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パメルさん |
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平均点: 6.12点 | 書評数: 692件 |
No.692 | 7点 | 木挽町のあだ討ち- 永井紗耶子 | 2025/08/19 19:12 |
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第169回直木賞と第36回山本周五郎賞のダブル受賞作。この作品は、芝居小屋で働く人々の証言を通じて、あだ討ちの真相が徐々に明らかになる構成となっている。
雪の降る夜、芝居小屋が立つ木挽町の裏通りで、菊之助は父親を殺めた下男を斬る。斬り取った首を高々と掲げ、菊之助のあだ討ちは見事に成功した。本書はそれから二年後、若侍が世に言う「木挽町の仇討」と顛末を知りたい、と木挽町へやってくるところから幕を開ける。 一幕ごとに異なる語り手たちの証言を元に、探偵役が過去に起きた殺人事件の真相に迫る。最後にきっちりとサプライズも待ち構えているのだが、実は本作の主眼は事件にまつわる証言とともに披露される、目撃者たちそれぞれの生き様にある。裏方として働く彼らはなぜ、当時「悪所」と呼ばれ蔑まれた芝居街に集まってきたのか。各章の語りの中に、仕事にまつわる普遍的なメッセージがたびたび顔を出す。 各章ごとに木戸芸者、殺陣師、衣装係、小道具師、戯作者が語り手となり彼らの人生とあだ討ちの関係を描くことで、物語に深みを与えている。語り手たちの過去が真相と絡み合い、最後に全てが繋がる展開が見事。堅苦しい時代小説のイメージを打破したミステリ的な構成と人間ドラマが融合した作品で、異色のお仕事小説でもある。 |
No.691 | 6点 | それは令和のことでした、 - 歌野晶午 | 2025/08/16 19:12 |
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令和時代の社会問題を鋭く切り取り、陰鬱な展開や心理描写に思いがけない仕掛けを秘めた、全8編(7つの短編と1つの掌編)からなる短編集。
「彼の名は」主人公の船橋太郎の母・和世は、世間の多数派に異を唱え、新しい価値観を見出そうとしている女性。息子に対しても本人の意思など構わずに胸元や袖口がフリルになったシャツやスカートで小学校に登校させる。当然のごとく太郎はいじめを受ける。早い段階で物語の前提の「何か」がおかしいと感じるが、その「何か」が言及されないまま進行するので、奇妙な読み心地に包まれる。オチは、現代の親子関係やジェンダー問題を鋭く突いている。 その他にも、良かれと思っての行為が全て裏目に出る「有情無情」、ひきこもりの姉と対立するようになった青年が主人公の「わたしが告発する!」など、現代の価値観を皮肉に扱いつつ、ブラックな余韻に突き落とす作品が多い。「彼の名は」や、母に厳格な育てられ方をした女性が自身の娘に対しても同じ行為を繰り返してしまう「死にゆく母にできること」、読後感という点では、収録作の中で異色の「彼女の煙が晴れるとき」などのように、作中の出来事の背景には歪な親子関係がある場合が多いのも本書の特色だ。 ミステリとしての秀逸さで際立つのが「君は認知障害で」。日雇い労働者の苛酷な現実と、そこに潜む犯罪の真相。暗号解読の要素もあり、満足できる仕掛けが詰まっている。「死にゆく母にできること」のホワイダニットの要素も強烈。ラスト一ページの切れ味が鋭いのが「無実が二人を分かつまで」。社会派的なテーマ性と、ミステリとしての完成度が両立している。 |
No.690 | 5点 | Pの密室- 島田荘司 | 2025/08/12 19:20 |
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御手洗潔の幼少期にあった事件簿2編が収録されている。(「鈴蘭事件」は幼稚園の頃「Pの密室」は小学校2年生の頃)
