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雪さん
平均点: 6.24点 書評数: 586件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.13 4点 フォックス・ウーマン- 半村良 2021/05/31 06:43
 世界恐慌の迫る西暦1928年、アメリカ大富豪の弟チャールズ・メレディスは、中国・雲南へ向かう旅の途中兄マーチン夫妻を殺害し、莫大な資産を我が物にしようとする。だが夫と秘書の必死の活躍に守られた妻は、秘められた最古の神を奉ずる老道士・悠謙(ユーチェン)に庇護された聖狐院に逃がれ、白金色の巻毛を持つ優美な女と結合したのち一人の女児を生んで息絶える。そして一家虐殺で唯一生き残った幼女・聖狐の胸には、復讐を意味する炎の形の痣があった。
 一方殺戮に加担した暗黒街の帝王・呂剛(リュコン)は、隠然とした力を持つ崔一族の支援のもと強力な軍閥を創設し、中国北東部・満州の支配にのり出すが、なぜか怪しい狐の存在につきまとわれる――。絢爛妖異の大冒険伝奇ロマンの傑作!
 雑誌「小説現代」一九七八年九月号~翌一九七九年八月号まで、一年間に渡って掲載された伝奇小説。畢生の大作『妖星伝』五・六巻連載分とも時期が被ります。この作者は油断も隙もならないので一応確認したのですが、『イシュタルの船』(1924)や『金属モンスター』(1946)などを著したアメリカ作家A・メリットの未完作品 、"The Fox Women" を独自に書き継いだものなのはほぼ間違いありません。原著はメリット没後の1949年、ニューヨークのAvon社から "The Fox Women & Other Stories" として刊行され、イラストレーター兼ファンタジー作家のハネス・ボクがこれも続編の "The Blue Pagoda" を物しています。
 オリジナルの後に半村作を置いた二部構成ですがメリット版の密度は高く、これだけでも読む価値アリ。この第一部を翻訳者の野村芳夫と半村が共訳して全体のムードを統一し、国際陰謀・冒険系の第二部に繋げる段取り。ここでは道士・悠謙や真の主人公となる聖狐は脇へ退き、復讐対象である悪人たちを中心にして各員が配置されます。
 主として日中戦争から第二次世界大戦を背景に、中国・日本・アメリカの三国にわたる復讐の連鎖が書かれる予定だったようで、中国には呂秋原軍閥の将軍となった呂剛にその愛妻・梨麗、チャールズと共に聖狐院から追い払われた軍事顧問のラセルとブレナー、馬賊・伊達順之助モデルの伯爵家の快男児・朱藤健介、執事の村岡、白系ロシア人アンナ、自在流の門弟・島田五郎、さらに霊力を持つ道士・夢海が。
 日本には青竜社を率いる右翼の大物・武藤進吉に霊能者・岡田慧心、ひょっとこのヨネこと米田東次に自在流を創始した村岡の叔父・巌夢、虹屋のお新にボロ船船長の徳さん、その二人に助けられた狐を奉ずる中国人・鮑、そして彼らを告発し出世の緒を掴もうとするもぐりの竹田医師と皆川刑事。
 アメリカにはチャールズ及びその妻メイと、悪人夫婦を食い物にして利益を得ようと目論むギャングの大立物ザ・フォックスことジョニー・トリオ、そしてその部下ロバート・ウッド。崔大人の美術品を盗むついでに目撃者の鮑を刺し殺そうとした、お新の実兄・坂本二郎。出来の良い一部には見劣りするもののこれらの登場人物達が絡み合い、物語を進める予定でした。
 米犯罪シンジケートの創設者ラッキー・ルチアーノや西安事件などを関連させて約50年、1980年代までに至る壮大な構想。マンハッタンの自宅で2003年、105歳で大往生した蒋介石夫人・宋美齢が一役買う可能性もあるものの、伏線のみで力尽き惜しくも完結せず。そこそこ面白く読めますが、結局未完という事で点数はキツめです。

