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人並由真さん
平均点: 6.32点 書評数: 2048件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1888 6点 むかしむかしあるところに、死体があってもめでたしめでたし。- 青柳碧人 2023/09/27 06:20
(ネタバレなし)
 いつの間にか「日本のむかしばなしをミステリーで読み解いた『むか死』シリーズ」という公称がついていたシリーズの最新巻にして、いったん? 終了の最終巻。


 今回は短中編が五本収録。以下、メモ&寸評・短評。

「こぶとり奇譚」……こぶとり爺さんネタ。
 割とオーソドックスな特殊設定パズラーで(なんか形容矛盾な気もするが)アイデアは、よく? 見るものという気もするが、アレンジは面白いかも。

「陰陽師、耳なし芳一に出会う。」……耳なし芳一&陰陽師ネタ。
 これも特殊設定ゆえのロジックで、結末のサプライズはそれなりだが、一方でやっぱり既視感があったりする。うーん。

「女か、雀か、虎か」……舌切り雀&「女か虎か」ネタ
 やりたいことはわかるけれど、ひねりすぎて面白味を失った印象。悪い意味で思い付きを形にしてしまった感じがある。

「三年安楽椅子太郎」……傘地蔵ほか 
 まとまりの良い一本。探偵役の設定が急に(中略)だが、これは次のエピソードと姉妹編のため。

「金太郎城殺人事件」……金太郎ほか
 前の短編とリンクする中編で、本書中、いちばん長い。「そして誰もいなくなった」リスペクトのクローズドサークルものだが、真犯人の正体と動機がやや唐突。とはいえこれはこの分量の作品では、うまく伏線を張るのも難しいだろうな、とも思う。

 個人的には「むか死」シリーズの前冊よりは面白かったが、さすがにマンネリを感じたりもしてきた。作者や編集者もそうおもったから、打ち止めにするんだろうな。
 とはいえ、こーゆーの、またしばらくしたら読みたくなるような気もするけど。

No.1887 7点 聖者に救いあれ- ドナルド・E・ウェストレイク 2023/09/26 17:29
(ネタバレなし)
 マンハッタンのビジネス街のど真ん中にある、聖クリスピヌス修道院。そこは現在、老若あわせて全16人の修道士(ブラザー)が集う、創設およそ200年の建築物だ。ある朝、「私」こと34歳のブラザー・ベネディクトはニューヨークタイムズの文化面コラムで、自分たちの修道院を含む一帯が、土地開発事業の対象になっていると知る。慌てて現在の不動産状況を再確認した一同だが、一世紀前の99年におよぶ賃貸契約はもうじき切れようとしていた。しかも建物の法的所有者で、毎年の家賃は信者の寄付という意味合いで修道院から徴収してこなかったフラタリー家は、これを機に開発会社に修道院の建物を売却(取り壊しを許可)する意向のようだ。修道院長で64歳のブラザー・オリヴァー以下の面々は、住み慣れた自分たちの生活の場を守るため、右往左往するが。

 1975年のアメリカ作品。
 ウェストレイクのノンシリーズ作品で、狭義では(いやたぶん広義でも)ミステリとはいえない普通小説。とはいえ作者自身はもともとは、窮地の修道士たちがピンチ打開のために盗みを働くクライムコメディとして構想していたとしたらしく、実際の劇中でも、強盗や、書類の器物破損、無断盗聴などいくつかの犯罪も登場する(まあそれでもミステリ味は希薄だが)。
 作者自身は完成したものを、犯罪の出てこない(実際には前述のとおり、ちょっとあるが)犯罪小説、と呼んでいるようである。

 大都会のなかの狭い生活空間で長年暮らし、まともに電車すら乗ったこともない、タクシーも使わないような修道士たちが突然の窮状に陥って難儀し、調子っぱずれな行動を重ねて逆転をはかるシリアスコメディだが、普通人なら常識? の事項に戸惑う図、大家のフラタリー家、開発会社、そのほかの関係者との折衝や駆け引きなど、積み重ねられるデティルがいかにも作者らしい職人芸で楽しめる。
 もちろん主人公側16人の修道士たちの、適度に濃淡をつけた描き分けも達者。
 それらに加えて、フラタリー家の長女アイリーンと主人公ブラザー・ベネディクトの恋の行方が、物語の前半からストーリーの大きな軸となる。

 現行のAmazonのレビューでは、読み手の方に宗教(主人公たちはローマン・カトリック系)の知識がないとちょっと……の旨の意見もあったが、個人的にはそんなことはまったくなく、自分のような特にキリスト教の専門的な素養のない者でも、普通に楽しめた。
 ブラザー・オリヴァーと、開発会社の代表ロジャー・ドウォーフマンの、自分たちの立場を肯定しようとする聖書からの引用合戦など十分に笑えたし、同シークエンスにオチをつける主人公ブラザー・ベネディクトの一言なども愉快。

 ラストの決着は、良くも悪くも作者が王道を選択した、という印象だが、送り手も20世紀の前半からあるようなトラディショナルなストーリーを狙ったのだろうし、このクロージングで妥当だろう。
 中期以降のウェストレイク諸作のファンなら普通に楽しめるはずの一冊。

 末筆ながら、主人公ブラザー・ベネディクトがお金の倹約のため、一般人ならまずしないような行為(特に犯罪行為でも非常識な行為でもないので、ある意味で、無駄に? 些事に金を使う一般文明人への風刺の側面もある)をして警官に渋面で補導、保護されるシーンがあるが、そこでブラッドベリの短編の話題が出てきてちょっと楽しくなった。作中で登場人物が作品の題名を言わないので、何という作品かは未詳だが、たしかに話題にする内容は読んだ覚えがある。

No.1886 5点 冥土の顔役- 島田一男 2023/09/24 17:01
(ネタバレなし)
 雨の日の午後九時、助手の金丸京子とともに自分の事務所にいる弁護士・南郷次郎のもとを、ひとりの若い女が訪れた。女は南郷も面識のあるストリッパーの朝路マリだった。マリは現在、中堅会社「連立産業」の業務部長・三木賢一がパトロンの愛人だったが、その三木はつい最近、世間を騒がすゴム原料の輸入にからむ贈賄事件の被疑者でもあった。マリの話は、三木からいっしょに逃走を願われたものの、彼女は固辞、いさかいの中でマリは意識を失うが、気が付くと彼女のそばで三木が刺殺されていた。しかしマリ当人は、殺害はおろか刃物を握った記憶もなかったという。南郷はマリを京子に預け、現場である三木のアパートに向かって死体を確認するが、何者かに外から施錠され、室内に閉じ込められてしまう。

 南郷次郎シリーズ。評者は1979年に刊行の文華新書(日本文華社)版で読了。現状のAmazonでは、同書の書影はわからないが、実際の表紙(ジャケットアート)は完全に昭和のSM雑誌のソレである。気になる人は検索してみてください(笑)。

 とはいえメインヒロインのひとりマリとその友人たちがストリッパーで、ほかに艶っぽい美女も出て来るが、内容はそんなにいやらしくはなく、産業省への贈賄スキャンダルで騒がしい企業の周辺で続々と関係者が殺されていく筋立て。
 一応はフーダニットの態を為してはいるがそんなにパズラーっぽくはなく、一方で南郷はあちこち飛び回り、関係者の間を動き回り、小細工をしまくる。弁護士を主役にした国産ハードボイルドの二流半作品という感じの一本。
 
 で、これで、作者が最後にサプライズを演出しようと考えてるんなら、たぶん、犯人は……と思ったら、まんまと当たった。真相が判明すると、作中のリアルとしてフツーに無理……とは断言できないにせよ、いろいろアレなのではないかい?