「鈴蘭事件」えり子の両親は、横浜でトリスバーを経営していたが、ある日父の音造が死体となって発見される。幼い御手洗は、運転を誤っての事故死と見る巡査に異を唱え、あることを手掛かりに独自の捜査で犯人を追い詰める。事件は解決したものの、実は法では裁けぬ恐ろしい裏の真相があり、それが彼の女性観に繋がっていることが明かされる。一見、事件と関係のなさそうなタイトル名がどう真相に結びつくかが読みどころ。 「Pの密室」高名な画家が自宅で人妻とともに惨殺死体となって発見され、死んだ人妻の夫が逮捕されるが、現場は密室状態で、しかも床に真っ赤に塗られた絵が敷き詰めてあった。この謎めいた状況の中で、御手洗少年の推理が冴え渡る。奇妙な間取りの部屋、そこにピタゴラスの定理が用いられ、数学的発想を駆使した解決が特徴的。しかし間取り図は非現実的。 どちらの事件も不可解で、御手洗少年が事件を解決する様子は超人的で痛快。その能力は、故に周囲から理解されず、女性嫌いや、権威への不信感といった後年の性格形成につながる経緯が垣間見えて興味深く読めた。2編とも物語性重視となっており、トリック自体は小品で物足りなさを感じてしまった。しかし御手洗潔のルーツを知る上では貴重な作品なので、御手洗潔シリーズファンの方は一読の価値ありでしょう。 |
No.689 | 7点 | 脳髄工場- 小林泰三 | 2025/08/08 19:22 |
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SFとホラーが交錯する作者ならではの独特の世界観が堪能できるショートショートを含めた11編が収録されている。その中から6作品の感想を。
「脳髄工場」犯罪者の矯正が目的で開発された人工頭脳で、感情を制御する社会が描かれる。自由意志とは何か、人間にとって脳とは何かという命題に科学的、論理的アプローチを試みたような対話があるが、最終的には衝撃的の真実に直面する。決定論的な世界観の不気味さと、科学管理社会への警鐘とも読める。 「友達」内向的な少年が想像した理想の自分が実体化し、主体性を奪う。分身との対立は「自己否定」という心理的ホラーへ発展し、戦慄を味わうことになる。 「綺麗な子」ロボットペットが普及する社会で、生身の子供を「手間のかかる欠陥品」と見なす母親の狂気。技術依存が倫理観を侵食する過程が不気味。 「C市」クトゥルフ神話を下敷きに、科学者が異次元生命体「C」に対抗する自己進化型生命体を開発。しかし「塩の秘術」や呪文が突然登場し、科学とオカルトの境界を瓦解させる。 「アルデバランから来た男」バックアップされた意識が本体を消すディストピア社会を風刺。探偵たちの超能力やグロテスクな描写と軽妙な会話が奇妙に調和している。 「影の国」ビデオテープに記録された「影の王」の存在が、観測されること自体が現実を歪める恐怖を喚起。技術革新や社会制度の裏側に潜む倫理的闇を、ホラーの手法で可視化している。 SF的な設定を土台にしながら、人間の精神の脆弱性や社会の歪みをホラーとして昇華させた作品集。特に「穏やかな日常が少しずつ狂っていく」構成は、現代の技術依存、倫理の曖昧化を反映しており、単なる恐怖体験ではなく、人間存在そのものへの問いとして迫力を持っている。 |
No.688 | 6点 | 人影花- 今邑彩 | 2025/08/04 19:20 |
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ホラーとミステリの境界を描く独特の世界観が特徴的なバラエティ豊かな、ショートショートを含む9編が収録されている。
