| クリスティ再読さんの登録情報 | |
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| 平均点:6.39点 | 書評数:1500件 |
| No.60 | 6点 | 書斎の死体 アガサ・クリスティー |
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(2015/12/13 20:47登録) 失礼、少しバレると思う。 本作は実は二人の被害者の対比(ガールスカウトvsショーダンサー)みたいなことが、本当は一番のサープライズじゃないのかなぁ。そこらへん映像で見てみたい気もする。ある意味悪趣味なジョーク、といった雰囲気があるのが本作のイイところのように思うから、そこが出るんだったら本作映画向きだよね。実際、シンプルで馬鹿げたトリックなんだけど、妙に盲点を突いているわけだから、本作みたいな正面からの本格ミステリじゃなくて、たとえば松本清張とかだったら社会のブラックホールみたいなものと絡めてうまく料理したかも...と思わせるところがある。ブラック・ジョーク的なトリックだからこそ、最後の死体移動が馬鹿馬鹿しくもうまく雰囲気に合っている。 で実際の機能はアリバイ作りだけど、実はこっちがどうもドン臭いことになっている。犯人がもう少し工夫すれば、ずっといいアリバイになったように思うが...クリスティは WhoやWhy は実に上手だと思うけど、How はどっちか言えば下手な方じゃないだろうか。フーダニットが基本だから、アリバイは強調しすぎてもしなくても、小説的にどっちでもやりづらいわけで、本作もその例に漏れない...そこらへんちょいと残念。 付記:よく考えると、最晩年のマープル物が本作のトリックの改善版だ、という見方ができると思う。本作のリアリティのなさを工夫して解消しているよ。 |
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| No.59 | 8点 | 鏡は横にひび割れて アガサ・クリスティー |
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(2015/12/13 20:13登録) 本作はたった一つのキーワードが分れば、真相なんて自動的に出てくるような、あえて言えばパズル的な作品でもある。勿論それがキーワードであることを目立たないようにいろいろ細工してあるのがクリスティの腕なんだが....実は評者、本作を高校生くらいのときに初読して、そのキーワードを推測できてしまった、という懐かしい思い出がある。 中高生のミステリファンなんてのは、作家を自分とはかけ離れた教養と能力の持ち主だなんて崇拝しかねないものだが、本作によってある意味そこらへんを見切れたような気がするんだ...そういう自分の記念的な意義があるため、今回再読を楽しみにしていたんだ。だから評価甘いと思うよ。 うん、再読したが..シンプルな作品だなぁ。でも、事件がセント・メアリー・ミードの変化(新興住宅地化とか...)の中にうまく埋め込まれ、マープル自身が感じる老いと世話係との葛藤など、楽しめる(若干ミステリ外の)要素が豊富にあって単純に読み物として楽しい。直前の「ポケットにライ麦を」とか「パディントン」とか「ネメシス」につながるマープルの苛烈さが本作は薄く、「書斎の死体」とか「予告殺人」あたりの雰囲気に近い。そういえば本作以降、全部旅行先の事件だから、最後のセント・メアリー・ミード物なんだ....自分のそれと、物語舞台のクロニクルと重ね合わせてちょっと感慨。 |
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| No.58 | 4点 | パディントン発4時50分 アガサ・クリスティー |
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(2015/12/07 23:04登録) クリスティって変なコを描かせたら共感が筆を冴えさせるのか、すごくイキイキ描く作家なんだが、本作のルーシーみたいな有能でアタマも切れて行動力もさすが...なデキる女を描かせると、どうも書いてて恥ずかしくなってしまうのだろうか、あまり美味しい目にあうことがないんだよね。「ポケットにライ麦を」のミス・ダブとか「終りなき夜に生れつく」のグレタとか、「予告殺人」のレティシアとか、大概ロクな目にあってない印象がある。 本作だとルーシーはマープルの協力者として活躍するんだけど、その活躍&小説の盛り上りMAXなのが、序盤の終りの死体発見で、それからはタダの家政婦に成り下がり、話も低調なまま終わってしまう。序盤こそ「鉄道ミステリ?」って感じだが、すぐにクリスティ流の家モノ(しかもパロディっぽい)になるわけで、話の構成が途中で諸般の事情で...とかあるんじゃないかとカングりたくなるくらいに、おかしな方向に流れていってしまい、それからまったく立ち直れない。クリスティ、ルーシーがどうしても好きになれなかったのかなぁ。 あ、ミステリとしてはトリックも特になく、犯人特定はロジックもへったくれもない。それでもルーシー、評者は結構萌えなのでプラス1点。 |
