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ミステリの祭典

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平均点:6.33点 書評数:2109件

プロフィール| 書評

No.1089 5点 破産寸前の男
ピーター・バーセルミ
(2021/02/08 06:46登録)
(ネタバレなし)
 ヒューストンで広告代理店を営む「ぼく」ことボーモントは、ハンサムな中年男。だが頭がハゲかけていて、複数の成人した子供がいる。何より現在は契約が少なくて、美人の秘書のエイミーが借金の督促の対応に苦労している。そんな時、大手石油サービス業「ウェラメーション社」の代表であるクレイ・トマスから大口の仕事を取るが、実はその契約は先方の会社の公式な窓口を通してないものだった。報酬を払ってほしければと、トマスは、とある秘密裏の行為を指示してきた。

 1987年のアメリカ作品。
 中堅広告代理店(ただし社員は少ない)社長ボーモントシリーズの第一弾で、翻訳が出た時点で本国ではすでに第三作目までが刊行されていたらしいが、日本への紹介はこれ一冊で終わった。

 本作では、いわくありげな依頼人トマスとの接触を経て、どうも何かきな臭い案件に巻き込まれたらしいボーモントが、事態の把握と窮地からの反撃を画策。途中で周囲の思いもよらぬ事実なども見えてくる。

 一番近いイメージでいうなら、我が国の生島治郎や北方謙三が書きそうな、中小企業の中年社主を主人公にした巻き込まれ型の(それほどコワモテではない)ハードボイルドか、あるいはノワールサスペンスという感じ。

 ただし物語の半ばで事件の深層が(中略)に及ぶと明かされる。物語自体はそんなにややこしいものでもないが、その事件の題材そのものがちょっと日本人には実感しにくい? ものなので、そこらへんでソンした感じ。
 本国アメリカの読者なら、もうちょっと身近な物語として楽しめたんだろうな? という印象だ。

 おかげで、キャラクターたちの配置やストーリーのテンポそのものはそんなに悪くないんだけど、なんか風邪をひいたときのボケた頭で、楽しめないままお話を追っているような感覚であった。

 第二作目以降のシリーズの邦訳が続かなかったのも仕方ないと思う。
 初弾がこういう作品・事件だから損をした? と見るならば、もったいないような、そうでもないような。


No.1088 7点 上海から来た女
シャーウッド・キング
(2021/02/07 20:13登録)
(ネタバレなし)
「俺」こと26歳の二枚目、ローレンス・プランターは長い船員生活を経て陸に上がり、今は43歳の辣腕弁護士マルコ(マーク)・バニスターの運転手を務めていた。そんなある日、バニスターのパートナーの弁護士リー・グリズビイが、ローレンスに奇妙な提案を持ち掛けてくる。それは5千ドルの謝礼と引き換えに、グリスビイ自身の偽装殺人計画を請負、じきに確実に無罪で釈放されるからいっときの容疑者役を引き受けてほしい、というものだった。ローレンスは依頼の裏の事情をあれこれと読みつつ、相手の申し出を検討するが。

 1936年のアメリカ作品。
 00年代に「ポケミス名画座」の一冊として初めて日本に翻訳された、名作ミステリ映画の原作作品である。
 映画版の主演・監督はオーソン・ウェルズ。

 評者は、映画が日本で初めて公開された当時、たしかミステリマガジンなどで、都内で限定上映の情報を聞いて興味を覚えたものの、いかに当時からさすがにオーソン・ウェルズの実績は知悉(というのもおこがましいか~笑~)とはいえ、未知の原作者のこの映画を観にいくまでには意欲が湧かず、そのままスルーした。
 21世紀の今では低価格DVDやレンタルソフトなどで容易に鑑賞可能な一本のようだが、結局のところ、いまだ観ていない(汗)。
(といいながら、映画の企画制作にあの『第三の犯罪』『間抜けなマフィア』のW・キャッスルが大きく関わっていたことを、このポケミス巻末の解説で改めて意識した。じゃあそのうち、機会を見て観賞するか。)

 とはいえこの原作小説は大枠の文芸設定は同様だが、総体としてはかなり映画とは別物だそうで、その辺は今回、ポケミスの解説を読むまでもなく聞き及んでおり、そもそも「上海から来た女」なる設定のキャラクターはおろか、作中に「上海」という単語すら出てこないことも前もって知っていた。
(となるとこの小説の邦題、すんごくアレだよなあ。
なお小説の題名(原題)は「If I Die Before I Wake」で「眠ったまま死ねたなら」ぐらいの意味か。出典は作中で引用される詩からのようで、ポケミスの解説ではけっこう広い含意を示唆している。)

 ストーリーは無駄のない話法、短めの章立て、さらには大別された本文のブロックパート(「~部」)で構成され、加速感のあるサスペンスミステリとしては、この上ない丁寧な作法。
 中盤以降から、サプライズとどんでん返しにあふれて、2~3時間で読者の目を釘付けにしたまま一気に読ませてしまう、パワフルな長編である。
 一方で、1930年代のクラシックともいえる一冊なので、フォーマルな作劇ゆえに、どうしても先読みできてしまう箇所がなくもない。それでもトータルとしては、十分に作りこんだノワール・サスペンスの秀作だろう。
(主人公が偽装殺人計画に引きずり込まれるという大設定=物語の発端は、後年のグレゴリー・マクドナルドの長編『殺人方程式』の先駆だね。なおそちらとは導入部の序盤のみの合致だから、こう書いてもまったくネタバレにはなっていないハズだが。)
 はたして山場のテンションは、着地点がどこにいくにせよ、かなりの迫力がある。
 クロージングの余韻も、しみじみと染みてくる。 

 なお作者のシャーウッド・キングは、このほかにもう一冊だけ相応に反響を呼んだ作品を書き、実質その2冊だけで消えてしまった女流作家らしい。
 その、未訳の方のもう一冊も、このレベルなら、ちょっと読んでみたいとは思う。


No.1087 7点 アッシャー家の弔鐘
ロバート・R・マキャモン
(2021/02/07 07:30登録)
(ネタバレなし)
 1847年3月。愛妻ヴァージニアと死別して悲嘆にくれるE・A・ポーの前に、一人の紳士が現れた。紳士は自分が、ポーが著した短編『アッシャー家の崩壊』の主要人物ロデリックの弟、そしてマデランの兄であるハドスン・アッシャーだと名乗った。当惑するポーにさる事を確認してすぐ、その場から去るハドスン。そして時は流れて、1980年代初頭の現代。今日のアッシャー家は、米国はおろか世界各地の戦局にさえ常に影響する一大軍需工場の当主となっていた。そのアッシャー家の末裔=現当主ウォルターの次男である33歳のリックスは、死の商人の家業を嫌悪し、売れない作家として苦闘していたが、そんな彼に実家に戻るようにとの指示がある。

 1984年のアメリカ作品。
 マキャモンといえば、評者はこれまでウン十年前に『奴らは渇いている』ひとつしか読んでなかった(本の購読だけはちょっと、してある)。本サイトで好評の『少年時代』なんかもまだ未読。
 今回、タマにはこんなのも……と思い、蔵書の中の積ン読本を手にして読み始めてみたが、さすがふた昔前の、ながらも、かなりの人気作家。全編の筆に勢いがあり、上下巻で合計700ページの紙幅を一日かけずに読ませてしまった。 

 なるべくお話のネタバレにならないよう、序盤からの大設定のみを主軸に語るけど、古典ホラー(原典の短編小説『アッシャー家~』は広義のそれだよね?)の有名どころキャラクター(その当人のあるいは係累)が現代では大企業のトップになっているというのは、ハマー・フィルムのクリストファー・リー主演映画『ドラキュラ72』とかを連想させて実に楽しい。
 しかもアメリカのみならず全世界を市場とする国際的な死の商人で、主人公はそんな実家の仕事に反発して作家をやってるけれど、なかなかうまくいかず……のくだりには、たぶん作者マキャモン自身の文筆家としての心情吐露も入っている感じでこの辺もまた興味深い。
(一方で、ポーが、どういう事情や接点から<実は作中世界での現実であった? アッシャー家の内部事情>を書いたのか、というポイントについては……まあ、ムニャムニャ……。)

