイライラしてましたが、今はちょっと検索するとすぐ出てくるのでストレスが少なくて良いですね。「猿の手」の二百ポンドがどれくらいの価値を想定していたのか、発表年代が記載されてないとわからないですからね。
以下、初出はFictionMag Indexで調べたもの。
(1) The Haunters and the Haunted by Bulwer Lytton (短篇集1865)「幽霊屋敷」 ブルワー・リットン
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(2) Sir Edmund Orme by Henry James (初出1891)「エドマンド・オーム卿」 ヘンリー・ジェイムズ
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(3) The Diary of Mr. Poynter by M. R. James (短篇集1919)「ポインター氏の日録」 M・R・ジェイムズ: 評価7点
読ませる物語展開はさすが。古書の競場での出来事とかおばさんの愚痴の描き方が良い。オチも落語みたい(多分、訳者は狙ってやってる)。There are more things!
(2022-3-1記載)
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(4) The Monkey's Paw by W. W. Jacobs (初出Harper’s Monthly Magazine 1902-9 挿絵Maurice Greiffenhagen)「猿の手」 W・W・ジェイコブス: 評価7点
Wikiに挿絵が載っていました。あまりに有名な話だけど、あらためて読んでみるとO. Henry風味を感じた。Jacobsはこのころ本国Strand誌では続けて長篇を連載しており、米国Harper’sにもこの挿絵画家(英国人)と組んだ作品などが五、六篇掲載されていて人気作家だったことがうかがえる。
p147 二百ポンド♠️英国消費者物価指数基準1902/2022(130.96倍)で£1=20434円。
(2022-2-13記載)
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(5) The Great God Pan by Arthur Machen (単行本1894)「パンの大神」アーサー・マッケン
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(6) Caterpillars by E. F. Benson (短篇集1912)「いも虫」 E・F・ベンスン: 評価5点
怖い、というより気持ち悪い話。舞台はイタリアン・リヴィエラの別荘。ビジュアル・インパクトはかなり凄い。(私はアガサさんが中東の夜に見たある光景を思い出しました。結構、あの人タフなんだよね。『さあ、あなたの暮らしぶりを話して』参照)
(2022-2-14記載)
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(7) The Strange Adventure of a Private Secretary by Algernon Blackwood (短篇集1906)「秘書奇譚」 アルジャーノン・ブラックウッド: 評価8点
スリルを盛り上げる描写が素晴らしい。どことなくユーモア感を隠している文章。キャラにも血が通っている。
p268 スミス・ウェッソン会社の拳銃♠️Military&Police(1899年から)を推す。
p296 腕を組んできて
(2022-2-13記載)
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(8) August Heat by W. F. Harvey (短篇集1910)「炎天」 W・F・ハーヴィー: 評価5点
まあ趣旨はわかるが… 真夏の暑い日に読みたい作品。手練れならもっと上手に構成出来たのでは?
(2022-3-3記載)
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(9) Green Tea by Joseph Sheridan Le Fanu (初出All the Year Round 1869-10-23 作者名無し、四回分載?)「緑茶」 J・S・レ・ファニュ: 評価5点
医者の体験談。話を聞き出すための距離の取り方が面白い。恐怖物語、というより、こういう症例は結構あるように思う。実話っぽいなあ、という感じで受け止めました。
(2022-2-28記載)


No.374 6点 恐怖の1ダース
アンソロジー(国内編集者)
(2022/02/12 21:11登録)
1980年8月出版(講談社文庫)。中田耕治軍団と思われる翻訳者たちによるアンソロジー。中田さんと言えば、昔、雑誌「翻訳の世界」で「コージーに翻訳しよう」とかいう連載を楽しく読んだ記憶がある。編者が同じで題名が同じものが1975年出帆社から出ているが、収録作品をリニューアルしている。
以下、初出はFictionMags Index(FMI)によるもの。
(1) If I Should Die Before I Wake by Cornell Woolrich (初出Detective Fiction Weekly 1937-7-3)「たすけてえ!」コーネル・ウールリッチ、中田 耕治 訳: 評価7点
良い翻訳だなあ。子供の語りってとても難しいのだけど難なく処理している。ハック・フィンもこんな感じなら読めるかも。
子供から見た大人の感じが上手く表現されている。ハラハラドキドキの物語。
原文参照出来ませんでした。
p9 五年A組♠️小学生で良いのかな。
p9 飴チョコ… 一コ五セント♠️米国消費者物価指数基準1937/2022(19.52倍)で$1=2226円。飴チョコって何だろう。
p18 色チョークは一箱十セント
(2022-2-12記載)
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(2) The White Road by E. F. Bozman (アンソロジー1939, “Ghost Stories” ed. John Hampden)「白い道」E・F・ボズマン、吉崎 由紀子 訳: 評価6点
作者E. F. Bothmanは本書「あとがき」でも経歴等全く不明と書かれており、FMIにも登録されていない。WEBにも手がかり無し。(2022-2-14修正: ameqlistにE. F. Bothmanと出てたので、こう書いたのだが、正しい綴りはBozman。FMIに本作だけ登録があり、英WikiにはErnest Franklin Bozman (1895–1968) was a British author and the editor of two editions of Everyman’s Encyclopedia.との記述があった。)
舞台はクリスマス・イヴのパブ。元々はクリスマス・ストーリーなのかも。
こういう話は苦手。今市子さんが描く怪奇漫画みたいなネタですねえ。
(2022-2-14記載)
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(3) Poor Girl by Elizabeth Taylor (アンソロジー1955, “The Third Ghost Book” ed. Cynthia Asquith)「プア・ガール」エリザベス・テイラー、伊東 昌子 訳
もちろん著名女優とは違う1912年生まれの英国作家。
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(4) The Riddle by Walter de la Mare (短篇集1923)「謎」ウォルター・デ・ラ・メア、鈴木 説子 訳: 評価5点
不思議な話だが、私には趣旨がわからなかった。諸星大二郎風味。
(2022-2-13記載; 2022-2-19追記)
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(5) A Haunted Island by Algernon Blackwood (初出The Pall Mall Magazine 1899-4 挿絵L. Raven Hill)「呪われた島」アルジャノン・ブラックウッド、木戸 淳子 訳: 評価7点
道具立てが良いですね。舞台はカナダ。思わせぶり度が程よい感じ。
p128 マーリン・ライフル(Marlin rifle)◆ Marlin Firearmsは1870年創業。このライフルは時代を考えるとレバー・アクションだろう。
(2022-2-19記載)
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(6) Yuki-Onna by Lafcadio Hearn (短篇集1904)「雪おんな」ラフカディオ・ハーン、中山 伸子 訳
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(7) Shock Treatment by Ross Macdonald (初出Manhunt 1953-1 as by Kenneth Millar)「ショック療法」ロス・マクドナルド、中田 耕治 訳: 評価6点
米国マンハント創刊号にケネス・ミラー名義で発表した短篇。
私はロス・マク嫌いなんだけど、こーゆー話を読むとますます好きになれない。なんだかとてもやな奴の臭いがする(読まず嫌いの偏見だろうけれど…)。
p162 家賃… 月300ドル♣️米国消費者物価指数基準1952/2022(10.61倍)で$1=1210円。
p166 古い型のピアース・アロウ♣️Pierce-Arrow Motor Car Company(1865-1938)のV12セダンか。登場時にはデザインが未来的だったようだから、ここでの妻のイメージにぴったり。
(2022-2-13記載)
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(8) The Tower by Marghanita Laski (アンソロジー1955, “The Third Ghost Book” ed. Cynthia Asquith)「塔」マーガニタ・ラスキー、大村 美根子 訳: 評価7点
この英国作家(1915-1988)の活躍は1940〜1950年代。
舞台はフィレンツェ、美術関係者の妻(英国人)の話。シンプルだが怖い。上手く映像化したら効果抜群だと思う。伊藤潤二先生いかがでしょうか。
(2022-2-23記載)
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(9) The Mystery of the Derelict by William Hope Hodgson (初出The Story-teller 1907-7)「幽霊船の謎」ウィリアム・ホープ・ホジスン、杉崎 和子 訳
サルガッソー海もの。
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(10) Terror Over Hollywood by Robert Bloch (初出Fantastic Universe 1957-6)「ハリウッドの恐怖」ロバート・ブロック、中田 えりか 訳: 評価4点
翻訳者は耕治さんの娘。本作はハリウッド小説というジャンルを紹介する、という編者の意向のようだ。
話自体は作者お得意の深みのないもの。想像力がチャチで薄っぺらい。
(2022-2-13記載)
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(11) Explorers We by Philip K. Dick (初出The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1959-1)「探検隊帰る」フィリップ・K・ディック、中田 耕治 訳: 評価8点
SFマガジン創刊号に載った作品。この翻訳は「福島正実の思い出に」捧げられている。
傑作ですね。そして怖い。
(2022-2-12記載)


No.373 5点 世界暗号ミステリ傑作選
アンソロジー(海外編集者)
(2022/02/12 12:37登録)
1947年出版のアンソロジー。創元文庫(1980年初版)で読んでいます。
編集・序文はRaymond T. Bond、巻末に江戸川乱歩「類別トリック集成」(S29)の暗号部分を「解説」として収録。日本語版は原書から著名な三作を割愛(ポオ『黄金虫』、ドイル『踊る人形』、クリスティ『四人の容疑者』)。
暗号に特化したアンソロジーなので、これ実は暗号ネタだったんだ!という驚きがある作品にはちょっと不向き。序文に出てくる日本政府高官の茶番劇って、どんな顔して実行していたのか。わざとらしさが歌舞伎の一場面のようだ。
暗号の出来はABCDEの五段階で評価。暗号のもっともらしさと解読のロジックで判断。
以下、初出はFictionMag Indexで調べたもの。
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(1) The Puzzle Lock by R. Austin Freeman (初出Pearson’s Magazine 1925-3 挿絵Frank Wiles; Flynn’s 1925-2-28)「文字合わせ錠」フリーマン、大久保 康雄 訳: 評価6点
ソーンダイク博士もの。
あのミラー警部も震える恐怖。詳しいことは『ソーンダイク博士短篇全集Ⅲ』で書く予定。
暗号度C
(2022-2-12記載)
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(2) The Great Cipher by M. D. Post (初出The Red Book Magazine 1921-11)「大暗号」ポースト、大久保 康雄 訳: 評価7点
ジョンケル長官もの。
探検ってロマンだよね。これは気に入りました。語られる場所も良い。
暗号度A
(2022-2-13記載)
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(3) The Ministering Angel by E. C. Bentley (初出The Strand Magazine 1938-11 as “Trent and the Ministering Angel” 挿絵R. M. Chandler)「救いの天使」ベントリー、宇野 利泰 訳: 評価6点
トレントもの。
若い女は怖いね〜、という話で良い? 現物が無くても大丈夫って本当かなあ。
暗号度B
(2022-2-12記載)
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(4) The Treasure of Abbot Thomas by M. R. James (短篇集1904)「トマス僧院長の宝」ジェイムズ、紀田 順一郎 訳: 評価6点
語り口に工夫があるが、結末は物足りないなあ。
暗号度B
(2022-2-13記載)
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(5) QL 696. C9 by Anthony Boucher (初出EQMM 1943-5)「QL 696・C9」バウチャー、宇野 利泰 訳: 評価4点
ニック・ノーブルもの。
なんか変な流れ。謎もつまらない。キャラも生きてない。
暗号度C
(2022-2-12記載)
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(6) The Key in Michael by Elsa Barker (初出The Red Book Magazine 1927-1)「ミカエルの鍵」バーカー、池 央耿 訳
デクスター・ドレイクもの。
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(7) Calloway’s Code by O. Henry (初出Munsey's Magazine 1906-9)「キャロウェイの暗号」ヘンリー、大久保 康雄 訳
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(8) The Secret of the Singular Cipher by F. A. M. Webster (初出The Blue Magazine 1924-9 as “Old Ebbie Comes Back, No. VIII: The Secret of the Singular Cypher”)「比類なき暗号の秘密」ウェブスター、大久保 康雄 訳
オールド・エビーもの。
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(9) The Learned Adventure of the Dragon’s Head by Dorothy L. Sayers (短篇集1928)「龍頭の秘密の学究的解明」セイヤーズ、宇野 利泰 訳: 評価6点
ピーター卿もの。
子どもが良い子過ぎて残念。悪ガキに手こずるピーター卿が見たかった。話はセイヤーズらしくシンプル。古書の挿絵(p256)がMunster’s Cosmographia Universalis: Uncle, there’s a funny man hereで見ることが出来る。
暗号度D
(2022-2-12記載)
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(10) The Blackmailers by Harvey J. O’Higgins (短篇集1915)「恐喝団の暗号書」オヒギンズ、池 央耿 訳: 評価7点
バーニー・クックもの。シリーズ第一話。短篇集“The Adventures Of Detective Barney”(1915)には7篇が収録されている。
少年が探偵に憧れる感じが良く出ている。ハラハラ、ドキドキ加減がとても良い。
p292 電話の交換台◆当時の事務所にはつきもの。
p294 ニック・カーター◆当該シリーズはFrederick Van Rensselaer Dey(1861-1922)が1891年以降、創始者のJohn R. Coryell(1851-1924)を引き継いで書いていた。
p318 週6ドルとチップ◆ウェスタン・ユニオンのメッセンジャー・ボーイの稼ぎ。米国消費者物価指数基準1915/2022(27.84倍)で$1=3174円。月額82524円。
暗号度B
(2022-2-14記載)
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(11) The White Elephant by Margery Allingham (初出The Strand Magazine 1936-8 挿絵M. Mackinlay)「屑屋お払い」アリンガム、池 央耿 訳
キャンピオンもの。
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(12) Uncle Hyacinth by Alfred Noyes (初出The Saturday Evening Post 1918-2-2 挿絵画家不明)「ヒヤシンス伯父さん」ノイズ、吉田 誠一 訳: 評価7点
とても愉快な話。いかにもポスト誌、という感じ。時は第一次大戦中、アルゼンチンから客船が出港する。ルシタニア号事件(1915-5-7)でドイツ人は嫌われていたのだ。ラストの感じもバランスが取れていて良い。
p353 ブエノスアイレスのハロッズ支店♣️1914年開店。海外では唯一の支店だった。
p369 英国文壇に対する皮肉
p384 霊応盤
暗号度B
(2022-2-14記載)
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(13) The Stolen Christmas Box by Lillian de la Torre (初出EQMM 1946-1)「盗まれたクリスマス・プレゼント」デ・ラ・トーレ、吉田 誠一 訳
サミュエル・ジョンスン博士もの。


