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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2106件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.106 7点 おやすみ人面瘡- 白井智之 2017/01/05 19:29
(ネタバレなし)
 前作『東京結合人間』は、イカれたSF設定の枠内でのストーリーテリングそのものと、くだんの異常な設定に基づく最後の謎解きの強烈さ、その双方に呆然とした。
 それに比べると今回は途中まで(やはりぶっとんだ世界観ながら)真っ当なような(でもやっぱりタガの外れた)中学生たちを主人公に据えた等身大ジュブナイル風の部分も多い。
 まあ本作の場合は二つの別々の物語が後半の山場で交わるまでB・S・バリンジャー風の二部並行形式で語られるので、ジュブナイル調なのはその片っ方だけだが(もう一方のストーリーの主人公は、風俗店のスタッフを務める若者)。

 三作目でやや守りに入ったかな、しかしこの作者なら、この設定を活かした上でまたなんかあるんだろうな…と思っていたら、終盤は豪快なまでに正統派の、そしてクレイジーな謎解きミステリに転調または収束。冒頭からの数々の伏線もパワフルに回収される。特に顔を潰された死体~ダイイングメッセージ? の辺りはこの作者の面目約如だろう。
(ただ大ネタの中である一点、中学生側の叙述で無理筋めいた気もするが、そこは「いや、だから×××なのかな…」と思えば、腑に落ちないこともない。)
 一部の仕掛けは見破ることはできるだろうが、この手数の多さには、前回以上に参ったという感じの一冊。作者のこのテンションは、いつまで続くのだろう。

No.105 6点 こどもの城殺人事件- ヒキタクニオ 2017/01/01 18:59
(ネタバレなし)
 渋谷の名門・明邦学園の2年C組に在籍する優等生の美少女・敷島亜子。彼女は、校内随一の美少年で秀才の原田聡吾やその友人でやはり端正な顔立ちの後宮周平たち総勢5人の学友で、当たり屋まがいの犯罪を行い、それで得た金で違法な薬物を購入して楽しむ裏の顔があった。そんなある日、聡吾が殺されたという知らせが亜子のもとに入り、続いて一同が薬物を購入していたヤクザ2人の刺殺死体も発見される。薬物使用の事実を隠蔽しようと周平が策を練るなか、渋谷警察の中年女性刑事・盛秋子は、後輩刑事の小宮山とともに殺人事件の真実を探るが…。

 webで高評だったので読んでみた新刊。筆者が著者の作品に触れるのはこれが初めてである。物語は亜子、盛刑事、そして周平の3人を主人公格に語られ、さらに自在な視点で叙述が切り替わる。とはいえこなれた筆致でリーダビリティは申し分ない。

 スクールカーストや少年の非行、暴力団の薬物犯罪といったきわどい題材を語りながら、一方でフーダニットとホワットダニットの興味も大きく、ハイブリッドな感覚はなかなかのもの。特に少年犯罪者の逮捕、留置、取り調べなど一連の濃厚な臨場感が独特の触感を感じさせる。
 とはいえそんなヤバ目で猥雑な内容の中に大きな伏線(のような暗示)をしれっと仕込んであるあたり、ミステリとしてのセンスは良い。ジョー・ゴアズの『マンハンター』を思い出した。
 
 それで真相は意外といえば意外…ではあるが、帯で謳うほどの強烈さはない。むしろヤバめのノワールもの、変化球の青春ミステリの奇妙な情感、群像劇的な警察小説、そして犯人捜しの謎解き…と雑多な興味をごった煮にして、独特な味わいの長編にまとめた手際の方を評価したい。
(ただし真実が明らかになったのち、人物描写にちょっと違和感が残る部分はある。これをどう見るかで評価は変わるかもしれない。)

 女性刑事の盛秋子はいい感じのキャラクターで、そのうちまたこの作者の作品で再会してみたい。

No.104 7点 殺人鬼- 浜尾四郎 2016/12/15 15:07
(ネタバレなし)
 新刊の合間にもっと未読の旧作や名作を読もうと思って手にした一冊だが、巷で喧伝される<21世紀のいま読んでも面白い>の世評どおり、かなり楽しめた。
 先の見えない連続殺人劇の豪快さに、秘めた人間模様を語る作劇がうまい感じで融合し、ストーリーテリング的にも申し分ない。
 
 本書は『グリーン家殺人事件』を先に読んでいることを絶対の前提に楽しむべき一冊だが、先の空さんのご指摘どおり、作者が要求するそんな大枠自体が一種のミスリードになっている辺りにも感銘した。
 作者がこの時点で、ファイロ・ヴァンスやのちの金田一耕助などがよく問われる「名探偵の介入後も連続殺人が続く、防御率の低さ」という普遍的な課題に関して十全に意識し、自分なりの考えを提示したのもよく分かる。

 なお登場人物の少なさも踏まえて犯人の意外性は微妙といえば微妙だが、それでも小説の技巧的には容疑者を読者の視点の圏外に置こうとする作者の工夫ぶりはしっかり感じられる。そして何よりこの真犯人の設定は本書の刊行が昭和6年(1931年)であり、この時期の国内の読書人たちをどのような国産ミステリが賑わしていたかまで目を向けるなら、いっそう感慨は深まるのではないか。
(他の作品のネタバレになるのであまり多くをここでは語れないが、ある程度の冊数の戦前の国産ミステリを、発表年まで意識しながら読んでいる人なら、なんとなく言いたいことはわかってもらえるのではないかと思う)。

 くわえて探偵役の藤枝の終盤の謎解き、ワトスン役の小川がしつこく思いつく疑問の数々に対して、ああ、そこはこうだったと思えるよ、と応じる辺りのボリューム感にも感服。ひとつひとつの説明のなかにはちょっと苦笑的なものも無くはないのだが、総じて細かい部分へのこだわりを見過ごさず、時に、ああ成程…と唸らせるような推理や仮説を連発するところなど、いかに当時の作者に高いミステリのセンスがあったかがよく分かる。

