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弾十六さん
平均点: 6.10点 書評数: 446件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.146 7点 マクベス- ウィリアム・シェイクスピア 2019/07/25 22:08
出版1623年フォーリオ版。初演は1606年、ガイフォークスの陰謀が発覚し、ガイの処刑(絞首・内臓えぐり ・四つ裂き)の後。角川の新訳(萬斎2008年上演)電子本で読みました。
小学生のとき、子供用リライト文学全集で読んだような記憶があります。あらためて読むと、英雄が王殺しを決意するのが唐突ですが、魔女、亡霊、予言、とオカルト全開で、印象に残る場面が満載。(でもそのほとんどがホリンシェッド著 『年代記 』からのパクリらしい。) 全ての悪事がこんな感じの後悔を産めば世の中から犯罪は無くなるのか?
以下、トリビア。
p1209/2733 おいで、おいで(Come away, Heccate): ヘカテの歌。十字路で悪魔に出会ったギター弾きとは別のRobert Johnson作曲あり。
p1296/2733 黒い精霊(Black spirits and white): 魔女の歌。当時の流行り歌(バラッド)だったらしい。メロディをPackington's Poundにした再現あり。(Ross W. Duffin, Shakespeare's Songbook, Volume 1, 2004)
p1335/2733 女から生まれた者(one of woman borne): 死んだ後の誕生(原文のマクダフのセリフはTell thee, Macduff was from his mother's womb / Untimely ripp'd.)は入らない、という翻訳表現が難しいところ。「女が生んだ者」の方がはっきりしてるかなぁ。

No.145 6点 髑髏城- ジョン・ディクスン・カー 2019/07/25 06:27
JDC/CDファン評価★★★★☆
バンコラン第3作。1931年出版。創元文庫の新訳で読みました。この訳者さん、サキの白水社版新訳の人だ!と遅ればせながら思い出しました。登場人物紹介が原著通りなのが良いですね。(英米の紹介文句はたいていこんな感じ。全部そうしてくれれば良いのに…)
この作品はとても無理筋な設定&解決で不満点はたくさんあるけど、ぶっ壊れた感じがJDCらしくて良い!パズルのピースも結構上手く構成されてます。なにか異常な感じが全体を貫いていて、二大名探偵の鍔迫り合い、という子供じみた趣向もいかにもなJDC風味。でも城の構造はもっと凝りまくって欲しかったですね。あっそうそう、呑んだくれ大会が出てくるのも好きです。
以下、トリビア。原文は入手出来ませんでした。
銃は「モーゼルのごつい軍用拳銃」が登場。「ソフトポイント弾」が使われてます。当時のモーゼル軍用拳銃と言えばC96(Model 1896, 馬族の拳銃で有名)ですね。ただし弾丸「モーゼル三二五口径」は、床井先生の弾薬事典にも出てこないので、おそらく書き間違い。試験的な8.15mm Mauser弾(.320インチ)の可能性ありか?(市場に出回ってないような弾丸なので多分違う。) 通常は7.63x25mmマゥザー(.30 Mauser)弾使用。C96の連射式は1932年以降なので、ここに登場してるのは単発式です。
作中時間は1930年5月20日、火曜日と明記。前作の3年後です。
p15 現職は金で買った… 道楽が嵩じて(金の力で)仕事に直しただけだろう: バンコランの地位は自分の趣味のため買い取ったものだという。バンコランは反論してないので事実らしい。
p93 「作家なんです」: ジェフ マールは作家という設定だったっけ?
p94 1909年のワールドシリーズを全試合この目で見たんだからね。ワイルド ビルがパイレーツを向こうに回して投げた年さ。: Pittsburgh Pirates対Detroit Tigers、1909年10月8日〜10月16日。Wild Bill Donovanはシリーズ1勝1敗、最終戦の負け投手。
p95 タイムズ紙のクロスワードパズル: The Times crossword first began to titillate and torment readers on February 1 1930. とタイムズ紙(ロンドン)のホームページにありました。
p100 スロットマシン… 1ペニー入れたら: 英国消費者物価指数基準(1930/2019)で64.82倍、現在価値36円。
p151 『城を戴くドラッケンフェルズの断崖絶壁、睨みおろすはうねり狂うラインの河水』: 何かの引用。
p168 『黄金の川の王様』でばらばらに飛んでった男の手足: The king of the Golden River(1851) by John Ruskin(初版挿絵Richard Doyle(!)) 英国童話。私は読んだことなし。
p193 [ポーカー] 賭けの上限は五マルクね。: 1マルク(Reichsmark)は金基準(1930)で0.049ポンド、上記の換算で64.82倍。5マルクは現在価値2138円。
p209 探偵小説は好きなの。登場人物が絶対に悪態をつかなくて、シカゴのギャングが声を張り上げて、『ああ、神よ!』とかなんとか: ここで揶揄されてるのは何でしょうね。(ハードボイルド派が出版社の自主規制で結構お上品だったことを指してるのかな?)
p226 ある本のくだり「かく申す我は底なし穴の王者アパドンゆえ、たとい身は破滅しようとも他の者にかかって想念蘇り、その手にて速やかに鉄槌下しおき、炎雷導き、死神の奇々怪々たる六道までを照らしださん…」: 訳注なしなので有名作なんでしょうね。教養が無いので知らず。
p231 五ドル賭けるわ!: 米国消費者物価指数基準(1930/2019)で15.34倍、現在価値8262円。
p239 『やってしまった』(訳注: マクベス第二幕第二場、王殺しの後のマクベスのセリフ): I have done the deed.

バンコランものは意外と音楽が大活躍。以下、登場する音楽関係を単純列挙。(調査が面倒くさくなりました… もし原文を入手できたら調べます。)
p13 オーケストラは(…)おしとやかな“リゼット”、笑顔の“ミニョネット”、愛嬌者の“シュゼット”をそれぞれの調べにのせて… : 「訳者あとがき」によるとp60の『ラブ・パレード』の歌詞に出てくる文句だという。
p30 『ローレライの歌』
p41 メヌエットだかなんだかの『アマリリス』
p60 ミュージックホール御用達の歌謡曲『ラブ・パレード』: 調べつかず。
p76 チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲第2楽章『カンツォネッタ』
p152 『ミンストレル楽団 英国王を歌う』を合唱
p182 クリスマスキャロルでいう「名にしおうグリーンランドの山々」から「アフリカの陽光たたえたる泉水」と夢見がちに表現された場所まで、世にあまねく歌われてきた歌だ!
p198 ブラームスの『ハンガリー舞曲第五番』
p217 あらしもさんざんくるだろう(訳注: 英国の童謡『行け行け船よ』Sailing, Sailing(1880)の一節)
p220 「そうれ、将軍は殊勲十字賞(クロワドゲール)をもらったぜ、パーレヴー」合唱は将軍の下馬評を説き、アルマンティエール(訳注: WWI)の多芸多才なお嬢さんによる驚天動地の武勇伝を、情感こめて披露した。
p221 「美しく青きドナウ」
p222 『ラインの守り』(訳注: 戦前ドイツの準国歌)
p223 ベルギー国歌『ブラバンドの歌』
p226 「ゆうべは酔っぱらっちゃった!もう飲めなければ迎え酒、今夜はとことん酔っぱらおう!」ピアノの一団が歌っている…
p230 きちんと調子を取った歌…「麗しのメアリ オブ アーガイル」
p277『ユモレスク』: ドヴォルザーク作。

No.144 5点 ヴァンパイアの塔- ジョン・ディクスン・カー 2019/07/20 08:59
JDC/CDファン評価★★★☆☆
ダグラス G. グリーン編のラジオドラマ集(The Dead Sleep Lightly 1983)に日本版ボーナス短篇「刑事の休日」をプラス。伝説のエッセイ「新カー問答」(松田 道弘 1979)も収録。私もリアルタイムでこれを読んですっかりカー熱に取り憑かれたものです。
さて収録されたラジオドラマなのですが、無駄に複雑化せず、わかりやすい筋になってるのが良いところ。単純すぎて物足りない感じですが、ラジオドラマならこのくらいじゃないと胃もたれします。JDC/CDは強烈なシチュエーションにしか興味がない人なので、実は漫画や映画がベストマッチではないか、と妄想。荒木飛呂彦先生、描いてくれないかな… (文字だけだと「ナニコレ」ってなるトリックも映像化すると案外効果的では?)
以下、初放送日は『カー短編全集5』の著作リストで確認。(なぜかDragon in the Poolが抜けてたのでWikiで補足) 原文は入手出来ませんでした。

(1)The Black Minute (BBC 1941-10-18) 高見 浩 訳: 評価6点
フェル博士もの。不気味な降霊術は映画『恐怖省』(1944)を思い出しました。舞台は1940年のロンドン。『ユーモレスク』を奏でるヴァイオリン。悪魔の仮面をつけた、日本のサムライの鎧。(ほお当てのことか?) 警察に通報する電話番号は999。

(2)The Devil's Saint (CBS Suspense 1943-1-19) 大村 美根子 訳: 評価6点
ピーターローレ主演のラジオドラマはWeb公開あり。ネタはアレかな?と思ったら違いました。舞台は1927年、聖カタリナの日(Saint Catherine's Day 11月25日)、オペラ座。曲は「死の舞踏」のなかのテンポが遅いワルツが登場。(2019-7-25修正)

(3)The Dragon in the Pool (BBC Appointment with Fear 1944-2-3) 大村 美根子 訳: 評価6点
この味はJDC/CD風味。無理筋なのもいかにもJDC。

(4)The Dead Sleep Lightly (原型CBS Suspense 1943-3-30、改訂版[こちらを翻訳]BBC 1943-8-28) 大村 美根子 訳: 評価6点
フェル博士もの。雨のなか、ふと思い出すところが良い感じなんですが… 舞台は1933年のロンドン。p169の引用“その身を引き裂く/魔女や飢えた悪鬼ども(以下略)”はJDC最後の長篇(1972)の元ネタなんでしょうね。調べつかず。

(5)Death Has Four Faces (BBC Appointment with Fear 1944-10-19) 大村 美根子 訳: 評価6点
編者によるとカー短編集1収録の「銀色のカーテン」(1939)の変奏というが、私は未読。舞台は1930年代のフランス北東岸の町バンドレット。(架空地名?) 作者若き日のフランスの思い出なんでしょうね。雰囲気良し。「ぼくのブロンド娘のかたわらで」(Aupres de ma blonde)は17-18世紀に流行したフランスの歌。

(6)Vampire Tower (BBC Appointment with Fear 1944-5-18) 大村 美根子 訳: 評価6点
JDCの盛り上げ技が光ります。舞台はケント州、1930年代。慈善バザーも映画『恐怖省』の一場面のような感じ。銃は「ウィンチェスター61。22口径で撃鉄は内臓式」が登場。ポンプアクションのライフルWinchester Model 61, Hammerless Slide-Action Repeater(1932-1963)ですね。銃身24インチで全長104cm、重さ2.5kg。撃鉄内蔵だとハンマーが狙撃視線を邪魔しないので、連射時でも狙いを保持しやすい感じ。