 南郷と助手役の金丸京子とのコンビネーションは密接(男女の関係を意識しながら、内実ともにほとんど何も起きないのは、まんまメイスンとデラみたいだ)なのはいいとして『上を見るな』の時点ではいた南郷の奥さんってのは話題にもならず、存在感の欠片もない。きっとシリーズのこれまでのどっかでなんかあったんだな? 何もなかったのかもしれんが。

 ちなみに本作は鶴田浩二の主演(南郷役)で映画化されているようで、動きが多く、人が死にまくる派手な展開はたしかに銀幕向けではあったとは思う。当初からその企画も織り込んだ、半ばメディアミックス原作だったのかもしれん?

No.1885 8点 何かが道をやってくる- レイ・ブラッドベリ 2023/09/23 08:19
(ネタバレなし)
 その年の10月。ハロウィーンが近づくイリノイ州の片田舎グリーン・タウン。そこに住む13歳の幼馴染同士の少年ジム・ナイトシェイドとウィル・ハロウェイは、いかがわしい避雷針のセールスマン、トム・ファリーとの出会いを経て、さらに不思議な体験をする。それは深夜に、鉄路の彼方から町にやってきた奇妙なカーニバル巡業団の出現を目撃したことだった。

 1962年のアメリカ作品。
 ブラッドベリの第五長編。少し前に刊行された新訳は評判がいいようだが、評者は先日入手した旧訳の古書で読了。それでも十分に良かった、面白かった。

 評者は初読ながら、本作はブラッドベリの長編代表作のひとつで人気作なのはたぶん間違いないだろうし、そんなメジャー作品ゆえにある程度は設定や趣向(男子主人公コンビに加え、誰が三人目の主人公格になるか、とか)などもすでに見知っていた。
 が、本書の場合、それでネタバレになってつまらなかったということもなく、むしろ賞味の焦点、楽しみどころを見定めながら読み進められてよかった感がある(それでもこのレビュー内では、誰はもうひとりのメインキャラになるのかは、一応ナイショにしておく)。

 内容は、現代(刊行当時)のアメリカ地方を舞台にしたダークファンタジーであり、詩情とヒューマンドラマ的なメッセージをたっぷり盛り込んだホラースリラーアクションである。

 日本の作品でいえば、水木しげるのノンシリーズものの奇譚中編やのちの菊地秀行に繋がるエンターテインメント性もあり、一方で舞台装置のスモールタウンへの魔性の侵食という意味合いにおいて、我らがキングの『呪われた町』あたりへの影響も感じさせる。これでつまらない訳はない。

 前半、男子主人公の担任である初老の女性教師ミス・フォレーがカーニバルのミラーハウスに閉じ込められかけ、そこで何を見たか、というあたりからホラーサスペンスとしてのギアがかかり、中盤の対空戦の辺りなど、うおおお……! というワクワク感であった(笑)。
 でまあ、この調子で、後半の山場に至るまで名場面やインプレッシブなシーンなどは、いくらでも書けるが、その羅列はこの拙いレビューの決して本意ではない。サワリのごく一部を語らせてもらっただけなので、興味をもたれた方はぜひとも実作を読んでほしい。

 クライマックス、衒(てら)いもなく剛速球で、しかしあくまで自然体で、この魔性との戦いの向こうにあるメッセージ性を読者に向けて叩きつけてくる作者の胆力には改めて恐れ入ったが、それ以上にストイックの極致ともいえる主人公たちの最後の決断など大泣きさせられた。

 あえて不満を言えば、作中のリアルとしてこの物語の向こうの明日が見えにくい感もあるが(もしかしたら、その辺は評者の読みが浅いのか?)、一方でそういう方向にこだわるのもヤボ、主人公たちの行動と熱弁で、この物語の主題はちゃんと言い切ってしまっている、といえばそうかもしれない。
 
 もちろん、フレドリック・ブラウンの『三人のこびと』そのほかの50~60年代アメリカンミステリなどの一部に散見される、カーニバルやサーカスなどといった題材をとても魅惑的に、そして十分に妖しく描いた作品なのは言うまでもない。アメリカの読者で肌でその辺の興趣に通じた人とかには、たまらない作品だろうね、これ。

 しかしオレ、昔っからブラッドベリはそれなりに好きなつもりだったが、よく考えると楽しんだ(あるいは胸打たれた、怖がった)のは短編ばっかで、長編を読むのはこれが初めてであった(汗)。
(あ、もしかしたら、後年のハードボイルド三部作のどれかは邦訳の新刊時に読んでいるかもしれないけど、もし読んでいたとしたら、まったくものの見事に内容も印象も忘れてる。)
 でもってブラッドベリの長編といえば、もっと、なんらかの大設定の枠のなかで、短編と短編をつなぎあわせたような構成かとなんとなく思っていたので、ちゃんとしっかり長編っぽい長編だったのはちょっと意外(?)。
 遅ればせながら、少しずつ未読の名作長編群も消化していきましょう。

No.1884 6点 エノーラ・ホームズの事件簿~消えた公爵家の子息~- ナンシー・スプリンガー 2023/09/22 09:17
(ネタバレなし)
 1888年7月の英国。片田舎チョーサリアの町の周辺の屋敷から、64歳の未亡人が14歳の長女エノーラを残して蒸発した。姿を消した女性の名はユードリア・ホームズ。あの世界的に有名な諮問探偵シャーロック・ホームズと、英国内政の要人マイクロフト・ホームズの実母だ。ユードリアの蒸発にはさる事情があったが、いずれにしろロンドンの兄弟は年の離れた妹と10年ぶりに再会。エノーラはマイクロフトの計らいで厳格な寄宿学校に入学を指示されるが、そんな不自由な境遇を疎んじた少女は母がひそかに託した相応の額の生活費を持って逃走。シャーロックそして偶然に出会ったレストレード警部の目をかわして逃げ回る。そしてそんな状況と前後してエノーラが遭遇したのは、まだ12歳の少年侯爵の誘拐事件であった。