 ちなみに以下は全くの自分語りであるが、今回の本作は思い立って、大昔に古本で購入してあったポケミスの初版で読み始めたら表紙が外れてしまい、仕方なく途中から創元の浜尾四郎集の方で読み続けた。もっと前に読んでいれば本を痛めることもなかったかな、とか、本書のポケミス初版当時(1955年)の製本技術ではこの大冊(全部で約360ページ)は歳月の経過に耐えられなかったのかな、とか、創元版の方は当時の新聞の挿絵を全部じゃないにしろ、部分的でも再録してほしかったなとか、色んな思いにふけった。残りの藤枝ものも追い追い読んでみよう。

No.103 5点 埋葬された夏- キャシー・アンズワース 2016/12/13 04:31
(ネタバレなし)
 小さめの級数で約480ページの大冊。場面場面は適度な呼吸で転換するから読むのにシンドクはないが、本書の場合は少し疲れた。

 とはいえ<被害者捜しの趣向>(本書の扉より)をミステリ的な売りにするにしては、作劇上の必然や技巧的な工夫があるわけではなく、その部分の過去の事実をただ読者に見せないだけ。当たり前だけど、20年前の事件を追っている主人公の探偵ショーンは、その作中事実を物語冒頭からとっくに知ってるんだよね? 
 彼自身の内面描写からも、ほかの登場人物の三人称視点の叙述からも<誰が殺されてどのような事件が起きたのか>を作者の都合だけで単に伏せる、というのはミステリとしてどうだろう。

 ラストの実は…のくだりも作者が何をやりたかったのかは理解できるし、作中のある主要人物に思いを馳せるなら、この趣向自体はアリだとは思う。でもその一方で、この構想をちゃんと効果的に見せるのならその該当の人物をもっと良い歩幅の存在感で作中に配置しておけば良いのにな、と思う。いやロス・マクの『さむけ』ほど絶妙なバランスでやれとは言わないけれど。個人的には最後はああ、そうですか(&こういうことをするなら、もっと仕込めよ、もったいない!)であった。

 とまれ小説としては細部の描写におおむね緊張感があり、悪くはないんだよね。その意味では楽しめたけど、先述のこれってミステリとしてどうなの? の部分でそれなりの評価。なんか、ざわざわ残る作品ではある。

No.102 5点 消えたボランド氏- ノーマン・ベロウ 2016/12/08 20:04
(ネタバレなし)
 <墜落したはずの人間が空中で消失!?>という王道・直球の不可思議な謎の提示も魅力的だが、全体的に筋運びが垢抜けて軽快で、そこがとてもよろしい。

 探偵役のラジオ俳優J・モンタギュー・ベルモアは、自分の大根ぶりを自覚している(でも仕事はそこそこある)好々爺で、陽気で明るく、マジメな一線だけは決して譲らない人物(友人が初対面の相手にデブと侮蔑されると「失礼だが」と断りながらきちんと抗議する)。
 今年はじめて出会った探偵のなかではトップクラスにスキになったわ。
捜査陣のタイソン警部ほかサブキャラクターたちもなかなか存在感があるし。キャラクター的には全般的に溌剌として良かった。中盤のパーティ場面なんかも結構笑える。

 とはいえ、ワクワクする魅力的な謎を暴く真相に関して
「え、その説明で作中の登場人物は了解するの!?」
 とツッコミたくなるような点では『魔王の足跡』といっしょ。
 それでも個人的には全体では『魔王』より楽しめた(終盤はやや冗長感はあったが)。
 先にも書いたけど、謎解き成分が多めの都会派ハードボイルド(J・ラティマーとかの)のオーストラリア版みたいな、フットワークの軽い筋運びとミステリ的な興味がとても快かったので。

 まあ、前半読んでる間は、これは今年の翻訳ベスト5候補かな…!? とも思いかけたんだけど、最後までいくとさすがにソコまでは行かなかったね。でも翻訳していただいて、そして一読して良かったと思える一冊。

 J・モンタギュー・ベルモア主役の作品はまだあるみたいなので、いつかそっちも邦訳してほしい。

No.101 5点 十二人の死にたい子どもたち- 冲方丁 2016/12/05 18:59
(ネタバレなし)
 物語の場がほぼ限定された、少年少女たちによる集団心中直前の推理劇。この趣向は400~600番台あたりのポケミスに散在してそうな懐かしい感じで、なかなか楽しかった。
 とはいえ中盤の推理部分は冗長すぎる。作中の少年少女たちが人生最後の状況で未明な謎を残しておきたくないという原動を作劇のコアに持ってきたのはうまいんだけど、イレギュラーナンバーの少年<ゼロ番>に関するロジックの立て方と手掛かりの掬い上げ方が細かすぎて疲れた。屋上やスニーカーのくだりまでは面白かったけどね。
 うまく行けば作中の複数の謎を立体的に呈示できたんだろうけど、各キャラクターの<死にたい動機>とあわせて、物語上の興味が相殺または分散されてしまった印象。
 ただまあラストはほぼ予想の範疇ながら、良い意味で期待どおりにまとめてくれたと思う。異才作家の破格のミステリとか期待しなければ、それなりに楽しめて相応に愛せる佳品ではないかと。

No.100 7点 ジェリーフィッシュは凍らない- 市川憂人 2016/11/30 20:12
(ネタバレなし)
 飛行船内での連続殺人という特殊な舞台装置、明快な2つの謎の提示(フーダニットとハウダニット)、それぞれが鮮烈。そしてそんな趣向が基幹の大トリックと、さらにその大技を支えるこもごもの伏線やロジック、中小トリックと融合した世評通りの快作。それと、なんでこの物語が過去時制なのかのイクスキューズがちゃんと成立し、さらにそこからホワットダニット的なもうひとつの真実が見えてくるのもいい。

 とはいえ作者は、当然<あの先行作(某・国内新本格作品)>は読んだ上で、本作を書いたんだろうなあ。いや、ちゃんと別ものになっているんだけれど、その上で言いたいことが、ムニャムニャ…。まあ乱歩の言う通り、既存のもののバリエーションは確実にひとつの新たな創意だけどね。