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| No.57 | 10点 | 吸血鬼 H・H・エーヴェルス |
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(2015/12/02 00:00登録) いわゆる三大奇書とタメを張れる海外作品って...と考えてみたとき、うん、本作なんていいと思うんだ。 まあ本作「吸血鬼」なんてタイトルだが、血まみれにはなるが一切超常現象は起きずあまり怖くないからホラー小説とは言えないし、幻想小説かというとあまりに明晰で偏執的にリアルだからサドがそうでないように幻想ではないし...で主人公は第一次大戦中(アメリカ未参戦)の状態でアメリカに渡って、エージェントみたいな立場で親ドイツ世論を喚起する講演でアメリカを回るドイツ人で、アメリカが参戦するとスパイとして逮捕されて監獄収容所行きになる。また軍馬への意図的な伝染病散布とも関わりがあって、しかもアメリカを背後から突くためにメキシコの軍閥?山賊?革命家なパンチョ・ヴィラに会いに行って工作するなんてエピソードもあるから、一応スパイ小説でいいと思うんだ。まあジャンルが何でもおよそ収まりが悪い作品で始末に負えない。 で特に力を入れて紹介したい点、というのがいくつかあって、一つは本作の結末が、「虚無への供物」の「読者=犯人」の先取りかもしれない...という点である(戦前に新青年で紹介されているようだ)。本作で主人公の周囲で吸血事件が起きる。実は主人公が夢遊病の中で起こしていた事件なんだが、ヒロイン以外の被害者の女性たちは主人公を吸血鬼みたいに捉えて爪弾きすることになるけども、ヒロインだけはそういう主人公を理解し、守り続ける...なぜかといえば、主人公は血によって生きる吸血鬼かもしれないが、この戦乱の時代の中で、あらゆる人間がすでに「血への渇き」によってどこかしら吸血鬼めいたものに変貌しつつあるのであって、主人公はその先駆けにすぎないんだ、と考えるからなんだ。「今日は火曜日よね...この火曜日をわたしはどんなに楽しみにしていたでしょう!しかしいいこと?これからは、どんな日もみな火曜日なのよ!」火曜日=マルスの、剣の日で戦いの日で血の日がいつまでもいつまでも続く、不吉な予言で本作は終わるが、この作者エーヴェルスは本作のあとナチに転んでいるから、これはホントウの予言である。 本作は文章が実にいい。「それからしんとなった。寒気がして、歯ががちがち鳴った。食いしばろうとしたが、駄目だった。震えにリズムを聞きとろうとした、が、リズムなんかなかった。」...これ、見事なハードボイルド文なんだよね。ヘミングウェイ(内容的に「日はまた昇る」と共通点が多い..)とかハメットとかを思わせるクールさに加え「全世界が発狂したあの年に、彼は、これが二度目と称して、出発したのだった」冒頭)と書く逸脱的で不吉な荒々しさ...これらが幻想的なのではなくて究極にリアルだ、というあたりが本作の禍々しさの徴である。 完訳の創土社版(前川道介訳)は暗黒文学での有名な入手困難本だけど、大きい図書館とかあるかもしれない。抄訳で少しづつ表現を短縮して訳した感じの世界大ロマン全集(東京創元社)版は古本で手に入りやすい。評者は中学生の頃本作の禍々しい毒に中ってずっと気になっていた...ごめんね、本作はどうしても紹介したかったんだ。 |
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| No.56 | 1点 | 成吉思汗の秘密 高木彬光 |
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(2015/11/23 23:11登録) 「時の娘」と読み比べるなんて無粋なことをしたんだけど、「時の娘」の堅実さと比較すると、本作なんてまったく比較の対象にならないや... まあそもそも義経、というあたりで無謀。源平争乱の頃なんて史書もあまり信用できないから、現在の史学だとそもそも義経の経歴レベルで判ることさえそんなにないのを正直に認めたりするわけだよ。本作だと義経の経歴を南北朝~室町成立の義経記みたいな史書ならぬ「物語」から得るわけだから、やってることは史実の究明というよりも、文芸評論の部類にしかならないんだよね。オーケイ、だからこれは「小説」だ。 またいろいろと「証拠」を持ち出してくるんだけど、それらがほぼ出所不明な噂話レベルで「こんなの何で信じろっていうの?」