No.12 7点 戦国自衛隊- 半村良 2021/05/14 08:14
 アメリカ第七艦隊の一部も参加する全国規模演習のさなか、新潟・富山県境の境川河口付近で野営していた自衛隊東部方面隊所属の第十二師団後衛は、突如発生した時空震により補給隊の一部や装備ごと、約四百年前、戦国騒乱期の日本に飛ばされた。だがそこは、彼らの歴史とは微妙に入れ違った物語りを持つ異世界だった。
 第一師団から派遣された輸送隊指揮官・伊庭三尉は隊員たちの動揺を引き締め、車長の島田三曹や普通科隊の木村士長らと共に、現地の紛争には関わらずあくまで中立を保とうとするが、長尾平三景虎と名乗る武士を助けた事からやがて、本格的にこの時代に介入していく。
 「歴史は俺たちに何をさせようとしているのか・・・」
 「SFマガジン」1971年9・10月号掲載。仮想戦記ものの嚆矢となった中編で、1979年12月公開・千葉真一主演の角川映画や劇画家・田辺節雄による複数回のコミック化、更には2005年のリメイク映画版など、今迄幾度もメディア展開されている。著者の最高傑作ではないが、現在半村良の名は〈『戦国自衛隊』の作者〉とした方が通るだろう。卓抜なアイデアを創作世界に提供した、良くも悪くもエポックメイキングな作品と言える。
 当時の著者は〈このアイデアを先に発表しておかなくては〉との思いからダイジェスト的に結末を纏めたそうだが、それもあってか記述は全体にあっさりめ。ただし「近代兵器を過去の戦闘に用いればどれほどの事ができるのか?」という最大の醍醐味は、綿密な取材によりしっかりと押さえられている。この部分の確かさが、パイオニアたる本書が未だ風化しない理由だろう。
 北陸出身の半村らしく、物語では三十人程の自衛隊員たち《とき》衆 が、長尾景虎=上杉謙信と共闘しながら越後→信濃→東海→関東→近畿と、史実とは逆に南進する形で日本中央部を制圧していく。その過程で当然有名な〈川中島の戦い〉も行われることに。丸太を捩じ込んでトラック部隊を止める武田軍の戦法は、ベトコンゲリラを参考にしたものだろうか。田辺節雄のマンガ版ではまさに死闘といった感じだったが、原作での戦闘描写はこれもあっさりめ。この戦い前後から、近代兵器の備蓄その他が底を付き始める。シミュレーション物はおしなべてそうだが、帰趨の明らかとなる後半よりはやはり手探り状態の前半部分が面白い。
 墜落したジェットヘリコプターV107や消耗品の有線誘導ミサイルMATに代わり、統一の原動力となるのが経済の力。佐渡の鶴子金山から金鉱石を発掘、更に装甲車を走らせる為の道路建設工事が国土を潤し、黄金を凌ぐ圧倒的な富を生んでゆく。自衛隊員たる伊庭三尉の不戦の決意や東京への想いが、義将・謙信の評判や関東侵攻に繋がってゆくのも良い。簡潔ながら細部まで考え抜かれた作品で、採点は発表後の多大な影響力をプラスし7点ジャスト。

No.11 7点 産霊山秘録- 半村良 2021/02/19 13:41
 本能寺・関ヶ原・幕末そして戦後・・・日本史に記されたいくつもの動乱期。そこでは必ず謎の一族〈ヒ〉が暗躍したと伝えられる。
 念力移動(テレポーテーション)・遠隔精神感応(テレパシー)・・・・・・伊吹・依玉・御鏡の三種の神器を用い、人智を超えたその特殊能力を駆使して動き回る〈ヒ〉。そして今時は戦国、一族の長・随風は尾張の織田信長に天下を取らせるべく活動を開始、白銀の矢となって全国の忍びのところへ飛んだ。
 数百年にわたる〈ヒ〉一族の壮大な運命を描き、歴史の闇に新角度から切りこむ著者改心の長編伝奇SF。1973年度第一回泉鏡花文学賞受賞作。
 1973年に刊行された、『軍靴の響き』に続く半村良の第三長編。生誕100周年を記念して同年金沢市が制定した泉鏡花文学賞をアッサリと掻っ攫い、仕掛け人の五木寛之を瞠目させた作品。上の巻は永禄十一(1568)年、〈ヒの司〉たる山科言継卿が正倉院の御物を豪商たちに売り渡し〈ヒ〉一族暗躍の元手を拵える所から、寛永二十(1641)年、徳川の天下取りに力を貸した〈ヒ〉の長・随風=天海僧正がみまかり、三傑から戦国・安土桃山期に跳梁した第一~第三世代の活動が終わるまでで、神変ヒ一族/真説・本能寺/妖異関ヶ原/神州畸人境 の四話。
 下の巻は天保十(1839)年、江戸の地底で数奇な死を遂げた鼠小僧次郎吉の秘話から維新の英傑・坂本龍馬の回天の日々を経て、昭和二十(1945)年三月十日、大空襲のさなかの東京深川へ禁断の空ワタリ(未知の場所を念じてテレポートすること)した随風の末子・飛稚(とびわか)の物語までで、江戸地底城/幕末怪刀陣/時空四百歳/月面髑髏人 の四話。全八話で戦国後期から現代日本まで約四百年間にわたる、〈ヒ〉一族の壮大なクロニクルが描かれます。
 〈ヒ〉は日とも、卑、非ともいい、遠い昔皇室に民の安寧を委ねて隠れ住み、一朝皇統の命運がかかる時は、どこからともなくあらわれてその存続に力を尽すといわれる一族。人の祈りの凝った「白銀の矢」が集まる所、神のいます神籬=芯の山=産霊山を求めて流離う〈ヒ〉もうち続く戦乱に疲れ、天皇家以外に力を貸す事で徐々に変質していき、やがては伊賀・甲賀の忍びと変わらぬ存在に。
 この世から戦を無くそうといまだ産霊山を探し続ける〈ヒ〉の末裔もいますが、陽の鬼道衆ともいうべきヒの男たちの影には、「オシラサマ」と呼ばれ古来闇から闇へと葬られたヒの女たちの存在があり、彼らの歴史が決して輝かしいばかりでない事を窺わせます。中盤からは日ごと夜ごと砂を食んで生き、太陽から遠ざけられ地の底に白子の蛇に似た身をうごめかすだけのこの「オシラサマ」の登場が増えてくる。
 ストーリー的には両者を繋げ、後の『妖星伝』へと止揚する龍馬編の第六話「幕末怪刀陣」が頂点。ここまでの流れに比べると、〆の戦災編から現代編まではちょっと駆け足過ぎるかな。割と綺麗に纏めてますが、伝奇小説としては処女作『石の血脈』の方が遥かに荒削りかつ魅力的で、全体の採点はギリ7点。

