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パメルさん
平均点: 6.13点 書評数: 606件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.606 7点 ムシカ 鎮虫譜- 井上真偽 2024/09/18 19:17
瀬戸内海に浮かぶ笛島と呼ばれる無人島が舞台。その島には音楽にご利益のある神社があるという噂があった。音楽大学に通う優一とその友人たちは、瀬戸内海クルージングを兼ねて、笛島へ向かう。優一たちは学科は違うものの、それぞれ壁に当たっており、打開策を求めていたのだ。
謎めいた島、謎めいた巫子、そして次々と襲いかかる虫たち。冒頭から息もつかせぬ怒涛の展開で引きずり込んでいく。なぜ虫を鎮めるのが上手くいかないのか、なぜ虫を鎮めるようになったのか。優一たちが島を冒険し、探索しながら少しずつ解き明かされていくのが楽しい。しかもただのパニックものではない。優一たちを襲う虫たちにはある習性があった。それは音楽に関わるものである。音楽の要素を入れることによって、RPGのようなゲーム性を帯びることになるが、ここが実に巧い。
解決するためには、音楽的に乗り越えなければいけない困難と向き合う必要があったが、それを乗り越えていく過程が瑞々しく描かれ、青春群像劇として読み応えがある。本格ミステリの謎解き要素もあり、総合的にエンタメ小説として完成度が高い。

No.605 6点 確証- 今野敏 2024/09/14 20:28
警視庁捜査3課に所属する主人公・萩尾は、相棒の女性・秋穂によい印象を持っていない。自分は所轄の刑事時代から、窃盗事件などをコツコツ追ってきた「盗犯係」。だが秋穂は、華やかな捜査1課に憧れている。ただでさえ歳が離れているのに、女性ということで扱いに困惑する。捜査の過程でも、日々やりにくさを感じる。しかし、次第に刑事としても人間としても信頼し合っていく師弟物語として読ませる。
男と女、上司と部下、エリートとたたき上げ、といった人間関係も本書の読みどころ。各々の台詞や行動が、彼らの立場や性格を表しており、その光景が鮮明に目に浮かぶ。窃盗事件は捜査3課、強盗事件は捜査1課と担当が分かれるが、お互いのプライドをぶつけ合うドラマが迫力満点。事件解決にヒントをもたらすのは、秋穂の女性ならではの感性だ。その背景にも男と女、富裕と貧困といった構図が隠れている。社会問題も含め、いろいろと考えさせられた。
先が読めてしまう展開が残念であったが、証拠を探し出していく過程に読み応えがあり、読後感も爽やか。

No.604 7点 刑事弁護人- 薬丸岳 2024/09/09 19:40
タイトル通り刑事事件の被疑者の弁護を請け負う弁護人にスポットを当てた作品で、凶悪犯に対する必要性をテーマにした法廷ミステリ。
既婚者の女性警察官・垂水涼香がホストクラブに通い、挙句そのホストを殺してしまったこの事件に世間の注目が集まる中、涼香の弁護を担当することになるのが持月凛子だ。これまで殺人事件の刑事弁護の経験はなく、所長の細川に助力を仰ぐが、いくつもの刑事事件の弁護団に加わっている多忙な細川にその余裕はない。そこで推薦されたのが西大輔。刑事事件関連の経験が豊富だというが、弁護士としての評判は正直芳しくなく、特に反省の色が見えない被疑者や被告人を嫌ったその弁護姿勢を凛子も問題視していた。
こうした反りの合わない二人が涼香の弁護人となって事件の概要を洗い直していくのだが、涼香は何か隠しているようで釈然としないことばかり。被疑者を擁護して少しでも量刑を軽くしようとする弁護人という存在を、否定的に捉える向きも少なからずあるだろう。本作は極めて複雑な背景を持った殺人事件を丹念に解きほぐしながら、被疑者の声に耳を傾けることの意義と、犯罪によって大きな喪失を経験してもなお、それが出来るのかを問う物語だ。
過去の事件の使い方が巧みで、さらに凛子や西の過去や人間関係も読みどころとなっている。もう一つのテーマとなるのが、犯罪被害者の癒えない傷。残された人をどうケアするべきかと考えさせられる。凛子と西は真実に辿り着き、涼香の殺人容疑を覆すことが出来るのかの臨場感に満ちたクライマックスの裁判シーンは読み応えがあった。