(7)The Devil's Manuscript (BBC Appointment with Fear 1944-10-12) 大村 美根子 訳: 評価5点
舞台は1934年、英国の浜辺の町ウェイフォード。(架空地名?) バンドの演奏する「海辺へ行きたい」は英国海岸の定番曲 I do like to be beside the seaside(1907)のことか。雑誌の値段1シリングは英国消費者物価基準(1934/2019)で70.98倍、現在価値478円。当時のStrand誌が1シリングです。編者によるとビアスの短篇の翻案、元ネタは読んでません。なんだか変なねじれ感。

(8)White Tiger Passage (BBC Appointment with Fear 1955-8-2) 大村 美根子 訳: 評価5点
舞台は1954年のブライトン。JDC風味のギャグっぽい話。ミステリ味は薄口。「頰ひげウィリー」のイメージがいまいち分からず。5ポンドは英国消費者物価指数基準(1954/2019)で27.15倍、現在価値18279円。

(9)The Villa of the Damned (BBC Appointment with Fear 1955-8-30) 大村 美根子 訳: 評価4点
怪奇風味の盛り上げは良いんですが… あっさり味です。必ず定刻どおりのドゥーチェの列車がちょっと興味深い。

(10)Detective’s Day Off (初出Weekend 1957-12-25/29) 深町 真理子 訳: 評価5点
不可能犯罪っぽい話があっけなくスカされるのはJDCの特徴ですね。初出誌Weekendはデイリーミラーの土日版?クリスマスなので歌は『神には栄光、地には平和』、『きよしこの夜』

No.143 7点 スキュデリー嬢- E・T・A・ホフマン 2019/06/22 09:06
1819年作。河出文庫(電子版)で読みました。読みやすい上質の訳です。
これ「探偵小説」かなぁ。事件自体やトリックめいたものは探偵小説風味ですが、主人公のスキュデリ嬢(73歳)は推理するわけではありません。やはり「史上最初の探偵小説」という称号はポオの『モルグ街』がふさわしいですね。
ブランヴィリエ夫人と火刑法廷が不気味に登場します。熱情的に取り憑かれた人物造形がホフマンらしくて良い。展開も実に見事。ルイ十四世の宮廷絵巻が頭に入ってるとなお楽しめます。
1680年秋の事件。終わりの方に出てくる1000ルイの金価格による概算は、1 Louis d’orコインが純金6.75gなので金基準(1960)で3983円、仏国消費者物価指数基準(1960/2019)は10.75倍なので、1ルイの現在価値は42817円。1000ルイだと4281万円になります。

No.142 6点 ポンスン事件- F・W・クロフツ 2019/06/21 09:53
1921年出版。創元文庫(井上勇)で読みました。端正な翻訳です。
事件発覚から捜査の流れがプロっぽい描写で静かに描かれます。この文体、ハマりますね… 展開が良く、ネタも結構面白い。印象は『樽』に良く似ています。ところで当時の英国鉄道は定刻発着が普通だったのでしょうか… (現在は定刻だとビックリな状態らしいんですが)
以下、トリビア。
銃は「小型の六連発のコルト拳銃」(a small-sized six-chambered Colt’s revolver)が登場。該当はColt Pocket Positive(1905-1940)、32口径(.32 Colt弾, .32S&W弾)、2.5", 3.5", 5", 6"銃身あり。3.5インチ銃身だと銃長191mm、重さ500g程度。
7月4日が日曜日との記述(p351)あり、1920年が該当。事件は水曜日の夜に発生。
現在価値は英国消費者物価指数基準(1920/2019)44.32倍で換算し、円で表示。
p11 三シル六ペンスの葉巻(three and sixpenny cigars): 1058円。1本あたりの値段。
p11 “だんな”(the boss)と呼ぶくせ: 執事には耳障り。
p18 五シル出せば一ポンドかける(I’ll lay you a sovereign to five bob): 5対20の賭け。そば仕え(valet)の請け合い。1511円対6043円。
p19 年額千ポンド: 息子への手当て。604万円。
p40 十シル賭けてもいい: ボート係の推測。3021円
p123 クラブ人種(a club man): シルクハットとフロックコートで変装出来るらしい。
p125 一ポンドのチップ: タクシー運転手に、指示付きで。6043円。
p126 二ポンド: 給仕長に席の便宜を図ってもらうため。12086円。
p220 五ポンドの謝礼: ある風貌の人物がタクシーに乗車したかどうかの情報提供に対する謝礼。30215円。この額でガセネタが一件もないというのはちょっと不自然か。

No.141 5点 絞首台の謎- ジョン・ディクスン・カー 2019/06/21 07:22
JDC/CDファン評価★★★☆☆
バンコラン第2作。1931年出版。創元文庫の新訳で読みました。こなれてない単語をときどき使う感じなのと、セリフの表記が少々へんてこな時がありますが他は読みやすい訳文。
前作の続編で人物再登場もあるので『夜歩く』を読んでたほうが楽しめます。
つかみは素晴らしいんですが、その後が続きません。ラストの活劇も乗れません。全体的にまとまりを欠いている印象です。ラブコメ展開も本筋と全然絡まないし… ところで、これも本筋に絡まないのですが、バンコランが読んでた『囁く家殺人事件』J.J.アクロイド著(The Murders at Whispering House by J.J. Ackroyd)ってあの超有名作(1926)と関係あり?
以下、トリビア。原文入手出来ませんでした。
銃は「スミス アンド ウェッソンのリヴォルヴァー、象牙の握りのついた四五口径、銃身の長い、ニッケルメッキ」が登場。該当銃はM1917(45ACP弾)、5-1/2インチ銃身、通常はブルーフィニッシュ、ニッケル仕上げはレアもの。
作中時間は前作の数ヶ月後、1927年。
p27 最上階には電気が来ていない: ガス灯を使っています。
p29 ミュージカルの歌めいたものを口ずさんでいる: この作品、結構、歌が豊富です。
p30 奇抜な緑の長いミネルヴァ リムジン(Minerva Limousine): ロールスロイスに迫る性能でちょっと安い高級車らしい。
p59 『アラビアン ナイト ブルース』とかいう歌に笑った: 調べつかず。
p68 タラ ラ ラ タラ ラ ラ ブーン!可愛こ娘ちゃんが街ゆけば、小鳥はみんなチュンチュンチュン: ナイトクラブでやってた歌。調べつかず。
p88 十万フラン: 豪勢なパーティ代、たった一晩の支出。仏国消費者物価指数基準1927/2029で416.53倍、416.53旧フラン=0.635ユーロ。現在価値770万円。
p107 バンコランの口を借りて短い探偵小説論が語られます。
p130 歴史探偵: 歴史の謎を解いて評価されてる男が登場。JDC/CDは後年『エドマンド ゴドフリー』(1936)を発表します。
p170 五ポンド賭けてもいい: 英国消費者物価指数基準1927/2019で46.16倍。現在価値31586円。
p206「遊ばれるのはまっぴら」話しかける相手はいない/ひとりぼっちのあたし/ともに歩く人はいない/極楽とんぼの店晒し/遊ばれるのはまっぴらさ!: 調べつかず。
p208 バグダッドのおふくろの歌を悲しい声で歌い上げた: 調べつかず。
p283 鼻歌: バンコランが楽しげに鼻歌を歌う… 何の歌なのか、とても気になります。

No.140 8点 コンチネンタル・オプの事件簿- ダシール・ハメット 2019/06/09 08:51
日本オリジナル編集(1994)。ハメットはボツボツと読んでいましたが、まとめて読むのは初めて。長編は今まで一作も読んでません。もちろん『マルタの鷹』や『影なき男』の映画は見ています。
Fatimaタバコ(当時20本で15セント?)をくゆらすチビで小太り(80キロ)の中年(1924年当時35歳?)、格闘は意外と得意、というコンチネンタル オプの設定が良いですね。
職業上、レポートを書く必要があった男の紡ぐ(かなり盛った)実話系の物語、という感じ。(ここで気になるのは、当時のTrue Story雑誌群。ハードボイルドの作品群よりはるかに売れていたはず) センスが良く、ほど良いユーモアが隠し味です。派手な銃撃戦やピンチの連続など、随分カラフルで「本格ミステリは絵空事、ハードボイルドはリアリティ重視」ってのは雑なくくり方ですね。こちらも充分フィクショナルです。(今どき、そんなこと言う奴はいないですかね)
以下、一作ずつの短評&トリヴィア。書誌は小鷹さんなので完璧。初出は全てBlack Mask。

⑴Arson Plus 1923-10-1 オプ第1作: 評価6点
この作品はレポートに近い感じ。あまり盛っていません。マックが四人などのくすぐりを入れています。
1軒家(2階建て、ガレージ、物置小屋、1エーカーの芝生に畑付き)で14500ドル。消費者物価指数基準1923/2019で14.89倍、現在価値2377万円。(2020-4-12追記: ブラック・マスク掲載時には4500ドルだった!ならば736万円が正解。直しの入った1951年の基準なら9.95倍なので$14500=1585万円。1951年の$4500なら492万円なので流石に安すぎる、という判断で数字をいじったのだろう)
銃は年代もののくたびれたリヴォルヴァー(ancient and battered revolver)が登場。無理矢理候補をあげるとコルトならNew Service(1898)、S&Wならミリタリー&ポリス(1899)あたり。

⑵The House in Turk Street 1924-4-15 オプ第10作: 評価7点
展開は結構盛っている感じ。でも登場するキャラが強烈。p53「色は関係ない」の前振りが無く意味不明になってるのは、多分ルビ漏れ。(びくつくことない、の原文には「色」が出てくる) ある「習慣(p68)」が話題になってますが本当かなあ。

⑶The Girl with the Silver Eyes 1924-6 オプ第11作: 評価7点
ブラックマスク誌は5月から月刊誌に。(値段は据え置き20セント。以前は月2回発行) この作品もかなり盛っています。ポーキーが素晴らしい。出てくる「モンスターな外車」はイスパノスイザあたりか。情報料5ドルは消費者物価指数基準1924/2019で14.55倍、現在価値8008円。

⑷The Big Knockover 1927-2 オプ第22作: 評価7点
⑸$106000 Blood Money 1927-5 オプ第23作: 評価6点
前後篇だと思ったら、3号離れての掲載。確かに⑷は単独でも楽しめます。⑷の冒頭からの流れはアメコミの世界。(キャラもディック トレーシー風味) 緊張感溢れる酒場のシーンは最高。沢山の歌が出てきますが1曲を除き調べつかず。
p148 ≪なにをしたいか教えてくれたら、なにをあげられるか教えてあげる≫ Tell Me What You Want and I’ll Tell You What You Get: 不明
p149 ≪浮浪者になりたい≫ I Want to Be a Bum: 不明
p153 ≪恋に破れたスー≫(Broken-hearted Sue): Breen、De Rose、Paskman作。1926年10月The Whispering Pianist (Art Gillham)の録音あり。
p165 ≪浮気しないで≫ Don’t You Cheat:不明
銃関係ではマシンガン(当時の短機関銃ならトンプソン一択か)、30-30ライフル(a .30-30 rifle、30-30ウィンチェスター弾を使うライフルはレバーアクションが多く、リコイルも軽めなので、こーゆー使い方はピッタリ)、44口径の弾丸(まだマグナム弾は開発されてません)が登場。通常は38スペシャル弾で充分なんですが、一発必殺の威力重視派は44口径(銃はS&Wリヴォルヴァ)を使う、という感じ。
10ドルのネタ、75ドルのコート、パジャマの洗濯代だけで26セントは消費者物価指数基準1927/2019の14.22倍。現在価値はそれぞれ15653円、11万7千円、407円。
登場する1ドル銀貨(p152 a silver dollar)は1921年から流通しているPeace dollarだと思われます。
なお「ホームズさん」(p307, my dear Sherlock)は原文どおり「シャーロック」が良いのでは?