「私に似た人」主人公が受けた一本の間違い電話。つい、からかいたくなり適当に受け答えしてしまう。すると思わぬ方向に話が進む。最後の主人公側の真実が明らかになる展開が切れ味鋭い。「世にも奇妙な物語」的な味わいがある。 「神の目」ペット禁止のマンションで「猫を飼っている事実を告発する」と、神の目なる人物から手紙が届く。謎自体は気付きやすいが、探偵二人のやり取りがコミカルで楽しい。 「疵」婚約者に自殺され、打ちひしがれる主人公。そこに一通の手紙が届く。そこには自殺ではなく殺されたという内容が綴られていた。静かながら悲しみと狂気を感じさせる。 「人影花」椿が咲く家に住む自分の妹とその夫。夫は自分の幼馴染でもあるがある時、妻が書き置きを残して家を出て行ってしまったという知らせを受ける。椿の花の言い伝えがミステリアスな雰囲気を盛り上げるのに一役買っている。ラスト一行は息を飲む。 「ペシミスト」ある日、主人公のもとに友人が訪れる。友人は職を失ったばかりか、結婚生活も終わりを告げていた。わずか4ページのショートショート。オチのブラックユーモアが効いている。 「もういいかい・・・」老人が語った幼き日の残酷な思い出。これも短いエピソード。読者の想像に任された部分が多い作品。 「鳥の巣」友人に誘われて保養施設を訪れた主人公。到着してみると友人はおらず、代わりに和子という女性が現れる。和子はかつて、鳥の巣を雛鳥ごと焼き捨てた話をする。予想可能な展開でも、描写の巧みさで読後に背筋が冷たくなる余韻を残す。 「返してください」ある日、主人公は留守番電話にメッセージが入っていることに気付く。聞き覚えのない女性の声で、「あれを返してください」と訴えるものだった。常軌を逸した内容であり、留守番電話の謎が解けたと思ったら、もう一つの真実が明らかになり、それが鳥肌もの。 「いつまで」娘の結婚式が無事終わり、安堵感と寂しさを嚙みしめる夫婦。そんな中、妻が夫に離婚を切り出した。妻はかつて、こっそり産んだ子を餓死させてしまったことがあるという。化鳥伝説を通じた夫婦の贖罪が「怖さと切なさ」の両方を喚起し、ラストにほのかな救いを感じさせる。 |
No.687 | 6点 | ぼくらは回収しない- 真門浩平 | 2025/07/31 19:29 |
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第19回ミステリーズ!新人賞受賞作「ルナティック・レトリーバー」を含む緻密な謎解きと深層心理を描き出した5編からなる短編集。
「街頭インタビュー」人間観察を趣味とする伊達桐人は、クラスメイトの藤原さんにSNSでの炎上を鎮めてほしいと頼まれる。炎上した動画の謎を解く過程で、現代のネット社会や匿名性への批評性が滲み出る。 「カエル殺し」賞レースで初優勝したお笑い芸人の墜落死事件と、蛙化現象を絡めている。芸人たちが日常的に演じるギャグやボケが、事件解明に伏線として機能している点が巧妙。 「追想の家」亡き祖父との生前の思い出を振り返る。書斎に残された手掛かりから過去の事件が再構成され、記憶の曖昧さと真実の相対性が問われる。 「速水士郎を追いかけて」校内で起きた盗難事件の犯人に辿り着いた探偵役の推理を助手役が推理する。探偵小説への憧れと現実の乖離が描かれ、等身大の若者の挫折感や探究心が交錯する。 「ルナティック・レトリーバー」大学の学生寮で寮生の一人が死体となって見つかった。練炭自殺と思われたが、仲間が疑問を持ち真相を突き止めようとする。彼女の孤高性と周囲の無理解を浮き彫りにし、人間の「理解不能性」という普遍的なテーマを提示したビターな味わいを放つ青春ミステリ。 タイトルの「回収しない」が暗示するように、全ての謎や感情を解決に収束させず、余白を残すことで深い余韻を生んでいる。人間の内面に迫る文学として読み応えがある。 |
No.686 | 7点 | 作者不詳 ミステリ作家の読む本- 三津田信三 | 2025/07/28 19:10 |
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飛鳥信一郎が古本屋で購入した「迷宮草子」という同人誌。中身は小説なのか体験談なのか分からない話が収められていた。そしてある古書店主が調べたところによると、かつてこの本を所有していた人物が少なくとも二人、行方不明になっていることが分かる。
