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弾十六さん
平均点: 6.10点 書評数: 446件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.10 6点 毒を食らわば- ドロシー・L・セイヤーズ 2024/03/07 15:17
ピーター卿第5作。1930年9月出版、Gollanczでの最初の長篇。創元文庫で読了。浅羽さんの訳は文句なく素晴らしい。
私は若い頃にはずっと、作品と作者は別なので伝記事実から作品を云々するのは見当はずれだ!と感じてたけど、最近はむしろ作者がフィクションに自己の体験をどのように書き込んじゃってるのか?に興味がゆくようになった。全く無視してた伝記的ゴシップまでも読みかねない… まあ堕落ですね。ピュアな純粋主義者が年取って正反対に、ということだろう。
本作は、シリーズのヒロイン初登場、ということで、読む前からどんなロマンス展開なのか妄想してたが、セヤーズさんのありきたりにしたくない感が伝わってくる筋立て、でもあまり上手くない。人を納得させる恋のパッションに欠ける(第二主人公チャールズ・パーカーのロマンス描写も全く控え目… そういう点には冷めている作者だ)。本作の幕切れが素敵だからまあ良いとしましょう。
この頃のセヤーズさんは、恋に敗れ(結婚を望んでいた相手が、セヤーズさんに対しては作家とは結婚しないなんてほざいてたのに、米国で女流作家(それも三流の)とちゃっかり結婚しちゃってた)、その後「自由恋愛」のあげく望んでない妊娠から極秘出産(1924)を経て、子供は親戚に預けて収入を得るために一人頑張ってた。 1926年に子の父ではないAtherton Fleming(1881-1950)と結婚。父母を続けて亡くし(1928&1929年)気分が落ち込んでいる状況での執筆だったから、惚れた腫れたの気分ではなかったことだろう。ヒロインの境遇はセヤーズさんの実人生を知れば、ああシンクロしてるなあ、と感じられるところがあり、とても興味深い。
作者の手紙The Letters of Dorothy L. Sayers 1899-1936: The Making of a Detective Novelist(ed. Barbara Reynolds 1995)を読むと、明るいバカ話にしようとしたが上手くいかず、執筆当時は歳をとったピーター卿にウンザリしていたようだ(軽口だが、プロットに巻き込まれて死んじまえThere are times when I wish him the victim of one of his own plots! 、とまで書いている)。なお、トリック的に問題視される医学的なネタは、Robert Eustace(正体は高明な医師Eustace Barton)にしっかり相談してて、誤りがないか下書きを送って確認してもらっている。
本作は第4章までの展開がとても良くて、あとはおまけ(とは言え楽しい話だけど…)。推理味は薄い。いろんな女性が大活躍するが、大上段に女性進出を叫ぶ、という訳ではない。中心となるのは青春時代が19世紀だったおばちゃんの目線。昔はこうだったけど、今は違うのよね… 結構良い点もある、という感じで、あくまでも伝統を外さない。そこが英国での人気の高さの理由かも。
Edward Petherbridge主演のTVドラマ(BBC1987英語版)も見た。食事の場面で料理が入念に再現されててわかりやすい。でもPetherbridgeの顔が気に入らない。バンターも若すぎヒョロっとしてて不満。ハリエットも少し愛嬌が欲しいなあ。
以下トリビア。参照した原文はOpen Road 2013、おなじみBill Peschalからの注釈ネタは[BP]で表示。気になったので幻戯書房の新訳も買っちゃいました。早川HPB(井上一夫訳)も国会図書館デジタルコレクションで読めることがわかったので参照できた。
大量にあった文学作品からの引用は全部[BP]に任せることにして、ここのトリビアではほぼ削除した。元々そういうのには興味がなくて、ここは何とかからの引用だよ、と言われてもどうでも良いなあ、翻訳者さんは無駄に付き合わされて大変だなあ、と思ってしまうだけ。
翻訳は圧倒的に創元が良い。セリフが生きてる。幻戯は女性の発言に「わ」をしつこくつけるタイプ。ジェンダーがどうたら言う前にそういう癖を辞めたら?と言いたくなる。トリビア好きなら幻戯は買いだ。通りの名前や地名が出てきたらいちいち割注があるし、注釈の量が半端ない(全部で188、ただし注釈番号が超小さく、注釈一覧にはページ数が書いてないので探すのが大変)。さらに入手したいがバカ高くて諦めたLord Peter Wimsey Companion[PWC]がInternet Archiveにあった(改訂版2002のほう。これは嬉しい。全文検索機能も使える!)ので参照した。
ジェンダーで思い出したがWeb連載「五代ゆうの ピーター卿のできるまで」の本書の記事がとっても良かった。ニヤニヤして読みましたよ。
作中現在はp13, p52, p76, p233から冒頭は1929年12月で確定。
価値換算は英国消費者物価指数基準1929/2024(79.61倍)で£1=15141円、1s.=757円、1d.=63円
原書にも献辞は無いが、目次の後にOld Balladの引用あり。(創元、幻戯、早川のいずれも欠。結構重要だと思うけど…) 英WikiによるとAnglo-Scottish border ballad “Lord Rendal”の変種の一つという。参考まで全文引用。
“Where gat ye your dinner, Lord Rendal, my son? / Where gat ye your dinner, my handsome young man?”
“—O I dined with my sweetheart, Mother, make my bed soon, / For I’m sick to the heart and I fain wad lie down.”
“Oh that was strong poison, Lord Rendal, my son, / O that was strong poison, my handsome young man,”
“—O yes, I am poisoned, Mother; make my bed soon, / For I’m sick to the heart, and I fain wad lie down.” (変な話だが、書店でこの詩の訳がついたHPBを見たような記憶がある。夢なのかなあ。なんで幻戯は、この詩を訳してないのかなあ… 底本Hodder2016についてないのか)
p8 最近の下世話な言い方…『受け持ち』(in the modern slang phrase, ‘up to’)
p9 いかなる合理的な懐疑の余地もないまで(beyond all reasonable doubt)◆この概念のわかりやすい説明が後段にある。
p10 『自由恋愛』(free love)◆ 後ろでD・H・ロレンス(D. H. Lawrence, p122)も出てくる。そういう時代。
p10 『推理』もしくは『探偵』小説と呼ばれる(so-called ‘mystery’ or ‘detective’ stories)
p11 現在、二十九歳(now twenty-nine years old)◆当時作者は36-37歳
p11 同棲して... 親密な関係を(live on terms of intimacy)
p13 一九二九年二月(February 1929)
p15 ダウティ街(Doughty Street)… ウォーバーン広場(Woburn Square)◆いずれもロンドンに実在
p15 メアリ・スレイター(Mary Slater)
p16 キドウェリーの毒殺事件(Kidwelly poisoning case)
p16 イーディス・ウォーターズ(Edith Waters)
p19 [六月]二十日◆事件の日、死亡は23日(p31)
p20 署名は単に<M>(And it is signed simply ‘M.’)◆BBC1987ドラマでは「H」と直してるので訳注の通り作者の誤りなんだろう。当初はMで始まる名前だったのかも。幻戯(g024)は問答無用でHと修正。早川はMのままで特に言及なし。
p21 広告によれば『体にいい』…ギネス(had a Guinness, … according to the advertisements it was ‘Good for you.')◆このキャッチコピーはギネス社が170年の伝統を破って初めて広告を打った時のヒット(1929)、広告会社はS.H.Benson、じゃあセヤーズさんが携わったのかも?と思ったら、ちゃんと英Wikiに記載があった。Dorothy L. SayersとGuinessの項目に明記。[John Gilroyのイラストに] she penned accompanying verse such as "If he can say as you can/Guinness is good for you/How grand to be a Toucan/Just think what Toucan do、マスコットにToucanを使ったのはセヤーズさんのアイディアだったとも。ここは密かな自画自賛の一行だったわけだ(もちろん当時の読者は気づくはずもない。[BP]も拾えてない)。1929年末に作者はS.H.Bensonを辞めている。驚いたことに、あるWeb記事ではこの広告キャンペーンについて、イラストレイターが特筆されてセヤーズさんへの言及が全くないのがあった。幻戯(g024, 注012)「広告が『健康的だ』と謳っているギネスビール」 セイヤーズが書いたコピーとしている。[PWC]には項目なし…
p21 上等のオレロソ(a fine Oleroso)◆ 幻戯(g025)割注で「オロロソの誤りか」
p23 バッジ番号D1234の巡査(Police Constable D.1234)◆Web記事『1888年の「シティ警察とスコットランド・ヤード」の警察官の人数』によるとDはマリバン管区(もっと新しい資料が見たいなあ)。Woburn Squareの出来事を目撃した警官なので、正確には調べていないがMarylebone地区で合っていそう。
p27 タイピスト派遣事務所(a typewriting office)
p28 ポケットに自動何とかや<救命具>を持って(automatic thing-ummies and life-preservers in every pocket)◆ここはautomatic(pistols) & revolversの言い間違いか? life preserverをWebで検索すると19世紀の護身用仕込み杖が拾えた。そっちはポッケに入るイメージではなかろう。幻戯(g030)「ポケット全部に自動なんとかやら棍棒やらを持って」
p28 ランドリュー(Landru)
p28 ウィムジィが久しぶりに帰ってきてくれて嬉しい(Top-hole to see old Wimsey back)◆ここら辺はあのつまんない冒険もの短篇『アリババの呪文』の設定に忠実に従って、ピーター卿がしばらく不在だった、という事なのかも。ただし『アリババ』のラストシーンは明白に1月と書かれてるので、本作冒頭と不在期間の時期がちょっとかぶってしまっている。
p28 パーカー首席警部(Chief-Inspector Parker)
p28 ジェフリーズ(Jeffreys)◆George Jeffreys, 1st Baron Jeffreys PC (1645-1689) "the Hanging Judge"として知られたウェールズの判事(英Wiki)
p29 ジンジャー・ビール(ginger-beer)◆ジンジャーエールの源流らしい
p32 同じブルームズベリの文学集団(the same literary set in Bloomsbury)◆公共良俗を乱す怪しい集団だと思われてたんだろうね。
p36 公正なけだもの(a just beast)◆テンプル博士(Dr. Temple, the headmaster of Rugby school)についてある生徒が評した言葉(訳註及び[BP])
p37 いわゆる『パーマネント・ウェーヴ』(what is termed a ‘permanent wave’)◆ ドイツ人発明家Karl Ludwig Nesslerが1906年10月8日にロンドンのオックスフォード街の美容室でpermanent wavesを初披露した。(Web記事Karl Nessler and the Invention of Permanent Wavesより。このページの広告(1908)ではFee £5 5s. Cpi換算で14万8千円!そんなに高かったのか?)
p39 マデライン・スミス事件(19世紀半ば)、セドン事件(1911)、アームストロング事件(1922)(the Madeleine Smith case, the Seddon case and the Armstrong case)
p43 お顔もほんとに個性的… 厳密に言えば美人ではない(a really remarkable face, though perhaps not strictly good-looking)
p43 エドガー・ウォーレス◆ 幻戯(g044, 注024)によればキュルテン事件解決に携わったらしい。
p43 あのスレイターとかいう人(the Slater person)◆ Oscar Slaterのこと
p43 スコットランド… 変な法律… 結婚について(in Scotland where they have such very odd laws about everything particularly getting married)◆ここら辺は知りたいなあ。スコットランドには結婚関係の変な仕組みがあるんだろうか。幻戯(g044, 注028)によると、正規に届け出てない同棲を婚姻と認める規定があったようだ。
p50 今後十二年間(for the next twelve years)◆へえ、知りませんでした
p52 翌日は日曜(The following day was a Sunday)◆これが何日なのかは記載なし。p76参照
p52 女一名、半分だけ女なのが一名、四分の三だけ男(One woman and half a woman and about three-quarters of a man)◆ここは「女1名と女1/2名、男3/4名」という事だろう。一人分とまではいかないが部分的な賛同者がいたよ、という感じ。幻戯(g051)は創元とほぼ同文。早川(h41)は正しく「一人の女性と、半人分の女性と四分の三人分くらいの男性」
p54 ふざけた歌に出てくる歯に穴があいた男(the man with the hollow tooth in the comic song)◆いろいろ検索したが調べつかず。[BP]でも出典不明。幻戯(g053, 注036)はIrving BerlinのI've Got A Sweet Tooth Bothering Me (1916)を提案、なるほどね!
p56 自分の墓にかける柳の冠(twine willow-wreaths for his own tomb-stone)◆訳註は"柳の冠"は「失恋した者が被る」としているが、[BP]によればweeping willow signified mourningで、ここの意味はa reminder of the Resurrection and the lifeであろう。
p64 がーんと来て(stunned)◆ 幻戯(g060)「完全にまいってしまって」、早川(h42)「全く息をのんでしまって」
p64 『鮮やかな幻の園を気ままにさまようことが…』(However entrancing it is to wander unchecked through a garden of bright images...)◆ 訳註はちょっと誤り。ブラマ作 “The Story of Hien”(短篇集“Kai Lung’s Golden Hours“(1922)に収録)より [BP]
p65 白い蛆虫(white slugs)◆ピーター卿の自虐
p68「余剰」(“superfluous”)◆ 幻戯(g064, 注041)「余った女」 、早川(h32)「余計者」ここは戦争で若い男性がたくさん死んで「余った女」が社会問題になってたことを示している。『箱の中の書類』にもそういう表現があった。幻戯の注ではそれはジャーナリズムが作り出した不安だった、としている。未調査
p68 いきのいい若者(Bright Young Things)◆戦後(WW1)の伝統破りの若者たち、a group of Bohemian young aristocrats and socialites in 1920s London (英Wikiに主要メンバーのリストあり) 同名の懐古映画(2003, 原作イヴリン・ウォー)がある(DVDを入手しました!未見)。幻戯(g064, 注042)「陽気な若者たち」、早川(h53)「若くて{いけ}るような娘」({ }内は傍点)
p69 <僕の猫舎>(My Cattery)
p69 あのなんとかいうドイツ女(like that German female, what’s her name)◆Gesina (or Gesche) M. Gottfried(1828年逮捕)[BP]
p70 ジョージ・ロービィ(George Robey)◆ミュージックホールの大スター(1869-1954)。作者はチャップリンが好み、というわけではなく、登場人物に合わせたものだろう
p71 すてきな頰髯にみんなうっとり… 今なら笑われる(with whiskers which we all admired very much, though today they would be smiled at)
p72 死んだら心臓に... と書いてあるのが見つかる(When I die you will find .... written on my heart)◆メアリ女王の有名なセリフは"when I am dead and opened, you shall find Calais engraved on my heart"、フランス軍の攻撃でカレー(英国が保持していた最後のフランス拠点)が落ちた1558年5月のこと。幻戯(g068, 注048)
p73 ティーポットから最大限引き出す(getting the utmost out of a tea-pot)◆コツが書いてある
p74 ファラー学長の本(Dean Farrar’s books)◆ Frederic William Farrar(1831-1903)、引用は“St. Winifred’s”第22章から[BP] Dean of Canterbury(1895-1903)なので「司祭」が適切か。幻戯(g069)「ファラー主教」
p75 プラスラン公爵---あれが自殺だったとすれば(There was the duc de Praslin, for instance — if his was suicide)◆Charles-Louis Theobald, the Duc de Choiseul-Praslin, 妻殺しで逮捕されたが裁判前に砒素で自殺した(1847) [BP] 実は自殺は嘘で、密かに国外逃亡を許され、英国で余生を送ったという噂があった。この事件を元にしたMarjorie Bowenの小説 Forget-Me-Not(初版は米国1930、Joseph Shearing名義でLucile Cleryというタイトル)は売れたようだ。(英Wiki)
p76 弱気な心(faint heart)◆元の諺はfaint heart never won fair lady、Webで調べるとThomas Lodge“Rosalind: Euphues' Golden Legacy”(出版1590, 沙翁’As You Like It’の元ネタ) Section 17に用例があるが、ここでも諺っぽい感じで使われてるので起源はもっと古そう。(Web上にInternet Shakespeare Editionsという便利なサイトあり。沙翁のフルテキスト(異本も網羅)だけでなく関連文書まで収録。すごいなあ)
p76 ミクルマス期は二十一日に終わり… 今日は十五日… ヒラリー期は一月の十一日から(The Michaelmas Term ends on the 21st; this is the 15th. … and the Hilary term starts on January 12th)◆イングランドの裁判カレンダーは一年を四つに分ける。Michaelmas term(10-12), Hilary term(1-4), Easter term(4-5), Trinity term(6-7) (英Wiki “Legal year”) 不揃いなのが古い伝統っぽい。ここの「15日」は全体の流れから1929年12月15日で確定。この日は日曜日なのでp52からここのくだりまでは同じ日の出来事なのだろう。ピーター卿は急いでいるはずだから
p77 光の道筋(the path of the light)◆アインシュタインは『箱の中の書類』にも引用されてた。
p77 女にめろめろ(goopy over the girl)◆ goopは米国作家Gelett Burgess(1866-1951)の造語。Goops, and How to be Them (1900)などに登場する馬鹿げた行いをする禿げ丸頭の子供?のこと。幻戯(g072)「ぞっこん」、早川(h59)「いかれてる」
p78 ジャック・ポイント(Jack Point)◆Gilbert & Sullivan "Yeomen of the Guard"の登場人物 [BP]
p80 そっちがイングランドを留守にしたりするからだ(You shouldn’t have been out of England)◆ p28参照。
p81 マードル夫人(Mrs. Merdle)◆ Dickens “Little Dorritt” Chapter 3 の登場人物。ピーター卿の愛車は『不自然な死』(1928)で初登場(車種はDaimler Twin-Six、レース用のボディとの記載あり)
p81 十二本の排気筒(all twelve cylinders)◆ 浅羽さんは気筒と排気筒を混同してる。幻戯(g075)「十二気筒エンジン」、早川(h62)「十二気筒」
p83 戦後世代(post-war generation)
p85 『妹と背の道』(Voice that Breathed o’er Eden)◆ [BP]に歌詞全文あり。
p88 五十ポンド
p88 教会鼠(proverbial Church mice)◆ Wikitionary "poor as a church mouse" 参照
p90 銀行券をひと摑み(a handful of treasury notes)◆ treasury note(元は大蔵省が戦時中に臨時発行したもの)は£1及び10s.紙幣の二種類しかない(1933年通用停止)。1928年11月から正式に英国銀行券に切り替わった。ここは「少額紙幣」という意味でtreasury noteという語を使っているのだろう。英国銀行券は£1000まであったのだ。なお a handful of は「片手にいっぱい」ではなく「ほんの少し」の意味らしい。幻戯(g082)「手に載せられるだけの法定紙幣を」、早川(h68)「一つかみの紙幣を」
p90 定価の七シリング六ペンス… 三シリング六ペンス… 一シリング版(the original price of 7/6… the three-and-sixpennies… the shilling edition)◆ まだペイパーバックの無い時代。当時の小説本は最初7/6dで出て普及版3/6dから廉価版1/- に至る。
p91 儲けとは無関係の評価(シュクセ・デチーム succès d’estime)◆発音はシュクセ・デスチムだが… 仏語借用の英語表現で「〔一般には受けず〕批評家だけに受ける芸術作品」
p91 水の上にパンを投じる(cast your bread upon the waters)◆ フリーマン『青いスカラベ』でも引用されていた。無駄な行為のようでも、後で見返りがあるよ、という聖書句(Ecclesiastes 11:1)
p91 『よき業を豊かに供えたる者に、み手より豊かに報い給わん』(plenteously bringing out good works may of thee be plenteously rewarded)◆ 英国教会祈祷書の三位一体後第25主日(Twenty-fifth after Trinity)の集祷文(The Collect)の文句。「三位一体節後〜」はバッハのカンタータでお馴染みですよね?
p92 そこそこよく売れていました--国内で三千から四千部(books have always sold reasonably well—round about the three or four thousand mark in this country)◆ アガサさんの『アクロイド』(1926)はよく売れたと言われるが5500部らしい。『スタイルズ』は2000部近く。
p92 ZZZZが釈放されてしまえば--(When ZZZZ is released--)… 『されれば』じゃなくて良かった(I am glad you say 'when.')◆ これだと違いがちょっと微妙。幻戯(g084)「無罪放免となったときは--」「"ときは"と言っていただけて嬉しいです」試訳「ZZZZが釈放された後は--」「"された後"とは嬉しい言葉」
p93 連載化権… すぐに収益になる(serial rights… immediate returns)◆ セヤーズさんの実感か。米国雑誌で『雲なす証言』が連載されてたのは知ってるけど、他はどうだったか。アガサさん『茶色の服』(1923〜1924連載London Evening News)は500ポンドで売れた。アガサさんは売れっ子作家で、他の長篇も大抵雑誌や新聞で連載している。
p93 『鍋の中の死』(Death in the Pot)◆ 架空の探偵小説のタイトル
p93 トルーフット社(Trufoot)
p101 国家対ヴェイン(R. v. Vane)◆ ここは「国王対ヴェイン」が正しい。英国では刑事事件の訴追側は王(国王Rex, 女王Regina)、裁判は人対人の争いだ。幻戯(g092)も創元と同じ。早川(h76)「ヴェーン事件」
p102 ウェストモアランド県ウィンドル町(Windle, Westmorland)◆ 幻戯(g093, 注059)によるとモデルはケンダルKendalらしい。[PWC]にはKendal, known for the manufacture of shoes and bootsとあった。
p103 陪審員というものはあてになりません。ことに、女も陪審員になれる今は(juries are very unreliable, especially nowadays, with women on them)◆ 女性が陪審に加われない、という制限を撤廃したのはThe Sex Disqualification (Removal) Act 1919らしい。Web 記事How women finally got the right to jury serviceに詳細があった。
p104 スカートの長さもお約束の膝下4インチ(their skirts are the regulation four inches below the knee)
p106 ビノリー(Binnorie)◆ 「訳註 スコットランドのバラード」幻戯(g096, 注063)殺人バラッドThe Twa Sisters(Child 10; Roud 8)、英Wikiに項目あり
p110 塞いだ(stopped)◆ 狐狩りで、事前にキツネの巣穴を塞ぐ準備作業のこと [BP]
p113 燻製鰊(kippers)
p120 郊外住宅地(suburban)
p120 ハンガリーの歌(a Hungarian song)◆ ジプシー風?今はロマか
p122 長いスカート(long skirts)◆ これを不道徳と結びつけるとは…
p123 僕はもうじき四十なんだ(I’m getting on for forty)◆ 後ろのほうでは「道化者ぶるにはもう歳(was surely getting too old to play the buffoon)p183」と人から言われている。作者がまだ若かったからこんな感想なんだろう。歳をとっても実はあんま変わらないよ、とオジサンは思う。
p124 クルーソー(Crusoe)◆ 幻戯(g109, 注074)
p124 千九百六十年の革命(the revolution of 1960)◆ 当時はこの年で十分に未来だった。
p126 代戦騎士(champion)◆ ああそうか。元の意味はそういうものだったんだろうね。裁判の決着を決闘で決めていた時代があったのだ。かつて英国の裁判で陪審の裁きではなく古式ゆかしい決闘を望んだ人があり、法的には当時でも有効だったので困った、というエピソードを読んだ記憶がある。
p127 六パイントの水(six pints of water)
p127 ぎゃふん(Crushed)◆ 幻戯(g112)「失敗」 早川(h90)「やられた」
p128 例のホームズの原理(the old Sherlock Holmes basis)◆ ありえないことを除いて、残ったものが真相というやつ
p128 コーヒーをシロップにしたがる(liked to make their coffee into syrup)◆ 西洋の男は甘々コーヒーが好きなのだろう。エスプレッソも甘々が本場流。
p129 借金魔や、手を握っててほしがる人ばかり(too many borrowers… and too many that wanted their hands held)◆ ダメ男に惚〜れるなよ
p130 女の天才は甘やかしてもらえない(Women geniuses don’t get coddled)
p130 すぐ逃げて--何もかもバレた(Fly at once—all is known)◆ ノックス『陸橋殺人事件』(1925)では“All is discovered; fly at once.”、そちらに詳しく書いたので参照ください。幻戯は残念、注無し。早川(h98)は誤訳。
p131 脱水機(a wringer)◆ ローラー式脱水機。間に洗濯物を挟み、圧迫して水気を搾り取るやつ。
p132 クランペットをあぶって(toasting crumpets)
p133 コックさんって呼ぶ人が多い(callin’ you Cook as they mostly do)
p141 毛布の反対側で遊んで(taking his amusements on the wrong side of the blanket)◆ 面白い表現。幻戯(g123, 注084)は創元と同文。試訳「誤った毛布の中でお楽しみを」
p141 コレラが流行った時に死んで(died in the cholera)
p142 半日休みは水曜(Wednesday is my ’arf-day)◆ 使用人の休み。半休しかなかった?
p143 サルーン・バーの看板娘(the life and soul of the saloon bar)◆ サルーン・バーは「訳註 パブの仕切りのうち上品なほう」 幻戯(g125, 注086)「パブの上室」
p144 決められた時間のあとで酒出し(drinks after hours)◆ 幻戯(g125)「時間外の酒の提供」
p144 壜売り(serve in the jug and bottle)◆ 「訳註 客の持参した壜に酒を詰めて売る商行為」幻戯(g126, 注087)「容器持参」店外で飲むために客が自分で持ってきた容器に酒を入れる。家庭冷蔵庫も無いし、ガラス瓶による販売は高価になるので普及してなかったのかも。
p145 いい名前だった(it’s a better name).… 所帯持つとなったら、女はいろいろ犠牲に(a girl has to make a lot of sacrifices when she marries)◆ 苗字を変える嘆き
p145 四ペンス売り(the four-ale business) ◆ 「訳註 エールを1クォート四ペンスで壜売りすること」 幻戯(g127)「安ビール」 ここら辺は幻戯の方が意味がわかりやすい。Webにギネスの1パイントの値段史ポスター(1900-1992)があるが直近で1928年が10d.、[PWC]は本来1パイント4ペンスの意味だが、資料によっては1 quart(=2 pint)で4 penceと読めるのもあり、だって。
p145 この前の八月の銀行休業日(last August Bank Holiday)
p146 看板は十一時◆ 幻戯(g127, 注089) 当時のパブは夜11時で閉めるのが多かったようだ
p146 八杯よか(over the eight)◆ 「訳註 第一次大戦中はビール八杯が飲める限界とされていた」 Wikitionaryには“one over the eight”の形で1920s UK origin, from the idea that one can drink eight pints of beer without getting drunk. ビール八杯以上で「へべれけ」ということ。
p149 ニュース・オヴ・ザ・ワールド(News of the World)
p155 おなじみの田舎牧師(the usual country parson)
p163 ウッドストック型のタイプライターで打たれた(typed on a Woodstock machine)◆ イリノイ州ウッドストックの会社、1907年創業。シアーズ・ローバック傘下。Model No. 5(1917-1940?)がロングセラー。幻戯(g141)の割注で何故か「1916年に発売」と断定している。モデル5で間違いなさそうだけど…
p164 家族の聖書から… 名前を消して(erased… name from the family Bible)◆ 「訳註 一族の出生・結婚・死亡を見返しに記す習慣があった」Family Recordというページがあって、実際のものがWebで見られる
p170 バーバラ(Barbara)◆ ピーター卿の初恋か
p170 『バルバラ…』(Barbara celarent darii ferio baralipton)◆ 訳註及び[BP]
p170 僕はもちろん、ベイリアルの学生でした(I was a Balliol man)
p171 ばか話(talk piffle)
p172 メガセリウム信託(Megatherium Trust)◆ 架空のもの
p174 晩年のウィムジイ(when he was an old man)… 以降二十年間(for the following twenty years)◆ ありゃりゃ… 未来を語ってる。
p175 『エクスプレス』紙に出ていたジェイムズ・ダグラスの記事(James Douglas’ article in the Express)◆ James Douglasは架空だろう。Daily Expressかな?
p176 図書館の会費(a library subscription)◆ 「訳註 当時は会費制で維持されていた」 幻戯(g151, 注105) そういう会員制図書館もあった、ということらしい
p176 最も清らかな文学(the purest literature)◆ なるほどね
p177 槙肌作りや… 郵便袋を縫ったり(picking oakum or sewing mail-bags)◆ 刑務所の労役
p178 顔はパンケーキみたいに平凡(she’s as plain as a pancake)
p180 お茶の時間なんぞ、発明されなければよかった(nobody had ever invented tea)
p180 新聞記者の言い草じゃないが、何か露見したか?(Has anything transpired, as the journalists say?)
p182 問題は僕がキリスト教徒(the trouble was that I was a Christian)◆ 英国ではセヤーズさんが反ユダヤとの評があるらしい。でもゴランツはユダヤ人。前の版元ベンもユダヤ人。ここの記述もむしろ親ユダヤ。
p183 花婿の友達にも何か役目(some sort of bridegroom’s friend comes into it)… 帽子は脱がん決まり(You keep your hat on)◆ ユダヤの結婚式の作法のようだがちょっと曖昧な知識
p184 晩餐とダンスと、何とも疲れるジェスチャー遊び(dinner and dancing and charades of the most exhausting kind)◆ クリスマス・パーティだねえ。
p186 昔風な寝巻がお好み… スプーナー博士みたいに(prefers the old-fashioned night-gown, like Dr. Spooner)◆ なぜここにスプーナー博士?(スプーナリズムで有名, My Queer Dean!) Webを漁ったら次の逸話を発見。Mrs. Grey, daughter of one of the masters of Rugby School, is reported to have taken a banana ... and have said to Dr. Spooner. 'Do you like bananas?' He suddenly roused from a reverie: 'Er, what? Well, I must confess I prefer the old-fashioned nightgown!" (Rossell Hope Brown "The Warden's Wordplay: Toward a Redefinition of the Spoonerism"(1966)より) バナナとパジャマを聞き間違えたのだろう。ここは幻戯(g159, 注114)でも拾えていない。[PWC]でも博士のナイトガウンの趣味は不詳、としているよ
p189 オービュソンの絨毯(an Aubusson carpet)◆ 高級なものなんだろう。幻戯(g162)に割注あり
p191 映画館(cinemas)… おやつのメンデルスゾーンと、『未完成』の切れっ端(snacks of Mendelssohn and torn-off gobbets of the ‘Unfinished.’)◆ サイレント映画の時代は、映画館にピアニストが雇われていて、場面に合わせてピアノを弾いていた。幻戯はどうせ注釈をばら撒くなら、そういうことも書いて欲しいなあ。
p191 現代音楽(Moderns)◆ この頃ならシェーンベルクとかストラビンスキー。
p191 イタリア協奏曲… ハープシコードで弾いたほうが合う(the Italian Concerto... It’s better on the harpsichord)◆ チェンバロ専用曲の代表、と言ったらバッハ「イタリア協奏曲」BWV971だろう。二段鍵盤の効果はピアノでは物足りない。1930年代はドルメッチが古楽器を作り始めてた古楽第一世代のころ。
p191 バッハは脳味噌にいい(I find Bach good for the brain)◆ フーガなんてとっても論理的な音楽だしね… それでいてバッハには情感がある。
p191 『平均律』の一曲(one of the “Forty-eight.”)◆ バッハで「48」なら「平均律クラヴィア」のこと。何番かは不明だが、フランス風の第5番ニ長調BWV850なんてどう?
p195 ラム(Rumm)
p195 目隠し(Blindfold)
p196 『栄光、栄光、栄光』 (Glory, glory, glory)◆ probably a reference to hymn 455 in the Salvation Army Hymnと [PWC]にあった。「救世軍聖歌455番か」と訳註及び幻戯(g1687, 注122)にあるのは[PWC]由来だろう。Salvation Army Hymnは未調査
p196『みどりもふかき』(Nazareth)◆は"Ye fair green hills of Galilee"が歌い出しで、作詞Eustace Rodgers Conder、メロディは古い英国民謡によるもの。幻戯(g168, 注124)は[PWC]によりヴィクトリア朝の英国で人気があったグノー作曲の"Nazareth"(英訳詞Henry F. Chorley)としている。
p198 ハレルヤ(Alleluia)
p197 ハルモニウム(harmonium)
p198 ハープ、サックバット、プサルテリウム、ダルシマー(harp, sackbut, psaltery, dulcimer)
p200 豚足(とんそく)trotters
p202 ブラマ(a Bramah)◆ 開錠困難を謳っていた。ラッフルズでもお馴染み。幻戯(g172, 注131)
p206 残余財産相続人(residuary legatee)
p209 有名なもの(that famous one)◆ 幻戯(g178, 注134)でも不明
p211 四時半で終業(knock off at half-past four)◆ 当時の労働時間?9時5時じゃなかったの?
p212 椅子(回転式… 最近の型ではない)the chair (which was of the revolving kind, and not the modern type…)◆ どんなのだろう?
p220 『門をひと思いに通り、新しいエルサレムの門を…』(Sweeping through the gates, Sweeping through the gates)◆ 何故か創元・幻戯に注なし。[BP]には記載あり。[PWC]ではTullius Clinton O'Hare作の聖歌"Washed in the Blood of the Lamb"のコーラス部。
p220 ぼけが来た(Going dotty)◆ この感覚はちょっとわからない。本書の裏テーマは「私も歳をとったなあ」という述懐なのかも。
p221 <ルールズ>(Rules)◆ 幻戯(g188, 注140)
p222 十二月三十日
p232 マックス・ビアボームの話に出てきた男(the man in Max Beerbohm’s story)… 「感動を与えるのが大嫌い(hated to be touching)」◆ 幻戯(g197, 注144)の短篇「A・V・レイダー」(1914)に出てくる男
p233 望山荘(HILLSIDE VIEW)
p233 一九三◯年一月一日(JAN 1ST, 1930)
p233 家の中で火を焚くことを許さない(never permit a fire in the house)◆ ヴィクトリア朝の人ってすごいなあ。
p234 ちゃんとした女◆ ここの形容詞はrespectable
p234 乗合バス… 1ペニーで(omnibus... a penny ride)
p235 娘時代は誰でも、水彩画の手ほどきを受けさせられた(as girls we were all brought up to dabble a little in water-colours)
p237 喫茶店(tea-shop)… <ライオンズ>一軒(a Lyons)… ◆ 人口2〜3万人程度なのに喫茶店が8軒とライオンズがある。
p238 楽団もソーダ水売場もない、ありふれた地味な<ライオンズ>(an ordinary plain Lyons, without orchestra or soda-fountain)
p238 全粒粉ビスケット(digestive biscuits)
p241 靴の試し履き(Trying on shoes)
p242 尾行(shadowing)
p246 スコンとバター、紅茶をポットで(scones and butter... and a pot of tea)◆ cupじゃなくてpotで頼むんだね。二人で別々に二つのポットを頼んでる事例があったなあ。
p247 これ以降のネタはとっても興味深かった。かなり面白いのがふんだんに。ネタバレ回避で書けないのが残念。
p255 最愛のルーシィ(My dearest Lucy)
p269 コヴェントリーに住んでたんで、よく冗談の種にしてた(lived at Coventry and we used to have a joke about it)◆ Send to Coventryは意図的に仲間はずれにすること。英Wikiに項目あり。
p297 ポメリー(Pommery)
p302 四・五ポンド 三シリング四ペンス(4½lb. ¾d)◆ 牛肉の塊の値段。電子版の原文は4分の3ペンスと読めるが、流石に安すぎるので3シリング4ペンス(3/4dと表記する)だろう。100gで123円。ずいぶん安い。英国(2023年)だと生肉で265円。
p303 ボーンズ(Bourne’s)◆ 店が閉まる前、六時半には着きたい、と言ってる。ということは閉店は七時か?英Wiki "Bourne & Hollingsworth"
p308 マーシュ・テスト(Marsh’s test)
p315 ブラヴォー事件(Bravo case)◆ 幻戯(g263, 注163) 1876年の事件。
p316 ジーヴズ(Jeeves)◆ 幻戯(g263, 注164)直前のセリフI endeavour to give satisfaction my Lordが真似だったから。
p322 まさしく謎よ(Riddle-me-right, and riddle-me-ree)◆ 幻戯(g267, 注171)「なぞなぞなあに」幻戯も[BP]同様「マザー・グース」から。創元では『魔女の戯れ』のもじりか?とあるが何を指してるのかわからず。
p322 『英国有名裁判全集』(Notable British Trials)◆ 懐かしい!旺文社文庫で分厚い文庫版が出てたことは、もう忘れ去られてるよね。 『ミステリの祭典』に登録しておこうかなあ。(確かめたら、自分で一冊登録済みでした…)
p323 『英国写真』誌(British Journal of Photography)◆ 幻戯(g268, 注177) 実在の写真誌、1854年創刊。
p325 シーザーの妻(Caesar’s wife)◆ Caesar's wife must be above suspicion. Wikitionaryに項目あり。幻戯(g270, 注181) 「カエサルの妻」 ひどい夫だなあ。これ「李下之冠」と似てるようで全然違う。自分や身内への戒めじゃなくて妻(弱い立場の他人)への戒めだから… カエサルの弟またはカエサルの母、ならまだ感じが良いが… まあ夫の権威を傘に威張るバカ女に対して使うなら無問題かな?
p328 先週の『スージーの内緒話』のマダム・クリスタルの欄(in Madame Crystal’s column last week, in Susie’s Snippets)◆ 英国で発売されてたTit-Bitsみたいな週刊新聞か? [PWC]もTitbits風の架空雑誌だろうとしている。一致したので素直に嬉しい。
p329 ダイムラー(a Daimler car)◆ 高級車の象徴
p329 映画(the talkies)◆ ここはトーキーに意味がある。英国上陸1928年だから流行最先端の娯楽だった。幻戯(g273)は「トーキー」と訳しているが「最新流行」というような説明に欠ける。早川(h235)「物語」
p331 ターキッシュ・ディライト(Turkish Delight)◆ 幻戯(g275)も同じ。早川(h237)「トルコ風菓子」 日本ではロクム、ターキッシュデライトとして知られているようだ。
p343 国家(the Crown)◆ 幻戯(g285)「検察当局」 当時の英国には日本や米国のような検察機構は無かった。ここもp101同様「国王側」が一番正確だろう。
(完結!)

