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ミステリの祭典

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YMYさんの登録情報
平均点:5.89点 書評数:372件

プロフィール| 書評

No.312 7点 凍氷
ジェイムズ・トンプソン
(2024/06/22 22:18登録)
フィンランド警察の警部を主人公とする第二作。性倒錯の気配をただよわす惨殺事件と、自身の祖父も巻き込むナチ時代の戦争犯罪という二つの大事件を通じて、政治と警察の腐敗構造、暗い歴史の真相と伝説、といった大いなる主題に肉薄する。
この二つをつなぐプロット上の工夫も見事だが、二つの主題を「人間の獣性」で結び合わせる重層性が重い感慨をもたらす。銃器マニアな刑事や硬骨のお爺さんなど脇役も光る。


No.311 6点 ダークサイド
ベリンダ・バウアー
(2024/06/22 22:11登録)
英国南西部に広がる荒野の寒村で起きた全身麻痺の老女殺し。話すことさえ出来ない彼女をなぜ殺したのか。州都から乗り込んできた田舎嫌いの警部に目の敵にされ、捜査から閉め出されてしまった地域でただ一人の巡査のもとに、「それでも警察か?」という挑発的なメッセージが届く。そして第二の殺人が。
捻りのきいたフーダニットとホワイダニット。不条理な出来事によって人生を変えられてしまった人々の懊悩と葛藤を、随所に黒いユーモアを交えつつ冷徹に描いた独特の風味の犯罪小説。


No.310 5点 悪魔の羽根
ミネット・ウォルターズ
(2024/06/08 22:34登録)
二〇〇四年、殺戮の巷バクダッドで拉致監禁され三日後に解放された記者コニー。一切の質問に答えることなくイギリスへと帰り、絵に描いたような田園地帯の古屋敷に隠棲することにした彼女の身に、一体何が起きたのか、そして何が起きようとしているのか。
可視化と繋がりが急激に進む世界にあって、凄惨な目に遭ったコニーは、田舎町の人間関係に否応なく巻き込まれつつ、過去と対峙し、脅威に立ち向かわなければならない。謎解きの興趣とサスペンスの妙味を堪能できる。


No.309 7点 彼は彼女の顔が見えない
アリス・フィーニー
(2024/06/08 22:28登録)
脚本家のアダムは相貌失認で妻の顔さえ認識できない。13歳の時、母がひき逃げで死んだ時にも犯人の顔を警察に教えることが出来なかった。妻との関係は悪化しており、週末のスコットランドへの旅は結婚を救うための最後の手段だった。雪嵐の中の長旅で到着したのは人里離れた古い教会だった。歓迎のメモはあったが持ち主は姿を見せない。引き続き不穏なことが次々と起こり、夫婦は互いを疑い始める。
夫アダムと妻アメリア、近所の謎の女性ロビンの3人の視点、加えて毎年結婚記念日に妻が夫に宛てて書いた秘密の手紙で進行する個のスリラーは、最初に抱く印象と予測を見事に裏切ってくれる。緻密なプロット、不気味な雰囲気もなかなかのもの。


No.308 5点 ささやかな頼み
ダーシー・ベル
(2024/05/27 22:25登録)
語り手は、ある母親ブロガーで、「息子の友だちのお母さんが失踪した」というのが話の発端。だがその母親も、失踪したママ友の母親も、様々な秘密を抱えていたり、表と裏を使い分けて何か企んでいたりという腹黒のサスペンスが展開していく。
いささか極端で強引に思える場面もあるものの、人物造形や細部は巧さを見せている。この先どうなるか続きを知りたくなる驚愕のラスト。


No.307 6点 悪徳小説家
ザーシャ・アランゴ
(2024/05/27 22:19登録)
主人公をはじめ、主要登場人物の内面描写がすこぶる秀逸。誰も彼もが自己中心的であり、都合の悪いことからは目を逸らしたり逃げたりしつつ、うまく立ち回ろうとエゴを強く出す。だが、同時に情や矜持、そればかりか愛他精神や博愛精神すらしっかり持っていることもまた再三描写される。
本書に示されるのは、人間の愛すべき矛盾に他ならない。露悪的なだけの小説には描き得ない世界がここにはある。


No.306 5点 楽園の骨
アーロン・エルキンズ
(2024/05/13 22:38登録)
オリヴァーがタヒチまで出向くことになったのは、親友ジョン・ロウの強い頼みがあったからだ。タヒチに住むジョンの親戚が崖から墜落死し、すでに埋葬されているが、状況証拠から他殺の可能性もあるので、遺体を掘り出してその男の骨を調査して欲しい、というわけである。
この導入部は快調で、事件関係者全員を簡潔に紹介する手際もうまい。後半への期待は膨らむが、オリヴァーの事件への係り方は消極的だし、人骨調査から得られる意外性も小粒。尻すぼみ的展開になっているのが惜しまれる。


