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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2224件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1424 6点 アルプス特急あずさ殺人事件- 峰隆一郎 2022/02/16 06:47
(ネタバレなし)
 その年の11月14日。金曜日。新宿発松本行き「あずさ13号」の車内で、女子大生・五貫倫子(いぬきみちこ)が毒物によって死亡する。捜査本部を設けた北松本署の刑事たちは、倫子の隣席の男に嫌疑をかけるが捜査は難航した。そんななか、倫子の11歳年上の兄で、元海上自衛隊員だが今は警備会社に籍を置く吾郎は、独自に妹の死の真相に迫るが。

 それなりの著作数(多くの時代小説とある程度の冊数のミステリ)を誇りながら、一般には「隆慶一郎と誤認される、名前のよく似た作家」という、そんなネタ的な認識がまず真っ先に来るのが、この作者の最大公約数的なイメージであろう(笑)。 
 そのせいか本サイトでも作家も作品の登録も、自分がするまでなかったのだが、実際のところ、そんなこの人の実作のほどはどんなのであろう? と興味が湧き、まずは一冊読んでみた。
(自分が手に取ったのは、1993年の集英社文庫の改題版ね。)

 でまあ、一読してみると、うん、コレはコレでなかなか悪くない。
 いや題名から察するに、なんかトラベルミステリっぽくて、いいとこ一流半~二流のアリバイ崩しか毒殺トリックもののパズラーの線で行きそうな雰囲気だが、実際の中身は体術に心得のある主人公の青年・五貫吾郎が、足と腕っぷしで事件の真相を暴いていく(非・私立探偵ものの)国産通俗ハードボイルドであった。
 結構、刺激的な設定や文芸も出てくるが、小説の叙述そのものはエロにはさほど流れず、暴力描写なんかにも意外に抑制が効いた内面描写がされているのが良い。
 じつは試みに、この作者の名前と「ミステリ」というキーワードを並べてTwitterで検索してみると、大藪春彦、勝目梓と作家ランクを並べている人もいた。で、その妥当性はどうあれ、この作者の文体はいい意味で手堅く、好感が持てる。まあ職人作家的に主人公の人間味を随所で覗かせる、そういう点とか意外に丁寧で、そんなところで評価ポイントを結構、稼いでいたりする。

 吾郎がまるで50年代の翻訳ハードボイルドミステリの主人公みたいなタフガイ。しかも全編を通じてほぼノーダメージ、しかし意外に悪党たちに冷酷さとドライさを見せ付ける一方で、完全にサディスティックにしない辺りも、いい意味での大衆小説ぽくってよろしい。
 バイオレンスヒーローなれども、ギリギリのところで嫌悪感を抱かせないキャラクターの造形と、気を使った描写は、エンターテインメントとしての大事なポイントだとも思うので。
 肝心のミステリとしての(中略)も、まあこれはこれで……ではある。
 
 一瞬? だけ、しょーもない三流エロバイオレンス小説かとも思いかけたけど、二転三転の筋立てもふくめて、全体的にはなかなか悪くはない。
 うん、たまにはこーゆーものもいいやね。 

No.1423 6点 密室殺人ありがとう- 田中小実昌 2022/02/16 03:59
(ネタバレなし)
 カーター・ブラウンやA・A・フェア、87分署シリーズその他の翻訳で知られ、創作者、エッセイストほかのマルチ人間としても多大な業績を残した田中小実昌の、まだ本に一度もなっていない、雑誌に埋もれたままの広義のミステリ短編を12本集めた一冊。

 こういう、昭和期を主体に活躍した作家の未書籍化の中短編の発掘企画といえば、論創社のハードカバーかはたまたマニアックな同人出版あたりが専科だが、こういう風に一般書店に並ぶ文庫の新刊で出してくれるのはありがたい。功労者はおなじみの日下先生で、今回もありがとう。

 先に12編の広義のミステリと書いたが、マトモなパズラーや私立探偵小説などの類は一本もなく、よく言えばバラエティに富んでいるし、悪く言えば方向性のバラバラな作品群の集成。

 1971年から81年までの雑誌に掲載された作品が収録されたが、その大半はもっと前の時代の戦後すぐから昭和30年台~40年代の前半までを時代設定に置いたもので、それぞれの作品にはかなり奔放かつ勤勉な半生を送った作者自身の影が見える(ほとんど作者の分身みたいな、プロやセミプロの翻訳家のキャラクターが登場する話も多い)。

 そういう時代色の上で、話の方向は前述のようにかなり雑多な賑わいを呈し、人生の裏側を覗くような人間ドラマもあれば、昭和の裏面史を切り取るような逸話、さらには意外に正統的な? ゴーストストーリーめいたホラー(というよりモダンな怪談か)みたいなものまで語られる。

 ご存じのとおり、作者は文章は達者な御仁なので、日本語的に読みにくいなどということはまずないが、独特のペースの口上みたいなテンポはあり、それに合わないとちょっとキツイ部分もないではない。あと、話によって文章の重みがチェンジアップされるというか、雰囲気が変わるものもあり、それは続けて読むとちょっとペースを狂わされる感じもした。

 一本一本それぞれツマラないわけでは決してないが、他の作家といっしょにバラバラに一本ずつ雑誌で読んだときの方が楽しめるような雰囲気もある。
 
 まあそれでも、もう1~2冊、こういう初書籍化の形で個人短編集を組めるかもしれないとのことなので、ソレはそれでまた、期待しておきたい。

 最後に余談だが、田中小実昌の最初の翻訳本は、ポケミスのJ・B・オサリヴァンの私立探偵もの&幽霊探偵もの『憑かれた死』だったそうだが、本書中の収録作の中で、前述した作者の分身みたいなキャラクターがそのときの記憶を述懐。オサリヴァン当人と個人的に手紙をやり取りし、向こうから新刊までもらったエピソードなども語られている。たぶん実話であろう。本書はそういうミステリ翻訳家・田中小実昌の地の顔をちょっと覗かせてもらえる、そんな私小説っぽいというか、余禄的な愉しみも授かることのできる一冊であった。

No.1422 8点 蒼海館の殺人- 阿津川辰海 2022/02/15 07:23
(ネタバレなし)
 これだけの密度の内容で、大部の600ページ以上。それを一日でいっきに読ませたのだから、とんでもない求心力であった。
 なにより<レギュラー名探偵自身の実家で起きる連続殺人>、この趣向が楽しくってたまらない(前例があるかもしれないが、評者は知りません・笑)。
 
 とはいえデティルが細かくて複雑すぎて、数ヶ月経ったら細部の大半は、頭の中で整理できなくなっていると思う。
(さすがにこの犯人像だけは、忘れることは、たぶん今後もないであろうが。)

 なお、先行のレビューの方々の、真犯人があまりに都合のよい状況に頼りすぎるという不満はもっともだと思う。 
 が、個人的にはそれ以上に、もしも自分が犯人の立場だったら、ここまでデリケートな犯行計画を作中のリアルで実行なんか、とても怖くてできない、と思った。すぐに綻びかけるポイントが、ざっと見ても3つ4つあるように思える。

