迷路 ゲスリン大佐 |
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作家 | フィリップ・マクドナルド |
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出版日 | 2000年02月 |
平均点 | 5.67点 |
書評数 | 6人 |
No.6 | 6点 | 弾十六 | |
(2023/07/16 04:06登録) 1931年出版。初出は何かの連載かも(関係のあったThe Evening Standardか?) 著者の「序」ですごくワクワクしたのだが、肝心の謎がショボいなあ… この設定だったらバークリーならいくらでも多重解決を捻り出しそう。フィル・マクは了見が非常に通俗なんだよね。だから映画界では良い仕事をしたんだろう。 まあでも私はインクエスト小説として非常に楽しめました。 以下トリビア。原文はCollins 1980(ジュリアン・シモンズの紹介文付き。Kindle版と同じ内容のようだ) 余談だが、シモンズは「読者への挑戦」系作家としてEQ、JDC、バークリー、クリスティ、C・デイリー・キングを挙げている。 作中現在はp9、p15から1928年か1930年。曜日は気にしないのが当時の英国作家の通例なので出版年を考慮すると1930年が一番適切か。 価値換算は英国消費者物価基準1930/2023(83.63倍)で£1=15184円。 p5 推理の練習問題(‘An Exercise in Detection’) p5 検視裁判の判事である検視官(the Coroner)◆「検視裁判の判事」は訳者の付加だが、誤り。インクエストは裁判(誰かを裁く場)ではないし、検視官は判事(裁判官)ではない。検視官はインクエストの主催者で、証人を尋問する役目だが、判決は下さない。インクエストでは陪審の評決がそのまま結論となる。なおインクエストの評決は刑事上、民事上での効果は及ぼさない。ただし殺人犯が示された場合は裁判の訴追手続と同格のようである(ここは詳しく確認していないが、大陪審で訴追されるのと同じらしい)。いずれじっくり当時のインクエストについて書きますので、気長にお待ちくださいね。 p6 探偵小説(detective fiction) p6 アンフェア(unfair) p9 一九三X年七月二十四日◆私が参照した原文では、この日付は14th Julyとなっていた。p11、p12やp123から原文は誤りと考えて、訳者が補正したのだろう。 p11 警視総監(the First Commissioner of Police) p11 七月十一日から十二日にかけての深夜◆事件の日付。 p11 この事件(—near Kensington Gore of all unlikely places!— a case)◆事件発生の地名が冒頭で明記されていたが、翻訳ではカット。数行後に「ケンジントンの高級住宅地で」とあるのでまあいいか。でもKensington Goreの方が具体的。(2023-7-17追記) p11 推理小説の定石(the canons of the best ‘mystery fiction’) p12 数週(few weeks)◆この事件は数週前のものだという。となると手紙の日付が14日というのはどう考えても早すぎる p12 月面のマスケライン山やクック平原(Maskelyne and Cook’s)◆ここは誤り。John Nevil Maskelyne(1839-1917) & George Cooke(1825-1905)のマジック・ショーのことだろう。1870年代から世紀末にかけてピカデリーのエジプシャン・ホールで興行した。なお月面クレーターのマスケラインは1935年命名らしい。 p12 全能の神は、みずからもちあげられない石をつくることができるか(If God is omnipotent, can He make a stone so heavy that He can’t lift it?)◆ 神の全能という特質に関して古くから良く知られた矛盾文。Wiki「全能の逆説」参照 p15 L1区(L.I.)◆ Web記事「1888年の「シティ警察とスコットランド・ヤード」の警察官の人数」によると“L”はランベス管区だが… この巡査の巡回地区らしいスチュクリイ・ロード(Stukeley Road)は調べつかず。Stukeley Streetならロンドンに実在するがランベス地区ではない p15 全能の神にかけて、法廷では真実を述べ、何ごとも隠さず、何ごとも付け加えないことを誓います(I swear by Almighty God that what I shall say in evidence in this Court shall be the truth, the whole truth, and nothing but the truth)◆宣誓の定型文。