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パメルさん
平均点: 6.14点 書評数: 572件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.472 6点 プロジェクト・インソムニア- 結城真一郎 2023/01/16 08:24
もしも同じ夢を他人と共有できたのならば。そんな「もし」が実現する異世界を舞台に、緻密に築き上げたフーダニットと独創的なホワイダニットで魅せられる。
主人公の蝶野恭平は、突発的に睡魔に襲われ眠ってしまうナルコレプシーと呼ばれる疾患を持っている青年。蝶野は、夢に関する研究開発を行うソムニウム社に勤める友人の蜂谷から、「プロジェクト・インソムニア」という実験に参加してほしいと頼まれる。実験とは、夢の中で複数の人々と共同生活を送り、起床時に夢で起こったことを報告するというもの。被験者の頭部にチップを埋め込み、同期した脳波データを演算し信号を送ることで、夢の世界を共有できるというのだ。
人々を幸せにするはずの夢の空間で事件が起こり、次々と追い詰められていく参加者たち。その謎を解くためには「プロジェクト・インソムニア」に仕組まれた様々なルールを知り、ひとつひとつパズルのピースを当てはめるように整理しなくてはならない。中にはルールを知ることで、却って謎が深まるといった展開もある。夢の中での推理は、そう一筋縄ではいかないものになっているのだ。
本書の最大の読みどころは、フーダニットとホワイダニットの二段構えの謎が解き明かされる解決編でしょう。まず、はたと膝を打つのは犯人を特定に至るまでの流麗なロジック。(ユメトピア)内に設定されたルールは先ほども記した通り非常に細かく、かつ複雑なため真相に到達するまでの道のりは一見すると困難に思われる。しかし事件解決への突破口は、散りばめられた手掛かりの量に比して、実にシンプルなものなのだ。こんがらがった糸が容易くほどけるような、明快な謎解き場面が美点の一つである。
更に驚嘆するのは、フーダニットを超えた先にあるホワイダニットの解明。ここで明かされる動機を読めば、まずは誰もが「狂っている」という感想を抱くだろう。しかし、小説内における設定を前提に考えれば、実に理路整然とした、しかも切実な思いに裏打ちされた動機であることが分かるはず。まさに「夢を他人と共有できる」という特殊設定があるからこそ描ける、前代未聞のホワイダニットがこの作品の核をなすと言っていいでしょう。

No.471 7点 名探偵のはらわた- 白井智之 2023/01/12 08:12
大ヒットした映画「死霊のはらわた」にオマージュを捧げた作品で、一つの謎にいくつもの推理が提示される多重解決型のミステリ。
召儺の儀式を行った結果、我が国の犯罪史にその名を刻んだ昭和の有名殺人鬼、七人が現代に甦り悪逆非道の限りを尽くす。その被害や日本全体に広がる。(題材に選ばれた現実の事件とは固有名詞やディテールが少しだけ改変されている)かくして前代未聞の殺人鬼狩りがスタートする。
主人公は、名探偵・浦野灸に心酔し浦野探偵事務所で助手として働く二十一歳の青年・原田亘(通称はらわた)。三年前から付き合っているみよ子は、東大文学部の四年生でヤクザの娘。その彼女の生まれ故郷である岡山県津ケ山市で、六人の死者が出る放火殺人事件が発生する。被害者たちは、炎上する寺からなぜ逃げなかったのか。警察から協力要請を受けた名探偵・浦野は、助手のはらわたをともなって現地へ向かう。
昭和の七つの事件の中でも、本書の中心になるのは津山(津ケ山)事件。冒頭には、現実の津山事件の犯人・都井睦雄が犯行直後に書き残した文章の一部「思うようにはゆかなかった」が引用され、作中でも事件の経緯が詳細に検討される。」つまりこれは、数々の小説が題材にしてきたこの大量殺人事件にまったく新たな角度からアプローチする事件ミステリでもある。
現代に甦る殺人鬼は、地獄で閻王にスカウトされ、亡者に責め苦を与える仕事をさせられている人鬼たち。甦るといっても肉体ごと復活するのではなく、生きた人間に憑依するので、外見からでは誰が人鬼なのかわからない。しかも、人鬼は体液の接触を通じて別の人間に乗り移ることも可能だという。この状況下で、名探偵と助手は首尾よく七人を見つけ出せるのか。人鬼特定のために駆使される華麗なロジックが読みどころ。