 ちなみに今回の鮎川賞は選考者のコメントをざっと読むと(しっかり読まないのは、こういう場で、今後世に出る可能性もある応募作のネタバレをついうっかり? しちゃう作家先生も少なくないから)本作と競い合った作品のなかにも面白そうなものがいくつかある感じ。歯応えのある作品は推敲を重ねて、明利英司の『夕暮れ密室』みたいに、いつか刊行してほしいものですね。

No.99 6点 猫には推理がよく似合う- 深木章子 2016/11/25 10:45
(ネタバレなし)
 2年前に妻を病気で失ったベテラン弁護士・田沼清吉(73歳)。弁護士一人事務員一人という立場で彼を補佐する「私」こと椿香織(35歳)には、他人の知らない自分だけの世界があった。それは田沼の亡き妻・百合子が遺した愛猫で、人語を話すネコのひょう太(本名スコッティ)と会話すること。ともにミステリーに関心がある香織とスコッティは虚実の謎について推理を交わすが…。

 大きなファンタジー要素をひとつだけ絡めた(本書の場合、猫がしゃべる)日常の謎系の連作もの? こういうミステリは最近よくあるね、と思って読み出したら…あらら…。こういう作品だったか! 帯で有栖川先生の言う「仕掛け花火の連続の炸裂」は伊達ではない。
 一番の大技の部分に関しては、数十年前の某国産ミステリの当時の話題作を思い出したが、この趣向については21世紀の今のミステリ界での方が、効果があるだろう。当該の前例を、作者がどのくらい意識したのかは、もちろん知らないけれど。

 本当はもう一点くらいあげたい気もするが、途中の推理合戦が、ポイントとなる2~3の大技に対して地味な気がしてアンバランスな印象があるため、この評点。いや、この作者らしく、全般的に丁寧な推理の過程ではあるのですが。

 いずれにせよ、何を書いてもネタバレになりそうなピーキーな作品ではある。
 興味のある人、あと作者のファンは、ネタバレを食らわないうちに早めに読んだ方がよろしいかと。

No.98 5点 傷だらけのカミーユ- ピエール・ルメートル 2016/11/23 13:27
(ネタバレなし)
 事件の黒幕については本書の巻頭でいきなりある疑念が生じ、前半3分の1くらいでそれがほぼ確信に変わる。そしたら思ったとおりの真相というか、犯人だった。

 たぶんルメートルの頭の中では、母国の原書で読ませるかぎり、この大技で読者のスキをつけると思ったんだろうね。ただ日本の翻訳ミステリの大半には●●●があるので、そこで勘のいい? 多くの読者は気がついちゃいますのう(事件のなかに仕掛けられたホワイダニット的な部分は、ちょっと面白かったけど)。
 
 私的には三部作のなかでは『イレーヌ』が筆頭のベストで、本書と『アレックス』はそれなりに楽しめる、であった。まあ『アレックス』の終盤の犯人との対峙図は、シムノンの大傑作『メグレ罠を張る』と比較して、向こうの方がずっと面白かったなーと思うばかりでもあったのだが。
 
 ところで三部作完結ということで、カミーユは今後どうなるのでしょうな。思いつくことはいろいろとあるけれど、本書のクロージングのネタバレになりそうなのでここでは書かない。何らかの形でまた姿を見せてほしいけれど。

No.97 5点 銀座旋風児- 川内康範 2016/11/21 11:49
(ネタバレなし)
 昭和30年代前半の銀座。高貴な出自と噂されども、自由と無頼を愛するがゆえに大戦中は軍部に睨まれて身を潜め、戦後7年目に帰国した青年・二階堂卓也。彼は持てる芸術家の才能で装飾デザイナーとして名を馳せて「二階堂卓也装飾美術研究所」を銀座の一角に設立。名誉も金もある義侠の快男児「銀座旋風児」として、弱き人々の訴えに応じていた。その二階堂卓也の身内らしき若者・二階堂明人。明人の正体は、戦時中、市民の供出物の管理を担当していた特務機関のリーダー・村越雄次郎の娘・明子だった。明子の父・村越は、堀田要助をはじめとする仲間4人に裏切られ、供出物隠匿の冤罪を着せられて処刑された身の上だ。明子の悲願を受け、供出物隠匿の真犯人・堀田たち4人の行方を追う二階堂卓也。「国民ノ物ハ国民ニカエセ!」 情報屋の政(政吉)ほか信頼できる周囲の仲間たちの協力を得ながら、銀座旋風児の活躍が続く。

<日活アクション映画>中期の人気路線で小林旭主演の同題シリーズの原作…かな。今でいうメディアミックスの小説版に近いかもしれない。こういうものが実際に存在するとは、つい今年になってから知った(原作というのは、映画用に川内先生が提出した原案シノプシスくらいに思っていた)。
 なお本当の原作はこの原型作品で1957年に貸本書籍の形で世に出た『銀座退屈男』らしく、59年の映画第一弾~第二弾の公開にあわせて同じ著者の川内先生が書いた本書(穂高書房・正確な奥付での発行は昭和34年3月5日。定価250円。ハードカバー)が刊行されている。書籍化の前に雑誌連載もあったかもしれないが、そこら辺はまだ未詳。
 
 筆者は、映画の方はしばらく前にテレビで第一話をふくめて数本視聴。映画評論家の渡辺武信が「日活アクションの華麗な世界」でクサす通りの脇の甘いシリーズだが、まあいいじゃないかと思って楽しんだ方である(笑)。小林信彦がこのシリーズの大ファン(というより当人は黄金期のアキラならみんな好きなようだが)であり、自作『神野推理』シリーズの一編にこの銀座旋風児を客演させたお遊びなんかも忘れがたい。小林信彦ファンなら、みんなそのままこのシリーズがスキになる?