 さらに主人公リックスの里帰りとそれに連なるストーリーラインと並行して、何か訳ありな15歳の少年ニューラン(ニュー)・タープのお話が綿々と語られていき、どのタイミングでこの二つの話がどう交差するのかも、当然のごとく作品の大きな興味となる(もちろんここでは具体的には書かないが)。

 とはいえある意味で、この作品の本当の主役なのは、作家リックスでもニュー少年でもなく<現在のアッシャー家>といえる<ある建造物>であり、そのコワさは読んでからのお楽しみ、ということで。
(これはネタバレにはならないと思うが)ちょっとマシスンの『地獄の家』的な幽霊屋敷ものモダンホラーの趣もある。

 前述のように正にイッキ読みのハイテンションだし、終盤の(中略)も個人的にはなかなか刺激があった。
 ただし、最後まで読むと、それなりに存在感も重要度もあったはずの某・登場人物のひとりが、結局、この人は(中略)だったの? それで(中略)なの? という感じで、なんか作者からもすっかり忘れられてしまったのが気にはなったり(笑)。
 あと細かいところでは「この辺の説明、うっちゃったままでしょ?」というところがいくつか目についちゃうのもアレな感じで(特に一部のキャラの内面描写がかなり言葉足らずなところとか)。

 それと、終盤まで読んでわかるタイトルの意味は結構いいかも。スゴイスゴイの描写が軽すぎて、悪い意味でマンガになってしまった部分がなきにしもあらず、ではあったが。


No.1086 6点 忘霊ラジオ殺人事件!?
戸梶圭太
(2021/02/06 07:41登録)
(ネタバレなし)
2016年の夏。不倫した妻と別れた、ラジオ局の元ディレクター・藤本道雄。局を退社した彼は再就職がうまくいかないまま、自分の娘で12歳の美少女・ちさとを連れ、道雄の祖母(ちさとのひい祖母)よねが住んでいた離島・八途島にやってきた。島は十数人の老人だけがひっそり暮らす、21世紀の文明ともほど遠い世界。他界したよねが遺した家屋で暮らし始める親子だが、道雄は思い付きで、視聴者すらいるかどうかすらわからない海賊ラジオ放送を始める。だがその放送に混線して、怪異な声が聞こえてきた。

 人は良いがダメ父の道雄は副主人公で、実質的な主人公はちさとの方が担当する、そんな父と娘の絆を軸にした、オカルトジュブナイル風冒険ミステリ。ラジオ放送に混じる怪しい声、そして、同一人物か? 別人か? 十数年前から島の山地に出没する怪人の謎、……など怪事の要素を小出しにしながら、島に潜むとある大きな秘密に次第に迫っていく。

 実態は、妙な感覚のリアルさがある真相で、そのアイデアというか文芸設定はちょっと面白かった。
 物語の舞台として設定された、島全体のいかにもミニスケールな感じも、小学生の頃に近所の寺社の裏側のうっそうとした木陰にはじめて足を踏み入れたときの気分みたいなのを蘇らせて、どこか懐かしいワクワク感を呼び起こしたりした。

 ストーリー面ではメインストリームの冒険部分とは別に、さらにまた別のショッキングなサプライズも読者の隙をついて複合的に語られる。大技と小技を組み合わせたヤングアダルト向け作品、あるいはミステリ調ラノベとして、そこそこ楽しめる。
 
 ライトな文体をふくめて、全体的に中学生あたりに向けてリリースされたヤングミステリーという感じだが、甘菓子のなかにゴツゴツしたナッツが入って、それでバランスがとれているような食感の一冊。そう思って読んで、なかなか悪くないかな、というところ。


No.1085 5点 華やかな迷路
笹沢左保
(2021/02/04 05:25登録)
(ネタバレなし)
 広告代理店「大報」の美人プランナーで27歳の正見亜衣子は、業務で知り合った超大手デパート「丸越」の常務で社長の次男でもある青年・船尾昭彦に見初められて婚約した。だがそんな玉の輿に乗った亜衣子のもとに「お前の過去を知っている。結婚はやめろ」という主意の匿名の脅迫状が送られてくる。文書の主は、過去から現在までに肉体関係のあった3人の男のうちの誰かか? あるいはプラトニックラブな関係のまま、唯一、本気で愛し合ったかつての恋人か? 亜衣子は、手紙の主を調べようとするが。

 あー。限りなくフツー小説に近い、いつもの笹沢風・叙情エロチックサスペンスであった(とはいっても全然ハラハラもゾクゾクもせず<サスペンス>じゃないが)。
 80年代の中間小説っぽい路線だから、もともと謎の部分の興味ではあんまし期待してなかったけれど、脅迫状の差出人も前半で正体をヨメない人はいないはずで、ヤワすぎるよね。
 それでも一応は人死に事件はあり、終盤にまた別の意外性も用意はされていて、ミステリとしての最低限の体裁だけはとられてはいるか。

 とはいえ、この女性主人公のキャラクターで、23~24歳まで(中略)だったというところに、いくら性愛描写に紙幅を費やそうとも、実はどこまでも根がジュンジョーな笹沢の女性観の一端がうかがえる。
 作者のひとつの顔を再確認するという意味では、ファンには興味深……くもないか。
 たぶんこの手の傾向のこのレベルの作品なら、まだまだ他にもいっぱいあるだろうし。
 
 しかし「丸越デパート」というネーミングには笑ったね。この世界では、10年くらい前にハレンチ大戦争が勃発していたのだろうか。
(ラストで教育軍団長にトドメを差したマルゴシ先生は、カッコイイ男であった。)


No.1084 7点 人狼を追え
ジョン・ガードナー
(2021/02/03 07:16登録)
(ネタバレなし)
 1970年代半ば。ベルリン駐在の英国情報部員で、獲得した情報の精査や分析を担当する33歳のビンセント・クーリングは突然、本国に呼び戻された。クーリングを待っていたのは、1945年5月、落日の第三帝国から脱出した少年で、今は前身を隠して英国に生きる男「人狼」の内実を探る極秘調査の任務だった。ゲッペルスの息子ヘルムートの可能性すらある、くだんの「人狼」。現在の彼は英国にとって、本当に脅威になりうるのか? 複雑な思いに駆られながら任務を続行するクーリング。一方で英国在住のデンマーク人実業家ジョセフ・ゴッターソンが購入した古い屋敷では、怪異な子供の幽霊が出没していた……?