No.470 9点 孤島の来訪者- 方丈貴恵 2023/01/08 09:27
四十五年ぶりに予兆が現れ、いわく付きの孤島に人ならざるものが現れるといった、伝奇ホラーの側面を持った本格ミステリ。この物語の犯人は人間ではなく、人間の皮を奪ってその人間に化けることの出来る謎の生物。孤島にいる登場人物達のの中で、果たして誰がこの生物に成り代わっているのかという、ユニークなフーダニットミステリである。
前作で惨劇の渦中に置かれた竜泉一族の血を引く佑樹が主人公となる。佑樹は、かつて大量殺人が起こった無人島「幽世島」で行われるオカルト系テレビ番組の制作ロケにADとして参加するのだが、彼にはある思惑があった。幼馴染の命を奪った三人の人物に島内で復讐することである。ところが撮影が開始されて間もなく、佑樹が狙っていた一人が死体で発見される。かつて島民の大半の死因となったのと同じ鋭い凶器を使った刺殺によるものだった。佑樹は自らの計画を遂行するために犯人捜しをする羽目になるが、状況が導く推定される犯人像差は、意外極まりない。
まるでパニックホラーのような物語が展開されることで、彼らの謎解きには一筋縄ではいかない緊張感がある。特殊ミステリというと、あるひとつの特殊なルールが解明に至るロジックの核になることが多いが、本書のすごみは複数のルールによって謎が形成される点にある。それらを余すことなく組み合わされた末に生み出される解明場面には圧巻の一言。成り代わった犯人を追う面白さのほかに、自分たちの常識では計れない謎の生物がどんなものなのかを推理するという、一風変わった生態解明ミステリを楽しむことが出来る。孤島にまつわる伝承などを元に、謎の生物に形を与えていく様が面白い。

No.469 6点 間宵の母- 歌野晶午 2022/12/28 08:01
間宵紗江子の養父である夢之丞は、端正なルックスとやわらかな物腰、さらにお菓子作りやクレーンゲームが得意で、子供たちだけでなく母親や教師たちにも大人気。また、紗江子のクラスメイトを前に彼が披露する物語は現実のものとなり少女たちを楽しませる魔法使いだ。しかし彼は、紗江子の親友である詩穂の母親と時期を同じくして失踪してしまう。それを機に紗江子の母は精神の均衡を失ったような行動を繰り返し、詩穂の父は我が子を虐待するようになる。ここまでが四部構成の第一部に当たる部分。紗江子と詩穂は成長し、それぞれの人生を歩んでいくが、幼き頃の事件が常に影を落とすのである。
不倫、駆け落ちの定型を激しく歪める要素が散りばめられているのが大きな特徴で、話の序盤で読み手の気を引く養父の操る魔法はその最たるもので、その後も得体の知れない現象の数々が物語を怪しく彩っていく。ホラー展開で幻想めいた事象のなかに巧妙に伏線が埋め込まれた本格ミステリとしての謎解きの魅力もあるが、解明の先に見える世界は決して明るくない。一筋縄ではいかない、作者独特の後味の悪い世界観が強烈に刻印された、狂気が渦巻く物語を堪能できる。イヤミスが苦手な人にはお薦めできないが。

