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ことはさん
平均点: 6.20点 書評数: 288件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.128 7点 スペイン岬の秘密- エラリイ・クイーン 2022/04/23 22:44
今回は角川文庫版で読了。(角川文庫版は、解説が飯城勇三で充実しているのがよいけど、タメ口エラリーは違和感がある。だから、創元がいいんだけど、アメリカ以降はもうださないのかなぁ)
さて、今回エラリーは休暇中の事件で、クイーン警視は登場しない。(タメ口エラリーがなくてよかった)
休暇中ということで、少しゆるい雰囲気。この感じ、有栖川有栖に似てる! 有栖川の作風の原点はここだったか。
全体構成をみてみると、枠組みは初期3作に似ている。初日の捜査が完了するのがやはり200ページくらいで、その後、捜査の手が広がり、解決編に向かう。
今回、特徴的なのは、冒頭にエラリー以外の視点で事件を描いていること。これは、読み終わってから考えると、”事実、事件が存在したこと(偽証でないこと)”の担保だと思う。読者に対するフェアプレイを意識しているのだろう。
(ただ、この部分はすべて伝聞でも作れるので、もしそうしていたらと考えると、xxxxxxxという面白い趣向もできたと思うので、少し残念。フェアプレイを優先したのだろう)
枠組みは初期3作に似ているが、内容はかなりぢがう。初期3作が「捜査の段取り」を主体に描いていたのに対し、スペインは登場人物たちのドラマに力点が置かれている。アリバイ確認などの細かなデータの提示が少ないので、読みながらの試行錯誤(なにが起こっていたかを把握/整理に頭を使う)の量が少ない。謎解きに特化した作風がすきならば不満に思うかもしれないが、小説としては、こちらが多勢を占めるだろう。ドラマ部分もチャイナよりこなれていて、飽かずに読める。
読者への挑戦前に、徐々に盛り上げていくが、このへんは国名シリーズでも上位の出来だと思う。さらに(角川の解説にもあるが)犯人指摘のシーンは抜群によい。 ここだけで、大幅に評価アップ。
ただ、推理は「間違いなくそうだ」という感じではなく、ある点で納得いかないので(だって、あれはもっていく必要ないと思う)、若干減点。
総合的に、国名シリーズでは中位ですね。