No.10 7点 楽園伝説- 半村良 2021/01/29 08:31
 マンモス企業・超栄商事のエリート課長伊沢邦明は、失踪中のかつての上司・島田義男の轢逃げ事件に出くわしたことから、巨大な地下組織の存在を知る。その組織は、大企業の秘密をネタにサラリーマンの楽園(パラダイス)を作ろうとしていた。平凡なサラリーマン生活に飽きていた伊沢は組織に接触し "王者の愉悦" に耽溺する・・・
 しかし、楽園をめぐり利害の対立する組織対組織の戦いは熾烈をきわめ、やがて伊沢自身もその渦中に巻き込まれていくのだった。伝奇推理の旗手・半村良が、直木賞受賞後最初に放つ長編 "伝説シリーズ" 第三弾!
 〈伝説シリーズ〉三作目にして半村良の第11長篇―― のハズなのだが、何故かオフィシャルサイト「半文居」(https://hanmura.com/)の著作リストには無い。本サイトの書籍データでも出版月は「1975年01月」となっているが、手持ち本の奥付には「昭和50年3月20日 初版第1刷発行」と記されている。この年には『雨やどり』での74年度下半期直木賞受賞を受けて、代表作『妖星伝』一部二部や『戦国自衛隊』『死神伝説』『夢の底から来た男』など、確認しただけでも六長篇三短篇集が刊行されており、かなり混乱していると思われる。とりあえず上記のNON NOVEL版裏表紙の解説を信じて、『亜空間要塞の逆襲』に続く十一冊目の長篇としておく。
 シリーズ中でも第二作『英雄伝説』と並んで評価の高い作品。内容もそれに違わず、謀略スリラー風の出だしから主人公の立場も二転三転していく。各社の機密情報を持ち寄って超党派の連合組織を構築し、現代サラリーマンを集めた秘密結社、奴隷たちの楽園を作り上げるという「パラダイサー」の発想は秀逸だが、読み進むとそれすらも既成権力の企みのうち、という事が判ってくる。だが「パラダイサー」の中にも〈シダ〉と呼ばれる彼らの預かり知らぬ組織が組み込まれており、その僅かな綻びがやがて静かな、しかし圧倒的な侵略の波へと繋がっていき・・・
 凝った筋立てと陣営を替える毎に切り替わる、主人公・伊沢の視点と認識の変化が読み所。初版袖の〈著者のことば〉によると伝説シリーズは「どれもタイトルは物語の入口だけを示し、その先までの道案内にはならぬよう心がけている」「もともとSFをふつうの小説と同じように読んでもらうことが、SF作家としての私の願いだった」とある。〈伝奇推理小説〉を謳ったシリーズだが、やはり半村はこれを日本SFの一作品として描いているようだ。ただ本書は、スリラーとして見てもなかなか秀逸。瑕瑾があるとすれば〈髭だらけの男〉こと林の正体が、最後まで不明な事くらいか。間接的なマインドコントロールの発想は、同年発表の海野十三風謀略SF『不可触領域』に、更に引き継がれてゆく。採点はやや甘くして7点。

No.9 6点 黄金伝説- 半村良 2021/01/06 15:00
 防衛庁を操り、首相をも怯ませる“闇の巨人”来栖重人について調査を進めていた新聞記者は、怪光を発して飛び立つ円盤と、光る小人のように見える宇宙人を目撃した。仲間たちと共に縄文土偶の謎に誘われ、古代黄金の眠る伝説の地、奥十和田へ向かった彼は、そこで来栖の恐るべき素顔に出会う。新機軸の黄金伝説を構想豊かに描く、半村良の傑作伝奇推理長編。
 1973年7月刊。同年3月に発表された大作『産霊山秘録』に続く著者の第四長篇で、以降続々執筆される〈伝説シリーズ〉の第一弾。古代出雲神話を題材とする第五長篇『英雄伝説』とは同時刊行ですが、シリーズとしてはこちらが先になるそう。本書の場合、北東北・十和田八幡平国立公園近辺に独自の地名を付け加え、青森県戸来村のキリストの墓伝説やギリシャ神話、更にはUFOなども絡めて壮大な物語に仕立てています。
 NON NOVEL版では「長編伝奇推理小説」と銘打たれていますが、実の所は人類進化を扱った純粋なSF。そのリーダビリティは高く、赤江瀑「罪喰い」等と共に、昭和48年度第69回直木賞の候補作になりました(ちなみにこの時の受賞作は長部日出雄『津軽じょんがら節』と、藤沢周平『暗殺の年輪』)。ただし審査員評は芳しくなく、選考委員を務めた松本清張には「勝手に日本地名をつくるのは困る」とのお叱りを食らっています(笑)。なお第27回日本推理作家協会賞候補にも挙がっていましたが、こちらでは小松左京『日本沈没』に競り負けています。いずれにしろ楽しみながら読める作品なのは間違いないでしょう。
 冒頭でいきなり時の首相を圧倒し、暗殺者を無造作に殴り殺す怪人物が登場。彼の力で世界第一位に迫らんとする経済力を付け、超軍事国家へと突き進む架空の日本国。そのあと場面は一転し、湯水の如く金を使う傲慢な老人・湯平弥一と、知らぬ間に彼の援助を受けて大家にのし上がった画家・堀越正彦。この二人を中心にして、彼らの血族や周囲の人間たちが描かれていきます。
 原爆投下直前の広島で、正彦の愛を受けた弥一の娘・規子も双子。彼女が再婚して生んだ雄一郎・大二郎の兄弟と、妹の則子が生んだ従姉妹の香取公子・明子姉妹も双子。明子から生まれた姉妹も双子。作中でポルックスとカストルの双子星に喩えられるふたごたちの暗喩を軸に、物語はやがて弥一主導の青森県・北戸来高原での宝探しへと一気に雪崩込むことに。『石の血脈』に比べると、風情のある小物の点景描写などにも格段の進歩が見えます。
 残念なのはやはり後半駆け足気味なこと。トレジャーの舞台は十分に練られており、地図までついてワクワクさせるのですが、ラスボス来栖の出現からは急転直下。デウスエクスマキナ的な逆転劇で、あれよあれよという間に終わってしまいます。清張先生寸評のようにドタバタとまでは言わないけど、もう少し尺が欲しかったなあ。面白いんだけどそんな訳で、採点はギリ6点。