No.468 5点 罪人の選択- 貴志祐介 2022/12/23 08:24
哲学的なものから、架空の生物の脅威を綴ったものまで、執筆時期も内容も多様な4編からなる中短編集。各作は独立しているが、十八年を隔てた二人の男の命懸けの選択を描く表題作をはじめ、いずれも「時間」が重要なテーマ。
「夜の記憶」は、本格デビュー前の一九八七年、初めて雑誌に掲載されたSF。異形の生命体とバカンスを過ごす夫妻の物語が交互に語られ、やがて意外な形で結びつく。文章は粗削りで読み難いが、人間の定義や意識のありようを問う主題、謎と不穏が漂う展開など考え方は驚くほど今と変わっていない。
新型コロナウイルスの感染が広がっている現在を想起させる作品もある。二〇一五年~十七年に発表した「赤い雨」。生態系を支配し、死に至る病を引き起こす藻類・チミドロの繁殖した世界を描く。汚染された赤い雨が降る中で、女性研究者の橘瑞樹が治療法を探す。人類が、ここで描かれたような危機に対処しようとする時「一つの悪が、想像力の欠如」とみる。現実社会のコロナ禍でも、他者への配慮に欠けた言動や差別が、いつも以上に浮かび上がっている。
作中でチミドロの戦いは数千年続くと予想されるが、瑞樹はあくまで未来を見据える。自然は人間に忖度しない。だから人は思いを繋いで、長い時間を戦い抜くしかない。

No.467 5点 長い腕- 川崎草志 2022/12/19 08:00
世間では奇妙な事件が頻発していた。退職を控えたゲーム会社の社員・島汐路も同僚の女性二人がビルから転落死したのを見た。不審に思った島が二人の周辺を調べたところ、彼女たちが「ケイジロウ」というキャラクター人形を偏愛していたことが判明。彼女の故郷である四国の田舎町・早瀬で起こった女子中学生の猟銃射殺事件にも「ケイジロウ」が関係していたことに気づいた島は、さっそく早瀬へ帰って事件の再調査を始めるのだが。
作者はゲーム会社に勤務していたことがある経験を活かし、ゲーム会社の内部事情を描いた第一部から、横溝正史作品を思わせる閉鎖的な村を舞台にしたおどろおどろしい第二部へと物語を展開させ、さらに二つの事件を共通のテーマで繋いでみせた意欲作。
前半と後半をガラリと雰囲気を変えながらも、両者も「物質的な歪みと精神的な歪み」というモチーフによって連結させた趣向は興味深く読め、ネットの持つ影響力に改めて考えさせられる。クライマックスには、怪奇小説の要素も盛り込まれており、新しいタイプの恐怖を描いたホラーとしても楽しめる。プロットを成立させるために、ややご都合主義的に異能者が現れる感はあるが。

No.466 6点 絶声- 下村敦史 2022/12/15 08:47
舞台は「昭和の大物相場師」と呼ばれた大富豪、堂島太平の屋敷。大立者の死によって骨肉の相続争いが巻き起こる、というのはミステリではすっかりお馴染みの筋立てだが、そこに「失踪宣言」という法制度を取り入れたのが本書の新しさであり、最大のセールスポイントにもなっている。
生死不明のまま七年以上が経過し、裁判所によって失踪が宣告されると、法的には死亡と同じ扱いになる。しかしブログの更新がそれに歯止めをかけた。サスペンスとは本来「吊す」という意味だが、生きているか死んでいるか分からない太平の存在は、文字通り遺産相続を宙吊りにして、緊張感のあるドラマを生み出してゆく。
十年前、太平の後妻だった母親と共に屋敷を追い出されて辛酸をなめた正好、事業で多額の損失を出した貴彦と美智香。それぞれに事情を抱えた三人の親不孝者が演じる、狐と狸の化かし合い。欲をむき出しにしたその姿から、なぜだか目が離せない。そんな中でもブログは定期的に更新されてゆく。その記述から浮かんでくる「A子」という謎の女性の存在。果たしてその正体は。
異様なムードに満ちたプロローグから、正好が堂島家に一矢報いようと計略をめぐらせる中盤、ブログに込められた真意が明らかになるクライマックスまで、興味を一瞬もそらさない構成が見事。悪くない読後感も含め、よくできた舞台劇を鑑賞しているような、良質のエンターテインメントである。

