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Tetchyさん
平均点: 6.73点 書評数: 1601件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.44 7点 四つの兇器- ジョン・ディクスン・カー 2021/04/15 23:52
カー初期のシリーズ探偵アンリ・バンコランのシリーズ最終作が本書。悪魔的な風貌と犯罪者に対して容赦ない仕打ちを行う冷酷非情振りに皆が恐れた予審判事も本書では既に引退した身であり、温厚な性格になり、しかも洒落者とまで云われた服装は鳴りを潜めてくたびれた服を着ている。
しかし名探偵の最終巻とはなぜこのように似通っているのだろうか。
私は引退し、かつての切れ味鋭さが鳴りを潜めてくたびれた隠居然―地元警官からは「かかし」のような男とまで呼ばれる―としたアンリ・バンコランの描写を読んでホームズやドルリー・レーンを想起した。それらに共通するのは全盛期ほどのオーラは感じられないものの、腐っても鯛とも云うべき明敏さが残っている。つまり老いてなお名探偵健在を知らしめるための演出なのだろうか。

さて死んだ高級娼婦は短剣で刺殺されたはずなのに、事件現場には短剣以外にもカミソリ、ピストル、睡眠薬と3つの異なる凶器が残されている。本書はその題名からもこの奇妙な状況が取り沙汰されているが、もちろん本書の謎はそれだけではない。殺害された高級娼婦を取り巻く人々や背景事情も複雑に絡んでいるのだ。

さてそんな1人の遺体の周囲に4つもの異なる凶器が転がる不可解な状況の真相はまさにカーの特徴であるインプロヴィゼーションの極致とも云うべきアクロバティックな内容だった。

そしてネタバレになるが、本書の皮肉は凶器が多すぎるのに本当の凶器は現場になかったこと。これこそカーが本書でやりたかったことなのだろう。

そしてこんな偶然と即興の産物による奇妙な状況をバンコランが名探偵とは解き明かすのはいささか無理を感じずにはいられない。ほとんど神の領域の全知全能ぶりである。
そんな複雑な事件を考案したことを誇らしげに語り、そして作品として発表するカーの当時の本格ミステリ作家としての矜持と野心と、そして気負いぶりが行間からにじみ出ている。

No.43 3点 引き潮の魔女- ジョン・ディクスン・カー 2013/12/08 00:15
1961年に発表された本書の舞台は1907年のイギリス。しかもHM卿やフェル博士と云ったシリーズ探偵が登場しないノンシリーズのミステリ。

物語の主人公、つまり探偵役はデイヴィッド・ガースと云う最近売り出し中の精神科医。さらに副業で覆面作家「ファントム」を名乗り、ミステリをシリーズで出版している。
そして彼と張り合うように捜査を担当するのはトウィッグ警部。ネチッこい尋問と勿体ぶったやり口が鼻につく嫌な警官だ。
物語の中心となる謎は2つ。1つはセルビー大佐の家政婦であるモンタギュー夫人の首を絞めていた女性は地下室に逃げ込み、いかにしてそこから脱出したのか?
もう1つは砂浜に囲まれた脱衣小屋で起きた殺人、しかし周囲には犯人と思しき足跡がなかったという物。
この2つの謎に関わる女性が本書のヒロインであるベティ・コールダーの姉であり、数ある男と浮名を流しては財産を略奪する悪女グリニス・スチュークリーだ。
まず引き潮の只中で周囲が濡れた砂浜に覆われた家の中で女性を殺した犯人は周囲に足跡を残さずにいかにして犯行を実行したのかという謎は『白い僧院の殺人』の変奏曲のように感じる。
しかしその期待は悪い意味で裏切られる。
犯人だけを見れば実にシンプルな事件だが、ただこの真相は実に複雑すぎる。

また未読の方は本書でガストン・ルルーの『黄色い部屋の謎』の真相が詳らかに明かされているので気を付けていただきたい。

No.42 7点 蠟人形館の殺人- ジョン・ディクスン・カー 2012/04/22 20:00
ハヤカワ・ミステリでしか刊行されていなかったバンコラン物の作品が新訳で刊行された。海外ミステリ不況が叫ばれる今、このような慈善文化事業めいた出版がなされようとは思わなかった。東京創元社の志の高さを褒め称えたい。

