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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2199件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1799 8点 人狼部隊- イブ・メルキオー 2023/05/30 05:18
(ネタバレなし)
 連合軍の侵攻を受け、陥落寸前の1945年4月のベルリン。ヒトラーは総統専用の地下室に要人を集め、かねてよりアルプスに建造を進めている巨大要塞に拠点を移す、水際の一大反攻作戦を語る。そのための主力となるのが、数年前からナチスドイツの最後の切り札として編成されていた精鋭殺人工作集団「人狼部隊」であった。そんななかドイツ国内に侵攻し、敵軍を解体・無力化しつつある連合国側、アメリカ軍防諜部隊の「ラースG-8」ことエリック・ラーセンは、とある動きを掴んだ。

 1972年の米国作品。作者メルキオーの処女長編で、本国でかなりの反響を呼び、日本でも翻訳刊行当時、当時の海外ミステリ界、冒険小説ファンの間で、マイナーメジャー的に話題になった。

 ちなみにタイトルだけ聞くと、当時まだリアルタイムで進行中の平井和正のアダルトウルフガイシリーズの一編のようだが、その平井自身もシャレで、アダルトウルフガイシリーズの後期作『人狼白書』の前半で、本作を劇中に登場させるお遊びをしている。

 21世紀に入った頃から読もう読もうと思っていた作品だが、翻訳刊行直後に購入したハズの本が家のなかから見つからないいつものパターンで、今まで順延。近所の図書館にもないし、と思っていたら、ネットで珍しく比較的安値で古書を買えたので、ようやく通読した。

 ナチス側の作戦というか計画の大ネタがもうひとつあり、邦訳書(ハードカバー)のジャケット折り返しのあらすじにも書いてあるが、一応ここでは黙っておく。

 大半のナチス軍人の残虐ぶり、さらにそれと戦うために人間性を切り捨てていく一部の連合軍兵士の描写なども踏まえて、戦争のなかで剥き出されていく人間の獣性の叙述に、読む側もそれが他人ごとではないという迫真性でテンションが高まる(同時に胸糞が悪くなる)が、その時点ですでに作品世界のなかに引きずり込まれてしまっている訳で、少なくともこの作品には、世の中から高い評価を一般に受ける某・戦争冒険小説のような細部のウソはさほど感じなかった(それでも全くスキがない、というわけにはいかないが)。

 何十年も読むのを待ち、どんな作品なんだろうという期待値があまりにも高まってしまったのは、本書の評価にとって不公平ではあろうが、その辺をさっぴいてもなかなか面白い。

 ただし作中のメインストーリーがリアルタイムの時間の流れの上ではたったの二週間、特に4分の3くらいは三日間の出来事(これは目次からわかるのでネタバレにはならないな?)なので、お話は最高級にスピーディではあるものの、全体のボリューム感はある意味で弱いかもしれない。
 逆に言えば数日間の時のなかで、かなり高密度の凝縮したドラマが語られるのであるが。
 
 面白かったか? 秀作か? といえば文句なしにイエス。しかし優秀作か? と問われれば、少し逡巡した上でイエス。傑作か? と尋ねられれば、たぶん、メルキオーの諸作のなかでは、力作ではあるものの、まだ習作の面もあろう、という感じ。
 
 処女作としては、フランシスの『本命』に近いけれど、決してマクリーンの『ユリシーズ』ではないのだな。いやまあ、それでも十分に大したものではあるが。
 評点は0.2点くらい、ほんのわずかにオマケして。

No.1798 5点 昼と夜の顔- 北村鱒夫 2023/05/28 08:26
(ネタバレなし)
 1960年代前半の東京。新橋駅西口に編集部がある二流芸能誌「ムービー・タイムス」の記者で30歳前後の佐塚茂は、ある日「多田」と名乗る60歳位の男からネタの売り込みを受ける。多田が持ち込んだ情報は、大手映画会社「国映」の人気時代劇青年スター、深沢圭吾の過去の女性スキャンダルにからむものだった。人気スターの醜聞ネタはいっとき、発行物の部数を増やすが、映画会社からは睨まれ、さらに万が一ガセネタならば購読者にそっぽを向かれる危険性があると判断した佐塚は慎重策をとる。多田の提示した情報は、圭吾の元内縁の妻で、今は薬物中毒のホステスという女・稲垣サチの存在であり、佐塚は多田の導きをもとに、まずサチの友人という女性・真田浮子を訪ねるが。

 少し前に気が向いて、ヤフオクの「文学・小説カテゴリー」のうち「ミステリー」の項目の落札履歴を「落札価格の高い順」に検索。その検索当日の時点から半年以内の稀覯本そのほかが高価な落札順に出てくるが、その中に一冊、7万円以上の落札額(!)で、入札数ものべウン十件という、しかし作者名も書名も、評者の全然知らない作品がある。
 なんじゃこれ? と思って、ネットで探すと同じ本が某所で3万円以上なら売ってるが、もちろんさすがに買う気はない。しかしタダなら読んでみたい、と思っていたら、あっという間に某経路から、すぐに借りられた(笑)。で、一読。

 内容は上述のあらすじのごとくであるが、作者・北村鱒夫(きたむらますお)は裏表紙の紹介によると、1925年12月京都生まれ。中学卒業後、郵便局員を振り出しに鋳造工、水夫、ブローカー、雑誌記者、商業デザイナーなど十数種の職種を転業、そのかたわら「新日本文学」「群像」「宝石」に作品を発表、とある。まるでエヴァン・ハンター(エド・マクベイン)みたいな経歴だが、すまん、まるで知らなかった(汗)。

 で、一読しての感想だが、スキャンダルに喰いつくやさぐれ芸能ジャーナリストの主人公の視点から入っていく導入部は、王道ながらそれなりに快調。文章もなかなか味があり、弱肉強食の芸能界のせちがらさを憐れむとも揶揄するともつかぬ随所のレトリックなど悪くない(もちろん昭和ティスト満々だけどな)。
 キーパーソンとなる男優・圭吾、そしてその周辺の女性との関係性が少しずつ覗けてくる一方、主人公・佐塚自身の少しややこしい過去像なども見えてくる筋捌きなど、前半はそれなりに読ませる。
 ただ正直、中盤からは、話の接ぎ穂をいささか強引に行った感があり、登場人物の煩雑化、ストーリーの焦点が定まらなくなってくるなど、次第にヤワになってくる。かなりノープランで書き始め、なまじある筆力で強引にお話を最後まで引っ張って、結局はあまり面白くないものができてしまった、というのが正直なところ。特に最後、3章にわたって延々と某・登場人物の述懐が続くのは、なにか軽い裏ギャグかとも思えた(いやまあ、作中の当人はシリアスな告白ではあるのだが)。
 
