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ミステリの祭典

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YMYさんの登録情報
平均点:5.91点 書評数:386件

プロフィール| 書評

No.326 5点 夜の色
デイヴィッド・リンジー
(2024/09/19 22:28登録)
妻を自動車事故で失ったヒューストンの画商が、ローマから来た美術の講師と出会い、たちまち恋に落ちる。その前に、別の画商がベネチアで、コレクターのドイツ人富豪に九点の素描を脅し取られる短い一章が挿入されており、これが第一の伏線となる。
画商たちも美術講師も富豪も大きな秘密を抱えている。物語は二転三転し、めぐらされた伏線が見事に繋がってくる。脇役もそれぞれに膨らみがあり、筆致も叙情的である。小道具に絵画、それも素描をあしらい、全体の印象に品が生まれている。騙される快感を味わえる作品。


No.325 5点 精霊たちの迷宮
カルロス・ルイス・サフォン
(2024/09/19 22:15登録)
捜査員アリシアは、大臣バルスの失踪の謎を追いかけていく。一九三八年のバルセロナ、一九五九年のマドリード、そしてバルセロナと時代と場所を移しつつ展開する本作は、地下迷路が幾重にも層になって繋がっているような物語で、いささかこみいっているが、スペイン内戦やフランコ政権下の悲劇、一冊の本をめぐる秘密、手探りですすめる孤独な戦いなど壮大な世界が味わえる。


No.324 6点 沈黙の果て
シャルロット・リンク
(2024/09/06 22:50登録)
イギリスにある別荘で休暇を過ごすため、ドイツからやってきた中年夫妻三組と、その子たち三名からなるグループ。物語中盤では、このうち実に五人が惨殺される事件が発生し、ミステリ的にはこれが焦点となる。
しかし本書でよりクローズドアップされ、印象に強く残るのは事件そのものではなく、このグループの歪んだ人間関係である。彼らの家庭はそれぞれに大きな問題を抱えているのだが、それ以前に明らかに様子がおかしいのである。家族よりもこのグループを優先する者もいれば、皮肉な目で人間関係を観察している者もおり、手前勝手な理屈でこのグループを事実上、リードする女性もいる。先依存とすら思える彼らの描写は、恐ろしいことに極めて克明でリアルだ。この人間関係には説得力がある。それが本書の最大に魅力だろう。


No.323 5点 少年は残酷な弓を射る
ライオネル・シュライヴァー
(2024/09/06 22:41登録)
出産直後から、なぜか息子が不気味で仕方がない母親。母は、ふとした拍子の息子の視線に邪悪を感じ、断続して起きる不審な出来事に懸念と疑念を深め、息子が怪物であるとますます確信するようになる。周囲の人々への警告は、しかし聞き入れられず、息子はついに学校内で大量殺人を起こすのだった。
本書はその事件の後に、母親が夫に宛てた手紙の中で、昔を振り返るという体裁で進む。卓抜したストーリーテリングのもと、実子を愛せないばかりか、恐怖すら抱く母親の内面が、これ以上ないほど濃密に立ち上がってくる。
息子が怪物になったのは、母が感じる通り元々そうだったのか、母の愛が足りなかったためか。サイコサスペンスであると同時に、親子関係とは何かを深く抉る重い作品。


No.322 7点 渇きと偽り
ジェイン・ハーパー
(2024/08/25 22:47登録)
連邦捜査官のアーロン・フォークは20年ぶりに故郷の田舎町に戻った。親友だったルークが、妻と幼い息子を道連れに無理心中をしたと聞いたからだ。
最悪の干ばつに襲われている故郷では、希望が見えない人々の苛立ちや敵意が渦巻いている。オーストラリアの田舎町の閉塞的な雰囲気をくっきりと浮かび上がらせる文章に魅了されるし、ハードボイルド的な主人公にも味わいがある。


No.321 5点 探偵ブロディの事件ファイル
ケイト・アトキンソン
(2024/08/25 22:34登録)
ケンブリッジで私立探偵を営む元警察官ブロディのもとに、立て続けに舞い込んだ三件の人捜しの依頼。
いずれも重く深刻な背景と辛い真相を予感させ、物語はシリアスの展開していくのかと思うと、突如捻りの効いたユーモアが降臨してくる。並行する事件が邂逅し、思わぬところで繋がる諧謔と哀感が織り込まれたタペストリー。力点の置き方のずれが愉しい何とも独創的なミステリ。