No.372 6点 コルト拳銃の謎
フランク・グルーバー
(2022/02/08 22:30登録)
1941年出版。ジョニイ・フレッチャー&サム・クラッグもの第4作。ポケミス『海軍拳銃』で読みました。中桐雅夫さんの翻訳は安心して読めます。
グルーバーはほぼ初めてだと思う。短篇は読んでいるかも。今回の舞台はシカゴ。たくさん通りの名前が出てくるが、クレイグ・ライスの諸作で読んだことがあるようなものが多く、きっとほとんど実在のものなのだろう。足跡を辿るのも面白そうだが、今回はパス。全然調べていません。
スピーディな意表を突く展開はE・S・ガードナーばり。ユーモア感を考慮するとむしろA・A・フェア風か(本作に登場する探偵はパロディかオマージュなのかも)。人物描写も生き生きしていて、場面に合ったちょっと面白いキャラが次々と出てきて飽きさせない。でもESGと同様、立ち止まって考えると色々ヘンテコなところがありそう。まあ、つべこべ言わずに楽しければ良い。ESG同様、読後は内容をほぼ覚えていないような作品。私は寒そうな情景がとても印象に残ったが…
以下トリビア。
銃はタイトルになった1851 Colt Navy Revolver、この銃については日本語Wiki「コルト M1851」にも詳しいが、36口径とあるものの実際は直径.375〜.380インチの弾丸を発射するもの。本書に出てくる「船の絵(p38)」とはシリンダーに描かれた線描の帆船のこと。この絵はColt 1851 Old Model Navy - NEW YORK ADDRESS FACTORY ORIGINAL, HIGH CONDITION, CASEDで検索すると出てくるHPの写真7枚目が見やすい。本書ではある有名人が持っていたものという設定だが、史実でもその有名人がこのモデルを使用していた、という証言があるが、実際には生涯に同じモデルを数丁使っていたようだ。なお本書のシリアルナンバー4V66-73は実際には存在しないもの。実銃のシリアルはアルファベットなど付かないただの数字のみ。フロンティア・モデル(p37)の意味が翻訳からはよくわからない。
「海軍拳銃かフロンティア・モデルなら20ドル」と言っておいてすぐ後で「フロンティア・モデルは1ダース10セントだ」と話している。The Colt Frontier Six-Shooter(SAAの.44-40ヴァージョン)のことだろうか。こっちはレアな銃のようだが、後ろの「1ダース10セント」の方はColt M1878(別名Frontier, Double Action Army)という違う銃のことだろうか。
他に「こぎれいな二五口径の自動拳銃」も登場するが候補は沢山ある。(Colt M1908 Vest Pocketなど)
女優の名前がp17とp159に出てくる。このうちへディ・ラマーは、この名前に改名し、有名になったのはAlgiers(1938年8月公開)なので作中年代はそれ以降だというのは確定。
価値換算は米国消費者物価指数基準1939/2022(20.06倍)としておこう。$1=2287円。
p7 コーヒー代に10セント
p10 シカゴの電車代は一人7セント
p11 ブザー仕掛け◆集合住宅の名札の下のボタンを押すと、住人はブザーで来客があったのを知り、住人が室内でボタンを押すと、玄関でブザーが鳴り、来客は住人が中に居るのがわかり、そのブザーが鳴っている間は表玄関の鍵が外れる仕組み。丁寧な訳注がわかりやすい。
p11 自動エレベーター◆エレベーター・ボーイがいないので、自分でボタン操作するやつ。
p15 日本が買い溜めしてるんで、屑鉄は60セントも値上りだ
p19 一週間分の8ドル◆安宿の宿泊費
p21 本代の2ドル95セント◆コンビの飯の種『あなたはサムソンになれる』の値段。結構お高い。
p22 コンビーフのハッシュとコーヒーとロールパン… 一つにつき25セント◆簡易食堂の値段
p30 並んでいる公衆電話室… 5セント白銅貨を投入口に入れ、電話番号を回した
p32 ダイキリ一つとスカッチ・ハイボール二つ… 3ドル32セント、税込み◆カクテル・ラウンジの値段
p33 ドラッグ・ストア… 電話室
p35 レイルロード・タイで1枚1ドル位のもの
p40 四十セントずつでビフテキの晩餐◆レストランで食事
p41 予約席2ドル20セント、一般席1ドル10セント◆レスリングの興行
p52 いい部屋… 10ドル位の◆シカゴの高級ホテル、ポッター・ハウスの料金
p53 半ドル◆ホテルのボーイへのチップ
p54 前に1000ドル紙幣を見たことはなかった
p57 一足1ドル35セントの絹靴下
p62 “犯罪雑誌”
p69 人殺しのピストル◆このピストルを持った人が取り憑かれて人殺しになる、っていうサムが思いつくアイディアは、人並由真さまに教わった都筑原案の連作コルト・サラマンダーの由来かも(本書の解説も都筑道夫)
p71 一日25ドル◆探偵の料金
p72 数えてみたら、この町には私立探偵事務所が146あったよ
p72 ムッソリーニがヒトラーを必要としているように◆実歴史だと1937年以降の雰囲気。それ以前はヒトラーはムッソリーニに憧れていたが、ムッソリーニはヒトラーを嫌っていたらしい。
p90 サイズは15半◆Yシャツのサイズ
p92 十セントのチップ◆タクシー運転手に。なお経路はポッター・ハウス近くの美術館からウィンスロップとエインズリの角まで
p98 “家庭と園芸”… “サタデイ・イヴニング・ポスト”… “美しい宝石”◆いずれも雑誌
p98 一語2セント、写真1枚に5ドル◆“犯罪雑誌”の原稿料。実話系なので写真の料金も提示されているのだろう。
p108 “告白雑誌”
p108 半専用のバス付き… 前金で一人につき75セント◆ホテル代。なお半専用、というのはフロアに一つしかない共用の浴槽だかららしい。ジョニイが戸惑ってるので、こういう用語がある訳ではなさそう。
p128 六ドル五十セント◆長距離電話の料金
p140 四十セント◆セント・ポールからウィスコンシン州ハドソンまでのバス料金
p148 七ドル五十セント◆メドフォードからシカゴまでのグレイハウンド・バスの料金
p149 二十セント◆朝食
p151 ウエスタン・ユニオン◆メッセンジャー・ボーイの事務所
p167 週四十ドル◆社長秘書の給与、月額換算で40万円。
p178 四千ドル◆1876年の農場の値段。当時は6分くらいの利子を期待できたようだ。
p178 紙幣は少なくとも2/3以上ないと新しいのととりかえてくれない


No.371 6点
フィリップ・マクドナルド
(2022/02/05 17:01登録)
1924年出版。創元文庫(1983初版)で読了。
冒頭は新聞編集室の生き生きとした描写。でも全体的にセリフまわしや文章が下手。構成も洗練されてない。『トレント最後の事件』(1913)のような導入。新聞の編集長と有能な女の部下とのやりとり、現場で古い知り合いに会い、担当刑事が旧知の仲、というのも『トレント』そっくり。そして探偵の初めての恋心も『トレント』風。ここまで構造を似せてるんだから、その発展系かと期待したら全然ダメでむしろ感覚的には逆走。センスが古臭い(なぜヘイクラフトなど評論家たちの評価が高いのかさっぱり判らない)。
大金持ちで軽薄なゲスリン。有閑スーパーマンの探偵なんて何が面白いんだろう。(英国のファイロ・ヴァンスですね) 本格探偵小説としては隠し事が多すぎる気がする。どっちかと言うと冒険小説っぽいタッチ。文庫の帯の文句「マザー・グースの調べにのせて繰り広げられる殺人劇」はミスリードを誘う。(本文中にメロディが流れるのは間違いないので許容範囲?)
私は作者が『トレント』に感銘を受けたものの、その後の映画化(1920年、サイレント、未見)に失望し、それで、映像化しやすい脚本のつもり(ぼくの考えたさいきょうのトレント)で書きはじめたのでは?と妄想している。書いてるうちに出来上がったものは別物になっちゃった、という感じだろうか。本作の構成要素が全てフォトジェニックなのと、フィル・マクは後年映画界で脚本家として活躍してるから、映像映えに敏感だったのでは、というのが朧げな根拠。
もともと『トレント』をサイレント映画で、ってのはかなりの難題だったのでは、と思う。1952年の映像化(オーソン・ウエルズ怪演だが、付け鼻が気になった)を見たが、セリフが豊富に無いと処理が難しいのでは、と感じた。
以下トリビア。ほとんど項目だけの計上です。
p9 木曜の夜♠️事件が発見された日、この日は8月19日(p276)なので1920年が該当。だがp23と矛盾する。
p10 定価は2ペンス(The price was twopence)♠️新聞の特別号の値段。英国消費者物価指数基準1920/2022(47.62倍)で£1=7430円。
p11 サイフォン
p16 クラレンドン体(Clarendon)♠️活字の種類。
p21 詩集… 百五十ポンド
p21 おじの遺産
p29 五ポンド紙幣
p22 年収二、三百ポンドの遺産
p23 一九二一年の七月(in July of 1921)♠️ここから少なくとも1年が経過している。ということは作中年代は1922年8月以降。
p23 年収九千乃至一万ポンド(nine or ten thousand a year)♠️遺産
p25 コック・ロビン♠️名前がJohn Hoodeだから、[Cock] Robin Hood(フッド)という連想なのか。
p27 五ポンド♠️情報提供の謝礼。
p31「ホークショーと申す者です、探偵でしてね」(I am Hawkshaw, the detective!)♠️『トレント』でもHawkshawへの言及あり。舞台劇The Ticket-of-Leave Man(1863)のロンドン随一の切れ者刑事Hawkshaw(なお劇中に、このようなセリフは無い)、あるいはシャーロック・パロディの米国新聞漫画“Hawkshaw the Detective”(1913-2-23〜1922-11-1)のこと。こちらではこのセリフが定番。なので後者のイメージだろう。
p36 探偵小説への言及は黄金時代の特徴。
p49 検死(インクエスト)… あすの午後、この邸で
p52 半クラウン銀貨大♠️これは訳注で処理して欲しい。当時の半クラウン貨はジョージ五世の肖像。1920-1936のものは.500 Silver, 14.1g, 直径32m。
p55 ガボリオ… ルコック… シャーロック・ホームズ
p57 時計の打ち方♠️ミニ講座あり。
p64 六ペンス銀貨大♠️これは訳注で処理して欲しい。当時の六ペンス貨はジョージ五世の肖像。1920-1936のものは.500 Silver, 2.88g, 直径19mm。
p70 ベンジャミン(Benjamin)♠️ゲスリンが愛用のパイプにつけている名前のようだ。変な奴!
p91 全部十ポンド紙幣で… 銀行に問い合わせて紙幣番号も確認
p93『私は眠っているのだろうか…』(Do I sleep, do I dream, or is Visions about?)♠️何かの引用か。調べつかず。(2022-2-13追記: Bret Harteの詩Further Language From Truthful James(NYE’S FORD, STANISLAUS, 1870)の冒頭)
p100 探偵小説… 傑作… たとえばガボリオ…『小説こそ真理なり』(Fiction is Truth)♠️ゲスリンの考え。こいつは困ったちゃんだ…
p125 いわゆる「改造家屋」♠️一つの屋敷をフラットに分割したやつか。
p128 ずっしりした自動拳銃
p129 英国一敏捷なスリー・クォーター
p137 子供がいちばん最初に出くわす探偵小説
p144 『のっぽの駝鳥のおばさんに…』(And his tall aunt the ostrich spanked him with her hard, hard claw)♠️キプリング“Just So Stories” The Elephant's Childから。
p145 『刃物を握っていた卑劣な手…』(But whose the dastard hand that held the knife I know not; nor the reason for the strife)♠️調べつかず。
p145 デュパン、ルコック、フォーチュン、ホームズ、ルルタビーユ♠️順番が面白いが、普通の女性に、このセリフ。相手はポカンだろうなあ。
p146 検死審問(インクエスト)
p153 『言うなればこれで出そろった』(So there, in a manner of speaking, they all are)♠️調べつかず。
p155 指紋♠️ファイロ・ヴァンスと同様、指紋を軽視するゲスリン。
p156 マギーなんて呼ばないで♠️嫌いらしい。
p156 ベイカー・ストリートかハーリー・ストリートで開業♠️探偵か医者
p158 大型の赤塗りの自動車: 4ドア。後段(p204)で「メルセデス」との記載あり。
p162 コック・ロビンの物悲しい調べを口笛で♠️定番のメロディがあるのかな?調べてません。
p166 アンデルセンの童話
p171 卑劣… 私立探偵めいた真似
p176 陳腐なフランスの諺♠️訳注「犯罪の陰に女あり」
p181 探偵協会の規約に反します(it’s against the rules of the Detectives’ Union)♠️ここは「組合」だろう。
p182「ああ、すばらしきかな、この日!キャルウ!キャレイ!」♠️『鏡の国のアリス』ジャヴァーウォッキーの詩より。河合祥一郎訳(2010)では「ああ、すべらしき日よ!かろー!かっれえ!」全然締まりませんね…
p189 最近のフランスの騒動♠️何を指してるのか。調べてません。
p201 『空の鳥ども』(the Birds of the Air)♠️童謡『コック・ロビン』から
p204 チェスタトン… 『奇跡の最もすばらしい点は、それがときたま起こるということだ』(The most incredible thing about miracles is that they happen)♠️ブラウン神父「青い十字架」からの引用。
p209『熱意、あらん限りの熱意!』(Zeal, all zeal, Mr Easy!)♠️Captain Frederick Marryat著の小説"Mr. Midshipman Easy"(1836)から。
p220 リージェンシー劇場
p220 五ポンド紙幣
p240 年に250ポンド… いとこが死ねば年3000ポンドほど入ってくる
p241 十シリング紙幣… 至急(ウナ)電で打ってくれ
p245 二百五十ポンド♠️貴重な情報に対する対価。
p246 一ポンド紙幣♠️番人への駄賃。
p270 精神異常犯罪者収容所(ブロードムア)
p276 一九二x年八月二十日♠️事件の翌日
p276 私の推理、推論---何と呼ばれようと結構だが
p294 年収600ポンド♠️大蔵大臣の秘書の給料。
p297 経歴表
p298 私立探偵という下劣きわまる仕事


No.370 6点 『マルタの鷹』講義
事典・ガイド
(2022/02/03 22:22登録)
私は文学研究っぽい評論が嫌いで、面白い小説を中途半端な象徴主義に還元する態度が気に入らない。狭い変換機能を頼りにつまらない発想の産物を生み出して何が楽しいの?と思っちゃう。
本書は、まあ抑制されたタッチで辛うじて読めるものだが、ガッチリした屹立するものが登場するとすぐ「これチンポコね」と指摘したりするのが陳腐でさあ。でも女性器は全く出てこないんだね。バランス悪いなあ。
それに、この人、オプものの短篇を全然読み込んでない。ハメットの長篇は読んでるようだが、『マルタの鷹』を語るのに『銀色の目の女』への言及が全く無いなんてねえ。
私はヘンリー・ジェイムズの『鳩の翼』が本作の発想のもとだ、というハメットがジェームズ・サーバーに語った真意を知りたくて本書を手に取ったようなものなんだけど、そこにもほぼ触れてなくてガッカリ。
あと本格探偵小説も読み込み不足で、ハードボイルド派との比較をしてしまっている。
ハードボイルド作家は従軍経験があるけど本格ミステリ作家には無い、とか(アントニー・バークリーはどうなる?)言ったすぐ後で、でもハメットは大した軍務についてないけどね、と言っちゃったり。
それから『マルタの鷹』の犯人像が当時としては画期的で本格ものには無いよ、と言ってるのだが、じゃあ有名な本格ミステリ2作(もちろん『マルタの鷹』以前に出版されたもの)なんかは違うんかい、と思ったり。
ここ最近、ずっとハメットを読んでいた私の感想では、『マルタの鷹』っていうのは前二作のオプものの長篇と比べて内容がぶっ壊れていなくて、上手にまとまった、という手応えがあった作品なのだろう、と思う。内容はハメットのオプものと繋がっていて、相変わらず女に弱く男に強い、ちょっと世間に対してひねくれた坊やの活動物語。つまり、本書では分析されていないけど、常にママを探してる男の子の話なんだろうと感じた。(結局、私も似たような象徴主義に陥ってしまった…)
付録の語注が行き届いていて楽しい。まあ銃関係はもっと書き込んで欲しかったけれど…(明白な誤りは『マルタの鷹』本編の私の評をご覧ください)


No.369 9点 マルタの鷹
ダシール・ハメット
(2022/01/31 21:25登録)
1930年出版。初出Black Mask 1929-9〜1930-1(五回連載)。ハヤカワ文庫の改訳決定版(2012)で読みました。
スペードってオプと全然違うキャラかと思ったら、ハンサムになっただけで中身は全然違わない、というのが意外でした。私はずっと前にボギー主演のヒューストン映画(1941)を観てたので話の筋は覚えてたのですが、新しいことやろう、という最初の方の凝った文体が微笑ましかったり、途中の淀みない流れが素敵だったり、ああ、またやってるね、という作者のお馴染みの感覚だったりが嬉しくて、非常に満足。この作品単体で味わうより、オプものをじっくりと読んでから、あらためて賞味するのが良いのでは?と思いました。
ラスト・シーンは、続きを妄想した例の記事を知ってると、とても面白い。
トリビアは拳銃に関するものを一個だけ。(気が向いたら付け足します…)
珍しいWebley–Fosbery Self-Cocking Automatic Revolverが登場。英国のWebley社のユニークなリボルバー、1901-1924に約4750丁が製造されたようだ。普通のリボルバーと違い、発射の反動でコッキングするのが非常に珍しい。こんな有名作品に、こんな珍品が堂々と登場してるとは知らなかったので、ガンマニアとしてはお腹いっぱいです!(日本Wikiには登場作品にきちんと言及されている)

