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ミステリの祭典

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平均点:6.24点 書評数:586件

プロフィール| 書評

No.366 10点 妖星伝(五)
半村良
(2020/06/14 13:18登録)
 来たるべき鬼道地獄祭のため伊那松沼十五ヵ村に腰を据えた鬼道衆たちは、赤目に守られた陋と呼ばれる亜空間=黄金城の扉を開こうと焦っていた。そして消失した外道皇帝に続き、ナガル、ムウルの二人の補陀落(ポータラカ)星人たちもまた、肉体を捨て新たな眠りに就く。そんな鬼道の動きを横目で窺うのは、権力欲に憑かれた政商・平田屋藤八。かれは鬼道の少年・頭(こうべ)の太郎を従え、宮比羅(クビラ)の日天と因陀羅(インダラ)の信三郎に先んじて黄金城を手に入れようとしていた。その手にあるのは謎の詰将棋図「将軍詰め」。
 一方、桜井俊策にひと目逢いたいと、噂を追ってはるばる松沼まで辿り着いた朱雀のお幾は、夢の世界を伝ってついに黄金城に達するがその城門は開かれず、門の寸前で足踏みを繰り返すだけだった。しょせん愛は虚像と彼女は悟り、俊策に別れを告げると、かつて暮らした信州上田へと向かう。皇帝により黄金城に導かれた日蓮宗不受布施派の師弟・日円と青円は、そんなお幾の姿に無限の哀しみを覚えるのだった。
 その頃、外道皇帝に対する反存在・天道尼を地獄祭の女王に据えんとする因陀羅の信三郎は、天の橋立で性の求道者・出雲の女之助に出会う。女之助と意気投合した信三郎は、永遠の女性を探し求めるかれと天道尼とをひそかに噛み合わせようと目論むが――
 (五)巻は雑誌「小説CLUB」昭和五十二(1977)年十一月号から、昭和五十四(1979)年一月号まで。時代背景は宝暦十(1760)年六月九日、徳川九代将軍第一の寵臣・大岡忠光が心臓発作で死去し、同月二十五日に九代家重が息子・家治に将軍職を譲り隠居するまで。目の上のこぶであった上司の死により田沼の前途は限りなく、舎弟・意誠(おきまさ)を一ツ橋家の家老に据えて後ろ盾も盤石。忠光の病死も作中では、平田屋に代わり田沼に食い込んだ政商・黒金屋正五郎の仕業とされています。ちなみに死んだ大岡忠光は、先代吉宗に重用された名奉行・大岡忠相の同族。
 凶花・泥食いもとうとう関東方面に到達し、大飢饉の訪れも間近に迫るころ。女之助と一体化し念力を失った天道尼はそのまま鬼道衆に連れ去られ、〈祭主さま〉として松沼の四道台(地獄祭の中心となる建物)に安置されることに。その指先から発した淡紅色の光はやがて松沼全土を満たし、光の屏風となって一種の結界(墺羅)を形成します。
 皇帝同様両性具有の身となり、生ける破戒仏と化した天道尼。四道台で繰り広げられる空前の淫祭。今まさに開かれんとする黄金城の扉、そしていよいよ明かされる秘伝の詰将棋「将軍詰め」の秘密とは――?
 いや盛大かつ壮絶にバカバカしくて、凄えわこりゃ(笑)。考えてみりゃあの『亜空間要塞』の作者だもんなあ。今回最大瞬間風速で見事山田風太郎超え達成したんで、久々に10点を進呈します。これさっぴいても時空論最高潮だし、間違いなく空前絶後の作品ですな。


No.365 5点 むくろ草紙
小林久三
(2020/06/12 10:47登録)
 茨城県古河市の旧家が取り壊されたとき、無数の白骨死体が発見された。郷土史研究グループは主宰者の辻本を中心に、その白骨が、江戸中期、藩医だった河口信任が死体解剖を行ったあと埋葬したものであることを突きとめた。「解体新書」よりも先に正確な人体解剖書「解屍篇」をあらわした信任は、当時入手困難だった死体を、どこから手に入れたのか? 研究グループは、復元された古河藩の地図を手がかりに、推理をおしすすめていくうち、辻本の死体が井戸の中から発見された。
 歴史推理と本格推理の融合をめざす乱歩賞作家・小林久三の意欲書下し長編。

 日影丈吉『夕潮』とともに探偵小説専門誌「幻影城」廃刊により、刊行されずに終わった〈幻影城ノベルス〉の中の一冊。それから間を置かず、雑誌「野生時代」昭和五十四(1979)年十一月号に一挙掲載ののち加筆され、翌五十五(1980)年四月に角川書店より出版。乱歩賞作家の余得でしょうか。他の未刊行作品には栗本薫版87分署というべき銀座署シリーズ第一作『さびしい死神』、『銀河英雄伝説』の原型作品で、李家豊名義で刊行される筈だった田中芳樹『銀河のチェス・ゲーム』、『匣の中の失楽』に続く竹本健治の第二長編『偶という名の惨劇』等があります。『偶~』については出るという話が何度か持ち上がっては消えてますが。
 上の解説は雑誌・幻影城版ですが、本編の流れも途中まではほぼ同じ。代々旧古河藩御側医を務めてきた名門・河口家の水塚(洪水時に避難するため、あらかじめ屋敷内に築かれた高台)から発見された十三体の白骨の謎を追うのは、記者生活に行き詰まりを覚え始めた東都新報支局採用の一通信員・横井章と、妙に暗い印象をあたえる郷土史研究家の中学教師・三輪田秀彦。盲目の未亡人・河口静江はかたくなに資料の提供を拒み、娘の謠子も母親と対立しながらも、やはり何かを隠しているよう。
 十二年前の三輪田の父親の失踪、雷電神社に寄進された庚申塔に残る「屍者多数―― 生けるまま・・・・・・」という奇怪な碑文、そこから生じる、約二百五十年前に河口信任が行ったのは屍体解剖ではなく、生体解剖だったのではないかという怖ろしい疑惑――
 さらに急傾斜になっている神社の石段から、事故を装い三輪田に転落させられかける横井。ハス沼に面した瘴気の澱む湿地帯・古河市の時の止まったような雰囲気と、全編を彩る墨絵のような陰鬱さに、横溝ブーム真っ只中のノリで装丁された、角川単行本のおどろおどろな表紙。来たるべき惨劇にいやが上にも期待が高まります。
 と思って読んでたらアレ? リアルな殺人発生とかは無く、『時の娘』風歴史ミステリとして、地味ながらも静かな感動を呼んで終了。途中の殺人未遂とか〈気の迷い〉で片付けてるけどいったい何だったの? それなりに仕上がってるし別にいいんだけど。
 何かキツネに抓まれたような読後感で、ちょっと意外。作者の構想練り直しの結果かもしれませんが、出来得るならやはり幻影城版のストーリーで読みたかったと思います。