No.8 7点 石の血脈- 半村良 2021/01/01 06:59
 ある日、以前勤めていた品川の廃工場跡にもぐり込んだ銅線泥棒が、首から上を包帯でぐるぐる巻きにした謎の男の手で犬のように撲殺された。同じ頃、多摩ニュータウンと並行して進められていたある開発計画が、隠微な圧力によって潰されていた。その裏では日本最大の企業集団・東日グループと、米政界とも繋がりを持つギリシャの大富豪オナシス傘下の外国資本・Q海運が蠢いていた。
 その計画の地である神奈川県守屋では先頃、東日の力を背景に戦後の建築界に君臨しつづけた男・今井潤造が亡くなっていた。渋谷区松濤町の今井邸で、門下生たちと共に遺稿整理に当たっていた出版人・石川は、書庫に入りびたって資料をあさるうちに、今井が紀元七世紀から連綿と続く、回教カルマート派暗殺教団に関する何かを掴んでいたことを確信しつつあった。
 その出版社がある室町の小さなビルから七八分離れた日本橋のMデパートでは、七階で催されている〈イベリア半島展〉に飾られていた古代の壺が、スペイン大使館の腕章をした二人組の男たちに運ばれていた。大使館側は「そんな使いなど出した覚えはない」といきまいていたが、一夜明けると前言をひるがえして手違いだと言って寄越した。
 天皇と呼ばれた今井潤造の急死は、日本建築業界に激動を齎す――今井一門の筆頭であり、新鋭建築家として業界第二位の夏木建設に確たる地位を占める設計課長・隅田賢也、そして彼を推す下請会社社長・会沢のふたりも、大きな後ろ盾を失い窮地に立たされていた。こうなれば今井の握っていた陰の発言力の秘密を探り当て、名実ともにその後継者になるしかない。さらに隅田は数ヶ月前、専務取締役の娘である新婚まぎわの愛妻・折賀比沙子に失踪されていた。彼に残された手掛かりは新宿にあるクラブ〈赤いバラ〉のマッチと、銅線と赤い豆電球のみ。
 隅田賢也、会沢、たまたま壺の盗難現場に居合わせたカメラマン・伊丹英一と恋人の柳田祥子、そしてアトラントローグの作家・大杉実。一連の事件の背後にあるものを突き止めようとする彼らの周囲には、次第に不可解な出来事が起こり始める――
 古代アトランティス、世界各地に残された巨石信仰(メガリス)、暗殺集団〈山の長老〉、赤い酒場、狼男、吸血鬼、そして不死の生命・・・。あらゆるオカルト要素を煮詰めた、鬼才・半村良のSF伝奇処女長篇。1972年度・第三回星雲賞受賞作。
 1971年刊行。第2回ハヤカワ・SFコンテスト入選短篇「収穫」でのデビューから約十年の雌伏を経て、以後の旺盛な執筆活動の皮切りとなった、著者の第一長篇。山と積まれたオカルティックな題材を謀略小説ふうの外枠に嵌め込み、男女の愛を横糸に、醜悪かつ壮大なモニュメントの建設とその崩壊を描いた作品。
 トロイ遺跡の発掘者ハインリッヒ・シュリーマンとロスチャイルド商会との関係、1912年に祖父ハインリッヒの遺志を継ぎ、アトランティスの謎の解明を公言したものの、直後にスパイ容疑で銃殺されたその孫パウロ。都市遺跡が濃密に分布する偉人の故郷メクレンブルグ、アーリア人種の移動と共に、世界各地に残された巨石信仰――と、前半のヒキはムチャクチャ面白いのですが、調べてみるとアトランティス⇔アーリアン学説⇔ナチス⇔メガリス関連は、評者が無知なだけで割とオカルトの鉄板ネタ。大ウケしたのがこの辺なので、多少天引きせざるを得ません。
 本書が優れているのはここに吸血鬼(狼男)要素を混ぜ込み、権力の寄生性と重ね合わせたところ。後の『妖星伝』に繋がる価値観の転倒や、〈神聖病〉〈人間狩り〉〈絞られる生き血〉など、処女作に相応しく国枝史郎『神州纐纈城』の影響も多々。暗殺教団の力の根源を香料の道と絹の道、二つの交易路を押さえた事に求め、徐々に強大な金融資本に変化していった、との着想も素晴らしいものです。
 難点はあまりにも壮大過ぎて、やや駆け足気味なストーリー展開(主に後半部分)。他に類を見ない独創的な設定ですが、これだとどうしても最後には躍動感を失ってしまいます。これが長篇第一作なのでどうしようもないけど、『妖星伝』並みに数巻分のボリュームは欲しかったなあ。ラスト付近で鬼子母神的な存在となる祥子とか、前半並みに書き込まれていれば申し分無かったのに。コインの裏表である隅田と伊丹に、作中通しての重みがそこまで無いのも不満。
 色々言いましたが、この分厚さと迸るパワーは正直凄まじい。フツーの作家ならこれで枯れてもおかしくないのですが、半村は山風に匹敵するバケモノなので、本書の後にも間を置かず『産霊山秘録』やら『伝説シリーズ』やら、堰を切ったように著作を発表していきます。かなり楽しめる小説ですがやや構成が悪いのと、結構既存ネタに寄り掛かってるのとを差し引いて7.5点。