(2022-2-2追記)
本作で登場するWebley–Fosbery revolverは、さらにレアもので38口径の八連発仕様。市場に出回ったのは僅か200丁ほど(通常のものは.455Webley弾、六連発)。良く調べると、使用銃弾も珍しく、リボルバー用のリムのある弾丸ではなく、自動拳銃用の.38ACP(全長33mm、1900年開発)をクリップを使って装填する。しかも、この銃弾、普通38口径自動拳銃で使う.380ACP(全長25mm、1908開発)とは違う珍しいもの。なお「38口径」という名称は、他の多くの銃弾(22、25、32、45口径など)とは違い、弾頭の直径ではなく薬莢部分の直径で、実際の弾頭の直径は種類により多少違うが.355-.357インチ。なので欧州でいう9mm弾丸と同等である。(『マルタの鷹』講義p376の注408.9(22.14)で誤解した記載がある)

(2022-2-6追記)
トリビアは大抵「『マルタの鷹』講義」に載ってるので省略。でもそっちには無い価値換算には言及しておこう。本書にはドルとポンドが登場して、1ポンド=10ドルで換算している(p146など)。「講義」によると作中年代は1928年12月。1928年の交換レートを調べると£1=$4.86、金基準でも£1=$4.87とほぼ同じ。1920-1930の変動を見てみたがあまり変わっていない。あっそうか、舞台を考えると香港ドルとの換算かも?と見てみると1928年のレートは$1=HK$1.996。ならば£1=HK$9.70となって本書の換算に近くなる。登場人物たちも米ドルだと誤解してるわけだが、そうではなくてブツがブツだけに過大なふっかけた換算レートを提示したのかも。
なお米国消費者物価指数基準1928/2022(16.30倍)で$1=1858円、英国消費者物価指数基準1928/2022(66.94倍)で£1=10445円。
「講義」では、小説の私立探偵の報酬が日給20〜25ドル(3万7千〜4万6千)が相場(ソースは小鷹『ハードボイルドの雑学』p87)のところ、二百ドル(37万円)をあっさり出す、と驚嘆してるけど、換算してみると、より生々しい印象になると思う。

以下は「講義」で触れられていないトリビアを拾ってみた。
p3 献辞 ジョウスに捧ぐ(To Jose)♠️下の娘Josephineのことだろう。
p27 黒のガーター(black garters)♠️ああ、男でも使うんだ。
p30 ウェブリー・フォスベリー・オートマティック・リヴォルヴァー(Webley–Fosbery Self-Cocking Automatic Revolver)♠️「講義」の注は突っ込みどころあり。W. J. Jeffrey & Co.は「販売元」だろう。数百丁の販売だから「価値がありすぎる」としているが、単に不便で売れなかっただけ。サイズが大きすぎて携帯に向かない、とあるが1.24kgで280mmだから確かにコルトM1911(1.10g, 216mm)よりかなり大型だが「1フィート(304mm)を超えるはず」ではない。
p35 犯罪の成功に(Success to crime)♠️乾杯の文句。
p43 四四口径か四五口径♠️似たようなものだが44口径はS&W(プロ仕様)のイメージ。45口径はコルト社(ありふれた型)のイメージ。
p43 ルガー(a Luger)♠️正式にはPistole Parabellum、通称P08。38口径(=9mm)。ヨーロッパの洒落たイメージ。
p56 ナッシュのツーリング・カー(a Nash touring car)♠️1924年のSaturday Evening Post広告でNash Six 4-door Touring CarはOnly$1275というのがあった。
p73 『タイム』を読んでいた(reading Time)♠️1923年創刊。
p78 銃身の短い、平たい小さな拳銃(a short compact flat black pistol)♠️「黒い」が抜けている。このキャラが持ってるなら25口径のFN M1905(M1906ともいう)がピッタリだが、32口径(p134)らしいので、ベストセラーのFN M1910なのか。
p81 数種類のサイズの合衆国紙幣で365ドル、五ポンド紙幣が三枚(three hundred and sixty-five dollars in United States bills of several sizes; three five-pound notes)♠️1928年に米国紙幣はサイズを小型に変えた(187×79mmから156×66.3mmへ)。なので、旧札と新札が混じってるよ、という意味だろう。
p106 シアトルにある大きな私立探偵社で働いていた(In I was with one of the big detective agencies in Seattle)♠️スペードもコンチネンタル探偵社出身なのか。
p143 サンドウィッチ♠️こういう食事のシーンが良い。
p153 エン・キューバ(En Cuba)♠️元はEduardo Sánchez de Fuentes(1874-1944)作Habanera “Tú”。それをFrank La Forgeが1923年にCuban folk song として編曲し訳詞をつけたもの。
p173 サイフォン
p198 こけおどしの台詞♠️誤解されているが、ハメットがヒーローに喋らせるワイズクラックはチャンドラーの軽口とは違い、必ず目的がある(人を怒らせたり、話を逸らせたり)。実生活で利口ぶったマーロウが吐くセリフを聞いたら、必ず、やな奴、と思うはず。ハメットのヒーローたちはそんなセリフを吐いていない。
p199 重いオートマティック拳銃(a heavy automatic pistol)♠️スペードの背広ポケットに収まるサイズなのでコルトM1911(45口径)あたりか。
p231 ここにも食事のシーン。
p233 その拳銃から発射されたものだ(came out of it)♠️1925年にゴダードが銃弾の旋条痕から発射拳銃を特定する技術を確立してから数年経過しているが、まだ一般的な知識にはなっていないようだ。有名になったのは1929年2月のバレンタインデーの虐殺の鑑定からだという。
p246 大陪審とか検死審問に呼ばれてしゃべらされる(be made to talk to a Grand Jury or even a Coroner's Jury)♠️ここはニュアンス違いあり。大陪審には証言の強制力があるがCoroner’s Jury=inquestには強制力は無い。弁護士が「検死審問は裁判じゃない」p73と言ってる通り。なのでここは「大陪審でしゃべらされるって言っても、検死官陪審にすら呼ばれてないんだがな」という趣旨。
p256 スペードはいるか(Where’s Spade?)♠️ここは「スペードは?」くらいで良い。とにかく言葉を省略して。
p271 ここでも食事。
p271 黒いキャディラックのセダン

クリスティ再読さまは『赤い収穫』と『恐怖の谷』の繋がりを見抜いたが、私も真似して『デイン家』は宗教がらみなので『緋色の習作』、『マルタの鷹』は宝の物語なので『四つの署名』という説を唱えておこう。そうすると『バスカヴィル』は未読の『ガラスの鍵』あたりかなあ。


No.368 7点 月長石
ウィルキー・コリンズ
(2022/01/23 17:08登録)
1868年7月出版(1500部)、初出 英All the Year Round 及び米Harper's Weekly 1868-1-4〜8-8。創元文庫(1978-12合冊五版)で読了。ノウゾーさんの翻訳は安定感がありました。
印象深いのは作者コリンズの、運命に弄ばれた人々に対する優しい眼差し。近年の用語「上級国民」ではない者たちへの共感が全編から伝わってきます。ミステリとしてはわかりやすい話だと思いますが、展開は結構起伏に富んでいて面白い。カメラアイの工夫も素晴らしく良くて、第一部の語り口など、なるほどね!と感心しました。主要登場人物が裏口から語られる、という方式はかなり目新しかったです。最近見たTVシリーズ『ダウントン・アビー』をちょっと連想してしまいました。
作品の背景コンスタンス・ケント事件(発生1860年及び自白1865年)の知識があると非常に面白いと思います。Wiki程度の知識でも結構。詳細を知りたい場合は『最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』(2008)にまとめられています。
呪われたダイヤモンドについては当時有名だったオルロフ(Orlov)ダイヤとコ・イ・ヌール(Koh-i-noor)ダイヤの話を参考にしたようです。特にオルロフ・ダイヤは神像の眼だったという伝承があり、こーゆー伝説の嚆矢だったのかも。
以下トリビア。価値換算は英国消費者物価指数基準1848/2022(126.83倍)で£1=19789円。
p24 羽布団と五十シリング◆婚約解消の対価。50シリングは約五万円。ただし老僕の若い頃の話なので、もっと価値は高かったはず。
p30 糸玉と四枚刃のナイフと、それからお金を7シリング6ペンス◆7シリング6ペンスといえば探偵小説の黄金時代の小説単行本の定価だが… この時代の単行本はもっと高かったのではないか、と思うので違うだろう。
p30 年額700ポンド
p132 非常警報(alarm)◆ここは「叫び声」で良いだろう。
p132 朝のコーヒー… 外国の流儀
p135 玄関のドア… 鍵がかかって、おまけにカンヌキまでしてあった(the front door locked and bolted)◆ここのboltは、外から鍵では開けられない式のものだろう。
p134 治安判事(magistrate)◆下のと原語が違う。
p141 治安判事(Justice)◆ここは定冠詞なしの大文字なので一般的な「正義、警察権力」というような意味(=警察署長)だろう。この場面で治安判事は登場していない。
p173 モグラの塚(molehill)◆make a mountain out of a molehillで「小さなことで大騒ぎ」の意味。
p173 夏の名残りのバラの花(The Last Rose of Summer)◆Thomas Mooreの1805年作の詩。アイルランド民謡"Aisling an Óigfhear", or "The Young Man's Dream"の音楽により歌われる。
p183 鏡の中をぼんやりと(in a glass darkly)◆聖書の有名句。1 Corinthians 13:12より。
p189 一番女中(The first housemaid)
p199 蓼喰う虫も好き好き(Tastes differ)
p200 探偵熱(a detective-fever)◆ミステリへの興味を病気に例えている。確かに病気のように取り憑かれる。
p204 オランダ・ジン(Dutch gin)
p208 四、五枚のシリング貨と六ペンスばかりの金(a few shillings and sixpences)
p210 一シリング九ペンス◆1732円。
p211 三シリング六ペンス◆3562円。
p247 浅黒い肌の色(dark complexion)◆原文complexionなので、こう訳すのが正解なのだろうが、反浅黒党としてはなんか納得いかない。この人、白い肌だったのでは?
p251 一シリング◆小僧への褒美。989円。
p261 これから世の中に出ようとする若い人たち(Your tears come easy, when you’re young, and beginning the world. Your tears come easy, when you’re old, and leaving it)◆生まれてくる者かな?と思いましたが… そういうふうに解釈して良い?
p263 上流階級(People in high life)◆二つの世界が厳存していることの苦み。
p265 報酬(fee)◆そういう報酬が得られるものなんだ…
p271 家庭の内輪問題の秘密調査係◆そういう役回りがあったのか。ここら辺の原文は“in cases of family scandal, acting in the capacity of confidential man”
p296 道標に向かってジッグ曲を口笛で吹く(whistled jigs to a milestone)◆アイルランドの言い方と書かれている。「全く無駄なこと」という意味のようだ。
p299 どん底(When things are at the worst, they’re sure to mend)◆諺。
p302 食事宿泊手当(board wages)◆主人が不在時の手当。主人が滞在していれば食事や暖房は主人も使うので心配いらないが、不在なら自分で調達しなければならないことから。
p302 椅子の中で眠った(fell asleep in our chairs)◆教会で居眠りする、という事を面白く表現したものか。
p303 浅黒く(dark)◆ここは「黒っぽい瞳」だろうか。鳶色の髪(brown head of hair)のことは続いて出てくる。
p306 貧乏人が金持ちにそむいて立ち上がる(the poor will rise against the rich)◆上級国民への敵意。
p310 一ギニー◆ロンドンの有名医の一回の料金。
p320 異教徒(heathen)◆第一部で本人はクリスチャンだと何度も言っている。ここは「無教養な、野蛮な」という意味か。それとも発言者から見れば、こいつらはキリスト教徒とは思えない、ということか。
p325 一週間分の家賃◆週ぎめでの部屋の貸し借りは普通だった様子。
p356 乗合馬車… 辻馬車… 賃金どおり◆この人はチップを否定しているようだ。お金が無いだけ?
p370 偉大なミス・へロウズ(precious Miss Bellows)◆パンフレットは架空か。この名前も架空だろう。
p386 わずらわしい(nuisance)
p402 チベットのダライ・ラマ(Grand Lama of Thibet)◆当時英国でも結構有名だったのね。シャーロック『空き家の冒険』(1903)でもthe head Llamaが言及されていた。
p417 年に二着の被服費(my two coats a year)
p421 ひと月とたたないうちに金融市場に起こった変動(In less than a month from the time of which I am now writing, events in the money-market)◆何の事件を指してるんでしょうね。
p422『ミス・ジェイン・アン・スタンバーの生涯・書簡・功績』(the Life, Letters, and Labours of Miss Jane Ann Stamper, forty-fourth edition)◆架空の人物のようだ。
p445 民法博士会館で手数料1シリング払って(at Doctors’ Commons by anybody who applies, on the payment of a shilling fee)◆誰でも遺言を閲覧出来る制度。随分昔からあるんだね。
p690 『ガーディアン』、『タトラー』、リチャードソン『パメラ』、マッケンジー『感情家』、ロスコ『メジチのロレンツォ』、ロバートソン『チャールズ五世』(The Guardian; The Tatler; Richardson’s Pamela; Mackenzie’s Man of Feeling; Roscoe’s Lorenzo de’ Medici; and Robertson’s Charles the Fifth)◆面白い古典作品だが頭脳を過度に刺激しない作品群。
p728 一シリング… 豪華な食事… ブラック・プディング、イール・パイ、ジンジャー・ビール(a black-pudding, an eel-pie, and a bottle of ginger-beer)
p728 黒ビールと豚肉パイで有名(famous for its porter and pork-pies)


No.367 6点 The Uttermost Farthing
R・オースティン・フリーマン
(2022/01/10 20:48登録)
今年は原書に手を出すことにしました。待ってても翻訳されそうもないけど、とても興味深いのを取り上げたいと思います…

1914年出版(米国)。初出ピアソン誌1913年4月〜9月(六回連載)。英国ではフリーマンの版元から「身の毛がよだつ」として出版を断られ、ピアソン社が1920年にA Savant’s Vendettaと題して出版。長篇、というより一つ一つが短篇としても成立している連作短篇集。

まずは冒頭を紹介すると… (ネタバレに気をつけて書いています)

医者と患者の関係で始まった「私」(Wharton)とHumphrey Challonerとの親しい付き合いは、彼の健康状態の悪化で終わりを迎えることとなった。死の前にチャロナーは自身に起こった昔の悲劇について語った。20年前、自宅に入った強盗に若妻が殺され、犯人の手がかりはあった(珍しいringed hairとはっきり残っていた指紋)のだが結局逮捕されなかったのだ。そしてチャロナーが、所有する秘蔵の不気味なコレクションを私に見せ、博物館の一角を占める人体白骨標本コレクション(かねてから私は他のチャロナー・コレクションと比べて、妙につまらない収集群だと思っていた)の秘密を私に委ねたい、と言うのだった…