No.364 6点 殺人者と恐喝者
カーター・ディクスン
(2020/06/11 08:57登録)
 一九三八年八月二十三日の蒸し暑い午後のこと、英国チェルテナムのフィッツハーバート街に住む美貌の若妻ヴィッキー・フェインは、同居人ヒューバート叔父から、弁護士の夫アーサーが自宅のソファーで、十九歳の少女ポリー・アレンを絞殺した事実を告げられる。
 事件が起きる前から夫を激しく嫌悪するようになっていた彼女だが、工兵連隊大尉フランク・シャープレスに惹かれているとはいえ、まる二年連れ添った夫を告発することは出来なかった。明日はそのシャープレスが他の客人たちと共に夕食に訪れるのだ。ゆすり屋のヒューバートは居直り、ヴィッキーの消耗に拍車を掛ける。
 一方、シャープレスの友人で伝記専門のゴーストライター、フィリップ・コートニーは、フェイン夫妻の隣人アダムズ少佐の来客になっているヘンリー・メリヴェール卿の口述を聞き取り、彼の一大回想録を代筆していた。友人にヴィッキーへの想いを打ち明けられ、今夜問題の人妻の住む〈憩いの場所(ザ・ネスト)〉で行われるという催眠実験に、一抹の不安を覚えながら。
 それから間もなく州警察長官レース大佐からH・Mの元に、ザ・ネストでアーサー・フェインがその夫人に刺殺されたとの連絡が入る。しかもそれはある意味ヴィッキーを含むその場の誰にも不可能な、特殊状況の下での犯行だった――
 1941年発表。『九人と死で十人だ』に続くメリヴェール卿シリーズ第12長編で、同年には『連続殺人事件』『猫と鼠の殺人(嘲るものの座)』などのフェル博士ものも執筆されています。今回の使用テキストは原書房の森英俊訳。まあこれが一番無難なのではないかと。
 小技の組み合わせといった感じである意味しょうもないトリックしか使われていませんが、鮮やかな反転とそれを補強する作劇が達者。問題部分の描写は少々疑問符付きですが、他の所で埋め合わせてあるのでまあ良しとしましょう。正直催眠術関連がムリクリなのではと危惧してたんですが、そんなに違和感無かったです。合間に挟まるH・Mの悪ガキ回想シーンもスパイスになってて読み易いし。
 それよりも難点なのは犯行が綱渡り過ぎるとこですかね。室内の目線があの瞬間ただ一点に集中するのは納得できますが、あれほどの短時間で一連の動作がこなせるとは思えません。また実験に完全にタイミングを合わせるのは難しいのではないかな。焦りもあるだろうし。かなりの意欲作なのは間違いないですが、そのへんは減点対象。
 小ぶりな割にはなかなか面白いけど、佳作ではないですね。ややおまけして6.5点。アン・ブラウニングが襲われるシーンを付け加えたり、ラストの活劇でもまだ騙してやろうとしてるところは好きです。


No.363 6点 死の相続
セオドア・ロスコー
(2020/06/10 10:43登録)
 一九三五年、ニューヨーク。弁護士(メトル)ピエール・トゥーセリーネと名乗るその小柄な黒人は、遺産相続に参加せよとの知らせを携えて、四十三番通りに面した画家E・E・カーターズホール(カート)のアトリエを訪れた。彼のモデルを務める恋人パトリシア・デイル(ピート)のかつての代父、イーライ・プラフトウッドが、ハイチ共和国カパイシアンの自邸で殺害されたのだという。
 アンクル・イーライはハイチ有数のサトウキビ農園をはじめ、砂糖やラム酒の精製・醸造所、漁業権、貯蓄や金貨債権など、地元に莫大な資産を有していたが、彼の風変わりな遺書に従い明日のうちにハイチへ旅立ち、葬儀に列席し遺言を聞かなければ、ピートの相続権は失われてしまうのだ。
 展覧会出品の肖像画製作に行き詰まったカートは、遺産相続を渋るピートを焚き付け、マイアミから水上飛行機で一路、カパイシアンのモルン・ノワールへと旅立つが・・・
 第二次世界大戦前に活躍したアメリカのパルプ作家、セオドア・ロスコーの長編パニックミステリ。1935年発表。現地に到着するや否や、用意された紫檀の棺桶を担いで丘の上まで大行進。ヴードゥーの司祭は枯れ枝にヤギの死骸を吊るし、蠟燭を振りながらグラバ、グラバと踊り出す。ゾンビの復活を阻止する為にハンマーで鉄杭が打ち込まれ、ロバに引っ張られた六トンの天使像が墓の上に置かれて葬儀は終了。
 楽しい葬式が終わると相続人がモルン・ノワールに集合。ほぼ全員が重犯罪者か殺人経験者の使用人たちという、これまた濃いメンツ揃いで、おまけに遺言状の内容は第一~第八相続人を指定し、第一が死ねば第二に、第二が死ねば次の相続人にと、全ての権利が順繰りに移譲されてゆくというもの。ちなみにピートの相続権は最後の最後。帰りの切符代もなく、カップルの顔には盛大にタテ線が入ります。
 とにかく二十四時間居残ってみようかと、腹を据えるや銃声が響き渡り、そのあとは殺人につぐ殺人。電話線は切られるわ、口先三寸で容疑者に仕立て上げられるわ、虫の好かない憲兵隊長に短機関銃突きつけられて絵を描かされるわ、朽ちかけた邸の中では緊迫感に満ちたシーンの連続。外に出ても狂気の連鎖は収まらず、カコの暴動からゾンビの復活、アンクル・イーライの墓への生き埋めと、とんでもない展開が待ち構えています。
 特筆すべきムードに対し、果たしてその結末は・・・うん、やっぱりB級パルプだわこりゃ。最後まで考えてあるし、それなりに面白いんですけどね。怪奇性はホントに凄いんで、毛色の変わった世界にドップリ浸ってみたい人にはいいかも。でもあまり高得点は付けられません。6点作品。


No.362 7点 ミイラ志願
高木彬光
(2020/06/08 08:04登録)
 表題作のみ雑誌「小説現代」に昭和三十九(1964)年九月掲載と突出して古いが、それ以外は昭和四十五(1970)年八月から昭和四十八(1973)年二月にかけて、おおむね『帝国の死角』や墨野隴人シリーズの開始と並行して「小説宝石」「別冊小説宝石」などに発表された歴史連作。全九篇のタイトルは全て「~志願」で統一されている。
 情念の作家・高木彬光の面目躍如というべき作品集で粒が揃っており、特に「ミイラ志願」の蟻の這い出る隙もない怖さは出色。出羽三山の生き仏=即身仏に絡まる異説を扱ったものだが、短いながらも念入りに構築された、非常に完成度の高い恐怖小説である。
 江戸の後期天保三(1832)年のこと。過酷な修行に耐え即身仏(ミイラ化した死体)となる事を志願し捕縛を免れるため、出羽国湯殿山の注連寺本堂へ駆けこんで来た凶賊六助が、即身仏の誕生に奇妙な執念を燃やす住職・恵海和尚に徹底的に利用され、生き仏・英山上人として入定するまでの約十年の歳月を描いた短編。発端は似ていても、菊池寛『恩讐の彼方に』のような浄化による感動はカケラも無い。
 六助は処刑を逃れようと寺へ入った瞬間から冷酷無慚な運命にガッチリ捕捉され、骨と皮ばかりになってもなお生への執着を燃やしもがき足掻くが、活路は既に奪われており、後はただ即身仏=ミイラ化に向けて突き進んでゆくだけである。「こちらの料理しだいじゃ」という恵海の言葉通り、定められた結末から逃れる術はもはや無い。国内恐怖短編百選には、必ず入るであろう作品。
 これに続くのは乱世に自由を求め続けた男、今川氏真の流転の人生譚「乞食志願」か、世論の軽薄さに徹底的に背き続ける元赤穂藩士・高田郡兵衛の物語「不義士志願」だろうか。両篇とも強烈な皮肉が効いている。
 「歴史読本」昭和四十五(1970)年八月掲載の関ヶ原if「妖怪志願」までの四篇は史伝要素のみだが、第七話「首斬り志願」を筆頭に、後半からはミステリ的な隠し味が強くなる。織田信長の影武者を扱った「偽首志願」とSFもどきの「妖怪~」は落ちるものの、「飲醤志願」以下の収録作は今でもそこそこ読める。作者の資質とよく合致した短編集である。採点は表題作の分1点プラスして、合計7点。


