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クリスティ再読さん
平均点: 6.43点 書評数: 1242件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.15 7点 チューリップ : ダシール・ハメット中短篇集- ダシール・ハメット 2020/12/05 10:44
さて、ハメットの短編集も評者はこれで打ち止め。小鷹信光氏が編纂した一番新しい短編集(というか、21世紀に新しく出た唯一の短編集)になる。メインは最晩年の「未完」の短編「チューリップ」。自伝的な「チューリップ」で言及される初期のスケッチ「休日」、それから雑誌翻訳こそあれ単行本未収録の「暗闇の黒帽子」「拳銃が怖い」「裏切りの迷路」などなど、完璧なハメット全集が日本ではない中で、翻訳漏れの作品を小鷹氏が一生懸命紹介しようとしている、その結晶の一つである。
まあとはいえ、「帰路」「ならず者の妻」「アルバート・バスターの帰郷」は小鷹氏自身の訳で河出文庫の「ブラッド・マネー」とカブる。評者も補追みたいな感覚で読むことにした。なので、未読作のみの論評とする。
「チューリップ」これは非ミステリ。晩年のハメットの自伝みたいな作品で。赤狩りで刑務所に服役したあとで、友人の別荘で静養していた際に、主人公の昔を知る旧友が訪ねてきて、昔話やらする話。その旧友が「チューリップ」という呼び名で呼ばれている。タイトで感傷を排した話だが、単なる日常スケッチで、オチがあるのかないのか微妙。リリアン・ヘルマンは「これで完結している」という理解だけど...
「理髪店の主人とその妻」倦怠期の夫婦の話。マッチョで男尊女卑な夫の仕打ちに、妻が反撃する。ハードボイルドってマッチョな印象があるけども、いやいやハメット、そんなことないです。
「拳銃が怖い」臆病で定評がある男が、勘違いからギャングに脅された...ウェスタン風の話で、その臆病男が意外な面を見せる。
「裏切りの迷路」オプ物。この短編集だとあと「暗闇の黒帽子」「焦げた顔」がオプ物。いや、これが昔「宝石」に載っただけ、というのが信じられない佳作。開業医の突然の自殺に、その妻に謀殺の容疑がかかり、それを晴らすためにオプが調査する。この自殺には意外な背景が...とかなり強烈な仕掛けがある。しかもその犯人に対するオプの裁きが痛烈。短編ベスト5には入れたい。
「最後の一矢」ショートショート。妻の反撃の小話。おまけみたいに収録。

とりあえず評者は「本になってる」範囲でのハメット短編は一応コンプ。それでも「犯罪の値」「厄介な男」「軽はずみ」「死体置場」「緑色の夢」「深夜の天使」「ついている時には」「紳士強盗イッチイ」「ケイタラー氏の打たれた釘」「ダイヤモンドの賭け」「不調和のイメージ」の11作は雑誌に訳が出たのみ。巻末の書誌によると未訳が「Esther Entertains」「On the Way」「This Little Pig」の3作(少なくとも)ある。弾十六さんが雑誌掲載作など頑張ってやってくれるようで、それを応援したい。

とりあえず読んだところで、短編ベスト5を選ぼう。順不同。

「夜の銃声」「裏切りの迷路」「新任保安官」「クッフィニャル島の夜襲」「蠅取り紙」

No.14 7点 悪夢の街- ダシール・ハメット 2020/11/14 12:49
ハメットの長編はクノップ社のラインナップで売り出されたわけだけど、ブラック・マスクに書かれた短編の「短編集」は実はなかなか出版されなくて、「ブラッド・マネー」を長編扱いにして出版したのが1943年、本来の「短編集」となると 1945年にまで遅れる。コンチネンタル・オプの真髄は短編にこそあるだが、なかなかそういうわけにはいかなったようだ。
ここでハメットの短編集の編者として、大いにハメット短編の面白さを紹介したのが、エラリー・クイーン(というかダネイ)なのがいろいろな含蓄があると思うんだ。ダネイから見たら年上(約10歳差)の先輩作家(長編こそ同年だが)であり、アメリカ的なミステリ(エラリイのアメリカ性って無視できない)を築き上げた先達として敬意を払っている。日本のマニアが思うような党派性って、評者は架空のものだと感じてるんだがね。