 ぶっちゃけ、これに7万円払うヒトがいるんだから、いくら今の日本が不況だのビンボーだのと言っても、まだまだ余裕あるでしょ、というところ。
 それとも格差社会の本当に一部の上流階級のみが、こんなもん買っているのか? こっちはタダで読ませてもらって、それなりの業界(映画業界)風俗ミステリだと思ってるからいいけれど、実際に大枚払ってこれ買って、読んだ人のホンネの感想を聞いてみたいもんである。

 評点は0.25点ほどオマケ。細部には(小説として)いいな、と思うところもあるにはあった。

No.1797 6点 死と奇術師- トム・ミード 2023/05/26 22:27
(ネタバレなし)
 それなり(以上)には楽しめた。
 トリックがこの程度なのは、さほど減点要素にも失望の理由にもならない。 
 しかし感心するところもいくつか目につく一方、実は、特化してこれ、というポイントもそうなかった。
 
 フーダニットパズラーとしては、伏線もオカルト? っぽい要素も、犯人側の(中略)も、あれもこれも一通りそろえた、幕の内弁当みたいな手ごたえの一冊であった。良くも悪くも。

 7点でもいいかとも思うが、文生さんが6点か7点か迷って7点だそうなので、じゃあ同じ迷いの自分は、バランスをとって6点にしておこう。

No.1796 7点 悪魔のワルツ- フレッド・M・スチュワート 2023/05/24 16:37
(ネタバレなし)
 1960年代後半のニューヨーク。かつてピアニストを志しながら挫折した32歳の青年マイルズ・クラークソンは、今は、元学友だった愛妻ポーラと支え合い、7歳の愛娘アビーを慈しみながら、文筆業に励んでいた。そんなある日、マイルズは、マスコミ嫌いで知られる70歳代の世界的に高名なピアニスト、ダンカン・エリーの取材の許可をもらう。対面するとダンカンは以前にピアニストだったマイルズの経歴に興味を抱き、そして彼の指に関心を見せてくる。やがてマイルズはポーラともども、ダンカンと彼の美しい娘ロクサーヌの周辺の上流階級の集まりの場に招かれるようになるが……。

 1969年のアメリカ作品。未来設定のSFから、純然たる青春小説? まで幅広い作風の著作を残した(著作数はそんなに多くない?)作者フレッド・マスタード・ステュワートのデビュー長編で、60年代後半~70年半ばの第一次モダンホラーブームを代表する名作長編のひとつ。なお作者スチュワート自身も、一時期はコンサート・ピアニストを目指した経歴があるらしい。

 評者は本小説は今回が初読だが、ウン十年に(たぶんテレビ放映か何かの機会で)本作の映画化作品は観ていたのを半ば忘れていて、当時いっしょに観た記憶のある家人にその事実を指摘されて思い出した。言われてみれば、映画の後半の印象的なビジュアルイメージなど、甦ってくるような気もする。
 
 都会の中の(中略)というモダンホラーとしての大設定でいえば、『ローズマリー』の原作が67年、同じく『エクソシスト』が71年だから、これはちょうどその中間の作品。
 
 本作の(中略)が何をやりたいかは、早々に読者の誰の目にもまずわかってくると思うが、一応、ここでは黙っておく。評者は、日本の某・怪奇漫画家の有名作品を思い出した。
 文体は非常に読みやすく、特に序盤の方は会話ばかりで紙面が埋まり、良くも悪くも軽い軽い。しかし作中のリアルとしては静かに地味に、結局は確かに怪異は進行していくので、その辺の呼吸に慣れてくると、これはこれでうっすらと体温が下がってくる。

 邦訳の元版(ハードカバー)が刊行された1971年当時、ミステリマガジンの新刊評で松坂健が取り上げていて、『ローズマリー』などより通俗っぽいといった主旨のことを言っているが、よくわかる。個人的には、『エクソシスト』がキングなら、こっちはクーンツという感じだ。
 
 半世紀も前のこのジャンルでの新古典なので、展開は2020年代の目で見るとお約束の部分も多く、先読みできるところも少なくないが、王道のモダンホラーのクラシックというつもりで付き合うならば、それなりにというか普通に楽しめる。
 この手のジャンルのものがスキな人なら、(大傑作などは期待せず、里程標的な「名作のひとつ」に接する気分で)一度は読んでおいていいかとも思う。
 評点は0.25点くらい加点。

No.1795 6点 霧の晩餐―四重交換殺人事件- 笹沢左保 2023/05/23 22:51
(ネタバレ なし)
 都内でフラワーショップを経営する29歳の女性・奈良井律子は、岩手県遠野市を一人旅の最中、雨宿りの場で、他の初対面同士の女3人と知り合う。4人それぞれが一人旅で言葉を交わし合った女性たちは、近所の名所に向かうが、そこでは何者かに殺害されかけた重傷の血まみれの男が倒れていた。衝撃のなか、動転した女たちは警察や病院への通報もせず、男を見捨てて逃げるが、その行為に引け目を感じた女たちの間には次第に妙な連帯感が生じていく。やがてそのいびつな絆は……。

 良い意味で、視聴者の目をぐいぐい引き寄せる、良く出来た2時間ドラマみたいな内容、そしてそんな感じの加速感。
 さらに後半の筋運びは、終盤の大技的なサプライズまで含めて、かなりの捻り具合、ではある。

 というわけで一気読みする程度には十分おもしろかったのだが、ここでホメきるわけにはいかない。
 リーダビリティの高さと後半~最後のどんでん返しを確保するために、この作品が対価にしたものは……その分の強引さと無理筋の発生(笑)。

 うん。蓋然性からいえば絶対にありえない! とは言い切れない筋立てなのだが、まず、これは、ねえ……。

No.1794 6点 自殺志願者- ミシェル・ルブラン 2023/05/22 19:25
(ネタバレなし)
 ペンタゴンで半年前から、経路不明の機密漏洩事件が続発。その中でフィラデルフィア出身の「フィリップ」なる男が消息を絶った。CIAのニューヨーク支局に呼ばれた諜報員リチャード(リック)・サヴィルは、上司のミスター・スミスから、同僚で前線復帰した「ハードボイルド」こと大物諜報員ウィリアム(ウィル)・ストーンがこの件に関わっていたことを知る。ストーンの後を引き継ぐ形のサヴィルだが、CIA側はさらにサヴィルの知らない陰でバックアップ要員を動かしていた。

 1957年のフランス作品。
 リチャード・サヴィルを主人公に据えたシリーズものの第3長編で、日本ではシリーズ第2長編『ミッドウェイ水爆事件』とカップリングで刊行。『ミッドウェイ~』の方が表題作になっている。

 サヴィルが疑惑のあるペンタゴン関係者の周辺を嗅ぎまわる一方、東側スパイたちの暗躍も並行して、三人称多視点で叙述。そもそも物語は、サヴィルの前任者ストーンにからんで幕を開ける。

 CIAには各支局ごとにいささか複雑な連携体制があるらしく(少なくとも本作の世界観では)、サヴィルのボスでニューヨーク支局のトップのスミスが、サヴィルの知らないところでワシントン支局と結託。ワシントンから送られてきた諜報員のチャールズ・コルビィなる御仁が実質的なもうひとりの主人公格となり、考えあって(というより上の意向で)サヴィル当人には気づかれないように陰からサヴィルをバックアップ。
 二人の主人公の動向が並行して語られながら物語が進んでいく、いささかヘンな作りの作品。まあ、諜報工作組織が、不測の事態を勘案して二重三重に要員を用意しておくというのは、プロスパイとしてのリアリズムではあるのだが。
 それはそれとして、肝心の情報漏洩に関しては、一応以上のサプライズを用意していたりするから、小癪といえばコシャクな作品だ。

 未訳のシリーズ第四作では、今回、作中で固まった人間関係や文芸設定とかをもとに、さらに描写の進展があった可能性などもある?