No.361 7点 帝国の死角
高木彬光
(2020/06/06 08:57登録)
 二部構成の野心作。第一部「天皇の密使」は昭和四十五(1970)年十月より昭和四十六(1971)年二月まで、第二部「神々の黄昏」は一部完結から半年ほどインターバルを置いた後、昭和四十六(1971)年九月より昭和四十七(1972)年四月まで、いずれも光文社「小説宝石」誌上にて連載。
 長編としては検事霧島三郎シリーズ『灰の女』や墨野隴人シリーズ第一作『黄金の鍵』、連合赤軍事件を扱ったノンフィクション『神曲地獄篇』などの間に挟まり、短編については歴史連作『ミイラ志願』所収の各編執筆中にあたる。作家生活の中期から後期に差し掛かるころ、再び本格への意欲を燃やし始めた時期の作品。
 構成に大きな仕掛けがあるが、いわゆる叙述トリックではない。ブッキッシュではあるけれど、他作品とはそこが違う。強いて言えば読者を標的にした情報操作系。一応黒幕はいるが、かといって全てを知悉している訳でもない。彼も知らないいくつかの偶然が重なって読者を幻惑し、それが誤った認識をさらに強化する方向に繋がってゆく。徹底して読み手を罠に嵌めるため作られている、かなりタチの悪い小説である(笑)。
 人間とは常に物語を作ることによって生きている動物である。それは時に判断とも呼ばれる。AとBとを突き合わせて無意識に大筋を作り、事後情報CDEがそれを補強すれば、より確からしい筋になる。さらに畑違いのルートからの裏付けFがあれば、慎重な人でも「まあ信じていいかな」となる訳である。本書は設定に嘘と真実とを搗き混ぜることで、巧みに読者を誘導している。
 ただ面白いとはいかない。作品の構造上仕方ない事だが、全体の六割を超える下巻部分は大半地味で退屈。上巻があるとはいえ、娯楽性との両立には失敗している。あるいはそんなものは見切って、初めから捨てているのかもしれないが。
 構想は素晴らしいが万人受けする作品ではなく、かなりのマニア向け。高木長編ベスト3に入ってもおかしくはないが、他の二作からは少々離されると思う。


No.360 9点 妖星伝(四)
半村良
(2020/06/04 07:39登録)
 両性具有の破戒仏と化した外道皇帝は、淫風に桜井俊策と父母の静海・久恵を巻き込み、彼らの死とともに田沼屋敷から消え去った。そして日蓮宗不受布施派の師弟・日円と青円は、日円が会得する沈時術(時間停止術)の本質に迫り、鬼道衆に先んじて遂に千年の本拠地・黄金城に辿り着く。だがそこは皇帝によって作り出されたこの世ならぬ場所、陋と呼ばれる亜空間だった。
 この世にくくりつけられた小さな袋というべきその空間では、死んだはずの静海たち三人が日円一行を出迎える。外道皇帝の主観の世界である陋では、どんな事でも起こり得るのだ。皇帝はその場所で彼らにある役目を与えようとしていた。
 夢術の使い手・頭(こうべ)の夢助の感知した怪夢と、精神攻撃を受けた天道尼が快楽中に発した言葉から、黄金城の出現を知った鬼道衆・宮比羅(クビラ)の日天と因陀羅(インダラ)の信三郎も、異界との接点である伊那松沼二十一ヵ村に急行するが、妖怪長者の夢を通じて黄金城内へ達した信三郎は、聖域の番人である赤目に撃退されてしまう。もともと陋に生を享けた者である赤目たちは、生身のままで紀州胎内道と幽界とを自在に往来できるのだ。鬼道衆は松沼の十五ヵ村を皆殺しにし村人たちと入れ替わったものの、黄金城には手を付けられなかった。
 一方恋人と引き裂かれた元鬼道の朱雀のお幾は、美濃・郡上の一揆を指揮する栗山定十郎と共に、亡き俊策の行方を探し松沼を彷徨う。三保の松原で鬼道衆に敗れ地に伏した天道尼も、つかの間の安らぎを求めて漁師・春吉に抱かれていた。
 そして彼らの全てを巻き込む百十年に一度の大祭・鬼道地獄祭も、凶花・泥食いの北上と併せ、間近に迫っていた――
 (四)巻は雑誌「小説CLUB」昭和五十一(1976)年十一月号から、昭和五十二(1977)年十月号まで。時代背景は宝暦七(1757)年から宝暦八(1758)年にかけて。田沼意次が美濃国郡上藩主・金森頼錦の裁判(郡上一揆)にあたるために一万石の大名に取り立てられ、御三卿清水家にも食い込み着々と足場固めをしている頃のこと。一揆侍・栗山の努力は全て、鬼道衆による田沼躍進のために利用されていきます。
 仏典準拠の科学的考察もますます快調。大いなる流れの現実世界である劫(頌劫)と、卑小にして閉ざされた世界である陋(呪陋)。極大と極小、虚実の意味を絡めた時空論はやがて、滅びからの救いとなる霊的進化への道を指し示す事に。地球妖星化の元凶である外道皇帝の目的とは、いったい何か? そして飽くなき権力を欲する鬼道の政商・平田屋藤八が掴んだ、黄金城への扉を開く鍵となる徳川秘蔵の詰将棋図「将軍詰め」の意味とは?
 未曾有の大河伝奇SF「妖星伝」。次巻鬼道地獄祭篇「天道の巻」にて、事実上の完結を迎えます。