大ネタはほぼ第一章で明らかになるので、各物語で色々なヴァリエーションを楽しむ、という短篇集である。
主人公チャロナーは裏ソーンダイクと言って良いだろう。ポーストにおける善良なアブナー伯父と悪徳弁護士メイスンとの関係と同じかな。なのでソーンダイク・ファンには必読の書だと思う。
現代でもPC的には問題のある話だと思われても仕方のないテーマ。そういうのを書いちゃう資質だから、犯人の心理に寄り添った倒叙探偵小説を発案出来たのかもしれない。
フリーマンはChallonerが登場する作品をもう一つだけ書いてる(ピアソン誌1917年3月号)。今のところ収録している作品集を入手出来ていないので内容がわからない。後日談は不可能だから、チャロナーが若い頃の話なのかなあ… とても気になる。
(以上2022-1-10記載)
(2022-1-16追記: 最後まで読んだが、出版をためらうほどの「陰惨さ」は感じなかった。もちろん現代の基準では測れないのだが。抑制された表現なのでソーンダイク・ファンなら全然問題なし、と思います。)
以下、短篇タイトルは初出準拠でFictionMags Indexによるもの。原文はGutenbergで入手。
(1) A Hunter of Criminals I. Number One (Pearson’s Magazine 1913-4 挿絵Warwick Reynolds) 評価6点
単行本では第一章‘The Motive Force’と第二章‘Number One’に分離された。フチガミさんは雑誌タイトルを‘The First Catch’としている。
冒頭、不謹慎で異常な物語なので公表をためらう、と語り手が宣言している。確信犯、ということでしょうね。
20年前の事件(1889年発生のようだ)は指紋が残っていても犯人逮捕に結びつかない時期。知識としてはFauldsが1880年雑誌Natureに人間の指紋について記事を発表している。
全体的に英国流の不気味なユーモアがある仕上がり(中盤ややコミカル)。
(2022-1-10記載)
*********
(2) A Hunter of Criminals: II. The Housemaid’s Followers (Pearson’s Magazine 1913-5 挿絵Warwick Reynolds) 評価6点
単行本では第三章。まあ第一標本は良いとして、次を期待する発想がイカれている。ちょっとハラハラする話。連載タイトルのhunterってそういう趣旨? 女性の扱いが当時を思わせる。コントっぽい幕切れ。
(2022-1-10記載)
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(3) A Hunter of Criminals III. The Gifts of Chance (Pearson’s Magazine 1913-6 挿絵Warwick Reynolds) 評価6点
単行本では第四章。なかなか行動的な話。コレクターとしての成長がうかがえる。最後の列車でのエピソードが愉快。
(2022-1-10記載)
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(4) A Hunter of Criminals. IV. By-Products of Industry (Pearson’s Magazine 1913-7 挿絵Warwick Reynolds) 評価6点
単行本では第五章。ちょっと展開が変わる。段々いろいろと上達してゆくチャロナー。新しい技術も覚えた。余裕たっぷりの態度が成功の秘訣かも。
(2022-1-12記載)
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(5) A Hunter of Criminals V. The Trail of the Serpent (Pearson’s Magazine 1913-8 挿絵Warwick Reynolds) 評価5点
単行本では第六章。起承転結の「転」の章。前の章からしばらく時間がたっている。この話ではしなくても良い無理をしているところが不満。オートマチック・ピストルが登場する。モーゼル大型拳銃かパラベラム拳銃(ルガー08)あたりかなあ。軍隊が持ってきたマシンガンも登場する。これはマキシムのだろうか。Anglo-Aro War(1901–1902)で使用実績あり。(2022-1-14追記: 実際にロシア人亡命者ギャング(ラトビア系ユダヤ人)が自動拳銃で三人の警官を殺害した事件が1910年12月にあって、火器不足の警察は軍隊の協力を得て犯人を鎮圧したようだ。英Wiki “Siege of Sidney Street”参照。ギャングの拳銃はMauser C96 pistolとDreyse M1907)
(2022-1-13記載; 2022-1-14追記)
*********
(6) A Hunter of Criminals VI. The Uttermost Farthing (Pearson’s Magazine 1913-9 挿絵Warwick Reynolds) 評価5点
さて最後のエピソードは、内容については第一章でほとんど明かされているようなものだから、もうちょっと盛り上がりが欲しかったかなあ。でも、こんな感じがフリーマンらしい、といえば言える。
初めの方で言及されている“Paul the Plumber”は、上述のSiege of Sidney Streetから逃れたと言われる謎の男Peter the Painter(結局正体は不明のまま。英Wikiに項目あり)がモデルと思われる。本作のバックグラウンドは、当時ロシア亡命者ギャングが起こしていた凶悪事件なのだろう。
(2022-1-16記載)


No.366 7点 大はずれ殺人事件
クレイグ・ライス
(2022/01/10 03:53登録)
1940年出版。マローン&ヘレン&ジェイクもの第三作。ハヤカワ文庫(1977)で読了。翻訳は快調。
内容はいつものクレイグ流で登場するキャラの描き方が良い。残念ながら今回はジェイクを駆り立てるものが切実さを欠いてるので、ストーリーを進める力が弱く、サスペンスが盛り上がらない。マローンの巻き込まれも止むなし感が不足。全体的に寝不足と酔っ払った頭でぼんやり眺める空騒ぎの印象。パズルは素晴らしく上手にまとまっていて、ラストも非常に効いてるのだが… まあ私はトリオのファンなので、とても楽しめました。
登場する拳銃は「醜悪な、性能のよさそうな小型の拳銃(an ugly, efficient-looking little gun)」という記述以外手がかりは無いが、オートマチックっぽい印象なので、独断でFNモデル1910(.32口径)としておこう。全然uglyじゃ無いけどね。
以下トリビア。
作中年代は1938年以降、冒頭はクリスマスの一週間前のシーン。p197から計算すると1939年12月とわかる。
いつものようにシカゴの街路名がたくさん登場するが今回はパス。
p13 前二作への言及あり。
p20 実験♠️これは有名な事件(1924)を連想させるので、なんかイヤ。
p43 北部では“ご機嫌よう(アップ・ノース)”と(Here’s how, as you say up No’th)♠️北部では乾杯する時何て言うの?みたいに感じました。
p51 因果応報、悪事千里を♠️ここのくだりは私が参照した原文(Open Road/Mysterious Press 2018)に無し。他にも色々抜けてるところが若干あった。
p51 すてきな漢字で印刷(in fine Chinese print)
p56 ベット・タイム・ストーリー♠️Bedtime Stories(親が子供の寝るときに聞かせる話)とかけているのだろう。参照原文は欠。
p63 小額紙幣で五万ドル(Fifty thousand dollars in small bills)♠️米国消費者物価指数基準1939/2022(20倍)で$1=2280円。
p69 自動エレヴェーター(the self-service elevator)♠️操作する人が乗っていない、という意味。
p69 『孤独な狼』(The Lone Wolf)♠️ポーランドの画家Alfred Jan Maksymilian Kowalski (1849–1915)の(特に米国では)有名な作品。
p95 硬貨の裏表を賭けて40セントすり(to lose forty cents matching coins)
p95 私、人妻じゃないのよ。結婚はしたけれど、妻にはなってないの(I’m not a matron. Wedded but not a wife)♠️同衾しないと、という趣旨?
p109 ラミー(rummy)♠️特に1941-46の米国で映画界やラジオ界を中心に流行したようだ。
p121 十セントの靴下(a pair of ten-cent socks)♠️安物のようだ。
p132 ジーン・クルーパ(Gene Krupa)♠️Benny Goodman楽団"Sing, Sing, Sing"(1937-7-6録音)で一躍有名になったドラマー。The Famous 1938 Carnegie Hall Jazz Concert (1938-1-16)での熱演も名高い。
p139 日本人の執事(a Japanese butler)♠️なぜ日本人?
p140 アン・シェリダンのサイン入りブロマイド(Ann Sheridan’s autograph)♠️ハリウッド女優(1915-1967)、1936年に芸名を変え『汚れた顔の天使』(1938)で人気となる。
p147 ソルジャース・フィールド(Soldiers’ Field)♠️シカゴ・ベアーズ(アメフト)のホームグラウンド。1924年開場。正しくはSoldier Fieldという。
p185 レジスターに赤い星が出たら、次の一杯は無料です(IF RED STAR SHOWS ON REGISTER, YOUR NEXT DRINK FREE)♠️飲み屋の掲示。
p194 古い灰色の帽子をおかぶり(Put on your old gray bonnet)♠️詞Stanley Murphy、曲Percy Weinrichの1909年のヒット曲。Haydn Quartet創唱。
p211 洗練(refinement)♠️そういうものですか…
p226 マギー(Maggie)♠️これが初登場のようだ。
p233 一糸もまとっていない状態(in a completely unclad condition)♠️ラジオニュースなら、もっと上品に行きたいところ。試訳: 全く衣服を着ていない状態
p234 まったくのすっぱだか(It was as naked as a worm)
p240 マフル(muffle)


No.365 6点 爬虫類館の殺人
カーター・ディクスン
(2022/01/05 23:46登録)
1944年出版。H.M.卿#15。創元文庫(1972、6版)で読了。
いがみあう男女コンビはJDC/CDお得意の進行。H.M.のドタバタ劇もお馴染み。余計な枝葉を取り払ったシンプルな話に仕上がっています。楽しいながらも傑作には至らない出来ですね。ダグラスグリーンのJDC伝には、あのキャラがJDCの××のイメージだ、とあってちょっとびっくり。
以下トリビア。
作中年代は冒頭に1940年9月6日(p9)と明記。
p6 ロイヤル・アルバート動物園(the Royal Albert Zoological Gardens)… ケンジントン公園のロイヤル・アルバート(Royal Albert, Kensington Gardens)◆いろいろ調べたが架空の動物園。実在のLondon Zoo(Regent's Park)は1828年開園、爬虫類館は1927年開館。
p9 空襲◆ドイツ軍は1940-9-7から57日間連続でロンドン空襲を実行した。
p14 半クラウン銀貨(half-a-crown)◆当時はジョージ六世の肖像、1937-1947のものは.500 Silver, 14.15g, 直径32mm。英国消費者物価指数基準1940/2022(59.65倍)で£1=9307円。半クラウン=2s.6d.=1163円。
p38 真空掃除機(a vacuum-cleaner)◆電化世帯(Wngland & Wales)でのいろいろな家事家電の普及率(1939)をみつけた。真空掃除機は30%、electric cloth “wash boilers”(洗濯機; お湯で汚れを落とす式?)は3.6%、電気湯沸かし(electric water heater)は6.3%、電気冷蔵庫は2.3%、電気調理器(electric cookers、電熱線式?)は16.8%とのこと。真空掃除機の値段は、1938年で高級品£20、普及品£10、安ものが£3〜4程度で、家事労働の低減効果が顕著(掃除婦は時間10ペンス。普及品で240時間分、週6時間なら約9か月で元が取れる)で、訪問販売の成功により普及率が高かったようだ。“Managing Door-to-Door Sales of Vacuum Cleaners in Interwar Britain” (P. Scott 2008)より。
p42 セント・トマス・ホール(St. Thomas's Hall)◆架空の劇場名。
p49 面会謝絶(do not disturb)
p57 紙マッチ… 勘ちがいしてパイプでこすった(paper packet of matches …. he juggled it along with the pipe)◆パイプを持った手に危なっかしくブックマッチを持った、ということなのでは?そこから空いた手でマッチを取り、ブックマッチのヤスリ部で火を付ける手順。
p63 連発ピストル(revolver)じゃない… 自動ピストルだ(automatic)
p64 安全装置(safety-catch)
p72 これは1940年の九月初めの出来事だったので、タクシーをつかまえることができた(a taxi…. since these events took place in the early September of nineteen-forty, he got one)
p73 ベイズウォーター・ロード(Bayswater Road)◆ケンジントン公園の北西角。そこら辺に「ロイヤル・アルバート動物園」がある、という設定。
p75 過去にH.M.が扱った事件がずらずらと。原文だけ示しておきます。
“There's the Stanhope case," continued Carey, "and the Constable case, and the deaths in the poisoned room, and the studio mystery at Pineham. There's Answell and the Judas window, there's Haye and the five boxes. As for the Fane case at Cheltenham…” 各タイトルを略号で示すとTGM、RIW、TRWM、ASTM、『ユダの窓』、DIFB、SIBですね。一応ボカシました。
p89 錠前開けの七つ道具(lock-picks)
p108 マスターズ大警部(Chief Inspector Masters)◆「主席警部」が普通かな?
p109 リジェンツ・パークとかホイップスネイドのような本式の動物園(Regent's Park or Whipsnade)◆Whipsnade Zoo, formerly known as “Whipsnade Wild Animal Park”、英国最大の動物園。1931年開園。
p127 貨物自動車(a lorry)◆トラックと同意だが、英国表現のようだ。
p127 ギルトスパー街(Giltspur Street)◆動物園から7kmほどの距離。
p128 バート病院(Bart's Hospital)◆St Bartholomew's Hospital
p154 ペッパーの幽霊(Pepper's Ghost)◆奇術のタネ。Wiki “ペッパーズ・ゴースト”として項目あり。1862年初公開。
p157 洗濯屋… シャツからボタンを丹念にちぎりとり(laundries … carefully tear all the buttons off your shirt)
p158 三二口径のコルト(a Colt .32)◆自動拳銃。一般にColt .32 Autoの名で知られるColt Model 1903 Pocket Hammerlessだろう。マガジンには8発入る。
p289 ソーセージの中のコーンミール(the corn-meal in the sausage)


No.364 6点 死が二人をわかつまで
ジョン・ディクスン・カー
(2022/01/02 22:10登録)
1944年8月出版。フェル博士#15。私は昔、国書刊行会で買ったのですが、書庫のどっかに埋もれてて、あらためてグーテンベルグ電子版を入手して読みました。翻訳は仁賀先生なので国書刊行会やハヤカワ文庫と同じもののはず。
ダグラスグリーンの伝記によるとJDC作品として良く売れた(1944年末で12829部)とのこと。同時期の『皇帝の嗅ぎタバコ入れ』は六千部ほどだったらしい…
さて、プロットは素晴らしいのですが、小説が追いついていかないJDCのガッカリパターン。だって主人公とヒロインの感情的な行き違いが見事なほどに描かれないんですよ!さすがアンチノヴェリスト!と言いたいですね。本当はハラハラドキドキのサスペンス小説になるはずなのに!とあらゆる小説読みが思うネタだと思います。サブヒロインの絡み方も無茶苦茶。JDCの感情ってマトモなんでしょうか?と心配されてもおかしくない作品の作り方だと思いました。
ミステリとしては、中期の傑作らしい捻りを加えた作り。ちょっと説明が難しいネタなので効果が下がってますが、JDC/CDの今までの密室ものを知ってるとさらに感慨深い、良いトリックだと思います。いつものように後半が行き当たりばったり、まあこれはJDCの手癖なので諦めて、ああ、またやってるね、と楽しむのが正しい。
ダグラスグリーンとかは当時のJDCの不倫をダブルヒロインに読み込んでいるようですが、こーゆーシチュエーションって、この作家に珍しくないのはファンならよく知ってるはず。『夜歩く』にだってダブルヒロインだ。本作のヒロインたちとの関係に特別な切実さも感じないしね。
以下、トリビア。
時代設定は「ヒトラーの戦争がはじまる一年ほど前」と冒頭にあり、「六月十日木曜(p436)」は1937年が該当。なお本作はCBSラジオドラマ "Will You Walk into My Parlor" (1943-2-23放送)をBBCラジオ用に書き直した "Vampire Tower" (1944-5-11放送)を長篇に発展させたもの。
p56/3169 ココナッツ落としから金魚すくいまで(From the coconut-shy to the so-called 'pond' where you fished for bottles)♣️バザーの出し物。“pond”がどんな仕組みなのか気になる。
p108 六発で半クラウン(Six shots for half a crown)♣️=2.5シリング。ライフル射的の値段。チャリティなので高め。英国消費者物価指数基準1937/2022(72.58倍)で£1=11325円。半クラウンは1416円。
p108 ウィンチェスター61、撃鉄を尾筒におさめた型(Winchester 61 hammerless)♣️「撃鉄内蔵式」が良いかなあ。Winchester Model 61, Hammerless Slide-Action Repeater(1932-1963) 銃身24インチで全長104cm、重さ2.5kg。撃鉄が撃っても動かないので狙撃視線を邪魔せず、22口径ライフルなので反動が非常に軽くて撃ちやすいと思います。
p379 コイン投入式電気メーター(shilling-in-the slot electric meter)♣️shilling slot meter vintageで検索すると良い感じのが見られます。英国ではガスや電気がこういう仕掛けで供給されるのがよくあったようです。コインを入れ丸いのを回転させるとコインが落ちる仕組み。コインが溜まったのに集金人が来なくて次のコインが落ちず、寒さに凍えた、という話を読んだことがあります。また戦時中は金属不足で、こういう生活必需品のコインを集めるのが大変だった、という話もありました。
p497 落とし錠(bolted)♣️こういう錠前関係の訳語が最近気になっています。密室ものだとかなり重要な要素なのでは?
p526 二つの掛け金(two-bolt)♣️同上。上もここもボルトで良いと思う。
p767 審問(inquest)♣️完全公開の制度(つい最近、テロ関係でようやく例外が設けられたらしい)なので、場合によってはマスコミも大々的に報道する。
p790 ウッドハウスの小説に出てくるようなよぼ老人(dodderingly futile)♣️ウッドハウス用語なんだろうか?私が参照したのはPenguin 1953だが米版では dodderingly Wodehouse となってるのかも。(そういうふうに書いてるブログがあった)
p960 ふつうのサッシ窓で、内側には金属の掛け金(ordinary sash-windows, fastening with metal catches on the inside)♣️これも錠前用語が気になる。「差し錠」あたりでどうか。
p960 ドアには鍵はかかっておらず、部分的な掛け金だけ(door… unlocked and only partly on the latch)♣️同上。試訳: ドアは…ロックされておらず、ラッチが中途半端に掛かっていた。
p979 鍵がかかっており、小さいが頑丈な掛け金はしっかりと内部に固定されていた(The key was turned in the lock, and a small tight-fitting bolt was solidly pushed fast on the inside)♣️同上。こうしてみると「掛け金」が多用されすぎ。ここはボルトとしたい。
p1293 アントニー・イーデン帽(Anthony Eden hat)♣️公務員と外交官の間で流行、とのこと。
p1364 アメリカ製品で網戸… イギリスにはない(an American thing called "screens". We don't have 'em in England)♣️ちょっと意外な情報。
p1379 [銀行の]支店の警備厳重な部屋の金庫に大事なものを入れて(keeping valuables for them in a sealed box in our strong-room)♣️貸金庫が無い代わりに金庫室に貴重品を入れる仕組み。
p1404 絵入り新聞(illustrated papers)♣️もう絵の時代では無い。「新聞の写真で」
p1580 切手自動販売機(stamp-machine)♣️GPO Stamp Vending Machines - Colne Valley Postal History Museumという凄いWebページあり。英国では1907年から導入されたようだ。
p1741 フィービ・ホッグ… ミセス・パーシー(Mrs Pearcey… Phoebe Hogg)♣️Wiki “Mary Pearcey”参照。1890年の殺人事件。
p1774 緑色フェルト張りのドア(the green-baize door)♣️開け閉めの音がしないように工夫した使用人が出入りするためドア。ブログJane Austin Worldの記事The Green Baize Door: Dividing Line Between Servant and Master参照。
p1792 派手ばでしい(gaudy)
p1871 フロリダ・ブルドッグ製金庫(Florida Bulldog safe)♣️架空ブランドのようだ。
p2014 なんてこった!わうわうわう!(Archons of Athens! Wow, wow, wow!)♣️ファンならお馴染みのセリフ回しなので忠実に訳して欲しいなあ。
p2102 掛け金付きの… ドア(door with a latch)♣️ここも「掛け金」latchはスライド式ボルトっぽい形状のものを指すようだ。ボルトとの違いは外から鍵でも開けられる、ということだろうか。
p2248 ウイリアム・ハズリット(William Hazlitt)
p2534 同じホテルの回転ドアを外と内から押しつづけ永遠に逢えなかった恋人ふたりの悪夢の物語(a nightmare story of two lovers for ever condemned to push through the revolving doors of the same hotel)♣️何のネタだろうか。


