海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

Tetchyさん
平均点: 6.73点 書評数: 1567件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.33 4点 クイーン検察局- エラリイ・クイーン 2011/07/03 19:35
クイーンによるミステリ小ネタ集と云っていいだろう。恐らく長編に成りえなかった事件のトリックを上手く料理して、正味10ページぐらいのミニミステリにしている。確かにそれぞれの事件は小ネタ感は拭えないものの、アイデア一つでは長編になりうるネタも揃っている。
本書における個人的ベスト作品は「変わり者の学部長」だ。とにかく物語の設定にも使われていた単語の一番上の子音と母音を入れ替えて話をするスプーナリズムという症状が非常に面白く、ためになった。
またミステリ界の巨匠とも云える有名な作品へのオマージュがそこここに見られるのも特徴的か。「匿された金」はG・K・チェスタトンのある作品の影響を感じるし、「守銭奴の黄金」はポーの盗まれた手紙の主題そのままだ。他にもどちらが卵で鶏か知らないか、クイーン自身の作品をモチーフに扱ったものもあった。例えば「名誉の問題」は「災厄の町」、「消えた子供」はある自身の作品といったように。
ただ『犯罪カレンダー』でも感じたことだが、収録された作品のアイデアに非常に似通った物が複数あり、どうも一つのアイデアをヴァリエーションを変えて使用しているように感じた。やはりクイーンは意外と手札が少ないのではと思ってしまう。本書でもその傾向があったのは否めない。
そして今回は日本人にはいささかピンと来ない、解りにくい真相が多かった。特に英国と米国の文化の違い、言葉の違いが推理のきっかけになっているものが散見され、せっかくの真相がやや腰砕け気味になったのは残念な思いがした。

No.32 7点 ガラスの村- エラリイ・クイーン 2011/06/05 20:25
ネタバレあり!

クイーン作品にしては珍しくほとんどが法廷シーンで繰り広げられる。
法廷シーンばかりであっても、きちんとロジックで容疑者の無実を判明するところがさすがはクイーンである。特に超写実主義といえる被害者ファニー・アダムスの絵を巡って推理が繰り広げられ、真実が明るみに出るあたりはもう見事の一言だ。まさか焚き木が最後に絵が描かれているか否かでその作品がいつ書かれたかが判明するとは思わなかった。実に上手い小道具だ。

閉鎖された空間での魔女裁判を描いた本書。題名が示すとおり、一枚岩と思えた村人たちの団結は実はガラスのように脆いものだった。地味な作品だが、本書に込められたテーマは案外重い。

No.31 7点 緋文字- エラリイ・クイーン 2011/05/02 18:46
本書は短編では名(迷?)コンビとして数々の事件を解決しているニッキー・ポーターがパートナーとして登場し、エラリイの助手を務めた初めての長編作品である。そしてそのコンビが挑む事件はなんと浮気調査。本格ミステリの探偵らしからぬ事件である。

どこに推理の余地があるのか、本格としてのサプライズとクイーンのロジックが入り込む箇所はあるのか、実に判断しにくい題材と事件だが、一見普通の事件に見える事象にも論理の光を当てることでサプライズを引き起こすことが出来ることをクイーンは試みたのではないだろうか。

そして最後に知らされるのはこの題名さえもがミスディレクションとなっていることだ。つまり本書はホーソーンの作品があまりに有名な作品であるがゆえに起こる先入観や既成概念を上手く逆手に取って描かれたミステリなのだ。長編20作以上超えてなお野心的な試みとアイデアでミステリを突き詰めようとする作者の姿勢に感心する。

本格ミステリの方向と可能性を追求し続けた作者のチャレンジ精神は上に述べたように非常に素晴らしいと感じる。しかし読後にそれは気付かされる文学的業績と創作アイデアなのであって、必ずしもそれが物語としてミステリとしての面白さに通じているかはまた別の話だけどね。

No.30 6点 犯罪カレンダー (7月~12月)- エラリイ・クイーン 2011/03/30 21:40
前作『~カレンダー<1月>~<6月>』で久々に初期の知的ゲーム的面白さを堪能でき、本書においても同様の愉悦を期待したが、いささか失速感があるのは否めない。作品に瑞々しさがなく、作者クイーンの息切れが行間から聞こえてきそうだ。

