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ミステリの祭典

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寒い国から帰ってきたスパイ
ジョージ・スマイリーシリーズ関連作品

作家 ジョン・ル・カレ
出版日1964年01月
平均点7.60点
書評数10人

No.10 8点 Tetchy
(2024/11/13 00:43登録)
本書はジョン・ル・カレの名を広く知らしめたスパイ小説の金字塔と云われている作品で私もこれまで数あるガイドブックを読んできたが、スパイ小説の名作として必ずこのタイトルが挙げられていた。それはこれまでジェイムズ・ボンドのようなスーパーヒーロー然としたスパイ小説がまかり通っていた時代に秘密兵器や美女が登場しない、実にリアルで泥臭く人間らしいスパイを描いたことがこの作家の最大の功績だと云えよう。
従って今読むといわゆるスパイ小説の典型のように思えるが、実はそれらの系譜の起源は本書なのである。そして私がこの度、ル・カレ作品に着手するにあたり、最初に手に取ったのが本書だ。ル・カレ作品としては第3作目にあたる。

このル・カレの名を知らしめた本書はアレック・リーマスという50歳のベテラン英国情報部員の物語だ。
英国情報部は悉く自分たちの部員を殺害していった東ドイツ情報部副長官のハンス・ディーター・ムントの抹殺を企てる。その任務を負うのがアレック・リーマスで彼はそのために上司の管理官の指示に従い、まず彼が情報部の仲間の目を欺くためにベルリンでの任務失敗の責任を負って銀行課という内勤の仕事に付けられた腹いせに素行不良な情報部員となったと見せかけて馘首になり、彼に目を付けた新聞記者を通じてオランダを介してベルリン行きになり東ドイツの情報部員と接触する。

リーマスの語りを通じて知らされる諜報活動の内容と情報部員であるリーマスの特殊な思考はさすが作者自身が英国情報部の人間だっただけにリアリティがある。
本書に挙げられているスパイの特殊技能や独自の世界観は様々なスパイ映画や小説が書かれている今となっては珍しくもないが、本書が発表された1963年当時では驚愕だったに違いない。これはやはり自身が情報部に身を置いていたル・カレだからこそ書けたディテールなのだ。云い替えれば今日のスパイ小説や映画の素となった1つが本書なのだ。

物語の最終、英国共産党員の一員として東ドイツの共産党員との交流会に駆り出されたリズ・ゴールドと共に逃げ出すときに彼女と交わす会話はまさに任務と愛情のぶつかり合いだ。
スパイとは、諜報活動とは従来の人間の尺度では測れない次元の理論で物事が繰り広げられるが、それはつまり人間らしさという邪魔な感情を排しているからこそ一般の人には理解できないのであり、一方で任務のためならそんな感情をも利用してみせることが出来るのだ。

リズを引き入れて一緒に壁の向こうに行くか、それとも彼女をそのまま見捨てて自分だけ助かるか。
リーマスの選択結果は本書を当たられたい。

そしてこの最終章の章題が「寒い国から帰る」。寒い国とは即ちベルリンの壁で仕切られた東側だと思われたが、最後に至ってその寒い国の真の意味が解る。
そんなタイトルや章題に至るまで作者のダブルミーニングの意図が施された本書はまさに自身も英国情報部に勤めていた作者ならではの仕事だと云えよう。

さて本書ではバイプレイヤーとしてジョン・ル・カレ作品ではおなじみのジョージ・スマイリーが登場する。今回彼が表立って活躍する場面はなく、リーマスが英国情報部を首になってオランダに渡り、そこから東ドイツに送られる間に彼が最後に逢った図書館の同僚で愛人でもあるリズ・ゴールドを訪ねる時と最後リーマスがベルリンの壁を超える時にリズを置いて西側へ来るよう叫ぶくらいだ。調べてみると彼はル・カレのデビュー作からこの3作目の本書まで登場しているようだ。
彼の真の活躍と真価はこの後の作品で読めるようなので、楽しみにしていよう。

スパイ小説を読むことは実は歴史を学ぶことに似ている。しかし学ぶのは学校の授業や教科書では語られなかった歴史の暗部を覗くことだ。死の直前まで現役のスパイ小説家であったル・カレの諸作を読むことは第2次大戦後から現代まで連綿と続く裏側の歴史を追うことでもある。
彼が亡くなった今こそ彼の諸作を読むことは戦争が再び起きている今だからこそ意味があるのだろう。噛みしめるように読んでいきたいと思う。

No.9 8点 斎藤警部
(2024/02/24 12:48登録)
「一分あれば、壁まで行きつける。では、しっかりやれよ」
「きみはおれたちをなんだと考えている。 スパイだぜ」