でそのクイーン編集のハメット短編集の第5弾がこの短編集の底本。残念なことにクイーンの序文は割愛。収録はノンシリーズの「悪夢の街」「アルバート・バスターの帰郷」とオプ登場の「焦げた顔」と「新任保安官」。編集に何かテーマ性が...というと、さほど感じない。しいて言えば「悪夢のような犯罪ビジネス」かなあ。「悪夢の街」にひょんなことで紛れ込んだ荒くれ者の主人公が、犯罪ビジネスまるけの街全体と対決することになる話。アイデアストーリーとしては「こんなのありか」と思わなくもないけど、最後の方はゾンビ物みたい。アイデアストーリーとしてサクッと皮肉に纏めたら傑作だったかもしれない。
「焦げた顔」は失踪した姉妹を探すのを依頼されたオプが...という話。この失踪と自殺などの背景には....となって、一種の犯罪ビジネスが暴かれることになる。捜査が行き詰って、オプのアイデアでこの背景を割り出すやり方が、リアルだし着眼がいいと思う。作品の出来は標準的。
「アルバート・バスター」は既読。ショートショートだけど、犯罪ビジネスのインサイド・ストーリーといえば、そうか。
で、こうなったら既読でも「新任保安官」を読まずに済ませられないや。オプ主演の西部劇。どっちかいうと黒沢「用心棒」は「赤い収穫」よりこっちをベースにしているのかもよ。訳者は稲葉由紀なので、創元ハメット短編集とまったく同じ訳。荒馬に乗せられて頑張る話とか、元ボクサーを殴りあうとか、西部劇を楽しんで書いてるワクワク感みたいなものがある。やっぱねえ、評者とかはバディに萌える。保安官補オプと保安官助手ミルク・リヴァー、いいねえ。ミルク・リヴァーはモンゴメリー・クリフトか、リチャード・ウィドマークか。オプにうまくハマる役者が思いつかないのが問題だが....アンソニー・クインとかクロード・レインズどうかしら。二枚目じゃないんだよね。

(「西部劇」の影響って過小評価されていると思うんだ。まあすっかり馴染みがなくなっちゃったからね。たとえば居合切りって、西部劇の早撃ちの日本版じゃないのかしら)

No.13 7点 コンチネンタル・オプの事件簿- ダシール・ハメット 2020/11/11 08:23
ハメットの短編集は系統的なものがないので、評者の現状況だと残りの短編集は既読作はパスして未読だけを読んでいくことになりそうだ。本書だとメインディッシュの「血の報酬」と一応名作だと思う「ジェフリー・メインの死」は既読でパス。「放火罪および..」は既読だけど、本書の狙いが最初の事件「放火罪および..」と最後の事件「死の会社」を収録することにあるから、再読しましょう。

とすると残りは「ターク通りの家」と「銀色の目の女」の連作。「ターク通り」はオプも想定外のいきなりの急展開。ジェットコースター的で面白い。「銀色の目の女」の前日譚みたいなもので、「銀色」は浮世離れした金持ち詩人の恋人が失踪して...で始まるハードボイルド定型みたいな話。ロスマクみたい(苦笑)この作品、「臆病者で有名な」ジャンキーでオプの情報屋のポーキー(日本語化したら「トン公」かね)が、意外な役回りをつとめてそれが面白い。
で「放火罪および...」はリアルにこんなことあるだろうね、という実話っぽい話で大した内容ではない。逆に「死の会社」はギャング物の定型の虚実みたいな話で、「こーゆーこと考えるバカな犯罪者いるだろうね」と思わせるような、犯人が仕掛けてしかもその底の浅さを、オプお見通しといった「でこぼこ」した感覚が面白い。いや「放火罪」と構図が同じといえばそうなんだけど、ハメットの語り口の進化でその「差」の方が目立つ。「死の会社」ってオプが犯人の仕掛は承知の上で、苦笑いしながらその足を引っ張ってるように思えるんだ。
ハードボイルド、だね。

No.12 5点 闇の中から来た女- ダシール・ハメット 2020/10/22 20:56
極めてヘンテコな本だが、このヘンテコさにハメットが全然かかわってないことでも、さらにヘン。