 2006年のアメリカ作品。

 消費税5%時代のブックオフの100円棚で製本所流れみたいな美本を買い、そのままずっと読まずに放っておいたが、半年ほど前に書庫の中からたまたま見つかった。
 ちなみに本作は2020年に英国で実写映画化されて(コロナ災禍のため劇場ではなく、ネットフリックスで配信公開)大人気だそうで(評者はまだ映画は未見)、この原作(邦訳本)もちょっとプレミアがついてるということを少し前に知った。
 そーゆーわけで、いつのまにか思わぬ妙な付加価値? がついていた本作だが、今夜、寝る前にもう一冊、何か読もうと思い、明け方近くこれを手に取った。

 物語はいかにも設定篇という感じで、エノーラの状況が語られ、ホームズ兄弟が動き、さらに実は暗号マニアだったという母ユードリアの情報が明かされるまでで本編のほぼ半分を消化。
 ちなみにガチガチのシャーロッキアンがこれを読んで許せるかどうかは知らないが(汗・笑)、評者程度のホームズものの素養の人間にはまあ許容範囲である。マイクロフトなんかは堅物で融通がきかない面もあるが、その辺は年の離れた妹への不器用な接し方という感じで了承。

 とはいえ実母ユードリアの失踪の背景には、実はかなり男尊女卑のいびつな社会構造に対してマイクロフトが無頓着でそれを当たり前のことと思いすぎており、その辺を不満に思ったユードリアが反発して、いろいろ裏工作していたということもやがて判明してくる。
 この辺は、当時の英国の未整理な社会行政の不備を揶揄する作者の視線があるらしく、他愛ない? お話を、なるほど21世紀の若者向けミステリへと格上げしている。物語の後半、エノーラがロンドンの下層社会に接し、自分がいかに無知で無神経だったか自覚するあたりも同様のメッセージ性だ。

 兄の勇名に頼らず、自立した女探偵として別名まで用意していたのに、ついうっかりと本名を言ってしまうようなエノーラのキャラクターもなかなか微笑ましく、それだけに本書後半での最初の事件を経て、改めて自立する図もちょっと好ましい。

 続刊が安く手に入れば続けて読んでもいいけど、前述の映画化人気のせいで、続きは入手しにくくなってるんだろうな(苦笑)。さすがにプレミア価格で購入して読む気はしない。

No.1883 6点 成瀬は天下を取りにいく- 宮島未奈 2023/09/22 06:13
(ネタバレなし)
 ハイスペックだが、きわめてマイペースな変人女子主人公といえば、あのSOS団団長ハルヒだが、第1話はそのハルヒとキョンの関係をデイモン・ラニアン風の文体で書いたような感じで、非常に楽しかった。
(ただし相方の島崎みゆきは、キョンとは違い、同性の女子で幼馴染である。)

 私見では、ミステリ味も冒険小説要素もどちらも微塵もない、地方の場を舞台と主題にしたオトナも読める青春小説だと思う。
 とはいえ、え? そういう構成で積み重なっていくの? と軽くゆるやかに足払いをくらったようなシリーズ構成の妙も含めて、一冊楽しめた。
 作者の計算した呼吸なのか、あるいはもしかしたら相当に天然なのか、と思わせる(たぶん前者だろうが)語り口の心地よさもマル。

 年に一二冊くらいの割合で、続刊が読みたい。

No.1882 6点 ピンク・エンジェル- ウィリアム・L・デアンドリア 2023/09/21 20:07
(ネタバレなし)
 1896年8月のニューヨーク。同地の新聞業界では、古参紙「ワールド」の社主ジョウゼフ・ピューリッツァと、新興紙「ジャーナル」の社主ウィリアム(ウィリイ)・ランドルフ・ハーストの熾烈な争いが、互いの支持政党の案件も絡んで続いていた。そんななか「ジャーナル」の人気風刺漫画家で画家のエヴァン・クランダルが「ワールド」への移籍を表明。ハーストは懸命に自社との継続契約を願うがクランダルの意志は固かった。だがそのクランダルが自宅のアパートで何者かに殺害され、たまたま現場の近くに居合わせた24歳のアイルランド移民の警官デニス・マルドゥーンは、現場で拘束されていた全裸の、そして内腿に天使のような痣のある美女を見つける。だがその美女は逃走。直属の上司である分署署長オザイアス・ハーキマー警部が事件を極めてぞんざいに扱うつもりらしいことに落胆したデニスは、現ニューヨーク市警の本部長で多くの逸話で世間を騒がせる名物男、38歳のセオドア・ルーズベルトのもとに事件の仔細を訴えるが。

 1980年のアメリカ作品。
 誰でもみんな読んでる『ホッグ連続殺人』、一部のファンがちょっと読んでるマット・コブもののデビュー編『視聴率の殺人』に続くデアンドリアの第三長編で、これを機に作者のお得意路線のひとつになる「アメリカ現代史ものミステリ」の第一弾。

 なんだこれは、本サイトでも誰も読んでないのね!?(オレもだ)ということで、しばらく前に古書で買ってツンドクのままの一冊が蔵書の山の中から出てきたので、このたび読んでみた。
 400ページの紙幅は長いようなそうでもないような、だが、読了までに二日かかった。

 趣向はあらすじ及び前述の拙文のように、風太郎の「明治もの」を思わせる時代ミステリだが、有名史実キャラクターは、主人公の一方となるルーズベルト、二大新聞王以外、そんなに活躍していないはず(評者の現代史の知識が薄くて、誰か見落としてるかもしれんが)。物語の表面に出ないで名前だけ出るキャラなら、グラハム・ベルほか何人かいるが。
 実際のミステリとしての読みどころは、何か具体性の未詳な陰謀がニューヨークで進行しており、その謎を探ること、あと、本名不明で出没する謎の怪人の正体を追うこと、など。
 タイトルロールであるメインヒロイン<ピンク・エンジェル>については早々に、デニスやルーズベルト側からカメラアイが切り替えられた方の物語の流れで、メインの登場人物としてその内面もふくめて読者の方に明かされる。
 
 大づかみにいえばちょっと異色の時代設定と有名史実キャラを迎えた警察小説で、さらに、青年主人公デニスの苦闘と成長そして……を描く青春ミステリ。お話は中盤までやや冗長な印象がないではないが、デニス周辺の家族の美人姉妹たちの陽性の描写など、終盤まで読み手の興味を軽く刺激する味付けもよく出来ている。元悪党だったが改心し、いまはルーズベルトの部下として活躍、そして主人公デニスを救うため貧乏くじを引く某サブキャラみたいなもうけ役の登場などもなかなか。
(あ、愚直な正義漢オヤジ、ルーズベルトの主役っぷりはよく書けていると思う。読後にネットで、現実の当人の人物像を探ると、好きになれるところ、その反対のところ、実にカオスだが。)

 山場は、良い意味での<アメリカ的な泣かせ>を含めてそれなりに盛り上がったが、黒幕というか真犯人の正体は見え見えでここはちょっと弱い。それでも探偵役のルーズベルトが、黒幕の正体を推察した経緯の手掛かりや伏線をひとつひとつ羅列する辺りは、当初期待されていたパズラー作家としてのデアンドリアっぽい。
 