 小説版の内容は、全267ページの紙幅のなかに、二本分のまったく別個の事件簿を収録。あらすじで書いた第一弾が映画一作目の内容で、そちらは154ページ目で落着。そのあとから映画第二弾に相応する事件(思想団体による偽札流布計画)が、前の事件の一年後という設定で始まる(特に章見出しを立てた区分けなどはされていない)。
 
 ミステリ的には他愛ない活劇ではあるが、第一話は敵味方の攻守のやりとりでそこそこ読ませる。第二話のほうは前半で事件の奥深さめいたものを煽りながら、結局は大したことがなく終わってしまうのは残念。第二話はラストも駆け足気味だが、それでも悪役の扱いなど、川内作品らしい持ち味が窺える気もする。
 なおこの小説版では、映画ほどに二階堂卓也が変装を活発にしていないことも確認。どちらもポイント的に変装術を披露はするが、筋立て上はあまり意味があると思えず、この辺は映画との連動か。原型『銀座退屈男』の方はどうだったのか、いつか確認してみたいものだ。

 ちなみに第一・第二話のどちらもクリスマス前後の事件で、宗教に一家言ある川内先生「キリスト馬鹿」を地の文で連発するのも興味深い。
 そういえば市井に偽札をばらまいて混乱を起こすのって『レインボーマン』の御多福会のルーツだね。『月光仮面』とかほかの作品でも類例があるかもしれないが。

No.96 5点 パレードの明暗 座間味くんの推理- 石持浅海 2016/11/18 16:42
(ネタバレなし)
 警視庁特別機動隊の女子隊員で、羽田空港の保安検査場に勤務の南谷結月。日々の仕事に弛緩し、上司である向島教官から、ある飲み会に参加するように指示を受けた。そこに待っていたのは、警視庁ナンバー3の高官・大迫警視長と、その友人で警察内でも伝説的になっている民間人「座間味くん」だった…。奇妙なしかし和やかな雰囲気のなかで大迫は警察組織内や市井で生じた事件や珍事を話題にするが、座間味くんはそれらのなかに潜む、意外な真実を言い当てる。

 『月の扉』は既読だが、この路線は初めて読んだ。全7本の連作短編は日常の謎寄りで、殺人事件のような強力犯罪は一編しかない(テロみたいなのもあったけど)。
 つまらなくはないが、達者な作家が話術の器用さで捌いた感じの連作でもあり、大きな声で「あっ」といいたくなるような内容のものはそうない。大半の話でそれなりの逆説が楽しめる。
 一本くらいレギュラー登場人物の3人が「ゾ~~~ッ」となって終わるような幕切れのものも欲しかった気もするが、たぶんそういうものを求めてはお門違いのシリーズなんだろうな。

No.95 5点 捕まえたもん勝ち! 七夕菊乃の捜査報告書- 加藤元浩 2016/11/15 09:57
(ネタバレなし)
 なんか昭和の庶民派サラリーマン小説のOLか、はたまた大衆時代小説の町娘みたいな主人公のヒロイン像はいいんだけれど、新作の長編ミステリとしては冴えません。
 というかこの作品、キャラクターシフトの段階で大ネタが丸わかりで、今どきその手のものまんまはないだろうなと思ってたら、最後はものの見事に案の定でずっこけた(古語)。まあその見せ方には、ちょっとだけ工夫があったけど。
(しかしこの本、××も露骨にネタばらしだね。いいの?)

 ラストはシリーズ化を意識してるんだと思うけど、次の話に続けるにはある難関がクロージングに設定されており、そこをおそらく読者の興味へのフックにしているのであろうことは、推察がつく。
 しかしそのクエストを作者が次巻でどう捌くのかは、すでになんとなく見えるようで…。たぶん、今回はほとんど名前だけの登場で、物語の表面では描かれなかったあの人が、キーパーソンになるんだよね?

 評点は、ヒロインはまあいい子だな、というのと、読みやすさでおまけして5点。
 漫画『Q.E.D.』の方は未読なんだけど、機会があったら読んでみようかと思います。  

No.94 6点 ボーパルバニー- 江波光則 2016/11/14 13:11
(ネタバレなし)
 警察幹部の息子である怜(21歳)は、5人の仲間=拳銃狂で殺戮衝動に憑かれた娘・燐華(19歳)、肉体の鍛錬を生きがいとする喧嘩好きの龍童(21歳)、デイトレーダーとして堅実な資金運用を狙う銘次(23歳)、激情家の暴力人間・玻瑠人(20歳)、強姦魔の来霧(20歳)と組んで、中国人マフィアの金庫番の家を襲撃。約三億の金を奪い、さらに自分たちの手は汚さずにその家の母親と娘を始末させた。怜は「銀行」として各自の分け前を一度預かり、希望者に随時おのおのの取り分を渡していたが、そんなある日、来霧が路上で首を斬られて惨殺され、さらに玻瑠人が何者かに拉致される。中国マフィアの報復かのごとく一同の周囲に跋扈する、超人的な運動能力の殺人者。それは黒いウサギ耳のヘッドドレスを付けた、赤い瞳のバニーガールだった。

 妙な作品がラノベで人気を呼んでる、かなり本格的なノワール系らしい、というので初めてこの作者の著作を読んでみたが、正にその通り。ビジュアル的、視覚的な設定としては馬鹿馬鹿しく見えるこの趣向を逆手に取り、しごく真っ当に血と狂気の世界を見せていく。その重く昏い筆致には最後までブレはなく、小説の筋立てもさながら文体そのもので読ませる一冊。いや、なかなか面白かった、凄かった。
 とはいえ気の抜けない文体ゆえ、物語上は加速的な場面(後半のバニーと龍童の対決シーンなど)がいささかまだるっこしく感じる部分もあるが、この辺はこちらの読み方が悪いのだろう。じっくりとその闘いの一刻一刻の叙述をもっとしっかり味わうべきなのだが。
 
 それで終盤、ある章に至って、これは…どっかで……、と既視感が頭をもたげる。そこで思い出すのは、ああ……伴野朗の冒険小説の諸作だな、と。「33時間」とか「K-ファイル38」とか「九頭の龍」とか(あるいは「ハリマオ」とか)のラストで、もうすでに真っ当ではなくなってしまった主人公たちが、それでも心のどっかで、もしかしたら自分はもっと健やかに平穏に生きられたかもしれないと、もうひとつの人生を仰ぎ見る、あの寂寞たる瞬間の切なさ。
 クレイジーで凄惨な中身ながら、この作品にはそういうものが直接の言葉でなく、描かれているような感慨がある。なんか泣ける。