さて本作はまだカーの2大シリーズ探偵HM卿とフェル博士が出る前の1932年の作品と、最初期のものだが、物語は実に深く練られている。
まず冒頭の半人半獣サテュロスの蠟人形に抱かれるように死んだ女性の遺体の発見というカー得意の怪奇的演出から始まり、その蠟人形館が身分の高い紳士淑女たちの密会クラブへ通ずる秘密の進入口へとなっていることが判明することで淫靡な趣を呈し、さらにはその経営者の一人である暗黒街の大物エティエンヌ・ギャランへつながっていく。このギャランがかつてバンコランに痛めつけられ自慢の容姿を台無しにされた因縁の相手であり、ライバルの登場と物語の展開がドラマチックで淀みがない。また語り手のジェフが仮面を被って秘密クラブへ潜入するというサスペンスも加味され、なんとサーヴィス精神旺盛な作品かと感嘆した。

単純に蠟人形館に終始せず、この密会クラブをプロットに合わせたのが実に効果的。それが故に最後に明かされる真犯人の心理状況の移ろいが手に取るようにわかる。

しかしとはいえ、主人公のバンコランにはどうも好感が持てない。強引な捜査方法に加え、最後の真犯人の対決シーンはどちらが殺人犯だか解りやしない。それが大いにマイナスになった。
ま、好みの問題なんですがね。

No.41 3点 月明かりの闇- ジョン・ディクスン・カー 2009/01/09 22:22
これは敷地のレイアウトを付けてくれると非常に助かるのだが・・・。
そしてやはり一番大きいのが機械的トリックを説明しているのにそれが図解されていない事。
だいたい想像はつくが、はっきり云って十分理解しているとは到底思えない。これは正に推理小説のカタルシスであるから致命的だ。ここでほぼ90%は興趣が殺がれた。

しかし晩年においてもやっぱりカーはカーだ。
老いてなお、このようなトリックに挑むのだから。
でも一番面白く感じたのは人間関係の妙。
晩年のカーはこういう人間というものの不思議さ―特に趣味趣向の多彩さ―に後期のカーは結構魅せられていたのだな。

No.40 2点 絞首台の謎- ジョン・ディクスン・カー 2009/01/08 22:25
色々な意味で全体を捉えるのが難しい作品だった。
怪奇趣味が横溢しているものの、明かされる真相がほとんど子供だましの領域であったのが、大きな原因か。
バンコランの非情さが色濃く出た作品であるのはあるのだが、改訳した方がいいと思う、いい加減この作品は。

No.39 1点 死者はよみがえる- ジョン・ディクスン・カー 2009/01/06 23:14
この作品を手に取る人はミステリに対してかなりの寛容さを持ち、なおかつカーの稚気が解るほどに精読しておかなければならない。
私はこの作品はカーを読むに当たり、かなり初期の段階だったので、「何じゃあ、こりゃ~!!!」と憤ったクチです。

いやあ、ほとんど反則の連続なんですよ、コレ。
「えっ?」、「ええっ!?」、「えええっ!!?」となること、請け合いです。

No.38 8点 妖魔の森の家- ジョン・ディクスン・カー 2009/01/05 22:29
玉石混淆の短編集だが、逆にそれが故にメリハリが出て、総体的にはカーの短編集の中でも最も好きな一冊である。

表題作は傑作。短編のみならず長編も含めて上位に来る作品。一瞬チェスタトンかと思った。

「ある密室」はほとんどアンフェアだが、まあこのずるさもカーならではか。

「赤いカツラの手がかり」は真相は解るものの、なかなかコミカルで、記憶に残る作品だ。

「第三の銃弾」はハヤカワ・ミステリ文庫で完全版が出ているので読む必要はないかな。

No.37 5点 パリから来た紳士- ジョン・ディクスン・カー 2009/01/04 00:38
表題作は最後の意外な真相も含め、楽しめた。
同趣向として、「黒いキャビネット」も面白く読めた。
ただ総体的には各編が地味なように感じる。
フェル博士やHM卿に加え、マーチ少佐物の短編が収められているものの、小粒な感じがしてしまう。