⑹The Main Death 1927-6 オプ第24作: 評価6点
短い作品ですがキャラが印象的。
p321 デジール デュクール(Désir du Coeur): Ybryの香水。1925年発売。ボトルデザインはBaccarat。
p339 夫人はそこで『陽はまた昇る』を読んでいた: 1926年10月出版。ヘミングウェイへの直接的な言及があったのですね。残念ながら本の感想は書かれていません。センスの良い女、という描写なのか。

⑺Death and Company 1930-11 評価6点
ひねくれたユーモアセンスが良い。
p360 百ドル紙幣: 1914年以来、ベンジャミン フランクリンの肖像でお馴染み。消費者物価指数基準1930/2019で14.63倍、現在価値16万1千円。
p362 チャーリー ロス事件: Charles Brewster "Charley" Ross (1870年5月4日 - 1874年7月1日失踪)は、アメリカ合衆国史上、最初の身代金誘拐事件。(wiki)

一冊読んだだけですが、キャラ重視の作家だと思いました。いろんな人に会う職業だと、結構面白いキャラネタを持ってるはず。プロットにはあまり興味がなさそう。文章はわかりやすさを心がけてる感じ。次はThe Red Harvest(もちろん小鷹訳で)を読んでみるつもりです。

No.139 5点 夜歩く- ジョン・ディクスン・カー 2019/06/02 11:53
JDC/CDファン評価★★★☆☆
バンコラン第1作。1930年出版。創元文庫の新訳(2013)で読みました。新訳はセリフの感覚がちょっと… 持っていないので比べてませんが、多分私は創元旧版(井上 一夫)と合いそうな予感。
もちろん40年ほど前に早川文庫で読んでいますが、あらゆる場面が新鮮でした。
どうやらHarper初版はSealed Mysteryシリーズとして出版されたようで、初版は第13章以降が封印されています。(袋とじを破らなかったら返金するやつ) シリーズの他の作品がダストカバー(Webに写真あり)に載ってるのですがどれも知らない作家(Austen Allen, Mary Plum, Milton Propper, Lynn Brock)の知らない作品。
不可能状況の説明に手間取ってるのが残念。インパクトが弱まっています。それに不気味さを盛り上げるのが下手です。まーいつものオカルトの扱いが雑なJDCですね。大ネタはうっすらと記憶に残っていて驚けませんでした。そして、せっかくのダブル美女なのに書き分け出来てません。世紀末風の耽美溢れる(ちょいエロ風味の)ネタはとても良いのですが充分生かせてないんです。一番生き生きと描けているキャラはゴルトンかなあ。
もとになった中篇グランギニョール(初出: 学生誌Haverfordian 1929年3〜4月号)も読んでみたいと思いました。
ところで今更気づいたのですが、黄金時代の作品群は、探偵小説を読みすぎた者のためのメタ探偵小説なんですね。探偵小説趣味が蔓延していることが前提になっています。「小説みたいな事件が起こった」という小説です。
以下、トリビア。原文が入手出来ていないので調べは行き届いていません。
作中時間は1927年4月23日から始まる事件(p13)と明記。
現在価値への換算はフランス消費者物価指数基準1927/2019で417.81倍、417.81旧フラン=0.64ユーロで計算。
p66 ポオいうところの「対戦相手の力量を図る」: The Purloined Letter ”And the identification,” I said, “of the reasoner's intellect with that of his opponent.”
p66『不思議の国のアリス』: 作者の好み全開です。あまり筋に絡まないのが残念。
p106 “春の犬や冬を狩りたて(…)”: 英語の詩らしい。教養がないので知らず。(訳注なしは常識だよね、ということか) 直前にボードレール『悪の華』が言及されている。
p108「消えておしまい、いやなしみ!(…)」: ここも訳注なし。マクベスだと思いますが…
p125 ワインの正しい区別: なんか怒って主張しています。にわかワイン通って嫌ですねえ。
p136 故ルーズヴェルト氏: 勇敢な狩猟家として有名な… セオドア ローズベルト大統領(1919没)のことですね。(私は清水俊二派です)
p138 二千フラン札: 現在価値15万5千円。Standard Catalog of World Paper Moneyで調べましたが、1930年に流通してる最高額面は1000フラン札のようです。過去に2000フラン札は発行されたことがない?5000フラン札は直近では1918年に発行されていますが…
p140 雨が降るよ(…): Il pleut, il pleut bergere/Rentre tes blancs moutons フランス民謡。
p141 愛しマドロンよ(…): Quand Madelon vient nous servir à boire 作詞Louis Bousquet、作曲Camille Robert。コメディアンBach (Charles-Joseph Pasquier)が1914-3-19にcafé-concert l'Eldoradoで歌ったのが最初。(wiki)
p165『コレラ讃』を引用(…)“先に逝く者へ手向け… あとに続く死者へ万歳!”: 調べていませんが、なんかあるのでしょう。
p165 グラスをこなごなに: ロシア流の乾杯作法ですが、先生が出してくれたグラスでやってるんですよ。いいんでしょうか。
p173 ガストン ルルーの小説を読んだんだな!: 警察の科学捜査をなめるな、とバンコランは言うのですが、後年JDCは結構、警察の無能に寄りかかった小説を書いてます…
p174 アメリカでは密告と拷問: 比べてフランスでは科学捜査が… と言うバンコラン。このフランス警察優位説はどこらへんから来てるのだろう。
p180 いきなり客席に向き直って: 作中人物が直接読者に呼びかけるネタの胚芽がここにあった!
p183 探偵: 語り手のジェフ マールは「自分が探偵だ」と言う。えっ?どう言う意味?
p184 サックス ローマー: プレッツェル蛇のネタ。どこか別なところでも読んだ気がする…
p184 エルクス慈善組織: Benevolent and Protective Order of Elksですね。私はクール&ラムで知りました。
p202 五百フラン: 緊急時の医者への謝礼。現在価値15500円。
p204 バルベー ドールヴィイの「虎の血と蜜」: Jules Barbey d'Aurevilly、作品名ではなく引用句か。
p208 ジョン ゴールズワージー: 有名作家John Galsworthy(1867-1933)のこと?バンコランの友人にされている。
p209 ユージーン オニール: 確かオニールの劇が上演されなかったシーズンにおきた(小説上の)事件がありましたよね…
p212 門番(コンシエルジュ)族特有の棒読みのきんきん声: コンシエルジュはすっかり日本語になった感じです。でもこのような印象は無かったなあ。
p224 サタデー イヴニング ポストの挿絵画家ブラウン: Arthur William Brown(1881-1966) 1903-1941までポスト紙に掲載記録あり。(FictionMags Index)
p280 オーケストラが“ハレルヤ”の最終音符をばんと打つ: ミュージカルHit the Deck!(1927)の挿入歌Hallelujah(作曲Youmans、作詞Robin+Grey)のことだと思います。もちろんハレルヤの歌詞を持つ曲は沢山ありますが… ところでこの作品にはジャズオーケストラの演奏がバックグラウンドに騒がしく流れてるのですが、曲調はルイ アームストロング初期(Hot Five&Hot Seven)のやつをイメージすれば良いと思います。エリントンやベイシーはまだ先ですから… Billy Cotton楽団やRay Ventura楽団が年代的にはぴったりかな。

最後の文章は意味がちょっとわかりません。(いや大体わかるんですが、折角のキメ文句なのにスパッとしてない感じを受けたんです) 早川文庫(文村潤)の方は多分誤訳。原文はどうなってるのかな。

No.138 7点 ケンネル殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン 2019/05/27 01:25
初出Cosmopolitan 1932年11月〜1933年2月号(4回分載, 挿絵E.M. Jackson) 単行本1933年出版。創元文庫(初版1960年2月)で読みました。
冒頭からの流れが良く、強烈な謎の提示、展開もスムーズで小ネタも充実。本格探偵小説の王道、どっしり構えた横綱相撲です。解決篇も(不満は多いにあるでしょうが)わたし的には充分な出来。皆さんの評価が高いのも納得です。スケール感が小さく、ちょっとまとまりすぎなのが不満ですがヴァンダイン最高傑作ですね。
読む前には、不況に突入したので貴族的なヴァンスに可愛い属性(犬を前にしたらデレる)を読者サービスとして提供したのかな?と想像してました。でも結局、事件とケンネル、ほとんど関係ないじゃん。
初出のコスモポリタン1932年11月号(Cosmopolitan v093 n11)と1933年1月号(v094 n01)は無料で公開(イラストや広告も全部!)されています。映画も『ケンネル』だけは入手しやすいですね。(映画の感想は最後に)
さてトリビアです。
事件は『スカラベ』の三カ月後、1923年10月11日(木)に発生。
銃はrevolver、38口径でアイボリーグリップのようです。引き金に彫り(trigger incised)入り。メーカー等不明。
p33 メフィスト型のスリッパ(Mephisto slippers): 調べつかず。
p50 私の葬式じゃないもんでね(It ain’t my funeral): 私の責任ではない、という意味。
p78 このチャンコロの部屋(this joss-house):「中国寺院」の意味で、蔑称では無いようです。p136以下、ヒース部長が使う「チャンコロ」はChinkで、これは侮蔑語。
p114 黄色新聞はなんといってたっけ—このネタ(this—what do the yellow journals call it?—probe): probeは調査、探索という意味。黄色新聞でよく使われる表現?
p149 賢いというのは、われわれの国民的欠陥です(Cleverness is our national curse): ヴァンスの発言。cleverはwiseと比べると、表面的な頭の良さ,巧妙さを強調する語とのこと。
p149 英国人となると、賢さも深さもありません(England, however, has neither cleverness nor profundity): イタリア人の発言。
p227 ガボリオ、ポーからコナン ドイル、オースチン フリーマンにいたる(from Gaboriau and Poe to A. Conan Doyle and Austin Freeman): 探偵小説の代表
p228 エドガー ウォーレスの≪新しいピンの手がかり≫(‘The Clue of the New Pin,’ by Edgar Wallace): 1923年出版。

さて映画を観ましたが、快調な演出ですが、あんまり驚けない内容。探偵ものは難しいですね。revolver と言ってるのに出てくるのはautomatic拳銃だし。(もしかしてhand gunの意味でrevolverを使うことがあったのか?)