No.127 8点 謎のクィン氏- アガサ・クリスティー 2022/04/21 01:37
私だけではなく他の人も同じだと思うのだか、作品を好きだと感じるとき、「面白い/面白くない」とは微妙に違うベクトルで、「愛着がわく/わかない」というのがある。私は他のクリスティー作のコメントに「クリスティーのよい読者ではない」と書いたが、それは「愛着がわく」作品がすくないからだ。(そんなに面白くないけど「愛着がわく」作品というのが、クイーン、カーにはあったりする)
本作は、クリスティー作では例外的に強く「愛着がわく」作品。1作ずつ見ていきたいと思う。今回は創元推理文庫の新訳で読了。
1.「ミスター・クィン、登場」
1作目から定形ができている。「時間をおいてから事件を再度検討する」「クィンはキューを出す演出家」など。本作は、「現在の問題」「10年前の事件」「その1年前の事件」と3層の構造で、かなり複雑だ。そのせいでかなり駆け足な部分もあるが、情報を的確に配置して、話の落とし所に説得力をもたせているのは、さすがにクリスティー。情報の出し方の上手さは、精読の価値あり。
2.「ガラスに映る影」
これはクィン物としては例外だろう。クィンをポワロと入れ替えても成立するほど、クィンが探偵をしている。ミステリの定形通りという感じで、話としては面白くないが、後期クリスティーの作風の萌芽ともみれるので、そういう視点では興味深い。
3.「鈴と道化服亭にて」
作中に「時間がたってからのほうが物事がよく見える」との文もあるとおり、典型的クィン譚。真相はかなり大胆な仕掛けだが、情報は的確にだされているので、読者はうまく誘導される。1作目と枠組が似ているが、「現在」の人物が整理され、ふと立ち寄った場所という設定の導入で語りもスムーズになっている。1作目(1924年)から本作(1925年)で、うまくなったのだろう。
4.「空に描かれたしるし」
サタスウェイトが捜査をするところがアクセント。「なぜ彼女はアメリカに?」が謎のポイントで、日常の謎のような趣がある。真相の構図は平凡だが、謎のポイントが気が利いているのがよい。
5.「クルピエの真情」
ミステリではなく、ある人物のある事情を引き出す人情譚。1920年代の社交界(どこまで当時の事実に近いのかはわからないが)が、興味深いが、他にみるべきところはないかな。
6.「海から来た男」
あるタイミングである場所に居合わせたサタスウェイトがある行動を行う話。ミステリではないが、ヒューマン・ドラマとして味わい深い。(時をおいて書かれた1編を除くと)雑誌掲載で最終話というのも、ふさわしい。
7.「闇のなかの声」
これは見るべきところがない。真相は納得感が薄いし、手段は迂遠すぎるし、とくに見せ場も感じられない。1つ覚書。クィンとサタスウェイトが出会う場面で「コルシカ島以来」とあるが、このコルシカ島は「世界の果て」のことと思われる。創元推理文庫の解説で初出順があるが、「世界の果て」「闇のなかの声」と連続して雑誌掲載されているので、きっとそのときの名残。
8.「ヘレネの顔」
ある場にいあわせたサタスウェイトが、運命に導かれるように(運命にキューを出されるように)、事件に絡んでいく。その絡み方にクイン物としての特徴がでている。サタスウェイトが自分の過去を回想するシーンがあったりして、なにか懐古的な雰囲気があり、お気に入りの作。
9.「死せる道化師」
物語の構造はクィン物の定形。過去の事件を再考することや、クィンの現れ方など、特徴が明確にでている。ミステリの作りとしては、絵が書かれた背景が不透明だったり、当時の捜査が杜撰すぎるだろう、など、評価できない点があるが、一同に関係者が会するという演出で一気に押し切っている。演出が冴えた1作。
10.「翼の折れた鳥」
ヒロインのキャラクターは魅力的だが、それ以外は見るべきところがない。事件も魅力的でないし、解決も唐突。クィンの登場の仕方も今回は違和感のほうが大きい。
11.「世界の果て」
ミステリとしては、事件と解決があわせて説明されるようなもので、なにもないに等しいが、本編の主眼は人間ドラマ。”世界の果て”と呼ぶ魅力的な舞台設定で、ある人物の思いに焦点があたる。謎の提示が前半にあれば、すっかり「日常の謎」。「日常の謎」の先駆ととらえて読んでもよいかも。
12.「ハーリクィンの小径」
本作も「世界の果て」と同様、ミステリとしては、なにもないに等しい。主眼はある人物の思いであり、最終作にふさわしく、別れの空気感が濃く漂う。作品前半で、<恋人たちの小径>の”小径の果て”が描かれ、これが最後に象徴的に思い出される構成が冴える。本編も、「日常の謎」の先駆としても読める。
ベスト3を選ぶなら、「海から来た男」、「死せる道化師」、「ヘレネの顔」。

No.126 8点 さよなら神様- 麻耶雄嵩 2022/02/27 13:37
”冒頭に神様が「犯人はxxだ」という設定から、「犯人がxxとするならば、こうするのかな……」などと考えてしまい、そうすると、やっぱり想定のひとつに近いということになってしまい、意外性が感じられないなあ。(それを説得する伏線は巧みで意外だが、そういう意外性は、私の琴線にはひびかないのです……) これはいまひとつかな”
と思ったのは、前半3作まで。(前半3作は、世界設定の説明だったのですね) 中心は、後半3作。これはいい。
完全な連作短編で、必ず順番に読む必要がある。
最終作で、主人公はある状況におかれ、ここはやるせない。(麻耶雄嵩作に今までこんなのなかった)
さらに最終シーンで、主人公はある認識と、ある決断をする。これがいい。
最後の数行にハート・マークまで記載されるが、これ、「主人公は幸せになりました」というハッピー・エンド? それとも、「タークサイドにおちました」というバット・エンド?
どちらに受けとるかで読み手の価値観をあぶり出されるようなリドルストーリー感がある。
圧倒的な個性を強く評価します。
あと、4作目である驚きがあるが、これは後半3作の展開を事前に想像させないための予防工作だと思う。これがわかっていると、前半3作で、色々と関係を想像してしまい、後半の展開の一部も想像にあがってきてしまいそうだからだろう。