No.93 4点 分かれ道ノストラダムス- 深緑野分 2016/11/11 04:56
(ネタバレなし)
 1999年7月。恐怖の大王がいよいよ迫る終末の時代に世間がざわつく中、高校一年生の女子・日高あさぎは、2年前に急性心不全で頓死した男子・基(もとき)の自宅を友人たちとともに訪れた。基にひそかな好意を抱いていたあさぎは、基の祖母から孫の遺品のノートを譲られる。彼女はその直後、同じ高校の男子・八女(やめ)健輔とその年上の友人であるオカルトマニアの中年・久慈晃と知り合うが、彼らとの会話からあさぎは、2年前に何かの状況が変わっていたら、分岐した平行世界のなかで基は死なずに済んだのでは、と思いを馳せていった。そして同じ頃、町では終末思想に影響された新興宗教集団「アンチ・アンゴルモア」が不審な活動を見せていた。

 うーん……。過去の悲劇の契機や発端となった事象は、ある意味でパラレルワールド世界への扉だ、と考えた女子主人公が、好青年の男子主人公とその兄貴分の協力を得ながら昔日の故人の行動の軌跡を検証していく…という発端そのものは悪くない。いや、そういう、主人公が執着を覚える故人の過去を探る作品は昔から山ほどあるが、今回のような今風? の視点で取り組む文芸は、ちょっと新鮮だった。
 しかし結局のところそのパラレルワールド云々の趣向も、ノストラダムスの大予言のXデー前夜という設定も物語の主題にはとても至らず、単なる舞台装置とストーリーのエンジンスターター程度で終わってしまった。
 ぶっちゃけ、この作品、主人公が片思いの元カレに対して心の中で決着をつけて、それと前後して新規の男子主人公とのア・ボーイ・ミーツ・ア・ガール譚が成立するのなら、どんな設定から始めてもいいんじゃないの?

 ちなみに一応の謎解き要素を擁する新作ミステリとしては、これだけ曲のないものも珍しく、そのあまりのストレートさにポカーンとなった。
 前半~中盤で伏線が張られていた某サブキャラの意外性も見え見えで、ミステリとしてのサプライズは実に希薄。

 かたや青春ドラマとしては、NHKの懐かしの「少年ドラマシリーズ」が復活して映像化されて、演出力のあるスタッフが担当すれば歴代作品と並べて比べて中の下くらいには行くかもな、という程度の印象。

 膨大な資料を読みこんだ(らしい)前作『戦場のコックたち』は、ホックとかの連作短編風の謎解きミステリ(同時に長編の結構も具えていたが)としても、第二次大戦時の苛酷な状況のなかでの青春小説~エピローグに至る人間ドラマとしてもお腹いっぱいになったけれど、今回はどうも。

 たぶんこの作者は、語りたい、描きたい題材をしっかり手の中に掴み切ってから筆を動かした方がいい気がする。

No.92 5点 何様ですか?- 枝松蛍 2016/11/08 08:53
(ネタバレなし)
 錬成館中学校三年F組に在籍する孤高の美少女・平林美和。彼女はDV癖のある義父に罪もない弟を折檻で殺され、自らも性的な暴行を受けた過去があった。美和は内面に弟「ユウちゃん」を人格化し、彼を対話相手に、歴史に残る大量殺人を行った「殺人者」となる計画を練る。そんな彼女に同級生で誰からも好かれる美少女の優等生・倉持穂乃果とその友人・遠藤安子が友達になろうと接近してきた。一方、同じクラスにはそんな美和に思いを寄せる男子が…。

 文庫オリジナルの2016年の新刊で、このミス「隠し玉」部門の該当作。いわゆるイヤミス系の作品。「イヤン」な世界を築き上げていく、「どうですどうです、辛辣でしょう」と押し売りするかのような文体が妙に心地よい。
 正直、大技の先は読めるし、そこにいくまでの物語の整理も一部されてないんじゃないかな、という気もするが、なんか憎めない作品。昭和のB級ミステリの「幻の作品」を一冊千円くらいの古書で買ったら、こういうのにぶつかりそうな感じだ。
 この作者の次作が出たらまた読んでみる。

No.91 7点 黒面の狐- 三津田信三 2016/11/03 03:07
(ネタバレなし)
 昭和二十年代初頭。先に満州の建国大学に学び、亜細亜と世界の諸国がいずれ平和で文明的な将来を迎えるようにと願っていた青年・物理波矢多(もとろいはやた)。そんな彼は大戦の現実に心身をすり減らして帰国し、九州の炭鉱地帯に流れ着いた。そこで波矢多は、3歳年上の親切な美青年・合里光範(あいざとみのる)と知り合い、その紹介で合里の勤務先である抜井炭鉱の炭鉱夫として働くことになる。だがある日炭鉱に落盤事故が生じ、さらにそれと前後して宿舎の周辺で不可解な怪死事件が連続して発生する。そしてその周囲には、黒い狐面をつけた何者かの姿があった…。

 大戦直後の九州の炭鉱地という特異な場を舞台にした、ホラーティストの不可能犯罪パズラー。当時の時代まで日本の国力を支えた石炭採掘現場の実状が仔細に語られ、同時に暗く深い地の底で奮闘する炭鉱夫の実態、そしてそんな彼らの側に常にいる神がかり的な、あるいは魔性めいた存在が物語の重要な要素となる。
 ミステリ的には複数の密室で生じた連続変死(自殺? 殺人?)事件がキモとなるが、ほぼ同時に発生した落盤事故現場からの生存可能者救出の可能性、さらに時を隔てて別の炭鉱で起きた不思議なできごととの関係性を探る興味などがほど良い歩幅で絡み合い、なかなかの求心力となっている。
 犯人の正体とその犯行までの経緯の大きな部分のひとつは何となく見当はつくかもしれないが、盛り込まれた仕掛けを細部まで見抜くのはちょっと難しいかとも思う。真相らしきものを順々に並べていっては、ひとつひとつやっぱりダメ、とひっくり返していく解決編の趣向も楽しい。いずれにしろ筆者には、カーのオカルト趣味系不可能犯罪ものを読むのと近い興味でかなり面白かった。
 ちなみにこの主人公・物理波矢多、シリーズ化されそうなので今後の展開を見守ることにしよう。