 ラストのしみじみとした、主要登場人物のほぼ全員のその後(彼らが現代に至る歴史のなかでどのような人生を送るか)を語るエピローグはかなり情感に富んでいて好み。
 考えてみれば評者の場合、この手の歴史・時代ミステリって、こういう最後の、その後の登場人物たちは……を読むために読んでいる部分も少なからずあるな。

 評点は7点にかなり近い、6点ということで。

No.1881 7点 毒入りコーヒー事件- 朝永理人 2023/09/19 06:26
(ネタバレなし)
 大手文具メーカー「ミノワ文具」の元社長・箕輪征一は、現在、地方で妻と長女とともに静かに暮らしていたが、そこに東京でOLをしている次女・まゆが帰参した。だが当日は大雨で、村の交通は閉ざされてゆき、まゆは途中で出会った難儀する二人の若い男性を、私の家で雨宿りすればいいとそのままいっしょに実家に連れ帰る。箕輪家の家族に歓待される青年たちだが、やがて一同の話題は十数年前の悲劇に及んでいく。

 もしかしたら現代の国産ミステリシーンのなかでもかなり上の方の論理派じゃないかと、評者がひそかに思っている作者の新作。
 そういう訳で今回も結構な歯応えのあるものを予期したが、しかしこの新作のお話そのものは存外に読みやすい。リーダビリティが高い。

 設定はあらすじのように明確なクローズドサークルものなので、登場人物は少な目で、これでどうやってサプライズを演出するんだ……と、思っていたら、まんまと騙された!
 まあ人によっては……(以下略)。

 ミステリとしての組み立てはかなり精緻で、もしかしたらこれまでの作者自身の作風すらギミックに用いたんじゃないか、と思ったりもする。

 繰り返すけど、ページ数はそんなになくて読みやすい。しかし、ハマればハマると思う。興味ある人は、どっかでネタバレをされないうちに、さっさと読んだ方がいいです。

No.1880 7点 10月1日では遅すぎる- フレッド・ホイル 2023/09/18 07:58
(ネタバレなし)
 1966年。「私」ことケンブリッジ大卒の音楽家(ピアニスト、作曲家、指揮者)で30歳前後のリチャードは、西ドイツのケルンの音楽祭に参加してロンドンに戻る帰途で、学友の数学者かつ物理学者ジョン・シンクレアに出会う。シンクレアと旧交を温め、スコットランドの荒野での遍路を楽しむリチャードだったが、途中である奇妙な出来事が生じた。それとは別途に、政府の者が要人の科学者としてシンクレアを迎えに現れ、リチャードも同行する。実は太陽系で「何者」かの意志による? 異変が生じており、太陽は外宇宙に向けたある種の装置として稼働していた。その影響か、地球上各地の物理法則に異常が生じ、世界の各地に、過去の時代そして……のそれぞれ大規模な空間が、その時代の人間たちもろとも出現し、一方で当該の現実の空間と人々はいなくなっていた。混乱する新世界の行方は。

 1966年の英国のSF作品。作者ホイルの6番目の長編。
 
 巨大ロボットアニメファンの筆者としては『超時空世紀オーガス』の物語世界「混乱時空」の元ネタの作品として以前から聞き及んでいたが、半年ほど前に都内の古書店の100円棚でハヤカワポケットSFの銀背を購入。
 今夜、気が向いて読んでみた。

 カオス化した新世界の出現までの序盤~前半がそれなりに長いが、一方でその辺は<やがて喪われる平穏な世界>という文芸の直喩なので、演出としては正しい。
 自分なりの音楽道に強くこだわる主人公リチャードの意識も入念に丁寧に語られ、一見大筋とは関係ないように見えるが、あとあとでこれが生きてくる……というか、全編通してSFであると同時に音楽小説だったな、この作品。

 太陽系にいきなり人為的な操作をしかけてきた黒幕の扱いについてはここでは書かないが、こういうSFビジョンだったのにはかなり驚かされた。なにしろ、オーガスまんまの時空震動弾的な類の地球人側のギミックで世界が壊れるものと思っていたので(あまり書くとネタバレになるが、ここまでは大設定ということで書かせてください)。

 で、本作は最後まで、ある意味で事態に半ば巻き込まれた(というか友人シンクレアに付き合った)主人公リチャードの一人称作品なので、新世界が誕生したのち、あちこちに出現した歴史の欠片的な場をひとつひとつ回らせるわけにもいかず、各地で起きた騒ぎや事件を定まった場所で聞く伝聞みたいな形で済ませてしまっているのが結構、もったいない。
 どうせならこの設定で『タイムトンネル』みたいな連作短編ものにしても良かったね。まあ主人公だけが必ずその場その場に行かなきゃならない流れに、なんらかのイクスキューズは必要となるが。
 
 そういう意味で、後半、古代ギリシャの世界、そして……にリチャード自身が乗り込み、ちゃんと現地から種々の軋轢を乗り越えながら実況中継してくれる辺りから、本格的に面白くなる感じ。そしてここでもちゃんと音楽家という設定は活かされ、その辺は小説としてもよく出来ている。

 ラストのまとめ方は、良い、と思う部分、またその逆の面でそれぞれに思うところはあるが、まあすでに半世紀以上前の新古典作品。ゆったりした気持ちで読み終えたい。

 トータルとしては十分に面白かった。
 まあ細部の面から「新世界」の作中のリアリティを突き詰めていくと、あの辺の事情はどうなってんだろうと思うこともないのでもないのだが、まあその辺は、今回の場合、名作につまらないケチをつけるようなものかもしれない。
 旧作SF好きの人は読んでおいた方がいいとは思うよ。

No.1879 6点 沈黙部隊- ドナルド・ハミルトン 2023/09/17 18:09
(ネタバレなし)
「私」ことM機関の諜報部員マシュー(マット)・ヘルムは、上司であるマックの指示で、以前に同じ任務についた縁もある女性スパイ、メアリー・ジェーン・スプリンガー(リラ・マルティネス)との接触をはかる。彼女の現在の表の仕事は、ナイトクラブ「チワワ」でのセミヌードダンサーだ。だがヘルムがクラブの客席につき、その後、彼女とのコンタクトを取ろうとした間際、何者かの投げたナイフがメアリーの身に刺さった。ヘルムより先に重傷のメアリーに近づいたのは、よく似た顔の美女ゲイルで、メアリーの実の姉だった。ゲイルは、こと切れる寸前のメアリーから何かひとことふたことダイイングメッセージを受け取ったようで、ヘルムとマックはゲイルの素性を手早く調査し、ゲイルに何らかのキナ臭い背後関係はないものと判断。ヘルムはゲイルを半ば強引に車に押し込み、メアリーの遺した言葉に関係ありそうな場所に向かうが、それは同時にメアリーが探っていた謎の敵組織をおびき出す陽動作戦でもあった。