No.125 7点 王子を守る者- レジナルド・ヒル 2022/02/27 13:17
ヒルはやっぱりキャラクター描写かいい。本作は、プロットとしては手堅い冒険スパイスリラーだが、陰影のあるキャラクターで印象深いものとしている。冒頭にふられる仕掛けも、いい感じで回収され、そつがない。
ルエル名義の作をいれても、ヒルのスリラーでは上位にくると思う。

No.124 5点 ドイル傑作集1 ミステリー編- アーサー・コナン・ドイル 2022/02/13 11:13
本サイトに、本作の投稿がいくつかつづいたので、昔読んだ本を掘り出して読んでみた。
どの話も「つかみはOK」。なかなかそそられる状況設定の作品ばかり。
けど、評価が低いのもよくわかる。解決に至る段取りがほとんどないし、解決も尻すぼみなんだよね。なので得点はこんなもの。
ただ、想像を書くと、ホームズと同様、きっとこれ雑誌掲載が初出だよね。そうするとページの制約もあって(新潮文庫旧版で25ページ未満がほとんど)解決に至る段取りがほとんどなかったのかもしれないし、それでも、どの話も雑誌で見出しに困らない作品で(編集者はやりやすかっただろうな)、ドイルはプロだなと思わせる。
短いので、寝る前にちょこっと読むには、ちょうどいいんじゃないかな。ただし、解決は期待しないで、だけど。

No.123 5点 暗い燈台- アンドリュウ・ガーヴ 2022/02/13 11:04
コンパクトで(ポケミスで170ページ)、楽しいサスペンスではあるので、つまらなくはない。
でも、なんともサスペンスが盛り上がらない。
読み終わって考察してみると、下記2点が原因かな。
1つめは、視点が3人称他視点であること。これだと全体を俯瞰する形になるため、ハラハラしないのだと思う。
2つめは、心理描写があっさりしていること。やっぱりサスペンスは、登場人物によりそうことが重要だと実感。
あとは、「罠」の感想にも書いたが、「ガーブの味がなく、個性が薄いといえる」のは、本作にもあてはまる気がした。
ひとつひとつ要素を取り出してみると、「舞台が特徴的(本作は燈台)」「冒険風味あり(本作でも海をわたるシーンあり)」「ラストがあっさり」と、ガーヴ印なのだが、ガーブの味がない気がするのはどうしてだろう? ひとつひとつの要素が薄味だからか?
いずれにしろ、これがポケミス最後(ポケミス914)のガーヴとなってしまった。

No.122 5点 薔薇の輪- クリスチアナ・ブランド 2022/01/23 23:26
チャッキー警部登場作を、連続で読んでみた。
あいかわらず、ブランド特有の仮説の繰り出しはあるのだが、ひとつひとつの仮説の振り幅がちいさいのか、他作品ほど読みごたえがない。
しかし、他作品よりは、かなり読みやすかった。これは翻訳のおかげだろうか? それとも原文から書き込みが濃厚でないからか? 翻訳のおかげならば、他作品も新訳してほしいなぁ。
あと、構成(設定や全体のストーリー展開)をみてみると、もっとよくできたような気がするんだよな。(今もある程度あるが)コミカルな感じをもっと強くして、そのためにはメインの事件を深刻なものではなくして(日常の謎に近いような)……。例えば、スタウトのウルフもののトーンでこのプロットなら、すごく面白くなったような気がするんだけどな。

No.121 7点 猫とねずみ- クリスチアナ・ブランド 2022/01/23 23:26
いやいや、サスペンスということと、他の高評価の作品群ほど評価をきかないので、それほどでもないのだろうと思っていたが、どうしてどうして、ブランド特有の仮説の繰り出しは、この作でも健在。
執筆時期をみると、「ジェゼベルの死」と「疑惑の霧」の間で、ブランド最盛期にあたる。それを考えると当然なのかもしれない。
ストーリー展開はサスペンスにふっているので、仮説の検証/質疑には時間をさいていないが、繰り出される仮説のダイナミズムは、同時期の傑作群との比較に耐え得ると思う。
雰囲気はゴシック色が強く、前半は「レベッカ」が思い起こされた。登場人物のおかれた状況(あの人のあの状況は嫌!)や、登場人物の描写(終盤のあの人はサイコパス!)など、怖いシーンも多く、そこは、かなり楽しめた。
ブランド好きならば、読んで損はありませんよ。