 創元文庫の巻末には、作者ルブランへの書簡インタビュー集が掲載されていて、これがなかなか面白い。
 日本のミステリファンの認識からすると、ルブランの作品のなかでは変化球っぽい? スパイものの最後にこういう企画記事がついているということでそのインタビュー記事そのものの存在も知らない人もいるかもしれないが、機会があったらちょっと覗いてみてほしい。妙にクセのあるウィットの効いた物言いが、笑わせる。 

No.1793 6点 航空救難隊- ジョン・ボール 2023/05/21 07:16
(ネタバレなし)
 強烈なハリケーンがカリブ海のトレス・サントス島に迫るなか、民間航空巡察隊所属の小型飛行機パイロット、リチャード(ディック)・ロイド・シルヴェスター大尉は、相棒のエドマンド(エド)・ピーター・チャン中尉ともども、小型機を島に不時着させる。もともと海上遭難者を捜索するため、近くの海域を小型機で飛行していた二人だった。両人は、故障した小型機で島からの離陸は困難になるが、島には民間航空会社の四発エンジンの大型旅客機「スーパー・コンストレーション(コニー)型」が、なぜか関係者も不在のまま残されていた。そして島の宣教師フェララ神父は、医者もいないこの島に、盲腸炎の若者と大やけどを負った少女、二人の急患が出たのだとシルヴェスターたちに訴え、この大型機でアメリカ本土に急行するよう願い出る。小型機しか操縦の経験のない二人は意を決して、患者たちを乗せたコニーを離陸させるが、ハリケーンの猛威を恐れたフェララ神父は善意の独断で、80人近い島の住民全員を機内に収容させていた。そしてさらに、放置されていたコニーには、とある重大な秘密があった。

 1966年のアメリカ作品。
 アメリカ空軍で操縦教官をしていた経験もある作者ジョン・ボールが蘊蓄を傾けた、リアル派航空冒険小説の名作。
 かの(ディック・フランシス作品ファンとして高名で、もともと大のミステリファンだった)俳優の児玉清が生前に、最も好きなポケミスの一冊に本作を選んでいたとも記憶する。

 もちろん通常の意味の狭義のミステリ(推理小説)の要素などカケラもない純然たる冒険小説であり、しかも悪人はおろか敵役の登場人物すらひとりも出てこない。そんな悪役・敵役不在のポケミスといえば、たぶんこれと、シャーロット・アームストロングの『毒薬の小壜』くらいだけなのではないか? 
(……と言いつつ、まだもうちょっと何かありそうだな?)

 で、内容の方は期待通りによく練られた、航空サスペンス冒険小説であり、さらに同時に見事なヒューマンドラマ……なのだが、しかしてその一方で、かなりの部分が、航空冒険小説の先駆の名作、ヘイリーとキャッスルの『O-8滑走路(714便応答せよ)』に似通ってしまってるのが、キツイなあ、というのも正直なところ(←どこがどうとかは、ネタバレになるので言いません。自分の目で読み比べて、確かめて下さい)。

 いやまあ、クライシス・シチュエーションの王道を追う限り、作中人物の対応や動向がある程度、定型をなぞるのは全く仕方がないのだが(多くの人命がかかった事態である以上、いつだって誰だって、どうしたって、何を差し置いても穏当な最適解を探るので)、小型機しか操縦経験のない、大型機の操縦に関してはほとんどシロートの人間が大勢の人間の生命をやむなく預かって……の大設定から始まり、あれやこれや<まんま>すぎる。
(でもって正直、場面の見せ場としては、先のヘイリーとキャッスル組の方があざとい位に、熱く盛り上げてるし。)
 
 まあ、航空機マニアが読むと、描写の踏み込み、細部のリアリティの点でボールの本作の方が一日の長があるのかもしれんし、小説的にも本作の終盤のフェララ神父の言動とか味のある叙述も目立つんだけど、大枠では二番煎じの印象は免れない……これは、丁寧にこの作品を綴った作者に酷か?
 
 いずれにしろ、この手の航空冒険小説の系譜(広義の巻き込まれクライシスもの)をもっときちんと整理して追っかけていくと、いつ頃まで定石が続き、どの辺の誰のどの作品から、何かもうひと匙……が出て来るのか見えてくるのかも知れない。その辺りは確かに、興味深くはある。
 
 ……いや、単品で読む限り、本作も確かに、いい作品ではあるんだよ。
 でも一方で『O-8滑走路』の、<先駆にして、あまりの完成度の高さ>を改めてつくづく再実感してしまった、そんな一冊でもあった。 

No.1792 6点 レモンと殺人鬼- くわがきあゆ 2023/05/20 16:08
(ネタバレなし)
 派遣社員として大学の事務員を務める「私」こと20歳前後の小林美桜は、別居していた双子の妹・妃奈が何者かに殺害されたことを知る。妃奈は生前、生命保険の外交員をしており、その妃奈は彼氏らしい男性の死亡時に、多額の保険金を受け取っていたことが明らかになった。妹が保険金殺人を働いていた? 信じられない美桜は独自の調査を始めようとするが、そんな彼女のもとに一人の男性が近づいてくる。

 今年の新刊で話題になってるので、読んでみた。

 妙に腰の据わった、ポキポキと音を立てるような文体は、戸川昌子とかあの手の昭和の女流作家を想起させるものがあり、そういう意味では読みやすい。物語を積み上げる要素も、有力者に寄りかかり庇う地元住民とか、知恵遅れの女性の運用とか、どこか昭和的だ。

 どんでん返しの物量で勝負しているような作品で、そこが魅力なのは確かだが、一方でこれだけ手数が多いとどうしても無理筋めいたものや不自然なものも目についてしまい、それまでウソがウソと露見しなかった都合の良さも気にかかる(叙述的には、作者はいろいろと気を使って書いている、のはわかるのだが)。
 あと、反転の物量が過剰なため、最後の方になると驚きが驚きでなくなってくる。
 まあこれは、作者(作品)と受け手との距離感や相性も大きいとは思うが。

