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ミステリの祭典

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平均点:6.34点 書評数:2199件

プロフィール| 書評

No.1179 7点 時間島
椙本孝思
(2021/05/17 15:24登録)
(ネタバレなし)
 その年の8月3日。深夜枠の低予算番組『オススメ! 廃墟探訪!』のロケ撮影のため、出演者とスタッフ総勢9人は「浦島太郎」風の逸話が残る無人の島「矢郷島」に到着した。だがそこで大学生でバイトADの佐倉準は、自分の携帯に奇妙な動画メールを受け取る。それは「5年後の未来」に存在すると称する全身包帯の怪人からだった。正体を語らない怪人は、自分は5年前の9人のロケ隊の一人だったが当時の記憶が欠損、しかしその島で(佐倉視点で)今から8人の人間が殺されるはずだ、と語る。怪人の請願は、佐倉自身がその殺人者かもしれない可能性を承知で、惨劇を食い止めてほしいというものだった。やがて未来からの通信ということを実証するように、怪人の予言通りに地震が発生。そして犠牲者が次々と生じてゆく。

 文庫版で読了。特殊設定のもとに展開する『そして誰もいなくなった』パターンのクローズド・サークルもので、フーダニット。文庫版の裏表紙には「異色ホラーミステリー」と謳われている。

 2時間ほどで読めてリーダビリティ的には最高の作品で、登場人物も頭数の少ない分、明確に書きわけられている。
 安い予算で番組を作る制作側の事情、いつ発注を切られるかおびえる外注スタッフの苦労、それなりに人気俳優になったため出演料のランクがあがってかえって仕事がとりにくくなったベテラン俳優などといった、生々しいTV業界のネタもいっぱい。

 特殊設定部分の叙述にはやや大ざっぱなところを感じたし、何より真犯人の思惑については、いろいろ乱暴だなあとかツッコミたくもなるが、それでもこの作品は最後に明かされる真相の意外性がなかなか。作者の着想を得点的に評価するなら、結構なものだとは思う(部分的に察しがつく人は少なくないと思うが、たぶん細部まで見通すのは難しい?)。評者などは、特に劇中のとある人物の行動は、ミスディレクションにまんま引っかかった。

 最後に語られる動機に関しては、かなり(中略)という思いも湧くが、こういう作品ならアリというか、むしろこういうものでないとこの物語を支えられないだろう。
 コミカライズもされてるようなので、機会があったら覗いてみようかとも思う。


No.1178 5点 夕焼けの少年
加納一朗
(2021/05/15 06:01登録)
(ネタバレなし)
 1975年。東京の西南。中学1年生の賀屋登志子は、隣に越してきたフランス帰りという同世代の少年、寺山亘(わたる)と友人になる。そのまま登志子の同級生にもなった亘だが、実は彼と彼の両親には大きな秘密があった。そんななか、登志子たちの同級生で母子家庭の不良少年、小野崎次郎が亘にからんでくるが。

 1975年に初版が刊行された、ソノラマ文庫版で読了。
 最初の元版は同じ朝日ソノラマの叢書「サンヤング」シリーズの一冊で、webでデータを調べるとそちらは1969年7月の初版。「サンヤング」版ではたぶん物語の時勢の設定も、そちらのリアルタイムの1969年だったと思われるが、本の現物を持ってないので正確なことは未確認。

 内容は昭和のジュブナイルらしくシンプルなものだし、寺山一家の正体もここで明かしてもいいような気もするが、一応はネタバレ回避でナイショにしておく。まあ要は活字で読む「少年ドラマシリーズ」(懐かしの)です。

 特殊な設定ゆえに非日常的な能力を秘める亘だが、中盤からストーリーの実質的なメインキャラは、最初は不良だが、やがて心を入れ替えてゆく小野崎次郎の方に移行。彼が結構、長いスパンでのピンチに見舞われたのち、亘とヒロインの登志子が……という大筋になっている。
 くだんの次郎少年の苦闘の連続部分はいかにも昭和の読み物だが、この時代らしい奇妙なパワフルさがあって、なかなかテンションが高い。なんか脚本家の名前で視聴率を稼げた時代の、話題のテレビドラマみたいな味わいだ。 

 かたや寺山一家の持つ特殊な力には、一定の法則性が設定されており、一見、万能そうに見える機動力にもそれなりの制限がかかる。このあたりは、良い意味で定石を踏まえている感じ。

 ただし終盤の勧善懲悪のくだりでは、結構ドラスティックな裁きを悪人に下していて、きわどい方向にも筆を切り替えられる作者の黒さがにじんでいるような。いや、そういう意味では、いま読んでもなかなかショッキングであった。

 お話のクロージングも結末そのものはきわめて王道なんだけど、妙に余韻を感じさせるのは良い。
 ジュブナイルだから一時間ちょっとで読める一冊で、オトナになっている今だからこそ冷えた頭でアレコレ思いながらモノを言うけれど、もしも69~75年のリアルタイムに子供の目線で読んでいたら、けっこう思い入れていたかもしれない、そんな気配もある。

 disる意図は皆無、シンプルかつ正統派の昭和ジュブナイルをホメる意味で、この評点。


No.1177 5点 猫女
泡坂妻夫
(2021/05/13 07:11登録)
(ネタバレなし)
 海外にまで市場を広げる西洋磁器会社「音澄陶磁」。だがその会社の栄華は、過日の陶工・自勝院如虎(じしょういんゆきとら)男爵が復活させた平安時代からの技術「作良焼」に基づく実績を、現在87歳の会長・音澄甲六がぶんどる形で築いたものだった。そんな音澄家に対して、如虎の孫である老女・奈江は猫を使役しての呪詛をかけるが、やがて音澄家の周辺には惨劇が続発して……?

 元版のフタバノベルズで読了。3時間かけずに読み終えられる長さで内容だが、途中で、とある海外の長編ミステリが頭をよぎり(たぶんkanamoriさんがモチーフの原典だといっているのと同じ作品だと思う?)、結局は……。
 かなり強引に、大ネタの着地点だけ最初から決めて書いた感じで、ミステリとしてはあまりホメられた完成度ではない(伏線をいくつも張ろうと、苦労のあとは感じるが)。
 陶芸についての専門的な描写は、読み応えがあった。脇役の登場人物の一部のおかしなキャラづけ(主人公の同僚で友人である真野の離婚の経緯など)は、なんか泡坂妻夫作品っぽい。
 まあ読んでる間はそこそこ楽しめた。


No.1176 5点 黒い時刻表 鉄道公安官・海堂次郎
島田一男
(2021/05/12 17:26登録)
(ネタバレなし)
 東京駅を本拠とする国鉄の鉄道公安官、海堂次郎を主人公にした全6話の連作中編集。本来は鉄道管内、および車輌内でしか捜査権限はないのだが、事件の枠が在野に広がっていくので、そこら辺は馴染みの刑事や土地の私鉄などとも連携して調査を進める。