No.465 6点 崩れる 結婚にまつわる八つの風景- 貫井徳郎 2022/12/11 08:22
家族崩壊、ストーカー、DV、公園デビューなど、現代の社会問題を「結婚」というテーマで描き出す、狂気と企みに満ちた8編からなる短編集。
「崩れる」仕事をしない夫と身勝手な息子に追い詰められていく主婦の心理を活写している。最後の一言に後味の悪さを感じるとともに、カタルシスも感じることが出来る。
「怯える」貫井版「危険な情事」。だが、それだけでは終わらない暗鬼の点描、嬉しい不意打ち。男性が抱く恐怖心をうまいこと表現している。
「憑かれる」思いがけない旧友たちの結婚と招待。甘酸っぱい悔恨に、恐怖は冷たく忍び寄る。笑いと恐怖を交互に繰り出した奇妙な味わい物語。
「追われる」自立した女の仕事は、冴えない男をストーカーに仕立て上げる。描写の技巧は光るが、話の展開はありきたり。
「壊れる」偶然の事故が不倫の二重奏を狂わせる。スピーディーな展開や頭脳戦。短編として完成度が高い。
「誘われる」公園デビューを主題に、若い母親にありがちな悩みや心理を的確に暴いていく。孤独な母娘はたちは、お互いに癒し、そして傷つけ合う。叙述の妙が光るサスペンス。
「腐れる」悪臭ネタの世にも奇妙な物語風。得体の知れない物への恐怖を煽り立てた内容で、ホラーテイストが強め。
「見られる」見えないストーカーの恐怖を描いている。トリックは読みやすいが、もう一段の仕掛けが巧い。

No.464 6点 九度目の十八歳を迎えた君と- 浅倉秋成 2022/12/07 07:32
印刷会社に勤める間瀬はある九月の朝、通勤途中のプラットホームで高校時代の同級生・二和美咲の姿を目撃する。だが、どういうわけか彼女は十八歳のままの姿だった。確認したところ、彼女は間瀬が卒業してからも毎年、高校三年生として学校に通い続けているらしい。なぜ、彼女だけが停まった時間の中に取り残されているのか。間瀬は自分が高校三年生だった時期に何らかの原因があると考え、当時を知る同級生や先輩や教師のもとを訪れ、真実を知ろうとする。
二和ひとりだけが十八歳から成長しないことが、本書の謎ではあるが、二和の状態をおかしい感じているのは間瀬だけで、他の人々はそれを少しも奇妙だと思っていない。どうやら、二和に直接出会うと彼女の年齢の状態に疑問を抱かなくなるらしい。ならば、間瀬だけが二和を見かけても彼女の状態に違和感を抱いてしまったのはなぜなのかというのがメインの謎となる。間瀬が高校時代に彼女に片思いしていたことが、その謎に関係しているのだろうか。
本書では、人が死ぬわけではないし展開もどちらかといえば淡々とした雰囲気が漂う。しかし、クライマックスで当事者から明かされる心情は心に鋭く刺さる。すべてが明らかになった後の物語の意外の着地点は、怒涛のような伏線回収に感嘆させられる。大人になることで失われるものと得られるものは何かという青春小説の王道テーマを踏まえつつ、ミステリファンの琴線に触れる工夫が凝らされている。

No.463 6点 黒鳥の湖- 宇佐美まこと 2022/12/03 07:48
財前彰太は、かつて興信所の調査員をしていた頃、依頼人からある事件の情報を聞き、それを利用して人知れず罪を犯したという過去があった。ところが十八年の時を隔てて同じ手口の犯罪が発生し、それをきっかけに彰太の日常は崩壊してゆく。
「白鳥の湖」に即して書くならば、誰が黒鳥なのか。背後で操る悪魔は誰なのか、つまり誰が隠し事をして嘘をついているのかが、物語の焦点になる。笑顔で善意を見せていても、本心はどうなのか。怪しい人物はあれこれ登場する。財前を取り巻く登場人物はかなり多く、それぞれが思惑を抱えているので、話の進行も錯綜を極める。娘が非行に走るなど、幸せだった家庭が見る見るうちに瓦解する中、財前は過去と現在の事件の真相を知ることで、十八年前に犯した自分の罪と向き合い、ひそかに抱えていたものが明らかになる。登場人物の裏の顔が暴かれる過程など、目の前のすべてが変わって見える時が訪れ、足元が崩れる展開に襲われる。真犯人の衝撃的な正体は、作者の本領発揮といえる。

