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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
引き潮
ロバート・ルイス・スティーヴンソン&ロイド・オズボーン 出版月: 2017年08月 平均: 6.00点 書評数: 2件

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国書刊行会
2017年08月

No.2 6点 2021/04/30 14:19
 南太平洋タヒチの浜辺にたむろする尾羽打ち枯らし食いつめた男たち。オックスフォードに学びながらもずるずると身を持ち崩したロバート・ヘリック、怠惰から商船を沈め六人を死なせたニューイングランド出身の元船長ジョン・デイヴィス、コックニー育ちの町の鼻つまみ者ヒュイッシュ――不運という絆で結ばれた三人は、天然痘の発生でにっちもさっちも行かなくなった帆船を、遙かシドニーまで届ける契約に飛びつく。ただしどん底からの脱出を願う彼らの真の目的は、船を盗んで南米ペルーまで逃亡し、積荷のシャンパンを売り捌くことだった。
 だが不測の事態に続く嵐との遭遇で、早くも計画には暗雲が立ち籠める。さらに肝心の積荷には、彼らの知らぬ秘密が隠されていた・・・・・・。『宝島』の文豪スティーヴンソンが南太平洋の雄大な自然を背景に描く、冒険者たちの苦難と葛藤の物語。数々の文学者に愛された知られざる逸品、本邦初訳。
 『誘拐されて』の続編『海を渡る恋』に引き続き発表された、著者十番目の長編小説。1894年刊。妻ファニーの連れ子ロイド・オズボーンとの共著としては『難破船』に次ぐ三作目にあたるが、着手はそれよりも早い1889年。肺病治療を兼ねてポリネシアを旅する多事多端な時期の作品であるが、その合間を縫って知人に宛てた手紙には、執筆時の難儀が切々と綴られている(特にクライマックスの第十一章部分)。それによるとロイドが担当したのは冒頭の数章だけで後はほぼスティーヴンソンの筆であるらしく、いずれにせよかなりの難産だったようだ。『難破船』と共に長編三連作〈南洋物語〉を成す構想だったが、第三作 "The Beach Combers" は結局書かれなかった。
 「これほど醜悪で皮肉な作品はまずないだろう」「悪名高い作品に若い彼(ロイド)を巻きこむのは忍びない」「いまだかつてない残忍でいまわしい話だ」という著者の言葉通り、生死が入り混じった結末ではあるが見かけほど単純ではない。『引き潮』のタイトル通り、登場人物たちは生命の危機にあたって海底が現れるように魂の実相を剥き出しにし、己の限界を見据える事になる。第二部で現れる無慈悲な伝道者アトウォーターは、揺れ動く彼らとは真逆の強固な信仰心に支えられた人物で、成功を体現する彼の前に三人はただ屈服するしかない。その形はそれぞれ異なろうとも。
 本書は実質RLS最後の完成作品であるが(残る二作『ハーミストンのウェア』『虜囚の恋』は未完)、この年病没する彼がどのような心境に至ったのかは知るべくもない。未読の諸作から著者の変遷に迫るのは今後の課題。それだけミステリ史上でも重要な作家である。

No.1 6点 人並由真 2017/10/02 18:30
(ネタバレなし)
 19世紀の南太平洋タヒチ。その一角では、かつてオクスフォードに在学しながらも社会に出てからは性格的に仕事に身が入らず、愛妻とも別れた青年ロバート・へリックが、流浪の末のその日暮らしを続けていた。そんなヘリックと、貧しい白人同士の連帯感から共同生活を送るのは、深酒が原因で自分の管理する船を失った壮年の元船長「ブラウン」ことジョン・ディビィス、そしてロンドンの下町出身の元店員で小悪党のヒュイッシュだった。やがてある日、近隣の海運会社が管理する商船に天然痘が発生。乗員がいなくなった会社は急遽ディビスを雇用し、さらにその仲間2人をも雇い入れた。不遇な人生を逆転するチャンス到来と見たディビスは、この機を利用した洋上でのシージャックを構想。ヘリックたちを引き込み、積み荷もろとも船を手に入れて金持ちになる算段を始めるが…。

 スティーブンソン(本作の邦訳書ではスティーブンスン標記)が継子のロイド・オズボーンとともに1894年に著した長編海洋冒険小説。解説によると実際の執筆はロイドがほとんど行ったようである。
 設定だけ見るとよくもわるくも古色の漂う王道海洋ロマン(&ピカレスク)という印象もあるのだが、これでもかの『月長石』よりおよそ四半世紀のちの刊行で、比較的近代に近い作品である。

 主人公トリオは大雑把に言って、ヘリック=(まあ)善人、ディビィス=悪人でも善人でもない、ヒュイッシュ=人間臭い面もあるが、基本的に悪人、というキャラクターシフトで配置されている。
(具体的にはビンボーだからといって悪い事していいのか、と葛藤するヘリックに対し、ビンボーだから多少のダーティ行為は仕方がない、と考えるディビィス、さらにビンボー人が悪い事して金を稼いで何が悪い、とうそぶくヒュイッシュだ。)
 だがやがて、そんな彼らの関係性が、洋上のクライシスの連続のなかで、逐次、微妙にバランスを変えていくところが本作の読み所でもある。

 作品の狙いとしては、おもてむき読み手に向けて人間として曲げてはならない道徳意識をつねに啓蒙しながらも、実はところどころで<ちょっとくらい生きるためには道を踏み外してもしかたないよね>と甘く囁く背徳的な部分も感じられ、ああ、これは当時の読者にひそかにウケたであろう、という趣がある。そういった辺りに21世紀の現代にも通じる普遍的な感覚を見出せて、その辺はなかなか楽しい。

 物語的にはラストがややあっけなく(ただしクライマックスの奇妙な緊迫感はなかなか)、全体的にはもっともっと長くても良かった気もするが、その辺の楽しさは、ほかのスティーブンソン(&ロイド)作品で満喫すればいいのであろう。
 ちなみにドイルもチェスタートンもボルヘスも本書を愛読(または評価)してたそうだ。


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ロバート・ルイス・スティーヴンソン&ロイド・オズボーン
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