No.137 5点 四つの署名- アーサー・コナン・ドイル 2019/05/25 08:19
初出Lippincott’s Monthly Magazine 1890年2月号(英国版&米国版、挿絵Herbert Denman, 1枚だけ) 単行本Spencer Blackett 1891年10月出版(挿絵Charles Kerr, 1枚だけ) 河出の単行本全集2(1998)で読みました。Christopher Rodenによる注釈167項目と解説文付き。河出全集は、挿絵が充実しており、本書には前述のDenmanとKerrそれぞれ1点ずつと1903年4月刊行George Newnes社イラストレイテッド版単行本のF.H. Townsend8点を収録。小林&東山コンビの訳は穏当ですが、延原さんのリズム感に欠けてます。
物語はホームズとワトスンの有名な会話から。導入部として素晴らしい出来栄え。モースタン嬢の描写は足りない感じ。すでに男がいるのかいないのかを全然気にしていないのが変ですね。貧乏ワトスンのやきもき感だけは伝わってきますが… (執筆時のドイルも貧乏医師で駆け出し作家) 恋愛要素は展開が単調。冒険要素も結構あっさり目。過去の因縁話はもっと長かったような記憶があったのですが、前作の轍を踏んでいないところを見ると『緋色』の2部構成は作者としても失敗だったと思ってたのかも。
トリヴィアは今までさんざん全世界のシャーロッキアンがやってる事なので、今回も手を抜いて、あえてほとんど調べず、気になった項目だけを記しておきます。
事件は1888年9月の出来事と明記。『緋色』事件から7年もの年月が経過してるなんて意外です。前作との時間の隔たりはほとんど無い感じ。作者のつもりでもそーゆー設定だと思います。以下の現在価値の換算は、英国消費者物価指数基準1888/2019で128.90倍、1ポンドの現在価値18047円で計算。
銃は、ホームズが引き出しから取り出す「拳銃」(p31, took his revolver from his drawer)とワトスンの机にある「昔の軍用拳銃」(p119, I have my old service-revolver in my desk)が登場。いずれの拳銃もこれ以上の具体的描写がないのでメーカーや種類の特定が難しいのですが(ワトスンの銃については『緋色』で考察したので、そちらを参照願います) 一つ気になったところがあります。ホームズが犯人追跡中、今後の用心のため銃に弾丸を装填するのですが、たった2発しか込めないのです。(p89, He took out his revolver as he spoke, having loaded two of the chambers, he put it back into the right-hand pocket of his jacket.) 以下、妄想してみました。
<仮説1: 実はデリンジャー?> すぐに思いつくのは2発しか込められないタイプの拳銃。最も有名なのはレミントン ダブル デリンジャー モデル95(1866) ポケットに余裕で収まるミニ拳銃。でも回転式弾倉ではないのでrevolverとは言いません。(実はどー読んでも銃はレミントン ダブルなのにJ.D. カーがrevolverと書いた例(『魔女の隠れ家』)あり)
<仮説2: two shot revolverというのがある?> ネットで調べると畜殺用にリボルバーを改造して2発しか込められない拳銃を称してtwo shotと言うようです。英国の銃規制が原因らしい。でもホームズ当時の銃規制はまだ厳しくなかったし、わざわざ屠畜用の不便な拳銃を持って行く必要性もない。(屠畜のイメージで相手が獣という暗示?)
<仮説3: one shot, one kill主義だった> 相手が2人なら2発で充分。無駄弾不要。
<仮説4: 弾を2つしか持っていなかった> まーこんな理由なんでしょうね。当日は危険な任務をあまり予想してなかったと思われます。弾丸を込める前、ワトスンに銃持ってきてない?と聞いてるのは、僕のほうは2発しか無いんだよ…という不安からなのかも。
p15 フランスの探偵界: フランス優位の時代です。
p20 五十ギニーもする高価な時計: 現在価値95万円。(小林&東山による河出の注では「現在の約63万円」)
p25 一束6ペンスの封筒(Envelopes at sixpence a packet): 高級品と思われる。現在価値451円。(河出の注では「現在の約600円」上記の換算と明らかに矛盾。50ギニー=50×21シリング=50×21×12ペンス=2100×6ペンス)
p26 左から三番目の柱: なぜ三番目の柱?と思った人は関矢みっちょんさん主催の主催のホームズサイトshworld.fan.coocan.jpへ。
p27 Au revoir: モースタン嬢が返事をするのですが、なぜかフランス語です。実は、翻訳からは読み取ることが出来ませんが、先にホームズがAu revoirと言ったのを返しただけです。
p29 しがない退役軍医: 原文an army surgeon。「退役」は余計な読み込みだと思いました。延原訳でも「一介の退役軍医」
p71『小才のきく愚か者ほど、始末に悪い愚か者はない』: 無能な働き者、のヴァリエーションですね。by ラロシュフコー『箴言』451番(河出の注) 原文フランス語。ジョウンズ君本人にはわからないように外国語で言ってる?
p71 あなたがこれから言うことは、すべて、あなたに不利な証拠として用いられることがあります: ミランダの原初形。この習慣はいつ頃からなのか。
p73 いま1時だ。元気な馬に交換できれば、3時までには戻れるだろう(It is one now. I ought to be back before three, if I can get a fresh horse): 夜中なので、見つからない懸念があっての発言か。「交換」は読み込みすぎのように感じる。延原訳では「馬の元気な辻馬車さえ見あたったら」ググるとUpper NorwoodからLower Camberwellまで約7km、徒歩で1時間半程度。
p76 退職年金を受けている軍医(a half-pay surgeon): ヴィクトリア朝Royal NavyのStaff Surgeonの年収が383〜438ポンドというネット情報あり。『緋色』でワトスンの手当は日額11シリング6ペンス(年額で209ポンド17シリング6ペンス、現在価値379万円)とあるので、確かに半額です。でもStaff Surgeonは当時のワトスンの身分と同等なのか。
p82 マーティニ銃弾を相手にする(I would sooner face a Martini bullet):.577/450 Martini-Henry弾、英国陸軍の制定銃Martini-Henry(1871-1918)の弾丸です。日本の銃世界では「マルティニ・ヘンリー」という表記が一般的。延原訳「マルティニ銃で狙われる」
p89 角のパブは、店を開けたばかりで(…)朝の一杯をひっかけ: 朝の四時くらいの情景。当時はこんなに早くからオープンしてたのですね。
p93 一シリングほしい: 子供へのお駄賃。現在価値902円。結局ホームズは子供に2シリング渡しています。河出の注では「現在の約1200円に相当」p25の換算とは整合。
p100 三ボッブとタナー(three bob and a tanner): 3シリング6ペンスのこと(河出の注)
p100 次からは: 『緋色』でも同じことをウィギンズに注意してましたが…
p100 見つけたものには、さらに1ギニーあげよう。これが1日分の前払いだ…[全員に1シリング渡す]: 成功報酬1ギニー(現在価値約1万9千円)は高額ですね…
p105 半ソブリン金貨: 10シリング(現在価値9024円)相当。トビーの貸し賃。当時の半ソブリン金貨は純金、ヴィクトリア女王のJubilee Head(1887年から)、4g、直径19mm。
p110 謝礼5ポンド: 行方不明者の情報に対する謝礼。現在価値9万円。
p116 名優だ(…)週に10ポンドは稼げそう: 年収で現在価値938万円。千両役者という決まり文句なのか。
p116 このワトスンが、わたしのかかわった事件のうちいくつかを発表(our friend here took to publishing some of my cases): 初版からこの表現?であればsome of my casesが気になりますが…
p137 二、三十万ポンド(…)年金にすれば1万ポンド(will have a couple of hundred thousand [...] An annuity of ten thousand pounds): 普通に運用すれば年収1万ポンド(現在価値1億8千万)は固い、ということなのでしょう。
p140 テナー(a tenner): 警官が貰えると思っていた謝礼。
p143 女王陛下の1シリングのお手当を頂く(taking the queen’s shilling): 陸軍に入隊するの意。(河出の注)
p151 モイドール金貨(gold moidores): ポルトガル金貨(moeda d’ouro)のこと。イングランド西部やアイルランドでも結構流通していたという。英国では27シリング(現在価値24363円)相当。(本来はdouble moidoresの換算価値)

ドイルはこの中篇1作でリピンコット誌から100ポンドを得ました。(前回と違い版権は作者が保持。地方紙でも1890年だけで3紙が連載しており他の出版と合わせると結構な収入になったものと思われます) ストランド誌の最初のホームズもの6短篇の原稿料は1作あたり約30ポンド、続く6作では1作50ポンド。そしてホームズを殺したいドイルが12作1000ポンド(1作あたり83ポンド)をふっかけたにもかかわらずストランド誌は申し出を受け、物語は続いて行くことに…