「迷宮草子」に収録された7編の短編を作中人物たちが読み、謎を解こうとする入れ子構造のような作品。現実世界で対応する怪異現象が発生するという設定で、各短編の謎を解くことが現実の怪異から逃れる手段となるため、「作中作の謎解き」と「現実のサバイバル」という二重の推理のプロセスに臨場感がある。このホラー的な演出と謎を合理的に解釈しようとする謎解きが巧みに融合しており、その展開は実にスリリング。 本作は「推理小説とは何か?」を読者に迫る実験作で、虚構と現実の境界を意図的に曖昧にし、物語を読む行為そのものが恐怖の源泉となる構成は、従来の本格ミステリの枠を超えている。特に「朱雀の化物」の叙述トリックや「首の館」の閉鎖空間サスペンスは圧巻。ラストのひっくり返し方は過剰と思ったが、ミステリに対する熱量と野心はとても伝わってきた。 |
No.685 | 6点 | ボーンヤードは語らない- 市川憂人 | 2025/07/25 19:15 |
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マリア&蓮シリーズ第4弾で、4編からなる短編集。
「ボンヤードは語らない」飛行機の墓場「ボンヤード」と呼ばれる空軍基地でサソリに刺されて死んでいた兵士の隠された真実を明らかにする。トリックは小粒ながら、社会派テーマが強く打ち出されており、重い余韻を残す。 「赤鉛筆は要らない」蓮が高校生の頃に遭遇した雪密室殺人事件。古典的な密室トリックと、時を経て明かされる悲劇的な真相が印象的。 「レッドデビルは知らない」マリアが高校生の頃に遭遇した同級生の転落死事件。人種差別を背景にした痛ましい事件がテーマで、叙述トリックが使われ読者の先入観を揺さぶる構成が特徴的。 「スケープシープは笑わない」マリアと蓮が初めてコンビを組んだ事件を描いている。虐待疑惑を扱い、二人のキャラクターの掛け合いが光る。虐待事件が思いも寄らぬ構図を見せるところが素晴らしい。 |
No.684 | 8点 | 禁忌の子- 山口未桜 | 2025/07/22 19:20 |
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第34回鮎川哲也賞受賞作。
救急医の武田航は、溺死体の顔を見て自分とそっくりということに驚いた。武田は自分と死者との関係を知りたいと思い、同僚医師の城崎響介に相談する。 身元不明の遺体の正体や武田との関係を探る過程で、生殖医療や倫理的問題が絡む深い謎が展開される。作者が現役医師であるため、医療現場の描写や専門用語の使用に説得力がある。緊急救命のシーンや医療倫理の問題がリアルに描かれているが、わかりやすく解説されているので、医療知識がなくても理解しやすいのが嬉しい。 主人公の武田と探偵役の城崎が物語を牽引しているが、城崎の冷静な推理と武田の感情的な反応の対比が物語に深みを与えている。事件の鍵が〇〇〇〇にあることはすぐに分かるが、誰がどうやって、なぜという謎は、なかなか明確にならない。それだけに事件の全貌とタイトルの意味が判明した際の衝撃は大きい。本作は単なるエンターテインメントとしてではなく、生命の尊厳や倫理的問題を考えるきっかけを与える作品となっている。医療ミステリとして最後まで驚かせる巧みな構成と、重厚なテーマ性が融合した傑作。 |
No.683 | 6点 | あなたが誰かを殺した- 東野圭吾 | 2025/07/18 19:34 |
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加賀恭一郎シリーズの第12作目で、連続殺人事件の真相を探る「検証会」を舞台に、人間の裏の顔と衝撃の真実が描かれた作品。