 1980年刊行の春陽文庫版が家の中から出てきた(買った覚えはないのだが、たぶん亡き父の蔵書?)ので、たまにはこういうものもいいかな、と思って手に取ったが、全体的に凡庸な事件ものという感じで、う~ん。改めて、似たようなものを書いてもちゃんと読ませる、生島治郎あたりの上手さを思い知った。
 いやキャラクターそのものは主人公もお色気担当の各編のメインゲストヒロインたちも悪くはないし、昭和の風俗描写や地方ローカルの点描なども、これはこれで味はあるのだが、それらがまとまって実にならない話が続くというか。中では、お嬢様学校の女子高校生の裏の顔が実はズベ公で……という『新婚特急の死神』、スリの婆ちゃんがスった財布の中にあった遺書から、事件の裾野が広がっていく『牝豹の軌道』がちょっと面白かったか。
 しかし「(この時代の)日本のエロ映画の半分以上が徳島県で撮影」されていた(『蠢く遺言』)というのはホントだろうか。


No.1175 6点 シスコの女豹
ジェラール・ド・ヴィリエ
(2021/05/12 02:14登録)
(ネタバレなし)
 1960年代半ば。アメリカの西海岸エリアで、それまでは保守派で愛国者の一般市民がなぜか突然、中共のコミュニスト支持者に転向するという事態が続発する。CIAは現状の裏に市民の洗脳を促す「疫病」を蔓延させる何者かの意志を察知し、サンフランシスコのチャイナタウンに住む65歳のジャック・リンクスが情報を得たらしいと知る。だがリンクスは情報を暗号として秘めたまま変死した。CIAは外注エージェントの「プリンス」マルコ・リンゲに調査を求めるが。
 
 1966年のフランス作品。SAS「プリンス」マルコ、シリーズの第五弾。
 一般市民を巻き込む残酷描写は苛烈だわ、猫はひどい目にあうわ、で、正直、あんまりいい点はやりたくないのだが、うー、くやしいかな、通俗スパイアクションスリラーとして予想以上に面白かった(笑・汗)。

 そもそも本シリーズの日本への翻訳紹介が始まったのが1970年代の後半からなので、なんとなくこのSASシリーズは、60年代の007人気に牽引されたスパイスリラーブームからは遅れて出てきた次の世代ヒーローのような印象があった。
 が、実はシリーズ開幕はフレミングが逝去した翌年の65年からで、そんなに離れているわけではない。
 改めてそういうタイムテーブルを意識しながらまだシリーズ初期の本書などを読むと、エロティシズムやサディズムなどの描写もどっか本家? 007を模倣しているような悪くいえば生硬さ、よく言えば一種の骨太さをかんじないでもない。これがシリーズが15冊目を超えたあたりの70年代に入ると、もうちょっとルーティーンの毎回の事件簿っぽくなってゆく感触もあるような。
(まあ厳密に言い切るには、改めてのまともなシリーズの読み込みが必須だが。)
 タイトルロールの美女悪役のキャラクター設計や、中盤でのマルコがとあるシチュエーションのなかで敵の遠距離狙撃に見舞われるシーンのテンションなど、それぞれなかなか鮮烈だ。

 それと謎の「疫病」の正体は21世紀の今ではありふれたもので、もちろんここでは書かないが、現在では科学的・医学的に疑義ももたれているもの。
 とはいえ多くのフィクションで物語のネタとして使われてきたある種の技術であり、Wikipediaなどにも独立記事として存在している。そしてそのWikipediaの記事の最後に、くだんの技術を使ったフィクションとして複数の作品が羅列されているが、この作品『シスコの女豹』はそれらのどれよりも早い。つまり多岐にわたるメディアのなかで、かなり早めにそのネタの導入において先鞭をつけた作品のひとつといえそうである。正直、評者自身も軽く驚いた。当時の読者には、相応に革新的でショッキングなアイデアだったであろう。

 第一作や先日読んだ『白夜の魔女』にも登場したCIAの正規エージェントで、マルコとよく組むミルトン・ブラベックとクリス・ジョーンズのコンビが大活躍。特に外道な悪役の非道ぶりについ激昂して、我を忘れてしまうジョーンズの人間くさいプロらしからぬ描写なんかいい。
 改めて意外に楽しめるな、このシリーズ。


No.1174 6点 砂の碑銘
森村誠一
(2021/05/09 15:20登録)
(ネタバレなし)
 若手OLの貴浦志鶴子は両親の愛情を実感しながらも、幼いころのおぼろげな記憶から、もしや自分は養女では? との疑念をひそかに抱き続けていた。そんな志鶴子はある朝、満員電車のなかで女スリが男性の懐中に手を伸ばす現場を目撃。男性に犯行を気づかれた女スリは痴漢の被害者を装うが、男性は志鶴子の証言で潔白が認められた。男性=露木捨吉は志鶴子にお礼を言うが、その口調のなかの方言は、志鶴子の秘めた記憶に結びつくものだった。露木から改めて情報を得ようとする志鶴子だが、そんな矢先、彼が何者かに殺害される。

 角川文庫版で読了。
 本作はやや短めの長編で、元版の実業之日本社版の時点から、中編『殺意の航跡』が併録されている。
(のちに角川文庫、飛天文庫、廣済堂文庫、青樹社文庫、集英社文庫と5つの版元から刊行されるが、廣済堂文庫と青樹社文庫は『殺意の航跡』を収録しないで『砂の碑銘』単品のみ。)

 新宿署警察の刑事コンビが、捜査に介入したい志鶴子の希望に非公式に融通を利かせたり、遠方の地に赴いての突発的な事件の発生など、いくつか大小の局面において作劇の強引さは感じる。
 とはいえフィクションだからいいんじゃない、の一言でギリギリ片付けられる範疇……かもしれない?
 ジェットコースターのような展開で、最後のまとめ方を含めて、ああやっぱりモリムラ作品だなあ、という印象。好き嫌いをあとから言うのなら当初から手に取らなければいいのだし、少なくとも作者的には、最後までやりきった作品ではあろう。
(まあその上で、強引な力技を随所にやっぱり感じるんだけどね。)

 今回いっしょに読んだ『殺意の航跡』は一種の倒叙ものだが、途中でいきなり物語の視点が変わってお話に弾みをつける辺りは、やはりちょっとうまい。日本版ヒッチコックマガジンに掲載されていた、やや長めのオチがある(スレッサー風の)作品という食感で、推理小説要素は薄いが、ミステリとしてはそれなりに面白いかも。

