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ミステリの祭典

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ゴルゴタの七

作家 アントニー・バウチャー
出版日1958年01月
平均点5.67点
書評数3人

No.3 6点 弾十六
(2023/07/01 16:00登録)
1937年出版。田中西二郎さんの翻訳は堅実。丹念に記された多くの割注がめんどくさい無駄話がてんこ盛りという本書の特徴を示しており、あまりに多いので訳注を章末にまわしたところさえある。現代ならWeb検索があるので原綴だけ示してもらえればオッケーなんですが…
バウチャーは出版時26歳、ということは書いたのは24歳くらいか。いかにも若さ溢れる青春学園ミステリ。カリフォルニアの陽光のなか、バークリー校で繰り広げられる事件、美女や酒や小演劇が繰り広げられます。サンスクリット語の教授(しかも6歳を越えた女が嫌い)という奇を衒った設定が若さゆえの過ちで、結局シリーズにはならずじまい。当時のバウチャーは何者でもなく、この長篇は出版社に多数送られていた応募原稿の束の中から見出されたもの。でも、明るい未来を信じている若さで、読後感は良い。バウチャーの趣味も良くて、なんせ大好きなレトバーグ(p26)が言及されているので、一発で信頼しました。シナモン・トーストやフレンチ・トーストの秘伝なども、ちょいと明かされます。
ミステリとしては、小器用にまとまった優等生らしい作品。ああ、なるほどね、と思わせる緻密な構成物件だが、物足りない。推論も常識の範囲に収まっている。人物描写はなかなか上手く書けているが、きっと具体的なモデルがいたんだろうなあ。小劇場の雰囲気は良く出ていて、インサイダーならでは(バウチャーは大学時代から演劇活動をしていたようだ)。私はそういう大学生活を送ったことがないので、いいねえ、というやっかみ半分の感想だが、著者は大学で十分に楽しんだんだろうなあ、と思いました。
以下トリビア。原文はMysterious Press 2019
p5-6 献辞と著者の注意文◆いつもの「小説中の人物や出来事は完璧な虚構だよ」という注意書きなのだが、この本を捧げたDr. Ashwinだけは現実からそっくり借りて来て、その名前は「博士自身の名のサンスクリット訳」(a Sanskrit translation of his own)と書いている。正体はProfessor Arthur William Ryder(1877-1938)だとネヴィンズJrから教えてもらいました。
p8 カリフォルニア大学(University of California)◆原作どおりの登場人物紹介が良い
p10 クラブ・カクテル(crab cocktail)◆日本ではカニ(とアボカド)のカクテルサラダで通用しているようだ
p10 ヴァン・ダイン(Van Dine)◆ここは同感。
p11 バークリー◆カリフォルニア大学バークリー校(University of California, Berkeley)のこと。バウチャーの母校はUSCだが、バークリー校にも特別研究員(fellowship)で参加していたようだ。
p11 ラ・ファヴォリット(La Favorite)◆実在レストランか?調べつかず
p11 氷かき(ice pick)
p13 フェアプレー(fair play)
p14 『エドウィン・ドルード』(Edwin Drood)… プッファ公爵夫人(Princess Puffer)
p15 セイザー門からテレグラフ・アベニュへ出ようと(through Sather Gate onto Telegraph Avenue)
p15 ジェイン・K・セイザーこれを建つ(エレクテッド)ERECTED BY JANE K. SATHER◆この銘は現在でも残っている
p16 マックス・ファクターの化粧品
p20 狐に… 一番うまいところへ噛みつかれているスパルタ少年(the Spartan boy just as the fox reached the juiciest tidbits)◆スパルタの少年が狐を盗む話(プルタルコス)のこと。私は全然知らなかったが、注釈なしなので一般に広く知られている?
p21 ファイ・ベタ・カッパの鍵(Phi Beta Kappa key)◆ググると画像が出てくる現代は翻訳に便利だなあ。昔から名前だけは知ってたが、こういうやつだったのか。もちろんバウチャーも会員に選ばれている
p21 色の浅黒いボリビア人(a swarthy Bolivian)
p25 英語って、悪魔の言葉だから(It’s the devil’s own language)◆いろんな言語を知っているバウチャーだから、発音も文法も多様でルーズな英語は悪魔の言葉だと思えるのだろう。
p25 アリバイ
p26 フーゴー・ウォルフ・ソサエティのキプニスとレトバーグ(An album by the Hugo Wolf Society. Kipnis and Rethberg singing)◆1934年9月〜12月録音のHugo Wolf Society Vol. 4(SP五枚組)のことだろう。発売は1935年と思われる。全てヴォルフ「イタリア歌曲集」から数名の歌手(他はRia Ginster, Gerald Hüsch)が歌っている。出たばかりのレコード、というので作中現在は1935年春のはずだが…(p31参照)
p26 電蓄(The phonograph was an electric model)◆1925年に電気録音技術が確立され、レコードの音質は段違いになった。
p27 『臨港列車殺人事件』(The Boat Train Murders)◆架空の探偵小説。ボート・トレインとは「船車連絡列車…船と連絡を図る目的で港へ乗り入れて運行された列車」のこと。臨港線、臨港列車とも。Wiki “ボート・トレイン”参照。
p30 『あいつを打っ倒せ』(Blow the Man Down)◆19世紀のhalyard sea shanty(船乗り作業歌)
p30 『イギリスの私生子王』(The Bastard King of England)◆ a bawdy English folk song、記録上の初出は1927年だという(Wiki情報)
p30 アントニー・クレア(Anthony Claire)◆調べつかず。架空人名か