避暑地の別荘で恒例のバーベキュー大会が開かれた。参加者は総勢十五人。唯一この地に定住している一人暮らしの未亡人宅の裏庭が会場である。バーベキューをしたその日の深夜、何者かが各別荘を次々に襲い、六人が刺されそのうちの五人が死亡する惨劇が起きた。 犯人はすぐに逮捕され、凶器のナイフを見せ、自分が犯人であると告げる。だが犯人は身勝手な動機は語ったものの、犯行の詳細については一切語ろうとしなかった。数か月後、遺族たちは再び現地に集まり、事件の検証会を開く。検証会では加賀が司会進行役となり、生存者たちが当日に見聞きしたことの証言を集め、事件を再構築していく。その証言からは、犯人が語った動機とは矛盾する行動やそれと同時にその過程で、遺族たちが警察に口外しなかった事実も徐々に明らかになる。表面上では裕福で幸せに見える彼らが、実はそれぞれ深い闇を抱えていることが明らかになる。事件の背景には人間のエゴ、嫉妬、孤独が絡み合い、動機は衝撃的で、社会派ミステリの要素もある。「人はなぜ殺意を抱くのか」という深いテーマを追求しており、最後のどんでん返しが相まって強い印象を残す。 |
No.682 | 6点 | ヨモツイクサ- 知念実希人 | 2025/07/14 19:27 |
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北海道の禁域「黄泉の森」を舞台にアイヌ伝承とバイオホラーを融合した作品。
主人公の佐原茜は、道央大学医学部付属病院に勤務する外科医。七年前、両親と祖母、姉の椿が神隠しのように失踪してしまい、その事件が深い心の傷となっている。ある日、椿の婚約者だった旭川東署の刑事・小此木からリゾート施設開発工事の作業員たちが消えたと知らされる。この二つの事件には関係があるのか。一連の事件を解決する手掛かりは黄泉の森にあると直感した茜は鍛冶とともに山に入るが、そこで意外なものを発見する。人を捕らえて神に捧げるという昔話の怪物・ヨモツイクサが実在するというのか。 物語は三幕構成で展開され、ヒグマの驚異からヨモツイクサの生態解明、最終的に「ベクター」の正体暴きと進み、ストーリー展開も一気に加速し衝撃のラストに突き進む。黄泉の森はまさしく人智を超えたものが彷徨う異界。次々に襲いかかる危機の中、茜、鍛冶、小此木それぞれの想いや人生が交錯する。 終わりのない絶望と恐怖。その先に待っているのは、常識を覆すような恐ろしい真相。さらにここで終わりと思ったら、もう一撃あり驚かされる。この作品は、伝承と科学を織り交ぜたホラーとして読者に生命の本質を問い掛けている。 |
No.681 | 5点 | チェーン・ポイズン- 本多孝好 | 2025/07/11 19:13 |
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主人公は、生きる意味を失った独身のOL。ある日ふと「もう死にたい」とつぶやくのだった。だがそこに一人の人物が現れ、「本当に死ぬ気なら、一年待ちませんか?」と謎の提案をし、一年後にご褒美をあげると告げ去っていった。また物語は一方で連続する毒物自殺事件を追う週刊誌記者の視点が交錯しながら展開していく。
この作品は生と死という重いテーマを扱いながら、ミステリとしての面白さと人間の本質に迫るテーマ性を兼ね備えている。現代社会の闇を浮き彫りにしながら、どこか優しい光が射し込むような描写は、作者の真骨頂といえるでしょう。巧みな構成ではあるが、ミステリ的な仕掛けは目新しさはなく、違和感を覚えて気付く人も多いのではないでしょうか。 |
No.680 | 6点 | 好きです、死んでください- 中村あき | 2025/07/08 19:15 |
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無人島のコテージで六人の男女が共同生活を送る番組、恋愛リアリティーショー「クローズド・カップル」。この撮影中、人気女優の松浦花火が自室で死体となって発見され、ラブコメ状況は一変する。他殺と思われる状況だったが、部屋は密室だった。