 1977年の英国作品。たぶんノンシリーズものの、単発作品。
 旧ナチスの潜伏エージェントが、ヒットラーに認められたというそのカリスマをふりかざし、ネオナチや極右組織の旗頭になるかもしれない……という、英国内閣の危惧に振り回される情報部。
 一方で、旧家に起こる恐怖の幽霊騒動。この二つの事象がどう結びつくのかと思っていたら……。

 いや、途中3分の2まで読んで物語の骨子が明かされた時点でボーゼンとした。スパイ小説にもバカミスはいくつかあるが、これほどのものはそうはないだろう?
 とはいえ一方で(中略)ではあるし……。
 うん、いかにも、あのポイジー・オークスものやハービー・クルーガーもの(特に後者の初期三部作)を著したジョン・ガードナーらしい作品。

 コレは、60年代の隆盛(というか質的&量的氾濫)を経て70年代の新世代に移行していく英国エスピオナージュ分野へのサタイアでもあるし、同時にたぶんこの頃に世界的に熱気をおびてきたオカルトブームへのウィットでもあった。
 ネタバレになるから詳しいことはあまり書けないし、ひとによっては色んな面でバカバカしいと怒るかもしれないけれど、こういうものこそ<スパイミステリの醍醐味>といえる面もある。
 あまり堂々と……というのはムズカシイけれど、すっとぼけた顔で支持したい一作(笑)。
 
 なおまったくの余談だが、作中で主人公ビンセントの恋人のOLステフ(ステファニー・ビショップ)が、彼氏の秘密の職業を半ば察しながらレン・デイトンの新作を話題にしたり、ル・カレの『鏡の国の戦争』を購読する場面があって愉快。まあこれは、そういう英国の当時の主流派? エスピオナージュ群から一歩引いたところで語られたストーリーであり、作品だよね。 


No.1083 6点 黒揚羽の夏
倉数茂
(2021/01/31 05:47登録)
(ネタバレなし)
 2010年前後、その年の夏。中二の長男・千秋、小五の長女・美和、小二の次男・颯太たち滴原(しずはら)家の三兄弟は、両親が離婚相談中のため、母・雪子の実家である遠方の田舎の上条家に預けられた。だがそこで千秋は、惨殺されて車のトランクに入れられた少女の死体に遭遇。さらに美和は、不可思議な怪異? を体験する。それと前後して兄妹は、土地の医者・唯島家の娘である同世代の美少女姉妹と対面。猟奇的で不条理な少女失踪事件に揺れる田舎町だが、まもなく一同は、実はほぼ60年前の1950年代初頭にも同様の少女失踪事件、そして惨殺事件が起きていたことを知る。

 ポプラ社が主催する、一般向けの小説新人賞「ピュアフル小説賞」の第一回「大賞」受賞作品。文庫オリジナルで刊行。
 評者は特になんの予備知識もなくブックオフの書棚でたまたま手に取り、巻末の解説(金原瑞人なる方が担当)での<ミステリとも幻想小説ともファンタジーとも……(以下略)>という文言に接して、面白そうだと購入した。

 全体的にはジュブナイルっぽい仕様の作品だが、作者は少年主人公、千秋の秘められた過去に仕込む形で、なかなか際どい描写やけっこうキツイ文芸も導入。その辺も踏まえて、硬質なヤングアダルト向けの作風になっている。

 ホラーミステリとしては、地方の町で数十年前から起きている怪事件の実態が最終的にどこに着地するか、そうそう底を割らない。
 途中~物語の後半~で、真相に迫る<ある情報>が開示されるが、異様な迫力で読者に語られるその部分は、なかなかのインパクトだ。
 はたして最後に迎える決着は賛否が割れそうな気もしないでもないが、真相そのものも、また小説前半からのもろもろの伏線の処理も、こういう小説の作り方ならアリではあろう。
(ただし細かいところに引っかかる人は、いくつかのポイントゆえに、減点評価を優先しそうな感じもある。)
 
 個人的にはこういう形質の作品として、十分以上に歯ごたえのある一冊であった。
 妙に読み手を煽っておいて……の部分も、なきにしもあらずだが。
 
 なお本書はちょうど10年前の作品だが、その後も作者はポプラ社や早川書房などで(冊数はそう多くないが)着々と著作を上梓。順当に実績を築いているようである。そのうちまた何か縁があったら読んでみよう。


No.1082 8点 妻を殺したかった男
パトリシア・ハイスミス
(2021/01/30 07:24登録)
(ネタバレなし)
 1950年代初めのニューヨーク。40歳の書店主メルキオール・J・キンメルは、不倫妻のヘレンを謀殺。用意しておいたアリバイで嫌疑を逃れた。やがて離れた場で、30歳の弁護士ウォルター・スタックハウスが、4年間の結婚生活の果てに、協調性のないメンヘラ気味の共働きの妻クララに愛想をつかす。クララは離婚を求めるウォルターを牽制するように自殺未遂を繰り返し、さらには夫と周囲の女性エルスペス(エリー)・プライエスとの関係まで不当に勘ぐった。そんななか、キンメル事件の報道記事に接して、夫が妻を殺したと半ば確信したウォルターは、自分自身も同様にクララを殺す妄想にふけった。そして……。

 1954年のアメリカ作品。
『見知らぬ乗客』『キャロル』に続く、ハイスミスの第三長編。
 裏表紙の謳い文句「初期の傑作長編」に、偽りのない完成度。3~4時間でイッキ読み必至、正に巻を措く能わずのハイテンションストーリーだが、同時に人間の愚かさ、弱さ、怖さ、奇妙なゆかしさ、そういったもろもろの情感もてんこ盛り……なんだ、いつもの(フツーに出来のいい時の)ハイスミスだね。やっぱりこの人は、凡百の作家とはケタが違う。

 特に今回は、この作品の数年後に(中略)で書かれる、ミステリ史に残るあの大名作に大きな影響を与えていたんじゃないか? とも思える(あまり詳しくは言えないが)。

 さらには本作以降のハイスミス自身の諸作の原型となったような、そんな趣の文芸ポイントもいくつも覗く。これもあまり詳しくは言えないな。

 実を言うと、後半~終盤の展開で、いささかストーリー先行、登場人物が<物語の定型の駒のように>動いちゃってる印象の部分もあった。だけど一方で、そういうキャラクターたちの行動の道筋には、やはり真っ当なリアリティも感じさせられるので、この作品の弱点ともいえない。
 巻末で、解説担当の宮脇孝雄が<本作は1954年の作品ながら、内容的には(翻訳刊行されたリアルタイム当時1991年の)現在の作品と思って読んでもまったく違和感はない>という主旨の文言を述べているが、これにまったく同感。
 いや2021年現在の作品としても(作中の風俗や技術的な叙述を別にすれば)その普遍性ゆえにちっとも古びてない、とも思う。たぶん、この作品のポイントとなる人の心の微妙な綾って、時代の推移で変化していくものでもないだろうから。

 あー、夜中に読み始めて、もう朝である。
 正に<夜明けの睡魔>の一冊であった(汗・眠)。


No.1081 5点 ハラハラ刑事一発逆転―核ジャックされた大東京
草野唯雄
(2021/01/29 06:43登録)
(ネタバレなし)
 荒事を嫌う詐欺師のトリオ、神保太・実渕友子・青梅浩二郎は、カモのはずの金持ちの老婆・依田しげとその孫で天才児の洋一に、悪事の尻尾を掴まれた。三人組は使い込んだしげの財産300万前後の返金を要求され、数日内にそれが不可能なら警察に証拠付きで訴えると通告される。金策に躍起になる三人組は、やがて一人の中年男と接触。その中年男=野水の犯罪計画、すなわち小型原爆による日本政府脅迫、の片棒を担ぐ羽目になる。そしてそんな事態は、都内の所轄・坂下署の問題児コンビ「ハラハラ刑事」こと柴田と高見まで巻き込んで……。

 草野唯雄のユーモアコメディ警察小説「ハラハラ刑事」シリーズの第五弾。

 このシリーズは大昔、少年時代に第二作『警視泥棒』(1976年)を読んだような記憶があるが、内容はまったく失念。その後のシリーズ展開を追いかけて読みたくなるような欲求も事実上ほとんどなかったわけだから、あまり面白くなかったのだろう(草野作品のノンシリーズものは、それなりに読んでいるが)。
 今回は、数か月前にぶらりと入った都内の古本屋で本作の文庫版を見かけ、懐かしいシリーズ名が記憶に甦ってきて購入(150円だった)。そんな流れで、今日になって読んでみる。