 いびつな力作、なのはたぶん間違いないだろう。
 タイトリングの「レモン」の寓意には、ちょっと感心(そんなに深いものはない? が)。

No.1791 6点 ドーヴァー1- ジョイス・ポーター 2023/05/19 09:34
(ネタバレなし)
 英国のクリードン地方で、18歳のメイド、ジュリエット・ラッグが姿を消した。事件性を感じた現地の警察署長バートレットは、前任者がかつて殺人事件の捜査でミスを起こし、引退するまでその汚名が付いて回ったのを気にし、面識のあるスコットランドヤードの副総監に連絡。応援を求めた。かくして送られてきたのは、何かと悪評の高い警視庁主任警部ウィルフレッド・ドーヴァーと、その部下で有能な美青年の部長刑事チャールズ・エドワード・マクレガーだった。二人は現地の関係者の聞き込みに回るが、やがて男性関係に奔放だったジュリエットの素顔が見えてくる。そして事態は更なる展開を見せた。

 1964年の英国作品。ドーヴァーシリーズの第一弾。
 
 自宅内からウン十年前に一度読んだきりのポケミスが出てきて、細部を全く忘れてるので、興味が湧いて再読する。

 とはいえ印象的な大ネタだけはさすがに覚えており、そこから類推しながら読み進めると、忘れていた終盤の展開とか、そのほかも、何となく思い出してしまった(なるべくネタバレにならないよう、配慮しております・汗)。

 しかし再読して思ったのは、本作ではまだそれほど、ドーヴァーがアンチ名探偵ではないこと、そして話のテンポが非常にいいこと、の二つ。
 ポーターがやりたかったのは、この時点の英国ミステリ界における、日本での80年代前半における新本格の到来のような、カントリーパズラーのパラダイムシフトの転換だと思う。
(……とはいえ、ベントリーもノックスもバークリーも、まあみんな、その手の先駆といえば先駆、だよな?)

 あんまり具体的に詳しくは書けないけれど、たぶんこの作品からしてすでに、11年後にデビューするデクスター辺りにも影響を与えたんじゃないかと(これも、どっちのネタバレにはギリギリなってないとは思う)。
 
 さすがに2020年代に改めて読むと、新古典になってしまった作品ではあるが、お話の端々に感じるミステリ作家としてのセンスは今読んでも光ってる。

 でも、昔読んだときは、個人的には『ドーヴァー2』『3』の方が好きだった。そっちもそのうち、再読してみよう。

No.1790 8点 魔のプール- ロス・マクドナルド 2023/05/18 18:32
(ネタバレなし)
「わたし」こと私立探偵リュウ・アーチャーは、30代半ばの美人の人妻モード・スロカムから相談を受ける。モードは劇団俳優の夫ジェイムズ、娘や姑とともに暮らしていたが、彼女の不倫事実を密告する、夫への匿名の手紙があった。モードは密告状が夫の手に渡る前に抑えたが、今後のこともあるので、謎の密告の主を捜してほしいという。捜索範囲が広すぎることに難を感じながら、アーチャーはスロカム家の周囲、そしてジェイムズが所属する「クイント劇団」に接触するが、やがてその周辺でひとりの人物の生命が失われる。
 
 1950年のアメリカ作品。アーチャーシリーズの長編第二弾。
 本シリーズの初期編(の創元文庫版)は『動く標的』と『凶悪の浜』は青春時代に読んだ覚えがあるが、これはどうだったかな? と確認の意を込めてページを開く。
 ……うん、完全に未読だった。

 で、内容の方だが、個人的にはかなりアタリ。
 確かにこの時点でのアーチャーの人物造形は、のちの成熟した中年キャラクターとは相応に異なるが、しばしいきがったところを見せながらも、随時のちのキャラに通じる深みを見せる。その辺の感覚が、中期以降のアーチャー像になじんでしまった者の目から見るととても新鮮でいい。ヤング・リュー(リュウ)・アーチャーだ(といっても本作の時点で、三十代半ばの設定ではあろうが)。

 登場人物の配置と、ドラマ上での運用ぶりも、妙なクセを感じさせてそこがまた良い。
 先の方の指摘にあるように、どこか『長いお別れ』を想起させる面もある(初老世代の大物に管理された、後継世代の窮屈さ、とか)が、それすらもモザイク状に組み立てられていく本作の作劇のなかでは、比重の大きいしかしあくまで真部分集合的なパーツでしかなく、物語の味わいどころが芳醇に富んでいる。

 読後にネットなどで評価やウワサを拾うと、初期作の中では例外的に中期以降の秀作群と肩を並べるという声もあるようで、ああ、さもありなん、の気分。

 ベクトル感の多様な物語の仕上がりを散漫とみるか、ドラマの厚みとみるか、で受け手の評価が相応に変わる作品、ということはよくわかるし、評者などは確実に後者の方なので、本作をかなり気に入ってしまっている。

 ミステリとしての意外な犯人は、ぎりぎり予想がつかないでもないが、そのサプライズをもってさらにまた物語をかき混ぜた感があり、ソコもかなり評価。
 あと、あぶく銭(?)の1万ドルに対してのアーチャーの処遇、これがすごくいい。チャンドラーの『高い窓』での、秘書の女の子にやさしくしてやる場面のマーロウを思い出した(こう書いてもネタバレにはなってないと思うが)。さらに本作のアーチャーの場合は、さらにその行為の実働を経て、自らの内省を二重に噛み締め、ソノ辺もまた実に良し。
 
 でまあ、ラストのあの「裁定」に関しては、本来、文明社会のモラルを範とすべし現代ミステリの枠内にあっては、名探偵と(中略)がそれをやっていいのか、と道義を問われかねない気もするが、そこもまた、ああいう男と男の儀式を経ることで、物語というかドラマとしては、まんまと見事にチャラにしている(この見解に異論のある人もあろうが、1950年代のハードボイルド私立探偵小説としては、これでいい。某先輩大作家のあの名作への返歌の趣すらある)。

 うむ……いつも見知っているロスマクとも、見慣れたアーチャーとも、相応に違う作者でレギュラー探偵。
 でもやっぱり、本書の作者はロス・マクドナルドであって、主人公は(若き日の)リュウ・アーチャーだったと思う(笑)。

※アーチャーのフルネームが「リュー・B・アーチャー」だとか、妻とは本作の一年前に離婚したばかりで、今その彼女はネヴァダにいるとか、妙な情報が手に入った。
 全部の登場作品を検分し、レギュラー探偵としてのアーチャーのシャーッロキアン的な情報を集積・整理したファンというのも、たぶん世の中のあちこちにいるのであろう。
 評点は0.5点オマケ。

