皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ サスペンス ] ペーパーバック・スリラー |
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リン・メイヤー | 出版月: 1977年03月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
![]() 1977年03月 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | 2024/11/28 06:42 |
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(ネタバレなし)
1970年代半ば(多分)。マサチューセッツ州、ボストンとケンブリッジの周辺。「私」こと精神科の女医サラ・チェースはフィラデルフィアの学会から帰る最中、空港で暇つぶしのために購入した一冊のスパイヒーローもののペーパーバック小説「おとなしく入ってはいけない」を読んで驚く。それは作中の主人公スパイ、ブラッド・スティールが忍び込む某医院の診察室の間取りや家具、備品の描写が、完全にサラの自宅兼医院の診察室のものと合致していたからだ。しかも作中の主人公の描写は、現実のサラの業務上の秘密ファイルの秘匿場所まで特定していた。自分の職場がおそらく確実に侵食された現実に一種の精神的レイプのごとく恥辱を感じたサラは、プロの恐喝者が誰か患者の個人情報を盗み出した仮説を抱き、小説の著者グレッグ・ビットマンに接触をはかるが。 1975年のアメリカ作品。同年度MWA新人賞候補作。 先日、書庫で別の本を探していたら、未読の本書が見つかった。 たしかコレ、当時のミステリマガジンの読者コーナーに投稿が採用されて貰ったうちの一冊だった? とも思うが、シリーズ探偵ものでもないらしいし、特化した興味も湧かないのでずっと読まずに寝かしておいた作品だったような気がする。で、ここで見つかったのも何らかの縁だと思い、入手してから何十年ぶりかで昨日から読みだして、少し前に読了。 作者のリン・メイヤーは、英語のAmazonで調べてもこれ一作しか著作がないみたいで、正に一発屋の女流作家。ちなみに旦那は長編小説が数冊翻訳されているヘンリイ・サットンだそうな。『悪魔のベクトル』の作者サットンと同一人物かね? それは持ってるハズだが、まだ読んでない(汗)。 アマチュア探偵役の主人公が電話したり行動したりすると割合に簡単に情報が手に入ってしまうのは、ほぼ半世紀前は海の向こうもおおらかな時代だったんだねえ、という感じだが、その分、話はスイスイ進む。淀みなくストーリーが流れ、主人公の行動に制動がかかる描写も読者の納得を得られるように書いてあるのは作者の筆力を感じさせた。 ちなみに本作は昨年2023年に日本のAmazonで初めてレビューがあり、そこの書評子は主人公サラのとんがった当時なりのフェミニストぶりが相当に気に障った? ようだが、筆者はそんなでもなかった。 むしろ半世紀前の作品にしては、(前述のように情報開示のゆるい一面がある一方で)主人公の職場への踏み込みを精神的凌辱と感じるくだりとか、実に2020年代の今風の感触。そーゆーセンシティブさの方が、当時としても険しく際立っていて、むしろ二冊目の著作の執筆の実働に、作者の内側からか外側からか、ブレーキがかかったんじゃないか、と考えたりもした。いやもちろん勝手な仮説で妄想ですが(笑・汗)。 で、最後まで読むと、事件の黒幕の悪役はある意味でいろいろと隙だらけ、時にアホともいえるのだが、一方で現実の犯罪者なんてこのくらいに自我が肥大して油断が生じてしまうのでは、という妙な? リアリティもあり、その辺は小説としての面白さでもあった。 書き手が、ある種のヤマっ気を生じるタイプの別の作家だったら、もしかすると同じヒロイン主人公でシリーズ化していたかもしれなかったなとも思ったが、とにもかくにも、これは本作のみで消えた作家で主人公。 でも今後もちょ~っとだけは、心には残るかもしれない。そんな一冊。 【2024年11月29日追記】 翻訳は仁木悦子の旦那だった後藤安彦で、流麗だったが、編集はところどころ綻び。本文中で明らかな助詞のヘンな箇所があったし、巻頭の登場人物一覧でも ドウェーン・スェット(×) ドウェーン・フレンチ(〇)。 あともし、前述のヘンリイ・サットンが実際に『悪魔のベクトル』の作者なら、その旨、訳者あとがきを書いた後藤氏に教示してほしかった。なにしろ自分のところ(早川)で出している作品なんだから。 |