『砂の碑銘』と『殺意の航跡』ともにある主題が似通うようで、元版の時点からその共通項ゆえにいっしょにまとめられたんだろうね。


No.1173 6点 ウォルドー
レイン・カウフマン
(2021/05/08 14:55登録)
(ネタバレなし)
 ニューヨークから少し離れた避暑地セント・オールバンズ。当地の富豪の女性リズ・エリオットが開催した上流階級の人々が集うパーティで、女好きと噂される中年の写真家フィリップ・ウェアリングが何者かに殺害される。二代目社長で28歳のトム・モーリイは、2つ年上の美人妻ヘイゼルとともに宴に参加していたが、トムとなじみの初老の警察官ジェンセンは状況を絞り込んだ末にヘイゼルを殺人の容疑者として逮捕。そしてヘイゼルはその嫌疑を認める一方、何も事情を語らなかった。だがリズの兄である71歳の元弁護士で犯罪研究家の「ウォルドー」ことオズワルド・エリオットは、自分の人間観からヘイゼルの無罪を確信。リズの娘アイリス・シェフィールドを助手格に事件の洗い直しにかかる。

 1960年のアメリカ作品。
 処女長編『完全主義者』でMWA新人賞を取った作者カウフマンの第4長編。ただし作者はミステリ専門作家ではないので、ミステリとしてはこれが2冊目になる。
 バウチャーに同年度の収穫のひとつとして賞賛された作品で、あらすじの通りに普通のフーダニットパズラーっぽい長編だが、作者の狙いはちょっと斜めの方向。

 眼目は当時の上流階級の社交場に集った人間模様の活写と、そしてさる事情からアマチュア探偵として積極的になる老主人公ウォルドーの行動の軌跡を介して、謎解き作品の様式やミステリ全般の「あるある」的なお約束を風刺すること。
 さらにヘイゼルの冤罪? を晴らしたい一方で、嫌疑を認めた妻の心情が理解できないトム、そんな夫婦の距離感や、ほかの多数の登場人物の素描を通じて、男女間のセックスや情痴の主題にも踏み込んでいく。
(ただし濡れ場などの扇情的なシーンは皆無で、全体的にドライでカラッとした仕上げ。)
 そういうわけなので、早川書房の「ハヤカワ・ミステリ総解説目録 1953年―1998年」でもジャンル分類は「本格」ではなく「異色」である。うん、さもありなん。
 
 それでも「結局、本当の犯人は誰か」という興味は終盤までひっぱるし、小説としてのまとめかたも作者の思惑におさまった感慨は存分にある(ウォルドーがもうちょっと、警察の捜査陣と積極的に関わってもいいのでは? とも思ったが)。

 とはいえ60年以上前の作品なので、ミステリジャンル、謎解き作品へのサタイアやエスプリの部分は、今読んでもそのままクスリと笑えるところもあれば、どっか、あちこちで見てきたようなツッコミの類などもあったりする。この辺は仕方がない。
 評者としてはそれなりに楽しめた箇所が、「ああ、ここでニヤリとさせようとしているんだな」と冷えた頭で感じる箇所をやや上回ったというところ。
 猥雑な物語や人間関係の説明を、全体的に乾いたハイセンスな叙述で語ってゆく小説の作りはけっこう好み。
 その意味で最後のミステリ小説としてのオチもきまっている。
 評点は7点に近いこの点数で。 


No.1172 7点 館島
東川篤哉
(2021/05/06 15:40登録)
(ネタバレなし・ただし他の方のレビューを参照するときは注意)

 新本格「館もの」の典型のような作品。
 楽しかった感慨と同時に、読み終えた時点でこの手のものにいささか食傷している自分に気づいた。いやきっと、まだまだ未読のこの系譜の作品はあるのだろうが。

 ちょっぴり社会派の風味が匂う過去の時代設定を謎解きの要素に活かし、最後の真相で細部をツメていくあたりは得点的に評価。
 ただし先行レビューでmediocrityさんや名探偵ジャパンさんがおっしゃっている疑問はまったく同感。でもまあ、その辺は見て見ぬふりをしてもギリギリ、いい……のかな?

 主人公の探偵コンビ(トリオ?)はシリーズ化してもいいんじゃないかと思ったが、過去設定に意味をもたせるのがシンドイのだろうか。その意味ではこの作品はよくできてるし、同じかあるいは近いレベルのものを書けないなら、あえてシリーズ化したくないというのなら、作者の心情はなんとなく察せられる。こっちの勝手な思い込みに一分の理でもあるというのなら、送り手にとっても大事にされて愛されている作品なんでしょう。 


No.1171 7点 天狗の面
土屋隆夫
(2021/05/05 21:27登録)
(ネタバレなし)
 数年前からそろそろ読みたいと思っていたが、蔵書の「別冊幻影城」版が見つからない。そこで2002年の光文社文庫版の美本の古書を半年ほど前に100円で買って、このたび読んだ。
 ごく正統派のフーダニットパズラーでありながら、戦後の民主化と怪しい宗教への依存、その双方の狭間で狂奔する寒村という当時ならではの主題がくっきりしているのが印象深い。
 もともとは、創作長編の新人賞(のようなもの)に切り替わった乱歩賞、その最初期の応募作品だったようだが、となるとこの長編は、はからずも、この後に続く乱歩賞受賞作諸作の<パズラー+何か特化した主題>という方向性に先鞭をつけていたことになる。

 終盤の謎解きは感心する箇所が多い反面、いくつかのポイントでかなり強引で荒っぽい。しかしそれもまた、この作品の味だろう(無理筋ぎりぎりの部分で、ちょっと、のちの新本格的なティストも感じた)。

 真犯人がトリックを成立させるために行ったとある作業(行為)、そのビジュアルイメージもかなり鮮烈で、そこらへんもかなり好み。自分はこの手のシチュエーションに心のツボを押されるようだ。

 後年の土屋作品群に連なっていく人間観、女性観などの萌芽がこの時点から透けているのにも気づいた。決して作者の代表作にはなりえないだろうけれど、ファンならやっぱり読んでおいたほうがいい一編。評点は0.5点オマケ。


No.1170 8点 三人のこびと
フレドリック・ブラウン
(2021/05/04 04:25登録)
(ネタバレなし)
 一年前に実父ウォリイと死別した「わたし」こと19歳のエド(エドワード)・ハンター。エドは芸人の伯父アム(アンブローズ)とともに、巡業サーカス「J・C・ホバート・カーニバル」一座の旅に加わっていた。だがその年の8月半ば、サーカスの周辺で素性不明の小人が殺害される事件が起きた。ついで今度は団員が飼っていたチンパンジーが、そして7歳の黒人の児童ダンサーが殺される。<三名の被害者>はみな、広義の「こびと」といえる存在で、さらにエドは殺害されたチンパンジーの幽霊まで目撃した。エドとアムのコンビは、懇意になったアーミン・ワイス警部とともに、事件の謎に迫るが。

 1948年のアメリカ作品。エド・ハンターシリーズの第二弾。
 大昔に読んでいたはずだが、事件の真相も犯人もほとんど失念。しかし終盤のあるポイントで、やっぱり読んでいた! と思い出す(汗)。