と思うレベルのものだけど、名探偵氏はまともな資料検討もせずにイキナリ鵜呑みにする...紙幅の都合もあるだろうけど「物事を信じやすい人」にしか見えないや。これは小説の問題として大きな傷である。気になったので14章に出る「五十畑忠蔵」(写本を入手した新興財閥の主らしい)をネットで検索してみたが、まったくヒットなし。そもそも読者に対する説得力を配慮して書いているとも思えないね。 それでも小説としてのオチは天城山心中(実話)で、リアルタイムの出来事をフィクションの証明に使う、という仕掛けは判らなくもないんだが、輪廻転生を小説の結末にするとなると、本作の「フィクションとしての結末」にしかならないわけで、「立論自体のフィクション性」を強めているようにしか見えない...で、天城山心中の最大の問題は、これがテイが嫌悪し指弾する「トニイパンディ(歴史の捏造)」に他ならない、ということだ。いったい作者は「時の娘」をまともに読んだのだろうか?? ロマンチックな解釈は時として「歴史」を捏造しかねないものだという、「物語の倫理」についてのテイの告発をどう捉えるのだろうか?(少なくともご遺族はただただご迷惑だと思うよ...追記:どうやら天城山心中自体、一方的なストーカー殺人説もそこそこ有力らしい。ロマンよりも現実の方がずっと複雑怪奇、だねぇ) 悪口ばかりになるので、そろそろ止めるけど、今更ながら高木彬光のキャラ造形の下手さが目立って、誰も彼も筆者の主張を代弁するお人形。ジョセフィン・テイのキャラ造形のキュートさを何で学べないんだろう... |
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| No.55 | 9点 | 時の娘 ジョセフィン・テイ |
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(2015/11/23 22:38登録) 本作は歴史推理の古典で有名であり、歴史好きでは人後に落ちない日本でもフォロワー多数、な作品なんだけどね... 実は本作、とっても慎ましいんである。本作は、あくまで証明可能なことを、大言壮語せずに綿密に証明してみせた作品であり、日本のフォロワーたちがやったようなトンデモ説の強弁とは精神において対極にある作品なんだよ。 「真実というのは、誰かがそれについて説明したもののなかにはまったく含まれていないんです。真実はその時代の些細な物事すべてのなかに含まれているんです。新聞の広告。家屋の売買。指輪の値段。」 細部にこそ神は宿る...すばらしい。これぞミステリというものである。論証も小説なのでいちいち出典を挙げるわけではないが、なるべく同時代資料に根拠を求め、資料批判の目は確かに持ち、読者にしても「調べれば確認できるだろう..」というくらいの信憑性を持たせることに成功している。まあ今どき、ネットの検索でもそこそこ歴史上の有名人物の生涯くらいは調べれるわけで、評者が見た範囲でも大筋本作の推理は成立しそうに感じる。 あとWikipedia に本作のナイスな評価があったので特に紹介したい。「歴史に対する不正義が人々の感情に訴えかける物語によって助長されていることに対する著者テイの嫌悪や不信」が本作のテーマだと言っている。「物語の倫理」を巡る作者の想いは、ロマン大好きなフォロワーたちには残念ながらまったく届いていないようだ... 本作はテイの創作論のような読み方もできるように思う。小説(ロマン)は、その物語性(ロマン)によって徒に感動を押し付けるのではなくて、デテールの精密によって現実でも空想でもない別な現実を体験させるものなのかもしれないね。だからこれはちょっとメタな視点による物語批判なのかも...評者はそう読みたいな。 それゆえ登場キャラは全員に血肉が通っており愛すべき人々たちである...これはホントウにすばらしいことである。必読。 |
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| No.54 | 6点 | バートラム・ホテルにて アガサ・クリスティー |
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(2015/11/22 23:15登録) 空さんの言うとおり、本作はマープル登場作だけど、名探偵ミス・マープルじゃないからね。「蒼ざめた馬」に近いタイプの小説だな。 でマープルが特別出演する理由は一番書きやすい「古きよき時代を懐かしむ」視点人物だからにすぎないわけだ。だから最後のほうで出てくる殺人はタダのオマケ。で、大掛かりな犯罪があるんだけど、「蒼ざめた馬」みたいな即物的リアリティは残念ながら、ない。だから失敗作...と言ってもいいんだが、それでもね。 というのは、こういう演劇的と言っても過言ではない「偽装」がクリスティのいままでの名作のトリックの根幹にあるわけで、そのような偽装が実はタメにするシミュラクルなんだ、ということを本作は明らかにしている、という点なんだよね。