No.136 6点 緋色の研究- アーサー・コナン・ドイル 2019/05/19 22:02
初出Beeton's Christmas Annual(1887年11月刊行、挿絵David Henry Friston)。単行本Ward, Lock & Co. London 1888年7月出版(挿絵Charled Doyle)。新潮文庫(1977年10月15日 39刷)で読みました。河出文庫2014の注釈も参照。やはり延原訳の会話は良いですね。生き生きと自由な感じ。
一気に引き込まれる冒頭からの流れ。変な男と知り合い、その正体が徐々にわかる描写が素晴らしい。どこが「奇怪な事件」なの?はミステリを読みすぎた現代人と当時の読者とのギャップですね。途中、ホームズによる謎の解明が少しずつあり、ワトスン(と読者)を置いてけぼりにしない構成が上手。展開も起伏に富んだカラフルなもの。第2部は、かったるい、という印象。作者の無茶な書きっぷりが興味深いだけです。(読み返すまでずっとこの部分も一人称だと思ってました) やはり第2部が盛り上がらないのが欠点。悪党二人の描きわけも不十分。でも第1部は非常に良く出来ている、とあらためて感心しました。
トリヴィアは今までさんざん全世界のシャーロッキアンがやってる事なので、手を抜いて、あえてほとんど調べず、気になった項目だけを記しておきます。原文は参照してません。一番詳しい注解は河出の単行本(1997, Oxford版1993による注釈約390項目。私は持ってません)ですが文庫(2014)は注をかなり省略(68項目)してるのでご注意。次いでKlinger版2006(注釈約270項目, ガソジーン版299項目?)が良いらしいが翻訳は出てません。
事件発生はベアリンググールド説で1881年3月。以下の現在価値換算は英国消費者物価指数基準1881/2019で120.58倍です。
「緋色」(scarlet)という語は『緋文字』1850と関係あり?読者にそーゆー「オトナ」のイメージを喚起したかったのか?
p7 むこう9ヵ月の休暇: この時点でワトスンの兵役は継続中だった?(第1部のサブタイトルで「元陸軍軍医」となっており1887年には除隊していることが明示されています)
p7 一日11シリング6ペンスの支給額: 現在価値10058円。一日でこの額なら結構なもの、と思うのですが、毎日ホテル暮らしは無理でしょうね。(ホテル代は1日いくらだったのか)
p9 いい部屋(...)半分持ちあって: 当時ルームシェアは普通のこと?
p16 強い煙草(...)シップス: 水兵たちの好んだ強い煙草(河出)
p16 ブルドッグの仔を飼っている: かんしゃく持ちという意味らしい。
p17 『人類の正しき研究は個人を見ること』: by アレキザンダー ホープ (河出)
p27 一対千の賭け: ワトスンらしい無謀なレート
p30 ポウのデュパン: S.H.「きわめて精薄な見え(...)驚異的な人物じゃないよ。」
p30 ガボリオウのルコック: S.H.「あわれな不器用ものさ。」
p30 好きな人物をふたりまで: 当時の代表的な探偵は上記の二人。
p36 僕には関係ない(…)解決したってグレグスンやレストレードの功績になる(…)僕は役人じゃない: ホームズの愚痴。名をあげるのに興味は無いはずなのに…と違和感があった場面なのですが、よく考えると諮問探偵「業」です。公的な捜査の手伝いをしても全然儲からないよ、と言うのが裏の意味か。
p43 ばら銭が7ポンド13シリング: 現在価値122476円。
p45 まっ赤な字でただ一語[血で書かれた文字]: 古典的なイメージの場面。最初の例は『聖書』? 類似の有名な犯罪例はあったのか。あとの方で米国に例があったような書きぶりですが…
p54 半ソブリン金貨: 1/2ポンド。ヴィクトリア女王のYoung Head、純金、4グラム、直径19mm。現在価値8441円。巡査にとっては割りの良い手間賃。
p56 名刺: 当時の名刺はどんなデザインだったのか。
p56 犬だが狼ではない: 犬は嗅ぎ回るもの、狼は悪い奴。よく使われる言い回しなのかも。
p57 コロンバインの『新流行歌』(Columbine’s New-fangled Banner): “The Star-Spangled Banner" was recognized for official use by the United States Navy in 1889. (wiki) 作詞作曲は古いが正式採用は意外と新しい。
p59 二対一の賭け: ホームズの賭け率は慎重。
p61 音楽についてダーウィンが[主張していること]: 読んでみたいですね。
p64 古い軍用拳銃(my old service revolver): 描写からポケットに入る大きさ?1872-1880の新しい英国陸軍拳銃はJohn Adams (Strand, London), calibre .450 Centre Fire M1872 British Army Mark III。このリボルバーは官給ではなく自費支弁らしいので休暇中でもワトスンが所持していて当然ですね。全長292mm重さ1キロ少々でポッケに入れるには大きめ。ただしoldを文字通り捉えるとBeaumont-Adams Revolver M1856の方が適当か。こちらなら元々442口径パーカッション式だったのを1868年ごろ450口径センターファイア式に改修した奴だと思います。デザイン及びサイズは上と同様。【この項目だけガッチリ調べて記載しました】
p71 ドイツ系(...) 社会主義: テレグラフ紙の記事。革命家と毒殺魔(ブランヴィリエ夫人など)とダーウィンとマルサスが同列に語られる…
p73『ばか者に感心する大ばか者は絶ゆることなし』: 何かの引用。
p74 お駄賃1シリングを1人ずつに渡し: 現在価値844円。イレギュラーズへの日当。
p81 ふたりで週14ポンド: 下宿代。現在価値23万6千円。月額にすると約百万円。凄いお大尽ぶり。これなら少々羽目を外しても…
p85 ハリデエ特殊ホテル: 原文Halliday’s Private Hotel、民泊的なものか?
p115 モルモン教徒: ドイルは何故この教団のネタを選んだのか。
p135 古い散弾銃: 当時(1860年)ならパーカッション式のものが一般的。
p144 金貨で二千ドルと紙幣で五千ドル: 1860年当時の最高額面20ドル金貨でも100枚、全重量33.4kg。紙幣の方は100ドル札が最高額面。米国消費者物価指数基準1860/2019は30.79倍、7000ドルの現在価値は2373万円。
p145 拳銃: 当時(1860年)のリボルバーで有名どころのみ。Colt M1851 Navy他同社製多数, Kerr 1859, Lefaucheux M1858, LeMat M1855, Remington M1858, S&W Model 1 1857, Starr M1856, Tranter M1853。南北戦争前夜は色々兵器が開発されました。

なお、ワード ロック社はこの原稿を版権買取として25ポンドで手に入れました。英国消費者物価指数基準1886/2019は128.9倍、現在価値45万円です。ど新人としては普通レベルなのかな。

(追記: 2019-5-20) 関矢みっちょんさん主催のホームズのサイトshworld.fan.coocan.jpの『四つの署名』のところを見たら驚くべき情報が!ドイルによる戯曲『暗黒の天使たち』(1890年10月頃完成、未上演)は『緋色』のルーシー フェリア×ワトスンねた(ホームズは登場しない)だと言う… ううむ。ドイルにとっても第2部は消化不良だったのか。

No.135 5点 カブト虫殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン 2019/05/19 00:07
初出American Magazine 1929年12月〜1930年6月号(7回分載、挿絵Raymond G. Sisley) 1930年6月?出版。表紙絵 真鍋博の創元文庫で読みました。
井上勇先生の翻訳は格調高く、しかも版の異動まできっちり記載しています。(カッセル版とスクリブナー版1936年を参照)
次々と見つかる不利な証拠に対し、ヴァンスはどう推理する?という流れがスリリング。でも一旦、手品が披露されたあとは失速、展開の妙に欠けています。ヴァンスが好き勝手に振る舞い、マーカム(&ヒース)はただただおろおろするだけ、というのがつまらない。対立のコントラストをしっかり描けば、もっと盛り上がったと思います。エジプト学の蘊蓄はたっぷり。献辞に数人が挙げられてるので、お勉強の成果でしょう。なおSisleyの挿絵が1枚だけfadedpageのScarab Murder Caseにありました。
以下、トリヴィア。
事件の始まりは7月13日金曜日、前作等から考えて1923年。ツタンカーメンの呪いが有名になるのはカーナヴォン卿の死(1923年4月)からで、本書の中でも言及されてます。
p39 真空掃除機(vacuum cleaner): Hoover’s Electric Suction Sweeper(スティック型の真空掃除機)の販売は1908年から。1923年のモデル541の動画がネットにあります。ポータブルタンク型が米国で普及したのは1924年のElectrolux Model Vからなので、ここで使ってるのはスティック型と思われる。(ただしModel Vがスウェーデンで開発・販売されたのは1921年)
p47 私はファイロ ヴァンスの法律顧問、金銭出納係、不断の伴侶として(As legal adviser, monetary steward and constant companion of Philo Vance): ヴァンダインの自己紹介。相変わらず影のごとくひっそりとつきまとい記録を取るだけの存在です。
p53 コディントン鏡(Coddington lens): 小さいが拡大率の大きなレンズのようですね。
p59 フォア・イン・ハンド(four-in-hand): ごく普通のネクタイの結び方、又はごく一般的な形の幅タイ(ネクタイ)のこと。ここでは後者。
p63 最近にあったカーナーヴォン卿の悲劇(the recent tragedy of Lord Carnarvon): 訳注によるとカッセル版では、卿の名前をあげず「有名な一探検家」となっているらしい。
p88 ネフレト イチ女王(Queen Nefret-îti): ネフェルティティ、古代エジプト界三大美女の一人。
p147 妥当な疑惑(reasonable doubt): 「合理的な疑い」が現在の定訳のようです。
p175 フランス・コーヒー(…) 殺人的な飲みものだ。フランス人が熱いミルクをたっぷり入れるのも無理はないよ。(French coffee [...] An excruciatin’ beverage. No wonder the French fill it full of hot milk): ヴァンスはお嫌いのようで。
p225 いつだって、伯母さんを引き合いに出す。伯父さんはいないのか(You’re always calling on an aunt. Haven’t you any uncles?): ヴァンスがOh, my aunt!と叫ぶのはGodと言いたくないからでしょうね。
p274 フィルハーモニック シンフォニー オーケストラの新しい指揮者アルツーロ トスカニーニ(Arturo Toscanini, the new conductor of the Philharmonic-Symphony Orchestra):時事ネタは、前作のイプセン同様、作中時間からズレてます。トスカニーニがニューヨーク フィルの指揮をしたのは1926年が最初。常任指揮者は1927年から。いつもの通り、ヒネリのない、ありふれた感想です。
p283 ぶかっこうな陸軍拳銃(a brutal-looking army revolver): 当時の米国陸軍のリボルバーはUnited States Revolver, Caliber .45, M1917ですね。コルト製とS&W製の2種類あり。エジプトで入手した可能性を考えると英国陸軍御用達のWebleyリボルバー(455口径)の可能性も。
p310 最近、エジプトで発掘事業に参与した人たちのなかに、九人ばかり偶然の死者が出ましたね。(There have been nine more or less coincidental deaths of late among those connected with the excavations in Egypt): いわゆる「ツタンカーメンの呪い」ですが、注で名前が挙げられている9人のうち、1923年7月までに死んでいるのは2人だけ。(前出のカーナヴォン卿を含む。ただしWoolf JoelとLafleur教授の死亡日は調べつかず。Joel 1923年? Lafleur 1924年?) リスト9人目のG.A. Bénéditeは1926-3-26死亡。
p321 僕は人情味がありすぎるんだ。若いときの夢を、まだたくさん持ちつづけているのでね。(I’m far too humane—I’ve retained too many of my early illusions.): ヴァンスのセリフですが何か意味深な感じ。この内容についての説明はありません。

No.134 7点 11人いる!- 萩尾望都 2019/05/17 05:41
子供の頃、じいちゃんの家で見つけた少女雑誌(叔母さんが昔、買ってたもの)にこれが載ってて、でも前編だけだったのです。設定がいかにもエスエフ!そーゆーのほぼ初めてだったので強烈に刷り込まれました。若い、瑞々しい作品です。
後編、どーなるの?とずっと気になってて、でも見るのが怖いような気がして、やっと十年後くらいに単行本で読んだのですが… まあね。がっかりでしたよ。期待が大きすぎた訳です。
しばらく読み返してないので、警部さんのおかげでまた読みたくなりました。書庫を探さなくては… という訳で個人的には残念感が印象深い作品なのですが、日本SF界黎明期の大傑作です。若さって素晴らしいですね。