R.B.パーカーの序文も何かテキトーで、全体の半分が「マルタの鷹」のフリットクラフト話と、チャンドラーによるハメットの文体論の引用。で結末を強引にハッピーエンドにしたがっている。
で、小説は3章183ページの中編...ということになるけども、割り付けがスカスカで見るからにページ数が足りなくて単行本にしづらいのを、水増ししようとしている。こんなことするなら、1つでも2つでも、雑誌掲載だけで入手困難な短編でも訳してくれればいいのに。
訳者&解説は船戸与一。パーカーの序文を「パーカーはハメットの地下水系の流れに鈍感だから、そんなふうに浅薄な読み方をするのだ」と軽くバカにする。まあ、パーカーの序文に問題はあるんだけど、船戸だってハメットをマルクス主義で読むのを言葉で否定してるのに、中身はゴリゴリの左翼的な社会学テイストの評論。でも「W.ブレヒト」って誰よ。編集者チェック入れないのかしら。
空さんもご指摘だけど、訳文の視点で違和感が...と評者も感じた個所がある。それが訳者曰く「読みやすさを考えてのうえでである」。だから本作はハメットが「マルタの鷹」で到達した三人称カメラアイの世界を、かなり甘口に仕上げたのでは...なんて疑惑を持たれても仕方がないんじゃないかしら。

肝心のハメットの小説の中身は、行きずり男女の逃亡話。ブリジッドやらダイナのような意識的に「悪い女」じゃなくて、「無意識的にだけど、悪い女にならざるを得ない」悪いといえば悪い、不幸だけど強い女性の肖像。魅力はあるから強引にキスされたり、膝をなぜられたりするけども、されたらしっぺ返しをする女。「危険なロマンス」って言うけど、オトコ以上にハードボイルドな女のようにも感じる。まあだから、たとえばフリットクラフト話が明らかにすることっていうのは、ハードボイルドのオトコたちが「シアワセになれない不幸な男たち」だというアカラサマな現実だったりするわけで、同様に本作のヒロイン、ルイーズ・フィッシャーも、この一件がかたづいてもシアワセになれそうな気配が、全然、しない。見方を変えるとハードボイルドって「悪い女の小説」と読めるんだけど、この「悪い女」のリアル版みたいなところもある。そこらで「郵便配達」に通じるのでは、なんて思う。
そういう小説。そこそこ面白いけど、タゲ層がよくわからない。

No.11 6点 ブラッド・マネー- ダシール・ハメット 2020/09/16 21:22
ハメットの長編は5作ということになっていて、「ブラッド・マネー」は番外みたいな扱いなのだが、これはおそらく、「ハードボイルドの正統」を作り上げた出版社クノップ社の威光みたいなものが関わっていると評者は思っている。「血の収穫」だって「デイン家の呪い」だって、短編の合体みたいな側面はあるわけだから、そう「ブラッド・マネー」と違わないといえば違わない。どれも「ブラック・マスク」での連載が初出なのだが、「血の収穫」がクノップ社の目に留まり、ハードカバー長編として出たことで、「ハードボイルド」という文芸ジャンルが初めて公式に登場した、と言ってもいいように思うのだ。
つまり、読み捨ての雑誌連載ではなくて、批評の対象になる「作品」扱いされた最初が「血の収穫」ということである。実際「ブラック・マスク」掲載の短編は、1940年代にならないと短編集として出版されていないわけだし。その短編集の最初がどうやら本作を収録した "$106,000 Blood Money"(1943) ということのようである。
Tetchyさんの「荒くれどものジャムセッション」はなかなか言い得て妙。ガンガン人が死ぬ「血の収穫」の前夜祭みたいな作品であるけども、「血の収穫」の大特徴のオプの破滅衝動はない。その分を某登場人物が担ったのかな。騙し騙されクールにピンチを切り抜けるオプの活躍、という印象。
本書の約2/3 が「ブラッド・マネー」で、残りを6短編で分けあう構成。オプもスペイドも登場しないシリーズ外のものばかりで、セレベスのモロ族と白人との相克を描いた「毛深い男」と、帰郷したギャングとその妻の関係を描いた「ならず者の妻」がやや長めの作品。この2つ以外はスケッチみたいな習作だが、KKKを諷した「怪傑白頭巾」に妙な味があって面白い。「帰路」は本当にヘミングウェイ風。