p31 四月六日金曜日◆出版年の直近では1934年が該当。p26とは矛盾。
p31 パノラミック・ウェイ(Panoramic Way)
p39 外套を着た背の高い男… 葉巻を持った?(a tall man in an overcoat…With a cigar?)◆デカの伝統、ということだろう
p41 浅黒い肌(dark skin)
p42 チャニング・ウェイ(Channing Way)
p42 ティーチャーズ・ハイランド・クリーム(Teacher’s Highland Cream)◆1830年創業のスコッチ・ウイスキー
p42 ライダー・ハガードのズールー王朝に関するロマン(Rider Haggard’s epics of the Zulu dynasty)
p43 女性に対する反感(aversion to women)◆博士は実在の写し絵、ということは、博士に関するあらゆるエピソードは実際の話なのだろう。
p43 シュニッツラーの女たらしの中尉(the ruthlessness of a Schnitzler lieutenant)◆愛読者でないので、どの作品かはわからず
p44 ハガードの『結末』(Haggard’s “Finished”)
p45 客に自分で酒をつがせる(allows his guest to serve himself)◆私も手酌派
p45 バック・ロージャーズ(Buck Rogers)
p45 金曜で肉食(Friday… in eating meat)◆このカトリックの戒律は本来Lent (四旬節)の毎金曜日に適用される肉食断ちのこと。だからその前にカーニバル(酒や肉をたっぷりで楽しもう!)がある。一年を通して金曜日には肉食断ちをする信者もいるようだ
p47 電気冷蔵庫の普及している現代に(in these days of electric refrigeration)◆この感じだと、もう既に米国では普通の家庭にすっかり普及している感じ。
p49 テニソン・ジェス(Tennyson Jesse)◆ “Murder and its Motives”(1924)は1800年からの英米の殺人事件の動機を分析した古典らしい。
p52 原著者注◆こういう注釈は好き
p55 日曜新聞(Sunday newspaper)
p55 オートミールとポーチド・エグズ(the cereal and poached eggs)
p55 ニューマン・ホール(Newman Hall)
p56 カトリック
p60 I say… What… blasted◆英国風の表現のようだ
p63 異端◆著者はこういうのが好きなんだろう。ボルヘスに惹かれたのも実にわかる
p68 晩餐に二度招んであげなきゃ…(Two dinner invitations …)◆二回続けてのディナー招待はなんだか不都合らしいのだが… 調べつかず。
p75 メキシコ映画◆Wiki “List of Mexican films of the 1930s”をみたがおなじみなのはなかった…
p87 二十ドル紙幣(twenty-dollar bills)◆1928年以降はアンドリュー・ジャクソンの肖像。サイズ156x67mm
p90 すべての謎が“子供の父親”親子関係という問題からなる小説… もっとおもしろいのは謎の強姦だ(the entire mystery should consist of such a question as paternity. Better yet, a mysterious rape)◆後段はかなり趣味の悪い話だと思うが… もしかしてNancy Titterton強姦殺人(1936年4月)を連想したのかも
p91 アーサー・マッヘンは “イズリングトン事件”に関する短い研究のなかで(Arthur Machen, in his brief study of the Islington mystery)◆マッケンの有名な短篇小説のようだ
p96 メリック湖(Lake Merrit)
p100 カルマン(Kalman)◆ Emmerich Kálmán(1882-1953) ハンガリーの作曲家
p102 ”ザーリ“ ワルツ(Sari waltz)◆ カルマンのオペレッタDer Zigeunerprimas(1912)から。えらく音質の良い1928年録音のIrwin Schloss and Edison Concert Orchestra の演奏が某Tubeにあった。
p103 Las Cuatro Milpas(四つのトウモロコシ畑)◆Lydia Mendozaの1928年の演奏が某Tubeで聴ける。
p107 ”町の居酒屋(タヴァン・イン・ザ・タウン)”(Tavern in the Town)◆ There is a Tavern in the Town、伝統的な大学歌。印刷初出1883
p111 脇役(ストウージ)stooge◆間抜けな引き立て役
p114 ぼくはどんな場合にも帽子を冠らない(I never wear a hat)◆そういう時代になりつつあったのだろう。バウチャーも反帽子派かも
p122 スケートで走っている若いファシストたちを避ける(to avoid the rapid career of a youthful fascist on skates)◆イタリア人がローラースケート(1930s-1950s流行あり)で走り回っていた、という情景か。原文では「たち」ではなく一人
p129 “死の休暇”(Death Takes a Holiday)◆架空の演劇のようだ
p143 誰をば(whom)◆whoにその地位を奪われつつある単語のようだ
p149 エール錠… 自動的にかかる掛け金の装置がない(Yale locks … there’s no catch to make them lock automatically)◆もう既に自動ロックの仕組みがあったんだ!
p153 ターリアン(Thalian)◆この語はローカルな通用語かも。
p159 映画の中の水兵さんみたいだった(like the Marines in the pictures)◆ここの流れだと「映画で海兵隊が到着した時みたいに」かなあ。ヒーローがやっと登場!というイメージのような気がする
p160 わが望みいと高く(My object all sublime/I shall achieve in time:/To let the punishment fit the crime,/The punishment fit the crime)◆ギルバート&サリヴァンの『ミカド』より