なお日本語の「法廷」は裁判所の意味となってしまうから、誤解を避けるためインクエストの場合の訳語は「審問廷」「審廷」を提案したい。(王室関係でcourtなら「宮廷」と訳しますよね) p15 七月十二日木曜日(Thursday last, the twelfth of July)◆出版年直近では1928年が該当。未来で良ければ1934年も該当するが… 万一、これが六月(June)の誤りなら該当は1930年。 p25 ブリッジ(bridge) p31 陪審長のほうから正式に質問(if you would get the foreman to put the question formally…)◆検視官が証人に対する質問はないか、と陪審に確認し、陪審長がある陪審員の疑問を代弁して質問している。p34では陪審員が直接質問している。 p39 聖書に手を(hold the Book) p40 警察(サツ)を(a roz—)◆ついrozzerと言いかけて途中でやめた感じ p55 本法廷に宣誓証言を強要する権利はありません(this Court has no power to force you to give your evidence under oath) p61 面食い(did have taste) p62 パジャマ姿(in pyjamas) p64 約三十万ポンド◆約46億円 p64 昼食のため休憩… 休憩時間は四十五分に短縮(adjourned for luncheon…. to shorten the recess… in forty-five minutes’ time) p83 氏名(full name) p84 警察と法廷は別(police has not … to do with this Court) p86 ジュ・ルギャルド・セ・サル…(je regarde ce salle…)◆フランス語。「あの部屋を見ている。」ただしsalleは女性名詞なのでcette salleかces salles(複数形)が正しい。「セ・サル」としているのは後者の解釈で翻訳しているのか。あるいは形容詞sale(salleと同音、意味は「嫌な」)+[男性名詞]の言いかけなのかも。そうなると発音は「ス・サル」が正しくなる。文脈からは後者が適切だろう。(私はじっくり考えています、あの嫌な…[補うならtémoignage(証言)など]というような意味になる)こういう時、カタカナ表記だと復元が難しいので原綴のままが一番良いと思う。 p95 書状(document) p101 パークハースト刑務所(Parkhurst Prison)◆ワイト島にあるHM Prison Parkhurstのこと。 p102 ラジオが古くなったので(to get rid of our old wireless set)◆英国で正式にラジオ放送が始まったのは1922年。 p106 蒸気をとめる栓(thteam tap)◆ここでは話者が訛っている。正しい綴りはsteam tap、この蒸気は何に使うんだろうか。 p123 十日間(ten days)◆このインクエストの経過日数。そんなに日数を要するほどの証人調べが必要だったとは思えないのだが… それで、このten daysを具体的な日数ではなく「多くの日々」という意味だと解釈すると、「二日前には(two days ago)思いもしなかった」という数行後のセリフが気になる。文脈からこれは二日目の関係者への再質問開始の頃を言っているのでは?と思った。となるとインクエストの全経過期間は四日(三日かも)、こっちの方がしっくりくる。 (以下2023-7-17追記) p133 判事に黒帽子をかぶせる(give-a-man-a-black-cap-and-hand-him)◆黒帽子は死刑宣告時に裁判官がかぶるもの。 p134 よくできた探偵小説(a very good detective story)… 二十九章の“クローリイ・ウァームの説明---誰がハーマイオニ嬢を殺したか”(Chapter XXIX — ‘Crawley Worme Explains’ — who did kill Lady Hermione)◆細かい点だがイチャモン。章のタイトルは「クローリイ・ウァーム説明す」まで。その章の中の「誰がやった」と指摘する場面という事。探偵の名前が酷い。