No.7 6点 妖星伝(六)- 半村良 2020/06/22 15:13
 「好きだ」
 「この、星が・・・やはり」

 (六)巻は雑誌「小説CLUB」昭和五十四(1979)年二月号から、昭和五十五(1980)年五月号まで。時代背景は九代将軍徳川家重が死去する宝暦十一(1761)年六月十二日以後から、天明元(1781)年七月以降、田沼意次が和泉国日根郡に領地を賜って四万七千石の大名となり、嫡子意知が山城守となって以後の時期まで。歴史的には天明の大飢饉の直前にあたり、本巻最終章〈DIMINUENDO(ディミヌエンド)〉を以て「妖星伝」は、長期に渡り一旦休止します。
 番外編ともいうべき特殊な位置付けの巻。「人道の巻」のタイトル通り、紀州胎内道を覗き人の見るべからざる物を見ながらも、外道皇帝や他の鬼道衆たちと天道尼、桜井俊策兄妹や日円・青円に永遠に置き去りにされた一揆侍・栗山定十郎と、地球に残された最後の鬼道衆・朱雀のお幾の余生が語られます。「この二人にひとときの安らぎを」との想いで執筆された、文字通りの拾遺編。
 SF要素は断片的に語られるだけで殆どありません。宝暦十一(1761)年十二月十一日に起きた「上田騒動」という大きな山はありますが、基本的に本筋から零れてしまったキャラクターの「その後」を描くパート。伝奇SF作家・半村良のもう一つの顔、社会に対する一市井人としての思いが詰まった巻です。

No.6 10点 妖星伝(五)- 半村良 2020/06/14 13:18
 来たるべき鬼道地獄祭のため伊那松沼十五ヵ村に腰を据えた鬼道衆たちは、赤目に守られた陋と呼ばれる亜空間=黄金城の扉を開こうと焦っていた。そして消失した外道皇帝に続き、ナガル、ムウルの二人の補陀落(ポータラカ)星人たちもまた、肉体を捨て新たな眠りに就く。そんな鬼道の動きを横目で窺うのは、権力欲に憑かれた政商・平田屋藤八。かれは鬼道の少年・頭(こうべ)の太郎を従え、宮比羅(クビラ)の日天と因陀羅(インダラ)の信三郎に先んじて黄金城を手に入れようとしていた。その手にあるのは謎の詰将棋図「将軍詰め」。
 一方、桜井俊策にひと目逢いたいと、噂を追ってはるばる松沼まで辿り着いた朱雀のお幾は、夢の世界を伝ってついに黄金城に達するがその城門は開かれず、門の寸前で足踏みを繰り返すだけだった。しょせん愛は虚像と彼女は悟り、俊策に別れを告げると、かつて暮らした信州上田へと向かう。皇帝により黄金城に導かれた日蓮宗不受布施派の師弟・日円と青円は、そんなお幾の姿に無限の哀しみを覚えるのだった。
 その頃、外道皇帝に対する反存在・天道尼を地獄祭の女王に据えんとする因陀羅の信三郎は、天の橋立で性の求道者・出雲の女之助に出会う。女之助と意気投合した信三郎は、永遠の女性を探し求めるかれと天道尼とをひそかに噛み合わせようと目論むが――
 (五)巻は雑誌「小説CLUB」昭和五十二(1977)年十一月号から、昭和五十四(1979)年一月号まで。時代背景は宝暦十(1760)年六月九日、徳川九代将軍第一の寵臣・大岡忠光が心臓発作で死去し、同月二十五日に九代家重が息子・家治に将軍職を譲り隠居するまで。目の上のこぶであった上司の死により田沼の前途は限りなく、舎弟・意誠(おきまさ)を一ツ橋家の家老に据えて後ろ盾も盤石。忠光の病死も作中では、平田屋に代わり田沼に食い込んだ政商・黒金屋正五郎の仕業とされています。ちなみに死んだ大岡忠光は、先代吉宗に重用された名奉行・大岡忠相の同族。
 凶花・泥食いもとうとう関東方面に到達し、大飢饉の訪れも間近に迫るころ。女之助と一体化し念力を失った天道尼はそのまま鬼道衆に連れ去られ、〈祭主さま〉として松沼の四道台(地獄祭の中心となる建物)に安置されることに。その指先から発した淡紅色の光はやがて松沼全土を満たし、光の屏風となって一種の結界(墺羅)を形成します。
 皇帝同様両性具有の身となり、生ける破戒仏と化した天道尼。四道台で繰り広げられる空前の淫祭。今まさに開かれんとする黄金城の扉、そしていよいよ明かされる秘伝の詰将棋「将軍詰め」の秘密とは――?
 いや盛大かつ壮絶にバカバカしくて、凄えわこりゃ(笑)。考えてみりゃあの『亜空間要塞』の作者だもんなあ。今回最大瞬間風速で見事山田風太郎超え達成したんで、久々に10点を進呈します。これさっぴいても時空論最高潮だし、間違いなく空前絶後の作品ですな。