No.1789 6点 カインの末裔- マリー・ルイゼ・フィッシャー 2023/05/17 07:27
(ネタバレなし)
 第二次大戦を経た西ドイツのミュンヘン。「わたし」こと若手女流シナリオライターのモンテ・ファン・ミレドンクはその年の大晦日の夜を、ボーイフレンドのひとりで米独のハーフである文化評論家ロバート(ロッビィ)・S・ベネットの誘いで、若手美人女優クレオ・ジンテジウスの屋敷で過ごすことにする。屋敷では年越しパーティが開かれ、モンテの知己の男女も何人か参加していた。が、その参加者の一人が急死。当初は突然の病死と思われたその死は、やがて事件性を帯びて来る。

 西ドイツで、戦後に書かれた短めの長編。
(原書の刊行年は未詳。戦後の作品なのは、劇中でナチス批判の話題などが出て来ることなどから、間違いないようだが)。

 邦訳は当初、シムノンの紹介でも知られる翻訳家・伊東鍈太郎の訳出で『宝石』1956年8月号に一挙掲載。そののち、たぶん同じ訳文? が、1956年に刊行の芸術社の翻訳ミステリ叢書「推理選書」の第7巻に収録された。
 同書はドイツ系のミステリ作品をまとめる趣で、ほかにワルタア・エーベルトの短めの中編『少年殺人犯』とミヒャエル・グラーフ・ゾルチコフの短編『泥棒日記』が併録されている。
 なお現状で同書はAmazonの登録データにない。
 また、本書の表紙周りの著者名は「M・L・フイッシャー」と表記。
(正確と思える作者名のカタカナ表記の典拠は、ネットでのミステリ研究サイトの情報に拠った。)

 大晦日に芸能人、文化人の間で起きた殺人事件に、高価な宝石の遺贈の件や雑駁な人間関係などがからみ、主人公のモンテの視点で事件の謎が追いかけられていく内容。
 関係者全員の動機や機会などの検証を済ませたころに第二の事件が起き、やがて意外な真相が明かされる流れは、弘通に正統派のフーダニットパズラーっぽい。
 サプライズのネタは時たま欧米作品などで目につくものだが、独自の動機のありようと合わせて、そこそこ面白い。
 ただし紙幅の短さに準じてお話を性急に語り過ぎた感もあり、もっと長めの物語にして演出を盛り上げればさらに良い作品になったような気がする。
 解決の説明が真犯人自身の述懐にかなり負うのも、本作の場合、良くも悪くも、であろう。
 
 ちなみにこれも少年時代から、たまによく古書店の棚で見かけて気を惹かれた、しかして内容のよくわからなかった、そんな種類の作品。
 ウチにも大昔からどっかに一冊あるはずだが、しばらく前から見つからなくなっていて、少し前の古書市で見つけてもう一冊200円で買ってきて、今夜読んだ。ああ、こういう話だったのね、である。
 評点は0.5点オマケ。

No.1788 6点 スポンサーから一言- フレドリック・ブラウン 2023/05/16 06:43
(ネタバレなし) 
 ショートショートと、通常~やや長め?(中編とまではいかない)の短編群を混ぜこぜにして、21編収録。

 大昔、少年時代に初めて手にしたときは、全部がショートショートではないという不均一ぶりに何か引っかかりを覚え、途中で読むのをヤメていた。
 それからウン十年、家の中から出てきた本を、最初から読み直してみる。

 前半にほぼ集中して掲載されている、口当たりの良いショートショートのうちでは、その手のものが多い本書のなかでも特に寓意的な『武器』がベスト。

 少し長めのもののなかでは、ブラウンというよりブラッドベリ風の寂しい詩情だ、という感じの『ドーム』がお気に入り。

 原書では表題作の『地獄の蜜月旅行』は、月のクレーター「ヘル」を合流地点にして、月面ランデブー生活を送ろうとする米ソの男女宇宙パイロットの話だが「そういう」方向に行くとは思わなかった、と軽く度肝を抜かれた。

『闘技場』『スポンサーから一言』は名作という定評が先走って予断が付いて回った感もあるが、実作を読んで初めて感じる思いもあり、ちょっとしみじみ。

『かくて神々は笑いき』は、藤子・F先生の某作品の某エピソードの元ネタかな? 

 58年に原書が刊行された旧作SF短編集としては、良くも悪くもこんなものだろう、という手ごたえ。

 鬼才の傑作短編集とか妙な持ち上げ方しなければ、それなりに楽しめる。
(正直、タルいものもいくつか・汗。)

 たしか丸々一冊ショートショート集だった『未来世界から来た男(悪夢とジーゼンスタックス)』の方が単純に楽しめた気もするが、ソレは何十年も前の記憶なので、21世紀の視点の感想的には、当てにならない? 
 ブラウンの持ち味そのものは、たぶんこっち(本書)の方が、断然出ている気はする。

No.1787 6点 未熟の獣- 黒崎緑 2023/05/15 21:19
(ネタバレなし)
 その年の三月。とある公園で、未就学児の女子の殺害された死体が発見される。謎の犯人による誘拐殺人と思しきその事件は、やがて次の展開へと……。一方、恋愛小説作家で34歳の独身、年下の恋人がいる「カッキ」こと桂木まゆみは、かつての級友・雨宮真弓と旧交を温めるが……。

 お名前は以前からあちこちで(本サイトも含めて)拝見している作者だが、実作は今回が初読み。
 先日、Twitterでサプライズ度の高い(高そうな)作品、という評価を見かけたので、興味が湧いて読んでみた。

 連続幼女誘拐~殺人事件を主題にした筋立てだが、陰惨度はそんなにひどくない筆致でカラっとしている。それでも適度にザワザワした感触の、どこか気を惹かれる心地悪さは、なんとなくあの、リチャード・ニーリィの諸作に通じるものがある。

 一読すると、期待していたほどの大技は用意されていなかったが、イヤンな手数の多さはそれなりに、ボディーブローのジャブとなってこちらに効いてくるところはある。そういう意味ではそこそこ、の出来ではあろう。

 リーダビリティはかなり高く、読んでいる間はそれなりに楽しめた。

No.1786 7点 女相続人- 草野唯雄 2023/05/14 16:16
(ネタバレなし)
 昭和40~50年代。ステレオメーカー「リズム社」の創設者兼代表で、資産45億円もの富豪・大倉政吉は、余命の短さを悟り、遺言書を作成。その遺産相続人の一角には、かつての内縁の妻・高倉美代子との間に生まれながらも、戦後すぐ遺棄した大倉の実の娘の存在が記されていた。大倉家の周辺の者が現代のシンデレラ嬢を捜すが、そんな一方で、川崎の某所では、未曽有の事態が起きようとしていた。