No.36 5点 幽霊射手- ジョン・ディクスン・カー 2009/01/02 22:21
このぐらいまでなら読み物として成立していると認められる雑多な作品集。
「B13号船室」は小さい頃、似たような怖い話を読んだっけなぁ。
表題作のトリックにちょこっと感心した。ちょこっとだけだけど。

No.35 3点 ヴァンパイアの塔- ジョン・ディクスン・カー 2009/01/01 22:55
ラジオ・ドラマの脚本を集めた異色短編集。
従って地の文が無く、登場人物同士の会話だけで成り立っているため、読み易く、テンポも良い。

が、しかしもはやそれまで。
各々のプロットは興趣をそそるものではなかった。結論するに、全く以って本書はカーマニアのコレクターズ・アイテムに過ぎない。

『赤後家の殺人』や『死が二人をわかつまで』の原形と思われる作品や別の短編で使われたトリックが散見したのもマイナス要因。

No.34 4点 仮面劇場の殺人- ジョン・ディクスン・カー 2008/12/31 18:16
確かに短編で同様のトリックがあり、しかもチェスタトンの某有名短編でも同様のトリックがあるので、新味はない。
そして起こる事件はそれ一つのみだから、私も冗長さを感じたのは全く同感。
本筋から関係のない脱線気味の笑劇もあり、カーのサービス性がどうも悪い方向に働いたようだ。

No.33 5点 死が二人をわかつまで- ジョン・ディクスン・カー 2008/12/29 23:05
ストーリー展開は実に巧みで読者をぐいぐい引っ張っていく。
まず婚約者が毒殺魔ではないかという情報を聞いた当事者の周辺で実際にその毒殺事件が起き、次は我が身!?と疑惑の渦中に放り込まれていく。
そしてその進言をした病理学者の意外な正体をフェル博士が明かす、とここまでは実に面白い。

しかし物語はそこから失速してしまう。
特に真犯人は納得行かない。自ら首を絞めるようなことをしているのだから、全く以って論理的ではない。カーの諸作には犯人の意外性を重んじて、人間の関係性や行動心理をうっちゃることがよくあるが、本作もまたその1つ。
そして延々と説明がなされる密室殺人のトリックは図解が必要。
長らく絶版となっていた作品のようやくの復刊はなんとも味気ないものになってしまった。

No.32 7点 エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件- ジョン・ディクスン・カー 2008/12/28 14:31
英国の犯罪史上のミステリといえば、やはり切り裂きジャックが一番に思い浮かび、本作で取り上げられているエドマンド・ゴドフリー卿殺害事件については日本の読者には馴染みの薄いものであろう。私自身、この本に当たるまで全く知らなかった。

まず驚かされるのは登場人物表に記載された人物の多さだ。なんと75名!しかしそれにも関わらず、登場人物の混乱は起きなかった。それぞれに個性があり、またカーの書き分けが素晴らしかったのだろう。

もっとも驚かされるのは犯罪調査委員会の委員長の横暴ぶり
非常に非人道的で、自分の意に沿わない関係者を平気で脅迫する。
つまり裁判も公平なものでは勿論なく、証人、被告人が事実を告白しても、その者がプロテスタントではなくカトリックならば、嘘をついている、証言は出まかせだといって取り上げないのだ。いやはや、ものすごい時代である。

本作は正確には未解決事件の真相を探るノンフィクション物だとして読むよりも、17世紀のチャールズ二世政権時代を語った歴史書として読む方が正しいだろう。この事件の真相は?というよりもこの事件が当時イギリスに何を起こしたのか?
カーの、未解決事件の推理力は元より歴史物作家としての技量の高さを知る上でも貴重な作品だろう。

No.31 7点 深夜の密使- ジョン・ディクスン・カー 2008/12/27 20:47
最初は読みづらくて、難儀したが、やはりカーの歴史物は名作が多い。
一般的にはあまり知られていない作品だが、実に痛快な読み物になっている。

