home

ミステリの祭典

login
最初で最後のスパイ

作家 ロバート・リテル
出版日1996年05月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2021/06/20 17:39登録)
(ネタバレなし)
 20世紀終盤のアメリカ。政府の対テロリスト合同調査課「SIAWG」の主任ロジャー・ワナメイカーは独善的な正義の念から、某小国に大惨事を巻き起こす秘密の計画「スタッフティングル」を進行。かつての上司であり、とあるスキャンダルから今は退役を強いられた「提督」ことJ・ペパー・トゥースフェイカーを、自分の協力者とする。だがワナメイカーの陰謀を傍受したのは、CIAの盗聴工作者で、カンパニー内部の裏切り者や問題児を内偵する「ウィーダー(除草人)」ことサイラス・シプリーだった。ワナメイカーはかつてシプリーの学友だったが、シプリーの恋人に薬物を与えて事故死に追いやった男。今は両人は憎しみあっており、さらに「提督」もまた自分の失脚の原因となったシプリーへの復讐の機会をうかがっていた。歴史研究家で、自分がアメリカ独立戦争時の隠れた英雄ネイサン(ネイト)・ヘイルの末裔だと信じるシプリーは、伝説の悲劇のスパイとなった先祖の栄光に倣うように、ワナメイカー一派とのひそかな戦いを続けるが。

 1990年のアメリカ作品。リテルの第9長編。
 新潮文庫の裏表紙にある、あらすじとひとこと解説「読者の知的冒険心を刺激する特異なスパイ小説」という文句を見て、なんやら面倒くさそうな作品? かと思ったが、そんなことはない。ページをめくり出したら約400ページの本文、一晩で一気読みの面白さであった。
 
 現代(20世紀)の主人公シプリーが探求して著述した歴史秘話の形で、ほぼ2世紀前のもうひとりの主人公ネイトの独立戦争時代の戦いが、シプリーの方のストーリーと並行して語られる。
 アメリカの独立のため心ならずも卑しいスパイとなっていくネイトの葛藤と理想が静かにしかし熱く綴られる一方で、そこに血の絆がからむヒロイズムを感じたシプリーもまた直近の事態に向かい合い、解決の道を探っていく。
 そんな設定のシプリーのみならず、敵方の連中も、中盤から登場するヒロインでカメラマンのスノウもみんなキャラがたちまくり。
 特にスノウは占いマニアというラノベかギャルゲーの女子みたいなキャラクターが印象的で、これはリテルの以前の作品『迷い込んだスパイ』のようにキャラ立ちのためのキャラ立ち設定か? と思いきや、根っこが意外に深いところにあり、ちょっと感入った。ストーリーの上でこの占いマニアの趣向があまり生きていないのはなんだけれど。

 過去のご先祖の英雄的な活動にならうことで、現代の主人公もまた……とくれば正に王道の作劇だが、そこはさすがにくわせもののリテル、読者の視点や関心どころを意識しながらも、最後には微妙に変化球っぽいものを放ってきたような……? もちろんあまり詳しくは言えないが。ちゃんとエンターテインメントしながらも、やはりくえない作者だよね、という思いを強くした。
 あちこちに妙な感覚のユーモアがまぶされているのもステキ。アメリカ作家ながら、その辺のドライユーモアっぽい感じはどこか英国の作家っぽい。これまで読んだリテル作品のベストワンだとは言わないけれど、十分に上位ランクの一本でしょう?

1レコード表示中です 書評