バートラム・ホテルは過ぎ去った大英帝国の繁栄の模造品に過ぎないが、それがタダのシミュラクルであるがゆえに、ホントウのノスタルジアとアメニティを提供してしまうわけである。真相暴露は幻滅(マボロシを滅する...)だが、幻滅ゆえに、それが滅び去ったことを確認するがゆえに、マボロシはまたさらに美しく輝き人を惹きつける...これがクリスティでなければ、きっと「奇妙な味」な短編で小粋に書いたネタなんだろうけど、クリスティなので真正面からの直球勝負(もういい加減な歳なのになんて覇気だ)。 最後に殺人の真相なんだけど、これも実は「幻滅」って話なんだと思う(あまりトリックに説得力がないが...)。マープルの断罪がネメシスシリーズ的な厳しさで印象的。 ちょっと思ったんだが、この幕切れってネメシスがもし三部作だったら、この殺人の真犯人が、トリの作品「女性の領分」への再出演する伏線だったのかも?? |
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| No.53 | 8点 | 復讐の女神 アガサ・クリスティー |
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(2015/11/22 22:43登録) クリスティとしては最後から三番目の作品になるだけど、最晩年の作品では「終りなき夜に生まれつく」の次に好きだ。「カリブ海の秘密」で見せた「老人だけどハードボイルド」がいい具合に仕上がっていて、とっても80過ぎの老人が書いた作品に見えない覇気がある。 本作のイイところは犯人像。荒廃した屋敷の描写とか、結構サイコな真相とか、舞台装置と合わせて浪漫的な雰囲気が強くある(「ゼロの焦点」とか連想してたが、要するに廃墟趣味ってやつだよね)。よく考えるとマープル、すごく冒険していたりするなぁ....能動的なあたりがまさにハードボイルド。実はクリスティ特有のひやりとした即物性が評者は好きなんだが、それがこういうオリジナルなハードボイルド性とうまく合致して、とても雰囲気がイイ。 本作の最後でマープルは報酬を全部現金払い並みの当座預金に入れて「外に出ていく」。なんて見事な退場(物語世界からのexodus)だろう! さらにのネメシス物語を読みたいと評者は惜しむけども、この晴れやかなオープンエンドでマープルの物語が閉じられるのは奇蹟のようだ... あと、これはクリスティが言っていないことだが注記(まあほとんどネタバレ)。ラフィール氏のファーストネームが本作でジェースンだと明かされるわけだが、イアソンがネメシス=エウメニデスに依頼するのならば、犯人はクライティムネストラではない別なあの人だよ....(あの人が昔やった肉親の情愛を利用したトリックと、本作のトリックは通じるものがあるな) |
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| No.52 | 6点 | カリブ海の秘密 アガサ・クリスティー |
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(2015/11/22 22:16登録) 評者意外に本作の批評は難航したんだ...後期クリスティは好物なんだけども本作の意義ってもう一つ説明しずらいんだよね。 どうもこういうことなんじゃないかと思う:後期のクリスティって「これがどういう話なのか」の手のうちを明かさずに進行して、登場人物たちは正直に問題をなかなか打ち明けてくれない。そこらへん「お話のご都合主義」に沿っていなくて、誰がキーパーソンなのか全然わからないように進行するわけだ。 だから登場人物たちは皆暗い内面を抱えたまま、断片的にしか事情を明かしてくれないまま、マープルは登場人物が喋った内容よりも、ちょっとした「感触(Tact)」みたいなことをベースにいろいろと想像していくことになる....不透明な人々が不透明なままに交錯するドラマみたいなことになるわけだ。で、本作だと特に、SEXの問題がその背景にいろいろと絡んでいるわけで、クリスティって言われるほどに「ヴィクトリア朝的」でもないわけである.... というわけで、本作はパズラー的に読むと全然面白くないと思うけど、そういう不透明な登場人物たちや、それを断罪するマープルの非情さとか考え合わせると、ハードボイルドと呼べるような感覚があるように思える。まあ、本作よりも続編の「復讐の女神」の方がずっとこの感覚は苛烈になるので、併せて読まないとダメな気もするね。 |
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| No.51 | 1点 | ビッグ4 アガサ・クリスティー |