 ワトスン役の田所と名探偵・葛城の繊細な関係は、前回以上にとても良い。嫌味や悪口でなく、今風のBL要素を、ちゃんと名探偵ミステリの枠内でのキャラクタードラマに転化させている。
  
 文句なしに昨年の収穫のひとつ。

No.1421 5点 三十三人目の探偵- 吉村達也 2022/02/14 06:34
(ネタバレなし)
 一学年1クラス、各33人の生徒。基本的に金持ちの子女のみを生徒とする全寮制の私立高校「ベルエア学園」。両親と死別した高校二年生の女子・栗田つぐみは、遠縁の者と称する老和尚・伊集院尚吾の計らいで、尚吾の息子・太郎が理事長兼校長を務めるベルエア学園に転入する。だがそこでは少し前に退学処分になったばかりの女子高校生が殺害されたばかりで、しかも校内には、転校生が決まって何者かに殺されるという噂があった。

 1991年1~3月にテレビ東京系で放映された、東宝製作のテレビドラマ『ハイスクール大脱走』の原案として構想され、テレビ放映スタートと同時に文庫書き下ろしで刊行されたタイアップ小説。
 メディアミックス前提のオリジナルストーリーだが、実際にオンエアされたドラマの内容はかなり違っているらしい。評者は本書を読むまで、そんな番組の存在すら知らなかった(webで検索すると、最近でも結構ファンがいるようだが)。

 作者があとがきで、企画ものの青春学園ミステリであることを開陳し、さらにあくまで「大人のために書いた青春ミステリ」である旨を訴えている。

 ミステリとしての献立は、ミッシングリンク的な相次ぐ怪死の謎、不可解なダイイングメッセージ、教室のほとんどの生徒の所持品からなぜか盗まれた古文のテキストブックの謎(ホワイダニット)など、それなりに取り揃え。
 その上で一応はフーダニットのパズラーになっているが、いま書いた三つのネタのうちのひとつは、完全に腰砕けである。これはないだろ、という感じ。あとの二つはまあまあか。

 ぢつは読み始める際の期待値はかなり低く、最悪、赤川次郎のCクラスレベルのものまで覚悟していたので、その辺のモンよりはずっとマシではあった。ただまあ、やっぱりあれこれ強引だね。
 まあまあ楽しめた、という意味でこの評点で。

No.1420 7点 泥棒は図書室で推理する- ローレンス・ブロック 2022/02/12 03:48
(ネタバレなし)
「私」ことプロの泥棒で、ミステリ専門の古書店主人バーニイ(バーン)・ローデンバーは、恋人がほかの男と結婚したため、傷心状態だった。そんななか、アメリカの片田舎にある<英国カントリーハウス>風のホテル「カトルフォード・ハウス」の宿泊客向けの図書室に、レイモンド・チャンドラーがダシール・ハメットに贈った献辞入りの『大いなる眠り』の初版本があるという情報が飛び込む。バーニイは、親友でレズビアンの女性キャロリン・カイザーそして自分の愛猫ラッフルズとともに同ホテルに赴き、数万ドルの価値があるこの稀覯本を狙うが、そこで彼らを待っていたのは「閉ざされた雪の山荘」での殺人事件であった。

 1997年のアメリカ作品。泥棒バーニイシリーズの第8弾。
 評者は本シリーズは邦訳の初期分(たぶん4冊めまで)をリアルタイムで追いかけたのち、第7弾『ボガート』と最新作(といっても原書はほぼ10年前)の『スプーン』のみ、つまみ食いで消化。もしかしたらもう1、2冊読んでるかもしれないが、たぶんこれが全11作のうち読了した7冊目だと思う(もっとも犯人ほかの内容に関しては、第1作目以外まったく忘れている)。

 読めば、おおむねどれもフツーに面白い、程度の印象がある本シリーズだが、本作はクローズド・サークルもののフーダニット謎解きの興味に加え、チャンドラーからハメットに贈られた『大いなる眠り』の元版(クノッフ社版)初版という泣かせるアイテムを大ネタに設定。
 しかも作中ではこの稀覯本、もともとチャンドラーが別の盟友のミステリ作家ジョージ・ハーモン・コックス(なつかしい名前を聞いた! 長編の翻訳はないが「日本版EQMM」そのほかでいくつかの中短編が紹介されている)に贈りかけたものの、成り行きから先輩ハメットに贈与したという、いかにももっともらしい逸話が設定されている(このエピソード、フィクションだろうね?)
 ほかにも往年のミステリ作家たちのネタがちらほら登場し、その辺だけでもかなり楽しめる。 
(ちなみにハメットの主要な長編は、先に読んでおいた方がいいよ。) 


 で、謎解きミステリとしては、ホテルに集う滞在客(容疑者)たちをほとんどまるで(一部の例外を除いて)描き分ける気がない作者のやる気のなさがナンだが、終盤で明らかになる真相はソコソコ面白い。
(正直、犯人の意外性そのものは、ドウッテコトないが。)
 ちょっと英国作家の(中略)あたりがよく使うあの趣向を思わせた。

 でまあ、そこまでなら、評点はギリギリ6点の上位の方だが、エピローグの味のある演出でニヤリというかクスリと笑わされて、もう1点追加。

 作中の細部について、妙に意固地な作者ブロックとやりとりした巻末の訳者あとがきも愉しい。
 よくできたシリーズキャラクターものの、いい意味での定番作品。

No.1419 7点 レイトン・コートの謎- アントニイ・バークリー 2022/02/10 15:19
(ネタバレなし)
 複数の企業を経営する資産家で60歳代の独身男ヴィクター・スタンワースは、亡き弟の未亡人で名家の出自である義妹レディ・シンシアとともに、屋敷「レイトン・コート」に暮らしていた。陽気な社交家のスタンワースは屋敷にほぼ常時、宿泊客を招き、現在も友人やさらにその関係者など、複数の人物が滞在していた。が、そんななかで、屋敷のなかで密室内の自殺と思われる事態が発生する。居合わせた青年作家ロジャー・シェリンガムは、年下の友人アレグザンダー(アレック)・グリアスンを相手に、今回の自殺が実は殺人ではないかとの推理を展開し、アマチュア探偵としての活動を続けるが。

 1925年の英国作品。
 バークリーの長編デビュー作で、ロジャー・シェリンガムシリーズの第一弾。
 
 『チョコレート』『銃声』を別にして、評者が長らく手付かずで放っておいたシェリンガムもの、面白そうな趣向らしいウワサのものも結構あるので、そろそろマジメに読んでいこうと決意、どうせなら残りの未読の作品はなるべく順番通りに消化していきたいとも思う。