No.363 7点 悪魔の悲しみ
マリー・コレリ
(2021/12/31 06:28登録)
1895年出版。kindle電子版で読了。翻訳はリズム感のある堅実なもの。この訳者のは初めてでしたが値段に反して優れたものだと思いました。他にも古くて興味深い作品を翻訳しておられ、読むのがとても楽しみです。(値段が安いのがありがたいです…)
本作はベストセラーとして世界初、という称号が与えられているようですが、その名に恥じず、とても面白い作品。俗だなぁ!俗っぽいなあ!というのを非常に強く感じました。
でもこれ、シャーロック・ホームズやマーチン・ヒューイットと同時期なんですよ。同じ時代の英国を描いても、こうも違うか!という感じ。作者が女性ながら(女性だから?)女性に非常に厳しいのも面白い。そして自分のパロディを登場させちゃうのも素敵。人物評価や世界(といっても出版界と社交界ネタが多い)の記述が、まー素敵に薄っぺらい。そう言いたい気持ちはわからない訳ではないけど、軽薄なスキャンダル雑誌のレベル。でも、そういう俗悪さがこの小説の良さでもある。
ヴィクトリア朝英国のある一断面として必読の小説なんじゃないか、とも思いました。私は裏ヴィクトリア朝といえば『我が秘密の生涯』を推してたんですが、あっちはテーマが単純で繰り返しが多いからつまんないんだよね。こっちの方が断然面白い。シャーロック聖典を理解するにも、こーゆー小説がベストセラーになってた、という知識があれば、かなり興味深いと思います。
中心テーマは現代にも通じる深いもの。どの時代を舞台にしてもウケるネタだと思います。現代日本を舞台にしても、すぐドラマが出来そうなくらいの普遍性。ヴィクトリア朝の最新流行っていうのも案外現代性があったんだね、「新しい女性」ってセイヤーズの頃の専売特許じゃなかったんだね、という感慨がありました。
まあラストの方はああなって、こうなってで、ここら辺は当時の限界ってことでよろしいのではないでしょうか…


No.362 6点 ダーブレイの秘密
R・オースティン・フリーマン
(2021/12/19 01:29登録)
1926年出版。初出は新聞連載らしい(Westminster Gazette 1926-3-19から。回数、終了日不明)。HPBで読了、英米事情に詳しい中桐先生の翻訳は非常に安心して読めます。
筋立てや要素は”A Silent Witness”『ものいわぬ証人』(1914)と非常に似ている。発表から過去に遡った1900年代初頭の事件、という共通点もある。うぶな男のロマンスは、フリーマンの定番ネタだが、構成要素が非常に似ていてもストーリー展開などは全然違う。何なんですかね。
話自体は、いつも以上に謎の事件が偶然の連続で繋がってしまう。盛り上げも間欠泉なので不発。推理もかなり大雑把。『ものいわぬ証人』の方がずっと良いと思いました。
事件発生は「およそ二十年前」「初秋(early autumn)」(p9)、「今月の16日火曜日(the 16th instant--last Tuesday」(p30)なので9月と10月に絞って該当の16日火曜日を調べると、1890〜1913年の間には、該当が5つしかない。(二十年前を考慮すると該当は3つ)
1890年 9月16日(火曜)   
1900年 10月16日(火曜)
1902年 9月16日(火曜)  
1906年 10月16日(火曜)
1913年 9月16日(火曜)  
以下のトリビアのうちp157(及びp117)が決定的で、1906年10月16日火曜日が冒頭のシーンだろう。
p9 ハイゲイトのウッド・レーン… “墓底の森“の入口で、当時は… 障害物はなく、誰でもはいることができた(垣で囲いこまれてからは”女王の森”という新しい名がつけられた)(the entrance to Churchyard Bottom Wood, then open …. (it has since been enclosed and renamed 'Queen's Wood') ◆調べるとクイーンズ・ウッドと名付けられて整備されたのはヴィクトリア女王のダイアモンド・ジュビリーがきっかけで1897年のこと。ここは年代的に前後しているが記録者の記憶違いで片付けて良いだろう。
p22 電車の二階席(I sat on the top of the tram)◆電車のtramwayは1903年以降なので、ここは馬引きの可能性もあり。線路の上をモーターや馬引きで走る方式。馬引きでも二階席がある写真があった。
p27 ピープス氏のお手本に従おう… “ティという中国の飲み物“(Let us follow the example of the eminent Mr. Pepys… the 'China drinke called Tee')◆Pepys日記1660-9-25からAnd afterwards I did send for a cup of tee (a China drink) of which I never had drank before, and went away.
p28 当時のインクエストの情景がコンパクトに語られる。ここでは開催は死体の発見の翌々日で、検屍官と陪審員は隣の部屋に安置された死体を実見(view the body)している。「いかにして、いかなる手段によって、故人がその死に遭遇したか(how and by what means the deceased met his death)」について評決するのが目的である、と検屍官が陪審員に助言し、陪審員たちは別室ではなくその場で打ち合わせて評決を出している。
p41 乗合バスの二階から(from the top of an omnibus)◆ 自動車への移行は1902年以降。時代的には馬車の可能性もあり。
p85 検屍解剖(post-mortem)◆私は『ものいわぬ証人』のトリビアで、解剖までは不要じゃないの?と書いたが、ここでは「火葬の場合、ちゃんと解剖しなくちゃ」と医者が言って、二人の医師が証明している。これが正式の手順だったのだろう。なお『ものいわぬ証人』の時は火葬法令1902の制定前だったので規制が緩めだったのかも。
p87 死亡証明書… 書式A,B,C
p92 六ペンスでも◆例え話。現代日本円なら「10円でも」みたいな感じ。
p92 マーケット・ストリートの屋台店… ショアディッチ・ハイ・ストリート(訳注 ロンドンの労働者街)のがらくた(the stalls in Market Street, with those of Shoreditch High Street)
p94 沢山の小学生を狩り集めて墓のまわりに立たせ、途方もない聖歌をうたわせる、河の傍に集まって何とかというようなやつ(ran the show actually got a lot of school-children to stand round the grave and sing a blooming hymn: something about gathering at the river)◆歌はShall We Gather at the River?(1864)で英Wikiに項目あり。墓に棺を降ろすとき小学生が歌ってるシーンが犯罪実話Death on the Victorian Beat: The Shocking Story of Police Deaths(2018)にありました。
p99 他人には(to a stranger)
p113 ”きざはしを上り、歩み来る足音の、いかに美しか“(how beautiful upon the staircase are the feet of him that bringeth)◆調べたら聖書に由来。多分中桐先生は調べがつかなかったのでは?(文語訳っぽく訳すなら「つたへる足はきざはしにありていかに美しきかな」)
Isaiah 52:7(KJV) How beautiful upon the mountains are the feet of him that bringeth good tidings, that publisheth peace; that bringeth good tidings of good, that publisheth salvation; that saith unto Zion, Thy God reigneth!
イザヤ書(文語訳) よろこびの音信をつたへ平和をつげ 善おとづれをつたへ救をつげ シオンに向ひてなんぢの神はすべ治めたまふといふものの足は山上にありていかに美しきかな
p114 外国人に対する酷い偏見だが当時の英国人の共通意識なのだろう
p116 単式拳銃や、連発ピストルや、自動拳銃など(single pistols, revolvers and automatics)◆single pistolは単発式の小型ピストルか(Colt Derringer No. 3, 1871とかRemington Double Derringer 1866とか。いずれも.41口径)、revolverは回転式拳銃と訳して欲しいなあ。
p116 ピストルは嫌いだよ!… 卑劣な武器だ。どんな臆病者でも、引き金を引ける("I hate fire-arms!" … “Any poltroon can pull a trigger”)◆ソーンダイクのセリフ。ここはピストルだけでなく、ライフルなども含むFire-arm一般について言っていると思う。「銃」が適訳。
p117 持ち運びに便利だから、このベビイ・ブラウニングをすすめる(I recommend this Baby Browning for portability)◆ FN Baby Browningという公式名称を持つピストルは1931年からの流通。なので、ここはほぼ同様のデザインのFN Model 1905(別名FN Model 1906, Vest Pocket; .25口径、全長114mm、流通1906以降)のことだろう。
p123 ユダヤ人型… ローマ人型…ウェリントン型(the Jewish type, or a Roman nose… a Wellington nose)◆鼻の形の例。
p131 オランダ・ジン(Hollands)
p133 昔のカスケット銃の弾丸(like an old-fashioned musket-ball)◆マスケットの誤植。
p133 安全弁(safety-catch)◆今なら拳銃の「安全装置」というのが定訳だろう。
p135 この重さの弾丸を発射するような空気銃は、大きな音を立てる(An air-gun that would discharge a ball of that weight would make quite a loud report)◆フリーマンが昔発表した短篇のトリックを否定している。空気銃の弾はごく軽い。アレを空気で飛ばすのは、多分絶対無理。かなりの高密度な圧縮空気が必要だが、それでは銃が持たないだろう。火薬で発射したら大きな音が出てしまう。あの作品の出版後、きっと読者からの指摘があって、こういうことを書いているのではないか。
p157 イルクォード火葬場(Ilford Crematorium)◆イルフォードの誤植。City of London Cemetery and Crematoriumのことだろう。火葬場は1904年に開場(英Wiki)
p160 郵便局用の町名番地簿(Post Office Directory)◆郵便局とあるが、実際は民間編集。1836年の元郵便局長が世襲で発行していたKelly's Directoryのこと。
p164 ルイス・キャロルなら、逆埋葬と言ったかも(it is what Lewis Carroll would have called an unfuneral)
p165 棺桶の掘り返しの監督官が描かれている。なかなか興味深い。
p180 一石二鳥だね、と洒落を(killed two early birds with one stone)
p192 黄バス(a yellow bus)◆1908年以降、ロンドン・バスは赤色が主流となったが、それ以前は路線によって色を変えていたようだ。
p207 蝋細工は、大体がフランスの芸術… マダム・タッソーズ◆ここに書かれているMadame TussaudのBaker Street展示の話は実話っぽい。英国初展示は1802年で、ベイカー街での年中展示は1835年からのようだ。


