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ミステリの祭典

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むくろ草紙

作家 小林久三
出版日1980年04月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点
(2020/06/12 10:47登録)
 茨城県古河市の旧家が取り壊されたとき、無数の白骨死体が発見された。郷土史研究グループは主宰者の辻本を中心に、その白骨が、江戸中期、藩医だった河口信任が死体解剖を行ったあと埋葬したものであることを突きとめた。「解体新書」よりも先に正確な人体解剖書「解屍篇」をあらわした信任は、当時入手困難だった死体を、どこから手に入れたのか? 研究グループは、復元された古河藩の地図を手がかりに、推理をおしすすめていくうち、辻本の死体が井戸の中から発見された。
 歴史推理と本格推理の融合をめざす乱歩賞作家・小林久三の意欲書下し長編。

 日影丈吉『夕潮』とともに探偵小説専門誌「幻影城」廃刊により、刊行されずに終わった〈幻影城ノベルス〉の中の一冊。それから間を置かず、雑誌「野生時代」昭和五十四(1979)年十一月号に一挙掲載ののち加筆され、翌五十五(1980)年四月に角川書店より出版。乱歩賞作家の余得でしょうか。他の未刊行作品には栗本薫版87分署というべき銀座署シリーズ第一作『さびしい死神』、『銀河英雄伝説』の原型作品で、李家豊名義で刊行される筈だった田中芳樹『銀河のチェス・ゲーム』、『匣の中の失楽』に続く竹本健治の第二長編『偶という名の惨劇』等があります。『偶~』については出るという話が何度か持ち上がっては消えてますが。
 上の解説は雑誌・幻影城版ですが、本編の流れも途中まではほぼ同じ。代々旧古河藩御側医を務めてきた名門・河口家の水塚(洪水時に避難するため、あらかじめ屋敷内に築かれた高台)から発見された十三体の白骨の謎を追うのは、記者生活に行き詰まりを覚え始めた東都新報支局採用の一通信員・横井章と、妙に暗い印象をあたえる郷土史研究家の中学教師・三輪田秀彦。盲目の未亡人・河口静江はかたくなに資料の提供を拒み、娘の謠子も母親と対立しながらも、やはり何かを隠しているよう。
 十二年前の三輪田の父親の失踪、雷電神社に寄進された庚申塔に残る「屍者多数―― 生けるまま・・・・・・」という奇怪な碑文、そこから生じる、約二百五十年前に河口信任が行ったのは屍体解剖ではなく、生体解剖だったのではないかという怖ろしい疑惑――
 さらに急傾斜になっている神社の石段から、事故を装い三輪田に転落させられかける横井。ハス沼に面した瘴気の澱む湿地帯・古河市の時の止まったような雰囲気と、全編を彩る墨絵のような陰鬱さに、横溝ブーム真っ只中のノリで装丁された、角川単行本のおどろおどろな表紙。来たるべき惨劇にいやが上にも期待が高まります。
 と思って読んでたらアレ? リアルな殺人発生とかは無く、『時の娘』風歴史ミステリとして、地味ながらも静かな感動を呼んで終了。途中の殺人未遂とか〈気の迷い〉で片付けてるけどいったい何だったの? それなりに仕上がってるし別にいいんだけど。
 何かキツネに抓まれたような読後感で、ちょっと意外。作者の構想練り直しの結果かもしれませんが、出来得るならやはり幻影城版のストーリーで読みたかったと思います。

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