No.305 6点 埋葬された夏
キャシー・アンズワース
(2024/05/13 22:33登録)
二十年前の夏に、イングランド東部のスモールタウンで残虐な殺人者として断罪された少女。被害者の名を伏せたまま。元刑事の私立探偵が新たな証拠に基づき再調査する現代パートと、ゼロ時間に向かって邪悪なエントロピーを増大させていく過去パートを切り替えて「あの夏いったい何が起きたのか」という核に向かって収斂させていく手際は実に見事。
終盤、とある人物が放つ、「秘密は人を殺せるのよ」という一言に、思わず身がすくむ。秘密を植え付けた者と抱えざるを得なかった者たちの織り成す、やるせなくも目をそらすことの出来ない犯罪小説。


No.304 8点 チャイルド44
トム・ロブ・スミス
(2024/04/30 22:12登録)
舞台はスターリンの恐怖政治下にある旧ソ連。国家保安院の上級捜査官レオ・ステパノヴィッチは、狡猾な副官の計略によって妻とともに田舎の民警へと左遷されてしまう。そこでレオたちが遭遇したのは、かつて自分が事故として処理した少年の遺体と酷似した、比類なき殺人の悲惨な痕跡だった。全てを失い、失意に浸るレオは再生を賭けて捜査を開始する。
国家への忠誠こそが全てであると確信して生きてきたレオを待ち受ける唐突な転落。自分の存在意義、国家、思想、そして妻。かつての自分が信じてきたもの全てが反逆する風景の中で、レオが一人の人間としての再生を賭けて行う命懸けの大捜査。その手に汗握る緊迫感と、残虐な連続殺人に隠された驚愕の真実。最高水準で揃えられたスリルと冒険の要素が、精緻に描き出されるその物語は、傷ついた者だけがつかみ取れる温かさと、ゆるぎなき力強さを持っている。


No.303 6点 あの本は読まれているか
ラーラ・プレスコット
(2024/04/30 22:04登録)
東西冷戦期真っ只中の一九五〇年代末に、CIAにより実行されたドクトル・ジバゴ作戦に材を取り、運命を左右された男女の半生と諜報戦の内幕を、多種多様な視点から描いたエスピオナージュ。
これまでほとんど語られることのなかった冷戦期の諜報戦での彼女らの活動と人生を、現在の視座から見据え、愛と憎しみ、野心と挫折、希望と絶望、欲求と献身、そして彼女らに対する偏見と抑圧を瑞々しい筆致で紡いでゆく。
圧倒的な男性優位社会であった当時の諜報機関で働く女性職員を取り巻く空気を、冷徹に皮肉を効かせつつもユーモアを漂わせて活写し甦らせる手腕は見事。


No.302 5点 血の奔流
ジェス・ウォルター
(2024/04/19 22:27登録)
女囮捜査官も上司も、FBIプロファイラーも、犯人や犠牲者たちまでもが個性的。作り物臭くないし、切ないまでに不条理でスラップスティックなこの世のありさまが、きれいに再現されている。
純文学の風格を持ったエンターテインメントである。犯罪小説が苦手な人におすすめ。


No.301 9点 深夜プラス1
ギャビン・ライアル
(2024/04/19 22:22登録)
主人公は、予期せぬ方向から敵が次々と攻撃してくるので、予定通りにいかず、臨機応変に対処しなけばいけない。その度に局面は変化するし、自動車を乗り換えたり鉄道を利用したりする移動手段のバリエーションも楽しい。
こうした派手なアクションの面白さを背景に、主人公の魅力もさることながら、彼の眼を通してアル中に悩むガンマンのロヴェルの陰影に富んだキャラクターを描き出した部分が何より秀逸である。
物語の枠組みが単純なだけに、プロットのひねりにせよ男のドラマにせよ、鮮明に印象付けられる。シンプルなかたちに切り取られた設定の中で、濃密な作品世界を繰り広げた完成度の高さがこの作品の魅力である。


No.300 6点 メソッド15/33
シャノン・カーク
(2024/04/07 22:34登録)
17歳の女子高生が何者かに拉致され、監禁されるところからスタートする。だが、ありがちな女性監禁ものではない。性暴力が登場しないからではなく、主人公の女子高生が、理知的な天才少女だからである。粗暴な犯人を巧みにやりすごしながら、何やら逆転のための策を練る。暴力と性的アピールに寄りかかりがちな監禁サスペンスとは一線を画している。
彼女が助かるのは、誰もが想像つくと思うが、物語が最後に辿り着くのは予想できなかった。ありふれたカタルシスさえも裏切る結末となっている。