 そういうわけでまずはこの第一弾だが、日本での紹介が遅れたことから地味めな作品じゃないの? さらにバークリーの作風や、英国ミステリ黄金時代の名探偵として、いささかメタ的な方向性を託されたシェリンガムのキャラクター(というか文芸設定)ゆえ、なんとなくやることの先が見えるような……という気分で読み進める。
 それゆえラスト(事件の真相)は実は……(中略)という種類のものを予想していたが、いや、こちらの思惑を超えたサプライズ! フツーにしっかり面白かった。そーいや、その手(こちらが読みながら予想&推察していた趣向)は、その(中略)前に同じ英国の作家がやっていたな……。

 なんにせよ、さすがはバークリー、いきなり初手からなかなか、という感じの一作。大ネタを機軸に、手数の多さで実に楽しめた(さすがに一世紀近く前の作品だけあって、読みながら見え見えなアイデアもないわけではないけど)。
 このあとの諸作も楽しみです(嬉)。

No.1418 6点 仮面家族- 悠木シュン 2022/02/07 06:09
(ネタバレなし)
 「あたし」こと北高の冴えない女子高校生・黒崎美湖(みこ)は、平凡なサラリーマンのパパと、ケチで若作りのママ・紗香(さやか)と都内のマンションに3人で暮らす。その隣人で佐久間家の娘・栄子は美湖と同じ年の美少女で、制服が魅力的な名門・清鸞(せいらん)高校の生徒のようだ。だが佐久間家には何か表に見えない事情があるらしい。そんななか、美湖は栄子の家庭教師だという大学生・福田柊(しゅう)と知り合う。

 大きめの活字で、本文は一段組の全240ページ。あっという間に読める。
 イヤミスを謳っているが、むしろ中身はミッシェル・ルブランかフレッド・カサックあたりの(ちょっと古めで王道の)フランス・ミステリっぽい。

 あんまり詳しくは書けない内容だが、最後まで読んで、個人的にはなかなか面白かった。
(逆に言うと、読んでいる間のリアルタイムではソコソコのテンションで、フツーに筋を追いかけるだけという感じであったが。)

 ジグソーのハマり方がキレイかどうかを評価の基準にするのなら、よくできているというよりは、ちょっと強引な感じで、却ってそこに好感を抱くタイプの作品。
 秀作の域にかすり掛ける佳作、というところか。

No.1417 6点 時空犯- 潮谷験 2022/02/06 06:23
(ネタバレなし)
 2018年6月1日の京都。35歳の私立探偵・姫崎(きさき)智弘は、40万円の先渡し金を受け取り、依頼人である60歳代半ばの女性科学者・北神伊織が指定した場所に来た。そこには旧知の警察官、合間や、かつて姫崎に恋焦がれていた娘・蒼井麻緒など姫崎以外に7人の老若男女が集められていた。その8人の前で、北神博士は、驚愕の現実を打ち明ける。

 評者は本作が初読み。タイムループを主題にした特殊設定パズラーで、中盤でのSF設定の枠が広がるあたりとか、いささかややこしい。
 が、多彩なキャラクターの会話形式で、SF設定や筋立て上のロジックのポイントをなるべくわかりやすく読者に伝えようとする配慮は実感するので、ストーリーそのものは意外にスムーズに読める。
 ただし先にレビューされたお二方のおっしゃる通り、肝心の謎解きにダイナミズムがないというか、すんごく地味なため、フーダニットパズラーとしていささか食い足りないのは間違いない。

 それでも最後に明かされる犯人の動機の真相は(中略)だし、そのあとのキャラクター描写などなかなか情感のある味わいではある。
 作者が登場人物の大半に対し、適度な距離感での愛情を込めている? そんな雰囲気もいい。特に<あのキャラ>が一番のもうけ役。
 これも7点に近い6点というところで。

No.1416 7点 ボーンヤードは語らない- 市川憂人 2022/02/05 20:45
(ネタバレなし)
 短めの中編といえる短編が4本。それぞれ手強いかなと予期していたが、いずれもスムーズにかつ適度な歯応えで楽しめた。

 とはいっても各篇の芯となる大ネタは、ほとんどどっかで見たような読んだようなのばっかりで。
 この辺は70年代以降の都筑の諸作や、そのツヅキがホメたホックの秀作みたいな、モダーンディテクティブ調の作風であった(要はアイデアよりも、その謎の出し方と推理の過程の見せ方で勝負している感じ)。
 ただし2話の(中略)トリックだけは、妙に突出して、こっちを見てくれ(この作品はココを記憶してくれ)と、自己主張しているような気配があったが。

 ベスト編は僅差で第4話かなあ。

No.1415 6点 君が護りたい人は - 石持浅海 2022/02/05 06:35
(ネタバレなし)
 茨城県つくば市のトレッキング(山歩き)・サークル「アンクルの会」。その一員である24歳の青年・三原一樹は、サークル仲間で同年の女性・成富歩夏(ほのか)のために、殺人計画を立てた。三原が狙う相手は44歳の市役所職員かつやはりサークル仲間の奥津だ。奥津は両親と中学時代に死別した歩夏を10年間も後見、経済的に支援していたが、その恩を売って彼女と無理やり婚約したのだというのが、三原が心に抱く奥津殺害の動機だった。そんな三原から、年の離れた友人として秘めた殺意を打ち明けられたのは、奥津の大学時代からの友人でやはり「アンクルの会」のメンバーでもある弁護士の芳野友晴。芳野は、奥津殺害を願う三原の決意が固いものとして説得をあきらめ、自分に累が及ばないように配慮しながら、三原の殺人計画の進行を見守るが。

 大きめの活字で二段組、新書版200ページ弱なのでサラっと読める。
 それでもリアルタイムでの三原の殺人計画の右往左往と、過去の回想シーンをからめたサークル周辺の人間関係や歩夏をとりまく経緯の叙述、その二つを交互にテンポよく語るストーリーの流れは、なかなか腹ごたえがある。

 なお物語の途中で、終盤にどういう方向のオチはつくかは大体読める? 自信が湧いたが、はたして実際にどうなったかは、もちろんナイショ(笑)。

 ただしラストの余韻というか、クロージングの演出は、ちょっとムリかとも思う。だって……(中略)。
 
 全体としては、1950年代頃の英国のミステリ作家連中あたりが、旧来の定型のフーダニットパズラーの枠から脱却しようと試みながら書いた、技巧派っぽい、一種のブラックユーモアミステリみたいで楽しかった。

 評点は、7点に近いこの点数という意味合いで。

No.1414 5点 見知らぬ人- エリー・グリフィス 2022/02/04 18:56
(ネタバレなし)
 2017年10月。英国のウェスト・サセックス。そこにある中等学校タルガース校の旧館はヴィクトリア朝時代の怪奇小説作家M・R・ホランドの屋敷だった。その周辺で、同校の40歳代の女性教師エラ・エルフィックが何者かに殺害される。さらにエラの僚友でホランド研究家の美人教師クレア・キャシディの周辺にも異常な事件が生じた。サセックス警察の女性捜査官でインド系のハービンダー・カー部長刑事は、同僚のニール・ウィンストン部長刑事とともに事件の真相を探るが。

 2018年の英国作品。2020年度のMWA最優秀長編賞受賞作品。
(どうでもいいが、2018年に刊行されてなぜ2019年度の受賞作品ではなく、さらに翌年の2020年度の扱いなのだ? どっかの国の「このミス」みたいに、年末の刊行物なんかは、運営側の都合や事情で翌年の扱いにズレこんでいるのか?)

