さらば いとしのローズ |
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作家 | ジャン・ポッツ |
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出版日 | 1979年06月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2021/06/11 18:29登録) (ネタバレなし) シカゴから少し離れたコアリーヴィルの町。3年前に他界した医師G・F・バックマスターが遺した屋敷内の階段で、56歳の家政婦ローズ・ヘンショーが首の骨を折って死亡した。現在のバックマスター家の家屋は、19歳の長男ハートリー、そしてシカゴに暮らす24歳の長女レイチェルの資産だった。だが同時に、先代主人の死後も屋敷にいつづけている使用人ローズの発言権がなぜか強かった。当初は事故死と見なされかけたローズの死因。しかしローズの姉でそっくりの外見のヴァイオラ・ピアスが疑義を唱えて、青年医師セドリック・クレイグが改めて検死を行ったところ、ローズは何者かに殺されたと判明。殺人容疑を受けたハートリーは逮捕されてしまう。シカゴから戻ったレイチェルに好意を抱いたクレイグ医師は、ともに事件に深く関わってゆくが、やがて死んだローズの自室から意外なものが発見される。 1954年のアメリカ作品(講談社文庫の訳者あとがきには1951年の作品とあるが、どうやら間違い)。 1955年度のMWA処女長編賞受賞作品で、同賞でいえば前年度はレヴィンの『死の接吻』が受賞。そんな時代の一冊である。 70年代の半ばからしばらく、当時の講談社文庫は、早川や創元が見落としていたようなひと時代ふた時代前の作品をいくつか発掘翻訳してくれる嬉しい傾向にあり、とても有難かったのだが、これもそんな中のひとつ。 ただしその路線の主力になった翻訳家のひとりが本書を担当した坂下昇で、東大とニューヨーク大学を出てアメリカに十数年いた秀才らしいが、正直、日本語としての訳文はかなりアレ。同じ坂下の訳書で、MWA処女長編賞の『殺しはフィレンツェ仕上げで』(ハーシュバーグ)なんか、少年時代に同世代のミステリファンと、実に読みにくい訳文だと、悪評を交換しあった覚えがある。 ちなみに評者の記憶が正しければ、日本で一時期、一部で流布した「エドワード・D・ホック」を「~ホウク」とするカタカナ表記を最初にやったのが、このヒト(たしか前述の『殺しはフィレンツェ~』の訳者あとがきで)。 評者は大昔に若気の至りで、講談社文庫の編集部あてに「ホウク」じゃなく「ホック」だとか、そのほかの問題と思える箇所の指摘の手紙を送ったら、坂下氏当人から返信がきて「私は米国での暮らしも長く、米英語のプロナウンシエーションにも精通している。Hochの原語での発音は「ホウク」が正しい。これまで慣例になっている日本語での作者名表記の方が不適切」とかなんとか反論され、だまりこんだ(笑)。そうしたらこの数年後、実際に創元から「E・D・ホウク」表記の翻訳ミステリアンソロジーが刊行(うーん)。ただしこの「ホウク」表記は結局は日本ではまったく定着せず、周知のように、21世紀の現在まで、その創元からも他からも「ホック」名義の翻訳ミステリは、続々と出ている。 以上、とあるジジイミステリファンの回顧で、役に立たない耳知識ね(笑)。 というわけで50年代のマイナー作品、しかもMWA賞受賞作品ということで関心は煽られたものの、訳者の名前でオソルオソル読んだ本書だが、いやまあ結論からいうと、フツーにかなり楽しめた。 いや客観的に見ればヘンな日本語や配慮の足りない叙述が目白押しだが、なにしろ当初からこちらは翻訳があのヒト、と思って構えて読んでいるわけだし、さらに森下雨村や西田政治、長谷川修二あたりの古い訳文を改めて楽しんできたこの数年を思えばこれくらい……という感じで気にならない(笑)。 まあもちろん、訳文の多少のアレさがさほど気にならないのは、何よりもお話そのものがなかなか面白かったからで。 ミステリとしては、冒頭からその直前にすでに死んでいるローズの過去にわけいっていく『ヒルダよ眠れ』みたいな被害者小説かとも思ったが、実のところ本作のローズは最初から周囲に嫌われていることが歴然としているので、まんま『ヒルダ』みたいということもない。ただしそんなローズが、なぜ主人の死後も屋敷で立場を守り続けたのか? そして遺された(中略)の意味は? などの謎が浮上。さらには長男ハートリーの逮捕後も屋敷の周辺では動きがあり、適度にサスペンスを盛ったフーダニットとして読み手の興味を刺激する。 さらに作者が女流作家なためか、主人公カップルのラブコメ描写もなかなか。レイチェルの元カレ? やクレイグの別れた妻、など、好きあった主人公コンビが互いの相手の周辺の異性の影を意識して痴話ゲンカになりかけるタイミングで、何やら事件の方の動きがあり、二人の歩調が揃ってそっちを向く呼吸など、ベタながらエンターテインメントとしてよく出来ている。 終盤の意外性はなかなか驚かされた一方で、もうちょっと一押し伏線が欲しかった気もするが、かたや真相の露見と同時に、登場人物の秘められていた心情が覗けるような感触もあるので、これはこれでいいだろう。 ひと晩じっくり楽しめた佳作~秀作。 |