No.359 6点 捕獲された男
多岐川恭
(2020/06/01 18:55登録)
 戸田和光氏の多岐川恭著作リスト(若干改訂版) http://www7b.biglobe.ne.jp/~tdk_tdk/takigawa1.html
に依れば、たぶん著者二十三冊目のミステリ作品集。寡作なイメージのある多岐川だが、実際にはコンスタントに長短編を量産した多作家で、桃源社を中心にどう数えても四十冊以上の短編集を刊行している(もちろん時代小説は除く)。
 ただ最初期の『落ちる』『黒い木の葉』以外は、オール未文庫化。「昭和40年代前後に刊行された推理小説の短編集は、笑ってしまうくらいに、一冊も文庫化されていない」らしい。国会図書館ですら完全に揃ってはいないようだ。今持って『落ちる』未読の評者は、多岐川短編にはアンソロジー収録作「笑う男」「黒い木の葉」「みかん山」位しか接していない。よって纏まった作品集に当たるのは、ツテを辿って借りたコレが初である。なお、もののついでにamazonも調べたが、本書の存在は影も形も無い。
 収録作は表題作のほか、ご一緒にどうぞ/イン・プレイ/炎と繩梯子/酔いどれデカ/結末の終り/蠟燭を持つ犬/鼠の笑い の全八篇。アンソロジー向きのスタンダードなタイプが少ないのと後半が弱いのとが難だが、いずれもこの作者らしい後を引く読後感で、癖のある男女関係は長編同様のもの。特に前半四作品は読み応えがある。
 「捕獲された男」は捨てたはずの財閥令嬢に絡め取られ、死んだような存在と化していた男が、ある事件を切っ掛けに全てを吹っ切り、この作者お馴染みのニヒルな存在に変貌するストーリー。心中直前に憎いヤツの殺害を試みるカップルの物語「ご一緒にどうぞ」と同じく、多岐川長編の縮刷版といった趣がある。
 編中トップは女嫌いの脅迫者とその甥っ子、彼に恋する少女と脅迫相手のハイソカップルを巡る人間模様「炎と繩梯子」。少年の理想像が崩れる様は、久生十蘭「母子像」を思わせる。賭けゴルフを利用した殺人計画「イン・プレイ」も、加害者側まで不確定要素モリモリで、一筋縄ではいかない。
 これらに比べると「酔いどれデカ」「蠟燭を持つ犬」はちょっと強引な構成。後者のセオリーを外した異様なムードは買えるが、トリックは完全に無理筋。残りの二篇「結末の終り」「鼠の笑い」はやや短めで、それ程の出来ではない。
 総合すると粒揃いとはいかないが十分及第の6.5点。この後『指先の女』も借りることになっているが、この分だとそっちにもかなり期待が持てる。


No.358 6点 小鬼の市
ヘレン・マクロイ
(2020/05/31 00:15登録)
 第二次大戦さなかの一九四三年一月。東洋→中南米と世界を渡り歩き、スペインと深い関わりを持つカリブの島国サンタ・テレサに流れ着いた文無しの男性フィリップ・スタークは、アメリカ・オクシデンタル通信社の支局長ピーター・ハロランの急死を新聞で知るやいなや、すかさずオクシデンタル本社へ求職の電信を打ち、まんまとその後釜に居座った。
 スタークはそのまま本社の命を受け、ハロランの死をめぐる不審な状況を調べ始める。被害者が転落直前にタイプライターに打ち残した"fyi max"の意味、廊下側のドア床にこぼれた蠟燭の跡、台帳から持ち去られた一六〇番の電報用紙――そして、彼が死ぬ前に口にしていた謎の言葉"小鬼の市(ゴブリン・マーケット)"
 いくつかの証拠に加え、胃潰瘍だったハロランが飲むはずのないウィスキー瓶がオフィスに置かれていたことから、プエルタ・ビエハ警察に殺人事件としての捜査を要請するスターク。だが署長のウリサール警部は彼の指摘を黙殺し、いっかな動こうとはしない。
 ウリサールの反応に苛立つスタークだが、ふと署長の手首に、平行する三本の短い直線を覗き見て戦慄する。それは支局長に着任したばかりの昨夜のこと、波止場の暗闇から彼の首を折ろうと襲いかかってきた男の、手首にあった印と同じものだった――
 『家蠅とカナリア』に続くウィリング博士シリーズの第六長篇で、1943年発表の戦中ミステリ。解説によると「マクロイが大胆なシフトチェンジを試みた野心作」で、サスペンスの筆法ながら代表作の次作だけに謎解きにも手抜きのない、かなり贅沢な作品です。
 現地の警察署長すら信頼できず、主人公のスタークを含め〈どいつもこいつも怪しい〉状況下で進行するストーリー。"小鬼の市"をはじめとする暗号めいた被害者の置き土産や、意味ありげな証拠がてんこもり。トラブルの方から勝手に押し掛けてくる展開で飽きさせません。
 それでいて単調な味付けでもない。蠟燭に「人間の脂肪」が含まれていたと分かるシーンにはゾクっとします。このへんゴシックの香りが残るホームズ調サスペンスですね。謀略スリラーの一方では、丁寧にそういうのを踏んでます。
 その手のガジェットがわりとすぐ否定されていって、最後にさわやかに霧が晴れる構成。手掛かりが日本人向けでないのが難ですが、後出し気味のもあるとはいえ最後は怒濤の伏線攻撃。煌めくような所はそんなにありませんがキモとなる箇所は押さえており、十分に満足のいく出来栄えです。
 きびきびした筆致と女性作家らしい服飾センス、確かな美術知識なども良いアクセント。大戦中の状況などを知るともっと楽しめる作品。ただし佳作にはやや及ばず、点数は7点に近い6.5点。
 戦史だとこの頃はスターリングラードとミッドウェーとエル・アラメインの後で枢軸タコ殴り、大西洋では戦艦や巡洋艦が全部追っ払われて、頼みのUボートも二、三ヶ月後には駆逐されるんですよね。ナチズムへの嫌悪より"ゴブリン・マーケット"への反感が目立つのも、戦局が定まり先を見据える目線が生じたからだと思います。


No.357 5点 ミステリー作家の休日
小泉喜美子
(2020/05/30 07:26登録)
 昭和六十(1985)年三月に刊行された、著者の第八短編集。表題作含む六編を収録。連作シリーズを含めれば作品集としてはちょうど十冊目に当たる。次作『男は夢の中で死ね』と同じく作者の急逝前に刊行されたものだが、収録作の発表期間は『ダイナマイト円舞曲(ワルツ)』で10年ぶりのカムバックを果たした前後から、事故死までの約十年と幅広い。が、洒落ているとはいえキラリと光るものは少ない。kanamoriさんが仰るとおり、ぶっちゃけ拾遺集である。
 〈都会派傑作集〉とあるように、ミステリとしてはこれまで以上に微妙な作品が多い。その中で論理性が高いのは表題作だが、この作者の持ち味はあまり出ていない。日常の中の妖しさを描いてらしいのは、「昼下がりの童貞」と「本格的にミステリー」か。
 個人的に推したいのは最も発表年代の古い「青い錦絵」。歌舞伎の弁天小僧を題材に本歌取りしたものだが、雰囲気たっぷりの怪しさと磯の香りがなかなか良い。ちょっと乱歩好みなところもある。トリの「パリの扇」は初期レビューの内輪話。ヘレン・マクロイ「燕京綺譚」を意識した語り口だが艶笑譚に近く、広義の意味まで含めてもミステリからは遠い。
 総じて口当たりは悪くないが、「青い錦絵」以外は内容が軽すぎる。こういうのも好きではあるが、本書の場合雰囲気で流した作品が多く、あまり高くは評価出来ない。