No.10 7点 探偵コンティネンタル・オプ- ダシール・ハメット 2020/06/12 19:14
コンチネンタル・オプの通常営業回。でもユーモラスなファンタジー①とかアクションの面白味のある⑤とか、バラエティに富んでいる。
①「シナ人の死」はやはりねえ「秘密暴き手閣下」「ナゾ解き皇帝陛下」「狩人の王子」「人狩り大公殿下」「スパイの王さま」「謎解きの名人」「探偵国の皇帝陛下」「ドロボー退治の王子」だのオプを褒め殺そうとするチャン・リン・チンのおだて文句が素敵。ゴテゴテしたヘンテコな話だが、ファンタジーと思って読めばいいだろうな。
②「メインの死」は、これ「セールスマンの死」か。リアリティのあるトリックでナイスだと思う。こういうのに評者はハメットらしい「ミステリ」を感じる。
③「金の馬蹄」人探しモノでティファナまで出張。少々話がロスマクっぽいか(苦笑)。臨時でオプが雇うエキストラの使い方が結構笑える。オチの付け方がハメットらしい因果応報。
④「だれがボブ・ティールを殺したか」後輩殺しを追求するオプ。冒頭の「おやじ(オールド・マン)」の描写がすべてじゃないかな。アリバイ工作としてなかなかナイスなアイデアがあるから、意外にトリッキーな作品としても面白いと思うんだが。
⑤「フウジス小僧」まあ「小僧」という柄じゃないから「フウジス・キッド」の方がカッコいいや。後半の密室劇でドンドンと野郎どもが片付いていくさまが非情。後先考えずに猪突猛進するフウジス・キッドのイケイケなキャラに妙な迫真性がある。悪党たちの個性もバラけていて、よく書けた作品。

なかなかナイスな短編集。でも短編集5冊でやっと 30/61。まだまだ道のりが遠い...

No.9 7点 スペイドという男(グーテンベルク21)- ダシール・ハメット 2020/05/11 20:34
評者電子書籍デビュー(苦笑)。本当はシムノンの「港の酒場で」でしようか?と思ったのだが、本を拾っちゃって流れてた。まあコロナでブックハントもままならぬから、電子書籍も、いいじゃないか。
でこのグーテンベルク21の「スペイドという男」は、創元稲葉ハメットで同題の本があるけど、まったく別編集。しかも文庫・単行本未収録とかあって、おいしい!
「クッフィニャル島の夜襲」
ハメットの短編代表作視されることも多い作品なんだけど、その昔ポケミスの「名探偵登場③」に収録されて、あと嶋中文庫の「赤い収穫」に収録されて...と名作なのに、日の当たらない扱いを受けていた不遇な作品で有名。今年になって「短編ミステリの二百年」に晴れて収録。田中西二郎訳なので、中央公論社の「世界推理名作全集」(1960)での訳のようだ。結婚式の祝い品警備に、サンフランシスコの沖合に浮かぶ金持ち御用達のクッフィニャル島を訪れたオプは、その夜組織的な大強盗事件に巻き込まれる...本土への橋は破壊され、船も逃走用以外は艫綱を解かれて、島は封鎖状態。そこを二挺の機関銃で武装した強盗団が島全体を制圧し、ありったけの動産をかっさらおうという寸法。島は市街戦の様相を呈し、この軍事作戦級の一大強盗事件に、オプはどう反撃するか? ね、これだけ大規模な強盗も珍しい。しかもオプは強盗団の意外な正体を暴きだし、ハードボイルドらしい非情な結末もあり。
「つるつるの指」
文庫未収録。別冊宝石に載ったもののようだ。偽造指紋の話でリアルだが間が抜けてる。
「誰でも彼でも」
文庫未収録。これも別冊宝石。アパートでの強盗事件で、犯人の消失の不可能興味がある。結構仕掛けたトリック。
「暗闇の黒帽子」
「チューリップ」に収録あり。EQMM日本版に載ったもの。捜査よりも犯人との地下室での対決が主眼。
「フェアウェルの殺人」
創元稲葉ハメットに収録。稲葉由紀訳なので、同じ訳。
「スペイドという男」
創元稲葉ハメットに収録。これは田中西二郎訳だから、やはり中央公論社の全集の訳。

まあ「クッフィニャル島の夜襲」お目当てが当然で、期待に背かない出来。他もオプの通常営業ながら、らしさは出ていて結構粒より。
PCで読むよりも、スマホで読む方が読みやすかった...なんかそんな印象。