 でまあ、評判がいいので読んでみたが……正直、ムダになげぇ(長い)! 
 登場人物もウザいくらいにモブキャラにまで名前をつけてあり(メモを取ったら120人以上の名前ありキャラがいた。本そのものの人物名一覧にあるのは30人弱だが)、作者が自分の創作物という箱庭の神になる作業を、読者不在で楽しんでいるようだ。

 ストーリーも面白いようなつまらないような、あるいはその真逆かどっちか本気でわからないレベルで微妙。特に一人称の語り手を章ごとに変えるのはいいとして、クレアが先に語ったのと同じタイムラインでの出来事をもう一度ハービンダー側から語りなおしたりする構成は、その狙いを一応は理解した上で、大した効果が出ていると思えない。『ジキルとハイド』とかの共通ネタなんか、たぶんもっと面白いドライユーモアに出来たはずと思うが。

 序盤の50ページを読んだところで一度中座し、残りは翌日にいっぺんに通読したが、これはイッキ読みするほど面白かったとかそういうのでは決してない。こんな、有象無象のキャラの名前をこまめに憶えてくれと読み手に要求してくるような作者本位な作品は、半ば以降で中断しちゃうと、もう何が何だか話の流れも人物配置もわからくなってしまうに決まっているから。
 だから無理やり、ほぼ徹夜して最後までいっぺんに読んだ。決してそれほど惹きこまれたから、ではない。

 んでウリの? 意外な犯人だけど、たしかに「意外」ではあった。ただこういう文芸設定で犯人のキャラクターを最後に明かしていいのなら、本当にいろいろできちゃうよね? という感じ。だって当人が(中略)とすればいいのだから。

 シリーズ化されるようだけど、次作が翻訳されてもあまり積極的には読む気はしない。先にヒトの評判を聞いて面白そうだったら、あるいは手に取るかもしれない。
 まあ今回も、面白いらしいとのウワサを認めて、この流れではあるが。 

No.1413 8点 エラリー・クイーン創作の秘密 往復書簡1947―1950年- 伝記・評伝 2022/02/03 08:26
(ネタバレなし)
 アメリカの小説家&劇作家ジョゼフ・グッドリッチによって発掘、確保、編纂された1947~50年の4年間(さらにもうちょっと)の期間における、リーとダネイの創作討議のための意見交換書簡集。原書は2012年に刊行。

 この1947~50年の時期に生み出された新作長編は『十日間の不思議』『九尾の猫』『悪の起源』の3本で、これらのメイキングが本文の主眼(正確には『ダブル・ダブル』もこのシークエンスに該当するのだが、なぜかそれだけは関連の書簡が残ってないらしい?)。

 時代とともに形質が変遷するエラリイ(エラリー)・クイーンシリーズの新作、そのミステリとしての完成度を高めるための構想&意見交換、そして、より多くの収入を得るために雑誌掲載(連載)や映画化を視野に入れた、新作によるビジネス戦略など、作家コンビの思惟が実に赤裸々に語られるが、それらミステリファンの関心を募る案件と並行して、双方の家族のやリー&ダネイ本人のプライベートな生活や健康なども話題になる(が、しかし……)。

 ラジオドラマが終わって収入の減退を憂う話題とか、ダネイのみが実働する「EQMM」編集の話題とか、高級紙「コスモポリタン」の編集部がチャンドラーの新作『かわいい女』のクズみたいなコンデンス版(たぶんチャンドラー自身も消極的にダイジェストしたものとEQコンビは観測)を高価で買ったのに、こっちの『九尾』の新作原稿にはハナもひっかけてくれないととルサンチマンをぶちまけるあたりとか、それぞれ実に面白い。
 ちなみに前述の三長編のなかで最もメイキング事情が豊富に語られているのは『九尾の猫』で、それから『十日間』『悪の起源』の順番で紙幅を費やしている。各作品の幻に終わったタイトリングの中にも、なかなか味のあるものがあったりする。 
 なかでも『九尾の猫』のデティルを討議するあたりは本書の白眉で、特に被害者のジェンダーや人種にこだわり、意見を交換するあたりが圧巻。なぜそれでなくてはならないか、のロジックを表明しあう辺りは、正にクイーンのミステリ作中でのエラリイの推理シーンのごとしであった。

 20世紀最大のパズラー作家コンビの一時期の内実を明け透けに覗ける、限りなく興味深い一冊である。

 ちなみに『十日間』が「エラリイ最後の事件」として構想されていたであろう可能性~事実は、すでに評者をふくめて多くの読者が予見していたところだが、その発想が小説叙述役のリー側ではなく、プロット創案役のダネイの方から出ていたらしいのには、けっこう驚いた。
 もちろん作者コンビは、国名シリーズとハリウッドものを終えてライツヴィルものほかの中期路線に突入したなかで、探偵ヒーローのエラリイの扱いにはかなりセンシティブになっていた。
 だから評者などは、より自在な方向性でミステリ小説を書きたいリーの方が、使い込んだエラリイとお別れしたいと思っていたのだと、以前からなんとなく考えていたので。
 が、そもそもダネイが何を契機にエラリイを一度表舞台から降ろそうと思ったかは、本書のなかでははっきりと明言されていない。本書の直前の書簡集ほかの資料でも刊行されれば、その辺はさらに詳しく明らかになるのかもしれないが。
(まあ、当時にして「エラリイをシリーズ探偵として、ある意味、使い尽くしてしまった感」が作者コンビの頭をよぎっていたであろうことは、想像に難くない。)

 親切で丁寧な注釈もふくめてほぼ満足。

 あえて言えば、本文ページのそれぞれの肩の部分に書簡が出されたときの年月日が入っているが、その年月日のあとに(リー)(ダネイ)と常に一瞥しただけでわかるようにしてくれれば、さらに丁寧な編集であった(一冊の本を読む間には、何度か栞を挟んで中座することもあるので、また読み始める際、そういう配慮があると、現実的に便利なんだよ)。
 
 ところでスタージョンやデビッドソンたちの(遺族の?)ところには、ダネイとのやりとりの手紙とか、残ってないのかしらね。それはそれで読んでみたい。
 
 本サイトへの登録ジャンルは広義の「評伝」ということで。厳密には「ミステリ関連の資料」とかそういう項目を新設していただいた方がいいかもしれない。今後、機会を見て管理人さんに相談させていただこうか?