No.462 7点 ベーシックインカム- 井上真偽 2022/11/28 08:53
現在進行形の先端技術が日常生活にまで浸透した近未来を描いた5編からなる短編集。
テーマはAI、遺伝子工学、VR、身体増強、ベーシックインカムなど、どれも近未来に実現可能とされる、あるいは実用化しつつあるテクノロジーに美しい謎を織り込んで描いている。テーマからして専門用語が飛び交う小難しい物語と思ったがそのようなことない。「存在しないゼロ」では、刑事の父親が娘に話して聞かせる体で、豪雪地帯の一軒家で起きた事件の顛末が語られていく。大雪の中に取り残された三人家族が一ヶ月後に発見されるが、父親は右腕を切断、失血死していた。トラクターのロータリーに巻き込まれたというが、現場には失血死するほどの血痕はなかった。そこから話は二転三転するものの、SFらしさは出てこない。だが真相が明かされる段になってSFネタが飛び出す。切れ味鋭いその決め技には仰天の一言。
妻が失踪した理由を探るため夫が繰り返しVR怪談を見て気づく「もう一度、君と」、視覚障碍者の娘に人工視覚手術を受けさせようとする父の秘密「目に見えない愛情」、全国民に最低限の生活が出来る金を支給する政策を唱える教授が預金通帳を盗まれる表題作と、いずれもSFミステリならではの趣向に凝らされ、先端技術を道具立てにしている。だが、あくまで日常譚をベースに構築されているので馴染みやすいし面白く読める。

No.461 6点 ワトソン力- 大山誠一郎 2022/11/23 07:29
和戸宋志は、捜査一課第二強行犯捜査第三係に所属しながら、同僚の推理に力を貸し、いまや第三係は検挙率十割に達するまでになった。
自らは推理しない主人公と突如として推理を開陳する関係者たちというおかしな様相は、いわゆるシットコムの面白さに満ちている。もちろん表層的な楽しさだけで終わるはずもなく、その場にいる全員が我先にと喋りだす推理は、結果的に多重解決の趣向に繋がる。ダイイングメッセージ、暗闇の中での殺人、毒殺ものから足跡のない雪密室などの真相解明場面では、多彩なトリックメーカーの才を存分に見せつける。探偵役がなぜ推理力に優れているのかという背景を描く必要がないため、現場に容疑者が揃い簡単なプロフィールがされた途端に事件が起き、間髪入れず推理が始まるという無駄のない構成。
白眉は「探偵台本」。解決場面のない脚本をもとにした出演者たちによる犯人当ては、誰もが花形である犯人になりたいので自分を犯人にしようと推理するさまが、逆説的な愉悦を生み出していく。
トリックや構図の反転、遊び心を十全に発揮した技巧に、連作の枠として機能するフーダニットなど魅力にあふれている作品集。