本作が忍ばせた連城三紀彦スピリット(?)は後からじわじわ来る。 将棋のように、ゴールに向かい一手一手詰めて行った挙句のどんでん返しではなく、オセロの如く、状況の瞬時転覆が連鎖する形で大反転の真相暴露。 この小説の外貌の醍醐味はそこにある。 主人公の直接相対する相手がステージクリア風に次々切り替わって行くのも小気味良い。 そして、最後には・・・・ 敵味方驚きの構造が明かされてお終いではない。 それは飽くまで組織の枠組。 中で実際に動く者たちの関係は複雑に推移する。 そこにまた意外性を醸すミステリ興味の重要エレメントがある。 統制された心理の暴力が荒れ狂うクライマックスの査問会(裁判)シーンは圧倒的。 だが、それすらも、、、、これ以上は言えません。

“どんなに愛情に富む夫であり、父親であったにしても、つねに愛し、信じている相手から、遠のいたところに身をおかねばならぬ。”
“第二、第三の人物として生きることを、おのれ自身に強いたのだった。 バルザックは死の床にあって、かれが創造した人物の健康状態を心配したと聞くが、同様のことがリーマスにもいえた。創造の力を棄てることなく(以下略)”

ラストシークエンス、事務的側面含んだ緊張と、それすら裏切る予感。 物語の、そして最終章のタイトルが意味するところ、確かに受け取りました。
怖るべきは、物語内の比重高く大胆不敵な□□トリックさえ実は●●●だった、という物語構造でしょうか。 それは本作主題の痛切なメタファーですらありましょう。

「神とカール・マルクスをおなじように軽蔑する男たちーー」
「しかし、リーマス。 きみも利口な男じゃないな。」

さて、最後の一文ですが・・

No.8 9点 よん
(2021/04/26 12:48登録)
スパイ小説の名作。これでスパイものの世界が変わった。ドラマは東西緊張を舞台にした二重スパイ形式をとっているが、硬玉よりも冷たくならざるを得ない。「男の仕事」が共感をそそる。緻密なスリルが味わえる。

No.7 8点 蟷螂の斧
(2019/12/13 20:08登録)
「東西ミステリーベスト100」(1986年版)の第33位。英3位米6位(英米合算では第2位)1953年「007カジノロワイヤル」から10年後の発表で、アンチ007のような作品と感じました。リアリティを追求した”非情”をメインとした作品と言えるでしょう。ボンドも女性に弱いが、本作の主人公も同様???。読みどころは、その点と査問会議の真相究明場面です。緊迫感がありました。なお、ベルリンの壁が出来た2年後の作品ということでした。

No.6 8点 クリスティ再読
(2018/07/30 00:58登録)
暑中お見舞い申し上げます。納涼3連発、第3弾は「寒い国から帰ってきたスパイ」

ベルリンのスパイ網を壊滅させられて、失意のうちに帰国した英国情報部員リーマスは、その失敗を逆用して東独情報部に一矢報いる作戦に参加した。それは異例の作戦だった。目的のために、リーマスは「堕落」した。堕落の底に沈んだリーマスに男が接触したきた...

古い話だが、評者とか昔高橋和巳に凝ったんだよ。そういう世代さね。執拗にインテリが「堕落」する話を書きつづけて、70年代初めに亡くなった作家である。自意識を強く持ちつづけ、堕落する自分を奇妙なほどにクリアに捉えつつ、倒錯的にその「堕落」を愛し「堕落」によって逆に救われるような逆説を描いたわけだけども、ル・カレの本作、高橋和巳みたいなリーマスの「堕落」が評者は今回一番印象に強く残った。もちろんスパイ小説なので、そういう「堕落」も納得づくのものなんだけどもね。しかし「作戦」は卑劣な男を助け、マジメな男を破滅させるものだし、リーマスさえも、愛した女がトラブルに巻き込まれる可能性を否定出来ないような作戦だった....何を選び、何を捨てるのか。そのときに自分が捨てたものが、本当に自分に不可欠なものでなかったと言えるのか?
そういう「アオさ」みたいなものが、本作の一番イイところになっている。本作の「寒さ」というのは、そこで捨てたものが実は一番大切なものじゃなかったのか?という疑念なんだろう。作戦のために「堕落」したんじゃなくて、スパイという職業を選んだことですでに「人間」から「堕落」していんじゃないか。そういう疑念を抱えてしまったリーマスは、職業スパイという「寒い国」から帰還できるのか...