そしてこの両短編集は趣向的、内容的にも対を成しているように感じた。
一番顕著なのは先の短編集に収録されている4月の「皇帝のダイス」とこちらの9月の事件「三つのR」の近似性だ。他にもキャプテン・キッドの隠した財宝の在処をキッドの暗号から探り当てる「針の目」は2月の事件「大統領の5セント貨」でエラリイがジョージ・ワシントンが隠した遺品を当てるという、歴史上の人物が残した暗号にエラリイが挑戦するという図式が共通している。さらにネタバレになるが「マイケル・マグーンの凶月」と「クリスマスと人形」も犯人が依頼人だったという点で共通している。

あえて個人的ベストを挙げるとすると「殺された猫」か。ストーリーに溶け込ませた何気ない描写が最後に犯人特定のロジックの決め手となるとは思わなかった。こういう無駄のない作品を読むと本格ミステリの美しさを感じる。

しかしクイーンが意外とヴァリエーションのないことに気付かされた、ちょっと寂しい読後感だった。

No.29 7点 犯罪カレンダー (1月~6月)- エラリイ・クイーン 2011/03/01 22:10
クイーンのいるところ犯罪有り。本書は1年を通じてその月に起きた事件を綴った短編集。各編はその月の出来事に関連している。

月ごとの特色が十分にプロットに活用されているかといえばそうとは云えない。寧ろ各月の記念日や祝日、そして由来をアイデアのヒントに物語と綴ったという色が濃い。プロットと有機的に組み合わさっているのは「皇帝のダイス」ぐらいか。

しかしなんといっても本書ではクイーン初期のロジック重視のパズラーの面白さが味わえるのが最大の読みどころ。それぞれ50~60ページという分量で語られるそれぞれの事件は無駄がなく、作品もロジックに特化された内容で引き締まっている。

個人的ベストは「くすり指の秘密」。このクラスの作品があと2作収録されていればもうちょっと点数を割り増ししただろう。

No.28 7点 帝王死す- エラリイ・クイーン 2011/01/26 21:40
今までのクイーン作品の中で最も舞台設定が凝っており、後期クイーンの諸作で深みが増した人間ドラマの一面にさらに濃厚さが増した、リーダビリティ溢れる作品だ。
しかもドラマチックな設定の中、密室で銃で撃たれるという不可能犯罪が起こる。
しかしこの魅力的な謎の真相は正直期待外れの感は否めない。

そして忘れてはならないのは今回の事件に翳を落としているのはあのライツヴィル。

しかしなんとも暗喩に満ちた作品だ。ベンディゴ兄弟の名前はもとより、探偵クイーンに相対するのがキング。しかも題名は“The King Is Dead”。色々な意味合いが込められたこれらのメタファーに物語以上の重みが感じられてならない。

No.27 7点 悪の起源- エラリイ・クイーン 2010/11/05 22:23
エラリイ、再びハリウッドの土を踏む。国名シリーズとライツヴィルシリーズの架け橋的な存在だったいわゆるハリウッドシリーズと云われている『悪魔の報酬』、『ハートの4』、『ドラゴンの歯』以来、実に約12年ぶりにハリウッドを舞台にしたのが本書。ロジックとパズルに徹した国名シリーズからの転換期で方向性を暗中模索していた頃の上の3作と違い、ライツヴィルを経た本作ではやはりロマンスやエンタテインメント性よりも人の心理に踏み込み、ドラマ性を重視した内容になっている。

今回も宝石商を営む裕福な家庭に隠された悪意について語るその内容はロスマクを思わせ、なかなか読ませる。半身不随の夫に美人の妻、そして好男子の秘書、そして裸で樹上に設えた小屋に住む巨人ほどの体躯を持つ息子に自然と戯れる妻の父と、明らかに何か含みがありそうな一家が登場する。しかしロスマクと違うのは、事件は毒殺未遂に蛙の死骸散布と、本格のコードを踏襲した奇想で、ぐいぐいと読者を引っ張っていくところだ。
特に今回は作者クイーンのなみなみならぬ謎に対する異常なまでの迫力を感じた。

人間の心理へ踏み込み、探偵が罪を裁くことに対する苦悩を描いてきたこの頃のクイーン。前作『ダブル・ダブル』では作品の軸がぶれて、殺人事件なのかどうか解らなかったところがあったが、本書では次々と起こる奇妙な出来事の連続技で読者をぐいぐい引っ張ってくれた。しかしその内容と明かされる真相および犯人の意図は現実的なレベルから云うとやはりまだ魅力的な謎の創出に重きを置き、犯行の必然性とマッチしないところがあって、手放しで賞賛できないところがある。
それでも次への期待感を持たせる内容だった。