No.9 5点 アリ・ババの呪文- ドロシー・L・セイヤーズ 2020/07/07 02:19
日本オリジナル編集(1954年、日本出版協同株式会社) 編者は翻訳者の黒沼 健だと思われる。「異色探偵小説選集④」となっているシリーズの一冊。中央公論社版『アリ・ババの呪文』(1936年)から2篇削除し、4篇追加(*で表示)。
部屋を整理してたら見つけました。100円で入手した紙質の悪い古書。でもモンタギュー・エッグがまとめて読めるのは、今のところこの本だけです。
収録7作目「バッド君の霊感」(これは中公版の題。本書の訳題「緑色の頭髪」は当初訳者がつけたもので中公編集者に変えられたから今回戻した、というのだが、どーゆーこと? 全く困った人だ。『新青年読本』によると雑誌掲載時(昭和8年10月増大号)も「バツド君の霊感」感覚がオカシイのは訳者だけのようだ)を原文と比べて読んでみたところ、都築道夫が忌避したような新青年式の翻訳で、面倒なところはパス、意が通じれば良しで、原文からちょっと離れても気にしない自由調。日本語としては読みやすいんだけど、ところどころ大丈夫?な感じ。大意は通じるが、雰囲気がスカスカになっています。創元さん、セイヤーズ探偵小説全集の完結をお願いしますよ!(少なくともピーター卿全集は完成させて欲しい…)
初出はいつものようにFictionMags Index(FMI)調べ。原題はAga-search.comの情報を元に、原書短篇集のものを採用。カッコ付き数字は本書の収録順、ここでは初出順に並べ替えています。ピーター卿シリーズには創元①②として創元文庫版『ピーター卿の事件簿』の番号を表示。黒丸数字は作品が収録されている原書短篇集❶= Lord Peter Views the Body, Gollancz 1928、❷= Hangman’s Holiday, Gollancz 1933、❸= In the Teeth of the Evidence, Gollancz 1939を示しています。