No.603 6点 ヴィンテージガール - 川瀬七緒 2024/09/05 19:31
寂れた団地の一室で、十代前半と思われる少女が撲殺された事件があった。十年の間、犯人はもとより少女の身元さえ不明だったため、警察は公開捜査に踏み切る。たまたまテレビ番組を見た高円寺で仕立屋を営む桐ケ谷京介は、遺留品である少女が着ていたワンピースに目を留め、引っ掛かりを覚える。
京介は高円寺南商店街に住む、仕立屋兼服飾ブローカーだ。メーカーと時代に取り残された凄腕職人の間を取り持っている。美術解剖学を専攻した彼は、人が着ている服のしわや歪みなどから、その人が受けた暴力や、抱えている疾患を読み取ることが出来るのだ。
この特異な能力は京介を苦しめてもいた。虐待されている子供や、DVを受けている女性を何人も発見してきたが、確かな根拠とならずに、通報しても無に帰すことが多々あったからだ。そんな経験と、非常に感情移入しやすい性格も加わり、十年経っても身元すら判明しない少女の境遇に心を揺さぶられた京介は、警察とは別のアプローチで事件解決にのめり込んでいく。さりげなく繰り出されるマニアックな専門知識を用いて、クールな面差しの裏側には温かな人間味が感じられる。
時代遅れな色柄で、少女向きではないが丁寧に作られたオーダー品。矛盾だらけの遺留品のワンピースを手掛かりに、真相に迫っていくプロセスが読みどころ。また京介とコンビを組むヴィンテージショップ店長・水森小春、手芸店の老女など脇役陣の造形も魅力たっぷり。物語としての深みもあり、謎解きの妙もある。服飾デザイナーでもある作者の服飾愛も随所から伝わってくる。

No.602 6点 怪談小説という名の小説怪談- 澤村伊智 2024/09/01 19:51
深夜のドライブに同乗する男女が怪談話を披露し合う「高速怪談」は、語り終わった話が後になって、さらなる意味を露にしたりと目まぐるしいスピード感たっぷりの百物語。逃げ場の無い車内で徐々に不安に駆られていく描写がいい。
子育てをする夫婦が幽霊屋敷の存在に歪んだ思いを募らせる「笛を吹く家」は、いくつかの違和感ある描写が重苦しいまさかの真相。
大ヒットを記録したインディーズ系ホラー映画に関わった人間たちの辿る運命を多重な文体で綴った「苦々蛇の仮面」は、淡々とした無機質な怖さが増していく技巧派ぶりがそれぞれに堪能できる。
「こうとげい」は、新婚夫婦が旅先で遭遇する恐怖を緊迫感に満ちた逃走劇に仕立て上げたサスペンスホラー。ドロドロとした土着の恐怖を堪能できる。
学校の怪談と殺人鬼ホラーを組み合わせた「うらみせんせい」は、作者らしいどんでん返しにより、陰湿なホラーに仕上がっている。
「涸れ井戸の声」は、タイトルと同名の短編が登場する一編で、圧倒的に怖いらしいが誰もその存在を明らかに出来ない、いわゆる幻の小説を巡る不可思議な物語となっている。奇妙な怪談話の存在がいい味を出している。
「怪談怪談」は、子供たちの肝試し大会と著名な霊能者の行方を探る物語が並行して進みながら、怪談を語ることの意味に迫って作品集全体の幕を閉じる役割を果たす。怖いというより切ない気分になる。
怪談、ホラーの定番要素を様々な小説作法で再構築していく作者の力量に圧倒される一冊。

No.601 5点 情熱の砂を踏む女- 下村敦史 2024/08/28 19:24
新藤怜奈は兄・大輔の突然の訃報を受け、スペインを訪れた。大輔は、マドリードで闘牛士として活躍していたのだが、危険な大技に挑み命を落としたのだった。怜奈は、兄がトラブルに巻き込まれていたのではないかと、兄の最期について疑問を抱いていた。
マドリードで暮らすことになった怜奈は当初、兄の命を奪った闘牛を嫌っていたが、カルロスの演技を見たことで考えが変わる。そこには生と死のドラマが、闘牛士と牛の交流があった。怜奈が闘牛に心を揺さぶられるこのシーンは、前半の大きな読みどころとなっている。また、気の利いた大家夫婦、その息子で若き闘牛士のカルロス、大輔とは恋人同士だったアパートの同居人・マリアなどの交流を、スペイン独自の文化や風習、闘牛の蘊蓄を織り交ぜながら、生き生きと描写している。
闘牛に魅せられた怜奈は、兄のようにスペインで闘牛士を目指すことを決意する。しかし、それは平坦な道ではなかった。一癖も二癖もある男たちの交流を通じて、死と隣り合わせの危険な世界、神聖な儀式、スペイン社会と闘牛界の光と影に触れていく。闘牛士としてのキャリアを積み上げながら、怜奈は兄の死の謎にも迫っていく。複数の手掛かりから、意外な真相が明らかにされる謎解きシーンはまさに圧巻。普通から考えればあり得ない動機だが、この世界であればと思わせてくれる部分はある。多少のご都合主義は感じるが、闘牛小説とミステリ要素が噛み合った構成に唸らされた。