 1962年のアメリカ作品。マット・ヘルムシリーズの第四弾。

 今回の大筋はあらすじに書いた通り、ヘルムとメインゲストヒロイン、ゲイルと二人での、謎の敵を引き寄せながらの道中行。その過程で敵の陰謀の実体(殺されたメアリーが探ろうとしていた機密)の真相などが浮かび上がってくる。思わぬ登場人物の意外な運用などもあり、その辺の工夫もまずまず。

 全体の感想としては、曲のないシンプルなプロットのなかで、一応は退屈させずに最後までよく、細部の面白さで引っ張るというか、その辺は職人作家。よくいえば本シリーズというか、作者ハミルトンの資質である、ドライなハードボイルド感は割と出ていると思う(特に、寒さが応える中、不満をいうゲイルへのヘルムの対応の辺り、事態の中で生じた犠牲者をめぐってのその後とか)。

 とはいえ一方で、ときに妙なほどにトンガった面を見せて「おお!」と思わせる本シリーズとしては、良くも悪くもまとまりがよく、地味な印象の一冊。シリーズのなかでは、決して代表作にはならない? 佳作どまりではあろう。
 見方によっては、本シリーズのふり幅の広さを、ちょっと再確認させる一本かもしれない。

 ちなみに本作が、この題名からわかるとおり、ディーン・マーティン主演の映画版マット・ヘルムもの「サイレンサー」シリーズの一本目となった。
 原作とまったく違うコメディ調のスパイ活劇映画として有名な同作であり同シリーズだが、その映画のあらすじ(評者は大昔にテレビで一回だけ観たような観なかったような……)をネットで再確認すると、陰謀の大ネタそのものは実は映画と共通で(あんまり書かない方がいいか)、その上でキャラクターの味付けと演出を大幅に変えたようなのであった。
 原作をちびちび読み進めているいまのところ、映画シリーズはわざわざ観る気はないが、いつかそのうちタイミングを見て、半ば別もの? と思いながら、楽しんでもいいかもしれない。

No.1878 7点 ブルーフィルム殺人事件- 石沢英太郎 2023/09/17 04:40
(ネタバレなし)
 評者は今回、講談社文庫版で読んだが、元版は1978年に立風書房から同じ表題作の書名『ブルーフィルム殺人事件』で刊行(現時点でAmazonにデータ登録なし)。
 内容は以下の7編を集めた、ノンシリーズものの中短編集である。

「都府楼殺人事件」(元題・天満宮殺人事件)
「浮かされた男」
「ブルー・フィルム殺人事件」
「ちゃんちきおけさ」
「秘境殺人事件」
「噂」
「縁切り地蔵殺人事件」
 
 各編はノンシリーズ編ながら、テーマはほぼサラリーマンものの社会の周辺で起きる殺人事件または事件という趣向で共通している。さらに7編のうちの6本が九州を舞台にしたものだ。

 なお文庫巻末の解説によると旧版の「天満宮殺人事件」は、単行本が出て文庫版が出るまでのあいだに九州の放送局でラジオドラマ化され、その際に物語の舞台である博多出身の声優さんが、原作の方も方言のチェックを行った。
 要は方言としてより正確に、ということでその声優氏協力のもとに改訂を敢行。文章全体が推敲され、作品名も改題されて「都府楼殺人事件」として改めて文庫に収録された。こういう別メディアがからんだ改訂の経緯などは当方には寡聞な事態で、なかなか興味深い。

 以下、簡単にメモ&寸評。

「都府楼殺人事件」
……会社中堅職の巻き込まれ型サスペンスの形でストーリーが途中まで進行するが、意外な事件の奥行きが掘り下げられていき、最後は無常観の漂う人間ドラマとして落着。純粋な謎解きものではないが、伏線の張り方や人物の配置など、かなり味わい深い。巻頭からこのレベルということで、本全体の期待値も高くなった。

「浮かされた男」
……丸の内を舞台にした、本書内で唯一の非・九州作品。日本版EQMM時代のミステリマガジンか日本版ヒッチコックマガジンに載る海外短編のような感触で、これもなかなか。

「ブルー・フィルム殺人事件」
……表題作。<ブルーフィルム(エロ映画)>という呼称の由来がグレアム・グリーンの短編によるものだということを、恥ずかしながらこれで初めて知る。人間関係の綾が絡み合う、苦みのある一編。

「ちゃんちきおけさ」
……これもクライムストーリー的な雰囲気の一本だが、まるでスレッサーかジャック・リッチーの佳作~秀作のよう。本書のなかでは、特にある種の振り切った持ち味を感じさせた。

「秘境殺人事件」
……九州の、そしてある分野へのトリヴィアがやや過剰で、本書のなかではいちばんミステリとしての切れ味は鈍いかもしれない。人間関係の反転(というべきか)など、面白げな要素もあるが。

「噂」
……会社内のとある人物(実質的な主人公)の立場の変遷を、語り役の一人称の視座から眺めて綴っていく物語。ミステリ味はやや希薄で、もっとも普通小説に近い味わいだが、最後まで読んで残るものは重い。しかし、否定的、揶揄的なニュアンスで語られているとはいえ、ある人物のセリフ「男は、やはり強姦してでも女を征服すべき」というのは、今じゃ絶対に印刷できんわな。

「縁切り地蔵殺人事件」
……玉ねぎの皮が少しずつ剥けていくように、事件の実相と外からの展望が変移していく密度感のある内容。最後の決着のつけ方も、よくできた倒叙ものミステリののクライマックスのようで(本作は倒叙ものではないが)、なかなか鮮烈。

 石沢英太郎は短編の名手、という評価をどこかで目にしたようなうっすらとした記憶があるが、ああ、なるほどと一冊読んで実感。とび外れた傑作はなかったが、佳作~秀作が集まった感触は確かにある。またそのうち、別の中短編集も手にとってみよう。

No.1877 7点 ホワイトバグ 生存不能- 安生正 2023/09/16 05:36
(ネタバレなし)
 2026年1月。南極海の洋上で、潜水調査船支援母船「なんよう」が、不測の海難事故に遭う。そしてアフガニスタンと中国を繋ぐワフジール峠では、国境警備隊が謎の敵の攻撃を受けて全滅した。さらにそのアフガニスタンの山地では、日本の気象観測隊も猛烈な寒波のなかで何かの襲撃を受けた。日本政府は、国際的な登山家である41歳の甲斐准一に救助隊への参加を依頼。識者である研究者とともに現地に向かうが、そこで彼らが遭遇したのは、全人類が対面する未曽有の脅威であった。

 文庫版で読了。
 壮大な科学ビジョンあり、活劇の要素あり、(中略)ホラーまたはショッカーの興味あり、パニックものの趣向もあり、そしてエコロジーテーマやポリティカルフィクションの成分あり、なにより人間ドラマが豊富……という、良い意味で定食的な、ニューエンターテインメント。その意味、フツーに面白い。