p160 密蜂(ラ・アベーハ) La abeja ◆1862-1870にBalceronaで発行された文芸雑誌のようだ。La abeja : Revista científica y literatura ilustrada, principalmente extractada de los buenos escritores alemanes por una sociedad literaria
p161 「運命のラ・フォルザ」(La Forza del destino)◆ヴェルディ『運命の力』、呪われたオペラとの評判があったようだが、詳細は調べてません
p169 色の黒い小男(the small dark man)◆これは「黒髪」
p171 不明の一人もしくは二人以上による謀殺(wilful murder by person or persons unknown)◆インクエストの決まり文句。
p171 検屍陪審員の評決は形式的なことであり、検察捜査上なんら法的影響力を有するものではない(The verdict of the coroner’s jury was a formality, with no defined legal standing as a finding of facts)◆なのでニューヨーク市では1918年に検屍官制度&検屍審問を廃止し、医療専門家が死因を分析するメディカル・エグザミナー制度にしている
p172 ボロー学者… ボローびいき(Borrovian… Borrowgove)◆ルイス・キャロルのBorogoveをもじった語か。Borrovianaという語はブッシュ『完全殺人事件』(1929)にも出ていた。
p174 リディア・シャーマン、サーラ・ジェーン・ロビンソン、ジェーン叔母さん(ディーヤ・アント・ジェーン)と呼ばれたトッパン(Lydia Sherman, Sarah Jane Robinson, ‘dear Aunt Jane’ Toppan)◆ いずれも訳者は「資料が手に入らず不詳」としているが、現代にはWebがある! Lydia Sherman(1824-1878)はThe Derby Poisonerと呼ばれた米国の連続殺人犯(砒素)。Sarah Jane Robinson(1836-1906)は人呼んでThe Boston Borgia、米国の毒殺魔(砒素)。Jane Toppan(1854-1938)も米国の毒殺魔(モルヒネなどを混合した薬物)。全員英Wikiに項目あり。
p176 ライダー・ハガードとアンドルー・ラングの”The World’s Desire”
p177 アカデミー賞の噂のある映画… ユナイテッド・アーティスト劇場… 三人のスターが出演… 上演時間が110分(United Artists Theatre to see a film already being mentioned for the Academy award. It had three stars, ran a hundred and ten minutes)◆Wiki “List of United Artists films”を見ても該当がなさそう。この劇場でMGM作品も上映してたようなのでメキシコ繋がりでViva Villa!(「奇傑パンチョ」1934-4-10公開、118分、パンチョ・ビラの話)でどう?
p177 バンクロフト通り(Bancroft)
p178 されど背にはつねに声ありて…(But at my back I always hear…)◆Andrew Marvellの著名詩 “To His Coy Mistress”(1681)より
p178 淋しき道を一人行く…(… one that on a lonesome road/Doth walk in fear and dread,/And having once turn’d round, walks on,/And turns no more his head;/Because he knows a fearful fiend/Doth close behind him tread)◆ Samuel Taylor Coleridge作“The Rime of the Ancient Mariner”(1798)より。この一節の版画イラスト(有名なもの?)がWebにあった。
p180 ヴァンス式(the vance method)
p180 グラン・マルニエのグラス(glass of liqueur Grand Marnier)
p181 シナ劇場(Chinese Theatre)◆サンフランシスコの話題なのでハリウッドの有名なチャイニーズ・シアターではない。中華街のあったS.F.には数軒の中華オペラ(京劇か)を上演する劇場があったようだ。(Blog “FoundSF”の記事Rexroth's Old Chinatown参照)
p181 例のいつまでも終わらない芝居(endless performance)
p182 M・P・シールの看護婦探偵(M. P. Shiel’s nurse-detective)◆調べつかず。看護婦探偵というとM・R・ラインハートのヒルダ・アダムズ(初登場1914)が有名だが…
p188 『農民』を上映している映画館(a theatre at which was showing Peasants)◆1934年のソビエト映画、Fridrikh Ermler監督
p189 “ネーション”の購読者(subscriber to The Nation)
p189 “デーリー・ワーカー”を一部(a copy of The Daily Worker)
p193 ステュアート・パルマーとアール・スタンリー・ガードナー… ジョン・ディクスン・カー◆パーマーの高評価がかなり意外だった。なので長篇『ペンギンは知っていた』を発注しちゃいました(みんな1930年ごろ長篇デビューのほぼ同期生なんですね)。
p198 ベルンシュタイン(Bernstein)◆1907創業の有名レストランBernstein's Fish Grottoのことだろう(英Wiki)
p198 ロブスター・ルーイ(lobster louie)◆ロブスター・サラダのようだ。カニで始まりエビで終わり。