ただカーの作品だとイメージして読むと、期待外れになるだろう。
どちらかといえば、冒険活劇物に近いので、大掛かりなトリックや怪奇性はほとんどないので、ご用心を。

No.30 7点 眠れるスフィンクス- ジョン・ディクスン・カー 2008/12/26 22:28
読後にこの題名の示唆する意味が仄かに立ち上って来る心地良い余韻・・・。

事件は小粒だが、物語に二面性を持たせているところを高く買う。
こういう一見、何の変哲もなさそうな事件なのに何かがおかしいというテイストがセイヤーズを髣髴とさせており、カーの中でもちょっと珍しい部類に入る。
しかもこれが冒頭述べたようにこの謎めいた題名の意味を徐々に腑に落ちさせる所もカーらしくなく、手際が良い。

No.29 5点 黒い塔の恐怖- ジョン・ディクスン・カー 2008/12/25 14:56
通常の短編2編に加え、ラジオドラマ版短編2編にシャーロック・ホームズのパロディ1編、エッセイが2編に江戸川乱歩の有名なエッセイ「カー問答」が収録された、雑多な内容。

それぞれの短編の導入部は面白いものの、読後感は普通ないし佳作といったもの。
乱歩の「カー問答」がお宝といえばお宝か。

まああ、コレクターズアイテムであるのは間違いない。

No.28 3点 亡霊たちの真昼- ジョン・ディクスン・カー 2008/12/24 23:55
カーの晩年の作品は明らかに勢いが衰えており、もはや物語としての興趣すら湧いてこない。

2人のブレイクという名の男が出逢う物語でありながら、その設定を全く活かしきれていない。
とにかく物語に起伏がないのだ。

それでも最後の最後にちょこっとだけ救われるものがあった。
ほんのちょこっとだけだけどね。

No.27 1点 テニスコートの謎- ジョン・ディクスン・カー 2008/12/23 23:20
これはひどい・・・。

雨に濡れたテニスコートの真ん中に横たわる死体。しかも周囲には発見者の足跡しかないという、傑作『白い僧院の殺人』の向こうを張るような不可能状況なのに、このトリックはひどすぎる。

しかも犯人は奇抜さを狙いすぎて全く納得の行くものではない。解けんだろ、普通!

また早々に事件は起きるのに、そこからが回りくどく、読中退屈だったのもマイナス要因。

No.26 4点 疑惑の影- ジョン・ディクスン・カー 2008/12/22 23:08
死が二人をわかつまで』、『火刑法廷』でも使われる、愛する女性が毒殺魔では?というカーの作品ではよく見られる内容だ。
最後に判明する犯人の趣向も同作者のある作品と同じ傾向にあり、どうも複数の作品をミックスして作ったような感が否めない。
それよりも本作で登場する弁護士バトラーが生意気でフェル博士がサブキャラクターに甘んじているのも、この作品の評価が自分の中では凡作と思える要素なのかもしれない。

しかし最後に明かされる意外な真相は、かなりぶっ飛んだ物。ちょっと飛躍しすぎだろう。
この真相を「面白い!」と受け入れられる人は、カーがとことん好きな、海のように心が寛容な方に違いない。

No.25 4点 猫と鼠の殺人- ジョン・ディクスン・カー 2008/12/21 13:50
被告人に容赦なく死刑を下す血も涙もない判事が、自ら殺人の容疑に立たされるという趣向はドラマチックでいいのだが、この作品はそれだけのような気がする。
この判事が窮地に立たされ、改悛するといった人間ドラマが見られるわけでもなく、最初から最後まで嫌なヤツであるから、読者の感情移入を注ぎにくい人物になっており、自然この判事が主張するような無罪をいかに証明するかという方向にどうも乗っていきにくい。

で、本作ではまたもトンデモ真相が明かされる。こういういかにもありえそうに思えない真相がこの頃には多いのかもしれない。『仮面荘の怪事件』でも同様の感慨を抱いた。

で、真犯人を知るにあたり、カーのやりたかった趣向が見えてくる。ま、これで溜飲も下がるようなものだが、もう少し何かが欲しかった。

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