 サーカスの団員仲間で、エドと同世代の美少女が2人登場。その双方と三角関係になるエドくんの青春ドラマの行方が、サブストーリーとしてなかなか読ませるが、やはり最大の興味は<三人のこびと>がなぜ次々と殺されたかという<ミッシング・リンクの謎>。この魅力的な謎の提示と、真相の開示はなかなかイケる。

 実は伏線は結構目立つように張られており、こちらも当該の箇所はちゃんと一度はメモしていたのだが、そのあとの筋立てが起伏に富んで楽しいので、いつのまにか念頭から薄れていた(ああ、情けない)。
 しかし解決で事件のパズルのピースが綺麗に収まっていく流れはすこぶる快感で、特に第三の事件の意外な経緯はハタと膝を打つ。
 
 ところでこの数年、ブラウンのミステリ諸作を何冊も読んで、この作家が地方巡業サーカス興業に独特の思い入れを抱いているのはよくわかっていたつもり。
 それだけに本作はそういう系譜の作品群の真骨頂だろうと予期していたが、いざ実物に触れなおすと、サーカスそのものの熱狂に関しては意外にあっさりな感じであった(もちろんそれなりには描写されているが)。
 同じブラウンのサーカスものなら、前に読んだ『現金を捜せ!』の方が、ずっと作家のサーカスに抱くくすぶった情念を、実感させる。

 それでもとにもかくにもミステリとして秀作で、青春探偵エド・ハンターシリーズの重要な過渡期編であることは間違いない! エドに対し、君は探偵に向いていると背中を押してくれたワイス警部もいい人だ(マイ・脳内イメージは、手塚マンガの下田警部みたいなキャラだね)。

【以下:余談ですが】
 最後に、実にワタクシ事ながら<本サイトに、まだ登録&レビューがない作品ばかり、しばらく続けて読んで、投稿してやろう>と、実は数か月前から考えて実行しておりまして、本書でめでたく、ひとくぎりの100冊目とあいなった。ジャンジャン。
 だからどうした、というお話(笑・汗)ですが、その記念に大好きな本シリーズの、そしてもう一度読み返してみたいこの作品をセレクトしたというワケで。
 また明日からもイージーゴーイングにミステリ(&SF、ホラー、ファンタジーそのほか)を読み続けますので、みなさま、どうぞよろしくお願いします。


No.1169 7点 シェーン勝負に出る
ブレット・ハリデイ
(2021/05/03 04:41登録)
(ネタバレなし)
 愛妻フィリスを失い、傷心の私立探偵マイケル・シェーンは、9年間過ごしたマイアミを離れようとしていた。そこに友人の新聞記者ティモシイ・ラークが、シェーンに仕事で心の張りを与えようと、依頼人を連れてくる。依頼人は、ラークの友人で編集者のジョーゼフ・P・リトル。リトルの願う依頼内容は、彼の娘で作家志望の23歳のバーバラ(バブス)が別名でニューオーリンズに滞在中だが、不穏な人物によって麻薬中毒にされかけている気配があるので、現状を確認の上、危険がないように監視してほしいというものだった。依頼に応じたシェーンは現地にとび、懇意な、あるいは不仲の地元の警官たちと再会しながら、目的の娘に接近する。だがそこで、予期せぬ殺人事件が発生した。

 1944年のアメリカ作品。マイケル・シェーンシリーズ第9弾。
 本作の次のシリーズ第10弾『殺人と半処女』は読了済みなので、読む順番が後先になったが、いずれにしろ本作が、愛妻フィリスと死別直後の、そして二人目のメインレギュラーヒロイン、ルーシイ(本作では最初から最後まで「ルシール」表記だが)・ハミルトンのデビュー編である。
(同時に、ここから数作続く、シェーンのニューオーリンズシリーズの開幕編。)

 もうこれだけでシリーズの重要なイベント編、ファンにはたまらない一冊だが、あにはからんや(?)、行動派私立探偵小説としても、フーダニットの謎解きミステリとしても、期待以上によくできていた(嬉)。
 土地の大物と癒着しているらしい分署の署長ダルフ・デントンが、以前からシェーンと旧知同士の悪徳警官で妨害にかかるが、単純な悪役という扱いではない。シェーンの方もこの署長相手に、かなり際どい腹芸を使って対応したりするあたりとか、小説としても面白い。
(ちょっと『マルタの鷹』の一場面まで想起させる、スレた者同士の姦計めいたシーンなどもある。)

 なお本書の眼目たるルーシイ(ルシール)は、当初、事件関係者の友人として登場。巻き込まれタイプのサブヒロインから次第にシェーンとの距離感を縮めていく。シェーンのフィリスへについての心情吐露などに対するルーシイの反応など、わずかな描写がすごく泣ける。

 実際の証拠の確保(秘匿)や、さらにはニセの証拠を用意して関係者を欺くシェーンのやり口はかなり際どいが、その分、メイスンやドナルド・ラム的な即妙性と機動力を十全に感じさせて頼もしい。シリーズのなかでもかなり切れのいい動きではないか。
 
 終盤の謎解きは、名探偵が関係者を一堂に集めて、の王道パターンだが、ページ数がどんどん少なくなるなかでこれをやる辺りはゾクゾクワクワク。事件の真相(真犯人の狙い)については、どこかで見たような部分もなきにしもあらずだが、かなり精緻な一方でわかりやすいロジックで、よく出来ている。最後に犯人をはめるシェーンの作戦が、クリスティーのポアロものの某初期作品を思わせるのも楽しかった。

 評者が読んだシリーズの中では『殺人の仮面』と同様に、謎解き興味の強いフーダニット編。ただし中盤の展開は別の方向で楽しませるので、感触としてはさっき例にあげたメイスンものやバーサ&ラムものとかに近いかも。
 いやトータルでは普通に十分に面白かったけどね。
 個人的には何より、ルーシイ・ハミルトンの今まで知らなかった情報がたっぷり得られたのが、嬉しいし(笑)。 


No.1168 7点 秋と黄昏の殺人
司城志朗
(2021/05/02 04:27登録)
(ネタバレなし)
 その年の10月末の土曜の深夜。「私」こと41歳の放送作家・岩城浩平は、2年前に別れた元妻の向井塔子から久々に電話をもらう。彼女の用向きは、何か殺人にからむアリバイ偽装の懇願であり、しかもその殺人の一因は岩城自身のせいでもあると塔子はうそぶいた。岩城は朝早くからの仕事を控えながら四谷の向井宅に向かうが、その場で何者かに襲われて意識を失う……。

 文庫版で読了。
 気がついたら、単独の司城作品を読むのはたぶん今回が初めて。

 生島、北方、大沢、そのほか国産ハードボイルド(の非・私立探偵もの)のエッセンスを掬い上げてこね回したような内容と文体で、よくいえば当該ジャンルのスタンダードを守り抜き、悪く言えばどこかで読んだようなお話……という印象。