 しかし、そういう経緯での付き合いだったので、これまでのシリーズ展開がどういう感じだったのかほとんど覚えていない、というか知らないんだけど(なんとなく和製ドーヴァー警部のバディものだったような印象だけはあった)、少なくとも今回のハラハラコンビは主人公ポジションというには語弊があり、むしろ物語の主役は<小型核爆弾を製造して政府を脅迫する>事件そのもの。
 次第に現実化してくる危機的な事態に際して、警視庁やら所轄やら公安やら無数の捜査員が動員され、そんな群像劇がそのままストーリーの中身になる。
 ハラハラコンビも、さらには犯人チームも、また物語序盤のばあちゃんと孫も、みんなあくまで多勢の登場人物のなかの一部、という感じであった。
 
 筋立てのテンポはいいが、核物質入手の捜査範囲などその枠組みでひと区切りしていいの? という違和感があるし(1980年代半ばの科学知識にしても、なんかおかしいような……)、犯人の思惑を超えた突発的事態に対してのキャラ描写とかも、随分とスーダラだったり。

 脅迫状の手掛かりを解析していく当時の鑑識技術の描写はちょっと興味深かったけど、逆に言えば作者が取材で得たソコらへんの知見と、核爆弾製作のそれっぽさ? だけを創作の芯にして、捜査ものの長編ミステリを一本でっちあげてしまったような印象もある。
 それでも期待値を高くしなければ、そこそこ面白い……かな?(汗)
 まあタマには、こんなのもいいや(笑)。


No.1080 5点 死の輪舞
石沢英太郎
(2021/01/28 06:58登録)
(ネタバレなし)
 その年の2月6日の夜。福岡県のドライブイン「暁」の駐車場で、初老の男が刺殺された。被害者の素性は、住宅詐欺で指名手配中の土建ブローカー・井上博一だとやがて判明する。かたや殺人が起きた時、その現場にいたと思われるナンバーの車が捜索されるが、同じ夜、長崎県西海橋の上にその車は放置されていた。置き去りにされた車の状況から、ドライバーは海中に投身自殺を図ったと推されるが、間もなくその車の主は、土建会社「協和建設」の総務課長・宮坂真佐夫と判明。宮坂には県の開発公社への不正な贈賄の嫌疑がかけられており、彼はその引責で自殺したのかとも思われた。微妙な接点で結ばれる二つの死だが、さらに事態は周囲の関係者の怪異な連続殺人事件へと発展してゆく。

 元版の新書「Futaba novels」版で読了。
 同書のジャケットには「本格推理ジェノサイド/キーワード―最後に笑う者は誰か。」との煽り文句が掲げられていて、外連味あるフレーズが読み手をソソる。

 先行する石沢作品『21人の視点』でも実行された、過剰なまでに叙述の視点を切り替えて物語を細かく細かく語っていくスタイルが、今回も再現される。とはいえことさら煩雑になることもなく、全体のストーリーをほぼスムーズに読ませてしまうのは、ベテランの職人作家の芸。

 ただし後半から堰を切ったように展開される連続殺人劇、その真相はギリギリまで解明を引っ張った割に、実は大したことはない。<犯人>も見え見え。
 何よりウリにしているハズの二つの事件の関連性については、作者自らが自分に難しめの課題を呈しておきながら、結局はそれに見合う面白い回答を用意できず、つまらないありきたりの説明をつけて矛を収めてしまった感じ。

 物語全体の真相そのものは、まあ意外……ともいえるが、肝要に関わる人間関係の書き込みが薄いので、あんまりトキメキも覚えない。
 というか(中略)の(中略)って、わざわざムダなことしてないか?

 けっこう面白いんじゃないかな? と、楽しみにしながらとっておいた未読の作品を読み始めたが、残念ながらショートゴロぐらいの出来か。
 まあ途中4分の3か5分の4くらいまでは、そこそこ(ラストまでにはなんかあるんじゃないかとの期待が持続して)それなりに楽しめたかも。
 ただ最後まで読んでアレコレ考えると、やっぱりこの<犯人>の行動はヘンだったりする。狙いが成立しないでしょう?
 
 まあこの作品については、そんなところで。


No.1079 7点 魔女の館
シャーロット・アームストロング
(2021/01/27 06:31登録)
(ネタバレなし)
 1960年代初頭の南カリフォルニア。31歳になる大学の数学講師エリフ・オシー(愛称「パット」)は、同僚の生物学教授エヴェレット・アダムズの学舎内での不審な行動をみとがめた。車でアダムズを町外れまで追いかけたパット。だがパットは、逆に相手の反撃をくらって車は大破し、自身は負傷する。そんなパットを介抱したのは、郊外の邸宅にひとりで住む、近所から「魔女」と呼ばれる老婆ミセス・ブライドだった。だがさる事情から精神の平衡を欠いていた老婆は、傷痍状態のパットを自分の息子ジョニーだと頑迷に誤認(盲信)。解放も外部への連絡も許さなかった。一方でパットを殺してしまったと錯覚したアダムズは、いずこかへと出奔。そしてパットの若妻アナベルは、夫の行方を捜索するが。

 1963年のアメリカ作品。
 数年前、廃業間際のブックオフ某店で、在庫処分ということで10円で購入した創元文庫版で読了。しかしたまたま現状のAmazonを見ると、古書がとんでもないプレミア価格になってるな(嬉・驚)。なんか申し訳ない(笑・汗)。

 大設定からアームストロング版『ミザリー』みたいな内容(こっちの主人公パットは創作物の執筆の強要なんかは、されないが)かと予想していた。
 が、実際に作品を読んでみるとそういう趣向は確かに大設定の一角を形成するものの、むしろメインヒロインにして実質的な主人公のアナベル、さらにはアダムズの家族(特に女子大生の娘で、パットの教え子でもあるヴィーことヴァイオレット)の方に描写のウェイトは大きく置かれる。
 くわえてアダムズの美人の後妻(つまりヴィーの継母)セリアと、その双子の兄セシルがメインキャラクターとなり、それぞれの希求や思惑で動いて物語を転がしていく。
 正直、そちらの叙述の方にばかり力点がおかれ、サプライズやサスペンスもそっちばかりが担うので、「魔女」ことミセス・ブライトに監禁されたパットという文芸は、本当に必要だったのかなあ? もっと形をかえたシンプルな主人公の苦境シチュエーションでもよかったんじゃないの? と思わされた面もある。

 とはいえくだんのアナベル、ヴィー、それに兄妹側のドラマは、とにもかくにもストーリーの軸となるだけあってじっくりと描き込まれ、さすがに強烈なテンションを発揮。
 ストーリーの前半で覚えたある種の違和感も、中盤以降のサプライズというかショックの布石になっていった。
 結局、トータル的には、やはりアームストロングの円熟期の作品。十分に楽しめる。

 なお個人的に細部で興味深かった場面は、教授ふたりが同時にいなくなって騒ぎになりかける大学構内の描写で、うわついた学生のひとりは、理系の教授たちが東側に亡命したのだと勝手に憶測。そういう今の目で見るとぶっとんだ発想も、当時はごく日常のもの(?)だった冷戦時代ならではの空気を感じさせてくれた。

 あとは性善説作家のアームストロングらしく、人間の悪い面も弱い面もそなえながら、最後にしっかりとポジティヴな方向への切り返しを見せてくれる某サブキャラの描写がすごくいい。イヤミや皮肉でなく、真顔でこういうキャラ造形ができる筆致に作家の胆力を実感して、そっと微笑んでしまった。