意訳すれば「ハイマワール・ミミズーン」 p135 一般的に裁判所の連中は頭のできがあまり良くない(seem quite such a fool as coroners generally are)◆原文は「検視官」に限定している。当時の検視官は選ばれたらほぼ終身身分であり、職務を監督する上席者はおらず、検視審問では(評決を除き)独裁権を有していた。運営ルールの詳細も漠然とした法と手引きがあるだけで、検視官相互の調整も無きに等しかった。 p139 料金前払いの海外電報(a special prepaid telegram)◆ここら辺、ある性向に関する説明を暗示してるのだろうか?(私は翻訳の初読時、その可能性を排除できないのでは?とちょっと思った) 何故かすぐ前の原文 He was, as sticks out very plainly from the evidence, a very decent person of his kind.が翻訳漏れ。試訳: 証言から全く明らかだと思うが、彼はその点では非常にまともなタイプだ。 p146 評決は無罪、さもなくば◆この語句は原文に付加しており、全く不要だと思う。全削除した方が意味が通じる |
No.5 | 6点 | 人並由真 | |
(2021/07/18 05:54登録) (ネタバレなし) 1930年代のイギリス。その年の7月11~12日の夜間にかけて、ロンドン郊外の高級住宅地で55歳の実業家マックスウェル・ブラントンが何者かに殺された。警察の捜査が進むにつれて被害者の乱れた生活が暴かれていくが、同時に容疑者はその夜、屋敷にいた10人前後の男女に絞られる。しかし裁判を経ても真相は不明で、スコットランドヤード捜査部の副総監エグハート・ルーカスは、同じ月の24日、他国で休暇中のアントニー・ルーヴェス・ゲスリン大佐に事件の関係の記録や資料を送り、応援を求めた。やがて8月6日に差出された、ゲスリン大佐からの返信には……。 1932年の英国作品(米国では、31年に先行発売)。 1970年代前半に刊行された創元推理文庫の販促パンフレット「創元推理コーナー」の何号だったかのなかで「ミステリ界の関係者たちに、各自が所蔵の稀覯本を自慢してもらおう」という企画があった。この趣向の話題は小鷹信光の「パパイラスの船」の中などにも、小鷹当人のちょっと苦い思い出として語られている。 そしてこの企画に参加した当時の数名のミステリ界の識者のひとりが、本書の原書を自慢げに引っ張り出してきた、かの都筑道夫である。 都筑は<前半の手紙のなかで手がかりがすべて開示され、読者は探偵役のゲスリン大佐とまったく同じスタンスで推理を競う本格派パズラー>という趣旨で、その魅力を語っていた。これが評者が、本作について初めてその存在を知ったとき。 その後、HMMに分載された(81年7~8月号)ときには、ああ、あの作品かと、当然ながら相応に興味は覚えたものの、今までも本サイトのレビューでさんざ書いてきたように、この時期のHMMの発掘長編の分載企画には、はなはだ懐疑的になっていたもので(何度もいうが、実は部分的に、こっそり抄訳していたりするからだ!)、いずれポケミスなりHM文庫になってから読めばいいや、と思っていた。そうしたら書籍化も2000年まで待たされ、さらに評者自身が読むのはそれから20余年を経た今夜であった。例によって長い長い道のりである。 そんなわけこんなわけでいささか身構えてしまう面もあったが、しかし紙幅的にはポケミスで、わずか本文170ページ弱(巻末の解説を別にして)。カーター・ブラウンよりちょっと厚いくらいで、しかも小説の形式の大半が手紙だったり、公判中の証言記録だったりするので、いわゆる小説的な地の文の人物描写の類は一切なし。正統派パズラーとしてはこれ以上なくサクサク読めるが、同時にこれは作者がそれだけ本気で読者に、しっかり考えて犯人を当てろよ、と言っているのだとも思う。 まあそれでも評者なんかは、証言の細かさの中に伏線や手がかりが仕込まれているのだろうと早めに推察し、これはとても手におえんと、途中で勝負を投げた(汗)。一応は、小説としての構造で、この辺りが犯人ならばショッキングだろうな、とアレコレ想いはしたが、これはまあ論理的な推理というわけじゃないね(大汗)。 それではたして終盤のゲスリンからの返信で明かされた真犯人の名前は結構な意外性。いや、その該当人物が本ボシと絞り込んでいくゲスリンの説明は、ああ、なるほどと感心するものもあれば、強引なしかも謎論理だろと言いたくなるようなムチャなものまでさまざま。しかし確かに、このクレイジー? な動機の真実だけはなかなかショッキングであった。某・幻影城世代作家たちのあの路線みたい。 ダイレクトに、作者と読者がストロングスタイルで勝負するフーダニットパズラーとして取り組むと正直やや微妙(部分的にはよくできてるかもしれん)だが、もうひとつ作品の奥に据えておいた妙な文芸で得点したような歯ごたえの作品。個人的には……好きだよ、こういうの。読んでいて面白かったかとストレートに問われると、それもまた微妙ではあるけれど。 |