No.299 7点 そしてミランダを殺す
ピーター・スワンソン
(2024/04/07 22:30登録)
男が空港のバーで知り合った相手に殺人計画を語るという、冒頭こそ交換殺人スリラーを匂わせているが、章が変わるとある語り手の忌まわしい過去が明かされていくなど、一筋縄ではいかない。
丁寧な登場人物の描写をベースに、捻りの効いたストーリーが緊迫感に満ちて展開し、視点の切り替えによる怒涛のどんでん返しで翻弄する。どのように収拾をつけるのかと思ったが、言われてみればそれしかないという結末を提示してみせる手さばきはお見事としか言いようがない。


No.298 8点 アックスマンのジャズ
レイ・セレスティン
(2024/03/25 22:30登録)
かつての上司の不正について証言したことが原因で、今は警察内で孤立している刑事と、その証言のために服役し、マフィアから抜ける条件として最後にボスの依頼を受けることになった男が、それぞれの目的のため同時に連続殺人犯を追い始めるという構図がいい。
そこに「何とか手柄を立ててピンカートンに正式な探偵として採用されたい娘」が第三の主人公として絡んで申し分のない人物配置である。キャラクターの設定には深度もあり、刑事が抱えている秘密には思わず虚を衝かれた。


No.297 6点 ホテル1222
アンネ・ホルト
(2024/03/25 22:25登録)
列車が脱線事故を起こし、乗客たちは近くのホテルに避難する。ところが、そこで殺人事件が発生した。ホテルに集まった二百人近い人間の中に潜む真犯人は。
荒れ狂う雪嵐、相次ぐ死者、反抗的な少年、ヒステリックな評論家、ホテル最上階にいる謎の客。混迷を極める事態に、車椅子の元警部ハンネ・ヴィルヘルムセンが直面を強いられる。謎解きそのものより、ノルウェーの社会の縮図のような人間模様と、彼らを襲う極限状況の迫力が印象的。


No.296 7点 暗殺者の反撃
マーク・グリーニー
(2024/03/12 22:26登録)
グレイマンは、ワシントンDCに潜入し、アメリカ政府を敵に回し、序盤は資金と武器の調達、アジトの構築にはじまって、多彩な戦闘場面がこれでもかと詰め込まれている。
アイデア満載なので知的スリルも充分だし、戦闘員、スパイマスター、官僚、ジャーナリストなど多視点による語りも完璧。陰謀をめぐる意外な真相まで仕掛けられており、スティーヴン・ハンターの「狩りの時」を想起させた。


No.295 6点 その雪と血を
ジョー・ネスボ
(2024/03/12 22:22登録)
暴力と隣り合わせの人生を歩まざるを得なかった殺し屋オーラヴは、二人の運命の女の間で孤独な魂を揺らつかせつつ乾坤一擲の賭けに出る。
これは、純白の雪と深紅の血に象徴される、不自然なまでに美しい暗黒叙事詩であると同時に、強く心を打つクリスマス・ストーリーでもある。愛と憎しみ、信頼と裏切り、献身と我欲が絡み合う凄惨なれど哀愁漂う贖罪と救済の物語だ。


No.294 5点 名もなき人たちのテーブル
マイケル・オンダ―チェ
(2024/02/26 22:22登録)
セイロンから母が待つイギリスへと向かう大型客船に、たった一人で乗り込んだ十一歳のマイケル。食堂で船長から最も遠い末席をあてがわれた彼が、同席した個性豊かな大人たちとの交わりを通じて、「面白いこと、有意義なことは、たいてい、何の権力もない場所でひっそりと起こるものなのだ」という人生の真実に気付き、二人の友達とともに悪戯と冒険を繰り返すうちに、悲劇的な死と深く関わり、少年時代の終わりを実感する。
美しい文章で綴る三週間の瑞々しくも猥雑な船旅。これは成長と喪失の物語。


No.293 5点 レッド・スパロー
ジェイソン・マシューズ
(2024/02/26 22:17登録)
アメリカとロシア、それぞれの国家中枢に潜むスパイの正体をめぐって両国が繰り広げる駆け引き。最初は互いを騙すつもりで、やがて惹かれあう関係になったCIA局員と、ロシアの女スパイの運命は、冷戦期を彷彿とさせる苛烈な諜報合戦に翻弄されてゆく。
諜報のリアルなディテールと生彩あるキャラクター描写が渾然一体となり、最後の一ページまで緊迫感が途切れることはない。

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