 ちなみに創元文庫巻末の小森収の解説は、この時点までに翻訳されたアームストロング作品全部を読み込んで、その作家性を俯瞰した、とてもパワフルなもの。
 アームストロング作品の諸作をつまみ食いしている評者なんかとても太刀打ちできず、黙って拝読するばかりの一文ではある(汗)。アームストロング作品がサスペンスというより、ガーヴ風の<軟派の冒険小説>だ、という物言いにも実にうなずける。
 ただしそれでもあえて言うと、一部、結論から始めて書いてしまってるんじゃないの? という見識の部分もなくもないような……。
(具体的には、アームストロングが本質的に性善説作家だという見地にはまったく異論はないが、一方で、完成度の高い悪役は造形できない~『疑われざる者』が凡作、というロジックの立て方とか。)
 まあこの辺は、評者自身が、もっともっとアームストロング作品を読んでから、また改めて。
(もちろん『毒薬の小壜』の激賞とかには、まったくもって同意なんですけれどね。)


No.1078 8点 屍肉
フィリップ・カー
(2021/01/26 06:06登録)
(ネタバレなし)
 ペレストロイカを迎えた時局のロシア。モスクワ中央内務局調査部所属の「わたし」は、上司コルニロフ将軍の指示で、サンクトペテルブルク(旧レニングラード)の中央内務局刑事部に出向する。表向きは通常の出向業務だが、実はわたしの密命は、サンクトペテルブルクの捜査官たちと周辺の民族マフィアとの癒着を査察することにあった。だがそんなわたしをサンクトペテルブルクで待っていたのは、リベラル派で著名なジャーナリスト、ミハイル・ミリューキンの殺人事件。わたしは、サンクトペテルブルクの刑事部を指揮する傑物捜査官イヴゲーニー・イワノヴィッチ・グルーシコのチームに加わって事件の真相を追うが、その先にあったのは予想を超えた現実だった。

 1993年の英国作品。
 評者は、大のご贔屓であるベルンハルト・グンターもの以外のカー作品は初めて読んだ。
 ベルリン三部作も以降のシリーズも大好きなので、グンターもの以外のカー作品なんか、正直、半ばどうでもいいとも思ってもいたが(なんかグンターシリーズの品格と比較すると、安っぽいB級作品みたいなのが多そうだし?)、それでも本書はだいぶ前に、たぶん<試しに一冊>という気分で例外的に購入しており、そのことを忘れていたのだが、たまたま先日、蔵書の山の中からひょっこり出てきた。

 それで気が向いて今回、読んでみたが、……いや、舐めていてすみませんでした! 
 ノンシリーズものとはいえ、少なくともこの一冊に関しては、グンターシリーズに負けじ劣らずに面白かった!!

 ペレストロイカによって中途半端に導入された新自由主義によって揺らぐロシアの経済社会、その中で利権を求めて暗躍する無数の有象無象の民族マフィア、行政と司法の刷新が万全でないままに、そんな社会の病巣に挑む内務局(と民警)の捜査官たちの苦闘……。こういった警察小説ミステリとしての骨格に、主要登場人物たちのキャラクター群像劇の妙味も累積して、読み応えは十分。なにより話をダレずに転がしていくハイテンポな作劇と、小説細部の興趣はグンターものとほぼまったく同様であった。
(なお、主人公の本名が最後まで伏せられたままで終わるが、コレは、この時局のロシア捜査官のある種の普遍性を狙ってのものか? まさかデイトンとかコンチネンタル・オプへのオマージュということはあるまい。)

 翻訳は、グンターシリーズと同様に東江一紀が担当。作者の文体にしっかりこの時点で精通しているためか、訳文のリーダビリティーも最高で、ほぼ一日でいっき読みである。
 いや、物語そのものには重量感はあるし、登場人物も多いし(名前のあるキャラだけで80人前後)、最低でも2日はかかるかな、とも思っていたがあっという間の一冊だった。
(しかし以前に郷原宏が「北欧系やロシア系の一見長ったらしいキャラクター名って、一回それぞれの発音のテンポになれると妙に親しみがわく」とか言っていたが、その辺の感覚は、改めてよくわかる。)
 
 終盤に明かされる真相はかなりショッキングだが、一方でああ、やっぱり(中略)という感慨もあるもの。
 この作品が翻訳されてから30年近く経った、この2021年になって初めて読んだのは、良かったのか悪かったのか……。
 
 ところで、数年前にとある国産の警察小説の新作を読み、その仕掛けというか真相にかなり仰天したんだけれど、もしかしたら<その作品>って、コレ(本作)が下敷きだったのかしらね? 
 いや、単純にパクリとかイタダキとかいえない、その作品なりの<書かれた必然性>は感じるんだけれど、あえてその上で大きな類似ポイントが気になったりする。
(まあネタバレにはしたくないので、あまり細かくは語らず、この話題はこここら辺までにしておきますが。)

 最後に、グンターシリーズの最後の翻訳『死者は語らずとも』から、そろそろ5年になります。もういい加減、次のを出してください。万が一、二度目の中断の憂き目にあったら、本気で悲しい。


No.1077 8点 361
ドナルド・E・ウェストレイク
(2021/01/25 06:49登録)
(ネタバレなし)
 3年間の空軍生活から除隊したばかりの「俺」こと、23歳の元航空兵レイモンド(レイ)・ケリー。帰郷したレイは、弁護士である55歳の父ウィラードの出迎えを受けるが、家に向かう途上で何者かに銃撃されて、父親と自分の片目を失った。病院で静養するレイは、さらに兄のビルの愛妻アンまでが何者かにひき逃げされて死亡したと知る。一家を狙う者がいる、それは父ウィラードのこれまでの弁護士稼業にからむ因縁か? と考えた兄弟は、復讐のための調査を始めるが。

 1962年のアメリカ作品。
 評者は今回、HM文庫版で読了(ポケミス版も持ってるが訳者は同一、ならば本文に再チェックが入っている? 文庫版の方がよいか? とも思ったので)。

 でまあ、感想だが、十分に面白かった。
 鮮烈な導入部を経て迎える前半の大筋は、大藪春彦か西村寿行のバイオレンス小説を読むようなごく純粋な復讐行の道筋。
 そんな前半では、父親をすぐ脇で射殺され、片目まで失った主人公のレイ。愛妻アンを轢き殺されたビル、その双方に順当に、復讐を望む原動はあるわけだ。
 が、一貫して攻めの姿勢のレイと、復讐のためとはいえど極端な荒事には及び腰になるビル(しかしそんな一方で、感情の抑えもききにくい)……という対比が強調的に印象づけられて、ああこれは、こんな二人のキャラクターの違いを活かした後半の展開になるの……かと思いきや(中略)。
 いや、中盤からさらに予想外の方向に話が転がっていくのだが、それでも物語当初から火がついた主人公の情念が鎮まることはない。
 というわけで、部分的には先読みできるところもないではないが、これこそよくいう「予想を裏切って期待に応えた」一冊。
 ワンシーンワンシーンごとに見せ場を設けつつ組み上げられる、二転三転する作劇は、実に読み応えがあった。

 ただし作品総体としてはかなりまとまりが良い分、それがかえって突き抜けた迫力を生み出せなかったきらいもある。そのため、傑作や優秀作まで至らず、あくまで秀作の域にとどまった感じも?
 個人的に最高にテンションを感じたくだりは、やはり中盤の(中略)の場面であった。

 なおかつて小鷹信光のエッセイ「パパイラスの船」でも触れられていたが、本作のサブキャラとして活躍する中年の私立探偵エド・ジョンソンは、かつてウェストレイクの初期短編の何本かで、主人公を務めたこともあるシリーズキャラクター。
 本作では主人公の兄弟を親身な立場で支援するもうけ役をもらい、これがジョンソンのウェストレイクの小説世界での最後の活躍になったはず。
(わかりやすい例え話でいえば、クリスティーの1940年代以降のノンシリーズ長編とかでいきなりあのパーカー・パイン氏が登場して、一回きりの主人公を応援してくれるようなイメージだ。)
 のちのちの諸作でも、けっこういろんな読者サービスが旺盛なウェストレイクだけど、この作品でもそういった嬉しい趣向が用意されていた。