No.120 5点 チャイナ蜜柑の秘密- エラリイ・クイーン 2021/11/08 00:37
数十年ぶりの再読。いまひとつの記憶だったが、やはり記憶どおりだった。
これは、冒頭の奇妙な状況の面白さがすべてかな。
途中の展開は、解決を知ってから読むと不要な部分も多いし、最後の推理にも切れがない。
伝記や書簡集や各種解説などの情報から、高級雑誌に売り込もうとして、クイーンはこの頃に作風を変えようとしたようだが(特に途中の展開に恋愛要素やスリラー的要素を取り込もうとしている部分)、まだこなれていないとしか思えない。
さらにそのために変わってしまった残念な点は、「あらため」がなくなってしまったこと。犯行の時間が限定的なんだから、各自のアリバイなんて、ぜひ知りたいのに、全く説明がない。これは私的好みでは退行としか感じられない。
国名シリーズ、私的評価最低は決定です。4点と迷った5点。
「奇妙な状況」と「解決の仕方」から考えると、世界設定を変えたほうが面白かったのではと妄想します。クイーンには「生者と死者と」や「帝王死す」のように、異世界風の設定作もあるので、そういった世界のほうが馴染むお話だったなぁと。あとは、なんとなくカーぽいよなぁ、これ。

No.119 5点 アメリカ銃の秘密- エラリイ・クイーン 2021/10/31 23:08
数十年ぶりの再読。いまひとつの記憶だったが、やはり記憶どおりだった。
初読時に感じたことだが、なにが問題かというと、「xxがxxに気がつかない」とは思えないことだと思う。犯人指摘の場面で「そんなバカな!」と思い、推理をきいたあとも「そんなバカな……」と思った。納得させられない時点で、高得点はつけられない。
今回の再読で初めて気づいた点としては、本作が初期3作「ローマ」「フランス」「オランダ」のアップデートをねらったのではないかということた。.類似点としてよく指摘される「容疑者が多い」とい点だけでなく、構成がかなり似ている。例えば、初日の操作が完了するのは半ば過ぎで、アメリカでは220ページくらい。初期3作と似たようなボリューム感だ。そこまでは操作の段取りに筆が費やされていることも、初期3作と同様だ。
アップデートをねらったと思った点は、下記のような部分なる。「捜査者意外の視点をいれる」「映像的な場面が多い」「シーンが細かい」「章立ても多いし、章の中にも"*"で区切りをいれている」「事件の発生現場が派手」。
これらの改定はリーダビリティを高める狙いだと思うが、確かに読みやすくはなったが、同時に失ったものもあると思う。それは、すこしずつ事件の有り様がみえてくる感覚がなくなってしまったことだ。(事件の発生を2万人が目撃しているのだから当然だ。)けれど、謎解きミステリ好きとしては、これはかなり残念な部分だ。また、そのために捜査の段取りが(銃がみつからないことの)「あらため」としての機能しかなくなっていて、解決を知ってから読むと不要と思える部分も多い。
やはり評価は、クイーン全作品の中でも、下の方にならざるを得ないと思う。
とはいえ、よかった点もある。初読時は、最初に書いた理由で、相当に印象が悪かったが、再読してみると、手がかりの配置とそこからの推理展開は、クイーンらしくて魅力的だった。特に、17章の最後の「ある人物が驚いた理由」は、再読で印象にのこった。また、後半、エラリーが真相に確信をもってくる部分の盛り上げ方はよい。
とはいえ、全体の評価を変えるほどではなく、「構想に無理がある」という評価にはなってしまう。