⑺ The Inspiration of Mr. Budd (初出: Detective Story Magazine 1925-11-21, as “Mr. Budd’s Inspiration”)❸「緑色の頭髪」: 評価6点
ノンシリーズ。TVシリーズOrson Welles' Great Mysteries(1973)の第15話として放映されている。タイトルは原題と同じ。日本では1977年テレビ朝日系で『オーソン・ウェルズ劇場』第10話「理髪師の第六感」として放送されたようだ。(私はたぶん未見。ただし有名なCMを見た記憶がぼんやりあるから外国ミステリ・ドラマ大好きだった私はこのシリーズを観てたか?)
なかなか良く出来た話ですが(緊張と弛緩のユーモア感が良い)、翻訳タイトルで台無し。読むときには忘れること!って無理な注文… FMIにより上記の米国Pulp誌初出(今回、調べてて気付いたのだが、この雑誌の1925-5-30号から5回分載でCloud of Witnessが連載されている。単行本出版1926年なのでこれが初出?掲載タイトルはGuilty Witnesses。単行本ではおかしなことになってる事件発生の日付と曜日が、連載時にどう記されていたのか、非常に気になる)としたが、英国雑誌(当時セイヤーズを掲載してたPearson’sなど)の初出の可能性もありそう。FMIには1920年代のPearson’s情報がほとんど無い。有名な雑誌なのに…
p130 五◯◯磅♣️英国消費者物価指数基準1925/2020(61.20倍)で£1=8086円。500ポンドは404万円。
p130 顔色稍々黒味を帯び銀鼠色の頭髪を有す。髭、鬚、眼とも灰色(complexion rather dark; hair silver-grey and abundant, may dye same; full grey moustache and beard, may now be clean-shaven; eyes light grey, rather close-set)♣️翻訳の調子を見ていただくため、少々長く引用。手配書の人物描写なのだが、後の方で木霊のように響く重要表現”dye same”を含め、”clean-shaven”、”close-set”はばっさり削除。文章は引き締まるけど、忠実とはとても言えない。全篇、こんな感じの翻訳です。浅黒警察として注目は、まず肌の色に言及していること。そして頭髪、口髭、あご鬚、目の色の順。単独で出てくるdarkを「浅黒い肌」と解釈するのも一理ある、という例証か。(まー私は単独のdarkはfairの対義語と考えてますが…) こういう触れ書きの容貌描写に決まった順番ってあるのだろうか?
p132 七志六片(seven-and-sixpence)♣️シリング、ペンスの漢字表現。毛髪染めの値段。3032円。原文では前段で「9ペンスの客、いやチップ込みで1シリングにはなるか」と踏む描写があるのだが、この翻訳ではばっさりカット。散髪代(場末の理容店という設定)が9ペンス(=303円)とは随分安い感じ。2020年英国の記事では安い店で平均£5(=661円)だという。1940年米国では35セント(=690円)という情報あり。
(2020-7-7記載)

⑵ The Abominable History of the Man with Copper Fingers (初出: 短篇集Lord Peter Views the Body, Gollancz 1928)❶-1「銅指男」
ピーター卿もの。創元①収録。創元文庫の書評を参照願います。

(12)* The Vindictive Story of the Footstep That Ran (初出: Lord Peter Views the Body, Gollancz 1928)❶-7「嗤う蛩音」
ピーター卿もの。創元未収録。HMM1984年1月号の書評を参照願います。

⑷ The Bibulous Business of a Matter of Taste (初出: 短篇集Lord Peter Views the Body, Gollancz 1928)❶-8「二人のピーター卿」
ピーター卿もの。創元②収録。創元文庫の書評を参照願います。

⑴ The Adventurous Exploit of the Cave of Ali Baba (初出: 短篇集Lord Peter Views the Body, Gollancz 1928)❶-12「アリ・ババの呪文」: 評価6点
ピーター卿もの。創元未収録。直近の翻訳は『嶋中文庫 グレート・ミステリーズ12: 伯母殺人事件・疑惑』(2005)に収録されたもの。
冒頭にはワクワクするが、急に安っぽいスリラー調になっちゃう。セクストン・ブレイク大好きなセイヤーズなので致し方ないところ。話の展開は結構面白い。
p7 鳶色の頭髪… 濃い目の山羊髭(with brown hair … a strong, brown beard)♣️こちらの人物描写では頭髪、髭の順
p8 五十万磅♣️英国消費者物価指数基準1928/2020(63.24倍)で£1=8356円。 50万ポンドは41億円。37歳(1928年1月時点)のピーター卿の資産。
p14 二年の歳月♣️この設定だとピーター卿不在期間は1927年12月から1930年1月まで。確かに第4作『ベローナ・クラブ』と第5作『毒』の間には、そのぐらいの空白がある。
p17 拳銃(ピストル)(a revolver)♣️ここは英国伝統のブルドッグ・リボルバーで。(←個人の妄想です)
p18 蓄音機から洩れるジャズのメロデイ(A gramophone in one corner blared out a jazz tune)♣️当時BBC放送で活躍してたFred Elizaldeを聴くとニューオリンズ風のジャズ。ここでかかってるレコードは米国のものだろうか。
p28 臀ポケットから自動拳銃(オートマテツク)を取出すと…(took an automatic from his hip-pocket)♣️尻ポケットに収まるサイズの小型ピストル。ブローニングFN1910の38口径仕様を持たせたい。(←個人の妄想です)
(2020-7-7記載)

⑶ The Man Who Knew How (初出: Harper’s Bazaar 1932-02)❷「殺人第一課」
ノンシリーズ。

⑹ The Fountain Plays (初出: Harper’s Bazaar 1932-12)❷「噴水の戯れ」
ノンシリーズ。

⑸ The Poisoned Dow '08 (初出: The Passing Show 1933-02-25, as “The Poisoned Port”)❷「エッグ君の鼻」: 評価5点
モンタギュー・エッグもの。シリーズは全11作。最後の1作を除き、全て週刊誌The Passing Show掲載(最初の6話は毎週連続掲載。この雑誌、表紙絵が英国版Saturday Evening Postといった感じで当時の英国風景を見事に描いてて好き)。最初を飾るのがこの作品だが、主人公に華がなく、話もパッとしない。いつもうんざりさせられる古典などの引用が無いのが良いところか。エッグ君は酒のセールスマンという設定。セイヤーズはお酒大好きだったんでしょうね。偶然なんですが先日馴染みのイタリア料理屋で食べてたら目の前にDow’s Fine Ruby Portの瓶が!早速試してみたら、しっかり葡萄味ですが甘々〜でした。
p101 (ダウ)葡萄酒でしたら私の手で六ダースほど納めましたが…(the Dow ’08. I made the sale myself. Six dozen at 192s. a dozen.)♣️「ダウ1908年もの」「1ダース192シリングで」という大事な情報は削除。1本16シリング(=7614円、1933年英国物価指数基準72.04倍) もちろんこっちはVintage Port、私の飲んだ年代すら入ってない普及品とは違う… Dowのホームページによると1908年ものは"Light, Delicately Flavoured Wines" Declared by all producers, 1908 was a great vintage with light, delicately flavoured wines.ということらしい。
(2020-7-7記載)

(11)* Sleuths on the Scent (初出: The Passing Show 1933-03-04)❷「香水の戯れ」: 評価5点
モンタギュー・エッグもの第2話。第1話同様、パッとしない話。
p203 「大瓶(large bottle)の方を… 僅か三シリング六ペンスで—」「それじゃ原料の酒精税(the duty on the spirit)にも足らんでしょう」♣️3s.6d.=1666円。香水の大瓶の相場を当時の広告から拾うとYardleyが21シリング、No.4711が30シリングくらいか。
p203 三十五歳、中肉中背で頭髪はブロンド。青目勝ち、短い口髭(age thirty-five, medium height, medium build, fair hair, small moustache, grey or blue eyes, full face, fresh colour)♣️ラジオで流れた指名手配の容貌描写。翻訳では最後の「丸顔、明るい肌色」をカット。
p205 モリス(Morris)を運転して来た男… ひょっとするとオースチンかウォルスレー(Austin or Wolseley)であったかも♣️この宿には、モリスの男が4人もいた。国民車なんだね。ところでこのくだり、この翻訳では「素人の」証言は当てにならない、という書き方だが、原文では「若い女(メイド)の言ってることだから」車種は当てにならない、となっている。
(2020-7-7記載)

⑽* Maher-Shalal-Hashbaz (初出: The Passing Show 1933-04-01)❷「メール・シャラール・ハッシュバッス」: 評価5点
モンタギュー・エッグもの第6話。何故かAga-searchさんちではエッグものに入れていない。この作品から考えてセイヤーズさんが猫好きじゃないのは間違いないと思います。タイトルはイザヤの二番目の息子の名。聖書中で最も長い名前、という称号があるらしい。
p187 ミイコ♣️原文ではpussとかkitty。猫撫で声でネコを呼ぶときの言い方。
p189 十シリング♣️4759円。この値段で人が集まるかなあ。まあ何処かで捕まえて持ってくれば良いが…
p191 なんでも跳びついてはすぐに毀すので(because he ‘make haste to the spoil.’)メール・シャラール・ハッシュバッスという名をつけた♣️イザヤ書8:1に出てくる名前。ヘブライ語で "Hurry to the spoils!" or "He has made haste to the plunder!"という意味らしい。この翻訳では訳注とか説明は全く無い。
p192 電車賃… 半クラウン♣️2s.6d.=1190円。
(2020-7-7記載)

⑻ The Image in the Mirror (初出: 短篇集Hangman’s Holiday, Gollancz 1933)❷「鏡に映った影」
ピーター卿もの。創元①収録。創元文庫で読む予定。

⑼ The Queen's Square (初出: 短篇集Hangman’s Holiday, Gollancz 1933)❷「白いクイーン」
ピーター卿もの。創元②収録。 FMIでは初出1932(雑誌等の言及なし)。コピーライトがそういう表記なのか。短篇集収録前に何処かに発表されてた可能性あり。創元文庫で読む予定。

(13)* The Incredible Elopement of Lord Peter Wimsey (初出: Hangman’s Holiday, Gollancz 1933)❷「妖魔遁走曲」
ピーター卿もの。創元①収録。創元文庫で読む予定。

No.8 5点 ピーター卿の事件簿- ドロシー・L・セイヤーズ 2020/03/14 23:40
日本独自編集。元は1979年出版。新版2017年には戸川安宣さんの行き届いた解説ありですが、セヤーズさんの生涯をHitchman本に基づいて書いてるのでいささか情報が不正確だと思う。電子本で読んでいます。
だいたい初出順に読む試み。カッコ付き番号は文庫本収録順。英語タイトルは初出優先。初出情報は戸川解説をFictionMags Indexで補正。[BP]以下はBill PeschelのWebページAnnotating Wimseyからのネタ。

⑶盗まれた胃袋 The Piscatorial Farce of the Stolen Stomach (単行本Lord Peter Views the Body 1928): 評価5点
途中でネタを割っちゃうのがセヤーズさんらしい。横道が多くて無駄に長いがファンなら楽しめる。
p158/598 わずか五百ポンド: 英国消費者物価指数基準1928/2020(63.24倍)で449万円。
p168 誰の遺言書でも1シリング提供したら内緒で見せてくれる: サマーセット・ハウス(Somerset House)の秘密ルール… って本当? 1シリングは449円。
p176 チェスタトン氏の分類における上品なユダヤ人(under Mr Chesterton’s definition of a nice Jew): チェスタトンならどこかに書いてそうなネタ。引用元は調べてません。
(2020-3-14記載)

⑸銅の指を持つ男の悲惨な話 The Abominable History of the Man with Copper Fingers (単行本Lord Peter Views the Body 1928): 評価5点
随分グロな話。女性は結構この手の話が好きなような…(偏見です)
p161 アメリカが大戦に参加する直前: 米国参戦は1917年4月。
p163 色の浅ぐろい、つやつやした肌の持ち主で(He was… dark and smooth):「黒髪で髭のない」じゃないでしょうか。(2020-3-16追記: セヤーズさんのピーター卿シリーズの用例には類似が無く、一般的な使い方を見るとsmooth(=finesse)で「要領が良い、上手く立ち回る、油断ならない、隙のない」みたいな意味のようです)
p176 話しおえるまで、葉巻にもウィスキーにも手を触れさせないからな(Not a smoke do you smoke and not a sup do you sip till Burd Ellen is set free): [BP] Burd Ellenは童話Childe Rowland(1814)に出て来る妖精の国に囚われた妹の名前。妖精の国のものを食べたり飲んだりしちゃ駄目よ(永久に地上に戻れなくなる)という禁止事項からの連想。
(2020-3-15記載)