 最後に、タイトルの数字「361」とは「Roget's Thesaurus of Words and Phrases」なる文献を出典とする「生命の破壊、暴力による死(殺すこと)」を表意した分類ナンバーらしい。HM文庫版の巻頭に(たぶんポケミス版にも?)その旨の記載がある。


No.1076 5点 判事に保釈なし
ヘンリー・セシル
(2021/01/24 05:48登録)
(ネタバレなし)
 高等裁判所のカタブツ判事として知られる70歳のエドウィン・プラウトは、ある日、路上で車に轢かれそうになった子供を助けた。だがその際に頭を打ち、精神の平衡を欠いた彼は、たまたま近くにいた善意の売春婦、フロッシー・フレンチに救われる。記憶を半ば欠損しつつも自分の職務だけは覚えていた彼は、その後、数日にわたり、フロッシーの家から裁判所に通う。だがその夜、フロッシーの家に戻ったプラウトを待っていたのは、刺殺された彼女の死体だった! 殺人容疑をかけられたプラウトの潔白を信じるのは、彼の唯一の肉親で娘である、まだ若い美人のエリザベス。エリザベスは必死に警察に事件の再調査を願うが、父の容疑は晴れない。そんななか、プラウトの趣味である高価な切手のコレクションを狙って、泥棒紳士の青年アムブローズ・ロウとその一味が登場。賊の犯行現場を押さえたエリザベスは、父を救う起死回生の手段として、裏の世界に通じた機動力を期待できるロウに、半ば脅迫の形で協力を求める。

 1952年の英国作品。
 セシル作品は今回が初読だが、以前から何か面白そうなのをまずは一冊、読みたいとは思っていた。そうしたら昨年だったか、この本作『判事~』をヒッチコックが映画化の企画として考え、かなり作業を進めていた? という事実を知った。それで俄然、興味が倍加してwebでちょっと高めの古書を購入。半日かけて読んでみた。

 ただ感想は、……う~ん、期待が先走りすぎたのか、評価はやや微妙(汗)。
 設定そのものはあらすじ通りになかなか面白く、細部の英国流ユーモアも、ああこの辺で笑いをとりたいのだな、というところもあちらこちら、よくわかる(被告席に立たされたプラウト老に、慣例とは違って敬称「サー」をつけるかどうするか、裁判官たちがグダグダ悩むところとか)。
 しかし翻訳がマジメで固いのか、いまひとつ愉快に笑えない(素人ながらに、英国の司法制度そのものは丁寧に翻訳しているっぽいのは、巻末の解説とあわせて、なんとなくわかる)。

 もちろん、プラウトの冤罪を晴らそうとするロウ(とエリザベス)側の試みがすったもんだするくだりはそれなりに面白いけれど、要は(中略)戦術なので、さほどサプライズも、また「こんなおバカな作戦を」的な愉快さもちょっと薄い(さらにたぶんこの辺も、固めの訳文が足を引っ張っている感じ)。

 くわえて中盤から、読者の方にはフロッシー殺害の真相が明かされる。
 ここでカードをテーブルの上で表返して、半ば倒叙サスペンス風の要素を導入したのは悪くなかったが、じゃあどういう風にロウ側が真犯人を追いつめるの? どんなエンターテインメントになるの? という興味にもうひとつ応えてくれなかった感触が強い。同じ趣向で、こういうのの扱いに長けてそうなヒラリー・ウォーとかが書いていたら、きっと3~5倍は面白くなったろうねえ。
 大枠も構成もけっこうハイレベルに狙いをつけながら、全体的に練り上げがもうちょっと欲しい、そういう減点評価ばかりをしたくなってしまう、ソンな作品。
 
 考えてみればヒッチコックがこれを映画化したかった、というのは、改めてよくわかるな。
 原作のケレン味あるネタだけどんどんつまみ出して整理して&潤色して再構築すると、かなり面白い映画ができそうだもの。原作が完璧に面白いものよりは、オレが手をかけてもっと面白くできそうだ、の方が、そりゃやりがいがあるよね。

 幻の映画版をいまいちど惜しみつつ、評点は残念でしたの気分で、少しキビシめに、このくらいで。


No.1075 6点 ダーティー・シティ
ドン・ペンドルトン
(2021/01/23 15:40登録)
(ネタバレなし)
「俺」ことジョー・コップは、かつてはロスアンジェルス警察に15年勤めた、現在は30代末の私立探偵。ある日、コップは、周囲に不審な男の影を感じる、警官が怪しい、と相談に来た若い美女を迎えた。コップは、改めてその夜のうちに詳しい事情を聞くと約束して娘を送り出すが、彼女は探偵事務所の前で何者かに轢死の形で殺される。娘の力になってやれなかったことを悔やむコップは、彼女が働いていたキャバレー「ニュー・フロンティア」に乗り込むが。

 1987年のアメリカ作品。
 マック・ボランの創造主ペンドルトンが新たに生み出した私立探偵ヒーローで、英語Wikipediaによると本国ではシリーズは8冊に及んだらしいが、日本ではデビュー編の本書しか翻訳されなかった。

 内容は1950~60年代のアメリカ私立探偵小説に影響を受けた、あるいは確信的なオマージュを込めて書き上げた感触の行動派探偵捜査もの。
 主人公コップは幼い頃に父と死別、母親が苦労して彼を育てようとしたがやがて酒に溺れたため、隣家の、娘はいるが息子がいない警察官ハンク・グリアに後見されて(つまりハンクが実質的な父親で、そのハンクの妻子もコップの家族同然になった)成長した身上。しかし、養父格のハンクは心やさしい、愛情あるがゆえに時にきびしいそんな善人だったが、やがて殉職。そのハンクが陰で(たぶん心の弱さゆえに)汚職を働いていたと発覚したことを契機に、警官の正義のありようを探ろうとして、コップ自らも警察官になった。……いや、ベタだけど、泣ける主人公のキャラ造形でいい。

 コップの内面を饒舌な一人称であけすけに語りまくる文章は、とても「ハードボイルド」ではないのだが、事件が警官の悪行に迫るなかで、当然のごとく司法警察官についての人生観を語るし、長広舌の物言いは当世のアメリカ文化論にも及ぶ。
 とはいえ得られた手がかりを足で調べまくっていく捜査方法と合わせて、これはこれでアメリカ私立探偵小説の伝統的スタイルの踏襲という感じでいい(前述の、都市や地方文化についての文明論を内面で一席ぶつあたりなど、まんまシェル・スコットみたいだ)。

 銃弾は飛び交い、人死にも頻繁な活劇作品の要素もあるが、その分、さすがにテンポはよく飽きさせない。
 フーダニット的な謎解きの興味はほとんどないが、人間関係の意外性のようなものならちょっとだけあり、そういう意味でのミステリとしてはまあまあ。
 後半、舞台がハワイのホノルルに移行するが、そこで登場するコップの親友の日系の警官ビリー・イノウエの「くえない」キャラが、なかなかいい味を出している。

 最後まで読むと、あまり広がらない事件の奥行きに物足りなさを感じる部分もないではないが、その分、細部がいろいろと面白い作品なので、数時間つきあったモトは十分にとれた満足感はある。
 ラストのまとめ方も、このあとのコップの周辺を気にならせるクロージングで、シリーズ全部出せとは言わないにせよ、このままあと数冊は翻訳してほしかった気もする。
 まあ30年前の日本の<ハードボイルドミステリ>の読者には、スカダーやらスペンサーやらターナーやらごひいきの連中がいっぱいいたんだろうから、こういう作品の需要はそんなになかったんだろうけれど、この狙って書いた80年代後半からのB級っぽさは、改めてけっこうイケたとは思う。