No.26 5点 ダブル・ダブル- エラリイ・クイーン 2010/10/15 22:39
実に摑みどころの無い事件である。殺人事件とも思えない連続的な事故に対し、エラリイは誰かの作為が介在して意図的に起こされた殺人なのだと固執して事件の関連性を調査するというのが、本作の主眼なのだが、なんとも地味な内容なのだ。そしてエラリイが周囲の反対を押し切って捜査を続ける理由が、“金持ち、貧乏人、乞食に泥棒・・・”と歌われる童謡どおりに事件が起きている事実、それのみ。

前作『九尾の猫』との奇妙な符号についても触れておきたい。
『九尾の猫』は無差別殺人と思われた連続殺人事件に、一貫したミッシングリンクを探し出し、犯人を炙り出そうという趣向の作品だった。翻って本作は一見偶発的に起きた事故としか思えない町の人たちの死亡事故が、童謡という符号(リンク)があるがために実は隠された意図で起きていたことを見出すのが趣向だ。どちらも複数の人の死を扱っていながら、テーマは表裏一体だ。しかし次々と人が殺されていく『九尾の猫』は物語としても実に派手であるが、本作は事故としか見えないものをエラリイが無理矢理事件にしようと苦心し、足掻いているだけに実に地味だ。『九尾の猫』が陽ならば本作『ダブル・ダブル』は陰の作品といえよう。

前作のエラリイの探偵廃業を決意するまでに絶望に落ち込んだ彼は一体何だったんだと叫びたいくらい、立ち直りが早い。まあ、これはよしとして次作がもっと面白いであろうことを期待しよう。

No.25 3点 大富豪殺人事件- エラリイ・クイーン 2010/08/20 22:11
※ネタバレあり
表題作は大富豪の被害妄想が現実になって殺人事件に発展するという趣向を取ったのだろうが、非常にオーソドックスな内容になっている。明かされる犯人は実は怪しいと思っていた人物だが、その動機―遺言執行人報酬として得られる1000万ドルのうち1%の10万ドルを狙ったもの―は確かに今までにないものだろうが、犯人の背景にお金に困っているという叙述が全くないだけに唐突な感じを受ける。辛辣になるが単純に法律の知識を活かした作者の自己満足に終わっていると云えない訳もない。

もう1編の「ペントハウスの謎」は創元推理文庫の『エラリー・クイーンの事件簿Ⅰ』で既読。

元々この作品は買う予定ではなかった。表題作は創元推理文庫の『エラリー・クイーンの事件簿Ⅱ』に収録されているが長らく絶版状態だったので手に入れた次第。
内容的には薄味だったので本書がクイーンファンにとってマスト・バイであるとは正直お勧めできない。とはいえ、ここはこの作品を絶版にせずに今なお目録にその名を留め、書店の棚に収めている早川書房の志を敢えて褒めるべきだろう。

No.24 8点 九尾の猫- エラリイ・クイーン 2010/06/13 21:31
連続絞殺魔対名探偵。
これはパズラーでもなく、本格推理小説でもなく、もうほとんど冒険活劇である。クイーンが古典的本格ミステリから現代エンタテインメントへの脱皮を果たした作品だと云えよう。

しかしそんな特異な事件でもクイーンのロジックは冴え渡るのだから驚きだ。本書はエラリイのロジックはこのような無差別通り魔殺人事件にも通用するのかが表向きのテーマであろう。

誰が犯行を成しえたかを精緻なロジックで解き明かしてきたクイーンのシリーズが後期に入り、犯罪方法よりも犯人の動機に重きを置き、なぜ犯行に至ったかを心理学的アプローチで解き明かすように変化してきている。
しかしそれは犯人の切なる心理と同調し、時には自らの存在意義すらも否定するまでに心に傷を残す。しかし今回彼に救いの手を伸ばしたのが精神科医ベラ・セリグマン教授だった。最後の一行に書かれた彼がエラリイに告げる救いの言葉がせめてエラリイの心痛を和らげてくれることを祈ろう。
次の作品でエラリイがどのような心境で事件に挑むのか興味が尽きない。

No.23 6点 十日間の不思議- エラリイ・クイーン 2010/05/17 21:36
本書の主要人物はエラリイと彼の友人ハワード、そしてその父親ディードリッチにその妻サリー、ディードリッチの弟ウルファートのたった4人である。そんなごくごく少ない人間関係の間で起きる殺人事件だから、必然的にドラマ性が濃くなる。