 久々に草野作品でも……で、どうせなら、今回は評価が高い一作を……と思って、手にした一冊。

 角川文庫版で本文380ページを超えるちょっと厚めの作品だが、内容の方もそれにあった歯応えで、最後の最後まで、読者に真相を見せずに引きずり回そうという送り手の熱意を実感できる。その辺のなりふり構わないサービス精神の発露は、正に好調なときの草野作品にこちらが期待するもの。
 中盤のイベントであっけにとられるが、なにはともあれ、フーダニットパズラーの骨子をそなえたサスペンススリラーとしては、かなり面白い。 

 とはいえ、犯人の偽装工作なんか、一歩引いてみれば、それで作戦の意味があるのかな……(だって……)とかいう気になったりもした。悪くいえば、作中人物が重大犯罪を起こす前提として、視野が狭すぎる? と感じたりもしたり。
 というわけでキズが気にならないわけではないのだけど、全体のパワフルさでは確かに、草野作品のなかでも上位の方ではあろう。草野ファンが高く評価するのも、うなずけたりする。

No.1785 4点 アイルランドで殺せ- マイケル・ケニアン 2023/05/14 03:40
(ネタバレなし)
 シカゴ在住の大学の数学准教授で、30歳代末のウィリアム(ウィリー)・フォリーは叔母ローダから手紙をもらい、自分が遺産を継承し、祖父の故郷であるアイルランドの城主になったことを知る。驚きつつも、突然入手した不動産の処遇を決めるためアイルランドに向かうフォリーだが、彼は思いもよらぬ事件に巻き込まれていく。

 1965年のアメリカ作品。
 1931年に英国に生まれたジャーナリストで、1960年に渡米した作者による半ば巻き込まれ型のスパイスリラー。巻末の訳者の解説によると、作者の二冊目の長編だが、一作目は習作ということで未刊行で、本書が処女出版の著書らしい。

 現状のAmazonに書誌データがないが、翻訳は1970年4月20日に角川文庫から刊行。訳者はこの少し後にフォーサイス作品の翻訳を担当して大ブレイクする篠原慎(まこと)。
  
 大昔にミステリっぽい作品だと思って、古書店で購入(最終ページに120円の鉛筆書きがあった)。ウン十年目にして家の中から発掘したので、初めて読んだ。

 なにしろこの時期の角川文庫の新訳ミステリ、新訳の海外小説は、知る人ぞ知る通りに、ジャケットカバーの表紙周りに、作品のあらすじも解説もまったく書いてないものも多く、本書もその中のひとつ。
 今の眼で見ると、まったく何やってんだという感じだったが、いずれにしろ、とにもかくにも内容はまるっきりどんな作風のものなのか、わからない。いや「殺せ」というタイトリングの一部から、たぶん広義のミステリだとの類推は可能だが、では、さらにどういうジャンルのスリラーなのかすら、まるっきし未詳なのであった。

 そんなわけで面白そうなのかツマラなそうなのかも不明で、何十年も家の中で眠ってた一冊だが、別の本を捜すついでに先日発掘。
 思いついてネットで検索しても感想の類などほとんど無いが、あの数藤康雄さんらしいヒト? の私設ミステリ感想サイトで、ひとつだけ「知られざる秀作」という主旨の賞賛コメントがあった。それで、ほほう? と思って読んでみる。

 ただまあ、個人的には……う~ん……。

 たしかに、デブで近眼の中年手前の主人公フォリーが思わぬ幸運に巻き込まれ、30代後半の恋人ジョイとの軽い軋轢を経てアイルランドに向かう序盤は、それなりに快調。が、現地についてからはいまひとつ。
 ある種のマクガフィンをからめての筋立てが展開されるが、主人公フォリーとその小道具との関係性というか距離感がイマイチ不明、当然ながら(読み手のこちら視点での)緊張感もなく、どうにも盛り上がらない。
 いや、陰謀が進行し、悪人が暗躍し、主人公が危機になる流れは理解できるんだけどね、しかしそれが面白い、ハイテンションかというと全くの別物。

 仕事がらみのこっちの事情で二日にわけて読んだのも悪かったのかもしれないが、少なくとも登場人物メモはいつものようにしっかり取りながら読んでいたので、読むのを中断したといっても、情報としての見落としなどはなかったハズ。
 それが結局、後半はひたすら眠かったというのは、結局はその程度の作品か、あるいはよほどこちらとの相性が悪かったのだろう? 
 もしかすると数藤さんと自分とでは、別のものを読んだのかもしれんな。

 後半、登場する(中略)だけはちょっと魅力的。このキャラがいなければ、さらにテンションは下がっていたと思う。

No.1784 6点 虚構推理短編集 岩永琴子の密室- 城平京 2023/05/13 03:50
 今回は短編3本、中編2本を収録。
 冒頭の短編『みだりに扉を開けるなかれ』は、特殊設定パズラーの類ではなく、この世界観なら生じうる犯罪+非日常のコントという小品。こういうのもアリか? と鼻白むべきか、作風の幅が広がったと歓迎すべきか。

 2本目の短編『鉄板前の眠り姫』は、いかにも新本格っぽい内容だが、この趣向はまんまどこかで見たような……。まあ着地点が同じだったということであろう。

 3本目が最初の中編『かくてあらかじめ失われ……』で、決着の付け方に、おひいさまの意地の悪さ(見方によっては善意……かも?)がよく出てる話。

 4本目が短編『怪談・血まみれパイロン』。全体の妙なほのぼの感は随一で、現代のおとぎ話を読むような印象。

 最後が二本目の中編『飛島家の殺人』。
 不可能犯罪? の広義のフーダニット。このシリーズが時たま接近する「ブラウン神父シリーズ的な世界」の趣の一編。
 実は因数分解していくと、そんなに凝ったトリックもギミックも用意されていないのだが、しかして直球の? どんでん返しが、かなり……(以下略)。

 六花の立ち位置の推移がいささか気になる。かなり昔の某少年スポーツ漫画を連想したが、詳しいことはネタバレになるとまずいので言わない。しばらく黙って見守っていくべきか。そのうち、なんかあればあるだろう。

No.1783 8点 ゴリラ裁判の日- 須藤古都離 2023/05/11 03:34
(ネタバレなし)
「私」こと<ローズ・ナックルウォーカー>は、アメリカの動物園で暮らすニシローランドゴリラの雌だ。アフリカのカメルーン国で生まれたローズは、幼児の頃から手話を学び、同時に人語も理解。成獣となった時点では、人間の女子高校生ほどの頭脳を有していた。しかも電子技術に練達した研究者のおかげで、手話を人間語の発音に自動翻訳できる装置を装着。電子発声を通じて、一般人との会話も可能になっていた。アメリカで少しずつ友人や支持者を増やし、さらに世界中の人気者となるローズだが、ある日、彼女の周辺でひとつの惨劇が起こる。納得できない現実の成り行きを前に、ローズは彼女自身の意志で、原告として法廷に立つが。

 このあらすじにして「第64回メフィスト賞満場一致の受賞作」の肩書で売られた、今年の新作。
 発売前から、なんだなんだなんだ、と注目していたが、いやとにかく面白かった。
 