 ただしさすがに、長い作家歴(一時期は休筆していたが)から培ってきた筆力は認めざるを得ない歯ごたえ。
 いったい劇中で何が起きており、どういう物語のベクトルが形成されるのか中盤までなかなか見えないが、それでもテンションが下がることはない。
 物語が後半に突入し、主人公がいきなり生命の危機に及んで、ようやく核心が見えてくる。よくいえばストーリーがはじけるその瞬間ギリギリまでの<物語上のタメ>が効果を上げているというか。
(ちなみにその効果を満喫するためには、文庫版の裏表紙あらすじも読まない方がいいかもネ。)

 かようにネタを割るのを引っ張った分、後半3分の1からは怒濤の展開で、山場で明らかになる真犯人もかなり意外。たぶん、作者が意図的に仕掛けたのであろう(中略)的なミスディレクションも効果をあげている。 
 一方でストーリーの九十九折を成立させるために、一部のデティルに力技を感じてしまう箇所もないではない。
 この辺は得点と減点とを相殺した上で、やはり誉めるにしかず、という実感でもあった。

 読み終わるのに結構カロリー使った分、この手のものはもうしばらくいいやと思う一方で、なんかもうちょっと、こういう傾向の作品を読んでみたい希求の念も生じている。この作品にはそんな、妙にクセになる(なんか人恋しくなる?)面もある。

 評点は、終盤で加速度的にヒートアップしてゆく物語の勢いを認めてこの点数で。


No.1167 8点 赤毛のカーロッタ奮闘する
リンダ・バーンズ
(2021/05/01 15:17登録)
(ネタバレなし)
 その年の9月末のボストン。「わたし」こと元警官の私立探偵で赤毛の30女カーロッタ・カーライルは、愛猫「トマス・C」の名前を存在しない人間の夫のように見せかけて応募した懸賞で、2万ドルが当たったらしい。夫婦で賞金を受け取りに来ないと、当選は無効のようだ。さてどうしようと思っているさなか、オールドミスのマーガレット・デヴンズが、3週間ほど姿が見えない弟ユージーン・ポール・マーク・デヴンズの行方を捜してほしいと依頼に来た。老嬢が、彼女に似合わない多額の現金を持っていたことへの疑念、そしてユージーンの勤務先が以前のカーロッタのバイト先「グリーン&ホワイト・タクシー」だったこと、そして何より猫のエサ代を稼がねばならない事情もあって、カーロッタはユージーンの捜索に本腰を入れるが。

 1987年のアメリカ作品。
 日本でもあと2冊シリーズの翻訳がでている、赤毛の女私立探偵カーロッタ・カーライルシリーズの第一弾。
 訳者あとがき(中盤~後半のネタバレをしてるので、注意)によると、この処女作の時点でMWA長編賞(新人賞でなく本賞)にノミネートされたそうであり、さらにパレッキーとグラフトンという現代の二大女私立探偵ものの先輩も激賞、くわえて、同じシカゴがフランチャイズのR・B・パーカーやグレゴリー・マクドナルド(フレッチの)たちからも、高評を授かったらしい。
 実際、話のテンポ、文章のユーモラスさと全体に過不足を感じさせない描写、そしてカーロッタが出会う(再会する)タクシー会社の面々や警察関係者、元カレ、さらにカーロッタが親代わり&姉代わりに後見する10歳の少女パオリーナなど、それぞれのキャラクターの造形や描写もソツがない。
 作品の結構は、ユージーン捜索の案件からやがて深奥の犯罪が露見してゆく流れがメインで、そこに複数のサブプロットが並行して進み……という組み立て。

 登場人物はそれなりに多い(猫やインコを含めてのべ50名以上)がキャラクター描写がくっきりしているので、読んでいて話にほとんど混乱はない。
(なお邦訳の角川文庫の巻頭には登場人物一覧がないが、たぶん複数のプロットの関連キャラをまとめにくかったのかな? とも思う。)

 私立探偵小説のなかには比較的パズラーっぽいフーダニットの形質を採るものも多いが、本作はどちらかといえば足で歩いて聞き込んで周囲の人間を刺激して、真相が暴かれていく流れ。
 ただし、なかなか表面に出てこない真犯人の文芸設定とそ当人の犯行の動機はかなり面白く、そういうリアリティもあるかな、という感じ。

 しっかり(メンタル的、スピリット的な意味合いで)ハードボイルドしている事態の決着の付け方もふくめて、かなりの秀作。中盤は7点くらいの評点の作品かな、と思ったが普通に8点でいいでしょう。

 しかし1年前くらいに近所のブックオフで110円で買った本だが、Amazonでは現状、かなりのプレミアがついていて笑った。
(通常価格のkindleの電子書籍版もあるのだが、実はこちらはちょっと見にはわからないが、原書の英語版なのであらかじめご注意を。)
 続刊は早川に版元が変わるようだが、そのうち機会を見つけて読んでみよう。本書も角川文庫が品切れか絶版になった時点で、早川から出しなおすとかできなかったのだろうか。

【2012年12月28日追記】
 自分の上のレビュー本文で、本作が処女作のように書いたが、本日空さんが投稿された本シリーズの第二作『コンバット・ゾーンの娘』のレビューで、バーンズには本作以前の別シリーズの著作があると説明されている。ということで本作が処女作うんぬんは当方の勘違い(汗)。空さんに感謝して、訂正してお詫びします。
【2012年12月29日追記】
 本文を若干、改訂しました。


No.1166 7点 幽霊潜水艦
ジェフリイ・ジェンキンズ
(2021/04/30 05:40登録)
(ネタバレなし)
 昭和11年の東京。二・二六事件のさなか、一人の男性が国外に逃亡する。その事実はリヒャルト・ゾルゲによってソ連情報部に伝えられたが、やがてくだんの記録は歴史の闇の中に消えた。それから時は流れて、1970年代前半の南アフリカ。「私」こと、少し前まで英国領・南アフリカ海軍の駆逐艦艦長だったストゥルアン・ウエデルは、座標した大型タンカーの原油流出から海洋と生態系を守るため、莫大な原油資産を積むタンカーを撃沈。だがそのあとのゴタゴタに嫌気がさして退役し、今は無頼の日々を送っていた。だが南アフリカ海軍の秘密施設「シルバーマイン」から半ば強引な召集があり、ウエデルは復隊。彼は、南西アフリカの洋上にある英国領の孤島ポゼッション島を管理する「島長」の任を託される。同島には最近、発見された古代遺跡があるらしく、民間学者の調査を後見せよという指示だった。これに応じるウエデルだが、現地では想像もつかない事態が待っていた。

 1974年の英国作品。
 作者ジェンキンズ十八番のアフリカ海域ものの冒険小説だが、冒頭はいきなり二・二六事件の叙述から開幕。なんじゃこりゃ、と思っていると、プロローグは今度は、第二次大戦中のUボートの航海記録を断片的に語り、やがて主人公ウエデルの現在時勢の一人称での本筋ストーリーになだれ込む。
 
 いわくありげなヒロインが登場し、さらに頭数は多くない主要キャラの立ち位置がそれぞれ見えてくるが、いまだ物語の全貌は見えない。悪役キャラっぽいのも出てきて、黙って読み進めると……。

 ぶわはははははは(笑)。
 物語の終盤まで秘匿されていたヒミツって、これか!!
 