No.1074 6点 深大寺殺人事件
西東登
(2021/01/22 07:12登録)
(ネタバレなし)
 警視庁四課のベテラン刑事・毛呂周平は、若手の同僚を救うため、暴力団・城東組の幹部・前島一成をやむなく射殺した。だがその報復で、城東組の組長・沼田友蔵は政財界とのコネを使って、四課に圧力をかけてきた。閑職にまわされかけた毛呂は、憤怒のなかで警視庁を退職。その直後、愛妻の事故死にも遭遇するという逆境のはて、小さな私立探偵事務所の一員となる。やがて一年が経ち、仕事に倦怠を感じ始めた毛呂は、若妻・牧口小夜子の依頼でその夫の浮気調査を担当するが。

 広済堂のブルーブックス版で読了。たぶん他に書籍はないと思う?
 しかし物語が小気味よく二転三転するのはいいのだが、目次の各章の見出し・裏表紙のあらすじ、それに(中略)と、それぞれが多かれ少なかれ、かなり後の展開までネタバレしているという、困った一冊。
 まあそれがなくても、事件のどんでん返しの大枠もおおむね予想がついてしまう。

 ただし最後の方で待っていたように明かされる、妙なところに張ってあった伏線はなかなかユカイであった。ラストもちょっと印象的で、2時間ちょっとで読める昭和のB級(C級かな)ミステリとしては、けっこう愛おしい。評点は0、5点オマケ。


No.1073 5点 ハーフボイルド・ワンダーガール
早狩武志
(2021/01/21 08:25登録)
(ネタバレなし)
「僕」こと高校生・湯佐俊紀は、医大生の兄・功一をバイク事故で失った。そして兄の死からひと月が経ったその日、俊紀は、ひそかな片思いの相手である幼馴染みの美少女・水野美佳から意外な告白をされる。その内容に動転する俊紀だが、そんな二人を見ていたのは、同じ学校のミステリー研究会会長である「あたし」こと、美少女の佐倉井綾であった。事態に関心を抱いた綾は、俊紀を半ば強引に助手にしながら、秘められた真実を探り始める。

 裏表紙には「青春ミステリードラマ」と謳われているけれど、パズルミステリとしての興味は限りなく希薄(一応の隠された謎はあるが、真相を瞬殺で先読みできない人間はまずいないでしょ)。
 正直、昭和の中学生が読んでいればいいようなラノベではあるが、こーゆー頭のいい(という設定の)「名探偵」女子が背伸びして、作中の現実の事件に首をつっこんでいくくすぐったい雰囲気は悪くない。
 まあ重ねて言うが、本来はオレみたいないい年したオッサンが読むような作品ではないのだが(笑)。
 ただそれでもね、大昔の少年時代にスレッサーの『ルビイ・マーチンスン』ものを読んだときの気分に通じるような<オトナの世界に憧れる子供の冒険を、ごく他愛ないミステリの鋳型に流し込んだ>風な食感はちょっとだけ快い。
 ヒロインの綾には、こういう形質の作品のなかでの主人公としての魅力も感じた。
(やってることの一部は、まったくもって考えなしのお笑い行為なんだけど<そういうこと>を怖じずに実行してしまえる若さと幼さが、たしかに、フィクションでの「青春」として描けている、とは思う。)

 本当にミステリ的にはナンもない作品。でもそんな真っさらな器に<なんか引っかかる部分>がポロポロ積み重なっていって、この評点。


No.1072 6点 百万ドル・ガール
ウイリアム・キャンブル・ゴールト
(2021/01/19 06:17登録)
(ネタバレなし)
 1950年代のロサンジェルス。「わたし」こと私立探偵ジョー(ジョゼフ)・ピューマは高利貸しウィリズ・モーリスから、彼が金を貸した相手で28歳の女性フィデリア・シャーウッド・リチャーズを捜すよう依頼を受けた。フィデリアは2回の結婚歴がある、今は独身の美女。彼女は30歳になれば、ゆかりの富豪の遺産300万ドルを相続する予定の身上だった。フィデリアを難なく見つけたピューマ。だが彼は彼女に会う際に、その場に居合わせたゲイの男ブライアン・デルシーと成り行きから争いになった。しかし大事には至らず、フィデリアと意気投合したピューマはそのまま男女の関係となる。そして翌朝、二人のすぐそばには、あのブライアンの射殺死体が転がっていた。

 1958年のアメリカ作品。全部で7本の長編が書かれた私立探偵ジョー・ピューマシリーズの第三長編で、唯一の邦訳。

 本国ではそれなりの人気と文壇での地位を獲得しながら、日本ではほとんど評価に恵まれなかったミステリ作家というのはいつの時代もいるもので、50~60年代の米国ハードボイルド系のなかでは、このウイリアム・キャンブル・ゴールトなどその筆頭格のひとりだろう。
(なお作者名のカタカナ表記は、パシフィカの叢書「名探偵読本」の一冊「ハードボイルドの探偵たち」などでは「ウィリアム・キャムベル・ゴールト」。実際の創元文庫の表紙周りでは「ウイリアム・C・ゴールト」標記で、さらに文庫巻末では厚木淳が「ウイリアム・キャンブル・ゴールト」と表記しているので、本サイトでの名前登録もその解説のものに倣った)。

 それでゴールトといえば、20世紀のアメリカミステリ文壇ではそれなりの大物だったはず。なにせ史上最初のMWA本賞の受賞作家(当時は処女長編のみが受賞対象だったが)だった。にも関わらず、その該当作品はいまだもって日本には未訳である。
 さらに看板キャラといえるレギュラー探偵も二人創造したが、その片方の私立探偵ブロック・キャラハンものの方は、現在でも翻訳がない? ハズ。
 そしてもうひとりのレギュラー探偵であるこのジョー・ピューマも、短編なら「日本版マンハント」にのべ4本が掲載されたものの、長編の翻訳はとうとう、今回ここでレビューする『百万ドル・ガール』一作きりで終わってしまった(……)。

 さらに1980年代以降に海外から聞こえてきた噂では、晩年の作者ゴールトは手持ちの看板キャラである二大探偵のジョー・ピューマとブロック・キャラハンの世界観をリンクさせ、キャラハンに、ピューマの最期を看取るか、あるいはその死の事情に関わり合うか、させたらしい。
 つまりシリーズミステリの趣向でいうなら、クラムリーのミロとスールーの先駆みたいなことをやっていたというか、はたまた『カーテン』にミス・マープルが乗り出してくる(あるいは『病院坂』に由利先生が顔を出す)みたいなオモシロイことをしていたわけで……。ああ、今からでもその晩年の作品だけでも、日本語で読んでみたい!

 で、まあそういう意味で貴重な(?)唯一の邦訳長編のジョー・ピューマ活躍譚が、この『百万ドル・ガール』。
 ぶっちゃけ評者の場合、前述の日本版マンハント(古書店でかき集めた)でピューマ登場編を何本か嗜み、それなりに面白かった記憶がある。しかし具体的にどんな話だったか、どこがどう面白かったか、などは、すっかり忘却の彼方。
(まあ大昔に翻訳ミステリ誌で読んだ短編、それもシリーズものなんか、そういうパターンのものはザラだけど。)

 で、この『百万ドル・ガール』も、大昔に読んだかどうかすらはっきりしない。たぶんコドモの目線で読み飛ばして忘れているか、それとも唯一の邦訳長編ということでモッタイナイと思い、そのままいつのまにか21世紀になってしまったか。うん、どっちもありうるな(笑)。今回は、たぶん後者っぽい。

 というわけで、数ヶ月前にwebで古書が安く売りに出てるのを見かけ、懐かしくなって購入(たしか買ってあるハズの本が見つからない)。
 そして、このたびの本サイトの新装開店記念を個人的に祝うつもりで、ある意味で<とっておきの一冊である>これを読んでみた。
 例によって前説が長くなったが、まあ、そういうワケである(笑)。