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(2015/11/17 22:33登録) 読み終わってみると、殺人7件、誘拐2件、仕掛けられた罠に飛び込むこと3回..と目まぐるしく事件が起きてたんだが、読んでいくうちにどんどんシラけていくのがツラい。ホントウに事件がおきりゃあいいってものではないよ。感覚が麻痺してしまって、惰性でページを繰ってた... まあ最初のうちは、ホームズのオマージュみたいな感じで進んでいくから、「若い頃のクリスティのファン気質」みたいなものが見えて若干ほほえましくもあったんだが、ポアロが吹き矢でナンバー3を狙ったりとか、ガス弾を投げたりとかした日には、「アンタ誰だ?」という疑問が浮かんでくることになる。 というわけで、本作はSDキャラ満載の公式薄い本、くらいで読めば腹は立たないだろうね。評者の趣味だとポアロがデレすぎ。ツン属性がもう少し欲しいところ。 |
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| No.50 | 5点 | 青列車の秘密 アガサ・クリスティー |
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(2015/11/15 09:44登録) 時系列で見ると、初の三人称ポアロ物である。それまでの三人称小説が「秘密機関」と「チムニーズ館」だけだから、「国際謀略」からみ...なんて評されたりするが、実のところ大時代的な「怪盗」がいるだけのことで、スパイスリラー色はまったくない。 後期好きの評者に言わせるとポアロの相方は作者の投影であるオリヴァ夫人(登場作は三人称)の方がずっと馴染みがいいわけで、ヘイスティングスは単にホームズオマージュの因習的な語り手に過ぎなくて、クリスティの人物描写能力を制限していただけの気がする...評者的には大歓迎、というところ。 なので、三人称のメリットをフル活用し、二次的なキャラ(中心人物視点でのみ登場する脇キャラ)の陰翳もちゃんと描写できており、小説としての立体感がそれまでの作品よりずっと向上している。レノックスとか特にクリスティらしいクセモノ女子感があってよろしいし、ミス・ヴァイナーとかミス・マープルの原型?となるくらい。ヘイスティングスの桎梏から解放されて筆がイキイキしているよ。 だが反面ミステリとしてはつまらない。ほぼ消去法で身元は推測できるし、アリバイトリックは陳腐な上に、アリバイが重要なことを小説上ちゃんと描写できていないから、解決が何か斜め下で盛り下がる。事件再現とイギリスに戻ったヒロイン描写の方を比較すると、事件再現の方が面白く描けてなきゃまずい(ワクワクしないんだ..テンション低い気がする)のに、ヒロインの心境の方が面白い。ミステリとしての失敗度が本当に小説の足を引っ張っている残念感の強い作品。 |
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| No.49 | 5点 | 邪悪の家 アガサ・クリスティー |
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(2015/11/03 23:44登録) 評者的には「みさき荘の怪事件」(邦題としてはコレが一番好き)...幼少のミギリに児童向けリライトで読んで、「え、この人が犯人に決まってるじゃないの..」でイキナリ真犯人が分かってしまい、がっかりしてそれ以来ずっと敬遠していた作品である。なので今回は、クリスティがいけないのか、それもとリライターがダメだったのか、虚心坦懐に判定してみようと思う。 本作、分かりやすいメインの謎以外にはあまり大した謎がないんだよね。毒入りチョコの件は肩透かしだし...作者は触れてないけど、カードの機会を考えると犯人は別途に明白だと思うよ。動機は犯人の見当がつけば、クリスティの常套手段だから、それほど難しくないように感じたけどなぁ。まあ本作はキャラ描写をちゃんとすればするほど、バレやすくなる作品なので、あまり突っ込んでなくて、クリスティの中でもすっきり薄味のライトな感覚である。そこらへんゴテゴテして混乱した印象を与える「エッジウェア卿の死」とは大きく違う。 なのでそもそもミステリとしてはたいしたことはない、という結論は変わらないが、そう印象の悪い小説でもなかったじゃないか、という感じ。どっちか言えば児童向けの方は少女小説くらいのノリ(ニックのキャラは華やかだしね...あと子供向きのお説教にも使えるか?)で採用されたんじゃないのかなぁ。まあ、子供向けミステリならば、犯人当てではどうでもいい「ABC」とか「オリエント急行」あたりにしておくのが無難な気もするね。 なので結論:悪いのは評者。イヤミなマセガキだったわけ。これぞサープライズエンディング? |
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| No.48 | 4点 | エッジウェア卿の死 アガサ・クリスティー |