密室殺人のトリックや首なし死体の不可解な状況設定は、古典的な本格ミステリの趣を残しつつ、独自のアレンジが施されている。孤島編と学校編の二重構造のストーリーで、最終章で衝撃的な真相に収束する。特に学校編のサブプロットが本編と密接にリンクする構成は、「SNSでの誹謗中傷」や「集団心理の危うさ」といった現代的なテーマを浮き彫りにしている。出演者同士の駆け引きや視聴者からの批判が殺意へと昇華される過程は、実際にあったテレビ番組事故を連想させ、エンタメの闇を抉っている。 クローズド・サークルという古典的な枠組みに、現代のメディア社会を照射する批評性を融合させている。動機は単なる復讐劇ではなく、作中に散りばめられたサブストーリーが過去と重ねて描かれる点もメディアとSNSが蔓延させる悪意の連鎖を強調する装置となっている。 |
No.679 | 5点 | 豪球復活- 河合莞爾 | 2025/07/05 19:20 |
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プロ野球チーム・東京ティーレックスのエースである矢神大は、肩の故障から運動障害を引き起こし、ロサンゼルスで治療することになった。だがその治療施設から彼は失踪していた。東京ティーレックスのブルペンキャッチャーの沢本拓は、ハワイの地で八神を見つけ出し、帰国することになるが矢神は記憶を失っており、ボールの投げ方も忘れていた。
一人の野球選手の喪失と復活の物語であると同時に、その秘密を巡る物語である。高校時代に彼と甲子園で対決して以来、矢神の才能に魅了されその復活に尽力する沢本。主役となる二人のキャラクターはもちろん、過去の事件を追い続ける刑事など脇役も含め、手堅い人物描写で読ませる。 矢神と沢本で再起を目指す過程の物語だけでも十分魅力を備えているが、そこに殺人事件を巡る秘密が絡んできて、記憶喪失、自己再生、罪の意識といったテーマが重なり合い、深みを生み出している。 ただ個人的には超自然的な設定と、現実的な野球描写のギャップを感じたし、野球の技術解説や登場人物の心理描写が何度も繰り返され、テンポが鈍るところが気になった。 |
No.678 | 6点 | 梅雨物語- 貴志祐介 | 2025/07/02 19:25 |
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ミステリとホラーが融合した、緻密な論理と理屈を超えた恐怖が渾然一体となった3編からなる中編集。各作品は独立した物語だが、「罪」や「因果応報」をテーマにしているところが共通している。梅雨時に合わせて読んだのですが、今年は梅雨らしい日は、ほとんどありませんでしたね。
「皐月閣」元中学教師の俳人・作田慮男が、自殺した教え子の遺した句集「皐月閣」に秘められた謎を解く。俳句の解釈からロジカルに推理を展開し真相に迫る構成は知的興奮を呼ぶ。後半に入ると、叙述トリックを駆使した鮮やかな逆転があり印象的。 「ぼくとう奇譚」昭和11年の東京が舞台。高等遊民の木下美武が黒い蝶の夢に悩まされる怪異譚。夢の中の遊郭が次第に狂気じみた様相を呈し、因果応報の恐怖が描かれ生理的な不快感を呼び起こす。本作の題名は永井荷風の代表作「濹東奇譚」を想起させるが、なぜ「ぼくとう」となっているのかは終盤に明かされ、そのおぞましさは並大抵のものではない。 「くさびら」工業デザイナーの杉平が、自宅の庭がキノコに埋め尽くされていくことに恐怖を感じるようになる。一見するとキノコを題材にした不気味なホラーなのだが、濃厚な謎解きの要素が含まれている。キノコの増殖が象徴する「家族の喪失」と「罪の償い」がテーマで、不気味さの中に哀愁を感じさせるラストが印象的。精緻な謎解きミステリであり、底なしの怖さを味わえるホラーでもある。 |
No.677 | 5点 | 中途半端な密室- 東川篤哉 | 2025/06/29 19:25 |