No.8 6点 スペイドという男 ハメット短編全集2- ダシール・ハメット 2020/04/09 22:51
サム・スペイドというと「マルタの鷹」で有名なハードボイルド私立探偵の代表株、というのが通り相場なのだけど、作者のハメット的には自身を投影したコンチネンタル・オプよりも成功した....とは言い難いようにも思う。スペイド主演の3つの短編はハメットで最上の短編、とは言えないからね。やはり三人称ハードボイルド探偵という新境地の試作品みたいに感じることの方が多くて、ハメット流儀が完成しているオプ物の名作短編と比較すると今一つ、と感じる。
創元の本書は言うまでもなく稲葉明雄訳だけど、この人の独特のシャープな甘さがこの短編集だと効果的になっている作品は少ない印象。まあそれでも「夜陰」はいい。「夜陰」がこの本のベストで、三人称で余計なことを言わないハードボイルドだからこそ、で成立する話。すばらしい。
逆に「ああ、兄貴」は一人称の饒舌体が面白い。「おれがああまで阿呆でなかったら」を繰り返して話が変調していくラストの語り口は、小説家ハメットの技巧的な「技」というものでしょう。
ハメットという作家が「どう語るか?」に意識的だったか、というのを今回いろいろと検証していくような面白さを感じていた...で「殺人助手」はあまり大したことが起きずにラストになだれ込むのだけど、話が奇妙な方向に捻じれていくさまがヘンテコである。唖然とするほどにヘンである。これはリアリズム、というよりも予定調和をわざわざ突き崩すような、意地の悪いヒネクレ具合というものだ。ハメットがいかに「オハナシの予定調和」を皮肉に見ていたのか、と評者はそういうあたりに興味を憶える。

No.7 7点 死刑は一回でたくさん- ダシール・ハメット 2020/03/25 20:21
さて評者もハメット短編をそろそろやらなきゃ...けど難度はチャンドラーやロスマクの比じゃない。どこまでやれるか?といろいろやり方を考えてみたのだが、どうしてもデジタル書籍のお世話にならざるを得ない、というのが結論である。で、この本、各務三郎編、田中融二訳の講談社文庫のハメット短編集だが、グーテンベルク21の同題の電子書籍はこの講談社文庫をそのまま電子化したものだ。収録と他の短編集とのダブりをまずまとめよう。

1.ダン・オダムズを殺した男 創元「スペイドという男」と重複
2.十番目のてがかり 立風「コンチネンタル・オプ」と重複
3.一時間 創元「スペイドという男」と重複
4.パイン街の殺人 重複なし
5.蠅とり紙 重複なし
6.赤い光 創元「スペイドという男」と重複
7.死刑は一回でたくさん 創元「スペイドという男」と重複
8.両雄ならび立たず 重複なし

というわけで、やや創元「スペイドという男」とダブる傾向があるにせよ、3作この本でしか読めない作品がある。とくに「蠅とり紙」は、たまに鮎哲とかパズラーで採用されることのあるトリックを巡っての話。それを実際にやってみたらパズラーみたいにスンナリ行くわけじゃなくて、予想外の方向に事態が転がって「ミステリ」を作り出すことになる...そう読んだら、同じトリックでもパズラーでの予定調和でスタティックな扱いよりも、ずっとずっと「ミステリの本旨」に沿った使い方ができる、なんてハメットが嗤ってるように思えるんだ。読む価値あり。
ちなみにグーテンベルク21の「スペイドという男」は創元同題の稲葉ハメットとは全然別編集で、文庫未収録がかなり入ったものだから、これはかなりお買い得。同じく「コンティネンタル・オプ」は六興出版~ポケミス586の「探偵コンティネンタル・オプ」(砧一郎訳)がそのまま。

こうやってまとめてみると、全短編61作あって、雑誌掲載のみで文庫などに収録の無い作品が11作、創元稲葉ハメットが17作+グーテンベルク21なら13作がプラスで30作。やっと半分...
ふう、遼遠である。

後記:ちなみに「蠅とり紙」は木村二郎(仁良)氏が「ハードボイルド/私立探偵小説ジャンルのベスト短篇」と称賛して、自分の訳をHM2006/3 に載せたそうだ。確かに名作。木村氏(ジロリンタン)のHPになかなか面白いエピソードがあって、原作と「別な」犯人を指摘している(苦笑)。一読の価値があります。