No.133 6点 僧正殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン 2019/05/16 01:53
The American Magazine 1928年10月号〜1929年3月号(6回分載、挿絵Herbert Morton Stoops)、1929年2月20日出版。創元文庫の新訳で読了。
前年の「グリーン家」同様、本格ミステリ史に残るベストセラー。(1929年第4位)
確かに冒頭からグイグイ引き込まれる流れ(童謡殺人なんてそんな阿呆な!)が素晴らしい。エキセントリックなキャラたちも良い感じ。でも途中で失速、なんだかグズグズした展開、隔靴掻痒という感じです。小説が下手だな〜という感想を持ちました。前作より色々やってくれるので評価はこっちの方が上です。
ところで、ゆがんだ母親といじけた息子の描写があり「グリーン家」でも似たモチーフが…この設定、作者にこだわりあり?
以下、トリヴィア。
作中時間は「グリーン家」の翌年1921年4月。
銃は三十二口径の真珠貝の握りのリボルバー(a small pearl-handled .32)と三十八口径のコルト自動拳銃(a .38 Colt automatic)が出てきます。「小さな鉄砲」(p142, a little gun)という単語だけでヴァンスは「三十二口径だ!」と断定するのですが、二十五口径弾(25ACP)が1905年にポケットピストルFN M1905(長さ114mm)とともに誕生しており、コルトなどもこの口径でポケットサイズのピストルを製造してるので「小さな鉄砲」のナンバーワン候補は25口径のはず。(22口径銃は的当て目的な感じなので銃身が長い傾向あり) 32口径と断じた根拠はあるのかな? (威力を考えると最低でも32口径は欲しいという犯罪者心理を分析した?) なお「小さい銃」というイメージだけなら41口径レミントンM95ダブル デリンジャー(長さ123mm)が最も有名か。当時の38口径コルト自動拳銃はM1908 Pocket Hammerless(380ACP, こっちが有力)かM1903 Pocket Hammer(38ACP, やや弱い弾で20年代初頭には廃れた)。
p133 日本人給仕(Japanese valet): 名前すら出てきません。完全な脇役。
p149 十五ドル: 死者の所持金。消費者物価指数基準1921/2019で14.28倍、現在価値23886円。
p234 『ロスメルスホルム』(…)ニューヨークじゃ、今またイプセンばやりだな。(Rosmersholm, [...] There’s a revival of Ibsen’s dramas at present in New York.): メジャープロダクションのニューヨーク公演を調べると1923年〜1926年に14本のイプセン劇が上演されています。1918年3本(全てアラ ナジモバ主演)ですが、1919年〜1921年は全く無し。1907年5本がその前の山。このような時事ネタでは作者がうっかり作中時間と整合性が無いことを書いちゃってます。なおRosmersholmに限ると1904初演?, 1907, 1924, 1925年のNY公演あり、作者は後の二つのどっちかを観たのか。(“Ibsen in America”のリストによる)
p234 ウォルター ハムデン(Walter Hampden): 1928年『民衆の敵』NYハムデン劇場の主演で有名。1925年『ロスメルスホルム』公演もハムデン劇場で上演したのかも。(調べつかず)
p249 日本家屋の鬼瓦さながらに(like a japish gargoyle): japishはヴァンス全集中に3箇所用例あり。他の二つはwith a japish smile(grin)。jape+ishの意味らしい。「いたずらっぽいガーゴイルのように」が正解?
p267 メトロポリタン劇場に、ジェラルディン ファーラーの『ルイーズ』を聴きに(to the Metropolitan and heard Geraldine Farrar in “Louise.”):ここでは4月15日(金)に観劇したと書かれてますが、実際は1921-4-13上演。1921-4-15だと昼の部Lohengrin英語版(Orville Harrold主演)、夜の部Il Trovatore(Claudia Muzio, Giovanni Martinelli他)。日替わりで色々な演目をやるのですね… (MET Opera Database調べ)
p357 イプセンの『幽霊』の舞台を観に行った(a performance of Ibsen’s “Ghosts”): 1920年代のニューヨーク公演は1922, 1923, 1925, 1926年。(上記のリストから)
p360 イプセンの『王位を窺うものたち』(Ibsen’s ‘Pretenders’): 米国初演はミネアポリス1978年(生誕150周年記念)のようです。
p363 [イプセンには]ゲーテの『ファウスト』にあるような審美的な様式、あるいは哲学的な深み[を見出せない]: こーゆー誰も反論する気にならない例を持ち出すところが薄っぺらいですね…
p391 最近では、日本の乃木大将の気高い行為…(And in modern times let us not forget the sublime gesture of Baron Nogi): 聖書のサムソン、ユダ、歴史上のブルータス、ハンニバル、クレオパトラ、セネカ、デモステネス、アリストテレスなどと並び称されています。でも唐突に現代(1912年)の例が1件だけ。

No.132 5点 グリーン家殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン 2019/05/12 11:23
Scribner’s Magazine 1928年1月〜4月分載(雑誌の表紙から判断)、1928年3月24日出版。新訳はまだずっと先のようなので井上 勇さんの創元文庫版で読みました。格調高い翻訳ですね。(p411を新訳でどう処理するのかが楽しみです)
本格ミステリ史に残るベストセラー。Publisher’s Weeklyのリスト(US版)で1928年第4位(翌年の「僧正」も同じ順位) という凄い記録を残しています。このリストに載った本格ミステリは他に「バスカヴィル家」1902年第7位、「カーテン」1975年第3位、「スリーピング・マーダー」1976年第2位くらい。(ミステリ界で目についたのは「レベッカ」1938年第4位&1939年第3位[これも凄い]、「寒い国から帰ったスパイ」1964年第1位、「007は二度死ぬ」1964年第8位、「鏡の国の戦争」1965年第4位、「黄金銃を持つ男」1965年第8位、「ゴッドファーザー」1969年第2位、などなど。デュモーリアが他にも多数ランクイン(なんと1969年まで)、M.R. ラインハートが1910年代から20年代にかけてかなり活躍しています。)
なので非常に期待してたのですが、何故これが高い評価を受け、そんなに売れたのか全くわかりません。ヴァンスが手をこまねいて事件が次々と起こる締まりのない構成、起伏に欠けた展開、キャラの描写が下手、推理も貧弱(お得意の「心理分析だけで全部わかる」論はどこ行った?まーそれやると直ちに解決しちゃうからね…) 前二作は実際の犯罪をベースにしてたので要素がヴァラエティに富んでたのですが、作者の想像力が試されるオリジナルストーリーでは、このありさまです。
ところで「私(ヴァンダイン)」の無色透明さ、書記に徹するキャラ設定が気になりました。ここまで自己顕示欲が無いというのはどういうこと?全く活躍しないんですよ…
案外、W.H. ライト氏は、自分が「空っぽな」人間であることを恥じていたのかも。それでペダントリーに逃げる、自分は活躍する価値もない…
第一、二作が良かっただけに期待が大き過ぎてハズレ感が大きいのですが、今後のシリーズもW.H. ライト分析を深めるという意味で楽しみです。(伝記はまだまだお預け)
以下、トリヴィア。
拳銃は、「古い三十二口径の回転拳銃」(p39: an old .32 revolver)、「古いスミス アンド ウェッソン型三十二口径でした。(…)真珠母の柄で、銃身にはなにか渦巻模様の彫刻がありました 」(p75: An old Smith & Wesson .32. (...) Mother-of-pearl handle, some scroll-engraving on the barrel)、15年ほど前に入手ということで、1905年以前(作中時間の設定は日付と曜日と「ベンスン」から1920年11月)を考えると、候補はシングルアクション Model One&a Half centerfire(1878-1892)、ダブルアクション 1st〜4th Model(1880-1909)、ハンドエジェクター(1896-1909)。SAもDAもいずれもトップブレイク(上が割れてシリンダに弾を込める式)で現在主流のスイングアウト式と違っており、その特徴が話に出てこないことからHEが有力。HEの1905年時点の最新式はModel of 1903 (2nd Model) 1st Change、多分これを購入したのでは?3-1/4、4-1/4、6インチ銃身のものがあります。(本作の銃身は短いものという感じあり)
p27 [ホールは]真っ暗だったので…: 現在ならすぐ電気をつけるところ。ここでは暗い中を手探りで廊下を進んでいく。しかし部屋には電灯のスイッチがある。古い屋敷なので広い場所は電化されてないのか。(照明はロウソク?ガス?)
p45 ふつうのバーニー オールドフィールド(a regular Barney Oldfield): 車の種類のように読めるが、調べるとレーサーの名前で、この名前の車種は無いようです。
p209 私たちは五番街を北にのぼり(…): ヴァンスのニューヨーク観光ツアーがあったら、ドライブコースに確実に指定されると思われる場面。調べていませんが、当時の写真があるともっと楽しいですね。
p405 君のグラッドストン張りの風貌を漫画に(caricature your Gladstonian features): 「君」=マーカム。ヴァンスの発言。顔が似てるということ?なお、ヴァンスはジョン バリモア、フォーブス ロバートソンに似ている。(「ベンスン」に記載あり)
p422 神よ、どうか間に合いますように(God help us if we’re too late!): ヴァンスが神に祈ったのは最初で最後とのこと。
最後になりますが、映画「グリーン家の惨劇」が見たい!
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(2020-4-21追記)
クリスティ再読さまが映画のアドレスを教えてくださってることに昨日気づいて早速みてみました。怪しいロシアのサイトですが…(なかなか面白そうなのがアップされてます)
さて映画の内容ですが、全編字幕なしの英語のみ、なのでセリフは2、3割の理解です。でも冒頭の感じに顕著なのですがサイレント映画の演出っぽい感じが残ってて映像に語らせるテクニックが上手、しかも大体の内容は原作を読んでるのであーあの場面だな、とわかりやすい映画でした。今、1924年ごろのハメットを読んでるので映像資料としてもぴったり。確かに原作のエッセンスを過不足なく嵌め込んだ上手い脚本だと思います。俳優も良い感じ。銃が良く見えないのが唯一の不満。(←注目ポイントはそこかい!) まーハメットが観たら絵空事で楽しいね、と切り捨てられるような内容でしょうけど… こーゆー古い映画の需要ってあんまり無いのかなあ。私は今の殺伐とした映画よりずっと面白いと思うのですが…
クリスティ再読さま、情報ありがとうございました!