本書におけるエラリイの役回りは謎の脅迫者を突き止める探偵役、ではなく、このハワードとサリーの2人に翻弄される哀れな使い走りであることが異色。前にも述べたがこういう役回りを配される辺り、国名シリーズ以降のクイーンシリーズはパズラーから脱却してストーリーを重視し、ドラマ性を持たせることに重きを置いているように感じる。特に驚くのは事件の真相が解明するのは一旦落着した1年後であることだ。これほどまでに事件を引っ張ったことは今までなかったし、これがエラリイのに初めて犯人に屈服する心情を吐露させる。

正直なところ、結末が好きではない。
人の命を奪うことは決して許されないこととするならばなぜエラリイは人の命を間接的に奪うようなことをしたのか?これが非常に矛盾を感じたのだった。この結末にはやはりエラリイの、もしくは作者の傲岸不遜さがまだ残っているように思える。非常に残念でならない。

No.22 5点 靴に棲む老婆- エラリイ・クイーン 2010/03/10 21:42
マザー・グースの歌に擬えた殺人事件。この童謡殺人というテーマは古今東西の作家によっていくつもの作品が書かれているが、クイーンも例外でなかった。
しかしクリスティの『そして誰もいなくなった』然り、ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』然りと、他の作家たちのこのマザー・グースを扱った童謡殺人の作品が傑作で有名なのに対して、本書はクイーン作品の中ではさほど有名ではない。読了した今、それも仕方がないかなという感想だ。

真犯人の正体はなかなかに驚かされるものであったが、論理に論理を重ねていけばいくほど、創りすぎの感が否めないのが痛いところ。
ニッキー・ポッター誕生の作品と捉えればクイーンシリーズの世界に浸るためには避けるべきではない作品だろうけど。

No.21 8点 災厄の町- エラリイ・クイーン 2010/02/08 23:59
扱う事件は妻殺し。夫であるジムは金に困り、飲んだくれ、しかも殺人計画を匂わす手紙まで秘匿していた、と明々白々な状況証拠が揃っていながら、当の被害者である妻が夫の無実を信じて疑わないというのが面白い。
そしてその娘婿の無実を妻の家族が信じているというのも一風変わっている。この実に奇妙な犯人と被害者ならびにその家族の関係が最後エラリイの推理が披露される段になって、実に深い意味合いを帯びてくる。

渦中のジムを取巻く真の人間関係についてはすぐに察したが、それ以降のジムがなぜ真実を告げないのかと終始いらいらしながら読んだ疑問が最後に哀しみを伴って明かされるのは秀逸。

『スペイン岬の秘密』でも見られた、真相を明かすこと、犯人を公の場で曝すことが必ずしも正義ではないのだというテーマがここでは更に昇華している。知らなくてもよいこと、気付かなくてもよいことを知ってしまったがために苦悩している。興味本位や己の知的好奇心の充足という、完全な野次馬根性で事件に望んでいたエラリイが直面した探偵という存在の意義についてますます踏み込んでいる。

ただ残念なのはクイーンが最後に披瀝する真相を裏付ける物的証拠が何らないことだ。状況証拠を積み重ねた帰納的推理に過ぎない。
やはり犯罪を扱い、犯人捜しをするのならば、肝心の証拠・証人を押さえて然るべきではないだろうか。

No.20 6点 エラリー・クイーンの事件簿1- エラリイ・クイーン 2009/10/25 01:31
映画オリジナル脚本を小説にリライトした「消えた死体」、「ペントハウスの謎」の2編を収録した中編集。
「消えた死体」は長編『ニッポン樫鳥の謎』の原形だろう。同一のアイデアで別の話を作っただけで、物語の構成は全く一緒だ。もう少しアレンジが欲しいところだ。ただなぜ犯人が死体を隠すのかという理由はさすがに秀逸。物語のスピード感といい、適度な長さといい、『ニッポン樫鳥の謎』が無ければ、クイーンの作品としても上位の部類に入っただろう。

「ペントハウスの謎」はクイーンの作品にしては異色とも云える派手な事件である。腹話術師と同じ船に乗り合わせた身元詐称の人物たち、消えた宝石の謎など色々エッセンスを放り込んでいるが、逆に謎の焦点が曖昧になり、最後の切れ味に欠ける。特に犯人を限定する決め手となったあるしるしの正体は全く解らないだろう。
容疑者一同を集めて謎解きという、古典的な手法に則った解決シーンだが、カタルシスは得られなかった。