 よかったら、映画企画用に映像化権を買ってくれ、という映画業界に向けた作者の欲目も見える気もするが、実際に特撮大作映画として観たら、さぞ楽しめるだろう(ある種の……という面はあるが)。
 
 まあ、まとまり具合があまりにソツがなく読ませるので、少年誌か青年誌に連載されたSF漫画みたいな感じもあるが、これは悪口ではない。
 伏線の回収など、王道的にちゃんとやっているし。

 面白かったけれど、読み終えてみると、実はあまり新しいものがないのにも気づく。まあ、いいけど。
 こういう作品もたまに読むのが楽しいのは、間違いないし。

No.1876 7点 不実在探偵(アリス・シュレディンガー)の推理- 井上悠宇 2023/09/15 05:19
(ネタバレなし)
 捜査一課のベテラン刑事・百鬼広海(なきり ひろみ)を伯父に持つ、男子大学生の菊理現(きくり うつつ)。彼には現当人にしか見えない、若い女性の姿をした、声を出さないイマジナリーフレンドがいた。そのイマジナリーフレンドは、現実世界のダイス(サイコロ)の目を自在に操作(?)。1の目ならイエス、2の目ならノー、3の目ならわからない……などとの約束事にて現との意思の交換が可能で、そしてそのダイスでの表意は、常に的確な回答を用意していた(?)。百鬼自身は、その姿を見る事も声を聞くこともできないままに、甥のイマジナリーフレンドの「存在」をたしかに認め、そしてその「名探偵ぶり」を理解する。かくして、相棒の若手美人刑事・烏丸可南子とともに、未解決の事件を現とイマジナリーフレンドのもとに持ち込む百鬼。「アリス」と名付けられたイマジナリーフレンドは、ダイスでのイエスノーの会話を介して、現や百鬼たちに事件の真実(?)を導くが。

 評者は、井上悠宇の著作は「誰も死なないミステリーを君に」を買うだけ買ってまだツンドクなので、作品は今回が初読み。本作は、反響の良さげなあちこちのネットでの世評と、本サイトでの文生さんのレビューに背中を押されて、手にとってみた。

 着想の勝利という感じはかなり大きいが、同時に、王道の連作短編謎解きミステリっぽい形式を採用しながら、その連作の流れに独特な緩急をつけてある全体の構成など、さらなる送り手の工夫も効いている。
 意地悪な見方をするなら、この紙幅に比して、謎解きミステリ要素はやや希薄だ、ともいえるのだが。

 一方で良い意味で、思わぬ方向へと話が広がっていく驚きと手ごたえもあり、そんな物語世界の流れの先の着地点は、まだまだ見えない。
 確実にシリーズ化はされるであろう。

 ラノベ系の叢書の文庫ではなく、一般向けの全書の文芸本として出したのは、企画的に正解だった。ラノベミステリの形で出されていたら、なんか「ミステリというよりは、ミステリっぽい変化球のラノベ小説」という認識を世間から受けて、注目度ももっと下がっていた気もする。
(しかし、現在形の一線のミステリ作家たちの絶賛の声がひしめく帯がスゴイ!)

 評点は0.25点くらいオマケ。

No.1875 6点 殺人配線図- 仁木悦子 2023/09/14 03:07
(ネタバレなし)
 昭和30年代の東京。胸の病気(結核らしい)で一年以上も入院・療養生活を送った27歳の青年・吉村駿作は、退院後の暮らしにも慣れて、そろそろ職場に復帰しようと考えていた。そんななか、大学時代の学友で3歳年下の塩入哲夫が現れ、ある相談をする。それは哲夫の従姉妹である若い娘・塩入みどりが現在、哲夫の家に同居しているが、実はみどりの父で発明家としてかなりの資産家だった卓之助が一年前に自宅で事故死した。しかしその事故の原因の一端がみどりにあるらしいことから、彼女はいまだに父の死に責任を感じ、心を痛めている。それゆえ哲夫は吉村に、嘘でもいいから、みどりが心の枷から逃れられる「事故の真相の説明」を授けてほしいというものだった。事情を聞いて、ジャーナリストとしてできることを、と塩入一族の輪の中に入っていく吉村だが、事態はさらに深い奥行きを秘めていた。

 仁木悦子の長編第三作。角川文庫版で読了。

 なんか大昔の少年時代に読んだか読まなかったか、記憶があいまいな一冊で、そういう感じだから当然、大筋も犯人もトリックも忘れてる。ただし都内のそれなりの規模の館が舞台になることと、作中に出て来る図面などはうっすら覚えていた。途中まで読んで、なんらかの考えか事情かで中断して、何十年もそのままだったのかもしれない。

 というわけで改めて? 読んでみた一作だが、なんともつまらないような面白いような、そんな読後感だった。これが面白いようなつまらないような、ではないところがちょっとミソ。

 仁木ミステリ版「館もの」なのは、後年の新本格的な系譜に繋がる味わいがあるし、しかしそれが昭和35年の作品ということで、レトロな味にもモダンな感じにもなってないところも作品の個性。図面のガジェットや、舞台のある種の設定、さらには宝探しの興味など、手数はそれなりに多いのだが、みんなどこか書き割りの背景みたいな手ごたえの薄さを感じる。

 ただしそれが悪いというのではなく、メニューの盛り合わせの豊富さと、良かれ悪しかれも薄味さがこれはこれでバランス感を獲得し、いい雰囲気の佳作を築いた、というべきか。

 角川文庫版の中島河太郎の解説を読むと、作者自身は本作を評して、本当はもっとゾクゾクする謎解きスリラーめいたものを書きたかったのに、まるでそうはならなかった、という主旨の慨嘆をしていたようだが、ああ、その辺は本当によくわかる。でもだからこそ、この作品、妙な肌触り感で面白い面もあるんだよ。

 なお、後半、吉村がヒロインのひとりに健康な若い青年として肉欲を感じるあたりの描写は、妙に作者の屈折を感じたりもした。
 先の二冊、仁木兄妹ものを、当時の読者たちの一部に、明るい健康的な作風だとか「それって必ずしもそうでないんでない?」と言いたくなるような受け止められ方をした分、生々しい部分をきちんと押さえておきたかったんだろうね。
 世の中の趨勢が、明るい健康的な作風だとマンセーしていても、実は作者はもっと清も濁も書きたがっている。その辺の乖離は、一時期までの手塚治虫作品みたいだ。

 7点あげてもいいけど、なんかそうしちゃうと自分にとってウソになる作品。評者なりのそれなりの愛情をこめて6点。

No.1874 7点 名探偵のままでいて- 小西マサテル 2023/09/12 10:50
(ネタバレなし)
 ここまでのレビューで、誰もな~んもおっしゃいませんが
<主人公(のうちの一人)の老アマチュア探偵(小学校の元校長)、
  実はその彼は、あの瀬戸川猛資と、ワセダミステリクラブで同門で友人だった>
 ……この趣向を読んだときには、歓喜&感涙の絶叫を上げてしまいましたよ! いや、マジで。
 この設定だけで、瀬戸川ファンとしては、ご飯五杯はいけます(笑)。