No.460 7点 ノースライト- 横山秀夫 2022/11/19 07:42
一級建築士の青瀬稔は、所沢の建築事務所に籍を置き、日々の仕事をこなしていた。そんな彼が情熱を傾けた家がY邸。クライアントのY(吉野)からの依頼は、「あなた自身が住みたい家を建ててください」。青瀬の回答は、北からの光が入る「北向きの家」を建てることだった。なぜその家が彼にとって「住みたい家」なのか。それもまた物語を通じて解き明かされる謎の一つだが、最大の謎は四ケ月前に吉野夫婦に引き渡したY邸に、誰も住んでいないという現実だ。
かくして物語は、Y邸一家の捜索譚が軸になるかと思いきや、作者はその合間に、父がダム建設に携わり全国各地を転々とした青瀬の生い立ちや、彼の建築家としての仕事ぶり、少数精鋭の岡嶋設計事務所の内情なども描きこんでいき、仕事小説や家族小説としての厚みも増していく。姿を消した吉野の家族、青瀬と別れた妻とその妻のもとにいる娘、青瀬の雇い主とその妻と息子、さらに青瀬と彼の両親、そうした人々の関係が、無人のY邸を糸口に見直されていく。
失踪した依頼人の行方を探る旅は、ナチスの迫害から逃れるために日本に滞在し、日本の建築士に影響を与えたブルーノ・タウトの足跡をたどる旅と重なっていく。その過程で、青瀬は建築への情熱を新たにする。
ありがちな捜索譚に止まらず、青瀬たちの苦闘とタウトの足跡とをシンクロさせた芸術と人生の因縁劇にもなっていて、静かながらも力強い物語に仕上がっている。

No.459 7点 爆弾- 呉勝浩 2022/11/14 07:31
個々の登場人物及び集団としての人々を様々に重ね合わせた多視点サスペンス。
酔って暴れた男が野方警察署に連行された。その中年男、自称スズキタゴサクが取り調べの中で秋葉原で何かが起こると告げ、同じ頃に秋葉原の空きビルで爆弾が爆発する。男はさらに複数の続きがあると語る。次は一時間後とのこと。爆弾の在りかを特定すべく、警察は男が提案した「九つの尻尾」というクイズゲームに挑むことになる。ここから犯人と警察の知恵比べの構図が浮かび上がり、警察側もそれに対抗できる能力を有する探偵役が登場する。
取調室の中で迫り来るタイムリミットのもとでの、九問のクイズを通じた心理戦が実にスリリング。それと並行して語られる都内各所での警察の捜査活動も緊迫感に満ちていて読み応えがある。さらに爆発を通じてあぶり出される人々の心理、人の価値の判断や人の命の取捨選択は、自分自身の心理として響く。
そのうえで、終盤で突き止められる事件の構図に震撼する。そこまでに語られてきた情報から必然として導かれながらも意外な構図で、衝撃に打ちのめされる。波乱に満ちたサスペンスを愉しみながら、常に自らの内にあるものと向き合うことになる。

No.458 6点 チェインドッグ- 櫛木理宇 2022/11/10 08:11
かつて優等生だった雅也は、今はさえない法学部の学生として鬱屈した孤独な日々を送っている。そんな彼に一通の手紙が届く。差出人は榛村大和。二十四件の殺人容疑がかけられている男だ。警察が立件できたのは二十四件のうち九件のみ。大和は九件のうち八件の容疑を認めたが、九件目の事件だけは冤罪だと主張している。大和が雅也に依頼したのは、その九件目の事件を再調査し、無実を証明することだった。
実際にモデルにしているのは、海外のシリアルキラーだと思うが、この題材は近年多く扱われているので物語としては意外性はない。そこに語り手である雅也の生い立ちと劣等意識に苛まれる人となりが合わさることで、雅也の家族や謎の男が絡むことでミステリとして楽しめる。
依頼を引き受けた雅也は、大和の過去を知る人々を訪ね話を聞き、拘置所の大和との面会を重ねるうちに雅也は大和に魅了されていく。選んでいい。選ぶ権利がある。作中、そのような意味の言葉が印象的に繰り返される。自分は選ぶ側の人間であるという自覚、あるいは自分が選ばれた人間であるという自覚、またはそうありたいという願望。多くの人が似たものを抱えているのではないだろうか。
雅也は事件の真相にたどり着けるのか。大和の実像をつかめるのか。それを知るために読み進めると、物語の最後に気づかされることになる。心の闇を暴かれるのは自分自身ということを。