No.1412 6点 救国ゲーム- 結城真一郎 2022/02/02 07:07
(ネタバレなし)
 加速する限界集落問題に呻吟する、202X年の日本。岡山県K市の北部にある過疎集落「奥霜里」で、元経産省官僚の青年・神楽零士の生首、そして胴体が別々の状況のなかで発見される。零士は6年前に官僚を退職後、単身で限界集落だった奥霜里(霜里)の地に活力を与えて復興させた、現代の奇跡の立役者だった。だが事件は多くの謎をはらみ、そして地元の容疑者たちには堅牢なアリバイがある、この殺人事件の話題で日本中が騒然とするなか、謎の仮面の人物「パトリシア」がネットにて、全国民に向けて、とあるメッセージを放った。

 2018年に新潮ミステリー大賞でデビューした作者の、長編第三作。
 評者はこれが初めて読む作者の著作だが、ほとんどまったく予備知識なしにページをめくり始めた。

 内容は、現実の日本がはらむ課題に問題提起する社会派ミステリっぽいが、それ以上に、どのような経緯で凄惨な事件は起きたか? なぜ首を切られたか? その前後の奇妙な状況は? そして鉄壁のアリバイは? ……など、もろもろの謎解きへと読者の興味を引き込んでいくガチガチのパズラーだ。

 特にアリバイ崩しに関わる事件現場(首切り関連もふくめて)のロケーションには運搬用ドローンや無人カー(除雪車)などの現代メカニックが重要な小道具として使われており(これはネタバレにならない大前提なので言っていいだろう)、本作をすでに高評している一部のミステリ作家や評論家たちからは「21世紀現代の『黒いトランク』」といった主旨の称賛まで受けている(!)。
(個人的には、最後まで読んでメイントリックの真相を認めると『黒いトランク』よりは、むしろ……『(中略)』みたいだ、と思ったが……。)
 
 歯応えのある謎解き作品だが、一方である種の方向にポイントを絞り込んだため、(中略)の部分はあえて犠牲にした印象もある。

 で、作中の重要キャラのひとりで謎のテロリスト活動家の訴える「地方を整理して都市圏に人口を密集させる日本全体の合理化構想」。
 メッセージそのものは真剣かつ重厚だが、理想論&強硬論をふりかざされても現実にすぐ何かができる問題でもなく、この辺の主題にマジメに付き合ってかなり疲れた。まあそういう種類の刺激を凡庸な読み手に与えることも、この作品の刊行意義のひとつなのであろう(評者の場合、このあと続けて、もうちょっとこの作品のそういった部分についてモノを言いたいけれど、それをやったら、なんか負けだという気もする~汗~)。
 しかし作者が東大出ということもあって、同じ出身の古野まほろのある種の側面あたりに、非常に近しいものを見やったりした。

 力作だと思うし、骨太で真剣な一冊だとも認めるけれど、これで素直に7~8点もつけたくないなあ、というワガママな気分でこの評点で(汗)。
 たぶんこのあと、ほかの人がどんな評点をつけても、きっとそれぞれの高い低い点数に対して、評者は安心しちゃう。高い点をつけてくれた人は、オレのかわりに高い点をつけてくださった、という気分だし、逆に低い点なら、ああ、やっぱりこの作品に対してそんなに構えて評価せんでいいのだな、と気持ちが楽になるから。そんな感じの一冊じゃ。

No.1411 6点 作家の秘められた人生- ギヨーム・ミュッソ 2022/02/01 09:06
(ネタバレなし)

 2018年。地中海のボーモン島。「ぼく」こと、作家になるため2年間の小説修行(実作と出版社への投稿)を続けたが、成果が出せないフランス人の青年ラファエル・バタイユはボーモン島に赴き、そこに20年間隠棲するかつての大流行作家ネイサン・フォウルズとの接触を試みる。同じころ、女性新聞記者のマティルド・モネーもまた、ネイサンに会うために島に渡っていた。だがその島では、惨殺された女性の死体が見つかり、島は非常事態として海軍の管理下のもと封鎖状態に陥る。やがて秘められた奥深い真相が……。

 2019年のフランス作品。本邦でも人気作家となったミュッソだが、評者は読むのは本作が初めて。
 
 一人称の主人公ラファエルのパートは紙幅的には全体の半分弱で、あとはネイサンやマティルドたち別の主要キャラの三人称叙述が交錯する。
 多人数視点での叙述は下手に進めると、読み手の煩雑さを招くばかりだが、本作の場合はこなれた丁寧な訳文の良さもあってか、ストーリーをテンポよく起伏豊かに読ませる効果をあげている。
 本文300ページちょっとと短めの話だが、仕掛けがふんだんでしかも終盤のコンデンスぶりは、良い意味で旧来のフランスミステリらしいトリッキィさを継承した、21世紀の新世代作品という感じ。
 
 とはいえ全体の4分の3~5分の4あたりで、全体の構図が見えかけて、おいおいこれでこのまま終わるんじゃないだろな、と思ったら、大丈夫ちゃんと(中略)。
 まあ大筋は語られたとおりのものでよいのだろうが? さらにまたミョーなギミックめいたものもあり? その辺もまた本作の個性。
 細かいことを言えばちょっと作劇の進行の上で強引な感じの部分もないわけではないが、まあ……グレイゾーンか。
 
 余談ながら、小説家志望のラファエルがシムノンのファンであり、ほかの登場人物に『汽車を見送る男』(や他の数作)を勧めているのが楽しかった。まあ『汽車~』は、先にリュカの登場するメグレものを何冊か読んでもらってから読ませるのがベターだと思うけど。
 評価は7点に近いこの点数ということで。

No.1410 8点 忌名の如き贄るもの- 三津田信三 2022/01/31 06:26
(ネタバレなし)
 これでシリーズのうちで読んだのは、長編と短編集あわせて6冊目。

 序盤の「早すぎた埋葬」ネタの逸話で盛り上げたのち、一転、中盤は手堅いが、やや地味目な感じ? と思っていた。

 が、終盤での二転三転……どころかそれ以上の、フーダニットパズラーの謎解きが鮮烈。実のところ、(中略)番目に名前があがったトンデモナイ犯人の設定は、こちらも予想はしていた(まあ結局は……なのだが)。

 で、本当の勝負所は、最後の最後の真犯人の判明と同時に明らかになる<あの構図の反転>であろう。
 思わず息をのんだが、まあこれはこれ以上書いちゃいけないね。
 
 ラストもコワイ。そっちの方向で、このシリーズの中でこれまでに読んだなかでたぶん一番怖い。
 当然、半分徹夜で、イッキ読みでした。

No.1409 8点 二人がかりで死体をどうぞ 瀬戸川・松坂ミステリ時評集- 評論・エッセイ 2022/01/30 07:30
(ネタバレなし)
 上質紙にハードカバー、美麗なジャケットカバーつきの製本で、実に立派な装丁・仕様だが、昨年の11月に都内のマニア向け古書店「盛林堂」が自店オリジナル企画の叢書「盛林堂ミステリアス文庫」の一冊として刊行した同人書籍。