No.356 7点 婆沙羅(ばさら)
山田風太郎
(2020/05/28 13:56登録)
 元弘二/正慶元(1332)年二月末日、鎌倉倒幕の挙兵に失敗した後醍醐天皇は、幕府軍に笠置山で捕えられ、隠岐島への遠流を間近に控えていた。その宰領役に選ばれた近江半国の守護大名・佐々木道誉は、魔風のごときものを放つ妖天皇に魅せられ、牢中での側妾えらびの秘儀に立ち会うことになる。それはかれに百獣横行の乱世の訪れと、魔星たちの到来とを予感させた! 混沌の時代を綺羅をかざり放埓狼藉をきわめ、したたかに生きぬいた稀代の婆沙羅大名の生涯を描く、絢爛妖美の時代絵巻。
 『室町少年倶楽部』所収の各中編とほぼ並行して連載された、作者晩年の時代長編。雑誌「小説現代」平成二(1990)年一、二月号掲載。忍法帖シリーズ⇔『妖説太閤記』の関係性に習えば、室町ものの帝王本記(平岡正明に拠る)に位置付けられ、長編としては短めながらその密度は高い。
 京極氏は鎌倉~室町時代のみならず、安土桃山から江戸~明治期に至るまで、時の権力に食い込みながらしぶとく生き残ってきた一族だが、これ以前に中興の祖としての佐々木道誉(京極高氏)を取り上げた時代小説は無く、本編はその嚆矢に当たるもの。『妖説~』の藤吉郎同様、妖帝・後醍醐の影響を受けてこの世を食うか食われるかの魔界と喝破し、神将・楠木正成や『徒然草』の兼好法師と戯れながら、〈己のやりたいことをやる〉ためにあらゆるものを踏みつぶしてゆく、主人公・道誉の権謀術数が活写される。ただし晩年の作だけに、ギトギトぶりは薄め。あと省略が効率的なので、『八犬傳』と同じく『太平記』のダイジェスト版としても読める。
 薄味とはいえ将軍兄弟に対する遣り口はかなりエグい(特に尊氏)。秀吉もそうだが道誉も平穏には縁の無い人間なので、世が治まりかけると逆に、食うか食われるかの過酷さは増してくる。
 だがいかに足掻こうとも安定した治世の訪れとともに、彼らは確実に排除されてしまう。『妖説太閤記』よりも物語の肉付けが薄いだけに、ラストではそうした無常観を強く感じた。


No.355 7点 棒がいっぽん
高野文子
(2020/05/28 09:55登録)
 徘徊する齢83歳の老婆を終始愛らしい幼女として描写した戦慄の傑作「田辺のつる」(雑誌「漫金超」創刊・1980年春号掲載)で世を震撼させ、大友克洋『童夢』などとともに当時、漫画界ニューウェーブの旗手と目された天才作家、高野文子の第三短編集。1987年9月から1992年11月まで各少女誌に掲載された4作品と、1993、1994年に「マガジンハウス」社各誌に連載された2作品から成る。時期としては、ゆるゆる漫画『るきさん』(作者はあまり気に入ってないようだが)の連載前後にあたる。
 通底するテーマは「日常」。積み重ねられる生活や回想の彼方の一コマ、あるいははっとするような瞬間を、様々なシチュエーションで描いたもの。とある工業団地で静かに暮らす若夫婦や子供の頃の日々、中にはコロボックルの都会生活なんてのもある。デビュー前後ほど衝撃的な内容ではないが、ゆったりした語り口で絵柄も安定しており、作品としてはこの頃がいちばん好きである。漫画的にもロングショットや俯瞰など様々な技法を駆使しており、タメの後での16~17Pの見開きなどは一気に迫ってきて思わずウルっと来る。
 コマ割りを用いた漫画ならではの巧みさはいずれも出色であるが、本サイト系の押し作品はトリの「奥村さんのお茄子」。ある日突然未来人とも宇宙人ともつかぬ女性がやってきて(もちろん人間でもない)、「二十五年まえの六月六日木曜日のお昼に何めしあがりました?」と唐突に聞いてくる。結末の解釈をめぐりネット上で様々な議論を起こした問題作だが、他の作品同様タッチは終始どこかユーモラスで、ふわふわである(時に怖さも仄見えるが)。
 次点は短編連作「東京コロボックル」。テレビの中に住んだり(豊富な電力を利用したオール電化生活!)人間の肩に乗って通勤したり(会社はロッカーの上にほったらかしてある紙袋の中)、通気ダクトを改造してサバイバル生活を送ったり洗濯機の水槽でカヌーに乗ったりと、短いながらも痒い所を擽る面白さ。佐藤さとるやいぬいとみこの諸作品を参考にしたらしい。これに限らず、「奥村さん~」のうどんを使ったビデオテープや「病気になったトモコさん」の各ガジェットなど、全般に小道具の使い方は上手い。軽めだが円熟の味である。


No.354 6点 草の根
スチュアート・ウッズ
(2020/05/26 08:40登録)
 ジョージア州の元知事ビリー・リーを父に持ち、地元出身の偉大な上院議員ベンジャミン・カーの元で、予算と運営に精通したエキスパートとして第一秘書の責務をこなしてきた弁護士、ウィル・リー。議員から厚く信頼される彼は、次の新人選挙での全面的な協力と二百万ドルの支援を約束され、天にも昇る心地だった。CIAの重職に就いたばかりの恋人、キャサリン・ルールとの仲も順調で結婚も間近な身だ。
 だがワシントンから故郷の田舎町デラノに帰省してすぐ、半ば強制的にレイプ殺人事件の公選弁護人に任命された時から風向きが変わってくる。容疑者ラリー・ユージン・ムーディーは暖房炉の修理工で二十五歳の白人男性、被害者のサラ・コールはベニントン大学で奨学金を受けた褐色の才媛で、裕福な農場で育てられた美女。プアー・ホワイトVS富裕な黒人層の厄介な裁判だった。ウィルは弁護を渋るが、担当のボッグズ判事はそれを許可しない。
 そんな折も折、ベン・カー議員が突然脳卒中の発作を起こし倒れたとの急報がデラノに届く。ウィルは急遽ワシントンに戻り事態を収拾しようとするが、失語症に陥った上院議員は引退を決意し自分の議席を勝ち取れと、不自由な身体を推して病床からウィルに立候補せよと促すのだった――
 1989年発表。合衆国南部の架空の街ジョージア州デラノを舞台に、未曾有の連続殺人と三代に渡る時代の変遷を描いた大河小説『警察署長』。著者スチュアート・ウッズはその後も初代署長ウィル・ヘンリー・リーの血統を主役に据えた小説を執筆し続けており、それらの作品群は通称"Will Lee novels"と呼ばれています。本書は『潜行』に続き発表されたシリーズ第四作にあたるもの。
 一作目が警察小説、次作が青春小説、三作目がスパイ小説ときて、四作目は法廷+警察小説。でもメインとなるのはタイトル通り選挙戦。『警察署長』の終盤でもウィルの父ビリーの州知事選が大きなウェイトを占めていましたが、本編で上院議員の座を争うのはウィルその人。変化球続きの前々作・前作とは異なり、アメリカ社会そのものを題材にしたボリュームたっぷりの正統続編。
 『風に乗って』でヨットを操って以来の主人公で、満を持して政界進出を狙うのはウィルことウィリアム・ヘンリー・リー四世。事件の背後で陰謀集団が怪しく蠢くのもいつものお約束。誹謗中傷から各種スキャンダル、事故に見せかけた殺人から銃器を用いた暗殺へと、表裏の手段を選ばずウィルへの攻撃は続きます。
 民主党予備選挙から裁判の決着と共和党候補との一連の決戦を描く、山あり谷ありの三部構成。選挙戦と極右犯罪捜査のABパートが交互に重なり、やがて一つに収斂していきます。度重なるテロ事件を追うのはパートナーを爆殺された元警官。サービス満点の展開は『24』を髣髴させる海外ドラマ調ですが、これまでの積み重ねもありそれほど軽くは感じません。時間軸上の広がりはありませんが、処女作同様厚みのある小説です。ただし多少類型的にも思えるので、点数は6.5点。