No.320 5点 黄昏の彼女たち
サラ・ウォーターズ
(2024/08/11 22:34登録)
上巻で綴られてきたロマンスが反転し、逃げ場の無い罠と化して登場人物を追い詰めていく。何より戦慄するのは、犯罪の真相が暴かれるか否かのスリルよりも、熱烈な恋心を捧げた相手に果たしてその価値があったのかを、事件後の経緯を通して登場人物が自問しなければならない点だ。友情や恋愛がメインテーマでミステリ的要素は薄い。


No.319 6点 終焉の日
ビクトル・デル・アルボル
(2024/08/11 22:25登録)
一九八一年二月、スペインで一部の軍人がクーデターを起こそうと下院に乱入したという史実をもとにしている。
弁護士マリアが刑務所送りにした悪徳警官セサルは、実は陰謀の犠牲者だったのか。セサルに会見し真実を探ろうとするマリアに、三十年前の事件に関わったある人物の魔の手が迫る。
マリアの父、別れた夫とその上司、セサルの行方不明の娘、政界の黒幕、母親を殺害された兄弟、ぶつかり合う数多くの人間の思惑、二重三重に入り乱れる復讐、増えてゆく新たな犠牲者の屍。親の因果が子に報い、登場人物の誰も幸せになれない悲劇的展開から、権力にしがみつく者の妄執が人間の運命を狂わせる恐ろしさ、おぞましさが滲み出す。深淵のように暗い物語だが、ずしりと重い手応えが感じられる。


No.318 5点 バサジャウンの影
ドロレス・レドンド
(2024/07/30 21:18登録)
緑濃く水豊かなスペイン・バスク地方の山間の町で起きた連続少女絞殺事件。死体の上に置かれた伝統的なお菓子は何を意味するのか。
捜査を命じられた地元出身のアマイアは、捨てたはずの故郷で否応なく過去と向き合いつつ、殺人犯を狩り出すべく奔走する。多くの住民が魔女の存在を信じ、今なお夜の深い土地を舞台にしたバスク神話の精霊やタロットカードなどに彩られた豊かな物語。


No.317 5点 彼女が家に帰るまで
ローリー・ロイ
(2024/07/30 21:13登録)
一九五八年、舞台は経済の衰退が著しいデトロイト近郊の郊外住宅地サバービア。一家の主たちが働く工場の近くでひとりの黒人売春婦の撲殺死体が発見された翌日、コミュニティの一員であるひとりの若い白人女性の行方が判らなくなる。二つの事件は、この町の誰かによるものなのか。
それぞれ嘘と秘密を抱える三人の主婦を主役に、頻繁に視点を切り替えて、彼女らの悩みと願いを淡々のされど深く描写することで、作者はアメリカンドリームの向こう側を見せつける。「人生は二度ともとには戻らない」という述懐が澱のように残り、じっくりと読ませる。


No.316 5点 刑事失格
ジョン・マクマホン
(2024/07/18 22:26登録)
自分が殺人を犯したのではないかという「信頼の出来ない語り手」のような謎かけをはらみつつ、物語はマーシュの捜査を軸に進行していく。
人種差別、アルコール依存の問題など、現代の犯罪小説や警察捜査小説が扱う定番の題材が用意されている。だが、本作はそうした問題を深く考えさせるような小説にはなっていない。
不確かなマーシュの記憶をはじめ、作中に散りばめられた不穏な出来事が、どのように繋がっていくのか、あるいは繋がらないのか。靄がかかった世界を彷徨い歩くような不思議な読み心地の刑事小説である。


No.315 6点 厳寒の町
アーナルデュル・インドリダソン
(2024/07/18 22:17登録)
現在で起こった事件に徹底して光を当て、現代のアイスランドが抱える諸問題を掘り下げる手法を取っている。貧困問題、移民問題など、本作に登場する人物たちの誰もが社会の病巣と繋がっている。
捜査小説としての骨太なプロットは健在。それぞれの捜査官たちが追っていた複数の線が整理され、やがて一本の太い線へと整理されていく終盤の展開は巧い。


No.314 8点 黄色い部屋の謎
ガストン・ルルー
(2024/07/03 22:33登録)
有名な博士の邸宅の「黄色い部屋」と呼ばれる一室で、深夜に令嬢の悲鳴が聞こえる。博士や召使いが駆けつけると、扉は内側から閉められ窓も開いていない部屋で、令嬢が重傷を負って倒れ室内は荒らされて、しかも犯人の姿はなかった。
完全な密室での謎を新聞記者が解決するのだが、そのトリックは現在では、いささか馬鹿げた感じがする。しかし、ポーやドイルの物理的密室に対して、心理的密室を創案した点に価値がある。