 内容は、かの故・瀬戸川猛資と、その盟友であった文筆家・松坂健が1970年代前半にミステリマガジンに書いていた国産、翻訳、未訳(当時の時点で)の原書などを対象にしたミステリ時評&紹介文を、それぞれの連載記事コーナーごとにまとめたもの。
 この時期のミステリマガジンがミステリファンとしての原体験ど真ん中だった評者にとっては待望の一冊であり、盛林堂の公式サイトでは発売の2~3ケ月前から購入予約を募っていたが、掲示を見て神速で予約の手続きをとった。
 現行のミステリ研究家諸氏や作家・山口雅也氏の寄稿、丁寧な編集(巻末の膨大な索引)、さらには松坂自身の書き下ろしエッセイなどもふくめて本文500ページ以上。頒価は一冊4000円弱だが、この中身からすれば全然高くはない。

 なお、予約期間を数か月もとっていたのだから、本サイトでも購入された方はきっと少なくないとは思うが、一方で買い逃した人、刊行事実を知らなかったミステリファンも意外に結構いるらしく、Amazonなどでも積極的に商品検索されている形跡があったり、ヤフオクで膨大なプレミア(すぐ5ケタ行く)がついていたりで「うーん……」である。

 内容に関しては「夜明けの睡魔」などに代表される瀬戸川節が大好きな方なら絶対に楽しめるはずの書評ガイド集で、松坂も盟友・瀬戸川との書き手の個性の微差などは確かにあるのだが、それでもほぼ同等のカロリーで熱くかつ軽やかに楽しそうに、それこそ「二人がかりで」ミステリ全般を語っている。
 もちろん時評という原稿の性格ゆえ、当時1970年代前半の時代と密着したもので、まだ健在だったクリスティーやロス・マクドナルドの新作がどのように当時のファンにリアルタイムで受容されていたかの、貴重な証言集にもなっている(ロス・マクの後期の諸作の、さらなる細かい変遷を観測するあたりなど、なかなか興味深い)。

 世代人ならノスタルジィも加味して楽しめるのは間違いないが、当時まだ生まれていなかった新世代のファンでも、ここで語られている作家や作品、またはミステリ全般に、いくばくかの関心があるのなら、たぶんいや確実に楽しめるのでないか。

 もちろん個々の作品のレビューや関連作品の記述については、瀬戸川&松坂の嗜好の偏向や、それぞれの作品への踏み込みの深い浅いもある。中にはごく一部、客観的にみてもケアレスミスでしかない記述などもあるのだが(たとえば具体的には、ニコラス・ブレイクの『くもの巣』は「時代ミステリ」ではないぞ! なんで勘違いしたのかはよくわかるほど、あれはソレっぽい作品ではあるが、あくまで時代設定は原書刊行当時の1950年代)、そういった部分までも含めて、本当にミステリに耽溺していた同好の士の若き日の見識に触れられる、独特の充実感と快感がある。

 あとは斎藤栄の『紙の孔雀』などの、これはもはやミステリとはいえない、と憤怒する当時の瀬戸川の激昂ぶりを、本サイトでのkanamoriさんの比較的好意的と思えるレビューと比較してみても面白い。
 この二つのレビューの間には「新本格」「(中略)トリック」という二つの重要なキーワードの浮上が隔壁となっていることが、おのずと察せられる。同作を未読の評者などは興味を惹かれて、ネットで同作の元版の古書をあわてて注文してしまった。自分の感想が瀬戸川評に寄るか、kanamoriさんのものに傾くか、これから楽しみである。

 もちろん評者などはすでに一度、大昔に読んだ文章が主体だが、自分の記憶のなかに潜む、ある種の定型化した言い回しやフレーズなども、ああ、実はこの二人の時評の中のレトリックが源流だったのだ、と気づくことも少なくなかった。
 これから初めて、本書(に収録された文章)に触れる新世代のファンの方々も、きっとそれぞれ心のどこかにひっかかる記述を、多かれ少なかれ(たぶんそれなり以上に)見出せるだろうと予見する。これはそういう本。

 いっぺんに読んでしまうのがもったいないのでチビチビ読み進め、ひと月ほどかけて読了したが、最後の数十ページはもう、残った美酒を一気飲みしたい欲望に負けてひと晩で読み終えた。
 読み終わってみると、もっともっとこの二人の連載が「極楽の鬼(地獄の仏)」や「地獄の読書録」(の前半)なみの長期連載になってくれていたらなあ……とその短さを惜しんだりする。いやまあ、これからまたこの本は何回も読み返すだろうけど。

 末筆ながら、周知の通り、松坂健氏は本書の刊行直前、昨年10月にご逝去された。現在発売中のミステリマガジンでは、追悼特集が組まれている。
 同じSRの会員ではあったが、たぶん一度もお目にかかる機会はなかったなあ。あらためまして、心からご冥福をお祈りします。(文中・敬称略)

No.1408 6点 <羽根ペン>倶楽部の奇妙な事件- アメリア・レイノルズ・ロング 2022/01/30 06:01
(ネタバレなし)
 フィラデルフィア州。「わたし」こと20代半ばの若手女流ミステリ作家キャサリン・パイパー(愛称「ピーター」「ピート」「ピエトロ」)は、頭を悩ませていた。毒舌と陰口が不愉快な嫌われ者の人妻マーガリート・イングリッシュが、ピートの参加する土地の文筆家サークル「羽根ペン倶楽部」に再入会する気配があるからだ。かたや倶楽部周辺では、会の創設者の一角で新聞コラムニストの女性マーガレット(ペギー)・ヘールに、匿名の中傷の文書が送られてきて、しかもその複写がほかの会員たちにも送付されているようだ。ピートはイングリッシュ夫人と怪文書が関係あるのではと疑うが、そんななか2年前に自殺した倶楽部尾会員だった青年ティム・ケントについて、秘められていた事実が表面化してくる? 不穏な空気のなか、倶楽部の周囲では殺人事件が発生した。

 1940年のアメリカ作品。
 犯罪心理学者エドワード・トリローニとワトスン役の女性作家キャサリン・パイパーシリーズの第一弾。

 とりあえず翻訳紹介された作者ロングの著作3冊は、これでどれも読んだ評者だが、なかなか好調だった前2冊に続けて、今回もしっかり楽しめた。
 論創海外ミステリではじめて出会い、複数の著作につきあった作家はカーマイケルなど他にもいるが、ロングの場合はなかなか打率が高いというか、こちらとの相性がよろしい。

 解説で浜田知明氏が述べているように、小規模の謎を次々と投げかけては小刻みに真相やネタ割を語っていく作劇が、ストーリーに好調なテンポを獲得している。その辺はよろしい。
 とはいえ全体の紙幅がハードカバーで200ページちょっとと短めな割に、話の中心となる「羽根ペン倶楽部」の会員が12人というのはちょっと頭数が多すぎ、作者も持て余した感じもする。
 さらに犯人については、いかにも(中略)なことをするので、見当をつけたら当たり。フーダニットパズラーとしてはやや物足りない。