No.90 7点 ヴァルプルギスの火祭- 三門鉄狼 2016/10/28 07:13
(ネタバレなし)
 成り行きから個性的な作風でデビューしたものの処女作がまったく売れず、さらに次作が書けないでいる高校生ラノベ作家の関口辰哉。彼は中野の古本屋の孫で「京極堂」の綽名をもつ読書家の美少女・中善寺秋穂や、大企業・榎木津グループの愛らしい令嬢ながらぶっとんだ言動の探偵「エノ」こと榎木津玲菓と、それぞれ<祖父が友人同士という縁>で知り合った同年代の幼馴染みだった。そんな高校生三人組は、榎木津グループと縁がある実業家で華族の末裔でもある由良渡月に招かれ、その年の四月三十日、ある孤島の館に向かう。孤島に一軒だけ建つその古く広い館はかつての当主が魔女を主題に建造したものであり、そこで一同やほかの客を迎えた館の若く美麗な当主・由良薫は「魔女はいますよ」と告げた。やがてその館の周辺では…。

 京極作品「百鬼夜行」(京極堂/妖怪)シリーズをベースにした世界観で語られる、新鋭作家によるシェアワールド路線「薔薇十字叢書」の一冊。どんなんかなと思って、一冊読んでみた。
 ほかの「薔薇十字叢書」は原典の主人公たちの<語られざる事件もの>が主体のようだが、本書はこの企画枠の中でも特に異色の一冊で、血筋キャラによる<ニュージェネレーションもの>。男子ひとり女子二人の微妙に三角関係ラブコメも匂わせた(笑)すばらしいキャラシフトの主人公トリオで事件に臨み、三人のキャラクターもそれぞれ祖父のものに倣う形で描かれる(ただしエノ=榎木津の特殊能力は、一瞬でも一度見たものなら絶対に忘れない超人的な記憶力として発露)。さらに木場の系譜をつぐキャラも、また別の形で出てくる。

 事件の方は固有名詞と物語舞台の設定で自明なとおり『陰摩羅鬼』ベースだが、魔女を主題に、やがて磔刑風の焼死をふくむ<不思議な殺人事件>に至る展開は、変格の公認パスティーシュとしても、「百鬼夜行」シリーズの世界観に沿った超論理の新本格ミステリとしても、なかなかよく出来ている。

 中盤で登場する<不思議な事態>(151ページ以降)はそれ自体が本書のサプライズでありキモとなるのでここでは詳述はしないが、これもかなりミステリとして魅力的な骨太の謎であり(微妙に、大昔にどっかで読んだような気もする趣向のものではあるものの)、そこで提示された事件の主題が「百鬼夜行」シリーズらしい独特のロジックで解体されていく後半も期待以上にゾクゾクさせられた。
 もうひとつの『陰摩羅鬼』とまで言うとほめ過ぎかもしれないが(筆者は『陰摩羅鬼』をそれなり以上に称賛派)、あえて原典シリーズの諸作の中から同作をベースに選んだ書き手の狙いも、この内容ならしっかり果たされているだろう。
 評点は、クセ玉かと思いきや、意外に剛球だった作品そのものの意外性も踏まえて、本当にちょっとだけおまけして7点。

 なお「ラノベの叢書(講談社ラノベ文庫)からの発刊で、パスティーシュにしてはなかなか…」という、読者の予め割り引いた目線からの反応までも、もともと織り込み済みという気がしないでもない。でももし実際にそうだとするのなら、そんな送り手側のある種のしたたかさも、その意味で頼もしくもある。

 あと全然別の話題だけど、「薔薇十字叢書」をこの作品から読んでしまった自分のセレクトは適切だったのかな。それは他の書き手の他の作品もふくめていつか「薔薇十字叢書」の二冊目以降を読んでみなければわからんね(笑)。

No.89 5点 黄昏の悪魔- 角田喜久雄 2016/10/26 07:23
(ネタバレなし)
 戦後5年目の冬、満州から帰国した天涯孤独の愛らしい娘・江原ユリ(24歳)は職探しに奔走していた。というのも彼女は就職が決まりかけると、正体不明の何者かが勤務先(勤務の予定先)に、<かつて彼女の父・春策が満州で売国奴だった>という虚偽の風評を流し、就職の邪魔をしていたのだ。そんなことが何度か重なったのち、エリはようやく西太平洋新聞社の内定を得る。しかし何者かがエリのアパートに届いたその採用通知を不採用を伝えるハガキにすり替え、さらに姿なき悪意の主はエリの周辺から生活費をふくむ金品まで奪っていった。かつて満州で売国奴の嫌疑を受けた父親が憲兵に責められた記憶のあるエリは内地の警察に対しても不信が拭えず、助けを求める気にならない。悲嘆を極めて縊死を図るエリだが、そんな彼女に一人の黒オーバーの男が接近。言葉巧みにエリを彼女の以前のアパートまで連れて行くが、その男はエリが眼を離した隙に別の何者かに刺殺された! だがそれはまだ、このあともエリの身に続発する異様な体験の端緒に過ぎなかった。

 作者が1949年に雑誌「ホープ」誌に連載した通俗スリラー長編。単行本は1955年に桃源社から出た「角田喜久雄探偵小説選集」の第1巻「黄昏の悪魔」が元版だと思うが、同版のISBNが見つからないので、今回は適当な後年版の書誌データを入力しておく。
 内容は薄幸な若い美女が不条理な悪意に翻弄され、やがて彼女の身上に潜んでいた意外な事実が浮かび上がってくる、ほぼ正統派の巻き込まれサスペンススリラー。もちろんなぜそのような嫌がらせが彼女の身に相次ぎ、なにゆえ彼女に続々と怪しい人物が寄ってくるのかというホワイダニットの興味もある。
 くわえてあらすじに書いた事情ゆえ、窮地が続いても警察に賭け込むことに二の足を踏むヒロインの心情にも一応の説得力はあり、その分、都会の片隅での騒乱~やがて舞台を伊豆に移しての本筋の物語が、独特の緊張感のなかで紡がれていく。
 主要登場人物が揃ってからの展開はいささかラフだが、それでも後半の舞台となる伊豆の一角で矢継ぎ早に事件が起きる物語には相応の求心力があり、最後まで読み手を飽きさせない。終盤のひねった展開はそっちの方向!? という感じだ。
 まあ細部まで考えていけばご都合主義も散見したりするのは、この時代のこういう作品の場合、ときにご愛敬。それと終盤、ヒロインの影が薄くなってしまう構成の弱さを指摘する声については、確かにまったく同感だけれども。
 