No.457 6点 偽りの春 神倉駅前交番狩野雷太の推理- 降田天 2022/11/06 07:30
神倉駅交番に勤務する狩野雷太。彼はかつて「落としの狩野」と呼ばれていた元刑事だった。誘拐、詐欺、泥棒など様々な悪事に手を染めた5人が狩野と対峙する倒叙ミステリ連作短編集。
「鎖された赤」語り手の「僕」は少女を誘拐して神倉市のある場所に監禁していた。幼い頃、赤い着物の少女を大事に世話する男のイメージに憑かれた「僕」は、認知症で施設に入れられた祖父の留守宅の管理を頼まれる。そこで古い土蔵を発見したことから、長年抱えてきた欲望を実現させた。しかし土蔵の鍵を紛失、駅前の交番に届けざるを得なくなる。そこで会ったのは、軽薄な印象の警官・狩野。「僕」の異常心理が丹念に描かれており、それだけでも読み応えがあるが、狩野が実は鋭い観察眼と推理能力を併せ持つ切れ者であることが分かってくるあたりもスリリング。とにかく矢継ぎ早に質問を重ねていくのだ。だが本編のキモは、その後の思いもよらない展開にある。
「偽りの春」語り手は高齢者相手の詐欺グループを率いる水野光代。仲間が収益を持ち逃げし、さらに自分たちの犯行を知る者から1000万円を要求する脅迫状が届いたことからピンチに陥る。彼女は最後の大勝負に出るが。巧緻な罠が仕掛けられている。
「名前のない薔薇」年の離れた泥棒と看護師の恋愛譚から始まる。関係を断ろうとする泥棒に看護師は、ある家から薔薇を一輪盗んでほしいという。それが二人の人生を変えていくことに。
「見知らぬ親友」と「サロメの遺言」は連作仕立てで、美大の女学生同士の複雑な友情がもたらす犯罪劇と、その後日談ともいうべき、芸術家の業をとらえた悲劇の顛末が描かれるが、この二編で注目すべきは、「落としの狩野」と言われた男の過去が明かされることでしょう。 
どんな決着の仕方でも、切ない気持ちになる。読後にしみじみと物悲しくなる作品が多い連作集。

No.456 7点 入れ子細工の夜- 阿津川辰海 2022/11/02 08:27
コロナ禍を背景に、いずれも趣向を活かした四編からなる短編集。
「危険な賭け~私立探偵・若槻晴海~」殺されたフリー記者の持ち物を探偵の「おれ」が捜し歩く。被害者は立ち寄ったバーでカバンを取り違えたらしい。取り違えたカバンには購入した古本が詰まっていたことから、最寄りの古書店に聞き込みに回る。ハードボイルドのオマージュに、意外な真相が待ち受けている捜索の行方もさることながら、何より古書ミステリ趣向が味わい深い。
「二〇二一年度入試という題の推理小説」ある大学が入試に推理小説の謎解きを採用したことから起きる騒動劇で、問題の犯人当てミステリや様々な関係文書から再構成されている。手記とSNSのみで構成された見事な作話とブラックユーモアが冴えている。
「入れ子細工の夜」アンソニー・シェーファーの舞台劇を映画化した「探偵スルース」にオマージュを捧げた一編で、秘密の暴露合戦の果てに明かされるのは。舞台風の密室劇と知能戦で、凝りに凝ったつくりで読ませる。
「六人の激高するマスクマン」六つの大学のプロレスサークルの代表者会議が、久々に執り行われるが、やがてスター格のマスクマンが殺されたという知らせが入る。設定はマニアックでドタバタ劇だが、謎解きはロジカル。