No.2 5点 nukkam
(2015/08/14 15:48登録)
(ネタバレなしです) 米国のアントニー・バウチャー(1911-1968)はハワード・ヘイクラフトやジュリアン・シモンズと共に20世紀を代表するミステリー評論家として有名ですが、数は多くないながらミステリーやSF小説も書いています。1937年、本格派黄金時代の真っ只中に発表されたデビュー作の本書は「読者への挑戦状」付きというだけでも十分に謎解きファンの意欲をそそりますがそれに加えて「手掛かり索引」付き、しかも通常は解決後に提示されるのに本書では「読者への挑戦状」と同タイミングで提示されているのが大変珍しいです。さらに登場人物リストには謎解きのみなら記号付きの人物だけを覚えればいいと注釈するなど、まさにパズル・ストーリーを突き詰めた作品です。残念ながら小説としてはとても読みにくく、人物が性格描写にしろ行動描写にしろ生彩をほとんど感じれず、中盤の劇上演シーンも盛り上がりません。また第3章での「ゴルゴダの七」に関する薀蓄(うんちく)も宗教的内容で大変難解だったのもつらかったです。作者の意気込みは感じられますが、やはりもう少しストーリーテリングに気配ってほしかったです。

No.1 6点 kanamori
(2013/01/27 11:45登録)
ミステリの評論部門で名高いアントニー・バウチャーの1937年のデビュー長編。
現在の創元推理文庫発刊の母体となった世界推理小説全集(全80巻)のなかでも文庫化されていない絶版作品の一つです。

カリフォルニア大学バークリー校の留学生が集まる国際寮が舞台の連続殺人を扱ったカレッジ・ミステリで、最終章前に手掛かり索引付きの”読者への挑戦”を置き、関係者を一堂に集めた謎解きなど、本格派マニアへのサービス精神が横溢しています。
ただ、第1の殺人のネタを早々に割っているのはもったいない気がしますし、フェア・プレイ重視のあまり真相がやや分かりやすい側面もあるかもしれません。また、探偵役アシュウィン教授の決着の付け方はどうなんだろうか?という感もあります。
文学論や異端派宗教などの言及部分が難解ですが、古い翻訳の割には学生たちの造形も端役までそれなりに書き分けられており、読みずらい感じはありませんでした。

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