No.6 4点 デイン家の呪い- ダシール・ハメット 2020/02/09 21:26
結局人は何人死ぬんだっけ...9人?なので目まぐるしく人死にがあるんだけど、大ざっぱ。三部構成の1パートごとに謎解きみたいなことをして、最後にまたひっくり返す趣向。人死にが多すぎることもあって、読者の理解力を軽く超えてしまい、推理もどっちかいうと邪魔。「血の収穫」は4パートのそれぞれで意外な真犯人を指摘し、それでうまく完結してたから後を引かないのに、「デイン家」は大した事件でないのに後を引く。解明されてもあまりうれしくない。
キャラとしてはもちろんガブリエル。ペイ中は頂けないが、もっと不思議少女風の印象を持ってたなあ。まあメンヘラちゃんなんだけど。本作を「家モノ」とか「オカルト趣味」と見るのは、そういうギミックを(わかって)楽しむ読者の心構えみたいなものが前提なんだけど、オプはそういう「家系の呪い」とかオカルトを鼻で嘲ってる風に読んだ方がいいようにも思うんだ。タイトルもマジに捉えなくて「デイン家の呪(笑)」でもいいのかもね。オプがそういうのを真に受ける(フリをする)のも、らしくないや。ま一人称探偵のクセに内心をあまり語らないオプだけどね...
それでも始まり方は素晴らしい。おっさん様が引用されているので、改めて引き直さないが、ハメットのクールさが如実に出た幕開けなのが、なんとも惜しい。

さてこれで御三家長編はコンプになる。ハメットの短編もできるだけやりたいが、創元の稲葉ハメット全集は2巻で中絶したし、手に入れやすい小鷹訳を草思社「チューリップ」まで併せても、カバー率は約6割。まあできるだけ頑張るとしよう。

No.5 8点 マルタの鷹- ダシール・ハメット 2020/01/11 22:00
さてハメットのレジェンド。いや実に味がある。映画的に会話と客観描写だけで綴られる小説なのだが、心理描写を完璧に欠いているために、逆に会話に読者が読み込むような「読み」を誘うことになり、これがため心理的な綾がたっぷりとノることになる。スペイドとブリジッドの会話なんて、ブリジッドの大ウソをスペイドはからっきしも信じてなくて、喋らせてうまく誘導しようというのがよく見えるんだよね。ここらへんの「化かしあい」がコミカルでもあり、シリアスでもある。
というか、ブリジッドもそうだが、「血の収穫」のダイナ、「影なき男」のミミといったハメット特有の「嘘つき女」は、チャンドラーもロスマクも真似しようってマネできる代物ではない。オプやスペイド以上に、ハメットは「ワルい女」を描かせたら天下一品なのだと思うよ。
だからね、「マルタの鷹」の奪い合いなんてタダのマクガフィンのワケなのさ。ガッドマンやらカイロやらが右往左往するのはタダの煙幕なので、どうでもいい。実のところ事件はアーチャー殺しなのだし、スペイドとブリジッドの関係に話が絞られて、話はそっちに収束することになる。愛するがゆえに互いに騙しあい、裏切りあう皮肉な「アンチ・メロドラマ」として本作は読むといいんだろうね。
ま、なんか最近皆さんエフィ萌えが多いようなんだが、実のところ話の決着はバカ女のアイヴァが着けるんだろう。マルタの鷹事件の後でアーチャー未亡人アイヴァがトチ狂ってスペイドを撃ち殺す...そんなオチを何かで読んだんだけど、忘れた。何だっけ。

追記:おっさん様のご教示によると、アイヴァがスペイドを射殺した話はエスカイヤー誌の「ハードボイルド探偵比較表」のヨタ記事で、それを『推理小説雑学事典』(広済堂 1976年)が採用して...という経緯を各務三郎氏の『赤い鰊のいる海』(読売新聞社 1977年)や小鷹信光氏の「サム・スペードに乾杯」(1988年、東京書籍)で解明しているようです。もう一度言いますが、でっち上げの嘘記事です。さすがのおっさん様です。私の記事で「犠牲者」をさらに出さないように追記します。みなさま、ありがとうございます。
(中原行夫氏のメールマガジン「海外ミステリを読む(25)」でこの話をやはり扱っていて、いろいろ考察してます。ありえない結末ではないとは思いますよ)