No.131 7点 時計は三時に止まる- クレイグ・ライス 2019/05/05 16:43
マローン第1作。1939年出版。創元文庫1992年初版で読みました。
発端の謎の魅力より登場人物たちの騒ぎが面白い。何故か常に飲んでるシーンばかり。みんな呑んだくれてる。(車の運転中にも!) 展開が良く、ぐずぐずした堂々巡りも二日酔いのよう。結末も素晴らしい。人々への暖かいまなざし(ジョークと同様、酔いは人を平等にする?)がライスの持ち味ですね。
p118 スヴェンガリ…トリルビー…: 1895年のデュモーリア作の小説Trilbyの作中人物。ジョン バリモア主演の映画は1931年。
p142 “ランプを持った女”(the lady with the lamp): 訳注で「ロングフェローの詩からの引用」となってますが意味不明。その詩Santa Filomena(1857)ではthe lady with a lamp。単に「看護婦ナイチンゲール」と記載すれば良いのに… その詩でこのフレーズが有名になったらしいので間違っちゃいませんが…
p144 “古戦場のある小さな町よ”(It’s only a shambles in old shambles town): Jake caroledと続くのですが、聖歌のパロディなのかな?調べつかず。(2021-8-22追記: In a Shanty in Old Shanty Town、詞Joe Young、曲Ira Schuster&Jack Little、1932年10週連続ナンバー1ヒットとなった曲のもじりだろう)
p167 <ヴァージニア グレイズ>(Virginia Grays): タバコの銘柄。Web検索では見つからず。この銘柄は女性用だ! と思ってしまったのはVirginia Slims(1968年販売開始)のせいです。
p167 『きみがふたりいたら』のメロディを口ずさんだ(hummed a line of I Wish That You Were Twins):Joseph Meyer作曲、Eddie De Lange作詞の1934年のヒット曲 I Wish I Were Twinsのことか。Fats Wallerがオリジナル。歌詞の方ではI wish that I were twinsとなっている。
p188 [タクシーの]チップ五十セント(tipped me fifty cents): 消費者物価指数基準1939/2019で18.29倍、現在価値1020円。高額だと思いますが、ここの訳では印象に残らない。(わざわざ運転手が言ってるので、多いか少ないかどっちかだな…と漠然と感じますが…)
p235 おじいさんの時計(Grandfather’s clock): 1876年 Henry Clay Work作詞作曲。日本語版「大きな古時計」は「みんなのうた」で1962年から。
p330 やばい煙草(monkey weed): 成句ではないようですが感じはわかりますよね。
p330 ターキー イン ザ ストロー(Turkey in the straw): オクラホマミキサーだって! 1830年ごろの有名曲(作者不詳)とのこと。

No.130 7点 第四の郵便配達夫- クレイグ・ライス 2019/05/01 13:59
ほぼ確実に持ってるな…と思いながら古本屋で見つけて思わず購入。快調に読了。創元文庫1988年版で読みました。
何か居心地が良いライス世界、でもそーゆーのって実世界に違和感のある人の世界じゃないか、とも思うわけです。
ところで本作を読んでて感じたのですが、これって1940年代の世界というより1920年代風味(つまりノスタルジア系)なのでは? だから懐かしさすら感じる世界観になってるのでしょうね。(O. ヘンリー的な人情話風でもあります)
ミステリ的には推理というより意外な事実を直感的に探偵が思いついて展開して行くタイプの小説。なので論理好きには物足りないでしょうね。
以下、トリヴィア。
p8 陽気な朝の口笛… ローズマリー(the cheerful, mid-morning whistle “Rose-Marie—I love you—”): 映画にもなった有名ミュージカルRose-Marie(初演1924) 1936年の映画でこの曲を歌うシーンはYouTubeでも見られます。
p10 強請りにからむ殺人と少女の幽霊の件(those racket murders and the girl ghost): 原文には「The Lucky Stiff」と注釈あり。
p12 五ドル札(five-dollar bill): 表がリンカーンで裏がリンカーン記念堂のやつですね。サイズは156x66mm。この基本デザイン及びサイズは1929年以降1999年まで変わって無いようです。(今でも表リンカーン、裏記念堂というのは同じ。デザインが現代的になってます) 消費者物価指数基準1948/2019で10.55倍、5ドルの現在価値は5874円。
p64 ジンガリーのゲイ ナーニ(Gay Gnani of Gingalee): 芸なーに?というシャレかと一瞬思いました。The gay gnani of Gingalee: or, Discords of devolution; a tragical entanglement of modern mysticism and modern science (1908) Florence Chance Huntley著の小説? ちょっとお試し版を読んでみたけど何やらサッパリ。シカゴが舞台?
p68 ビア ハウンド(a beer hound): ネットでちょっと調べましたが、実在してないみたい。残念。
p86 五、五十度もある!(You have a temperature of 122!): 訳者が華氏を摂氏に変換してくれてます。高体温の最高記録は1980年米国男性の46.5℃らしい。次の「四十二度二分」の原文は「108」原文はもっと冷静なセリフの感じ。
p92 ココア・バター(cocoa butter): 保湿効果で肌に良いらしいけど… 単なるネタか民間療法?
p168 キャッパー&キャッパーのコート(the coat of his Capper & Capper suit): ここでの「コート」は背広のジャケット(上着)の意味ですね。日本語で「コート」と言えばオーバーコートの意味になっちゃうと思います。キャッパー&キャッパーはネット検索では見当たりませんでした。
p192 一八九三年の万国博覧会: シカゴ開催。
p192 ハーク ザ ヘラルド エンジェルズ シング(Hark! the Herald Angels Sing): クリスマスの賛美歌「天には栄え」チャールズ・ウェスレー作詞、メンデルスゾーン作曲。
p206 テイノパルプス・インペリアリス(Teinopalpus imperialis): テングアゲハ
p260 “アメリカン ウィークリー”のトップ記事になるような(that would get top billing in the American Weekly.): ハースト系の週刊誌(1896-1966) 初めて知りましたがカヴァーが美麗イラストの雑誌です。内容はscantily clad showgirls and tales of murder and suspense...

No.129 7点 もうひとりの自分- グレアム・グリーン 2019/03/17 12:19
1929年出版。集英社文庫で読了。
追われている。小屋には銃を構えた若い女。そして死体。
何がなんだかわざとわかりにくくしてる冒頭。一生懸命工夫して小説を書いてる作者の姿が浮かびます。でもネタが割れた後は、快調に物語が進みます。でもラストは作者もしっくりきてないんじゃないかなあ。
全体的に上手に構成されたスリリングな小説らしい小説。カーリオンの造型が面白い。グレアム グリーンが書き始めたのが1926年(22歳)、既に三大要素(アホな主人公、裏切り、ロリコン)が詰め込まれてる処女作でした。
葬式にはビールと菓子(beer and cakes)がつきもの、嗅ぎタバコはベントレイ(Bentley’s)に限る、バター付き(buttered)とバターなしトースト(dry toast)の対比、弾丸があっても発射した銃がどれだかわからない時代(弾道学は1925年米国生まれ)などがトリヴィアとして目につきました。
私の参照した原文には作者の短い前説(リプリント用 1951年?)がついていて、以下抄訳「私が三番目に書いた小説… 最初の二冊をはじいてくれたハイネマンに感謝… このエディションのために書き直そうか、と思ったら唯一の取り柄である若さを失わせる結果に…なのでコンマ一つとして変えなかった…野心と希望の時代に免じて…」
翻訳では献辞が省略されていますが For Vivien となっています。

No.128 5点 ランドルフ・メイスンと7つの罪- M・D・ポースト 2019/02/11 09:59
1896年出版。何かの連載をまとめたもの?長崎出版の単行本で読みました。
⑴を「クイーンの定員」で読んで、随分とエグい話だな〜と他の収録作が楽しみだったんですが、想像してた悪の弁護士とはほど遠い知恵者、曾呂利新左衛門と言った感じ。正直、ネタになってる法律のポイントがよくわかりません。米国法専門家の解説が欲しいです。パークスとの関係性は、この後、どう変わって行くのでしょうか。

⑴The Corpus Delicti 評価6点「クイーンの定員I」の書評を参照願います。

⑵Two Plungers of Manhattan 評価5点。トリックスター、メイスンの面目躍如。最後のセリフがいかにも。
p52 五千ドル: 消費者物価指数基準1896/2019で29.91倍、現在価値1638万円。

⑶Woodford’s Partner 評価5点。堂々と犯罪を犯して罰せられない。A.A. フェアのラム君みたいな感じ? 正直、どーして犯罪を構成しないのか、よく分からないです。(詐欺にならないのかなぁ) (2019-2-3追記: よく考えると、奇跡的にお金が戻ってきたらどう弁明するか、という視点が欠けています…)
p72 幾度となく引用される、慌てふためいたダビデの言葉(oft-quoted remark of David in his haste): Psalm 116:11 KJV “I said in my haste, All men are liars.” われ惶てしときに云へらく すべての人はいつはりなりと(文語訳)、[わたしは信じる]不安がつのり、人は必ず欺く、と思うときも。(新共同訳) このくらいは訳注で処理して欲しいなぁ。
p76 電報を頼んで兄の部屋に送った。(calling a messenger, sent it to his brother's hotel.): 1890年代ごろから電報会社は自転車の少年(10〜18歳)を雇って配達していたようです。ここでは電報会社に依頼せず、ホテルからメッセンジャーが直接伝言を運んだのかも。
p84 [車掌は]危険を承知でと言うのなら、列車から飛び降りることができるくらいに十分速度を落として走ろうと言った。(he would slow up sufficiently for Mr. Harris to jump off if he desired to assume the risk.): 車掌の提案のように訳しているが、原文では「(斜面に差し掛かるので)十分速度が落ちますけどね、危険ですよ」と言ってる感じ。(最初のhe=his trainでしょう) 乗客のわがままのために列車のスピードをわざわざ緩めるような鉄道員はいないと思いました。(この場面、特に賄賂を握らされてる訳ではない)
(ここまで2019-1-27記載)

⑷The Error of William van Broom 評価4点。⑶同様、舞台はウェスト ヴァージニア。ネタは平凡な感じ。パークスの行動が謎めいています。
(2019-2-3記載)

⑸The Men of the Jimmy 評価5点。メイスン ピンチ!な冒頭が良い。異常な状況を設定しますが、これで本当に罰せられないのでしょうか。奪取は明白なように感じます。パークスの行動がますます怪しい。
(2019-2-3記載)

⑹The Sheriff of Gullmore 評価4点。またもウェスト ヴァージニアンが登場。大げさな身振りのおっさんです。p177に「衡平法(equity)」と「古い判例法(the old common law)」が対照的に出てくるのですが、メイスンの策略が硬直化したコモン・ローと柔軟なエクイティーの狭間を突いたものだとすれば、1938年制定の連邦民事訴訟規則2条でコモン・ローとエクイティの手続が統一されたので、もはや使えないトリックということですね。米国法の専門家の解説が欲しいところです。
p158 聖書に出てくる「神を恐れず、人を重んじない」男 (in the scriptural writings, "neither feared God nor regarded man."): Luke 18:2 Saying, There was in a city a judge, which feared not God, neither regarded man. (KJV) 或町に、神を畏れず人を顧みぬ裁判人あり(文語訳)
(2019-2-10記載)

⑺The Animus Furandi 評価4点。またまたウェスト ヴァージニアが舞台。(ポーストの出身地だから仕方ないですね) 最後の犯行はどーみても強盗ですが、これを裁けないってどういうこと?なお、p195の「銀行(賭けトランプの一種)」はfaro。wikiに「ファロ」として載っています。「スペードの女王」の賭けもファロだったんですね。
(2019-2-11記載)