 謎解きミステリの連作としては、なるほど直観推理に頼りすぎた気配のもののようなものが多く、第2話や第4話も大筋で先読み可能。
 とはいえ愛すべきメインキャラたちの動向は、なかなか好ましい。

 終盤でヒロインの過去設定がいきなり明かされ、いきなり決着したきらいはあるが、しかしこのパートでようやく老探偵の大設定がしっかり活きたという感もあり、お話としてはこれで良かったのであろう。

 最後に、フイニィの『クイーン・メリー号』からの引用のくだりは、もしかしたら、作品そのものからの出典というより、先日亡くなったばかりの石川喬司の書評「極楽の鬼」の同作のレビューの方に影響を受けてないですか? 白状してください(笑)。

No.1873 6点 ゴルゴタの呪いの教会- フランク・デ・フェリータ 2023/09/10 17:22
(ネタバレなし)
 19世紀の末にマサチューセッツ州の辺鄙な土地「ゴルゴダ・フォールズ」に建てられた教会。だがそこは20世紀の初めに初代の神父バーナード・K・ラヴェルが猟奇的な事件を引き起こしたのち、狂乱~自殺して以来、荒れ果てたままであった。そして1980年代前半、70年代の世界的規模のオカルトブームも終焉し、各国の学界での超心理学研究も冷え込むなか、ハーヴァード大学では同分野を探求する女性心理学者アニタ・ワグナーと、その恋人で(1980年代当時の)電子機器の専門家かつ超心理学者であるマリオ・ギルバートも不遇を強いられていた。そんな二人は明確な研究成果を出そうと、怪異な風聞のあるゴルゴダ・フォールズの無人の教会に研究記録用の機材を抱えて乗り込むが、そこにもう一人の来訪者としてイエズス会の青年神父エイモン・ジェームズ・マルコムが登場する。マルコム神父の目的は、ずばりこの呪われた古教会のエクソシズムで、実はゴルゴダの教会はマルコム神父の伯父だった老神父が70年代に悪魔祓いをしようと挑みながら返り討ちにあった場でもあった。マリオとアニタはマルコム神父に協力する一方、貴重な学術上の主題としてエクソシズムの記録をとらせてもらおうとする。そんな三人を、そして……を待つものは。

 1984年のアメリカ作品。
 同じ作者デ・フェリータの『オードリー・ローズ』が予想以上に面白かったし、さらに本サイトではROM大臣さんが、続く邦訳の『カリブの悪夢』もレビューくださった。
 となるとデ・フェリータの翻訳されてる作品はあとはこれだけだし(未訳の原書はまだまだあるようだが)、どんなかな、と思って古書(角川文庫の上下巻セット)を入手して読み始めてみる。

 大筋というか大設定は王道の「幽霊屋敷もの」の変種。
 登場人物は長さ(二冊あわせて600ページ強)の割にはそんなに多くなく、特に上巻などは主人公トリオの教会での描写だけで紙幅が費やされる。
 とはいえ屋内での怪異は意外に小出しで、本当にゾクリときたのは中盤で、実は教会の外の周囲の町で起きていた異常な現象が語られるあたりから。その辺から物語は、登場人物を追うカメラアイの面でもさらに、ハーヴァード大学側やバチカンの方へと広がっていくが、この辺はあまりここで言わない方がいいだろう。
 ゾクゾクワクワク感はその辺からヒートアップしていく。

 とはいえ最後まで読むと、後半「え! そっち!?」と予想外の方向に大きく切り返した『オードリー・ローズ』に比して、良くも悪くも全体的に真っ当かつ直球のオカルト・スリラーで、その辺がいささか物足りなくもあり。
 いや、全体としてはフツーに面白いし、クライマックスにはショッキングで印象的なヴィジュアルイメージのシーンも登場するけれど。

 トータルとしては、良い意味でも逆の意味でも、定食感の強い一編。
 この手のものを久々に楽しんでみたいと思い、近くに本作があったら、それなり以上には十分に楽しめる。佳作の上。

No.1872 6点 聞かなかった場所- 松本清張 2023/09/09 17:04
(ネタバレなし)
 昭和40年代の半ば。その年の3月。出世のために腐心する、農林省食糧課の係長で42歳の浅井恒雄は、最近赴任したばかりの上司・白石局長とともに神戸に出張し、土地の食品会社の接待を受けていた。そんな宴のさなか、妻・英子の妹の美弥子から突然の電話があり、その英子が急死したという。あわてて東京に戻った浅井が事情を探ると、英子は代々木の一角にある化粧品店の店舗内で心筋梗塞で死亡らしい。だが代々木の該当の町は生前の英子との接点もなく、話題になったこともない場所で、浅井はさらに細かい情報の積み重ねから、妻の死の状況に不審を募らせていく。

 「週刊朝日」に昭和45年12月~翌年4月にかけて連載された長編で、「黒の図説」シリーズの第7話。評者は今回、角川文庫版で読了。

 タイトルの含意はまさに文字通りのもので、そこから浅井は普通に愛し合っていたはずのやや年の離れた妻・英子(享年34歳)が秘密の逢瀬の場に通い、密通を働いていたのではと観測。するとその仮説を支えるように、細かい事実の数々が、予想以上の情報をはらむようになってくる。ホームズの推理を思わせるような、些事から伏在する真実をひとつひとつ探り当てる浅井の思考はなかなか面白い。まあいわゆる官僚イメージの役人にしては、あまりに柔軟に自在に浅井の頭が回りすぎる感覚はあるが。

 物語の前半は亡き妻の不倫事実の確認といるのならその相手の探索でページが費やされ、狭義での謎解きミステリの要素は薄い(それでも前述のような、主人公の推理的な思索と事実の調査の経緯の叙述で、その意味ではちゃんとミステリらしいが)。
 
 どの辺でどう、もっとミステリっぽくなるのかな? と思っていたら、やがて中盤以降で大きく舵が切られた。なるほど、こういう構造の作品だったのね。
 俯瞰して見れば、確かに清張っぽい一編である。

 後半~終盤の展開はなかなかスリリングだが、話の方向を露見させてしまいそうなので、ここでは詳しいことはカット。とはいえ、さすがにグイグイは読ませる。
 清張の長編カテゴリーの作品としては比較的薄目で、読みやすいこともあってリーダビリティは吉。佳作~秀作の中。

No.1871 6点 切り裂く手- ピエール・サルヴァ 2023/09/08 08:15
(ネタバレなし)
 結婚して22年目になる、若々しい美貌の人妻で、同年代の友人シモーヌとともにランジェリーショップを経営する、エレーヌ・クーチュリエ。彼女は夫ジョルジュを愛し、21歳の息子ダニエルと20歳の娘ナディーヌの良き母でありながら、一方でひそかに25歳の若い愛人フィリップ・マルヴィエと不倫の情事を楽しんでいた。そんなフィリップは医学生ダニエルの学友でもある。その日も秘密の情事を楽しむため先方のアパートに赴いたエレーヌだが、彼女がそこで見たのは何者かに惨殺されたフィリップの死体だった。被害者との秘密の関係の証拠を消し、黙ってその場を去るエレーヌだが、フィリップの殺害事件は、さらに思わぬ形でクーチェリエ家に関わっていく。