No.5 9点 妖星伝(四)- 半村良 2020/06/04 07:39
 両性具有の破戒仏と化した外道皇帝は、淫風に桜井俊策と父母の静海・久恵を巻き込み、彼らの死とともに田沼屋敷から消え去った。そして日蓮宗不受布施派の師弟・日円と青円は、日円が会得する沈時術(時間停止術)の本質に迫り、鬼道衆に先んじて遂に千年の本拠地・黄金城に辿り着く。だがそこは皇帝によって作り出されたこの世ならぬ場所、陋と呼ばれる亜空間だった。
 この世にくくりつけられた小さな袋というべきその空間では、死んだはずの静海たち三人が日円一行を出迎える。外道皇帝の主観の世界である陋では、どんな事でも起こり得るのだ。皇帝はその場所で彼らにある役目を与えようとしていた。
 夢術の使い手・頭(こうべ)の夢助の感知した怪夢と、精神攻撃を受けた天道尼が快楽中に発した言葉から、黄金城の出現を知った鬼道衆・宮比羅(クビラ)の日天と因陀羅(インダラ)の信三郎も、異界との接点である伊那松沼二十一ヵ村に急行するが、妖怪長者の夢を通じて黄金城内へ達した信三郎は、聖域の番人である赤目に撃退されてしまう。もともと陋に生を享けた者である赤目たちは、生身のままで紀州胎内道と幽界とを自在に往来できるのだ。鬼道衆は松沼の十五ヵ村を皆殺しにし村人たちと入れ替わったものの、黄金城には手を付けられなかった。
 一方恋人と引き裂かれた元鬼道の朱雀のお幾は、美濃・郡上の一揆を指揮する栗山定十郎と共に、亡き俊策の行方を探し松沼を彷徨う。三保の松原で鬼道衆に敗れ地に伏した天道尼も、つかの間の安らぎを求めて漁師・春吉に抱かれていた。
 そして彼らの全てを巻き込む百十年に一度の大祭・鬼道地獄祭も、凶花・泥食いの北上と併せ、間近に迫っていた――
 (四)巻は雑誌「小説CLUB」昭和五十一(1976)年十一月号から、昭和五十二(1977)年十月号まで。時代背景は宝暦七(1757)年から宝暦八(1758)年にかけて。田沼意次が美濃国郡上藩主・金森頼錦の裁判(郡上一揆)にあたるために一万石の大名に取り立てられ、御三卿清水家にも食い込み着々と足場固めをしている頃のこと。一揆侍・栗山の努力は全て、鬼道衆による田沼躍進のために利用されていきます。
 仏典準拠の科学的考察もますます快調。大いなる流れの現実世界である劫(頌劫)と、卑小にして閉ざされた世界である陋(呪陋)。極大と極小、虚実の意味を絡めた時空論はやがて、滅びからの救いとなる霊的進化への道を指し示す事に。地球妖星化の元凶である外道皇帝の目的とは、いったい何か? そして飽くなき権力を欲する鬼道の政商・平田屋藤八が掴んだ、黄金城への扉を開く鍵となる徳川秘蔵の詰将棋図「将軍詰め」の意味とは?
 未曾有の大河伝奇SF「妖星伝」。次巻鬼道地獄祭篇「天道の巻」にて、事実上の完結を迎えます。

No.4 8点 妖星伝(三)- 半村良 2020/05/23 09:33
 ナガルの小太郎とムウルの星之介、〈お宝さま〉こと転生者・外道皇帝。三人の補陀落(ポータラカ)星人の意志により、東西鬼道の和は成った。造怪術の術くらべによりこれまでの確執を捨て、鬼道千年の本拠地・黄金城を探し求める宮比羅(クビラ)の日天と因陀羅(インダラ)の信三郎。
 そして彼らに闇の旦那こと飛行皇帝(転輪王)を加えた、四人の補陀落星人たちの精神のたたかいは、夜空に泛ぶ四天王の姿を取り天空を揺らす。この星の進化に介入し、地獄そのものにした罪を問われる外道皇帝。だが彼はじりじりと大きさを増して闇の旦那を追い、四天王像は皇帝をナガルとムウルが支える三尊のかたちに変化した。転生を繰り返す真の外道皇帝の力は、三者をも圧倒するものなのだ。
 しかし因果律を操ったが故に、皇帝を滅ぼす反存在となる歪もまた生まれていた。それは鬼道につらなる黒金屋正五郎の娘・天道尼。彼女はこの世の外に生を享けたものを外魔と断じ、外道皇帝と等しき超常力をもって鬼道衆を駆逐する。
 一方、闇の旦那に逆心を植え込まれた因陀羅の腹心・平田屋藤八は、この世で最も強大な権力を摑むため、信三郎と日天を蹴落とし天道尼とも繋がろうとしていた――
 (三)巻は雑誌「小説CLUB」昭和五十(1975)年九月号から、昭和五十一(1976)年九月号まで。時代背景ははっきりしませんが、田沼意次が三千石の下賜を受け禄高五千石となったばかりとあるので、おおむね宝暦五(1755)年頃のことでしょうか。作中では足利学校所蔵のUFO伝承「降魔録」全十二巻のうち一巻を、将軍家に献上した見返りとされています。
 鬼道十二門筆頭として古来からの序列や掟を墨守してきた東の日天。それに対しこれからは情報が要になると見抜き、門の垣根を破って遠視・遠話・遠聴の諸術を配下に習得させ、個人同士の戦いから組織戦への移行を進める西の信三郎。守旧派と革新派、それぞれのトップとして対立する両者ですが、〈組織の硬直化〉を実感するにつれ、日天もいろいろ思うところが多かったようです。戦いの中で既に実力を認めていることもあり、和解後の拗れは一切見られません。
 そんな彼らから弾き出された格好なのは、紀州胎内道を抜けた朱雀のお幾。信三郎に抱かれ鬼道衆間の二重スパイを務めていた彼女ですが、日天の子・双子のかたわれ朧丸に犯されることで桜井俊策との縁(えにし)も終り、再び江戸へと向かう恋人を見送ります。俊策はそのまま妹・久恵、鬼道衆・静海の夫婦と共に、〈お宝さま〉を田沼屋敷で見守る事に。
 仏典を題材に語られる時間・空間論〈時とは物事が変化すること〉〈物の変化がなければ、時は流れない〉により、核心部分が姿を見せる第三巻。最後はこう閉じられます。