No.361 6点 マーチン・ヒューイット【完全版】
アーサー・モリスン
(2021/12/14 00:56登録)
平山先生の労作。シリーズ全25作品を収録。初出誌の挿絵が全165点!実に素晴らしい。単行本と初出誌の細かい異同も記されています。
短篇集4冊分を英国初版により翻訳。原文は全てGutenbergで確認出来ます。
① Martin Hewitt, Investigator (1894) 7作収録
② The Chronicles of Martin Hewitt (1895) 6作収録
③ The Adventures of Martin Hewitt (1896) 6作収録
④ The Red Triangle (1903) 6作収録
オマケとしてモリスン作「マーチン・ヒューイットの略歴」(Sleuths: Twenty-Three Great Detectives, ed. by Kenneth Macgowan, 1931から)。ごく短いものだがヒューイットの詳しい住所って作中に出ていたっけ?
さて、作品内容はさておいて、マーチン・ヒューイットで私が一番気になってるのがSammy Crockett問題。
平山先生ももちろん記してるのだが、ストランド誌初出時にはThe Loss of Sammy Crockett(1894年4月号)というタイトルだったのが、短篇集①英国版ではThrockettに変わっていて、米国版ではCrockettのまま、という、どーでも良いような謎(以前私は単行本では英米ともCrockettとしていた)。平山先生は「関係者に同じ名前の人物がいるなどの理由で、忖度したのか… (その割に米国版では変えてないけど)」と疑問を呈しておられる。
いろいろ調べて、これSamuel Rutherford Crockett (24 September 1859 – 16 April 1914, スコットランドの作家。S. R. Crockettの名で活躍)に配慮したのではないか、という説を思いつきました。この作家、1894年ごろから活躍しはじめていて、モリスン同様、超有名文藝代理人A. P. Watt(コナン・ドイルの代理人として有名ですよね)と契約している。本人だか代理人だかが気にして、Lossなんて気ィ悪いから名前変えてェな、せめて英国版は… みたいな感じではないか? 英Wikiの“S. R. Crockett”の項に代理人Wattの名前が特筆されていて、もしかしてモリスンのエージェントもWattか、と調べたらそうだった。ほかの根拠は全くないのですが…
(2021-12-15記載)
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(以下、2021-12-20追記)
だんだん読んでいくと、モリスンの確かな知識と細やかな表現に感心することが多く、どんどんヒューイットものの魅力に惹かれています。シャーロックの紛い物かと思ってたら、ライヘンバッハ以降のホームズを先取りしているような作品もありました。
モリスンは「金のため」と割り切って作品を書いたらしい、とDover社のベストものの序文に書いてあったのを読んで、じゃあストランド誌の連載の最初の二回分(レイトン農園とサミー・クロケット)に作者名を載せてなかったのは、不本意な作品群だったから、という理由なのかも、とも思いました。
作者自身にとって不本意な作品でも、ヒューイットものには、なんかほっこりするユーモア感が底流にあるような気がします。低めの評価点をちょっと上げることにしました。
(以下2021-12-21追記)
下でいろいろ翻訳についてイチャモンをつけていますが、平山先生の翻訳は九割は問題なしだと思います。強いて言えば、ちょっと荒っぽいところがあるかなあ。私は誤訳って1ページに一つ程度あっても普通だと思ってるけど、世間ではパーフェクトを求めてるみたいで、鬼の首を取ったような誤訳の取り上げ方には大反対です… 平山先生は、珍しい作品を取り上げていらっしゃっており、こういう翻訳は労多くして益少ないのの最たるものなので、今後も応援させていただきます。欲を言えば部数の限られた同人誌で出していただくより、kindleなら助かるのですが… (特に最近の『ベデカー・ロンドン案内1905年度版 : イントロダクション』は、ヴィクトリア朝の小説読者には必須のもの!(私は何とか手に入れられました。後日、このサイトに書評をあげる予定です)
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(1) The Lenton Croft Robberies (初出The Strand Magazine 1894-3 挿絵Sidney Paget, as “Martin Hewitt, Investigator. The Lenton Croft Robberies”) 短篇集①「レントン農園盗難事件」評価6点
雑誌に作者名は記されていない。同じ号にアーサー・モリスン名義(イラストJ. A. Shepherd)でユーモラスな動物スケッチを連載中(94年3月号はZig-Zags at the Zoo, XXI. Zig-Zag Scansorialが掲載されている)。ここら辺のThe Strand誌は合冊版が無料公開されている。
証拠品からの推理の閃きが素晴らしい作品。ヒューイットをコイツ大丈夫か?と密かに思い始めたらしい依頼人の冷たい態度が可笑しい。
p8 十五年から二十年前♠️ヒューイットが独立した時期。
p8 私立探偵業(the private detective business)
p10 少年(lad)♠️流石に受付係は「青年」「若者」だろう。
p17 二百ギニー♠️追加の褒賞金。英国消費者物価指数基準1894/2021(136.51倍)で£1=21300円。200ギニー(=£210)は447万円。
p18 マッチを擦る音が聞こえたら(if you hear matches struck)
p20 誰も同時に二つの場所に存在することはできません。そういうのをアリバイと言うのではありませんか?(nobody can be in two places at once, else what would become of the alibi as an institution?)♠️「そうでなかったらアリバイなんて無意味ですよね?」同じ意味だが私は当時アリバイという言葉はまだあまり知られていなかったのかも?と誤解した。
p24 晩餐には7時まで待つ(There's no dinner till seven)
p25 ポリー(Polly)♠️辞書にも載ってるよ!
(2021-12-21記載)
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(2) The Loss of Sammy Throckett (初出The Strand Magazine 1894-4 挿絵Sidney Paget, as “Martin Hewitt, Investigator II. The Loss of Sammy Crockett”) 短篇集①「サミー・スロケットの失踪」評価6点
シャーロック聖典の運動選手失踪事件は1904年発表。こっちの話の方が奥行きのある筋立て、大事件に付随した事件を語る、という設定が良い。登場人物も全員リアルっぽい感じ。最後のパラグラフに記された距離数にも意味がありそう。(さんざんフカしてたのに結局そんだけか〜い… という受け止めで良い?)
p30「監督」(“gaffer”)◆もっとくだけた感じだと思う。「親方」くらいか。
p30 あいつは21ヤードも先行して(he's got twenty-one yards)◆創元「あいつは21ヤードのハンデがついているが」この競技(135ヤード・ハンディキャップ・レース)の仕組みと用語がよくわからないので、正しい解釈は不明。
p30 あいつだったら遠回りをさせたって勝てる(he could win runnin' back'ards)◆創元「あいつは予選の競走でだって勝てたんだ」親方の大袈裟なセリフ。いずれの訳者さんもbackyardsと思った?ここはbackwards(後ろ向きに)でしょうね。
p31 三ヤード離される(taking three)◆「18ヤードの(at 18 yards)」有望選手との差。もしかして、賭け率の計算根拠がyardで示されるのか?だから21-18で3ヤード差なんだろうか?とすると、このヤード数はやっぱり賭け率のハンデで、A選手(21yards)がB選手(18yards)に3yard差で負ければ1:1の賭け率で、逆に10yards差をつけて勝ったら倍率アップで大儲け、という仕組みなのかも。(あんま根拠なし。結局、英国Bookmakerの仕組みを良く調べないと理解できないネタだと思う…) (追記2021-12-23: いろいろ探してたらThe Guardian2011-12-22付記事 Harry Pearson “Days of bookies, fast bucks and foot soldiers at the Powderhall Sprint”にこんな一節を見つけた。In professional sprint racing the handicap is measured in distance rather than in weight or shots. For example, the fastest runners will start a 120-yard sprint at the 120‑yard line, slower runners at 110 yards, 100 yards and so on. As in horse racing the handicap is based on previous races and times. (エジンバラ1949年の話) やっぱりyardsは創元訳のとおりハンデのようだ。ここら辺のヤード絡みの話は、だいたい以下の感じか。スロケットは21ヤードのハンデが付いてるが、もっと早いんだ。月曜日の予選で楽に勝っちゃって2ヤード減らされちまったが… 他にハンデ18ヤードのいい選手がいるが、そいつの3ヤード分遅いどころか10ヤード分早いんだぜ)
p34「わかった!約束だぞ」(Done! It's a deal)◆すぐ前でヒューイットが「やってみるけど、上手くいくかは約束(promise)出来ん」と言ってるのに、ここで「約束」という語を使っちゃ駄目じゃん。試訳:「わかった!取引成立だ」(創元「きまった!取引きに応じよう」)
p37 五十ポンド◆p17の換算で107万円。
p40 当時のビール酒場のウェイトレスのイラストあり。ああ、こんな感じか。
p40 これで行こう(Apply within)◆「詳しくは中でお尋ねください」という掲示に使われる決まり文句。(創元は訳し漏れ)
p41 冴えない郊外の新興住宅地◆ロンドンの人口は拡大していたが、こういう見込み外れの開発もたくさんあったのだろう。
p46 スリッパ(slippers)◆「室内靴」日本語のスリッパよりslipperは意味が広い。
p51 一ポンド金貨(quid)◆ここは金貨というより1ポンドの意味。
(2021-12-21記載; 追記2021-12-23, yardsについて)
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(3)The Case of Mr. Fogatt (初出The Strand Magazine 1894-5 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「フォガット氏事件」評価6点
この号からアーサー・モリスン名義。Zig-Zags at the Zooは1894年8月号まで連載していたので、六か月に渡りストランド誌に同時に2シリーズを連載していたことになる。
事件の展開と結末に味がある事件。指紋(p60参照)にはちょっとビックリ。
p54 上の階に(At the top of the next flight)♣️「次の階段の一番上に」多分、上の階にいた家政婦(フォガットは最上階に住んでいる)は音にビックリして人を呼びに下に降りようとしていたのだろう。一階から三階は事務所、それより上は居住スペース、とあるので、ヒューイット事務所のすぐ上のブレットはおそらく四階に住んでいて、その踊り場から上を見上げたのだ。創元「下の階段の上に」(追記2021-12-20: 『レイトン農園』冒頭には「最初の階段を登ったところ」(拙訳)にヒューイットの事務所がある、と書かれているのでブレットは三階に住んでいるようだ)
p55 大型軍用拳銃(a large revolver, of the full-sized army pattern)♣️1887年以降の陸軍リボルバーはWebley.455口径。full-sized armyとわざわざ断っているのはWebley .450 Short Barreled Metropolitan Police Revolver(2・1/2インチバレル)が1883年から警察に採用されていたからか。陸軍用は4インチバレル。
p56 陪審員たちはXX氏は事故死したと結論づけた(The jury found that Mr. XX had died by accident)♣️インクエストではunlawfully killed(不法殺害)や自殺という評決は、十分合理的な根拠がなくては下してはならない、と言う暗黙の了解があるようだ。なので、ここは「偶発的な死(died by accident)」という評決が妥当。「事故死」と訳すと日本語の意味とズレが生じる気がする(創元でも「事故死」)。accidentは人間のコントロールを超える原因で、misadventureは合法な行為だったが死に至ってしまったもの(外科手術など)というニュアンス。インクエストで殺人と認定されようがされまいが、警察は独自に捜査するので、完全公開されるインクエストでは捜査の都合上「手の内を明かさない」こともある、とヒューイットも言っている。なお自殺とされてしまうと、教会墓地に埋葬されない、などの不都合が生じる。
p59 色黒でしなやかそうな、(みたところ)背が高い青年(a dark, lithe, and (as well as could be seen) tall young man)♣️浅黒警察の出番ですよ!ここは「黒髪の」だが、すぐ後で“with a dark, though very clear skin”とあるので「色黒」と訳したのか。私は最初のdarkは髪の色、次のdarkは肌の色だと思う。なお「みたところ」と訳している部分は、目に見える範囲では背が高そう(座高が高いだけかもしれないが)、という細やかな観察からか。
p60 ここら辺の人名はどうやら実在らしい。調べるのが面倒なので原綴だけ記しておく。Osmond, Furnivall, Cortis, Charley Liles (Mile championship, 1880), Hillier, Synyer, Noel Whiting, Taylerson, Appleyard
p60 1880年の1マイル選手権… コーティスはほかの三人は破ったんですが(Mile championship, 1880; Cortis won the other three)♣️「他の三つのレースは勝った」だろう。Webを調べるとN.C.U. 25 Championship 1880-7-1、N.C.U. 50 Championship 1880-7-8、Surrey Spring Meeting 10 1880-4-24、Surrey Autumn Meeting 10 1880-9-18などの勝者としてHerbert Liddell CORTISの名前があった。もしくは「他の年に3回勝っています」の意味か。よく調べていません… (創元訳も「ほかの三人」)
p60 [皮を剥かず]リンゴにそのままかぶりついた♣️少年や健康な運動選手の特権、と書いてある。当時も歯槽膿漏は多かったのだろう。こんな若者でも「皮が分厚い外国産は例外(except with thick-skinned foreign ones)」と言っている。
p64 サインや指紋のように明らかだ(as plain as his signature or his thumb impression)♣️指紋を捜査に使うため英国警察が収集を始めたのは1900年からだが、アルゼンチン、ブエノスアイレスで指紋で犯人が判明した世界初の出来事(1892 Francisca Rojas事件 血まみれのthumbprintだったという)に刺激され、英国ではCharles Edward Troup(1857-1941)の委員会が1893年から犯罪捜査で指紋を活用する計画を検討し始めた。そういう知識がモリスンにはあったのだろう。初読時にはスルーしていたが、ミステリ界で指紋に言及している非常に早い例だと思う。(創元「署名あるいは拇印のようにはっきりしたもの」) ところでふと思ったのだが、日本の血判状って誓約の他にアイデンティティの表明は意図していなかったのか?(他ならぬ私が押したのです!)
p68 五百ポンド◆p17の換算で1065万円。
p71 最終パラグラフは本書の翻訳と比べると創元が格段にわかりやすい。
(2021-12-19記載)
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(4)The Case of the Dixon Torpedo (初出: The Strand Magazine 1894-6 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「ディクソン魚雷事件」評価6点
初読時には気づかなかったが、話のマクラが非常に良い。警察から作者が実際に仕入れたネタかも。どう考えても犯人は二人に絞られるのだが、被害者がつゆほどにも疑っていない、と言明するところに人情を感じる。話の意外な展開と愉快な結末が良い。
魚雷は当時英国の独壇場だった。英Wiki “Whitehead torpedo”参照。シャーロック聖典のほうは潜水艦(1908)、こちらは魚雷がなければ只のおもちゃだ。
p72 ルーブル紙幣偽造犯(ruble note-forger)♠️関係トリビアは『シャーロック・ホームズのライヴァルたち①』参照。
p78 色黒で、髭だらけの男(dark, bushy-bearded man) ♠️「黒髪で」平山先生は浅黒派のようだ。なおp83に原文で同じ表現があるが、翻訳は「顎髭がもじゃもじゃ」になっている。挿絵では口髭も頬髭も顎髭もあって「髭もじゃ」という感じ。創元「もじゃもじゃの頰ひげ」bearded manはWebで画像を見ると口髭も頬髭も顎髭もそろって生えてる男のイメージのようだ。
p83 オルガンのストップレバーのよう(like organ-stops)♠️アパートの表玄関に各戸の呼び出しベルが並んでる様子。この表現、どこか別のところで出てきたと思って探すとフリーマン「モアブ語の暗号」(1908)だった。なお当時のオルガン・ストップはノブを引っ張る形なので「レバー」は誤解を招きやすいかも。音楽知識があれば「ストップ」で十分普通に伝わるが、Webで探すとヤマハでも「ストップレバー」を使っていた。
p88 取っ手に彼のイニシャルが(with his initial on the handle)♠️ああ、アレはアレの変わりになるから同時には使わん、という理屈なのね。
p90 でまかせの自白(a lying confession)♠️創元「嘘の自白」文章の流れからニュアンスとしては「取り繕った自白」のような感じか。
p91 この最終パラグラフは平山先生の翻訳が、創元文庫のより圧倒的にわかりやすい。
(2021-12-25記載)
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(5)The Quinnton Jewel Affair (初出: The Strand Magazine 1894-7 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「クイントン宝石事件」評価5点
アイルランド訛りと隠語が活躍する話。こう言うのの翻訳は難しい。創元文庫ではインチキ訛りを作ってるが成功してるとは言いがたい。話としては割と単純。
p92 二万ポンド◆英国消費者物価指数基準1894/2021(138.49倍)で£1=21192円。
p93 僕の方から進んで事件を調べる(I may take the case up as a speculation)◆創元「投機のつもりでこの事件に手を出す」
p94 ここら辺、原文はずっとアイルランド訛り。
p96 一等車◆勝手に乗って怒られているが、そのあと車掌が切符を確認に来ている。
p97 馬車代に半クラウン(half-a-crown for the cab)◆2.5シリング=2649円。
p98 五ポンド(five quid)◆afinnipとも。聞いたままの綴りで書いているのだろう。フィニップ(a finnip)が正しい。
p99 パイプの火をこっちに回してくれ(Can ye rache me a poipe-loight?)◆普通の英語でCan you reach me a pipe-light?か。挿絵を見ると部屋のガス灯に手を伸ばしてる。ガス灯で自分のタバコに火をつけてから相手に火を移すのか。
p102 もう推理にかまけている場合ではない(It is no longer a speculation)◆p93に対応してる。創元「もういちかばちかの投機なんてものじゃない」
p104 面(マグ)◆ここら辺の隠語の処理は、初出誌でも初版でも、原文では欄外注として処理されている。
p105 ソヴリン金貨◆当時のソヴリンはヴィクトリア女王の肖像(1838-1901)、純金、8g、直径22mm。
p112 報告(report)◆ここは「(当局からの)公表」がふさわしい。創元「届け」
p113 締めの文は創元文庫の方がマシだが、「すっかり慣れて、もううさん臭い話にはのらない」という感じだろう。
(2021-12-28記載)
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(6)The Stanway Cameo Mystery (初出: The Strand Magazine 1894-8 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「スタンウェイ・カメオの謎」評価6点
これ、相手が納得したのかなあ。そこが一番難しいところだと思うが、軽い記述で終わっている。警察の能力もちょっと低い感じ(ヒューイットも警部が理解してないのは体調が悪いのだろう、と言っているくらいだ)。コレクター心理は作者も日本美術の熱狂的蒐集家だっただけにリアリティがある。
p114 ゴンザロ・カメオ(Gonzaga Cameo)♣️「ゴンザーガ・カメオ」実在の見事な美術品。画像や詳細は英Wikiで。
p114 アセニオン(Athenion)♣️Gem-engraver who probably worked at the court of Eumenes II. (197-159)との記述をWebで見つけた。出典は“Biographical dictionary of medallists” compiled by L. Forrer (London 1904)らしい。となると紀元前2世紀の人か。
p116 賞金五百ポンド
p119『老いぼれ』はがっくりしている(cut up 'crusty')♣️創元「『へそ曲がり』のばちが当たった」cut up nasty(不機嫌になる)の類語? crusyは「(年寄りが)イラついてる感じ」のようだ。
(2021-12-29記載)
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(7)The Affair of the Tortoise (初出: The Strand Magazine 1894-9 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「亀の事件」評価5点
まあ現代では人種偏見で問題になりそうな作品。当時の英国なら普通の感覚だったのだろう。ミステリとしては面白い話だが…
なおgutenbergの原文は平山先生の異同の記述から判断するとどうやら雑誌版のようだ。(第二話もSammy Crockettとなっている)。米国初版本は雑誌を元に出版されたのかも。
p134 私[ブレット]が彼と知り合いになる前に起きたもので----それは1879年のこと(occurred some time before my own acquaintance with him began—in 1878)♠️1879は誤植だろう。
p135 肉屋の小僧(butcher-boys)♠️butcher boy victorianで当時の姿が見られる。肉は重いし、冷蔵庫の無い時代では、その日の必要分を小僧が運搬するのが普通だったのだろうか。
p135 一シリング銀貨(a shilling)♠️当時のものはヴィクトリア女王の肖像(1838-1901)、Silver, 5.65g, 直径23mm。英国消費者物価指数基準1878/2022(126.83倍)で£1=19789円。1シリングは989円。
p135 ガジョンが出ていく(Goujon as he was going away)♠️go awayは「(遠くに)行く」というニュアンス。私は最初「(部屋から)出ていく」と読んでしまった。創元「出て行くグジョン」試訳: グジョンが出立する
p136 面倒事(トラカツシ)♠️tracasserトラカセ(フランス語)
p136 ネッティングス警部補(Inspector Nettings)♠️パジェットの挿絵では制服を着ている。
p140 エレベーター(a lift)… 石炭や重たい荷物専用(Only for coals and heavy parcels)
p141 香りつきの紫色のインク(ink… scented and violet)♠️金持ちの黒人らしい趣味、と評されている。violet-scented blue ink (for personal letters)という記述をヴィクトリア朝に関するblogで見つけた。色は青に近いのかも。
p143 サー・スペンサー・セント・ジョン(Sir Spencer St. John)♠️Sir Spenser Buckingham St. John(1825-1910) ここで言及されているのは1884年の著作だろう。
(2022-1-8記載)
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(8) The Ivy Cottage Mystery (初出: The Windsor Magazine 1895-1 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「蔦荘の謎」評価6点
ストランド誌1894年12月からドイルが勇将ジェラールもので復活(これは単発でシリーズ連載は1895年8月号から)。それでヒューイットはお払い箱になったのだろう。ウインザー誌はこの1895年1月号が創刊号。巻頭話はGuy Boothby作のDr. Nikolaの長篇分載だが、ヒューイットものは実績ある探偵シリーズとして好意的な依頼があったのだろうと思う。
家政婦のクレイトン夫人は(3)に続いての登場。ビル全体の雑務を取り仕切ってるのかな?
話はブレット君の探偵修行の話。展開が良くてなんだか好きな話です。
p156 インクエストの様子が詳しく書かれている。
(2022-1-10記載)
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(9) The Nicobar Bullion Case (初出The Windsor Magazine 1895-2 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「ニコバー号の金塊事件」評価6点
イラストが非常に良い。ヒューイットの事件への関わり方はプロっぽい。愉快な冒険が見もの。心配性の航海士が可笑しい。手がかりは後出しなので読者は推理出来ません。
p177 「裏金」(cumshaw)♠️ここは原語を生かして欲しいところ(創元「カムショー」)
p177 日本(japanese)♠️日本美術通のモリスンらしい
p179 チャブ錠(Chubb's lock)
p180 ビルマ製(Burman)♠️煙草
p188 彼(ノートン)は...♠️原文でもhe(Norton)となっていた
p191 飲み薬(lotion)♠️ここは原文を生かして欲しいところ(創元「ローション」)
p199 『しゃれた』もの('swell' ones)♠️(創元「高級船」)
p199 『田舎パン』('cottage')♠️ここは原文を生かして欲しいところ(創元「コテージ」)
p203 ペニー銅貨
(2024-1-29記載)
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(10)The Holford Will Case (初出The Windsor Magazine 1895-3 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「ホルフォード遺言状事件」評価7点
再読してかなり楽しめた。話の進め方が上手で、展開の妙がある。
p206 バートレー対バートレー以外(Bartley v. Bartley and others)♣️翻訳ではなんか抜けてます… (創元「バートレー対バートレーその他一同」)
p208 晩餐に出る気力(make up my mind to go to dinner)♣️ここのdinnerはほかの家にお呼ばれする食事のことだろう。 (創元「夕食に出かけようと肚をきめる」)
p210 チャブ式の特許錠(Chubb's patent)
p219 『勝ち気』な女性(a 'strong-minded' woman)♣️齋藤英和では「男まさり」 と表現されている。(創元「いわゆる芯の強い女性」)
p223 スライド錠と… 旧式の錠と、かんぬき(bolts... old-fashioned lock, and a bar)
p225 とんがり帽子(a peaked cap)♣️メッセンジャーボーイの庇付き帽子。当時の写真で見るとちょいと傾けるのがファッションらしい。 (創元「つばのついた帽子」)
p228 痩せていて色黒の(thin, dark)♣️「黒髪の」
p230 悪戯(practical joke)♣️最後の語が決まってる。ぜひ原文(と辞書)を確かめていただきたい。
(2024-1-29記載)
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(11)The Case of the Missingp Hand (初出The Windsor Magazine 1895-4 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「失われた手の事件」評価6点