No.600 7点 犯人に告ぐ3 紅の影- 雫井脩介 2024/08/24 19:32
少々ネタバレあります。
前作で、神奈川県警特別捜査官の巻島史彦の率いるチームが、誘拐事件の実行犯である砂山兄弟を捕まえた。しかし兄弟を操っていた「リップマン」と呼ばれる男は逃していた。神奈川県警本部長の曾根要介からネットテレビを利用した捜査を命じられた巻島は、番組に出演する。ネットテレビには、「リップマン」専用のアバターが用意されている。そのアバターを通じて、巻島は「リップマン」と対峙するのだった。
本書はそれと同時に、「リップマン」こと淡野悟志の物語が進行していく。旧知の女のもとに転がり込み、縁あって弟分を得た淡野は思い悩んだ挙句、詐欺師稼業から足を洗うことを決意する。ボスの「ワイズマン」にそう告げるのだが、最後のシノギの話を持ち掛けられる。それはネットテレビに出演する巻島まで利用した、警察組織を相手に仕掛ける驚くべき計画だった。
作者は前作の砂山兄弟と同じく、淡野の人生や心情を詳細に描き出している。だからこそ巻島と淡野の対決が、盛り上がるのである。さらに淡野側のストーリーにより、「ワイズマン」の正体や、犯罪計画の内容が早い段階で明かされる。警察に内通者がいることも。しかし、それが分かっても物語の興趣は損なわれない。むしろサスペンス度が増している。
しかも淡野の最後の大仕事が凄い。よくある恐喝なのだが、脅す相手が意外過ぎるのである。一連の事件の着地点など予測不可能。また、ダメ刑事だが妙にツキのある小川など脇役陣の扱いも巧みである。
「犯人に告ぐ2」で残した謎は回収したが、本作で出現した疑惑を残したまま終わっている。「犯人に告ぐ4」が今から待ち遠しい。

No.599 6点 黒の試走車- 梶山季之 2024/08/20 19:25
高度経済成長期に急速に需要を伸ばしていた自動車業界を描いており、タイガー・不二・ナゴヤの三社が開発競争でしのぎを削っていた。
タイガーの企画PR室は4人、不二の調査部第三課は16人、ナゴヤの企画室は35人の人員を擁している。その数字はそのまま、情報活動の優劣を示している。いずれのセレクションもライバル社の情報を収集したり、時には他社の宣伝活動を妨害したり、自社の情報漏洩を阻止することを主な業務としている。
彼らの業務が重要なのは、ライバル社の新車開発状況、新車の販売価格や販売開始時期などを事前に知ることが出来れば、宣伝・販売対策が立てやすくなり、販売競争を有利に展開できるからだ。主人公は、新設されたタイガー自動車企画PR室長の朝比奈豊。自分の業務にうしろめたさと嫌悪感を感じつつも、一人前の諜報マンに育っていくプロセスが丁寧に描かれている。
知的所有権が保護されている現在では、他社のデザインを模倣して製品化すると裁判沙汰になるが、この時代にはそのような行為は稀ではなかった。それには、模倣に対する意識が低かったことに加え、産業スパイの暗躍である。
極秘に展開される方法は、実に多様である。興信所、業界紙記者、料亭やクラブ、ごみの収集業者、病院など、何でも情報源にしてしまう。そうした新車開発の裏側で繰り広げられているメーカー同士のしのぎを削る攻防戦が、こんなことまでやるのかと、驚くような話が散りばめられている。