⑺不和の種、小さな村のメロドラマ The Undignified Melodrama of the Bone of Contention (単行本Lord Peter Views the Body 1928): 評価5点
翻訳ではピーター卿の喋り方が傲慢な感じ。本当はもっと丁寧に言っていると思います。Frobisher-Pymさんは、別の作品にも出てたような気がするのですが思い出せません… 内容自体は無駄話が多くて長くなってる話。偽装が大掛かり過ぎて面白くないし、不気味効果も低い。とんでもない遺言の意味が全く不明。ストーリーの都合上でないとしたら、遺言者の意図は何なんでしょう?
p301 旧型のナイフ(his knife… was one of that excellent old-fashioned kind): Victorinoxのスイス・アーミー・ナイフは1890年のスイス陸軍規格がもと。もっと以前からこのタイプのマルチツールは存在しており『白鯨』(1851)第7章にも登場するようだ。(wiki)
p309 かえる運びで(frog’s-marched her): 羽交い締めは相手の手を挙げる形で後ろから押さえるが、手を下げる形で後ろから腕を押さえて進むのがfrog-marchのようだ。
p328 手品師の名コンビ、マスケリンとデヴァントそこのけの仕掛け(Maskelyne-and-Devant stunts): [BP] 有名な英国のマジシャンJohn Nevil Maskelyne(1839-1917)とDavid Devant(1868-1941)の興行コンビ(1905-1914)。Maskelyneは空中浮揚の発明者らしい。
p330 もう一度、ひっ返すんだ、ウィッティングトン(‘Turn again, Whittington’): Wiki「ウィッティントンと猫」に詳細あり。14世紀のロンドン市長Dick Whittingtonの伝説。
p330 六ペンス銅貨を落としたスコットランド人(Aberdonian who had lost a sixpence): 224円。当時の6ペンス貨幣はジョージ五世の肖像、1920年以降は.500 Silver、直径19mm、重さ2.88g。宇野先生は1947年以降の白銅貨のイメージか?
p362 半ペニーみたいなやくざな兄貴が、突然、帰ってきた(Come back like a bad halfpenny):「出来損ないの半ペニーみたいに戻ってきたぜ」当時の半ペニー貨はジョージ五世の肖像、青銅、直径26mm、重さ5.7g。19円。Grose俗語辞典(1823年版)にもbad halfpenny(手もとにそのまま戻る。上手くいかなかった計画の意味)が項目立てされています。
(2020-3-17記載)

⑴鏡の映像 The Image in the Mirror (単行本Hangman’s Holiday 1933)

⑵ピーター・ウィムジイ卿の奇怪な失踪 The Incredible Elopement of Lord Peter Wimsey (単行本Hangman’s Holiday 1933)

⑷完全アリバイ Impossible Alibi (Mystery 1934-1) 単行本タイトルAbsolutely Elsewhere
Mystery誌は元Illustrated Detective Magazineというタイトルの大判スリック誌。ウールワース百貨店だけで売られた雑誌。当時10セント140ページ。

⑹幽霊に憑かれた巡査 The Haunted Policeman (Harper’s Bazaar 1938-2)

No.7 6点 顔のない男 ピーター卿の事件簿2- ドロシー・L・セイヤーズ 2020/02/08 23:52
日本での編集版(2001年4月)、ピーター卿短篇集の第2弾。最近『大忙しの蜜月旅行』を出すんだから、ついでに第3弾も是非。解説は真田啓介さん、いつものように素晴らしい。
先に第1弾を読むつもりでしたが、本棚のどこかに潜り込んでるらしく行方不明。
例によって少しずつ読んでゆきます。暫定評価点は6点で。
トリビア中の[BP]はBill PeschelのサイトAnnotating Wimseyからのネタ。

⑴ The Unsolved Puzzle of the Man with No Face (初出 短篇集”Lord Peter Views the Body” Gollancz 1928): 評価7点
素晴らしい語り口。流れるように物語は進み、キレの良い結末で幕。BBC1943年のラジオドラマ、残ってるかなあ。是非聴いてみたいです。レギュラー・キャラでは新聞記者のサルカム・ハーディが姿を見せます。
p10 公定休日(バンク・ホリデイ): Bank Holidayは英国議会でBank Holidays Act 1871により定められた公定休日。1928年時点のイングランドでは当初制定のEaster Monday(3月~4月)、Whit Monday(5月~6月)、8月第1月曜日、Boxing Day(12/26)の四日のみ。作中時間は泳げる季節の「暑い週末(p54)」なので「8月第1月曜日」ですね。1927年なら8月1日が該当。
p10 三等車の客も一等車になだれ込んで(overflow of thirdclass passengers into the firsts): もともとの客が貸し切る予定で余分のお金を払った(paid full fare for a seclusion)のに、そのコンパートメントにもとの客を含め8人の乗客を詰め込んでるが、良いのだろうか。後で返金されるのかな?
p25 ネグレッティ&ザンブラ商会(Messrs Negretti & Zambra): [BP] 1850年創業の科学機器販売会社。このくだりは商会の温度計で観測した記録的な猛暑(rocketing thermometrical statistics)のニュースだろうと言う。(宮脇さんは商会の株価が温度計のように急上昇したニュースとして訳している) ニュース素材として考えると[BP]の解釈が合っている感じ。Webに1901年1月15日この会社の政府公認温度計がカナダのYukon準州Dawsonで-68℉(-55.5℃)を記録した時の写真がありました。
p27 好評な広告、クライトン(Crichton’s for Admirable Advertising): 広告会社のキャッチ・フレーズ。もちろん架空。セヤーズさんが当時(1922-1931)働いてた広告業界の人々が描写されてます。
p33 猿も木から落ちる(Bally old Homer nodding): ことわざeven Homer nods(ホメロスの居眠り)より。
p49 戦争のどさくさで出世(pushed into authority during the war): 日本で言う「三等重役」ですな。
p53 あまたの波の笑い声(the innumerable laughter of the sea): ギリシャ語が出てくるのに潔く訳注なし。Aeschylus PV89-90より。アイスキュロス作『縛られたプロメーテウス』(Prometheus vinctus, c470BC 偽作らしい)からの引用のようだ。
p55 ツグミのごとく…(I sing but as the throstle sings,/Amid the branches dwelling): こちらも訳注なし。[BP] ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1796) 第二巻 第11章より。
p58『真実とは何ぞ?』とからかい半分にピラトは言った(“What is Truth?” said jesting Pilate): 引用だと気づきませんでしたが、[BP]Francis Baconのエッセイ“Of Truth”(出版1601)からの引用とのこと。元々はヨハネ福音書18:38 Pilate saith unto him, What is truth?(KJV) 文語訳: ピラト言ふ『眞理とは何ぞ』
(2020-2-8記載)

⑵The Fascinating Problem of Uncle Meleager’s Will (初出Pearson’s Magazine 1925-7): 評価6点
妹メアリも登場して賑やかな感じの楽しい作品。クイズ部分はあっさり読み飛ばしました。
忠実な執事バンターですらハマっているクロスワードパズルは1913年米国で発明、英国初上陸はPearson’s Magazine 1922年2月号、新聞紙ではSunday Express 1924-11-2が最初らしい。Daily Express紙は同年1924年、Daily Telegraph紙は1925年からだという。
さて、翻訳の難しい本作ですが、原文ではp79-97の答えはもちろん別ページに完成図を収録。それぞれの答えについてるコメントは訳者の親切で、原文にはありません。p98以降の会話にも答え関連の単語は一切出てきません。(「賛美歌」,「CANTICLE」,「旧約のソロモンの雅歌」,「31番目」は訳者の付加) なので、クイズ部分を飛ばして物語を読みおわっても、後から解く楽しみが残っている、という次第。作中時間は『雲なす証言』後の6月、ということは1924年か1925年。英国の新聞紙へのクロスワード初登場以降である1925年6月が有力か。
p60 かすれた軽いテナーの声(In the husky light tenor): ウィムジイの声質。
p60 ママン、ディット・モア(Maman, dites-moi): 作者不詳のフランス伝統歌。J. B. Weckerlinの編曲で知られているようだ。
p61 石鹸がない(‘No soap’): 原文はバンターの発言(か内心の声)。「もしかして石鹸が無かったかも」と自分の手落ちを疑ったのか。
p62 アルフレッド(Alfred): 鍵は「六文字で最後がredで終わる無関心な料理人」(indifferent cook in six letters ending with red) 「下手な料理人」の意味かも。ピーター卿シリーズにこの名のコックは出てこないようだが… 調べつかず。
p62 名探偵(Sherlock): 素直に「シャーロック」と訳せば良いと思います。
p62 ソヴィエト・クラブ(Soviet Club): 『雲なす証言』でお馴染み。「友人ゴイルズ」云々のシーンも出てきます。
p67 25万ポンド(£250,000): 英国消費者物価指数基準1925/2020(61.20倍)、£1=8683円で換算すると約22億円。遺産。
p71 ラジオ(his wireless)… サヴォイ楽団の演奏(the Savoy bands): Savoy Hotelの楽団、という意味か。Debroy SomersのSavoy Orphans(1923-1927)などが有名。
p71 デイリー・イェル紙の… 懸賞で十ポンド(£10 prize in the Daily Yell): 86831円。新聞は架空。懸賞金もクロスワード流行の一因だった。
p77 おお、素晴ら楽しき日よ!カルー!カレー!(O frabjous day! Callooh! Callay!): frabjousはルイス・キャロルの造語。fair, fabulous, joyousを混ぜたものらしい。最新の高山宏訳(2019)では「なんたるふらぶる日か、軽う!華麗!」、宮脇訳の方がずっと良いですね。叫び声は「キャルー、キャレー」(角川文庫 岡田忠軒訳だったかな)が狂気じみてて好き。
p98 俗称(Vulgate): ウルガタ聖書(ラテン語訳)で「ソロモンの雅歌」(KJV: Song of Solomon)はCanticum Canticorumと訳される。この英語直訳がCanticle of Canticles。
p98 少しうしろを見よ(look a little further back than that): やや古いのを見よ、の意味か。(ウルガタ聖書は5世紀初めに成立し、15世紀に公認された)
p99 おお、わが鳩よ…:
改訳聖書(p99)English Revised Version(旧約は1885年出版) O my dove, that art in the clefts of the rock, in the covert of the steep place
宮脇訳: おお、わが鳩よ、汝は岩間におり、断崖の隠れどころにおる
欽定訳聖書(p100)King James Version(1611年出版) KJV (略) in the clefts of the rock, in the secret places of the stairs
宮脇訳: (略) 岩の裂け目のあいだに、階段の秘密の場所に
前半は同じに訳して良い気がします。なお、文語訳は「磐間にをり 斷崖の匿處にをるわが鴿よ」
p101 九か月ほど前(about nine months previously): 隠した時期。となるとクロスワードの英国での流行と時期が若干ズレるが、クイズは隠した後で作成した、とも考えられる。(以前はアクロスティックに凝ってたというので、当初はそっちでクイズを構成していたのかも)
p102 南アフリカの四足動物で、Qで始まる六文字(a South African quadruped in six letters, beginning with Q): 締めのクイズには作者からの答えなし。[BP]に回答案がありました。(多分正解)
(2020-2-15記載)

⑶Beyond the Reach of the Law (初出Pearson’s Magazine 1926-2 挿絵John Campbell) 単行本タイトルThe Unprincipled Affair of the Practical Joker: 評価5点
Practical Jokerと言えば『いたずらの天才』The Compleat Practical Joker(1953) by Harry Allen Smithをすぐに連想してしまいます。子供の時、読んで非常に感銘を受けた名著。(変ですか?) どうやら絶版らしい… (乱歩物件でもありますよね。)
本作は、企みが単純で、ピーター卿に余計な属性を付け加えてる。スーパーマンの主人公は読者の興味を確実に減退させます。前段の女性の説明を聞いてどういうシチュエーションかよくわからないのは私だけ?
レギュラーキャラはバンター、マーチバンクス大佐、フレディ・アーバスノット、インビィ・ビッグズ。フレディに「私」は似合いませんが…
p104 ピーター・ウィムジイ卿(従者1名)(Lord Peter Wimsey and valet): 宿帳の記名。従者の名前は不要なのか…
p107 ソブラニー(Sobrany): 王室御用達のタバコ(1879年創始)
p106 アッテンベリーのダイヤモンドの事件(Attenbury diamond case): エメラルドとも書かれているピーター卿の語られざる初事件。
p107 ピーター卿の容貌(the sleek, straw-coloured hair, brushed flat back from a rather sloping forehead, the ugly, lean, arched nose, and the faintly foolish smile): 詳しい描写はここが初めてかも。
p108 顎の下にひげ(grew a Newgate fringe): [BP] 顎の下部、又は顎と首の間のヒゲ。絞首刑のロープがあたる部分なのでこの名がある。
p108 アルジーなんて間抜け名前をつけられた者みたいに(always to look as if one’s name was Algy): Algernonの愛称。Bulldog Drummondシリーズに戦友のAlgy Longworthというレギュラーキャラ(1922年の映画などにも登場)がいるが…
p109 新軍の軍人で、正規軍に移った(New Army, but transferred himself into the Regulars): New Armyはキッチナーの主導(例のポスターが有名)による1914年からの志願兵。あまりに多くの新兵が集まったので装備も訓練も行き届かず、待遇も正規兵とは違うものだったようだ。
p111 わたしは捨てられたのです: 気持ちがこもってる感じなのはセヤーズさんの実体験から?
p114 ここら辺のやりとりはContract bridgeのビッド。ピーター卿とビッグズ、フレディと大佐がペア。このビッドはワン・ノートランプ(切り札無しで7トリック勝つ)で成立、ダミーはビッグズ、最初のプレイヤーはフレディ。最初のトリックはピーター卿がハートのエースで勝ち、次のトリックが始まる前にメルヴィルが登場。(ブリッジはアガサさんの『ひらいたトランプ』を読んでから、ちゃんとしたことが知りたくなって勉強したなあ…)
p114 ぼくとメルヴィルの組(Melville and me): ピーター卿は対面して座りたかったようだ。
p117 二十シリングのリミット(a twenty-shilling limit): レイズの幅£1=8730円(1926年基準)、結構な額だと思うが、ギャンブラーには不満。
p120 メルヴィルの部屋(Melville in his own room): 舞台はクラブだが、メンバーには自室が用意されるものなのか。
(2020-2-15記載)

⑷The Bibulous Business of a Matter of Taste (初出 短篇集”Lord Peter Views the Body” Gollancz 1928): 評価4点
なんでこんなの書いたんだろう。作者本人が執筆したファンアート(二次創作)。おまけに銃の名手という属性までつけて… 呆れます。
p129 お馴染みのウィムジイ面: narrow, beaky face, flat yellow hair, and insolent dropped eyelidsと表現。
p131 ボンネットばかりが目立つ巨大なルノーのスーパー・カー: Renault Reinastellaか。(1928年なので、モーターショー出品時の名称Renault Renahuitが正確か) 前のモデル40CVならそれほどボンネットのお化け感は無い。
(2020-3-10記載)

⑸The Queen’s Square (初出 短篇集“Hangman’s Holiday” Gollancz 1933)
⑹ In the Teeth of the Evidence (初出 短篇集“In the Teeth of the Evidence” Gollancz 1939)
⑺Striding Folly (初出Strand Magazine 1935-7)
⑻犯罪実話The Murder of Julia Wallace (初出Evening Standard 1934-11-6, 加筆して研究書“The Anatomy of Murder: Famous Crimes Critically Considered by Members of the Detection Club” Bodley Head 1936に収録)
⑼探偵小説論 “Great Short Stories of Detection, Mystery, and Horror” Gollancz 1928の序文