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(2015/11/03 22:16登録) 「これが本格だからね!」って意気込みで大げさで大時代的な文章で、いかにも「本格」らしく展開し...なんだけど、その割りに雑味が多く、大味な作品。 というか、犯人の隠し方がえらく下手。この人でこのトリック以外ないでしょ?というくらいに明々白々。でしかも、執事の件は...いったい何したかったんだろうね。あまりミスディレクションにもなってないし、そうした理由はよくわからない。本当によろしくないのは、ポアロが何をどう間違った推理をしているのか読者に全然分からない点。単に分からないのをゴマかしているように見えるよ。あと「晩餐会の13人」がキーワードかな?と思ったけども、関係ないみたいだね.... しかも手がかりは、1つはヘイスティングスが偏見から曖昧な証言を更にゆがめた記述になっていて、ちょっとこれを気付けは無理だよ~~となるようなものと、皆さん散々ご指摘の日本人には分からない動機。というわけであまりいい評価はムリですな。 しかしよい点は犯人像。仕掛けと性格がうまく合致していて、しかも最後のポアロ宛の手記がいかにも、らしい。そういう意味ではよく描けているんだよね...で1点加点。まあ、修行期の駄作、というくらいのものだと思う。 (エリスのりんご、というネタかと思ったが違うんだね...意外) |
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| No.47 | 7点 | 無実はさいなむ アガサ・クリスティー |
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(2015/11/03 21:57登録) 本作は「ねじれた家」の続編だと思う...「ねじれた家」では家族にとって都合のいい人を生贄の羊として差し出して、家族をムリに再回収しようとしていた話だったが、じゃあそれが一旦成功していたら?という疑問で描かれた作品のわけだ。 評者的には本作の一番イイところは、抑制的な渋い文体である(現行版も小笠原豊樹訳だ...名訳だと思う)。アリバイが判明したことによって、家族内での犯人探しになるわけだが、これは別に論理的な手がかりがどうこう、というものではないので、凍りついた家族のそれぞれの疑心暗鬼を丁寧に追っていけばいい。そうすれば最終的に性格的に納得のいく「意外な真相」は手にはいるが... 評者的には本作が、中期クリスティがずっと追求してきた親子関係の最終的な結論のように感じる。「わたしが憎んだのは、お母様がいつも正しいことばかりしていたからよ...いつも正しい人間なんて、こわくない?」という登場人物の言にあるように、母権による抑圧と反抗の物語を、クリスティはずっと紡いできたわけだが、その母権の「正しさ」が本作で最終的なテーマに浮上してきている。母性の権化は報いられず殺され、その他の母性に捉われた女性が何人も登場するが、皆最終的に母性の対象を喪失する.... というわけで、本作はミステリを期待して読むよりも、ディープでヘヴィな親子相克のドラマを読む覚悟で読んだ方がいい。それでも本作はある意味クリスティという作家の到達点の一つである。 (本作の評はそんなに多くないけどほぼ皆7点をつけてるのが印象的。それだけの読み応えのある力作です。) |
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| No.46 | 8点 | 五匹の子豚 アガサ・クリスティー |
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(2015/11/03 21:03登録) 本作にはいろいろ美点があるが、最大のものは形式的・幾何学的な均整美だろうね...5人の容疑者それぞれを均等に扱って、前置きのあと(法曹関係者も5人で揃えてある..)それぞれのインタヴュー/手記/質問1つ、で全員集合という構成の美が素晴らしい。 でその中である夏の一日に絡み合う群像が再現されていくわけで、それぞれがそれぞれの視点で記述していくために、微妙にニュアンスが変わって聞こえていく..その多面的で立体的な再現感がいい。なので、評者なんぞは「5人のうち誰が犯人でも、もったいない...」とまで感じていたよ。 まあ真相が5段構え...ではないのが残念だが、それでも第1段目の真相までは結構楽に推測できるだろうと思う。二段腰の真相の方は...まあ、こういう解決もあるよね、くらいのつもりで読むつもりだ。ある意味、ポアロのしていることは解釈に次ぐ解釈でしかないわけで、こうなってくるとどんな到達点も「相対的に一番収まりのいい(暫定的な)解決」でしかないのでは...と思わせるところがある。ちょっとオープンエンドな「藪の中」的な迷路を示唆するが、本作はそれが狙いではない。そういう多面的な描写が作り出すリアリティの中によって、悲劇的な人物像を際立たせるのが狙いだろうね...ジャスミンの香りの件はすばらしいな。 本作芝居にしたら素晴らしいだろう(実際本人が芝居にしてる「殺人をもう一度」)。演出が目に浮かぶよう。完全にネタバレるので引用したいけどやめとくが、ポアロの絵の最終的な評言がクリスティらしいクールな恐怖感があって極めて印象的。評者だったらこのポアロの言でカーテン静かに閉まる、かな。 |