 とはいえ論創側のスタッフが謳う「B級アメリカン・ミステリ」としてのライトな楽しさは確かに全開で、トータルとしては前述のようにひと晩しっかり楽しめた。
 130ページ目でピートが探偵&刑事コンビをエラリイ&ヴェリー部長刑事に例えたり、映画版『影なき男』の謎解きシーンの演出を意識したりするのもゆかしい。

 なおこういう軽快な作風の作家なので、日本でこそまだマイナーだが、本国アメリカでは今でもペーパーバックとか、昔のベストセラーの古書とかが入手しやすいのだろうと思っていたら、巻末の訳者あとがきによると意外に稀覯本で、本作の原書も訳者がアメリカ旅行の際に僥倖でレアな古書を発見し、日本に持ち帰って版元に出版を打診したそうな。
 翻訳家がマイナーな作家に傾注し、未発掘の原書を見つけてこれは面白い、として、21世紀の本邦に、クラシックミステリを発掘翻訳紹介してくれるという経緯はまさに理想の展開だね。
 関係者のみなさん、頑張ってください。

No.1407 8点 ミステリアム- ディーン・クーンツ 2022/01/29 08:54
(ネタバレなし)
 余命いくばくもない老婦人ドロシー・ハメルの愛犬で、ゴールデンレトリバーの「キップ」。先天的に通常の犬とは違う資質を備えたキップはドロシーとの死別後、何かを知覚してある人物のもとに旅立つ。一方その頃、カリフォルニア州の一角にあるブックマン家では、高機能自閉症(特化した能力を持つ、自閉症)で大学生以上の天才的な頭脳を持つ11歳の少年ウッドロウ(ウッディ)が、ハッキングを通じてさる秘められた悪事に接近していた。だがそんなブックマン家に近づく、恐怖の影が……。

 2020年のアメリカ作品。
 邦訳も昨年に出たばかりで、評者にとっては久々のクーンツ、なんか面白そうなので、手にとってみる。

 ほぼ30年前の人気作『ウォッチャーズ』の系譜を継ぐ、スーパードッグからみのストーリーだが、世界観そのものは……これは読んでのお楽しみ?

 実のところ、評者は『ウォッチャーズ』に多くのファンがいることは認めるものの、個人的にはいまひとつ思い入れがないのだけど、はたして今回はずっと楽しめた。
 終盤、残りページが少なくなるなか、まだ複数のかなりの事態が未解決のまま。これはどうすんだろ? 少なくとも<あの手>は使うだろうな、とも予想し、とりあえずソレは当たった。
 が、残りのあれやこれやの局面をまとめたり結着づけたりの手際がとにかく無手勝流かつパワフルで、その辺はじつにオモシロイ。
 個人的には、断続的に三件ばかり「アア、ソウクルカ」という感慨を覚えた。
 特にアウトロー連中への対処ぶりは、ブラックユーモア的な興趣でニンマリさせられる。
 
 あえて不満を言うなら、未来を展望するSFビジョン的なメインテーマが、本来はもっと物語の軸に据えられるべきところ、ちょっと中心からずれちゃったみたいな印象を受けるところで。まあ(中略)化したあのキャラクターの存在も、主題の対比になっているともいえるかな。
 あと、メインヒロインが風来坊的に現れた男性キャラを、非常事態のなかで緊張している割に、あまりに軽く受け入れすぎるよね。そこは気になった。

 というわけで個人的には、作品トータルの完成度はソコソコなれど、なんやかんやの得点の累乗で面白く読めた一冊。
 おおざっぱに言えば、いかにも実質B級の、大冊エンターテイメント(クーンツにはまだまだもっと長い作品があると思うが)。
 でもこれはこれで、色んな興味が満たされて、なかなか楽しかった。
 評点はちょっとオマケ。

No.1406 7点 悪の起源- エラリイ・クイーン 2022/01/28 05:15
 思うところあって、ウン十年ぶりに再読。
 もしかしたら『十日間』も『九尾』も読み返さなきゃいけないのだが、少なくとも本作などは特に、ストーリーも犯人も完全に忘却の彼方だったので(そういう意味では『十日間』と『九尾』の方は、さすがにいろいろと忘れがたい。特に前者)。
 とはいえ物語のモチーフと、作中のいくつかの名場面(室内を埋め尽くすたくさんの×××のシーンとか)などは、しっかり覚えていた。
 今回は少年時代に購入したポケミスを書庫から引っ張り出して、当時と同じ本をまた読む。




(以下、ネタバレあり)








 事件のモチーフが進化論(「種の起源」)だということは後半のサプライズの一環なのだから、この題名はそもそも不適だろ、とも思う。
 まあソコは作者コンビ、少なからぬ数の読者にも早めに見破られるだろうと踏んで、先にアイデンティティ保護を図ったか。本当の勝負所は、モチーフが判明したあとにあるのだ、ということだね?

 ハリウッド映画産業の衰退を背景に、第三次世界大戦に怯える当時の世相と、実際の朝鮮戦争勃発をほぼリアルタイムで取り込んだ作劇は、独特な作品の個性を感じさせる。
(マックとローレルの恋人コンビ、いいキャラだなあ。特に、なんのかんのいっても最後に出征してゆく前者。)

 エラリイの事件簿としては、直前に刊行された『ダブル・ダブル』を作中時間の順列から外して、『十日間』『九尾』の流れを受けたその二作の直後の事件っぽい。そこで今回は、エラリイの人間味を美貌の人妻との関係性で語るのにちょっと驚いた。
 ポケミス版142ページの描写や、同156ページ目のウォレスとの対峙を経たあとのシーンとかなかなか鮮烈だな。1940~50年代のハードボイルド私立探偵小説(あれやこれや)との類似性を認める。

 謎解きに関しては、エラリイがさっさと、冒頭で毒殺された犬の犬種を調べようとしないのに苛立った(さすがに前半の内から、なんか意味があるだろと察しがついたので)。
 この辺は冴えてる時のエラリイの捜査法を、今回は筋運びのためにあえて作者たちがルーズにしている感じ。

 二転三転するラストはまったく失念していたので、個人的には大ウケであった。しかしこれって、うまいことロージャーが勝手に死んでくれたから良かったものの、そのロージャー当人が生前に、実はウォレスにあれこれ入れ知恵もしてもらったのだ、とわめいていたら、ウォレスも色々マズかったんじゃないかい? 都合よく事態が流れてくれたからいいものの、余裕もってエラリイの作戦に付合って、その後も悠長にほっかむりしてる心境って……ちょっと作劇的に、人物描写的に無理があるよね?
 