No.118 5点 興奮- ディック・フランシス 2021/10/16 17:28
久しぶりに読むフランシス初期作品としては、最も有名な本作を選んでみた。
(再読なのだが、不正の仕掛け以外はなにもおぼえていなくて、初読のようだった。昔の記憶、どんどんなくしてるな……)
このサイトの書評を色々読んで、初期はメイン・ストーリー中心と思っていたが、それはそのとおりだった。また、私は他フランシス作の感想に「フランシスについては、メイン・ストーリーよりサブ・ストーリーのほうが好み」と書いたが、それもそのとおりだった。
楽しく読めたのだが、「面白いっ!」と感情が動かされるほどではなかった。
冷静に要因を考えてみると、主人公があまりにストイックであり、感情描写もすくなかったため、共感できなかったためだと思う。ハラハラドキドキさせる小説では、主人公の感情に寄り添えることが重要なのだとあらためて認識した。(中期フランシスでは、もっと感情描写があると思う)
構成としてもひとつ疑問があった。ラストの章がやや唐突に感じたのだが、これは「事件が主」で語られているからだと思う。「主人公を描くことが主」で、事件は主人公を描く手段とおもえるほど徹底したほうが、効果的だったのではないか。そうすれば、最後の1文など、主人公と一緒の感慨を感じられたのかもしれない。
やっぱり、フランシスは中期のほうが好きかなぁ。

No.117 9点 逆行の夏- ジョン・ヴァーリイ 2021/09/25 13:11
初ヴァーリイだったが、これは傑作。外れ無し。きっとヴァーリイのベスト盤といっていい選択なのだろう。
基本、全作品にアイデンティティ/コミュニケーションの問題があり、(発表年は70-80年代だが)それが今でも、まったく有効であり、面白い。
SFはかじる程度しか読んでいないが、この年になってオールタイム・ベストの入れ替えを考える本に出会うとはおもわなかった。特に「残像」は、(本でなく)短編で選ぶならば、私のSFオールタイム・ベスト短編の1つとなった。
1作ずつふれてみよう。
1. 逆行の夏: ネビュラ、ローカス賞ノミネート
八世界シリーズ。解説によると本シリーズは太陽系名所案内の趣があるとのことだが、水星の灼熱の世界が描かれる。そこで、八世界特有の性/親子の問題が、日常の問題として描かれる。青春小説の味わいもあり、趣深い。
2. さようなら、ロビンソン・クルーソー: ローカス賞ノミネート
八世界シリーズ。冥王星のディズニーランド(地球環境を模した地下世界)が舞台。ここでも八世界特有のアイデンティティが物語の根幹にあり、恋愛/青春小説の味わいもある、充実した話。後半のシーンの壮麗な描写もよい。
3. バービーはなぜ殺される: ローカス賞受賞、ヒューゴー賞ノミネート
同じ容姿の人物を自由に作れる設定(八世界と共通)での、殺人事件。このような状況で、なにが”普通(アイデンティティ)”なのかを考えさせられる。
4. 残像: ヒューゴー、ネビュラ、ローカス賞受賞(トリプルクラウン)
目が見えない人の閉鎖コロニーを舞台にした、一種のファンタジー。コロニー内で行われている独特のコミュニケーションが強烈。ラストはある有名作を想起させるが、私はその有名作では「気持ち悪さ」「不可解さ」をまず感じたが、本作では「説明できない感動」を感じた。傑作。
5. ブルー・シャンペン: ローカス賞受賞、ヒューゴー賞ノミネート
障害をもった主人公(視点人物の対になる人物)の、特殊な道具を使用したコミュニケーションと生き様を描く。世界設定は楽しげな空間だが、ストーリーはずしりと重い。
6. PRESS ENTER ■: ヒューゴー、ネビュラ、ローカス賞受賞(トリプルクラウン)
SFホラーと分類するのが適当といっていい。これだけは、ホラーに寄せたためか、少し古びてしまっている気がする。それでも、一種のコミュニケーションを主題にしたホラーで、日本の有名作を想起させられた。トリプルクラウンは出来すぎかな。逆にこれ以外が古びていないことがすごいといえる。