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東篤哉名義で投稿された表題作の「中途半端な密室」を含むユーモアと本格ミステリを融合した5編からなる短編集。
「中途半端な密室」高さ4メートルの金網に囲まれているテニスコートで、刺殺死体が発見された。出入り口には内側から鍵が掛かっていた。とはいえ、金網を登れば出入りできる状況という不可能ではないが不可解な事件。一見、無関係な事件を結び付ける鮮やかさがある。 「南の島の殺人」柏原則夫がバカンス中の南の島で遭遇した殺人事件の模様を手紙で送ってきた。被害者は邸宅の庭で全裸の状態で撲殺されていた。地理的特性をトリックに昇華させる巧妙さが光る。 「竹と死体と」古い新聞記事で見つけた竹林での事件。自殺なのか他殺なのかを推理する。歴史的事象と意外性を上手く組み合わせている。 「十年の密室・十分の消失」過去に起きた密室事件と現在に起きた建物の消失事件を描いたもの。トリックのリアリティに疑問が残るものの、大胆な発想とスピーディな展開が楽しめる。 「有馬記念の冒険」競馬の有馬記念レースを軸にしたアリバイトリックが核となっている。当時としては新しいメディア技術をトリックに取り入れている。先進性は認めるが、トリック自体は陳腐。 |
No.676 | 7点 | スクランブル- 若竹七海 | 2025/06/26 19:19 |
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物語は高校時代の友人が再会した結婚披露宴(1995年)と、彼女たちの高校時代(1980年)とが交互に描かれながら展開していく。冒頭で「犯人は金屏風の前にいる」と示されるものの、最後まで誰が犯人か分からない仕掛けに惹きつけられる。消去法により次第に容疑者が絞られていくプロセスとなっており、緊迫感が盛り上がる。各章のタイトルは「スクランブル」、「ボイルド」、「サニーサイド・アップ」など卵料理にちなんでおり、「殻を破って成長する」というメタファーとして、少女たちの思春期の葛藤を象徴している。
シャワールームでの殺人事件を中心に、弁当の盗難や体育祭での毒物混入などの小さな謎が絡み合う。主人公たちの「アウター」(高校から入学した外部生)としての疎外感や、友人との嫉妬、恋愛、家族関係や派閥争いが細かく描かれ、多感な年頃の複雑な心理描写も秀逸。少女たちの推理を通じて事件の真相に近づいていくが、最終的に意外な真犯人とその動機が明らかになる。ただ事件の真相よりも、彼女たちがどのように過去と向き合うかが焦点となっている。 本作は、単なる謎解きではなく、青春の痛みや成長を描いた作品で、作者の繊細な筆致で、少女たちの揺れ動く心情や時間の経過による記憶の変容が丁寧に表現されている。 |
No.675 | 6点 | 気分は名探偵 犯人当てアンソロジー- アンソロジー(出版社編) | 2025/06/23 19:14 |
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2005年に夕刊フジで連載された犯人当てミステリ短編を6人の作家が執筆したアンソロジー。
「ガラスの檻の殺人」(有栖川有栖)深夜の路上で起きた殺人事件。東西南北に伸びる道には、それぞれ人目があったが逃げる犯人は目撃されていない。驚きの真相のようなカタルシスはないが、解答の納得度は高い。洒落のきいた文章、会話が楽しい作品。 「蝶番の問題」(貫井徳郎)奥多摩にある貸別荘で五人の男女の変死体が発見された。その中の一人が、事件の一部始終を手記に書き残していた。探偵のキャラクターも立っているし、推理の論理も明快。 「二つの凶器」(麻耶雄嵩)京都理科大学で起きた殺人事件で、弟が容疑者とされたので助けてほしいと名探偵・木更津悠也のもとに訪れた。共犯者の裏切りと偽装がテーマ。情報量が多くて難解。 