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| No.45 | 6点 | マギンティ夫人は死んだ アガサ・クリスティー |
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(2015/10/31 22:45登録) 本作の被害者は家政婦+下宿経営で生計を立てている未亡人...しかも、ポアロ自身が自分の活動を「下手な鉄砲も数打ちゃあたる」と評するくらいに「考える前に動いて」いる、ハードボイルド?な作品。だから直接の物理的襲撃を受けたことを方針の正しさを証明する「すばらしいニュース」と言ったりする...あれこの人ホントにエルキュール・ポアロなんだろうか?? 初期のクリスティっていうとセレブ・金持ちワールドでの殺人、というシチュが普通だったんだが、戦後で作家的にも成熟してくると、そういうのにリアリティを感じなくなってきたんだろうね。だから、いろいろと私立探偵小説としての試行錯誤をしているわけで、たとえば「複数の時計」はウルフ=アーチー方式をやってたりするわけだが、本作だと真相がどうもロスマクの某作を連想させるところがあって、なおさらハードボイルドっぽく感じたりもする....まあロスマクでも人間関係のトリックが軸だし、ホントはロスマクがクリスティの後継者だったのかも、と妄想をたくましくしてもいいかもね(最近そう読むのが流行だそうだね)。 とりたてて大きな狙いとかトリックはないんだけど、細かいミスリードは多くて、緻密にできているのがGood。登場人物にそれぞれの決着をつけるなど、きめ細かい小説になっている。ある意味クリスティ「らしくない」かもしれないし、小説としては小粒かもしれないが、それでも「みんなの知らないクリスティ」って感じで妙に気になる.... |
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| No.44 | 6点 | 三つ首塔 横溝正史 |
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(2015/10/18 17:31登録) 本作はぶっちゃけミステリじゃないよ。ミステリのつもりで読むと全然つまらない。終戦直後を舞台とするヒロイン伝奇小説だと思って読むと、本作意外なくらいに面白いのだ。終戦直後の怪しいアングラワールドを地獄巡りする、横溝流ハーレクイン(ヒーロー造形がモロに「黒馬の王子様」)である。 だから77年の古谷金田一のTVドラマみたいに、とくに脚本をイジりもせず、秀才で手堅いが個性が弱い監督でも、シリーズ中三本の指に入るくらいの名作になっちゃうわけだ。煎じ詰めると弁護士事務所で怪優たちが睨み合う(第1回の幕切れ)だけで、「昭和怪人図鑑」が成立してしまう...そういうタイプの面白さだから、どうしても映像には負ける。がしかし、アングラワールドを巡るヒロインが一難去ってまた一難を潜り抜けていくうちに、元箱入り娘のブリっ子ぶりを逆に武器にしたたかに強くなっていくあたり妙に共感できるし、しかも屈折した偽悪者のヒーローだから、評者萌えるんだよ(昔の性道徳ベースだから、ヒーローが実はウブだったりする..笑)。 ベタな昭和エンタテイメントとして今は読むのが吉、77年のドラマを見るのがさらに吉。犯人がどうこうなんてハッキリ興ざめ(評者全然納得いってない)。 |
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| No.43 | 8点 | 僧正殺人事件 S・S・ヴァン・ダイン |