No.116 5点 黄金- ディック・フランシス 2021/08/28 21:15
フランシスのイメージとは違い、これも家庭内ミステリだった。
HM文庫の解説によると、本作以降(解説執筆当時で30作まで)、冒険小説敵要素が薄まり、心理的葛藤の要素が強まるとのこと。
なるほど、「標的」も同じ流れなんだ。
前半、家族の群像劇を描いていく部分は、ヒッチコックのコミカルな作に似た雰囲気がある。ドタバタ喜劇の感じだ。中盤の事件から、喜劇感はなくなるが、強烈なサスペンスというわけにはいかず、ウェルメイドなフーダニットという感じ。
ううん、これは違うな。悪くはないんだけど、これでは、たくさんいる優良作家のひとりになってしまう。以前の作にはあった「フランシスだけの味わい」が消えてしまった。
これ以降の作を読むのは後回しだな。フランシスの未読作を読むのは、これより前を優先するとしようか。

No.115 8点 奪回- ディック・フランシス 2021/08/28 21:14
いやぁ、よかった。フランシスはまだ10数作しか読んでいないが、文句なしに一番良かった。
この頃のフランシスには、発表当時に人気があった「情報謀略小説」(クランシーとか)の影響だろうが、特定の業界をリサーチして反映した作品がある。本作は誘拐対処企業。これが興味深くて、前半からすぐに作品世界に入れた。
そして、ヒロイン役のキャラ造形がかなり好み。主人公との関係では、距離感が微妙で、その距離感もまた好み。
最後の展開はやや定形どおりだが、そこで伝えられるヒロイン役の言葉にはぐっときた。ベタでも、こういうのは好きだな。
アマゾンの感想で「初期の話とはだいぶ雰囲気が違う」と書いている人がいて、それは同感だが、きっと私は初期フランシスより、こっちの方が好き。
中期フランシス、いいなぁ。もう少し読んでみよう。

No.114 5点 標的- ディック・フランシス 2021/08/28 21:13
中期のフランシスをいくつか読んでみようと考えて、2冊目として手にとった。
意外なことに家庭内サスペンス。フランシスらしいのは、主人公の造形と、家庭が厩舎であること。事件の構成は、クリスティー作品にもありそうなもの。
家庭内サスペンスは好みでないので、全体的にいまひとつだった。
主人公が陥るラストの苦境は読み応えがあったが、それ以外の部分はいまひとつ。解決の付け方も気に入らない。
でも、もう少し中期のフランシスはいくつか読んでみよう。

No.113 7点 骨折- ディック・フランシス 2021/08/28 21:11
久しぶりのディック・フランシス。
フランシスを何作か読んだのはだいぶ前だが、世評の高い初期作品より、(2、3作読んだ)中期の作品のほうが面白かった記憶がある。
このサイトの書評を色々読んで、中期はサイド・ストーリーを膨らませているのだなと認識し、「なるほど、私はフランシスについては、メイン・ストーリーよりサブ・ストーリーのほうが好みなんだ」と思い、本サイトでサイド・ストーリーの評価の高い本作を読んでみた。本作のメイン・ストーリーが「敵との戦い」なら、サイド・ストーリーは「少年との交流」になる。
うん、これは確かにサイド・ストーリーのほうが好み。いいなあ、フランシス。ハードボイルド風の語り口。ストイックで有能な主人公。せまる敵。おそってくる苦痛。こういうものが一体となって「これがフランシス」という世界がつくられている。
これは、中期のフランシスをいくつか読んでみよう。