 物語の主舞台がアフリカとアメリカのみで、登場人物(ゴリラ以外の人間)のほぼ全員が欧米人ということもあって、あたかも翻訳小説のような味わいがある。
 いや設定とか趣向とかに留まらず、なんというか妙にさばけた、しかし所々で感情を刺激し、一方で絶えずクスリと微笑ませる小説の作り方、仕上げ方とか。

 もちろんフツーの謎解きミステリではないが、裁判を通し、法律や文明の条理を再確認しながら、事件の真性が見つめられる作劇は、十分に広義の法廷ミステリにはなっている。
 評者がこれまで読んだミステリ作品のなかで一番近いものというと、スティーヴン・ベッカーの『死との契約』だな。
(あ、こう書いても、本作にもそっちの作品にも、ネタバレにはなってないと思うので。ご安心のほどを。)

 何よりも主人公ヒロインのゴリラ、ローズの心の推移、ものの考え方、それらすべてが魅力的な作品だが、シンプルにそう思って心地よく読んでいくと、終盤でもしかすると、読者は「じゃあ……」と、送り手からあるいは本書そのものから、冷徹な問いかけをされるかもしれない? 考えすぎ……ではなく、たぶんその辺は本作の裏テーマであろう。

 そもそも知能の高い類人猿が手話で人間と会話を行なうという逸話は現実世界でもかなり有名で、評者などは、飯森広一のSF漫画『60億のシラミ』(ガイアとしての地球に繁殖する人間の意味)に登場するチンパンジー、コーケン博士の描写で最初に、そういう人間と類人猿間のコミュニケーション手段が実際にあるのを知った(時に1978~80年? この辺の動物学についての情報の早さは、さすが『ぼくの動物園日記』の作者だ)。
 とはいえ本作の、ゴリラの上肢に装着型のセンサーをつけてもらい、手話の動きをコンピューターがモーションキャプチャー風に同時解析して発声される言語に変える、という発想はかなり鮮烈。
(いやもしかしたら現実のどこかで、唖者の方のために、すでに類似の技術の開発が進んでる可能性もあるが、評者は寡聞にして知らない。)
 そういう意味で、SFに半ば片足……いや、3分の1足くらい、突っ込んでる印象もあるが、同時にその辺りはあくまで物語進行上のツールでもある。

 ちなみに本作をSFとして見ていくと、作りこまれたよく出来た作品ながら、細部のいくつかで、じゃあ、この点はどうなってるのだろう? ローズにこういう問題は起こらないのだろうか? という部分がなきにしもあらず、なのだが、一方で本作はその辺の微細な疑問や不満? を蹴散らすくらいに面白かった。

 なおAmazonのレビューなどを読むと「説教臭い」という声もあって苦笑するが、そもそも本作は物語の主題が、異色の法廷ミステリの形質を利用しながら、人外の知性体と人間との距離感・関係性の照射で、人間の文明や条理を見つめ直すものなのだから、そういう摩擦感が生じるのはごく自然であろう。ある意味では、そういう声が出ることこそ、本作のホンモノぶりの証左だとも思える。秀作~優秀作。

 ちなみに巻末には多数の参考文献の書名が列記され、作者がよく学習した上で本書を執筆したことが伺えるが、アービング・ストーンの『アメリカは有罪だ』(ミステリマガジンの連載時の題名「クラレンス・ダロウは弁護する」)は、未読なのだろうか。「法廷」「猿」というキーワードから連想がいく世代人って、評者だけじゃないよねえ?

No.1782 6点 アムステルダムの恋- ニコラス・フリーリング 2023/05/08 23:35
(ネタバレなし)
 アムステルダム。「彼」こと作家のマーティンは、自宅に現れたアムステルダム市警の警部ファン・デル・ファルクによって拘留される。理由は、マーティンの元彼女で、何者かに射殺された女性エルサ・デ・シャルモイの殺害事件にからむ、重要参考人としてだった。マーティンはファン・デル・ファルクを相手に、マーティンが現在の妻ソフィアと出会う前からのエルサとの関係、そして彼女の周辺の人間関係について語り出す。

 1962年の英国作品。
 英語Wikipediaによると、これがファン・デル・ファルクシリーズの第一弾らしい。
 なおポケミスの解説には、作者フリーリングはオランダ人だと書いてあるが、たぶん間違い。アムステルダムを舞台にした本シリーズだが、作者当人はれっきとした英国人だったようである。
(ちなみに、この英語Wikipediaで、ファン・デル・ファルクが本当に、のちのシリーズ劇中で、一回は殉職しているというウワサが真実らしいと確認できた。最終的には何らかの形で「復活」したらしいが。)

 というわけで本シリーズ初弾の本作は、重要参考人として拘留されたゲスト主人公の青年マーティンによる、被害者にしてメインゲストヒロインのひとりエルサについての回想、そして彼の嫌疑に対して独自の見解を抱くファン・デル・ファルクの捜査、この二人の描写を主軸に大筋が進行。
 そういう形質の物語のなかで、特にマーティン側の叙述によって、被害者エルサの肖像が掘り下げられていく。

 ちょっとガーヴの『ヒルダ』を思わせる<被害者小説>の趣もある長編だが、とはいえ作者フリーリングにしてみれば同じ英国の大先輩(フリーリングのデビュー時に、まだ十分、ガーヴは現役だね)が著した名作が視界にない訳もなく、被害者は実は……と、まんまの同じ方向にはもっていかない。その辺はニュアンスとして掬い取りながらも、きちんとバランスを違えた後発の新作に仕上げる工夫はしている。
 そんな本作独自の妙味というと、探偵役ファン・デル・ファルクのある思惑によって、とある役回りを託されるマーティンの立場と、それに応じる彼の内面や言動を語る小説の細部的な面白さだ。

 石川喬司はこの辺の(謎解きミステリの直接の興味から離れた)小説的な読みどころを「風俗小説」的な面白さ、とポケミス刊行当時の月評「極楽の鬼」の中で言っているが、自分の眼で見ると、事件に巻き込まれた人間の右往左往、さらにキーパーソンとなる被害者との距離感などを語る、よくも悪くも下世話な人間ドラマ、といった方が良いようにも思える(もっと適切な修辞があるかもしれないが、現状でちょっと思いつかない)。

 エルサのよく言えば天然な自由さ、悪く言えばわがままに振り回され、一方で、そこから現在の愛妻ソフィアとの絆なども手繰り寄せたマーティンの内面の経緯の描写には、どこかシムノン的な趣もあり、そういう意味でも面白かった。
 そういえば、物書きであるマーティンの口頭に上る作家の名前のなかにはシムノンやチャンドラーなども登場し、まさに作者自身が彼らのような筆達者な諸先輩たちの世界を、作法を意識していない訳はないのである。