No.313 6点 薔薇の名前
ウンベルト・エーコ
(2024/07/03 22:27登録)
ミステリ小説であり、歴史小説であり、哲学・神学小説であり、オカルト小説である。そのようなジャンルを越境し、過去の様々な小説から引用、パロディ、模倣で物語を構成しながら記号論を説いた、難解な娯楽小説。
小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」のようなペンダミックな作品が好きな人にはお薦めできる。


No.312 7点 凍氷
ジェイムズ・トンプソン
(2024/06/22 22:18登録)
フィンランド警察の警部を主人公とする第二作。性倒錯の気配をただよわす惨殺事件と、自身の祖父も巻き込むナチ時代の戦争犯罪という二つの大事件を通じて、政治と警察の腐敗構造、暗い歴史の真相と伝説、といった大いなる主題に肉薄する。
この二つをつなぐプロット上の工夫も見事だが、二つの主題を「人間の獣性」で結び合わせる重層性が重い感慨をもたらす。銃器マニアな刑事や硬骨のお爺さんなど脇役も光る。


No.311 6点 ダークサイド
ベリンダ・バウアー
(2024/06/22 22:11登録)
英国南西部に広がる荒野の寒村で起きた全身麻痺の老女殺し。話すことさえ出来ない彼女をなぜ殺したのか。州都から乗り込んできた田舎嫌いの警部に目の敵にされ、捜査から閉め出されてしまった地域でただ一人の巡査のもとに、「それでも警察か?」という挑発的なメッセージが届く。そして第二の殺人が。
捻りのきいたフーダニットとホワイダニット。不条理な出来事によって人生を変えられてしまった人々の懊悩と葛藤を、随所に黒いユーモアを交えつつ冷徹に描いた独特の風味の犯罪小説。


No.310 5点 悪魔の羽根
ミネット・ウォルターズ
(2024/06/08 22:34登録)
二〇〇四年、殺戮の巷バクダッドで拉致監禁され三日後に解放された記者コニー。一切の質問に答えることなくイギリスへと帰り、絵に描いたような田園地帯の古屋敷に隠棲することにした彼女の身に、一体何が起きたのか、そして何が起きようとしているのか。
可視化と繋がりが急激に進む世界にあって、凄惨な目に遭ったコニーは、田舎町の人間関係に否応なく巻き込まれつつ、過去と対峙し、脅威に立ち向かわなければならない。謎解きの興趣とサスペンスの妙味を堪能できる。


No.309 7点 彼は彼女の顔が見えない
アリス・フィーニー
(2024/06/08 22:28登録)
脚本家のアダムは相貌失認で妻の顔さえ認識できない。13歳の時、母がひき逃げで死んだ時にも犯人の顔を警察に教えることが出来なかった。妻との関係は悪化しており、週末のスコットランドへの旅は結婚を救うための最後の手段だった。雪嵐の中の長旅で到着したのは人里離れた古い教会だった。歓迎のメモはあったが持ち主は姿を見せない。引き続き不穏なことが次々と起こり、夫婦は互いを疑い始める。
夫アダムと妻アメリア、近所の謎の女性ロビンの3人の視点、加えて毎年結婚記念日に妻が夫に宛てて書いた秘密の手紙で進行する個のスリラーは、最初に抱く印象と予測を見事に裏切ってくれる。緻密なプロット、不気味な雰囲気もなかなかのもの。


No.308 5点 ささやかな頼み
ダーシー・ベル
(2024/05/27 22:25登録)
語り手は、ある母親ブロガーで、「息子の友だちのお母さんが失踪した」というのが話の発端。だがその母親も、失踪したママ友の母親も、様々な秘密を抱えていたり、表と裏を使い分けて何か企んでいたりという腹黒のサスペンスが展開していく。
いささか極端で強引に思える場面もあるものの、人物造形や細部は巧さを見せている。この先どうなるか続きを知りたくなる驚愕のラスト。


No.307 6点 悪徳小説家
ザーシャ・アランゴ
(2024/05/27 22:19登録)
主人公をはじめ、主要登場人物の内面描写がすこぶる秀逸。誰も彼もが自己中心的であり、都合の悪いことからは目を逸らしたり逃げたりしつつ、うまく立ち回ろうとエゴを強く出す。だが、同時に情や矜持、そればかりか愛他精神や博愛精神すらしっかり持っていることもまた再三描写される。
本書に示されるのは、人間の愛すべき矛盾に他ならない。露悪的なだけの小説には描き得ない世界がここにはある。

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