No.455 9点 方舟- 夕木春央 2022/10/29 07:46
越野柊一は、従兄の篠田翔太郎と大学時代に所属していた登山サークルの仲間と一緒に、スマホの電波も届かない山奥にある地下建築へ探検しに行く。地下三階まである貨物船を想起させる建築物は、館内図によると「方舟」と称するらしい。「一番嫌いな死に方って何?」などという会話をしているところ、きのこ狩りに来て道に迷った三人連れの親子がやってくる。そして総勢10名で夜明けを待つことに。すると地震が発生し、鉄扉は大岩で塞がれてしまい、閉じ込められてしまった。さらに徐々に水が流れ込み、水没の危機が迫るなか、仲間の一人が他殺体で発見される。
トロッコ問題(多数の命を救うために、一人の命を犠牲にすることは正しいか)を含めたデスゲーム的趣向もあるクローズド・サークルもの。これは前例がないのではないか?殺人犯を捕まえたい一方で、居残る人を決めなければならないというジレンマに陥るタイムリミットサスペンスをはらんだスリラーで緊張感に満ちている。
フーダニットとしての推理展開は精巧で、ある物証を使った推理の積み重ねで、アクロバティックな論理を堪能できる。このような極限状況下で、なぜ殺人を犯さなければならなかったのかという不可解なホワイダニットは、犯人の頭の良さと狂気に戦慄させられる。そしてラストのどんでん返しに凍りつくとともに唖然とさせられる。本格ミステリとしてもサスペンスとしても一級品の作品である。

No.454 5点 卍の殺人- 今邑彩 2022/10/24 07:42
ネタバレあります



東京創元社が「鮎川哲也と十三の謎」を刊行する際、十三番目の椅子として公募したところ、この作品が選ばれた。なおこの公募は、翌年から「鮎川哲也賞」としてシステム化されている。
萩原亮子は、婚約者の安東匠に連れられて、彼の実家を訪れた。卍型をした屋敷には、双子の娘たちの家族である安東家と布施家の二家族が住んでいた。そして連続殺人事件が発生する。
複雑な家系図や屋敷の見取り図に魅了されるし、密室トリック・暗号トリックと本格ミステリとしてのガジェットは詰め込んであるし、雰囲気もお気に入り。
だが、共犯であればこそ成立するアリバイトリックを、共犯者ではあり得ないと誤認させるといったプロットは使い古されており、新鮮味は感じない。犬猿の仲と思わせての実は共犯という描写が、あまりにもあからさまで、なんとなく想像がついてしまったのが残念。

No.453 6点 死仮面- 折原一 2022/10/18 07:47
現実と作中作が同時並行で進む複雑な構成の物語。秋月雅代は、急死した内縁の夫の境遇が、秘密に包まれていたと知る。夫が何者かを調べ始めた雅代は、遺品の小説を読み始める。小説には、同級生が少年連続失踪事件の犯人らしき仮面の男に、拉致されたと考えた中学三年の僕が、男の暮らす洋館に乗り込んでいく物語が書かれていた。
ストーカーになった前夫に追われながら、亡き夫の過去を追う雅代のパートと、洋館に不気味なコレクションを並べた仮面の男と対決するゴシック小説を思わせる僕のパートは、いずれもサスペンスに満ちている。やがて小説の舞台を訪ねた雅代は洋館を発見。さらに僕の父が書いた小説に雅代が登場し、どちらが作中作か分からなくなる。
二つのパートがどのようにリンクするかが最後まで見えてこないだけに、迷宮の中を彷徨っているかのような不安と恐怖を味わることができる。
合理的な謎解きと物語を錯綜させる相反する要素を使い、自分は友人や家族のことを理解できているのか、自分が悪に魅了されることはないのか、などを問いかける本書は、価値観を揺さぶる意味でも優れている。

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パメルさん
ひとこと
7点以上をつけた作品は、ほとんど差はありません。再読すればガラリと順位が変わるかもしれません。
好きな作家
岡嶋二人 東野圭吾 
採点傾向
平均点: 6.14点   採点数: 572件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(30)
岡嶋二人(20)
有栖川有栖(19)
綾辻行人(18)
米澤穂信(16)
歌野晶午(15)
西澤保彦(15)
松本清張(14)
法月綸太郎(14)
横山秀夫(14)