No.598 4点 マッチメイク- 不知火京介 2024/08/16 19:30
大手プロレス団体「新大阪プロレス」のスターで、現役の国会議員でもあるダリウス佐々木が、試合中に倒れ急死した。死因は蛇の毒による中毒死。新米レスラーの山田聡は、犯人が団体内部にいるのではないかという疑惑を抱くようになり、事件の真相を追う。
プロレスは、一般のスポーツと異なり演出のあるショーとしての側面が大きい。タイトルの「マッチメイク」は、試合全体のシナリオを描き演出することだが、ダリウス佐々木の最後の試合の背後に、どんなシナリオが秘められていたか、それが事件にどう関わっているかが、メインの謎となっている。
本書ではプロレス興行の現実的な仕組みが、まだ業界の裏に通じていない新米プロレスラーの視点を通じて徐々に紹介されていくという情報小説的な趣を持っている。道場破りを撃退する役目の丹下や主人公の同期の本庄といった脇役たちの描写やレスラーたちがどうやって肉体を作っていくのかという筋肉の脈動が伝わってくるような表現力が優れている。読後感は、様々な角度からプロレスを愛した男たちの思いが交錯するスポーツ小説として爽やか。ただ、ミステリとしてはトリックは偶然に頼った感があるし、結末近くになって型通りの展開に陥ったのは残念。

No.597 6点 でぃすぺる- 今村昌弘 2024/08/10 19:32
舞台は奥郷町という小さな田舎町。クラスの掲示係に立候補したユースケ(木島悠介)はオカルト好きの小学6年生。製作する壁新聞にオカルト記事を書いて人気者になりたいと思っていた。そこへいつもは、学級委員長を務めている優等生のサツキ(波多野沙月)が、なぜか掲示係に立候補するという予想外の展開によって危機を迎え、ユースケは壁新聞の行く末を心配する。そしてサツキは、「町の七不思議」を調べることを提案する。しかし彼女の目的は、雪密室の状況下で殺害された従姉の死の真相を探ることだった。
人間の犯罪という前提で事件の謎を追うサツキと、あくまで怪異の存在を信じるユースケ。そして二人の推理に対し理性と論理によって、その勝敗を裁定する転校生のミナ(畑美奈)という構成がユニーク。ミステリとホラーが不可分に混じり合ったあわい掲示係三人の冒険が辿り着く、町の恐るべき秘密とは。
優れたホラーミステリであるのと同時に正統派の捜査小説でもある。現場を検証し、小さな糸口を辿って聞き込みをし、時にぶつかり合いながらも、協力して七不思議の謎に迫っていく。オカルトを取り入れつつも、論理性が重視されているため、本格派推理小説としても読める。
物語は二転三転し、町に隠された秘密があるのではないかと疑われる事態に発展していき最後のページまで予断を許さない。冒険と推理の果てに待つ景色は残酷だ。ミステリとしての謎、ホラーとしての怖さと、学校という狭い世界の生きづらさと、それを打破する3人の児童の成長を丁寧に描いていて、青春小説という側面もありエモーショナル。

No.596 5点 女ともだち- 真梨幸子 2024/08/06 11:07
1997年に起こった「東電OL殺人事件」から着想を得て書き上げた女性特有のドロドロした妬みと嫉みが堪能できる作品。
埼玉県のタワーマンションの最上階と二階で、二人の女性の死体が見つかる。二人の共通点は独身でエリート。二階の自室で殺害された吉崎満紀子は、ネットで知り合った男たちを相手に売春していたらしい。警察は、満紀子と関係を持っていた配送ドライバーの山口啓太郎を逮捕した。しかしフリーライターの栖本野江は、この事件には世間に知られていない裏が存在するとにらみ、真相を炙りだそうとする。
登場する女性たちは、癖が強い人物ばかりで心理描写の薄気味悪さで攻めてくる。といっても同じマンションの部屋を自分より安く買った住人や他のマンションの住人への嫉妬、女同士の友情に潜むヒエラルキー、独身者に対する主婦の優越感など、個々の要素は身近なものであり、題材として特異というほどではない。だが読んでいるうちに、それらの描写の執拗な積み重ねによって、陰鬱な気分に支配されているのに気づかされる。人間の醜悪な部分を書かせたら天才的だと再確認した。
日常を一皮めくった裏側に潜む狂気や人生のあちらこちらに待ち受けている落とし穴の描写に、いつでも現実に起こり得るのではないかという迫真性が感じられる。