No.4 | 5点 | nukkam | |
(2016/09/21 10:56登録) (ネタバレなしです) 本格派推理小説の黄金時代には謎を解く手掛かりを全て読者に提示するというフェアプレー精神を強調することも少なくなく、「読者への挑戦状」とか「手ががり脚注」などはその典型例でしょう。1931年発表のゲスリンシリーズ第5作の本書で採られた手法もなかなかユニークです。ゲスリンが海の向こうで起きた事件の真相を送られて来た裁判記録から読み取ろうとするプロットで、捜査活動には一切参加せず事件関係者と会ったり話したりもしていません。完璧に読者と同等の立場に立っているわけです。この手法は心理描写が得意でないマクドナルドの弱点を巧妙にカバーしていますが、同時に動機(犯人の心理)の説明が勝手な解釈にしか感じられないというという欠点にもつながっています。本格派嫌いの読者はよく「本格派推理小説は人間が存在感がなくて物語として全然面白くない」と指摘しますが、本書はその弱点が如実に現れた典型的なパズル・ストーリーです。 |
No.3 | 5点 | mini | |
(2014/05/01 09:54登録) 先月23日に論創社からアール・ノーマン「ロッポンギで殺されて」とフィリップ・マクドナルド「狂った殺人」が同時刊行された、ノーマンの方はハードボイルドだからなのか当サイトの登録は無視されてましたけど(苦笑) P・マク「狂った殺人」はカーが褒めていた事から海外古典マニア達の翻訳要望リストに再三挙げられていたもので満を持しての邦訳となったわけだが、創元文庫あたりが先に手を出すかと思ってたが創元は見送ってたね 「狂った殺人」は作者中期の最も脂ののってた時期である1931年の作で、前年の30年には「ライノクス殺人事件」、同年31年には他に「迷路」や別名義の「フライアーズ・パードン館の殺人」がある 「狂った殺人」と同じ年に出た「迷路」は英国作家のP・マクにしては米版が先に出て英版が出たのが翌年というのが珍しい、しかも先行した米版では原題名が異なっており、「迷路」というのは英版の原題からの直訳である 英米版の違いという点では他に「ライノクス」や「Xに対する逮捕状」なども英米でタイトルが違っている この「迷路」はドキュメントファイルだけを手掛りにゲスリン大佐が安楽椅子探偵法を展開する純粋なパズルミステリーとして知られている 捜査ファイルや書簡からの推理という設定から味気無いパズルかと先入観を持ってしまいそうだが案外とそうではない 当サイトでの空さんの御指摘通りで、事件に関する関係者の供述などは意外と物語性に富んでおり退屈しない、この辺は祖父がジョージ・マクドナルドという大衆物語作家の血筋か 例えが適切か分からないが、あのコリンズ「月長石」を極端にコンパクト化したような印象さえある ただその反面、ドキュメントファイルのみからの純粋パズルという本来の趣向が減殺されているという側面も否定出来ない 極論言えば結局は中途半端に普通の謎解きミステリーになっちゃったと言えなくも無い これだったらドキュメントや証言の部分などをわざと味気無い無機質ファイルみたいにした方が本来の趣向が活きたのではないかと思った |
No.2 | 6点 | 空 | |
(2009/03/19 22:13登録) 完全なフェアプレイ作品ということだったので、期待して読んだのですが… 確かに、構成からしても名探偵は読者と全く同じ情報からのみ(通常、名探偵が見聞きした情報を読者は読むという違いがあります)推理を進めていくのですが、そのこととミステリとしてのおもしろさは別でしょう。検死審問の記録にしては意外に飽きさせない、という程度です。事件解決の手がかりとそこから導き出される推理については、確かに納得はできるのですが、クイーンの国名シリーズほど驚くようなアクロバティックさはありませんでした。それより、後味のちょっと悪い犯人の動機がかなり印象に残ります。 |
No.1 | 6点 | こう | |
(2008/05/31 00:17登録) 屋敷で起きた殺人事件の検視法廷の証言記録のみを休暇中の探偵(ゲスリン大佐)が書簡として受け取り、遠方の地で犯人を指摘する書簡を送り返す構成です。 こういった手記、書簡のみの構成の作品は今でこそ珍しくないですが狙い自体は悪くないと思います。 ただ趣向は良いのですがフェアプレイで有名なマクドナルドの作品なのに犯人指摘の謎解き部分は腰くだけの感があります。 |