 でもまあ(最後に殺人犯を看過? するという決断をさせちゃうことで)『十日間』以降のエラリイをさらに、シリーズものの名探偵としてアンダーなポジションにおいてやれ、という、作者コンビの残酷な邪念が覗けたような気もする。
 自分が生み出した可愛い名探偵ヒーローだからこそ、さらにイジメてやりたいらしい、この時期の作者コンビの屈折がじわじわ感じられるようでとてもステキ。
(そんな評者の読みが当たっているかどうかは、しらんが・笑) 

No.1405 9点 ユドルフォ城の怪奇- アン・ラドクリフ 2022/01/27 06:21
(ネタバレなし)
 1584年。フランスはガスコーニュ地方。知的で善良だが世渡りの下手な貧乏貴族ムッシュ・サントペールは困窮の中で、妻の実弟だが悪辣な性格の資産家ムッシュ・クネルに先祖伝来の家督の一部を売却する。その後、愛妻を熱病で失ったサントペールは、知性と感受性に富んだ美貌の一人娘エミリーとともに、傷心を癒す旅に出た。途上でエミリーは風来坊の若者ヴァランクールと知り合い、互いに恋に落ちるが、旅のさなかで貧困に苦しむ土地の人を救ったサントペールは路銀の予算が少なくなり、父娘はヴァランクールと別れて帰途についた。だがその帰路、山腹のルブラン城の麓でサントペールは病に倒れ、エミリーに謎の遺言を伝えてこと切れた。両親と死別したエミリーは、父の実妹でパリの社交界での名声を尊ぶ俗人の叔母マダム・シェロンに後見される。そして数奇な運命は、やがてエミリーをイタリア山中の妖しい古城ユドルフォ城へと誘ってゆく。

 1794年の英国作品。
 ゴシック怪奇小説の始祖とされるウォールポールの『オトラント城綺譚』(1764年)の30年後に、4冊の分冊形式で順々に刊行された同ジャンルの作品で、当時の大ベストセラー。ゴシックロマン黎明期に、このジャンルの魅力を一般読者に広く厚く浸透させ、多数の模倣作品を生み出した文学史上に残る名作とされる。
 翻訳は400字詰めの原稿用紙に直すと2500枚前後に及ぶらしい大長編で、書籍もハードカバーの上下巻の二分冊、合計の総ページは本文だけで優に1000頁を超えるもの。

 で、昨年、ついにコレが本邦で初めて完訳された(以前に抄訳めいたものはあったらしい)と、読書人たち&広義のミステリファンたちの間で話題になっていたので、ミーハーな評者もチャレンジしてみる(せっかく以前に、同じゴシックロマンの先駆『オトラント』も読んでいるということもあり)。

 しかしまあ、手に取って驚き! 初版から二か月でもう再版でしたよ、奥さん。この出版不況の時代に、合計8000円前後の二冊本が! なんのかんの言って、日本の文化度はまだまだ高いよね(笑)。

 で、評者自身もページを開いたら憑りつかれたように読み進め、実質二日半でイッキ読みです。
 いやもう、メ・チャ・ク・チャ・面白い! ゴシックロマンの始祖がどーのこーの言うよりは、もはやキングでクライトンでシェルドン、<あのクラスの作家たち>の脂の乗り切った時期の諸作、そういった最強クラスの作品のリーダビリティに匹敵する。
 
 日本語としてこなれきって平明な、しかして雰囲気のある訳文も素晴らしいが、やはり次から次へと事件を起こし、読み手を飽きさせないページタナーの大冊クラシックという作品の中身そのものが最強である。
 オカルトホラー&幻想ショッカー的な描写を随所に挟み込みながら、主人公の少女エミリーの変遷をメインドラマに据えて、鮮やかなストーリーテリングぶりを発揮する。
 もちろん、ソレらの怪奇要素、ミステリ的な謎の数々が最終的にそれぞれどーゆう真相や作中の秘密に至るかは、ここでは書かない言わないが、叙述の視点を器用に自在に細かく切り替えながら「(とにかく)何かが起きたのだ」とか「何らかの怪異があるらしい?」とか、読み手の興味を飽かさず繋いでいく作法は、あざといまでの勢いがある。
(あとあんまり詳しく書けないが、下巻の中盤、サブストーリー的な方向に物語の流れの舵が切り替わったと思ったら、さらにまたドラマの主流の方に転調するあたりとか、ウマイ、と唸らされた。)

 なお本作は大部の作品だけあって登場人物はさすがに多く、名前が出たキャラだけで総勢80人前後になるけれど、それらのキャラクターについて、髪の色がどーのとか、眼の色がどーのとか、その手のビジュアル的なことはほとんど叙述していない。なんかこの辺は、のちのフレデリック・フォーサイスの『悪魔の選択』みたいに、膨大な頭数のキャラクターを割り切って合理的に捌いて使う、思いきりの良さみたいなものを感じさせる。

 とはいえ、だからといって登場人物たちに血が通ってないわけでは決してない。良い意味での大衆小説として、善人は善人らしく、悪人っぽいけど結局は悪人になり切れない人もまたそんな微妙なキャラらしく、的な厚みは、小説のうま味として必要十分以上に、ちゃんと書き込んである。当初は凡庸な役割キャラかと思ったら、妙に印象的な芝居をしてきたり、とかの興趣も多い。
 何しろ、味のあるサブキャラクターがいっぱいだ。ちょっとしか出てこないけれど、偏屈そうに見えて実は本当にいい人の、アマチュア植物研究家ムッシュ・バローなんかすんごく萌えキャラ。
(あと何人か、もうけ役やおいしい役回りのキャラクターの名前をあげたいが、ネタバレになりそうなので、残念ながら割愛)。
 ……あ、エミリーが亡き父から受け継いだ愛犬マンションの描写だけは、いろんな意味で雑だったな。作者が途中で、その存在を忘れちゃった感じ(涙)。
  
 全体としてはとても満足。まあもちろん、二世紀以上前の古典として割り引く部分もそれなりにあるけれど、その辺の時代性を相殺しても十二分以上に楽しめた。あんまり後味についてどーこー言っちゃいけないんだけど(ホラーやサスペンスの場合、ネタバレになりかねないから)、すごく心満ちた思いで本文最後のページを閉じている。
(もしも2020年代の現在でも、日本アニメーションが全4クールシフトで「世界名作劇場」を製作放映していたら、これを原作にしてほぼ忠実に映像化すれば、絶対に面白いものができるであろう(よほどスタッフがハズさない限りは)。そんな感じである。)

 なおゴシックロマン分野に本格的に取り組んでない評者としては、これといい『オトラント』といい、なんで英国作品で物語の舞台が他国なんだろ? という素朴な? 疑問があったりする。この辺は本ジャンルの作品の数を読んでいけば何となく見えてきたり、実感したりするのかね。ある種の異国性は、この分野の本来の必須要素なのかとも思うが。

 ……で、本作への返歌がジェーン・オースティンの『ノーサンガー・アビー』ですって? 下巻の解説を読んで改めて意識した(そっちは本サイトでもすでに、弾さんとおっさん様のレビューがあるね。さすが!)。原典のこっちを先にきっちり読んだことだし、そちらも近くチャレンジしてみることにしよう。

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