No.6 7点 箱の中の書類- ドロシー・L・セイヤーズ 2020/01/02 20:12
1930年出版。By Dorothy L. Sayers & Robert Eustace. Ernest Benn初版の副題はScientific Murder(その後、他社の版にこの副題は登場せず。) 翻訳はとても読みやすかったです。
全篇手紙など手記で構成されてるし、ピーター卿が登場しないので(レギュラー・キャラではサー・ジェイムズ・ラボックが登場)ちょっと読むのに時間がかかるかな?と思ったらあっと言う間に読んじゃいました。1930年代の英国好きならとても楽しい読書になるはず。作者お馴染みの女性と男性、新潮流と伝統、などの対立が裏テーマ。副題にたがわず科学の話題も豊富(アインシュタイン、宇宙論、エントロピー、生命の謎、などなど)で、ここら辺は理系人間の存在を感じさせます。(手記52の会話とか研究室の描写など特に)
構成は上出来で、手記の書き手によって登場人物の印象が変わるところが上手に表現されています。そして、まさかの大ネタ!(子供の頃、夢中になってMGの『1964年の名著(ネタバレ自粛)』を読んだものです… もしかしたらあの本には本書への言及があったかも。本が見当たらず未調査。)
Letters of Dorothy L. Sayers(ed. by Barbara Reynolds)を読むと、当時、セヤーズさんはウイルキー・コリンズ伝(結局未完)を書くため色々調べていて、1928-11-19付けの手紙に、今度の作品は「一人称語りの集成 a la Wilkie Collinsでやってみる」と書いています。
共作となった経緯は、1928年3月ごろロバート・ユースタス 本名Eustace Robert Barton(1854–1943)と何かのきっかけで知り合い、90年代のL・T・ミード夫人との共作みたいなのも良いですね、ピーター卿じゃなくて新しいキャラで、でも変てこな特徴を持つ探偵たちがすでに沢山いるので新基軸を思いつくのは大変!とか言ってるうちに、ユースタスが毒キノコと大ネタを提供し、セヤーズさんがそのアイディアを気に入り長篇となったようです。(上記書簡集より)
その後もセヤーズさんはユースタスに医学的アドヴァイスを求めStrong Poisonの考証を依頼したりしてます。
以下トリビア。(訳注が行き届いているので、ほとんど訳注ネタを広げてるだけ…) 本作への注釈のWebページを見つけました。www.dandrake.com/wimsey/docu.html 当時の科学知識について詳しい様子。(その内容はよく読んでません) そこからのネタは[DAND]と表示。
作中時間は1928年9月から1930年11月まで。
現在価値は英国消費者物価基準1928/2020で63.24倍、1ポンド=8916円で換算。
p9 第1部 統合(Synthesis): ヘーゲルのthesis, antithesis, synthesisではなくて「第2部 分析」(p161)Analysisの対義語として使っているのでしょう。
p11 安静療法… 夢や潜在意識: この家政婦は精神分析医(p74)にかかっている。米国人の金持ちの道楽かと思ってたが、結構一般的だったのか。
p12 今この国に女性が200万人もよけいにいる(two million extra women in this country): 大戦による若者の戦死が原因。今更気づいたのですが、セヤーズさんが繰り返しテーマにしてる女性の社会進出ってそーゆーことですね。
p15 ストーム・ジェイムスン(Storm Jameson): Margaret Storm Jameson(1891-1986) ジャーナリスト、小説家。
p22 一足10シリング… 商店で同じ品質のものを買ったら、安くても15シリング: 10シリングは4958円。15シリングは6687円。靴下1足としてはかなり高価な気がする。自己評価が過大ということか。靴下の広告(Wilson Brothers製、土曜夕刊ポスト誌1928)を見ると高くても1足1ドル=1600円ほど。
p24 バンジー(Bungie): このニックネームの由来は何? リーダース英和では、チーズとかバンジー(ジャンプ)のコードとか…
p25 トッテナム・コート・ロードで買ってきたような、芸術品まがいのもの(all arty stuff from Tottenham Court Road): 大英博物館が近い。
p25 家には“お手伝いさん”がいる— あの夫婦なら当然だよな(They keep a ‘lady-help’ — they would!): 当時の「家政婦」の上品な言い方かな?後ろのthey wouldはその言い方を馬鹿にしてるんだと思います。家の主人の手紙の中ではcompanion(アガサ姉さんの作品に出てくるやつだ) 確かにこの人、夫婦の会話に割り込んできたりして違和感があった。maidじゃないんですね… (だとすると、登場人物紹介で「家政婦」というのはちょっと… 「話し相手(コンパニオン)兼家政婦」くらいでどう?)
p28 マイケル・アーレンの最新作(the latest Michael Arlen): Michael Arlen(1895-1956) 作者の別の作品にも登場する当時の流行作家。当時の最新作はYoung Men in Love(1927)
p28 腺だよ、腺が問題なんだ、とバリーなら言うところ(Glands, my child, glands are the thing, as Barrie would say): J. M. Barry(1860-1937)作Dear Brutus(1917初演)Act IIのセリフFame is rot; daughters are the thingのもじりか。
p29 ニコルソンが『英国伝記文学の発達』(Nicholson’s book on The Development of English Biography)の中で主張… “純粋な”伝記(‘pure’ biography)の時代はもう終わり、これからは“科学的伝記”(‘scientific biography’)の時代になる: Sir Harold George Nicolson(1886-1968)の著作(1928) コリンズ伝は‘pure’ biographyとする予定だったのでしょう。
p29 フランスの金言のとおり、すべてを理解すればすべてを許せる: トルストイ「戦争と平和」が元と思われるTout comprendre, c'est tout pardonner.のことですね。
p30 署名、ジャッコ、ほとんど人間に近い猿(Signed Jacko, the almost-human Ape): Gus Mager作の名探偵パロディ漫画Sherlocko the Monk(1910-1913)「お猿のシャーロッコー」を思い出しました… (この漫画、ドイルの抗議で有名ですが、全篇Arthur Conan Doyle Encyclopediaで無料公開されてます。)
p31 “結婚式の客”のように話を聞く…: Coleridge作Ancient Marrinerより。The Wedding-Guest stood still, /And listens like a three years' child: (…) The Wedding-Guest sat on a stone: /He cannot choose but hear; (…)
p32 ぼくは平和を愛する(I'm a man of peace, I am): [DAND] John Masefieldの小説Captain Margaret(1908)の第1章THE "BROKEN HEART"から
p33 チェスタトンがどこかで、偉大なるヴィクトリア朝の妥協について語っていた(Chesterton speaks somewhere of the great Victorian compromise): The Victorian Age in Literature(1913)第1章 The Victorian Compromise and Its Enemiesのことかな?
p34 リバティーの花柄カーテン: Liberty百貨店か。
p36 ホルマン・ハント(Holman Hunt): William Holman Hunt(1827-1910) ラファエル前派の画家。
p39 クーエ療法: この小説によると毎日、朝20回「わたしは冷静、強い、自信がある」、夜20回「わたしは満足し、安らかだ」と唱える精神療法らしい。薬剤師Émile Coué(1857-1926)が1910年に創始した自己暗示法。ナポレオン・ヒルなど米国人に影響を与えた。
p39 熊氏(the Bear): 家の主人George Harrisonが何故コンパニオンから手紙の中で「熊」と呼ばれているのか?It was always the dream of my childhood to sit upon an iceberg with a bear.と語っていた熊好きの宗教・神話学者Jane Ellen Harrison(1850-1928)と関係あり?
p42 J・D・べレスフォード『声に出して書く』(Writing Aloud): John D. Beresford(1873-1947)作の小説(1928)
p43『貞淑な乙女』(The Constant Nymph): Margaret Kennedy(1896-1967)作の小説(1924)
p43『甘唐辛子』(Sweet Pepper): 訳注なし。調べつかず。原文はShe thought Sweet Pepper was powerful, but nevertheless there was something about it that redeemed it. 作品名ではなく、実は食べ物の「ししとう」のことを言ってる?
p44『冬が来れば』(If Winter Comes): A. S. M. Hutchinson(1879-1971)作の小説(1921)
p54 少額ながら、小切手を同封します。時や国を問わず、つねにふさわしい贈り物だと思う(I enclose a little cheque, as an offering which is always suitable in every season and country): 禿同。
p55 下水設備: アウトドア生活でトイレは大きな問題ですよね。特に女性にとっては。
p59 ギルバート・フランコーの新しい本: チェスタトンにすら訳注がついてるのに、ここには無し。Gilbert Frankau(1884-1952) 英国作家。作品はSo much good: A novel in a new manner(1928)のことか。(内容は調べつかず。コンパニオンが読んだ本という設定だが…)
p71 前渡金100ポンド、五百部まで10パーセント、千部まで15パーセント、以後20パーセント、それに次の二作は前作の最高レートから始める(£100 advance, 10%, to 500, 15% to 1,000 and 20% thereafter, with a firm offer for the next two beginning at top previous rate): 前渡金89万円。多分かなり割のよい契約。著者印税って常に一割だと思っていました。
p72 新しいタイトル: セヤーズさん(かユースタス)が当初考えてた本作のタイトルはThe Death Cap。Capはキノコの傘、Black Cap(死刑宣告時に裁判長がかぶる帽子)のイメージも喚起。
p81 印刷所は理由があってわたしを迫害する(Printers have persecuted me with a cause): KJVの一部の版(1612)のミスプリをもじった。詩篇119:161 「もろもろの侯はゆゑなくして我をせむ」(Princes have persecuted me without a cause)の冒頭をPrintersとしていた。("Printers Bible", Wiki: Bible errataより)
p84 ハルパガスの饗宴… 茹でた赤ん坊(Harpagus-feast of boiled baby):「メディアのハルパゴス」(wiki)参照。ずいぶん酷い話だけど、比べると我が国の「菅原伝授手習鑑 寺子屋の段」は異常。これに感情移入してしまうメンタリティは昔から社畜傾向が強いということか。
p85 イースターまでは動けない。家賃を四半期分払っている(but I must stay on till Easter, because the rent is paid up to the quarter): 1月から3月まで支払い済みということか。1929年の復活祭は3月31日。家賃は四半期払いが通例だったのかな?英国小説で敷金・礼金は読んだことはないが…
p87 七シリング六ペンス: 3343円。当時の新刊ハードカヴァーの定額。
p87 無意識… 一夫一婦制… 女は真実を語れるか?、妻は本を出すべきか、子供を産むべきか?(Should Wives Produce Books or Babies?)… 今日の伯母のどこがおかしい?(What is wrong with the Modern Aunt?): 当時の週刊誌ネタ。最後のは意味がよくわかりません…
p100 ウィンチェスター校のネクタイ: そーゆーもので出身校を表明するって、あざとい風習ですけどわかりやすいですね。英国の私立大学においてはスクールタイと呼ばれ、大学を示すためのネクタイは19世紀頃から広く普及、とのこと。Regimental Stripeデザイン(幅広の斜めストライプ)のネクタイは、意味がある場合があるので避けた方が無難なようです。
p100 パン焼き用フォーク(toasting-forks): パンを火に炙ってトーストにする時に使う柄の長いやつらしい。
p102 クリッペン… バイウォーターズ… 死んだ妻を浴槽に隠し… 蓋の上で食事していた男: セヤーズさんが大好きな犯罪実話より。Hawley Harvey Crippen(1862-1910)、Frederick Edward Francis Bywaters(1902-1923)、最後のはGeorge Joseph Smith(1872-1915)でしょうね。
p106 ヒチェンズやド・ヴィア・スタックプール: Robert Hichens(1864-1950)、Henry De Vere Stacpoole(1863-1951) 恋愛小説家の代表として挙げられている。
p118 ローラ・ナイト: Laura Knight(1877-1970) 女流画家の先駆け的存在。Self Portrait with Nude(1913)などで物議を醸し出してたようです。
p120 ペトラ(Petra)… ロロ(Lolo): Francesco Petrarca(1303-1374)とLauraのこと。p126参照。
p137『聖なる炎』(The Sacred Flame): サマセット・モーム作の戯曲(1928)
p144 特急は… 定刻どおり9時15分にニュートン・アボットに到着した(The express... reached Newton Abbot dead on time at 9.15): やはり昔の英国鉄道は時間に正確だったのか。(そーでないとクロフツの作品が成立しない。)
p145『ジャマイカの烈風』(High Wind in Jamaica): Richard Hughes(1900-1976)作の小説(1929)、海賊のくだりが良くないようです。
p145 ローカル線… ようやく20分遅れで… 着いた(the local... we were turned
out, twenty minutes late, on the platform): 昔の英国鉄道は「概ね」時間に正確ということか。
p148 スコットランドでは“バット・アンド・ベン”と呼ばれるもの: But and ben (or butt and ben) Wikiによるとouter room(リビングやキッチン)がbutで、inner room(寝室)がbenらしい。
p152 コンデンス・ミルク: 新鮮なミルクが得られないので日持ちする牛乳の缶詰ということ。冷蔵庫がない時代の工夫。
p154 アナトール・フランスの言うとおり、人はつねに、いや少なくともたいていは、具体的な言葉を用いてものを考える: Anatole Franceのこの引用は調べつかず。
p159 つい最近、着ている服にガソリンをかけて火をつけ、自殺した男がいた: 実際の事件が何かあったのか。なおBlack Thursday(1929-10-24)に多数が自殺、というのは当時の統計を分析するとデマ(か自虐ジョークの誤伝)らしい。
p164 特別な神慮のように(like a special providence): 訳注はthere's a special providence in the fall of a sparrow. (Hamlet Act5 Scene2)の引用としている。
p164 自分がはまり込む穴を掘っていた… 聖書に出てくる邪悪な男みたいに(he was digging a pit for himself to fall into, like the wicked man in the Bible): 伝道の書より。Ecclesiastes 10:8 He that diggeth a pit shall fall into it (KJV)
p164 ラテン語で、神は破壊しようとする人間をまず狂わせる(something in Latin about when God wishes to destroy anybody He first makes him mad): “Whom the gods would destroy”(wiki)によると17世紀にthe neo-Latin form "Quem Iuppiter vult perdere, dementat prius" (Whom Jupiter would ruin, he first makes mad)という例あり。
p167 検死審理: Inquestの定訳はまだないのだろうか?
p167 ジョージ・ハリソン(五十六)(George Harrison, aged 56): [DAND]息子は1928年10月で36歳。父は20歳で結婚(p52)とある。父が死亡時(1929年10月)に56歳なら息子は結婚前に仕込まれたのでは?
p190 私立学校(パブリック・スクール)で教育を受けた人がやらないこと: 同窓生を裏切ることを意味しているようだ。
p191 舌は疲れを知らない器官(An unruly member)… 聖書にはそうある:「ヤコブの手紙」より。James 3:5 Even so the tongue is a little member(...) 3:8 But the tongue can no man tame; it is an unruly evil (KJV) 3:5 斯くのごとく舌もまた小きものなれど(...) 3:8 されど誰も舌を制すること能はず、舌は動きて止まぬ惡にして(文語訳)
p195 五ポンド札一枚賭ける: 44580円。当時の流通紙幣5ポンド以上はBank of England発行のWhite Note(白地に黒文字、絵なし。裏は白紙)。5ポンド紙幣は195x120mm。
p197 ニューズ・オヴ・ザ・ワールド: セヤーズ作品お馴染みの煽情週刊誌。実はモータージャーナリストの夫が寄稿してた週刊誌なので、楽屋落ちなんですね。妙に車やバイクの描写が詳しい(ダイムラー・ツイン・シックスとか)と思ったら付き合ってる男の影響だったのか。
p208 ベヴァリー・ニコルズやロバート・グレイヴズといった青年たち: Beverley Nichols(1898-1983)、Robert Graves(1895-1985) 家庭内の出来事を書き散らす代表として挙げられている。
p238『ロッサムの万能ロボット』(Rossum's Universal Robots) : チェコ人チャペックの戯曲(1921)、英語訳Paul Selver、英国初演1923年。
p241 卑しい虫けらになったように感じる: セヤーズ作品では終盤いつもこうなります。私が日本作品をあまり読まないのは、邦人が登場するとフィクションの犯罪でもなんだかとても生っぽい感じがして楽しめないからなのです。
p243 陰気なアランデル画が何枚も(a series of melancholy Arundel prints): 訳注 美術の普及を推進するアランデル協会発行の複製画。Arundel Society(1849-1897) 美術保存の啓蒙のため、過去のイタリア絵画、特にフレスコ画を印刷した。1904年創設のArundel Clubが意を継ぎ、重要な絵画の複製を普及させている。(現在は活動してないのかな?)
p243 牛肉、おしゃべり、教会、無作法、ビール(Beef, noise, the Church, vulgarity, and beer): オックスフォードの誰かが1920年代にこう言ってたらしい。Five things these Chestertonian youths revere: Beef, noise, the Church, vulgarity and beer! (One Sword at Least: G. K. Chesterton(1874-1936) by Anthony Cooney(1998)の冒頭から)
p245 シロアムの塔の下敷きになった18人(eight on whom the tower of Siloam fell): ルカ伝 13:4 Or those eighteen, upon whom the tower in Siloam fell, and slew them(KJV) 原文の誤り(eight)を翻訳ではこっそり直してます。でも登場人物が誤って覚えてた設定なのかも。
p246 みんな、たがいの体の一部: エペソ人への手紙 4:4-16のあたり
p246 “猿と虎”先祖説(ape-and-tiger ancestry): 調べつかず。
p254 クリッペンと無線(Crippen and the wireless): その逮捕にはwireless telegramが役に立った。
p256 ハイドンの『天地創造』… ティンパニーが静かに、容赦なく、同じ音程で鳴る、あの部分…「そして神の魂は、水の面を動き… 光あれ、そして光が」: 第一楽章の序曲から合唱が静かに入り「光」のところで衝撃的に盛り上がるところ。
p259『月長石』でいつ爆発が起きるのかと尋ねる、あの善良な婦人: Fourth Narrativeの中程の場面、Mrs. Merridewの可愛いセリフ。