No.4 8点 赤い収穫- ダシール・ハメット 2019/11/23 22:15
ハードボイルドを確立した記念碑的長編である。
最近の論調だと、たとえばチャンドラーでも「ハードボイルドの概念を歪めた」という評価を下されることも多いわけで、そうしてみると、ハードボイルドはハメットに始まりハメットに終わることにもなりかねない。じゃあ、ハメットとチャンドラーで何が違うのか?ハメットの主人公像はマーロウとどこが違うのか?というのを考えてみたときに、たとえば本作でオプが

あれは、おれじゃない。おれのハートの残りかすは頑丈な衣でくるまれ、犯罪と二十年間かかずりあってきて、どんな殺人でも、自分のメシの種、当然の仕事としてしかみないようになってしまった。だが、こんどのように人殺しを画策して大笑いするってのは、いつものおれじゃない。この町が、おれをこんなにしちまった

と述懐するのを「例外」と捉えて本作の独自性を見る、というのもあるんだろうけども、評者はこれを実はハメット固有の「ハードボイルドの本質」として見たいと思うんだ。そのキーワードになるのは「探偵のエゴイズム」ということになるんだと思う。
つまり、ハメットの探偵が謎を解くのは、抽象的な正義感からでも、金銭で依頼を受けたことにあるのでもないのだ。本作なら暴力の街でのオプ自身のサバイバルも懸かっているわけだが、対立を頂点までに高めてその「神々の黄昏」に立ち会いたいことが、オプ自身の破滅衝動とも隣り合わせなことは、ダイナ殺しをホントは自分がやったんじゃないか?と半信半疑なあたりにもうかがわれる。そっけなく心を閉ざした描写描写以上に、オプはポイズンヴィルの状況に胸がらみにコミットしているのだ。
だからこれは職務でも、職務からの逸脱でもなくて、オプの「エゴ」の物語としての「血の収穫」なのである。探偵は自身の「エゴイズム」によって、状況に働きかけ、それを通じて傷つくかもしれないが、そんな痛みは顔にも出しちゃいけない。

これまでの生き方と同じ固い殻に閉じこもって死んでいく気なのだ。(中略)まばたきひとつぜずに、いかなることもうけとめる男。命つきるまで、それをやりとげる男なのだ。

まさにこの自我という「固い殻」こそがハードボイルドの謂いなのだ。
(逆に言うと、評者が「プレイバック」を高評価する理由は、あの作品だとマーロウの立場と事件介入の根拠がすべて曖昧になってしまって、状況の中でマーロウが立ち竦む姿が、探偵エゴイズムとしてのハードボイルドの結論みたいに感じられるからだろう...)

No.3 5点 影なき男- ダシール・ハメット 2019/05/13 22:37
ハメットという作家は全5作の長編小説が、2大レジェンド「血の収穫」「マルタの鷹」、地味だが最高傑作に挙げられることの多い「ガラスの鍵」...と超打率の作家なのだけども、実は本作もサブカル影響力のかなり強い「小レジェンド」と言っていい作品である。本作を映画化した1938年のウィリアム・パウエル&マーナ・ロイ主演作品が、それこそ「署長マクミラン」とか「ブルームーン探偵社」みたいな「夫婦探偵物コメディ・スリラー」のプロトタイプみたいな役割を果していることが、日本のミステリファンの間では無視されがちなのだ。残念。映画はねえ、実に小洒落たユーモアのある素敵な作品だよ...
まあ小説の側だって、ハメットらしく会話と行動オンリーで描いて、そもそもちゃんとハードボイルド文なのである。しかし、主人公のニック・チャールズは「金持ちの妻を得て探偵を引退した男」なんだよね。早い話、ナマっている。必要に応じてタフに振る舞うこともあるが、内心そういうタフさはもう「ガラじゃない」と思っている...「謎々やウソや...そういうのを楽しむには、少しばかり年齢をとりすぎているし、くたびれている」と述懐する。これは映画が当たってカネに不自由しなくなり、リリアン・ヘルマンという伴侶を得たハメットの偽らざる実感が投影されているわけだ。
だから、本作は「早すぎたネオ・ハードボイルド」くらいに読んでもいいのかもしれない。「冒険の時代」は終わってしまい、「家庭と日常」に力を持て余さざるを得なくなった「元タフガイ」の物語として読まざるをないわけだ....妙な「男の美学」を求めたがる日本のハードボイルド・ファンにはちょいと鬼門な作品と言っていいのかもね。人気ないのはそういうことだろう。
だからハメットは酒に溺れる。映画だとパウエルが本当にマティーニを飲み続けなのがご愛嬌。目的をなくしてセンスを無駄遣いしているようなもので、そういうあたりを醒めた目で描くには映画の方がおすすめ。