No.19 7点 エラリー・クイーンの新冒険- エラリイ・クイーン 2009/09/30 20:56
本作の大きな特徴は2部構成になっていることだ。
前半の「~冒険」という名の付けられた一連の作品は第一短編集からの流れをそのまま受け継ぐ純粋本格推理物だが、後半の「人間が犬をかむ」からの4編はクイーン第2期のハリウッドシリーズに書かれた物でエラリーは『ハートの4』で知り合ったポーラ・パリスとコンビを組む。
つまり本作を読むことで、第1期クイーンと第2期クイーン作品のそれぞれの特色が目に見えて解るのだ。

個人的には純粋本格推理小説に特化した前半の5編よりも、後半のハリウッドシリーズの延長線上にある4編の方が好みである。
例えば「人間が犬をかむ」では野球観戦に夢中になるというエラリーの人間くさい一面が見られるし、何よりも各編でパートナーを務めるポーラ・パリスの存在が物語に彩りを添えている。

よく考えると法月綸太郎の第1短編集『法月綸太郎の冒険』も全く同じ構成だ。あの短編集も前半はロジック一辺倒の作品で後半は沢田穂波とのコンビであるビブリオ・ミステリシリーズだった。
ここにクイーンの意志を継ぐ者の源泉があったのか。ここでまた私は現代本格ミステリに繋がるミステリの系譜を発見したのかと思うと感慨深いものがある。

No.18 5点 ドラゴンの歯- エラリイ・クイーン 2009/08/30 01:38
ハリウッドシリーズ第3弾の本作は『ハートの4』でも精力的に導入されていた恋愛が事件に大いに絡んでいる。従ってまずは事件ありきでその後探偵による捜査が続く本格ミステリの趣向とは違い、2人の遺産相続人の一方に起こる殺人未遂事件の数々が同時進行的に語られ、物語の設定はサスペンスになっている。

今回のテーマは「成りすまし」だろうか。他人の人生に成りすます人物たちのドタバタ劇のような様相が伴う。まず腹膜炎を患って捜査に出られないエラリーに代わって相棒のボーがエラリーと名乗るところからそれは始まる。

《以下ネタバレ》

その後も各登場人物も実は○○だったというのが繰り返される。
遺産相続人の1人マーゴ・コールはアン・ブルーマーなる女性詐欺師であったし、事件の依頼に来たカドマス・コールはまた執事エドマンド・デ・カーロスが成りすました人物だった。そしてボーとケリーの結婚立会人である治安判事も実はエラリーが成りすました姿だった。

《ネタバレ終わり》

これはハリウッドを経験した作者クイーンが映画界で過ごした経験に基づいているに違いない。映画スターは色んな映画で色んな役に扮し、様々な人物に成りすまし、また架空の人生を繕う。そして映画スター自身も本名ではなく芸名を名乗り、第2の自分を演じているのだ。この「自分以外の誰かに成りすます」特異な職業にミステリとしてのインスピレーションを得たに違いない。

が、しかしながらそのためか逆に物語や謎の薄さを糊塗するが如き演出になってしまったように見えてしまう。数々の人物が実は違う誰かであったという演出は確かに面白いが、どうもそれをするだけの動機が薄いのだ。
そして何よりも犯人の動機が最も解りにくいのがこの作品の欠点とも云うべき点だ。

どうにも纏まりの悪さとご都合主義が目立つ作品だといわざるを得ないのが残念だ。

No.17 7点 ハートの4- エラリイ・クイーン 2009/08/02 20:26
第2期クイーンシリーズと云われているハリウッドシリーズの1冊である本作はきらびやかな映画産業を舞台にしているせいか、物語も華やかで今まで以上に登場人物たちの相関関係に筆が割かれ、読み応えがある。

この頃、実作者のクイーン自身、ハリウッドに招かれ、脚本家として働いていたが、そこで要求されるのは緻密なロジックよりも面白おかしい登場人物たちが織成す人間喜劇というドラマ性である。
その特徴が顕著に現れていると思われるのは本書の最後にポーラをクイーンが外に連れ出すシーンだ。王子とお姫様を匂わすキスシーンも交え、非常にドラマチックで映像的である。それまでの作品で人が人を裁くことに対し、苦悩していたクイーンが独りごちてシリアスに終わる閉じられ方から一転している。