 その時すでに、広大な宇宙の一角で、そのような考えをまったく覆す、異常なものが発生していたのであった。
 それは、意志を持った時間、であった。

No.3 7点 妖星伝(二)- 半村良 2020/05/16 10:28
 紀州胎内道を抜け、おぞましき人類の未来を知った人々の道は分かたれた。鬼道を捨て、ただ一人の女として桜井俊策との愛に生きる事を決意する頞儞羅(アネラ)のお幾。しょせんは無駄と知りつつ塗炭の苦しみをなめる百姓たちのため、世を覆さんと一路京へ向かう一揆侍・栗山定十郎。だがその彼も以前とは異なり、どこか命の捨て場所を探すような気配が窺えるのだった。
 そして補陀落(ポータラカ)星人ムウルの魂を宿す石川星之介はもう一人の補陀落星人・主君ナガルを探し求め、宮比羅(クビラ)の日天の根拠地・越後高田へと向かう。日天は今では小太郎と呼ばれるナガルを崇め、全鬼道の総帥に据えようとしていた。
 一方京都西郊の荒れ寺では、ふたりの異星人を追う宇宙よりの刺客が白光と化して業病の乞食に乗り移る。第三の外道皇帝の誕生。不可侵の存在である彼は闇の旦那と呼ばれ、巨盗・闇の重蔵や怪円盤を使いナガル達の命を奪おうと目論む。
 さらに鬼道衆と繋がりを持ち、キリシタン同様時の政権から過酷な弾圧を受け続ける日蓮宗不受布施派の師弟・日円と青円は、生駒山中で昇月斎なる怪人に〈外道皇帝がまもなく江戸でよみがえる〉という予言を伝えられる。千年の昔に一度死んだ皇帝はみずからの胤の中にひそみ、因果律を操ったのちまったく同じ存在として再誕するのだ。役目を終えた昇月斎は「母の名はヒサエ」との言葉を最後に、隕石に撃たれ肉片と化した。
 その頃江戸では、日天を裏切り因陀羅(インダラ)の信三郎に付いた郁方門・迷企羅(メギラ)の静海が、胎内道探索行に送り出した俊策の妹・桜井久恵と結ばれていた。だが彼らは、自分たちの恋が外道皇帝に操られた結果であることを知らない・・・
 (二)巻は雑誌「小説CLUB」昭和四十九(1974)年九月号から、昭和五十(1975)年八月号連載分まで。時代背景としては田沼意次長男・意知誕生の寛延二(1749)年から、大御所徳川吉宗が臨終する寛延四(1751)年まで。意次満三十歳、まだ飛躍とまではいきませんが、若手筆頭として順調に出世街道を突っ走っている頃。
 薩摩では地獄の花と呼ばれる凶花〈泥食い〉が咲き誇り(正体は竹の花)、あいつぐ天変地異と大飢饉の訪れを告げています。作中では泥食いはしだいに北上し五~十年で関東まで到達するとされ、一揆侍・栗山は民の為、その前に江戸幕府を倒壊させんと焦ります。他方では世の乱れを知り鬼道衆がほくそ笑む。田沼に食い込む平田屋藤八と、西の丸老中・松平武元を背景にする黒金屋正五郎。各政商を道具に使う信三郎と日天の争いもまた、激化の一途を辿ることに。
 テンションMAXの前巻から二、三歩引いて、登場人物たちを転がすことに集中した仕切り直しの回。助走期間を過ぎたのち、物語は再び加速していきます。

No.2 5点 都市の仮面- 半村良 2020/05/08 08:03
 昭和47(1972)年4月から昭和49(1974)年1月にかけて、雑誌「週刊小説」を中心にして、「小説CLUB」「小説新潮」ほか各誌に執筆した作品を集めた中短編集。人情短編「雨やどり」にて第72回直木賞を受賞する直前の作品集で、収録作のいずれも主人公はサラリーマン。
 表題中編のタイトルが暗示するように〈大都市の裏側で密かに進行する企み〉〈社会の影に蠢く秘密組織〉が主要テーマ。『石の血脈』に始まる著者得意の題材を駆使したものだが、十分な肉付けが可能な長編ならともかく、本集ではあまり生きていない。発表当時は時代の熱量相応の重みがあったと思われるが、残念ながら古びてしまっている。ホームレスに関する発想がやや面白いくらいだろうか。怪作「ボール箱」や「赤い斜線」収録の『幻視街』、名作「簞笥」収録の『炎の陰画』などの短編集に比べるとやはり落ちる。むしろ若干テーマから外れぎみの短編の方が、今では読める。
 個人的ベストはトリを務める「おまえたちの終末」。巧みな暗示から皮肉な結末への誘導が冴えている。学生運動やヒッピー等の社会風俗を背景にしているが、結局はいつの時代も変わらぬ〈近頃の若い者は・・・〉という感慨に集約されていく、ある種の普遍性を持った作品。大ボラ短編「生命取立人」のまことしやかなソレっぽさも買えるが、大胆な発想がチンケな陰謀劇に収斂していくのが惜しい。短編では枚数的に仕方無いのかもしれないが。
 以上2編が本書の収穫。次点は「村人」。方言の怪しさとわざと真相を暈す手法は、ひょっとしたら「能登怪異譚」の原型かも。