 ちなみにこの作品、翌年に書かれた角田の別長編『霧に棲む鬼』とよく似た前半らしいが、そっちはまだ未読。いつか比較しながら読んでみよう。

 なおこの『黄昏の悪魔』は、東宝のスリラー映画『悪魔が呼んでいる』(1970年・主演は酒井和歌子)の原作作品という興味が個人的には強く、以前から同映画が(その内容の破綻ぶりも含めて)スキだった自分はいつか読もうと思っていた。今回が初読だが、自分の場合は先に映画を都内の浅草東宝(今はもうない…)の週末オールナイトで初めて観て以来、十何年目の原作への踏み込みだった(その間に、映画の方はCSで放映されたノーカット版も観ている)。本そのものはずっと前から入手していたけどね。
 結果として、映画と原作との中盤からの内容はまったく別もので、導入部の<ヒロイン周辺での不条理劇>、中盤の<悪人にあちこち引き回されるヒロイン>という趣向のみが原作から採取された形になったようだ。
 なお先に<破綻した映画>という主旨のことを語ったが、映画『悪魔が呼んでいる』の最後で明かされる意外な犯人像はかなり強烈。犯行の現実性を考えると絶対に無理筋だろうと思うが、それだけに印象深い。未見の人は機会があったら、一度観てくださいな。
 
※追記、今回この長編は春陽文庫版で読んだけど、同書には短編『緑眼虫』も収録(もともと桃源社の元版にも併録されていたらしい)。
 それでそっちの主人公の男子~のちに成人して男性の名前が『黄昏の悪魔』と同じ「江原」というから何か関係あるのかと思ったが、実際には特に何も無かった。
 こちらは短いながら密度感の高い、一般市民の生活や人生を侵食する「悪」との対決もので、その不条理感と不安定な足場の感覚は『黄昏』に通じるものがある。
(あと共通項はいわゆる「NTR」で、作者はそういう趣味があったのかな、という気にもなったんだけど~笑~。)

No.88 5点 モスコー殺人事件- アンドリュウ・ガーヴ 2016/10/25 16:26
(ネタバレなし)
 1951年の英国。東西間の国際政情の緊張を背景に英国でもソ連への関心が深まるなか、二流新聞紙「レコード」の記者で6年前までウクライナに駐在していた特派員の「私」ことジョージ・ヴェルニーは、編集長の指示で再びソ連に向かう。折しもソ連には英国から親ソ派の平和使節団が向かっており、その団長であるアンドリュー・マレット牧師は傲慢な人柄ゆえ使節団員の大半から陰で嫌われていた。往路の時点から使節団と一緒だったヴェルニーはそのまま彼らと共にモスコウ(※本文中ではこの表記)のアストリア・ホテルに泊まることになる。ホテルはヴェルニーの馴染みの宿で、彼はそこで米国の陽気な特派員仲間クレイトンや温厚なロシア人の老給仕ニコライたちとの旧交を温めた。社会主義国家の制約のなかで、本来は可能な限り自分流の自由な取材活動をしたかったヴェルニーだが、ソ連新聞報道部の役人ガニロフ部長は、平和使節団の文化的な交流活動に密着して今回の取材をするように推奨してきた。つまらない記事になりそうだと不満を覚えつつ、やむなくその指示に従うヴェルニー。だがそんななか、アストリア・ホテルで謎の殺人事件が…。

 1951年の作品で、作者のガーヴ名義での第四長編。内容はあらすじ通りに1950年代当初のソ連(現ロシア)のモスコウ(モスコー、モスクワ)を舞台にした、フーダニット主体のパズラー。
 英国での書名は邦題通り「Murder in Moscow」だが 米国では「Murder Through the Looking Glass」(あべこべの国の殺人)の改題で刊行され、ソ連の行政側や官警が素人探偵となったヴェルニーの捜査の脇で、向こうなりの事情論で事件を再構成しようとするのがミソ(事件を捜査すべき側がそんなことを、という意味で「あべこべ」)。
 もともと1950年6月に勃発した朝鮮戦争を前提に書かれた作品のようで、欧州のソ連を警戒する空気が反ソ的な叙述となって盛り込まれた。ただし日本語版の翻訳(1956年5月1日・時事通信社刊行)では、訳者・向井啓雄の判断で、その反ソ、嫌ソ的な部分が相応に抄訳されたらしい(基本的にはそういう余計な改竄は止めてほしいけどね。こちらは例えば、シッド・ハレーが『大穴』の中で大戦中の日本兵士の残酷行為について毒づいても、それはそれ、と思うし)。
 とはいえ完全にソ連側を悪役にする気もまたなかったようで、殺人の冤罪を掛けられる老給仕ニコライや、物語後半の重要人物アレクサンダーなんかは頗る気のいい好人物として描かれる。それに悪役ポジション(?)のガニロフも、ニコライを庇おうとする主人公の言葉に素直に耳を貸すなど、決していやな人物ではない。まあここら辺には、当時の作者にも出版側にもいろんな考えがあったんだろうけど。

 ちなみに邦訳の出た1956年の日本といえば、10月には日ソ共同宣言でソ連との国交が回復。たぶん本書自体がそんな時代の動きをにらんだ翻訳だったのだろうから、ソ連を舞台にしたミステリを出版するのはタイムリーで良いにせよ、同国の関係者を不愉快にさせかねない部分などはことさら不要だったのかもしれない。