 1970年のフランス作品。
 
 美貌の人妻の秘密のアバンチュールに端を発し、主要人物の周囲にじわじわとサスペンスが高まっていくコテコテのフランス・ミステリ。

 本国では本書が翻訳(ポケミス)された時点でそこそこの著作数がある作者らしいが、結局のところ2020年代の現代でも邦訳はこれ一冊きりのようである。

 全体の物語はほぼ全編が主人公ヒロインのエレーヌを軸とした三人称一視点で綴られ、内面描写がされるのも彼女のみ。
 ごくシンプルな直球サスペンス(殺人の嫌疑がかからないことよりも、不倫が発覚して家庭が崩壊する方を恐れるが)で、物語の開幕から終焉までわずか4日の出来事である。

 特に衒い(てらい)もない作りの小品だが、こまめに小規模・中規模のイベントは間断なく繰り出されるので、それなりには楽しめる。
 真犯人の設定などスーダラだし、その上で先読みもできるが、それよりはクライマックスの寸前、エレーヌの内面に湧く疑念の方が面白かったかも。そっちをそのまま(以下略)。
 ブックオフで100円棚にあったら、買って読んでみてもいいかとも思います。

※登場人物の一覧表で、エレーヌの旦那ジョルジュの仕事が「工場のボイラーマン」とあるが、たぶんこれは訳者か編集の勘違い。ジョルジュの職業は明確に本文に出てこないし、一方でクーチェリエ家の若い女中ビエダットの主人がボイラーマンだと書かれているので、たぶん情報がごっちゃになったものと思われる。
 妙な種類のミスだ。

No.1870 6点 人生の阿呆- 木々高太郎 2023/09/07 21:37
(ネタバレなし)
 昭和10年前後の東京。その年の10月、製菓を主とした食品産業で莫大な財を成した大実業家・比良良三の屋敷では、とある騒ぎが起きていた。良三の26歳の三男で、祖母に大事に可愛がられて成長した遊民・良吉が、住み込みの女中・敏や(としや)を妊娠させたのではないかとの疑いが生じていたのだ。実は良吉には身のおぼえなどないことだったが、半ばこんな事態を愉快がった彼は、成り行きから家を離れて海外に向かうことになる。だが良吉が家を出るのと前後して、市井では比良ブランドの、毒入りの菓子を食べた市民が死んだらしい事件が起きる。そしてさらに今度は、比良家の屋敷の周辺で死体が見つかった。

 こんなもんもまだ読んでませんでした、シリーズ。

 言わずとしれた木々高太郎の処女長編だが、なかなか手頃な版に出会う機会がなく、昨日の古書市で「現代推理小説大系」の3巻(小栗の『黒死館』などとの混載)を安く入手。自宅に帰ってその日のうちに読む。

 ……なんつーか、犯人当てミステリもやりたい、社会派ものもやりたい、外地のエキゾチシズムも語りたい、暗号もやりたい、十八番の医療トリビアも語りたい、あげくの果ては読者への挑戦までやりたい! という正にキメラみたいな作品。

 なるほど、事実上、存在を忘れ去られる被害者とか(某・乱歩賞受賞作品みたいだ)、暗号になってない暗号とか、まとまったものの仕上がりは、決して褒められたもんじゃない。だけど、このおもちゃ箱をひっくり返して、ちらばった玩具を慌てて集めて詰め込んだ中身はなかなかイケる。

 しかも犯人の正体はかなりトンデモで(ちょっと口がムズムズするが)、かなりウケた。
 高い評点はあげられないが、楽しめたという意味では十分すぎるほど。
 7点はむずかしいけど、6点ならオッケーということね。

 なお探偵役コンビの小山田博士と志賀博士、特に後者の方はすでに短編でお会いしているが、長編ではこれが初。
 くだんの志賀博士はマジメで地味の印象の学者探偵だと思っていたら、途中で、かなり天然なブラックジョークを披露し、えー、あなたこんなキャラだったんですか、といささか面食らわせられた。

 いろいろとキライではないです。この作品。

No.1869 6点 冬の朝、そっと担任を突き落とす- 白河三兎 2023/09/05 19:01
(ネタバレなし)
 その年の一月。共学高校の2年7組の担任である青年教師・穴井直人が校舎の階上から墜落死した。7組は理系クラスで女子が少なく、穴井はそのなかのひとりと関係を持ったことが露見し、自殺を選んだと噂されていた。そして二月の末に、7組は広島からひとりの転校生の女子・中西美紀を迎える。

 あらら……白河先生は2018年の『無事に返してほしければ』以降、もう青春ミステリ路線を見限ったのかと、なんとなく勝手に勘違いしていたら、2020年にこんなガチガチの学園青春ものミステリを書いていた(汗)。

 存在に気づいて購入したのは、数か月前。読んだのは昨夜。
 しかもあの『田嶋春にはなりたくない』の主人公「タージ」こと、田嶋春のイヤーワンの物語でもある(序盤のウン十ページ目から出て来る)。

 これは読まねばならぬ、もっと早く手にすべきだったと、おのれの情弱さを軽く噛み締めながら、ページをめくったが、冒頭のプロローグは、正直、観念的すぎてよくわからない(実際、読み終わった今でもモヤモヤ感が残ってる)。

 一方で本編の中身は、連作短編をつなげていくのに近しい構造の長編で、話者が交代しながらひとつひとつの挿話がほどかれていく。一方で縦筋も感じさせる話の流れは、中盤で大きなヤマ場を迎え、相応のショックを与えた。ここら辺は正に、僕らの(いや、オレの)知っている白河作品が帰って来た、という感じ。感涙しそうになる。
 
 とはいえ後半もそういった基調は続くのだが、一方で、残りの紙幅で何を語るのか? いや、確かに(中略)の件は残っているが……とか、雑多な想念を引き寄せられる感じになる。

 ちなみにAmazonのレビューで、白河作品にかなり思い入れのあるらしいファンが非常にパッショネートな評を長々と書いているが、これがまあ、ああ、100%共感はできないが、その思いはよくわかるよ、という感じ。
 ちなみに私は、本作におけるタージの運用は嫌いではない。むしろ先行の連作短編(時系列ではそっちの方があとの物語)と並べて心のなかで咀嚼して、新たに鳥観図が築かれた思いもある(といいながら、かの連作短編集の印象も、さすがに記憶が薄れてもいるが・汗)。

 いろんな思いに揺さぶられながら読み終え、最後に澱のようなものがどっしりと受け手の中に残る。うん、白河作品はこれでいい。

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人並由真さん
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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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