 いや、ジェンキンズって『砂の渦』と『ハンター・キラー』、それからなんかあと1~2冊しか読んでないハズだけど、こういう(中略)なモノを書くとは露程も思っていなかったので。
 いやー、これ一冊で、ずいぶんと見る目が変わりました。

 なんつーか、途中入社でそのままいきなり上司になった職場のカタブツが、実は意外に砕けた敷居の低い、羽目をはずせるヒトだとわかって嬉しくなり、思わず肩を叩いてしまうというか、そんな感じです(笑)。
 案外、話せるやんけ、オッチャン。バンバンバン。

 というか一言でいうならコレ、海洋冒険小説版『日本核武装計画』(エドウィン・コーリィ)だよ。もちろん詳しくも具体的にもここでは語らないけれど。トンデモぶりでは勝るとも劣らない(いやむしろ、勝ってるかもしれない)。
 瀬戸川猛資御大はたぶんこれ、読まなかったろうなあ。読んでたら、絶対にどっかで目につくように騒いでたろうなあ。あーいう作品や、あーいう作品も大好きな人だったんだから、きっとコレもかなり気に入ってくれていたと思うが。

 いやまあ、作りというか海洋冒険作品としての作法そのものは、おおむね正統派なんだけどね、それだけにようやく明らかになる大ネタのぶっとびぶりと、その趣向を支える文芸のアレコレのお笑い度が強調される(笑)。
 あと悪役の設定というか文芸も、なんつーか(笑)。
 もうひとつ別の言い方で呼ぶなら、英国冒険小説の史上に輝く前代未聞のバカミス。
 世の中にはこういう作品もまだまだ眠っているのであった。これだからミステリファンはやめられない。
(それでいいのか、といういくばくかの疑問も頭をよぎるが。)


No.1165 6点 おちこぼれ探偵塾―偏差値殺人事件
深谷忠記
(2021/04/29 06:01登録)
(ネタバレなし)
 関東のP県の私立高校・丹羽学園。その年の入試試験の最中に、受験生・下条啓介が、男子トイレから煙のように消え失せる怪事件が発生。数カ月しても下条の行方は知れなかった。たまたま怪事に立ち会った丹羽学園の生徒で二年生の早川一彦は「おちこぼれ塾」と異名をとる中学生向けの小さな学習塾「落合塾」のOB。そして現在の同塾には、一彦の妹で「あたし」こと早川育江、そしてその友人の太田瑠理子、清水ゆかりたち中3トリオ「コボレーズ(落ちこぼれ~ず)」が通っていた。育江たちは、兄が遭遇した怪事件に関心を抱き、周囲の者を巻き込んでアマチュア探偵としての調査を始めるが、やがて事態は連続殺人事件へと連鎖してゆく。

 元版のソノラマ文庫版で読了。
 ジュブナイル叢書ながら、基本的にしっかりした正統派のフーダニットパズラーで、広義の密室といえる冒頭の人間消失事件も魅力。
 かなり手数や仕掛けは多い作品だが、その分、いくつかは先読みできてしまう辺りは、まあ仕方ないのか。
 
 真犯人はなかなか意外で、そのために張ってあった伏線も悪くはないのだが、一方で作中のリアルを考えれば<その件>については、警察の捜査が続くうちに捜査官の誰かがどっかで思い当たるのではないか? という気もした。少なくとも、ひとたび疑念をもたれたら、あとは瓦解ひとすじだよね、と思う。
 あとはこの犯人の<設定>を許容できるかどうか、だな。
 その件に絡めて、人間消失のトリックの評価も変わってきそうだ。
(個人的には、真相が良い意味でシンプルなのは好ましいが、そもそもこの事態の成り行きをふくめて、いろいろアレだよね、という感じ。)

 それでも十分に、昭和パズラーの佳作にはなっていると思う。
 読み物としては、小説的なリアリティを出すためか、わざわざ名前をつけて登場してきてただそれだけ、というモブキャラが多すぎるのがやや引っかかったけど。


No.1164 6点 皆殺しの時
ミッキー・スピレイン
(2021/04/28 15:28登録)
(ネタバレなし)
 1960年代後半のニューヨーク。「おれ」こと私立探偵マイク・ハマーは、旧友で戦友のリプトン(リッピー)・サリヴァンの惨殺事件を調査する。リッピーの部屋は荒らされ、周囲に現金を抜かれた財布が捨てられて、口座にはそれなりの預金残高があった。ハマーはリッピーがひそかなスリ常習犯だと考え、何かまずいものをスったことから殺されたのではと推察する。そして同じ頃のNYでは、さる凶悪な細菌兵器が蔓延する予兆があった。政権交代前のソ連がひそかに20年前から潜入させていた謎のエージェントによる破壊工作で、最悪の場合は全米に天文学的な被害が出る。細菌兵器の行方を追うパトリック(パット)・チャンバース警部たち捜査陣とアメリカ政府、そしてソ連の関係者。そんな緊急事態を認めつつ、ハマーと美人秘書のヴェルダは延々と、リッピー殺しの手がかりを求めるが。

 1970年のアメリカ作品。ハマーシリーズ第11弾。
 
 数十年ぶりの再読である。評者はシリーズ第10作目『女体愛好クラブ』は未読だが、すでに一度縁があるこちらが近くにあり、内容がどんなだったかなんとなく気になったので、読んでしまった。
 なおAmazonの書誌データ登録がヘンだが、ポケミスの実際の初版は1972年の11月15日。

 しかしさすがに大設定以外の細部は、ほとんど忘れていたな。犯人や黒幕の正体も失念していた。
 大量死(の危機)と相対化される一市民の殺人事件というコンセプトが、笠井潔のかの物言いや21世紀の作品『地上最後の刑事』なども想起させる。実際、ハマーも数日後には何万という死者が出て、こんな事件などなんの意味もなくなると自嘲したりする。
 そして大都市NYに迫る一大危機という趣向は、カッスラーの『QD弾頭』やラピエール&コリンズの秀作『第五の騎手』みたいだ。
 
 とはいえ『地上最後の~』みたいな隕石が迫るという絶体不可避の危機とは違い、かなり望み薄とはいえ、細菌兵器発見の希望もわずかなりとも残されているのに、そちらの案件に協力もしないで友人殺害事件の捜査に徹するハマー(ヴェルダの方は細菌兵器の件を知らない)の姿はかなりクレイジーというかファンキーだ。
(まあパット・チェンバースからすれば、いくら友人で辣腕の探偵とはいえ、官憲でもないハマーにこんな大事に介入してほしくない、という思いもあるだろうが。)
 この職業意識というかハマーなりの仁義の切り方も、スピリット的な意味で広義のハードボイルドだとは思う。

 ネタに関してはスパイ小説ブームもひと段落しちゃったなか、タイガー・マン(評者はまだそちらのシリーズはまったく未読)で使い残した国家間の謀略アイデアをハマーシリーズの方にもってきた可能性も見やったりする。
 実際のところはどうか知らないが、少なくともタイガー・マンはこの時点ではもうお役御免にはなっているんだよね?