No.353 6点 雨女
泡坂妻夫
(2020/05/25 04:24登録)
 昭和63(1988)年10月から平成2(1990)年11月にかけて、雑誌「小説宝石」「EQ」に発表された六本を収めた短編集。長編の方だと『斜光』や『黒き舞楽』に取り掛かっていたころ。第103回直木賞受賞の『蔭桔梗』や、ショートショート集『泡坂妻夫の怖い話』『泡亭の一夜』等の収録作とも時期は被る。しっとり系に力を注いだ分この前後の作品は、「奇跡の男」「妖異蛸男」など、雑誌「EQ」掲載のものにミステリの力作が多い。二部構成の本書もその例に洩れない。
 抜きん出ているのはやはり「ぼくたちの太陽」。〈三人以上の複数人物が同姓同名〉という趣向は鮎川哲也「王を探せ」位しか思い付かないが、本編の場合もう少し捻っていて、登場人物たちの緩めの行動や不可能興味と組み合わせる事で良い味を出している。『亜愛一郎の逃亡』所収「双頭の蛸」の舞台である、釧路の霧昇湖近辺が殺人現場に設定されている。
 これに続くのはトリの「凶手の影」で、行動は同じく緩めでも、こちらはややホラー風味。パーツ挿げ替えトリックだが、解決がやや雑で鮮やかに感じられないのが難か。暴力的ではないが、うま鮨の若旦那の行動はかなり怖い。この辺同時期に執筆されたショートショートの影響があるような。
 短編「煙の殺意」の望月警部&斧技官が再登場する「危険なステーキ」は少々期待外れ。ハイジャックに食中毒と派手な題材の割に、悪い意味で解決が常識的。小さく纏まってしまっている。
 流石にこの時期になると目を瞠るような短編は少ないが、本書は結構踏ん張っている。過去作とクロスする要素もあり、初期のトリッキーさを感じさせる最後の作品集だと思う。


No.352 8点 妖星伝(三)
半村良
(2020/05/23 09:33登録)
 ナガルの小太郎とムウルの星之介、〈お宝さま〉こと転生者・外道皇帝。三人の補陀落(ポータラカ)星人の意志により、東西鬼道の和は成った。造怪術の術くらべによりこれまでの確執を捨て、鬼道千年の本拠地・黄金城を探し求める宮比羅(クビラ)の日天と因陀羅(インダラ)の信三郎。
 そして彼らに闇の旦那こと飛行皇帝(転輪王)を加えた、四人の補陀落星人たちの精神のたたかいは、夜空に泛ぶ四天王の姿を取り天空を揺らす。この星の進化に介入し、地獄そのものにした罪を問われる外道皇帝。だが彼はじりじりと大きさを増して闇の旦那を追い、四天王像は皇帝をナガルとムウルが支える三尊のかたちに変化した。転生を繰り返す真の外道皇帝の力は、三者をも圧倒するものなのだ。
 しかし因果律を操ったが故に、皇帝を滅ぼす反存在となる歪もまた生まれていた。それは鬼道につらなる黒金屋正五郎の娘・天道尼。彼女はこの世の外に生を享けたものを外魔と断じ、外道皇帝と等しき超常力をもって鬼道衆を駆逐する。
 一方、闇の旦那に逆心を植え込まれた因陀羅の腹心・平田屋藤八は、この世で最も強大な権力を摑むため、信三郎と日天を蹴落とし天道尼とも繋がろうとしていた――
 (三)巻は雑誌「小説CLUB」昭和五十(1975)年九月号から、昭和五十一(1976)年九月号まで。時代背景ははっきりしませんが、田沼意次が三千石の下賜を受け禄高五千石となったばかりとあるので、おおむね宝暦五(1755)年頃のことでしょうか。作中では足利学校所蔵のUFO伝承「降魔録」全十二巻のうち一巻を、将軍家に献上した見返りとされています。
 鬼道十二門筆頭として古来からの序列や掟を墨守してきた東の日天。それに対しこれからは情報が要になると見抜き、門の垣根を破って遠視・遠話・遠聴の諸術を配下に習得させ、個人同士の戦いから組織戦への移行を進める西の信三郎。守旧派と革新派、それぞれのトップとして対立する両者ですが、〈組織の硬直化〉を実感するにつれ、日天もいろいろ思うところが多かったようです。戦いの中で既に実力を認めていることもあり、和解後の拗れは一切見られません。
 そんな彼らから弾き出された格好なのは、紀州胎内道を抜けた朱雀のお幾。信三郎に抱かれ鬼道衆間の二重スパイを務めていた彼女ですが、日天の子・双子のかたわれ朧丸に犯されることで桜井俊策との縁(えにし)も終り、再び江戸へと向かう恋人を見送ります。俊策はそのまま妹・久恵、鬼道衆・静海の夫婦と共に、〈お宝さま〉を田沼屋敷で見守る事に。
 仏典を題材に語られる時間・空間論〈時とは物事が変化すること〉〈物の変化がなければ、時は流れない〉により、核心部分が姿を見せる第三巻。最後はこう閉じられます。