No.595 7点 可燃物- 米澤穂信 2024/08/02 19:26
主人公は群馬県警捜査一課の葛警部。上司に疎まれ、部下にもよく思われていないが、捜査能力は卓越している敏腕刑事。その葛警部が遭遇する不可解な事件を解き明かしていく5編からなる短編集。
「崖の下」雪山で遭難し、崖下で見つかった刺殺死体の周囲に凶器が見当たらない。一体何を使って刺殺したのか。
「ねむけ」強盗事件の容疑者が起こした交通事故。目撃者が揃って男に不利な証言をする。信号は赤だったのか。
「命の恩」キスゲの花咲く行楽地に捨てられた人の腕。死体を切り刻んだ理由は何か。犯罪の手口に隠された殺意を暴く。
「可燃物」住宅街の連続放火事件。容疑者が浮かぶ前に、突如止まった犯行。放火魔の動機は何か。
「本物か」郊外のファミレスで立てこもり事件が発生。交錯する証言。噛み合わない犯人像の謎。
葛警部は、部下から集めた事件の状況や証拠品を淡々と精査していく。捜査の過程で生じる違和感、そこから大きくなっていく謎。それを葛警部が冷静沈着に資料や報告書を隅から隅まで調べ上げ、持ち前の観察力と推理力で毎回、鮮やかな論理で解決していく過程が心地よい。警察小説としても本格ミステリとしても読み応えがある。

No.594 6点 魔偶の如き齎すもの- 三津田信三 2024/07/29 19:30
刀城言耶の活躍を描いた4編からなる短編集。
「妖服の如き切るもの」街行く人に覆いかぶさる憑き物のような外套と二件の家でほぼ同時刻に起きた殺人との関係に迫る。ミステリとして特に怪異の必要性はなく、真相もわかりやすい。
「巫死の如き蘇るもの」不死を標榜する男と彼のもとに集まった人間がつくるコミュニティの中で殺人が起こる。動機がユニーク、恐るべき結末。
「獣家の如き吸うもの」二人の人間が別々に遭遇する人里離れた家屋での怪異に刀城言耶が関係性を見出す。時を隔てた二つの怪談に合理的な説明がなされている。
「魔偶の如き齎すもの」災厄を運んでくるという土偶を所有する旧家で殺人が起こる。終盤の推理展開が圧巻。真相には驚かされた。
それぞれ、不可能状況を成立させるトリック、特殊なクローズド・サークル内の狂人の論理、幻想的な光景を前に冴え渡る絵解き、奇妙な建物を舞台にした多重推理とシリーズを凝縮した作品が揃う。表題作は、刀城言耶の相棒・祖父江偲との出会いが描かれているという意味で重要な一編となっている。

No.593 7点 メルカトルと美袋のための殺人- 麻耶雄嵩 2024/07/25 19:30
自分の身はさておき、他人に乱暴したり、見捨てたりすることは決して厭わないという性格の名探偵・メルカトル。本書における最大の犠牲者は事件の被害者ではなく、ワトソン役を務める友人のミステリ作家・美袋にほかならない。そんなメルカトルが名探偵としての才能をいかんなく発揮した7編からなる連作短編集。
「遠くで瑠璃島の啼く声が聞こえる」別荘で起こった密室殺人。美袋が事件に巻き込まれ、自分にかかった疑いを晴らそうとメルカトルに救いを求めるが。美袋は探偵を読者と同じ地位に押し込めてフーダニットを競わせる。本格ものとして秀でている点は、その先にあるホワイダニット。
「化粧した男の冒険」ペンションの一室で刺殺された男の顔に、なぜか化粧が施されていた。メルカトルの相変わらず突拍子もない物証の提示には良い意味で唖然とさせられた。
「小人閒居為不善」退屈したメルカトルは、財産絡みで殺されそうな老人ばかりを選りすぐり、探偵事務所のPRダイレクトメールを送り付ける。まさにホームズ譚を思わせる結構。あきらめの良すぎる依頼人と対峙するメルカトルの知略が冴え渡る。非人道的なやり口が楽しめる。
「水難」メルカトルと美袋が泊まった民宿は、10年前に起きた土砂崩れで死んだ少女の幽霊が出るという。少女にまつわる因縁の物語。トリックは大したことなく、意外性もない。
「ノスタルジア」いわゆる雪密室の離れで、さらに密室殺人が企てられる。メルカトルが暇つぶしに書き上げたという犯人当ての小説が、作中作ではめ込まれ、美袋は二重密室の謎に挑む。ワトソン役の美袋が、探偵の解明にアンフェアだと文句をつけるくだりが堪らない。
「彷徨える美袋」大学時代の友人から美袋に送られてきたシガレットケース。その直後、彼は何者かに拉致されてしまう。犯人の陥穽にはめられた美袋が殺人の容疑を掛けられる。美袋はメルカトルに翻弄されっぱなし。メルカトルの性格の悪さが本領発揮している。
「シベリア急行西へ」雪原を走る列車内で発生した射殺事件をめぐるパズラー。利き腕をめぐる消去法は手垢のついたものだが、偽の犯人を動かす手並みは鮮やか。