No.112 5点 張込み- 松本清張 2021/08/28 20:47
やはり、社会派は好みでないことを再確認した。
本書は当サイトで点が高かったので、若い頃とは少し好みが変わったかもと思い手にとってみた。たしかに若い頃より楽しめる部分もできていた。若い頃なら「つまらん」と切り捨てていたと思うが、今回はそれなりに楽しめたしね。特に文章は簡潔でスッキリしていて、実に読みやすい。今でも読まれる理由はわかった気がする。それでも好みではないかな。
個々の作品に触れてみよう。
「張込み」。刑事の捜査のスケッチ。刑事が張り込む女の人物像が浮かび上がる。うまいなぁと思うが、ミステリ的興趣ではないかな。
「顔」。これは緊張感が全編にあり、面白かった。私としては、本編のベスト。
「声」。前半、事件に巻き込まれる女性の部分はサスペンスがある。後半、事件の捜査パートも迫真性があり、面白い。しかし真相がわかってくると、どうもいただけない。真相だけが作り物めいているんだよな。それまでの迫真性とマッチしないで、浮いている感じ。
「地方紙を買う女」。これも、前半の事件をかぎつける部分のサスペンスは秀逸。でも「声」同様、後半が作り物めいてくる。やはり全体のバランスは大事なんだなぁと思う。
「鬼畜」。犯罪が起きるまでを追ったドラマ。ジャンルとしてのミステリに入れるかどうかは、ボーダーラインですね。「罪と罰」がボーダーラインかな、と同じ感覚でボーダーライン。
「一年半待て」。定形的作品で、可もなし、不可もなし。
「投影」。犯行手段の手の込みようが作り物めいている。タイトルの意図も読み取れなかった。主人公の造形は陰影があってよい。
「カルネアデスの舟板」。考古学教授の「犯罪に至る心理」を追ったドラマ。「鬼畜」と同様、ミステリのボーダーライン。

No.111 7点 疑惑の霧- クリスチアナ・ブランド 2021/08/09 12:54
本作も、後半に仮説の構築を何度か繰り返す。そのなかのひとつのあるものを落とす説は、ゾクリとした。これはいい。
前半は、動機があることを示すために、いつにも増して愛憎劇に割かれているが、やはりキャラクターの立て方がいまひとつに見える。翻訳の問題なのかもしれないが、そうならば新訳してほしいなぁ。
フィニッシング・ストロークをよく言われるが、これは、最後に気の利いたオチをつけたといったもので、ここの期待値を高くしてもがっかりするだけだろう。
ブランドの最高傑作に推す気にはならないが、他ブランド作品を楽しめたなら、本作も十分楽しめるはず。

No.110 8点 自宅にて急逝- クリスチアナ・ブランド 2021/08/09 12:53
自分で勝手につくった「バークリー/ブランド/デクスター・スクール」と言葉があり、この作者たちの「仮説の構築を何度も繰り返すことを物語の面白さの中心にすえた作品群」をイメージしている。
上記作風の代表をブランド作の中で1作選ぶとすれば、それは本作になるだろう。
AさんがA’の仮説でBさんを犯人と指摘し、EさんがE’の仮説でFさんを犯人と指摘し……、と、都度「仮説の構築者」と「指摘された犯人」が違う説が繰り返される。しかも、そのひとつひとつが説得力があり、なかなか魅力的だ。
しかも、作の4分の1あたりから、それは始まる。残りの4分の3ほどが、すべて仮説の構築の繰り返しに費やされる。全体の構成を俯瞰すると、バークリーの「毒入りチョコレート事件」を彷彿とさせる。「毒入りチョコレート事件」の成功は、全体の構成を「趣向」として提示する”犯罪研究会”という設定にあると思うが、本作にも似たような”構成を提示する仕掛け”があれば、もっと評価されるのにと思う。
ただ残念なのは、最後に繰り出される真相が一番魅力的かというと、そうでもないところ。
けれど、謎解きミステリファン必読の作品と思う。

No.109 6点 緑は危険- クリスチアナ・ブランド 2021/08/09 12:51
ブランドの作では色々な仮説が繰り出される。後年の作では、それは「どうやったか」も含めた仮設のため、仮説毎におおきく事件の様相が変わっていた。本作でも後半に色々な仮説が繰り出されるが、動機に関しての仮説の構築が主のため、後年の作ほどのダイナミックさは感じられない。
また、(やはりこれは視点の問題が大きいと思うのだが)キャラクターの立て方がいまひとつに見えるので、愛憎劇の部分はそれほど楽しめなかった。
中盤の手術のシーンや、最終場面のコックリルの行動が引き起こす結果など、面白いシーンもあるが、この後の傑作群へステップアップする前段階の作品と感じた。

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ことはさん
ひとこと
ホームズ生まれの、クイーン育ち。
短編はホームズ、長編は初期クイーンが、私のスタンダードです。
好きな作家
クイーン、島田荘司、法月綸太郎
採点傾向
平均点: 6.20点   採点数: 288件
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