 そんなこんなな作品だから、最後まで読むと、自然、正統派ミステリ(警察小説ふくめて)の大枠からは少し足を踏み出してしまったような感もないではないが(特にクロージングは……)、それでもなかなか読みごたえはあった。
(素直にフツーに面白い、というのとは、ちょっと違うとも思うが。)
 少なくとも数年前に読んだ『猫たちの夜』よりはずっと良い。

 なんかシリーズもの、同じ警察小説シリーズとはいえ、このファン・デル・ファルクもの、毎回かなり違った味わいを楽しませてくれそうな予感がある(まあ、その辺のバラエティー感は「87分署」でも同じだけれど、向こうとも、また少しどっか違うんだよな)。
 
 ……あ、まだたった二冊目で、聞いた風な事を言うのは早すぎるか(笑)。 

No.1781 7点 死者だけが血を流す- 生島治郎 2023/05/07 08:39
(ネタバレなし)
 昭和30年代の北陸。外地からの引き揚げ者で、左翼活動を経た学士・牧良一は、不況のなかで成り行きから暴力団「常盤組」に参加。25歳の現在は、若頭のインテリヤクザとして活躍していた。だが組が懐柔を図り、縁故を結ぼうとした相手は、牧の不仲な実の伯父で、地元の市議会議員でもある牧喜一郎だった。互いに憎み合う伯父、そして常盤組に背を向けた牧は組を抜け、喜一郎の政敵である市議会議員、進藤羚之助に接触。そのまま新藤に気に入られて、彼の秘書となった。それから6年、進藤の若妻・由美とともに、密な側近として新藤を支え続けてきた牧だが、国政への参加の道を歩む進藤の前に障害が続発。それはやがて参事と化し、牧までも容赦なく巻き込んでいく。

 処女長編『傷痕の街』に続く、生島治郎の第二長編。元版は1965年刊行。
 初の三人称での叙述(筋運びは主人公・牧の、ほぼ一視点で展開)、地方都市での選挙戦という特異なものが主題と、生島作品の系譜のなかではいささか格別なポジションだが、それなりにファンの評価が高い作品なのは評者も窺い知っていた(先日、他界した北上次郎などは、後年まで、最も好きな長編に、本作をあげている)。
 
 評者の場合は、大昔の少年時代に古書店で入手した日本版EQMMのバックナンバー誌面で、元編集長の生島が本作についてのメイキングエッセイめいたものを寄せていたのを覚えている(そのエッセイの内容は、タイトリングに苦労して考えたという主旨のこと以外、ほとんど何も覚えていないが)。
 いずれにしろ、前から関心のある作品ではあったが、こないだ出た創元文庫の新版ではどーも読む気になれず(なんだろね)、市内のブックオフの100円棚で数か月前にようやく見つけた徳間文庫版で、今回初めて読了。

 選挙戦という主題に関しては、当時のポケミス400~500番台あたりで結構、海外ミステリなら幅広いテーマやドラマジャンルのものが出てきていたので、そういう風潮を参考にしながら、自らが手掛ける国産ハードボイルドミステリの中に、一風変わった趣向のものを求めた感じである。

 さすがに作中の叙述や筋の組み立てに時代性は感じるものの、そういう意味での送り手の挑戦心には、21世紀の今の眼でも新鮮な思いを見やる。

 一人称叙述をふくめて、和風生島流チャンドラーだった前作『傷痕の街』に比して、文体も筋立ても微妙に一皮むけた感があり、小説としての充足感はそれなりに高い(ただし、厳密な意味でのハードボイルドらしくない、内面描写に引きずられている嫌いはまだある。まあそこが結局は、初期生島らしい良い味になるのだが)。
 
 ミステリとしての骨子について、ここではあまり言わないが、終盤で明かされる意外な真実というか、動機の謎については軽く感心。
 ただまぁ、それでホメて株が上がるような作品では決してなく、初期生島ティストのコンデンスをしっかり味合わせてくれるために読むような一冊。

 好きになる人と、そんなでもない人、評価がけっこう分かれそう……な気配もある。

 評者は……いい作品だけど、だけど……のあとにイロイロ続き、でもやっぱり最終的にはスキ、となるではあろう。そんな一編。

 評点は0.25くらいオマケじゃ。

No.1780 6点 日本国有鉄道最後の事件- 種村直樹 2023/05/06 20:27
(ネタバレなし)
 国鉄の分割民営化を控えた1980年代の半ば。東京駅を出た「ひかり41号」には、改組後の新会社の検討会議に出席する三人の要人(議員、財界の大物、経済学者)が乗車していた。だが彼らが下車するはずの名古屋駅では、三人の姿はない!? 名古屋駅の田村駅長ほか幹部は、愛知県警に捜索願いを提出。切れ者と噂の四課の高杉警部ほか、捜査陣が事件に乗り出すが、事態はさらなる広がりを見せていく。

 元「毎日新聞」記者で、退社後は「レイルウェイ・ライター」として鉄道関連の場で大活躍した文筆家・種村直樹(1936~2014)による、初の長編ミステリ小説。元版は、トクマノベルズから1987年に刊行。
 実作は、作者の友人・大須賀敏明との共同制作(構想~執筆?)らしい。なお探偵役の捜査官・高杉は、その後、所属部署を推移させながら、シリーズキャラクターになるようである。

 評者は外出後、帰途途中のブックオフの100円文庫棚で、このぶっとんだタイトルを見かけて気になって手に取る(1991年の徳間文庫版)。すると、移動中の新幹線内から人がいなくなる人間消失ものらしい? ちょっと面白そうだと思い、購入。4日に買って、5日の夜すぐ読んだ。

 冒頭では、要人消失のメインプロットには直接絡まない? 別の場面、別の登場人物たちによるいわくありげなプロローグが用意され、それを経たのち、本筋に突入。登場人物はそれなりに多く、ネームドキャラも過剰だが、ひとりひとりの人物描写は本当にあっさりしているので実に読みやすい。この辺は同じくジャーナリスト出身のフォーサイスとか佐野洋とかとよく似てる。

 内容の方は実のところ、移動する閉鎖空間を舞台にした不可能犯罪ものというより、国鉄民営化にからむ利権問題、長年にわたって文明・社会の公器としての国鉄を守ってきた職員たちの主張に耳を傾ける社会派ドラマ作品の要素が強くなるが、まあギリギリのところでミステリとしての形質は担保はしている。作者は、ミスディレクションっぽいテクニックも使っているし。
 30年前の国鉄民営化(JR誕生の前夜)についてお勉強になる本。へーそういうものなの、なるほど初めて知った、的な興味での情報小説でもあり、前述のようにミステリとしてはボチボチだが、まあ悪くはない。最終的な事態のまとめ方も、ちょっと愉快……かな。
 後半の中小のヒネリとかも勘案して、評点はこれくらいで。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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