 ……で、一読しての感想だが、うん、決してつまらなくはないが、やや微妙な出来。
 改めて付き合ってみて、主人公のピューマ当人は50年代のハードボイルド私立探偵キャラとして結構悪くないと思う。秘書もいないビンボーっぽい探偵ライフだが、お金の稼ぎ方には一定の矜持を持ち、ワイズクラックの吐き出しぶりや警察との距離感などのスタイルもかなりきちんとしている。内面を小出しにするキャラの見せ方も信頼を預けられる感じでいい。
 くわえてイタリア系の出自に誇りを持ち、面識のある警官レプケ巡査部長に「イタ公」と侮蔑されて激怒して手を出す(ただし、のちに和解)。そんな不器用な人間臭さにも好感がもてる。
 これなら一級半のハードボイルド私立探偵キャラとして、本国でもたぶんフツーに人気はあったろうな、と思える。

 ただし本作は、ミステリとしての造りがちょっと。
 いや、計画的な犯罪の真実と、その流れに関わり合う探偵のポジションは悪くない(一番近い感じでは、A・A・フェアの諸作あたりの、謎解き要素がそれなりにある私立探偵小説みたいなムード)。
 だがそれが、ピューマの強面な一面とうまく折り合っていない感じというか。
 特に後半なんかもっと<いろんなところ>で、もうちょっとパッショネイトになればいいのに、ミステリとしてのタスクを消化するために、キャラクターの頭が妙に冷えすぎてしまっているような感じだ。ラストなんか<そういう方向>に行くのは最終的によしとするにせよ、この道筋で決着するのは、なんか違うのでは? という気になった。
(全般的に曖昧な物言いで恐縮だが、たぶん、本作の実物を読んでもらえれば、言っていることが通じてもらえる……だろう?)

 いろんな意味で、ピューマシリーズがこの一本だけしか長編の翻訳がないというのがじわじわ来る。なんかもうちょっと冊数を読めば付き合い方が見えてくるのに、そこに至るのがむずかしい感じなんだよね。
 とはいえ創元文庫の厚木淳の解説を読むと、シリーズの中から面白そうなものをみつくろってコレ、だったようで、その選球眼がもし確かならアレ……ではある。
 ただし作中には以前の事件についてのものらしい述懐(さらにその中で深く関わったヒロインの話題)とかも何回か出てきて、いかにも作者ゴールトは、この作品を連続シリーズの一環として読んでほしい、みたいな気配もあった(クェンティンのアイリス&ピーターシリーズみたいな雰囲気だ)。
 そういった趣や、さらに、先述した<ハードボイルド私立探偵小説>と<ミステリ部分>の折り合いの面も踏まえて、これ(本作『百万ドル・ガール』)は、もしかしたらシリーズの中でもやや異質な一本だったんじゃない? とも思えるところもなくもない。だから長編これ一本でものを言うのが、どうもやりにくいんだよ。

 今から未訳のものを発掘してほしい、とは強く言えないんだけれど、万が一奇特な翻訳家や版元が気が向いてくれることでもあるんなら、それは大歓迎というところ。
(しかしシェル・スコットの未訳分やバート・スパイサーあたりを論創さんが発掘してくれていた数年前は、ホントにイイ流れだったねえ。)


No.1071 6点 手錠はバラの花に―女性刑事・倉原真樹の名推理
日下圭介
(2021/01/17 17:02登録)
(ネタバレなし)
 先行する別の長編でサブキャラだった女性刑事・倉原真樹。彼女を主人公に昇格させた連作短編集。
 文庫の方で読んだが、巻末には山前譲さんによる、文庫版の刊行時点までのシリーズの軌跡を精緻に語った丁寧な解説がついていて有難い。

 平成3~4年の「小説推理」に隔月連載されたシリーズで、全6本のちょっと長めの短編を収録。
 第二話「宙吊りの青春」の不可能犯罪は、昭和のミステリクイズ本に出てきそうな明快なトリックで解明されて、なんか懐かしい雰囲気だった。

 それでも4話あたりまでは軽い謎解きフーダニットの興味もあるが、最後の方は話の幅を広げたくなったのか、あるいは編集部の要請か、逃走中の銀行強盗犯人の隠れ家を突き止めるといったエピソードも出てくる。まあそれでも最低限のパズルっぽい要素は忍ばせてあるが。
 就寝前にもうちょっとミステリを読みたいとき、外出したときの時間待ち用としては重宝した。


No.1070 9点 地下洞
アンドリュウ・ガーヴ
(2021/01/16 06:30登録)
(ネタバレなし)
 1951年8月の英国。労働党の下院議員であり、地元ウェスト・カンブリアン地区の支持を集める39歳の政治家ローレンス・クイルター。彼は愛妻ジュリーの旅行中に自分の実家の古文書を整理し、一枚の図面を発見する。それはローレンスの曾祖父ジョゼフが19世紀の半ばに書き残した、実家の広大な所有地の地下にある洞窟のスケッチだった。ローレンスは、知己の青年教師でアマチュアながらエキスパートの洞窟探検家であるピーター・アンスティを招聘。二人だけでこの広大な地下洞の探索に赴くが、そこで彼らを待っていたのは思いもかけない現実だった。

 1952年の英国作品。
 2013年にミステリマガジンが特大号で「ポケミス60周年記念特集」を組んだことがあり、当時のミステリ界の識者がそれぞれ「マイポケミス・ベスト3」をあげていた。そんななかで、この作品に一票を投じた参加者がひとりいて、その事がずっと頭の片隅にひっかかっていた(本書を読んだあとで該当のHMMの特集を改めて調べてみると、この作品を推したのは、書評家の小池啓介であった)。
 
 その際の特集アンケートに寄せられたコメントが、どうにもかなり仰々しかったので、これはなんかあるのかと期待。
 長らく入手の機会を伺っていたが、ようやく今月、古書を安く(200円)買えた。
 それで読んでみると、物語は三部構成。ローレンス主役の第一部から始まり、ストーリーを綴る視点はやがて……(中略)。
 全編のリーダビリティは最高で、それぞれのパートをこの上なく敷居の低い感じで読み進める。
(しかし序盤を読み始めた時点では、ガーヴ、ハモンド・イネス風の本格自然派冒険小説に挑戦か? とも一瞬だけ考えたが、まったく予想はハズれた(笑)。)

 そして終盤まで読んで……(中略)。いや、これは、本当に(中略)。

 前述のミステリマガジンの小池啓介のコメントからまた引用するが、そこには
「そして真相の破壊力といえば、なんといっても『地下洞』だろう。ガーヴと同名の作家が書いたとしか思えない怪作中の怪作」
 ……とあり、その物言いに「あー」と、納得。
 とはいえ個人的には、かつてガーヴの<あの作品>を深夜に読んでいてぶっとんだ記憶もある。だから評者などはコレ(本作『地下洞』)をガーヴの作品だと素直に受け入れても、そんなに違和感はない。
 むしろガーヴは<あの作品>に並ぶ(中略)を、すくなくともここでもう一回はやってくれていたんだね~という深い感慨を抱く。

 なんというか<あのシリーズ探偵もの>の<あの連作短編のうちのあの一本>みたいに「底が抜けた」ショックを感じた。いや、サプライズの成分はまるでちがうのが、パワフルさでは負けず劣らず、である。

 ただまあ、なんやこれ、と思う人も多そうだな(笑)。ある種のバカミスっぽさもあるし。その辺の感覚で頭が冷えてしまう人だと、評価が下がるかも。
 
 ということで実質8点くらいだけれど、個人的には大ウケした、という意味合いで、あえてこの評点を授けておく。
 今後この作品を読んだ人が何人か、5~6点どまりの評点を並べるかもしれんけれど、そういう評価がくるのも予見して、前もって対抗してつけておく<カウンター的な高得点>というニュアンスもあるのです(笑)。

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