しかし逆に云えば、語られる内容は華やかだが、核となる事件は非常に凡庸である。
使い古された遺産相続に起因する動機に、明白すぎる犯人。
久しぶりに犯人も解ってしまった(犯人が親族だったかどうかは見過ごしていたけれど)。

また題名が象徴するトランプのカードによる脅迫というのも今までにない演出だ。非常に映画向きの演出だといえる。

こういうのは個人的には好きなので歓迎したいが、クイーン=緻密なロジックというフィルターが邪魔をして、本作の評価を辛くしている。
謎とストーリー双方がよければ文句なしに満点なんだけど。

No.16 7点 日本庭園の秘密- エラリイ・クイーン 2009/06/25 23:08
空さんもおっしゃってますが、日本では邦題が示すように国名シリーズに数えられているが、原題は“The Door Between”と全く別。私見を云わせていただければ、やはりこれは国名シリーズではなく、『中途の家』同様、第2期クイーンへの橋渡し的作品だと考える。

その根拠は『中途の家』と本作では事件の容疑者は既に1人に絞られ、その人物の冤罪を晴らすという構成に変わっていること。これは『スペイン岬の秘密』で最後にエラリーが吐露した、自身が興味本位で行った犯人捜しが果たして傲慢さの現われではなかったか、知られない方がいい真実というのもあるのではないかという疑問に対する当時作者クイーンが考えた1つの解答であるのではないか。即ち部外者が犯行現場に乗り込んで事件の真実を探ること、犯人を捜し出すことの正当性を、無実の罪に問われている人物への救済へ、この時期、クイーンは見出したのではないだろうか。それは最後、真犯人に対してエラリーが行った行為に象徴されているように思う。

また犯罪のプロセスを証拠によって辿るというよりも、犯行に携わった人々の心理を重ね合わせて、状況証拠、物的証拠を繋ぎ合わせ、犯罪を再構築する、プロファイリングのような推理方法になっているのが興味深い。

しかし私は本書を存分には楽しめなかった。なぜならある作品を読んで真相を知っていたからだ。未読の方のために老婆心ながら本書を読む前に、麻耶雄嵩氏の『翼ある闇』を読まないでおく事を勧めておこう。

No.15 6点 中途の家- エラリイ・クイーン 2009/05/29 23:28
片や美しい妻を持ちつつも行商人として安物の品々を売る生活、一方で名家の婿になりながらも、相手は年増の性格のきつい女性という二重生活を送っていた被害者。しかしこういった設定にありがちな、周囲の人間関係を探る事で浮かび上がるこの被害者像は不思議な事に立ち昇らなく、犯人捜しに終始しているのが実にクイーンらしい。

ただ真相はどうにもアンフェア感が拭えず(以下、思いっきりネタバレ)

被害者が絶命の間際に言い残した「女にやられた」という手掛かりがここでは全く雲散霧消してしまう。
確かにミスリードとは思いもしたが、裁判でも証言者が犯行当時の犯人の行動を裏付けるのに、明らかに冤罪起訴されるルシーが当人だと名指しするほど、女性に見えたのにもかかわらず、呆気なく覆されるところに、無理を感じる。
また被害者のダイイングメッセージは本格ミステリならば重視すべき物であるのに、それが全く活かされないのはいかなるものなのだろうか。

本書の舞台である「中途の家」同様、クイーン作品体系の中休みとも云うべき作品なのかもしれない。

No.14 7点 スペイン岬の秘密- エラリイ・クイーン 2009/05/07 22:23
国名シリーズ9作目で本国アメリカではこれが最後の国名シリーズらしい。
なぜ被害者は素っ裸にマントを着た状態で殺されたのか?という、想像してみると変質者だったから、と笑えるような理由が付けられそうな奇妙な謎が提示される。
そしてこれがある1つの事実でするするするっと解け、犯人まで限定してしまうロジックの美しさは見事。読後振り返ると、「ん?」と思うこともあるが、読んでいる最中はそのロジックの美しさに酔わせていただいたのだから、それは目をつぶる事にしよう。

で、けっこうこの作品は犯人を当てる人がいるらしいが、私は間違ってしまった。いや一度は考えたんだけど、どうにも整合性の付く答えが見つからなかった。

『アメリカ銃~』、『シャム双生児~』、『チャイナ橙~』と連続してガッカリさせられたが、本作はスマッシュヒットだった。
後期クイーン問題へ繋がるエラリイの心情吐露もあり、マイルストーン的作品であるのは間違いない。

キーワードから探す