 ミステリとしては作者の手癖で書いたような感もあり、真犯人や工作員の正体についてはあまり良い点はやれないが、伏線の張り方はちょっとイケる歯ごたえがあった。終盤で推理をふりかざし、名探偵になるハマーのキャラクターは楽しい。

 ヴェルダは大活躍するが、一人称で物語を語るハマーとは別行動のため、ほとんど叙述の表面に出てこないのが残念(まあ女房役の彼女がそばにいると、ハマーはゲストヒロインの美女たちとあれこれできないし)。ヴェルダが情報の聞き込みをした町の連中たちに、あとから改めてハマーが出会うと、彼女のエロいいい女っぷりをみんな口を揃えて褒めたたえるのが笑える。
(しかし再読して今回はじめて気づいたけれど、たぶんハマーとヴェルダはこの時点ではもう男女の仲だね。世界最長の婚約者だと、ぼやくヴェルダが可愛い。)

 翻訳が高見浩だったことに改めて気づいて、ちょっと驚いた。こんな大物がシリーズを訳していたとは(まあマック・ボランの主力訳者のひとりでもあるから、こういうのもスキなんだろうけど)。
 とにかくグイグイと進んでいく展開で楽しめる。こなれて丸くなった時期の中年ハマーだけど、まあこれはこれで。


No.1163 8点 超生命ヴァイトン
エリック・フランク・ラッセル
(2021/04/26 14:51登録)
(ネタバレなし~少なくとも途中から結末は)
 2015年の前半。世界中の各地で高名な科学者が続々と怪死。その数はやがて20人近くにのぼる。アメリカ政府の渉外官でこれまで多くの民間学者に財務的支援を行っていた青年ビル・グレアムは、殺人課の刑事アート・ウォール警部とともにこの連続怪死事件を追うが、やがて事件の鍵を握るらしい科学者エドワード・ビーチ教授がいるシルバー・シティで、化学物質の大爆発が発生。一瞬のうちに3万人以上の人命が犠牲になる。慄然とする惨事だが、しかしまだこれは全人類が迎える未曾有の危機のほんの序章に過ぎなかった。

 1943年の英国作品。
 ただし内容は、劇中でシルバー・シティの惨事をヒロシマの悲劇と比較しているので、翻訳の底本は戦後に加筆改訂された版らしい。

 言うまでもなく「人類家畜テーマ」「見えざる高次元の神テーマ」の名作。
 我が国では、本作の訳者・矢野徹によるリライトでジュブナイル海外SFとしても刊行され、さらに山田正紀のデビュー長編『神狩り』の原点となったことでも有名。

 評者は少年時代にくだんのジュブナイル版を手にして関心を抱いたものの、内容の言いようもしない恐ろしさと不気味さに腰が引けてついにそのジュブナイル版は読了できずに終わった(怪しくも蠱惑的な挿絵は、ひとつふたつ今もたぶん記憶にある)。
 後年(今から見れば大昔)にハヤカワSFの銀背版は古書で入手。ウン十年を経てようやく実作をまともに読むが、作中の時代設定が近未来(リアルではもう過ぎたけど)だったのに軽く意表を突かれた。実は作品の刊行そのものも物語設定も50年代だと勝手に思っていたので。まあその文芸はちゃんと活用されているので、意味はある。

 とにかく前半のSFミステリ的な「掴み」は強烈で、これは石川喬司が『極楽の鬼』で語ったとおり。
 後半は高次元生物ヴァイトンと人類との全面対決になる。人間の感情や精神の起伏をエネルギーに転換して食餌とするヴァイトンの設定は当時としてはかなり画期的なものだったと思うが、評者は厳密にはそれほど海外SFの大系に詳しくないので、明確なことはいえない。メタファーとしては、大戦時代の敵対国の暗喩なども潜むかもしれないし、読み物として現実の史実上の殺戮史を楽しむ「文明人」への揶揄があるかもしれない。その辺は恒例の深読み(笑)で。
 
 しかし主人公グレアムを軸とした終盤の攻防戦はなんか、戦争活劇冒険小説の趣で、ほとんどモブキャラクターながら勇壮な英雄的最期を見せる登場人物なども続出。この辺には、英国出身の作家らしい、冒険小説の系譜を認める思いであった。

 なお、印象的なシーンとして、グレアムがヴァイトンを殲滅する場面で「これは○○の分だ、これは○○の分だ!」と序盤で倒れた知己の科学者たちの無念を訴えながら攻撃を繰り返す、まるで少年マンガのクライマックスのような叙述が登場(正確なセリフ回しはちょっと違うが、だいたいそういうニュアンスの描写だ)。
 読後にwebで本作の感想をあちこち覗いてみると、やはりこのシーンにフックされた人は多いみたいで、本作こそがこの「これは~」パターンの元祖だという見識もある。ちょっと面白い。

 あとね本作はヒロインの女科学者ハーモニー・カーティス博士がなかなか印象的。ツンデレではない、なかなか底を見せないクール系(グレアムの方は岡惚れ)で、やはり当時としては、結構新鮮なヒロインだったんじゃないかと。

 細部のツッコミどころはいくつかないでもないけれど、旧作ということも踏まえて得点要素は豊潤な作品。
 評点は8点じゃなくて、7点に留めたいところもある。その感覚がちょっと今回は口にしにくいのだが。ただやっぱり8点は妥当だろう、とギリギリで思い直してこの点数で。

【2022年12月8日追記】
 上記の「これは○○の分だ、これは○○の分だ!」とやり返すパターンの件だが、先日、読んだガストン・ルルーの悪漢主人公の作品『シェリ=ビビの最初の冒険』(1913年雑誌連載。定本の刊行は1921年)にも同様の場面があるのに気が付いた。こっちの方が少なくとも『ヴァイトン』よりずっと先駆ということになる。


No.1162 7点 夏色ジャンクション
福田栄一
(2021/04/25 14:01登録)
(ネタバレなし)
 20代半ばの信之は恋人の氏家奈緒と友人の笠原拓也に裏切られ、それが遠因で失業して相応の借金を負った。現在は唯一の財産といえるミニバンの中で暮らす毎日だが、ふとした縁で行き倒れの老人・浮田勇を助ける。勇がさる理由から東北を目指し、そしてバッグになぜか700万円の現金を携帯していると知った信之は、勇を目的地に送る手伝いをしながら、その金を奪おうと考えた。さらに途中で、やはり当人の事情から青森を目指す二世のアメリカ娘リサ・マリー・テイラーを旅のともに加える一行だが。