これは結構意外な展開だが、いつものように推理味は薄い。翻訳はニュアンスずれなどが目につく。平山先生には時々あるんだよね… 編集者は翻訳文の意味が通りにくいところがあれば、遠慮なく指摘して欲しいなあ。
p232 スズメ撃ちの散弾を浴びせて(peppering …. with sparrow-shot)◆流石に散弾銃じゃあ相手が大変なことになっちゃう。用例は見当たらなかったので直感だが、sparrow-shotは多分sling shot(パチンコ)の意味じゃないかなあ。
p234 屋敷の外にはほとんど情報は漏れなかったが(Little was allowed to be known outside the house)◆すぐ後で「広く噂されていた」とあり、翻訳文が矛盾している。試訳: 屋敷の外に知られないように努めていたのだが
p235 あいつは貧乏人向けの銀行などを営んでいたが、卑劣な悪党であることは間違いない(He's certainly been an unholy scoundrel over those poor people's banks)◆[経営していた]貧しい人たちの銀行を滅茶苦茶にしたインチキ野郎だ、というような意味だろう。なけなしの庶民の貯蓄を台無しにしておいて、逮捕もされなかったのだから。 poor people’s bankは、少し前に出てくる「小規模な貯蓄銀行(penny banks)」のこと。
p236 大佐はヒューイットの方を向いた。「ハードウィックさん、ご紹介しよう… こちらは君の専門分野の仕事を、民間人の立場で行なっている…」(The Colonel turned to Martin Hewitt. "Mr. Hardwick, you must know," he said, "is by way of being an amateur in your particular line)◆これは訳者の勘違い。ヒューイットに向かって「ハードウィック氏は、アマチュアながらも、こんな風にあんたの専門仕事をやってのけるんだ…」という場面。ハードウィック氏(大佐の同僚)は治安判事なのだが、探偵っぽい推理も見事にやっちゃうんだよ、と大佐がちょっと自慢げにその道のプロであるヒューイットに伝えている。
p240 完璧でご立派な推理は横におくとして(And even putting aside all these considerations, each a complete case in itself)◆ ここは相手に皮肉を言っているのではない。「これまで自分で説明してきた仮説を全部無しにしても」という感じ。試訳: これらの説明--どれも事実に合致していると思いますが--を全て脇に置いたとしても
p242 さあ、ブレット君、徒歩での冒険だぞ(Come, Brett, we've an adventure on foot)◆on foot=afoot。シャーロック“Come, Watson, come! The game is afoot”(アベ農園1904)より発表は前だが、精神は同じ。
p250 『インゴルズビーの伝説』(Ingoldsby Legends)◆Richard Harris Barham(1788-1845)作, 1837年出版。セイヤーズやJDCも大好きな伝説集(創作も含む)。もしかして『死者のノック』(dead man's knock)もこれ由来?なお、本作でフィーチャーされてる伝説はヨーロッパで古い歴史があるようだ。the dried and pickled …. of a hanged man, often specified as being the left(ネタバレ防止のため一部省略)で英Wikiを検索すると出てくると思う。
(2021-12-15記載; 追記2021-12-16)
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(13)The Case of the Lost Foreigner (初出The Windsor Magazine 1895-6 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「記憶喪失の外国人事件」評価4点
かなり強引なヒューイットの推理。ポオ「モルグ街」の連想ゲームが元ネタ(作品中で明言している)。
p291 反転式(reversible)♠️少し後にも出てくるがそこの原語は”reversing”。調べつかず。
p298 等身大のスコットランド高地人の木像♠️画像を探すとそれっぽいのが見つかる。タバコ屋の看板としてハイランダーが定番として使われたのは1845年ごろからだという。作品当時はもう珍しくなっていたのか。
(2021-12-14記載)
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(14)The Case of Mr. Gerdard’s Elopement (初出The Windsor Magazine 1896-1 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「ゲルダード氏の駆け落ち事件」評価5点
愉快な依頼人と意外な結末。だがヒントが少ないので一般読者に推理は出来ないだろう。実際、こんなような事件が当時あったのかも。ならば時事ネタで読者にもピンときやすいか。
物語の冒頭でヒューイットがブレまくっているように受け取れるが、ここは訳者が勘違いしているだけ。読めば変だとわかりますよね、編集者さん… (以下p306-307で、しつこく言及しました)
p306 離婚だと脅しを(threatened divorce)◆当時、英国での離婚は非常に難しかったが、まあお金持ちらしいからねえ。口喧嘩だから真面目に取る必要はないか。なお1896年の英国離婚件数459件/結婚件数242,764件で離婚率0.19%(1930年には離婚3,563件/結婚315,109件で離婚率1.13%、1945年には離婚15,634件/結婚397,626件で離婚率3.93%となっている)
p306 結局、僕は約束をしたよ---彼女を追い返すために、ほかに方法がなかったんだ---本当に解決すべき謎があるというならという条件付きで、この案件を引き受けることになった(In the end I promised—more to get rid of her than anything else—to take the case in hand if ever there were anything really tangible)◆いやいや、そうではなくて「もし実際に根拠があるなら、この案件をすぐに引き受けますよ、と約束した」だけで、結局、女を追い返している。
p307 それが浮気の決定的な裏付けと見なした----僕もその場で、依頼を引き受けると言わざるを得なくなってしまった(which she seemed to regard as final and conclusive confirmation of all her jealousies—I should take the case in hand at once)◆いやいや、そうではなくて、何か根拠がある事件じゃないと依頼を受けません、と前日ヒューイットが言ったから、女が「今日は確実な証拠を捉えました、さあ引き受けてくださいな」と言いつのっているだけ。ヒューイットはまだ依頼を受けてはいない。試訳: それが焼き餅に関しての最終的かつ決定的な裏付けだと彼女は見た----だから僕にすぐ依頼を受けるべきだ、と言うのだ。
p307 相談料についてはどちらからも一言も言及されなかった(without the least reference to a consultation fee one way or another)◆「いずれにせよ」とか「結局」とか言うニュアンスで「どちらからも」では無い。ここは「結局のところ、依頼は引き受けなかった」と言う趣旨。
p309 ロンドン・アマルガメイテッド(London Amalgamated)◆いろいろ合併して1891年に成立したLondon City and Midland Bankのことか。
p310 ソヴリン金貨入れ(A sovereign purse)◆ちょうど貨幣がピッタリ嵌るような仕組みのやつがあるんですね… 複数サイズ対応のもある。画像はsovereign purse victorianで検索。
p310 ポケットナイフ… 五ポンド出しても作れない◆ 十徳ナイフ、スイス・アーミー・ナイフのたぐい。ヒューイットも持っている。Victorinoxのマルチツールの特許は1897年だから、こう言うのの流行り始めだったのだろう。英国物価指数基準1896/2021(139.72倍)で£1=21800円。
p312 ここの事務所のもので… ほとんど目につかない場所にしまい込まれていた(Those for the office, … were put back in their place with scarcely a glance)◆文章が変だな、と思ったら「(どうでも良い内容だったので)チラリと見ただけですぐに戻した」という事。全部取り上げていたらキリがないのでそろそろ止めておきます。平山先生は正直で変なところは変なまま残してくれるから、わかりやすいと言えるでしょう(タチが悪い人は無理やり通じる日本語にしちゃうからね)。
p312 十五シリング… 馬小屋の一か月の賃料(15s., one month’s rent of stable)◆16350円。
p312 馬小屋での馬の貸代、餌、世話の料金… 2ポンド(Also rent, feed and care of horse in own stable as agreed, £2)
p316 ロンドンの路上で(in London streets)◆シャーロックの有名ネタ(1891)と、サッカレーのネタ(1838 英Wiki“Crossing sweeper”参照。なおサッカレーの念頭にあったのはCharles McGhee(1744ジャマイカ生まれ)だろうか。1824年ごろの肖像画あり。死んだ時に800ポンドを貯め込んでいたという)
p316 「記憶喪失の外国人事件」への言及あり。
p316 バンクで乗り合い馬車… 屋根の上に席を占めた(an omnibus at the Bank… on the roof of which I myself secured a seat)◆このthe Bankはイングランド銀行のこと。英国最初の乗合馬車は1829年George Shillibeer(1797-1866)がロンドンのPaddington〜Bank間に導入、当初1シリング、定員22名、イラストを見ると馬三頭引き(世界初のパリ1828、Stanislas Baudry(1777-1830)を参考にしたようだ)。最初から屋根席があったのかどうかは不明(英Wikiには定員16-18 “all inside“という記述があった)。
(2021-12-16記載)
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(15)The Case of the Late Mr. Rewse (初出The Windsor Magazine 1896-2 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「故リューズ氏事件」評価6点
なかなか鮮やかで良い話になっている。肝心なところ(p342)で翻訳の誤りあり。何度も言うが読めばすぐ変だと分かるのだから編集者の責任だろう。
p330 それはわからない… おそらく謎が解けない主たる理由は、殺人犯が慌てて姿を消したからだろう(That I cannot say… chiefly, perhaps, the murderer himself, who has made off)♣️ヒューイット「どうして殺人だと思うのです?」に対する依頼人の答え。試訳: 断言は出来ないのだが… 殺人犯自身が慌てて姿をくらました、ということが大きいだろう
p337 大型のリボルヴァーだと思います。おそらく、軍用の大きさではないでしょうか。このサイズの円錐形銃弾は、そうした銃に合うのです---ライフルより小さいですから(A large revolver, I should think; perhaps of the regulation size; that is, I should judge the bullet to have been a conical one of about the size fitted to such a weapon—smaller than that from a rifle)♣️銃のネタが出て来ると嬉しいですね。場面は死体を鑑定した医師のセリフ。この医師は戦争で銃槍を沢山見てきた経験あり。“of the regulation size”は流れから考えて銃の口径のこと。翻訳の通り「軍の規定の」という意味だろう。ここでは弾丸(bullet)は死体から抜けているので医師は傷しか見ていない。なので後段は「ライフルなら(エネルギーが大きいので)もっと大きな傷になるが、(弾丸が綺麗に抜けてるのを考えると)円錐形(フルメタルジャケット=軍用)の軍用拳銃のタマとすると(傷の感じの)大きさとピッタリあう」という趣旨。なお当時の英国軍用大型拳銃はWebley.455口径一択。民間用なら米国製拳銃(コルトやS&W)の.45口径及び.44口径、中型サイズなら.38口径、小型は.32口径があり、まだ自動拳銃は登場していない時代。当時の英国軍用ライフルの銃弾の主流は.577/450Martini-Henry弾(1871以降)で弾頭の口径(.450)は拳銃用より若干小さい(.577はカートリッジの最大径)。新式のリー・メトフォード・ライフル(1888以降)なら.303British弾なので、さらに口径は小さい。(2021-12-18追記: 医者が口径をregulation sizeと表現したのは、つい最近まで英国陸軍制式拳銃の口径がいろいろ変わったからだろうか。Beaumont-Adams(1865以降)は.442口径、Enfield Mk I(1880以降)は.422口径、Enfield Mk II(1882以降)は.476口径、Webley(1889以降)は.455口径という具合だったので、正確な口径なんて覚えてないよ!ということか。本作に登場するのは以上に記したどのタイプであっても不思議は無い。まあ若者なので最新式のWebleyだろうと思うが…)
p338 ここはロンドン時間よりも30分以上早い(This is more than half an hour before London time)♣️アイルランドの西端(Mayo)なので当時は時差があった? 今はグリニッジ標準時を採用しているようなのだが… なお現場近くのCullaninという町は架空地名のようだ。
p338 全員に半ソブリンの礼金(half a sovereign apiece)♣️証言に対する謝礼。p310の換算で10900円。
p342 差し込み錠はきかなかった(the catch was not fastened)♣️ 意味が取りにくい翻訳文になっている。ここは素直に「catchは閉まっていなかった」ということ。すぐ後ろは「catchをナイフで無理に開けた(forcing the catch with a knife)」が正解だろう。このcatchは窓の「留め金」が相応しいかな? 画像は“victorian sash window catch”でどうぞ。(多分、平山先生は、ナイフでこじ開けたので錠が壊れた、と想定したのだろう。catchのような構造ならナイフをスライドさせれば破壊せずに開けられると思う。ボルト系の錠なら破壊が必要かも)
p343 バリシールの祭り(Ballyshiel fair)♣️架空地名のようだ。
p345 それぞれ10シリング(it’s ten shillings each)♣️p310と同様。多分、半ソブリン金貨を渡している。当時のHalf-Sovereign金貨はヴィクトリア女王の肖像(1838-1901)、純金、4g、直径19mm。
p349 XX氏にはひどいことをしてしまい、申し訳ないです(we have done Mr. XX a sad injustice)
(2021-12-17記載; 一部追記2021-12-18)
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(16)The Affair of Mrs. Seton’s Child (初出The Windsor Magazine 1896-3 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「セットン夫人の子どもの事件」評価6点
Setonはシートンが普通じゃないかな。動物記の人もSetonだ。冒頭がシャーロック『黄色い顔』(1893)を思わせる。事件(case)より軽めなのがaffairのニュアンスなのか(「一件」と訳したい)。事件本篇はちょっと変調子があり楽しめたが、それよりもブッチャー夫人の件(p367)が気になるなあ。
p353 せっかくヒューイットの仕事ぶりについて読んでもらっても、楽しんでいただけるとは限らないのだ。不可能なものは不可能なのだ(That such results attended Hewitt’s efforts in an extraordinary degree those who have followed my narratives so far will need no assurance; but withal impossibilities still remain impossibilities, for Hewitt as for the dullest creature alive)♠️冒頭から何か変テコ。試訳: そのような結果が、ヒューイットの尋常ならざる努力を尽くしたうえでのものであることは、これまで私の話を読んでいる皆さまには言わずもがなだろう。しかしそれでも、不可解事件が不可解事件のまま終われば、ヒューイットが間抜け極まりない奴に見えてしまう。
p353 古めかしい家族経営の弁護士事務所(an old-fashioned firm of family solicitors)♠️昔ながらの家事事件専門の事務弁護士。
p354 気つけ塩の瓶(a bottle of salts)♠️これはさりげない平山先生のアシスト。Smelling Saltsのことでしょうね。
p355 ちいさな朝の間(the small morning-room)♠️「午前中に日当たりの良い部屋」のこと。この屋敷にはthe large morning-roomもある。部屋が豊富な資産家の家なんだね。
p355 内側からスライド錠がかかっていた(bolted on the inside)
p357 フランス窓は、よくあるように二つの開き窓が中央にある蝶番でつながっていて、上下にかんぬきがかかっていた(The French window was, as is usual, one of two casements joining in the centre and fastened by bolts top and bottom)♠️普通のフランス窓、とあるので中央開きでボルト式のかんぬき(p355も「かんぬき」で良いよね)が各扉の上下二か所にあるタイプ(surface boltというらしい)。後段でこのボルトの動きは上下式だと書かれている。翻訳はjointing in the centre(中央で合わさる)を誤解。
p362 誘拐(stolen)…. 100ポンドを支払う用意があるか(Are you prepared to pay me one hundred pounds)…. 賞金20ポンド(reward, £20)♠️史上初の有名な身代金目当ての誘拐事件は1874-7-1発生のCharley Ross(当時4歳)事件、身代金2万ドル(=6336万円)。100ポンドは218万円。なおkidnapやransomという語は本話では使われていない。
p364 タータ(Ta-ta)♠️「バイバイ」の幼児語。
p368 紙幣で支払った?(pay with a banknote)… いえ、硬貨で(No; in cash)♠️このころの紙幣(イングランド銀行のWhite-note、最低額面£5)なら、銀行で番号を控えて出納記録が残っているから、こう尋ねたのだろう。当時は日常生活で硬貨しか使っていない時代だから、cashといえば硬貨のことだったのだ。
(2021-12-18記載)
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(17)The Case of the “Flitterbat Lancers” (初出The Windsor Magazine 1896-4 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「コウモリ槍騎兵隊」事件 評価6点
愉快な事件だが(私は箒のシーンが好き)、シャーロックのアレをすぐ思い出しちゃうよねえ… と思ったらあっちは1903年!じゃあヒューイットはポオのを参考にしたのでしょう。シャーロッキアンたる平山先生にはこのことに言及して欲しかったなあ。
なお舞踊曲lancersは英Wiki “Les Lanciers”で項目あり。1860年に英国上陸して20世紀初頭には廃れたスクエアダンス、 というから、ここはこのダンス音楽のことだろう。このダンスの語の由来は槍騎兵からと思われるので「ひらひらコウモリ槍騎兵舞踏曲」事件でどう?
p378 二、三年前の夏(on a summer evening, two or three years back)◆1893年としておこう。
p378 ビルは、誰でも近づくことができた---いやむしろ、誰でも見ることができたと言うほうがいいかもしれない---裏からならば(the building … was accessible—or rather visible, for there was no entrance—from the rear)◆普通、ビルって誰でも近づけますよね… 試訳: 裏へは誰でも侵入出来る---見ることが出来ると言うほうが良いか---入る玄関は無かったので。(趣旨は、裏が閉じた中庭で外部者が入れないビルもあるが、ここは通りから入れる道があり、でも裏にはビルへの入口が無いのでaccessibleというよりvisibleか、という事)
p380 小型のアップライト・ピアノ(my little pianette)◆おお、ブレット君、趣味人だねえ。しかも楽譜も読めるんだ… 当時ものの画像を探したが見つからなかった。
p382 ソブリン金貨◆1ポンド。窓ガラス代と迷惑料として。ガラス代は、せいぜい半クラウン(=2.5s.=£1/8)のようだ。
p383 事務所はすぐ下◆ブレットの部屋のすぐ下にヒューイットの事務所がある。既出の情報かもしれないけどメモしておこう。
p386 俺の二百五十ドル(My two hundred and fifty dollars)◆米国消費者物価指数基準1893/2021(30.88倍)で$1=3521円。250ドルは88万円。
p386 五十ポンド◆ 英国物価指数基準1893/2021(134.95倍)で£1=21056円。50ポンドは105万円。金基準(1893)だと£1=$4.82、ならば£50=$241で、大体合っている。
p388 自分の愚かさ◆非常によくある話だが、当時の米国人は英国でカモにされるのが多かったのかも。
p388 ハープを演奏し(played the harp)◆これはJews-harpか? それとも小型ハープかも。米国ブルース界でハモニカをハープということがあるが、これは少なくとも1920年代のクロマチック・ハモニカの開発以降だろう。
p391 カードの「パッシング」(a trick of “passing” cards)◆マジックで現在classic passと称されてる技法だろう。私の若い頃には本の図解入り解説しか無かったが、今は動画が簡単に見られる…
p400 半クラウン金貨を(with half a crown in his hand)◆原文には「金貨」に相当する語はない。当時のHalf Crownはヴィクトリア女王の肖像(1839-1901)、純銀、14.1g、直径32mm。
(2021-12-19記載)
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(18)The Case of the Dead Skipper (初出The Windsor Magazine 1896-5 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「死んだ船長の事件」 評価5点
上手な工夫はあるが捜査活動がいつものように地味な作品。鍵がいろいろ出てくるので、書き分けと説明が必要かも。
p401 優に数年は経過… 探偵としては駆け出しのころ♣️ブレットと知り合う前の事件。『亀』から考えて1878年ごろか。
p401 メイド姿の娘(a girl, having the appearance of a maid-of-all-work)♣️MAID OF ALL WORKというのはA domestic servant, who undertakes the whole duties of a household without assistanceで若い娘が多かったようだ。「家事全般のメイドと思われる娘」
p404 建物の中のほかの鍵が、この錠に合うのかも… こうした建物ではよくある(Perhaps… other keys on this landing fit the lock. It’s commonly the case in this sort of house)♣️おおらかな時代。
p404 イエール錠(Yale lock)♣️当時の新式の錠前。米国の発明だが英国ではH. & T. Vaughan社が1860年代くらいから製造販売していた。
p405 あの二人は、仲がいいとは言えないでしょうね(The two did not love one another, I believe)♣️おっさん二人の人間関係を聞かれた同じ宿に住む女性(キツめの女教師)のセリフ。ここに love が使われているのでちょっとビックリ。こういうところにモリスンの繊細な表現力を感じる。英語のニュアンスはよくわからないのだが。
p406 正面ドアにはしっかりスライド錠とかんぬきがかけられて(The front door was fully bolted and barred)♣️ボルトと横木で鍵がかかっていた、という感じ?
p412 半ソブリン借りる(to borrow half a sovereign)♣️英国消費者物価指数基準1878/2021(125.01倍)で£1=19505円。半ソブリンは9752円。
p422 警察官になりたまえ(You ought to be in the force)♣️「正式に警察隊に入るべきだよ」
p422 そんな朝早くに一等車の切符は珍しい(because first-class tickets were rare at that time in the morning)♣️朝6時のこと。たしかに金持ちが乗るのは稀だろう。
(2021-12-20記載)
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(19)The Case of the Ward Lane Tabernacle (初出The Windsor Magazine 1896-6 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「ワード・レーンの礼拝堂事件」 評価5点
依頼人のキャラがとっても強烈で楽しい。解決はちょっと強引だが、滋味深い。宗教関係は我々にはかなり遠いネタなのでパス。調べるといろいろ興味深いのだろうけれど…
p426 まったく使いものにならなかった(quite useless)♠️ここは「すっかり身体の具合が悪くなったので(新しい家政婦に変わった)」という意味かなあ。後ろの方を読むと以前から家政婦としての役割は果たしていなかったはずだから。
p426 手ひどい攻撃(be bodily assaulted)♠️「肉体的に酷い目に」
p427 今から十年から十二年ほど前の出来事♠️とすると1884年ごろか。
p429 原文では、この手紙、簡単な綴り間違いが多い。こういうのの翻訳は始末に困る。
Thou of no faith put the bond of the woman clothed with the sun on the stoan sete in thy back garden this night or thy blood beest on your own hed. Give it back to us the five righteous only in this citty, give us that what saves the faithful when the erth is swalloed up
p429 狂信的なクエーカー教徒(certainly corresponded with mad Quakers)♠️翻訳では断言しているが、原文では「のような感じ」くらいだろうか。手紙の用語から、当時の英国人もそう受け取るのだろうか。調べてません…
p437 耳の遠い老家政婦は… 「誰もいないよりたちが悪い」とささやかれていた(the deaf old house-keeper …. being, as she said, “worse than nobody.”)♠️誰がささやくの? 娘は耳の聞こえない老女と取り残されて心細かった、ということ。試訳: 耳の悪い老家政婦はいたが…. 娘の言葉では「誰もいないより酷い状態」だったからだ。
p438 一軒のパブを見つけた。この手の店には郵便住所録がある(a public-house where a post-office directory was kept)♠️ああそういう情報はパブで仕入れられるんだ。別の事件では、ヒューイットは近所の知り合いから住所録を借りている。
p439 秋の家賃(next week’s rent)♠️私はGutenbergの原文(英国版)を参照しているが、平山先生は初出から翻訳しているのかも(異同の書き漏れ?)。ここの家賃は四半期払いではなく週払いのようだ。
p440 五ポンドあげる。事務所はストランドのポーツマス街25番地(give you five pounds … His office is 25, Portsmouth Street, Strand)♠️住所がSleuths(1931) ed. by Kenneth Macgowanのと違う。そっちは「ストランド、ビューフォート・ビルディング298」ストランドは通りの名前なので、上述の住所の言い方はちょっと変か。ストランド近くのポーツマス街、という意味なのか?確かに歩いて七分くらいの距離だが…
(2021-12-21記載)
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ほかの作品も徐々に追記してゆきます。