No.1 9点 妖星伝(一)- 半村良 2020/05/06 14:21
 幕府中興の祖・八代将軍徳川吉宗の治世から九代家重の御世にまさに遷り変らんとする延享年間。元は神道と対を成しながら反体制の異端と誹られ、密教と強く集合しつつ千年の時を経てなお、人知を超えた技を伝える暗黒の集団・鬼道衆。
 黄金城に住まう外道皇帝を中心にして東西南北各三門、各々の方角を守ってきた鬼道十二門も、最高指導者の長き不在に歪みを生じ、十二門筆頭にして東方陽明門の主・宮比羅(クビラ)の日天と、他の門から早くに離れた〈はぐれ鬼道〉ながら南北両門を取り込み、新たに鬼道を取り仕切らんとする第七位の西方段天門・因陀羅(インダラ)の信三郎の両派に分かたれていた。
 大盗・日本左衛門に大名屋敷を襲わせて金品を奪い去り、より領民から搾り取るよう仕向ける一方で、幕政に不満を持つ者を使い百姓たちを焚きつけ、全国を一揆の嵐で包み込まんと策動する日天。他方で動くのは、権力に食い込み小姓頭取・田沼意次に肩入れし、内から幕府を根腐れさせんとする信三郎。相争う敵同士とはいえ、悪を奉じ世の乱れと流血を望むのは、どちらも変わらない。彼らにとってはこの世の本質は地獄であり、人間を幸福という幻想から覚ますために殺し犯し憎み合わせることこそが、真の救いへの道なのだ。
 まっぷたつに割れた鬼道十二門の争いに揺らぐ日の本。そして日天が戯れに淫女に堕とし、自らを斬った夫と共に燃えさかる劫火に消えた母親の胎内から、鬼道衆が千年に渡り探し求めた不即不壊の存在・外道皇帝がその産声を上げた・・・
 (一)巻は雑誌「小説CLUB」昭和四十八(1973)年九月号から、昭和四十九(1974)年八月号連載分まで。あまりのスケールに長期の中断を余儀なくされた作品で、最終(七)巻「魔道の巻」が出版されたのは、(六)巻「人道の巻」完結から13年後の1993年のこと。結末に賛否はあれど、小松左京『果てしなき流れの果てに』光瀬龍『百億の昼と千億の夜』などと共に、日本SFベスト3の座を占めると目されるもの。
 正直前半の伝奇部分も面白くはあっても山風や五味先生の域には至らず、7点弱ぐらいの感触だったんですが、物語も半ばを過ぎて〈第二の外道皇帝〉が誕生するに至り、尻上がりに盛り上がってくる。
 まあそっちのタネはすぐ割れるんですが、間髪入れず鬼道千年の謎が秘められた〈紀(鬼)州胎内道〉の探索を依頼された桜井俊策と播州浪人・栗山定十郎、及び鬼道衆の二重スパイ・朱雀のお幾らの珍道中が始まり、新しく補陀落(ポータラカ)星人の憑依した元殺人鬼・石川光之介改め、星之介がメンバーに加わる。
 お幾の口から語られる鬼道の伝承、博学多識の俊策の歴史・修験道・書物その他で得た知識、それに補陀落星人の科学が突き合わせられて、徐々に真実が浮き上がる。この辺はウソツキ作者の独壇場。続いてシレっと彼らを攻撃する謎のUFOが現れる。完全時代劇であると同時に、SFであることを微塵も隠してないですね。そのあたりは栗本薫『グイン・サーガ』に似ています。
 さらに問題の紀州胎内道ではエログロ系で始まった物語が、補陀落星人=星之介との対話を経て次第に哲学問答と化していき、最後には人類の未来の姿、〈人間のなれのはて〉を見せつけられる。鬼道衆のお幾が「あたしはもういやだ」と泣き喚くぐらいの惨状。ここで登場人物たちを絶望の淵に叩き込んで第一部完。それでいいんかい。

 「鴉たちよ、生きるがいい。命を食い合い、死ぬまで争って生きるがいい。(中略)なまじ知恵など持たぬほうが幸せだぞ」
 「見ろ。知恵のない鴉が啼いている。泣け、泣け。鴉の勘三郎だ」

 国枝史郎『神州纐纈城』にインスパイアされて始まった大長編。正邪の価値観を逆転させた異様な物語はまだまだ続きます。

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雪さん
ひとこと
ひとに紹介するほどの読書歴ではないです
好きな作家
三原順、久生十蘭、ラフカディオ・ハーン
採点傾向
平均点: 6.24点   採点数: 586件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(38)
ディック・フランシス(35)
エド・マクベイン(35)
連城三紀彦(20)
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陳舜臣(18)
ジョン・ディクスン・カー(16)
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