「十五分間の出来事」(霧舎巧)脚本家の大神は、新幹線の洗面室で気を失っている男を発見する。どうやら何者かに後頭部を殴られたらしいと判明する。軽快な会話と章ごとに新たな展開を告げる人物が現れるというテンポよく読ませる楽しい作品。 「漂流者」(我孫子武丸)浜辺で溺れて気を失っていたところを助けられた「私」。頭を打ち記憶喪失になった「私」の手帳には、殺人事件の顛末が記されていた。「私」が何者かが判明すれば殺人事件の犯人がわかるという仕組みが面白い。 「ヒュドラ第十の首」(法月綸太郎)染井霊園で殺害された蟹江のオンライン上に残していたプライベート・ログから浮上した容疑者は、ヒラドノブユキという同姓同名の三人だった。科学的トリックと伏線が光る作品。 |
No.674 | 6点 | 素敵な圧迫- 呉勝浩 | 2025/06/20 19:37 |
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社会の不穏さと人間の深層心理を鋭く描いた6編からなる短編集。
表題作は、狭いところで圧迫された感覚が好きな女性が、どうやら誘拐されている。なぜ誘拐されたのかが、彼女の性癖の来歴とともに丁寧に語られていく。主人公の語りが不穏で、理想の男性との関係が破滅に向かう展開は、ミステリとしての意外性と心理サスペンスが絶妙。 「ミリオンダラー・レイン」では、主人公が三億円事件に触発されて強盗を計画する。教育程度が低く、収入も低く、明日への希望を感じていない若者の、濁った日常意識の奥底からの反発精神が見もの。ラストでどんでん返しが待っている。実に皮肉な結末で、深い虚無感を覚える。 「論リー・チャップリン」は、息子から十万円を強請られた父親が、彼を論破しようと知恵を振り絞る話。現代の「論破文化」を風刺し、親子関係の歪みをコミカルに表現している。 「パノラマ・マシン」並行世界に行けるマシンを拾った男Fと、それに気づいた男Dが、こちらの世界での不満の捌け口として平行世界で好き勝手なことをする。最初から差している不穏の影が素敵。 「ダニエル・≪ハングマン≫・ジャービスの処刑について」は、ボクサーのスリリングな半生を描きながら大胆な仕掛けで幕を下ろす。読み終わってタイトルを見返すと誰しも感じるものがあるだろう。 「Vに捧げる行進」は、コロナ禍で人通りのない商店街のシャッターに落書き事件が続発し、それが多くの人に広まっていく。人々の閉塞感への反発を描いており、共同体の不気味さ、得体の知れなさが感じられる不穏な物語。 |
No.673 | 7点 | ウェディング・ドレス- 黒田研二 | 2025/06/17 19:38 |
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ネタバレしています。
第16回メフィスト賞受賞作。幸せな結婚生活を目前にした祥子とユウ。しかし結婚式の当日、偽りの電話で呼び出された祥子は、二人の男にレイプされてしまう。さらにユウの事故死の知らせが、彼女に追い打ちをかける。ところが、死んだはずのユウが行方不明になった祥子を探していた。さながらパラレル・ワールドを生きるかのような二人は、再び巡り会うことができるのか。物語は祥子とユウの視点で交互に描かれながら進む。序盤から中盤にかけて、両者の描写に生じる矛盾やズレに強い違和感を覚える。物語の焦点が定まらない中、「僕」が目撃する密室状況での犯人消失の謎も絡み引き込まれる。 猟奇殺人事件や密室トリック、母親の遺したウェディングドレスに隠された秘密など、矛盾と混乱を広げた中盤から、それが一気に収束していく終盤にかけてのスピード感あふれる筆致は小気味よいものがある。特にアダルトビデオ「13番の生贄」との関連性や、過去の事件との因果関係が最終的に収束する展開は素晴らしい。 本作は本格ミステリの技巧を凝らした野心作であり、特に時間軸の操作や視点の欺瞞に特化した「名前」や「視点」を利用した叙述トリック作品として優れている。 |