No.360 7点 ベラミ裁判
フランセス・N・ハート
(2021/12/12 16:15登録)
1927年出版。初出The Saturday Evening Post 1927-9-10〜10-28(8回連載) 挿絵Henry Raleigh。延原謙先生の翻訳は見事。訳者あとがきで「裁判制度の啓蒙普及のために」本書の翻訳を乱歩とともにGHQに直訴したとありました。ああ、そういう時代をくぐり抜けてきた方々には「通俗的な」探偵小説の翻訳にも別の感慨があったろうなあ、と思います。法律関係のアドヴァイザーとして最高検の平出さんも参加されているようです。もちろん古めかしい用語がゴロゴロ出てきますが、歴史的な翻訳としてこのまま再販して欲しいなあ。
さて、私が参照した原文はPenzler Publishers(2019)で、序文に本書とHall-Mills事件との大きな関係性が取り上げられています。当時の米国は新聞ダネになった怪事件がたくさんあって、Elwell(1920迷宮入り)、Dot King(1923迷宮入り)、Leopold & Loeb(1924有罪となったが死刑に至らず)、Hall-Mills(1922, 判決1926迷宮入り)ここら辺が皆さんお馴染みのところではないかと思います。こーゆー事件が立て続けに起こっていたので世間の苛立ち、モヤモヤ感がかなり溜まっていたのではないでしょうか? 本書で作者はHall-Mills裁判に対する不消化な感じを、何とか納得するものしたい、という意思を感じます(なので事件についてあらかじめ知識を入れておいた方がより興味深いかも)。本作は事件の改変が上手く処理されていて世情にもフィットしたので、ベストセラーになり、映画化(1929)もされたということなのでしょう。映画を是非みたいのですが、残念ながら手段はないようです。代わりにHall-Mills裁判での、もう一人の主役Pig Ladyを取り上げたサイレント映画The Goose Woman(1925)を観ました。こちらも割り切れなさを上手に合理化している作品でした…
さて、この作品についてですが、構成が巧みでぐいぐい読ませます。証言の出し方も上手。自分の分身を狂言回しに使うのも嫌味がなくて良い。ところで、この翻訳では何故か初出の人名に必ず原綴が記されています。なんの工夫だったんでしょうか?
トリビアは後で気が向いたら…
翻訳では欠けていますが、献辞があります。
TO / MY FAVORITE LAWYER / EDWARD HENRY HART
相手は1921年に結婚した夫です。
どうしても気になったのでトリビアを一点だけ
p198 ズべ公♣️原語flirt、この訳語はどうかなあ… flirtはそんなに強い語ではないと思います。Carolyn Wells “The Clue”(1909)の上品な文章にも出てきてました。
(追記: あとがきで”Hide in the Dark”(1929)がmurder gameの流行の素と書かれていて、私はダグラスグリーンのJDC伝で読んだのが初めてだったが、喜び勇んで当該書を読んでみたら違った… 出てくるのは暗闇での鬼ごっこ(米国ではHide in the Dark、英国ではSardineと呼ばれるゲーム)。この誤情報、ヘイクラフトの本に書いてあるようだ。)

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