(あと本作はちょっと「死者にかかってきた電話」の後日譚という感じの設定がある。ル・カレって単品で読んでも悪くはないけども、全体的なサーガみたいに読んだほうが良さそうだ。どっちかいうと本作は番外編みたいな色彩が強いと思う。)

No.5 6点 E-BANKER
(2014/02/16 21:34登録)
1963年に発表されたスパイ小説の金字塔的作品。
アメリカ探偵作家クラブ賞&英国推理作家協会賞受賞作。

~薄汚れた壁で東西に引き裂かれたベルリン。リーマスは再びこの地を訪れた。任務に失敗し、英国情報部を追われた彼は、東側に多額の報酬を保証され、情報提供を承諾したのだ。だがそれは東ドイツ情報部副長官ムントの失脚を図る英国の策謀だった。執拗な尋問のなかで、リーマスはムントを裏切り者に仕立て上げていく。行く手に潜む陥穽をその時は知る由もなかった・・・。英米の最優秀ミステリー賞を独占したスパイ小説の金字塔~

さすがに「看板に偽りなし」という感想。
冷戦下のベルリンを主舞台とし、英国対東ドイツの構図を背景に、スパイ達が虚々実々の駆け引きを行う。
それまでのスパイ冒険小説というと、超人的主人公が危機一髪の場面を乗り切り、最後には任務を華々しく遂行する、という図式がほとんどであったが、巻末解説によれば、作者はあくまでもリアリテイに拘り、本作を描いたとのこと・・・
確かに、ドラマティックなラストこそ目につくが、序盤から終盤までは割と平板な展開が続いていく。
(そういう意味では、いかにも冒険小説という派手な展開を好む方には向かないかもしれない)

あくまでも、主役はスパイたちの「心の中」ということなのだろう。
資本主義対共産主義、東側対西側というイデオロギーの対立軸なども当然垣間見えるのだが、その辺りはあまり気にせず読める。
終盤以降は、本作の主人公リーマスが囚われ、東ドイツで私設法廷にかけられるなど、緊張感のある展開が続き、悲劇的(?)なラストになだれ込む。
ラストシーンの背景として登場する「ベルリンの壁」こそ本作のもうひとつの主役ということなる。
まぁ21世紀の現在から見れば、「ベルリンの壁」など今は昔・・・ということになるが、やはり東西冷戦の象徴なのだと再認識させられた。

時代性もあるけど、ミステリーとしては今ひとつ盛り上がりに欠けるかなというところがマイナスなのだが、重厚でスキのないストーリー展開は十分に楽しめる。
評点はちょっと辛めだけど、そこは個人的な好みの問題。
(50歳のスパイも恋をするということだな・・・)

No.4 7点 mini
(2012/04/24 10:16登録)
明日25日発売予定の早川ミステリマガジン6月号の特集は、”SPY ル・カレから外事警察まで”
先月にル・カレ「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」の新訳版が刊行された
未読だが菊池光訳の旧訳版に別段問題無いだろうに何で今頃と思ったが、映画化されて今月21日に公開されてるってわけか
私はもちろん旧訳版は持っているし、この機会に読んでみるかとも思ったのだが、どうせ新訳版が出たならそっちにしようと思って保留

そこで横綱土俵入りとして「ティンカー、テイラー」の代わりに初期代表作の「寒い国から」に御登場願おう
「寒い国から帰ってきたスパイ」は、本格っぽかった第1作目「死者にかかってきた電話」とはうってかわって直球王道のスパイ小説って感じだ
一応スマイリーは登場するのでシリーズ作品ではある
しかしこの作でのスマイリーは、決して狂言回し的役割ではなくまぁ重要な役では有るのだが、登場場面がそれ程多いわけでもなく明らかに主役になっていない
東西冷戦下の政治状況に翻弄される現場スパイの心理戦と悲哀を描いたこの作品は、一種のスピンオフ作という位置付けとも全く違う、言わば単発的作なんだと思う
ル・カレの代表作の1つなんだろうけど、スマイリーを中心に考えるのなら他の作も読む必要はあるんだろうな

No.3 7点 あびびび
(2011/01/12 12:23登録)
本格的なスパイ小説は初めてだったが、緊迫した場面が連続してなかなか楽しめた。

国と国との駆け引きは、スパイ同士の心理的葛藤となり、われわれ一般人には、別次元の世界に見える。当然そうであるべきだが、かといって、その苦悩が分からないわけではない。

これがベルリンの壁崩壊の前の話だから、余計に緊迫感が増す。

No.2 7点 kanamori
(2010/07/19 17:12登録)
東西冷戦時代のドイツを舞台にしたリアリズム・エスピオナージュの傑作。主役はある意味「ベルリンの壁」だろう。
読者サービスに徹したエンタテイメント小説とは対極に位置するような作品なので、重たい文章とシリアスなシーンの連続に、読了後ぐったり疲れてしまった。

No.1 8点
(2009/08/07 20:46登録)
冷戦時代の象徴だったベルリンの壁が崩壊して東西ドイツの統一化が始まってから、今年11月でちょうど20年になりますが、それよりさらに20年以上も前に書かれた本作では、その壁がラスト・シーンで非常に効果的に使われていて衝撃的かつ感動的です。
ル・カレの他の作品でも登場するジョージ・スマイリーが今回は完全に裏方に回って、プロットを支えています。政治的思想的な問題を「人間」の側から考えるテーマ性をもったシリアス・スパイ小説の傑作というだけでなく、知的なサスペンスを充分に備えたミステリでもあります。

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