 その時すでに、広大な宇宙の一角で、そのような考えをまったく覆す、異常なものが発生していたのであった。
 それは、意志を持った時間、であった。


No.351 6点 木に登る犬
日下圭介
(2020/05/21 14:31登録)
 『鶯を呼ぶ少年』と併せ1982年に第35回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した表題作を含む、著者の第三短編集。ちなみにこの時の長編賞は辻真先『アリスの国の殺人』。雑誌「問題小説」「オール讀物」「小説宝石」などに昭和年五十三(1978)年10月から昭和五十七(1982)年3月にかけて掲載された短篇十本を収録したもので、朝日新聞整理部を辞め作家業に専念する数年前の時期にあたります。
 新書判の紹介には地味ながら手堅く、動植物や昆虫を脇役に配した作風とありますが、それだけではありません。新聞記者出身ながらドキュメントよりもフランスの心理ミステリーを好むとある通り、本書を読むとむしろごく普通の人間が殺意を抱く瞬間や、疑惑を募らせる心の動き、さらにそれを利用した話の転がし方が上手い作家さんであるという印象を持ちます。作風は暗めですが、ミステリのコツを熟知している人です。
 そのあたりがよく出たのが疑心暗鬼の虜となった盲人の心理を描く「闇の奢り」。ある程度予測できる結末ですが、それでも良い仕上がりです。次に来るのは表題作か、単純にして効果的なトリックと動物オチでバランスのいい「遅すぎた手紙」。「夫の犯罪」や「奪われた遺書」も、変わった展開と切り口でなかなかのもの。
 全体に突出したものは無い代わりにハズレも少ない、安心して読める作品ばかりで、採点は6.5点。ただ、佳作とするにはもう一味欲しいところです。


No.350 6点 読後焼却のこと
ヘレン・マクロイ
(2020/05/19 10:50登録)
 海軍退役大佐の未亡人ハリエット・サットンは、ボストンに着くとすぐなじみの弁護士ジェイベズ・コッパードの助言に従い、ビーコンヒルの旧市街保存区域内にある家を買い求めたのち、下宿屋を開業した。家の一部分に住み、入ってくる家賃で残金の分割払いと維持費その他をまかなうのだ。ハリエット自身いくらかものを書くことから、間借人は作家の中から探すことにした。
 クリスマスの翌日、間借人をみつけ終わった彼女が顔合わせパーティの準備をしていると、バルコニーに向かって開いたドアからそよ風に吹かれ、タイプした紙が舞い落ちてきた。一行目にはこうあった。"焼き捨てること"
 興味をそそられたハリエットは続きを読むが、誰かに宛てたタイプは、われわれと一緒にこの家に住んでいる〈ネメシス〉を自然死か事故に見せかけて殺そう、と唆していた。文章は「わたしの計画は――」でとぎれている。けれどこの家には現役の作家ばかりが集まっているのだ。単なるいたずらかもしれないし、未発表の新作の一部かもしれない。彼女はパーティの席上でみんなに紙を見せることに決める。
 だが作家たちには誰も心当たりは無かった。ネメシスはボストン一タチの悪い匿名書評家で、多くの作家の恨みを買っているがこれは自分たちの仕業ではないという。おまけにパーティの最中、問題の紙きれはどこかへ消えてしまう。
 奇妙な出来事に不安を覚えるハリエット。それから数日後、童話作家アリス・ジャコモの部屋に招待された彼女は、自室に戻ると恐怖にゆがんだジェイベズ弁護士の死体を発見する。かれはのどを裂かれて血を流していた。しかもその傍らには、モロッコにいるはずの彼女の息子トミーが、血まみれの手をして立っていた・・・
 1980年発表。ヘレン・マクロイ七十五歳の時の作品で、長編ミステリとしては未訳の"The Smoking Mirror"に続く二十九作目(ヘレン・クラークスン名義"The Last Day"を含む)、ウィリング博士シリーズとしては第十三作目にあたります。第1回のローレンス・ブロック『泥棒は詩を口ずさむ』に続いて、本書で同年第2回ネロ・ウルフ賞を受賞。
 「犯行以前」「ドクター・ウィリング登場」の二部構成を取っていますが、長編としてはやや短め。にもかかわらず〈冗長〉との評価は、ハリエットの息子トーマス・サットンが夾雑物になるからでしょうか。この辺バッサリ切っても良かったような気がします。
 どちらかというと黙殺に近い扱いを受けていますがそう捨てたものでもなく、晩年になっても手掛かりがキッチリ配置されてるところは流石。このお年としては上の部類でしょう。打率の高い作家さんはどうしても点が辛くなりがちですが、本書は十分水準作。ベイジル・ウィリング最後の事件にふさわしいかどうかはともかく、〈読まなきゃよかった〉レベルの作品ではありません。
 ただ全盛期に比べて薄めなのはどうにも仕様がない。『幽霊の2/3』同様に出版業界の裏表を扱ったものですが、ある程度前者の推論が応用できるのも難点。〈ネメシス〉の正体も筆名が暗示する分割れ易くなっています。あと某人物とはそこまで親しくなさそうなので、犯行に必要なものを手に入れるのはかなり難しいのでは。
 総評としてはけっこう読めるがそこまでの内容でもない。点数はギリ6点。古書価高めとはいえ、大枚叩いて入手するほどではありません。


No.349 8点 暗色コメディ
連城三紀彦
(2020/05/18 05:04登録)
 クリスマス間近の都心のデパート内で呼び出しを受けた妻は、〈もう一人の自分〉に微笑みかける夫を目撃する。一方、酷暑にあえぐ新宿の目抜き通りでは霊柩車が都心の雑踏に迷いこみ、大袈裟な読経と経文を撒き散らした。車を運転していた妻は帰宅し、畳に寝そべる夫に告げる。「今日はあんたの初七日じゃないの」
 初秋の気配の感じられるようになった公団住宅の一室では、ある医者が闇に彫られた暗い輪郭を見つめながら思う。――この女は、妻ではない、と。
 そして自分の体があらゆるものを吸い込む暗い異次元だと確信した男は彼らの一人を消し去ると、自らもどことも知れぬ夜の隅に消えた。互いに絡み合う四つの狂気から、やがて巧緻に織りなされたタペストリーが浮かび上がってくる。幻想とも見紛う異様な犯罪を描く、連城三紀彦の処女長編。
 1979年6月刊行。この前後には松本清張に代表される社会派全盛から、本格ミステリー回帰への揺り戻し現象が起きており、1976年には角川文庫の横溝作品が累計1,000万部を突破、続いて石坂浩二主演による市川昆監督「犬神家の一族」が10月公開、翌1977年4月には古谷一行主演の〈横溝正史シリーズ〉第Ⅰ期がTBS系スタートと、一般にも広くでろでろ趣味が浸透した華々しい時期でした。
 その流れを読んで台湾出身の編集者・島崎博(=傅金泉:フージンチュアン)が雑誌「幻影城」を創刊。泡坂妻夫『11枚のとらんぷ(1976年10月)』『乱れからくり(1977年12月)』竹本健治『匣の中の失楽(1978年01月)』等、惜しみなく趣向を凝らしトリックをブチ込んだ数々の力作群は、ルーティーンワークの社会派に飽き足らぬミステリマニア達に深い感慨を与えます。
 彼らに影響された連城が〈幻影城ムーブメント〉の一人として「よしいっちょ俺もやったるか」と、満を持して発表したのが本作品。トラックを皮切りに始まる碧川宏の消失幻想の数々は、普通の作家だとイチから書き直すでしょう。これを大マジでやりながらなおかつ合理的に成立させ、ミステリのパーツとして組み込んだのが凄い。著者には珍しくコストパフォーマンス無視の大仕事。少々インチキ臭くもありますが、その志は高く評価できます。
 ただその結果あちこちにムリが来てるのはどうしようもない。最後の事件での血液運搬とかは、完全に逃げてます。またどちらが犯人にせよ碧川は殺してないようですが、人間一人を生かしたまま隠蔽し続けるのは余りにもリスクが大きい。イヤリング一つで全てが裏返る鮮やかさには感嘆しましたが。
 とにかく色々な意味で惜しい作品。それでもかつてない構想を実現させた幻惑ミステリとして、8点を付ける資格は十二分にあります。