No.592 6点 おれたちの歌をうたえ- 呉勝浩 2024/07/21 19:26
第165回直木賞候補作。昭和、平成、令和の時代の変遷を背景に五人の幼馴染が辿った軌跡を描いている。
物語は令和元年、元刑事の河辺久則のもとに一本の電話が掛かってくるところから始まる。電話の主は茂田という男で河辺の旧友「ゴミサトシ」が死んだと告げる。裏社会の住人となり死を迎えた男は、古本に手書きの暗号を残していた。それは詩のような謎めいた文だった。河辺は茂田とともに友人が残した暗号を解読しながら、40年前に起きたある事件の真相に迫っていく。
中学時代の「栄光の五人組」と呼ばれた幼馴染たちが遭遇する殺人事件とその顛末を描く昭和五十年の章、五人組の人生が激しく分岐していく平成十一年の章、現在の時間と河辺の回想が交互に綴られながら、物語は宝探しと犯人捜しの二つの軸をもって進行していくという深みのある構成。この回想パートが最も心を揺さぶられる。それぞれ出目や家庭環境に複雑なものを抱えながら熱気に満ちた日々を過ごすパートは青春小説として読み応えがある。
キャラクターが魅力的で、「栄光の五人組」が五人ともいい味を出している。子供の頃は呼び名がカタカナ表記だが、平成十一年以降は漢字表記になっている。それによって関係性が垣間見えて切ない。波乱の少ない物語ではあるが、心は絶えず動かされ続ける。幸せと不幸せ、信頼と裏切り、生と死、様々な二項対立が物語のあらゆる局面で浮かび上がり幾度も問い掛けてくるからだ。
過去と現在を往還しながらすべての謎が解かれた先に、彼らの人生においての変わるものと変わらないものが明示され物語は優しく幕を下ろす。犯罪は関わった人間すべてに影響を及ぼし、人生を決定的に変えてしまう。だが、本当に取り返しのつかない事なのかの一つの答えが提示されている。

No.591 6点 再会- 横関大 2024/07/17 19:20
スーパーの店長・佐久間秀之が何者かに銃で撃たれ死体で発見された。警察の捜査の結果、使われた拳銃は、23年前の事件で殉職した刑事のものであることが判明する。実はこの拳銃は、23年前に小学校の同級生4人で校庭にタイムカプセルとして埋めたものだった。一体誰が拳銃を取り出し秀之を殺したのか。
本書はこのように殺人という悲劇によって、長い歳月を経て同級生が意外な再会をする。懐かしい思い出と、失われてしまった絆、それぞれが抱える苦悩が見事に描かれたノスタルジックな雰囲気が漂う物語である。
殺人事件そのものは地味だし、容疑者もある程度限られるため面白く書くのが難しいはずだが、作者は丁寧に被害者や同級生のそれぞれの人物像をさまざまな視点から描いていて、動機などにも無理がない。
また最後にもう一つ捻りをきかせて別の過去の犯罪の意外な真相に迫るなど読ませる工夫がされている。残念な点は、容疑者の行方が判明するプロセスや南良刑事の係累などの設定にご都合主義に思えてしまったところ。