No.127 5点 ブラウン神父の知恵- G・K・チェスタトン 2019/02/09 11:50
単行本1914年出版。創元文庫(福田+中村名義、初版1960年、20版1978年)で読了。
奇想がいっぱい詰まった『マンアライヴ』(1912)の次がこの連載。多分ポスト誌を当て込んだものだと思うのですが、実際には米McClure’s Magazine(最初の6作)と英Pall Moll Magazine(「お伽話」を除く11作)に掲載されました。Premier誌1914年11月の探偵小説クイズ『ドニントン事件』を最後に『犬のお告げ』Nash’s誌1923年12月号までブラウン神父とはお別れです。
雑誌発表順(米国と英国では順番が違う)に読んでみましたが、出がらしチェスタトンという感じ。ネタに苦しんでる作者の姿が浮かびます。
GKCの主要テーマは「物事は見かけ通りではない」と「狂気は真実に至る道」だと思いますが、この連載には狂気成分が不足している感じ。それで私には物足りないのですね。
以下の括弧付き数字は単行本収録順。○付き数字は英国登場順、●付き数字は米国登場順。
掲載雑誌はThe Annotated Innocence of Father Brown(ed. Martin Gardner 1988)とFictionMags Indexで確認しました。金額換算は消費者物価指数基準1913/2019で114.56倍です。

⑴The Absence of Mr. Glass (初出❶McClure’s1912-11 挿絵William Hatherell, 英初出①Pall Moll1913-3 挿絵W. Hatherell): 評価3点
なぜ神父が犯罪研究家のもとを訪れるのかが全く不明、変な話です。とある有名兄弟への言及があり、作中年代は1860年以降だと思われます。ラストは保男さん捨て身の翻訳で幕。(どう処理してるか他も見てみたくなります…)
p8 スカーバラ(Scarborough): ブラウン神父の教会は「町の北はずれに家のまばらな通りがあり… その通りの向こう側に立っている」とのこと。
p13 色の浅黒い小柄な男で、とても快活 (He is a bright, brownish little fellow): brownishは髪の色では?同じ人物を形容するp15「小柄で肌の浅黒い」(Small, swarthy)に引きずられたか。

(11)The Strange Crime of John Boulnois (❷McClure’s1913-2 挿絵William Hatherell, 英初出④Pall Moll1913-7 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点
三角関係だから、もっとスリリングに出来ると思うのですが…
p297『血まみれの拇指』(The Bloody Thumb): bloodyはワンピースのサンジが使う「くそ」のイメージですね… 英国人が使うちょっと下品で感情のこもった強調表現。『赤い拇指紋』(1907)が脳裏をかすめました。
なおEdmund Sullivan Father Brown Morganで検索するとPall Mollの挿絵の原画が見られます。随分太っちょの神父です… メガネ無しのようですね。またWilliam Hatherell Wisdom Father Brownで検索するとMcClure’sの挿絵が見られます。こちらは普通の小男、メガネはかけていません。挿絵を見て思ったのですが、ヒゲ率が高いです。大人は半数以上がヒゲありな感じですね。

⑵The Paradise of Thieves (❸McClure’s1913-3 挿絵William Hatherell, 英初出⑤Pall Moll1913-8 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点
GKCのトスカーナ地方の描写が面白いだけの話。
以下、銃関係の原文。
p41 弾丸をこめたピストル(loaded revolvers): リボルバーと訳して欲しいです…(こればっかり)
p45 騎兵銃(carbines): 馬上で取り扱いやすいように銃身を短くしたライフル銃。
p53 短銃の打ち金をあげたり(as they cocked their pistols): cockは「撃鉄を起こす」こと。「打ち金をあげる」だとフリントロック式かな?と誤解されてしまうかも(銃マニアだけ) ただし年代的にフリントロック式もあり得ないわけではないか。
(以上2018-1-12記載)

⑷The Man in the Passage (❹McClure’s1913-4 挿絵William Hatherell, 英初出⑥Pall Moll1913-9 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点
犯行現場の図面がないとわかりにくい感じ。王室顧問弁護士パトリック バトラー(Mr Patrick Butler, K.C.)登場。JDC/CDの元ネタ?珍しい名前ではありませんが…
(2019-1-13記載)

⑺The Wisdom of Father Brown: The Purple Wig (②Pall Moll1913-5 挿絵Edmund J. Sullivan, 米初出❺McClure1913-7 挿絵不明): 評価5点
ジャーナリズムのことが生き生きと(皮肉たっぷりに)描かれています。でも誰も気づかないのは変だと思います。
p167 ≪改新日報≫(the Daily Reformer): もちろん架空の名称。
p174 公共の出版物に記載するに適さない話… ≪真紅の尼僧≫の話とか、≪ぶちの犬≫の事件とか、採石場で起こったことだのとか(not fit for public print—, such as the story of the Scarlet Nuns, the abominable story of the Spotted Dog, or the thing that was done in the quarry.): 多分、尼僧はエロ話、犬は残酷な話。採石場は何を想定してるのかな?(Spotted Dogはlungwortという植物のことかも)
p179 エリシャ(Elisha):『列王記下』2:23の「禿げ頭」から
p182 心霊実在論者(Spiritualist): コナンドイルで有名ですね。
p189 記者のテクニカルな暴行は別として(except for my technical assault): 格闘技ではよく使う表現(〜ノックアウトなど)ですが…「法規を厳密に適用すれば」という意味ですね。
(2019-1-13記載)

⑹The Wisdom of Father Brown: The Head of Caesar (③Pall Moll1913-6 挿絵Edmund J. Sullivan, 米初出❻McClure1913-8 挿絵William Hatherell): 評価5点
フランボウが登場すると何かホッとします。冒頭からの流れが素晴らしい。でもこの真相は(よほど認知能力が低くなければ)あり得ないよ!と思ってしまいます。
p141 前にはエセックスのコブホールで司祭をしていたが、今はロンドンがその任地となっている(formerly priest of Cobhole in Essex, and now working in London.): ⑴ではスカボローでした。
p145 とても根性の曲がった男があったとさ、そいつの歩いた道も曲がっていたそうな(There was a crooked man and he went a crooked mile....): 「根性の」は付け加えすぎ。
p157 2シリング(two shillings): 現在価値1610円。
(2019-1-13記載)

⑸The Wisdom of Father Brown: The Mistake of the Machine (⑦Pall Moll1913-10 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点
神父の発言が当たり前だと思うのは、以前これを読んで血肉になっているからか。昔「コンピュータは絶対に間違えません」というセリフがありました…
p114 新しい精神測定法というやつはたいした評判になっていますよ、とくにアメリカで(new psychometric method they talk about so much, especially in America): 米国の発明かと思ったら1902年British heart surgeon Dr James Mackenzie (1853-1925)が脈動を記録する器械を開発したのが最初らしい。本格的なポリグラフは1921年John Augustus Larson(バークレーの医学生で同地の警察官でもあった)の発明だと言う。(Wiki)
p116 もう20年も前… 当時ブラウン神父はシカゴの某刑務所つきの神父として働いていた(nearly twenty years before, when he was chaplain to his co-religionists in a prison in Chicago): 神父は1890年代後半、米国で暮らしていたのですね。
p116 奥の手のトッド氏(Last-Trick Todd): 米国風のニックネームか。last trickの意味が良く掴めていません…
p127 あの心理測定器をためしてみる: ここでは1890年代に既に存在し、器械がすぐに手に入ることになっています…
(2019-1-16記載)

⑻The Wisdom of Father Brown: The Perishing of the Pendragons (⑧Pall Moll1914-6 挿絵E. J. Sullivan): 評価6点
神父の強引な行動が良し。フランボウが頼もしい。語り口もスムーズ。
(2019-1-24記載)

⑽The Salad of Colonel Cray (⑨Pall Moll1914-7 挿絵情報欠) 評価4点
ブラウン神父大活躍なんですが、つまらない話。猿神最大の刑罰は気に入りました。
銃は「拳銃」revolver、リボルバーと訳して欲しいなぁ(←こればっかり)
p260 音楽には熱心で、音楽のためとあれば教会に行く(was enthusiastic for music, and would go even to church to get it.): 確かに教会音楽にはそういう効果もありますね。
(2019-1-26記載)

⑶The Wisdom of Father Brown: The Duel of Doctor Hirsch (⑩Pall Moll1914-8 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点
反ドレフュスのチェスタトンが、真実(裏切りじゃなかった)を知った後で、グズグズ言い訳しています。
p82 ヘンリー ジェイムズの書いた妙な心理小説… (a queer psychological story by Henry James, of two persons who so perpetually missed meeting each other by accident that they began to feel quite frightened of each other.): 何という作品かわかりません。ファンならすぐにわかるのでは?
(2019-1-27記載)

⑼The Wisdom of Father Brown: The God of the Gongs ((11)Pall Moll1914-9 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価3点
無茶苦茶な話。作者の黒人に対する偏見が凄い。洒落た身なりの黒人を見たフランボウが「あれじゃリンチもしょーがない(I'm not surprised that they lynch them)」と言い放ちます。神父が読み上げる本は実在?(God of GongsでWeb検索しましたが見つからず。出鱈目か)
p225 昔つとめたことのあるコボウルの教区(his old parish at Cobhole): コボウルは架空地名「秘密の庭」に出てきます。
p226 日本の木版画(It's like those fanciful Japanese prints): ブラウン神父ものに出てくる数少ないjapanは、他に「サラディン公」と「神の鉄槌」だけです。
p234 機知に富んだフランス人が八つの鏡にたとえた、あのたぐいの帽子(a hat of the sort that the French wit has compared to eight mirrors): イメージが湧きません。どんなのでしょうか。
(2019-2-9記載)

(12)The Fairy Tale of Father Brown (雑誌掲載なし、単行本1914): 評価5点
こういうファンタジーめいた舞台がGKCには一番しっくりきます。
p301 特産のビールを飲みまわる: 意外とミーハー行動な神父とフランボウ
p302 蝙蝠傘の瘤のような不恰好な頭(the knobbed and clumsy head of his own shabby umbrella): 愛用の傘の持ち手の描写。
p306 お茶の保温袋(tea-cosies): wikiで画像検索するとティーポットにかぶせて保温するカバーのようですね。
(2019-2-9記載)

翻訳では省略されていますが、献辞があります。
TO LUCIAN OLDERSHAW
Lucian Oldershaw (1876-1951) an English author and editor, a Chesterton's friend.

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弾十六さん
ひとこと
気になるトリヴィア中心です。ネタバレ大嫌いなので粗筋すらなるべく書かないようにしています。
採点基準は「趣好が似てる人に薦めるとしたら」で
10 殿堂入り(好きすぎて採点不能)
9 読まずに死ぬ...
好きな作家
ディクスン カー(カーター ディクスン)、E.S. ガードナー、アンソニー バーク...
採点傾向
平均点: 6.10点   採点数: 446件
採点の多い作家(TOP10)
E・S・ガードナー(95)
A・A・フェア(29)
ジョン・ディクスン・カー(27)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(19)
アガサ・クリスティー(18)
カーター・ディクスン(18)
アントニイ・バークリー(13)
G・K・チェスタトン(12)
ダシール・ハメット(11)
F・W・クロフツ(11)