彼女にふりまわされてへとへとにならないようにすることだ。ウソを指摘すると、彼女はそれを認め、そのかわりに新しいウソをつく。そのウソをまた指摘すると、それを認めてからまた新たなウソをつく。これが無限に続くんだ。
と評されるミミ(とか「マルタ」のブリジッド)の造形って、実にハメットらしくても、チャンドラーもロスマクも真似できなかったキャラだと思うんだが、これも不思議なことだと思う。こういう理屈を超越したキャラが描けるかどうか、で考えたら、ハメットって別な意味でも凄いんだよね。

(あとウィリアム・パウエルは、ファイロ・ヴァンス役者で人気を確立した名探偵役者だが、ヴァンスはあまり好きではなくて、ニックを代表作にした人でもある。ハメットとヴァン・ダインの妙な因縁がここにも、ある)

No.2 7点 フェアウェルの殺人 ハメット短編全集1- ダシール・ハメット 2018/06/27 20:58
ハメットというと当然のことながら、ピンカートン社での探偵の経歴があって..というのが枕詞のようなものなのだが、そういう経歴を一番投影したのがコンチネンタル・オプ、特にその短編であることは言うまでもない。本書はオプの探偵譚だけでまとめた短編集で、たとえば初登場の「放火罪および...」が収録されている内容である。
アクション冒険味の強い中編「新任保安官」「王様稼業」はともかく、それ以外の5作は結構「ミステリ」している事件、と皆さん見ているようだが、まあそれは間違ってはいない。けどね、ちょっと思うのだが、ハメットが書くとたしかにひねった真相にはなるのだが、何か「実話っぽい」印象を与えるのだ。まあどこまで経験したことでどこからが創作なのかは、わかったもんじゃないのは承知の上だが、ロマンよりは幻滅によって「世の中こんなもんなんだよ」なリアリティを与えることに成功しているわけだね。

いつも映画ばっかりみて明け暮れているもんだから、もっともらしい話というものについての考え方がずれちまっているんだ

なるほど、これミステリの読者に対する痛烈な皮肉だと、逆に今強いて読むべきなんじゃないのかな。逆にたとえば「ベンスン殺人事件」を敢えて「実話ベース」と捉えるような見方をするのならば、ハメットとヴァン・ダインの差というものもけっこう縮めて見ることもできるのかもしれない。
(けど「夜の銃声」のオチには笑ったな...さもありなむ)

No.1 7点 ガラスの鍵- ダシール・ハメット 2017/01/29 21:15
当サイトだと、本作がレジェンド2冊よりイイ平均点がついてるね。面白いな。うん、評者も本作好き。
本作は殺人事件の真相解明が一貫してラインにあるのはあるんだけど、「血の収穫」みたいなバイオレンスによる抗争は主眼ではないにせよ、どっちか言えば「党派抗争の小説」だね。選挙に勝てる見込みで動いていたのが、殺人事件の扱いを間違えたために、空気がガラっと変わる...というのが実にうまく描けている。空気が変わるとね、今まで信用が置けてた人間も、ほんと全然何考えてるかわかんなくなるんだよ。みんなわが身がカワイイのさ。
そういう「空気」と..まあ小説なのでバイオレンスに「抗う男」というのが主人公の賭博師ボーモンの姿。実際、ハメットは後年の赤狩りの際にほぼこんな感じで非米活動調査委員会に抗ったわけで、そのため服役さえ辞さなかったんだよ。
なので、リアル、という点ではレジェンド2冊に勝る作品だと思う。というか、レジェンド2冊は派手な展開で面白いけど、リアルっていうのはちょっと誇張されすぎな気もする。本作地味で、レジェンド2冊のようなサブカル的影響力があったわけではないけども、長く読み続けられる作品だと思う。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.43点   採点数: 1242件
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