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(2015/10/18 08:45登録) ヴァン・ダインというとアメリカでは「忘れられた作家」だそうだが、今回改めて読んで本作の強みと弱みでいろいろ考えることがあった。 というのは本作はバブル小説なんだよね。アメリカが第一次世界大戦の戦勝で自信をつけ、戦後の好景気に乗じて背伸びをして...の最中で書かれてウケた、ちょっと知的でスノッブな娯楽小説がヴァン・ダインのわけだ。ニューヨークのおしゃれで知的でアートな生活のデテールをガジェットとする、知的ヒーロー小説というコンセプトだから、状況が急転直下した後の世代、大恐慌と不景気と戦争の世代にとっては、そういう背伸びがやたらと気恥ずかしく、しかも流行遅れなものに感じられたに違いない。要するにファイロ・ヴァンスのペダントリという奴は、「なんとなく、クリスタル」のブランド注釈と似たり寄ったりなものだと思えばいいわけよ。 で、ミステリとしては、パターン確立期のマイルストーンのわけで、今の時点での「本格ミステリっぽさ」で判定するとかなりキビシイことになりかねないのだが、評者の見るところ本作はオリジナルなホラー小説として出色のできのように思うのだ。ヴァンスのペダントリと最新科学知識の応酬がクリアな朦朧体といった効果を生んで、明晰なんだが得体の知れない恐怖感をあおっている。またドキュメンタリタッチの筆致と、冷たくジメジメした湿度感のミスマッチ感覚が素晴らしい。そういえばヴァン・ダインはラヴクラフトとは同世代で生没年も相前後しているね。読みようによってはコズミックホラーかも。 というわけで本作は、第一世代の紹介者たちの因襲的な評価は頭から全部捨て去って読み直した方がずっと面白い。 付記:斎藤警部さん同様に、昔の創元の文庫のカバーが、僧正・グリーン家とお揃い色変わりで極めてお洒落だったのが評者も印象深かった...そりゃ杉浦康平大先生だもの。複数書影が登録できるようになったので、ここは初訳じゃないけど追加しようじゃあありませんか。 |
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| No.42 | 2点 | 複数の時計 アガサ・クリスティー |
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(2015/10/13 21:41登録) 死体の周りに時計がいくつも...というと往年の「七つの時計」とシチュエーションが共通するんだが、あっちも駄作でこっちも駄作。 でしかも、まずいところが「七つの時計」と共通してもいる。真相がどうにもショボくて、エンタメとしてどうよ、というレベルなんだよね。まあリアリティ重視の警察小説だったら、解決しない謎が多少残ったりしてもリアリティのための小道具で許せちゃうわけだが、本作は本格ミステリらしくどうだ!と謎を提示しておくにもかかわらず、その謎を魅力的に解決する、というミステリというよりも娯楽小説の肝心カナメを外しているわけだ...これはどうしようもない。 評者は「七つの時計」と連続してこれを読んだんだけど、クリスティの初期作の「七つの時計」と晩年の本作だと、約35年の時間が流れているわけで、「七つの時計」の舞台である侯爵の豪邸チムニーズ館から、本作の新興住宅街に至る、イギリスの郊外風景の歴史みたいなものにちょっとした感慨を受けるのである....本当はクリスティって、こういう郊外風景のクロニクルを描けた作家じゃなかったのかなぁ、と思うんだよね。クリスティの代名詞である「村の噂話」が開発によって希薄化していくさまを描いたら、本当に凄い小説になったのでは... あ、あとポアロによるミステリ評は雑談レベル。本質的に批評家的センスのないクリスティだから、まともに取り上げる価値はないと思うよ。あと本作、ポアロ長編では唯一のウルフ=アーチー方式採用作だよね....(そういや「パディントン発4時50分」か)ミステリ評があるのは他人のやり方を借りてみました、ということかなぁ? |
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| No.41 | 3点 | 七つの時計 アガサ・クリスティー |
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(2015/10/13 21:22登録) バトル警視その5。 本作わりと面白く読めた「チムニーズ館の秘密」の続編っぽい作品で、登場人物も5人くらい共通する作品だが...「チムニーズ」の好いところが続編のクセに全然なくなっちゃってる。 「チムニーズ」はこれでもか!と丁寧にミステリ的な伏線を引いて、バレても笑って許せる力感とスケールがあったけど、本作は悪馴れした感じのタダのキャラ小説。昔MGMの社是が「大きく正しく上品に」だった、という有名な話があるけど、この真相だとエンタメのキモである「大きく」が実現できないんだよね。「チムニーズ」は大甘のロマンスだけどしっかり「大きく」は押さえていたわけで、それがあるから「バレてもいいじゃないか」と笑って許せたわけだが、本作の真相は意外かもしれないが、ハッキリとショボい。これじゃ学芸会というものだ。 評者本作で一番面白かったのが、俗物官僚がヒロインの策の副作用で、ヒロインにプロポーズする勘違い。これじゃあ仕方がない...クリスティでも底辺に近い作品だと思う。 |
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