(2020-2-2修正)
Bank of Englandに紙幣のサイズを明記したページWithdrawn banknotesがあったので修正しました。

No.5 6点 ベローナ・クラブの不愉快な事件- ドロシー・L・セイヤーズ 2019/11/25 00:08
1928年7月出版。ピーター卿第4作。安定の浅羽訳。Bill Peschelのホームページplanetpeschel.comにあるAnnotating Wimseyからのネタは[BP]で表示。
英国のクラブという不思議な場所が舞台。おっさんの居場所としては羨ましい制度だと思います。今回の主題は大戦で戦ったのに酷い境遇になったものへのやるせない想い。あとは結婚って結構良い仕組みという作者の実感。ミステリとしては推理味はあまりなく、ストーリーの流れで読ませる作品。
以下、トリビア。
作中時間は物語の冒頭が11月11日。作中に第2作目への言及があり、パーカーの地位から『不自然な死』のあとの事件であることは明白。となると1927年11月11日で確定です。
現在価値は英国物価指数基準1927/2019で62.3倍、1ポンド=8767円として換算。
p9 苔面爺さん(OLD MOSSY-FACE): 第1章の題名だけカードの主題(ブリッジか)から外れてるようなので、いろいろ調べると、かつてトランプが課税されてた時代のもしゃもしゃしたスペードのエースの図柄のことらしい。英wikiにOld Frizzleとして項目あり。
p10 戦没者記念日(remembrance-day): 11月11日。「休戦記念日(Armistice Day)」と同意で第一次大戦終了の日。別名Poppy Day。赤いヒナゲシの花(The remembrance poppy)を戦没者哀悼の印として胸に飾る。Kurt Vonnegutの誕生日で米国ではArmitish day。ヴォネガットは名称がVeterans dayに変わった(1954)ことを嘆いていました。
p16 色の黒い痩せた男(a thin, dark man): お馴染み「黒髪の」
p23 一流連隊の士官株購入(buying him a commission in a crack regiment): Purchase of commissions in the British Army(wiki)に詳細あり。英国陸軍1683-1871の慣習だったようです。(海軍にはなかったらしい。)
p28 十一月五日… 水晶宮… ハンプステッド・ヒースかホワイト・シティ: 11/5は訳注なしですがガイ・フォークス・ナイト。[BP]三つの場所はいずれも小高くなってて花火見物に適している所。
p30 二千ポンドほどの… 有価証券: 1753万円。当時年に100ポンドの利息。利率5%
p36 バッハ… パリー: [BP]で知ったのですがセヤーズさんはOxford Bach Choirのメンバーだったのですね。どうりで古楽に親しんでいるわけだ。[BP]訳注では詩篇の引用となってる「何となれば人は」はHubert Parry(1848-1918)の“Lord, Let Me Know Mine End” from “Six Songs of Farewell”(1918)
p50 ビスケー湾(Bay of Biscay): [BP]英仏海峡で一番荒れるコース。食事したの「反対」とは「吐いた」の意。
p57 誰だかの書いた話に出てくる不運な幽霊みたいに(like the unfortunate ghost in that story of somebody or other’s): 姿が見えず声も届かないので意思疎通が出来ないシチュエーション。どこかで聞いたような話ですが、調べつかず。同ネタいろいろありそう。
p71 二ポンド十シリング(two pounds ten): 約2万2千円。老紳士が外出する際に持っていたお金。
p72 Jペン(‘J’ pen): ペン先の種類。かつてはA-Zまであったらしい。今も残るのはGペン。vintage nibsで検索すると色々出てきます。
p74 わかった、スティーヴ(I get you, Steve): 訳注 当時の流行語「がんばれスティーヴ」のもじり、となっていますが [BP]によると初出はW.L. George作 The Making of an Englishman(1914)で由来不明とのこと。
p80 コッカーに則っている(according to Cocker): [BP] 英国では算数の教科書Cocker's Arithmetick(1677)が150年以上使われ、absolutely correct, according to the rulesの慣用句となった。(英wikiにより修正)
p80 八シリング十六ペンス(eight-and-six-pence): 原文はどう見ても「8シリング6ペンス」(=3726円) 簡単な化学分析1件の値段。
p81 フラットとなると店子は雑用をこなすのも手伝いを雇うのも、全て自分: 家具付き下宿(furnished apartments)だと大家がいろいろやってくれるが「フラット」だと違うらしい。
p82 二度鳴らす(rung twice): 下宿の場合、ドアベル1度だと地下の大家が出てきて、2度だと1階の住人が顔を出す仕組みのようです。(ピーター卿は世情を知らなかったと評されている。) 探すとWilkie Collinsの劇“Miss Gwilt”(1875)に表玄関のドアベルが鳴ってlodgeのメイドがOne ring for the first floor, two rings for the second, and so on up to the garretと言うシーンがありました。(このlodgeには地下室が無いので1回が1階の意味なのか)
p83 六シリング六ペンス: 2849円。多分ウィスキー1本の値段。
p87 『ロージィの週間小話』の<ジュディスおばさん>欄(Aunt Judith of Rosie’s Weekly Bits): 週刊誌?調べつかず。架空のものか。
p103 自動交換式(automatic boxes): ロンドン最初の電話ボックスは1903年。有名な赤い電話ボックス(K2)は1926年から設置。最初ダイヤルなしの電話で、必ず交換手に依頼する方式。1925年ごろからコインボックスと(AとBのボタンと)数字だけのダイヤルが付き、同じ局内なら番号だけ回せば自動で繋がるようになった。違うエリアにかけるときは交換手を呼び出す仕組み。やがて英字もダイヤルに示されるようになりWIMbledonならWIMと回せば局番違いでも繋がるようになった。この小説の時代だと数字だけのダイヤル式だと思われる。ここに出てくるチャリング・クロスとメイフェアの間は約1.8kmなので同じ局内だったのかな?
p103 地区伝言会社(A district messenger)の者が手紙を(with a note): 訳注 現在のバイク便のようなもの。英wikiにTelegram messangerとして項目あり。米国なら民間会社ですが、英国では中央郵便局(G.P.O.)がユニフォーム姿の少年たちを使って自転車で電報を配達してました。(なのでここは「配達の少年が電報を」という意味ですね。)
p112 一シリング(a shilling): 438円。タクシー運転手へのチップ。乗ったのはポートマン広場からハーリー街まで。距離0.6マイル。現代ならタクシー代は約750円。
p120 熊の見世物小屋(beargarden): 1576年から1682年までロンドンにあった見世物劇場。熊だけじゃなく馬や雄牛や犬も登場する残酷ショーが繰り広げられたらしい。英wikiに詳細あり。
p257 ジョージ・ロービイ(George Robey): ミュージックホールの喜劇スター(1869-1954) ここの引用“getting up from my warm bed and going into the cold night air”は調べつかず。
p277 オースチン・フリーマン『声なき証人』(A Silent Witness): ネタバレあり?作品を読んでないのでわかりません。
p304 腰をおろせば悲劇も喜劇になる(you could always turn a tragedy into a comedy by sittin’ down): [BP] Possibly Henri Bergson, quoting Napoleon. ベルグソン『笑い』第5章からの引用。座ると自分の肉体を思い出すので、ドラマチックな悲劇的気分が抜ける、という話らしい。
p307 一日じゅうペイシェンスをやっていました。…一番簡単な...<悪魔>…(I played patience all day... the very simplest... the demon...): ピーター卿のセリフ。米国ではCanfield。(Klondikeも別名Canfieldですが違う遊びです。) wiki「キャンフィールド」参照。iOSの無料ゲームがあったので遊んでみましたが完成が難しい。選択の余地がほとんどない運任せのソリティア。1890年代Canfield Casinoで参加料50ドル(=16万6千円)を賭け、台札1枚成立につき払い戻し5ドル、完成したら賞金500ドル。1ゲーム当たり平均5-6枚の払い戻しで胴元は大儲けだったらしい。(賭け金が高すぎるような…)
p313 女同士、はたして打ち明け話などするものだろうか: 作者の実感っぽい。
p323 牡蠣に火を通すのは主義に反する(opposed on principle to the cooking of oysters): 昔は西洋人が生で食べるのは牡蠣くらいのものだった。
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イアン・カーマイケルのBBCドラマ(1973、4回×45分)を見ました。ポピーとかスティック型の電話とかディテールがちゃんとしてます。ピーター卿も嫌味がなくて良い感じ。
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(2020-4-17追記)
The Saturday Review of Literature October 27, 1928に掲載された本作の評は、ハメットの手によるものらしい。(Don Herron主宰のWebサイト “Up and Down These Mean Streets”のHammett: Book Reviewer参照)
「かなり良い探偵小説になるはずだった作品。犯罪やそれに至る動機は相当に納得のいくものだ。[評の中盤はストーリーの要約なので省略] だが展開が遅すぎる。これが本書の問題点。展開が遅いので読者をびっくりさせられない。筋を予想する時間がたっぷりあるので、特に鋭敏でない読者にも一章分から六章分くらいの先が余裕で読めるだろう。」
ハメットが考える探偵小説のポイントとは、まともな動機と展開のスピード感と読者を驚かせることだったのか… (ストーリー要約以外は全文を翻訳しました)

No.4 6点 不自然な死- ドロシー・L・セイヤーズ 2019/11/09 21:29
1927年出版。ピーター卿第3作。創元文庫、浅羽さんの訳はすこぶる快調。私の参照した原文(Open Road 2012)にはドーソン家=ホイッテカー家の系図がついてました。これがあると関係を理解しやすいですね。
本作には『誰の死体?』の一行ネタバレ(p50)あり。シリーズは順番に読んでるのが当然と作者は配慮無しです。
本作でのセヤーズさん(本人の読みはイ抜き)の話題は、癌の研究、貧困問題、英国の田舎の家族の歴史、相続法など幅広く、ジャーナリスト的というより歴史家、社会改良家の眼差し。
いや〜冒頭から良い展開ですね。小ネタも結構面白い。うわさ話の描写が上手、軽薄なピーター卿のキャラも良い… と14章までは文句なかったのですが、その後モタモタ後半にはやり過ぎ感すらあり。全体的に記述が長め、もっと刈り込めます。(『五匹の赤い鰊』以降の文庫の厚さを見ると、うう、先行きが心配…)
作中で繰り返される「結婚なんてしない」モチーフは当時、女性完全参政前夜(1928年英国普選成立)で女権拡張運動が盛り上がっていたことと関係あるのかな?(作者自身は1926年4月に結婚。1924年には未婚のまま息子を出産してます。)
大ネタは皆さんおっしゃるように有名なもの。(確実性には疑問あり。危険性は大いにあるらしい。)
CarrとAgathaがほぼ同時に登場して、もしや!と思ったけど当時Carrはまだアマチュア、偶然の一致ですね。
以下、トリビア。
作中時間は問題なし。冒頭(物語の始まり)は1927年4月中旬以降。日付と曜日(27日水曜日,p85)も一致。
現在価値は英国消費者物価指数基準(1927/2019)で62.30倍、1ポンド=8420円で換算。米国消費者物価指数基準(1927/2019)は14.76倍、1ドル=1596円。
p15 癌(cancer): 1926年に疫学的基礎となる比較研究がJanet Lane-Clayponにより発表されたらしい。
p27 火葬 (crematorium): 当時は本書の記載によると何か揉めると本人の希望でも火葬の許可が降りず、後で調べるため埋葬される。調べると、英国では墓地が混み合っていたもののWWIまで火葬への反対は強く、1930年でも英国全体で火葬は5%少々とのデータあり。
p30 探偵のホークショーです(I’m Hawkshaw, the detective): 訳注では「戯曲に登場した初の探偵」となってるけど、その劇THE TICKET-OF-LEAVE MAN (1863)ではHawkshaw, the 'cutest detective in the forceで「警察の刑事」。ここは「探偵」の意味なのでシャーロック・パロディの米国新聞漫画“Hawkshaw the Detective”(1913-2-23〜1922-11-1)を指してる可能性の方が高いのでは? (1937年の映画も見ました。英語があんまり分からなくても楽しめる犯罪メロドラマ、Webで無料あり。)
p35 おめがねさん(porcupine): 原語の意味は「ヤマアラシ」。「子供の言い方を借りれば」とある。似た語を探すとconcubine(情婦、おめかけさん)か?この訳でなんとなくわかるのですが…
p41 悠々自適の女の人(a retired lady in easy circumstances)… 年収800ポンドくらいの(about £800 a year)…金持ち(wealthy)[じゃない程度で]: 800ポンドは674万円(月56万)。ピーター卿の感覚、まーこのくらいなら金持ちじゃないのか。
p41 とりあえず50ポンド: 42万円。探偵の準備にポンとお金をばら撒くピーター卿。
p42 ペニー玉は決して切らさない… ガス湯沸かし器のことがありますから… (without pennies—on account of the bathroom geyser): コインをスロットに入れるとガスが供給される自動販売システムのことですね。集配人が来る前にコインボックスが一杯になって動かなくなる悲劇とか、別のコイン(外国製の安いやつなど)で使えちゃう場合があるとか、色々不都合はあったらしい。各戸集配とか値上げの時とか大変なシステムだと思うのですが…
p45 貴族め!吊るし首だ!(Aristocrat! à la lanterne!): フランス革命期の唄Ah ! ça ira(1790年5月ごろ)より。「サ・イラ」(wiki)参照。
p45 ノッティング・デイルの女性人口(female population of Notting Dale): Notting Daleは「ウェスト・エンドの地獄」と呼ばれたこともある最貧地区。ということは売春婦のことか。
p47 週3ギニー半(3 ½ guineas weekly): 32217円。快適な寝室と居間に三食ついての料金(下宿)。月額14万円。
p48 ガイ(Guy‘s): 訳注 ロンドンの大病院。登場人物の看護師が訓練を受けたところ。Guy’s Hospitalは1721年からの歴史がある病院。英wikiにも項目あり。teaching hospital(医療従事者を訓練する病院)という位置付けらしい。
p49 赤毛の看護婦(red-headed nurse): 赤毛の看護婦は強気で警官も撃退できる、というネタ、ペリー・メイスン(『おとなしい共同経営者』1940など)に出てくるのだけど、そーゆー一般的なイメージがあったのか。
p50 ニュース・オブ・ザ・ワールド: このシリーズお馴染みの俗悪新聞。
p70 シーラ・ケイ=スミス(Sheila Kaye-Smith): 訳注 英20世紀前半の地方作家。英wikiに項目あり。The End of the House of Alard (1923)が大ベストセラーになった。著作の主な舞台はborderlands of Sussex & Kent らしい。
p73 賭け: 同時に3種の賭け(10対1、20対1、50対1)を提案するピーター卿。慎重な貧乏チャールズは半クラウン(1053円)で受けます。後段の7シリング6ペンス(3158円)はチャールズが全部負けた時の損害額。仮にピーター卿が全負けした場合は84240円の支払い。
p73 ポニー(ponies): 25ポンド。コックニー由来のようです。Cockney rhyming slang terms for money... ‘pony’ is £25, a ‘ton’ is £100 and a ‘monkey’, which equals £500. Also used regularly is a ‘score‘ which is £20, a ‘bullseye’ is £50, a ‘grand’ is £1,000 and a ‘deep sea diver’ which is £5 (a fiver).
p74 ゴール人式の発想で尋問する(apply the third-degree in the Gallic manner): 「ゴール人式」に訳注「異質なものすなわち敵とする考え方」とあるけど、単純に「フランス流に拷問する」という意味では?
p74 『詩篇』に出てくる人たちのように罠をしかける(Like the people in the Psalms, I lay traps): 訳注「詩篇69:22か」とあるように、詩篇に出てくるtrapはそこだけ(King James Version調べ)だが、内容があまり合わない感じ。全Bible(KJV)でtrapを調べると、他はJoshua 23:13、Job 18:10、Jeremiah 5:26、Romans 11:9の四箇所。なおplanetpeschel.comによると罠をしかける場面は詩篇に豊富(35:7、38:12、57:6)という。
p78 五ポンド紙幣(£5 Note): 当時の流通紙幣5ポンド以上はBank of England発行のWhite Note(白地に黒文字、絵なし。裏は白紙)。5ポンド紙幣は195x120mm。札の出どころを調査しています。White Noteの場合、銀行で番号を記録する規定があったようですね。
p82 最新のダイムラー・ツイン・シックス(The new Daimler Twin-Six): 英国ダイムラー社製のDaimler Double-Six piston engine (sleeve-valve V12)は、ロールスロイスs6と並ぶ当時の最高級エンジン。自動車は7.1-litre(Double-Six 50, 1926)と3.7-litre(Double-Six 30, 1927)あり。記述から幌付きのスポーツタイプと思われます。
p83 マードル夫人と命名(call her Mrs. Merdle): 自動車に愛称をつけるピーター卿。
p87 調理前で1ポンド当り3シリング(it costs about 3s. a pound uncooked): 高級ハム(Bradenham ham)の値段。100g当り278円。
p88 十シリング紙幣が1枚、銀貨と銅貨で7シリング8ペンス(with a 10s. Treasury note, 7s. 8d. in silver and copper): 当時の流通紙幣のうち1ポンドと10シリングはHM Treasury発行(1922-1928)。10シリング紙幣は138x78mm、緑色の印刷、表に女神ブリタニアとジョージ5世の横顔、裏は2細胞胚みたいな図案に10シリングの文字。当時の銀貨はクラウン(5シリング)から3ペニーまで種類豊富なので省略。1920年ごろから物価上昇の影響で純銀から半銀製に変わっています。(WWI前後の比較で消費者物価指数基準1914/1924だと1.9倍。)
p99 五ポンド札三枚と一ポンド札十枚(three fives and ten ones): 1ポンド紙幣はHM Treasury発行。151x84mm、茶色の印刷、表に竜を刺し殺す聖ジョージとジョージ5世の横顔、裏は国会議事堂。
p110 相当な... お熱(quite a ‘pash’): passionの短縮形から。中年女の「女学生時代の言いかた」と書かれている。
p113 オースティン7(Austin Seven): 1922-1939生産の自動車。ちっちゃな可愛らしいデザインです。
p121 どこかの老成した男が言っているが、誰でも誰か別の人間について生殺与奪の権利を握っているのさ---一人だけだがね(Some wise old buffer has said that each of us holds the life of one other person between his hands—but only one): ピーター卿のセリフ。訳注なし。調べつかず。
p122 パンジャンドラム(the Grand Panjandrum with the little round button a-top): ガルパン劇場版にも登場?する英国面を代表する兵器は1943年発明。元の詩はSamuel Foote, The Grand Panjandrum (1755) 一度見たらどんな文章でも正確に暗唱できると豪語する俳優Charles Macklinを試すために作ったnonsense prose。従って元々は出鱈目な語。マクリンは挑戦を受けなかったそうです。以下オリジナルの引用
(前略) So he died, / and she very imprudently married the Barber: / and there were present / the Picninnies, / and the Joblillies, / and the Garyulies, / and the great Panjandrum himself, / with the little round button at top; (後略)
p149 一人10シリング(ten shillings each): 4210円。女中へのご褒美。
p157 これだから検視審問は困る。隠しておきたい情報を全部暴露してしまうくせに、手に入れる価値のある証拠は何も提供してくれない: 検視官の自由裁量権がかなり強いらしい。パーシヴァル・ワイルド『検死審問―インクエスト』(1940)の前文にもそんなようなことが書いてありました。
p165 クロックフォード(Crockford): (訳注 英国国教会の聖職者名簿) Crockford's Clerical Directory、初版1858(The Clerical Directory) 1876年からは、ほぼ毎年新版が出ている。
p167 僕は危険な運転はしない(I am not a dangerous driver): 当時、危険運転ネタは面白い話だったのでしょうね。ガードナーのメイスンとか、クレイグ・ライスのヘレンとか。ピーター卿も仲間入りです。
p167 白銀の馬力は口から泡を吹いて逸り(The snow-white horsepower foams and frets): 訳注では「出典不明」。Matthew Arnold “The Forsaken Merman”(The Strayed Reveller, and Other Poems 1849)にThe wild white horses foam and fretという一節があり、ほぼこのままの形でセヤーズさんのBusman's Honeymoonにも引用されてます。原詩では荒波を暴れる白馬に例えたもの。
p176 三シリング八ペンス(Three and eightpence): 1543円。二人分のビール代(two pints of the winter ale)と思われる。
p184 戦争… 税金がたまげるほど重くなって、何もかもばか高くなって、仕事がない人がふえただけ(shocking hard taxes, and the price of everything gone up so, and so many out of work): 嘆く老女。
p191 インゴルズビー:『インゴルズビー伝説集』(Ingoldsby Legends): Richard Harris Barham作、初出1837年。セヤーズのWho’s Bodyにも出てました。JDC『火刑法廷』にも引用があってちょっとびっくり。
p228 マイケル・アーレンって大好き... 『恋する青年』はお読みですか?: 若い夫人のセリフ。Michael Arlen(1895-1956)はアルメニア出身の作家。1920年代の英国で人気。Arlen is most famous for his satirical romances set in English smart society (wiki) Young Men in Love (Hutchinson 1927)は当時の最新作。
p229 エリナー・グリン夫人(Mrs. Elinor Glyn): 1864-1943。チャンネル諸島生まれの英国作家。その恋愛小説が当時はスキャンダラスと受けとられた。クララ・ボウで有名な<イット>の生みの親。でも今やその語を知る人は少ないような…
p234 オーピントン(Orpington): Orpington is known for the "Buff", "Black" and "Speckled" chickens bred locally by William Cook in the 1890s. (wiki)
p239 女の友情: 男の友情との対比で書かれています。納得の説明。なんか実感こもってる。後半の愁嘆場(p330)も参照。
p255『ロンドン市民』(The Londoner): 何の引用なのか調べつかず。
p268 公衆電話の場合、交換手が必ずそう言う(the operator always tells one when the call is from a public box): 当時の英国ではそう言う仕組みだったようです。なので公衆電話から家電を装うのは困難。
p269 煙草カード(cigarette-card): 1926年英国で調べるとクリケット選手とか有名な脱走とか海賊&追い剥ぎとか古い建物とか面白そうなシリーズが一杯。
p283 ブランヴィリエ公爵夫人(Marquise de Brinvilliers): 『火刑法廷』でお馴染み。What! all that water for a little person like me? というセリフは怖いですね… (Madame de Sévignéの1676年7月22日の手紙によるとC’est assurément pour me noyer, car de la taille dont je suis, on ne prétend pas que je boive tout cela.)
p284『おお霊感、孤独なる子よ、生まれし野生の森の歌を囀り』(O Inspiration, solitary child, warbling thy native wood-notes wild): ミルトンの詩を元にヘンデルが作曲したオペラL'Allegro, il Penseroso ed il Moderato HWV 55(1740)のNo.31 Airより。歌詞はOr sweetest Shakespere, Fancy's child, Warble his native wood-notes wild.(以上planetpeschel.comによる)ミルトンの原詩(L’Allego 1645)もこの部分は全く同じなので、原作が元ネタかも。
p300 十シリング札一枚、六ペンス玉一枚、銅貨が二、三枚(Ten-shilling note, sixpence and a few coppers): 当時の6ペンス硬貨は.500 Silver、ジョージ5世の肖像、直径19mm、2.88グラム。
p304 『ブラック・マスク』(an American magazine—that monthly collection of mystery and sensational fiction published under the name of The Black Mask): 1927年5月以降は「The」無しの「Black Mask」に改題。英国版は1923年から刊行。当時128ページ、9ペンス(=316円)の月刊誌。米版同月号(20セント=319円)に時々1・2話を追加した造り。表紙も同じイラスト。1926年〜1927年ごろはガードナーやハメットやキャロル・ジョン・デイリーなどが活躍、表紙は西部劇っぽいイラストが多い感じ。
p319 オースティン・フリーマン(Austin Freeman): ここネタバレあり?私には具体的な作品名がわかりません。
p335 ウィルキー・コリンズが「探偵熱」と呼んだもの(Wilkie Collins calls “detective fever”): オリジナルはThe Moonstone (Third Narrative, 3. Chapter III) “I call it the detective-fever”
p338 さて顔というのは見間違え易いが、背中を見誤るのは不可能に近い(Now it is easy to be mistaken in faces, but almost impossible not to recognise a back.): これは重要な真理。見慣れた人のちょっとした仕草は正体をすぐに表すものです。進化の過程を考えると誰にでも備わってるはずの認知能力。そこに配慮してない変装等のトリックは一切信じられませんね。
p361 七ポンド六シリング(seven and six): 上述p73参照。なので「7シリング6ペンス」が正しい。
p364 醜怪な黒い旗の掲揚を告げる八点鐘(the eight strokes of the clock which announce the running-up of the black and hideous flag.): black flagは訳注で「死刑執行の旗」、調べると「死刑執行完了」を知らせる旗で、ドン・シーゲルの映画『ビッグ・ボウの殺人』(The Verdict 1946) Sidney Greenstreet, Peter Lorre出演でロンドン1890年の話、ハーディーの小説Tess of the d'Urbervilles (1891)に出てくるらしい。昔の習慣のようです。