 文庫版で読了。
 信之が悪心を起こして勇のお金の強奪を企んでいることからクライム小説の一端とはいえますし(笑)、広義のミステリととれますが、それ以上に普通の青春小説でヒューマンドラマでロードームービー的ストーリーである(カーアクションとスリル、サスペンス、警察の介入などの要素もあるけれど)。
 文庫版の表紙周りにも解説にも、特にミステリとは謳ってないけれど、まあその程度にジャンルとの接点がある青春小説ということで今回のレビューを。

 男女の若者ふたりと年長の男性トリオの車旅といえば『幸福の黄色いハンカチ』だろうが、読了するまであの映画のことはまったく念頭になかった。つまり個人的には大枠以外、そっちとはまったく別ものの印象。
 本当にスムーズに進行すれば2~3日で終わってしまいそうな話が、その倍以上の日数のストーリーに延長。それに見合ったイベントがいくつか用意されているが、いわゆる「神の手」になった作者のあざとさはほとんどない。
 優しい局面もあれば苦い事態もあり、その混淆を経て迎える主人公トリオそれぞれの、そして3人まとめての着地点もまた、本作の味わい。
 突き抜けたものはほとんどないけれど、いい作品である。こういうものをホメると(中略)とかいわれそうだが、まあいいや(笑)。ひと晩、じっくり楽しめた。


No.1161 8点 いとしのシルヴィア
E・V・カニンガム
(2021/04/24 20:04登録)
(ネタバレなし)
 1958年8月。「私」こと金回りの悪い35歳の私立調査員アラン・マクリンは、40代後半の大富豪フレデリック・サマーズから、婚約者の詩人、シルヴィア・ウェストの前身を調べてほしいとの依頼を受ける。シルヴィアは20代半ばの大変な美女だが、彼女がサマーズに語る経歴は虚言だらけで、苗字すら本名でないらしい。サマーズの命令で、シルヴィア当人に会わないこと、騒ぎを大きくしないことを条件に、シルヴィアの調査を開始するマクリン。そして彼は「シルヴィア」の過去を知る多くの男女に対面するが……。

 1960年のアメリカ作品。
 本文462ページという大作で、翻訳書が刊行当時の歴代ポケミスの中では一番厚かったハズである(今でもトップ10の一角くらいには入ってると思うが)。

 久々に長めの海外ミステリが読みたい、私立探偵小説がいい、という何となくの希求が自分のなかで重なったので、読み始めたが、さすがに読了までに二日間はかかった。
 ただしマクリンが出会うシルヴィアの関係者のエピソードを積み重ねていき、さらにそれぞれの挿話の舞台(証言を聞く場所)もアメリカの各地を転々とするので、お話全体の起伏感はかなり強い。章立てもそれぞれの証言を聞く地名を並べる形で配列され、実に読み進みやすい造りの小説(ミステリ)である。
 もともとは訳ありの少女だったシルヴィアがいかにこれまでの半生を生きてきたかが語られると同時に、次第にその当人には会わないまま自然といつしか思い入れを深めていくマクリンの心の傾斜が主題となる。
(あと、辻真先のスーパーみたいに、とにかく乱読の上の乱読で、独学で自分の教養と知性を高めていくシルヴィアのキャラクターがなかなか鮮烈。)

 古い作劇、というか王道のストーリーテリングなのだが、さすがに直球の物語の組み立て方で面白い。
 読み終えたあとに小林信彦の「地獄の読書録」の本作の評をリファレンスすると、これぞピカレスク(世の中の裏側を語る小説)の見本という感じで絶賛していた。自分もその評に異論はない。ただし一方で、普通の意味でのミステリ要素はおそろしく希薄で、これは特定人物の捜査や調査を主題にした普通小説に近いんじゃないのかな、とも思ったりもした。もし新旧ポケミスのなかで、あんまりミステリらしくない作品を十本あげろとか言われたら、自分はこれを候補のひとつに加えるかもしれない。
(なお、くだんの小林信彦の「地獄の読書録」の本作のレビューは、この作品の小説的な結末までバラしているので、これから読む人は注意のこと。)

 それでも終盤の切り返しとクロージングは、なかなか心に染みて悪くなかった。最後の最後で、枠組みの広い意味での、しかしてかなりジャンルのど真ん中に剛球が決まった<ハードボイルド>になったように見やる。
 評者の読み方が必ずしも正しいとも思えないのだが、<そう>受け取ってもいいのではないか、と心におさめたい、余韻のある終わり方であった。
 紙幅的にはもちろん長い作品なんだけれど、決して冗長ということはない。年に1~数冊くらいは、こういうのに付き合ってみたい、そんな長編。
 評点は……う~ん、0.3点くらいオマケ。


No.1160 7点 二重アリバイ三重奏
大谷羊太郎
(2021/04/21 19:22登録)
(ネタバレなし)
 その年の3月11日の午後9時代。練馬のマンションで、タレント活動もふくめて人気を博している若手作家、哲村玲次郎が殺された。31歳の哲村は、大学教授の娘で保育園の先生である24歳の美人・中条友美にプロポーズ中。だが返事は保留中で、さらに友美をめぐって争っている恋仇の会社員・浅田利行の存在が、捜査線上に浮かんでくる。しかしその浅田には確実と思われるアリバイがあり、さらにもうひとりの人物に嫌疑がかかるが、捜査を続けるうちに彼らには、それぞれ二重に別の場所で目撃された? 怪異な情報が確認される。

 文庫書き下ろし。
 あちこちに荒っぽい面もあるが、50~60年代の埋もれていて発掘された英国の技巧派パズラーを読むような感じで、かなり楽しかった。
 ここではあまり書けないが、途中で作品の方向性が切り替わり、それと同時に読者の前に提示される謎の成分なども変遷してゆく。
 作者的には最後まで(中略)ミステリとして息が続かないのでチェンジアップした気配もあるのだが、逆に言えばなりふり構わず、ラストまで謎解き作品としてエンターテインメントしてやる、という気概のようなものもうかがえた。とても好感がもてる。

 本題の二重アリバイの真相は笑っちゃうようなところもあるが、これはこれで愛せる感じ。作者らしい? チープなトリックも個人的には歓迎したい。

 ただしラストのお話としてのどんでん返しは見え見えで、深夜アニメのネットでの実況で言うなら「デスヨネー」と書き込みたくなるような感じであった。まあそんなお約束ぶりもキライじゃないよ(笑)。

 楽しめるB級パズラー。小市民的なキャラクターのミステリとしての運用ぶりが、どっかクロフツっぽいティストも感じたりした。

 ところで探偵役の八木沢庄一郎刑事、レギュラーキャラなんですな。個人的には初めて接しました。本作のなかでは警視庁捜査一課に所属というだけで、特に階級は明言されてないんだよね。もう警部補になっているのかしらん(叙述されてないだけでそうであったとしても、特に問題はないけれど)。

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