No.590 6点 名探偵に甘美なる死を- 方丈貴恵 2024/07/12 19:17
加茂冬馬は、大手ゲーム会社・メガロドンソフトから、大ヒットしたミステリゲームの続編の制作協力を依頼される。そしてイベント試遊会で犯人役を務めることになる。イベント試遊会は、孤島にある保養所メガロドン荘で開催され、冬馬を含む8人の素人探偵が集められた。しかし、それは罠で邪悪なデス・ゲームへと変貌する。
8人のプレイヤーは、探偵役、犯人役、執行役の3つの役割に割り振られる。首謀者であるゲームマスターの手足となる執行役がいることが事態をより複雑にする。探偵役と犯人役の攻防は、多重解決ものの体裁を取っており、常に推理が飛び交う様子が描かれていて読ませる。
VR空間と現実空間を頻繁に行き来する複雑な構成を持った本作は、VR空間ならではの条件やVR装置の特性なども謎と関わっていて、フーダニット重視のミステリでありながら、倒叙ミステリとしての魅力も兼ね備えている。手掛かりもさりげない事象が終盤近くで謎解きに使われるなど感心させられる。

No.589 5点 愚行録- 貫井徳郎 2024/07/07 19:26
第135回直木賞候補にもなり、映画化もされた作品。
静かな住宅街で起きた一家四人惨殺事件。被害者となったのは、エリートの夫、美しい妻に二人の子供。幸福を絵に描いたような家族が、なぜ無残にも殺されなくてはならなかったのか。
取材を受ける関係者の証言と、兄と会話する妹の告白が交互に繰り返される。初めは被害者を悼んでいた証言者たちが、インタビューが進むにつれて徐々に心に潜む悪意がむき出しになっていく。被害者たちにまつわるエピソードも、それを語る証言者たちも、自分のことは棚に上げて他人を陥れるように話そうとする愚かなものばかり。幼児虐待やスクールカースト問題についても触れていて、人間の嫌な部分が多く描かれている。
もう一つのポイントとなるのが少女の独白。この少女の暮らしぶりが悲惨で、読むのが辛いと感じる読者も多いのではないか。少女自身が自分の生活を普通に受け入れてしまっているところが、いっそう哀れで仕方がない。彼女の独白が、本筋である殺人事件と思いがけないところで結びついていく過程は見事。

No.588 4点 地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険- そえだ信 2024/07/03 19:20
交通事故に遭い目が覚めた時、刑事の鈴木勢太はロボット掃除機になっていた。そして隣室には、密室状態で見知らぬ男が死んでいた。
刑事である「俺」にとって気がかりは、姉が遺した小学生の娘・朱麗の存在。娘を守るためには、この部屋を出て札幌から娘がいる小樽まで行かなくてはならない。ロボット掃除機の機能を使って、何が可能かを考察しながら三キロの道のりを走破を試みる。道中、危険な目に遭ったり様々な人々に出会ったり、数々のトラブルに巻き込まれる。
設定自体は、独創的で面白いと思うが、ストーリー自体がのんびりしており(ロボット掃除機の冒険ということで仕方ないのだが)、起伏も少ないため途中で飽きてきてしまう。最後のオチも収まるところに収まった感じで、ミステリとして意外性がなく残念。

No.587 5点 天帝妖狐- 乙一 2024/06/29 19:21
2編からなる中編集。
「A MASKED BALL」煙草を吸うために学校の敷地の隅にある人気のないトイレを使っていたら、「ラクガキスルベカラズ」という落書きが書かれてあった。それに対して主人公を含めた見知らぬ者同士の交流が始まり、返事をしていくことに。その中で、常にカタカナ文字を書く人物が理不尽な粛清予告のようなものを書き始めてエスカレートしていく。サイコ・サスペンスとしての完成度は高いが、作者らしいインパクトがあるかといえば、それほどでもない。
「天帝妖狐」夜木と杏子の悲しい物語。一人コックリさんの世界で、「人ならざるもの」に体を乗っ取られてしまい自分の人生を破滅させてしまう夜木の悲しみと、そんな夜木が出会った何ものにも代えがたい優しさが心にしみる。仕事を与え一緒に暮らし、それでも別れなくてはいけない杏子。二人の出会いから別れまでを夜木の独白の手紙と杏子の回想を交互に描く手法が効果的。夜木の人生のことを考えると救いがなく辛く切ない。恐ろしい境遇を追体験できる。

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パメルさん
ひとこと
7点以上をつけた作品は、ほとんど差はありません。再読すればガラリと順位が変わるかもしれません。
好きな作家
岡嶋二人 東野圭吾 
採点傾向
平均点: 6.13点   採点数: 606件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(30)
岡嶋二人(20)
有栖川有栖(19)
綾辻行人(18)
米澤穂信(17)
歌野晶午(15)
西澤保彦(15)
松本清張(15)
法月綸太郎(14)
横山秀夫(14)