(追記2019-11-10)
最後の日蝕(eclipse)について書くのを忘れてた。日蝕の記録は部分蝕を含め正確に残ってるはずなので調べたらラストシーンの日付が確定するはず… なんですが、面倒なので調べていません。上のトリビアで時々参照してるPlanetPeschelのホームページの注釈でも項目立てしてるけど答えがまだ書いてないし。
Bill Peschelさんのページにはウィムジーシリーズ各作品の注釈や写真が豊富に載ってます。第2作目まで完成してますが、それ以降は作成中。英語がもっと上手なら参戦したいなあ。(アガサさんのスタイルズと秘密組織の注釈本やシャーロック同時代のパロディ集成も出版してるようです。)

(2020-2-2修正)
Bank of Englandに紙幣のサイズを明記したページWithdrawn banknotesがあったので修正しました。

No.3 7点 雲なす証言- ドロシー・L・セイヤーズ 2019/09/29 21:24
1926年出版。シリーズ第2作。実は法廷もの。クリスティもクロフツもデビュー作(1920)で法廷シーンを書いたけど出版社から書き直しを命じられています。英国人は法廷好きですね。でもかなりの専門知識を要します。本作の法廷シーンは設定が凄い。セヤーズさんはしっかり調べてると思います。(助言者が周りに沢山いたんじゃないかな?)
相変わらず音楽の趣味(バッハとパーセル)が良くてニヤニヤしてしまいます。身内の犯罪、ということで、作家の内的イメージ(家族観とか家族の中の立ち位置とか)も試されるテーマ。一人っ子かお姉さんタイプだと見ました。(wikiで確認したらan only child… 我が観察力も捨てたもんじゃないね、と自画自賛。)
起伏に富んだ本格もの。(いかにもな平面図やメモの写しp390が出てきます。) 語る工夫が見事で退屈なところがほとんどありません。手がかりの提出が上手く、ぴったり組み合わさった時の気持ち良さ抜群。途中で推理の筋を読者に明らかにしてるのも良いですね。ラストシーンは「楽しければ良いんじゃね?」というセヤーズさんの宣言。なので作中のご都合主義にも目をつぶります。次の作品もとても楽しみ。
献辞はなし。原本には創元文庫『誰の死体』冒頭の紳士録抜粋の原文が載ってました。確かにシリーズ2作目(作者としてはシリーズ化を意識した時点)に記すのが正しい順序ですね。
以下、トリビア。
現在価値は英国物価指数基準(1921/2019)で48.55倍、1ポンド=6442円で換算。フランは仏国物価指数基準(1921/2019)で733.8倍、1フラン=1.12ユーロ=132円。
作中時間は問題ありです。p88「19xx年」とボカしてるのに、バッチリp346「le 13 Octobre, 1923」(事件の前日)と書いてます。(ただし私が参照した版では「192-」) でも事件発生は「十月十四日木曜日」と明記してるので1920年か1926年のはず。そうなると第1作の作中時間1920年11月と辻褄が合わない。(「故ガーヴィス」の記述から第1作は1920年3月以降で確定。) 第1作と本作の間には少なくとも三カ月以上の期間が経過しており、冒頭の記述から受ける感じでは第1作の翌年くらいに本作の事件が発生してるはず。1921年10月14日は金曜日、1923年10月14日は日曜日でいずれも一致せず。本作中、10月を11月と間違えてるところがあるので11月14日木曜日の年を調べると1918年と1929年、なのでこれもダメ。曜日の間違いの可能性は、事件発生が木曜日、検視審問が金曜日で動かせないようです。(週末で高名な弁護士がつかまらないとされていることから。) 結論は多分1921年、日付は誤り。(10月14日木曜日や10月13日水曜日はかなりの記載箇所があり動かしたくないです… それなら日付が1カ所にしかない第1作を1919年と考えた方がマシか?シェルショックとガーヴィスと三文オペラは気になりますが…)
銃はリヴォルヴァー「アメリカ製の小型のもの」が登場。初版T. Fisher Unwinの表紙絵だとトップブレイクっぽい感じに見えるのでIver Johnson? 作中に手がかりはありません。
p22 ボウリング用の芝生(the bowling-green): 日本で良くやるボウリングではなく「ローンボウルズ」と呼ばれる屋外競技。詳細wiki。
p33 旅行用時計(travelling clock): 1920年代で高さ120mmくらいの小型旅行用を見つけました。ゼンマイ式で目覚まし付き。毎時(時間数)と30分(1回)に柔らかく鳴ります。
p45<キス一つに七十五ポンド>(£75 FOR A KISS): 48万円。下衆な見出しらしいのですが…
p60 モーニング・ポスト(the Morning Post): ロンドンの日刊紙(1772-1937)。According to historian Robert Darnton, The Morning Post scandal sheet consisted of paragraph-long news snippets, much of it false.(wiki)
p61 『夜の接吻(Baiser du Soir)』: 香水の名。架空?
p71 十号サイズ(No. 10): 英国の10号は日本の29相当。ただしメーカーで違いが大きいと思うのでこーゆー数字で捜査するのは適切?
p77 探偵小説: 黄金時代の特徴です。
p85 「シオンの子らをして」で始まるバッハの複雑な曲(elaborate passage of Bach which begins “Let Zion’s children.”): Motet BWV 225 Singet dem Herrn ein neues Liedの冒頭合唱の4行目Die Kinder Zion sei'n fröhlich über ihrem Könige。二重合唱の傑作でモーツァルトが「音楽にまだ学ぶことが残っていたのか」と感嘆した曲。この歌詞の入りの部分はかなり複雑。
p100 レビュー歌曲(revue airs): CD”Music Hall Revue 1912-1918”に収録されてるような曲でしょうね。
p112 事実は牛のようなもの… じっとまともに見据えていさえいれば、たいていはそのうち逃げていく(facts are like cows. If you look them in the face hard enough they generally run away): バンターの母の格言。
p112 『この黄色い砂へ来たれ』(Come unto these Yellow Sands): パーセル作曲(1695c)、シェイクスピア『テンペスト』第3幕より。楽しげな音楽。
p112 『恋の病より、我は遁れんとせり』(I attempt from Love’s Fever to Fly): パーセル作曲(1695)、Dryden “The Indian Queen” 第3幕より。I attempt from Love's sickness to fly in vain. Since I am myself my own fever and pain.と続きます。(タイトルはFeverじゃなくてsicknessが正解) メランコリックでドラマチック。メロディが素晴らしい。
p113 ノーサンガー僧院(Northanger Abbey): ジェーン・オースティンの愉快なゴシック風小説。
p114 “血と暴力”派(a blood-and-thunder novel): in 1849, came a new literary hero, Kit Carson, 金鉱探しがインディアンを愉快に殺しまくる西部もの。blood and thundersと呼ばれたらしい。(wiki, Talk:Dime novelより) ハードボイルド派のことかと思いました。
p117 底の浅い考察: (1) The vanity of human wishes; (2) Mutability; (3) First love; (4) The decay of idealism; (5) The aftermath of the Great war; (6) Birth-control; and (7) The fallacy of free-will. 当時の話題なんでしょうね。
p118 ヨークシャー訛り: 訛りの翻訳って本当に大変。だいたいが上手くいかない。実際の訛りの詳細はYorkshire dialect(wiki)で。コックニーに次ぐ英国の代表的な訛り。私は「ちょっとだけ崩せば良し」派。読みにくいのは勘弁して欲しいです。この翻訳はなかなか健闘。p141辺りの直訳調でフランス語会話を表現してるのは上手いと思いました。(原文は普通に見えます。多分、訳者の工夫ですね。)
p120 バロウ・イン・ファーネス中等学校(Barrow-in-Furness Grammar School): この学校が設立されたのは1930年らしいので、架空のつもりだったのか。Grammer Schoolは二級品のPublic Schoolというイメージでいいのかな?
p121 ニュース・オヴ・ザ・ワールド(News of the World): 扇情的タブロイド紙の代表として登場。毎週日曜発行(1843-2011)。
p131 軍艦ピナフォア: 引用されてるI think it was the catは第2幕 Carefully on tiptoe stealing辺り。(I thinkは付いてませんが)
p141 五千フラン: 66万円。ダイアモンド付き小さな装身具の値段。
p147 『ヘブル人への手紙』: 第1作に続くパウロの手紙シリーズ。以下は田川建三先生の『新約聖書 訳と註 6』を荒っぽく要約。実際はパウロの作でもなく手紙でもない。ユダヤ教からの独立宣言を目指した旧約聖書の引用及び解釈。紀元後1世紀か2世紀あたりの成立。
p178 私は私の片隅で(you in your small corner and I in mine): Children’s hymn “Jesus Bids Us Shine”(1868) Susan Bogert Warner作詞、Edwin Othello Excell作曲。
p181 ソヴィエト・クラブ(Soviet Club): 当時の社会主義運動が垣間見られます。私はキム・フィルビーしか思い浮かばない、その程度の知識です。(バーナード・ショーすら読み込んでません。)
p185 週十八シリング: 5798円。月25124円。5人分の生活費。
p207 週四ポンド: 25768円。月111661円。社会主義派新聞の初任給。
p240 皆さん、時間です(Time, gentlemen): 訳注 パブ閉店の合言葉。
p240 育ちのいいイングランド人は想像力など持たない(Well-bred English people never have imagination): ピーター卿の格言。うへえ。スコットランド人がいなかったら知的水準は下がる一方ですね。
p269 メアリ・ジェインに夜這うとった/イルクリー荒野んあたりでよ(I been a-courtin’ Mary Jane/On Ilkla’ Moor bar t’at): ヨークシャー民謡On Ilkla Moor Baht 'atより。続く歌詞もこの民謡から。
p275 口笛でバッハの複雑な一節を(whistling a complicated passage of Bach under his breath): 定冠詞がtheならp85と同じ曲だと思ったのですが… まーバッハには複雑なの色々ありますからね。
p305 エデンの上に息づいたみ声(the Voice that breathed o’er Eden): 詞John Keble 1857、英国教会の聖歌。結婚式に良く使われる?
p316 ご機嫌さん(Cheerio): cheerfulみたいな感じで使ってます。
p332 メイズリー姫の物語歌(Ballad of Lady Maisry): Lady Maisry (also known as "Bonnie Susie Cleland") is Child ballad 65 (wiki)
p346 ビギーとウィギー(Biggy and Wiggy/Were two pretty men,/They went into court/When the clock—): マザーグースRobin and Richard/Were two pretty men/They stayed in bed/Till the clock struck ten.のもじり。
p367 イングランドの偉大なる座右の銘…<平常通り営業>(the great English motto: ‘Business as usual.’): It had been extended to broader use by 1914, when Winston Churchill said in a speech: "The maxim of the British people is 'Business as usual,'" which became a slogan for the rest of World War I.
p370 命の間際に持つべきものは…(God send each man at his end/Such hawks, such hounds, and such a friend): 三羽の鴉の最終行。The Three Ravens (Child 26, Roud 5) is an English folk ballad, Thomas Ravenscroft編の歌本Melismata(1611出版)の曲。(wiki) ただしwikiのヴァージョンはGod send every gentleman/Such hounds, such hawks, and such a leman(恋人)