 それで謎解きミステリとしては、被害者の部屋の封印された窓の謎、外の雪上の足跡、証拠となりそうな手紙…などなどから主人公と周囲の者の談議で推理と事件の検証を進め、次第に真犯人に接近していくかなりマトモなパズラー。なんで殺人が起きたのかのホワイダニットの謎ももうひとつの興味となり、物語後半にはある重要なアイテムもストーリー上の意外な大道具として浮上してくる。
 それでこれはなかなかのものか…と思いきや、最後の解決部分がいささか大味でずっこけた。真犯人の錯誤を示す伏線と言うか手掛かりも一応は与えられているのだが、これはちょっと当時のモスクワに実際にいた人でないとわからないのではないの…という種類のもの。

 とはいえ話の転がし方のなめらかさと、緊張感と異国情緒を伴った筋立ての密度感(もしかするとこれは相応に抄訳したことも影響しているのかもしれないが)はさすがガーヴという感じ。ある種のツイストを設けた最後の場面まで、読み物としてはそれなり以上に楽しめる。佳作。

 なお本書での作者名は、表紙周りも奥付もすべて「A・ガーヴ」表記。あとがき(訳者あとがき)では「アンドリュー・ガーヴ」と記述されている。

No.87 7点 カードの館- スタンリイ・エリン 2016/10/21 05:27
(ネタバレなし)
 先にイタリアで2年間過ごし、パリでは6年目の生活を送る「わたし」ことアメリカ人のレノ・ディヴィス。彼は少し前までプロの拳闘家だったが、マネージャーかつ兄貴分の親友「本屋のルイ」の助言~体を壊す前に引退すべき~に従ってリングを去った。以前から創作に関心のあったレノは作家として身を立てようと志しながら当座の暮らしのためディスコで用心棒まがいの仕事に励むが、ある夜、面倒な目に遭いかける美貌の女性アン・ド・ヴィルモンの窮地を救う。そんなレノに、アンの義兄の実業家クロード・ド・ゴンドが接触。クロードは、アンが自分を凛々しく冷静な態度で救ったレノを気に入った、そこでアンの9歳の息子で自宅にひきこもるポールの家庭教師になってもらいたいと願う。クロードは高額の報酬を提示し、さらにレノがもの書き志望と知ると、パリの出版界の才腕編集者シャルル・レシュノーへの紹介まで匂わせた。こうして住み込みでポールの教育役となり、少年との心の絆を築いていくレノだが、彼はそこで初めてこの邸宅が、フランスの大戦時の英雄セバスチアン・ド・ヴィルモン将軍の実家と認める。だがパリでの高名を鳴らすこの一家には、ある大きな秘密があった…。

 1967年に書かれたエリンの第6長編。筆者はエリンの短編の諸作はもちろん長編も総じて大好きだが、本書もたっぷり楽しませてもらった。
 総ページ400以上という、当時のポケミスとしては上位の大冊。その紙幅の中を主人公レノ、アンとポールの母子、館に同居するアンの亡き夫の姉妹それぞれの夫婦、邸宅で働く使用人たち、そして別居するアンの義母マダム・セシーラ、さらにはレノ自身の周囲の友人や知人たち、雑多な登場人物が動き回るが、エリンの達者な筆遣い、さらに深町真理子の流麗な翻訳で、物語に淀みなどは生じようもない。きわめて高いリーダビリティで物語が進んでいく。

 ミステリとしては一体何が起きているのか、あるいはこの場にどんな秘密が潜むのかの<ホワットダニットの謎>でまず読者をぐいぐい引っ張り、その実態が中盤~後半に露呈してからはサスペンスフルな冒険小説風の展開に移行する。
 同時に舞台もパリを離れ、ヴェニス、ローマへと変遷。そんな後半の筋立ての中でさらにある大きな意外性を語るプロットも、サービス精神豊かでよい。
(ちなみに「カードの館」とは、作中で老婦人マダム・セシーラやほかの人物が愛好する占い用のタローカードになぞらえてレノが呼称した、物語の舞台となる、虚飾にまみれた大邸宅のこと。)

 なお深町真理子の訳者あとがき(単に「あとがき」と標記してあるから、最初これは原書にあったエリンの述懐の翻訳かと思った。その意味でこの記事の標記はあまりよろしくない)によると、当時のアンソニー・バウチャーは母国での書評で、この作品はプロットに比べて冗長だという主旨であまり良い評価を与えなかったようだ。深町も半ばその意見に同意している。

 しかしその辺は筆者の感慨とまったく異なり、この作品、この長さに十分に見合う面白さと読み応え! だと思う。その理由は

1:主人公レノの視点が冷徹で、なかなか周囲の人物に全幅の信頼を置かない、そのため長めの物語であっても、常に一定の緊張感があること
2:小説の章が、話の流れによって短いものは短めに、長いときは長めにフレキシブルであり、その配慮または工夫が読み手に長さの負担を感じさせないこと
3:始終、筋立てに何らかの動きや驚きがあり、長い物語にあっても読み手をまったく退屈させないこと
 …などなどで、特に3は(この作品の初出がどのような形態で世に出たかはしらないが)人気の高い、よく出来た日本の新聞連載小説みたいな感じさえある。
 いや最後がやや駆け足なのはいかにもエリンの長編っぽくて、そこはご愛嬌だし(笑)。

 ちなみに、バウチャーの言うようにもし実際の半分の枚数でこの物語が書かれていたら、331~338ページあたりのイヤラしい描写も無かったろうな。それは絶対に許せない(笑)。その意味では、ドキドキ心の溌剌な中学生の頃に初読してきたかった気もする一冊だった。エリンは細部でエッチな描写が出てくるからスキだ(笑)。
 未紹介の長編も、片っ端からどんどん邦訳してほしい。

 あと、くだんの深町真理子さんの「あとがき」は物語のサプライズを削ぐ大きなネタバレまでしているので、本編より先に読まないように注意。この人、名翻訳家なのは間違いないが、こんなポカをするのかと今回はいささか意外でもあった(その手の不適切な箇所をチェックしていない、当時の早川の編集部も悪いのだが)。

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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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