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ミステリの祭典

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帝国の死角
元版は「天皇の密使」「神々の黄昏」の二分冊

作家 高木彬光
出版日1971年03月
平均点7.67点
書評数3人

No.3 7点
(2020/06/06 08:57登録)
 二部構成の野心作。第一部「天皇の密使」は昭和四十五(1970)年十月より昭和四十六(1971)年二月まで、第二部「神々の黄昏」は一部完結から半年ほどインターバルを置いた後、昭和四十六(1971)年九月より昭和四十七(1972)年四月まで、いずれも光文社「小説宝石」誌上にて連載。
 長編としては検事霧島三郎シリーズ『灰の女』や墨野隴人シリーズ第一作『黄金の鍵』、連合赤軍事件を扱ったノンフィクション『神曲地獄篇』などの間に挟まり、短編については歴史連作『ミイラ志願』所収の各編執筆中にあたる。作家生活の中期から後期に差し掛かるころ、再び本格への意欲を燃やし始めた時期の作品。
 構成に大きな仕掛けがあるが、いわゆる叙述トリックではない。ブッキッシュではあるけれど、他作品とはそこが違う。強いて言えば読者を標的にした情報操作系。一応黒幕はいるが、かといって全てを知悉している訳でもない。彼も知らないいくつかの偶然が重なって読者を幻惑し、それが誤った認識をさらに強化する方向に繋がってゆく。徹底して読み手を罠に嵌めるため作られている、かなりタチの悪い小説である(笑)。
 人間とは常に物語を作ることによって生きている動物である。それは時に判断とも呼ばれる。AとBとを突き合わせて無意識に大筋を作り、事後情報CDEがそれを補強すれば、より確からしい筋になる。さらに畑違いのルートからの裏付けFがあれば、慎重な人でも「まあ信じていいかな」となる訳である。本書は設定に嘘と真実とを搗き混ぜることで、巧みに読者を誘導している。
 ただ面白いとはいかない。作品の構造上仕方ない事だが、全体の六割を超える下巻部分は大半地味で退屈。上巻があるとはいえ、娯楽性との両立には失敗している。あるいはそんなものは見切って、初めから捨てているのかもしれないが。
 構想は素晴らしいが万人受けする作品ではなく、かなりのマニア向け。高木長編ベスト3に入ってもおかしくはないが、他の二作からは少々離されると思う。

No.2 7点 蟷螂の斧
(2015/12/21 22:50登録)
解説によると、当初上下巻別々の題名で発売されたとのこと。かつ、上巻の物語は完結しているため、下巻は上巻ほど売れなかったようです。感想としては、上巻はスパイ小説もどき風、歴史教科書風で、はっきり言ってミステリー読者向けとは言い難いのでは?と思います。従って、下巻で判明する先駆的な試みも話題にならなかったのかもしれません。トリックは、読みなれた読者に対しては微妙かも。評価は先駆的な試みに対してです。

No.1 9点 クリスティ再読
(2015/08/23 12:59登録)
ある意味本当に「すごい」作品。こんな最適のネタ作品を本サイトがほっておくのはよろしくないな。
誰だったか「ストリック」という造語でこのタイプの作品を分類していたことがあったけど、本作はその究極じゃないかな。叙述トリック、というと少し違う気がするわけで「叙述」自体には仕掛けがなくて、もう少しメタを狙っている(小説/物語ってモノ自体が人類にとって一体なんのためにあるのだろう??)。上下2巻のボリュームとその構成がダテじゃないんだよね。

というか、本当にこの作品では読者は、真相判明後にきっと唖然となり、脱力し、索漠とした虚無感に捉われると思う。馬鹿馬鹿しいっていえばそれまでだけど、こういう虚無感は評者は嫌いではないし、この虚無には必然性もちゃんとある。そして虚無の後にはやはり日常が改めて回帰する...
エヴァンゲリオンの最終回とか、少女革命ウテナのラストとか好きならば意外にハマれると思う(セカイから脱出という意味で)。そういう意味では究極のセカイ系かもしれないね。で評者がこの作品に肩入れするのは、戦後派世代でもっともオタクな作家だった高木彬光の、最終到達点が本作のような気がするからなんだよね。

ま、どうせ読者を選ぶタイプだとは思うけど、一読の価値は少なくともあり、読んでいる最中に退屈するような作品じゃないから、埋もれさせておくのは本当にもったいない。

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