No.348 7点 妖星伝(二)
半村良
(2020/05/16 10:28登録)
 紀州胎内道を抜け、おぞましき人類の未来を知った人々の道は分かたれた。鬼道を捨て、ただ一人の女として桜井俊策との愛に生きる事を決意する頞儞羅(アネラ)のお幾。しょせんは無駄と知りつつ塗炭の苦しみをなめる百姓たちのため、世を覆さんと一路京へ向かう一揆侍・栗山定十郎。だがその彼も以前とは異なり、どこか命の捨て場所を探すような気配が窺えるのだった。
 そして補陀落(ポータラカ)星人ムウルの魂を宿す石川星之介はもう一人の補陀落星人・主君ナガルを探し求め、宮比羅(クビラ)の日天の根拠地・越後高田へと向かう。日天は今では小太郎と呼ばれるナガルを崇め、全鬼道の総帥に据えようとしていた。
 一方京都西郊の荒れ寺では、ふたりの異星人を追う宇宙よりの刺客が白光と化して業病の乞食に乗り移る。第三の外道皇帝の誕生。不可侵の存在である彼は闇の旦那と呼ばれ、巨盗・闇の重蔵や怪円盤を使いナガル達の命を奪おうと目論む。
 さらに鬼道衆と繋がりを持ち、キリシタン同様時の政権から過酷な弾圧を受け続ける日蓮宗不受布施派の師弟・日円と青円は、生駒山中で昇月斎なる怪人に〈外道皇帝がまもなく江戸でよみがえる〉という予言を伝えられる。千年の昔に一度死んだ皇帝はみずからの胤の中にひそみ、因果律を操ったのちまったく同じ存在として再誕するのだ。役目を終えた昇月斎は「母の名はヒサエ」との言葉を最後に、隕石に撃たれ肉片と化した。
 その頃江戸では、日天を裏切り因陀羅(インダラ)の信三郎に付いた郁方門・迷企羅(メギラ)の静海が、胎内道探索行に送り出した俊策の妹・桜井久恵と結ばれていた。だが彼らは、自分たちの恋が外道皇帝に操られた結果であることを知らない・・・
 (二)巻は雑誌「小説CLUB」昭和四十九(1974)年九月号から、昭和五十(1975)年八月号連載分まで。時代背景としては田沼意次長男・意知誕生の寛延二(1749)年から、大御所徳川吉宗が臨終する寛延四(1751)年まで。意次満三十歳、まだ飛躍とまではいきませんが、若手筆頭として順調に出世街道を突っ走っている頃。
 薩摩では地獄の花と呼ばれる凶花〈泥食い〉が咲き誇り(正体は竹の花)、あいつぐ天変地異と大飢饉の訪れを告げています。作中では泥食いはしだいに北上し五~十年で関東まで到達するとされ、一揆侍・栗山は民の為、その前に江戸幕府を倒壊させんと焦ります。他方では世の乱れを知り鬼道衆がほくそ笑む。田沼に食い込む平田屋藤八と、西の丸老中・松平武元を背景にする黒金屋正五郎。各政商を道具に使う信三郎と日天の争いもまた、激化の一途を辿ることに。
 テンションMAXの前巻から二、三歩引いて、登場人物たちを転がすことに集中した仕切り直しの回。助走期間を過ぎたのち、物語は再び加速していきます。


No.347 7点 ナッシング・ハート
獣木野生
(2020/05/14 12:42登録)
 1971年、アメリカ。出生時に母イライザを失ったマイケル・ネガットはマフィアのボスである叔父アーサーに引き取られ、ニューヨーク郊外の広大な屋敷で使用人パデュラ家の人々と、11歳になるまで家族同然に暮らしていた。4歳にして国立シンクタンク・サウスワース戦略研究所の研修生となり、天才少年の片鱗を見せるマイケル。姉の死の直後、まだ乳児のマイケルを養子に迎えたアーサーはなぜか、そんな彼を疎む。
 けれどマイケルには乳母のマリア・パデュラとその息子・イライがいた。イライの兄ウォルトが肺炎で死んだ夜、マリアは腕の中で抱きしめた彼に言い聞かせる。愛は何度でも蘇ると。それを傷つけるものは決してないのだと。
 だがある日突然シンジケートに恨みを抱く誘拐犯の凶弾が、幸せな日々を過ごすマイケルたちを引き裂くのだった・・・
 三原順『はみだしっ子』の系譜に連なる大河オムニバス長編漫画作品『パーム』の第1話にあたるもので、雑誌「WINGS」1984年4月号~7月号掲載。シリーズ自体は1983年同誌掲載のパイロット版第0話『お豆の半分』に始まり、それから延々36年の歳月を経てやっと2019年、最終章となる第10話『TASK』に到達。現在も引き続き同誌にて連載中。作者は本編の企画を通す際「11歳の子供が人を殺す話」と、編集者にいいかげんな説明をしたそうです。
 元医者の私立探偵カーター・オーガス、跳躍的思考で周囲を振り回すその助手ジェームス・ブライアン、彼とは目に見えぬ繋がりを持つ野生児アンドルー・グラスゴー。因縁の織りなす運命で結ばれた三人を中心にして綴られる物語。長編シリーズとしてはジョン・アーヴィング『ガープの世界』などポストモダン文学の影響を受けており、この第1話は天才少年マイケル・ネガットが、ジェームス・ブライアンとなることを運命付けられる発端の話。巻頭にカート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』中のエピグラフ"何もかもが美しく、傷つけるものはなかった。(EVERYTHING WAS BEAUTIFUL,AND NOTHING HEART)"が掲げられ、それがそのままテーマ=タイトルに。
 陰影の濃い独特の絵柄で描かれるのは、少女漫画らしからぬハードなストーリー。映画的なタッチで〈生きる事を拒まれた子供〉のサバイバルドラマが展開。このあたりはまだ序盤ですが、話数を重ねるにつれ登場人物たちの上に、どんどん苛酷な運命が積み重なっていきます。
 ただし本領はギャグの方。『はみだしっ子』もそうですが、〈現実がヤバい時ほど、笑ってなきゃやってられない〉。聞いてる人が引き攣るほどの切れ味や、逆に心に染み入るようなセリフは、胸に響きます。本作や既に登録済みの『星の歴史』は、ギャグ成分少なめのシリアス寄りですが。
 WINGS版コミックス2巻にはアンディ初登場の第2話『胸の太鼓』、スター・システム短編『金銀熊鮫』も同時収録。『金銀熊鮫』は・・・まあ、なるべく早く忘れて下さい。

 「ああ、この背中のジョーズの入れ墨に誓うぜ」

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