1972年英国のTVシリーズ(Ian Carmichael主演)があり、某Tubeで見ることが出来るのですが、ピーター卿があんなおっさんで良いのかなぁ。(まだ見てません。見たら追記します。)

(追記: 2019-9-30)
イアン・カーマイケルはBBCジーヴス(1965-1967)でバーティを演じており、その流れでピーター卿を演じたのでしょう。当時52歳。時代考証をちゃんとやってる感じで楽しい資料映像になってます。イアンさん、芸達者な感じで、ひょうきんなピーター卿を見事に演じてて良いのですが、正直もっと若い奴の方が良いなあ。(ついでに言うとバンターはもっとコワモテが良かった。パーカー警部はもっとハンサムが良かった。) 銃はS&W38口径になってました。英語の聴き取りが不自由(ほぼ聴き取れず)なので確かなことはわかりませんが、映像を見た限りではかなり原作に忠実な感じ。(まだPart 1を見ただけですが… これPart 5まであるトータル225分の長尺。ディテールまでもれなく描けるとても羨ましい贅沢な作りです。)
ところで作中時間の問題ですが、冒頭にピーター卿「33歳」と書かれてたことを急に思い出しました。とすると文庫第1作の「紳士録」により1890年生まれだから、1923年なのか。セヤーズさんはいったい何で「10月14日木曜日」としてしまったんだろう。才女も数字に弱かった?(1923年10月4日は木曜日です。本作では数多く10月14日、10月13日との記載があり20箇所くらいですが、本記録を「書いた人」が「事件メモにあった4を14と間違えて」書いてしまった、という説で行くしかないか… The Lord Peter Wimsey Companionにはどのように書かれてるのか、非常に気になります。)
と、ここまで書いたところでGutenberg Canadaにアップされてる原書GOLLANCZ社第3版?の付録、ピーター卿のBIOGRAPHICAL NOTE by PAUL AUSTIN DELAGARDIE (May 1935)を見たらショッキングなことが…
In 1921 came the business of the Attenbury Emeralds

さんざん第1作や本書で語られてる(結局詳細は未発表の)ピーター卿の探偵デビューの「エメラルド事件」が1921年!
じゃあ第1作は早くて1921年か1922年、本作が1923年というのが公式見解ですね… (このゴランツ再版はセヤーズさんが訂正や追加をくわえてるということで、p346の年も「1923」になってました。翻訳はこちらを参照したのでしょう。p112のFeverもsicknessに直ってます。) 第1作の1920年説は、手紙を素直に読めば(手紙の日付=本日)そーなるのですが、手紙を書いた翌日に日付を書いて投函した、とちょっと言い訳っぽいが有り得ないわけでもない仮定をすれば手紙の日付=本日+1となり、1921年説が成立します。さらに日付を書いた日を遅らせると(ちょっと無理がある理屈ですが)1922年説も全く有り得ないわけではありません。明白に矛盾してるのは、本作の「10月14日木曜日」の記述と「1923年10月14日(日曜日)」という事実です。あっユリウス暦を忘れてた。理屈はつきませんが何故かユリウス暦が大好きだった「本作の記録者」がグレゴリオ暦をユリウス暦にわざわざ変換して書いたとしたら… ユリウス暦1923年10月14日はグレゴリオ暦1923年10月27日(土曜日)でした。
話題は全く変わりますが、上の方で「一人っ子を当てた」と自画自賛してるけど、2/3の確率で当たる賭けをしてますね。(当たらないのは「妹」だった時だけ) 外れる方が珍しいやんか!と自分にツッコミました… 情けなや…

No.2 7点 誰の死体?- ドロシー・L・セイヤーズ 2019/09/16 19:57
1923年(T. Fisher Unwin)出版。創元文庫で読みました。翻訳は会話が上品で非常に良いですね。副題はThe Singular Adventure of the Man with the Golden Pince-Nez、これHarper版にあったんですが、他の版には無し。文庫の冒頭にあるピーター卿の略歴は原書数冊あたってみたんですが無し。(訳者がつけたのかな?) Harper版にはウィムジイ家の紋章だけ載ってました。(ネズミは三匹、モットーは英語でAS・MY・WHIMSY・TAKES・ME) 全くの余談ですが、このモットーのようにスペースの代わりとして中黒(interpunct)を使うのは古ラテン語碑文でA.D. 200年以前に遡る由緒ある表記方法。今まで西洋人名に中黒を使わなかった私ですが、今後は態度を豹変させることといたしました。(きっかけはT. Fisher Unwin初版ダストカバー。表紙の作者名の表記がDorothy・L・Sayersで何コレ?と思ったのです。この初版のカバー絵もある意味「凄い」ですね。読了後、見てみてください… サイトFacsimile Dust JacketsでSayers Whose Body)
ピーター卿第1作。ピーター卿の長篇は第9作『殺人は広告する』(1933)しか読んでないので、ああ女流作家のスーパーヒーローものか、鬱陶しくなきゃ良いけど… と思ったら、結構いい奴じゃないですか。音楽の趣味もとても良いし。また素人探偵として、本作のピーター卿の態度は満点です。バンターとの関係もウッドハウス風味が強くて楽しい。途中でギアが変わるのも良いですね。物語を語る工夫が素晴らしい。締めはちょっと冗長ですが… ネタバレ防止の為、これ以上は言いません。本作の時点で作者はシリーズにする予定は無かったんじゃないか、と思いますが、次の作品以降の展開が楽しみです。(でも多分、小説として、これを超えるのは難しいのでは?)
献辞は
To M. J.
Dear Jim:
This book is your fault.(…以下略) あんたのせいで出来ちゃった、と冗談ぽく責めてる感じ?
Yours ever,
D. L. S.
ちゃんと翻訳されてるんですが、このM.J.(=ジム)が誰なのか解説なし。ググってみたらMuriel Jaeger(1892-1969)という女流作家でセイヤーズのオックスフォード時代のサマーヴィル・カレッジ仲間。ニックネームがJames, Jim, Jimmy。(どー考えても男だと思いますよね。) セイヤーズは大学時代の友人たちで女流グループを作って色々やってたらしい。(Mutual Admiration Society: How Dorothy L. Sayers and Her Oxford Circle Remade the World For Women(2019)という本に詳細が。フェミニズム味が強いと嫌なんですが、WWI当時の英国生活が活写されてそうな興味深い本だと思います。2019-11-7発売予定。)
以下トリビア。現在価値は英国消費者物価指数基準(1920/2019)で44.32倍、当時の1ポンド=5753円です。
p10 先代公妃: セリフの中ではHer Grace、地の文ではthe Dowager Duchess of Denver(これが公式。場合に応じてthe Dowager Duchess, the Duchess)、翻訳で全て「先代公妃」にまとめてるのはわかりやすい工夫だと思いました。
p11 もしもし(Hullo): 英国っぽい感じ。アクセントは後ろに置いてね。
p14 御前(my lord): バンターがピーター卿に「you」と呼びかける場合はyour lordshipと言う。(あなた様。この翻訳では同じく「御前」)
p15 シャーロック・ホームズ: 黄金時代の特徴。探偵小説のメタ小説としての探偵小説。本書のところどころに探偵小説ネタが顔を出しフィクションと実生活との違いが語られます。
p23 マニキュア(manicure): 「ここでは甘皮などの手入れ」との訳注。黄金時代の作品中に結構マニキュア男がいたけど、こーゆーことだったのね。
p27 年に二百ポンド: 115万円。バンターの給料。安い!(食住はピーター卿持ちとは言え…) じゃあ女中の給金とかはどのくらいなんだろう?
p32 アドルフ・ベック(Adolf Beck): 英国で1895年と1904年の2度も人違いで逮捕され2回とも有罪とされたノルウェー人。2回目の有罪宣告の10日後、二つの事件の真犯人Wilhelm Meyerが逮捕され事件は解決した。(英wikiより)
p34 『インゴルズビー伝説集』(Ingoldsby Legends): Richard Harris Barham作、初出1837年。19世紀には結構人気あり。実伝説も含むが、パロディめいたユーモラスな創作話がほとんどらしい。(英wikiより)
p49 スカルラッティのソナタ… ハープシコードでないと: 古楽器のパイオニアArnold Dolmetschの活躍が1915ごろ。英国でもバーナード・ショーなど支援者が結構いたようです。
p53 ベイカー街までの乗車賃2ペニー(a twopenny ride to Baker Street): 48円。 ところでtwopenceとの違いは何?(2019-9-17追記)阿呆です。名詞と形容詞の違いですね。
p55 きみはわが麗しき薔薇の花園/わが薔薇、わが薔薇、それぞきみ!(You are my garden of beautiful roses/My own rose, my one rose, that’s you!): 訳注では「20世紀初頭の詩のもじり」となってましたが、The Garden of Roses (1909, J.E. Dempsey作詞, Johann C. Schmid作曲)のサビに全く同じ歌詞あり。某Tubeでも聴けます。ところでサグが「御前」と言ってるように訳してるけど、原文は「you」
p58 善と恵み… (I thank the goodness and the grace/That on my birth have smiled): Jane Taylorの詩“A Child's Hymn of Praise,” from Hymns for Infant Minds (1810)。これGKCのManaliveにも引用されてたやつですね。ここには引用されてませんがAnd made me in these Christian days,/A happy English child.と続きます。
p63 宗教がおいや: 原則的にヘブライ人は好かない(p72)など、この小説のいたるところにユダヤ人嫌いが出てきますが、登場してるのは「例外的に良いユダヤ人」
p68 土下座する。ワトソンと呼んでくれ。(I grovel, my name is Watson): 随分とワトソンを見くびってます。
p71 グレイヴズ: 舞台の執事は常にグレイヴズというのはバークリーの法則『レイトンコート』(1925)
p75 スコットランド人… 用心深くてしみったれていて慎重で冷血: イングランド人のスコットランドいじりはジョンソン博士由来の伝統芸。
p79 紳士たる者、雨の中を帽子も被らずに…: 外出に帽子が欠かせない時代です。傘代わりの帽子、という事か。
p81 ホワイトヘイヴンから来た老人… 鴉をつけあがらすとは(There was an old man of Whitehaven... It’s absurd, To encourage this bird!): 訳注なし。みんな知ってるよね?という事か。A Book of Nonsense(1846) by Edward Lear。カラスで駄洒落になってる上手な翻訳。柳瀬尚紀先生は「鳥のごきげん取りやがる!」(岩波文庫) 柳瀬師匠に一枚。
p95 フラットを週一ポンドで借りていた: 同じ階の数部屋1組の借家だとフラットというのかな?月換算で家賃24922円。
p95 通いの家政婦: 慎ましい公務員の独身者でもこのくらいは雇ってる。
p96 バッハのロ短調ミサ『またかしこより栄光をもて』を唄っている(singing the “et iterum venturus est” from Bach’s Mass in B minor): ロ短調ミサ第18曲Et resurrexit中のバス独唱部分。
p101 本日付タイムズ紙個人広告欄(…)192x年11月17日: 広告は死体発見の翌日に出ているはず。とすると「先の月曜日」はその前日(11月15日)。1920年が該当。
p115 故チャールズ・ガーヴィス(late Charles Garvice): 1850生まれ1920年3月没。Caroline Hart名義も使って150作以上の通俗ロマンス小説を書いた。He was ‘the most successful novelist in England’, according to Arnold Bennett in 1910.(wiki)
p128 十四人の陪審員: 途中欠員に備えて14名なのか?
p136 ガス灯: 法廷の照明。まだ現役。水銀灯や蛍光灯は1930年代以降の普及のようです。
p151 変装の名人レオン・ケストレル(Leon Kestrel, the Master-Mummer): Sexton Blakeシリーズに出てくる犯罪シンジケートのボス。元米国俳優。The Case of the Cataleptic(Union jack誌 1915-8-28)初登場。
p151 駅売りの探偵小説(railway stall detective stories): 単行本ではなく雑誌な感じ。
p158 そのおズボンではなりません: ここら辺はジーヴス風味。
p159 トランプでやる遊び(play with cards, all about wheat and oats, and there was a bull and a bear, too):「訳注: <場>という遊び」ですが、ピット(The Pit, 1904年発売)の事か?トランプではなく専用カードを使う「商品(農産物や鉱物)の入札のための立ち会い取引をモデルにした、3~8人で遊ぶ非常にテンポの速いカードゲーム」なので文脈に合致してます。Wikiに詳細あり。
p160 ウィムジイ卿とお呼びしてしまって: ここら辺の敬称の呼び方ミニ講座が訳者あとがきにありました。丁寧な仕事です。
p163 土下座したいくらいです(I’m simply grovellin’ before you): ピーター卿は土下座好き。
p169 ガラテヤ人への手紙: 田川建三先生の『新約聖書 註と訳』に基づき大雑把にまとめると、パウロがガラテヤ人たちに、ユダヤ教徒じゃないんだから割礼などせずキリスト者の道を歩め、といささか見下した調子で送った手紙。成立は53〜54年。
p191「タトラー」(Tatler): 週刊誌。当時1シリング。白黒90ページ。舞踏会、チャリティー、競馬、狩猟、ファッション、ゴシップを掲載。写真が豊富なヴィジュアル誌。
p195 従僕兼執事を務め(to valet and buttle): バンターの自称。誰かがジーヴスは従僕であって執事ではない、と言ってたような…
p204 簡単なことだよ、ワトソン君(Perfectly simple, Watson): ここでelementaryと言わないところが、捻くれ者らしくて良い。
p211 半クラウン対6ペンスの賭け: 半クラウン=2シリング6ペンス=30シリング、5対1の賭け。
p218 ヘンティ(訳注: 少年小説家)とフェニモア・クーパーぐらいしか読まなかった: G.A.Hentyの方はアガサさんが子供の頃に(全集を全部)読んだと『クリスティ自伝』に書いてました。
p219『三文オペラ』でも弾いてくれ(play us the ‘Beggar’s Opera,’ or something.): ブレヒト版は1928年作。なので正しくはオリジナルの『乞食オペラ』(1728年ジョン・ゲイ作) 1920年にはロンドン、Lyric Hammersmithで1463回という驚異的な上演記録を残した。(wiki) 初日1920-6-6で1923-12-23が1463回目の最終公演。音楽はFrederic Austin(1872-1952)による編曲で彼の代表作にもなった。ここは多分その曲のイメージ。
p225 見変えられた女に勝る怒りは地獄にもない(hell knew no fury like a woman scorned.): この日本語表現(見変える)って初めてなんですけど、違和感あり。「振られた女の怒りは地獄越え」(娘道成寺ですな。)
p225 スコットランド人に見変えられた!(jilted for a Scotchman!): 「(俺を振って)スコットランド野郎を選ぶとは!」
p232 本物の豆スープだね(A regular pea-souper): 訳注でロンドン名物の霧のこと。pea soupとも。a regularはここでは強調の意味。
p235 飢えているロシア(starving Russia): 革命の余波。このエピソードをここにぶっこむところが非常に良い。
p255 ピーター卿はバッハを弾き: 憂鬱な曲だと思います。ロ短調つながりでフランス組曲第3番あたりでどう?(なお原文は単にLord Peter was playing Bach)
p269 ドアを勢いよく閉める(the banging of the door): 訳注で「叩きつけると自然に施錠される」こーゆーちょっとした知識はなかなかわかりませんね… ドロップ式の錠なのかな?

(2019-9-17追記)
tider-tigerさんの書評に全面的に賛成。(人の書評は自分のを書いた後で読むのです。) 私のやつはダラダラ長いだけですね… でもそれだけこの本を気に入ったということで… 翻訳はThe Lord Peter Companionを参考にしてるようなので入手したくなりましたが、アマゾン価格8万円… 無理です。

No.1 5点 殺人は広告する- ドロシー・L・セイヤーズ 2018/10/28 00:39
1933年出版 翻訳1997年
探偵小説というより超人ヒーローものですね。麻薬の売人と渡り合ったり、クリケットの試合では大活躍をしたり… (クリケットって日本の会社の野球みたいな位置なのでしょうか) セイヤーズさん自身が身を置いていた広告業界の内情が生き生きと(楽しげに)描かれているのが良い。探偵ものとしてはネタが小さくて展開も控えめです。
男目線で見るとピーター卿のヒーローぶりはちょっとやり過ぎという感じですね。
ところでパブリック・スクールとは、イートンとハロウに限られるらしい…(あくまでピーター卿の意見です)

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弾十六さん
ひとこと
気になるトリヴィア中心です。ネタバレ大嫌いなので粗筋すらなるべく書かないようにしています。
採点基準は「趣好が似てる人に薦めるとしたら」で
10 殿堂入り(好きすぎて採点不能)
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ディクスン カー(カーター ディクスン)、E.S. ガードナー、アンソニー バーク...
採点傾向
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カーター・ディクスン(18)
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